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宗教と法と経済 : 米国日曜法訴訟の一考察

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(1)

北 陸 大 学   紀 要 第

22

号 (

1998

)  pp

189〜201

1

宗 教

経 済

     

米 国

法訴

 

 良 夫

Religion

 

Law

 

and

 

Economy

  

An

 

Analysis

 of 

the

 

1961

 

Sunday

 

Law

 

Cases

 

in

 

America

Yoshio

 

Murakami

* 1〜θσθ勿θ

40ctober

 

30

1998

じめ

2

つ の

疑問

 

1961

年の米 国 連 邦 最 高

における

日 曜 休 業 法 判 決 」は 最 高 裁 が 日曜 法 (日 曜 休 業 法, 日 曜 安 息 法 ) 問 題 に初め て本 格 的に取 り組み

正 面 か らその 合 憲 性 違 憲 性 を論 じた もの と し

きわ め て大 部の

判決

文と共に よく知ら れ てい る。 m

  4

つ の事 件 を

括 して扱っ た本 件の判 決 その ものは , すべ て の件におい て 日曜 法の 合 憲 性 を 認めたの で あるが, し か しこれ ら 日曜

訴 訟 をよ く

るな ら

,誰

で も

の よ

問が浮かぶ で あろ

。 この

時期

に, な ぜ

4

件 もの

件が

度に現れて きたのか ?さ らに,

4

件の

2

件 はハ イウェ イ沿い の デ ィス カ ウン ト

デパ

メ ン トス トア にか か わ るもの で あ り, 残る

2

件 は 正

統派

ユ ダ ヤ

教徒

営 する

に か か わ るものである が [2〕

これ はい っ たい ど

い うこ と なの であろうか ?

 

最初の 問 題 を

えて みよ う。 連

高裁

が 日曜

問 題 を最初 に扱っ たの は

1885

こ の時 もその合 憲 性を支 持 してい る C3) 。 しか しその後は, 目 立っ た訴 訟は起 きて い ない 。 日曜 法は,

時代

遅 れの

と し てわ ば 死

文化

し, 違反 も黙認 さ れ てき た と 言 える (4) 。

教 自由の分 野の権 威のひ と りロ バ

T

ミ ラ

がかつ て評 した とお り, 日曜 法は

お そらく,

ら れる こ と

実 施さ れる こ と

も少ない

法律」

と な っ てい た f’] とこ ろが ,

1950

代に なっ て急に 日曜 休 業を め ぐる問 題が再 燃 し その

ちのい くつ か が連 邦 最

裁に まで達 するの である {a) 。 なぜ この ころになっ て

日曜

休業法

問 題 が

えたの か。 これ が 第

の 疑 問である。

 第

二の疑

1961

の 日

曜休業法判決

なぜ もっ ぱら 「ハ イウェ イに

位 置

する

き なデ ス カ ウ ン ト

デ パ

トメ ントス トア」と 「正 統 派ユ ダヤ 教の信 仰 」 を持つ 小 売 業 者に のみ かか わ る

ので

っ たのか の 。 つ ま り

般に 日曜

州 法 レベ ル の ものであれ地 域 的な条 例 *外国 語学 部

(2)

2

村  上  良   夫 で

3

つ の

種類

活動

じ るの が

普通

 

雇 用

雇 用

を 日曜 日に働か せる こと

 

娯 楽,

 

物 品や業

の販

cs) 。 とこ ろが

1961

4 件

は,

販売」

にかかわる も の そ れ もハ イウェ イ

沿

い の ディス カ ウン ト

ス トア とユ ダ ヤ

教徒

で の

売」

にか かわ るもの ば か りで あ る

これ はい っ たい ど うい うこと なの か

的にどのよ う な 状 況であっ た の か。 これ が 第二 の疑 問である。

  「

日曜

休業 )法」争

訟 と

言 う

,宗教的

法律

か ら

生する

な 問 題とのみ考 えら れ がちで ある。 しかし

実際

に は

的 な 側 面 が きわめ て顕

に出て くる

場合

が し ば し ば である。 日曜 (休 業 ) 法はそ れ 自体, 宗 教と法 律と経 済の接 点で ある とも言

るが, 本 稿で は特に こ の 経

的 側 面に

目 し て

討 し て み たい

順 とし て, ま ず

1961

日曜

法事件

の経

的 背景を当 時の報 道 等 を もとに具 体 的に考

し, その上 で

2

つ の事 件 を取 り上 げて

際に検 証 して み る。 つ いで

い わ ば 日曜

経 済

とし て

や や

般 的な図

で 日 曜 休 業

と経 済 活 動 (消 費と販

)を整 理 する。 そして最 後に全

を総 括しつ つ 若 干の感 想を述べ て み たい 。

1

1961

曜 法訴 訟

経 済 的 要 素

1  

A .一

般 的 背 景

 

的 側 面に焦 点 を 合わ せ る前に

他の側 面

特に法 的 な 面 と宗 教 的 な 面に も触 れて お く必 要があろ

 

(1

> 法

的 側 面

 

日曜 法には長い 歴 史がある c9}。 に もか かわらず, な ぜ

1960

年に至 る まで, 合 憲か違 憲かの 決 定 的 な 審 理 が な されて こなかっ たの で あろ うか。 当 時の 『エ コ ノ ミ ス ト

誌 (

1960

7

23

号)

こ の

の よ

簡潔

に説

する。

    

ま ず 前 もっ て言っ て お かねばなら ない のは [連 邦

1

憲 法が 日曜 安 息 法 (

blue

 

laws

)に

   適用

さ れ る よ うになっ たの はや っ と

近になっ てか らの こと だ とい

う点

である。 日曜

は     州の法 律で あっ て連 邦の法で は な く

元 来 [連 邦 ] 憲 法はこ の分 野 [州 内の宗 教 問 題 ]で

   

限を制 限 する もの ではなかっ た

1940

になっ て初め て

連邦最高

裁は

,各州

  

の正

手続

によ ら

して

州民

の生

自由,

奪 う

こ と を

禁ず

第14

   

条 を, 修 正 第

1

条で連 邦 政 府に適 用 されてい る宗 教上 の保 障 を も含 む もの と解 釈 し たの で

   

ある “e) 。 す なわ ち, 「エ ホバ の証 人 」 問 題 を 扱 っ た

1940

年の キャ ン トウェ ル事 件 判 決 (

Cantwe11

 v

Connecticut

310

 

U

S.

296

に おい て

,連邦

裁は

,信

教の自 由は

14

条の

正手 続 き 条 項 」に述べ られてい る 「自 由」の概 念に含 まれ ると解 するこ とによって

,修

1

項は州の問 題に適 用 さ れ うる としたの で ある 〔]]) 。 か く して道は開か れ た。 州 レベ ル の 日曜 法

訟が連

高裁

の判 断 を問

こ と が で きる よ

に なっ た。 に

か かわら

ず,連

邦 最

裁は

日曜 法

訟に は実 質 的 な 連 邦 問題 が欠 如 してい る との理 由で

査 を 拒

し続 ける “2, 。 こ の問 題は州 が 決め るべ き事 柄だ とする態 度 を 取るの で ある。

 

裁は お そ らく

で きれ ばそ

し た 立場を取 り続 けて

日曜

問 題には か か わ りた くな か っ たの で あろう しか しそ うはい か な くなる。 す なわち

1959

5

, 連

邦第

巡 回

区控訴裁判

(3)

宗 教と法と経 済  

米 国 日曜 法 訴 訟の

考 察

3

所 がマ サチ ュ

セ ッ ツ州の 日

曜法

を違

とし たの に

12

月には

三巡回 区

訴 裁 判 所がペ ン シ ルベ ニ ア州の 日曜

を合 憲 と し たの である (13♪ 。 連 邦 最 高 裁は, こ の矛

解決

する

必 要

に迫 られる。 これが

1960

になっ て

め て 正

か ら日

曜法

に取 り組 ま ざるを えな くなっ た

的 背 景である。

 

(2)

教 的 側 面

 

1961

の日曜

法判決

法廷

い た

首席裁

ウ ォ

レンが

4

件の最 初 に し て代 表 的 なマ ガ ワ ン事 件 判 決 理 由の中で言 明 してい る通 り

「日

曜 (

休 業)法」

が も と も と

教 的

キ リス ト教 的 )な動 機に促 さ れて成立 し た こ と は議 論の余 地がない U

 

日曜 規 制 立 法 は

本来

キ リス ト

的 起

のであ

り,

ま た

に キ リス ト教 と密

に関

し て きた と言 え る。

 

日曜

の さ な か

『ク リス チ ャ ン

セ ン チ ュ リ

』 誌

1959

ll

25

日号 掲 載 さ れた

日曜 安 息 法

少 数 派の 意 見

とい う

記事

冒頭

で こ う

げる

1

「原

  

も し かする と

い わ ゆ る

1950

年 代の宗 教リバ イバル のた め かもし れない が

日曜 遵 守 法 を もっ と厳

なもの にせ よ とい ア ジテ

シ ョ ンが, ます ます

つ つ ある

“s} 。

戦が

景にあ っ た と

えら れ るが

い ずれに し ろ

1950

年代

のそ

した

般 的

教 リバ イバ ル が, 日曜 法 論 議の

つ の 要 因で あっ たのか もし れない 。 し か しそれ だけで はない 。

 

1954

9

20

の 『ニ ュ

タイムズ

味深

い 記

がある :

礼 拝の 日と し ての

より厳 格な 日曜 遵 守を支 持 する

主の 日連盟 (

Lord

’ s 

Day

 

Alliance

)』の ポス タ

ー ・

キャ ン ペ

ンが, セブン スデ

ー ・

ベ ンチス トか らの

抗議

け てい る

1

 16) ポス タ

の説 明 文 は 「ア メリ カ 流のや り方

日曜は教 会のた め

ビ ジネス の た めで は ない

こ れ を守っ て い こ う」とい もの で あ り,

, これに対 するア ドベ ン チ ス トの

抗議

は 「ア メリカ流の や

り方

を うんぬ んするの で あ れば

誰にも

して宗 教 的 な “圧

” をか け ない ことこそア メ リ カ流の や り方その もので あっ た は ず だ とい

こ と を 思い 起こす 必 要がある。 特 定の宗 教 的な 日 を守ろ うが 守るまい が 全 く 自 由だ とい の がア メ リカ流で ある

とい う もの で あっ たq

ア ドベ ン チス トの反 応は さ て おき

,「

主の 日連盟」のポス タ

の 説 明 文は注 目に値 する。 なぜ ならそ れ は少 な くとも二つ の事 実を物 語っ てい るからで ある :ひとつ は

日 に もビ ジネス を するこ とが広が

っ っ っ たこと

ひとつ は

そのよ

世 俗 化 」に対 する保 守 的な ク リス チ ャ ンた ちの 反動 と して, より厳 格 な日曜 遵 守 が 強 調 さ れてい る こ と。 経 済の発 展が聖日を 浸 食 しつ つ あ

り,

そ れに

して聖 日を

れ とい

う動

きが

きてい た

その よ

な時 代であっ たの で ある。

 

そうし た状 況の

厳 格 な日

える新しい

旗手

が 登場し てい

カ ト リ ッ ク教 会である。

ク リスチ ャ ン

セ ンチ ュ リ

』の

1961

1

4

日号で, リ チャ

エ ン はこ

述べ て い る。

   

近 年

プロ テ ス タン ト諸 教 会は

キ リス ト教の安 息 日を

る筆 頭 責 任 をロ

カ ト

  

リッ ク教 会に譲っ た よ

に見 える。

カ ト リッ ク教 会が安 息日の

た な擁 護 者となっ て

  

い る。 〔ls> 政 教 分 離 と信 教 自 由とい う分 野の権 威の ひ とりレオ

プフ ェ フ も 当 時 , こ の点 を 認 めて次の よ

してい る。

  

… ・

近 年になっ て , わ が国のロ

教 会

曜 法 関 する立

の 上

(4)

4

村  上   良   夫

   

で顕

化 が 見 ら れる。 これ は

くべ きことである。 なぜ な ら

カ ト リッ クの

教義

  

中には 米 国の 日曜

に規 定さ れてい る ような厳 格な遵

を求め るものな ど何ひ とつ ない

  

か らで ある。 にもか か わ ら

ず,

こ の

教会

は日

曜法

緩和

に反

してお

り・

〔19

 

) 。 ア メ リカ の カ トリッ ク教 会に, そ う した目立っ た変 化 が 起 きたのは, なに ゆえであろうか。 教

ピ ウス

12

に よ る

日曜 日の聖 別 」の訴 え (

1947

)が刺 激を与 えたの か も しれ ない 〔20〕。 しか し

,特

に ア メ リ カ の

場合,

「共 産 主

と “ 世

する

対抗

意 識が

カ ト リッ クの指 導 者たちに 休 日風の 日曜日 とい う古 くか らの “ 大 陸 的” 概 念 を捨て させ る に至っ た

と見る ほ

が e21)

あ たっ てい る よ

に思わ れ る。 い ずれ に し て も米 国の ロ

カ ト リ 教 会は

1950

年 代

そ れ までの

大 陸 的

安息

日”

ま り聖日とい う よ り

日と

える よ

な ゆるやかな 見 方か ら

厳 格 な 日曜 遵 守へ

顕 著立 場 を 変 えの で

  実

例 を見て み よう。

1950

年代

か ら

60

年代

初め に か け ての ニ ュ

での

日曜

は よ く知 ら れて い る (22] 。 同 市のロ

カ トリッ ク教 会 が, 日曜日の厳 格 な 遵

を強 調 し, 土曜

安息

日主

義者

たちに

する 日曜規制

除に反 対 し たの で あ る。

 

た とえ ば

1956

3

月, ニ ュ

市の

60

のカ ト リッ ク信 徒 団 体が, 日曜 遵 守 法の緩 和に反 対 して公 式 声 明 を 出 して い る

     

日曜日の適切な 遵守に関 する現 在の法 律は ゆ る め ら れ るべ きでは ない と我々 は 主張

   

する もの で ある。 この確 信は, 我々 の宗 教 的 信 念 と実 践に

わが 国の伝 統に, そ して

   

案さ れ てい る

更が 必然 的に

き起こすで あ ろ

弊 害

1

に 基 づい てい る (23)。 同 年

9

月, ス ペ ル マ ン枢 機 卿は, 日 曜 日の ビジネス が ま す ますひ どくなっ て きて い るこ と を非 難してい る。

   

年 ,… ・

主の 日に ふ さわしい

で霊的な雰 囲

が, 平日にわ け な くで きる はずの 買     物 や 商 売によっ て

ますます 破ら れて きてい る。

    

日曜日の商 業 化 とい こ の陰 険で急 速に広が っ てい る害 悪の ゆえに

,私

は 大司教 区の全

   

ての カ ト リック信 徒に お願い る。 日曜 日の遵 守に そむ くような ど ん な こ とも差 し控 えて

   

い た だ きたい 。 そ して

神の第三戒 を

っ てい る人 た ち を あ な た が たの

模範

によっ て助 け

   

て あげて ほ しい C24)

1958

3

月, 大 司 教 区の カ トリッ ク信 徒 団

調 整 委 員 会は, 日

日の さ ま ざ まなビ ジネスを

じ てい る州

緩 和

す るこ とに反 対 する

明を出し てい る。

    

日曜日 は祈 りと礼 拝と休 息の 日である。

… ・

日の適 切な遵

する

在の

法律

   

ゆ る め らるべ で ない と我は 主

るもの で ある 〔Z

 

 

ニ ュ

ク だけで なく, 米 国

地で, 日曜日遵 守の

最 も声 高 なスポ

ク スマ ン」,

力 強 き

擁護者」

カ ト リッ ク

教会

であっ た 〔Xl) 。

 

こ の よ うに

1950

年 代

60

年 代の 日曜 法 論 争の背 景に は 「諸 教 会, そ れ もロ

ク が ま

す先

頭に 立っ ての

キャ ンペ

ンがあっ た と言 える CZ7)。 し か し, それだ けでは な い 。 日曜 法 論 争 が 実 際に裁 判の形 を とる に至る には, 別の

現実

因が必 要であっ た。 そ れは 経 済 的 要 因である。

B .

経 済 的 背

 

えて

単 純化す

る な ら

1961年

に最

高裁

判 決の出た 日曜 休 業

法違

事件

(5)

宗 教と法と経 済  

米 国 日曜 法 訴 訟の

考 察

5

だ とい うことがで きる。

経済競

争こそ が

の原因だっ たの である。 どうい うこと か ?

 

二次 大 戦

, 都

市化

とク ルマ 社 会 化が急 速に進むにつ れて, 米 国 社 会の暮ら し方に も買 物 の

仕方

にも

き な

変化

が 生 じ て くる {2S)。

も 目立っ た

現象

沿

ス カ ウ ン トス トアあるい はス

ケ ッ トの 出 現である (en) 。 『ビ ジネス

ウ ィ

1957

6

8

日号は,

ハ イ ウェ イの販

業 者たち」の繁 盛ぶ りは,

自動 車 と急 増 する郊 外 居

入 口とが

流通

機構

に どん な に

きな

影響

を 及ぼ しつ つ ある か を証 明し てい る

じ てい る (U°1 。 ハ イウェ イ 沿い の小

たちに は

な 点 がい くつ もあっ た

「増 え 続 ける

郊外]

人口

十 分な駐 車スペ

安い 土地 代。 こ れ らの利 点のお かげで , 彼ら は低コ ス トで営 業で きる。 だか ら

らの

くは

,低価格,店

金 販

売,

そ し て

販売

である

」 (

『ビジ ネス

ウ ィ

ク』)〔31)。 こ う して,

タ イム』の表 現 を借 りるな ら, 「人々が [都 心 部 か ら ] 郊 外へ と大 量脱 出し

そ し て

市街

地 か ら離れ た所に大 規 模な シ ョ ッ ピン グ セ ン タ

が増 える と共に

家 族 たちは車で買 物に出るのが

通になっ て きた

の で ある [32} 。

 

さて

こ こ で重要なこと がある。 それ は

ハ イ ウェ イ

沿

い の大 規 模 店

, 週 末の売 り上げが 大 きい とい こと, つ ま り, 日

日こそ

ぎどきだ とい う

事実

で ある。 当の

販売業者

らによ れ ば

週 間の

り上 げの

15

% か ら

30

% が 日

日の もの であっ た (311 ) 。 な ぜ 日

日にそ れ ほ ど

くの買 物 客が来るのか。 主婦の雇 用が増え た こ と が

は な か とえ ら れ る t34) 。 主 婦た ち が

く と なると

買 物は当 然 週

になる。 か くて買 物 は日

日 に

そ れ も家 族そ ろっ て 郊 外の安 売 り大 規 模 店へ

な わ ちイ ウェ イ沿い の シ ョ ッ ピン グセ ン タ

こ とにな る の で ある C3i)。 お ま けに, ハ イウェ イ 沿い に位 置 する 新 興の シ ョ ッ ピン グセ ンタ

く の 場 合

地方 条例の

に あ っ た し

ま た

色蒼 然と し た日 曜 法 規は

日曜 日の 販 売 活 動を 州 規 模で効 果 的に規 制 するに は不 十 分であっ た {3

 

こ う して人々 は 日曜日 に

車で郊 外に買 物に出る ようになる

『ビ ジネス

ウ ィ

が 指 摘す る と おり

「日曜日の ド ラ イ ブ は買い しの小 旅 行と な り」

,「

ハ イ ウェ イ

沿

い の 商

は 日 曜日商 売」 となっ た 〔37> 。

 

ハ イ ウェ イ

沿

い の

舗のめ ざま しい

,他

が黙っ て見てい る は

は な かっ た。

エ コ ノ ミ ス ト』の い うと お り,

f

宗 教 的 反 対 と商 業 的 反 対の奇 妙 な 結 合を惹 起 」 するようになる。

   諸

, そ れもロ

カ ト リ ク が

す先

に 立 っ て

, 「

主の 日の冒

涜」

に反

  

する キャ ン ペ

ン を張る。 町 なかの商 人たちは競 争の危 機を感 じて, しば しば教 会の キャ

  

ンペ

ン に

助 をし, また

な 政

治的

をか けて い る。

   

日曜

業に

するこ の

教 的かつ 商 業 的

撃は , い くつ かの地

では 日曜

安息法

の強 化

  

となっ て また他の とこ ろ では長い こと忘 れ られてい た

日曜

法 規の 実 施となっ て現れ

  

て い る czz)。

            

i これ が

1961

日曜 法

訟の 真の

景 で あっ た。 町の 中心

にある

,郊外

の ハ イ ウェ イ 沿い の ショ ッ ピング セ ンタ

(ス

ケッ ト)との経 済 競 争 が 当 時の激 しい 日曜 休 業 法 争 訟をもた ら し たので あ る。

時の

法律家

も次の よ

に分 析 し てい る。

   

町の小 売 業

は, も し自 分 もハ イウェ イの競 争 相 手 も共に 日

営 業 するな ら, 相 手の ほ

  

うがは る かに多 く売 り上げる と感 じて い る。 したがっ て, それ くらい なら む しろ

日曜 日

  

に は

休業

しよ

う,

そ してハ イェ イの

休業

させ よ

う,

えてい る 〔39)。 こ

して町の小

業 者たちは 教 会と協 力 して 新たな日曜 法を作る よ

あるい はもっ と

(6)

6

村 上 良 夫 厳 格に実 施 する よ

にと 当 局に強い圧 力を かけた わけである〔4°} 。

ニ ュ

タ イム ズ』 は

1960

4

26

日 の

紙面

で,

最高裁

が 日

曜法

問 題を

…理 し よ

とし てい る ことにつ いて

の よ うにコ メ ン トする。

   

近 年, こ の問 題

日曜

の合 憲 性

は激 しい 争 点 となっ てい る。 これは, 金物 や 家 具 や

   食

品や 衣

るハ イェ イの

が増 えた た めだ と

ら れ る。 こ

し た

は日曜日 がい ち

   

ば んの

き入れ時なの で ある。

   

ハ イウェ イの

や その

は 日曜の

販売

規 制が

緩和

さ れ る よ

う希

望してい るの に

し , 町

   

な かの のほうは 日曜 法 が もっ と厳 し く執 行 さ れる よう圧 力 を か けてい る “1) 。 こ れ が実 態で

っ た。 そ し て同

12

裁で の 口頭 弁 論に関し

, 『

ビ ジ ネス

ウィ

ク』 はこ う指 摘 する。

   

最 高 裁における論 争は 主 として 消 費 者の お 金を め ぐる新 しい競 争を反

し たもの で あ

   

る。 そ れは また

静か に過ごす

教 的 な日とい うよ り

ゴルフ をした り

泳い だ り

野球

   

場に行っ た りする日と し ての日曜 日とい う

20

世 紀 半ばの多 くの ア メ リカ人の態 度と か か

   

わっ てい る。 それ は また,

郊外

家族

の ほ

日 に

使

い ,

の ほ

は日

   

を含む週 末に買 物を せ ね ば な ら ない とい こと とも結びつ い てい る 〔42♪ 。 そ して この

記事

は, 「

法 争 訟が

宗 教 的 な 問題で ある こ とは間 違い ない が,

回の

きな 要

は小

売業者

間の

競争」

であるこ と を

,彼

らの

衝突

論議

の 中で明

役割

じて い る」 と断 言 する 〔a:1)。 実 際にどうであっ たの か,

4

件の 中か ら

2

件を選び, 具 体 的に検 証 し て み よう。

C

具 体 的 状 況 (1) ッ

ガ イ ズ

フ ロ ム

ソ ン

ア レン タ ウンマ ギ ン リ

事件

   

TWO

 

Guys

 

from

 

Harrison−Allentown

∬nc  v

 

McGinley

 

ガイ ズ

フ ロ ム

ハ リソ ン

ア レ ン タ ウン は大 規 模 チェ

ン店の

つ で ペ ン シ ルベ ニ ア州リ

ハ イ郡

郊外

の ハ イ ウェ イ に

置し てい た

プン し たのは

1957

10

最初 か ら週

7

日間 営 業の方 針を発 表 し, 日曜の営 業 時 間は正 午か ら午 後

10

時 まで で あっ た c4「1) 。 こ の店は, チェ

ン に

する

と同

様,

さま ざ まな

品を

低価格

で販

し てい た。 土地

安 く,

し か も 人口密 集 地に比 較 的 近 く,

4000

台 収 容の大 駐 車 場 を持 ち, 中 央 管 理 方 式の仕 入れ や保 管, コ ン ピュ

に よ る

在庫管

,大

販売,

費は

低 く押

さえ

店内

の装 飾 も

,店員

はな るべ く減 らて セ ル フ

ビス方 式にする, 等々 のや り方で こう した薄 利

売 が 可 能だっ た わる。 “s}

 

し か し, こ の よ

な 日曜

業の郊 外 大 規 模デ ィ ス カ ウ ン ト

ア の 出 現 , 当 然 なが ら, 既

の 町 な かの

店街

意 を引 き起こす。 さっ そ く同

12

3

ア レ ン タ ウン の デパ

ヘ ス

ブ ラザ

ズは新 聞に, お 客様の 便 宜の た め

ク リスマ ス まで 日曜日

1

時より

5

時 半 まで営 業い た し ます

発表

し た f4G)。 『ビジネス

ウィ

』 (

1957

12

21

日号

が報 じ た と お

り,

攻撃

,言

わ ず と知 れ たッ

ガイズ

フロ ム

リ ソ

164

年前

か らの州の

息 日法 を無 視 して 日曜 営 業を続 ける」 新

の商 売 敵, であっ た。

   

, 自

た ち

行為

ガ イ ズ

ト ラ イ ト をて る こ と を , そ

  

し て 日

する世 間の批

を喚 起 すること を期

したの で ある。 ア レ ン タ ウン の ほ

(7)

宗 教と法と経 済 米 国日曜 法 訴 訟の

考 察

7

   

かの商

主たち も

も う

つ のデパ

ッ ォ リンガ

ー一

ネッ ド

めて

   

ヘ ス社と行 動を共にする。 しか し, その試 金 石となる最 初の 日曜日

12

8

日がやっ て くる

   

前に

郡の

検事

は州

の執

を明 言 する。 こ の威 嚇

ま さ しく町な かの店が求め てい た

  

もの

のお か げでヘ ス

日はや は

り休業

とい

う方針

にも どる 〔47)。 日曜 法 を実 施 する と地 方 検 事 が 宣 言 する と, ヘ ス社はす ぐ新 しい広 告 を打っ た : 「ヘ ス

ブ ラ

ズは 日曜 日は

休業

い た し ます 」

日曜

業を

ずる力 強い処 置ゆえに

,検事

に脱 帽 !!

。 そ し てこ う説 明する。

  

数 日前, ヘ ス

ブラザ

ズ は 日曜 日に営 業 し ます と宣 言 して攻 撃を開 始 し ま した こ と は

   

我々 にと りまして きわ め て困 難な決 断で あ

ま し た。 我々 が求め たの は違 反が もっ と広 ま

   

る ことで し た

1

我々が求め たのは,

般のか た が たの

慨で し た !そして

動で し た !そ

  

してその とお りにな

ました !鮒 この広 告はまた もし日曜 営 業を今 食い 止めな け れば 日曜日の商 売は瞬 く間に全 米に広まっ て

な不

名誉

となっ て しま

だろ

と述べ るのである。

 

さて, ッ

ガ イは どう した か

12

8

日も通 常 通 り営 業 し, 従っ て, 日曜 法が実 施さ れて 逮 捕

が出るこ とになる。 そ し て

これ が その

2

間にわ たっ て

くの である c49 〕 。 日

営 業は儲か る仕 事であっ た。 ツ

ガ イ ズ は, 日曜に店を閉じ る よ り, 罰金 を払っ て も営 業を続 ける ほ

益が 上 が っ たの で ある 〔弸 。 しか し, い ずれに せ よ

決着

をつ けたい と

判断

し たッ

ガ イ ズ は 上

至 る 。 か く して 日

曜法訴訟

が本

的に開

さ れた わ けである。

 

ガイズの場 合を見て きたが

そ してパ タ

ンとして はマ ガ ワ ン対メ リ

ラン ド州 事 件

McGowan

 v

 

Maryiand

) も同 じなのであるが

,経済競争

接の原 因であっ たことは明 ら かであろう。 郊 外の新 興 安 売 り店 と

既 存の街な かの 店との 間の経 済 戦 争におい て

日 曜 営 業 に

す る効果的 な 武 器と して 日曜 休 業 法が使われ たわ けである。  (2) ギラ ガ

ク ラウン

シ ャ

ッ ト事 件

   

Gallagher

 v

 

Croivn

 

Kosher

 

Super

 

Market

 ofMassachusetts

 

ク ラ ウ ン

シヤ

ケ ッ トは その

4

人の株主 も

員たちも 正

派ユ ダ ヤ教

っ て

正 統 派ユ ダヤ教の 多 数の 顧 客 を有 する会 社であっ た 〔5D 。 マ サチ ュ

セ ッ ッ 州ス プ リングフィ

ル ド に オ

プン し たの は

1953

である (52)。 ユ ダ ヤ教の

信仰

に従っ て 土

日 は

休業

日曜日 は営 業 してい た。 そ して 日曜日には週の全 売 り上 げの約三分の

を商 っ て い た の である c53’ 。

8

月の オ

プン 以来翌

1954

5

月 まで は

日 曜 休 業

に違 反 し てい る に もか か わ らず 警

当 局 とは何の トラ ブル も な かっ た。 ところが,

1954

5

月, 警 察 本 部 長 がマ サチ ュ

セ ッ ッ州 日曜 法 違 反のか どで

店の 共 同 所 有 者 兼ジャ

逮 捕を命 じ たの である (S4>

 

こ こ で

意しておか ね ばならない 重

なことが ある。 そ れ は, 日

曜 (

休業)法

は,

積極

的に 実 施さ れ る とい

場 合よりむ しろ な ん ら かの理由で特に騒 ぎ立 て ら れ る よ

態にな っ て はじめて

執 行

さ れる場 合 が

とい

である (55)

。官

憲 としては なるべ くか かわ りた く ない の が,

部の連 中 が 苦 情の申 し立て をした た めにや む な く取 り締 ま りに乗 り出 す とい

合が

実 際に は

い の で あ る。 そ れ で は ク ラ ウン

トの ネ ジ

が 逮

さ れの は

が 日

曜法

違 反 を 問 題に し訴 えたの で あろ うか。 そ れは町 じゅ うに散 在 して い る (コ

シ ャ を 扱 う) 小 さな肉 屋た ちであっ た CliG) 。 土 日休 業の週

5

日制で営 業 し たい 彼らに とっ て

日曜も

(8)

8

村 上 良 夫

業 する ク ラ ウン

ケ ッ トはきわ め て迷 惑な

存在

であっ た。 お まけにこの

しい

大 きな ク ラ ウン

シ ャ

は, い わゆ る ワンス トッ プ

ス トア で, い ろい ろの 品 物 が まと めて買 える た め買 物 客には便 利で, そ れゆ えに他の店に とっ ては手ご わい 商 売 敵で

っ た 15η 。 こ の よ

イ ズ

場合

と同

経済競争

が ク ラ ウン

ケ ッ ト

事件

の 直 接の原 因で あっ た。 新

ケ ッ ト と 既存の

との 間の

経済

の 中で

曜休業

が武 器 と して用い ら れ たわけで ある。

 

以 上, こ こ では

1961

年 日曜 法

件の

4

件の う ち

2

件 を取 り上 げて, 日曜 法 争 訟の経 済 的 側 面 を 具

体 的

て き た。

曜安息

経済 闘争

に おける

器と なっ てい る。 これ は この

の 法 律の 制 定 者たち が 想 像 も し なか っ た こ とで あろう」 と , 『ラ トガ

ー ・

1958

秋 号 )の

でユ

P

シェ ルが評 し た通 りである {58) 裁 判 所は 日曜 休

法にか か わるこ う し た経 済 的 現 実に は ほとん ど触 れ ない で きてい るが

し か し 日曜 法が

経 済

戦 争の 有 効な武 器 と し て用い ら れ て き た こと は明々 白々 で ある tSO }。 経 済 最 優 先の 時 代にあっ て は

教 目的で

られた はずの 日曜 休

業法

経済

器 と な

1961

の日

曜法訴

訟は こ の事 実を如 実に示 す もの であっ た。 皿

曜 法

経 済

 

こ こ で少 し角 度 を変 えて, 日曜 法と

済 活 動の

連 を 消

費者

販 売

う観 点 か ら

訴 訟 当 時の

資料

を中心 に

般 的な

図と して整理 し て み たい

 

A

消 費 者 (購 買 者 )

 

日曜日 の

商売

は悪 循 環であっ て, こ れ を断ち切ること がで き るの は買 物 客

自身

だ けであ る

1954

10

月の

カ トリッ ク

ダイジェ ス ト』 誌は述べ る tco〕 。

ビ ジネス

ウ ィ

1957

6

8

) も

「日曜日 の買 物の切 り札は消

費者

身」

と強調 する 16D。 日

の 問題 は 結 局 「消 費 者 次 第 」 (同

1961

7

29

日号 )だ とい うこ と は, すで に 日曜 法 訴 訟の こ ろ の基 本

的認

識であっ たt6z 〕 。

 

それで は 消 費 者 自 身は 日曜 法を どう考 えるの か。

般 的 , 彼 ら は 日曜 規 制の廃 止に賛 成 だ と言 える。 すで にツ

ガイズ

事件

にも,

店側

は,

こ の 問題 に関

住民投票

め て, こ の郡の住 民 何 千 人 もの署 名が寄せ ら れてい る」と述べ てい る。 また地 方 紙の編 集 者 も

日曜 日 にッ

ガ イズで

買物

をし た 人々 の

れ ば,

ら が 日

曜営業

賛成

してい る こ と は 明ら か だ」 と報 じてい る {“;i)。 日曜

法訴

訟以降の もの で ある が,

1966

年のある調

に よ れば,

が 日

業 する主 な 理 由と し てあ げ られたの は

要求

する から

とい , 「(他 店 との) 競 争の た め」とい

の であっ た 〔GS) 。 日曜 営 業 が 消

者 (買 物 客 )に は利 点 が ある とい

こ と は

にで も理解で きる。 買

会が増 えること はそれだ け便 利 だか らで ある {65} 。 さ らに

,女性

の社

進 出

つ ま り共

き家 庭の

増 加

と共に

曜午後

そし て

に 日

日が 買 物には最 適の 日 となっ て きた tO「

) 。

1976

5

30

日付

ニ ュ

タイム ズ 』の

日曜 安

息法

学」

と題

る記

の中で

イェ フデ ィ

A

エ ンは

の よ

じ てい る

   多

くの 家 族に とっ て 日曜日 は両 親と

ど もたちと がい っ しょに衣 類

を 買 うこ との で

(9)

宗 教 と法 と経 済

米 国日曜 法 訴 訟の

考察

9

  

きる唯

の 日であ り, そ う した遠 出は家 族の

体 感 を 強め る もの となる。 家 族 生 活の質が

  

大 き く問わ れてい る この 時 代にあっ て , これ は

わめ て重 要なこ と だ (6T] 。

 

買 物の機

が増 えること

,家族

そ ろっ ての

買物

がで きる こ と

とい っ た理 由に

えて

も う ひとつ ,

消費者

にとっ て 日曜 営 業の大き な利 点がある。 ツ

ガ イ ズ

チ ェ

ン店の会 長はい み じく

う表

現してい る ;

買物

は レク リエ

シ ョ ン で

。 買

さ んの

しそ

な よ うす を 見て ごらんなさい (ca’。 言い 得て妙である。 買 物は

特に車で 出 か けて大 き な 店でい ろ い ろな 品物を探 し, 選び, 購 入 すること は, 現 代の娯 楽であ り

晴らしで あ り, レジ ャ

なの であ る。 『タ イム

1956

10

22

オハ イ オ州ク リ

ブ ラ あ る主 婦 感 想 を

紹介

してい る ;

日曜日 に遅 く起 きて きて

子どもたちに ゆっ く り朝 食 をとらせて か ら 買 物に行 くの は楽 し みで す。 共 進 会の お

りに行く み たい です

t69) 。

 

この よ

般に

消費者 (

者,

買 物

) は

曜法

に よ る規 制の

す なわ ち日曜 営 業の 自 由 を望 む 傾 向 が ある と言 える。 自給 自足 なら ぬ現 代 産 業 社 会に あっ てはすべ て の 入が

費 者とい

面 を

つ 。 た だし, そ れ ではすべ ての 人 が 日曜

法廃

止に

成か と言 えば そ うで も ない 。 交 通 渋 滞や混 雑 を 嫌 う 人 もい れば, や は り日曜日 は休 息の 日であるべ きだ とする人たち もい る v°}。

記の

1966

の 調査で は, 日曜

休業

支持

する主な 理 由は, 「

教 的 主

と, 休み の 日の必 要 性 」とい もの で あっ た (T]) 。 こ

し た さ まざま な意 見は あ る もの の , 消 費 者 とい う立 場 か ら見た場 合

日曜 法は明 らかに支 持 さ れに く くなっ て きてい る と言い うるであろう。  

B .

販 売 者

 

で は 販

する 側

業 者は ど うか。 雇 用

営 者 ) を中心に, 被 雇用 者 (従 業 員 )に も 触れな が ら考 えてみ よう。

 

(1) 雇 用 者 (店の経 営 者 )

 

薄 利

多売

方針

とする ディス カウン ト

ス トアや ス

ケ ッ トが

家 族つれの 客 が 多 く見 込め る日曜 営 業を望む こ と つ まり 日曜 法の

止を望む こ とは言

まで もない 。

 

しか し その他の店 は

般に

日曜 営 業に は反 対の傾 向 が 強い 。 主の 日連 盟に よる

1956

年の 報 告で は,

米 国の商 店主の

95

% が 日曜 営 業に反 対 」で あっ た u2} 。 『ニ ュ

ズ ウィ

ク』

ig62

6

18

日の販 売に関 す る

E ・B ・

ヴァ イス (ニ ュ

ク の ドイル

告 代店 副 社 長

調査 を

し て

   

ヴァ イスに よれば, 日曜日の商 売に対 する組 織 的 な 反 対は今日, 聖 職 者たち か らの もの

  

では ない そ うでは な くて

,多

くの 商 店主 自

か らの もの で あ る。

らは

教や道 徳 を

  

に して い る の で はな く, た だ無

序な競 争を恐れて い る の で ある。 シ カ ゴ の ス テ

  

ト リ

トの

主が

う とお

り,

「み んな 閉じ るか

み んな

ける か

その っ ちかです

  

単 純 なことです 」t「3}。 シェ ルは このこ と を, 車の販

たち を例にあ げて説 明

る。

ら は

に 日

日 は

休 業

ること を 望ん でい る の である。

  

これは 市 街 地で営 業 活 動 するディ

た ちはイ ウェ イ

沿

い の ディ

たちが 日

  

曜日に

業 するの に は到

太 刀

ちで きない め である。 つ ま り

,今

ど きの

般 大 衆 は

  買物

に出 か けるこ とと ドライブの楽 しみ とを 結びつ る傾 向 が あっ て 従っ て 日曜 日の 買

  

物 とい と たい てい ハ イ ウェ イ 上 の こ とにな る。 C74)

(10)

10 村  上  良   夫 か く して 車の デ ィ

たちの圧 力のゆ えに, い くつ かの 州で は, 日曜 日には車の販 売を禁 止 する とい

特 別

法律

る ことに な るわ けで

る c7s)。

 

争に対 抗 する た め 日曜日に営 業せ

る を

ない店 も も ちろ んあるが,

くの小 売 業 者は, 特に比 較 的 小 さ な商 店の経

者は

に 日曜 休

業法

支持す

る傾

が あ る   。 主な 理

は 二つ

る。

つ は, よ り

大規模

効率

的 な

との

争 を恐 れ る か らであ り, い ま

つ は, 人 手 不 足 とい ことで ある 17η。 第

理 由につ い て はすで に見て きた と お りで ある が, 第二 の理 由はつ ま り

,大

模店

ほ どには 入

余裕

の ない

日に

働 く従業員

のや

苦労

する とい う事 実で ある 〔7

 

以 上

て き た ところ か ら

曜法

と小

売業者 (

者)

につ い ては

少 な くとも次の

2

点 が 明 らかであろう

買 物の機 会 が 増

る こ と を (つ ま り 日曜 法の廃 止を) 消 費 者は強 く望 んで い る とい

う事

どの業

も認 め てい るこ と

し か し

曜法

する態 度 は

類 や規 模

立 地 条 件に よっ て差 が ある ということ , である 〔T9) 。

 

 

 

被 雇 用 者

従 業 員

 

そ れで は被 雇 用 者 (店の従 業 員 )は, 日 曜 法を どう見て い るのか。 この あた りの具 体 的な資 料は

ない が

の 日曜

を 総

合的

考察

したラバ ン ドとハ インバ に よ れ

1987

, 従 業 員たちは 日曜 日の勤 務を強い ら れ るこ と を恐れ て 日曜 法 廃 止に は反 対の傾 向が強い とい

。 日

曜法

止が 日

出勤の 強 制につ ながる こ と は当 然

え ら れ る。 それ ゆ え, 日曜 休 業 法 を

止し よ

としてい る州の ほ とん どが

その

法案

日に

きた くない

して仕 事 と身 分を保 証 する

節を含めてい る ほ どである [s°} 。 経 済 状 況や雇 用 状 況, そして個 人

的事情

に左

さ れ るこ とは も ちろん であるが

般 的に は現 代の従 業 員は

日曜日の超 過 勤 務 手 当よ りも自 由な 日曜 日の ほ うを好むの で は ない か と見ら れ てい る。

 

以 上

消 費 者 と 販

者の 面 か ら

日曜

済学

してみ た。 現

にあっ て は 日

法 は, 宗 教や道 徳

よりも経 済とい

観 点か ら論 議の的と な る。

教 的な色

の濃い

法律

とい えど も

,時代

の 中で その性 格 を 変 えるの で ある。

 

な お

付 け 加 える な らば

イ ギ リス で は

1993

年末

に 日曜

営業

の規 制

緩和

が 可

さ れ てい る が

般 大

衆 [

1

くが曜 営 業 を 支 持 す , 反 対 運 動を展 開 したのは英 国 国教 会 の信 徒 や 零 細 小

店主 たちの組 織であ り

ま た

日曜 出

を拒

否す

店員

が不

益 を

らぬ よ うにする こ とが 問 題 点の

つ で あっ た とい う{Sl)。 日曜 法の経 済 学は イ ギ リス に も あて はまる ようで ある。

お わ

り に

 

とい う もの はすべ て 社 会 状 況の反 映 とい う面を持つ と言 える。 日曜

は も ともと は

教 のた めの

として

制定

さ れた。 そ れ が,

産業化

と世

俗化

時代

にあっ て は

違っ た 意

つ もの と なっ て きた。 日曜 法 訴 訟の こ ろ米 国 消 費 者 運 動の若 き旗 手ラ ル フ

ネ イダ

が,

元 来 は教 会 出 席 を強 要 し, 聖 日の冒 涜を防 ぐた めに考 えら れ た 日 曜

安息法

,種

々雑

な世

的 目 的を達す る た め に利 用さ れ てきた

指摘

した とお りである ts2)。

激 しい

争とい

(11)

宗教と法と経済

米 国日曜 法訴訟の

考察

11

う状 況の もとで , 日曜 法は商 売 敵に打 撃を与え る重 要な武 器と して使わ れて きた。

1961

年の 日 曜

法事

件はれ を

実に示

す も

の で

っ た 。

 

日曜

は そ れ で は

なっ てい くであろうか。 日曜 法

判決

か ら四半 世

の 時 点で碩

プフ ェ ファ はこ う述べ てい る。

   

高裁

の判

か ら

1980

年代半

まで の

曜休業法

国の ほ ぼ全 土で

  

焉 を迎 えて きた。

違 憲とい うよう な

最 高 裁 判 決 が 下っ た わ けで も な けれ ば, 主の 日連

  

盟 や 他の キ リス ト教 団

が泣 き

入 り して し まっ た わけで もない ただ,

国の

本 主

  

人々 が金 を

使

うこ とを許 され ない よう な日とい う もの を

認で き なか っ たか ら だ。 日

  

曜 法は今日

廃 止 さ れて いない地 域におい て も, 実 際上 は ほ ぼ死 文 法となっ て い る c83) 。 この

観察

当と言 えよ

。 ア メ リ カ経 済

の ア ラ ン

ラ ウヒ ャ

も最 近

文 (

1994

,多

元 的 共 存 社 会の進

とい う背 景 もあるがや は りなに より も ま ず 経 済 的 利 害の ゆえに

日 曜 休 業 法は死 滅 するであろ

と予 測 し てい る (84}。 ただ

それ で は 日曜

論 議は完全 に決

が つ い たのか,

経済

の さ ら なる進 展 と共に消 滅 するだ け なのか, と言 えば, 少々疑 問が残る の で ある。 経 済 的 利 得と便 利 さが最 優 先の 現 代である が, それ が際 限な く

くか ど

か は誰にも予 測できない か らである。 日曜 法 判

の頃, ある メ ソ ジス ト派 牧 師は

ニ ュ

で こ う述べ て い た。 「日

日 を

り去っ て しま う なら

完 全に 世

的で物

的 な 国へ と 限 り な く近づい てし ま うこ とにな りま す。 そこで は人々は快 楽 や 儲 け や 私 利 私 欲し か頭にな くな る こ とで しょ う

至 

余 りに 世俗 化が進ん で

こうし た懸 念ど お りの 社 会になっ て くると

今 度は その反 動と して逆に宗 教へ 関 心

も あ り

で は ない か。 その 中で 日曜 法が息 を 吹 き返 す 場 合 も考 え られるし, あるい は, 経 済 競 争 と 日曜 法 が 結びつ い た ように ,

度は

環 境 問題 と日 曜

が結びつ く可

能性

さえ あるか もし れ ない (SB)

今後

国 社 会の展 開と共に 日曜 法は どの よ

な経 過を た ど るのか, 興

深い とこ ろ である。 註

(1)David N

 Laband and DebQrah H

 Heinbuch

 Blue Laws : The Hisory

 Economics

 and  Potitics ofSunday

Cjosing    Laws (

Lexington

 

Mass.

D.

 

C,

 

Hea

h

Co.

1987

39−41

等 参照

邦 語の もの では

瀧 澤 信 彦 『国家と宗教の分 離

      ア メ リ カ に お け る政 教分離の法理 の形成』(早 稲田大 学 出版 部

1985年 ), 37

84頁が参 考にな る。 W

   マ

ネル

野村 文子訳 「信 教の自 由とア メ リ カ

合 衆 国 憲 法 修正

十四条の相剋』 (新 教出 版社

   

1987

年)

239−241

頁 も参照

な お

本 件の弁 論 は

1960

12

月 に 行 なわ れ 判 決 が 出た の は

1961

5

月である

(2)それぞtt McGo ,van v

 Maryland

 

366

 U

 S

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