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宗教と法と経済 : 米国日曜法訴訟の一考察

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(1)

北 陸 大 学   紀 要 第

22

号 (

1998

)  pp

,

189〜201

1

宗 教

と

法

と

経 済

     

米 国

日

曜

法訴

訟

の

一

考

察

村

 

上

 良 夫

*

Religion

,

 

Law

, 

and

 

Economy

  

;

An

 

Analysis

 of 

the

 

1961

 

Sunday

 

Law

 

Cases

 

in

 

America

Yoshio

 

Murakami

* 1〜θσθ勿θ

40ctober

 

30

,

1998

は

じめ

に

2

つ の

疑問

 

1961

年の米 国 連 邦 最 高

裁

における

「

日 曜 休 業 法 判 決 」は, 最 高 裁 が 日曜 法 (日 曜 休 業 法, 日 曜 安 息 法 ) 問 題 に初め て本 格 的に取 り組み

,

正 面 か らその 合 憲 性 違 憲 性 を論 じた もの と して

,

きわ め て大 部の

判決

文と共に よく知ら れ てい る。 m

  4

つ の事 件 を

一

括 して扱っ た本 件の判 決 その ものは , すべ て の件におい て 日曜 法の 合 憲 性 を 認めたの で あるが, し か しこれ ら 日曜

法

訴 訟 をよ く

見

るな ら

,誰

で も

次

の よ

う

な

疑

問が浮かぶ で あろ

う

。 この

時期

に, な ぜ

4

件 もの

事

件が

一

度に現れて きたのか ?さ らに,

4

件の

う

ち

2

件 はハ イウェ イ沿い の デ ィス カ ウン ト

・

デパ

ー

トメ ン トス トア にか か わ るもの で あ り, 残る

2

件 は 正

統派

ユ ダ ヤ

教徒

の

経

営 する

店

に か か わ るものである が [2〕

,

これ はい っ たい ど

う

い うこ と なの であろうか ?

 

最初の 問 題 を

考

えて みよ う。 連

邦

最

高裁

が 日曜

法

問 題 を最初 に扱っ たの は

1885

年

で

,

こ の時 もその合 憲 性を支 持 してい る C3) 。 しか しその後は, 目 立っ た訴 訟は起 きて い ない 。 日曜 法は,

時代

遅 れの あい まい な

法

と し て, い わ ば 死

文化

し, 違反 も黙認 さ れ てき た と 言 える (4) 。

宗

教 自由の分 野の権 威のひ と りロ バ

ー

ト

・

T

・

ミ ラ

ー

がかつ て評 した とお り, 日曜 法は

「

お そらく,

破

ら れる こ と

最

も

多

く

,

実 施さ れる こ と

最

も少ない

法律」

と な っ てい た f’]。 とこ ろが ,

1950

年

代に なっ て急に 日曜 休 業を め ぐる問 題が再 燃 し, その

う

ちのい くつ か が連 邦 最

高

裁に まで達 するの である {a) 。 なぜ この ころになっ て

突

然

,

日曜

休業法

問 題 が

増

えたの か。 これ が 第

一

の 疑 問である。

 第

二の疑

問

。

1961

年

の 日

曜休業法判決

は

,

なぜ もっ ぱら 「ハ イウェ イに

位 置

する

大

き なデ ィ ス カ ウ ン ト

・

デ パ

ー

トメ ントス トア」と 「正 統 派ユ ダヤ 教の信 仰 」 を持つ 小 売 業 者に のみ かか わ る

も

ので

あ

っ たのか の 。 つ ま り

,

一

般に 日曜

法

は

,

州 法 レベ ル の ものであれ地 域 的な条 例 *外国 語学 部

(2)

2

村  上  良   夫 で

あ

れ

,

3

つ の

種類

の

活動

を

禁

じ るの が

普通

で

あ

る

一

 

雇 用

者

が

被

雇 用

者

を 日曜 日に働か せる こと,

 

娯 楽,

 

物 品や業

務

の販

売

cs) 。 とこ ろが

1961

年

の

4 件

は,

「

販売」

にかかわる も の , そ れ もハ イウェ イ

沿

い の ディス カ ウン ト

・

ス トア とユ ダ ヤ

教徒

の

店

で の

「

販

売」

にか かわ るもの ば か りで あ る

。

これ はい っ たい ど うい うこと なの か。 具

体

的にどのよ う な 状 況であっ た の か。 これ が 第二 の疑 問である。

  「

日曜

(

休業 )法」争

訟 と

言 う

と

,宗教的

な

法律

か ら

派

生する

宗

教

的

な 問 題とのみ考 えら れ がちで ある。 しかし

実際

に は

,

経

済

的 な 側 面 が きわめ て顕

著

に出て くる

場合

が し ば し ば である。 日曜 (休 業 ) 法はそ れ 自体, 宗 教と法 律と経 済の接 点で ある とも言

え

るが, 本 稿で は特に こ の 経

済

的 側 面に

注

目 し て

検

討 し て み たい 。

手

順 とし て, ま ず

1961

年

日曜

法事件

の経

済

的 背景を当 時の報 道 等 を もとに具 体 的に考

察

し, その上 で

2

つ の事 件 を取 り上 げて

実

際に検 証 して み る。 つ いで

,

い わ ば 日曜

法

の経 済

学

とし て

,

や や

一

般 的な図

式

で 日 曜 休 業

法

と経 済 活 動 (消 費と販

売

)を整 理 する。 そして最 後に全

体

を総 括しつ つ 若 干の感 想を述べ て み たい 。

1

.

1961

年

日

曜 法訴 訟

の

経 済 的 要 素

1  

A .一

般 的 背 景

 

経

済

的 側 面に焦 点 を 合わ せ る前に

,

他の側 面

,

特に法 的 な 面 と宗 教 的 な 面に も触 れて お く必 要があろ

う

。

 

(1

> 法

的 側 面

 

日曜 法には長い 歴 史がある c9}。 に もか かわらず, な ぜ

1960

年に至 る まで, 合 憲か違 憲かの 決 定 的 な 審 理 が な されて こなかっ たの で あろ うか。 当 時の 『エ コ ノ ミ ス ト

』

誌 (

1960

年

7

月

23

日

号)

は

,

こ の

点

を

次

の よ

う

に

簡潔

に説

明

する。

    

ま ず 前 もっ て言っ て お かねばなら ない のは, [連 邦

1

憲 法が 日曜 安 息 法 (

blue

 

laws

)に

   適用

さ れ る よ うになっ たの はや っ と

最

近になっ てか らの こと だ とい

う点

である。 日曜

法

は     州の法 律で あっ て連 邦の法で は な く

,

元 来 [連 邦 ] 憲 法はこ の分 野 [州 内の宗 教 問 題 ]で

   

の

州

の

権

限を制 限 する もの ではなかっ た。

1940

年

になっ て初め て,

連邦最高

裁は

,各州

が

  

「

法

の正

当

な

手続

き

」

によ ら

ず

して

州民

の生

命

,

自由,

財

産

を

奪 う

こ と を

禁ず

る

修

正

第14

   

条 を, 修 正 第

1

条で連 邦 政 府に適 用 されてい る宗 教上 の保 障 を も含 む もの と解 釈 し たの で

   

ある “e) 。 す なわ ち, 「エ ホバ の証 人 」 問 題 を 扱 っ た

1940

年の キャ ン トウェ ル事 件 判 決 (

Cantwe11

 v

.

Connecticut

匚

310

 

U

,

S.

296

]

〉

に おい て

,連邦

最

高

裁は

,信

教の自 由は

修

正

14

条の

「

適

正手 続 き 条 項 」に述べ られてい る 「自 由」の概 念に含 まれ ると解 するこ とによって

,修

正

1

条

の

宗

教

条

項は州の問 題に適 用 さ れ うる としたの で ある 〔]]) 。 か く して道は開か れ た。 州 レベ ル の 日曜 法

争

訟が連

邦

最

高裁

の判 断 を問

う

こ と が で きる よ

う

に なっ た。 に

も

か かわら

ず,連

邦 最

高

裁は

,

日曜 法

訴

訟に は実 質 的 な 連 邦 問題 が欠 如 してい る との理 由で

審

査 を 拒

否

し続 ける “2, 。 こ の問 題は州 が 決め るべ き事 柄だ とする態 度 を 取るの で ある。

 

最

高

裁は お そ らく

,

で きれ ばそ

う

し た 立場を取 り続 けて

,

日曜

法

問 題には か か わ りた くな か っ たの で あろう。 しか しそ うはい か な くなる。 す なわち

1959

年

5

月

, 連

邦第

一

巡 回

区控訴裁判

(3)

宗 教と法と経 済  

一

米 国 日曜 法 訴 訟の

一

考 察

一

3

所 がマ サチ ュ

ー

セ ッ ツ州の 日

曜法

を違

憲

とし たの に

対

し

,

12

月には

第

三巡回 区

控

訴 裁 判 所がペ ン シ ルベ ニ ア州の 日曜

法

を合 憲 と し たの である (13♪ 。 連 邦 最 高 裁は, こ の矛

盾

を

解決

する

必 要

に迫 られる。 これが

,

1960

年

になっ て

初

め て 正

面

か ら日

曜法

に取 り組 ま ざるを えな くなっ た

法

的 背 景である。

 

(2)

宗

教 的 側 面

 

1961

年

の日曜

法判決

の

法廷

意

見

を

書

い た

首席裁

判

官

ア

ー

ル

・

ウ ォ

ー

レンが

,

4

件の最 初 に し て代 表 的 なマ ガ ワ ン事 件 判 決 理 由の中で言 明 してい る通 り

,

「日

曜 (

休 業)法」

が も と も と

宗

教 的

(

キ リス ト教 的 )な動 機に促 さ れて成立 し た こ と は議 論の余 地がない U

 

日曜 規 制 立 法 は

本来

キ リス ト

教

的 起

源

を

持

つ ものであ

り,

ま た

常

に キ リス ト教 と密

接

に関

連

し て きた と言 え る。

 

日曜

法

論

争

の さ な か

,

『ク リス チ ャ ン

・

セ ン チ ュ リ

ー

』 誌

1959

年

ll

月

25

日号 に掲 載 さ れた

「

日曜 安 息 法

一

少 数 派の 意 見

」

とい う

記事

は,

冒頭

で こ う

告

げる

1

「原

因

が

何

で

あ

れ

  

も し かする と

,

い わ ゆ る

1950

年 代の宗 教リバ イバル のた め かもし れない が

一

日曜 遵 守 法 を もっ と厳

格

なもの にせ よ とい うア ジテ

ー

シ ョ ンが, ます ます

高

ま

り

つ つ ある

」

“s} 。

冷

戦が

背

景にあ っ た と

考

えら れ るが

,

い ずれに し ろ

1950

年代

のそ

う

した

一

般 的

な

宗

教 リバ イバ ル が, 日曜 法 論 議の

一

つ の 要 因で あっ たのか もし れない 。 し か しそれ だけで はない 。

 

1954

年

9

月

20

日

付

の 『ニ ュ

ー

ヨ

ー

ク

・

タイムズ

』

に

,

興

味深

い 記

事

がある :

「

礼 拝の 日と し ての

,

より厳 格な 日曜 遵 守を支 持 する

『

主の 日連盟 (

Lord

’ s 

Day

 

Alliance

)』の ポス タ

ー ・

キャ ン ペ

ー

ンが, セブン スデ

ー ・

ア ドベ ンチス トか らの

抗議

を

受

け てい る

1

 16)。 ポス タ

ー

の説 明 文 は 「ア メリ カ 流のや り方

一

日曜は教 会のた め

,

ビ ジネス の た めで は ない

一

こ れ を守っ て い こ う」とい うもの で あ り,

一

方 , これに対 するア ドベ ン チ ス トの

抗議

は 「ア メリカ流の や

り方

を うんぬ んするの で あ れば

,

誰にも

決

して宗 教 的 な “圧

力

” をか け ない ことこそア メ リ カ流の や り方その もので あっ た は ず だ とい

う

こ と を 思い 起こす 必 要がある。 特 定の宗 教 的な 日 を守ろ うが 守るまい が 全 く 自 由だ とい うの がア メ リカ流で ある

」

とい う もの で あっ たq

%

ア ドベ ン チス トの反 応は さ て おき

,「

主の 日連盟」のポス タ

ー

の 説 明 文は注 目に値 する。 なぜ ならそ れ は少 な くとも二つ の事 実を物 語っ てい るからで ある :ひとつ は

,

日

曜

日 に もビ ジネス を するこ とが広が

り

っ っ あっ たこと

,

も

う

ひとつ は

,

そのよ

う

な

「

世 俗 化 」に対 する保 守 的な ク リス チ ャ ンた ちの 反動 と して, より厳 格 な日曜 遵 守 が 強 調 さ れてい る こ と。 経 済の発 展が聖日を 浸 食 しつ つ あ

り,

そ れに

対

して聖 日を

守

れ とい

う動

きが

起

きてい た

一

その よ

う

な時 代であっ たの で ある。

 

そうし た状 況の 中で

,

厳 格 な日

曜

遵

守

を

訴

える新しい

旗手

が 登場し てい た。 ロ

ー

マ

・

カ ト リ ッ ク教 会である。

『

ク リスチ ャ ン

・

セ ンチ ュ リ

ー

』の

1961

年

1

月

4

日号で, リ チャ

ー

ド

・

コ

ー

エ ン はこ

う

述べ て い る。

   

近 年

…

プロ テ ス タン ト諸 教 会は

,

キ リス ト教の安 息 日を

護

る筆 頭 責 任 をロ

ー

マ

・

カ ト

  

リッ ク教 会に譲っ た よ

う

に見 える。

・

…

カ ト リッ ク教 会が安 息日の

新

た な擁 護 者となっ て

  

い る。 〔ls> 政 教 分 離 と信 教 自 由とい う分 野の権 威の ひ とりレオ

・

プフ ェ フ ァ も 当 時 , こ の点 を 認 めて次の よ

う

に

記

してい る。

  

… ・

近 年になっ て , わ が国のロ

ー

マ

・

カ トリ ッ ク教 会の側には

,

目曜 法に 関 する立

場

の 上

(4)

4

村  上   良   夫

   

で顕

著

な

変

化 が 見 ら れる。 これ は

驚

くべ きことである。 なぜ な ら

・

…

カ ト リッ クの

教義

の

  

中には, 米 国の 日曜

法

に規 定さ れてい る ような厳 格な遵

守

を求め るものな ど何ひ とつ ない

  

か らで ある。 にもか か わ ら

ず,

こ の

教会

は日

曜法

の

緩和

に反

対

してお

り・

…

〔19

’

 

) 。 ア メ リカ の カ トリッ ク教 会に, そ う した目立っ た変 化 が 起 きたのは, なに ゆえであろうか。 教

皇

ピ ウス

12

世に よ る

「

日曜 日の聖 別 」の訴 え (

1947

)が刺 激を与 えたの か も しれ ない 〔20〕。 しか し

,特

に ア メ リ カ の

場合,

「共 産 主

義

と “ 世

俗

主

義

”

に

対

する

対抗

意 識が

,

ロ

ー

マ

・

カ ト リッ クの指 導 者たちに, 休 日風の 日曜日 とい う古 くか らの “ 大 陸 的” 概 念 を捨て させ る に至っ た

」

と見る ほ

う

が e21)

,

あ たっ てい る よ

う

に思わ れ る。 い ずれ に し て も米 国の ロ

ー

マ

・

カ ト リッ ク 教 会は

,

1950

年 代

,

そ れ までの

“

大 陸 的

安息

日”

,

つ ま り聖日とい う よ り

休

日と

考

える よ

う

な ゆるやかな 見 方か ら

,

厳 格 な 日曜 遵 守へ と

,

顕 著に立 場 を 変 えるの で ある 。

  実

例 を見て み よう。

1950

年代

か ら

60

年代

初め に か け ての ニ ュ

ー

ヨ

ー

ク

市

での

“

日曜

法

論

争

”

は よ く知 ら れて い る (22] 。 同 市のロ

ー

マ

・

カ トリッ ク教 会 が, 日曜日の厳 格 な 遵

守

を強 調 し, 土曜

安息

日主

義者

たちに

対

する 日曜規制

免

除に反 対 し たの で あ る。

 

た とえ ば

1956

年

3

月, ニ ュ

ー

ヨ

ー

ク 市の

60

のカ ト リッ ク信 徒 団 体が, 日曜 遵 守 法の緩 和に反 対 して公 式 声 明 を 出 して い る

。

     

・

…

日曜日の適切な 遵守に関 する現 在の法 律は ゆ る め ら れ るべ きでは ない と我々 は 主張

   

する もの で ある。 この確 信は, 我々 の宗 教 的 信 念 と実 践に

,

わが 国の伝 統に, そ して

,

提

   

案さ れ てい る

変

更が 必然 的に

引

き起こすで あ ろ

う

弊 害

[

へ の

懸

念

1

に 基 づい てい る (23)。 同 年

9

月, ス ペ ル マ ン枢 機 卿は, 日 曜 日の ビジネス が ま す ますひ どくなっ て きて い るこ と を非 難してい る。

   

近

年 ,… ・

主の 日に ふ さわしい 平

穏

で霊的な雰 囲

気

が, 平日にわ け な くで きる はずの 買     物 や 商 売によっ て

,

ますます 破ら れて きてい る。

    

日曜日の商 業 化 とい うこ の陰 険で急 速に広が っ てい る害 悪の ゆえに

,私

は 大司教 区の全

   

ての カ ト リック信 徒に お願い する。 日曜 日の遵 守に そむ くような ど ん な こ とも差 し控 えて

   

い た だ きたい 。 そ して

,

神の第三戒 を

破

っ てい る人 た ち を あ な た が たの

模範

によっ て助 け

   

て あげて ほ しい C24)。

1958

年

3

月, 大 司 教 区の カ トリッ ク信 徒 団

体

調 整 委 員 会は, 日

曜

日の さ ま ざ まなビ ジネスを

禁

じ てい る州

法

を

修

正

匚

緩 和

]

す るこ とに反 対 する

声

明を出し てい る。

    

日曜日 は祈 りと礼 拝と休 息の 日である。

… ・

日

曜

日の適 切な遵

守

に

関

する

現

在の

法律

は

   

ゆ る め らるべ きで ない と我々 は 主

張

するもの で ある 〔Z

 

 

ニ ュ

ー

ヨ

ー

ク だけで なく, 米 国

各

地で, 日曜日遵 守の

「

最 も声 高 なスポ

ー

ク スマ ン」,

「

力 強 き

擁護者」

は

,

ロ

ー

マ

・

カ ト リッ ク

教会

であっ た 〔Xl) 。

 

こ の よ うに,

1950

年 代

60

年 代の 日曜 法 論 争の背 景に は, 「諸 教 会, そ れ もロ

ー

マ

・

カ トリッ ク が ま

す

ま

す先

頭に 立っ ての

」

キャ ンペ

ー

ンがあっ た と言 える CZ7)。 し か し, それだ けでは な い 。 日曜 法 論 争 が 実 際に裁 判の形 を とる に至る には, 別の

現実

的

要

因が必 要であっ た。 そ れは 経 済 的 要 因である。

B .

経 済 的 背

景

 

あ

えて

単 純化す

る な ら,

1961年

に最

高裁

判 決の出た 日曜 休 業

法違

反

事件

は, 経

済

戦

争

の

産

物

(5)

宗 教と法と経 済  

一

米 国 日曜 法 訴 訟の

一

考 察

一

5

だ とい うことがで きる。

経済競

争こそ が

真

の原因だっ たの である。 どうい うこと か ?

 

第

二次 大 戦

後

, 都

市化

とク ルマ 社 会 化が急 速に進むにつ れて, 米 国 社 会の暮ら し方に も買 物 の

仕方

にも

大

き な

変化

が 生 じ て くる {2S)。

最

も 目立っ た

現象

の

一

つ は

,

ハ イウェ イ

沿

い の デ ィ ス カ ウ ン トス トアあるい はス

ー

パ

ー

マ

ー

ケ ッ トの 出 現である (en) 。 『ビ ジネス

・

ウ ィ

ー

ク

』

の

1957

年

6

月

8

日号は,

「

ハ イ ウェ イの販

売

業 者たち」の繁 盛ぶ りは,

「

自動 車 と急 増 する郊 外 居

住

入 口とが

,

流通

機構

に どん な に

大

きな

影響

を 及ぼ しつ つ ある か を証 明し てい る

」

と

報

じ てい る (U°1 。 ハ イウェ イ 沿い の小

売

業

者

たちに は

,

有

利

な 点 がい くつ もあっ た

。

「増 え 続 ける

[

郊外]

人口

,

十 分な駐 車スペ

ー

ス, 安い 土地 代。 こ れ らの利 点のお かげで , 彼ら は低コ ス トで営 業で きる。 だか ら

彼

らの

多

くは

,低価格,店

頭

現

金 販

売,

そ し て

大

量

販売

である

」 (

『ビジ ネス

・

ウ ィ

ー

ク』)〔31)。 こ う して,

『

タ イム』の表 現 を借 りるな ら, 「人々が [都 心 部 か ら ] 郊 外へ と大 量脱 出し

,

そ し て

市街

地 か ら離れ た所に大 規 模な シ ョ ッ ピン グ セ ン タ

ー

が増 える と共に

,

家 族 たちは車で買 物に出るのが

普

通になっ て きた

」

の で ある [32} 。

 

さて

,

こ こ で重要なこと がある。 それ は

,

ハ イ ウェ イ

沿

い の大 規 模 店

ば

, 週 末の売 り上げが 大 きい とい うこと, つ ま り, 日

曜

日こそ

稼

ぎどきだ とい う

事実

で ある。 当の

販売業者

らによ れ ば

,

一

週 間の

売

り上 げの

15

% か ら

30

% が 日

曜

日の もの であっ た (311 ) 。 な ぜ 日

曜

日にそ れ ほ ど

多

くの買 物 客が来るのか。 主婦の雇 用が増え た こ と が

一

因では ない か と考え ら れ る t34) 。 主 婦た ち が

平

日

働

く と なると

,

買 物は当 然 週

末

になる。 か くて買 物 は日

曜

日 に

,

そ れ も家 族そ ろっ て 郊 外の安 売 り大 規 模 店へ

,

すな わ ちハ イ ウェ イ沿い の シ ョ ッ ピン グセ ン タ

ー

へ とい うこ とにな る の で ある C3i)。 お ま けに, ハ イウェ イ 沿い に位 置 する 新 興の シ ョ ッ ピン グセ ンタ

ー

は ,

多

く の 場 合

,

地方 条例の

法

域

外

に あ っ た し

,

ま た

古

色蒼 然と し た日 曜 法 規は

,

日曜 日の 販 売 活 動を 州 規 模で効 果 的に規 制 するに は不 十 分であっ た {3

%

 

こ う して人々 は 日曜日 に

,

車で郊 外に買 物に出る ようになる

。

『ビ ジネス

・

ウ ィ

ー

ク

』

が 指 摘す る と おり

,

「日曜日の ド ラ イ ブ は買い 出しの小 旅 行と な り」

,「

ハ イ ウェ イ

沿

い の 商

売

は 日 曜日商 売」 となっ た 〔37> 。

 

ハ イ ウェ イ

沿

い の

店

舗のめ ざま しい

成

功を

,他

の

店

が黙っ て見てい る は

ず

は な かっ た。

『

エ コ ノ ミ ス ト』の い うと お り,

f

宗 教 的 反 対 と商 業 的 反 対の奇 妙 な 結 合を惹 起 」 するようになる。

   諸

教

会

, そ れもロ

ー

マ

・

カ ト リッ ク が ま

す

ま

す先

頭 に 立 っ て

, 「

主の 日の冒

涜」

に反

対

  

する キャ ン ペ

ー

ン を張る。 町 なかの商 人たちは競 争の危 機を感 じて, しば しば教 会の キャ

  

ンペ

ー

ン に

資

金

援

助 をし, また

効

果

的

な 政

治的

圧

力

をか けて い る。

   

日曜

営

業に

対

するこ の

宗

教 的かつ 商 業 的

攻

撃は , い くつ かの地

域

では 日曜

安息法

の強 化

  

となっ て, また他の とこ ろ では長い こと忘 れ られてい た

[

日曜

]

法 規の 実 施となっ て現れ

  

て い る czz)。

            

i これ が

1961

年

日曜 法

訴

訟の 真の

背

景 で あっ た。 町の 中心

街

にある

店

と

,郊外

の ハ イ ウェ イ 沿い の ショ ッ ピング セ ンタ

ー

(ス

ー

パ

ー

マ

ー

ケッ ト)との経 済 競 争 が, 当 時の激 しい 日曜 休 業 法 争 訟をもた ら し たので あ る。

当

時の

法律家

も次の よ

う

に分 析 し てい る。

   

町の小 売 業

者

は, も し自 分 もハ イウェ イの競 争 相 手 も共に 日

曜

営 業 するな ら, 相 手の ほ

  

うがは る かに多 く売 り上げる と感 じて い る。 したがっ て, それ くらい なら む しろ

,

日曜 日

  

に は

休業

しよ

う,

そ してハ イウェ イの

店

も

休業

させ よ

う,

と

考

えてい る 〔39)。 こ

う

して町の小

売

業 者たちは, 教 会と協 力 して, 新たな日曜 法を作る よ

う

に, あるい はもっ と

(6)

6

村 上 良 夫 厳 格に実 施 する よ

う

にと, 当 局に強い圧 力を かけた わけである〔4°} 。

『

ニ ュ

ー

ヨ

ー

ク

・

タ イム ズ』 は

1960

年

4

月

26

日 の

紙面

で,

最高裁

が 日

曜法

問 題を

審

…理 し よ

う

とし てい る ことにつ いて

次

の よ うにコ メ ン トする。

   

近 年, こ の問 題

[

日曜

法

の合 憲 性

]

は激 しい 争 点 となっ てい る。 これは, 金物 や 家 具 や

   食

品や 衣

類

を

売

るハ イウェ イの

店

が増 えた た めだ と

見

ら れ る。 こ

う

し た

店

は日曜日 がい ち

   

ば んの

書

き入れ時なの で ある。

   

ハ イウェ イの

店

や その

客

は 日曜の

販売

規 制が

緩和

さ れ る よ

う希

望してい るの に

対

し , 町

   

な かの 店のほうは 日曜 法 が もっ と厳 し く執 行 さ れる よう圧 力 を か けてい る “1) 。 こ れ が実 態で

あ

っ た。 そ し て同

年

12

月

,

最

高

裁で の 口頭 弁 論に関し

, 『

ビ ジ ネス

・

ウィ

ー

ク』 はこ う指 摘 する。

   

最 高 裁における論 争は 主 として, 消 費 者の お 金を め ぐる新 しい競 争を反

映

し たもの で あ

   

る。 そ れは また

,

静か に過ごす

宗

教 的 な日とい うよ り

,

ゴルフ をした り

,

泳い だ り

,

野球

   

場に行っ た りする日と し ての日曜 日とい う,

20

世 紀 半ばの多 くの ア メ リカ人の態 度と か か

   

わっ てい る。 それ は また,

郊外

に

住

む

家族

の

夫

の ほ

う

は

平

日 に

車

を

使

い ,

妻

の ほ

う

は日

曜

   

を含む週 末に買 物を せ ね ば な ら ない とい うこと とも結びつ い てい る 〔42♪ 。 そ して この

記事

は, 「

[

日

曜

法 争 訟が

]

宗 教 的 な 問題で ある こ とは間 違い ない が,

今

回の

大

きな 要

因

は小

売業者

間の

競争」

であるこ と を

認

め

,彼

らの

衝突

が

「

論議

の 中で明

確

な

役割

を

演

じて い る」 と断 言 する 〔a:1)。 実 際にどうであっ たの か,

4

件の 中か ら

2

件を選び, 具 体 的に検 証 し て み よう。

C

.

具 体 的 状 況 (1) ッ

ー

ガ イ ズ

・

フ ロ ム

・

ハ リソ ン

ー

ア レン タ ウン対マ ギ ン リ

ー

事件

   

(

TWO

 

Guys

 

from

 

Harrison−Allentown

,∬nc  v

.

 

McGinley

)

 

ッ

ー

ガイ ズ

・

フ ロ ム

・

ハ リソ ン

ー

ア レ ン タ ウン は大 規 模 チェ

ー

ン店の

一

つ で, ペ ン シ ルベ ニ ア州リ

ー

ハ イ郡

郊外

の ハ イ ウェ イ に

位

置し てい た。 オ

ー

プン し たのは

1957

年

10

月

。

最初 か ら週

7

日間 営 業の方 針を発 表 し, 日曜の営 業 時 間は正 午か ら午 後

10

時 まで で あっ た c4「1) 。 こ の店は, チェ

ー

ン に

属

する

他

の

店

と同

様,

さま ざ まな

商

品を

低価格

で販

売

し てい た。 土地

代

が

安 く,

し か も 人口密 集 地に比 較 的 近 く,

4000

台 収 容の大 駐 車 場 を持 ち, 中 央 管 理 方 式の仕 入れ や保 管, コ ン ピュ

ー

タ

ー

に よ る

在庫管

理

,大

量

販売,

広

告

費は

低 く押

さえ

店内

の装 飾 も

省

き

,店員

はな るべ く減 らして セ ル フ

・

サ

ー

ビス方 式にする, 等々 のや り方で こう した薄 利

多

売 が 可 能だっ た わけである。 “s}

 

し か し, こ の よ

う

な 日曜

営

業の郊 外 大 規 模デ ィ ス カ ウ ン ト

・

ス トア の 出 現は , 当 然 なが ら, 既

存

の 町 な かの 商

店街

の

敵

意 を引 き起こす。 さっ そ く同

年

12

月

3

日

,

ア レ ン タ ウン の デパ

ー

ト

,

ヘ ス

・

ブ ラザ

ー

ズは新 聞に, お 客様の 便 宜の た め

,

ク リスマ ス まで 日曜日

午

後

1

時より

5

時 半 まで営 業い た し ます

,

と

発表

し た f4G)。 『ビジネス

・

ウィ

ー

ク 』 (

1957

年

12

月

21

日号

)

が報 じ た と お

り,

「

攻撃

目

標

は

,言

わ ず と知 れ たッ

ー

ガイズ

・

フロ ム

・

ハ リ ソン

,

164

年前

か らの州の

安

息 日法 を無 視 して 日曜 営 業を続 ける」 新

参

の商 売 敵, であっ た。

   

ヘ ス

社

は

, 自

分た ちの

行為

がッ

ー

ガ イ ズ社の

違

反にスポ ッ ト ラ イ ト を当て る こ と を , そ

  

し て 日

曜

営

業

に

対

する世 間の批

判

を喚 起 すること を期

待

したの で ある。 ア レ ン タ ウン の ほ

(7)

宗 教と法と経 済 米 国日曜 法 訴 訟の

一

考 察

一

7

   

かの商

店

主たち も

一

も う

一

つ のデパ

ー

ト

,

ッ ォ リンガ

ー一

ハ

ー

ネッ ド

社

も

含

めて

一

   

ヘ ス社と行 動を共にする。 しか し, その試 金 石となる最 初の 日曜日

12

月

8

日がやっ て くる

   

前に

,

郡の

検事

は州

法

の執

行

を明 言 する。 こ の威 嚇

一

ま さ しく町な かの店が求め てい た

  

もの

一

のお か げでヘ ス

社

も

他

の

店

も

,

日

曜

日はや は

り休業

とい

う方針

にも どる 〔47)。 日曜 法 を実 施 する と地 方 検 事 が 宣 言 する と, ヘ ス社はす ぐ新 しい広 告 を打っ た : 「ヘ ス

・

ブ ラ ザ

ー

ズは 日曜 日は

休業

い た し ます 」

「

日曜

営

業を

禁

ずる力 強い処 置ゆえに

,検事

に脱 帽 !!

」

。 そ し てこ う説 明する。

  

数 日前, ヘ ス

・

ブラザ

ー

ズ は 日曜 日に営 業 し ます と宣 言 して攻 撃を開 始 し ま した こ と は,

   

我々 にと りまして きわ め て困 難な決 断で あ

り

ま し た。 我々 が求め たの は違 反が もっ と広 ま

   

る ことで し た

1

我々が求め たのは,

一

般のか た が たの

噴

慨で し た !そして

行

動で し た !そ

  

してその とお りにな

り

ました !鮒 この広 告はまた, もし日曜 営 業を今 食い 止めな け れば, 日曜日の商 売は瞬 く間に全 米に広まっ て,

社

会

的

な不

名誉

となっ て しま

う

だろ

う

と述べ るのである。

 

さて, ッ

ー

ガ イズは どう した か 。

12

月

8

日も通 常 通 り営 業 し, 従っ て, 日曜 法が実 施さ れて 逮 捕

者

が出るこ とになる。 そ し て

,

これ が その

後

も

2

年

間にわ たっ て

続

くの である c49 〕 。 日

曜

営 業は儲か る仕 事であっ た。 ツ

ー

ガ イ ズ は, 日曜に店を閉じ る よ り, 罰金 を払っ て も営 業を続 ける ほ

う

が

利

益が 上 が っ たの で ある 〔弸 。 しか し, い ずれに せ よ

決着

をつ けたい と

判断

し たッ

ー

ガ イ ズ は 上

訴

するに至 る 。 か く して 日

曜法訴訟

が本

格

的に開

始

さ れた わ けである。

 

ッ

ー

ガイズの場 合を見て きたが

一

そ してパ タ

ー

ンとして はマ ガ ワ ン対メ リ

ー

ラン ド州 事 件

(

McGowan

 v

.

 

Maryiand

) も同 じなのであるが

一

,経済競争

が

直

接の原 因であっ たことは明 ら かであろう。 郊 外の新 興 安 売 り店 と

,

既 存の街な かの 店との 間の経 済 戦 争におい て

,

日 曜 営 業 に

対

す る効果的 な 武 器と して 日曜 休 業 法が使われ たわ けである。  (2) ギャラ ガ

ー

対ク ラウン

・

コ

ー

シ ャ

・

ス

ー

パ

ー

マ

ー

ケ ッ ト事 件

   

(

Gallagher

 v

,

 

Croivn

 

Kosher

 

Super

 

Market

 ofMassachusetts

)

 

ク ラ ウ ン

・

コ

ー

シヤ

・

ス

ー

パ

ー

マ

ー

ケ ッ トは, その

4

人の株主 も

役

員たちも 正

統

派ユ ダ ヤ教

徒

で あっ て

,

正 統 派ユ ダヤ教の 多 数の 顧 客 を有 する会 社であっ た 〔5D 。 マ サチ ュ

ー

セ ッ ッ 州ス プ リングフィ

ー

ル ド に オ

ー

プン し たの は

1953

年

である (52)。 ユ ダ ヤ教の

信仰

に従っ て 土

曜

日 は

休業

し

,

日曜日 は営 業 してい た。 そ して 日曜日には週の全 売 り上 げの約三分の

一

を商 っ て い た の である c53’ 。

8

月の オ

ー

プン 以来翌

1954

年

5

月 まで は

,

日 曜 休 業

法

に違 反 し てい る に もか か わ らず 警

察

当 局 とは何の トラ ブル も な かっ た。 ところが,

1954

年

5

月, 警 察 本 部 長 がマ サチ ュ

ー

セ ッ ッ州 日曜 法 違 反のか どで

,

店の 共 同 所 有 者 兼マ ネジャ

ー

の 逮 捕を命 じ たの である (S4>。

 

こ こ で

注

意しておか ね ばならない 重

要

なことが ある。 そ れ は, 日

曜 (

休業)法

は,

積極

的に 実 施さ れ る とい

う

場 合よりむ しろ, な ん ら かの理由で特に騒 ぎ立 て ら れ る よ

う

な

事

態にな っ て はじめて

執 行

さ れる場 合 が

多

い

,

とい う

事

実である (55)

。官

憲 としては なるべ くか かわ りた く ない の が,

一

部の連 中 が 苦 情の申 し立て をした た めにや む な く取 り締 ま りに乗 り出 す とい

う

場 合が

,

実 際に は

多

い の で あ る。 そ れ で は ク ラ ウン

・

マ

ー

ケ ッ トのマ ネ ジャ

ー

が 逮

捕

さ れたの は

,

誰

が 日

曜法

違 反 を 問 題に し訴 えたの で あろ うか。 そ れは町 じゅ うに散 在 して い る (コ

ー

シ ャ を 扱 う) 小 さな肉 屋た ちであっ た CliG) 。 土 日休 業の週

5

日制で営 業 し たい 彼らに とっ て

,

日曜も

(8)

8

村 上 良 夫

営

業 する ク ラ ウン

・

マ

ー

ケ ッ トはきわ め て迷 惑な

存在

であっ た。 お まけにこの

新

しい

,

大 きな ク ラ ウン

・

コ

ー

シ ャ

・

ス

ー

パ

ー

マ

ー

ケ ッ トは, い わゆ る ワンス トッ プ

・

ス トア で, い ろい ろの 品 物 が まと めて買 える た め買 物 客には便 利で, そ れゆ えに他の店に とっ ては手ご わい 商 売 敵で

あ

っ た 15η 。 こ の よ

う

に

,

ツ

ー

ガイ ズの

場合

と同

様

,

経済競争

が ク ラ ウン

・

マ

ー

ケ ッ ト

事件

の 直 接の原 因で あっ た。 新

興

ス

ー

パ

ー

マ

ー

ケ ッ ト と 既存の

店

との 間の

経済

戦

争

の 中で

,

日

曜休業

法

が武 器 と して用い ら れ たわけで ある。

 

以 上, こ こ では

1961

年 日曜 法

事

件の

4

件の う ち

2

件 を取 り上 げて, 日曜 法 争 訟の経 済 的 側 面 を 具

体 的

に

見

て き た。

「

日

曜安息

日

法

は

経済 闘争

に おける

武

器と なっ てい る。 これ は この

種

の 法 律の 制 定 者たち が 想 像 も し なか っ た こ とで あろう」 と , 『ラ トガ

ー

ズ

・

ロ

ー ・

レビュ

ー

』

(

1958

年

秋 号 )の

「

論

説

」

でユ

ー

ジン

・

P

・

シェ ルが評 し た通 りである {58)。 裁 判 所は 日曜 休

業

法にか か わるこ う し た経 済 的 現 実に は ほとん ど触 れ ない で きてい るが

,

し か し 日曜 法が

経 済

戦 争の 有 効な武 器 と し て用い ら れ て き た こと は明々 白々 で ある tSO }。 経 済 最 優 先の 時 代にあっ て は,

本

来

宗

教 目的で

作

られた はずの 日曜 休

業法

も

経済

戦

争

の

武

器 と なる

一

1961

年

の日

曜法訴

訟は こ の事 実を如 実に示 す もの であっ た。 皿

.

日

曜 法

の

経 済

学

 

こ こ で少 し角 度 を変 えて, 日曜 法と

経

済 活 動の

関

連 を 消

費者

一

販 売

者

とい う観 点 か ら

,

日曜

法

訴 訟 当 時の

資料

を中心 に

,

一

般 的な

構

図と して整理 し て み たい 。

 

A

.

消 費 者 (購 買 者 )

 

「

日曜日 の

商売

は悪 循 環であっ て, こ れ を断ち切ること がで き るの は買 物 客

自身

だ けであ る

」

と,

1954

年

10

月の

『

カ トリッ ク

・

ダイジェ ス ト』 誌は述べ る tco〕 。

『

ビ ジネス

・

ウ ィ

ー

ク

』

(

1957

年

6

月

8

日

号

) も

,

「日曜日 の買 物の切 り札は消

費者

自

身」

と強調 する 16D。 日

曜

営

業

の 問題 は 結 局 「消 費 者 次 第 」 (同

1961

年

7

月

29

日号 )だ とい うこ と は, すで に 日曜 法 訴 訟の こ ろ の基 本

的認

識であっ たt6z 〕 。

 

それで は, 消 費 者 自 身は 日曜 法を どう考 えるの か。

一

般 的には , 彼 ら は 日曜 規 制の廃 止に賛 成 だ と言 える。 すで にツ

ー

ガイズ

事件

の

時

にも,

店側

は,

「

こ の 問題 に関

す

る

住民投票

を

求

め て, こ の郡の住 民 何 千 人 もの署 名が寄せ ら れてい る」と述べ てい る。 また地 方 紙の編 集 者 も

「

日曜 日 にッ

ー

ガ イズで

買物

をし た 人々 の

数

を

見

れ ば,

彼

ら が 日

曜営業

に

賛成

してい る こ と は 明ら か だ」 と報 じてい る {“;i)。 日曜

法訴

訟以降の もの で ある が,

1966

年のある調

査

に よ れば,

店

が 日

曜

に

営

業 する主 な 理 由と し てあ げ られたの は

,

「

客

が

要求

する から

」

とい うの と , 「(他 店 との) 競 争の た め」とい

う

もの であっ た 〔GS) 。 日曜 営 業 が 消

費

者 (買 物 客 )に は利 点 が ある とい

う

こ と は

誰

にで も理解で きる。 買

物

の

機

会が増 えること はそれだ け便 利 だか らで ある {65} 。 さ らに

,女性

の社

会

進 出

,

つ ま り共

働

き家 庭の

増 加

と共に

,

土

曜午後

と

,

そし て

特

に 日

曜

日が 買 物には最 適の 日 となっ て きた tO「

’

) 。

1976

年

5

月

30

日付

『

ニ ュ

ー

ヨ

ー

ク

・

タイム ズ 』の

「

日曜 安

息法

の

社

会

学」

と題

す

る記

事

の中で

,

イェ フデ ィ

・

A

・

コ

ー

エ ンは

次

の よ

う

に

論

じ てい る。

   多

くの 家 族に とっ て, 日曜日 は両 親と

子

ど もたちと がい っ しょに衣 類

等

を 買 うこ との で

(9)

宗 教 と法 と経 済

一

米 国日曜 法 訴 訟の

一

考察

一

9

  

きる唯

一

の 日であ り, そ う した遠 出は家 族の

一

体 感 を 強め る もの となる。 家 族 生 活の質が

  

大 き く問わ れてい る この 時 代にあっ て , これ は

き

わめ て重 要なこ と だ (6T] 。

 

買 物の機

会

が増 えること

,家族

そ ろっ ての

買物

がで きる こ と

,

とい っ た理 由に

加

えて

,

も う ひとつ ,

消費者

にとっ て 日曜 営 業の大き な利 点がある。 ツ

ー

ガ イ ズ

・

チ ェ

ー

ン店の会 長はい み じく

も

こ

う表

現してい る ;

「

買物

は レク リエ

ー

シ ョ ン で

す

。 買

物

の

時

の

奥

さ んの

楽

しそ

う

な よ うす を 見て ごらんなさい 」(ca’。 言い 得て妙である。 買 物は

,

特に車で 出 か けて大 き な 店でい ろ い ろな 品物を探 し, 選び, 購 入 すること は, 現 代の娯 楽であ り

気

晴らしで あ り, レジ ャ

ー

の

一

形

態

なの であ る。 『タ イム

』

の

1956

年

10

月

22

日

号

は

,

オハ イ オ州ク リ

ー

ブ ラン ドの あ る主 婦の 感 想 を

紹介

してい る ;

「

日曜日 に遅 く起 きて きて

,

子どもたちに ゆっ く り朝 食 をとらせて か ら 買 物に行 くの は楽 し みで す。 共 進 会の お

祭

りに行く み たい です

」

t69) 。

 

この よ

う

に

,

一

般に

消費者 (

購

買

者,

買 物

客

) は

,

日

曜法

に よ る規 制の

廃

止

,

す なわ ち日曜 営 業の 自 由 を望 む 傾 向 が ある と言 える。 自給 自足 なら ぬ現 代 産 業 社 会に あっ てはすべ て の 入が

消

費 者とい

う

面 を

持

つ 。 た だし, そ れ ではすべ ての 人 が 日曜

法廃

止に

賛

成か と言 えば そ うで も ない 。 交 通 渋 滞や混 雑 を 嫌 う 人 もい れば, や は り日曜日 は休 息の 日であるべ きだ とする人たち もい る v°}。

前

記の

1966

年

の 調査で は, 日曜

休業

を

支持

する主な 理 由は, 「

宗

教 的 主

張

と, 休み の 日の必 要 性 」とい うもの で あっ た (T]) 。 こ

う

し た さ まざま な意 見は あ る もの の , 消 費 者 とい う立 場 か ら見た場 合

,

日曜 法は明 らかに支 持 さ れに く くなっ て きてい る と言い うるであろう。  

B .

販 売 者

 

で は 販

売

する 側

,

小

売

業 者は ど うか。 雇 用

者

(

経

営 者 ) を中心に, 被 雇用 者 (従 業 員 )に も 触れな が ら考 えてみ よう。

 

(1) 雇 用 者 (店の経 営 者 )

 

薄 利

多売

を

方針

とする ディス カウン ト

・

ス トアや ス

ー

パ

ー

マ

ー

ケ ッ トが

,

家 族つれの 客 が 多 く見 込め る日曜 営 業を望む こ と, つ まり 日曜 法の

廃

止を望む こ とは言

う

まで もない 。

 

しか し その他の店 は

,

一

般に

,

日曜 営 業に は反 対の傾 向 が 強い 。 主の 日連 盟に よる

1956

年の 報 告で は,

「

米 国の商 店主の

95

% が 日曜 営 業に反 対 」で あっ た u2} 。 『ニ ュ

ー

ズ ウィ

ー

ク』

ig62

年

6

月

18

日

号

は

,

日

曜

日の販 売に関 す る

E ・B ・

ヴァ イス (ニ ュ

ー

ヨ

ー

ク の ドイル

・

デ

ー

ン

・

バ

ー

バ ック広告 代理店 副 社 長

)

の調査 を紹

介

し てい る 。

   

ヴァ イスに よれば, 日曜日の商 売に対 する組 織 的 な 反 対は今日, 聖 職 者たち か らの もの

  

では ない 。 そ うでは な くて

,多

くの 商 店主 自

身

か らの もの で あ る。

彼

らは

宗

教や道 徳 を

気

  

に して い る の で はな く, た だ無

秩

序な競 争を恐れて い る の で ある。 シ カ ゴ の ス テ

ー

ト

・

ス

  

ト リ

ー

トの

店

主が

言

う とお

り,

「み んな 閉じ るか

,

み んな

開

ける か

,

その どっ ちかです

。

  

単 純 なことです 」t「3}。 シェ ルは このこ と を, 車の販

売

業

者

たち を例にあ げて説 明

す

る。

彼

ら は

一

般

に 日

曜

日 は

休 業

す ること を 望ん でい る の である。

  

これは, 市 街 地で営 業 活 動 するディ

ー

ラ

ー

た ちは, ハ イ ウェ イ

沿

い の ディ

ー

ラ

ー

たちが 日

  

曜日に

営

業 するの に は到

底

太 刀

打

ちで きない ため である。 つ ま り

,今

ど きの

一

般 大 衆 は

,

  買物

に出 か けるこ とと ドライブの楽 しみ とを 結びつ ける傾 向 が あっ て, 従っ て 日曜 日の 買

  

物 とい うと たい てい ハ イ ウェ イ 上で の こ とにな る。 C74)

(10)

10 村  上  良   夫 か く して 車の デ ィ

ー

ラ

ー

たちの圧 力のゆ えに, い くつ かの 州で は, 日曜 日には車の販 売を禁 止 する とい

う

特 別な

法律

が

成

立

す

る ことに な るわ けで

あ

る c7s)。

 

競

争に対 抗 する た め 日曜日に営 業せ

ざ

る を

え

ない店 も も ちろ んあるが,

多

くの小 売 業 者は, 特に比 較 的 小 さ な商 店の経

営

者は

,

一

般

に 日曜 休

業法

を

支持す

る傾

向

が あ る   。 主な 理

由

は 二つ

あ

る。

一

つ は, よ り

大規模

で

効率

的 な

店

との

競

争 を恐 れ る か らであ り, い ま

一

つ は, 人 手 不 足 とい うことで ある 17η。 第

一

の 理 由につ い て はすで に見て きた と お りで ある が, 第二 の理 由はつ ま り

,大

規

模店

ほ どには 入

員

に

余裕

の ない

店

は, 日

曜

日に

働 く従業員

のや

り

く

り

に

苦労

する とい う事 実で ある 〔7

%

 

以 上

見

て き た ところ か ら

,

日

曜法

と小

売業者 (

店

の

経

営

者)

につ い ては

,

少 な くとも次の

2

点 が 明 らかであろう

一

買 物の機 会 が 増

え

る こ と を (つ ま り 日曜 法の廃 止を) 消 費 者は強 く望 んで い る とい

う事

実は

,

どの業

者

も認 め てい るこ と

,

し か し

,

日

曜法

に

対

する態 度 は

店

の

種

類 や規 模

,

立 地 条 件に よっ て差 が ある ということ , である 〔T9) 。

 

 

 

被 雇 用 者

(

従 業 員

)

 

そ れで は被 雇 用 者 (店の従 業 員 )は, 日 曜 法を どう見て い るのか。 この あた りの具 体 的な資 料は

少

ない が

,

現

代

の 日曜

法

を 総

合的

に

考察

したラバ ン ドとハ インバ ッハ に よ れば

(

1987

)

, 従 業 員たちは 日曜 日の勤 務を強い ら れ るこ と を恐れ て 日曜 法 廃 止に は反 対の傾 向が強い とい

う

。 日

曜法

の

廃

止が 日

曜

出勤の 強 制につ ながる こ と は当 然

考

え ら れ る。 それ ゆ え, 日曜 休 業 法 を

廃

止し よ

う

としてい る州の ほ とん どが

,

その

廃

止

法案

の

中

に

,

日

曜

日に

働

きた くない

者

に

対

して仕 事 と身 分を保 証 する

一

節を含めてい る ほ どである [s°} 。 経 済 状 況や雇 用 状 況, そして個 人

的事情

に左

右

さ れ るこ とは も ちろん であるが

,

一

般 的に は現 代の従 業 員は

,

日曜日の超 過 勤 務 手 当よ りも自 由な 日曜 日の ほ うを好むの で は ない か と見ら れ てい る。

 

以 上

,

消 費 者 と 販

売

者の 両面 か ら

,

日曜

法

の 経

済学

を概

観

してみ た。 現

代

にあっ て は 日

曜

法 は, 宗 教や道 徳

.

よりも経 済とい

う

観 点か ら論 議の的と な る。

宗

教 的な色

彩

の濃い

法律

とい えど も

,時代

の

波

の 中で その性 格 を 変 えるの で ある。

 

な お

,

付 け 加 える な らば

,

イ ギ リス で は

1993

年末

に 日曜

営業

の規 制

緩和

が 可

決

さ れ てい る が

,

一

般 大

衆 [

消

費

者

1

]

の

多

くが日曜 営 業 を 支 持 する中で , 反 対 運 動を展 開 したのは英 国 国教 会 の信 徒 や 零 細 小

売

店主 たちの組 織であ り

,

ま た

,

日曜 出

勤

を拒

否す

る

店員

が不

利

益 を

被

らぬ よ うにする こ とが 問 題 点の

一

つ で あっ た とい う{Sl)。 日曜 法の経 済 学は イ ギ リス に も あて はまる ようで ある。

お わ

り に

 

法

とい う もの はすべ て , 社 会 状 況の反 映 とい う面を持つ と言 える。 日曜

法

は も ともと は

宗

教 のた めの

法

として

制定

さ れた。 そ れ が,

産業化

と世

俗化

の

時代

にあっ て は

,

違っ た 意

味

を

持

つ もの と なっ て きた。 日曜 法 訴 訟の こ ろ米 国 消 費 者 運 動の若 き旗 手ラ ル フ

・

ネ イダ

ー

が,

「

元 来 は教 会 出 席 を強 要 し, 聖 日の冒 涜を防 ぐた めに考 えら れ た 日 曜

安息法

が

,種

々雑

多

な世

俗

的 目 的を達す る た め に利 用さ れ てきた

」

と

指摘

した とお りである ts2)。

特

に

,

激 しい

経

済

競

争とい

(11)

宗教と法と経済

一

米 国日曜 法訴訟の

一

考察

一

11

う状 況の もとで , 日曜 法は商 売 敵に打 撃を与え る重 要な武 器と して使わ れて きた。

1961

年の 日 曜

法事

件はそれ を

如

実に示

す も

の で

あ

っ た 。

 

日曜

法

は そ れ で は

,

ど

う

なっ てい くであろうか。 日曜 法

判決

か ら四半 世

紀

の 時 点で碩

学

プフ ェ ファ はこ う述べ てい る。

   

最

高裁

の判

決

か ら

今

日

[

1980

年代半

ば

]

まで の

間

に

,

日

曜休業法

は

米

国の ほ ぼ全 土で

終

  

焉 を迎 えて きた。

[

違 憲とい うよう な

]

最 高 裁 判 決 が 下っ た わ けで も な けれ ば, 主の 日連

  

盟 や 他の キ リス ト教 団

体

が泣 き

寝

入 り して し まっ た わけで もない 。 ただ,

米

国の

資

本 主

義

  

は

,

人々 が金 を

使

うこ とを許 され ない よう な日とい う もの を

容

認で き なか っ たか ら だ。 日

  

曜 法は今日

,

廃 止 さ れて いない地 域におい て も, 実 際上 は ほ ぼ死 文 法となっ て い る c83) 。 この

観察

は

妥

当と言 えよ

う

。 ア メ リ カ経 済

史

の ア ラ ン

・

ラ ウヒ ャ

ー

も最 近の論

文 (

1994

)

の 中 で

,多

元 的 共 存 社 会の進

行

とい う背 景 もあるがや は りなに より も ま ず 経 済 的 利 害の ゆえに

,

日 曜 休 業 法は死 滅 するであろ

う

と予 測 し てい る (84}。 ただ

,

それ で は 日曜

法

論 議は完全 に決

着

が つ い たのか,

経済

の さ ら なる進 展 と共に消 滅 するだ け なのか, と言 えば, 少々疑 問が残る の で ある。 経 済 的 利 得と便 利 さが最 優 先の 現 代である が, それ が際 限な く

続

くか ど

う

か は誰にも予 測できない か らである。 日曜 法 判

決

の頃, ある メ ソ ジス ト派 牧 師は

『

ニ ュ

ー

ズウ ィ

ー

ク』で こ う述べ て い た。 「日

曜

日 を

取

り去っ て しま う なら

,

完 全に 世

俗

的で物

質

主

義

的 な 国へ と 限 り な く近づい てし ま うこ とにな りま す。 そこで は人々は快 楽 や 儲 け や 私 利 私 欲し か頭にな くな る こ とで しょ う

至 

余 りに 世俗 化が進ん で

,

こうし た懸 念ど お りの 社 会になっ て くると

,

今 度は その反 動と して逆に宗 教へ の関 心が再び

高

まっ て くるこ とも あ り

う

るので は ない か。 その 中で 日曜 法が息 を 吹 き返 す 場 合 も考 え られるし, あるい は, 経 済 競 争 と 日曜 法 が 結びつ い た ように ,

今

度は福

祉

や

資

源

・

環 境 問題 と日 曜

法

が結びつ く可

能性

さえ あるか もし れ ない (SB)。

今後

の

米

国 社 会の展 開と共に 日曜 法は どの よ

う

な経 過を た ど るのか, 興

味

深い とこ ろ である。 註

(1)David N

.

 Laband and DebQrah H

.

 Heinbuch

,

 Blue Laws : The Hisory

,

 Economics

,

 and  Potitics ofSunday

−

Cjosing    Laws (

Lexington

,

 

Mass.

:

D.

 

C,

 

Hea

[

h

&

Co.

,

1987

)

,

39−41

等 参照

。

邦 語の もの では

,

瀧 澤 信 彦 『国家と宗教の分 離

      ア メ リ カ に お け る政 教分離の法理 の形成』(早 稲田大 学 出版 部

,

1985年 ), 37

−

84頁が参 考にな る。 W

・

   マ

ー

ネル

,

野村 文子訳 「信 教の自 由とア メ リ カ

ー

合 衆 国 憲 法 修正

一

条

・

十四条の相剋』 (新 教出 版社

,

   

1987

年)

、

239−241

頁 も参照

。

な お

,

本 件の弁 論 は

1960

年

12

月 に 行 なわ れ, 判 決 が 出た の は

1961

年

5

月である

。

(2)それぞtt McGo ,van v

.

 Maryland

,

 

366

 U

.

 S

.

 420(1961);Two Guys frotn Harrison

−

Alientown

,

 lnc

.

 v

.

 McGin/ey

,

366 U

,

   S

.

582

(1961)と、 Braunfeld v

.

 Brown

,

366

 U

,

 S

.

599

(1961);Gallagher v

.

 Crown Kosher 

Super

 

Market

 of

   

Massachusetts

 

366

 

U.

 

S.61

ア(

1961

)と である

。

(3>Soon Hing v

.

 Cro;vley

,

 113 U

,

 S

.

 

703

〔1885)

.

カ リフ ォルニ ア で洗 濯 店を営んでい た中国人 が 日曜に営 業した と し    て有 罪判 決を受け た た め

,

同 州の 日曜 法の違 憲 性を訴え た事件である。 A

.

 P

、

 Stokes and  Leo Pfeffer

,

 

Church

   andState  in the Unjted States rev

.

 ed

.

(New  York:Harper&Row

,

1964

}

,

501

;Laband and  Heinbuch

,

39

等参 照

。

(4) Tima 

220ctober

 

1956

,

98

;Business Week

,

29Ju

ユy 

l961,

80.

(5)Robert T

.

 Miller

,

“

The Courl of the States as Delineators of the Boundaries between Chur

’

ch and State

,

”

亅ames  E

.

   Wood

,

亅r

.

 E

.

 Bruce Thompson

,

 and RQbert T

.

 Miller

,

 Church and5tate  in 

Scri

ρture

,

 History

,

 and 

Constitutionat

乙aw

   (Waco

,

 

Texas

:Bay]or 

University

 Press

,

1958

)

,

111.

(6)Hiley H

.

 Ward

,

 SI)ace

−

Age Sunday(New  York;The Macmi]]an Co

.

,

1960)

,

3

.

(7)

366U

.

 S

.

423.

585

,

601,

618.

(

8

)

Chester

 

James

 

An

[ieaU 

Phillip

 Mark 

Carroll

,

 and Thomas  

Carro

】Burke

,

 

Religi

σn Under the State 

Constitutions

    〔New  York 

Cent

旧 l Book 

Co.

,

1965

)

,

75,

参照

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