Author(s) 岩佐, 明代 Report No.(Doctoral Degree) 博士(獣医学) 甲第465号 Issue Date 2016-09-26 Type 博士論文 Version ETD URL http://hdl.handle.net/20.500.12099/55528 ※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。
ウシの薬物療法における経口経路の有用性に関する研究
-ジクロフェナク経口投与の薬物動態とその臨床での
有用性の評価を中心として
2016 年
岐阜大学大学院連合獣医学研究科
(東京農工大学)
岩佐 明代
ウシの薬物療法における経口経路の有用性に関する研究
-ジクロフェナク経口投与の薬物動態とその臨床での
有用性の評価を中心として
1-1. はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・1 1-2. 消化管からの薬物吸収 ・・・・・・・・・・・・・・・・1 1-2-1.受動拡散 ・・・・・・・・・・・・・・・・2 1-2-1-1.受動拡散 ・・・・・・・・・・・・・・・・3 1-2-1-2.促進拡散 ・・・・・・・・・・・・・・・・4 1-2-2.能動輸送 ・・・・・・・・・・・・・・・・5 1-2-3.膜動輸送 ・・・・・・・・・・・・・・・・6 1-3. 薬物の物理化学特性と経口投与後の吸収・・・・・・・・・・・・6 1-3-1.薬物脂溶性 ・・・・・・・・・・・・・・・・6 1-3-2.酸解離定数(pKa) ・・・・・・・・・・・・・・・・7 1-3-3.分子量 ・・・・・・・・・・・・・・・・8 1-4. 胃排出と経口投与後の薬物吸収・・・・・・・・・・・・・・・・8 1-5. ウシの反芻胃生理学 ・・・・・・・・・・・・・・・・9 1-6. 薬物体内動態解析法 ・・・・・・・・・・・・・・・・11 1-6-1. コンパートメントモデル解析法 ・・・・・・・・・・・・・・11 1-6-2. ノンコンパートメントモデル解析法 ・・・・・・・・・・・・13 1-7. 本研究の目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・14 第 2 章 ウシにおけるジクロフェナクおよびアセトアミノフェン経口投与後の 薬物動態 2-1. はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・18 2-2. 実験材料および方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・20 2-2-1. 使用動物 ・・・・・・・・・・・・・・・・20 2-2-2. 使用薬物 ・・・・・・・・・・・・・・・・20 2-2-3. 薬物動態実験 ・・・・・・・・・・・・・・・・20
2-2-6. ルーメン内薬物安定性 ・・・・・・・・・・・・・・・・22 2-2-7. 薬物動態解析 ・・・・・・・・・・・・・・・・22 2-3. 結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・24 2-4. 考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・25 2-5. 要旨 ・・・・・・・・・・・・・・・・27 第 3 章 ウシにおけるイオジキサノールルーメン内投与による胃排出評価 3-1. はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・31 3-2. 実験材料および方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・33 3-2-1. 使用動物 ・・・・・・・・・・・・・・・・33 3-2-2. フィステル牛作出 ・・・・・・・・・・・・・・・・33 3-2-3. 使用薬物 ・・・・・・・・・・・・・・・・33 3-2-4. 薬物投与試験 ・・・・・・・・・・・・・・・・34 3-2-5. ルーメン液中イオジキサノール濃度測定 ・・・・・・・・・34 3-2-6. ルーメン液中のイオジキサノール安定性・・・・・・・・・・35 3-2-7. ルーメン液中イオジキサノール濃度の動態解析・・・・・・・35 3-3. 結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・36 3-4. 考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・37 3-5. 要旨 ・・・・・・・・・・・・・・・・39 第 4 章 脂溶性の異なる薬物のウシルーメン内投与後のルーメン液中濃度の動 態 4-1. はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・43 4-2. 実験材料および方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・45 4-2-1. 使用動物 ・・・・・・・・・・・・・・・・45 4-2-2. 使用薬物 ・・・・・・・・・・・・・・・・45
4-2-5. ルーメン液中の各種薬物安定性・・・・・・・・・・・・・・47 4-2-6. ルーメン液中の動態試験での薬物濃度測定・・・・・・・・・47 4-2-7. 統計処理 ・・・・・・・・・・・・・・・・48 4-2-8. 薬物動態解析 ・・・・・・・・・・・・・・・・48 4-3. 結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・49 4-4. 考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・51 4-5. 要旨 ・・・・・・・・・・・・・・・・54 第 5 章 発熱ウシにおけるジクロフェナク経口投与後の血清中濃度と解熱効果 5-1. はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・58 5-2. 実験材料および方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・60 5-2-1. 使用動物 ・・・・・・・・・・・・・・・・60 5-2-2. 使用薬物 ・・・・・・・・・・・・・・・・60 5-2-3. 薬物投与試験 ・・・・・・・・・・・・・・・・60 5-2-4. 血清中ジクロフェナク濃度の測定・・・・・・・・・・・・・61 5-2-5. Population PK 解析 ・・・・・・・・・・・・・・・・61 5-2-6. PD 解析 ・・・・・・・・・・・・・・・・62 5-3. 結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・64 5-4. 考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・65 5-5. 要旨 ・・・・・・・・・・・・・・・・68 第 6 章 総括 ・・・・・・・・・・・・・・・・77 謝辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・80 引用文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・81 要旨 ・・・・・・・・・・・・・・・・93
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第 1 章 緒言
1-1.はじめに 薬物投与後に起こる生体反応は,作用部位における薬物濃度(分布性),薬物 固有の特性(活性),作用部位に規定される。このうち,作用部位での薬物濃度 は当該組織への分布性に依存し,投与後の吸収(absorption)・分布(distribution)・代謝(metabolism)・排泄(excretion),つまり薬物体内動 態(ADME)により決定される[31,32]。作用部位における薬物濃度を測定するこ とは困難である。しかし,投与後ある程度の時間が経過すると、分布平衡によ って遊離している非解離型の薬物濃度が間質液と組織内とで同一になる[73]。 よって, 作用部位の薬物濃度と血漿中の薬物濃度は平衡関係にある[50]。以上 から, 血漿中薬物濃度を測定することで作用部位での薬物濃度,つまり薬物体 内動態が推定可能である。 通常,薬理活性は薬物濃度に依存し,最小有効濃度以上であれば薬効が得ら れる。しかし,薬物濃度が有効濃度を超えると有害作用(副作用)が発現する。 一般的には有効作用と有害作用,両者発現濃度の反応曲線の間が安全かつ有効 な薬物治療における薬物濃度であるが,抗がん剤などでは有効作用発現濃度曲 線よりも有害作用発現濃度曲線の薬物濃度の方が低くなるものが存在するのも 事実である[31]。 本研究では,ウシヘの経口投与後の薬物動態の中でも,吸収に着眼点を置い て検討を行った。以下に経口投与における薬物消化管吸収,反芻獣であるウシ における消化管構造の特異性を記述する。 1-2.消化管からの薬物の吸収 薬物の吸収とは,薬物が投与部位から全身循環へ移行する過程を言う。一般
- 2 - 的に経口投与された薬は,胃内容もしくは小腸内容で溶解し,解離型(イオン 型)と非解離型(分子型)に分離される。次に非解離型薬物が消化管管腔内液 へ供給され,上皮や毛細血管内皮の生体膜を透過して血中へ吸収される。よっ て,薬物の消化管からの吸収は,消化管内容液における薬物のイオン化の状態, 消化管膜透過性,消化管腔内容物の状態,消化管通過速度(流速)によって律 速される。このうち,消化管膜透過性は消化管膜の特性,薬物の細胞膜透過機 構,薬物の物理化学的特性(1-3 に後述)によって決定される。 まず消化管膜の特性について述べる。薬物が体内へ吸収されるためには消化 管膜,つまり細胞膜を通過しなければならない。細胞膜は,タンパク質と脂質 を主として構成され,直径 0.4 nm の小孔が所々に存在している。その詳細は リン脂質が疎水基(脂肪鎖)を内側に,親水基(リン酸基)を外側に向けて 2 重に重なった脂質二重層が基本構造である。よって,物質透過時は親油性のバ リアとなる。また膜内にはコレステロールや受容体,チャネル,酵素などの機 能性タンパク質が埋め込まれ,流動している。この流動モザイクモデルにより, 膜は変形して薬物を取り込むことも可能である。 次に薬物の細胞膜透過機構について述べる。薬物の細胞膜透過機構は受動拡 散(受動拡散及び促進拡散),能動拡散,膜動輸送の 3 種に大別される。 1-2-1. 受動拡散 受動拡散はエネルギーを全く必要とせず,薬物の濃度勾配により細胞膜を透 する。その詳細には,単純拡散と促進拡散が含まれる。しかし,単純拡散は受 動拡散と称されることが多いため,以降単純拡散は狭義の受動拡散として記述 する。促進拡散ではトランスポーターを必要とする点が単純拡散と異なり,特 殊輸送にも分類される。 一般的な経口投与薬の吸収は小腸から行われるが,小腸上皮の表面は多糖類
- 3 - からなる糖衣に覆われ,ヒトで厚さ 50~100m の非撹拌水槽を形成している [31]。よって,受動拡散による小腸での薬物吸収は膜表面上に形成される水拡 散層あるいは非撹拌水槽を受動拡散して膜表面に達し,膜への分配,膜中を受 動拡散して細胞中に入っていく。 1-2-1-1.受動拡散(passive transport) 受動拡散では濃度勾配(厳密には電気化学ポテンシャル)に従って物質が膜 の反対側に移行する。多くの薬物は受動拡散によって消化管の細胞膜を透過し, 全身循環へ移行する。受動拡散による薬物吸収の特徴は濃度依存性で飽和現象 が認められないことである。吸収速度は吸収部位での薬物濃度増加に応じて直 線的に増加する。前述のとおり,細胞膜は親油性のバリアとなっているため, 脂溶性の高い薬物分子ほど受動拡散により吸収されやすい[6,12,13]。受動拡散 に関わる重要な因子として,薬物の脂溶性のほかに,解離度,分子量があげら れるが,これらは 1-3.薬物物理化学的特性にて後述する。また,受動拡散によ る脂溶性薬物の吸収は胃,小腸,大腸の各部で起こり得る[41]。実際に薬物吸 収は非解離型の受動拡散により説明できると報告されている。(ヒト胃[37],ラ ット胃[69],ラット小腸[70]) 受動拡散による薬物の細胞膜透過速度はフィックの第一法則(濃度勾配が時 間に無関係な法則)により以下の式で表される。 ( ) ここで,J〔mg/(cm2/min)〕は単位面積当たりの薬物膜透過速度,D(cm2/min) は薬物の細胞膜中拡散係数,K は細胞膜体液間分配係数,L(cm)は膜の厚さを それぞれ表す。また,C1および C2は生体膜を挟んだ領域1および 2 の薬物濃度 を表す。分配係数(K)つまり脂溶性が高い薬物ほど膜透過速度(J)が速くな
- 4 - る。また,分子量が大きくなると拡散係数(D)が減少し,膜透過速度(J)は 遅くなる。 経口投与後の消化管内容液中の薬物濃度を C1,血漿中濃度を C2とすると,C1 は C2よりもはるかに高い濃度であるため,上の式は以下の式に近似できる。 したがって,経口投与後の消化管からの吸収速度は消化管内溶液中濃度に比 例すると近似できる。 受動拡散には細胞膜透過経路以外に細孔から薬物が流入する経路がある。細 孔経路は膜を貫通するタンパク質で形成される直径 0.4~1 nm の細孔を透過す ることと考えられているが,実体は明らかではない。直径 0.4 nm であれば分子 量 50~60 のエタノールや尿素程度しか通過できない[41]。一方で空腸近位端の 小孔サイズは 7.5×10-7mm および回腸遠位端の小孔サイズは 3.5×10-7mm と推測 されている[29]ため,細孔経路は低分子の親水性薬物の生体膜透過に関与して いると考えられている[27]。実際にヒトではサルファ剤等の薬物はイオン化し ていても消化管からよく吸収される[32,51]。 1-2-1-2.促進拡散(facilitated diffusion) 促進拡散は濃度勾配を駆動力とし,生体エネルギーを必要としないがトラン スポーターを利用する特殊輸送である。特徴としては,化学構造特異性を有す ること,薬物濃度を上げると透過速度が飽和すること[41],受動拡散よりも透 過速度が速いこと,類似化合物の共存により透過速度が低下することがあげら れる。主に小腸上部に機構が存在[41]しており,例としてグルコーストランス ポーター(GLUT)を介した糖類の吸収などがある[90]。 促進拡散よる薬物透過速度はミカエリス-メンテン式で表される。したがって,
- 5 - トランスポーターに親和性が高いほど,薬物の膜透過速度は速くなる。 1-2-2. 能動輸送 能動輸送は生体エネルギーを必要とし,トランスポーターを利用する特殊輸 送である。生体エネルギーを利用する輸送であるため,その特徴としては,濃 度勾配に逆らった輸送が可能であること,代謝阻害剤により透過速度が著しく 低下すること,低温状態で透過速度が著しく低下することがあげられる。一方, トランスポーターを介するため,促進拡散と同様の薬物吸収における特徴(前 述)もある。能動輸送は糖,アミノ酸,ビタミンなどの栄養物質の輸送に用い られる。トランスポーター自体がエネルギーを利用するかによって一次性能動 輸送と二次性能動輸送に大別できる。 一次性能動輸送では,トランスポーターは ATP を加水分解して得たエネルギ ーによって物質輸送を行う。一時能動輸送にかかわる担体としては,P-糖タン パク,MRP (multidrug resistance associated protein)や BCRP (breast cancer resistance protein)などが知られている。いずれも薬物を血液側から消化管 へ輸送する。したがって薬物を体外に排泄する輸送担体として認識されている。 例としては P-糖タンパク質を介したシクロスポリン [66],ジゴキシン[47],イ ベルメクチン[46]や Ca2+チャンネル阻害薬[19]などの輸送がある。 二次性能動輸送では,一次性能動輸送で生じた H+や Na+の濃度勾配あるいは電 気化学ポテンシャル勾配を利用して物質輸送を行う。この際,トランスポータ ーを介して物質が同方向に輸送される場合を共輸送,逆方向に輸送される場合 を逆輸送という。また一次性能動輸送で生じた膜電位により電荷をもつ薬物が 単独で輸送される場合を単輸送という。二次性能動輸送にかかわるトランスポ ーターは SLC(solute carrior protein)トランスポーター群に分類される[82]。 この中で,オリゴペプチドトランスポーターは,ラクタム系抗生物質や ACE 阻
- 6 - 害薬などの輸送にかかわっていることが知られている[75,82,83]。 1-2-3.膜動輸送 膜動輸送は生体エネルギーを必要とするが,トランスポーターを必要としな い特殊輸送である。膜動輸送は細胞膜自体が変化して小胞を形成し,物質を細 胞内へ取り込む。また,この現象をエンドサイトーシスと呼ぶ。この中でも液 体や高分子の取り込みはピノサイトーシス(飲作用),微粒子の取り込みはファ ゴサイトーシス(食作用)と呼ばれる。 1-3. 薬物物理化学特性と経口投与後の吸収 薬物固有の物理化学特性(脂溶性,解離度,分子量)部分について述べる。 1-3-1. 薬物脂溶性 薬物の脂溶性とは,脂質に溶けやすい性質を言い,薬物の化学構造中に極性 の基が少ないほど脂溶性が高い[41]。生体膜はリン脂質 2 重層を主とし,各種 膜タンパク等が絡んで構成されているため,脂溶性の高さが一般的な生体膜の 透過性,ひいては薬物の吸収されやすさを決定する[2,9]。脂溶性の分子は膜上 のリポタンパク質の脂質状の部分を受動拡散により直接通過する。逆に脂溶性 の低い水溶性の薬物は受動拡散では吸収されず,特殊な輸送機構によって吸収 されるほかない。また,脂溶性が低いほど小腸における薬物吸収は非撹拌水槽 の影響を受ける可能性がある[31]。 脂溶性の指標としては一般的に log P 値(pH7.4 における n-オクタノール/水 の分配係数)が使われ,ほとんどの薬物が-4 から 4 までの間に入る[79]。Log P 値は薬物の生体内分布に関わるパラメーターであり,消化管吸収には関連が非 常に深い。水の log P 値である-1.38 を親油性と親水性の境界値として Sugiyama
- 7 - ら[79]は提唱している。 1-3-2. 酸解離指数(pKa) 消化管における薬物の細胞膜透過機構の中で脂質経路による受動拡散がもっ とも一般的である。薬物の多くは弱電解質であり,体内で解離型と非解離型に 分かれる。この時,イオン化している解離型薬物は水溶性であるため,吸収さ れない。よって,受動拡散による薬物吸収では薬物の解離度が重要な因子であ るとわかる。薬物の解離度は pH 分配仮説によって説明できる。pH 分配仮説とは, 弱酸性および弱塩基性の薬物が受動拡散によって吸収される場合,組織 pH によ って薬物の解離度は変化し,薬物の非解離型(分子型)が多いほど,非解離型 の親油性が高いほど吸収速度が速くなるという考え方である。よって,吸収部 位の pH や薬の酸解離定数の負の常用対数値である酸解離指数(pKa)が薬物吸 収を規定している重要な因子といえる[74]。実際,多くの薬物が pH 分配説に従 っていることが報告されている。[38,58,93]。
薬の pKa と体液 pH の関係は Henderson–Hasselbalch の式(Eq.1-1,Eq.1-2) によって示され,薬物の解離度である解離型,非解離型(分子型)比率が決定 される[71]。 弱酸性薬の場合 = [解離型] [非解離型] (Eq.1-1) 弱塩基性薬の場合 = [非解離型] [解離型] (Eq.1-2) よって,消化管内 pH が分かれば薬物 pKa 値から解離型と非解離型の比率を知る ことが出来,薬物の吸収の善し悪しを推測することが出来る。この消化管 pH は 消化管内容物,つまり食物による影響が大きい[16]。Schanker ら[69]は pH1 に 保ったラット胃内での薬物吸収率が酸性・弱塩基性薬物ともにほぼ pH 分配仮説
- 8 - により説明可能だと報告している。また,pH 分配仮説で説明できない部分は非 解離型分子の脂溶性によると考察されている[85]。よって,多くの薬物は pH 分 配仮説と脂溶性により薬物吸収を説明することが出来る[9]。 1-3-3. 分子量 一般的に分子量が小さいほど生体膜透過性は増加[11]する。特に,親水性薬 物の細孔経路による膜透過では,分子量が小さいほど透過しやすい[65]。ヒト での腸管灌流において,重合体であるポリエチレングリコール(PEG)は分子量 低下に伴って吸収率が増加する。これは分子量低下に伴い拡散係数が増大する ため,腸管膜の透過性が上昇した結果であると報告されている [15]。Elbadawy ら[22]は数種のサルファ剤の経口投与後の吸収をシバヤギで検討し,脂溶性の 低いスルファニルアミドが脂溶性の高いサルファ剤(スルファメサジンやスル ファダイアジン)よりも吸収速度が速いことを示した。スルファニルアミドは 検討した他のサルファ剤の約半分の分子量であることから,分子量が吸収に影 響することを示唆している[22]。 1-4. 胃排出と経口投与後の薬物の吸収 薬物の消化管からの吸収は,消化管内容物の状態,消化管通過速度(流速) によって律速されると前述した。食物[16], 消化管内 pH[10,61],消化管の運動 性[59],消化管内分泌液[41]など数々の因子が経口投与後の薬物吸収に影響を 与える。その中でも胃の収縮運動や幽門の開閉により薬物を十二指腸へ運ぶ胃 排出は変動が大きく,経口投与後の薬物吸収を律速する因子である[34]。特に 薬物の溶解度が高く,膜透過性が高い薬では胃排出が消化管吸収律速の重要な 因子となる[67]。胃の収縮運動は食物摂取に大きく影響され,空腹時で速く,
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固体より液体の方が速い。このため,胃排出速度は食餌に大きく影響を受ける [40]。胃排出を評価する指標は胃内容排出速度(gastric emptying rate, GER) が一般的に用いられ,半減期(t1/2)によって評価される。アセトアミノフェン (AAP)は胃からは吸収されないため,単胃動物であるヒト[18,33,59]やポニー [20]では,経口投与後の最大濃度や最大濃度到達時間が胃排出速度の指標とし て用いられる。さらに,同じ反芻獣でも反芻胃が未発達な離乳前の子牛では第 4 胃排出指標に AAP が使用されており[35,40,68],食餌摂取や飲水により薬物動 態が大きく変化することが報告されている[40]。 ワルファリンなど低分子量の中性化合物やアスピリンなどの弱酸性の脂溶性 薬物がヒトの胃から吸収されることが知られている[33]。しかし,これらの薬 物の経口投与後の吸収も,胃排出速度に影響される可能性がある。これは胃内 腔の表面積が比較的小さいことによる[74]。Kokue ら[42]は,ブタで弱酸性薬 物であるスルファモモメトキシンやスルファメサジンの経口投与後の動態が, 胃排出によって大きくされることを示している。 1-5.ウシの反芻胃生理学 ウシの消化管は,他の動物種と同様に口腔から直腸に至るすべての消化管 が存在しているが,胃の構造が単胃動物とは大きく異なる。ウシには 4 個の胃 が存在し,その中でもルーメンは腹腔内全体の約 60%を占める膨大な容積をもつ [55]。胃の機能は,単胃動物ではペプシンを含む胃酸を分泌し,主にタンパク質の 分解を行うことであるが,反芻胃では各胃における役割はさまざまである。第 1 胃と 第 2 胃の境界は不完全であり,各胃運動により絶えず混和している。ここでは, 微生物の発酵による食餌の消化,発酵でできた有機酸や短鎖脂肪酸の吸収を行 っている。本研究中では,第 1・2 胃の境界が不明瞭であり,常に混和されてい ることから,第 1・2 胃をルーメン,第 1・2 胃に含まれている液をルーメン液
- 10 - として以下を記述する。第 2・3 胃口は小さく,周期的に開口し約 5mm2以下の粒 子のみが第 2 胃から第 3 胃へ通過し,揮発性脂肪酸類と重炭酸塩が吸収される。 第 4 胃は単胃動物の胃とよく似た機能を持つが,膵液が極めて高濃度のリボヌ クレアーゼを含有する点で異なる[55]。解剖学的な違いは,単胃動物の胃壁は 単層円柱上皮であるのに対し,反芻動物の第 1~3 胃壁は重層扁平上皮であり, 腺性粘膜ではない [14]。ただし,第 4 胃の構造は単胃動物とほぼ同様である。 反芻胃の中でも特徴的なルーメンについて以下に詳細を述べる。ウシにおける第 1 胃容積は約 100~225 l [5,14,50,51,86]と膨大である。また,アルカリ性の唾 液(pH 8~8.4)は 1 日に胃容積の 1~3 倍もの量が分泌[55]され,反芻により 大量に流入する。ルーメン内は食道の噴門と第 2・3 胃口で閉鎖されることから, 嫌気的条件が保持され,胃酸の分泌はなく,pH は 5~7,38~42℃と安定した温 度範囲に保持されている[14,55]。ルーメン内には内容物 1 g あたり原生生物 105 ~106,細菌 1010~1011という多量の微生物叢が存在する。主な細菌は偏性嫌気性細 菌であり,その他に偏性好気性細菌や通性嫌気性細菌も絶対量は少ないが存在し ている[55]。これら微生物の発酵により,セルロースのような高分子の分解が行われ るため,草食を可能としている。しかし,発酵により産出される非解離の有機酸は多く の 1 胃内細菌の生育阻止作用を有する。一方で非解離の有機酸は選択的に胃壁か らの吸収されるため,細菌を保護しているとも言える。 ルーメン内の pH(5~7)は単胃動物の胃内の pH(1~3)に比べ非常に高い。ヒトの 正常な生理条件下での腸管膜表面 pH は 6.5 である[79]ことから,ルーメン pH は単胃 動物の小腸内の pH に類似する。したがって,単胃動物で小腸からすばやく吸収され る薬物はウシのルーメンからも吸収される可能性がある。Elbadawy ら[23]はジクロフ ェナクが経口投与でもシバヤギのルーメンからすばやく吸収される可能性を示してい る。 標識したオーチャードグラスのサイレージ飼料を屠殺前の 97~2 時間の間に 100g ずつ 10 回投与し,糞中および屠殺後の消化管各部位から標識物質を回収して,各消
- 11 - 化管の滞留時間算出した。各消化管の滞留時間は第 1 および 2 胃 26.0 時間(以下 h), 第 3 胃 2.7h,第 4 胃 0.5h であり,小腸到達には 29h 程度かかると報告されている[56]。 この方法では薬物経口投与後の胃排出や消化管通過時間を評価することは出来な いが,経口投与がウシでは用いられない論拠と考えられる。 1-6.薬物体内動態解析法 本研究ではコンパートメントモデル解析法とノンコンパートメントモデル解 析法の両方によって薬物動態を解析する。そこで,その内容について概説する。 1-6-1.コンパートメントモデル解析法 薬物の血中濃度や尿中排泄量の推移を速度論的に区別できるコンパートメントに 基づいて解析を行う。通常,1,2,3 個のお互いに可逆的一次速度過程で結ばれたコ ンパートメントに分けられるので,それぞれ 1 コンパートメントモデル,2コンパートメン トモデル,3 コンパートメントモデルと呼ばれる。組織移行の良い薬物では静脈内投与 後の血中濃度の対数を時間に対してプロットすると直線にはならず,分布に中枢と末 梢の 2 区画を有する 2 コンパートメントモデルとなる。よって,第 2 章ではこの 2 コンパ ートメントモデルを適用した。 しかし,この振り分けは一般的に成立するわけではなく,あくまで見かけ上平衡関 係にある組織をまとめて一つのコンパートメントとして速度論的に区別された数にす ぎない。中心,末梢コンパートメントへの振り分けは,各組織の膜透過性,細胞内結 合やタンパク結合などにより変化する。同一薬物を同一個体に投与した場合でも,血 中濃度が測定された時間間隔の相違によってコンパートメント数が異なる場合がある。 経口投与データのみである場合, 2 コンパートメント以上のモデルの適用は困難で, 通常は 1 コンパートメントモデルで解析される。よって,第 5 章では経口投与データだ けの解析のため,1 コンパートメントモデルを適用した。
- 12 - 1-6-1a. 1 コンパートメントモデル 経口投与後の血漿中濃度の時間経過は以下の式で表される。 ( ) ここで,Vd は分布容積,F は生体内利用率,kaは一次吸収速度定数,kelは一次消失 速度定数をそれぞれ表す。経口投与後の吸収が速やかで,ka>kelが成り立つ場合, e-katの項が先にゼロに近づき,消失相ではゼロに近似できるので,消失相の傾きは kelに等しくなる。しかし,吸収が遅く,ka<kelの場合,e -kelの項が先にゼロに近づくため, 消失相の傾きは kaに等しくなる。後者の場合を Flip-Flop 現象[31]と呼ぶ。 経口投与後のピーク濃度に達する時間(Tmax)は,一方の指数項がゼロに近似でき る時間によって決まる。ka>kelの場合,kaが大きいほど指数項は早くゼロに近づくの で,Tmaxは短くなる。したがって,短い Tmaxは吸収が速いことを示す。しかし ka<kelの場 合,kel が大きいほど Tmaxが短くなるので,短い Tmaxは吸収が速いことを意味しない。 吸収が速いかどうかは静注後の動態とあわせて検討しないと結論できない。 1-6-1b. 2 コンパートメントモデル 静注後の血漿中濃度 Cp の時間経過は以下の式で表される。
ここで,V1は中心コンパートメントの容積,k21は末梢コンパートメントから中心コンパー トメントへの薬物の以降速度定数をそれぞれ表す。とには以下の関係が成り立 つ。
- 13 - ここで,kel は消失速度定数,k12 は中心コンパートメントから末梢コンパートメントへ の薬物の移行速度定数をそれぞれ表す。 経口投与後の血漿中濃度の時間経過は,
( )( )
( )( ) で表される。経口投与後のデータだけからこれら複数の動態パラメーターを算出する ことは困難であるが,静注データと同時に解析することによって,精度よく解析できる。 同一個体で静注後および経口投与後の血漿中濃度データを得れば,吸収以外の動 態パラメーターの値は同一であると仮定できる。この仮定をもとに同時解析すれば, 吸収に関与する動態パラメーターを精度よく得ることができる。本研究でも,この同時 解析を用いた。 1-6-2.ノンコンパートメントモデル 薬物の体内動態を巨視的にとらえ,時間的広がりを持った分布曲線として考えて解 析した解析法である。1 回投与による血漿中薬物濃度-時間経過は統計的分布密度 関数,また尿中排泄量-時間経過は累積分布関数を意味する。ゼロ次モーメントは量, 1 次モーメントは平均,2 次モーメントは分散を意味する。血漿中濃度(C)のモーメント は,以下のように表される。 ゼロ次モーメント 1 次モーメント 2 次モーメント この時 MRT(mean residence time):平均滞留時間
- 14 -
ある薬物を経口と静脈内の 2 経路から投薬した場合,MAT(mean absorption time): 平均吸収時間が算出可能である。MAT は薬物が経口投与後に循環系に至る(消化 管内での放出,膜透過,肝臓の初回通過効果,小腸から吸収される薬物の場合は胃 内滞留時間も含む)までの平均時間を示す。 MAT=MRTp.o.-MRTi.v. =1/ka
( ) ( ) = Vdssは定常状態における分布容積 1-7.本研究の目的 多くの動物では薬物療法として経口投与法が主に用いられている。一般的に 経口投与された薬は,胃もしくは小腸で溶解し,その大部分は吸収面積の大き な小腸で吸収されると考えられている。しかし,反芻動物の成獣では一部の消 化管作用薬を除く薬物の経口投与は避けられ,原則的に静脈内投与や筋肉内投 与が治療法として選択されている。これは反芻動物が膨大な容積を持つルーメ ンを含む前胃(第 1~3 胃)を有し,反芻を行うために以下の 2 点が推察される ことによる。第 1 に,薬物濃度は膨大な第 1 胃容積により希釈され,滞留時間 に影響を及ぼす[84]とされ,主な薬物の吸収の場である十二指腸到達までに多 大な時間を要し,速やかな薬効が期待できないと考えられる。第 2 に,ルーメ ン内微生物叢による化学反応や代謝により薬物が不活化する[84]可能性があり, 小腸到達までの薬物安定性に懸念がある。ルーメンでは,その第 1 胃容積の大 きさから弱酸性薬の主な吸収の場となる可能性があるが,食餌と薬物の相互作 用や微生物叢による薬物分解により吸収しにくいと考えられている[51]。以上 から,反芻獣における経口投与が避けられているのは薬物の経口投与後の吸収 がよくないと考えられているからである。
- 15 - 臨床現場では,治療対象動物の確保や十分な保定が困難である場合も多く,治療 行為中に獣医師が負傷する場合もある。経口投与法は治療する側にもされる側にも 簡便かつ安全な投与方法であり,薬剤投与部位の損傷による生産物の経済的損失 がなく,生産物の休薬期間が短縮されるなど,望ましい投与方法である。さらに経口 投与法は,ウシのように群飼養しているものでは集団での治療が可能であり,多頭数 を安価に治療出来る可能性も示唆されている[84]。しかし,著者の知る限り,ウシで は消化管薬やボーラス投与[14,86]を除いた薬物の経口投与法の有用性は実証され ていない。例えば,NSAIDs の一種であるケトプロフェンでは,搾乳牛において経口投 与 4mg/kg と筋肉内投与 3mg/kg が比較され,同等の臨床効果が報告されている[7] が,薬物動態は検討されていない。一方でフェニルブタゾンは成牛への 4.4mg/kg の 経口,筋肉内および,静脈内投与後の薬物動態が報告されている[48]が,同一文献 内に臨床効果の報告はない。 一方で,臨床現場ではウシへヒト用ジクロフェナクナトリウム(以下 DF)の 錠剤が経口投与され,経験的に速やかな薬効を示すことが知られている。さら に先行研究として Elbadawy ら[23]が行ったヤギにおける DF 経口投与後の薬物 動態では,投与後速やかな濃度上昇および薬物吸収が確認されている。そこで, 本研究ではウシにおける経口投与後の薬物動態を明らかにし,経口経路での薬 物投与の有用性を証明するために以下の研究を行った。第 2 章では,牛におけ る経口投与法の有用性を明らかにするために,ウシにおける DF 1 ㎎/kg および アセトアミノフェン(以下 AAP)10mg/kg を強制経口投与および静脈内投与し, 経口投与後の薬物動態を検討した。第 3 章では,ウシにおける胃排出時間を評 価するために,イオジキサノール(以下 IDX)27.5g/頭を第 1 胃フィステルより 与後のルーメン液中濃度の動態を検討した。第 4 章では,薬物の脂溶性と吸収 吸収速度の関係を明らかにするために,IDX をマーカーとして,脂溶性の異なる スルファダイアジン(以下 SD),スルファメサジン(以下 SM),スルファジメト キシン(以下 SDM),フェナセチン(以下 PHT)およびジクロフェナク(以下 DF)
- 16 -
の 5 種類の薬物各 50 ㎎/頭をウシ第 1 胃フィステル内投与後のルーメン液中濃 度の動態を検討した。第 5 章では,DF 経口投与における有効性を理論的に評価 するために,発熱ウシに DF150mg/頭の錠剤を経口投与後の薬効(PD)である解 熱効果および薬物動態(PK)である血清中 DF 濃度の関係性について検討した。
- 17 - ウシ消化管模式図 1 胃 2 胃 3 胃 4 胃 盲腸
18
第 2 章 ウシにおけるジクロフェナクおよび
アセトアミノフェン経口投与後の薬物動態
2-1. はじめに 経口投与法は多くの動物で最も用いられている治療法である。一方で,複数の胃 を有する反芻獣では,膨大な第 1 胃容積による薬物濃度の希釈や小腸到達時間の 延長の可能性,第 1 胃内での薬物の安定性に懸念がある[84]。よって消化管薬を除く 反芻獣の薬物投与法には,皮下,筋肉内,静脈内投与などの避腸投与が一般的に 行われている。経口投与法は飼料摂取と共に薬物を投与することができれば,治療 対象動物の確保や保定が不要であり,治療する側にとっては負傷するリスクを軽減 することができ,治療対象動物にとっては拘束によるストレスがない。さらに,治療対 象動物については投与による疼痛もない。よって,経口投与法は避腸投与に比べ, 治療する側にもされる側にも簡便かつ安全な方法である。さらに,反芻獣の中でもウ シは生産動物であり,例えば筋肉内投与後の瘢痕消失には時間を要し,注射痕周囲 は長期間可食部位として流通できない。しかし,筋肉内投与は筋層の厚い部分に投 与するため,可食に重要な部位に投与することが多く,経済的損失は大きい。また, 注射痕周囲は薬物の残留濃度が高く,残留期間が長くなるため,治療動物の休薬期 間の延長が考えられるが,注射痕の存在しない経口投与法では期間の短縮も考えら れ得る。よって,ウシの薬物療法においても経口投与法の有効性が示されれば,そ の利用価値は大きいと考えられる。しかし,私の知る限り,ウシにおいて経口投与法 の有用性を示した報告はない。 以前から臨床現場でウシへヒト用ジクロフェナクナトリウム(以下 DF)の錠剤が投 与され,経験的に素早い薬効の発現が確認されている。また,ウシと同じ反芻獣のヤ ギにおける DF 経口投与後の薬物動態では,平均吸収時間(MAT)がスルファモノメト キシンの 15 時間(以下 h)に比べて DF では 6 h と短く,ルーメンからの DF 吸収が示 唆されている[23]。また,ヤギルーメン液中の DF の安定性も報告されている[24]。よ19 って,本研究ではウシにおける DF の経口投与後の薬物動態を検討することとした。 DF と性質の異なる薬物としてアセトアミノフェン(以下 AAP)がある。両者は共に解 熱薬として広く使用されているが,薬物の脂溶性が大きく異なる(分配係数,DF:13.4 [52,67],AAP:0.8[3])。脂溶性は消化管からの受動拡散による薬物吸収を律速す る因子の1つである。AAP は多くの単胃動物において胃からはほとんど吸収されず, 小腸から吸収される[18]。よって,単胃動物における胃排出率(gastric emptying rate, 以下 GER)測定に用いられている。ウシにおいても幼獣では反芻胃が未発達で,吸乳 反射により第 1・2 胃溝を通じて直接哺乳したミルクが第 4 胃へ送られるため,第 4 胃 排出指標に AAP が用いられている[35,40,68]。しかし,ヤギ成獣への AAP 経口投与 後の薬物動態では MAT は 4.9 h であり,DF 同様にルーメンからの吸収が示唆され, GER 指標には用いることが出来ないと報告されている[24]。しかし,Watkins ら[88]は ヒツジとウシでは肝代謝能が大きく異なることを報告しており,同じ反芻獣であっても 動物種が異なれば同一の結果が得られるとは限らない。よって本章では,ウシにお ける経口投与法の有用性を明らかにすることを目的とし, DF および AAP のウシ への経口投与後の薬物動態を検討した。
20 2-2 実験材料および方法 2-2-1 使用動物 明治飼糧・常陸牧場(茨城県)のフリーバーン牛舎にて群飼養されているホ ルスタイン種去勢ウシを,DF 投与に 5 頭(670-810 kg,17 か月齢),AAP 投与に 5 頭(600-720 kg,17 か月齢)使用した。給餌方法は通常飼養時同様,自由飲水, 粗飼料(稲わら)0.5 kg/頭を午前 10 時と午後 4 時の 1 日 2 回,配合飼料(BeefUp®, 明治飼糧)5.5 ㎏/頭を午前 10 時のみの 1 日 1 回給餌した。 2-2-2 使用薬物 試薬として用いる DF のナトリウム塩は Sigma 社から,AAP は和光純薬工業よ り入手した。フルフェナミン酸(以下 FA)は SIGMA から入手した。これら以外 の試薬は特級あるいは HPLC 用のものを用いた。 2-2-3 薬物動態実験 DF の動態実験 DF の投与量は経口投与および静脈内投与共に 1 mg/kg とした。静脈内投与では, 加温した注射用蒸留水(1%DMSO 添加)で DF 溶液 50 mg/ml を作製し,頚静脈よ り投与した。経口投与では,蒸留水で DF 溶液 2.5 mg/ml を作製し,経鼻カテー テル{胃カテーテル,富士平工業(株)}を用いて強制胃内投与を行った。それ ぞれの投与の間に 4 週間の休薬期間を置き,交差試験を行った。静脈内投与で は投与部位と反対側の頚静脈より投薬 0.5,1,2,3,4,6,8,10 h 後,経口 投与では投薬 1,2,4,7,10,24,32 h 後に頚静脈より 20G 注射針を用いてお よそ 5 ml の血液を採取した。採取した血液は直ちに 0.1 ml の 6%EDTA-Na 添加試 験管に移し,転倒混和後 1600 g で 10 分(以下 min)の遠心分離を行い,血漿
21 を分離した。分離血漿は測定まで-20℃下にて冷凍保存した。 AAP の動態実験 AAP の投与量は経口投与および静脈内投与共に 10 mg/kg とした。投与に使用し た AAP 溶液は,加温したプロピレングリコールにて溶解し,注射用蒸留水にて 希釈後, AAP 溶液(5%溶液)となるように調整した。静脈内投与では,作製し た 5%AAP 溶液を頚静脈より投与した。経口投与では,AAP 溶液を経鼻カテーテル にて強制胃内投与した。それぞれの投与の間に 4 週間の休薬期間を置き,交差 試験を行った。静脈内投与では投与部位と反対側の頚静脈より 1,2,3,4,6, 8 h 後,経口投与では 1,2,4,7,10,24,32 h 後に血液を採取した。 2-2-4 血漿中 DF 濃度の測定方法 血漿中 DF 濃度は UV 検出器を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を 用いて行った[25]。血漿サンプル 500 l に FA(10 g/ml)を 100l,リン酸 (0.1465 M)を 200l 加えて撹拌した。この混合液にジエチルエーテル 4 ml を 加えて振震し,その後 3000 g 10 min 遠心分離した。上清(エーテル層)をナ ス管に採取し,ロータリーエバポレーター{Rotavapor® R-114,柴田科学(株)} を用いて 30℃で蒸発乾固した。乾固後,移動相 200 l をナス管に加え残留物を 溶解させ,0.45-m HPLC シリンジフィルター{Chromatodisc®,4P,倉敷紡績(株)} で濾過した。濾過液 50l をマイクロシリンジで HPLC に注入した。
HPLC システム(島津製作所)はポンプ(LC-10AD),UV 検出器(SPD-6A),イ ンテグレーター(CHROMATOPAC C-R7A plus),ループインジェクター(7125)で 構成されたものを使用した。移動相は 0.1 M 酢酸緩衝液(pH 6.3)とアセトニ トリルを 65:35(v/v)で混和した液を用いた。分析分離は逆相 ODS カラム(TSKgel ODS-120T® COLUMN No.N3108,4.6 m×250 mm,東ソー株式会社)を使用して行 った。移動相の流速は 1.0 ml/min,UV 検出波長は 278 nm とした。HPLC での保
22 持時間は DF で 8~9 min,FA で 14~15 min であった。 2-2-5. 血漿中 AAP 濃度の測定方法 血漿中 AAP 濃度の測定は UV 検出器を用いた HPLC 法により行った[23]。血漿 サンプル 200 l に 6%過塩素酸(0.15 M)200 l を加えて撹拌し,20,000 g 10 min 遠 心分離した。上清を採取し,DF 同様 HPLC シリンジフィルターで濾過した。濾過液 20 l をマイクロシリンジで HPLC に注入した。 HPLC システム(島津製作所)は DF 同様のものを使用した。移動相は,0.1 M 酢酸緩衝液(pH 4.0)とアセトニトリルを 95:5(v/v)で混和したものにトリエ チルアミン 150 l/l を加えた。分析分離に用いたカラムは DF の場合と同様のも のを用いた。移動相の流速は 0.8 ml/min,UV 検出波長は 248 nm とした。AAP の保 持時間は 5~6 min であった。 2-2-6. ルーメン内薬物安定性 DF については動態試験で生体内利用率が 100%であったので,本研究では AAP についてのみルーメン液中での安定性を検討した。 ホルスタイン成牛(東京農工大牧場)より経鼻カテーテルを用いて,ルーメン液を およそ 50 ml 採取した。ルーメン液 3.6 ml に 1 mg/ml の AAP 溶液を 0.4 ml 加えて撹 拌し,39℃で恒温水槽にて 24 h インキュベートした。その後 20000 g,10 min で 2 回 遠心分離した。上清を血漿中濃度測定と同様の処置を施した後に HPLC 法で AAP 濃 度を測定した。
23 2-2-7.薬物動態解析 静脈内投与後の血漿中 DF および AAP 濃度時間曲線は 2 コンパートメントモデ ルに適合した。よって,静脈内投与後の血漿中濃度データには Eq.2-1 を,経口 投与後の血漿中濃度データには Eq. 2-2 をそれぞれ当てはめた。 k e t k e t V D v i Cp 21 21 1 .) . ( (Eq.2-1)
k a t t t e ka ka ka k e ka k e ka k V DFka o p Cp 21 21 21 1 .) . ( (Eq.2-2) ここで,D は投与量,F は生体内利用率,V1は中心区画の容積をそれぞれ表す。 とは,+k12+k21+kel,=k21kel,を満たす定数で,k12は中心区画から末梢 区画への移行速度定数,k21は末梢区画から中心区画への移行速度定数,kelは消 失速度定数をそれぞれ表す。kaは吸収速度定数を示す。 同一個体から得られた静脈内投与後および経口投与後のデータをそれぞれ Eq.2-1 よび Eq.2-2 に同時に非線形最小自乗回帰し,動態パラメーターを算出し た。非線形最小自乗回帰には Program MultiⅡを用いた[92]。24 2-3 結果 Fig.2-1 に DF(1 mg/kg)を静脈内および経口投与した後の血漿中濃度推移を, Fig.2-2 に AAP(10 mg/kg)を静脈内および経口投与した後の血漿中濃度推移を それぞれ示した。また Table.2-1 に DF および AAP の平均薬物動態パラメーター を示した。 DF は経口投与後 2 h で最高血中濃度(Cmax)6.93 g/ml を示し,以後,血漿中 濃度は消失半減期(t1/2β)5.7 h で静脈内投与後の血漿中濃度と平行に減少した。 DF の吸収半減期(t1/2ka)は 1. 5 h,静脈内投与後の平均滞留時間(MRTi.v.)が 7.09 h,経口投与後の平均滞留時間(MRTp.o.)が 8.70 h であり,平均吸収時間 (MAT)は 1.6 h であった。2 コンパートメントモデルおよびノンコンパートメ ントモデルでの生体内利用率(F)は 95%および 102%であり定常状態における分 布容積(Vdss)は 0.0859 l/Kg であった。 AAP は経口投与後 1.4 h で Cmaxに達し,消失半減期(t1/2β)2.41 h で静脈内投 与後の血漿中濃度とパラレルに減少した。AAP の吸収半減期(t1/2ka)は 1.5 h, 平均吸収時間(MAT)は 2.48 h であった。2 コンパートメントモデルおよびノン コンパートメントモデルでの生体内利用率は 70%および 64.1%であり,定常状態 における分布容積(Vdss)は 0.686 l/Kg であった。 AAP をルーメン液に添加し,39℃で 24h インキュベートした後の回収率は 96.0 ±1.5%(mean±S.D.,n=5)であった。
25 2-4 考察 ルーメン液中でのインキュベート後の AAP 回収率が 96%であったことから, DF[23]と同様に AAP でもルーメン液内での安定性が示唆された。 DF 薬物動態では Fig.2-1 に示したように,経口投与後 1 h 以内にヒトで報告 されている Cmax 0.415 g/ml[60]に達し,その後 2 h 程度で Cmax(6.93 g/ml) を示した。t1/2kaは 1. 5 h, MAT は 1.6 h, F は 102%であり,DF は経口投与後, 速やかに初回通過効果をほぼ受けずに完全に吸収されたと考えられた。一方で, 全身クリアランス(CLtot)は 0.0121 l/h/kg と小さく, t1/2βは 5.69 h と長いこ とから消失が遅いと言える。また, Vdssは 0.0859 l/Kg であり,血漿中に高濃度 で存在していることが示唆された。 ウシの第 1・2 胃の第 3 胃への液体相の移動には 6~15 h,固体相の移動には 50~60 h かかると報告されている[84]。標識した飼料投与により滞留時間を算 出した研究では,反芻胃(1-2 胃)で 26 h,3 胃 2.7 h,4 胃 0.5 h と報告され ている[56]。一般的に,経口投与された薬物は十二指腸以降の小腸で吸収され ると考えられているが,ウシに経口投与された DF の MAT は 1.6 h であり,小腸 よりも前に位置するルーメンで報告されている移動および滞留時間よりも明ら かに早い。よって,ウシに経口投与された DF はルーメン(本研究内では第 1・2 胃を指す),特に膨大な容積を有する第 1 胃から速やかに吸収されて薬効を発現 するものと考えられた。最も一般的な薬物の消化管吸収は非解離型分子の受動 拡散によって起こる[59]。ルーメンにおける DF の薬物吸収もこの非解離型分子 の受動拡散により起こったと考えられる。受動拡散による薬物吸収を説明する pH 分配説によると,pKa 4.0[67]の DF はルーメン中(pH 5~7)でほとんど が解離型で存在し,吸収されにくいと考えられる。一方で,受動拡散を律速す る薬物因子には分子量や脂溶性も存在する。DF の分子量は 318.13 g/mol であり、 膜透過が特異的に速くなるほど小さくはない。しかし,DF の脂溶性を示す分配 係数は 13.4 と高く,膜透過が速いと考えられる。また,消化管内の解離度は平衡であ
26 るため,ルーメン内の非解離型薬物は少なくても,膜透過により血中へ分布して減少 する度に解離型から非解離型へ変化し,非解離型の薬物濃度は一定であると考えら れる。結果,DF の非解離型は次々にルーメンから血中へ吸収されるため,薬物吸収 は速くなると考えられる。ヤギにおける DF 経口投与後の MAT は 6 h と報告され,DF の高い脂溶性からルーメンでの吸収が示唆されている[23]。本研究においても, DF の高い脂溶性がルーメンからの吸収を可能にしているものと推察された。
AAP は経口投与後の最高濃度到達時間(Tmax)が 1.4 h, t1/2kaが 1.5 h, MAT が 2.9 h であり,DF(Tmax 2 h,t1/2ka 1.5 h,MAT1.6 h)に匹敵した。したがって,AAP も経口投 与後,速やかにルーメン内から吸収されることが示唆された。一方で, t1/2βが 2.4 h, MRTp.o.が 4.7 h, CLtot 0.31 l/hr/kg であり,DF に比べ AAP は比較的消失が早かった。
これは AAP が DF に比べて水溶性(分配係数;0.8)であるためまた Vdss 0.69 l/kg であ り,組織浸透性が高いことが示唆された。よって,体内循環と薬物排出においては DF と AAP に大きな差が認められた。 ヒトなどの単胃動物では AAP が胃から全く吸収されず,小腸から速やかに吸収さ れるという性質を利用して,胃排出時間検査(アセトアミノフェンテスト)に用いられて いる。しかし,ウシでもヤギ同様[24]にルーメンからの AAP 吸収が示唆されたため, 胃排出の指標にならないと考えられた。また,ヤギにおける 30 mg/kg AAP 経口投与 後の生体内利用率(F)は 16%と報告されている[24]が,本研究では 70%であり,ウシで は十分に AAP も経口投与薬として利用できると示唆された。
27 2-5.要旨 第 2 章では,ウシヘのジクロフェナク(以下 DF)およびアセトアミノフェン (以下 AAP)の経口および静脈内投与後の血漿中濃度測定データをもとにその薬 物動態を調べた。 DF 薬物動態試験では,ホルスタイン種・去勢 5 頭(体重 670~810 kg ,17 カ 月齢)に DF1 mg/kg を静脈内及び強制経口投与し,静脈内投与後 10 h,経口投 与後 32 h まで頚静脈より経時的に採血した。AAP 薬物動態試験では,ホルスタ イン種・去勢 5 頭(体重 600~720 kg ,17 カ月齢)に AAP 10 mg/kg を静脈内及 び経口投与し,静脈内投与後 8 h,経口投与後 32 h まで頚静脈より経時的に採 血した。それぞれの投与の間に 4 週間の休薬期間を置いた。血漿中の DF および AAP 濃度は,UV 検出器を用いた HPLC 法によって測定した。同一個体で得られた 静脈内及び経口投与後の濃度推移を 2 区画モデルを用いて同時解析し,動態パ ラメーターを算出した。 DF および AAP 薬物動態試験ともに,経口投与により血漿中濃度は速やかに上 昇し,投与後 1~2 h(DF で 2 h,AAP で 1.4 h)で最高血中濃度(Cmax)に達し, 消失半減期(以下 t1/2β)は DF で 5.7 h,AAP で 2.4 h であり,Cmax以降は静脈内 投与後の血漿中濃度とパラレルに減少した。吸収半減期(t1/2ka)は DF および AAP 共に 1.5 h,平均吸収時間(MAT)は DF で 1.6 h,AAP で 2.48 h,生体内利用率 (F)は DF で 102%,AAP で 64.1%であり,DF および AAP は共に経口投与後速や かによく吸収された。 以上から,ウシに経口投与された DF および AAP は,到達に時間を要する小腸 で吸収されるとは考えにくく,第一胃から速やかに吸収されると考えられた。
28 Table.2-1 DF と AAP の静脈内および経口投与後の薬物動態パラメーター 動態パラメーター DF(1mg/kg) AAP(10mg/kg) ka(hr -1) 0.481±0.109 0.472±0.106 Cmax(g/ml) 6.93±2.60 10.5±2.57 Tmax(h) 2.00±1.52 1.40±0.548 (hr-1) 1.18±0.48 1.57±0.94 (hr-1) 0.123±0.013 0.282±0.096 t1/2ka(h) 1.51±0.378 1.53±0.280 t1/2 (h) 5.69±0.553 2.41±0.576 CLtot(l/h/kg) 0.0121±0.00322 0.310±0..460 F(%) 95.4±24.8 70.1±10.8 F(%)* 102±25.8 64.1±9.592 MAT(h) 1.61±0.613 2.48±0.932 MRTi.v.(h) 7.09±0.859 2.22±0.365 MRTp.o.(h) 8.70±0.666 4.70±0.932 Vdss(l/kg) 0.0859±0.0271 0.686±0.143 すべてのデータは Mean±S.D. (n=5)で表記した。 ka=吸収速度定数,Cmax:最高血中濃度,Tmax:最高血中濃度到達時間,:分布相の 指数係数,:消失相の指数係数,t1/2ka:吸収半減期,t1/2:消失半減期,CLtot:全身ク リアランス,F:生体内利用率(コンパートメントモデル),F* :生体内利用率(ノンコンパ ートメントモデル),MAT:平均吸収時間,MRTi.v.:静脈内投与後の平均滞留時間, MRTp.o.:経口投与後の平均滞留時間,Vdss:定常状態分布容積
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Fig.2-1 DF(1 mg/kg)静脈内および経口投与後の血漿中 DF 濃度推移 血漿中の DF 濃度推移を静脈内投与(●)と経口投与(○)で比較した。 点は実測値で mean ± SD を表す(n=5)。曲線は Eq.2-1 および Eq.2-2 に Table. 2-1 に示されている動態パラメータを代入して算出した理論値を表す。
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Fig.2-2 AAP10 mg/kg 静脈内および経口投与後の血漿中 AAP 濃度推移 血漿中の AAP 濃度推移を静脈内投与(●)と経口投与(○)で比較した。 点は実測値で mean ± SD を表す(n=5)。曲線は Eq.2-1 および Eq.2-2 に Table. 2-1 に示されている動態パラメータを代入して算出した理論値を表す。
31
第 3 章 ウシにおけるイオジキサノール
ルーメン内投与による胃排出評価
3-1 はじめに 第 2 章では,DF および AAP が経口投与後に前胃から速やかに吸収される可能 性が示唆された。DF と AAP の MAT はそれぞれ 1.6 h および 2.9 h と速く,到達 に長時間かかるとされる十二指腸ではなく,それ以前の複胃での吸収が示唆さ れた。複胃の中でもルーメンは特に膨大な容積を有し、通過および滞留に時間 を要する[56]。単胃動物で胃が主な薬物吸収の場とならないのは,吸収面積が 小さいためである[74,85]が,ルーメン内腔には大小の柔毛が存在し,単胃動 物の胃に比べて明らかに表面積が大きい。よって,第 2 章の AAP および DF は複 胃の中でもルーメンから吸収された可能性が考えられた。また一方で,他の単 胃動物で胃排出率(gastric emptying rate,以下 GER)の指標に使われている AAP は,ヤギ[24]と同様にウシでもルーメンからの吸収が示唆され,指標として 使用できないことが示唆された。 獣医領域では多種多様な動物の治療を行うため,対象動物種における薬物動 態の報告がない場合もあるため,さまざまな動物種に既にin vitro や他の動物 種で得られている薬物動態データを当てはめて投与計画を検討しなければなら ない。薬物のin vitro データを in vivo で検討する際,薬物の透過性と溶解度 による生物薬剤学上の分類,pH,動物種による消化管通過時間,薬物の溶解度 の相互関係を理解することが重要である[51]。薬物吸収に注目した場合,この 消化管通過時間の中でも吸収の主な場となる十二指腸到達までの時間,つまり 胃排出時間(gastric emptying time,以下 GET)が重要な因子となる。また,第 2 章から DF および AAP のルーメンでの薬物吸収が示唆されたが,GET が判明し なければルーメンからの吸収は証明できない。しかし,ウシを含む反芻動物成 獣における薬物経口投与による胃排出時間の報告はない。32 一般的な単胃動物における GER を評価する方法は,AAP 経口投与後の血中濃度 測定法,X-ray を用いた画像診断検査,放射性同位体を用いたシンチグラフィな ど多数が存在する[91]。しかし,ウシにおける画像診断法は容易ではないため, AAP による GER 評価法を応用する必要がある。その方法は,胃で吸収されない薬 物である AAP を経口投与後,経時的な血中濃度測定を行い,小腸到達とともに 薬物血中濃度が上昇することで判定される。しかし,本研究では,第 2 章から ルーメンでの DF および AAP の吸収が示唆されているため,単胃動物と同様の小 腸到達までの胃排出ではなく,薬物のルーメン排出時間を評価したい。よって, ルーメンで吸収も分解もされない物質を使用し,そのルーメン液中の動態から, ルーメン排出時間を検討することとした。反芻獣では,大量のアルカリ性唾液 (pH8-8.4)の流入や反芻,ルーメン運動によりルーメン内は常に撹拌されてい るが,その膨大な容積から全体への撹拌は時間を要すると考えられる。経鼻カ テーテルを使用したルーメン液採取では,採取部位の特定や同部位からの経時 採取は不可能である。よって正確なルーメン液採取のためにルーメンフィステ ル牛を作製した。 胃排出を評価する薬物としてルーメンにおいて吸収されず,多量の微生物叢 の発酵分解からも安定な物質としてイオジキサノール(IDX)を検討した。IDX は分子量が 1550 と大きい非イオン性等浸透圧造影剤[77]であり,体内での代謝を 受けず,タンパク結合は非常にわずか[34,80]である。非イオン性のヨウ素は消 化管からの吸収はほとんどないと報告[34]されていることから,IDX は消化管吸 収されないと考えられる。一方で,ウシルーメン液中での IDX の安定性は報告 されていない。 以上から,第 3 章ではウシでのルーメン排出時間を測定することを目的とし, ルーメン液中での IDX の安定性試験を行ったうえで,ルーメンフィステル牛に おけるルーメン内投与後のルーメン液中 IDX の動態を検討した。
33 3-2. 実験材料および方法 3-2-1. 使用動物 帯広畜産大学にて飼養されているホルスタイン種雌 5 頭(3~13 歳齢,546~884 kg) を実験に使用した。5 頭のうち,2 頭は数年前よりフィステルが装着されており、分娩 後空胎で搾乳していない 3 頭には,本研究を行うに当たり,新たにフィステルを装着し た。乾草飽食,自由飲水,実験前日よりタイストール牛舎にて飼養した。 3-2-2. フィステル牛作出 フィステル装着は以下の要領で行った。 T13-L1 硬膜外麻酔下(0.5 ml キシラジン+3 ml リドカイン)立位にて左膁部皮膚を 直径 10 cm 切除し,皮膚と第一胃壁漿膜面を癒着を目的として縫合を行った。縫合後 は,約 1 週間ラップにて術創を保護するウェットドレッシング療法にて縫合部を癒合さ せた。術部完全癒合後,T13-L1 硬膜外麻酔下にて第一壁を術創の大きさ(10 ㎝)に 合わせて切除し,ルーメンカニューレを装着した。使用したカニューレは Bar Diamond 社#2C(成牛用,内径 10 cm×厚さ 7.5 cm×最大径 26 cm)である。 3-2-3 使用薬物 IDX は注射用製剤(Visipaque®)として第一三共(株)より購入した。本章の実験に 用いたその他の試薬類は特級あるいは HPLC 用のものを使用した。なお,IDX の化学 構造は Fig. 3-1 に示す。
34 3-2-4. 薬物投与試験
IDX 溶液 50 ml をルーメンフィステル開口部より漏斗を使用してルーメン中層へ投
与した。投与量は 27.5 g/頭であった。投与後 10 min,20 min,30 min,1 h,1.5 h,2 h, 3 h,4 h,6 h,8 h,22 h 後にルーメンフィステル開口部より用手にてルーメン中央部の ルーメン液を遠沈管に採取した。ルーメン液は採取後直ちに pH を測定した。採取した ルーメン液は 1600 g,10 min 遠心分離後,上清を採取し,‐20℃で測定まで冷凍保存 した。 3-2-5. ルーメン液中 IDX 濃度測定 ルーメン液中 IDX 濃度は UV 検出器を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC) を用いて行った[17]。ルーメン液 1 ml にジエチルエーテル 2 ml を加えて撹拌した。5℃ 条件下で 3000 g,10 min 遠心分離した。遠心後下層(水相)を 0.45-m HPLC シリン ジフィルター{Chromatodisc®,4P,倉敷紡績(株)}で濾過した。濾過液 50 l をマイク ロシリンジで HPLC に注入した。 HPLC システム(島津製作所)は第 2 章と同一のものを用いた。分析分離は逆相 ODS カラム{Mightysil RP-18 GP®,4.6m×250 mm,関東化学(株)}を使用し て行った。移動相は 0.1%ギ酸ナトリウム溶液(w/v,2N リン酸で pH4.0 に調整)を A 液,アセトニトリルを B 液とし,以下のグラディエント条件で測定した。A 液を 0.5 ml /min の流速で移動相として用い,サンプル注入後 2.2 min から 30 sec かけてアセトニ トリルの濃度が移動相の 10%を占めるように B 液を混合した。注入後 25 min までこの 移動相を維持した。その後,A 液を移動相とし,20 min 経過した後に次のサンプルを 注入した。イオジキサノールの保持時間は約 20 min であった。移動相の流速は 1 ml /min,UV 検出波長は 254 nm であった。
35 3-2-6. ルーメン液中の IDX 安定性
ホルスタイン成牛(東京農工大牧場)からルーメン液を経鼻カテーテルを用いてお よそ 50 ml 採取した。採取後,速やかに安定性試験を以下の要領で実施した。ルーメ ン液 950l に対し,control 群には蒸留水 50 l,sample 群には 1.1 mg/ ml IDX を 50l 加えて撹拌し,39℃恒温水槽にて 24 h インキュベートした。その後ジエチルエー テルを加え,3-2-5.に示されているルーメン液中 IDX 濃度測定と同様の方法で濃度測 定を行った。 3-2-7. ルーメン液中 IDX 濃度の動態解析 投与後 1~2 h 以降は,ルーメン液中のイオジキサノール濃度の対数値が時間の 経過とともに直線的に減少したので,以下の式を終末の直線相に適合した。 = 0 − ここで,C0は IDX 濃度の時間ゼロの外挿値で,時間ゼロで IDX 濃度が均一になって いると仮定した場合の濃度に対応する。k は濃度を対数値で示したときの直線相の傾 きを示す。以上の式を用いて,Program MULTI を用いた非線形最小二乗法によって C0と k の値を算出した。
36 3-3 結果 IDX をルーメン液に添加し,39℃で 24 h インキュベートした後の回収率は 92.1 ±3.01%(Mean±S.D.,n=5)であった。 5 頭で得られたルーメン液 pH の平均値は 6.4(範囲は pH 6.1~6.6)であり, IDX 投与による各個体のルーメン液 pH 変化はほとんど認められなかった。 ルーメン内投与後のルーメン液中 IDX 濃度推移を Fig.3-2 に示した。IDX 濃度 の対数値は投与後 1.5 h までは急激に減少し,以後緩やかに直線的に減少した。 投与 22 h 後には 90%以上の IDX の排出が認められた。
解析によって得られた動態パラメーターを Table.3-1 に示した。ルーメン内 初期 IDX 濃度(C0)281.0±88.4 g/ml,直線相の半減期は 7.11±1.46 h であっ た。C0と投与量から算出したルーメン液の見かけの容積は 106±34 l であった。