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論文以外のコンテンツ

雑誌名

東洋学論叢

22

発行年

1997

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00003182/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止

http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

ISSNO385-9487

東洋拳捕顎

一笠井貞教授退任記念号一

第二格の意味と用法②

菅沼晃(捌)

lの一呂冨員鳥目日且閂》尻ロ『鼻息『鳥日自浄訳註(3)

罰閉四百日目日所説の観想図像(凰頃P‐」ごロ息)清水乞(剛)

カビールの言語観と生死観 般若波羅蜜多(□且倒已冴目一筒)の解釈 再び「心王經』の成立を論ず 】法顕伝」などインド旅行記に見られる 比較哲学の課題~最終誌義抜粋~

森章司(切

部派と戒律 最澄教学と親駕の思想 橋本泰元 渡辺章悟(脳) 細牌叺敦(配) 田村晃祐(別) 笠井貞(過) (川)

東洋大学文学部紀要第50集

印度哲学科篇

XXII

(3)
(4)

略歴

大正十五年(一九二六)八月十九日栃木県生まれ

昭和二十六年三月

衷泉文理科大学哲学科卒業

昭和二十九年四月

同大学院(旧制)哲学研究科入学

昭和三十四年三月 同大学院満期退学

昭和三十七年四月

群馬工業局等専門学校(専任)講師

昭和四十二年四月

群馬大学助教授

昭和四十六年四月

群馬大学教授

平成二年三月

群馬大学教養部教授依願退職

平成二年四月

群馬大学名誉教授

平成二年四月

東洋大学文学部教授

平成九年三月

博士(文学)東洋大学

平成九年三月

東洋大学定年により退職

笠井貞教授略歴・業績目録

現住所一T372伊勢崎市堀口町七三三 3

(5)

平成八年四月~九年三月

主な学術論文

宿世と倫理倫理学年報第十集日本倫理学会昭和三十六年三月

明治時代民衆倫理思想の一考察倫理学年報第十四集日本倫理学会昭和四十年三月

ヘーゲルとアリストテレス倫理学研究第十三号璽泉教育大学倫理学会昭和四十年九月

主な非常勤 昭和五十二年四月~五十五年三月

昭和六十三年四月~平成七年三月

平成元年四月~現在

平成七年四月~現在

主な学会活動

昭和四十六年四月~平成二年三月日本印度学仏教学会評議員

昭和五十年四月~現在

日本宗教学会評議員

昭和六十一年四月~現在日本家庭教育学会理事

昭和六十三年四月~現在日本道徳基礎教育学会理事

主な役職

埼玉大学講師

信州大学講師(集中講義)

重泉国際大学大学院講師

目白大学講師

東洋大学大学院文学研究科仏教学専攻主任

(6)

道元の「仏性」とM・エックハルトの「神性」との比較哲学的考察印度学仏教学研究第二十九号日本印度学

仏教学会昭和四十一年十二月(以下においては、印仏研と略称し、発行の日本印度学仏教学会を省略する。)

道元の善悪観倫理学年報第十六集日本倫理学会昭和四十二年三月

道元の「心」とバークリの「心」-比較哲学的研究I印仏研第三十二号昭和四十三年三月

正法眼蔵の行持観倫理学研究第十六号東京教育大学倫理学会

道元の「仏性」とシェリングの「絶対者」l比較哲学的研究I印仏研第三十三号昭和四十三年十二月

正法眼蔵の仏性論倫理学年報第十八集日本倫理学会昭和四十四年三月

道元とヤスパースにおける「解脱」の問題-比較哲学的研究I印仏研第三十五号昭和四十四年十二月

トマス・アクィナスと道元の女人観倫理学年報第十九集日本倫理学会昭和四十五年三月

道元とベーメの「自己」についてl比較哲学的研究I印仏研第三十八号昭和四十六年三月

道元とルターにおける「信」について印仏研第三十九号昭和四十六年十二月

ヤスパースと道元における「自己」理想第四七四号理想社昭和四十七年十一月

DmmB『自切頃の且一の『のコケの一□○mの口目□]囚いつの『印1国口二の日巨呂因昌ぐの『ぬ一の】目の目のロ勺三一○の。□亘のI]o巨日四一・(

冒巳目四目国色目三⑫(のESの⑪》ぐ。一・厘.z○・m・昭和四十八年一一一月

道元における「有時」の思想理想第四八九理想社昭和四十九年二月

旦の冨且,国・身勺『・ワ}の曰旨[すの目・色、三・{□。、のご面四目目面・日ロ、シロ昌口囚のヨーレの一目]ご○・日ロ四『四〔一くの

勺三一○⑪○℃ごl]・ロ『目一○[冒昌目四目国目○三m庁の日&①の。『Cl・図蝉zp画・昭和四十九年一一一月

ヘーゲルの「精神」と道元の「心」東洋学術研究第十三巻第六号東洋哲学研究所昭和四十九年十一月

道元とカントの「悪」について印仏研第四十八号昭和五十一年三月

(7)

『正法眼蔵』と『神に至る霊魂の道程』l比較哲学的考察-宗学研究第二十八号駒沢大学宗学研究所昭和六

十一年三月(以下において宗学研究発行の駒澤大学宗学研究所を省略する。)

道徳教育の目標と愛の諸相道徳教育研究第一四八号日本道徳基礎教育学会昭和六十二年三月

道元とポナヴェントゥラの「心」についてl比較哲学的考察-印仏研第七十号昭和六十二年三月

『正法眼蔵』と「無知の雲』の比較研究宗学研究第二十九号昭和六十二年三月

道徳教育における宗教の問題道徳教育研究第一四九号日本道徳基礎教育弩工室昭和六十二年七月

『十住心論』と『]冒の『口『旨日三の昌厨ヨロのこヨー比較思想論的考察I比較思想研究第十二号比較思想学会

道元禅師と聖アンセルムスの真理論宗学研究第二十七号駒沢大学宗学研究所昭和六十年三月

道元の「解脱」とニコラウス・クザーヌスの「自由」印仏研第六十六号昭和六十年三月

ニコラゥス・クザーヌスと道元の八世界V比較思想研究第十一号比較思想学会昭和六十年三月

道元の「慈悲」とパウロの「愛」印仏研第六十三号昭和五十八年十二月

道元とスピノザの「自己」について印仏研第六十二号昭和五十八年三月

ヤスパースの歴史哲学における「枢軸時代」『実存と倫理の探求』北樹出版昭和五十七年十二月

道元とヤスパースにおける「死」についてl比較哲学的研究I印仏研第五十七号昭和五十五年十二月

道元とハイデガーにおける「死」についてl比較哲学的研究I印仏研第五十五号昭和五十四年十二月

道元とハィデガーの「自己」についてI比較哲学的研究I印仏研第五十四号昭和五十四年三月

道元の「般若」とパウロの「聖霊」印仏研第五十二号昭和五十三年十二月

道元とフィヒテの「自己」について印仏研第五十号昭和五十二年三月

昭和六十一年三月

(8)

アンセルムスと親驚の罪悪観比較思想研究第十四号比較思想学会昭和六十三年三月

『正法眼蔵』と『テオロギア・ドイッチュ』l比較思想論的研究I宗学研究第三十号昭和六十三年三月

生命への畏敬の哲学道徳教育研究第一五四号日本道徳基礎教育学会平成元年三月

道元禅師の三昧と聖ポナヴェントゥラの観想宗学研究第三十一号平成元年一一一月

道元とスピノザの因果観l比較哲学的研究I印仏研第七十四号平成元年三月

道元禅師の慈悲観-聖ベルナルドゥスとの比較I宗学研究第三十二号平成二年三月

日蓮における慈悲lベルナルドゥスとの比較-印仏研第七十七号平成二年十二月

道元禅師と聖ポナヴェントゥラにおける智恵l比較思想的研究I宗学研究第三十三号平成三年三月

○口弓の○・口8口・崗三旨Qヨ門口百】:ロロ○日ぐの。【日のIシの冒身旨○・日ロ四国牙の勺三]oの。bごI]・巨『目一・{

百s目四目国巨呂三の(の日巳の、.ごo一・PPzp-・平成三年十二月

『ロマ書』と『十地経』の信についてI比較思想的研究I比較思想研究第十八号比較思想学会平成四年二月

道元禅師とクザーヌスの信について-比較思想的研究I宗学研究第三十四号平成四年三月

ペーョ・…目目・……l鯵の目盲冒○ョ…旨・勇一一・”・・ごI東洋学論集第四十四集棗大

○二sの○・コ。①口・命日『ロ岳日□○mの口目Qz-SC一四の。{○巨切mlシの日身冒○日ロロ『四三『の勺三一○②。Dごl

]Cロ『目一・二.曰自目○m目・言の(のESのの.ご・一・一].z・・画・平成五年一一一月

道元禅師とクザーヌスの光明について宗学研究第三十五号平成五年三月

シo・ョ已凹『四号のの自身。{国doの巴の口目のロヨ・恩東洋学研究第一一一十号東洋大学宙痒学研究所平成五年

&一目dの、】の四口○国。p四『巴

学文学部平成四年三月

月 7

(9)

ヴァスバンドゥとアンセルムスの真理論l比較哲学的研究I東洋大学文学部紀要第四十九集平成八年三月

仏教の平和思想Iキリスト教との比較I日本仏教学会年報第六十一号日本仏教学会平成八年五月

ヴァスバンドゥとトマス・アクィナスの真理論l比較哲学的研究l印仏研第八十九号平成八年十二月

道元禅師における般若l聖トマスとの比較I宗学研究第三十九号平成九年三月

忌恩『]目四目QのロヨCBop目『貝ゴーンのES旨。『目四国牙の祠三一・印・ロヨー]o巨『ロ四一○{一己】目四目国目,

。三m【の冨曰のの》ご・一・ち・亘○・四・平成七年一一一月

道元禅師と聖アゥグスティヌスの「心」について宗学研究第三十七号平成七年三月

龍樹とアンセルムスの真理論l比較哲学的研究I東洋大学文学部紀要第四十八集平成七年三月

『正法眼蔵随聞記』と『イミタチオ・クリスティ』の比較研究宗学研究第三十八号平成八年三月

、己冒・囹目□二,三『のコーシの白身旨○日己四『目ぐの勺三一○②○℃ごI東洋大学大学院紀要第一一一十一一集平成八年

○.岳の『『日ゴー8月の□ごロの亘口国ゴロ且シロmの}ヨー少の冒身ヨ○日ロ四『自くので宮一・の。□ごI]・巨日四一・〔-.sロロ

四目国巨目冨の(の目昌の⑪.ご・一・台・Z。.」・平成五年十一一月

道元禅師と聖アウグスティヌスの信について宗学研究第三十六号平成六年三月

道元と良寛l比較思想的研究I『総合研究アジアにおける宗教と文化』(東洋学研究第三十一号)東洋大学東洋

主な研究発表

ヘーゲル歴史哲学における個人と世界史日本倫理学会第四回大会昭和二十八年十一月

学研究所平成六年三月

月 8

(10)

西田哲学における絶対無と人間日本倫理》x云第五回大会昭和二十九年十月

ドストエーフスキィにおける神と人間日本宗教学会第十五回学術大会(要旨は、宗教研究第一四六号に掲載、以下

源氏物語における愛と運命日本宗教学会第十六回学術大会崇教研究第一五○号)昭和三十一年十一月

ヤスパースとキリスト教日本宗教学会第十七回学術大会(宗教研究第一五四号)昭和三十二年十月

ベルヂャーエフにおける自由の問題日本哲学会第十六回大会(哲学第八号I日本哲学会)昭和三十二年十一月

カントにおける善意志の概念日本宗教学会第十八回学術大会(宗教研究第一六一一号)昭和三十四年十月

アイスキュロスにおける正義と運命日本宗教学会第十九回学術大会(宗教研究第一六六号)昭和三十五年十一

梁塵秘抄における宗教思想日本宗教学会第二十回学術大会(宗教研究第一七○号)昭和三十六年十月

ルターの罪悪観日本宗教学会第二十一回学術大会(宗教研究第一七四号)昭和三十七年十月

「宿世」考全国大学国語国文学会大会(文学・語学第一一千号一全国大学国語国文学会)昭和三十八年九月

道元における悪の問題日本宗教学会第二十二回学術大会(宗教研究第一七七号)昭和三十八年十月

後期シェリング哲学における絶対者日本宗教学会第二十三回学術大会(宗教研究第一八一号)昭和三十九年十

パスカルのデカルト哲学批判について日本宗教学会第二十四回学術大会(宗教研究第一八六号)昭和四十年八

トマス・アクイナスにおけるカリタスの》磯念日本宗教鐘会第二十五回美術大会(宗教研究第一九○号)昭和四十

同様)昭和三十年十月

月 月 一 月 一年十月 9

(11)

ルターにおける信仰と行為日本宗教学会第三十回学術大会(宗教研究第一一一○号)昭和四十六年十月

ルターの聖霊観日本宗教学会第三十一回学術大会(宗教研究第一一一四号)昭和四十七年十月

フィヒテ哲学における道徳と宗教日本宗教学会第三十二回学術大会(宗教研究第一一一八号)昭和四十八年十月

ヘーゲルの神概念日本宗教拳工奏第三十三回学術大会(宗教研究第二一一一一号)昭和四十九年十月

カントの宗教論における自由日本宗教》工云第三十四回学術大会(宗教研究第一一一一六号)昭和五十年十一月

フィヒテ哲学における愛の概念日本宗教学会第三十五回学術大会(宗教研究第一一一一一○号)昭和五十一年十月

ニコラゥス・クザーヌスにおける神と世界目本宗教学会第三十六回学術大会昭和五十二年十月

ニコラゥス・クザーヌスにおける神と人間日本宗教学会第三十七回学術大会景教研究第一一一一一八号)昭和五十三年

十一月

トマス.アクィナスの天使論日本宗教学会第三十八回学術大会(宗教研究第二四二号)昭和五十四年十一月

トマス・アクィナスの創造概念日本宗教学会第三十九回学術大会(宗教研究第一西六号)昭和五十五年十月

アゥグスティヌスにおけるカリタスの概念目本宗教堂会第一一十九回学術大会(宗教研究第二○六号)昭和四十

ヤスパース哲学における超越者の概念日本宗教学会第二十八回学術大会(宗教研究第一一○一一号)昭和四十四年

初期ヘーゲル哲学におけるキリスト教解釈日本宗教学会第二十七回学術大会(宗教研究第一九八号)昭和四十

ニコラゥス・クザーヌスの三一論日本宗教学会第二十六回学術大会(宗教研究第一九四号)昭和四十二年十月

維摩経の論理と倫理日本倫理学会第十八回大会

十一月

竿

10

(12)

道元の「般若」とスピノザの「直観知」日本印度学仏教学会第三十二回学術大会昭和五十六年八月

スピノザの「短論文」における神日本宗教学会第四十回学術大会(宗教研究篭一五○号)昭和五十六年十月

スピノザにおける人間の不死性日本宗教学会第四十一回学術大会(宗教研究第一一五五号)昭和五十七年十月

ニコラウス・クザーヌスのキリスト論日本宗教学会第四十二回学術大会崇教研究第一一五九号)昭和五十八年

アンセルムスにおける罪の問題日本宗教学会第四十四回学術大会(宗教研究第一一六七号)昭和六十年九月

アンセルムスにおける「神の像」日本宗教学会第四十五回美術大会(宗教研究第一一七一号)昭和六十一年九月

国弓》oの巴の㎡・の①opm’冒六⑪三勺8菖凹且国・目くの口目『Q⑪.辱]旨の国『ご日三の目⑪旨C2日ごlシの自身旨○○日目‐

『四身の勺巨・moDごIヨ可の①言冒〔の『口昌・昌一oop【の『の二BCpsの弓・の巴の、:○・一・{zのC,o○コ〔ロO一目一のヨ

ポナヴェントウラの範型論日本宗教学会第四.土ハ回美術大会(宗教研究第一一七五号)昭和六十一一年九月

家庭教育における気質の問題日本家庭塾夏子会第一一一回大会昭和六十一一一年八月

シooBcm『呉乏のの庁巨。『。【&】adの函昌の》の霞のの○コ、‐す四声の三℃‐言。ご山口ロロ四『■●ず。⑦の己冒OB面向(三,四○『・旨の

回のOBの庁ユCO・の日○口②芹『回国・国『ずの]○(す旨〔の『二日一○口ロ一○○口{の『のごCの。ご(すの弓包○の、『のの●す○○一○{zの。‐

家庭における道徳的情操の育成日本家庭教育学会第四回大会平成元年年八月

ライプニッッにおける理性と信仰日本宗教学会第四十八回学術大会(宗教研究第一一八一一一号)平成元年九月

家庭教育における個性の育成日本家庭教育学会第五回大会平成二年八月

ベルナルドウスの聖母論日本宗教学会第四十九回学術大会(宗教研究第一一八七号)平成二年九月

発達段階に即応した家庭教育日本家庭教育学会第六回大会平成三年八月

十月

阻の。『己の(ユCO(

oop帛巨○薗口一四コ 11

(13)

愛と憎しみ仏教文化第十一号東泉大学仏教青年会昭和五十二年三月

生命科学と仏教思想教化研修第三十三号曹洞宗教化研修所平成元年年十一月

道徳授業の基礎事典(項目執筆)光文書院平成二年四月

道徳・新指導内容と授業を結ぶ(分担執筆)明治図書平成二年六月

生命倫理と仏教教化研修第三十四号曹洞宗教化研修所平成二年十一月

法華経における「信」法華第九十三号法華会平成三年五月

仏教と自然保護教化研修第三十五号曹洞宗教化研修所平成三年十一月

仏教思想から見た地球環境保全教化研修第三十六号曹洞宗教化研修所平成四年十一月

著誓

現代思想と道元(共著)春秋社昭和五十六年四月

哲学的思索への道(共著)文化書房博文社昭和五十六年四月

壊乱-現代宗教の危機(共著)すずさわ書店平成八年三月

道元の比較哲学的研究(単著)近刊予定

カントにおける恩恵の問題日本宗教学会第五十一回学術大会(宗教研究第二九五号)平成四年九月

家庭における愛他心の育成日本家庭教育》工舂第七回大会平成四年八月

カントと終末論日本宗教学会第五十回学術大会(宗教研究第二九一号)平成三年十一月

その他主なもの 12

(14)

研究室報告

①本年度は、専任教員に伊吹教講師を迎えた。本年度から、

「中国仏教史」「仏教学演習」などを担当された。

②平成九年一月十六日、笠井頁教授が本年度末をもって定

年により本学を去られるに際し、先生の最終講義を開催し

た。笠井ゼミ出身の校友の方々や、本学他学部他学科の先

生方、および大学院生と学部生多数の聴講者を得て、五時

限目の授業時間を利用した最終講義は盛会であった。引き

続いて会場を甫水会館に移し、笠井先生を囲んでの懇親会

を設けた。

③本年度の本学役職としては、田村晃祐教授が大学院文学

研究科委員長を引き続き担当され、森章司教授が評議員を

再任された。

④新カリキュラムの本格的な実施によって、来年度以降、

新たに多くの講座が開設されるのに伴い、非常勤の先生方

との親睦を深め、新カリキュラムの趣旨をご理解頂くた

め、平成八年十一月二十三日、スヵイホールにおいて、初

めて、「非常勤懇親会」を開催した。多くの先生方のご賛同

を得て、楽しい時を過ごすことができた。

⑤平成八年九月十九日、ゼミ活性化対策として、コンピュ

ータを研究に活用しておられる、金沢篤、石井公成の両先

生をお招きして、コンピュータの利用についての講演会を

開催した。それぞれに個性ある内容で、学生のみならず、

教員の間でも好評であった。

⑥平成八年十二月五日、清水・橋本ゼミの共催で、ゼミ活

性化対策として、田中多佳子氏に、専門のインドの民族音

楽に関する講義をお願いした。ビデオを用いるなど、工夫

を凝らした内容で、学生の評判も上々であった。

⑦平成八年五月六日、本年度もゼミの連絡会議の活躍によ

り、新入生歓迎球技大会を盛大に催すことができた。学科

教員に加えて、教務課職員の方々の参加も得られ、楽しく

有意義な一日を過ごすことができた。

⑧本年度の朝霞校舎でのティーチング。アシスタント(教

育補助員)は、大学院後期課程の岩井昌悟君と中根洋雅君

が担当した。 ⑨本年度の卒論提出者は、I部が五八名、Ⅱ部が三六名で あった。

⑩本年度の優秀論文に対する褒賞は、以下のごとくであっ

た。田村芳朗奨学基金受賞者I笠井文雄(I部)、山本伸裕

(大学院)。勧学奨学基金受賞者l前愛(I部)、田中茂樹

(Ⅱ部)。校友会学生研究奨励基金受賞者l渡邊純子(I

部)、岩下奈奈(Ⅱ部)、師茂樹(大学院) 107

(15)

一轌宋一一騨柁の垂摺肝坏と、、斗伝の》‐I切己ロゴ山口国戸口巨日巨昌》【。『、戸、ロ『口‐

百『、息訳注(3)」(「東洋学論叢」第二二号〈「東洋大学文

学部紀要」第五○集〉、平成九年三月)一八九’二○五頁

八その他V

書評『ヒンドゥー教』(一一ロッド。C・チョードリー箸、森本

達雄訳、みすず書房)(平成八年七月十四日付「里[塀新聞」)

「復興に向うモンゴル仏教」(平成八年八月十三日・十四日付

「東京新聞」)

講演「優しさの思想I仏教による共生の原理を考える」(臨済

会講演会「禅を聞く」、平成八年六月二五日、於サーーーホー

ル(南士泉)) 菅沼晃 八著書V

『増補改訂・サンスクリット講読・インド思想編」(平河出版

社、平成八年六月) 八論文V

「モンゴル仏教の現状I弾圧から復興へ」(「中央学術研究所

紀要」第二五号、平成八年十二月)二五-四八頁

「第二格の意味と用法②lm-g颪口冨百巨日目。》圏『、百℃『口‐

百国息訳注(3)」(「東洋学論叢」第二二号〈「東洋大学文

学部紀要」第五○集〉、平成九年三月)一八九’二○五頁

平成八年度業績

講演「心を浄めるということ」(日本ヨーガ光麗会全国大会

平成八年九月二二日、於心華寺(京都)) (宙上泉)) 清水乞 八論文V 八著書V 田村晃祐

『日中文化交流史叢書四八宗教V』(共著》担当「天台・日蓮

学と中国天台」、大修館、平成八年七月)一三九‐’七六頁

八論文V

「最澄の教学と日蓮1日蓮の「依懸集』「法華秀句』受容」(「東

洋学論叢」第一二号〈「東洋大学文学部紀要」第四九集〉、

平成八年三月)三一‐五一一一頁 八研究発表V

「日本仏教における学問の伝統」(頁の『ご島。目-8口〔の『の二日

宛の二m-op⑫四目崖曾の『目巨Bご◎ロ、平成八年十一月二日、

於仏光大学(台湾・高雄市))

「法華玄義の思想」(平成八年十一月五日、於円光仏学院(台

湾・中遮市)) カルチャーセンター横浜)

日カルチャー講座、平成八年狼七月八日・八月五日、榊輻朝日

講座「ブッダとその弟子lそのとき彼らは何をきいたか」(朝

座、平成八年四月~九口処於朝日カルチャーセンタ4煙腰)

講座「南まわりの仏教、北まわりの仏教」(朝日カルチャー講

108

(16)

「で目日日、凪『四閏曰三団所説の観想図像」(「東洋学論叢」第二

一号〈「東洋大学文学部紀要」第四九集〉、平成八年三月)一二

一二四○頁 森章司 八論文V

「律蔵のなかの異部派比丘」(「大倉山論集」第四○輯、平成八

年十二月)四九-七二頁

「律蔵における女性の問題」(「平和と宗教」第一五号、平成八

年十二月)一七‐三一頁

『法顕伝』などインド旅行記に見られる部派と戒律」(「東洋

学論叢」第二二号〈「東洋大学文学部紀要」第五○集〉、平

成九年三月)五○‐八一頁 八研究発表V

「親驚書簡の諸問題l関東における親驚門侶集団の研究の一

環として」(平成八年二月十日、於大倉精神文化研究所)

弓仏国記」等インド旅行記に見られる戒律について」(日本宗

教学会、平成八年九月二一日、於国学院大学)

「日本仏教における「戒」と「律」の葛藤」(東洋学研究所、

平成八年十月十九日、於東洋大学)

「現代日本の聖」(第四回白山祭シンポジウム・パネリスト、

平成八年十一月十七日、於東洋大学) 八その他V 笠井貞 八著瞥V

『壊乱I現代宗教の危機』(共著抑担当「世界「宗教と論理』」

「現代宗教への提言」、すずさわ書店、平成八年三月)七六

’一○八頁、一五七1一六六頁、’八五‐’九六頁

八論文V

弓正法眼蔵随聞記』と『イミタチオ・クリスティ』の比較研

究」(「宗学研究」第三八号、平成八年三月)一○三‐’○八

坊□ご・圏四目二一,三3ローシの白旦曰○・日□四『mこぐの勺三‐

}。⑫○℃ご・・(「東洋大学大学院紀要」第三一一号、平成八年三

月)’’九頁1一三○頁

「ヴァスバンドゥとアンセルムスの真理論-比較哲学的研究」

(「東洋学論叢」第二一号〈「東洋大学文学部紀要」第四九

集〉、平成八年三月)一○六‐’一一○頁

「仏教の平和思想-キリスト教との比較」(「日本仏教学会年

報」第六一号、平成八年五月)七三’八六頁

「ヴァスバンドゥとトマス・アクィナスの真理論1比較哲学

精神文化研究所月例講話集」第一五輯、平成八年十月)

「井上円了lお化け博士の正体」「東洋のこころ(四)」(「大倉

所、平成八年六月)

「無戒無律時代」(「チャンダナ」第一六五号、中央学術研究

109

(17)

渡辺章悟 八編箸V

占口この〆一.一斉のの口。。ゴロ『ヨロロロロ口凹己六四②□(『四‐弓一ヶの国P⑫四コ‐

の丙1(ご》吾の宛の一百百一.己召・四・(共編) 八論文V

「般若(已国ヨ⑳)再考r1ウパニシャッドから仏教へ」(「東洋学

論叢」第一二号〈「東洋大学文学部紀要」第四九集〉、平成

八年三月)七三‐八七頁 橋本泰元 八論文V

「カピールの言語観と生死観」(「東洋学論叢」第二二号〈「東

洋大学文学部紀要」第五○集〉、平成九年三月)一四七1一

六六頁 八その他V

講演「インドの生活文化とヒンドゥー教1,2」(「国際理解

パートⅦ」、平成八年八月二八日・九月四日、於川越市霞ヶ

関北公民館) 三九号、平成九年三月)

「道元禅師における般若l聖トマスとの比較」(「宗学研究」第

二七八-二八三頁

研究」(「印度学仏教学研究」第八九号、平成八年十二月)

「般若波羅蜜多(□且菌日『四ョ颪)の溌秋」(「東洋学諭躍」第

二一一号〈「東洋大学文学部紀要」第五、集〉、平成九年三月)

’二五-’四六頁 倉シ同日、日の昌○(牙①の四目⑫戸『一(『のH芹。[夢ののニロロロ日日一日尋 冒§①「凶凰時の意鷺曽「&討宍●§烏②賃口吻§い§且

」『S言己蒼、言昌勿s③帛青(。“&萱③.】ごm{冒貝胃}且o-C巴の

ロの『□己ぐの『⑪一蔵二三のP口四目』一.ご召.②.(共著) 八研究発表V

「スローガンとしての般若波羅蜜参二(東洋学研究所特別研究

会、平成八年十二月七日、於東洋大学)

八調査茜動V

ロシア科学アカデミー、サンクト・ペテルブルク支部の東洋

学研究所が所蔵する中央アジア出土サンスクリット仏典の

調査(平成八年八月二一日~三一日) 八その他V

「大悲心陀羅尼(3)」(「曹洞禅グラフ」一九九六年冬号、平

成八年一月)

「大悲心陀羅尼(4)」(「曹洞禅グラZ’九九六年春号、平

成八年三月)

「般若経研究点描」(「大法輪」平成八年二月号、平成八年一

回河)

講演「インド文化と日本文化との交流l食文化を中心とし

て」(「国際理解パートⅣ」、平成八年八月七日、於川越市霞

110

(18)

八訳書V

印順著『中国禅宗史』(平成九年一月、山喜房佛薔林)

八論文V

「慧能に帰される数種の「金剛経』の注釈書について」(「禅文

化研究所紀要」第二二号、平成八年五月)四九’八七頁

。金剛経解義』の成立をめぐって」(「印度学仏教学研究」四

五l|、平成八年十一一月)六三上ハ七頁

「再び心王経の成立を論ず」(「東洋学論叢」第二二号〈「東洋

大学文学部紀要」第五○集〉、平成九年三月)八二-’○六

頁 八研究発表V

『金剛経解義』の成立をめぐって」(印度学仏教学会、平成八

年九月五日、於立正大学)

「敦煙本《壇経》是否為伝授本」(慧能与嶺南文化研討会、平

成九年一月四日、於マカオ大学) 八その他V

講座「禅に徹する」(朝日カルチャー講座、平成八年十一月二

五日、於朝日カルチャーセンター横浜)

講座「中国思想・政治と仏教」(朝日カルチャー講座、平成九

年三月十日、於朝日カルチャーセンター横浜)

伊吹敦 ヶ関北公民館) 渡辺章悟 インド哲学演習1朝霞 ①テーマ「ヨーガ・スートラを読む」

②メンバー植村豪(幹事)他、二年生二名(内二名長

欠)、聴講者二年生一名、三年生一名 ③活動報告

このゼミの目的は、サンスクリットの読解力の向上を第一

の目的とする。そのために、できるだけ多くのサンスクリッ トを読んでもらい、サンスクリット文献に親しんでもらうこ とにした。ただし、インド哲学演習ということであるから、

インドの宗教に共通の実践であるヨーガの綱要瞥であるヨ

ーガ・スートラ』を選び、これによって古代インドの哲学的

文献の一端に触れてもらうことを第二の目的とした。

ゼミとはいってもサンスクリット講読が中心であったが、

その限りではうまく機能していた。ゼミの進め方としては、

参加者の読解力の向上という実践的意味を持たせ、予め発表

者を決めておいて、その担当者が毎回レポートを提出し、解

読・発表を行った。これからも実際にインド哲学の文献を読

む機会はあまりないので、その意味でも有益だったと思う。

ただ、あまりに簡潔なコーガ・スートラ』を理解するため

平成八年度ゼミ活動報告

(19)

-111-清水乞 インド哲学演習2朝腰

①テーマ「感情の定義と言語表言」

②メンバー竹原智子(幹事)他、二年生一六名

③活動報告

二年生の演習であるから、全体としての総括を目的とする

ものではなく、、頁・語テキストを幹事の指示によって分担

し、毎時間、分担者がレジメを提出して、読解の結果を発表

するという純粋な演習形式をとった。「感情」とは、日常われ

われが経験する一時的感情であり、芸術用語である三三の

ご号三81-三四ぐ・を指す。テキストは、ご{のく四口山岳円 留三ご四目『□四ゴ四を使用した。

一応、一六人全員が発表することが出来たが、分担量は定

義の部分に影響された為か、言語表言の部分(詩的表言)は、

偶文を半分づっ担当するという奇妙な読み方になってしま 残した。

い。実際、これはかなり難解であり、テクスト選びに問題を

遅く、全体の構造が理解できないままに終わった感が否めな

に、ヴィャーサの注釈をも併せて読んだので、本文の進度が

なお、夏休みには白山のゼミと合同で豊丘セミナーハウス

での合宿を行った。授業もそうであったが、欠席者もほどん

どなく盛会であった。 清水乞 インド哲学演習1白山1.Ⅱ部

①テーマ「インド美学と芸術思想」

②メンバーI部吉田健一・出野尚紀(幹事)他、三年

生七名、四年生一○名、大学院一名、Ⅱ部田中茂樹・吉

田珠里(幹事)他、二年生一四名、三年生一二名、四年生

一○名、大学院一名 ③活動報告

ゼミの課題に向かって、各々の芸術分野からアプローチす

る為に、インド美学の基本理念である「ラサ」論を検討した。

テキストは最後期のでロ且冒『四一口叩勾四囲恩。恩旦目『四のラサ

論の記述を読むことにした。の江・テキストと英訳を使用し

て、英訳を中心に検討したが、分担者は英語の理解に⑫百

を参考にすることができず、反って十分な理解ができなかっ

た。中には男一・テキストに挑んだ分担者がいて、発表する

分量は少なかったが、英語よりも、発表時に全員が集中して

いたと思う。 導も有効であった。

を痛感した。出席率は良好であり、熱心であった。目シ・の指

訳文制作に熟達することである。特に複合語の復習の必要性

し、文法事項は徹底的に検証することはできた。残る問題は、

い、の蚕・語詩文の文体を捉えることができなかった。しか

-112-

(20)

菅沼晃 インド哲学演習2白山I部 1平成八年度は休講I 森章司 インド哲学演習3白山I部 ①テーマ「原始仏教研究」 ②メンバー三原太郎(幹事)他、三年生九名、四年生九 名 ③活動報告 昨年度までは「戒律研究」をゼミテーマとし、主に原始経 典の「律蔵」と「菩蒜箪口戒経」などの大乗仏教の「戒経」、こ 恒例の集・中勉強会を九月一三、|四日の両日行い、まとま った量を読むことができた。自由参加であったので、極めて 低調であった。一四日終了後、マレーシア料理屋でコンパを した。 一一月より四年生の卒業論文の発表に入る。一日一人の割 合で発聿毎大した議論はなく、発表のみに終わった。むしろ、 卒業制作を目指した発表は主、坪的であり、発想のレヴェルを 学生が共有することができたので、議論は盛んに展開した。 ゼミの課題の総括をすることはできなかった。この理由を反 省として、検討する必要がある。 れにヒンドゥー教の「法典」類を資料として研究してきたが、 今年度からはある意味ではこれを拡げ、ある意味ではこれを 限定して「原始仏教研究」と改めた。 すなわち、研究範囲に層、具一目一息画・運ロロョョ8日ロ恵 庭弓彦の『PS『]‐ぬ。【颪:己愚息『》などの「経蔵」を加えるが、 時代的には原始仏教に焦点をしぼり、今年度は「原始仏教に おける出家沙門の生活」を年間テーマとした。特に「律」の 目指す集団生活と、「経」の目指す遊行生活には矛盾があるの で、これに注目したわけである。 上記テーマのもとに、森の原始仏教資料の解説の後、研究 発表とそれをもととする討議に入った。研究発表のテーマは 次のとおり。三原「テーリガーターに見る出家の動機」、小松 「テーリーガーターにおける解脱」、花井「スッタニパータに おける出家生活」、千島「テーラガーターにおける出家者の修 業生活」、佐野「テーラガーターにおける出家者と在家者の悟 りの違い」、保木「テーリーガーターにおける尼僧の生活」、 森内「女性の出家について」、相田「中部経典に見る出家の理 想生活」、中村「律蔵極度分から見た出家者像」、三好「衆学 法に見る出家沙門の理想像」、小栗「パーリ律蔵・減法に見る 出家者の理想像」、徳留「鶏磨犠度から見た出家者の理想像」、 遠藤「律蔵に見る女性修業者像」、吉田「波羅提木叉に見る出 家者の理想像」、波多野「パーリ衆学法に見る出家者の理想 像」、弓削田「淫戒を通して見た出家沙門の理想像」。 -113-

(21)

また八月一一三日から一一五日までの第一部、第二部合同の夏 季合宿(府中市・栄福寺)と平常時間中に行った、四年生の 卒業論文の中間発表と三年生の自由研究発表の題目は次のと おりである。弓削田「律蔵の法思想」、小松「解脱の展開につ いて」、相田「自由思想家出現の背景と仏教の位置」、供田「仏 教における悟り」、千鳥「仏教と王権の関係」、中村「初期仏 教教団の作持戒」、小栗「滅法について」、吉田「観無量寿経

における十六観法」、徳留「C】目‐.ご山颪‐ぐ四日田に見る王権

と教団の関わり方」、遠藤「律蔵における女性差別」、三好「波 羅提木叉因縁認の研究」、三原「原始仏教資料論」、吉田「律 蔵における出家者の食生活」、花井「出家者の社会的意味」、 佐野「原始仏教における出家者たちの出家理由」、保木「律蔵 における僧院」、相田「六師外道について」。 なお、次年度以降は、第一部、第二部合同のゼミとなる。 また、来年度は「仏教は在家信者に積極的に法を説いたか、 説かなかったか言釈尊は開祖意識を持っていたか、持ってい なかったか」などを年間テーマとして、ディベート方式で研 究を進める予定である。 インド哲学演習3白山Ⅱ部 ①テーマ「原始仏教研究」 ②メンバー小野博嗣(前期幹事)、岡田洋童(後期幹事) 他、二年生七名、三年生六名、四年生四名 ③活動報告 テーマ・方法論、および来年度の計画については、第1部 と同じ。 年間テーマについての研究発表は、田口「ダンマパダに見 る沙門の理想的生活」、岩下「スッタニパータに見る修業者 像」、小野「中阿含経における修業階梯と死」、金子「原始仏 教の理想的生活」、中園「テーラガーターについて」、三明「テ ーリーガータ1における出家者の理想的生活」、岡田「スッタ ースータにおける出家者の理想的生活とインドの風土」、西 「ダンマパダに見られる理想的な出家者像」、安仲「仏教にお ける理想の修業とは何かlテーリーガーターを通して」、清 水「テーラガーターに見る出家者の理想的生活」、小林「七滅 識法について」、小坂橘「スッタニパータにおける二つの原 理」であった。 また、卒論の中間発表と三年生以下の自由研究の題目は次 のとおり。三明「仏教における鬼」、小林「ベータヴァッッに おける餓鬼」、小野「立川流について」、清水「雨安居につい て」、深津「日。8百日巨富について」、西「原始浄土教思 想」、金子「頭陀行について」、田口「餓鬼について」、安仲 「慈悲について」、岩下「阿含経における解脱の分類」、岡田 「サドゥーについてIインドを旅して」、高橋「タイ仏教につ いて」、中園「有部およびヴァイシェーシカにおける存在論」、 阿部「倶舎宗について」、南川「原始仏教における心と智慧」。 114

(22)

橋本泰元 インド哲学演習4白山I部 ①テーマ「中世ヒンドゥー教思想研究」 ②メンバー町田茂久(幹事)他、三年生七名、四年生八 名 ③活動報告 昨年度に引き続き、バクティ(信愛、帰依)の宗教思想の 研究を主目的とした。年度初めに、新入ゼミ生に対して担当 者が、ヒンドゥー教思想史におけるパクティ思想の位置を概 説し、併せて文献案内を行った。同時に、これまで続行して きた基本典籍『パーガヴァタ・プラーナ』(「ラーサの五章」) の共同による読解作業の内容を概説した。この後、三年生を 中心にテクストの読解作業を続行した。これは、各人に一偶 づっ配当しレポートを提出してもらい、担当者が講評を加え るという形で行った。毎年のことであるが、ゼミ生の語学能 力に差異が多く、分担者が偏る問題点がある。 この読解作業と同時に、パクティ思想やヴィシュヌ教思想 史に関する極めて少ない邦文研究書・論文を各節・各単元毎 に分け分担し、その内容をゼミ生に理解可能なように補説し ながら、まとめて発表する方法をとった。これによって、論 文を読むこと、内容をまとめること、自分の言葉で提示する ことの練習を目的としたが、予習の足りない点が目立った。 前期終了ころより、四年生の卒論の中間発表を開始した。 卒論執筆を促進するためであるが、この段階においても、未 だ課題が確定できていない発表もあって反省すべき点であ る。 〈「年度初めての試みであったが、清水ゼミと共同で、外部 講師として田中多佳子氏(放送大学講師)をお招きして、「北 インドにおける音楽芸能と宗教」と題して一二月五日に講義 をして頂いた。ゼミ活性化対策の一理として行ったが、アン ケート集計の結果、ゼミ生に少なからぬ影響を与え、この試 みは成功であった。 インド哲学演習2白山Ⅱ部 ①テーマ「中世ヒンドゥー教思想研究」 ②メンバー河村章広(幹事)他、二年生五名、三年生一 一名、四年生一○名 ③活動報告 昨年度に引き続き、バクティ(信愛、帰依)の宗教思想の 研究を目的とした。年度初めに、新人ゼミ生に対して担当者 が、ヒンドゥー教思想史におけるバクティ思想の位置を概説 し、併せて文献案内を行った。同時に、これまで続行してき た基本典籍『パーガヴァタ・プラーナ』(「ラーサの五章」)の 共同による読解作業の内容を概説した。この後、二、三年生 を中心にテクストの読解作業を続行した。これは、各人に一 偶づっ配当し、板書してもらい、担当者が講評を加えるとい う形で行った。ゼミ生の人数が多いので各人にわたるように -115-

(23)

伊吹教 仏教学演習1白山1.Ⅱ部 ①テーマ「禅思想史研究」 ②メンバーI部若林貴成(幹事)他、三年生五名、四 年生五名、大学院一名、Ⅱ部新出健雄(幹事)他、二年 は成功であった。 ート集計の結果、ゼミ生に少なからぬ影響を与え、この試み して頂いた。ゼミ活性化対策の一環として行ったが、アンケ ンドにおける音楽芸能と宗教」と題して十二月五日に講義を 師として田中多佳子氏(放送大学講師)をお招きして、「北イ 今年度初めての試みであるが、清水ゼミと共同で、外部講 ず、大いに反省すべき点である。 卒論執筆を促進するためであるが、積極的な発表がみられ 前期終了ころより、四年生の卒論の中間発表を開始した。 習を目的としたが、下調べの足りない発表もあった。 論文を読み、内容をまとめ、自分の言葉で提示することの練 説しながら、まとめて発表する方法をとった。これによって、 に分け分担し、その内容を他のゼミ生に理解可能なように補 史に関する極めて少ない邦文研究書・論文を各節・各単元毎 この読解作業と同時に、パクティ思想やヴィシュヌ教思想 偏る問題点がある。 するのであるが、ゼミ生の語学能力に差異が多く、分担者が 生五名、三年生二名、四年生八名 ③活動報告 本ゼミは、中国仏教の中でも、最も中国的な性格を多分に 持つ「禅」を中心に、その成立や変化をたどってゆくことを 目的とするものである。 本年度は、特に、中国禅の成立に多大の影響を与えた『六 祖埴経』にスポットを当て、その講読を行ったが、本書には 多くの異本があり、そのテキストの変遷が禅宗の思想的展開 と密接に関わっているため、複数のテキストを参照しつつ読 み進めることにした。具体的には、最も古い敦煙本をメイ ン・テキストにして、学生猪君に輪番で、その書き下し、語 釈、現代語訳を行ってきてもらい、更に、それと興聖寺本と の相違箇所を指摘し、その意義について自分の意見を述べて もらうという方法をとったが、学生の漢文読解能力の差が著 しく、担当者によっては授業をスムーズに進めることができ なかった。ただ、これには、私自身、こうした形態の授業に なれておらず、また、学生の能力を十分に把握していなかっ たなど、指導する側にも問題があったことは認めなくてはな らないであろうと思われる。 後期の後半には、授業中に卒論の内容の発表を行うととも に、卒論の草稿を前もって見せるよう指導したが、これも学 生の熱意の度合いに大きな違いがみられ、十分な指導ができ ない場合もあった。 116

(24)

田村晃祐 仏教学演習2白山1.Ⅱ部 ①テーマ「栄西『興禅護国論芒 ②メンバーI部中村一平(幹事)他、三三名(四年生 一四名、三年生一九名)、Ⅱ部南雲啓安(幹事)他、二九 名(四年生一○名、一一一年生六名、二年生一三名) ③活動報告 鎌倉仏教の研究をテーマとして、平安時代末期の仏教から 研究を始め、鎌倉仏教の研究に入り、昨年、法然の『選択集』 の講読を行ったのに引き続いて、本年は栄西の『興禅護国論』 の講読を行った。 先ず伝記について栄西の生涯を三時期に分って、三人に分 担して発表してもらい、次いで『輿禅譲国論』に入った。個 人発表とし、各人が漢文に返り点・送り仮名を付し、書き下 し文、語釈、現代語訳を行ったもののコピーを用意して全員 に渡し、それについて発表し、質問を受けるという方法であ った。その後、田村が解説を加えたが、これは引用書の概要、 年度中に小冊子にまとめる予定である。 して翻訳するというレポートを全員に課したが、これは、来 極めて低調であったことは残念であった。また、英文を分担 開いたが、学生の自主性に期待したものの、出席者が少なく、 なお、夏休みには大学の教室を借りて、二日ほど勉強会を 渡辺章悟 仏教学演習3白山1.Ⅱ部 ①テーマ「智慧の哲学」 ②メンバーI部阿部益喜啓(幹事)他、三年生九名(内 留学中一名)、四年生六名、Ⅱ部春原高信(幹事)他、三 年生四名 ③活動報告 本年は昨年に続いて、インド大乗仏教思想の中心を担った 中観派のナーガールジュナ作「根本中頌』をテクストとして、 これを輪読形式で読んでいった。この文献をテクストに選ん だ理由は、サンスクリット文献読解のための格好の資料であ ること、チベット語訳や漢訳も揃っているために翻訳法に対 する訓練が出来ること、本論に基づいて他のさまざまな経論 の研究に展開することが容易であることなどもあるが、なん 引用文の背景などを説明するに意を用いた。 また十一月には卒論の中間発表を行った。 春秋の近郊訪問は、禅宗の勉強をしていた関係で春は鎌倉 の五山を中心とし、栄西が神道にも関係が深かった関係で、 秋は鹿島神宮・香取神宮を訪問した。 九月の二泊の京都旅行は、大徳寺・相国寺・天竜寺。南禅

寺・建仁寺・東福寺など、やはり禅宗関係の寺院を中心と

し、六波羅蜜寺・永観堂などを加えて参観した。 -117-

(25)

といっても本論が大乗仏教の根本的な思想を形成したという 重要性を考慮したためである。この趣旨をゼミ員がどの程度 意識していたかは疑問の余地があったようで、テクスト以外 に目を向ける者は余りいなかった。 ゼミの進め方は、毎回担当者を決めてサンスクリットの読 解のレポートを提出・発表させ、それに基づいて担当者が解 説し、それを批判して行くという方法を取った。この文献は 偶頌という簡潔な形式と、哲学的に深い思索を示す内容を持 つために、なかなかその意義までを正確に理解することは困 難であったが、本年は二年目ということもあり、本番に特有 の用例や論法にはかなり慣れ、中にはチベット語訳と漢訳を 比較しながら訳語の特色まで理解できるようになった者もい た。このことが今年の最大の成果であった。 後期からは、空性の肯定面に言及する「第二四章」を読み 終えることができ、最後の何回かは、インド文献学の研究の 一端をかいま見てもらうつもりで、サンスクリット、チベッ ト語訳、漢訳に残る注釈まで読み進めることができた。 学年末にはこの章についてのレポートを課したが、その中 の何人かは難解な注釈の翻訳を行い、予想以上の成果をもた らした。 なお、夏休みには白山のゼミ一部、二部と朝霞ゼミとで豊 丘セミナーハウスにおいて合同の合宿を行った。その際、四 年生には夏合宿での中間発表を含めて、何度か卒論の練習に 笠井貞 仏教学演習4白山I部 ①テーマ「正法眼蔵講読」 ②メンバー塚本伴樹(幹事)他、四年生一四名 ③活動報告 道元の主著『正法眼蔵』を読むことによって、道元の思想 内容を理解することを目的とする。それに基づいて、道元の 印度・中国・日本思想史上における位置づけをし、また道元 と同時代の新旧日本仏教思想との比較をして、それぞれの特 色を把握する。更に思想系譜・思想形態を異にする西洋の哲 学・宗教思想との対比をする。以上を目標に、本年度は、二

穎明珠」「光明」「菩提薩唾四摂法」などの巻を中心に、学生

自身が研究して輪番制で発表して、質問・討議をした。最後 のゼミなので、学生によって後輩がいないのは残念だった が、少ない人数でよかった点もあったという。 仏教学演習4白山Ⅱ部 ①テーマ「正法眼蔵講読」 ②メンバー新津一智(幹事)他、四年生九名 ③活動報告 題があったように思う。 さに大きな違いがあり、ゼミの運営という意味でも大きな問 向けての準備を行ってきたが、それぞれの学生の学力や熱心 118

(26)

ハー部V サンスクリット文献講読 仏教学概論 インド宗教史 中国仏教史 日本仏教史 宗教学概論 インド哲学特講I インド哲学特講Ⅱ インド哲学特講Ⅲ

平成八年度開講科目

道元の主著『正法眼蔵』を読んで、その思想内容を理解す ることを目的とする。それに基づいて、道元の仏教思想史上 における位置づけをして、また道元仏法の特色を把握し、更 に系統と形態が異なる西洋の哲学・宗教との対比を試みて、 それぞれの特徴を探求する。以上のことを考慮して、本年度 は、.穎明珠」「光明」「菩提薩唾四摂法」の巻などを、学生 中心に輪番で研究発表して、討議をした。学生は、ゼミがあ るために、大学に入って、初めて興味がある話が聞けたとい う。人生の中でこのような討論や対話をめったにすることは ないので、有意義な時間だったなどと感想を述べていた。

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蓑輪顕量 伊吹敦 橋本泰元 森章司 渡辺郁子 笠井貞 橋本泰元 由木義文 五十嵐明宝 卒業論文 インド哲学演習I インド哲学演習I インド哲学演習I。Ⅱ(再履) 仏教学演習I 仏教学演習I インド哲学演習Ⅱ。Ⅲ インド哲学演習Ⅱ。Ⅲ インド哲学演習Ⅱ。Ⅲ 仏教学演習Ⅱ。Ⅲ 仏教学演習Ⅱ。Ⅲ 仏教学演習Ⅱ。Ⅲ 仏教学演習Ⅱ。Ⅲ パーリ文献講読 仏教漢文講読 法華教学概説 禅学概説 チベット文献講読 浄土学概説 密教学概説 インド美術 宗教学 宗教学

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笠井貞 清水乞 金岡秀友 五十嵐明宝 金子英一 石井修道 小松邦彰 進藤英幸 石上和敬 笠井頁 渡辺章悟 田村晃祐 伊吹教 橋本泰元 森章司 清水乞 島田茂樹 蓑輪顕量 中山清田 清水乞 渡辺章悟 渡辺章悟 119

(27)

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白山真柴弘宗 白山金子芳夫 白山由木義文 白山 白山清水乞 白山橋本泰元 白山森章司 白山伊吹教 白山伊吹教 白山田村晃祐 白山渡辺章悟 白山笠井貞 白山伊吹教 白山石上和敬 白山進藤英幸 白山小松邦彰 白山石井修道 白山田村晃祐 白白白白 山山山山

艫fi森

敦泰一 プロ 章司 郁子 八大学院V 印度哲学特論(インド浄土思想の研究)藤田宏達 印度哲学演習I・印度哲学特殊研究I(大乗仏伝研究) 金岡秀友 仏教学持論Ⅱ。印度哲学研究指導Ⅱeご四目の研究 l圏昌目色日四一mを中心として)清水乞 仏教学特論Ⅲ(親驚教学の研究)田村晃祐 仏教学演習I・仏教学研究指導I(『二巻抄』(良遍)講読) 笠井貞 仏教学演習Ⅱ。仏教学研究指導Ⅱs摩可止観』の研究) 田村晃祐 仏教学演習Ⅳs四分律行事妙』の研究)森章司 印度哲学研究指導I(インド哲学・仏教学の諸問題) 菅沼晃 印度哲学特殊研究Ⅲ。印度哲学研究指導Ⅱ (日本密教儀礼書の研究)清水乞 仏教学特殊研究I・仏教学研究指導Ⅱ 宗教学 インド美術 密教学概説 浄土学概説 チベット文献講読 白白白白白 山山山山山 金子英一 五十風明宝 島田茂樹 清水乞 渡辺章悟 120

(28)

ハー部V

十河務三階教における七階仏名経と三階佛法發願法の

比較研究 井上貴徳タゴールと日本 葛西仁立原正秋における中世受容とその意味 石黒伸一三四颪ご厨『四[四mB・『巨三⑫(三日に見るインド の男性像 下山恵美ヨーガスートラにおける実践体系 高橋大吾チャームンダー女神の特異性についての考察 森谷香予女シャンカラのブラフマ・スートラ釈論における 最高主宰神 中村朋宏宗教とは 森山繁タブラ 川村起市法相二巻抄における四分説について 筋野明子廓庵十牛図の思想

名古屋かおり絵画空間における宇宙論-象徴表現の哲学と

平成八年度卒業論文

(仏教の比較思想的研究)笠井頁 仏教学特殊研究Ⅱ。仏教学研究指導I(天台教学の研究) 田村晃祐 仏教学特殊研究Ⅲ(律蔵の研究)森章司 その美術との関係

内藤しのぶナラ王物語におけるダマャンティーlインド的

三壱と女性像について 三本松邦勝尊格「降三世明王」について

高見澤美奈「塩山仮名法語」からみる抜隊禅l自性を中心

として 富田雅史段成式と仏教I官僚知識人の仏教受容

熊谷真理子日本における『理趣経』理解の一側面-愛欲肯

定説の受容問題を中心として 三村知子山家集を読むl西行の仏教観を探る

露久保芳子超心理学における幻の旨8日畳・ロ研究の現状

と展望について

三好宣弘比丘波羅提木叉に見る仏教僧伽の在家者への態

度に関する研究

徳留祐輝パーリ律・四分律・五分律・十調律における鶏

磨極度の比較研究

鈴木大輔『呂宮凹駁⑪(『こにおける宗教儀礼

堀内綾子宗教の}」と 鈴木大介「興禅護国論」引用の研究 佐藤幸雄日蓮のカリスマ化過程 笠井文雄天台八教大意試釈 橋本珠実茶禅一味の思想 岡崎雅史現代社会の病癖とオウム真理教 -121-

(29)

日景寛般若心経についての一考察 小栗直滅議法の研究 波多野愛翻訳卵アメリカの“蝉叡

鈴木健一シご目]:旨い1口四ョ四②■ヨ、】ご研究I第5章

屡ぐ四一『囚ロゴ騨巨ヨロゴ四日山口C巴回函騨豈胱n回目a四の凹守。に

おける一考察

田中宏昌大乗仏教及『法華経』の笠具隆行T-四法を中心と

して

山口弘江『大日経指帰」における円珍の鈴起栢判釈

本名由夏「正法眼蔵l菩提薩唾四摂法』の研究I四摂法

の実践論

大城祐子パガヴァッド・ギーターにおけるシャンカラの

六四『ヨロー『。、四について(の閂日少閂三mシz【シ宛シ⑪ ○三三二○幻qの旨の講読) 中村幸生『律蔵』の作持戒の研究 前愛閻魔信仰と地獄の変遷 遠藤浩原始仏教における女性差別

渡邊純子『十二門論」に於ける因果論-サーンキャ派と

の対論

奥真紀子『リトゥ。サンハーラ』翻訳lインドの季節と

芸術

中村一平本願寺の報恩の概念より見た教団のあり方T-顕

如上人を中心として

佐藤美樹中国及び禅宗に於ける『維摩詰像」の変遷

小林奈緒日本と西洋の地獄の比較l『往生要集』と『神

曲」より

塚本伴樹道元とB・ラッセルにおける忘我についての比

較考察 石川学公案l如何是仏

桔梗典子「銀河鉄道の夜」と法華経l法華経信者宮澤賢

治が作品に託したメッセージについて 弓削田彰子戒律の法思想

京極幸子翻訳「最初期の禅教学I『二人四互鋼』と壁観」

西あかね大乗八浬藥経Vにおけるアートマン説について

佐藤幾優『中論』に於ける「空」あるいは「究極の真理」

に関する一試論-二諦説等にみられる二元の解消 ノ離脱の問題

松本建治日蓮の「法華経の行者」としての自覚lその根

拠を探る

江口津枝子私の夏目漱石-相対と絶対を離れて

松井恵子ミーラーバーイ-の詩に見る■高富思想

中込靖晶インド的「笑い」の考察 後藤康之鎌倉時代の禅宗と権力者との関わり

吉田和江観無量寿経における十六観法の考察

小澤恵美良遍の研究’一乗と三乗の融会 -122-

(30)

八Ⅱ部V 新城斉子日本人の宗教感覚の特異性

渡邊路恵”山田’三目一目におけるzご-百の表現

三田秀一倶舎論、新訳、旧訳対照(界品)

井上周子『ウパーラャッド』と現代の死

鈴木房枝「スダーマー物語」の特徴と歴史的展開

荒井啓太インドにおけるバラモンの優越性についてl特

にその初期段階においての一考察 小川恵子茶吉尼天について

加藤貞子インドから日本への香の伝播の歴史について

高哲彦智畷の唯心思想

志村栄二道昭と日本における火葬始源について

本川晃市医療に受け入れられる仏教と受け入れられない 仏教の比較 猪野亮二八幡大明神あるいは八幡大菩薩について

鈴木遊子ウパーラャッドの輪廻とインド人から見える輪

廻観 林光雄慧遠の念仏結社と思想 原田真吾理趣経の真意を探る 馬場達也宇宙から精神へ 平林堅太郎ラーマーャナについてlアジアでのラーマー ヤナ 岩下奈奈阿含経典における「解脱」の考察 辻村祐一道元と二宮尊徳の行動哲学 稲垣幸子唯識思想についての一考察

永盛裕佳『観心覚夢妙」における第六識の分析

古梶かおる真言密教と蔓茶羅についてl蔓茶羅の伝統的意

味と現代的意義 佐藤真城耶律楚材と彼に見る三教思想

山本眞吾『ジューーャーナ・ヨーガ、カルマ・ヨーガ、およ

びバクティ・ヨーガ』lバガヴァッド・ギーター 三大解脱道 岡田勇一仏教とカウンセリング 青木穀『バーガパタ・プラーナ』におけるクリシュナ とゴーピーとの別離と合一についての考察 小野博嗣真言立川流の研究 大内正志道元の出家の問題について

田中茂樹現世的目的のために働く人間の腕。腕部の描写

に見る含意

新津-智「菩提心論』についてI動機の問題を中心とし

ての心理学的考察 東本達也『理趣経」の真意を説く 味元正幸考古学者に見る人の在り方 山中微イエスと親鷺I愛と慈悲 森久『法然」l専修念仏の意義

太田幸恵古代インド仏教美術に見る仏陀表現の変化

-123-

(31)

大学院修士論文

熊田順正真仮偽判の研究I 李俊秀初期禅宗史の研究

師茂樹『守護国界章』における三時教判の研究

山本伸裕ナーガールジュナ「その言語及び主張」l形而

上学はどのように放棄されたか

鈴木直子『中藝廼における二諦説の研究Iプラサンナパ

ダl「聖諦の考察と名付けられる第二十四章」を

村松祷字『言シ○閨のF諺国□幻・ヱンヱロ弓四固句。ご字

ロシヨ○二の○句○四○口』試訳

グー「 中心に

裏似“鯛刊の研空十J教行信証の鱗醜峡

124

(32)

東洋学論叢

雷痒大学文学部紀要第卵集)

印度哲学科篇

秤“汕盤一雨一一卉卵麺嗣罪売品]

発行所東洋大学文学部

奥泉都文京区白山五丁目二八番二○号 電話思瞥》颪(|元豐)芒一一一壱

印刷日新印刷株式会社

重泉都文京区大塚五’二十五‐↓七 電話ol-T一一一九四三-一四一一

(33)

BULLETINOFORIENTOLOGY

BulletinoftheFacultyofLetters ToyoUniversity No.50

March,1997

Seriesof lNDIANPHILOSOPHY XXII ONTENTS

TadashiKAsAI:TheProblemsofComparativePhilosophy

-AnExtlactfromLectureinCommemorationofRetirement

…………・……・……・………(13)

KOyUTAMuRA:RelationoftheShinran,sDoctrinetotheSaicho,s

。…………・………・(30)

ShOjiMoRI:SeveralBuddhistSectsandtheirownW"αyas

DescribedinSomeChineseTraveIDocumentsotlndia…(50)

AtsushilBuKI:ReconsiderationoftheDhUtasUtra………(82)

ShogoWATANABE:ThelnterpretationofPrajnaparamita・…・…・…(125)

TaigenHAsHIMoTaKabIr,sViewsofLanguageandofLifeand

Death・………・………・………(147)

TadashiSHIMuzu:R`9,.ノZy(zmsDescribedintheRQs[zADcz…“f……(166)

AkiraSuGANuMA:AJapaneseTranslationandNotesofthe

S麺極"mAzz江mz4dZ“mlzzzpmノヒczm池(Ⅲ)

-TheMeaningsandUsagesoftheSecondCase

(dUjZiMZz'jbノmJb"ノ!)(2)………(188)

Publishedby

TOYOUNIVERSITY

HakusanBunkyo-ku,Tokyo

参照

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