職権鑑定に関する一考察 (加藤秀治郎教授退職記念
号)
著者
清水 宏
雑誌名
東洋法学
巻
58
号
3
ページ
69-100
発行年
2015-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00007004/
1 .民事訴訟における専門的知見の導入手段とその位置づけ ( 1)専門訴訟と専門的知見の導入の必要性 その解決のために裁判官が通常有していない専門的知見を必要とする事件類型として、医療過誤事件、建築関係 事件、知的財産権事件、IT関係事件などがあり、こうした事件類型に関する訴訟について「専門訴 訟 ( 1 ) 」という呼 称も定着している。こうした事件における訴訟では、単に正確な判断のために専門的知見を必要とするだけではな い。すなわち、これらの訴訟では、そもそも事実関係そのものが複雑であり、事案の解明や争点の把握が困難であ ることが多い上、いわゆる「証拠の偏在」現象も多く見られるといったことと、裁判官の有しない専門的知見への 必 要 性 が 絡 み 合 っ て、 問 題 を よ り 深 刻 な も の と し て い る。 わ け て も、 こ れ ら の 訴 訟 で は、 通 常 の 民 事 訴 訟 に 比 べ て、その審理に多くの時 ( 2 ) 間 と労力を要することになることが指摘されてい ( 3 ) る 。その上、これら専門訴訟は、社会の 高度化・複雑化や科学技術の発展に伴い、今後さらに増加する傾向にあり、その適切かつ迅速な解決のために実効 《 論 説 》
「職権鑑定に関する一考察」
清
水
宏
的な対策の必要性が強く指摘されてい ( 4 ) る 。 こうしたことから、これまでも実務および理論の両面で、専門訴訟において、裁判所や弁護士などが適切に専門 的知見を訴訟に導入していくことのできる手続の構築が検討され、あるものは立法化され、実施されてきた。 ( 2)専門的知見の導入方法 そうした専門的知見を訴訟に導入するために民事訴訟法等が定める方法には様々なものがあ ( 5 ) る 。大きくは、裁判 所に補助者としての専門家を置き、その補助者を通じて獲得する方式と、当事者の攻撃防御方法である証拠調べを 通 じ て 獲 得 す る 方 式 と に 分 け る こ と が で き ( 6 ) る 。 前 者 は、 繰 り 返 し に な る が 専 門 的 知 見 を 提 供 す る 専 門 家 が、 「裁 判 所の補助者」として位置づけられ、裁判所がその者の選任や、意見を述べさせる事項の決定を行う。また、当該専 門家については、裁判官と同様の中立性や当事者からの独立性が強く要求されることになる。 こうした裁判所の補助者的方式に対して、後者においては、当事者自らが、自己の主張・立証に必要な専門知識 を導入するべく専門的知見を提供する専門家を選任し、また、当該専門家が意見を述べる事項の決定までも行う。 す な わ ち、 当 事 者 が 専 門 的 知 見 (を 有 す る 専 門 家 と そ の 判 断) を 法 廷 に 提 出 す る か た ち を と る。 こ う し た こ と か ら、 必然的に、当該専門家が委託を行う当事者との関係で党派性を有することになることが多い。 前者の方式に属するものとして、裁判所における常勤または非常勤の職員である内部の専門家から専門的知見の 提供を受けるものがある。これには、裁判官の命を受けて知的財産または租税に関する事件の審理および裁判に関 し 必 要 な 調 査 そ の 他 の 事 務 を 掌 る も の で あ る 裁 判 所 調 査 官 (裁 判 所 法 五 七 条) 制 度 が あ る。 わ け て も、 知 的 財 産 権 分 野 の 裁 判 所 調 査 官〔民 事 訴 訟 法 (以 下、 民 事 訴 訟 法 は 省 略 す る) 九 二 条 の 八〕 は、 特 許 庁 審 判 官 等 の 経 験 者 や 弁 理
士出身者から構成されてお ( 7 ) り 、必要な調査を行い、また、意見を述べることなどを通して専門的知見を提供してい ( 8 ) る 。また、法律以外の専門的知見を要する訴訟において、専門的知見に基づく説明を行う裁判所の補助者である専 門 委 員 制 度 (九 二 条 の 二 以 下) も 前 者 に 属 す る。 専 門 委 員 は、 そ の 説 明 を 通 じ て 専 門 的 知 見 を 裁 判 所 に 提 供 す る こ と に な る。 さ ら に、 い わ ゆ る 専 門 調 停 委 員 を 利 用 す る と い う 方 法 が あ る。 す な わ ち、 専 門 訴 訟 が 提 起 さ れ た 場 合 に、 裁 判 所 が 職 権 で 付 調 停 (民 事 調 停 法 二 〇 条) を 行 い、 民 事 調 停 委 員 と し て 任 用 さ れ て い る、 医 師、 建 築 士、 I T専門家などの専門家による調停手続の中で専門的知見を提供させることも、実務上の工夫として行われてい ( 9 ) る 。 なお、後者に属する形式をとるものの、後述するように、実質的には前者の裁判所の補助者としての性格を強く 有 す る も の と し て、 訴 訟 に お い て 専 門 的 知 見 を 導 入 す る た め の 最 も 代 表 的 な 制 度 で あ る 鑑 定 (二 一 二 条 以 下) が あ る。鑑定とは、鑑定人を証拠方法として、裁判所の知識・判断能力を補充するために特別の学識経験や専門知識・ 専門的知見を報告させる証拠調べをい ( 10 ) う 。この鑑定手続においては、裁判所から委嘱された鑑定事項について、鑑 定 人 が 口 頭 ま た は 書 面 に よ っ て、 裁 判 所 に 対 し て 鑑 定 意 見 を 述 べ る こ と (二 一 五 条 一 項) 、 お よ び、 鑑 定 人 へ の 質 問 (二 一 五 条 の 二) を 通 じ て、 専 門 的 知 見 の 提 供 が 行 わ れ る。 ま た、 こ の 鑑 定 に 類 す る も の と し て、 裁 判 所 が、 必 要 が あ る と 認 め る と き、 官 庁 等 ま た は 相 当 の 設 備 を 有 す る 法 人 に 鑑 定 を 嘱 託 す る 鑑 定 の 嘱 託 (二 一 八 条) と い う 手 続 も あ ( 11 ) る 。 鑑 定 の 嘱 託 で は、 鑑 定 意 見、 お よ び、 鑑 定 書 の 説 明 (二 一 八 条 二 項) を 通 じ て、 専 門 的 知 見 の 提 供 が 行 わ れ る。 さ ら に、 裁 判 所 が、 必 要 な 調 査 を 官 公 署、 商 工 会 議 所、 そ の 他 の 団 体 に 嘱 託 す る 手 続 で あ る 調 査 嘱 託 (一 八 六 条) もある。この制度では、嘱託を受けた官公署等が回答することで、専門的知見が提供されう ( 12 ) る 。 これに対して、当事者の攻撃防御方法として専門的知見が提出される方式に属するものとして、特別の学識経験 を 持 つ が ゆ え に 知 る こ と の で き た 過 去 の 具 体 的 事 実 に つ い て 陳 述 す る 者 で あ る 鑑 定 証 人 (二 一 七 条) も あ ( 13 ) る 。 た と
えば、不法行為事件の被害者である原告を診察し、治療した医者につき、負傷の状況を報告させるとき、当該診察 等を通じて知った過去の事実を報告するとともに、医者としての専門的知見をも加味することになるため、一般の 証人と区別して取り扱われるものである。鑑定証人の本質は証人であり、証人尋問の規定が準用され、尋問への回 答を通じて専門的知見を提供することになる。 なお、当事者が専門的知見を法廷に提出する方式に属するが明文の規定を持たないものとして、いわゆる私鑑定 もある。すなわち、私鑑定とは、正規の証拠調べとしての鑑定ではなく、当事者の一方が裁判外で任意に学識経験 ある第三者に依頼して、経験則についての専門知識あるいは経験則についての事実判断をしてもらい、その報告を 受訴裁判所に、事実認定に供するために提出するものをい ( 14 ) う 。提出された私鑑定の取扱いについては、これが書面 で提出された場合には書証として取り扱い、また、口頭で意見を述べる場合には、これを証人として取り扱うとい う実務上の対応がなされてい ( 15 ) る 。もっとも、こうした実務による書証としての取扱いについては、私鑑定を引き受 け た 者 の 専 門 家 と し て の 適 格 性 を 争 う こ と が で き ず、 ま た、 鑑 定 人 で あ れ ば 認 め ら れ た は ず の 忌 避 の 権 利 (二 一 四 条) が 奪 わ れ る こ と と な り、 さ ら に は、 鑑 定 人 質 問 の 権 利 (二 一 五 条 の 二) を 潜 脱 す る こ と に な る の で は な い か と いう問題がある。したがって、私鑑定は、当事者による陳述の一部として取り扱うべきであ ( 16 ) る 。 ( 3)考察対象の限定 このように、専門訴訟への対応について様々に対応策が整備されているものの、専門訴訟が今後も増加ないし深 刻化する可能性を考慮するならば、あるべき訴訟制度を見据えて検討を行う必要性がある。もっとも、筆者の能力 および紙幅の関係から、本稿のみにおいて専門的知見の導入手段全体にわたる総合的な考察をすることは、困難で
ある。そこで考察の対象を限定するに当たり、いずれの制度を選択するかであるが、専門的知見の導入手段として 最も徹底した方式と言うことであれば裁判所調査官制度を対象にすることも考えられる。しかしながら、これは、 現時点では、知財関係訴訟、税務訴訟など特殊な領域において、かつ、ある程度定型的な問題を扱う場合が故に導 入されている面があり、民事訴訟制度における専門的知見の導入の中心的手段ではない。また、専門訴訟一般に広 げるには、法律上および事実上の困難がないではな ( 17 ) い 。また、専門調停委員についても、上述のように一種の便法 的な側面は否定できない。さらに、鑑定の嘱託および調査嘱託といった制度は、要証事実認定の直截的な根拠を提 供する場合もないわけではないが、どちらかと言えば、手元にある資料で容易に結果の得られるような事項につい て報告を求めるもので、意見を求めるものではな ( 18 ) く 、くわえて、鑑定証人も、証人となるべき者が専門的知見を有 するという例外的な場合であり、専門的知見の導入という点で中心的な制度ではない。こうしたことから、これら は本稿の考察対象とはしない。そうすると、鑑定制度と専門委員制度が残ることとなる。実際、この両者が現在の 民事訴訟における専門的知見の導入手段の中心をなしているといえ ( 19 ) る 。 ところで、これらの内、かつては鑑定だけが専門的知見の主たる獲得手段であった。しかしながら鑑定を実施す る に 際 し て、 そ も そ も、 問 題 と な っ た 専 門 的 な 争 点 に つ い て 適 切 な 鑑 定 人 を 確 保 す る こ と が 困 難 で あ る こ と が 多 く、また、鑑定人を得るのに時間もかかるという問題があ ( 20 ) る 。また、鑑定書の作成に時間がかかることが多いのが 一般的であ ( 21 ) る 。さらには、専門的知見を有しない裁判官が、専門家による鑑定意見を評価することが難しいという 問題もあ ( 22 ) る 。こうしたことから、より簡便に専門的知見を獲得する手段として、専門委員制度が導入された。もっ と も、 そ の 導 入 の 経 ( 23 ) 緯 な ど か ら、 専 門 委 員 の 任 務 は、 「意 見」 で は な く「説 明」 で あ り、 判 決 に 直 接 影 響 を あ た え るようなかたちで専門的知見を提供するのではなく、既に提供されている専門的知見を、裁判官、当事者、弁護士
にわかりやすく、言わば「翻訳」するところに重点が置かれ ( 24 ) た 。こうしたことから、専門委員は、基本的には専門 的知見の理解を補助するものであり、事実認定に際しての専門的知見の導入方法としては直截的なものではないこ とから、本稿の対象とはしないことにする。 したがって、要証事実の根拠を提供することで、事実認定に直接的な影響を与える鑑定が、やはり民事訴訟にお ける専門的知見の導入手段としては中心的位置を占めるべきものと考えられ、これを考察の対象とする。 2.鑑定利用の促進 民事訴訟において必要とされる専門的知見については、その種類、必要性の程度、入手方法、入手の難易度など 様々なものがある。そこで、こうした多様な専門的知見を唯一の制度ですべて獲得しようとすることは非合理的で あり、現実的ではないことは言うまでもな ( 25 ) い 。 しかしながら、民事訴訟法は主張を裏付ける証拠として、証拠について定める第四章の第四節において鑑定を定 めていることから、その判断に専門的知見を要する事実の存否をめぐり、当事者双方の主張が激しく対立するよう な場合には、鑑定証拠の取調べを通じてこれを明らかにすること、さらには、そこから得られた証拠資料を判決の 基礎とすることを予定しているといえる。その際、裁判官の獲得する専門知識の中身の信頼性と、その獲得の方式 の公正性とは区別されるべきであるが、この二つの要請のいずれにも応えることのできる構成となっているもので あ ( 26 ) り 、専門訴訟において必要とされる専門的知見を導入し、事件の解決を図るための制度としては、鑑定制度こそ が中心と位置づけられるべきであると解する。 もっとも、我が国の裁判実務において、鑑定の実際の利用は低調であるのが現実であ ( 27 ) る 。その理由としては、訴
訟の迅速性および経済性の観点、わけても鑑定費用の負担が当事者の鑑定申し出をためらわせる原因となることが 少なくないとの指摘がなされてい ( 28 ) る 。また、とくに医事関係訴訟においては、鑑定人となり得る専門家である医師 に対する不信感から、そして、裁判所が鑑定に依存し過ぎる傾向があるとの見方から、鑑定を避ける傾向があった こ と も 指 摘 さ れ て い ( 29 ) る 。 さ ら に は、 た と え ば 労 災 保 険 や 公 務 員 災 害 補 償 の 事 案 の よ う に、 誰 が 鑑 定 人 と な る か に よ っ て 結 論 が 大 き く 左 右 さ れ る よ う な 印 象 の あ る 事 件 で も 当 事 者 が 鑑 定 を 避 け た が る 傾 向 が あ る と さ れ る ( 30 ) 。 そ の 上、 現 行 民 事 訴 訟 法 が 施 行 さ れ、 争 点 整 理 と 集 中 証 拠 調 べ が 定 着 す る こ と で 事 案 が 明 ら か と な り、 和 解 に な る と か、これ以上鑑定をしても新しい意見が出るわけではないということが当事者の共通認識となって鑑定を申し立て ないという事情もあるとされ ( 31 ) る 。 たしかに、専門訴訟の類型に属する事件であっても、鑑定によらずとも必要とされる専門的知見を簡易かつ適切 に入手できるというのであれば、あえて、無理に鑑定を行う必要はないであろう。それにもかかわらず、時間と費 用をかけて鑑定の手続を行うのは、かえって訴訟経済に反するとの誹りを免れないであろ ( 32 ) う 。また、鑑定を行う前 に和解等で紛争が解決するのであれば、これも、同様に問題視するには及ばない。 しかしながら、争いある事実について、専門的知見に基づく判断が必要である場合は、繰り返しになるが、鑑定 を行うべきであるのである。 この点、医事関係訴訟においては、専門的知見が必要な争点について、専門文献と協力医などによる私鑑定、さ らには前医や後医を鑑定証人として尋問することで、鑑定を行わずともその判断に専門的知見を要する事実の認定 が十分できるとの実務が形成されているとの指摘もあ ( 33 ) る 。 しかし、そもそも専門的知見を有していなかった者が専門文献を読むことで論理的に納得できた程度と、体系的
に専門的知見を習得した者がその専門的知見を用いて判断することには大きな差が存在すると言わざるを得な ( 34 ) い 。 言うなれば、訴訟のノウハウ本を読んで本人訴訟を行う場合と、弁護士を訴訟代理人として選任して訴訟を行う場 合とを比較した場合と同じような問題が生じるのである。したがって、専門用語の意味を理解するためなど、単に 専門文献を読むだけで済むような場合は別として、その判断に専門的知見が必要とされる争いある事実のように、 本来鑑定によって明らかにするべきものについては、可能な限り鑑定を行って判断することが望ましいのであ ( 35 ) る 。 こうした観点から鑑定の利用を促進するに際して、ひとつの問題がある。それは、当事者双方があえて鑑定を申 し立てなければ、裁判所が鑑定を実施するべきであると考えていても鑑定を行えないのではないか、ということで ある。すなわち、既述のように鑑定人は民事訴訟法上、証拠方法とされており、弁論主義の第三テーゼにより、裁 判所は当事者の申し出た証拠方法しか取り調べてはならないとするのが原則であるため、結局、鑑定の実施は当事 者任せとならざるを得ず、鑑定の利用促進は難しいのではないかということが問題となる。 そこで、以下では、職権で鑑定人の証拠調べ決定をすることができないかを検討する。 3.職権鑑定の可否 ( 1)沿革 ところで、母法国であるドイツの現行民事訴訟法では一四四条で職権鑑定を認めてい ( 36 ) る 。その沿 ( 37 ) 革 をたどると、 普通訴訟法時代は、鑑定を検証の一場合と位置づける一七五三年バイエルン裁判所法典のように職権鑑定を認める 例外もあったが、基本的には鑑定人は証人の亜種として位置づけられていた。その後、一九世紀に多くのラントで 民 事 訴 訟 法 典 が 制 定 さ れ る 中 で、 鑑 定 人 の 本 質 は 裁 判 官 の 補 助 者 で あ る と し て 職 権 鑑 定 を 解 釈 論 上 当 然 に 認 め る
一八〇六年フランス民事訴訟 ( 38 ) 法 の影響を受けて、職権鑑定が認められるに至った。これが一八七七年ドイツ帝国民 事訴訟法 (CPO) 、そして、現行ドイツ民事訴訟法 (ZPO) へと受け継がれているのである。 さ ら に、 我 が 国 の 一 八 九 〇 年 (明 治 二 三 年) 民 事 訴 訟 法 は、 一 八 七 七 年 ド イ ツ 帝 国 民 事 訴 訟 法 を 基 本 的 に そ の ま ま継受した。一八九〇年日本民事訴訟法は、その一一七条で職権証拠調べを認めていたため、職権鑑定を認めるこ と に な っ て い た。 そ の 後 一 九 二 六 年 (大 正 一 五 年) の 民 事 訴 訟 法 改 正 で も、 真 実 発 見 の た め 職 権 証 拠 調 べ を 認 め る 二 六 一 条 が 定 め ら れ た こ と か ら、 職 権 鑑 定 を 肯 定 す る 点 で は 変 化 は な か っ た。 し か し、 一 九 四 八 年 (昭 和 二 三 年) 改 正 に お い て は、 当 事 者 主 義 的 要 素 の 強 い ア メ リ カ 法 の 影 響 の 下 に 二 六 一 条 が 削 除 さ れ た こ と か ら、 現 在 の と こ ろ、職権鑑定を認める直接の根拠条文は存在しない状況にあるといえる。 ( 2)学説の状況 こうしたこともあり、我が国においては職権鑑定を否定する見解が通説とされている。その根拠としては、既述 の よ う に、 一 九 四 八 年 (昭 和 二 三 年) の 民 事 訴 訟 法 改 正 に よ り 職 権 証 拠 調 べ が 廃 止 さ れ、 弁 論 主 義 の 第 三 テ ー ゼ の 内 容 が 職 権 証 拠 調 べ の 禁 止 と な っ た こ と、 職 権 に よ る 鑑 定 が 許 さ れ る 場 合 に つ い て は 明 文 の 規 定 (二 一 八 条・ 二 三 三 条) が あ る こ と、 そ し て、 こ の こ と に よ り、 鑑 定 に つ い て は 当 事 者 の 攻 撃 防 御 方 法 と し て の 党 派 的 性 格 が 重 視されるようになったことが挙げられ ( 39 ) る 。その上で通説に属する見解によれば、職権で鑑定を行う必要がある場合 に は、 釈 明 処 分 と し て の 鑑 定 (一 五 一 条 一 項 五 号) や 調 査 嘱 託 (一 八 六 条) で 対 応 す れ ば よ ( 40 ) い 、 職 権 鑑 定 を 認 め な く とも裁判所が釈明権を行使して鑑定を申し立てさせること十分対応でき ( 41 ) る 、当事者から申立てがなされない場合、 最終的には主要事実についての証明責任の問題として解決され ( 42 ) る 、という処理をすることになる。
これに対して、職権鑑定を肯定する見解も有力に主張されている。その根拠としては、古典的弁論主義に内在す る裁判所の受動性への反省に立って職権証拠調べの余地を拡大するべきであるとの考え方によるも ( 43 ) の 、鑑定は裁判 官の判断能力を補充するための制度であるから当然に認められるとするも ( 44 ) の 、争点が高度に専門的な訴訟において は、鑑定がなされなかったため誤った事実認定がなされるという不当な事態を回避する必要があり、裁判所が鑑定 を十二分に活用する可能性を開くためとするも ( 45 ) の 、医事事件においては、裁判官の判断作用に必要でありながら、 必ずしも当事者の活動を期待し得ないものについて認めるべきとするも ( 46 ) の 、などがある。 なお、法規や経験則など判断の大前提を供給する鑑定については職権鑑定を肯定するものの、具体的事実判断が 鑑定対象とされる場合には否定するといったように、鑑定事項・対象ごとに分けて考える見解もあ ( 47 ) る 。 ( 3)考察 我が国の民事訴訟法における職権証拠調べをめぐる立法の沿革やそれを受けた実 ( 48 ) 務 および理論からすれば、職権 鑑定を否定するのがある意味素直な解釈であるのかもしれない。しかしながら、既述のように、その判断に専門的 知見を要する争点について、適切な心証形成を行う必要のある場合につき鑑定の利用促進を図るべきであるとする 私見によれば、職権鑑定を肯定するべきことにな ( 49 ) る 。 そこで、以下では、現行法の下での解釈論として、職権鑑定を許容できるかを検討することにする。 ①弁論主義の第三テーゼに対する例外の許容性 まず考えなければならないのが、弁論主義の第三テーゼである「裁判所は、当事者間に争いのある事実を証拠に よって認定する場合には、当事者の申し出た証拠によらなければならない」 、あるいは、 「裁判所は当事者が申し出
ない証拠を取り調べることはできない」という原則との関係であ ( 50 ) る 。すなわち、この第三テーゼが弁論主義という ものにとって最も本質的なものであるならば、その例外はきわめて限定的に捉えるべきであるのに対して、そうで ないとするならば、比較的緩やかに例外を許容できるものとして、職権証拠調べとしての鑑定を可能とする余地を 認めうることになるからである。 この点について、第一テーゼである「裁判所は当事者によって主張されていない事実を判決の基礎としてはなら ない」という原則と第二テーゼである「裁判所は当事者間に争いのない事実についてはそのまま判決の基礎としな ければならない」という原則の関係をみれば、特に第二テーゼにいわゆる「当事者間に争いのない事実」と異なる 事実を認定することは、結局のところ、当事者が主張を意図していない事実を判決の基礎とすることになり、第一 テーゼの精神に反することにな ( 51 ) る 。また、第一テーゼが、判決の基礎となる主要事実を当事者の支配に服させよう とするものであるところ、その事実に争いがある場合に事実認定の根拠となるべき証拠をも当事者の支配に服させ ることで、裁判所による判断の基礎に当事者の意思を反映させることを徹底するものが第三テーゼであるととらえ るならば、第三テーゼもまた第一テーゼと密接に結びついているものとみることになる。このように、弁論主義の 三つのテーゼは、全体として一つの完結的・有機的な建前を形成していることを重視すれば、各テーゼについて共 通の考察をするべきであり、民事訴訟法における大原則である弁論主義の例外は、きわめて厳格に限定されること になる。さらに、弁論主義の内容である各テーゼは民事訴訟の歴史の中で形成されてきた所産であって、造形の時 期も順序も不同であるこ ( 52 ) と から、各テーゼを並列的にとらえるならば、やはり弁論主義の例外は限定的なものとな る。 もっとも、弁論主義の各テーゼの関係を論理的に考察するならば、このように共通ないしは並列的な考察をする
ことは妥当でない。すなわち、かりに第二テーゼが存在せず、第一テーゼのみが存在するとした場合、当事者間で 存在につき争いのない事実を、証拠調べの結果でもって不存在と認定することが許されるとしても、それは、当事 者の主張した事実が存在しないということを意味するのであって、直ちに第一テーゼに抵触するものではな ( 53 ) い 。ま た、第一テーゼが存在せず、第二テーゼのみが存在するとした場合、当事者間に争いのない事実について証拠調べ を 行 う こ と は、 単 に 証 拠 調 べ の 必 要 性 の 問 題 に な る だ け で、 第 一 テ ー ゼ の 内 容 は 問 題 に す ら な ら な い。 し た が っ て、第二テーゼは第一テーゼを前提とする関係、言い換えれば、第二テーゼは第一テーゼから派生したものとみる ことができ ( 54 ) る 。また、第一テーゼのみが存在し、第三テーゼは存在しないとする場合に、職権証拠調べをすること は、職権証拠調べの規定が削除されるまでの制度も弁論主義と呼ばれていたのであ ( 55 ) り 、立法政策の問題ということ になる。そして、証拠は事実のために存在するのであり、事実が証拠のために存在するものではないという関係か らは、第三テーゼも第一テーゼを前提とする関係にあるものとみることができる。 したがって、弁論主義は、少なくとも第一テーゼを本質的ないし核心的内容とするものであ ( 56 ) り 、第二、第三テー ゼは第一テーゼに依存する関係にあるものとみることができ ( 57 ) る 。また、第二テーゼおよび第三テーゼと第一テーゼ との依存関係の深さは、第一テーゼと第二テーゼがいずれも事実の主張に関するものであるのに対して、第一テー ゼと第三テーゼとの関係は、第三テーゼが証拠に関するものであり、前者に比べるとその関係性が浅いとみること ができ ( 58 ) る 。以上により、第三テーゼは弁論主義の内容の一つではあるものの、第一テーゼと比べると比較的緩やか に そ の 例 外 を 許 容 で き る も の と 解 す ( 59 ) る 。 な お、 こ の こ と は 第 三 テ ー ゼ に つ い て、 調 査 嘱 託 (一 八 六 条) 、 当 事 者 尋 問 (二 〇 七 条) 、 鑑 定 の 嘱 託 (二 一 八 条) 、 公 文 書 の 真 否 の 照 会 (二 二 八 条 三 項) 、 検 証 の 際 の 鑑 定 (二 三 三 条) 、 受 訴 裁 判 所 に よ る 職 権 で の 証 拠 保 全 ( 二 三 七 条 ) な ど の 例 外 を 定 め る 規 定 が 比 較 的 多 く あ る こ と か ら も 裏 付 け ら れ よ ( 60 ) う 。
②鑑定は、弁論主義の第三テーゼの例外となり得るか。 このように、弁論主義の第三テーゼである職権証拠調べに関して、ある程度の例外が許容されるとしても、そこ から、直ちに鑑定一般について職権での証拠調べが許容されるという帰結が導き出されるものではない。そこで、 つぎに、鑑定という証拠がその性質上一般的に弁論主義の第三テーゼの例外となり得るものかを検討する。この点 については、他の証拠方法との比較、わけても同じ人証であり、その規定が鑑定に準用されてもいる証人との比較 において、職権証拠調べという異別の取扱いの根拠となり得るような差異の有無を検討する。 鑑 定 人 と 証 人 と の 違 い に つ い て は、 特 別 の 学 識 経 験 や 専 門 知 識 に 基 づ い て 意 見 や 判 断 を 述 べ る 者 が 鑑 定 人 で あ り、過去の事実についての自己の認識を訴訟において供述すべき第三者を証人とし、副次的には、代替性があるの が鑑定人であり、代替性がないのが証人であるとするのが通 ( 61 ) 説 のとるところである。これに対して、鑑定意見は訴 訟中に訴訟内で形成された判断の表明であるのに対して、証言は訴訟前・訴訟外で形成された判断を表明するもの であるとの見 ( 62 ) 解 などもある。後者によれば、鑑定意見の提出後に鑑定人を尋問する場合の扱いが明確になるなどの メリットがあるとされ ( 63 ) る が、つまるところ訴訟に登場した時点および裁判所の命令との関係を基準とした形式的な 区別であり、また、訴訟に専門的知見を導入するという鑑定制度の趣旨との整合性の点でも疑問があり、基本的に は、内容面から実質的区別を行う前者をもって妥当と解す ( 64 ) る 。 これを前提として、鑑定人と証人との違いをより実質的に考察するならば、証人の場合、自ら体験した事実につ いて、日常的経験則に従って証言を行い、裁判官も自らの有する日常経験則に従ってそれを理解し、評価し、事実 認定の基礎とすることができ ( 65 ) る 。よって、裁判所が直接証人を取り調べることが必要であり、受命裁判官・受託裁 判官等を除く第三者をして取り調べを行わしめることは直接主義違反とな ( 66 ) る ため、鑑定の対象とすることができな
い。これに対して、鑑定人の場合は、裁判所から与えられた前提事実に対してどのような専門的経験則を適用し、 どのような帰結を引き出したかを報告するものであ ( 67 ) り 、この場合、裁判官は当該問題に関する専門的知見を欠くが 故に、その内容を理解し、評価することができな ( 68 ) い 。そのため、この場合における裁判官による事実認定は、鑑定 人による判断である鑑定意見について追思考を試み、論理的・外形的評価をするほかない。よって、鑑定人を通じ た証拠調べに関しては、例外的に間接主義が容認され ( 69 ) る 。すなわち、一次的には鑑定人が判断資料を収集した上で 鑑定意見を形成し、二次的にその鑑定意見の当否を裁判官が判断することになる。 こうしたことを、弁論主義が、判断資料収集に関して当事者と裁判所の役割分担を定めるものであることと対照 すると、証人の場合、日常経験則で判断可能であることから、当事者が自ら誰にどのような証言を求めるのかを選 択できる証拠方法であり、判断資料収集・提出の権限および責任を当事者に委ねる弁論主義に適合的である。これ に 対 し て、 鑑 定 の 場 合 は、 裁 判 官 に、 そ し て ま た 当 事 者 に も 必 要 と さ れ る 専 門 的 知 見 が 欠 け て い る こ と が あ る た め、鑑定人への委嘱を通じ ( 70 ) て 初めて判断資料収集・提出が可能となるところがあり、弁論主義との関係が比較的弱 いものとみることができる。したがって、鑑定は弁論主義の第三テーゼの例外とすることも許されるのではないか と解する。 さ ら に、 こ の こ と を、 鑑 定 人 の 法 的 地 位 と の 関 係 に お い て も 検 討 す る。 上 述 の よ う に 鑑 定 人 は、 民 事 訴 訟 法 二 一 二 条 以 下 に お い て 証 拠 方 法 と し て 定 め ら れ て い る。 こ の こ と か ら、 鑑 定 手 続 に よ る 証 拠 調 べ を 行 う に 際 し て は、弁論主義の第三テーゼにより、当事者による証拠申し出が必要であるとされることになるのであ ( 71 ) る 。 も っ と も、 鑑 定 人 に つ い て は、 裁 判 官 と 同 様 に 忌 避 の 定 め (二 一 四 条) が お か れ て い る。 こ れ は、 鑑 定 は、 裁 判 官がその専門的知見の欠如の故に判断ができない事項について行われるところ、当該事項についての判断に際して
は、鑑定意見に拘束されるものではないが、大きな影響を受けることは否定できないことから、裁判官と同様の中 立性が要求されることとの関係によるものである。また、当事者が証拠を提出するというのは、原告または被告が 証 拠 方 法 を 特 定 し て 証 拠 調 べ の 申 し 出 を す る こ と を い う と こ ろ (二 五 八 条 参 ( 72 ) 照) 、 証 人 尋 問 や 書 証 の 申 し 出 に つ い て は、 取 調 べ の 対 象 と な る 人 や 物 を 当 事 者 が 特 定 し て 申 し 立 て る こ と に な っ て い る〔二 二 二 条、 民 事 訴 訟 規 則 (以 下、 規 則 と す る。 ) 一 〇 六 条 な ど 参 照〕 。 こ れ に 対 し て、 鑑 定 の 場 合 は、 抽 象 的 に 鑑 定 を 申 し 立 て る だ け で、 具 体 的 な 鑑 定 意 見 を 述 べ る 鑑 定 人 の 指 定 は 裁 判 所 が 行 う (二 一 三 条) 。 こ れ は、 鑑 定 人 に 裁 判 官 と 同 様 の 中 立 性 が 求 め ら れることに鑑み、それを担保したものとみることができ ( 73 ) る 。さらに、鑑定意見の提出方法については、書面による こ と が 認 め ら れ て い る (二 一 五 条 一 項) と こ ろ、 そ の 理 由 の 一 つ と し て は、 鑑 定 で は 口 頭 陳 述 を 聴 い て そ の 正 し さ について即座に判断する必要が少ないことが挙げられてい ( 74 ) る 。こうしたことから、鑑定人は他の証拠方法とは異な り、裁判所の補助 ( 75 ) 者 としての性格をも有しているものとされ ( 76 ) る 。 このように鑑定人には証拠方法と裁判所の補助者の二つの性格ないし機能があるとされる。もっとも、前者につ いては、鑑定は裁判官が通常有しない専門的な知見に基づく判断を提供するものであるため、裁判所が鑑定につい てまったく評価をせず、そのまま鵜呑みにして判決の基礎とすることを防止する目的で、鑑定意見に関して質問を 行うことを認め、裁判所がその当否を判断する機会を与えるためのものであり、厳格な手続保障を定める趣旨のも のとされ ( 77 ) る 。よって、証拠方法としての性格を重視して、証拠調手続の開始段階において他の証拠調べと同じ規律 に 服 す る 必 要 性 は そ れ ほ ど 高 い も の と は い え な ( 78 ) い 。 ま た、 日 本 法 が 継 受 し た 一 八 七 七 年 の ド イ ツ 帝 国 民 事 訴 訟 法 (C P O) に 影 響 を 与 え た 一 八 〇 六 年 フ ラ ン ス 民 事 訴 訟 法 も 鑑 定 人 を 裁 判 所 の 補 助 者 と 位 置 付 け て お ( 79 ) り 、 鑑 定 に つ い て 考 察 す る 際 に は、 鑑 定 人 の 二 つ の 性 格 の 内、 裁 判 所 の 補 助 者 的 な も の に 比 較 的 重 点 を 置 く べ き で あ る と 解 す
る。 そこで、鑑定人を証拠方法とし、その申し出に際して弁論主義の第三テーゼを適用することは、鑑定にとって本 質的な要請ではなく、むしろ裁判所がその必要とする専門的知見を臨機応変に得ることができるようにして、適正 な裁判を可能とすることへの要請が強いものと解する。したがって、裁判所が鑑定を必要と判断するものの、当事 者からの申し出が行われない場合には、職権でもって証拠決定を行うという例外的な取扱いを認めてよいものと解 する。 ③臨機応変な専門的知見導入の必要性 さ ら に、 上 述 し た 職 権 に よ ら ず と も 釈 明 権 の 行 使 に よ り 当 事 者 に 鑑 定 の 申 し 出 を さ せ れ ば よ い と の 指 摘 に 対 し て、職権によることを認める意義について検討したい。 この点については、鑑定に限定せず、民事訴訟への専門的知見の導入手段のあるべき全体像から考察する。すな わち、繰り返しになるが専門委員制度の立法の経緯によれば、専門委員の手続は裁判所が適切に訴訟指揮権を行使 で き る よ う に す る た め の も の で あ る こ と か ら、 鑑 定 と の 区 別 を よ り 明 確 に す る た め、 「説 明」 と い う 用 語 を 採 用 し たものであり、その実質は専門委員が専門的知見の提供をするものとの趣旨を明確にしたものであ ( 80 ) る 。そこで、こ の「説明」概念は、基本的には意見のような価値判断はもとより、推論をも含むものではなく、客観的知識の提供 に と ど ま る べ き も の と 考 え る の が 素 直 な 理 解 で あ ろ う。 ま た、 「説 明」 と い う 用 語 の 文 言 解 に よ れ ば、 「説 明」 と は、ごく一般的には、事柄の内容や意味を、よく分かるように解き明かすことであり、事物が何故このようになっ ているかということの根拠を示すことであるといえ、さらに、科学的研究の文脈では、個別事象を一般法則と初期 条件から導き出すことであるといえる。そこで、ある事象を因果法則によって演繹的に把握し、これを報告する客
観的推論までが、説明に含まれると理解することも可能であ ( 81 ) る 。 こ れ ら の 見 解 に 対 し て、 近 時、 「説 明」 と「意 見」 と を 明 確 に 区 別 す る こ と 自 体 が 難 し い と い う 指 摘 が な さ れ て い ( 82 ) る 。また、実務上の経験からの指摘として、専門訴訟における専門的知見の導入に際しては、具体的事実を離れ た一般的な説明はほとんど意味がなく、当該事案における具体的事実を経験則に当てはめた場合の推論こそが求め られているという事情もあるようであ ( 83 ) る 。こうしたことから、専門訴訟における専門家の説明には、争点について の見通しを付けるための説明を求める場合のように、具体的事実関係に専門的経験則を当てはめ、評価的な要素を 加えた「評価的説 明 ( 84 ) 」も不可避であるとして、これを含める見解もあ ( 85 ) る 。 ここでは議論の詳細な検討はあえて控える ( 86 ) が 、立法の経緯にもかかわらずこうした議論が行われる背景には、専 門委員制度を導入してもなお、臨機応変に必要とされる専門的知見を獲得して適正な裁判を実現することへの実務 上の強い要請があるからであると思われる。すなわち、本来は鑑定を通じて獲得するべき専門的知見に基づく判断 を臨機応変に入手することが困難であるため、鑑定に比べると臨機応変の利用が可能な専門委員を通じて入手しよ うとしたものとみることができる。適正な裁判の理想を強調するならば、判断資料となる専門的知見をどこからど のような方法で入手したかについて、あまりにもうるさく言うべきではないのかもしれない。しかも、専門委員と いう公的な制度を通じて利用するのであれば、問題視する必要はないとも考えられる。しかしながら、こうした手 法は、専門委員の鑑定人化に拍車をかけ、事実認定に際しての専門的知見の主たる導入手段として鑑定を位置付け る民事訴訟法の趣旨を没却するものであり、妥当であるとは思えない。やはり、争いある事実について専門的知見 に基づく認定が必要とされる場合には、鑑定を通じてそれが行われるべきであり、臨機応変の獲得という要請に応 えるためにも、職権による鑑定を認めるべきであると解する。
これに対して、こうしたことは、上述したように、必要に応じて釈明権の行使をすることでも同様に対応できる という批判があ ( 87 ) る 。もちろん、裁判所の釈明に応じて、当事者が直ちに鑑定の申し出をするということは望ましい ことであり、こうした運用を全面的に否定するつもりはない。しかしながら、社会が高度に複雑化している中で、 専門的知見の内容や程度も高度に複雑化しており、当事者が、日常的事実や法規と同様に容易に、専門的知見の導 入の要否を判断できる状況にあるのか、また、専門的知見そのものを入手できるのかについては疑問がある。我が 国では、裁判官の心証形成に際して歴史的証明が求められており、証拠の優越で足りるとする法制を採る場合に比 べて、当事者の立証負担は小さくないことを考慮すれば、専門的知見の適切な導入に関して裁判所もある程度の役 割を負うべきであると解する。また、釈明に応じない場合には、結局証明責任の問題として処理することになると すると、専門的知見の欠如の責任を単純に当事者に負わせることとなる点で酷である面もあり、適正な裁判の理想 からも望ましいことではない。当事者主義を基調とする民事訴訟においては、可能な限り当事者の意思を尊重する ことが望ましいとされるが、鑑定の対象となる事項は日常的な経験則で判断することが困難な事情であるため、そ の判断をほぼ全面的に当事者に委ねるべきではないと解する。 ④小括 以上により、職権鑑定を弁論主義の第三テーゼの例外として認めることは許容されるものと解する。 ⑤職権鑑定の課題―鑑定にかかる費用負担のあり方 もっとも、このように職権鑑定を認めた場合、訴訟費用の負担をどうするべきかという問題がある。これについ ては、訴訟費用の分担の問題と納付の問題とに分けて考える。 まず、前者については、敗訴者負担を前提として、本来誰が予納するべきかについては、当該鑑定の対象となる
要 証 事 実 に つ い て 証 明 責 任 を 負 う べ き 当 事 者 で あ る と の 見 解 が あ ( 88 ) る 。 す な わ ち、 民 事 訴 訟 費 用 等 に 関 す る 法 律 (以 下、民訴費用とする。 ) 一一条二項によれば、 「職権でする行為に係る費用については裁判所が定める者」であるが、 裁判所は、鑑定につき手続上の利益を有する者として、鑑定による立証事項につき証明責任を負担する側の当事者 に 納 め さ せ る べ き で あ る と す る も の で あ ( 89 ) る 。 鑑 定 人 に つ い て 裁 判 所 の 補 助 者 と し て の 性 格 を 強 調 す る 私 見 に よ れ ば、共益費用として両当事者に平等に負担させるか、あるいは、全面的に国庫負担とすることが望ましいと考えら れ ( 90 ) る が、 現 行 法 の 解 釈 と し て は 困 難 で あ り 、 原 則 と し て は 証 明 責 任 を 負 う 側 に 負 担 さ せ る と す る 見 解 を 妥 当 と する。 問題は、後者の職権で鑑定を行うべきことを決定にした場合における費用の納付の問題である。すなわち、鑑定 人 の 旅 費、 日 当、 宿 泊 料、 鑑 定 料 な ど 鑑 定 に よ る 証 拠 調 べ に 係 る 費 用 (民 訴 費 用 一 八 条 一 項 二 項 参 照) に つ い て は、 裁判所が証拠調べをするために必要な給付 (民訴費用一一条一項参照) として、当事者に予納義務が課せられている (民 訴 費 用 一 二 条 一 項) 。 そ こ で、 職 権 で 鑑 定 を 行 う べ き こ と を 決 定 し た け れ ど も、 然 る べ き 当 事 者 が 費 用 を 予 納 し ない場合の取扱いが問題となるのである。こうした場合に、予納を命じた上で、予納がなければ鑑定を取り消せば よ い (民 訴 費 用 一 二 条 二 項) と の 見 解 が あ ( 91 ) る 。 そ し て、 こ う し た こ と か ら 職 権 鑑 定 を 認 め る 実 益 は 小 さ い と の 批 判 もあ ( 92 ) る 。 しかしながら、予納しなければ取消しというのは、最後の手段としての帰結を示すものであって、そう単純に捉 えるべきではないものと解する。すなわち、予納は義務であるとされるが、予納がない場合、裁判所は当該費用を 要 す る 行 為 を 行 わ な い こ と が「で き る」 (民 訴 費 用 一 二 条 二 項) と さ れ て お り、 取 消 し ま で も が 義 務 で は な い と 解 す ることができるのである。 た と え ば、 鑑 定 の 費 用 が 高 額 に な る 場 合 が あ る こ と か ら、 申 立 て が で き な い と い う こ と が 指 摘 さ れ て い る と こ
( 93 ) ろ 、 鑑 定 を 含 め た 訴 訟 費 用 が 高 額 で そ の 予 納 が で き な い 場 合 に は、 訴 訟 救 助 (八 二 条 以 下) が 適 用 さ れ 得 ( 94 ) る 。 す な わち、現行法の八二条では、訴訟救助の要件として「支払により生活に著しい支障を生じる」ことをあげており、 資力要件は、収入や資産の絶対額を基準とするのではなく、当事者の収入等の経済状態と当該訴訟の難易その他の 内 容 応 じ た 準 備 に 必 要 な 費 用 を 対 比 し て、 相 対 的 に 決 せ ら れ る と さ れ ( 95 ) る 。 そ こ で、 全 部 救 助 が 無 理 で あ る 場 合 で も、一部救助を与えることができると解され、実務においても行われてい ( 96 ) る 。したがって、鑑定費用に限って訴訟 救助を与えることができるのであ ( 97 ) る 。このように鑑定費用の予納に関して例外的な取扱いが可能である以上、言わ ば弁論主義の例外としての職権鑑定についても、当事者に予納を求めることのできない事情があるものとして、訴 訟救助の例による取扱いを認めるべきであると解する。すなわち、裁判所が職権で鑑定による証拠調べを決定し、 予納を命じたにもかかわらず、当事者が費用の予納をしなくても、納付の猶予を認め、証拠調べ決定を取り消すこ となく、鑑定手続を実施することができるものとするべきであると解する。 4.結びにかえて 以上により明文の定めはないものの、裁判所は、争いある事実の認定に際して、鑑定による専門的知見の提供が 必要とされているものの、当事者から鑑定の申立てがなされない場合に、職権で鑑定を命じることができるものと 現行法の解釈として認めるべきである。こうしたことで、専門的知見の導入手段である鑑定と専門委員とが、本来 想定されていた役割をそれぞれ担うことが可能になるものと解す ( 98 ) る 。 なお、職権で鑑定を命じる場合の費用負担の問題については今後の課題であり、専門訴訟における鑑定の位置付 けに鑑みれば、国庫による負担の方向性が検討されるべきであると思われる。
( 1) 専門訴訟という用語の意味するところについては、加藤新太郎「専門委員の制度設計のあり方―民事訴訟の専門化対応推進の た め に」 判 タ 一 〇 九 二 号 三 六 頁、 笠 井 正 俊『 「計 画 審 理」 お よ び「専 門 訴 訟」 に つ い て』 N B L 七 四 一 号 三 八 頁 以 下、 伊 藤 眞「専 門訴訟の行方」判タ一一二四号四頁以下、笠井正俊「専門訴訟への対応」法時七四巻一一号三五頁、秋山幹男=伊藤眞=加藤新太 郎 = 高 田 裕 成 = 福 田 剛 久 = 山 本 和 彦『コ ン メ ン タ ー ル 民 事 訴 訟 法 Ⅱ 第 二 版』 (日 本 評 論 社、 二 〇 〇 六 年) 二 三 七 頁 以 下、 村 田 渉 「専門訴訟」大江忠=加藤新太郎=山本和彦編『手続裁量とその規律』 (有斐閣、二〇〇五年)二〇一頁、加藤新太郎『民事事実認 定論』 (弘文堂、二〇一四年)二八七―二八八頁などがある。 なお、専門訴訟には上述のように、医事関係訴訟、建築関係訴訟、知的財産権訴訟など専門性の高い訴訟があり、これらを総称 して専門訴訟と呼ぶことができるものの、それぞれにおける専門的知見の導入に対する考え方には異なるものがあり、単純にひと まとめにして論じることには困難もある。長谷部由起子「専門委員、鑑定」ジュリ一二五二号三〇頁、奥宮京子「専門委員制度の 実 情 と 課 題」 松 嶋 英 機 = 伊 藤 眞 = 福 田 剛 久 編『門 口 正 人 先 生 退 官 記 念 論 文 集・ 新 し い 時 代 の 民 事 司 法』 (商 事 法 務、 二 〇 一 一 年) 五六三―五六六頁、杉山悦子「専門委員制度の現在と未来」小野秀誠=滝沢昌彦=小粥太郎=角田美穂子編『松本恒雄先生還暦記 念論文集・民事法の現代的課題』 (商事法務、二〇一二年)一〇三九―一〇四二頁など。 ( 2) たとえば、二〇一二年度において、専門訴訟のひとつとされる知的財産権関係民事事件の平均審理期間が一五・七カ月であっ た。 荒 井 章 光 = 高 橋 彩 = 松 川 充 康「知 的 財 産 高 等 裁 判 所、 東 京 地 方 裁 判 所、 大 阪 地 方 裁 判 所 知 的 財 産 権 部 各 部 の 事 件 概 況」 曹 時 六五巻一一号三七頁。これ対して、地裁における既済事件の平均審理期間は七・八カ月、未済事件の平均審理期間でも九・三カ月 であった。曹時六五巻一一号六七頁。その他、こうしたことを示す統計資料として、司法研修所編『専門的な知見を必要とする民 事訴訟の運営』 (法曹会、二〇〇〇年)八頁以下、笠井前掲注一NBL・三九頁など参照。 ( 3) 加藤前掲注一専門訴訟・三六頁、笠井前掲注一法時・三五頁、伊藤前掲注一・四頁など。 ( 4) 二羽和彦「鑑定法制についての一考察(一) 」高岡法学六巻二号一八九頁など。 付記:加藤秀治郎先生のご退職に際して、心より御慶び申し上げます。
( 5) 専門的知見の導入に関して、専門家の地位および手続規律について詳細な考察を行い、現行の制度を分析したものとして、杉 山悦子『民事訴訟と専門家』 (有斐閣、二〇〇七年)三四一頁以下がある。 ( 6) こうした分類方法としては、伊藤前掲注一・一二―一三頁、加藤前掲注一民事事実認定・二八七頁などがある。 なお、これら以外に、裁判官が自らの実務経験や自己研鑽により専門的知見を獲得・集積する方式も指摘されている。こうした 方式に関しては、裁判官が大学で専門分野で体系的な教育を受け、その後も研究を継続している場合と、専門部などに所属する裁 判官が具体的事件の処理を通じて自ら勉強し、専門的知見を獲得する場合とがあるとされる。もっとも、前者の前提は成り立ちに くく、後者についても限界があるとされる。加藤同上注四。また、専門的経験則の獲得に際して、裁判官の私知の利用について、 我 が 国 の 実 務 お よ び 通 説 は 消 極 的 で も あ る。 た と え ば、 高 橋 宏 志『重 点 講 義 民 事 訴 訟 法【下】 第 二 版 補 訂 版』 (有 斐 閣、 二 〇 一 四 年)三一―三二頁など。したがって、本稿ではこの方式を検討の対象外とする。 ( 7) 高部眞規子「専門委員制度の更なる活用のために」判タ一三六八号三〇頁。 ( 8) なお、知的財産権に関する事件における裁判所調査官の事務等に関しては、民事訴訟法九二条の八に定めがおかれている。秋 山ほか前掲注二・二七七頁以下など。また、その分析については、杉山前掲注五・三七九頁以下。 ( 9) 特に、建築関係訴訟などでは、専門家調停委員が事件の解決に大きく寄与しているとされる。たとえば、座談会「民事訴訟の 新展開[上] 」判タ一一五三号二五頁〔斎藤隆発言〕 、高部前掲注七・二九頁、河野清孝「建築関係訴訟等の審理の現状と課題につ いて」民訴雑誌五八号一七〇頁など。もっとも、民事調停の手続を目的外に使用するものであって、制度本来の趣旨に反するとの 批判もある。高部同上参照。 ( 10) 新 堂 幸 司『新 民 事 訴 訟 法 第 五 版』 (弘 文 堂、 二 〇 一 一 年) 六 四 三 頁、 高 橋 前 掲 注 六・ 一 一 七 頁、 杉 山 前 掲 注 五・ 三 六 一 頁 以 下 など。 ( 11) 高橋前掲注六・一二〇頁、杉山前掲注五・三七三頁以下など。 ( 12) な お、 調 査 嘱 託 と 鑑 定 と の 関 係、 特 に、 鑑 定 に 調 査 嘱 託 を 代 替 さ せ る こ と が で き る か に つ い て は、 議 論 が あ る。 杉 山 前 掲 注 五・三七四頁以下参照。
( 13) 高橋前掲注六・一一九―一二〇頁。 ( 14) 中野貞一郎「科学鑑定の評価」同編『科学裁判と鑑定』 (日本評論社、一九八八年)五三頁。 ( 15) こ う し た 実 務 を 擁 護 す る も の と し て、 野 田 宏「鑑 定 を め ぐ る 実 務 上 の 二、 三 の 問 題」 中 野 貞 一 郎 編『科 学 裁 判 と 鑑 定』 (日 本 評 論 社、 一 九 八 八 年) 九 頁、 一 一 頁 注 三 三、 加 藤 新 太 郎「民 事 鑑 定 の 今 日 的 課 題」 同『手 続 裁 量 論』 二 五 七 頁 以 下、 杉 山 前 掲 注 五・三八三―三八四頁など。なお、民事訴訟法の解釈上これが可能であるかを検討したものとして、福永清貴「私鑑定の証拠法上 の取扱い」早法七三巻一号二一五頁以下がある。 ( 16) 中 野 前 掲 注 一 四・ 五 七 頁、 木 川 統 一 郎「争 点 整 理 過 程 で 提 出 さ れ た 私 鑑 定 書 の 取 扱 い に つ い て」 同 編『民 事 鑑 定 の 研 究』 (判 例タイムズ社、二〇〇三年)八六頁、木川統一郎「専門訴訟における書証(専門文献・私鑑定)と自由心証主義」判タ一一五六号 六六頁以下。また、高橋前掲注六・一二六頁注一二八では、実務としての便法であるとしながら、理論的には問題があるとの指摘 を さ れ て い る。 な お、 中 野 貞 一 郎「私 鑑 定 に つ い て(再 論) 」 判 タ 六 八 九 号 二 三 ― 二 四 頁 で は、 書 証 と し て の 申 し 出 が あ り、 正 規 の鑑定を不当に潜脱する趣旨ではなければ、書証と認めるべきと若干の修正をされている。また、福永清貴「民事訴訟における私 鑑定の限界」企業法研究一三号一〇三頁以下、同「民事訴訟における私鑑定の限界」民訴雑誌四八号二二六頁以下は、私鑑定人を 鑑定人として選定し、鑑定人質問を行うべきであるとしている。 ( 17) なお、調査官制度よりも徹底した方式である専門参審制度の導入については、民事訴訟の課題のひとつであると解しており、 その可能性を排除する趣旨ではない。 ( 18) 栂 善 夫「科 学 裁 判 と 鑑 定」 中 野 貞 一 郎 編『科 学 裁 判 と 鑑 定』 (日 本 評 論 社、 一 九 八 八 年) 九 六 頁、 賀 集 唱 = 松 本 博 之 = 加 藤 新 太 郎 編『基 本 法 コ ン メ ン タ ー ル 民 事 訴 訟 法 2[第 三 版 追 補 版] 』(日 本 評 論 社、 二 〇 一 二 年) 一 六 八 頁〔西 口 元〕 、 同 二 二 七 頁〔信 濃孝一〕など参照。 ( 19) 二〇一一年に行われた全国の地方裁判所における専門委員制度に関するアンケート調査によると、一年に全国の地方裁判所で 合計四九七件の専門委員の利用があった。この結果については、まだ不十分とされ、今後も増加することが予想される。山本和彦 = 鈴 木 利 廣 = 金 田 朗 = 畠 山 稔 = 大 森 文 彦 = 徳 岡 由 美 子 = 岡 崎 克 彦「専 門 委 員 の 活 用 に つ い て」 判 タ 一 三 七 三 号 七 頁〔岡 崎 克 彦 発
言〕 。 ( 20) こ の 点 に つ い て は、 近 時、 裁 判 所、 弁 護 士 会、 そ し て 各 種 専 門 家 の 団 体 の 努 力 に よ り、 鑑 定 人 候 補 者 の リ ス ト が 作 成 さ れ た り、また、鑑定制度への理解を得ることで改善されている。こうした取り組みについては、たとえば、名古屋地方裁判所民事四部 「名 古 屋 地 方 裁 判 所 医 療 訴 訟 集 中 部 ― 発 足 後 二 年 の 歩 み」 判 タ 一 一 四 八 号 六 八 ― 七 〇 頁、 七 二 頁、 大 阪 地 方 裁 判 所 専 門 訴 訟 事 件 検 討委員会「大阪地方裁判所医事事件集中部発足五年を振り返って」判タ一二一八号六四―六五頁、一志泰滋=松葉佐隆之=本田能 久 = 荒 谷 謙 介 = 三 島 聖 子 = 福 田 敦 = 坂 本 隆 一 = 南 毅 彦 = 松 藤 達 也「福 岡 地 方 裁 判 所 医 療 集 中 部 発 足 三 年 間 の 取 り 組 み 状 況」 判 タ 一二二一号五〇頁、太田雅之=中島真希子=多田雅子「横浜地裁における医療訴訟の審理の実情」判タ一二九五号五七―五八頁な ど。 こ う し た 努 力 に も か か わ ら ず、 専 門 家 の 数 が 少 な い 地 方 に お い て は な お、 鑑 定 人 確 保 が 困 難 な 課 題 と し て 存 在 す る よ う で あ る。 ( 21) この点についても、鑑定事項の明確化、鑑定人マニュアルの作成などによって、鑑定人の負担を軽減することで対応が図られ てはいる。 ( 22) この点については、野田・前掲注一五・一八頁以下、中野前掲注一四・三〇頁以下、木川統一郎「民事鑑定における心証形成 の造」木川統一郎編『民事鑑定の研究』 (判例タイムズ社、二〇〇三年)五頁以下など。 ( 23) 笠井前掲注一法時・三六―三八頁、笠井正俊「専門委員について」曹時五六巻四号八三〇―八三二頁、清水宏「専門委員の説 明について―鑑定意見との役割分担に関して―」東洋法学五八巻二号七九―八〇頁など。特に、医事関係訴訟における導入につい ては、主として原告代理人を務める弁護士から、医師に対する不信感に基づき、裁判所が専門委員である医師の意見により心証形 成を行うと、原告である患者に不利益に作用するおそれがあることなどを理由として、強い反対がなされた。笠井前掲専門委員・ 八三一頁など。こうした傾向は、専門委員制度が導入された現在でも一部残っており、この種の訴訟においては、原告側が専門委 員の選任に反対するため、結果として専門委員が利用できないことが多いようである。池田辰夫=浜秀樹=揖斐潔=村田渉=徳岡 由美子「医事関係訴訟における審理手続の現状と課題(上) 」判タ一三三〇号一八―一九頁〔村田渉発言〕など。 ( 24) 小 野 瀬 厚 = 武 智 克 典『一 問 一 答 平 成 一 五 年 改 正 民 事 訴 訟 法』 (商 事 法 務、 二 〇 〇 四 年) 五 〇 頁 参 照。 な お、 こ の 点 に つ い て
は、後述するように、専門的知見に基づく判断をすることを含めることを許容するべきか議論がある。 ( 25) 伊藤前掲注一・一二頁など。 ( 26) 中野貞一郎「鑑定の現在問題」同『民事手続の現在問題』 (判例タイムズ社、一九八九年)一四六頁。 ( 27) たとえば、二〇一二年の民事事件に関する統計によれば、第一審通常訴訟において、百件当たりの証人尋問数が一四・五件、 当 事 者 尋 問 数 が 二 三・ 九 件 で あ る の に 対 し て、 鑑 定 は わ ず か 〇 ・ 六 件 に と ど ま っ て い る。 荒 井 = 高 橋 = 松 川 前 掲 注 二・ 六 五 頁。 ま た、 医 事 関 係 訴 訟 に お い て は、 鑑 定 の 利 用 が 六・ 三 パ ー セ ン ト に と ど ま る と の 指 摘 も あ る。 谷 口 安 平 = 福 永 有 利 編『注 釈 民 事 訴 訟 法( 6)』(有 斐 閣、 一 九 九 五 年) 四 一 〇 ― 四 一 三 頁〔太 田 勝 造〕 、 大 森 文 彦 = 奥 宮 京 子 = 笠 井 正 俊 = 齋 藤 隆 = 鈴 木 利 廣 = 山 本 和 彦=福田剛久「民事訴訟の新展開[下] 」判タ一一五五号一六頁〔笠井正俊発言・鈴木利廣発言〕 、池田辰夫=浜秀樹=揖斐潔=村 田渉=徳岡由美子「医事関係訴訟における審理手続の現状と課題(下) 」判タ一三三一号一一頁〔浜秀樹発言〕 。もっとも、大阪地 裁 で は 二 〇 〇 九 年 に 約 一 七 パ ー セ ン ト で あ っ た と の 報 告 も あ る。 池 田 ほ か 同 上〔揖 斐 潔 発 言〕 。 な お、 小 山 稔 = 西 口 元 編 集 代 表 『専 門 訴 訟 大 系 第 一 巻 医 療 訴 訟』 (青 林 書 院、 二 〇 〇 七 年) 二 〇 七 頁〔西 口 元〕 。 比 較 的 利 用 が 多 い の は、 不 動 産 鑑 定 と 親 子 関 係 に かかる血液型鑑定やDNA鑑定ぐらいである。高橋前掲注六・一二二頁注一一七。 ( 28) 野 田 前 掲 注 一 五・ 一 〇 頁 注 二 一、 谷 口 = 福 永 編 前 掲 注 二 七・ 四 一 二 頁〔太 田〕 、 大 森 ほ か 前 掲 注 二 七・ 一 四 頁〔福 田 剛 久 発 言・大森文彦発言〕など。 ( 29) 小山=西口編集代表前掲注二七・二一六―二一八頁〔鈴木利廣〕 、座談会前掲注二七・一四頁〔鈴木発言〕 。もっとも、鈴木弁 護士は、ここのところ様相が変わり始めているというのも事実であると述べられている。 ( 30) 大森ほか前掲注二七・一四頁〔斎藤隆発言〕 。 ( 31) 大森ほか前掲注二七・一三頁〔福田発言〕 。 ( 32) 野田前掲注一五・七頁など。池田ほか前掲注二七・一〇頁〔揖斐発言〕によれば、裁判所が鑑定が必要だと思われる程度の主 張・立証がなければ、そもそも鑑定が必要であるとの判断には至らず、したがって、鑑定が採用されないとのことである。 ( 33) 大森ほか前掲注二七・一三頁〔福田発言〕 、池田ほか前掲注二七・一〇頁〔村田渉発言〕 、同〔揖斐潔発言〕など。
( 34) た と え ば、 黒 田 直 行「医 療 過 誤 訴 訟 に お け る 審 理 上 の 諸 問 題」 鈴 木 忠 一 = 三 ケ 月 章 監 修『新 実 務 民 事 訴 訟 法 講 座 五 巻』 (日 本 評論社、一九八三年)三一九頁では、系統的な医学教育を受けたことがなく、もとより医療の実務の経験のない者が、専門家の意 見を聴くことなく、文献等で得た断片的かつ教科書上の医学的知識に過ぎないものを具体的事案にあてはめ、医療上の処置の適否 について判断を下す子音には、大いなる不安を抱かざるを得ないと述べられている。また、山本ほか前掲注一九・一四頁〔鈴木利 廣発言〕によれば、医事関係訴訟に関して、九〇年代以降、日本語の医学文献データベースができており、一般的医学準則は文献 でいかようにも、どれだけでも供給できるが、具体的なあてはめは文献ではできないと述べられている。さらに、木川統一郎弁護 士も自らの経験やドイツでの議論を紹介して、同様のことを指摘されている。木川統一郎「鑑定人の意見と裁判官の意見が相違す る場合について」石川明=三木浩一編『民事手続の現代的機能』 (信山社、二〇一四年)九四―九五頁。 ( 35) もちろん、そのためには、公正な鑑定人の確保と、裁判所による鑑定意見に対する適切な評価がなされることが必須の要件で あり、それらのための制度が整備が必要であることは言うまでもない。 ( 36) 二 〇 一 一 年 一 二 月 二 二 日 現 在 の ド イ ツ 民 事 訴 訟 法 典 第 一 四 四 条 一 項 一 文 に よ れ ば、 「裁 判 所 は、 検 証 の 実 施 及 び 鑑 定 人 に よ る 鑑定を命じることができる。 」翻訳は、法務省大臣官房司法法制部『法務資料』四六二号によった。 ( 37) ドイツ民事訴訟法における鑑定制度の沿革については、杉山前掲注五・八頁以下が詳しい。また、中野前掲注二六・一五二― 一五三頁注一七、 二羽前掲注四・一九二―一九三頁、ペーター・アーレンス〔小島武司=二羽和彦訳〕 「巨大科学技術訴訟における 鑑 定 の 問 題 点」 ペ ー タ ー・ ア ー レ ン ス 編・ 小 島 武 司 編 訳『西 独 民 事 訴 訟 法 の 現 在』 (中 央 大 学 出 版 部、 一 九 八 八 年) 二 八 六 頁 以 下 参照。なお、一八七七年ドイツ帝国民事訴訟法の成立、およびプロイセン一般裁判所法との関係では、鈴木正裕『近代民事訴訟法 史・ドイツ』 (信山社、二〇一一年)参照。 ( 38) フランス法の沿革についても、杉山前掲注五・一七二頁以下が詳しい。 ( 39) 兼 子 一『新 修 民 事 訴 訟 法 体 系』 (酒 井 書 店、 一 九 五 四 年) 二 七 四 頁、 岩 松 三 郎 = 兼 子 一 編『法 律 実 務 講 座 第 四 巻』 (有 斐 閣、 一九六一年)三〇七頁、野田前掲注一五・二頁・九頁、谷口 = 福永編前掲注二七・四一六頁〔太田〕 、新堂前掲注一〇 ・ 六二一頁、 高 橋 前 掲 注 六・ 九 六 ― 九 七 頁 注 八 七・ 同 一 二 一 頁 注 一 一 七、 伊 藤 眞『民 事 訴 訟 法 第 四 版 補 訂 版』 (有 斐 閣、 二 〇 一 四 年) 三 九 七
頁、 松 本 博 之 = 上 野 泰 男『民 事 訴 訴 訟 法 第 七 版』 (弘 文 堂、 二 〇 一 二 年) 四 四 五 頁、 秋 山 幹 男 = 伊 藤 眞 = 加 藤 新 太 郎 = 高 田 裕 成 = 福 田 剛 久 = 山 本 和 彦『コ ン メ ン タ ー ル 民 事 訴 訟 法 Ⅳ』 (日 本 評 論 社、 二 〇 一 〇 年) 二 八 二 頁 以 下、 門 口 正 人 編 集 代 表『民 事 証 拠 法 大系第五巻』 (青林書院、二〇〇五年)二三頁〔高橋譲〕 、福永清貴「医事訴訟上の鑑定―職権鑑定の可否を中心として―」鈴木重 勝 = 櫻 井 孝 一 = 中 村 雅 麿 = 加 藤 哲 夫 編『中 村 英 郎 教 授 古 稀 祝 賀 民 事 訴 訟 法 学 の 新 た な 展 開 上 巻』 (成 文 堂、 一 九 九 六 年) 三 〇 八 頁、三一五頁など。 ( 40) 斎藤秀夫=小室直人=西村宏一=林屋礼二編『 〔第二版〕注解民事訴訟法八巻』 (第一法規出版、一九九三年)一七頁〔斎藤秀 夫=松山恒昭=西村宏一〕など。 ( 41) 秋山ほか前掲注三九・二八二頁、福永前掲注三九・三一七頁など。なお、杉山前掲注五・三六一―三六二頁は、制度論として は職権鑑定を認めることが望ましいが、現行法の下では釈明権を行使して当事者に鑑定を促すしかないとする。 ( 42) 野田前掲注一五・一〇頁、伊藤前掲注三九・三九七頁、福永前掲注三九・三一七―三一八頁など。 ( 43) 三ヶ月章『民事訴訟法〔第三版〕 』(弘文堂、一九七九年)一九二―一九三頁・四七〇頁など。 ( 44) 中 野 貞 一 郎「医 療 過 誤 訴 訟 の 手 続 的 課 題」 同『過 失 の 推 認』 (弘 文 堂、 一 九 七 八 年) 一 四 七 頁、 中 野 前 掲 注 二 六・ 一 五 四 頁 注 一九。なお、野田前掲注一五・二頁は否定説に立ち、職権鑑定は許されないと解さざるを得ないとしつつ、そのために、鑑定の機 能は不徹底であると指摘する。また、塩崎勤「鑑定結果と裁判所の職責」塩崎勤=澤野順彦『新・裁判実務大系不動産鑑定訴訟法 Ⅰ』 (青林書院、二〇〇二年)四頁も、職権鑑定を命じることができてよいはずであるとする。 ( 45) 栂前掲注一八・九四―九七頁、畔柳達雄「医療事故訴訟と鑑定」中野貞一郎編『科学裁判と鑑定』 (日本評論社、一九八八年) 一六八―一六九頁、兼子=新堂幸司=松浦馨=竹下守夫『条解民事訴訟法』 (弘文堂、一九八六年)一〇二三頁〔松浦馨〕 、兼子= 新 堂 幸 司 = 松 浦 馨 = 竹 下 守 夫 = 高 橋 宏 志 = 加 藤 新 太 郎 = 上 原 敏 夫 = 高 田 裕 成『条 解 民 事 訴 訟 法〔第 二 版〕 』(弘 文 堂、 二 〇 一 一 年) 一一五二頁〔松浦馨=加藤新太郎〕など。 ( 46) 千 種 秀 夫「証 拠 調 べ を め ぐ る 諸 問 題」 鈴 木 忠 一 = 三 ヶ 月 章 監 修『実 務 民 事 訴 訟 法 講 座 一 巻』 (日 本 評 論 社、 一 九 六 九 年) 三二三―三二六頁。