氏 名 標 智仁 博士の専攻分野の名称 博士(情報科学) 学 位 記 番 号 医工博甲第312号 学 位 授 与 年 月 日 平成27年3月18日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 人間環境医工学専攻
学 位 論 文 題 目
Short-chain dehydrogenase/reductase superfamily に
属する酵素の合目的改変に関する研究
論 文 審 査 委 員 主査 教 授 宇井 定春 教 授 楠木 正巳 教 授 黒澤 尋 教 授 早川 正幸 教 授 宮川 洋三 教 授 若山 照彦 准教授 大槻 隆司学位論文内容の要旨
L-2,3-butanediol dehydrogenase (L-BDH) は L-acetoin (L-AC) と L-butanediol (L-BD)相互 の酸化還元を触媒する酵素である。しかし、これまでに唯一得られた Br. saccharolyticum 由 来 L-BDH (BsLBDH) は、安定性が低く産業利用に適さなかった。BsLBDH は、D-AC を meso-BD に 変換する Kl. pneumoniae 由来の meso-BDH (KpmBDH) と同様に短鎖型酸化還元酵素 (SDR) family に属し、立体相同性が非常に高いだけでなく、BsLBDH と KpmBDH はともに AC の C3 カ ルボニル基を (S)-配向に還元する。しかしながら、C2 ヒドロキシ基の光学異性認識が異なり (BsLBDH が (S)-、KpmBDH が (R)- 配向認識)、安定性も異なる (KpmBDH は安定)。これまでに BsLBDH と KpmBDH の立体構造情報を利用して、安定な L-BDH を創製すべく、二つの L-BDH (3PLBDH、cLBDH) が作成された。3PLBDH は、BsLBDH の基質結合サイトを参考に KpmBDH の基質 結合サイトとその周辺に Q140I/N146F/T209F の点変異を与えた酵素であり、cLBDH は BsLBDH の基質結合に関与すると推測される3つのドメインと KpmBDH 由来の安定性に関わると推測さ れている基盤ドメインとで構成したキメラ酵素である。3PLBDH、cLBDH はともに BD の C2 ヒド ロキシ基の (S)-配向を認識する安定な L-BDH に改変されたが、それぞれKm が高い、C2 ヒド ロキシ基の光学異性認識が緩いという問題が生じた。そこで本論文は 3PLBDH と cLBDH の立体 構造情報から、それぞれの問題を改善する新たな変異を検討し、触媒効率と基質特異性そして安 定性に優れる L-BDH の創製を目的とした。 3PLBDH の結晶を、NAD+ と 基質である BD 類縁体として 2-メルカプトエタノールと共に 作成した構造情報から触媒部位関連側鎖間の疎水性相互作用を弱めるべく変異体 3PLBDH-F212Y を作成した。その結果、L-BD に対する Km が約 0.27 倍、kcat が約 2.1 倍 となり、3PLBDH の触媒効率を上回る酵素となったが、kcat/Km はBsLBDH の約 0.012 倍で あり、以前触媒効率に課題が残された。この原因は基質結合ループとβE-αE 間のループの主鎖
骨格の違いによるものと推測され、3PLBDH の触媒効率を向上させるためには触媒部位に直接 関与する部分的な変異だけでなくより広範な変異が必要と考えられた。
そこで、検討対象を基質結合サイト周辺の残基がより広域に BsLBDH と一致する cLBDH
に変更した。cLBDH の欠点である基質認識の緩みを改良するため、構造からの解析を行った結
果、 BsLBDH の BD の C2 キラル配向認識は Trp192 側鎖の水素結合だけでなく、Ile142 および Phe148 が形成する疎水性ポケットがより厳密な認識を可能にしていた。この Ile や Phe の配向を考慮して作成した変異体 cLBDH-V254L/T165A/R168Q/D169E は、BsLBDH と比較 してL-BD に対する Km は約 0.75 倍、kcat は約 1.3 倍であり、触媒効率に優れる酵素となっ た。また、L-BD に対する kcat /Km は meso-BD に対する kcat /Km の 2100 倍であり、 BsLBDH が 960 倍に対し、基質特異性においても BsLBDH を上回る酵素であった。cLBDH の Ile140 の側鎖配向は Val254 の影響だけでなく、Phe146 の側鎖配向にも影響を受けている こと、Phe146 の側鎖配向はこの残基が存在する βE-αE 間ループの主鎖骨格が Q 軸対称で隣 接するサブユニットの Thr165、Arg168、Asp169 によって不安定になることが推測された。 これは逆に、BsLBDH の基質結合サイトの構成には、Q 軸対称で隣接するサブユニットも寄与 しており、SDR superfamily 酵素の多くが Q 軸対称で二量体を形成する理由の一つであること が示唆された。 cLBDH と BsLBDH、KpmBDH の構造を比較し、安定性に影響を及ぼす要因を検討したと ころ、BsLBDH の安定性は酸性残基の多さから溶液の塩濃度に依存することが示された。また、 cLBDH-V254L/T165A/R168Q/D169E の安定性は KpmBDH および高塩濃度時の BsLBDH よりも更に高く、安定性にも優れた酵素であった。D169E を含む変異体の安定性はすべて高く、
Glu169 側鎖が、Phe146 と同じく βE-αE ループ上にある Ile148 の主鎖 N 原子と、隣接す るドメインの Leu95 の主鎖 N 原子間で水素結合を形成し、ラマチャンドラン解析において BsLBDH の Ile150、cLBDH および各 cLBDH 部位特異的変異体の Ile148 が異常値を示し ていたことから、Glu169 は基質結合サイトを構成するために生じた Ile148 のねじれによるポ テンシャルエネルギーを安定化させ、このことが BsLBDH の安定化には重要であり、SDR 酵 素の多くが Q 軸対称で二量体を形成する大きな理由として、基質結合サイトを溶媒の熱運動に よる揺らぎから保護するためと推測された。 以上、触媒効率、基質特異性そして安定性に優れた高機能 L-BDH の創製に成功した。この 過程で得られたBsLBDH の機能と構造の関係、そして SDR superfamily 酵素の多量体形成に 関する知見は、 SDR superfamily に属する多くの酵素の合目的改変手法に応用させるものと考 えられる。
論文審査結果の要旨
これまでに天然から唯一得られている Br. saccharolyticum 由来 L-butanedioldehydrogenase (BsLBDH) は、キラルパーツ調製の観点を始め、その稀有な acetoin (AC)の C2 ヒ ドロキシ基の光学異性認識((S)-配向)に注目されるが、安定性が低く産業利用に適さなかった。 一方、Kl. pneumoniae 由来の meso-BDH (KpmBDH) は(R)-配向認識であり特異性は異なるものの 安定性が高い。しかしながら両者は、Short-chain dehydrogenase/reductase (SDR) superfamily に属し、互いに立体相同性が非常に高いだけでなく、BsLBDH と KpmBDH はともに AC の C3 カ ルボニル基を (S)-配向に還元する。そこで、BsLBDH と KpmBDH の立体構造情報を利用して、両 者の長所を合体させた安定な L-BDH を創製すべく、これまで二つの L-BDH (3PLBDH(安定な meso-BDH の基質認識部位の三残基3残基を点変異)、cLBDH(meso-BDH の安定性に関わるドメイ
ンとL-BDH の触媒活性構成ドメインとのキメラ)) が作成されたが、安定性は得たものの基質認 識や触媒能に問題が生じた。そこで本論文は 3PLBDH と cLBDH の立体構造情報から、それぞれ の問題を改善する新たな変異を検討し、触媒効率と基質特異性そして安定性に優れた L-BDH の 創製と他の SDR 酵素へも適用可能な機能改変方法の提示を目的としたものである。 この結果、機能的に優れた L-BDH の創製に成功し、以下の3項目の重要な知見が得られた。 1.基質認識部位及びその周辺残基の構造知見から 3PLBDH-F212Y を作成したところ、L-BD に 対する Km 及びkcat において 3PLBDH の触媒効率を上回る酵素となった。しかし、kcat/Km は BsLBDH の約 0.012 倍であり、触媒効率に課題が残された。しかし、この原因は基質結合ループ と βE-αE 間のループの主鎖骨格の違いによるものと推測され、触媒部位に直接関与する部分 的な変異だけで目的を達するには無理があり、より広範な変異が必要と考えられた。 2.検討対象を基質結合サイト周辺の残基がより広域に BsLBDH と一致し、Kmが BsLBDH と同程 度に低い cLBDH に変更した。検討結果より作成した変異体 cLBDH-V254L/T165A/R168Q/D169E は、 Km、kcat 、kcat /Km 及び基質特異性においても BsLBDH を上回る酵素であった。また、BsLBDH の 基質結合サイトの構成には、Q 軸対称で隣接するサブユニットも寄与しており、SDR superfamily 酵素の多くが Q 軸対称で二量体を形成する理由の一つであることが示唆され、4次構造を構成 する意義が明らかにされた。 3.様々な作成変異体での解析から基質結合サイトを構成するために生じた特定アミノ酸のねじ れによるポテンシャルエネルギーを安定化させることが、安定化には重要であり、SDR 酵素の多 くが Q 軸対称で二量体を形成する大きな理由として、基質結合サイトを溶媒の熱運動による揺 らぎから保護するためであることが挙げられた。 以上の高機能 L-BDH の開発とこの過程で得られた機能と構造の関係、そして SDR superfamily 酵素の多量体形成に関する知見は、 今後の SDR superfamily に属する多くの酵素の合目的改変 手法の開発に直結するものであり博士論文として認められる。|