行
事
之
二
道
猪
口
海
静
行事のニ道は世出世を開はや人閉ざして世の中に慮 する以上は烏の爾翼の如︿車の南輸の如︵二者相侯 って行かざるべから5
る軌道なh
、行撃さは行は即 も質践的修行、事は即も理論上の研究なり、若し人 にして此の一を欽かんか誠に迷路を辿るが如、き危険 に遭遇せん、如何に博串多識の者ざ雄も之を賓行せg
るに於ては赴曾の矯め何んの盆する所あらん濁り 枇曾のみならや自己ごしての責任を完ふするこさ出 来得べから5
るなり、書ば眼ゐ・りて足なきが如し遂 じ其の眼の何等功を鴬さ守して終らんのみ博皐多識 にして賞践の無き者は恰も如斯ものにして一生空し ︿功を奏するこさな︿終ちぬぺL
、所謂﹃丈宇の人 は無行よち出づ﹄ごの瑚りを弛かれざるなふリ叉是れ に反して無事の者は恰も暗に燈な︿して進行するが 如︵又幼子に銃刀を奥へしが如し凡ての行ふこさ軌 道を諜り易︿危険此②上も無き ζ ざなり、きれば串 は眼の能︿物を観て善悪邪正美醜の差を識別するが 如︷行は眼の見たる所に随って足を蓮ぷが如し、若 し行ゐりて皐な︿ぱ則も暗︿足あb
て眼無きが如し 皐ゐ・りて行な︿ば則も危︿眼ゐりて足無きが如し、 若し如斯人あらんか芳は異正なる人格を具へし人ご 云ふを得べから今、行皐の二道相侠って始めて﹃智 目行足到濡涼地﹄の言を欺かざるぺし、此に於てか 行事の相資ふの必要を肝仁銘令べきなり、之を吾等 宗敬家ごしての人格車組門下ごしての人格乞具へむ さするに於ては一屠行事の二道を完成すべからF
る なり、宗祖は﹃行事組へなば悌法ゐるべから令﹄さ まで極言せられしは之れなり、然るに此の行事の二 道を完全に闘むこさは世間の軽薄者擁の嘗底得べか らざるこさなり、所謂宗祖の﹃行事は信心より起る ぺ︿候﹄ご致へられし如︿此の二遣は信仰を以て其 の根本基礎さ錯すが故なり、何んさなれば信仰は最 も健全なる行事ω
原動力並に踊着鈷ざして質仁二道 の始絡を一貫する生命なればなり、若し信仰を度外 視せんか何づれω
日ゐりてか畳に能︿白行を成就し 往ては化他を満足するこさを得べけんや修むべきは 行事の二道なり。 一(29)一今や宗門に事者ざしし信仰の遣を説︵もの砂なから 守購読巧妙にして悌陀の四競八一音色か︿やさ疑はる が如き能読者ありさ臨も其の能設