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<論説>間接強制金の法的性質についての一考察 ─諫早湾干拓紛争におけるいくつかの問題をきっかけとして

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(1)間接強制金の法的性質についての一考察. 論 説. 間接強制金の法的性質についての一考察 ──諫早湾干拓紛争におけるいくつかの問題をきっかけとして. 宮澤 俊昭 Ⅰ.はじめに Ⅱ.間接強制金の法的性質についての従来の議論 (1)これまでの議論の状況 (a)概要 (b)損害賠償金説 (c)制裁金説 (d)折衷説 (2)分析─議論の再構成の可能性と必要性 Ⅲ.議論の再構成と考察 (1)再構成の視点 (a) 「私法上の損害賠償金の予定」と「私法上の(狭義の)違約金」の相違 (b) 「公法上の執行罰」と「公法上の行政罰」との相違 (c) 「私法上の違約金」と「公法上の執行罰」の相違 (d)間接強制金を履行命令違反とする場合の根拠としての 「債務名義」 と 「間 接強制決定」との相違 (2)議論の再構成 (a)従来の議論の分析─議論の再構成という視点から 87.

(2) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). (b)四つの理念型─従来の議論の再構成 (ア)損害賠償金説 (イ)私法的違約金説 (ウ)公法的強制金(債務名義)説 (エ)公法的強制金(間接強制決定)説 (3)体系的・理論的検討 (a)体系的基礎のからの検討 (ア)実体法の視点から─債権・履行請求権との関係 ⅰ)履行請求権概念をめぐる議論 α)伝統的民法理論 β)近時の有力説 ⅱ)検討 α)損害賠償金説 β)私法的違約金説 γ)公法的制裁金(債務名義)説・公法的制裁金(間接強制決定)説 (イ)手続(執行)法の視点から─直接強制・代替執行と間接強制との関係 ⅰ)民事執行の実体面と手続面 ⅱ)検討 α)損害賠償金説・私法的違約金説 β)公法的強制金(債務名義)説・公法的強制金(間接強制決定)説 (b)理論的帰結の検討─従来の議論で示されてきた批判の検討を中心と して (ア)検討の方法 (イ)損害賠償金説の検討 (ウ)私法的違約金説の検討 (エ)公法的強制金(債務名義)説の検討 (オ)公法的強制金(間接強制決定)説の検討 88.

(3) 間接強制金の法的性質についての一考察. (4)総括的評価 (a)四つの立場の持つ問題の比較 (b)総括的評価 Ⅳ.おわりに (1)諫早湾干拓紛争に現れた具体例の検討 (2)間接強制金の法的性質を論じる意義. Ⅰ . はじめに 国による干拓事業のために諫早湾に設置された潮受堤防をめぐっては、潮受 堤防に設置された排水門を一定の方法によって開門することを通じて調整池に 海水を導入することの是非をめぐって紛争が生じている(以下、 この紛争を「諫 早湾干拓紛争」と記述)1)。この紛争において、一方には、共同漁業権から派 生する漁業行使権に基づく妨害排除請求権に基づいて本件各排水門の開門によ る調整池への海水導入を認める確定判決 2) (以下「本件開門各確定判決)と記 述)があり、他方には、海水導入を行うような本件各排水門の開門の差止めを 認めた確定判決 3) (以下「本件開門差止確定判決」と記述)があるという、実 質的に両立しない確定判決が存在している状態が継続している。そして、本件 開門各確定判決および本件開門差止確定判決をそれぞれ債務名義としてなされ. 1)‌諫早湾干拓紛争をめぐる状況について樫澤秀木「諫早湾干拓紛争は、なぜ今まで続いてい るのか」法セミ 766 号 14 頁(2018 年)参照。一連の裁判をめぐる民事訴訟法学からの分析 として岡庭幹司「民事裁判による紛争解決とその限界」法セミ 766 号 39 頁(2018 年)参照。 2)佐賀地判平成 20 年 6 月 27 日判時 2014 号 3 頁、福岡高判平成 22 年 12 月 6 日判時 2102 号 55 頁 3)長崎地判平成 29 年 4 月 17 日平成 23 年(ワ)第 275 号、平成 26 年(ワ)第 151 号、平成 27 年(ワ)第 181 号、同第 236 号 89.

(4) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). た間接強制の申立てに対し、それぞれについて間接強制決定 4)が発令され(発 令時の間接強制金額は同額) 、いずれも上告審において認められている 5)。 その後、本件開門各確定判決については、債務者である国により請求異議の 訴えが提起された。控訴審において、本件開門各確定判決についての口頭弁論 終結時における共同漁業権は平成 25 年 8 月 31 日までを存続期間とするもので あったところ、本件開門各確定判決の根拠となる共同漁業権は存続期間の末日 の経過により消滅したから、その共同漁業権から派生する妨害排除請求権も消 滅し、したがって、本件開門各確定判決に係る請求権の前訴の口頭弁論終結後 の消滅が、本件開門各確定判決についての請求異議事由となるとして、国の請 求が認められた 6) (以下「平成 30 年福岡高判」と記述) 。これに対して、最高 裁判所は、本件開門確定判決の手続法的解釈から、平成 30 年福岡高判を破棄し、 原審に差し戻した 7) (以下「令和元年最判」と記述) 。 以上のような経緯を辿るなかで、間接強制金をめぐる問題がいくつも浮上し ている。 例えば、平成 30 年福岡高判は、本件開門各確定判決を債務名義とした間接 4)な お、間接強制を命ずる裁判の呼称は、間接強制決定、強制金決定、支払予告命令など があり、 定まっていないとされる(大濱しのぶ「間接強制決定に関する覚書」小島古稀『民 事司法の法理と政策 上巻』891 頁注 1(商事法務、2008 年)参照) 。本稿においては、間 接強制決定の語を用いる。 5)最決平成 27 年 1 月 22 日判時 2252 号 33 頁(同日付の二つの決定) 。同決定をめぐる議論 に つ い て は 栗原伸輔「判批」上原敏夫=長谷部由紀子=山本和彦編『民事執行・保全判 例百選(第 3 版) 』148 頁(有斐閣、2020 年)参照。な お、福岡高決平成 27 年 6 月 10 日 判時 2265 号 42 頁は、本件各開門確定判決を債務名義とする間接強制について、民事執 行法 172 条 2 項に基づき間接強制金額の増額が認めている(同決定については、宮澤俊 昭「判批」判時 2283(判評 686)号 175 頁(2016 年)参照。なお、同決定についての上 告受理申立てに対しては不受理の決定がなされている(最決平成 27 年 12 月 21 日) ) 。 6)福岡高判平成 30 年 7 月 30 日平成 27 年(ネ)第 19 号裁判所 HP 7)最判令和 1 年 9 月 13 日判タ 1466 号 58 頁 90.

(5) 間接強制金の法的性質についての一考察. 強制決定が発令された後、本件開門各確定判決について国の請求異議の訴えに ついて請求認容判決を示し、本件開門各確定判決に基づく強制執行の停止を命 じた 8)。ここで、仮にこの請求認容判決が確定していたとした場合、債権者た る本件各開門確定判決の原告に支払われていた間接強制金が不当利得として返 還されるべきかが問題となる。この問題について、国の訟務事務を担当する法 務省訟務局長は、本件開門各確定判決についての請求異議訴訟において国側が 勝訴した場合には、国が支払った間接強制金について全額返還請求する、との 発言を行っており 9)、農林水産省農村振興局長も、参議院農林水産委員会にお いて同趣旨の答弁を行っている 10)。しかし、従来の議論においては、このよ うな場合の間接強制金と不当利得との関係についての検討は十分に行われてい るとはいえない 11)。 また、令和元年最判は、平成 30 年福岡高判を破棄し、原審に差し戻した。本 件開門各確定判決に基づく強制執行の不許を宣言し、それに基づく強制執行の 停止を命じた平成 30 年福岡高判が破棄された以上、本件開門各確定判決の原告. 8)この強制執行の停止には仮執行宣言が付されている(民事執行法 37 条 1 項後段参照) 。 9)毎日新聞 2016 年 4 月 12 日 (https://mainichi.jp/articles/20160412/ddl/k41/040/414000c(最 終確認 2020 年 2 月 17 日) )等参照) 10) 第 189 回国会参議院農林水産委員会議事録 20 号 2 頁〔末松広之発言〕 11)なお、関連する議論として、仮処分決定の保全執行としてされた間接強制決定に基づき 支払われた間接強制金が、その仮処分決定の取消しによって法律上の原因を失い不当利 得に該当するか否かという問題について判断した最判平成 21 年 4 月 24 日民集 63 巻 4 号 765 頁をめぐる議論がある(同判決については中村心「判解」最高裁判所判例解説民 事篇平成 21 年度(上)377 頁(法曹会、2012 年) 、山田文「判解」ジュリ 1398 号(平成 21 年度重要判例解説)151 頁(2010 年) 、山本和彦「判批」法研 83 巻 5 号 75 頁(2010 年) 、森田修「判批」法協 127 巻 11 号 1908 頁(2010 年) 、間渕清史「判批」上原敏夫= 長谷部由紀子=山本和彦『民事執行・保全判例百選(第 3 版) 』186 頁(有斐閣、2020 年) 』 等参照) 。 91.

(6) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). への間接強制金の支払いが再開される 12)。この場合、平成 30 年福岡高判に基づ いて間接強制金の支払いが停止されてから令和元年最判によって平成元年福岡 高判が破棄されるまでの期間の間接強制金の支払いも求めることができるので あろうか。この問題についても、従来の議論における検討は十分ではない。 以上のような不当利得と関係する問題を含めて、諫早湾干拓紛争をめぐって は、間接強制をめぐる問題が多様な形で現れている 13)。このように多様な問 題の検討を行うためには、間接強制金の法的性質論から説き起こす必要がある と考えられる 14)。以下、Ⅱ.において従来の議論を分析する。その結果を踏 まえて、Ⅲ.においてその議論を再構成し、それを基礎として考察を行う。な お、本稿においては、平成 29 年法律第 44 号による民法の改正を「民法改正」 、 民法改正前の民法を「改正前民法」 、民法改正後の民法を「民法」と記述する。. Ⅱ . 間接強制金の法的性質についての従来の議論 (1)これまでの議論の状況 (a)概要 12)強制執行が停止された後、執行停止文書が失効した場合には、別の執行停止文書の提出 がない限り、執行機関は、停止した強制執行手続きを開始・続行しなければならない。 なお、停止前に強制執行を申し立てた債権者から改めて執行申立てないし続行申立てを することは理論上不要であるが、実際に適うとされる(以上につき、中野貞一郎=下村 正明『民事執行法』323 頁(青林書院、2016 年)参照) 。ただし、本件において、本件開 門各確定判決の原告は間接強制金の支払いの再開を当面求めないとする立場を示してい る(佐 賀 新 聞 2019 年 9 月 14 日( https://www.saga-s.co.jp/articles/-/427181(最 終 確 認 2020 年 2 月 17 日)参照) 。 13)前掲注 5)参照 14)なお、現在の議論においては、間接強制金の法的性質を論じることそのものについて疑 問が呈されている(森田・前掲注 11)1014─1015 頁) 。この点については、後述Ⅱ. (2) で検討を行う。 92.

(7) 間接強制金の法的性質についての一考察. 間接強制金の法的性質をめぐる議論は、民事執行法(昭和 54 年法律第 4 号) の制定前とそれ以後に分けて整理することができる 15)。 民事執行法制定前においては、民事執行法の制定に伴う民事訴訟法改正に よって削除された民事訴訟法旧 734 条が、 「債務ノ性質カ強制履行ヲ許ス場合 ニ於テ第一審ノ受訴裁判所ハ申立ニヨリ決定ヲ以テ相当ノ期間ヲ定メ債務者 カソノ期間内ニ履行ヲ為ササルトキハソノ遅延ノ期間ニ応シ一定ノ賠償ヲナス ヘキコト又ハ直チニ損害ノ賠償ヲ為スヘキコトヲ命スルコトヲ要ス」と定めて いた。同条では明文で「損害ノ賠償ヲ為スヘキコトヲ命スル」と定められてい たことから、間接強制で支払いを命じられる金銭の性質を損害賠償金と解する のが一般的であったとされる 16)。ただし、間接強制金の額の決定については、 実際の損害額の他、精神的損害、債務の内容・性質、債務者の態度等の事情を 総合的に考慮し、履行を確保するのに十分な額を裁判所の裁量で定めるべきと する立場が有力であった 17)。 これに対して、民事執行法制定以後は、同法 172 条 1 項が、 「作為又は不作. 15)以下、間接強制金の法的性質をめぐる従来の議論の整理については、中村・前掲注 11) 377 頁以下、山田・前掲注 11)152 頁、山本・前掲注 11)79─81 頁、間渕・前掲注 11) 等参照。 16)‌中村・前掲注 11)380─381 頁、山田・前掲注 11)152 頁、山本・前掲注 11)79 頁、間渕・ 前掲注 11)187 頁。 17)中村・前掲注 11)381 頁、鈴木忠一=三ヶ月章編『注釈民事執行法(5) 』98 頁注 3) 〔富 越和厚執筆〕 (第一法規、1985 年) 。例 え ば、鈴木忠一=三ヶ月章=宮脇幸彦編『注解 強制執行法(4) 』168 頁〔山本卓執筆〕 (第一法規、1977 年)は、民訴法旧 734 条に基づ く間接強制金について、債務者に対する心理的強制手段であるから債務不履行により債 権者が受けるべき損害の有無及び額とは無関係であり、作為の性質と債務者側の事情を 考慮して自由裁量により裁判所が決定するものである、としていた(同 161─162 頁〔山 本執筆〕にある民訴法旧 734 条の沿革も参照) 。なお、損害賠償金とする立場からも、精 神的損害を加算して賠償額を定めることを認める立場が示されていた(我妻栄『新訂債 権総論』94 頁(岩波書店、1964 年)等) 。 93.

(8) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 為を目的とする債務で前条第一項の強制執行ができないものについての強制執 行は、執行裁判所が、債務者に対し、遅延の期間に応じ、又は相当と認める一 定の期間内に履行しないときは直ちに、債務の履行を確保するために相当と認 める一定の額の金銭を債権者に支払うべき旨を命ずる方法により行う。 」と定 めており、明文からは間接強制金の性質を導き出せないこととなった。このよ うな現行法のもと、間接強制金の法的性質については、損害賠償金説、制裁金 説、折衷説が対立していると整理されてきた。 (b)損害賠償金説 損害賠償金説とは、間接強制金の法的性質を法定ないし裁定の違約金と理解 する説とされる 18)。この根拠としては、民事執行法 172 条 4 項が、債務不履 行により生じた損害額が債務者の支払額を超えるときに、債権者はその差額分 について損害賠償を請求できると定めていること、および同条の解釈から間接 強制金を債権者が受領した場合にその限度で損害額に充当されるとされている こととの理論的整合性が示される 19)。 この見解に対する批判としては、①法定または裁定の違約金と解してもその 性質自体明らかでないから、強制金と損害賠償の関係が直ちに明らかになるも 18)中村・前掲注 11)381 頁、山田・前掲注 11)152 頁、山本・前掲注 11)80 頁、間渕・前 掲注 11)187 頁。中村・前掲注 11)389 頁注 6)では、この説に立つ見解として、香川 保一監修『注釈民事執行法(第 7 巻) 』282 頁〔富越和厚執筆〕 (金融財政事情研究会、 1989 年) 、浦野雄幸『条解民事執行法』752 頁(商事法務研究会、1985 年) 、潮見佳男『債 権総論Ⅰ(第 2 版) 』247 頁(信山社、2003 年) (なお、 潮見佳男『新債権総論Ⅰ』346 頁(信 山社、2017 年)も参照)が示される。このほか中田裕康『債権総論(第 3 版) 』77─78 頁 (岩波書店、2013 年)も参照。なお、 立法時の解説も「法定の違約金」との見解に立つ(田 中康久『新民事執行法 の 解説〔改訂増補版〕 』376 頁(金融財政事情研究会、1980 年) ) 。 このほか、鈴木=三ヶ月編・前掲注 17)112 頁〔富越執筆〕も参照。  なお、損害賠償金説と名付けられているが、間接強制金を損害賠償金そのものとして 捉えるわけでないことについて、前掲中田 78 頁参照。 19)浦野・前掲注 18)752 頁 94.

(9) 間接強制金の法的性質についての一考察. のではないこと 20)、②間接強制金を債務者が取得できる実体法上の根拠を損 害賠償とするならば、その理解はあまりに技巧的であるとともに、懲罰的損害 賠償が公序に反するとする判例法理などの実体法上の損害賠償の理解と整合性 を持ちうるものかについて疑義を否定できないこと 21)、などが示されている。 (c)制裁金説 制裁金説とは、間接強制金を損害賠償とは切り離し、債務名義上の命令また は間接強制決定に従わなかったことに対する制裁金と解する説とされる 22)。こ の見解の根拠としては、比較法研究からの示唆 23)に加えて、①損害額ではな く履行の心理的強制に必要な限度で間接強制金額を決定すべきであること 24)、 ②損害額を基準とすると必ずしも履行にかかる諸事情を柔軟に考慮できず、 または低額化のおそれがあり、間接強制の実効性が損なわれる可能性がある こと 25)、③平成 15・16 年の民事執行法改正(債務者の人格の尊重を基礎とし た間接強制の補充性の解消、扶養料等債権の間接強制の創設)からうかがわれ る、間接強制の拡張と実効性強化という法政策の変化 26)、などが示されている。 20)大濱しのぶ『フランスのアストラント』487─488 頁(2004 年、信山社) 21)山本・前掲注 11)80 頁。 22)中村・前掲注 11)382 頁、山本・前掲注 11)80 頁、間渕・前掲注 11)187 頁。中村・前 掲注 11)389 頁注 2 では、この説に立つ見解として、大濱・前掲注 20)489 頁、503 頁、 中野貞一郎『民事執行法(増補新訂 5 版) 』774、783 頁(青林書院、2006 年) (なお、中 野=下村・前掲注 12)815 頁も参照) 、加藤新太郎他「 (座談会)間接強制の現在と将来」 判タ 1168 号 38 頁〔山本和彦発言〕 、同 39 頁〔松下淳一発言〕 、同 39─40 頁〔春日偉知郎 発言〕 (2005 年)が示される。このほか、中西正他『民事執行・民事保全法』248 頁(有 斐閣、2010 年)等も参照。 23)山本・前掲注 11)81 頁。フランスのアストラントについて大濱・前掲注 20)参照 24)山田・前掲注 11)152 頁。加藤他・前掲注 22)38 頁〔山本発言〕も参照 25)山田・前掲注 11)152 頁。大濱・前掲注 20)492 頁注 22)も参照 26)山田・前掲注 11)152 頁 95.

(10) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). この見解に対する批判として、①間接強制金が債権者に支払われることにつ いての理論的説明に難点があること 27)、②支払われた間接強制金が損害金に充 当される(民事執行法 172 条 4 項)こととの整合性 28)、③金銭債務の間接強制 において懲罰的損害賠償と機能的に類似すること 29)、などが示されている。 なお、制裁金説からの前述の批判①および②についての再反論として、損害 金への充当は債務者の保護と債権者の利益の過大化防止のための便宜的措置で あり政策上の問題であること、および、国家による執行を一部私人が代行する ものと考えるならば、これを債権者に支払うことの理由となり、またこれが債 権者のインセンティブになること、が示されている 30)。 (d)折衷説 折衷説とは、間接強制金が、損害賠償金と制裁金の両方の性質をもつとする 説とされる 31)。 この見解に対する批判として、機能的な説明としてはともかく、制度の本質 との関わりで損害賠償金か制裁金かを曖昧にすることについては疑問であるこ 27)‌中村・前掲注 11)382 頁、山本・前掲注 11)81 頁、山田・前掲注 11)152 頁、間渕・前 掲注 11)187 頁。 28)山田・前掲注 11)152 頁。潮見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」346 頁注 154 も参照 29)山田・前掲注 11)152 頁。加藤他・前掲注 22)31 頁〔春日発言〕も参照 30)山田・前掲注 11)152 頁。批判①に対する再反論については大濱・前掲注 20)503─504 頁、加藤他・前掲注 22)38 頁〔山本発言〕を、批判②に対する再反論については大濱・ 前掲注 20)489 頁を、それぞれ参照。なお、大濱・前掲注 20)489 頁は、立法論的には、間 接強制金を損害賠償に充当することの当否、更に、間接強制金を全面的に債権者が取得 することの当否も検討に値するとする(加藤他・前掲注 22)38 頁〔山本発言〕も参照) 。 31)中村・前掲注 11)382 頁、山本・前掲注 11)81 頁。山本・前掲注 11)88 頁注 8 お よ び 注 9 は、こ の 説 に 立 つ 見解 と し て、山木戸克己『民事執行・保全法講義〔補訂 2 版〕 』 214 頁(有斐閣、1999 年) 、三ヶ月章『民事執行法』422 頁(弘文堂、1981 年)を 示 す。 中村・前掲注 11)389 頁注 9 は、酒井博之「判批」法学研究(北海学園大)46 巻 1 号 131 頁(2010 年) 、川嶋四郎「判批」法セミ 666 号 122 頁(2010 年)を示す。 96.

(11) 間接強制金の法的性質についての一考察. とが示されている 32)。. (2)分析―議論の再構成の可能性と必要性 以上(1)のように整理される現在の議論に対しては、このように間接強制 金の法的性質を論じること自体についての疑問が示されている 33)。この疑問 が呈されるにあたっては、次の二つの点が指摘されている。第一に、間接強制 金が、従来の議論が前提とするような二分論(損害賠償金か制裁金か)に初め から収まらないものとして実定的に設計されている点である。ここでは、間接 強制金は、債権者に収取されるものとされながら、一方で実損額を超えること が明示的に定められ(民事執行法 172 条 1 項) 、他方で損害賠償に充当される ものとされている(民事執行法 172 条 4 項)ことが指摘されている。第二に、 間接強制の法的性質論で用いられている「違約金」 「制裁金」なる語の法学的 意義が必ずしも判然とせず、間接強制の法的性質論の対立軸自体が分析枠組み として適切でない点である。 このうち、第二の点については、近時の議論において、 「違約金」 「制裁金」 の用語法について指摘する見解が示されていることが注目される。 まず、前述(1)で「損害賠償金説」と整理されている立場からは、間接強 制金を法定または裁定の違約金と構成するものであって、損害賠償そのもので はないとの指摘がなされている 34)。この指摘に従えば、 「損害賠償金説」と整 理されてきた立場については、その法的性質の捉え方について改めて検証する 32)山本・前掲注 11)81 頁 33)以下、間接強制の法的性質を論じることへの疑問については、森田・前掲注 11)1014─ 1015 頁。なお、この疑問は、仮処分決定の保全執行としてされた間接強制決定に基づき 支払われた間接強制金が、その仮処分決定の取消しによって法律上の原因を失い不当利 得に該当するか否かという問題について判断した最判平成 21 年 4 月 24 日前掲注 11)に 対する判例評釈において示されているものである。 34)中田・前掲注 18)78 頁 97.

(12) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 必要性が認められる。 他方、前述(2)で「制裁金説」と整理されている立場からも、間接強制金 を履行命令違反に対する制裁と理解するとしても、その履行命令を、①債務名 義に求める立場と、②間接強制決定に求める立場に分けることができること が指摘されている 35)。さらに、民事実体法理論、民事手続法理論だけでなく、 行政法理論も基礎においた検討の必要性も示されている 36)。 このような従来の議論において示されてきた指摘を敷衍して検討を行うこと によって、間接強制金の法的性質をめぐる従来の議論の再構成し、適切な分析 枠組みを設定する可能性は十分にあると考えられる。 そして、 この点を踏まえて、 改めて、 前述の第一の批判について考えてみれば、 確かに、個別の問題について言い渡された判決の分析・検討を行うのに止める のであれば、間接強制金の法的性質論を基礎とした議論を行う必要性を小さく できるのかもしれない 37)。しかし、個々の間接強制金をめぐる問題について、 他の問題との整合性を取る必要性を考慮に入れるのであれば、さらには、立法 論を含めた今後の議論を体系的に整序することも視野に入れるのであれば、法 的性質論のみから演繹的に結論を示せるものではないという限界を認識したう えで、可能な限り、間接強制金の法的性質論を理論的基礎として議論を行うこ とが望ましいといえよう。 以上のように、間接強制金の法的性質をめぐる議論を再構成する可能性と必 要性があることを前提として、以下Ⅲ.において、間接強制金の法的性質論を めぐる従来の議論を再構成し、さらに考察を進める。. 35)大濱しのぶ 「間接強制の課題」三木浩一『金銭執行の実務と課題』274 頁注 24) (青林書院、 2013 年) 、 大濱しのぶ 「仮処分命令が取り消された場合の間接強制金の返還」松本古稀『民 事手続法制の展開と手続原則』707 頁(弘文堂、2016 年) 36)大濱・前掲注 35) 「課題」274 頁注 24) 37)森田修の指摘が判例評釈において示されたことについて前掲注 33)参照 98.

(13) 間接強制金の法的性質についての一考察. Ⅲ.議論の再構成と考察 (1)再構成の視点 議論を再構成するための視点として、本稿では、①「私法上の損害賠償金」 と「私法上の違約金」の相違、②「公法上の執行罰」と「公法上の行政罰」と の相違、③「私法上の違約金」と「公法上の執行罰」の相違、④間接強制にお ける「債務名義」と「間接強制決定」との相違、の 4 つを用いる。 (a) 「私法上の損害賠償金の予定」と「私法上の(狭義の)違約金」の相違 私法上、違約金は、損害賠償額の予定である場合と狭義の違約金(違約罰) である場合があるとされる 38)。前者は、債務不履行があった場合の損害賠償 額を当事者があらかじめ合意しておくものであり、現実に発生した損害に代わ るものである。後者は、債務の履行の確保のために当事者があらかじめ合意し ておくものであり、債務不履行の場合に債務者が債権者に支払うべきことを約 束した金銭である 39)。狭義の違約金ということになれば、違約金のほかに実 損害の賠償を請求しうる。このように違約金と称しても、損害賠償額の予定で あったり、実損害が超過すれば超過分の請求を妨げない趣旨であったり、履行 の確保のためであったり、様々な意味において用いられるので、争いを避ける ため、民法 420 条 3 項は、当事者の意思が明らかでない場合には、違約金は損 害賠償額の予定と推定する。. 38)以下、私法上の違約金の法的性質については、潮見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」548 頁、 中田・前掲注 18)189 頁、奥田昌道編『新版注釈民法(10)Ⅱ』665 頁〔能見善久=大澤 彩執筆〕 (有斐閣、2011 年)等参照。比較法的検討を含めた詳細な研究として、 能見善久「違 約金・損害賠償額の予定とその規制(1)〜(5・完) 」法協 102 巻 2 号 249 頁、5 号 883 頁、 6 号 1225 頁、同 10 号 1781 頁、同 103 巻 5 号 997 頁(1985 〜 1986 年)参照 39)中田・前掲注 18)189 頁は、債務不履行に対する制裁であるとする。 99.

(14) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). ただし、以上のように損害賠償額の予定と狭義の違約金は理論的には区別さ れるものの、民法 420 条 3 項が違約金を損害賠償額の予定と推定していること を基礎として、実際上、損害賠償額の予定と狭義の違約金とは厳密には区別さ れていないと指摘されている 40)。また、裁判例において、狭義の違約金は極 めて慎重に認定されているとされ、たとえ、契約の文言で違約金の他に損害賠 償を請求しうる旨が定められていても、それだけでは狭義の違約金とは解さな いこともあるとされている 41)。 なお、私法上の狭義の違約金については、債務の履行確保にとって適正な違 約金の額を設定するための積極的な基準を明確に立てることが難しいことが指 摘されている 42)。 (b) 「公法上の執行罰」と「公法上の行政罰」との相違 行政法学においては、執行罰と行政罰は異なるものとされている。執行罰と は、義務の不履行に対して、一定額の過料を課すことを通告して間接的に義務. 40)能見・前掲注 38) 「 (5) 」1105 頁は、 この認識を基礎として、 賠償額の予定という形を取っ て債務の履行確保を図ることがあるのをある程度認めざるをえないとの見解を示す。 41)奥田編・前掲注 38)665 頁〔能見=大澤執筆〕 。名古屋高判昭和 45 年 1 月 30 日下民集 21 巻 1=2 号 155 頁参照。 42)能見・前掲注 38) 「 (3) 」1233 頁は、組合等の団体において、秩序を維持し、構成員を統 制する目的でその違反行為に対して違約金ないし賠償額の予定が定められている場合に ついての考察の中で、出資義務違反以外の違反行為(品質維持義務、第三者との紛争回 避義務、販売価格維持義務等)に対して過怠金が定められている場合について、 「いず れもその義務違反によってどのような損害が生じるかは明らかではなく、したがって、 実損害との比較において違約金の当否を判断するに適しない場合である。このような義 務違反に付された違約金の適否は、結局、義務履行を強制するに適当な額か否かによっ て判断せざるをえないであろう。また、明確な基準をたてにくいため、当該違約金の定 めが有効と判断されることが多いであろう。 」とする。 100.

(15) 間接強制金の法的性質についての一考察. の履行を促し、なお義務を履行しないときに、これを強制的に徴収する義務履 行確保の制度である 43)。他方、行政罰とは、行政上の義務の懈怠に対する制裁、 すなわち過去の行為に対する制裁を行うことをいうものとし、行政刑罰と行政 上の秩序罰の二種類があるとされる 44)。 執行罰と行政罰は、前者が将来にわたる義務の実現を図るものであるのに対 し、後者が過去の行為に対する制裁であるという点で異なるものとされる 45)。 具体的に、執行罰と行政刑罰との違い、特に罰金との違いは、次の点にあると される 46)。第一に、執行罰は、刑罰ではないため、一時不再理の原則の適用 はなく、同一の義務違反につき義務の履行があるまで、何度でも反復して戒告 し、賦課することができるのに対し、行政刑罰は、一事不再理の原則により、 同一事件について再度科せられることはない。第二に、執行罰は、あくまで義 務履行確保手段であるため、義務違反の状態が現に存し、しかも、他者等によっ て既に義務履行の目的が達せられず、または後発的な事情により義務履行の目 的の達成自体が不可能となっていない限りにおいて、すなわち、義務の履行が. 43)塩野宏『行政法Ⅰ 行政法総論(第 6 版) 』262 頁(有斐閣、2015 年) 、重本達哉「行政強 制の課題」高木光=宇賀克也編『行政法の争点』95 頁(有斐閣、2014 年)等参照。歴史 的経緯も含めて、日本における執行罰制度の概要について、西津正信『間接行政強制制 度の研究』29 頁以下(信山社、2006 年)参照。なお、現行法においては砂防法 36 条の みがこれを認めているところ、執行罰制度の活用如何は今後の検討課題の一つであると される(前掲塩野 262 頁、前掲重本 95 頁等参照) 。 44)塩野・前掲注 43)272 頁(制裁の意味については塩野・前掲注 43)195 頁注 2 も参照) 、 西津正信「行政上の義務違反に対する制裁」高木光=宇賀克也編『行政法の争点』98 頁 (有斐閣、2014 年)等参照 45)塩野・前掲注 43)272 頁 46)以下の記述につき、 西津・前掲注 43)33─34 頁参照。なお、 行政刑罰については、 手続的に、 司法的執行に属するため、公務員の告発に加え、検察官が起訴し、裁判所の判決に至る 刑事訴訟手続きが必要となる (大橋洋一『行政法Ⅰ(第 4 版) 』316 頁(有斐閣、2019 年) ) 。 101.

(16) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 可能な限りにおいて戒告賦課されうるのに対し、行政刑罰は構成要件としての 義務違反がなされれれば、罰金を科すときに既に義務違反状態が解消されてい ても科すことができる。 なお、 執行罰については、 行政罰との混同を避けるために「強制金」 「間接強制」 等へ名称を変更することも主張されている 47)。 (c) 「私法上の違約金」と「公法上の執行罰」の相違 前述(a)および(b)で見たように、私法上の(狭義の)違約金と公法上 の執行罰は、いずれも過去の義務違反に対する制裁(非難)ではなく、義務を 履行させるための手段という点で共通している。しかし、両者には、私法と公 法の違いという抽象的な違いの他に、とりわけその金額をめぐる具体的な規律 について、次のような違いが見られる。 私法上の(狭義の)違約金をめぐっては、民法学において、あらかじめ私人 間の合意(契約)に基づいて設定される違約金であることを前提として、当事 者が合意によって設定した金額を裁判所が減額・増額できるのかが議論の中心 となってきた 48)。 過大な損害賠償金の予定または違約金の約定額に対する規制(減額)につい ては、公序良俗法理による(条項一部または条項全部)無効 49)や過失相殺に 47)宇賀克也『行政法概説Ⅰ行政法総論(第 6 版) 』226 頁(有斐閣、2017 年) 、重本・前掲 注 43)95 頁、西津・前掲注 43)7 頁、同 179 頁。なお、ドイツにおいては、過去の違法 行為に対する制裁という性格を持つ固有の意味における罰(Strafe)ではないことから、 誤解や無用の議論を避ける見地から「強制金(Zwangsgeld) 」という名称が採用されて いるとされる(西津・前掲注 43)40 頁) 。 48)以下 の 記述 に つ き 潮見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」538 頁以下、奥田編・前掲注 38) 570 頁以下〔能見=大澤執筆〕参照。詳細につき能見・前掲注 38)参照。 49)潮見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」542 頁以下、奥田編・前掲注 38)609 頁以下〔能見= 大澤執筆〕等参照 102.

(17) 間接強制金の法的性質についての一考察. よる減額 50)を中心として議論が蓄積されているほか、多くの分野において特 別法によって規制がなされている 51)。 これに対して、過小な損害賠償金の予定の約定額に対する規制(増額)につ いては、責任制限約款と類似の働きをすることが否定できないことから、過大 な損害賠償額の予定とは異なる扱いをすべきであるとする見解が有力に主張さ れている 52)。この立場においては、過小な賠償額の予定に関して、減免責条 項の規制に関する約款および消費者契約での不当条項規制、売買および請負に おける契約不適合責任における減免責条項の規律、ならびに公序良俗違反を理 由とする無効に関する規律、さらには定型約款に関しては民法 548 条の 2 第 2 項の規律で相応の対処をするのが適切であるとされる 53)。 なお、損害賠償金の予定として約定された額が過小である場合、これを裁判 所の裁量によって増額させることについては、当事者が合意をしていないとこ 50)潮見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」542 頁、奥田編・前掲注 38)658 頁以下〔能見=大澤 執筆〕等参照 51)奥田編・前掲注 38)637 頁以下〔能見=大澤執筆〕参照 52)潮見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」545 頁以下、奥田編・前掲注 38)662 頁以下〔能見= 大澤執筆〕 、民法(債権法)改正検討委員会編『詳解・債権法改正の基本方針Ⅱ』292 頁 (商事法務、2009 年)等参照。予定された賠償額が著しく過小である場合についての規 律を設けるべきかについては、法制審議会民法(債権関係)改正部会における審議過程 のなかでも議論がなされた( 『民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理の補 足説明(平成 23 年 6 月 3 日補訂) 』35 頁以下(http://www.moj.go.jp/content/000074988. pdf:2020 年 2 月 17 日最終確認)参照) 。しかし、民法(債権関係)の改正に関する中 間試案においては、予定された賠償額が著しく過小であった場合の取り扱いについて は、損害賠償責任の減免責条項と同様に、公序良俗あるいは不当条項規制の問題とし て規律するのが相当であるであるため、予定された賠償額が著しく過小である場合に ついての規律を設けるとの考え方は盛り込まれなかった( 『民法(債権関係)の改正に 関 す る 中間試案 の 補足説明(平成 25 年 7 月 4 日補訂) 』131 頁(http://www.moj.go.jp/ content/000112247.pdf:2020 年 2 月 17 日最終確認)参照) 。その後の審議においてもそ のような規律を設けるとする提案はなされなかった。 53)潮見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」545─546 頁 103.

(18) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). ろまでの金額を裁判所が増額承認できることを意味するため、私的自治・自己 決定に対する重大な干渉となることが指摘されている 54)。この点、改正前民 法 420 条 1 項後段において「この場合において、裁判所は、その額を増減する ことができない」と定められていたところ、民法改正によってこれが削除され た。この条文の改正については、この削除によって裁判所が予定賠償額を増 額できることになるわけではないとの主張が有力に示されている 55)。さらに、 裁判所による契約内容形成の自由を認めることになるため、民法 420 条 1 項の もとでは、 (民法 90 条等の法的根拠を理由とすることなく)裁判所がその裁量 で予定賠償額を減額することもできないとする見解も主張されている 56)。 他方、公法上の義務を履行させるための執行罰は、行政強制制度の一部に位 置付けられるものであり、立法によって根拠となる法律が制定されることが求 められる 57)。現行法においては、砂防法 36 条にのみ定めがあるところ、執行 罰の活用如何は今後の検討課題とされており、金銭負荷方式(全額決定型か日 額加算型か) 、事前手続のあり方(決定主体を行政機関とするか司法機関とす るか、どのような事前手続をもとめるか、徴収手続・執行体制をどのように整 54)潮見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」545 頁。 55)潮見佳男『民法(債権関係)改正法の概要』75 頁(金融財政事情研究会、2017 年)参照。 この点については、法制審議会民法(債権関係)部会第 90 回会議に資料として提出さ れた潮見佳男=山本敬三=松岡久和「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案の原案(そ の 1)についての意見及び説明の要望」5 頁(http://www.moj.go.jp/content/000124061. pdf:最終確認日 2020 年 2 月 17 日)も参照。 56)潮見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」541 頁注 79)参照。なお、この見解においては、狭 義の違約金についての言及は特になされていない。しかし、違約金を増額するというこ とは、当事者が合意していないところまでの金額を裁判所が増額できるという意味では、 当事者が予定した損害賠償額の予定を増額することと変わりがない。そのため、この見 解にたてば、私的自治・自己決定に対する重大な干渉になることを理由として、当事者 が合意によって定めた違約金についても、裁判所の介入による増額は認められないもの と解するのが自然であろう。 57)条例によって定めを置けるかについては議論がある (西津・前掲注 43)192 頁以下参照) 。 104.

(19) 間接強制金の法的性質についての一考察. 備するか)に加えて、金額の過大化による過剰執行のおそれについても議論が 行われている 58)。執行罰制度における賦課金額は、比例原則によって統制さ れるものとされる 59)。 比例原則とは、 「目的と手段」間の関係を問う法原則とされる 60)。比例原則 は、もともとは、警察法領域 61)において、目的に照らして必要な手段である こと、手段が必要な限度を超えてはならないことを要点とする原則として発展 してきた。現在では、法治主義に根拠を有するものとして、あるいは憲法 13 条に根拠を有するものとして、行政の権力作用一般に妥当する原則として位置 付ける学説が有力となっている 62)。この比例原則は、目的適合性の原則、必 要性の原則、均衡性の原則(狭義の比例原則)の三つの部分原則から成り立つ。 目的適合性の原則は、手段が目的に対して適合していなければならないとする ものである。必要性の原則は、手段が目的のために必要不可欠なものでなけれ ばならず、また、もっとも規制的でない手段を選択しなければならないとする ものである。均衡性の原則(狭義の比例原則)は、目的と手段は不釣り合いで 58)重本・前掲注 43)95 頁 59)以下の記述につき西津・前掲注 43)182─184 頁、同 188-190 頁参照。なお、西津・前掲 注 43)186 頁は、 執行罰制度においては「個別事案にかかる戒告額や賦課額の決定、 また、 代償強制拘留制度を設ける場合には個別事案についてその適用の可否の決定及び期間の 設定に際して、さらに、これらの決定の事後的な行政不服審査または司法審査において、 行政機関または裁判所の裁量判断が比例原則に反する違法なものでない(なかった)か 否かを事前又は事後にチェックする基準として、比例原則が必要不可欠である」として 強制金などの強制手段に関する比例原則規定の新設を提案している。 60)以下、 比例原則については、 塩野・前掲注 43)93 頁、 須藤陽子「行政法における比例原則」 高木光=宇賀克也編『行政法の争点』24 頁(有斐閣、2014 年)等参照。執行罰との関わ りで比例原則を検討するものとして西津・前掲注 43)66 頁以下 61)行政法学において、 「警察」とは、公共の秩序を維持するために私人の自由と財産を制 限する権力的活動を指す(塩野・前掲注 43)93 頁) 。 62)比例原則の憲法上の根拠については、高木光「比例原則の実定化」芦部古稀『現代立憲 主義の展開(下) 』209 頁(有斐閣、1993 年)参照 105.

(20) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). あってはならず、また、目的に対して結果が著しく不釣り合いであってはなら ないとするものである。 このほか、執行罰の実務運用のために必要となると考えられる賦課額の算定 における要考慮事項の法定や具体的算定基準の策定に関しては、ドイツや米国 における先行的な関係規定及びその具体的算定基準ないしシステムが、非常に 有益な情報源となるとされている 63)。 (d)間接強制金を履行命令違反とする場合の根拠としての 「債務名義」と 「間 接強制決定」との相違 前述Ⅱ. (2)でもすでにみた通り、間接強制金を履行命令違反に対する制裁 と理解するとしても、その履行命令を、①債務名義に求める立場と、②間接強 制決定に求める立場に分けられることが指摘されている 64)。 債務名義とは、強制執行によって実現されるべき給付請求権(執行債権)の 存在と内容を明らかにし、それを基本として強制執行をすることを法律が認め た(という意味で執行力のある)一定の格式を有する文書である 65)。間接強制 が問題となる場合には、以下の通り、二つの債務名義を観念することができる ため、前述の①の立場にいう債務名義がいずれを意味するのかを明らかにする 必要がある。 第一は、執行裁判所が、民事執行法 172 条 1 項に基づいて、債務者に対し、 履行確保のために相当と認める一定額の金銭を債権者に支払うべき旨を命ずる ための執行要件の一つとして求められる債務名義である。この第一の債務名義 は、間接強制決定に先立って、執行債権者が、強制的実現に親しむ請求権を即 時に行使する地位にあり、執行債務者が実体上その給付義務の履行を負う地位 63)西津・前掲注 43)189─190 頁 64)大濱・前掲注 35) 「課題」274 頁注 24)参照。 65)中野=下村・前掲注 12)154 頁 106.

(21) 間接強制金の法的性質についての一考察. にあることについて、執行機関(執行裁判所)から制度的に分離された他の機 関が予め判定・公証することにより作成されるものである 66)。 第二 は、間接強制金 の 取立 て の 際 の、間接強制金支払 に つ い て の 債務名 義である。間接強制決定がこれにあたる(民事執行法 172 条 5 項、同 22 条 3 号)67)。 前述した①の立場にいう債務名義は、上述の第一の意味での債務名義である。 ②の立場にいう間接強制決定も間接強制金の支払いの債務名義となるが、これ とは区別される。. (2)議論の再構成 (a)従来の議論の分析―議論の再構成という視点から まず、前述(2) (a)にみた損害賠償金の予定と私法上の違約金 68)の法的性 質に鑑みれば、間接強制金を法定の(私法的)違約金と性質決定した場合にも、 損害賠償金の予定に引き寄せて構成する立場と、履行を確保するための私法上 の違約金に引き寄せて構成する立場とを区別して考える必要がある。ただし、 賠償額の予定と違約金とを厳密には区別していないと指摘されていることに留 意する必要がある。 他方、前述(2) (d)にみた間接強制金を履行命令違反とする場合の根拠と しての債務名義と間接強制決定との相違に鑑みれば、両者の理論的帰結を明確 に分けて考えるためにも、従来の議論において制裁金説と整理されていた立場 は、この二つのいずれを間接強制金の根拠とするかという点から明確に区別し て考える必要がある。また、前述(2) (c)に見た私法上の違約金と公法上の 66)執行要件としての債務名義(及び執行文)について中野=下村・前掲注 12)154 頁参照 67)中野=下村・前掲注 12)815 頁参照 68)なお、これ以降、本稿では、私法上の狭義の違約金を意味するものとして「私法上の違約 金」の語を用いる。 107.

(22) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 執行罰の相違に鑑みれば、前述した私法上の違約金と構成する立場とも明確に 区別した議論の整理が求められる。 最後に、前述(2) (b)に見た公法上の執行罰と公法上の行政罰の違いに鑑 みれば、間接強制金を制裁金と性質決定する立場に立った場合には、公法上の 執行罰との間での理論的接合を検討する必要が示されるとともに、過去の義務 違反に対する非難としての公法上の行政罰とは異なるものであることを明確に する必要がある 69)。制裁の語が多義的であるとの批判があること、行政法学 においても「執行罰」から「強制金」へと名称の変更が提案されていることに も鑑みれば、 「制裁金」の語を用いず、 「強制金」の語を用いたうえで議論を整 理した方が良いと考えられる 70)。 (b)四つの理念型―従来の議論の再構成 前述(3)の検討からすれば、 間接強制金の法的性質についての従来の議論は、 損害賠償金説、私法的違約金説、公法的強制金(債務名義)説、公法的強制金 (間接強制決定)説の四つに整理することができる。 (ア)損害賠償金説. これは、間接強制金の基本的な性質を損害賠償と理解したうえで、実体法上 債務の履行を確保するために、損害額以外の考慮要素に基づいて額を決定する ことを、法が特別に認めたと理解する立場である。 従来の議論において損害賠償金説と呼ばれていた見解については、間接強制 金を法定(または裁定)の違約金と構成するものであって、損害賠償そのもの ではないとの指摘がされていた 71)。そのような指摘があるなかで、間接強制 69)この相違は、懲罰的損害賠償との関係を論じる際に留意すべきである。 70)なお、これ以降、本稿において行政法学における執行罰について記述する際には「執行 罰(強制金) 」と記述する。 71)前掲注 18)参照 108.

(23) 間接強制金の法的性質についての一考察. 金を損害賠償金と構成する理解を一つの立場としてあえて明示するのは、理念 型(参照点)として必要となるためである。具体的には、次の二つの場面で必 要となる。 第一は、間接強制金を私法上の違約金と捉える立場を整理する場面である。 前述(1) (a)に見た通り、損害賠償額の予定と私法上の違約金とは厳密に区 別できないとされている。そのため、以下(イ)に示す私法的違約金説(間接 強制金を私法上の違約金と構成する立場)は、損害賠償金説と厳密に峻別す ることはできず、その検討においては両者に共通する要素が含まれうるもの と解さざるを得ないと考えられる 72)。例えば、 間接強制金額を損害額とみなし、 若しくは賠償額の予定の性質を有するものとし、なお、これを超える損害賠 償額を許すものとする見解 73)を取る場合には、間接強制金について損害賠償 としての性質をより強く見ることにつながろう 74)。このように、法定または 裁定の違約金と構成する立場に立ったとしても、なお損害賠償としての性質 との関係を考えなければならない場面においては、損害賠償金説に立った考 察を加える必要がある 75)。 第二は、損害賠償であることを前提とした批判の射程を明らかにする場面で ある。前述Ⅱ. (1) (b)に見た通り、従来の議論においては、間接強制金を損 72)従来の議論における折衷説は、この点を踏まえて提唱されたものと理解しうる。 73)香川・前掲注 18)296 頁注 3) 〔富越執筆〕が一つの例として示す立場である。 74)間接強制金の金額を定めるにあたって、想定される損害賠償額に具体的事情を加味して 決定するという立場(香川・前掲注 18)290 頁〔富越執筆〕 )は、間接強制金について損 害賠償としての性質を強く見ていると理解されよう。 75)例 え ば、難波譲治「判批」速報判例解説 6 号 99 頁(2010 年)は、間接強制金 の 性質 と して、制裁金説の立場に立ちながらも、損害賠償充当部分とそれを超えても債権者が取 得する部分があることから損害賠償的要素が残っているとし、後者の部分については不 当利得返還請求の対象とならないとの解釈を示している。このような立場に立った場合 には、間接強制金を損害賠償として性質決定した場合の理論的帰結も明らかにしておく 必要があろう。 109.

(24) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 害賠償とする理解に対する批判が示されてきた。前述の通り、損害賠償金説と 後述(b)に示す私法的違約金説が峻別できないならば、従来の議論において 損害賠償金説とされてきた見解に対する批判が、私法的違約金説にどの程度及 ぶものなのかを判定する必要がある。 以上のような理由から、現在の議論においては支持する見解がないとしても、 議論の再構成の場面においては、間接強制金を損害賠償金と理解する立場を理 念的に明示することが必要となる。 (イ)私法的違約金説. これは、間接強制金の基本的な性質を、私法上の違約金と理解する立場であ る。従来の議論において「損害賠償金説」と呼ばれてきた見解の多くは、この 理解を取るものと位置付けられる。 従来民法学において議論されてきた私法上の違約金は、当事者の合意によっ て定められることを前提としてきた。私法的違約金説は、間接強制金を、この 当事者の合意に変わる規定が明文で定められていることを基礎として認められ る私法上の違約金であり、その根拠を民事実体法に求めるものと構成すること になる 76)。 (ウ)公法的強制金(債務名義)説. これは、間接強制金を履行命令違反に対する公法的強制金と理解したうえで、 債務名義に含まれる履行命令が、その履行命令であるとする立場である。 前述(2) (d)でみたように、従来の議論において制裁金説と呼ばれてきた 立場は、その根拠を①債務名義 77)に求める立場と、②間接強制決定に求める 76)具体的には、民法 414 条において間接強制が執行手段として明示されていることが、民 事実体法上の明文の根拠となろう。民法 414 条が、債権者が国家の助力を得て強制的に 債権の内容の実現を図ることができるという実体法理を述べるものであると解する潮 見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」339 頁等参照。 77)な お、公法的強制金(債務名義)説が間接強制金の根拠とするのは、前述(2) (d)で 整理したところの第一の意味での債務名義である。 110.

(25) 間接強制金の法的性質についての一考察. 立場に分けることができる。公法的強制金(債務名義)説は、①に対応する理 解を行う立場である 78)。 前述(イ)でみた私法的違約金説との違いは、その実定法上の根拠を、当事 者の合意に代わる明文規定が民事実体法的に存在していることにではなく、公 法上の執行罰(強制金)の規定として民事執行法 172 条が設けられていること に求める点にある。 公法的強制金(債務名義)説は、間接強制制度の正当化根拠を、実体法上の 請求権(ないし実体権)ではなく、公法=執行法上の効力としての債務名義の 執行力に求めるものである 79)。ただし、 債務名義に執行力が与えられる所以は、 そこに表象されている実体法上の請求権が(それが存在すると仮定した場合に) 執行するに値するものであること(強制実現可能性を有するものであること) を制度的に前提にしていることも、あわせて指摘されていること 80)にも鑑み れば、公法的強制金(債務名義)説に立った場合、間接強制金を巡る諸問題を 論じるにあたっては、手続法的(執行法的)契機のみならず、実体法的契機も 合わせて考慮に入れなければならないと言うことができよう 81)。 78)なお、従来の議論において「制裁金」という語が用いられてきたところを「強制金」の 語を用いることについては前述(1)参照 79)債務名義の執行力の基礎は、請求権の存在の高度の蓋然性であり、請求権の実在性では ないため、実体法上の請求権(ないし、その源泉たる実体権)自体から債務名義の執行 力を直接に導き出すことはできず、この意味で、債務名義の執行力は、実体法上の権利 とは切り離された、 公法=執行法上の効力であるとされる (奥田昌道『債権総論(増補版) 』 84─85 頁(悠々社、1992 年) ) 80)奥田・前掲注 79)85 頁 81)民法 414 条は、実体法と手続法を架橋する趣旨で、履行の強制の方法(強制執行の手続) が民事執行法その他の手続規定によって定められることを述べるものであるとされる(潮 見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」340 頁) 。公法的強制金(債務名義)説においては、この 民法 414 条の解釈を実定法上の基礎として、実体法的契機を考慮に含めていくことになろ う。 111.

(26) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). (エ)公法的強制金(間接強制決定)説. これは、間接強制金を履行命令違反に対する公法的強制金と理解したうえ で、間接強制決定が、その履行命令であるとする立場である。この立場は、そ の正当化根拠を、公法上の執行罰(強制金)の規定として民事執行法 172 条が 設けられていることに求める点で、前述(ウ)に示した公法的強制金(債務名 義)説と共通する。しかし、公法的強制金(債務名義)説が、執行機関から制 度的に分離された他の機関によって作成された債務名義を基礎として間接強制 金の法的性質を根拠づけるのに対し、公法的強制金(間接強制決定)説は、執 行裁判所の作成した債務名義であるところの間接強制決定を基礎として間接強 制金の法的性質を根拠づける点で異なる。公法的強制金(債務名義)説が根拠 とする債務名義は、なお、民事実体法上の請求権と密接な関係をもつものと解 しうるのに対し 82)、間接強制決定それ自体は、民事執行法上の要件のみによっ て基礎付けられるものである。この意味において、公法的強制金(間接強制決 定)説は、間接強制金をめぐる諸問題について、実体法的契機を捨象して、手 続法的(執行法的)契機のみによって議論を行うことをも可能にするとも考え られる。. (3)体系的・理論的検討 (a)体系的基礎からの検討 (ア)実体法の視点から—債権・履行請求権との関係 ⅰ)履行請求権概念をめぐる議論. 民法学においては、履行請求権の法的性質をめぐって、履行請求権を債権の 本来的・第 1 次的内容として理解する伝統的民法理論と、債務不履行の効果と して債権者に与えられる救済手段(レメディー:remedy)として理解する有. 82)前述(ウ)参照 112.

(27) 間接強制金の法的性質についての一考察. 力説の間で対立がある 83)。 α)伝統的民法理論. 伝統的民法理論においては、債権の本質を、債権者が債務者に対して特定の 行為(給付)をするように請求することができる点に求める。この立場からす れば、債権の効力として、請求力、給付保持力、訴求力、執行力が認められる。 請求力とは、債権者が債務者に対し、任意の履行をせよと請求できる力(権 能)である。訴求力とは、債権者が債務者に対し、訴えによって履行を請求す ることができる力である。債権の機能という面から、この請求力と訴求力を履 行請求権と呼ぶことがある。このような意味において、履行請求権は、債権の 本来的権能として、債権に当然に内在しているものとして捉えられる。すなわ ち、債務者が債務を任意に履行しない場合における履行請求権は、 「債務不履 行の効果」として債権者に認められるものではなく、 「債権」の本来的・第 1 次的な内容として、債権の成立とともに債権者に認められるものである。この 点で、 「債務不履行の効果」として与えられる第 2 次的な手段である損害賠償 請求権や解除権とは、次元を異にするものとなる。 また、債権の効力の一つとして認められる執行力に基づいて、債権者は、給 付判決を得て確定したにもかかわらず債務者が任意に履行しない場合、債権者 は強制執行手続を取ることにより、国家機関の手によって債権の内容を実現す ることができる 84)。 83)以下、履行請求権の法的性質をめぐる伝統的民法理論および有力説の概要については、 中田・前掲注 18)60─73 頁、潮見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」273─276 頁参照。 84)なお、訴訟法(手続法)上の権利としての訴権・執行権と、債権の実体法上の効力とし ての訴求力(訴求可能性) ・執行力(執行可能性)とは明確に区別しなければならない とされる(奥田・前掲注 79)83 頁) 。この点について、債権の実体法上の権能として認 められる強制力の表れとして「強制履行請求権」を観念し、手続法上の権能として認め られる執行力の表れとして「強制執行請求権」を認めるとする見解もある(森田修「履 行請求権:契約責任の体系との関係で(その 1) 」法教 441 号 69 頁以下(2017 年) ) 。 113.

(28) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). β)近時の有力説. これに対して、近時、有力に主張されている見解は、履行請求権を、債務不 履行が生じた局面において、債権者に対して与えられる救済手段の 1 つとして、 損害賠償請求権や解除権と同次元に位置づける立場である。この考え方は、次 のような理解を基礎としている。 債権とは、債権関係において債務者から一定の利益(債権者利益)を獲得す ることが期待できる債権者の地位である。契約上の債権関係について言えば、 私的自治の原則が認められる結果、契約を締結することにより、当事者は、そ の契約によって合意された一定の利益(契約利益)が債務者により実現される ことを、法(国家)によって保障される。債務者による債務不履行(履行障害) に直面して、この契約利益が実現されないときには、法(国家)は、私的自治 を承認した以上、契約利益の獲得を期待できるという権利者としての地位を法 的に保障するために、契約利益を獲得するための様々な法的手段を、債務者に 対して与える。 以上のような理解からすると、履行請求権は、債務者による任意の履行が ない場合において、 「債務不履行の効果」の 1 つとして、法(国家)によって、 債権者に認められたものであるとされる 85)86)。. 85)以上の有力説は、 「レメディー・アプローチ」の語で論じられることもあるが、この「レ メディー・アプローチ」の語の含む内容のバリエーションは多種多様なものが混在して いるとされる (潮見佳男「総論」ジュリ 1318 号 85 頁(2006 年) ) 。その中には、 「レメディー =訴権」と捉えることにより、とりわけ履行請求権と言われているものが実は実体法上 の権利ではないとする点に、レメディー・アプローチの意義を見出そうとするものもあ るとされる。 86)なお、日本における民法の解釈論としては、履行請求権を債務不履行に対する救済手段 と捉えた場合であっても、他の手段に対する履行請求権の優位性は肯定されるとされる (潮見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」275 頁参照) 。 114.

(29) 間接強制金の法的性質についての一考察. ⅱ)検討 α)損害賠償金説. 損害賠償金説については、債権について伝統的民法理論にたった場合に次の ような問題がある。すなわち、履行請求権を債権の第 1 次的な内容とする伝統 的民法理論からすれば、損害賠償請求権は第 2 次的手段として扱われる。間接 強制金を損害賠償金と性質決定した場合、債権の第 1 次的内容としての履行請 求権に基づいて履行の強制を行う場面で、債務不履行の効果として債権者に認 められる第 2 次的手段として別の制度が用意されている損害賠償を執行の方法 として用いるという点が問題となる。ただし、民事執行の目的に沿って、立法 によって履行強制の目的で損害賠償として性質決定される間接強制を認める、 という構成もありうる 87)。 β)私法的違約金説. 私法的違約金説については、履行請求権を債務不履行に対する救済手段の一 つと捉える有力説に立った場合に問題がある。判例 88)によれば、不作為債務 の強制執行として間接強制決定をするために、債権者において、債務者が不作 為義務に違反するおそれがあることを立証すれば足り、債務者が現にその不作 為義務に違反していることを立証する必要はない、とされる。これにより、不 作為債務については、客観的事実としての不履行がなくても、救済手段の一つ 87)民法の起草者(梅謙次郎『民法要義巻之三(債権編) 〔訂正増補第 33 版〕 』51 頁以下(有 斐閣、1912 年:復刻版、1984 年) )は、 改正前民法 414 条 1 項本文にいう「強制執行」を、 債務者自身による債務の本来の内容の履行の強制であるとし、代替執行は、それにあた らず、賠償方法の一種であると理解していた(改正前民法 414 条の解釈に関する議論に ついては中田・前掲注 18)80 頁参照) 。 88)最判平成 17 年 12 月 9 日民集 59 巻 10 号 2889 頁。関連する議論の概要について、森田修 「判批」ジュリ 1313 号(平成 17 年度重要判例解説)82 頁(2006 年) 、大濱しのぶ「判批」 上原敏夫=長谷部由紀子=山本和彦『民事執行・保全判例百選(第 3 版) 』144 頁(有斐 閣、2020 年)参照 115.

(30) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). である履行請求権が発生し、それに基づいて履行の強制が命じられるというこ とになる点が体系的整合性という意味で問題となる。この点については、間接 強制の制度の目的を考慮に入れた例外的処理が行われると説明されることにな る 89)。 γ)公法的制裁金(債務名義)説・公法的制裁金(間接強制決定)説. 公法的制裁金(債務名義)説 も、公法的制裁金(間接強制決定)説 も、そ れぞれ間接強制金の直接の根拠を民事手続(執行)法理論に求めるものであ る。民事実体法上の根拠は必要とせず、それぞれの立場において考慮が求め られる限りにおいて、実体法的契機として履行請求権の実体法上の理解が影 響するにとどまる。そのため、いずれの立場からみても、債権の第 1 次的内 容として履行請求権を認める伝統的民法理論によるならば、履行請求権を基 礎として民事執行法において間接強制制度が用意されていると理解すること によって実体法上の理論との接合が図れていれば十分であり、他方、債務不 履行に対する救済手段の一つとして履行請求権をとらえる有力説によるなら ば、債権の貫徹可能性を法的に保障するために民事執行法によって間接強制 制度が用意されていると理解することによって実体法上の理論との接合が図 られていれば十分である。以上のように、公法的強制金(債務名義)説・公 法的強制金(間接強制決定)説のいずれについても、民法学における履行請 求権をめぐる議論からは、積極的に肯定する根拠も、積極的に否定する根拠 も見出すことはできない 90)。. 89)潮見・前掲注 18) 「新債権総論Ⅰ」274 頁 90)た だし、レメディー・アプローチにおいて履行請求権を実体法上の権利とは考えない 構成もありうる(前掲注 85 参照)ことをも視野に入れれば、執行方法としての間接強 制について(さらに言えば直接強制・代替執行も含めて) 、公法的な執行制度の側面と、 民事実体法上の権利とのつながりをどのように考えるのかが問題となることをあらため て浮かび上がらせることになる。 116.

参照

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