「経済を通して社会がわかる」中学校社会科の授業構成 : 岩井克人氏の経済認識を中心として
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(2) 「経済を通して社会がわかる」中学校社会科の授業構成. 研究題目. 一 岩井克人氏の経済認識を中心として 一. 次. 目. 1234. 序章. 問題の所在. 研究の目的. 研究仮説. 第1節経済教育の目標 1 日本における「経済教育」先行研究の問題点 2 経済教育の目標. 第2節 経済教育内容縞成の論理 1 アメリカNGEEと比較した日本の「経済教育」内容編成の特色 2 日本における「経済教育」内容編成の先行研究 3 経済教育内容編成の論理. 第E章 岩井克人氏の経済認識. 第1節 岩井克人氏を取り上げる意義 1 教育の中立性の検討. 2 特定の経済学を中核とした過去の社会科の検討 第2節岩井克人氏の経済認識のモデル化 1 岩井克人氏の貨幣に関する認識 2 岩井克人氏の資本主義に関する認識 3 岩井克人氏の社会変動に関する認識 第3節 教育内容としての岩井克人氏の経済認識のモデルの有効性 1 金融広報中央委員会による金融教育カリキュラムの分析. 1111. 第1章 経済教育の目標と内容繕成の論理.
(3) 目次. 第皿章 r経済を通して社会がわかる」授業の知識の構造. 第1節 「経済教育』の先行授業実践の分析. 1 分析視点. 2 分析対象 3 分析方法 4 分析結果 5 分析結果の考察. 第2節 「経済を通して社会がわかる」授業の知識の構造化. 第W章 開発した授業モデル 第1節 授業設計の考え方. 1 概念探究過程の設計 2 知識と問いの構造. 第2節開発した授業モデルの実際 1 題材について. 2 知識の構造 3 問いの構造 4 授業モデル 5 授業モデルの資料. 第3節授業モデルの成果. 1 . 論. 旨. 蕪認. 結. 1. H. 23 88880158 11125572673 5 6 44 44445555 66666667780 0 0. 久津見宣子氏の授業の分析. 1 . 23. 「鶴」の授業の分析.
(4) 序章. 1 間題の所在 r経済教育jが注目を浴びている。経済について知ることは現代社会を知ることで あり、社会の一員としてより良く生きることにつながりうる。その意味で、「経済教育」. の重要性に疑いの余地はない。. 実際、文部科学省や内閣府、目本銀行、金融広報中央委員会などの官公庁のみなら ず、囲(ファイナンシャルプランナー)やNPO、民間企業にいたるまで、「経済教育」、. 金銭教育、金融教育、起業家(企業家、アントレプレナー)教育を提唱、実践してい る。本研究では、生徒に科学的社会認識を獲得させるという社会科の目的に照らし、. r経済を通して社会がわかる」ことを目指す教育を経済教育とする。しかし、これま での「経済教育」では、経済的知識の習得や人間形成が目標とされてきた。生徒に社. 会認識を獲得させるという社会科の目的を達成しうる、目標一内容一方法を貫く授業 設計論は存在しなかった。. 本研究を貫く基本仮説は次の通りである。. 「経済を通して社会がわかる」ためには、経済的事象を入り口にして社会変動を探 究する必要がある。. 「経済」という語は、門般的に次の2つの意味に解される。. ①人間は、最小の費用で、最大の効果を得ようとする(経済の事実的側面)。 ②人間は、環境との交換関係の中で、生存している(経済の事象的側面)。 経済的事象の追究の場面で生徒たちは、究極的には上記①か②の命題を追究する。 すなわち、①の追究により獲得される知識は、「OOさんは、最大の効果を得るために、. …する」であり、②の追究により獲得される知識は、「○○さんは、周りの自然環境や. 社会的環境の中で生存しているので、…する」である。前者は、目的一結果の知識で あり、後者は原因一結果の知識である。. 社会認識教科としての社会科で獲得させるべき知識は、原因一結果の知識である1。. したがって、社会科の授業で追究するべきr経済」とは、経済の事象的側面である。. 1.
(5) 序章. また、r社会がわかる」とはどういうことカ㌔ここでは、r社会の法則性、必然性 について理論を用いて説明できる」状態であると定義する。. 経済は社会の一側面であるが、経済学は確立された、固有の理論を有する分析的学 間である。経済的事象を入り口にして社会変動を探究するということは、経済学の厳 密性を損なうことである、という批判もあろう。しかし、宇佐美寛氏は、次のように 述ぺ、「。思考におけるカテゴリー転換」の重要性を説く2。 ある社会的事象をあるコードだけで見、あるカテゴリーに入れていた者が他のコードで見、別のカ テゴリーに入れて整理するというカテゴリー転換をなしとげる。これが新たな発想というものである。 (中略=引用者). ぐママき ,思考のよろこびは、まさに(中略:引用者)カテゴリー転換にある。すなわち、常識的には全然関り のないと思われることがらが、最も重要なことを意味するものとして解釈されるということであり、. またそれによって、もともと関係があるとして視野の中に入っていたことがらの意味づけも大きく変 わるということである。 (傍点=原著者). 本研究はこのように、「『このことを学んだら、こんなことができるようになった』 『こんなこともわかるようになった』『こんなふうに世界が違って見え始めた』と学習. 者が思える3』授業づくりの試みである。 本研究では科学的経済認識のモデルと、「経済を通して社会がわかる」授業で獲得さ. れる知識の構造図を明示する。そしてそれらをもとに、授業プランを作成することを 目的とする。. では、科学的認職のモデルとは何力㌔教育の目標一内容一方法に関わる授業設計論. の中で、モデルはどのような役割を果たすの瓜 まず、モデルとは何か、という問いに答える。 高根正昭氏は、「モデル」について、次のように述べている4。 研究の課題を「結果」としてとらえるところから出発して、その現象を生み出す「原因」にさかの ぽり、「原因」と「結果」の論理的な関係を設定するところに、仮説が成立する。(中略:引用者)わ. れわれは単数の「原因」と単数の「結果」とを結び合わせた一組の仮説ではなく、いわば複数の仮説 を組み合わせて、問題として選び出した現象を、説明しようとするのであろう。このように複数の仮 説を組み合わせたシステム、いいかえれば仮説の複合体は、ふつうr皿odel(モデル)」という。. 2.
(6) 序章. つまり、社会認職におけるモデルとは、社会諸科学の成果であり、社会的事象を説 明する理論である。また、モデルは「システム」であるから、一定の機能と構造をも つ。いうまでもなく、モデルの機能とは社会的事象を説明することである。. モデルの構造は、すなわち教育内容の構造となる。例えば岩田一彦氏は、次のよう に述べている5。 社会科の内容は、社会諸科学の蓄積してきた研究成果から構成される。(中略:引用者). 理論4 単元の学習内容が、構造化された知識として提示されれば、学習内容の定着陸・応用度 が高まる。. またブルーナーB㎜erも、r教科の基本的構造を教える」ことに関して、r細かい 部分は構造化された全体のパターンのなかに位置づけられるのでなければ急速に忘れ 去られてしまう」という知識の保持の側面と、「構造の理解ということは、(中略:引. 用者)その後に出会うかもしれない、それに似たほかのものをも理解させてくれるモ デルを学習したことになる」という転移の側面を指摘している6。. このように、科学的経済認識のモデルとは、社会的事象を説明する理論であると同 時に、教育内容の構造である。. 2 研究の目的 本研究は、授業モデル開発研究である。そこで、授業モデル開発の理論を仮説とし て提示し、授業モデルを開発するという研究プロセスをとる。 具体的な研究の目的は、以下の通りである。 (1) 科学的経済認識のモデルと、「経済を通して社会がわかる」授業で獲得される知. 識の構造図を明示する。 (2)(1)の成果をもとに、授業モデルを作成する。. 3 研究仮説. 経済学の視点と理論にもとづいた科学的経済認識のモデルによる知識の構造図を 明示して授業プランを作成すれば、r経済を通して桂会がわかる」授業を設計するこ とができる。. 3.
(7) 序章. 4 研究方法. (1)これまでの経済教育研究と経済教育実践の批判的検討を踏まえ、経済教育の目標 と「経済を通して社会がわかる」授業の内容構成の論理を、先行研究から明らかに する。. ② 岩井克人氏の著作を分析し、科学的経済認識のモデルを明示する。 (3)(ので明示した経済認識のモデルをもとに、r経済教育」の先行授業実践で獲得さ れた知識を抽出・構造化する。. ④(3)の知識の構造図をもとに授業モデルを作成、提案する。. 《序章の註および引用文献》. 1高根正昭氏は、「社会科学における問題解決のための論哩1は、「問題を『結果』としてとらえ、その『結 果』を生み出す『原因』となるべき要素を探り出す」ことであると述べている。(高根正昭『創造の方法 学』講炎社、1979、p.35). 2宇佐美寛『授業の理論をどう作るか』明治図書、1983、脚,85・86 3西林克彦『間違いだらけの学習論 一なぜ勉強が身につかないか一』新曜社、1994、p.149. 4高根正昭、前掲書、p.44. 5岩田一彦『社会科固有の授業理論30の提言』明治図書、2001、p.40 6よS.ブノレーナー、鈴木祥蔵・佐藤三郎訳『教育の過程』岩波書店、1964、pp.29・33. 4.
(8) 第1章 経済教育の目標と内容編成の論理. 序章では、生徒に社会認識を獲得させるという社会科の目的を達成しうる、目標一内. 容一方法を貫く経済教育授業設計論は存在しないことを指摘した。経済教育の授業モデ ル開発にあたっては、その目標と内容編成の論理を明示することが必要である。 そこで、「経済教育」に関する先行研究や日本の学習指導要領中学校社会科公民的分野. 経済領域の内容を分析し、特徴を示すと同時に問題点を指摘する。その上で、経済教育 の目標と内容編成の論理を明示する。. 第1節 経済教育の目標 本節では、r経済教育」に関する先行研究を分析し、問題点を指摘する。その上で、 経済教育の目標を明示する。. 1 日本における「経済教育』研究の問題点. 「経済教育」は、これまでの教育の反省に加え、生徒の権禾1腺護や仕会的人材育. 成という視点から、これまで以上に重視されるようになっている。社会認識教育と しての経済教育は、個々の経済事象そのものの教授や経済学の成果の教1受から脱却. し、科学的社会認識形成のための手段として機能しなけれぜならない。従って、経. 済教育研究も科学的社会認識形成という目標一内容一方法の究明をめざす必要があ る。. しかし「経済教育」研究の現状は、経済的事象や経済学の成果を自明視し、それ をどのように教えるかを提案するカリキュラム・授業の開発や実践報告にとどまっ ている。あるいは科学的社会認識の形成という社会科固有の目標を一足跳びにして、. 人間形成を目標に据えて論じている。このような現状を反映してか、これまでの研 究で示された目標一内容一方法にっいて対象化して分析・類型化し、その意義を検 証した研究は見られない。. 5.
(9) 第1章第1節 これらの問題点を踏まえ、本項ではこれまでのr経済教育」研究の目標に関わる 言説を分析・類型化し、その問題点を示すことを目的とする。. 筆者は、「経済教育」に関する57の先行研究を収集、分析した。(資料1−1)に 分析の対象とした研究を示す。文部科学省や内閣府、日本銀行、金融広報中央委員. 会などの官公庁のみならず、FP(ファイナンシャルプランナー)やNPO、民間企 業にいたるまで、「経済教育」を提唱、実践している現状を反映するよう、分析対象 とする研究を語り手や発表媒体によって限定することはしていない。 収集した研究の分析視 (表H−1). 「経済教育』先行研究分析の視点と内容 点を(表1−1−1)に示すも 分析の視点. 分析にあたっては、そ. れぞれの研究で示された. フェイス. シート. 分析の内容 出典 A「経済教育」に関わるさまざまな「主 体」がどのように描かれているか(主 体の編成). 言説を分析視点にあては. B rどのように」に関わる語り口の編成. めていった。. (様態の編成). C 編成の諸規則は、どのような社会過 程や社会的実践と関係づけられている. 分析の結果、「経済教 育」の目標は、「経済科」、. カ㌔. 「経済教育」. 「社会科経済」、「人間形. の目標. D 「経済教育」がどのように定義され ているか(対象の編成). E 「経済教育」を最も象徴的に示す概. 成」、「その他jの4つの. 念の編成(概念の編成). 視点から述べられている. 「経済教育」. ことが明らかになった。. の内容. F 「経済教育」を納得のいくものとし て構成する論理の編成(戦略の編成〉. G実践の概要. 詳細を次ぺ一ジ(図1 −1−1) 1こオ弓「。. a 「経済科』教育 こ糾まさらに、「経済システムの理解」、「資産管理能力の育成」、「経済学者の育成」. に分けられる。以下、()内の数字は、対応する(資料1−1)の資料番号である。 「経済システムの理解」とは、「経済についての理解(11)」、「資本主義経済シス テムを理解(3)」、r経済概念を教授(25)」することを目標としている。. 「資産管理能力の育成jとは、「お金の管理能力を身につける実学的スタンスに立 った教育(20)』、r所得、貯蓄、支出などの消費生活を円滑運用していく能力と態度. の育成(15)」を目標としている。. 6.
(10) 経済教育の目標. a経済科. ㍗1経済システムの理解 ar2 資産管理能力の育成. ar3経済学者の育成 b社会科経済. br2経済を通して社会を見る. c人間形成. 力の育成(合理的意志決定) c−1個人の道徳・倫理観の育成. ト1市 の育成工講灘る_能 Or2生きるカの育成 Cr3社会変革者の育成. dその魎. 小1 「考える」ことが目標. 「二. 小2定義なし (図1−1−1)「経済教育』の目標. r経済学者の育成」は、r経済学の論理的な考え方を探究的な形式(シミュレーシ ョンを含む)で学ぶ学習(37)」が挙げられる。学習内容(経済学の論理的な考え方). と学習方法(探究的な形式)ともに、子どもたちは「小さな経済学者として学ぶ」 ことを求められている。. b r社会科経済」教育 「社会科経済」教育とは換言すれば、「市民的資質の育成」をめざす経済教育、と. いうことである。社会科で育てるべき市民的資質は、社会認識と合理的意志決定能 力である。社会科経済教育で育てるべき市民的資質も「経済を通して社会を見る(社 会認識)」、「経済に関する政策選択(合理的意志決定能力)」に分けられるはずであ る。. 実は、「経済を通して社会を見る(社会認識)」ことを目標として掲げているもの は、今回集めた57の文献のなかにはなかった。. 「経済に関する政策選択(合理的意志決定能力)」とは、経済教育を「経済政策を. 正しく選択できるようになること、不適切な経済政策を合理的に批判できるように なること、最適な経済政策を提案できるようになることを目指す(24)」とするもの. 7.
(11) 第1章第1節 である。. この「経済教育を通じて市民的資質を育成する」社会科経済の立場が、これから 目指していく経済教育の方向性であることには異論があるまい。けれどもその研究 の内実は、「米国における経済教育論は、実用主義的経済教育、経済理論教授、経済. 史教授に分類される。これら三つの立場は、経済教育の目標を市民的資質の育成と する点では同じ(19)」といった記述にとどまる。具体的に経済教育を通じて育成す べき市民的資質の内容は明らかにされていない。. c 「人間形成』をめざす「経済教育』. 「個人の道徳・倫理観の育成」、「生きる力の育成」、r社会変革者の育成」の3つ. に大別される。 「個人の道徳・倫理観の育成」とは、「自制心の大切さを教える(46)」、「計画性 を学んでもらう(47)」、「『自己責倒の認識を中学生の時期から育てる(29)」などを. 「経済教育」の目標として掲げる。 「生きる力の育成」とは、「『生きるカ』につながる学習(6)」、「自主性、自立性等. の確立を目指し、自分の心で感じ、自分の頭で考え、自分の言葉で語る能力(人間 力)を引き出す教育(1)」、「以下の性格や能力を育てる。希望・夢をもっていること、. 独創性・創遡生があり没頭できること、リスクを負おうとする覚悟、自立心・独立 心・主体性をもっていること(16)」などである。 「祉会変革者の育成」とは、「社会改造の面白さを学ぶ(2)」、「既存の祉会をより. よく変革していける人材の育成(56)」、「あるべき消費社会を構成しようとする人間. の育成(34)」などである。. aの「経済科」教育をめざす研究は、カリキュラムをめぐるポリティックスに無 自覚である。アッフうレAppleが指摘するとおり、教育はr文化のポリティックス、 すなわち文化をめぐる政治的力関係に深くかかわりあって」おり、「カリキュラムは、. …単なる価値中立的な知識の集合では決してなjく、「いかなる時も、ある誰かの選. 択、ある集団の見方に基づく正統的知識、つまり選択的伝統の中核的部分を構成」 (傍、点原著者)1している。っまり、ある内容が教育内容として選択される理由を 問い直さないところに、r経済科」教育の問題点がある。. 8.
(12) 経済教育の目標. また、cの「人間形成」をめざす経済教育の立場の研究は、それぞれ目標として 掲げている能力や資質の内実が不明であるところに問題点がある。方向目標として、. 自己責任や生きるカなどが提示されることは悪いことではない。けれども、たとえ ば「『生きるカ』を育てるために内容教科である社会科でなすべきこと」が明示され なければ、結局はかけ声だけで終わる恐れがある。. 以上の結果から、「経済を通して社会がわかる(社会認識)」ことや「経済教育を. 通じて市民的資質を育成する(社会科経済)」ことを目標に据えた研究が、ほとんど なされていないことが明らかになった。. そこで次項では、経済教育の目標を明らかにする。. 2 経済教育の目標 経済教育の目標は、子どもに経済学の成果を理解させることではない。経済学の. 視点2と理論3を用いて社会変動4を明らかにすることが、r経済を通して社会がわか る」経済教育の目標である。. 9.
(13) 第1章第1節. 《第1章第1節の註および引用文献》. 1マイケル・W・アップル「公的知識をめぐるポリティックスーナショナル・カリキュラムの意味を問う」 マイケル・W・アップル、ジヱフ・ウィッティ長尾彰夫共著『カリキュラム・ポリティックスー現代 の教育改革とナショナル・カリキュラムー』東信堂、1994、p.5 2私たちが物事を認識する際には、一定の視点が必要である。中久保邦夫氏は「一定の視点を持つことで (中略:引用者)構造や秩序、意味が見えてくる」(中久保邦夫「科学方法論における展開」角村正博編 『経済学の方法論と基礎概念璽目本経済評論社、1990、p,7)と述べている。一定の視点から社会事象を 分析することは、子どもの社会認識の形成を図る上でも必要である(岩田一彦「社会事象の比較と社会 認識の育成1『教育科学杜会科教育』Nα234、明治図書、1982年9月号、p.116)。つまり、視点を設定 することは教材選択の論理であると同時に、生徒が授業において社会事象を探究する際にも欠かせない。 また、見るということは、「対象の見えやその変化のあり方のなかに自分の視点の位置やその動き方の情 報が含まれており、それを知覚するということ」(宮崎清孝・上野直樹『認知科学選書1 視点咽東京大 学出版会、1985、pp.8r82)である。このことは、r社会を認識している自己の位置を相対化」し、r認 識内容の科学化を図る」(岩田一彦『社会科固有の授業理論・30の提言』明治図書、2001、p.84)上で も重要である。. 3原田智仁氏は、理論とは「実在するものではなく、諸事象の関連を説明する仮説であり、その説明仮説 は何らかの問いを探求してゆくことによって生まれる」(原田智仁『世界史教育内容開発研究一理論批判 学習一』風間書房、2000、p.98)と述べている。つまり理論は「真でも偽でもな」(ラカトシュ、村上陽 一郎他訳『方法の擁護』新曜社、1985、p.158)く、「複雑な事象を簡潔に記述するための道具」(シュン. ペーター、大野忠男他訳『理論経済学の本質と主要内容』岩波書店、1984〉に過ぎない。 なお、「概念」ではなく「理論」の語を用いるのは、概念的知識(注15参照)との混同を避けるため である。また理論が「事象に対して投げかける質問を引き出し」(棚橋健治「社会科カリキュラム開発に おける‘1構造”概念について』目本社会科教育研究会『雀襯第31号、1983,p.60)、かつ「『発 見促進能力』をもっている」(ラカトシュ、村上他訳、前掲書)という意味合いを含んでいる。 4草原和博氏は、科学的仕会認識を形成する総合社会科学研究の内容のまとめとして「地域の社会構造・ 変動を解釈させる『総合的社会科学研究血を挙げている(草原和博『地理教育内容編成論研究一社:会科 地理の成立根拠』風間書房、2004、pp.407・408)。また、原田智仁氏は人間行為の意味を規定する「時代 (社会)の構造や特質」に社会認識教育の内容の中核をおいている(原田、前掲書、p.124〉。このよう に、r社会がわかる」とは社会を客観化し構造として再構成することであるが、現在進行中の現代の構造 をつかむことは容易ではない。富永健一氏は、社会構造が変動するとき、すなわち社会変動の中でこそ、 社会構造が明ら魁こなると述べている(富永健一『社会学講義』中央公論社、1995)。これらのことから、 社会変動は『社会がわかる」社会科授業の内容として成立しうる。. 10.
(14) 第2節 経済教育内容編成の論理 前節では、経済学の視点と理論を用いて社会変動を明らかにすることが、「経済を通 して社会がわかる」経済教育の目標であることを明示した。. 本節では、経済教育の内容編成について検討し、経済教育内容編成の論理を明示す る。教育内容とは、学問の成果そのままではない1。学問の成果は、教育の論理によ. って組みかえられなければ、教育内容として機能しない。従って、教育内容選択の基. 準と、学問の成果を教育内容としてどのように組みかえるか、組みかえの論理が問題 になる。. 本節の研究方法は以下の通りである。. (1)アメリカ醗の‘National Standards’と日本の学習指導要領の比較を行い、問 題点を明らかにする。 (2) 目本における「経済教育」内容編成の先行研究について分析し、問題点を明らかに する。 (3) (1)、(2)を受けて、経済教育の内容編成の論理を明示する。. 罵のカリキュラムや教材を日本に紹介したものとしては、猪瀬武則氏の一連の研 究2がある。しかしこれは、日本の学習指導要領の特色を明らかにするための研究で はない。学習指導要領についての研究には、工藤文三氏の研究3がある。これは高等. 学校公民科の性格を項目の選択と配列の特徴から明らかにしたものであり、「経済教 育」で形成される社会認識の内実については検討されていない。. 1 アメリカ鵬圧と比較した日本の「経済教育』内容編成の特色 アメリカでは周知のように、国家の示す学習スタンダードは存在しない。代わり にそれぞれの学問団体がスタンダードをつくり、教師向けのセミナーを行っている。. それらのなかで経済教育を推進している団体が全米経済教育協議会(Nati・na1 ㏄uncil onEconomicEducation、以下、NCEE)である。ここでは、NCEEの‘National. Standa:rds4’(以下、Standards)と日本の平成10年度版中学校社会科公民的分野. の経済領域の部分(以下、公民的分野)を比較し、日本の「経済教育」の内容編成 の特色を明らかにする。. 11.
(15) 第1章第2箇. {11鵬圧と’Natbnal Standards’について. 岩田年浩氏と山根栄次氏はアメリカのJαE(JbintCoun姐onEoono血 Educa肋n、全米経済教育合同協議会5)が発行している「マスター カリキュラム. ガイド」シリーズの“A㎞eworkjbrTe擾chi㎎theBasjcConcepts,S㏄onα Edi叢ionl’(1984年)を翻訳、紹介している6。. そこには、「経済教育」の目的は次のように述べられている7。 生徒が効率的に意,思決定ができ、責任ある市民となる準備をすることである、 と私たちはとらえている。. また、そのための「経済教育」の原理として、以下の5点が示されている。. (表1覗一1)」偲Eによる「経済教育」の原理. ● 経済学の基本概念の習得. ●経済学の原理的な概念がどのように相互関連を持っているかの理解. ●経済の構造の理解 ● 主要な経済的関心事(公的なものも私的なものも含む)についての知識 ●合理的に経済的意、思決定をおこなう訓練 全米経済教育合同協議会編岩田年浩・山根栄次訳『経済を教える・経済を学ぶ』. ミネルヴァ書房、1988,pp.20・21より筆者作成 これだけを読むと、アメリカの「経済教育」も日本の公民的分野も大差ないよう に思われる。ちなみに、公民的分野の目標は以下の通りである。. (表1r2r2)日本の公民的分野の旧標 (1)個人の尊厳と人権の尊重の意義(略). (2) 民主政治の意義、国民の生活の向上と経済活動とのかかわりおよび現代の. 社会生活などについて、個人と社会とのかかわりを中心に理解を深めるとと もに、社会の諸問題に着目させ、自ら考えようとする態度を育てる。 (3) 国際社会(略). (4)現代の社会的事象に対する関心を高め、様々な資料を適切に収集、選択し. て多面的・多角的に考察し、事実を正確にとらえ、公正に判断するとともに 適切に表現する能力と態度を育てる。 (文部科学省『中学校学習指導要領社会』公民的分野 より筆者作成). 12.
(16) 経済教育内容編成の論理. ところが実際のr経済教育」の内容は日米間で大きく異なっている。. NCEEによるStandardsのStandard1∼20と4年生、8年生のベンチマーク を(資料1・2)に示す。. Stand曲を構成する20の概念を、(表1−2⑤に示す1。. 147912151820. (表1牙3)‘N曲nalS舳ds’を橘城1する概念. 希少性 2 限界費用・限界効用 3 財やサービスの配分. 刺激の役割 5 貿易による効用 6 特化と貿易 市場一価格と数量の決定 8 市場システムにおける価格の役割. 競争の役割 10経済制度の役割 11貨幣の役割 金利の役割 13 所得を決定する資源の役割 14 効用と起業家. 成長 16 政府の役割 17政策評価への効用/費用分析の使用. マクロ経済一収入/雇用、価格 19失業とインフレーション. 財政/金融政策. 〔灘翻瑠on撫礁諏狸薯響〕 現在、NCEEのHPに公開されているstand舳の内容は、「経済学の本質的原理 に基づいている」と述べられているだけで、その構造は示されていない。岩田氏と山. 根氏が紹介している“A hameworMbr Teachi㎎the Ba曲Concepts,Seoond Editbn!’は22の概念を、基礎的概念、ミクロ経済学の概念、マクロ経済学の概念、国. 際経済学の概念に分類してはいる8ものの、それ以上の構造化はなされていない。. Standardsに示された20の概念のうち、公民的分野でも学習することになってい るのは、以下の5つである。. 1希少性 3財やサービスの配分 8 市場システムにおける価格の役割 10 経済制度の役割 16政府の役割 それぞれ、公民的分野の内容を(資料1・2)の中に吹き出しで示している。. (2) NCEEとの比較からみた、日本の学習指導要領の内容の特色. NCEEにはない、日本独自の経済領域の内容を次ぺ一ジ(表1一肘)に示す。 また、(表1・2・4)をその内容にもとづいて整理したものが(表1%)である。. 13.
(17) 第1章第2節 (表1−2−4)日本独自のr経済教育」の内容 (ア) 身近な消費生活を中心に経済活動の意義を理解させる. (イ) 社会における企業の役割と社会的責任について考えさせる (ウ) 社会生活における職業の意義と役割 (エ) 勤労の権利と義務 (オ) 労働基準法の精神. (カ) 栓会資本の整備、公害の防止など環境の保全、消費者の保護、国民の納税の義務につい. て理解させる (キ〉 財政について考えさせる. 文部科学省『中学校学習指導要領社会』公民的分野 と Na加nal Coum涯 on Econo血c Educatめn‘NatbnalSta血ds”との比較より筆者作成. (表1・2・5)日本独自のr経済教育』の内容の整理. ①経済活動の意義 ①身近な生活における経済の意義 ②政府の経済活動(財政)の意義 ② 経済主体の役割と責倒こついて. ①個人について (ウ)職業の意義と役割、(エ)勤労の権利と義務、. (カ)国民の納税の義務 ②企業について (イ)社会における企業の役割と社会的責任. (オ)労働基準法の精神 (3)経済の課題 (カ)社:会資本の整備、公害の防止など環境の保全、消費者の保護 ((表1脅4)をもとに筆者作成〉. これらの表から、アメリカの「経済教育」が近代経済学の成果を教えることを目. 的としているのに対し、日本の公民的分野は社会機能的な学習内容構成であること. がわかる。つまり、公民的分野の目標は、経済学の成果を教えることではない。わ たしたちの生活を支えている経済の働きについて理解させることを目的としている。. また、現実の社会で生起している経済の諸問題を内容として取り上げていることも 特色である。. 14.
(18) 経済教育内容編成の論理. また、日米両国とも経済を「経済騨蜘として教えることにとどまっており、「経 済を通して社会がわかる」経済教育は重要視されていない。. 2 日本における「経済教育」内容綿成の先行研究 第1章第1節で分析した「経済教育」先行研究から、「経済教育」の学習内容や指 導方法について論述してあるものを抽出した。 具体的には、「教科書内容構成案」、「学習されるべき概念」、「単元構成モデル」が 提案されている(下の(図1−2−1)参照)。. 一﹁. a学習内容・指導方法の提案 a−1教科書内容構成案の提案 a−2学習されるべき概念の提案. a−3単元構成モデルの提案. bその他. b−1情報提供のみ. 「二. br2問題提起のみ (図1−2−1) 「経済教育」研究法の具体的戦略. r教科書内容構成案」では、r経済主体包摂一統括一関連型の教科書内容構成(42)」. が提案されている。この研究は、学習指導要領を完全に前提としている。. r学習されるべき概念の提案jとはr『もうけ・科益1という見方・考え方は、経 済的見方・考え方のもっとも基本であり、かつ本質的なもの(41)」とする研究や、. アメリカ」㏄Eのr‘捻sterCu皿iculumGuideinEcon㎝ics,Ec㎝omics:冊latand When,Scope and Sequence,K−12”を日本でも適用する(43)」ことを提案している. 研究である。また『新しい経済教育のすすめ』9はr稀少性」を重要な概念として いる。. 単元構成モデルは「子どもたちの素朴な疑問と結びつき、現状や政策に関連した 教材を用いる(13)」、「ロールプレイやシミュレーション(32)」を用いる疑似体験型、 「意、思決定アプローチ(3)」などがある。. 以上の検討から、目本の「経済教育jの先行研究の問題点として、目標一内容一. 15.
(19) 第1章第2節 方法を貫く授業設計論がないことがあげられる。. つまり、教育内容に関する先行研究で提案されている学習されるべき概念は、経 済学の成果から導き出されている。反対に、指導方法である単元構成アプローチは、. 子どもの生活経験を押し広げることに重点が置かれている。. 経済教育に関する研究で、目標一内容一方法を貫く授業設計論の構築が求められ ている。. 3 経済教育内容編成の論理 これまで、アメリカN(}EEと日本の学習指導要領の公民的分野の比較や、日本 における「経済教育」の内容編成に関する先行研究の検討を行ってきた。その結果、. 次のような問題点が明らかになった。. (1)経済をr経済科教育」として教えることにとどまっており、r経済を通して祉会 がわかる」経済教育は重要視されていない。 ② 経済教育の目標一内容一方法を貫く授業設計論がない。 以上の検討を踏まえて、経済教育の内容編成の論理を述べる。. 問いは2つである。1つは、経済学の何が教育内容に値するのカ㌔経済学の成果 と探究の方法が教育内容であり、その選択の基準は合理性と説明力の高さであるこ とを示す。2つめは、なぜ経済学なのカ㌔分析的学問を学ぶ意味である。. まず、1つめの問いに答えることにする。 「経済を通して社会がわかるj経済教育の内容は、子どもの生活経験を押し広げ ることではない。子どもたちは現実に経済社会の中に生活しており、「お金は大事だ」. 「お金さえあれば何でも手に入る」といった、子どもなりの経済認識を獲得してい. る。これら既有の経済認識を批判的に吟味・検討し、科学的なものにしていく過程 が「経済を通して社会がわかる」経済教育である。つまり、経済教育の内容は、科 学の成果から導き出される。. もちろんポパーが看破したように、すべての科学理論は仮説にすぎず、実証不可 能である。その意味では子どもが有している常識的な経済認識も、科学の成果とし ての経済認職も変わりがない。しかし科学の成果としての経済認識は、より説明力 の大きな知識であり、未知の事象にも適用可能で、より前進的な間いを生み出す知 識である。. 16.
(20) 経済教育内容編成の論理. 科学で最も重要なことは「反証可能性」である。経済教育の教育内容は、命題を 「資本主義とは利潤を求める経済活動である」などと明示する。このことにより、 反証の余地を残す。. また、このような科学的見方を探究させることは、決して子どもの実態を無視す るものでもないし、科学的知識の注入でもない。重要なのは、学ぶプロセスの主体. 性のみならず、学んだあとでの主体性、っまり知識をどのように使い、ある知識を 学んだあとに世界がどう広がるか、である。. それでは、経済学という分析的学問を学ぶことにどういう意味があるのか。2つ めの問いに答えることにする。. 経済学は、政治学、社会学などと同様に分析的個別社会科学の一つに過ぎない。. しかし、分析的科学であるからこそ、多様かつ複雑な現実を分析・抽象化・r般 化してモデルをつくり、様々な情報を組みこむことができる10。また、経済学者の 視点と理論の知的性格を保ったまま、教育内容として編成することができる11。. 私たちが物事を認識する際には、一定の視点が必要である。中久保邦夫氏は「一 定の視点を持つことで(中略=引用者)構造や秩序、意味が見えてくる」12と述べ ている。一定の視点から社会事象を分析することは、子どもの社会認識の形成を図 る上でも必要である13。つまり、視点を設定することは教材選択の論理であると同. 時に、生徒が授業において社会事象を探究する際にも欠かせない。また、見るとい うことは、「対象の見えやその変化のあり方のなかに自分の視点の位置やその動き方. の情報が含まれており、それを知覚するということ」Mである。このことは、r社 会を認識している自己の位置を相対化」し、「認識内容の科学化を図る」15上でも 重要である。. 経済教育の内容編成の論理としての理論16は、合理性と説明力の商さを指標に選 択される。たとえば、経済教育研究会17は「稀少性」を、山根栄次氏18は「もうけ、. 禾1曲を理論として選択している。. つまり、「経済を通して社会がわかる」経済教育では、経済学の視点と理論を、社. 会事象を探究する手段として用いる。その分析の結果得られた知識を、関係づけ、. 構造化することで、社会構造を明らかにすることができる。社会構造とは、社会変 動とともに富永健一氏がマクロ社会学の中心概念としてあげている概念である19。. 原田智仁氏は、人間行為の意味を規定する「時代(社会)の構造や特質」に社会. 17.
(21) 第1章第2節 認識教育としての歴史教育の教育内容を述べている。原田氏は、事件史と構造史の. 理論的性格を明らかにし、構造史理論の意義を、歴史を長期持続のシステムないし 均衡ととらえること、事件史理論の意義を構造から構造への移行の原理を明らかに したことであると述べ、社会認識における構造把握の重要性に言及している20。ま た草原和博氏は、科学的社会認識を形成する総合社会科学研究の内容のまとめとし て「地域の社会構造・変動を解釈させる『総合的社会科学研究』」を挙げている21。 このように、「社会がわかる」とは社会を客観化し構造として再構成することである。. しかし、現在進行中の現代社会の構造をつかむことは容易ではない。富永健一氏は マクロ社会学の中’蔭概念として社会構造と社会変動を挙げ、社会構造が変動すると. き、すなわち杜会変動の中でこそ、社会構造が明らかになると述べている22。 このように社会変動は、社会を総合的に把握するのに有効な視点である。. それでは、r経済を通して祉会構造がわかる」授業とは、どのような経済学の視点 と理論にもとづくのだろうか。. ①対象を探究する経済学の視点…お金の流れ 社会認識の梓組みとして、お金の流れという視点が有効である。お金は、社会を. 流れ動いて社会に活力を与える血液に喩えられる23。同時に、経済学とは、お金の 流れを通して、人と人、人と社会、社会と社会の関係を見る学問である。. また現代社会は、お金の流れが世界経済のリーディング・ファクターとなってい る24。お金の流れを通して、私たちがどのように相互依存と競争を繰り返している のかを、生徒に具体的につかませたい。. ②対象を説明する経済学の理論…競争と相互依存 人は、お金の流れを基盤にした資本主義経済のなかで、利潤を求めて行動する。. 資本主義経済の特徴は、分権的ということである。だれしもが他の人が生産する財 やサービスと自分が生産する財やサービスを交換しながら生活している。また、利. 潤を最大化するために、自分の生産する財やサービスと競合する財やサービスを生 産している人と、競争しながら生活している。社会は、人問同士の競争や相互依存 としても記述できる。. このように「競争と相互依存」は、市場環境とその中での経済主体の行動を分析 する経済学の概念である。同時に、初期社会科から受けつがれている、人と他の人 との関係、人間と自然環境との関係、個人と桂会制度や施設との関係を理解する上. 18.
(22) 経済教育内容編成の論理. での、社会科内容編成の重要な論理の1つである。. 本節では、現在の「経済教育」の内容構成の問題点を明らかにした。また、経済 教育は、経済学の成果であるより説明力の大きな、未知の事象にも適用可能で、よ り前進的な問いを生み出す知識を獲得する過程であることを明示した。. 《第1章第2節の註および引用文献》. 1宮原武夫氏は教育内容とは「教師が教えたいことで、現代科学の成果として明らかにされたr般的、基 礎的な概念や法則の体系で、それをすべての子どもに理解可能な順序で再構成したもの」(宮原武夫『子 どもは歴史をどう学ぶか』青木書店、1998、p.68)であると述べている。宇佐美寛氏も学習者の解釈内. 19.
(23) 第1章第2節. 容と情報結合を重視し、「『教科内容』に先立つ『知識の体系』を論じる文章はスローガンでしかない。 …解釈内容における情報結合のすじ力弐なるべく広く遠く発展するような状態を具体的に論じ、それとの 関係で『教科内容』を評価するべきである」(宇佐美寛『教育にとって「理論」とは何か』明治図書、1978、 p.47)と述べている。. 2猪瀬武則 (1)「米国経済教育のカリキュラム論争一全米経済教育合同協議会の1984年版『フレームワ ーク』をめぐって一」全国社会科教育学会『社会科教育』第49号、1998、pp・51・60、②r経済教育の カリキュラム内容について(1)一道具主義と社会的合意一」『弘前大学教育学部紀要月第81号、1999、 pp.29・37、(3)r社会科における環境学習一米国の環境教育における経済教育排除論争一」社会認識教育. 学会編『祉会科教育のニュー・パースペクティブ変革と提案』明治図書、200&この中で猪瀬氏はr経 済教育は、何のために、何を、どのように教えるのか(1〉」、「社会科において、経済教育はどのような位 置を占めるものなのか(3)jという問題提起を行っている。研究の成果として、経済教育の内容構成につ いて「異なる経済理論に対して規約主義による統合を図ること、社会との合意によりカリキュラム構成 の必要性などの視点を導き出し(2)」ている。しかしこの研究は猪瀬氏自身も認めているとおり、「犀子ど も』という被教育者の視点が必ずしも十分には検討されなかった」、r日本においては学習指導要領の策 定や前提を無視してカリキュラム構成を論じることはできまい」、「経済教育の目標をどのようなものに するのかということに関しては、…(中略引用者)…導き出すための方法や手段をますます具体化しな くてはならない」(以上(2))などの課題がある。. 3工藤文三「我が国公民教育の歩みからみた高等学校公民科の性格(1)」. 4Nadbna1Co㎜岨onEoDno血cEd㏄ぬon(全米経済教育協議会)HPhtΦ:酒㎞.noge.net 5NCEEは、JCEEの後続団体である。 6全米経済教育合同協議会編岩田年浩・山根栄次訳雁済を教える・経済を学ぷ』ミネルヴァ書虜、1988 7砺匠、P。14 8.伽ば. 9経済教育研究会編『新しい経済教育のすすめ』清水書院、1997 10湯川秀樹・梅樟忠夫『人間にとって科学とは何力岨中央公論社、1967、p・4&この対談の中で湯川氏は また、科学とは「納得させるという機能を果す」とも述べ、教育内容・方法としての分析の有効性にも 言及している。. 11草原和博『地理教育内容編成論研究一社会科地理の成立根拠1風間書房、2004、p,400 12中久保邦夫「科学方法論における展開」角村正博編濫経済学の方法論と基礎概念』日本経済評論社、1990、 P.7. 13岩田一彦「社会事象の比較と社会認識の育碗『教育科学仕会科教育』N6.234、明治図書、1982年9 月号、p.116 14宮崎清孝・上野直樹『認知科学選書1 視点』東京大学出版会、1985、pp.81・82. 15岩田一彦『社会科固有の授業理論・30の提言』明治図書、2001、p.84. 16本論文におけるr理論」の意味づけに関しては第1章第1節註3(p。10)参照・ 17経済教育研究会編『新しい経済教育のすすめ』清水書院、1997 18山根栄次「小学校における経済的見方、考え方の指導(1)」『熊本大学教育学部紀要人文科学』第 33号、pp.23・39、1984 19富永健一『社会学講義1中央公論社、1995 20 原田智{二、 肖㈱、 2000 21 草騰、 肖鵜菩、 騨]翻、 2004、pp.407。408. 22富永健一『社会学講義到中央公論社、1995 23全国鋤ヲ協会HP(hαp:A㎞w.morebankg臨jp) 24P Fドラッカーは、世界経済の構造の基本的変化として、次の3つを挙げている。(D一次産品経済が 工業経済から分離した、⑫)工業経済において生産が雇用から分離した、③財・サービスの貿易よりも 資本移動が世界経済を動かす原動力となった。(PEドラッカー 上田惇生他訳『マネジメント・フロ ンティア』ダイヤモンド仕、1986、p.27). 20.
(24) 第∬章 岩井克人氏の経済認識. 前章では、「経済を通して社会がわかる」授業で獲得される知識は、より説明力の大き. な、未知の事象に適用可能で、より前進的な問いを生み出す知識であることを明らかに した。したがって教育内容としての経済認識のモデルも、説明力が大きく、かつ、様々. な情報を組みこむことのできる理論でなくてはならない。以上の条件を充たす経済認識 として、岩井克人氏の経済認識を取り上げる。. 本章の目的は、岩井克人氏を取り上げる意義を検討し、岩井氏の経済認識を抽出する ことである。さらに、モデル化された認識を教育内容編成の論理として使用することの 妥当性を検討する。. 第1節 岩井克人1氏を取り上げる意義 本節では岩井克人氏の経済認識を取り上げる理由を述べる。すなわち、モデル化す る社会認職の内容として、なぜ岩井克人氏の経済認職を選択するのかを明示する。. 第1章で明らかにしたように、授業内容として構造化する内容は科学的な内容であ ることが必要条件である。すなわち、社会諸科学が認識の手段としてつくりあげた理 論の構成要素をモデル化して示していくことが必要である。. 社会の流れは「前近代→近代→ポスト近代」という用語で説明される。従来、前近 代と近代の間には、大きな隔絶があるとされてきた2。岩井氏は、「複数の価値体系の. 差異を仲介することで、利潤を創出することが資本主義の基本原理である」という経 済学の命題を議論の出発点として、社会変動を「商業資本主義→産業資本主義→ポス ト産業資本主義jという経済体制の変化から説明する。社会変動を経済学の視点から、. 一つの流れとして説明したところに、岩井氏の功績がある。したがって、氏の経済認. 識をモデルという形で構造化して、意図的に社会科の教科内容に組みこむことは、科 学的な社会認識形成において重要である。. なお、一人の経済学者の経済認識を、教育内容の中核として据える前に検討してお くべきことがある。具体的には、以下の2点を検討する。. 21.
(25) 第n章第1節. 討 検 榊. 雌. 灘. 翫 欄幟. のを. 繍綻. ①②. 1 教育の中立性の検討 社会を意識・観念の構築物としてとらえ、多様な知、多様な見解を認める構築主. 義による授業設計を唱える学説3がある。この学説によれば、一人の経済学者の経 済認識を教育内容の中核として据えることは、「ある研究者が示した社会問題の解釈. を教えることを目標にするため、事実認識はクローズドエンド4」であると批判さ れる。しかし、この学説には、次の問題点がある. ・授業設計の困難さ ・言語上のゲームに過ぎず、生徒をただの理論の選択者にしてしまう可能性 ・ どうやって単元のテーマを設定し、生徒に提示する言説を選ぶのかが明示されな い. ・生徒が対象化しているのは、その社会事象について述べている個人の見解であっ て、社会事象そのものではない. 生徒は日常生活の中で、新聞、テレビ、インターネットで流される多くの情報・ ニュース・言説に接し、rお金は大切である」、rお金さえあれば、何でもできる」と. いう素朴な理解をしている。それらの言説の背景にある社会構造こそが、学校で行 う社会科の授業の内容として構成されるべきである。. また、科学的認識の場合は、反証可能性を示すことができる。すべての理論は仮 説に過ぎない。従って理論の教え込みを防ぐためには、その理論の反証可能性を示 す、換言すれば前提を生徒に明示する必要がある。科学的認識を教育内容とする立 場はその条件をクリアできる。. 2 特定の経済学を中核にした過去の社会科の検討 1960年代、社会的・、思想的対立を背景に、様々な社会科論、実践が展開された。. その中の一つに、マルクス経済学を中核にした教育科学研究会の実践がある。久津 見宣子氏はその中心的な実践家で、「ものをっくる授業」で注員を集めた。. ここでは、久津見氏の授業観、教育内容、方法に対する諸氏の批判を取り上げ、. 22.
(26) 岩井克人氏を取り上げる意義. 一人の経済学者の経済認職を、教育内容を構成する中核として据えることの是非を 検討する。 (1)教育観に関する批判. 原田智仁氏は次のように述ぺ、久津見氏の教育観を批判している。5 論理的にいかに一貫していても、他者の批判に対し開かれていなければその論理は空しい。(中 略:引用者)授業を通して吟味・検討可能な理論一ここでは、国家成立に関する理論であろう一を問. うのでなければ、授業の科学化は望めない。ところが、この授業では会の理論体系を絶対視した上 で、ものつくりという教授翼学習活動を選択している。. これは、ある特定の経済認識を中核として教育を行うことへの批判というよりも、. 他者の批判に対して閉ざされていることへの批判であろう。科学で最も重要なこと は「反証可能性」である。すべての認識や理論は仮説に過ぎない。ポパーは、「ある. 理論が『科学的』と言えるのは、その理論を反証するような決定実験(決定観察事. 実)が予め特定できるものであるときであり、そうした『潜在的な反訪1』を特定 し得ないような理論は、疑似科学的」6であるとした。本研究は経済学の命題を、 例えば「資本主義とは禾[燗を求める経済活動である」というように明示する。これ により、反証の余地を残している。. (2)教育内容に関する批判. 村井淳志氏は次のように述べ、久津見氏の設定する教育内容を批判している7。 あり余る食糧と耕作放棄された農地を見慣れた私たちは、過去の人々の生産努力や耕作権拡大闘 争に興味をもてるだろうか。(中略:引用者)やや乱暴だが、現代の子どもが歴史学や社会科学に問. いたいと切実に願っていることを推定すると、少なくとも衣食住がどのように生産されてきたのか とか、国家の本質とは何かなどではなくて、例えば幸せとは何か、平等とか、公平とはどういう状 態のことか、生死とはどういうことかという問いであり、それとの関わりで、学歴、貨幣、男と女、. 家族、生と死に関する歴史が知りたいということではないだろうか。. この村井氏の主張は、一見、いわゆるr社会科学科」からr社会問題科」への転 換の主張であり、教育内容選択の問題であるように見える。しかし、その背景にあ るのは、「社会科の教科目標は何か」という問題である。佐長健司氏は、「学習者の. 生活に密接な問題】を学習内容とする社会科をr生活主義社会科」と呼び、「社会的. 23.
(27) 第H章第1飾 な問題であっても個人的生活の視点から取り上げる。そのため問題の個人化を招く」. と批判している8。村井氏はこのような主張をするのであれば、氏の提案する社会 科が、「個人的な樒llの擁護や利益の獲得が目指され」るにすぎないという佐長氏の 批判に、答える必要がある。. (3〉教育方法に関する批判. 宮原武夫氏は次のように述べ、久津見氏の教育方法を批判している。9 系統学習『人間の歴史』の弱点は、教材は体験的だが、教育内容は注入的であったこと、教材か ら論理を組み立てる,思考の過程が教師主導になってくることであった。事実認職は子どもに体験さ. せたが、関係認識は教師が与えようとしたため、子どもが関係認識を発見する過程は省略されてし まったのである。. この宮原氏の主張は、教育内容に関する問題というよりも、教育方法の問題のた め、閉ざされた社会認識形成になっているという批判であろう。生徒の開かれた社 会認識形成を保障する授業設計を行う必要がある。. 以上の検討から、一人の経済学者の経済認識を、教育内容を構成する中核として 据えることの是非は、教育内容の問題ではなく、教育方法として、授業をどのよう に設計するかの問題であることが明らかになった。. 《第纏章第1節の註および引用文献》. 1岩井克人氏は、1947年東京生ま糺東京大学経済学部教授・専門ば理論経済学。 2前近代と近代の問は、政治、経済、文化の面で明確に区別可能であると門般に考えられている。これら の言説によれば、近代は、理性の勝利、人権の確立という大きな物語(グランド・ナラティブ〉で語ら れる。. 3例えば、渡部竜也「アメリカ社会科における社会問題学習論の原理的転換一『事実1を知るための探求 から自己の『見解』を構築するための探求へ一一」日本教育方法学会紀要『教育方法学研究』第29巻、2003、 pp.85・96. 4渡部竜也「アメリカ社会科における社会間題学習論の原理的転換一『事剣を知るための探求から自己 の『見解』を構築するための探求へ一」日本教育方法学会紀要『教育方法学研究』第29巻、2003、pp.85・96、. P.86 5原田智仁『世界史教育内容開発研究一理論批判学習一3風間書房、2000、p.25 6イムレ・ラカトシュ、村上陽一郎・井由弘幸・小林傳司・横山輝雄訳『方法の擁護一科学的研究プログ ラムの方法論』新曜社、1986、pp.5・6. 7村井淳志『学力から意嚇』草土文化、1996、pp。145・146 8佐長健司「社会科授業の民主主義的検討」全国社会科教育学会『社会科研究1第59号、2003、pp.21・30 9宮原武夫『子どもは歴史をどう学ぶか』青木書店、1998、p.27. 24.
(28) 第2節岩井克人氏の経済認識のモデル化 本節では、「お金の流れ」を分析視点として岩井氏の著作を分析し、氏の経済認職の モデルを明示する。中でも、「お金の流れから社会を見る」ことを考えるとき、重要に なるのが社会変動に関する認識である。. モデル化の方法は、以下の通りである。. ①岩井克人氏の著作を分析し、経済学の命題を抽出する。. ②命題間の関連を整理し、構造化を行う。 ③①、②の結果、岩井克人氏の経済認識のうち、「貨幣に関する認識」、「資本主義. に関する認識」、r社会変動に関する認識jの3つが抽出、構造化された。. 1 岩井克人氏の貨幣に関する認識. 本項では、岩井克人氏の経済認識のうち、「貨幣に関する認識」を命題化し、構造 化して示すことを目的とする。まず、岩井氏の貨幣に関する認識を命題化する。. 私たちは貨幣を用いて商品を購入し、購入した商品を消費することで生活してい る。それでは、商品と貨幣の交換が成立する要件は何か。. 岩井氏は、貨幣の定義と機能について、次のように述べている。. 貨幣は価値の担い手であり、それゆえに、商品と貨幣との交換が可能になり、商 品が商品として成立する(A−1∼Ar3)。 貨幣は、ひとたび流通のなかに投じられたならば、もはや…交換価値の担い手としての意味しか なくなる。1. 貨幣以外のすべての商品は、貨幣との直接的な交換可能性を媒介にしてはじめて、おたがいがお たがいどうしと間接に交換可能な存在になる。どの商品も貨幣との直接的な交換可能性をもたなけ れば、他のどの商品とも交換可能牲をもっことができない。2. ここで、貨幣の機能について1っの帰結が導かれる。 貨幣は具体的に価値をもつものでなくてもよい(Ar4)。. 25.
(29) 第n章第2節 岩井氏は、次のように述べている。 商品世界のなかで個々の商品というのは、まず生産されて貨幣に買われ、買われたとたん今度は 消費物や生産の手段となってつかわれて、商品世界から消え去ってしまう。ところが、商品世界の なかで商品に価値をあたえる『貨幣』というものは、商品世界に残りつづけるわけです。つまり、 『貨幣』というのはつねに媒体としてしか役をしないわけで、一度も商品世界から出ない。そうす. ると、『貨幣』というものは、先ほど『モノ』だといいましたけれど、しかしそれ自身は具体的商 品である必要はまったくないモノなんですね,3. じっさい、我々が目々市場で使っている貨幣は、…それ自体ではなんの商品性ももっていないも のでしかない。だ力宝、それにもかかわらず、これらのものの数にも入らないモノが鋳貨として紙幣. としてエレクトロニック・マネーとして流通することによって、モノとしての価値をはるかに越え. る貨幣としての価値をもつことになるのである。4. ここから、価値の担い手である貨幣の特徴として、次の4つが導かれる。 貨幣共同体の存在を前提する。シニョレッジをもつ。流通することに意味がある。. 価値の保蔵手段となる俳5∼ル8)。. r貨幣共同体」とは、同一の貨幣を共有することによってむすばれる人間の集団 である。後述のように貨幣にはシニョレッジがあるため、円の貨幣共同体でない人々. に一万円札を差し出しても、それはただの紙切れに過ぎない。貨幣共同体とは、利. 害の一致にもとづいて合理的に形成される社会的関係としての利益社会 (Gesellshaft)である。. しかし、貨幣共同体のばあいには、貨幣を貨幣として使うというひとびとの行動 に先行するなんらの桂会的事実も存在していない。貨幣共同体を貨幣共同体として. 成立させているのは、ただたんにひとびとが貨幣を貨幣として使っているという事 実のみなのである。5. つまり、貨幣共同体の中で人々は相互に理性的な相互作用をする。しかし、貨幣 共同体を構成する人々はオーガナイズされておらず、成員と非成員の鴎lJがはっき. りしているわけでもない。貨幣共同体は、富永氏による「マクロ準社会6」の一例 である(A−5)。. また、シニョレッジとは、「鋳貨の額面と実質的価値の差額7」である。貨幣期. 26.
(30) 岩井克人氏の経済認識のモデル化. 体の内部では、価値の担い手としての貨幣が流通している。ところが貨幣は、「モノ. としてはたんなる金属片や紙切れや電磁波でしかない8」。. 実際の貨幣は、モノとしての価値をはるかに上回る価値をもつ。このときに貨幣. の額面と実質的価値の差額は、そのまま貨幣発行者の利益である俳6)。. したがって貨幣は、流通することに意味がある@7)。岩井氏は次のように述べ る。. 貨幣を流動的な価値の保蔵手段としてしばらく保有しておくことはできる。だが、その貨幣を手 に入れるために以前売りさばいた商品の価値をすべて無駄にしてしまわないためには、その貨幣を いつの目にかにだれかに貨幣として受けとってもらわなければならない。9. これまで述べてきたように貨幣とは、大きなシニョレッジを含む、それ自体では モノの数にも入らないモノでしかない。貨幣の価値は、貨幣があればどんな商品で も手に入るという流動性にある。したがって、rひとびとは、いつとは知れない将来. にどれとは決めていない商品を買うために、しばらく貨幣を保有していようと思う 10 。ここで貨幣は、価値の保蔵手段となる(A,8)。. しかし、私たちは流通することにしか意味がない、価値の保蔵手段をわれわれの 欲望の媒介としてみなすようになる。 貨幣とは、欲望の媒介である(A【9)。. 岩井氏は、次のように述べる。 貨幣が商品から区別されるのは、まさにここにおいてなのである。商品のばあいは、たとえそれ が売り手にとってはまったく無価値であったとしても、買い手にとっては有用なモノとしての価殖 をもっている。それだからこそ、買い手は貨幣を支払って商品を買い、それをじっさいにモノとし. て使うのである。たしかに商品の佃植を支えているのは他人の欲望であるが、その他人にとっては その欲望はじぶん自身の欲望なのである。それにたいして、貨幣の場合は、それをほかの人間にあ たえようと思っている買い手にとってだけでなく、それを買い手からうけとろうと思っているその ほかの人間にとっても、モノとしてはまったく無価値である。貨幣の価値を支える他人の欲望じた. いが、別の他人の欲望の媒介としての意味しかもっていないのである。11. 貨幣は価値の保蔵手段である。このとき、総供給=総需要というセイ瀕畦が崩れ る。. 27.
(31) 第豆章第2飾. 貨幣経済は総供給≠総需要俳10)。 岩井氏は次のように述べる。 人々が貨幣それ自体を流動性として保有するかぎり、供給は必ずしも自らの需要を創り出さず、. 総供給は総需要と等しくはならないのである。12. また同時に、次の2つの特徴が導かれる。 貨幣には市場がない。貨幣経済は分権的である(A−11∼A−12)。 貨幣には市場がない。(中略、引用者〉貨幣には市場がないということは、なんらかの意味で貨幣. の需給の変化がおこったとき、それに応じた調整を直接におこなう場がないことを意味するのであ. る。13. 貨幣経済は分権的な存在である。したがって、ワルラスの仮定した中央集権的な 価格と貨幣供給の調節は行われない。 貨幣が過剰に供給されたとき、せり人はいない。(←13)。 労働市場ほどあらゆる意味でワルラスのせり市場と似ていない市場もない。(もっともワルラス. のせり市場と似ている市場を探し出すこと自体が困難なのだが)。それは一物一価が成立する同質 的な完全競争市場とは全く対照的に、産業ごと、地域ごと、職種ごと、そして究極的には企業ごと. に分断された、多種多様で異質な市場の寄り集まりとして理解すべきである。一般にそこで売り買. いされる労働力の価格である賃金を実際に決定しているのは、中央集権的なせり人ではなく、立地. 条件や労働環境などの違いによってそれぞれ差別化されている雇用者としての個々の企業にほか. ならない。14 貨幣の貨幣としての価値がその生産費用を上回るかぎり、貨幣の供給は必然的にシニョレッジを うみだす。貨幣の供給がシニョレッジをうみだすかぎり、貨幣の供給者は貨幣を過剰に供給する誘. 惑にさらされる。そして、貨幣が実際に過剰に供給されると、貨幣が貨幣でなくなってしまうハイ. パー・インフレーションが引きおこされてしまうのである。すなわち、貨幣が貨幣であることがま. さに貨幣が貨幣でなくなってしまうための条件をつくっている。15. こうやって岩井氏は、アダム・スミスの『諸国民の富』以来、経済学が前提とし. てきたr見えざる手」の存在を否定する。. 28.
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