経済制裁をめぐる4つの問い
―より適切な理解のために―
長谷川 将規
*Four questions to understand economic sanctions more appropriately
Masanori HASEGAWAAbstract:This article aims to increase the understanding of economic sanctions by focusing on four questions: do economic sanctions work well; for what purposes do states use them; under what conditions do they work well; and by what criteria should their success or failure be judged. Earlier studies of economic sanctions have tended to focus on a fruitless question―Do economic sanctions work well? They have also tended to consider economic sanctions only from the viewpoint of coercion (producing concessions or changes of behavior in the target country) and judge their usefulness and validity based only on the criteria of whether the coercion succeeded or not. This article criticizes these tendencies by indicating other important purposes of economic sanctions―signaling and containment. Additionally, it examines under what conditions these three different purposes could succeed. Finally, this article considers how to judge the usefulness and validity of economic sanctions, and it is suggested that success or failure of economic sanctions should be judged not on the success or failure of coercion but on the improved strategic situation of a country using sanctions.
KEY WORDS: sanctions purposes, success conditions for sanctions, evaluation of sanctions, improved strategic situation 要旨: 本稿は、経済制裁への理解を深めるため、経済制裁をめぐる以下の4つの問いを考察する。経済制裁は有効 なのか。なぜ国家は経済制裁を利用するのか。どのような状況下で経済制裁は有効になるのか。経済制裁の成否は どのような基準によって評価されるべきなのか。従来の研究は、経済制裁は有効なのかという不毛な問いに焦点を 当てる傾向があった。また、経済制裁を「強制」(ターゲットの譲歩や行為の修正)という観点からのみ考察し、 「強制」に成功したか否かという基準だけから制裁の有効性や妥当性を評価しがちであった。本稿は、経済制裁に は他にも重要な目的――「シグナリング」と「封じ込め」――が存在することを指摘し、こうした傾向を批判する。 さらに、これら3つの異なる目的が、どのような状況下で成功しうるのかを考察する。最後に本稿は、経済制裁の 有効性と妥当性をどのように評価すべきなのかを考える。経済制裁の成否は、「強制」の成否によってではなく、 制裁を利用する国家の戦略状況の改善という観点から評価されるべきである。 キーワード:経済制裁の目的、経済制裁の成功条件、経済制裁の評価方法、戦略状況の改善
はじめに
「経済制裁」(economic sanctions)――「政府によ って意図的に行われる、通常の貿易や金融関係の停 止あるいは停止の脅し」1――は、紀元前432 年のア*湘南工科大学総合文化教育センター准教授 1 この定義は以下に依拠している。Gary Clyde
Hufbauer, Jeffrey J. Schott, Kimberly Ann Elliott, and Barbara Oegg, Economic Sanctions
テナイによる対メガラ禁輸2のように古代から存在し
た普遍的な国際政治現象であるが、特に冷戦後その 活発な利用が目立つようになった。米ソが冷戦終結 を宣言した1989 年までは僅か2つの経済制裁(南ロ
Reconsidered, 3rd ed. (Washington, D.C.: Peterson Institute for International Economics, 2007) [以下 ESR, 3rd ed.と略称], p. 3.
2 David A. Baldwin, Economic Statecraft
(Princeton: Princeton University Press, 1985), pp. 150–154.
ーデシア、南アフリカ)しか発動しなかった国際連 合は、1990 年以降は 24 の経済制裁を発動している。 また、国連に基づかない各国独自の経済制裁につい ても、最近十数年間に様々な事例が見られた。例え ば、米国やEU諸国によるミャンマーへの投資規制 や資産凍結3、ロシアによるウクライナやグルジアへ のエネルギー供給の制限や停止4、中国による台湾独 立派企業への経済圧力5や日本への事実上のレアアー ス輸出停止あるいはフィリピンからのバナナ禁輸6、 バンコデルタアジアを舞台とした米国による北朝鮮 への金融制裁7、日本独自の北朝鮮への入港禁止や禁 輸措置8、クリミア併合後の米国やEU諸国によるロ シア企業への資産凍結やエネルギー関連技術の移転 制限9など、これまで様々な事例が注目を集めてきた。 しかし、膨大な数の研究が蓄積されてきた一方で、 経済制裁それ自体の「考え方」に焦点を当てた研究
3 Hufbauer et al., ESR, 3rd ed., CD-ROM (Case
88–1).
4 Randall Newnham, “Oil, Carrots, and Sticks:
Russia’s Energy Resources as a Foreign Policy Tool,” Journal of Eurasian Studies, Vol. 2, No. 2, 2011, pp. 134, 139–142.
5 Robert S. Ross, “Balance of Power Politics and
the Rise of China: Accommodation and Balancing in East Asia,” Security Studies, Vol. 15, No. 3, July–September 2006, pp. 384–386.
6 Geoff Dyer, The Contest of the Century: The New
Era of Competition with China―and How America Can Win (New York: Vintage Books, 2014), p. 31; Bonnie S. Glaser, “China’s Coercive Economic Diplomacy: A New and Worrying Trend,” Center for Strategic and International Studies, August 6, 2012.
(https://www.csis.org/analysis/chinas-coercive-econ omic-diplomacy-new-and-worrying-trend) 本稿引 用のインターネット資料はすべて2017 年8月 13 日 閲覧。
7“Treasury Designates Banco Delta Asia as
Primary Money Laundering Concern under USA PATRIOT Act,” The U.S. Department of the Treasury, September 15, 2005. (https://www.treasury.gov/press-center/press-relea ses/Pages/js2720.aspx) 8 安全保障貿易情報センター「経済制裁措置」。 (http://cistec.or.jp/export/keizaiseisai/saikin_keizai seisai/index.html)
9 Julian Borger, Paul Lewis, and Rowena Mason,
“EU and US impose sweeping economic sanctions on Russia” The Guardian, July 29, 2014.
は少ない。すなわち、経済制裁を考察あるいは評価 する際にどのような角度からどのように行うべきな のか、という問題である。 研究対象の「考え方」「問い方」は重要な問題であ る。なぜなら、どんな科学においても、誤った問題 設定は不毛な議論を招き、健全な知的蓄積を妨げる からである。そして、この点はまさに従来の経済制 裁研究に当てはまるように思われる。そこでは、テ イラー(Brendan Taylor)が指摘するように、「経済 制裁は有効なのか」という問いが主流であった10。 1990 年代後半以降から、こうした傾向を批判し、「ど んな場合に」経済制裁が有効(あるいは無効)にな るのか、その条件を考察すべきだという声が高まっ てきたものの11、こうした傾向は今日も依然残ってい る。 しかし、経済制裁研究を長年支配してきたこの問 いは、実際には回答不可能な問いである。経済制裁 は、異なる立場や目的を抱えた国家が関わるものだ し、そのやり方も多種多様であり、ターゲット国の 政治・経済状況もまた様々である。したがって、経 済制裁は有効なのかという問いへの回答は、ケース 次第であり、有効な場合もあればそうではない場合 もあるとしか答えようがないのが実情である。 さらに、従来の研究は、経済制裁の有効性を評価 する基準にも問題を抱えてきた。そこでは経済制裁 の有効性は、ターゲットを譲歩させ、発動国の望む 方向にターゲットの行為を修正させることができた か(以後、こうしたターゲットの譲歩や政策変更を 「強制」と呼ぶ)という観点から議論されがちであ った。すなわち、「強制」できれば「成功」、できな ければ「失敗」である。そして、多数の論者が「強 制」の失敗を指摘して、経済制裁の有効性を否定的 に評価してきた12。
10 Brendan Taylor, American Sanctions in the
Asia–Pacific (London: Routledge, 2010), pp. 17–21, 31.
11 Jonathan Kirshner, “The Microfoundations of
Economic Sanctions, ” Security Studies, Vol. 6, No. 3, Spring 1997, p. 32; Jean Marc F. Blanchard and Norrin M. Ripsman, “Asking the Right Question: When Do Economic Sanctions Work Best?”
Security Studies, Vol. 9, 1999–2000, No. 1–2, pp. 219–220; Taylor, American Sanctions, pp. 20–21, 31.
12 例えば Johan Galtung, “On the Effects of
International Economic Sanctions: With Examples from the Case of Rhodesia,” World Politics, Vol. 19, No. 3, April 1967, pp. 381, 409; Klaus Knorr, The
しかし、こうした立場には次の疑問が生じる。な ぜ、その「有効ではない」政策をかくも多くの政策 決定者が採用してきたのか。単に彼ら全員が愚かだ ったとは考えづらい。そこに何らかの有効性があっ た(あるいはあるとみなされた)からではないだろ うか。そして、もしもそうならば、それはどんな有 効性なのだろうか。また、そうした経済制裁の有効 性はどのような場合に最も高まるのか。さらに、経 済制裁の有効性や政策妥当性を評価する場合、我々 はどのような点に留意すべきなのか。 本稿は、こうした問題意識を前提に、次の4つの 問い(論点)を考察し、経済制裁を適切に理解する ための基礎を提供したい。 1.経済制裁は有効な政策手段なのか。 2.どのような目的で行われるのか。 3.どのような場合に成功する(有効になる)のか。 4.有効性や政策妥当性をどのような観点から評価 すべきか。 本稿は最初に第1節で1を議論する。経済制裁へ の理解を深める2、3、4の問いに対し、1は実際 には誤った問いである。しかし、従来の研究の問題 点を象徴する問いなので、最初に議論の出発点とし
Power of Nations: The Political Economy of International Relations (New York: Basic Books, 1975), pp. 151–152, 160–162; Margaret P. Doxey,
Economic Sanctions and International
Enforcement, Second Edition (London: Macmillan for the Royal Institute of International Affairs, 1980), pp. 125, 131–132; T. Clifton Morgan and Valerie L. Schwebach, “Fools Suffer Gladly: The Use of Economic Sanctions in International Crises,” International Studies Quarterly, Vol. 41, No. 1, March 1997, pp. 27, 29, 45–46; Robert A. Pape, “Why Economic Sanctions Do Not Work,” International Security, Vol. 22, No. 2, Fall 1997, pp. 93–94, 106, 109; Richard N. Haass, “Sanctioning Madness,” Foreign Affairs, Vol. 76, No. 6,
November/December 1997, pp. 74–75, 77; Bryan R. Early, Busted Sanctions: Explaining Why
Economic Sanctions Fail (Stanford: Stanford University Press, 2015), p. 5. 公平を期して言えば、 これらの論者も経済制裁に「強制」以外の目的(第 2節で詳述)が存在することは認めている。しかし、 明らかに「強制」を偏重し、専らこの観点から制裁 の成否や妥当性を判定する傾向がある。Taylor, American Sanctions, pp. 12, 31. て取り上げる。 第2節は、2の「経済制裁の目的」に焦点を当て る。前述のように1は従来の研究の主要な問いであ り、否定的回答が支配的だった。しかし、こうした 立場は次の質問に答えられない。ではなぜその「有 効ではない」経済制裁という手段が多くの国家に使 用されてきたのか。第2節は、経済制裁には「強制」 以外の重要な目的が存在することを明らかにするこ とによって、この謎を解決する。また、こうした「強 制」以外の目的の確認は、より精密な考察を可能に する。なぜならこれによって、異なる目的ごとに制 裁の成功条件を考察したり、有効性を判定したりす ることが可能になるからである。 第3節は、3の「経済制裁の成功条件」を考察す る。3については多くの研究や見識が存在するが、 これらもまた「強制」に限定して3を論じがちであ る。本稿は「強制」以外の目的も考慮しながら3に ついて考える。 第4節は、4の「経済制裁の評価」を議論する。 先行研究は「強制」の観点から経済制裁を評価し、 その成否に基づいて有効性を判定する傾向が強かっ た。本稿はこれに異を唱える。経済制裁は、目的の 多様性、代案の有無なども考慮し、「発動国の戦略環 境の改善」という観点からその有効性を評価すべき である。最後に終節で本稿の結論とインプリケーシ ョンが簡潔に提示される。
1.経済制裁は有効なのか
これは今日も散見する争点の一つであるが、実際 には答えのない不毛な議論である。第2節で明らか にするように、制裁の発動国は、様々な異なる目的 を抱えている。また制裁の方法も多種多様であるし、 ターゲットが置かれた政治・経済状況(それらが制 裁の成否に大きな影響を及ぼすことは容易に想像で きる)もまた様々である。したがって、結局のとこ ろ、経済制裁の有効性の有無や程度は、これらの内 容によって(つまりケースごとに)異なるとしか答 えようがない。 何人かの論者は、統計学的に算出された成功率を 基に、経済制裁が有効か否かを判断できると考えて いる。例えば、ハフバウアー(Gary Clyde Hufbauer) たちは、今日最も良く知られた経済制裁の研究書に おいて、経済制裁の成功率を34%と算出しているが13、何人かの研究者はこの数字に依拠しながら、60%
以上が失敗していることを指摘し、経済制裁の有効 性を疑問視している14。しかし実際には、この数字だ けでは経済制裁の成功率の高低や有効性の有無を断 定することは困難である。たしかに一方では、60% 以上の失敗を指摘して経済制裁の有効性を否定的に 解釈することが可能である。もしも期末試験が40 点 以下だったら、ほとんどの教員はその学生に不合格 を言い渡すにちがいない。しかし他方で、ハフバウ アーたちが算出した34%という成功率は野球の神様 と言われたベーブ・ルース(Babe Ruth)の平均打 率(3割4分2厘)とほぼ同じであり、経済制裁の 「打率」は極めて優秀と解釈することもまた可能で ある15。結局のところハフバウアーたちが挙げる成功 率をどう評価するかは、個々の研究者の主観的な印 象次第である。野球の打率は他の打者との比較が可 能だが、政策手段の場合は、経済制裁と他の政策手 段(軍事的手段、外交、プロパガンダなど)との成 功率を比較する体系的な研究が存在しないので(ま たそうした研究はおそらく不可能なので)、政策手段 同士を客観的に比較できる尺度がない16。 ペイプ(Robert A. Pape)は、5%以下というハフ バウアーたちよりもはるかに低い成功率を主張して いる17。さすがにこの成功率は低すぎるように思われ、 仮にペイプの数値が正しければ、経済制裁無効論は 一定の説得力を持つかもしれない。だがペイプの研 究は、「強制」目的の経済手段のみを「経済制裁」と して定義し、ターゲットの弱体化や政治的メッセー ジの伝達を目的とするケースを除外している18。その
ためエリオット(Kimberly Ann Elliott)はペイプが
Kimberly Ann Elliott, Economic Sanctions Reconsidered: History and Current Policy, 2nd ed.
(Washington, D.C.: Institute for International Economics, 1990), p. 93; Hufbauer et al., ESR, 3rd ed., p. 159.
14 例として Morgan and Schwebach, “Fools Suffer
Gladly,”p. 29; Early, Busted Sanctions, p. 5; Emma Ashford, “Not-So-Smart Sanctions: The Failure of Western Restrictions Against Russia,” Foreign Affairs, Vol. 95, No. 1, 2016, p. 116.
15 示唆を受けたものとして Baldwin, Economic
Statecraft, pp. 318–319.
16 Ibid.
17 ペイプはハフバウアーたちがEconomic
Sanctions Reconsidered: History and Current Policyで挙げた115 の事例を再調査したところ、実 際の成功例は5つだけだったと主張している。Pape, “Why Economic Sanctions Do Not Work,” p. 93.
18 Ibid., pp. 93–95. 「経済制裁をあまりに狭く定義し、成功の基準をあ まりに高く設定している」と批判している19。他にも ペイプの主張は、経済制裁の成功例に含めるべきい くつかの事例を単なる経済問題だとして考察から排 除している点20、成功を程度問題と考えずに、慎まし やかな成功例を失敗例に分類してしまっている点21 などが、エリオットやボールドウィン(David A. Baldwin)によって批判的に指摘されている。 結局のところ、経済制裁が有効か否かという問い は一種の「神学論争」なのだが、テイラーが指摘し ているように、経済制裁の研究において長きにわた って支配的な論点であったし22、こうした傾向は今日 も残存している。特定国家に対する特殊な制裁事例 のリサーチも、ターゲット国のGDPや為替レート や国民の健康状態などに対する経済制裁の特殊な影 響の考察も、禁輸や資産凍結や旅行禁止などの特殊 な制裁手段の有効性を問う考察も、制裁の人道的・ 倫理的妥当性をめぐる問いも、最終的には、経済制 裁は有効な政策手段なのかという問いに暗黙裡に結 び付けて議論されがちである。 さらに、経済制裁が有効か否かという議論のもう 一つの問題点は、従来からこの議論が「強制」―― ターゲットの譲歩や政策変更をもたらすことができ たか――という狭い観点だけから行われがちだった ことである。そして、圧倒的多数の論者が「強制」 の失敗例を挙げることによって、経済制裁はほとん ど有効性がないか無効であると主張してきた23。しか し、こうした立場は、なぜその「有効ではない」政 策手段を多くの国家が利用するのかという質問に適 切に答えられない。「強制」に頻繁に失敗するにもか かわらず経済制裁が多くの国家に利用されていると
19 Kimberly Ann Elliott, “The Sanctions Glass:
Half Full or Completely Empty?” International Security, Vol. 23, No. 1, Summer 1998, p. 51.
20 Elliott, “The Sanctions Glass,” pp. 53–54; David
A. Baldwin and Robert A. Pape, “Evaluating Economic Sanctions,” International Security, Vol. 23, No. 2, Fall 1998, pp. 190–191.
21 Elliott, “The Sanctions Glass,” pp. 56–57;
Baldwin and Pape, “Evaluating Economic Sanctions,” pp. 191–192.
22 Taylor, American Sanctions, pp. 17–21, 31. 23 論者の例は註釈 12 を参照。テイラーは 2010 年の
著書でこの偏りを問題視しているが、これは既に 1985 年の時点でボールドウィンが指摘していたこと であり、その根深さを示している。Taylor, American Sanctions, pp. 11–12, 17, 123; Baldwin, Economic Statecraft, pp. 18, 132, 149, 205.
いう事実は、経済制裁に「強制」以外にも重要な目 的が存在することを示唆している。
2.経済制裁はどのような目的で行われるの
か
前述のように、従来の支配的な問い(経済制裁は 有効なのか)は、実際には無益な問いであった。真 に有意義な問いは、経済制裁が「いつ」成功し(有 効になり)、「いつ」失敗するのか(無効になるのか) である。しかし、この問いの前に、まず経済制裁の 「目的」を問う必要がある。なぜなら、異なる目的 の存在を明らかにすることによってはじめて、異な る目的を持つ経済制裁がそれぞれどのような場合に 成功しそうなのかを考察したり、その経済制裁がど のような目的にどの程度成功したのかを明らかにし てその経済制裁の有効性や妥当性を適切に評価する ことが可能になるからである。 既述のように、先行研究は「強制」の失敗例を挙 げて経済制裁の有効性を否定する傾向が強かった。 だが、こうした研究姿勢は次の疑問に答えられない。 なぜ「無効」と言われている手段が多くの国家に採 用されるのか。採用国すべての政策決定者が愚かだ から、というのは考えづらい。これまで経済制裁を 利用してきた国家のほとんどは単純な個人独裁では なく寡頭制や民主政であり、優秀なブレーンや官僚 機構のフィルターを備えていたからである。むしろ、 しばしば「強制」に失敗し一見「無効」に見えてい る経済制裁という政策手段には、他にも重要な目的 があり、政策決定者は「強制」だけでなくこれらの 目的の達成も期待して(あるいは「強制」は表向き の目的にすぎず実際はそれ以外の目的のために)経 済制裁を利用していると考える方が自然である。で は、経済制裁はどのような目的を持っているのだろ うか。 (1)「強制」(coercion) ターゲットの譲歩や行為の修正は発動国にとって 最も喜ばしい成果である(経済制裁によって北朝鮮 が核兵器開発を断念し、ロシアがクリミア半島から 撤退することを想像されたい)。したがって、従来の 研究が専ら「強制」の観点から経済制裁を考える傾 向があったのは無理からぬことかもしれない。 しかし、よく考えてみれば、ターゲットの行為の 修正は極めて困難な目的である。かつて、超大国の 米国は、軍事力を行使してもなお、ベトナムという 小国の行為を修正できなかった。したがって、もと もと達成困難な「強制」という目的を経済制裁が達 成できなかったとしても、単にそれだけで経済制裁 を「無効」と断定するのは尚早である。経済制裁に はしばしば「強制」以外の目的(後述)も存在し、 経済制裁はこれらの目的には貢献しているかもしれ ない。 (2)「封じ込め」(containment) ターゲットの経済的・軍事的パワーの増大を妨害 し、場合によっては崩壊させる。冷戦時代の米国に よるソ連や中国への貿易統制はその典型例である。 より近年では2006 年以降の国連による北朝鮮、イラ ンへの経済制裁も、核兵器開発を断念させる「強制」 以外に、両国の能力を劣化させる「封じ込め」のね らいが推察される。 また、仮に「武器禁輸」も経済制裁に含まれると 考えるならば、欧米諸国が天安門事件以降継続して いる中国への武器禁輸にもこうした目的が存在する ことは否定しがたい。中国の一層の台頭を防ぐため に対中貿易統制の必要性を主張するルトワック (Edward N. Luttwak)などの議論にもこうした発 想が見て取れる24。 「封じ込め」は、一般的に以下の3つのパターン がある。①ターゲットの軍事能力を直接的に停滞・ 弱体化させる25、②ターゲットの経済を停滞させて間 接的にターゲットの軍事能力も弱体化させる26 、③ ターゲットの経済そのものを弱体化させ、体制崩壊 につなげる27。①は戦略物資、汎用技術、兵器などの24 Edward N. Luttwak, The Rise of China vs. The
Logic of Strategy (Cambridge: The Belknap Press of Harvard University Press, 2012), pp. 43–45, 266–269.
25 詳細については Michael Mastanduno, Economic
Containment; CoCom and the Politics of East– West Trade (Ithaca: Cornell University Press, 1992), pp. 40–47. 26 詳細は Ibid., pp. 47–52. マスタンデュノは①を 「経済戦争」(economic warfare)、②を「戦略的禁 輸」(strategic embargo)と呼び区別している。両者 の重要な相違点はIbid., p. 50. 27 経済制裁がターゲット政権の安定性にもたらす負
の影響についてはReed M. Wood, “A Hand upon the Throat of the Nation: Economic Sanctions and State Repression, 1976–2001,” International Studies Quarterly, Vol. 52, Issue. 3, September 2008, pp. 491–492; Nikolay Marinov, “Do Economic Sanctions Destabilize Country Leaders?”
輸出規制、②③は貿易、資本、金融、援助などに関 する様々な規制が、主な手段として用いられる。 (3)シグナリング(signaling) 発動国は経済制裁を通じて、以下のどれか(ある いはすべてに)政治的メッセージを伝えようとする。 ①ターゲット国政府、②ターゲット国の国民や反体 制派、③発動国の国民、④第三国、⑤同盟国、であ る28。 ①ターゲット国政府へのシグナリング ターゲットに反対や憤りを示す。一般的に経済制 裁は発動国にも一定のコスト(経済的損失やターゲ ットからの報復など)をもたらす。したがって、経 済制裁の発動はこれらのコストへの覚悟を意味する ので、言葉だけの外交やプロパガンダよりも説得力 をもって決意を伝達することになる。これはターゲ ットの譲歩や服従を引き出せなくても、逸脱行為の 拡大を抑止するかもしれない29。逆に、ターゲットの 逸脱行為に外交のみで応じ、経済制裁を避けるなら ば、それはターゲットに「弱さ」と受け止められ、 逸脱行為に拍車をかけるおそれがある。経済制裁さ えできないのだから、それ以上にコストが大きい軍 事行動はなおさら実行できまいとターゲットに侮ら れてしまう。 ②ターゲットの国民や反体制派へのシグナリング
3, 2005, pp. 564–565, 569–570. 28 「シグナリング」(signaling)という用語は、発動 国が経済制裁を発動することによって高コストの積 極的負担や制裁後の軍事行動の可能性を示唆し、そ れによってターゲットに発動国側の強い決意を学習 させて譲歩や承諾を引き出す手法を意味するために 使用されることがある。Daniel W. Drezner, The Sanctions Paradox: Economic Statecraft and International Relations (Cambridge: Cambridge University Press, 1999), pp. 16–17; Taehee Whang and Hannah June Kim, “International Signaling and Economic Sanctions,” International
Interaction, Vol. 41, No. 3, 2015, pp. 428–429. つま りこれは、「『強制』を達成するための手法」を意味 している。対して本稿のシグナリングは、ターゲッ トに政治的メッセージを伝えるという「『強制』とは 異なる目的」を意味する。
29 Baldwin, Economic Statecraft, pp. 107, 112–113,
372. この種のシグナリング効果に対する懐疑的見 解についてはWhang and Kim, “International Signaling and Economic Sanctions,” pp. 429, 450.
罰を受ける無法者あるいは国際社会からの孤立者 という印象をターゲットの国民に植え付け、ターゲ ット国政府の権威や正当性を傷つける。これはター ゲット国内部の団結や抵抗力を侵食するだけでなく 30、反対派を心理的に勇気づける。反対派の勢力拡大 は間接的に「強制」にも貢献しうる31。 ③自国(発動国)の国民に対するシグナリング 国家指導者にとって、政権維持は重大な関心事で ある。経済制裁の発動は、政府が国益に奉仕してい る印象を与えて国民の政権への評価を高め、支配の 正当性を支えてくれる。また一種のガス抜きとして 作用し、発動国内のナショナリズムを抑制する32。ナ ショナリズムがしばしば国民から冷静な判断力を奪 い、国家を衝突に駆り立てたことを考えれば、経済 制裁のこうした働きは軽視できない。 ④第三国に対するシグナリング ターゲットの不法行為を第三国と国際社会に印象 づけ、発動国側に同情的な国際世論を醸成する33。あ るいは、ターゲットと同じ行動をした場合には同様 の目に遭うことを第三国に示唆し、同調しないよう 警告する34。他に、より好ましい戦略環境を築くため、 ターゲットへの経済制裁を通じて第三国に経済的能 力の大きさを誇示したり、協調の意思を示唆したり する35。
30 ボールドウィンは、国連によるローデシア、米国 によるソ連への貿易統制は、白人政権の正当性や、 共産主義の魅力を傷つける点で一定の効果があった と指摘している。Baldwin, Economic Statecraft, pp. 200, 238. 31 ボールドウィンは、米国によるキューバ、国連に よるローデシアへの経済制裁に、こうした狙いも併 存したことを指摘している。Baldwin, Economic Statecraft, pp. 177–178, 191, 199. 32 示唆を得たものとして Baldwin, Economic
Statecraft, p. 97; Brendan Taylor, Sanctions as Grand Strategy (London: International Institute for Strategic Studies, 2010), pp. 21, 102, 107.
33 Baldwin, Economic Statecraft, pp. 106, 135,
192.
34 Baldwin, Economic Statecraft, pp. 97–98; Taylor,
American Sanctions, p. 16.
35 Baldwin, Economic Statecraft, pp. 101–104,
263; Taylor, Sanctions as Grand Strategy, pp. 105, 108–109. 例えば、テイラーによれば 2006 年以降の 国連の対北朝鮮経済制裁に日本が先導的役割を果た した背景には、地域秩序への大きな責任を担う能力
⑤同盟国に対するシグナリング 同盟国が経済制裁を発動するとき、自国も追随す ることによって、信頼できる安全保障パートナーで あることを示唆し、同盟関係を強固にする。例えば、 テイラーによれば、2006 年以降の日本のイランや北 朝鮮への経済制裁には、重要な同盟国であることを 米国に示す意図が存在した36。 以上のように、国家は「強制」以外の目的から、 またしばしば複数の目的から、経済制裁を行いうる。 では、これらの目的はどのような場合に成功する可 能性が高まるのか。この問いは、経済制裁はいつ実 行(あるいは断念)されるべきなのか、経済制裁を 有効に活用するにはどうすれば良いのかを知るため のヒントを提供してくれる。以下、「強制」「封じ込 め」「シグナリング」の順に議論する。
3.経済制裁はどのような場合に成功する
(有効になる)のか
(1)「強制」を目的とする経済制裁の成功条件 ①抵抗した場合の安全保障コストが高い ブランチャード(Jean-Marc F. Blanchard)とリ プスマン(Norrin M. Ripsman)によれば、経済制 裁のターゲットは、譲歩と抵抗それぞれの場合に予 想される安全保障コスト(領土割譲、パワーの衰退、 発動国から軍事攻撃を受けるリスクなど)を比較す る。そして、「譲歩」より「抵抗」の方が安全保障コ ストが大きければ、譲歩して行動を修正し、逆に「譲 歩」の方が「抵抗」よりも安全保障コストが高けれ ば、譲歩せずに抵抗を続ける37。彼らによれば、例え ば北朝鮮が核兵器開発を断念しないのは、譲歩して 開発を断念すれば抑止と交渉の死活的手段が失われがあることを国際社会に示す意図があった。また中 国やロシアがイランや北朝鮮への制裁を支持した背 景には、国際社会と米国に協調姿勢を示すことで、 今後対米関係を優位に進める取引材料にしたり、制 裁内容を骨抜きにする意図があった。
36 Taylor, American Sanctions, pp. 15, 43, 108. 37 Jean-Marc F. Blanchard and Norrin M.
Ripsman, Economic Statecraft and Foreign Policy: Sanctions, Incentives, and Target State
Calculations (New York: Routledge, 2013), pp. 24–25, 153. てしまう(安全保障コストが高い)のに対し、抵抗 を続けても他国から軍事攻撃される可能性が低い (安全保障コストが低い)と考えているからである38。 彼らの理論は、軍事攻撃の脅しの信憑性が高い場合 にターゲットが経済制裁に屈する可能性が高まるこ とを示唆している。 ②ターゲットが同盟国である ドレズナー(Daniel W. Drezner)よれば、経済制 裁は敵対国よりも同盟国に対して成功しやすい。彼 はその理由として、同盟国がターゲットである場合 には、ターゲットは(同盟関係にあるため)将来の 紛争再発を予想しにくく、今譲歩すれば将来紛争が 再発したとき不利になるという安全保障上の不安を 抱きにくいことを挙げている39。ハフバウアーたちも、 ドレズナーと同様の理由から、また友好的なターゲ ット国は通常発動国と密接な経済関係を持っており 制裁のコストが甚大になるため、経済制裁は友好国 に対して最も効きやすいと主張している40。 ③ターゲットが独裁国家ではない 独裁国家は民主国に比べて経済制裁が効きにくい ということがしばしば主張されている。例えば、ハ フバウアーたちによれば、「民主的な政権の方が独裁 政権よりも経済圧力の影響を受けやすい」。あるいは ハース(Richard N. Haass)によれば、「権威主義的 で国家主義的な社会は、しばしば制裁の影響を避け たり、これに耐えることが可能である」。エスクリバ -フォルチ(Abel Escribà-Folch)とライト(J. Wright) は、独裁体制をさらに(a)個人主義的独裁、(b)一 党独裁、(c)軍事独裁の3つに区分し、経済制裁は、 制度的基盤が弱く経済的損失を相殺できない(a)の 独裁体制は動揺させうるが、(b)や(c)の独裁政権 の安定性にはほとんど影響がないか逆効果であると 指摘している。ブルックス(Risa A. Brooks)は、全 面的な経済制裁は民主国には有効になりうるが、独 裁国に対しては、効果がないばかりか(支配層の権 力基盤を強化する一方で中産階級を没落させるた め)逆効果でさえあると主張している41。
38 Ibid., pp. 3–4, 146.
39 Drezner, The Sanctions Paradox, pp. 4–6, 21. 40 Hufbauer et al., ESR, 3rd ed., pp. 163–164. 41 Hufbauer et al., ESR, 3rd ed., pp. 166–167;
Haass, “Sanctioning Madness,” p. 80; Abel Escribà-Folch and Joseph Wright, “Dealing with Tyranny: International Sanctions and the Survival of Authoritarian Rulers,” International Studies Quarterly, Vol. 54, No. 2, 2010, pp.355–356. Risa A.
④国家耐性 ブランチャードとリプスマンは、経済制裁の成功 条件として、前述①の安全保障コストの他に「国家 耐性(stateness)」を挙げている。これはターゲット 国政府の国内統制力であり、反対派の圧力からの自 律性、反対派を懐柔あるいは沈黙させる能力、政府 への国民の従順さの3つから成る。例えば、ターゲ ット国政府が譲歩したい場合には、国家耐性が高け れば譲歩しやすくなるが、これが低ければ譲歩した くてもできなくなる。逆にターゲット国政府が抵抗 を望む場合には、国家耐性が高ければしぶとく抵抗 を続けられるが、これが低ければ抵抗は困難になり 譲歩せざるをえなくなる42。 ③で見たように、経済制裁は独裁国より民主国に 効きやすいという主張が定説化しつつある。しかし、 独裁国、民主国の中にもそれぞれ異なるタイプが存 在するはずで、この④はより深くターゲットの国内 政治を分析する有益な手掛かりになる。 ⑤マルチラテラルな制裁体制 経済制裁が効力を発揮するためには、「制裁破り」 (第三国によるターゲット国との経済協力)を防が ねばならない43。こうした観点から、しばしばユニラ テラルな経済制裁(以下ユニ)よりもマルチラテラ ルな経済制裁(以下マルチ)が奨励される44。だが実 際はマルチがユニよりも優れているとは断定しがた い。マルチは、消極的な参加国との調整によって、 制裁の厳しさが薄まってしまうかもしれない。また 一般論として、数が増えるほど制裁の連携維持は困 難になる45。これに対してユニは、制裁破りのおそれ
Brooks, “Sanctions and Regime Type: What Works, and When,” Security Studies, Vol. 11, No. 4, 2002, pp. 2, 49.
42 Blanchard and Ripsman, Economic Statecraft
and Foreign Policy, pp. 4–5, 8–9, 25–26.
43 制裁破りの悪影響については Early, Busted
Sanctions, pp. 9–10.
44 Lisa L. Martin, Coercive Cooperation:
Explaining Multilateral Economic Sanctions
(Princeton: Princeton University Press, 1992, pp. 3 –4, 6; Kimberly Ann Elliott, “Factors Affecting the Success of Sanctions,” in David Cortright and George A. Lopez, eds., Economic Sanctions: Panacea or Peacebuilding in a Post–Cold War World? (Boulder: Westview, 1995), pp. 56–57.
45 Arne Tostensen and Beate Bull, “Are Smart
Sanctions Feasible?” World Politics, Vol. 54, Issue.
がある一方で、上記のマルチのような不安がなく、 しかも迅速かつ強力に制裁を発動することが可能で ある。このマルチかユニかという問題は依然として 研究者間で対立がある46。 ⑥ターゲット国市場に占めるシェア ターゲット国の発動国への経済依存度は、制裁の 成否を左右するように見える。依存度が高いほど、 発動国が制裁によって被る経済コストは大きくなる からである。だが、ブランチャードやカーシュナー (Jonathan Kirshner)によれば、ターゲットを譲歩 させる上で重要なのは経済コストよりも政治コスト であり、しかも後者は前者とイコールではない47。ハ フバウアーたちも、貿易依存度が高かったにもかか わらず失敗した制裁事例が多いことを指摘しており、 貿易依存度と成功の関係が絶対的ではないことを示 唆している48。 経済依存度と経済制裁の成否に関する最近の研究 では、バパット(Navin A. Bapat)とクウォン(Bo Ram Kwon)が、発動国企業がターゲットの市場で 「ほどほどの」(moderate)シェアを占める場合に最 も成功率が高まると主張している。なぜなら、この 場合に発動国政府は自国企業に厳格な制裁執行を求 めやすくなるからだという。彼らによれば、ターゲ ットの市場に占めるシェアが低い場合には制裁は大 きな効果を持ちえず、かといって逆にシェアが高す ぎると発動国企業は損失を恐れて制裁逃れに走るよ うになり、発動国政府もまた自国企業の衰退を懸念 して制裁の厳格な執行を躊躇してしまうという49。 ⑦初期に強力な制裁を行う
3, April 2002, pp. 378, 395; Hufbauer et al., ESR, 3rd ed., p. 172; Taylor, American Sanctions, pp. 116–117. 46 テイラーは「マルチラテラルな支援を受けながら ユニラテラルな形で行われる制裁」が最も成功の可 能性が高いと述べているが、関係国の錯綜する利害 を考えればその実現は困難である。Taylor, American Sanctions, p. 117.
47 Kirshner, “The Microfoundations of Economic
Sanctions,” pp. 34–35, 41; Blanchard and Ripsman, “Asking the Right Question,” pp. 220, 222–224.
48 Hufbauer et al., ESR, 3rd ed., pp. 90–91. 49 Navin A. Bapat and Bo Ram Kwon, “When Are
Sanctions Effective? A Bargaining and Enforcement Framework,” International Organization, Vol. 69, Issue. 1, Winter 2015, pp. 131–132, 159–160.
制裁のレベルを徐々に上げる漸進的アプローチを 採用すべきか、それとも最初に高レベルの制裁を実 行し大きな損害とインパクトを与えるべきか。ハフ バウアーたちは明確に後者を支持している。彼らに よれば、漸進的アプローチは以下の問題に直面する。 ①国内動員や代替国の発見など、ターゲット政府が 制裁に対処する時間的余裕を与えてしまう。②制裁 が長引くにつれて世論の制裁への支持が減っていく。 ③ターゲットへの支援国が登場し、制裁破りの可能 性が高まってしまう50。ハースも、経済制裁には迅速 さが重要で、漸進的にエスカレートさせるやり方は ターゲットに適応と調整の時間を与えてしまうと指 摘している51。 ➇スマート制裁 イラクへの経済制裁がもたらした深刻な人的被害 をきっかけに、「スマート制裁」(smart sanctions) あるいは「ターゲット制裁」(targeted sanctions) と呼ばれる新たな制裁手法が生まれた52。これは、食 料品や医療品への規制を免除して一般市民を保護す る一方で、金融制裁、旅行規制、武器禁輸などによ って政権中枢に損失を与えようとするものである53。 しかし、スマート制裁は論理的および倫理的には説 得力があり魅力的だが、実践上の問題点が指摘され ている。例えば、トステンセン(Arne Tostensen) とブル(Beate Bull)によれば、金融制裁は、個人資 産の特定に時間がかかり迅速に対応できない、発動 国への潜在的シンパを制裁対象にしてしまう、金融 上の代案を持つ国家には効果が薄いといった問題が あり、旅行規制もまた、偽造パスポート、代理人の 利用、様々な迂回措置に直面する。武器輸出も、タ ーゲット国内の反体制派を弱体化させるおそれや巧 妙な迂回措置、国連安保理の紛糾によって迅速で有 効な規制が妨げられるといった障害がある54。ドレズ ナーは、スマート制裁は「強制」目的にはあまり役 立ちそうにないと強調しているし55、コートライトと
ロペス(David Cortright and George A. Lopez)、エ
50 Hufbauer et al., ESR, 3rd ed., pp. 168–172. 51 Haass, “Sanctioning Madness,” p. 82. 52 Daniel W. Drezner, “Sanctions Sometimes
Smart: Targeted Sanctions in Theory and Practice,” International Studies Review, Vol. 13, No. 1, March 2011, pp.98, 104–105.
53 Tostensen and Bull, “Are Smart Sanctions
Feasible?” pp. 373–374.
54 Ibid., pp. 383, 386–388, 391.
55 Drezner, “Sanctions Sometimes Smart,” pp. 102,
104. リオットなども同様の見解を示している56。 以上のように「強制」の成功条件は活発に議論さ れているが、「封じ込め」や「シグナリング」の成功 条件はあまり論じられることがない。次にこれらの 成功条件も概観したい。 (2)「封じ込め」を目的とする経済制裁の成功条件 ①「適度な」経済コストを与える 常識的には、与える経済的損害が大きいほど「封 じ込め」は成功しやすいように思える。しかし実際 には、甚大な経済コストが常に必要なわけではない し、またそれが望ましいとは限らない。例えば、欧 米諸国による中国への武器禁輸のように、ターゲッ トに甚大な経済コストを与えなくとも一定の効果を 生むことは可能である。また、過度の経済コストは ターゲットからの軍事的報復を招くかもしれない。 したがって、発動国は自己の目的とターゲットの性 質や状況を鑑みながら「適度な」経済コストを模索 する必要がある。 ②支援国の発生を防ぐ ③密輸や迂回送金の阻止 ターゲットは「支援国」を利用して痛みを緩和す ることが可能である。例えば、1960 年代初めにソ連 の経済制裁に直面したアルバニア、あるいは米国の 経済制裁に直面したキューバは、それぞれ中国、ソ 連に救済を求めることによって制裁のダメージを緩 和しようとした。より近年では北朝鮮が、中国との 経済関係を維持することによって政権を存続させて きた57。 他にも、ターゲット国は、密輸や迂回融資などの 対抗措置をとりうる。第三国の企業もまた、ターゲ
56 David Cortright and George A. Lopez,
“Introduction: Assessing Smart Sanctions: Lessons from the 1990s,” in David Cortright and George A. Lopez, eds., Smart Sanctions: Targeting Economic Statecraft (Oxford: Rowman and Littlefield, 2002), p. 8; Kimberly Ann Elliott, “Analyzing the Effects of Targeted Sanctions,” in Cortright and Lopez, eds., Smart Sanctions, p. 171.
57 Hufbauer, Gary Clyde, Schott, Jeffrey J. and
Elliott, Kimberly Ann, Economic Sanctions Reconsidered: Supplemental Case Histories, 2nd ed. (Washington, D.C.: Institute for International Economics, 1990), pp. 199, 211; Early, Busted Sanctions, pp. 26–28.
ット国に高く売りつけ安く買いたたく好機として、 密輸への関心を高める58。こうした支援国の発生や密 輸を防ぐためには広範な多国間協力を構築したり、 ターゲット周辺国からの協力を得ることが重要にな る。 ④代用品開発や自給が困難である ターゲットの経済成長や軍事能力に重要な意味を 持ち、なおかつ代用品開発や自給が困難なモノ、資 源、技術を遮断できれば、「封じ込め」の効果は大き く高まる。希少資源や汎用性のある先端技術が考え られる。 ⑤明白な脅威にのみ利用する まだ真の脅威と断定できない相手に安易に「封じ 込め」を行うことは、自己予言的な悲劇を招きかね ない。それまで潜在的脅威にすぎなかった相手を硬 化させ、現実の脅威として顕在化させてしまう。こ れを防ぐためには、相手が深刻で明白な脅威である か断定できない場合には、「封じ込め」以外に「経済 的関与」も併用する必要がある59。例えば、これまで の米国の対中政策は、対中武器禁輸を継続する一方 で通常の貿易・投資活動は活発に行う「封じ込め」 と「経済的関与」のミックスであった。 「封じ込め」の成功条件を「知る」ことは容易だ が、その「実践」は往々にして困難である。広範な 協力体制によって救済国の登場を防いだり、密輸防 止に企業を合意させ監視することは容易ではない。 また、もう一つの困難は、ターゲットの性質と状況 を適切に理解することにある。すなわち、ターゲッ トごとに、①の「適度な」経済コストの基準をどの レベルに設定するのか、②③④の可能性がどの程度 あるのか、⑤に該当する相手なのか、を判断するこ とである。 (3)「シグナリング」を目的とする経済制裁の成功条件 ①「適度な」経済的・政治的コストの存在 既述のように「シグナリング」としての経済制裁 は、ターゲット国政府、ターゲット国の国民、発動
58 Early, Busted Sanctions, pp. 18–19.
59 こうした視点については Thomas G. Mahnken,
“Containment: Myth and Metaphor,” in Hal Brands and Jeremi Suri eds., The Power of the Past: History and Statecraft (Washington, D.C.: Brookings Institution Press, 2016), pp. 145–146.
国の国民、第三国、同盟国のいずれかを伝達先とす るが、これらに有効なメッセージを発するためには、 発動国側にも一定の経済・政治コストをもたらすも のでなければならない60。コストの低すぎる経済制裁 は、発動国の決意に対する疑念や軽視を伝達先に抱 かせる。特にターゲットが現状変更国の場合には、 (発動国は弱い経済制裁しかできないのだから、よ り高コストの軍事行動はなおさら躊躇するはずだと 考えて)逸脱行為をエスカレートさせるおそれがあ る。 ただし、コストが高いほど良いとは限らない。タ ーゲットへの過剰なコストは軍事的暴発を招くかも しれない。また、発動国への過剰なコストは、発動 国産業を衰退させ、有力企業や幅広い国民層の反発 を招く。したがって発動国は「適度な」コストを追 求せねばならない。 ②マルチラテラルな制裁体制 マルチな制裁は、発動国の正当性を高め、逆にタ ーゲットの正当性を傷つける。これは、発動国に好 意的な、そしてターゲット国に批判的な国際世論を 醸成し、ターゲットが感じる外交的・政治的孤立感 を高める61。「シグナリング」の場合のマルチな制裁 体制は、「強制」や「封じ込め」の場合ほどには強力 さや堅固さを必要としない。多数の国が賛同してい るという外見が重要だからである。 ③スマート制裁 スマート制裁は限られたエリート層を狙う性質上、 包括的制裁とは異なり、無辜の民に大きな苦痛を与 える可能性や、近隣国に経済的悪影響を与える可能 性が低い。そのため国際社会から大きな非難を受け にくく、長期間の継続が可能である。スマート制裁 のこうした性質は、特に発動国国民への「シグナリ ング」(第2節(3)③参照)に役立つ62。ただし、 スマート制裁が「シグナリング」全般に有益とは限 らない。ターゲットや第3 国に対する「シグナリン グ」としては、包括的制裁ほど人目を引くものでは ないため、アピール力が弱くなる面があるからであ る。 経済制裁は特に「シグナリング」に便利である。 それは、口先だけの外交やプロパガンダよりもメッ
60 Baldwin, Economic Statecraft, pp. 107, 112–113,
372.
61 Taylor, American Sanctions, p. 26.
セージに説得力を持たせることができるし、軍事的 手段のようにターゲットから軍事的報復を招く危険 も小さい。また「シグナリング」の成功へのハード ルは「強制」や「封じ込め」よりも低い。「シグナリ ング」は「強制」のような多様で複雑な成功条件を 持たず、「封じ込め」ほど大きな、あるいは持続的な、 損害を必ずしもターゲットに与える必要がない。マ ルチな制裁も「強制」や「封じ込め」の場合ほど厳 格である必要がない。したがって、経済制裁が最も 効果を発揮しやすいのは、「強制」や「封じ込め」で はなく、「シグナリング」による戦略的ポジションの 向上(発動国を取り巻く国内・国際状況の改善)で ある。
4.経済制裁はどのような観点から評価され
るべきか
ここまで経済制裁の「目的」と「成功条件」を議 論してきた。最後は「評価」である。経済制裁の有 効性や政策妥当性はどのような基準で評価されるべ きか。「はじめに」で指摘したように、従来の研究は 経済制裁の有効性や是非を、「強制」(ターゲットを 譲歩させ、行動を修正させる)の観点から評価しが ちであった。すなわち「強制」できれば「有効」「成 功」「適切な政策」であり、できなければ「無効」「失 敗」「誤った政策」と評価される63。しかし「強制」 だけに依拠した従来の評価法は明らかに問題がある。 なぜならボールドウィンが指摘しているように、こ うした評価方法は、「強制」以外の目的の存在、ター ゲットの多様性、代案との比較など(後述)、多くの 重要な視点が欠落しているからである。 以下①から⑧は、ボールドウィンが制裁を評価す る際の重要な視点として挙げているものに、筆者が 一部補足的コメントを加えたものである。彼の指摘 は既に30 年以上も前のものであるにもかかわらず、 今日もなお有益な示唆に富んでいる。 ①目的の多様性を考慮せよ 経済制裁はしばしば複数の目標を持つ。したがっ て、ある目的には失敗しても、他の目的には成功し ているかもしれない64。例えば、イラクへの経済制裁 は失敗例の見本のように扱われているが、コートラ63 典型例として Pape, “Why Economic Sanctions
Do Not Work,” pp. 93, 106, 109.
64 Baldwin, Economic Statecraft, pp. 63,
131–132,167, 205. イトとロペス、ドレズナーなどは「封じ込め」(イラ クの軍事的弱体化)としてはかなり有効であったと 主張している65。また、2014 年以降の欧米諸国の対 ロ経済制裁は、ロシアのクリミア撤退を実現できて いないという意味では「強制」の失敗かもしれない が、「シグナリング」(ロシアへの警告)や「封じ込 め」(ロシアの経済コストの増大)として、ウクライ ナ以外の近隣諸国へのロシアの干渉を弱める効果が あったかもしれない。他にも、日本がタリバーン関 係者、シリア、ロシア、北朝鮮などに行った経済制 裁は、「強制」には役立たなかったとしても、米国に 重要な同盟国であることをアピールする「シグナリ ング」としては有効だったかもしれない。 ②ターゲットの多様性を考慮せよ 経済制裁は直接的ターゲットの他に影のターゲッ トを持つ場合がある。したがって、あるターゲット には効果を発揮していなくとも、別のターゲットに 効果を発揮しているかもしれない66。例えば、ロシア が2000 年代からウクライナに再三行ってきたエネ ルギー供給停止の脅しは、ウクライナの欧米接近を 阻止できなかったものの、他の周辺国の欧米接近を 自粛させる効果があったかもしれない。あるいは、 国際社会による北朝鮮への一連の経済制裁は、同国 の核兵器開発の断念には至っていないものの、他の 潜在的な核兵器開発国を抑止する効果があるかもし れない。 ③代案(他の政策手段)と比較せよ 経済制裁の有効性と政策妥当性は混同されがちだ が実は別問題である。経済制裁が意図した効果をも たらさなかったとしても、政策として失敗だったと は必ずしも言えない。なぜなら、他に手段がなかっ たかもしれないからである。他の手段(例えば軍事 力行使)ではコストが高すぎた場合や、他の手段(例 えば外交やプロパガンダ)では効果がまったく期待 できなかった場合には、その経済制裁は(たとえ結 果的に効果が乏しかったとしても)政策として正当 化されうる67。
65 George A. Lopez and David Cortright,
“Containing Iraq: Sanctions Worked,” Foreign Affairs, Vol. 83, No. 4, 2004, July/August 2004, p. 91; Drezner, “Sanctions Sometimes Smart,” p. 98.
66 Baldwin, Economic Statecraft, pp. 17, 40, 149,
205.
67 Ibid., pp. 15, 118–119, 123–124, 205; Daivid A.
Baldwin, “The Sanctions Debate and the Logic of Choice,” International Security, Vol. 24, No. 3,
④成功は程度問題である どんな対外政策でも一方の国家の願望が完全に達 成されることは稀である。経済制裁についても同様 であり、不満が残る結果ではあるが部分的には成功 というケースがありうる68。 ⑤目標の困難さを考慮せよ ターゲットにとって死活的な利害がかかっている 場合には、ターゲットの「強制」は、軍事的手段を 含む他のいかなる手段であっても困難である。そう した困難なケースでの「強制」の失敗を指摘し、経 済制裁は誤った政策だったと結論づけるのは公正で はない69。 ⑥ターゲットのコストの変化に注目せよ たとえターゲットの「強制」に成功しなくても、 経済制裁によって、ターゲットの置かれた状況が悪 化するかもしれない70(それによって発動国側の戦略 環境が制裁以前より良くなるかもしれない)。例えば、 経済制裁に直面したターゲットは第三国と経済関係 を強めて苦境を和らげようとするだろう。しかし、 第三国によってターゲットは自国の輸出品を安く買 い叩かれ、輸入品を高く売りつけられるかもしれな い71。それによってターゲットの経済コストが以前よ りも上がるならば、その分だけ制裁はターゲットを 弱体化させ活動を阻害することに貢献していること になる。 ⑦発動国のコストは許容範囲内か 経済制裁の成否や妥当性を判定するためには「効 き目」だけでなく「コスト」も見なければならない。 ターゲットの譲歩と引き換えに自国を破産させる制 裁が無意味であるように、たとえ目的を達成できた としても、自国に過大なコストを強いる制裁は成功 とは言えない72。
Winter 1999/2000, pp. 84–86, 92, 97, 102.
68 Baldwin, Economic Statecraft, pp. 131, 226, 275,
317.
69 Ibid., pp. 133, 149, 310.
70 Ibid., pp. 132, 150, 317; Baldwin, “The
Sanctions Debate and the Logic of Choice,” pp. 90–91, 105.
71 Early, Busted Sanctions, pp. 18–19. 72 Baldwin, Economic Statecraft, pp. 119–120,
133–134; Baldwin, “The Sanctions Debate and the Logic of Choice,” pp.87–88, 90. ➇もしもその経済制裁がなかったら結果はどうなっ ていたのか もしも経済制裁を行わなかったら、発動国の戦略 環境はより悪化していたかもしれない。この場合、 たとえ結果的に望ましい効果が得られなかったとし ても、その制裁は正当化されうる73。例えば、経済制 裁がなければ、北朝鮮の核兵器開発は今日よりはる かに早まっていたかもしれないし、ロシアの周辺諸 国への干渉はよりエスカレートしていたかもしれな い。同様の観点から、マリノフ(Nikolay Marinov) は従来の比較方法を問題視し、制裁の成功例と失敗 例を比較するのではなく、制裁が行われた例と行わ れなかった例を比較すべきだと主張している74。 ここまでボールドウィンの研究に基づいて①〜➇ を確認してきた。筆者は彼の主張にほぼ同意するが、 これらは結局のところ、次の⑨を示唆している。 ⑨「強制」よりも「戦略的立場の改善」 (a)ターゲットを譲歩させ、行動を修正させるこ とができたのか。(b)(許容可能なコストで)発動国 の戦略環境がどの程度改善されたのか。先行研究で は経済制裁の評価基準として専ら(a)が重視されて きた。しかし、制裁の真の有効性を評価するために は(a)よりも(b)の基準の方が重要である75。 従来の経済制裁の研究では、上記①から⑨は軽視 されがちであり、「強制」に焦点を当てた評価が支配 的であった。なぜだろうか。3つの理由が考えられ る76。 第1 に、「強制」は(相手を譲歩させ望ましい方向 に動かすという性質上)もしも達成されれば大きな 成果であり、それゆえ国連などの国際機関や政策決 定者が最も関心を持ちやすい成果である。 第2に、先の①⑥に関連する問題だが、単にター ゲットに遺憾の意を伝えたり、経済的コストを科す だけでよければ、しばしば経済制裁は実行されさえ
73 Baldwin, Economic Statecraft, pp. 22, 150, 156,
240.
74 Marinov, “Do Economic Sanctions Destabilize
Country Leaders?” pp. 565, 574.
75 こうした立場を明確に表明したものとして
Kirshner, “The Microfoundations of Economic Sanctions,” p. 34n.
76 示唆を受けたものとして Elliott, “Factors
Affecting the Success of Sanctions,” p. 52; Blanchard and Ripsman, “Asking the Right Question,” p. 221n.
すれば「成功」になりうる。これでは評価基準とし て甘すぎると考える向きもあるだろう。またこうし た「成功」は、地味で国民の評価も高くないため、 政策決定者も軽視しがちになる。 第3に、「強制」は「シグナリング」や「封じ込め」 と比べて、(表面上は)成否が観察しやすく見える。 それゆえ「強制」に基づいた評価の方がシンプルで 分かり易いと一般的には思われがちである。 ただし、第3の点に関していえば、実際には「強 制」の成否の観察は必ずしも容易ではない。ドレズ ナーによれば、「強制」のターゲットは、同盟国から の経済的脅しには比較的従順である77。しかし、こう した「強制」の成功は、表面上は単なる同盟国間の 「協力」に見えてしまうため、見落とされがちだと いう。例えば1990 年代のアルメニアやベラルーシに よるロシアへの「協力」は、実際にはロシアによる 両国への「強制」の成功であったと彼は主張してい る78。ドレズナーによれば、水面下の脅しで終わった 経済制裁の事例には成功例が多く、こうした事例も 加えて評価するならば、経済制裁は一般に思われて いるよりも「強制」において有効である。しかし、 こうした事例はしばしば観察が困難であり、先行研 究で十分に扱われていない79。他にマリノフも同様の 観点から「制裁は『目に見えない』形で作用しうる」 と指摘している80。
おわりに
経済制裁は長年、「強制」の観点から評価され、そ の有効性を否定されがちであった。しかし、こうし た研究姿勢は、なぜその「有効ではない」政策手段 が利用され続けるのかという素朴な疑問に答えられ ない。国家は自らの戦略環境を改善するため、「強制」 以外にも様々な目的で経済制裁を利用する。この点 を理解すれば先の疑問は消散する。特に「シグナリ ング」は多様な種類があり、国家の戦略環境の改善77 Drezner, The Sanctions Paradox, pp. 4–6. ドレ
ズナーがこのように考える理由は第3節(1)②で 既述。
78 Ibid., pp. 21, 246.
79 Daniel W. Drezner, “The Hidden Hand of
Economic Coercion,” International Organization, Vol. 57, Issue. 3, Summer 2003, pp. 644–647, 654–655.
80 Marinov, “Do Economic Sanctions Destabilize
Country Leaders?” p. 565. に重要な役割を果たす。 経済制裁は有効なのか。この問いは無意味である。 発動国やターゲットの状況によって、また制裁の目 的によって、答えが様々に変わるからである。「強制」 目的に限って考えてみても、ハフバウアーたちが算 出した34%という成功率は、既述のように否定的に も肯定的にも評価が可能である。経済制裁はどのよ うな目的を持っているのか。それぞれの目的はどの ような場合に成功し、どのような場合に失敗するの か。これらを問う方がはるかに生産的である。そし て経済制裁は、「強制」の成否だけではなく、目的と ターゲットの多様性、代案の有無、戦略環境の向上 など、より多面的な観点から評価される必要がある。 経済制裁は「非軍事的」手段ではあるが、常に「平 和的な」手段というわけではない。多数の人命を奪 ったイラクへの経済制裁は、制裁の残酷さを示す例 としてしばしば批判されている81。また本稿でも紹介 したブランチャードとリプスマンの研究に従うなら ば、経済制裁が「強制」に最も成功しそうなケース は、制裁に続いて発動国が軍事攻撃に着手しターゲ ットの安全が損なわれる可能性が高い時である。つ まり、平和が最も遠ざかりそうな時が、経済制裁(「強 制」)が最も成功しそうな時だということになる。こ うした場合の経済制裁は戦争と隣り合わせの手段と なる。とはいえ、「シグナリング」として外交やプロ パガンダより説得力があり、なおかつ一般的には軍 事力ほどには危険が大きくない手段として、経済制 裁に変わる手段は見当たらない。したがって、外交 と軍事の中間に位置する手段として今後も利用され つづけるだろう。 最後に「経済制裁」概念の限界を指摘したい。経 済制裁というネガティブな経済手段は、国家が利用 する経済手段のすべてではない。ターゲットに経済 的利益を与えることによって譲歩や行動の変更を促 すポジティブな経済手段――しばしば「経済報酬」 (economic incentive)と呼ばれる――も古くから存 在した82。そして経済制裁と経済報酬は往々にして表
81 Pape, “Why Economic Sanctions Do Not Work,”
p. 110; Haass, “Sanctioning Madness,” p. 79. 経済 制裁がターゲット国民にもたらす様々な災いについ ては Wood, “A Hand upon the Throat of the Nation,” p. 490.イラクのケースは例外的という指摘 についてはDrezner, “Sanctions Sometimes Smart,” p. 105.
82 例えばペルシャによるギリシャ都市国家の買収。
Klaus Knorr, “International Economic Leverage and Its Uses,” in Klaus Knorr and Frank N. Trager
裏一体の関係にある。例えば、経済制裁の解除は(タ ーゲットに経済的余裕をもたらす意味で)経済報酬 に転化し、逆に経済報酬の停止は(ターゲットから 経済的利益を奪う意味で)経済制裁に転化する。さ らに、核戦争の恐怖、経済的相互依存の深化、国民 の抵抗力を高めるナショナリズムなどによって今日 軍事力行使のコストが高騰していることは、経済報 酬も含めた経済手段全般が今後一層重要になること を予感させる。以上を考えると、ポジティブな経済 手段も取り込んだ、より広い概念の下で経済手段を 語るべき時代に入りつつあるのではないだろうか。 筆者はこうした観点から、「安全保障のための経済 的手段」全般を意味する言葉として「経済安全保障」 (economic security)を使用している83。他にこうし た意味で「ジオエコノミクス」(geoeconomics)や「経 済ステイトクラフト」(economic statecraft)を使用 する研究者もいる84。これに対して、新概念を作る必 要性を否定し、「ポジティブな経済制裁」、「ネガティ ブな経済制裁」という形で呼び分ければ良いと考え る向きもあるかもしれない。実際欧米では “positive sanctions” と “negative sanctions” という呼称が 時々使用されている85。しかし、こうした表現はハフ バウアーたちも指摘しているように必ずしも広く受 け入れられた表現ではない86。また、日本語特有の問 題として、日本語の「制裁」という言葉が「懲罰」 を意味するのに対してここでの “positive” とは「経 済的利益の提供」を意味しているので、「ポジティブ な経済制裁」という表現は、「熱い冷水」のような形
ed., Economic Issues and National Security
(Lawrence: University Press of Kansas, 1977), p. 100.
83 長谷川将規『経済安全保障―経済は安全保障にど
のように利用されているのか―』(日本経済評論社、 2013 年)。
84 Robert D. Blackwill and Jennifer M. Harris,
War by Other Means: Geoeconomics and Statecraft
(Cambridge: The Belknap Press of Harvard University Press, 2016); William J. Norris,
Chinese Economic Statecraft: Commercial Actors, Grand Strategy, and State Control (Ithaca: Cornell University, 2016).
85 例えば Baldwin, Economic Statecraft, pp. 20,
41–42, 186; Randall E. Newnham, Deutsche Mark Diplomacy: Positive Economic Sanctions in German–Russian Relations (University Park: The Pennsylvania State University Press, 2002), pp.2–3.
86 Hufbauer et al., ESR, 3rd ed., p. 3n.
容矛盾に思える。以上を考えると、経済的恩恵を与 えるポジティブな経済手段も含めて考える場合には、 「制裁」という日本語の使用は不適切であり、経済 的手段全般を表現するための、新しい包括的な概念 が必要であるように思われる。