168 日本教育行政学会年報…No.…45(2019)
1.問題の所在
2016年に『義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保 等に関する法律』が成立した。本法は,文部科学省の従来の不登校対策を反 復・拡張する「登校復帰促進法」と総括される一方で,法案審議過程では, 個別学習計画による義務教育認定など,必ずしも学校の共通経験を経ること なく,多様な経路を辿った者たちが,社会で初めてあいまみえる事態が現実 化する可能性をもつものであったと評されている(倉石,…2018)。すなわち, これまでの「通学型」を前提とした公教育のあり方そのものが,根本的に問 い直されていたのである。だとすれば,「非通学型」の教育の典型として実 践されてきた米国のホームスクーリング(homeschooling,以下HS)は,今 後の日本の公教育のあり方を考える上でも,注目に値するだろう。2.HSの現状
米国のHSは,1970年代にHS運動として出現し,当初は1.3万人程度であっ たが,現在では220万人に拡大している。その数はキリスト教系私立学校の 在籍者数よりも多く,チャータースクール在籍者数とほぼ同数にまで至って いる(Ray,…2016)。また,HSは米国においても「憲法上の権利」としては 認められていないが,1993年以降は全米50州のすべてで合法化されている■課題研究Ⅰ■
《報告3》
「非通学型」の公教育の可能性と課題
―ホームスクーリングを事例に―
松下 丈宏
(首都大学東京)日本教育行政学会年報…No.…45(2019) 169 課題研究Ⅰ (Gaither,…2009;…Kunzman,2012)。今日,HSは米国の主流派の家庭によっ ても,実行可能な教育選択肢と見なされるようになったといわれている (Ray,…2016)。
3.HS論争
HSについては,推進派と慎重派との間で,規制根拠とそのあり方をめぐっ て注目すべき論争が行われている。推進派はHSの規制根拠の挙証責任を州 に課し,規制のあり方を児童福祉法とのアナロジーで説明する(Glanzer,… 2008)。つまり,HSによって子どもが虐待・ネグレクトされていると州が立 証しない限り,妥当な実践だと推定されるべきだというのである。他方で, 慎重派は挙証責任を親に課し,規制のあり方も義務就学法に準拠することに なる(Reich:…2002,…2008)。それゆえ,HSにおいても,「子育て」とは区別さ れた意味での「教育」としての「市民教育」的側面が重視されることになる。 市民とは,「創り出されるのであって,生れ落ちるものではない」(Reich:… 2016:…136)からである。 この構図の下で争われた最大の争点は,HSにおける市民「教育」の「子 育て」への還元可能性であったといえるだろう。推進派は,児童福祉法との アナロジーからも明らかなように,市民「教育」を「子育て」に還元可能な ものとして理解している。それゆえ,推進派はHSの結果が市民「教育」と 矛盾しないこと,また既存の学校教育が市民「教育」に必ずしも成功してい な い こ と をHS批 判 へ の 反 論 と す る の が 常 で あ る(Glanzer,…2008;… Hardenbergh,…2016)。他方で,慎重派は市民「教育」の「子育て」への還 元可能性を認めない。HSにおいては「子育て」と市民「教育」が空間的に も,実践的にも混然一体と行われるからこそ,市民「教育」的側面の立証を 親にあくまでも求めていると理解できるのであった。4.HSへの三つのスタンス
170 日本教育行政学会年報…No.…45(2019) HSにおいては「子育て」と「教育」との区分が空間的にも,実践的にも 極めて曖昧になる。しかもHS実践者たちは,そもそも「子育て」と「教育」 の区分可能性を拒否する場合が多い(Hardenbergh,…2016)。それゆえ,HS へのいかなる州規制も,自分達の「神聖な領域」への正当化不可能な侵害と 見なされるのである(Kunzman,…2009)。 このようなHSの特徴を踏まえて考えるべき論点は,「親(子育て)の責任」 と「HSへのスタンス」の二点だろう。親は,そもそも子どもを大人に,あ るいは市民に成長させるいずれの責任があるのだろうか。従来,親(子育 て)の責任は,子どもを大人に成長させることであって,市民に成長させる ことではなかっただろう。子どもの市民への成長はあくまでも「学校(教 育)」が担うという「公私区分」論である。いわば,「公私区分」論がHSに おいては曖昧になっているともいえる。それゆえ,今後のHSへのスタンス は三つあるように思う。 一つ目は,HSの現状を考えると逆説的に聞こえるかもしれないが,教育 の子育てへの還元不可能性を重視して,HSを非合法化する方向である。いわ ば,教育とは徹頭徹尾「公共的なもの」だと考える共和主義の方向であり,私 (子育て)の公(教育)への浸食を拒否し,公私区分論を徹底する立場である。 二つ目は,あくまでもHSにおける市民「教育」的側面の確保を根拠に, HSの規制を主張する慎重派の立場である。確かに,リベラルな民主主義社 会は「自律的な市民」の存在を前提にする以上,HSを無規制の状態に放置 することは一見したところ危険である。また子どもも含めた「個人の自律」 を重視するという意味では「自律派リベラリズム」の方向といえるだろう (Reich,…2002,…2008;…Galston,…1995)。他方で,市民「教育」を口実に公(国 家)の私(子育て)への過度の介入に繋がらないように規制方法を巡っては 慎重に検討する必要がある。 三つ目は,HSを仮に無規制に放置したとしてもリベラルな民主主義社会 の存続が直ちに危うくなるわけではないという事実を重視する立場である。 HSにおいては,私(子育て)が公(教育)を確かに一定程度侵食するとし ても,いわば「明白かつ現在の危険」と呼べる水準までは,HSを寛容する
日本教育行政学会年報…No.…45(2019) 171 課題研究Ⅰ 方向である。HSへの児童福祉法の基準の適用を求める推進派の立場(Glanzer,… 2008)は,このように解釈することも可能であろう。さらに,HSを含めた 自由で多様な実践が結果的には社会的な多様性に繋がることを根拠に積極的 に容認する「寛容派リベラリズム」の方向でもある(Galston,…1995)。しか も,この方向はこれまで私立学校をほぼ無規制の状態で容認してきた米国の 伝統的な公教育制度のあり方のHSへの拡張でもあり,とりわけて危険だと いうわけでもないのである。 〈参考文献〉
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と教育消費者の勝利という視覚からの解釈」『教育学研究』第85巻2号,14-24頁。 宮口誠矢(2017)「米国ホームスクール政策に関する理論的課題―子ども・親・州
の三者関係に着目して」『日本教育政策学会年報』第24号,124-137頁。
Reich,…R.(2002)Bridging Liberalism and Multiculturalism in America,…University…of… Chicago.
Reich,…R.(2008)“On…regulating…homeschooling:…A…reply…to…Glanzer”,…Educational
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Reich,…R.(2016)“Why…homeschooling…should…be…regulated”,…Cooper,…B.…(ed.),…