はじめに
本書は,1977 年 10 月に京都大学理学部地質学鉱物学教室で開催されたコロキュウムで,著者 が怖いモノ知らずに講演した時の原稿をもとにして,その後,高知大学や愛媛大学で行った造岩 鉱物の熱力学的性質に関連した講義や,2,3 の大学の集中講義に準備したメモやノートを加筆発 展させたものである.岩波講座・地球惑星科学 5「地球惑星物質科学」の第 5 章に「造岩鉱物の 熱力学」と銘打って上梓した拙文で割愛した熱力学の基礎概念や,固相とメルトの平衡および 3 成分系の非理想固溶体に関する議論を加えた. 鉱物の熱力学的性質について,日本語で書かれた優れた入門書が都城 (1965, 1994) や坂野と松 井 (1979) により上梓されている.Wood と Fraser (1976) が簡潔でしかも平易な英語で書いた教科 書を出版している.また,Spear (1993) は懇切丁寧な大著を著している. 本書では,彼らが触れなかった問題や彼らが提出したモデルをより一般化した形で,鉱物の熱 力学的性質,つまり活動度と組成の関係について述べた.また,最近 5 年ほどの間に発展したこ の分野の成果も盛り込んだ.さらに,これまで断片的に発表してきた鉱物の熱力学に関した著者 の仕事を体系化しようという意図も込めた.なおかつ,Wood と Fraser が彼らの教科書で試みた ことと同様に,読者が熱力学を岩石学や鉱物学の分野に応用するテクニックを短時間で手軽に修 得できるように心がけた. 本書の目的は,伝統的な熱力学を著述することでなく,岩石学や鉱物学の分野で熱力学上の諸 問題を取り扱うために必要な基本的テクニックを著述することにあり,系統的な熱力学のトレー ニングを受ける機会が少なかった地質学や岩石学や鉱物学専攻の学生を対象とした.したがって, 本書では次の諸点について十分に注意したつもりである. 1.初等的にかつ丁寧に述べ,高等学校で数 III や物理学を選択しなかった読者でも支障なく読め るようにした. 2.可能な限り鉱物の熱力学に関する最新の文献から得られた知見を平易に述べた. 3.本書を通読することによって,楽しく熱力学を勉強することができるようにした. 4.岩石学や鉱物学の分野で重要な熱力学上の諸問題を解決する実力を短期間で身につけること ができるように工夫した. 少なくとも,著者はそのように心がけたつもりである.本書と同様な目的で書かれた「地質学 者のための」とか銘打った教科書には致命的な誤りを含んでいるものが多々ある.本書も同様に そのような間違いを含んでいないとは言いきれない.本書を批判的に読んでいただければ幸いで ある.本書で熱力学を勉強する読者は,必ず後に挙げた本格的な熱力学の教科書を座右において, 本書の誤りを発見してほしい.ii 本書を著すにあたり多くの友人から支援を受けた.とりわけ,池田剛,石塚英男,大和田正明, 小山内康人,亀井敦志,川上哲生,白石和行,馬場荘太郎,早坂康隆,外田千智,本吉洋一,吉 村康隆の諸氏には西日本東南極セミナーやその前後の座談会で,超高温変成岩鉱物の熱力学に関 連した拙いの議論で耳を患わせ,辛辣な批判を大いに授かり貴重な示唆を頂いた.日本地質学会, 日本岩石鉱物鉱床学会,南極地学シンポジウム,その他の研究会で,有馬眞,板谷徹丸,小畑正 明,榊原正幸,鈴木和博,辻森樹,土谷信高,土屋範芳,角替敏昭,西山忠男,廣井義邦の諸氏 から著者の稚拙な熱力学理論の欠陥を指摘して頂いた.集中講義やそれに付随したセミナーで北 村雅夫,志村俊昭,周藤賢治,高澤栄一,高橋栄一,平島崇男の諸氏からいくつかの誤謬を指摘 して頂いた.出版段階で共立出版株式会社編集部の横田穂波氏には,原稿の細部に目を通して頂 き多大な労力をおかけした.記して謝意を表す. 志半ばで逝去された松本隆先生に本書を捧げる. 平成 18 年 1 月 川嵜 智佑