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南アジア研究 第29号 019書評・金谷 美和「松村恵里『カラムカリ・アーティスト―インド手描き染色布をめぐる語り―』」

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Academic year: 2021

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(1)書評. 書評. 松村恵里『カラムカリ・アーティスト. インド手描き染色布をめぐる語り. 松村恵里『カラムカリ・アーティスト 手描き染色布をめぐる語り 』. 』. インド. 木犀社(2016年刊行、323頁、4600円+税、ISBN 978-4-89618-063-3). 金谷美和 本書は、 「伝統的」手描き模様染色布であるカラムカリの製作者を対 象として、 「モノが胚胎する潜在力とヒトとの相互関係」について論じ たものである。そのために、 「伝統的」なモノの作り手の「語り」を解釈 し、人々がモノづくりをとおして社会のなかで有するようになる自己表 象や自己認識ついて明らかにした。調査対象地域は、アーンドラ・プラ デーシュ州、シュリー・カーラハスティ(以降、カーラハスティと記す) である。 カラムカリは、19世紀半ばにカーラハスティに、寺院用掛け布として 伝わったとされ、綿布に植物染料で、ヒンドゥー教を中心とした宗教的 なデザインが手描きで描かれた布であった。カラムカリの技術は、1950 年代に消滅しかかったものの、行政による手工芸振興の対象となり、ト レーニングセンターでの技術継承を経て、製作者、製作形態、製品を変 容させながら、継承されてきた。 著者は、研究者であると同時に、加賀友禅のつくり手である。そして、 あるマスター・クラフツマンの弟子として、師の家に住み込みながら修 業を行った。このような著者の属性と経験に結びついて生じた問いが、 本書の出発点になっている。それは、カラムカリのつくり手たちは、自 分自身をどのように考えているのだろうか、というものである。著者は、 製作者たちと話をするなかで、彼らの語りにあらわれる「アーティスト」 という自己表象の言葉の使い方や使い分けに注目するようになった。人 類学的なフィールドワークの現場で生じた問いを明らかにするべく、真 摯に取り組み、結実したのが本書である。 インドでは、手工芸に対する関心が高まっているにもかかわらず、作 り手に対する関心は低い。肉体労働は、低い社会階層に属する人々の仕 事であるという認識が根強く、手工芸を享受する社会階層とは隔絶され てきた背景がある。つくり手自身の「名のり」は、そのような無関心に対 して発せられるメッセージであると著者は受け止めた。 251.

(2) 南アジア研究第29号(2017年). 著者は述べている。 「彼等の語りに耳を傾けるなかで、彼等がジレン マを感じる世界を彼等が納得できる世界として再現するために、製作者 としての名のりが重要な意味をもつのではないかと考えるようになっ た。 」そして、参与観察と製作実践への参加をとおして、その解明に乗り 出す。男性中心的な社会であるカラムカリ製作現場において、筆者が調 査を可能にしたのは、 「女性カテゴリーへの参加」=「その家の娘にな る」ことと、 「男性カテゴリーへの参加」=「その師の弟子になる」こと という二つの経路を通してであった。 章立ては、以下のようになっている。 序 1章 手工芸開発について 2章 カラムカリ技術 3章 製作者の多様化とその分類 4章 つくり手としての自己認識の生成 結び 以下、各章の内容を整理した上で、評価と課題に言及する。 序章において、著者は、以上に述べた問題関心を解明するために、従 来の「染織研究」ではなく、 「モノ研究」を理論的枠組みとして選択した 理由を述べている。 手描き技術では、 「できる」 「できない」という技術の差異化がおこり やすく、 「つくられたモノ」に「つくる人」の技術が反映されやすい。カ ラムカリを単なる物質ではなく、つくる人との相互関係のなかに位置づ けるために、 「モノ」のもつ影響力を重視する視点からの研究が不可欠 となると述べている。そして、アルフレッド・ジェルのエージェンシー 論に依拠することで、エージェンシーの影響をうけることで生成されて ゆく製作者たちの自己表象と認識について論じるとする。 1章では、1950年代にはじまった行政による手工芸開発について論じ ている。消滅しかけたカラムカリの技術が伝承されることになったのは、 行政の設置したトレーニングセンターの役割が大きい。手工芸開発は二 期に分けられる。一期は、1950年代から1995年でトレーニングセンター の設置とそこでの教授による伝承者育成の期間である。二期は、2004年 以降にあたり、経済的支援策導入により、プロジェクトと協働した製作 252.

(3) 書評. 松村恵里『カラムカリ・アーティスト. インド手描き染色布をめぐる語り. 』. 活動の展開や、それに促された工房の設立と製作者の増加の時期である。 手工芸開発は、 「伝統」の技術やデザインが継承された意義があったも のの、技術水準や就業形態の異なる多様な製作者を生みだすことになっ た。そして、その違いが、自己表象や自己認識の多様なありかたを生じ させることに結びついていくことが、後の章で示される。 2章では、カラムカリの技術水準の違いについて論じている。ここで、 著者の参加した技術訓練における技術の伝授の方法が明らかにされる。 師の模倣を繰り返すことで、描く技術とデザイン技術の習得がめざされ る。師との緊密な関係性のなかで、製作をめぐる観念を師と共有するよ うになる。しかし、短期間の技術指導しかうけず、師との関係を構築で きない製作者もあらわれた。 主な技術工程の変化は二つある。 「フリーハンド」と呼ばれるカラム (ペンの一種)をもちいた手描きから、下絵をなぞる「トレース」への変 化と、伝統的染色技法から、合成染料をもちいた合理的染色技法への変 化である。なかでも、布地の製作を行うために訓練された製作者は、短 期間での訓練しかうけていないために、技術力の低下が著しい。 「神」が 描けるかどうかが、技術水準の指標になっており、 「伝統的な」寺院掛け 布を製作できない製作者もあらわれている。さらに、デザインに関して、 伝統を継承した「カラムカリ・スタイル」と、製作者の個性をだした「モ ダン・スタイル」に分けられるようになる。実際には、技術やデザイン 製作が合理化され、変容しているにも関わらず、一部の技術的要素を保 持していることから、 「伝統性」があり、そのために「正統性」が担保さ れているとみなされている。カラムカリの規範としての価値は、正統な 伝統性を主張する要素として捉えられ、製作者間の差違化をうながす要 素としても機能するようになっていることが示される。 3章では、製作者の多様化の内実を明らかにするために、複数の要素 をもとに分類し、論じている。手工芸開発が効したことにより、カラム カリ製作者は増加し、1500∼2000人の従事者がいる。それによって、従 来の職能集団に属する者だけでなく、様々なカーストや宗教に属する者、 カーラハスティ外部からの参入者が生じることになった。したがって、 従来の職能集団に対応した分析では、製作者の実態は明らかにすること ができない。そのために、筆者は、技術の習得状況(2分類) 、技術レベ ル(7段階) 、就業形態(11分類)を踏まえて、製作者を6つのタイプに 253.

(4) 南アジア研究第29号(2017年). 分類している。そして、多様性を生みだしているのは、技術習得にあ たって、師との関係の持ち方であることが示される。どこでどのように 学んだかが、技術レベルに結びつき、就業のあり方、つくる作品(商品) の違いに関わる傾向が示される。さらに、これらのタイプの違いによっ て、製作者の「自己認識」の過程が異なってくることが、後の章で示され ることになる。一方で、手工芸開発以降誕生した女性の製作者に関して も、多様化がみられることが示され、彼女たちの「仕事」に対する内的な 変化についても考察している。 4章では、カラムカリ製作者の自己表象と自己認識について論じてい る。製作者の「アーティスト」という自己表象は、自己認識の過程のなか で生成されると考えたためである。従来のインド社会では、モノをつく る人々が「伝統的」な社会構造のなかで特定のカーストに属しており、 「インドらしさ」の象徴として位置付けられた。このような、伝統性を示 す製作者は、 「アーティザン」や「クラフトマン(クラフトパーソン) 」、 一方で、西洋美術概念に合致する分野において、個人の創造性を追求す る製作者は、 「アーティスト」という呼称の呼び分けが登場した。しかし、 カラムカリ製作者のなかに、伝統工芸の分野とみなされているにも関わ らず、 「アーティスト」と自称を始めた者がいた。彼は、トレーニングセ ンターで技術を習得した後、任命されて師として後進の育成にあたった 製作者であり、彼の弟子たちがその影響で名のりをするようになった。 著者は、この現象を短絡的に西洋美術概念の受容と結びつけて理解す ることは、カラムカリ製作者の自己表象を誤って捉えることになると考 える。そこで、製作者や行政担当者などカラムカリに関わる人々に、 「アーティスト」とはどういう人のことをいうか、なぜ「アーティス ト」と名のるのか、あるいは名のらないのかをインタビューし、その「語 り」を収集する。そのうえで、著者は、この現象を、製作現場のなかでの 自身の位置づけを自覚するようになるという、製作現場独自の価値観を 共有するなかで生まれていると解釈する。そして、 「アーティスト」とし ての自己表象がつくられるにあたって、製作者の内面について、より掘 りさげる必要があると考え、自己認識の生成過程に注目する。 自己認識とは、 「伝統的な」モノづくりを経験する中で生じる、製作者 が「つくり手」としての自身をいかにとらえるかという、内的に獲得さ れる意識のことである。著者は、製作者からの聞き取りをもとに、自己 254.

(5) 書評. 松村恵里『カラムカリ・アーティスト. インド手描き染色布をめぐる語り. 』. 認識の生成過程を、初期的な「自己解決能力の獲得」から、最終段階であ る「差別化にこだわらない自己追求型の認識の獲得」にいたる、五段階 にわけて考察している。それによって、自己認識生成過程の段階と、技 術レベルの関係には相関があることを示している。つまり、技術レベル が高い製作者ほど、自己認識生成過程の高い段階に至っているというこ とである。そして、著者は、自身に何ができて、他の製作者とどこが違う のか、自身とはどういうモノをつくる製作者なのか、などの自己認識の 違いが、自主的な自己表象の選択に影響しながら、彼らがつくろうとす るモノに反映され、さらに自己認識の再獲得、あるいは再確認へと循環 していると結論づける。 以上、各章の内容をまとめながら、本書の概要を述べた。 本書は、伝統が連綿と継承してきたかのようにみえる手描き染色布カ ラムカリが、実は技術伝承がほぼ断絶した後、手工芸開発によって復興 に成功した「伝統」工芸であること、しかも、伝承後に製作者や製作形態、 製作物などが変容し、多様化しながら継承されているということを、つ ぶさに明らかにしている。しかも、製作者の多様化を示すだけでなく、 多様性の内実にせまろうとする試みは、ねばり強いフィールドワークに よって、成功しているといえる。 本書の意義を強調した上で、課題について述べたい。それは、 「モノが 胚胎する潜在力とヒトとの相互関係」を明らかにすることに成功してい るだろうかということである。とくに、 「モノから発せられるエージェ ンシー」の論述が少なく、人の能動的行為をうけて、モノがエージェン シーをどのように発揮するかが不明瞭のままである。自己認識の生成の 高い段階にいたった製作者は、強く能動的行為を発動し、それがエー ジェンシーとなって、モノに発揮されることは、説得的に示されている。 自己認識の生成段階の高低によって、能動的行為の発動にも高低がみら れ、そのためにモノからのエージェンシーをうける程度にも高低が生じ、 結果として製作物の相違がうまれるという指摘は、興味深い。それだけ に、モノからの往還が示されていないのは残念である。 しかし一方で、本書のもつユニークさは、著者が、一貫して、カラムカ リをつくり手の視点から明らかにしようとしている点にある。伝統的な もの作りの技術伝承の危うい状況とその復興活動は、インドに限らず、 世界各地でみられる。近年、文化人類学でも、文化遺産の継承の問題に 255.

(6) 南アジア研究第29号(2017年). ついてとりくむ研究があらわれている。伝統工芸の技術も含まれる、無 形文化遺産は、地域の生活に根付いた「生きた」文化遺産が対象とされ るために、保存や維持のために「担い手」自身がその文化遺産を継承す ることへの動機を持つこと、日常的な継承の尽力が肝要であるとされ、 「担い手」に注目することが重要であるといわれている[飯田編 2017] 。技 術の「担い手」である当事者が、そのような活動に対して、どのように巻 き込まれ、対応し、技術伝承に携わっていくかについて明らかにしよう とする研究は、 [Venkatesan 2010]や、 [金谷編 2010]所収の諸論文がある ものの、いまだ蓄積は多くない。本書により、この分野の研究が充実し たことは喜ばしい。文化遺産の継承について関心をもつ人に、本書を読 んでもらいたいと思う。. 参照文献 飯田卓編 2017『文明史のなかの文化遺産』臨川書店。 金谷美和編 2010「特集 南アジアの手工芸と開発」『地域研究』10-2号。 Venkatesan, Soumuya 2010 Craft matters: Indian artisans, Development and the Nation. Delhi: Orient Black Swan.. かねたに みわ ●国立民族学博物館・外来研究員. 256.

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