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2. ポライトネス理論ブラウン & レビンソン (1987) のポライトネス理論を理解するには その理論が生まれるきっかけとなったデュルケーム (1912) の儀礼論 そしてゴフマン (1967) のフェイス概念を概観しておく必要がある フランスの社会学者デュルケームは オーストラリアのアボリジニ先

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2010 年 度 森 泰 吉 郎 記 念 研 究 振 興 基 金 研 究 成 果 報 告 書

研究課題名「日本語の談話構造と文法構造の関係を解明する実験的研究」

慶 應 義 塾 大 学 政 策 ・ メ デ ィ ア 研 究 科 後 期 博 士 課 程 2 年 田 島 弥 生 1.はじめに 円滑な異文化間コミュニケーションを阻害する要因の一つとして、コミュニケーショ ン・スタイルの違いが指摘されるようになってから久しい。実際、語彙、発音、統語面で は豊富な知識を持つ第二言語学習者でも、対面的コミュニケーションにおいては、そのス タイルの違いから、意図せずして相手に誤解を与えてしまうことも少なくない。例えば、「あ の~すみませんが」「ちょっとお尋ねしたいのですが」「ご存知かもしれませんが」といっ た前置き表現から会話を始めるスタイルは日本語談話によく見られるものだが、李(1995) が指摘しているように、韓国語での前置き表現は、「改まった場面や敬意を示す場面では使 用されるが、使いすぎると自分の意見をはっきり述べることができないというマイナスイ メージ」を持つ。談話レベルにおけるこの社会的ルールが、日本語学習過程において転移 された場合、学習者は、前置き表現なしに、まだ聞く準備のできていない相手に突然用件 内容を述べ始めてしまい、話の内容がうまく伝わらなかったり、相手に唐突な印象を与え てしまうこともあるだろう(柏崎、1992)。 このようなコミュニケーション・スタイルの違いを現在最も包括的に説明しうると考え られているのが、ブラウン&レビンソン(1987)らが提唱した「ポライトネス理論」である。 彼らは、対面的コミュニケーションにおいて人が様々にとりうる対人配慮のストラテジー を 5 つのステージに分け、コミュニケーション・スタイルにおける言語間の比較・分類を 可能にした。また、ポライトネス理論を複雑な敬語体系をもつ日本語に適用するには、「デ ィスコース・ポライトネス」という捉え方が必要であるとして、宇佐美(1998)はポライトネ ス理論を談話レベルにまで拡張させている。 本稿では、ブラウン&レビンソン(1987)のポライトネス理論、そして宇佐美(1998)のディ スコース・ポライトネスを援用し、日本語、中国語、韓国語の談話に見られる相違点を、 実験によって検証・考察する。特に本実験では、「前置き表現」に着目し、様々な対人配慮 のストラテジーが求められる発話行為として「依頼」を取り上げ、さらに、より自然な発 話を引き出すために「脚本完成テスト」を採用した。以下、まずはブラウン&レビンソン (1987)のポライトネス理論について概観するところから論を始めたい。

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2.ポライトネス理論

ブラウン&レビンソン(1987)のポライトネス理論を理解するには、その理論が生まれるき っかけとなったデュルケーム(1912)の儀礼論、そしてゴフマン(1967)のフェイス概念を概観 しておく必要がある。フランスの社会学者デュルケームは、オーストラリアのアボリジニ 先住民社会において、聖なる「トーテム」に対して人々が取る態度を観察し、聖なるもの に対して人が取る態度には、消極的儀礼(rites negatif)と積極的儀礼(rites positif)の二 つの方向性が見られることを発見した。すなわち前者は、聖なるものの聖性を汚さないよ うに、聖なるものを俗なるものから分離し隔離することで、触れない、見ない、呼ばない といったタブーや禁欲など、基本的に「~しない」という否定形で規定されるもの。後者 は、祝祭、供物、祈りなど、聖なるものを汚さない範囲内で聖なるものに近づこうとする ことで、「~してよい」という肯定形で規定されるものである。聖なるものに対するこの 二つの方向性を図に示すと、以下のようになる。 人 聖なるもの 消極的儀礼 人 聖なるもの 積極的儀礼 デュルケームは聖なるものに対するこの二つの方向性を、人間関係構築にも当てはめて 考え、人は聖なる人間性(他者)の領域をあえて侵そうとはしない、だが最大の幸福は他 者との交流にあると述べたのである(Durkheim, 1912; 滝浦、2008)。 またアメリカの社会学者ゴフマンは、現代社会における人々の対面的コミュニケーショ ンを解く鍵を、このデュルケームの「聖なるもの」に対する二方向性に見出した。彼は、 対面関係における「聖なるもの」、すなわち侵すべからざる相手の領域、具体的に言うと、 対面的なやり取りの中で、自分と相手がそれぞれに想定し、相互に認知しあう、自己につ いての肯定的なイメージ(体面、面子)、つまり「他人に対して保ちたいと思っている自 分の姿(津田、1999)」を、フェイスと名付けた。そして、相手のフェイスを尊重し、配 慮する方法は、「~しない」と否定形で規定される「回避的儀礼(avoidance ritual)」と、 「~してよい」と肯定形で規定される「呈示的儀礼(presentational ritual)」の二つの方 向性をもつものと定義したのである(Goffman, 1967; 滝浦、2008)。つまり前者は、失礼 にあたるので相手の名前をあえて呼ばないなど、相応の距離をとって相手のフェイスを侵 さないようにすることであり、後者は、相手をファーストネームで呼ぶなど、親しみを協 調して相手に近づこうとすることである。 ブラウン&レビンソンのポライトネス理論は、デュルケームやゴフマンの見出した「聖 なるもの」に対する二つの方向性を、対面的コミュニケーションにおける人の言語的ふる まいをとらえるための枠組みとしてあてはめるところから生まれた。彼らはまず、ゴフマ

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ンの提示したフェイス概念を対人配慮(ポライトネス)の向けられるべき対象とし、さら により具体的に、配慮すべき相手のフェイスとは、社会的存在である人間としての基本的 な欲求であると考え、デュルケームやゴフマンの見出した聖なるものに対する二方向性(~ しない「遠ざかる」/~する「近づく」)に基づき、フェイスを次の二つに分けた。 ネガティブ・フェイス = 他者に邪魔されたくない、踏み込まれたくないという欲求 ポジティブ・フェイス = 相手に受け入れられたい、よく思われたいという欲求 「他者に邪魔されたくない、踏み込まれたくない」というネガティブ・フェイスに配慮 した場合は、相手の領域には踏み込まず、相手との間に一定の距離を置くことになる。一 方、「相手に受け入れられたい、よく思われたい」というポジティブ・フェイスに配慮し た場合は、共感や親しみを表して、相手に近づくよう試みることになる。ネガティブ・フ ェイスに配慮した対人配慮(ポライトネス)の方策は、ネガティブ・ポライトネスと呼ば れ、ポジティブ・フェイスに配慮した方策はポジティブ・ポライトネスと呼ばれている。 具体的に、前者(ネガティブ・ポライトネス)の例としては、直接的な表現を避ける、 慣習的な間接的表現を使う、敬語を使う、あいまいにぼかす、謝罪する、非人格化する、 名詞化するなど、全部で 10 のストラテジーが紹介されている。そこに共通しているのは、 相手と自分が同じ基盤には立っていないと見なす構え、間接的表現や遠隔化的表現によっ て、相手との間に相応の距離を保ち、相手の領域を侵害しないというスタンスであり、回 避、敬避のストラテジーと言える。 一方、後者(ポジティブ・ポライトネス)の例としては、相手を褒める、相手の小さな 変化に気づく、一致や共感できる点を見出そうとする、などのほか、タメ口で話す、冗談 を言う、内輪の言葉で話すなど、全部で15 のストラテジーが紹介されている。そこに共通 しているのは、相手と自分が同じ基盤の上に立っていると見なす構え、直接的表現や近接 化的表現によって、相手との距離を縮め、相手に近づくスタンスである。共感、共有、共 同、共通がそのキーワードと言える。両ストラテジーの働きを図で示すと以下のようにな る。 話し手 聞き手(相手) ネガティブ・ポライトネス 話し手 聞き手(相手) ポジティブ・ポライトネス ここで前者と後者を比べると、後者の方がリスクを伴うことが分かる。親しい関係なら よいが、相手が一定の距離を保っておきたい場合には、この接近は受け入れられず、イン ポライトであるとみなされることもあるだろう。逆に、親しい間柄にもかかわらず、ネガ

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ティブ・ポライトネスが多用される場合にも、水くさい、冷淡だなどと感じられ、これも またインポライトとみなされるかもしれない。ブラウン&レビンソンは、対面的コミュニ ケーションにおいて、人がどのような対人配慮のストラテジーを選択するかは、フェイス が侵害される可能性(フェイス・リスク)の大きさによって決まるものと考えた。そして、 フェイス・リスクは、相手との距離(D)、力関係(P)、事柄の負荷度(R)の 3 要因に よって決まるものとして、次のように定式化した。その上で、フェイス・リスクの大きさ によって、人は以下に提示する 5 つのポライトネス・ストラテジーを使い分けるものと考 えたのである。 <フェイス・リスク見積もりの公式> Wx = D (S, H) + P (H, S) + Rx Wx (weightiness): ある行為 x の相手に対するフェイス・リスク D (distance): 話し手(speaker)と聞き手(hearer)の社会的距離(親疎関係) P (power): 聞き手(hearer)の話し手(speaker)に対する力(上下関係) Rx (ranking of imposition): 特定の文化内における行為 x の負荷度(タスクの難易度) <5 つのポライトネス・ストラテジー> フェイス・リスク(小) (1)はっきり言う。直言する。 (2)ポジティブ・ポライトネスを使う。 (3)ネガティブ・ポライトネスを使う。 (4)ほのめかすだけで、意図伝達を行わない。 (5)言わない。 フェイス・リスク(大) このように、フェイス・リスクの構成要素をD と P と R の 3 つに分けることで、例えば、 同じ事柄であっても、親しい相手に頼む場合と見知らぬ他人に頼む場合とで、フェイス・ リスク全体の大きさの異なることが容易にわかる。親しい友達に、簡単なことをお願いす るときには、ポジティブ・ポライトネスを使い、上司に、難しいことを依頼する場合には、 ネガティブ・ポライトネスを試してみるが、トータルのフェイス・リスクがあまりにも大 きいと感じるような場合は、ほのめかすだけにとどめておく、あるいは何も言わないとい ったように、フェイス・リスクの大きさに応じて最適なストラテジーを選択しているので ある。 どのポライトネス・ストラテジーが優勢であるかは、言語文化によって異なる。ブラウ ン&レビンソン(1987)は、ネガティブ・ポライトネスがよく現れる言語として日本語やイギ

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リス英語を挙げており、一方、ポジティブ・ポライトネスがよく現れる言語として、アメ リカ英語や、現代中国語を挙げている。しかし、彼らの提唱した5つのポライトネス・ス トラテジーはどの言語文化にも存在しており、この点で、彼らの理論は「枠組みとして普 遍的(滝浦、2008)」であると言える。そしてこれによって、敬語を持つ言語と持たない 言語をも比較することが可能になったのである。 3.ポライトネス理論に関する先行研究 中国語や韓国語がポジティブ・ポライトネス型の言語であるのに対し、日本語はネガテ ィブ・ポライトネス型の言語であることは、これまでに数多くの研究によって示されてき た。 平(2006)は、テレビのインタビュー番組の会話を分析し、中国語の会話には、親族呼 称を使う、あえて相手と同じ方言を使う、相手の私的領域に踏み込むなど、親密さを強調 して、話し手が聞き手との距離をできるだけ近づけようとするポジティブ・ポライトネス が多用されており、かつ英語と同じく、中国語のポジティブ・ポライトネスはネガティブ・ ポライトネスとはっきり分けて使用されていたと報告している。一方、日本語の会話には、 相手の私的領域に踏み込む発話はほとんど見られず、ポジティブ・ポライトネスもネガテ ィブ・ポライトネス(敬語など)と一緒になって複合形で現れていた。この結果は、日本 語と中国語のポジティブ・ポライトネスに関する母(2002)の分析によって、次のように 解釈できる。すなわち、日本語には敬語体系が言語形式として存在しているので、それを 無視して相手との距離を縮めようとポジティブ・ポライトネスを使用しても受け入れられ ず、日本語のポジティブ・ポライトネスは敬語などのネガティブ・ポライトネスと同時に 現れることが多い。一方、中国語には敬語体系が言語形式として明確に存在してはいない ので、ポジティブ・ポライトネスの使用に日本語のような制限がなく、また親族関係を基 盤とした中国文化の背景によって、ポジティブ・ポライトネス社会が生まれているのであ る。 また笹川(1999)は、日本語、韓国語、中国語を含む 9 言語の各母語話者を対象に、依 頼の談話完成テストを行い、日本語母語話者にはネガティブ・ポライトネスの、中国語、 韓国語の母語話者にはポジティブ・ポライトネスの多用が見られたと報告している。笹川 はこの結果について、「依頼」という発話行為が持つ意味合いの違いに、その解釈を求め ている。つまり、日本語母語話者にとって依頼とは、相手に何らかの負担をかける行為で あるため、相手の時間や行動を妨げることに遺憾の意を示しながら、遠慮がちに助力を願 うネガティブ・ポライトネスを使用する。一方、韓国語母語話者にとって、遠慮は親しさ に水をさすインポライトな行為であり、むしろ家族のように振舞い、正直に相手に甘える 依頼の方が好まれるため、ポジティブ・ポライトネスが多用される。そして、地位や名誉 を重んじる中国社会では、依頼という行為は相手の面子を評価するもの(相手に敬意を払

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う行為)なので、遺憾の意を示す必要はなく、「あなたに能力があるからお願いするんで す」と、直接助力を請うポジティブ・ポライトネスが好まれるのであると指摘している。 同様に、任(2004)も、日本語と韓国語の母語話者を対象に、食事の誘い、翻訳のアル バイトの勧め、商品購入の働きかけを断るという 3 つの場面で、親疎、上下の関係を様々 に設定しロールプレイを行ったが、韓国語母語話者は内輪ことば、冗談、共通話題の提示 などのポジティブ・ポライトネスを日本語母語話者の約 4 倍の頻度で使用したのに対し、 日本語母語話者は詫び表現などのネガティブ・ポライトネスを多用したと報告している。 このように、ネガティブ・ポライトネス型の日本語に対して、中国語、韓国語はポジテ ィブ・ポライトネス型の言語であるという図式が、先行研究によって示されてきた。そこ には、敬語の有無といった言語的要因や、親族関係を基盤とした文化、一般的に期待され ている対人間の距離といった社会文化的要因が、ともにポライトネスの現れ方に影響を及 ぼしているように思われる。それでは、ネガティブ・ポライトネス型言語である日本語に は、敬語形式以外にどのようなネガティブ・ポライトネスが観察されるだろうか。本稿で は、日本語談話の特徴として、「前置き表現」に注目してみたい。 4.日本語談話に見られるネガティブ・ポライトネス 日本語母語話者の談話構築の特徴として、いきなり本題には入らず、「あの~」「ちょ っと、すみませんが」「ご存じの通り」「以前にもお話しさせていただきましたが」「大 したことじゃないんだけど」などといった前置き表現を用いて、「私はこれからあなたに 話をしますよ」というメッセージを相手に伝え、自分の話を聞く準備をしてもらう、いう なれば、これから会話を始めるための「場作り」をするといったことが頻繁に見られる。 これは、ブラウン&レビンソンが提唱した10 のネガティブ・ストラテジーには含まれてい ないのだが、「聖なるもの」は見ない、触れない、呼ばないというタブー同様、相手に話 しかけるという行為自体が聖なる相手の領域に踏み込む行為であるとするならば、相手に 本題をいきなり切り出さずに、相手に自分の話を聞く準備をさせる、いきなり本題、用件 を相手につきつけるのではなく、まず会話の「場」をつくってから会話を進展させるとい う「前置き表現」は、「他者に邪魔されたくない、踏み込まれたくない、自分の領域を侵 されたくない」という相手のネガティブ・フェイスを顧慮したネガティブ・ストラテジー であると言えるだろう。その証拠に、何の前置きもなくいきなり要件を切り出された場合、 たいていの人は、「いきなり失礼な人だなぁ」「いやに急いでるな」「何かあったのかな」 「この間のこと、怒ってるのかしら」など、相手に通常とは違うという印象をもつ。つま り、何らかの「前置き表現」によって、会話の「場作り」をしてから本題に入るというの が、日本語のポライトな会話スタイルであるから、そうでない場合、聞き手は、「ポライ トではない」という有標性を見出してしまうのである(ここでいうポライトな会話という のは、相手のフェイスに考慮した円滑な対面的コミュニケーションを指すのであって、丁

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重な言葉遣いや、目上の人に対する会話のみを指しているわけではない)。もちろん、前 置き表現のない会話も、日本語談話の構造上、十分ありうる。つまりこれは、日本語談話 の構造上の問題ではなく、どちらの方が円滑な対面的コミュニケーションを成立させるこ とができるのか、どちらの方が相手に無理なく受け入れられるのか、どちらの方が相手に 的確に意味を伝えることができるのか、といった語用論上の問題であり、ポライトネス理 論によって説明しうる事象である。 5.「前置き表現」に関する先行研究 前置き表現に関しても、前述のポライトネス研究同様、言語別の違いが報告されている。 柏崎(1992)は、日本語母語話者、日本語学習者を対象に、大学職員に対する「依頼」「要 求」の話しかけ行動を録音、観察し、日本語母語話者の約 9 割に、「すみませんが」「あ の~」「失礼します」など、相手の負担に配慮した前置き表現が現れるという結果を得た。 特に、負担のかかりそうな内容や複雑な内容の場合には、前置き表現はゆっくり伸ばしぎ みに発せられ、その後にポーズを置いて相手の反応をうかがう様子も見られるなど、前置 き表現が事柄の負荷度(R)の指標として使用されていることが示されている。一方、日本 語学習者の発話に現れた前置き表現には、「あの~」「すみませんが」だけでなく、「こ んにちは」「ちょっと」も多用されており、相手の負担に配慮するというよりはむしろ、 親しみを示すといったポジティブ・ポライトネスの一つとして使用されていることが分か った。 朴(2000)は、日本語母語話者、韓国語母語話者、韓国人日本語学習者を対象に談話完 成テストを行い、不満を表明する際に現れる前置き表現について調査したが、韓国語母語 話者に前置き表現はほとんど見られず、日本語母語話者には、韓国語母語話者の約 3 倍の 前置き表現が見られたと指摘している。一方、韓国人日本語学習者には、日本語母語話者 を超える前置き表現が見られるという過剰修正(Hyper-Correction)が現れた。 また槌田(2003)は、日本語母語話者、韓国人日本語学習者を対象に、8つの依頼場面 を設定し、ロールプレイを行ったが、日本語母語話者には、依頼内容の難易度(R)、及 び上下関係(P)による「前置き表現」の使い分けが見られたのに対し、韓国人日本語学 習者には、上下関係(P)による「前置き表現」の使い分けしか見られなかったと報告し ている。親疎関係(D)による使い分けはどちらにも見られず、このように、前置き表現 をポライトネス・ストラテジーとして使用する要因が言語によって異なることが示された。 本実験では、槌田(2003)の実験を基に 18 の依頼場面を設定し、「前置き表現」が、日 本語、中国語、韓国語の依頼談話において、ネガティブ・ポライトネスの一つとして機能 しているか、つまり上下関係(P)、親疎関係(D)、依頼内容の難易度(R)による使い 分けが見られるかどうかについて検証し、同時に、ネガティブ・ポライトネスの一つとし て機能している場合、上下関係(P)、親疎関係(D)、依頼内容の難易度(R)のどの指

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標として使用されているか、そこに言語による違いが見られるかどうかについても観察し ていく。 6.本稿の分析基準 本稿では、柏崎(1992)、猪崎(2000)、池田(2000)、槌田(2003)を参考に、依頼談 話の分析基準を表1のように設定する。 表1:依頼談話の分析基準 先行研究 本稿 柏崎(1992) 猪崎(2000) 池田他(2000) 槌田(2003) 前置き部分 注目要求 談話表示 開始部分 ・配慮 ・呼びかけ ・挨拶 ・自己紹介 依頼の 前置き 会話の場作り ・配慮(1) ・呼びかけ ・挨拶 ・自己紹介 依頼予告 内容表示 依頼の前置き 前置き 依頼の場作り ・別の話題 ・依頼予告 主題提示 用件内容 先行発話 ・情報提供 ・情報要求 情報提供 先行発話 依頼先行発話 ・情報提供 ・情報要求 依頼発話 配慮 主依頼 依頼発話 依頼発話 ・配慮(2) ・主依頼 先行研究における分析基準を見てみると、まず柏崎(1992)は、話し始めから用件内容 を述べる前まで、つまり用件内容に先立つ部分すべてを「前置き部分」としている。これ には、「あの~」「こんにちは」「~さん(名前・役職名)」のように、相手に呼び掛けてコ ミュニケーションの「場作り」をするための要素も含まれている。そして、複雑な用件内 容を話し始める時には、まず「~のことなんですけど」と主題を提示してポーズを置き、 相手に内容に対する構えを作らせるとしている。 次に、猪崎(2000)は、ザトラウスキー(1993)の「話談」という概念を援用し、依頼 談話を「依頼予告」「先行発話」「依頼発話」の 3 つの話談に分けている。ここでいう話談

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とは、「談話内部の発話の集合体が内容上のまとまりをもったもので、それぞれの参加者の 目的によって、相対的に他と区別されるもの」のことである(ザトラウスキー1993、猪崎 2000:81)。「先行発話」はさらに、依頼の理由やいきさつ、経緯、状況を相手に説明する「情 報提供」型の発話と、相手に依頼に必要な情報を尋ねる「情報要求」型の発話とに分けら れ、例えば、日本語母語話者の依頼談話には、まず、「実はお願いしたいことがありまして」 などのように、「依頼予告」によってこれから依頼を行うことを予め伝え、続いて「情報提 供型の先行発話」によって、依頼の理由やいきさつを説明し、その後「依頼発話」を行う という談話構成がよく見られるが、フランス語母語話者の依頼談話には、「依頼予告」はあ まり現れず、「車をもっていますか」などの「情報要求型の先行発話」によって間接的、暗 示的に「車を貸して下さい」といった依頼を示し、直接「依頼発話」を行わないという談 話構成が見られると指摘している。なお、柏崎(1992)の分析基準では「前置き部分」に 含まれていた「あの~」「すみませんが」などの要素は、「注目要求」や「談話表示」とし て分類され、依頼談話の構成要素としては分析されていない。 一方、池田他(2000)は、話し始めから依頼に到るまでを一つの依頼行動とし、それを 「開始部分」と「依頼部分」の二つに大きく分けている。「開始部分」はさらに「呼びかけ」 「挨拶」「自己紹介」の三つに、「依頼部分」は「内容表示(依頼の前置き)」「情報提供」「主 依頼」の三つに分類され、また、「ちょっといいですか」「申し訳ないのですが」など、相 手に対する気遣いを示す表現は、「開始部分」「主依頼」の両方において「配慮」として別 に分類されている。猪崎(2000)同様、日本語母語話者の依頼談話は、「内容表示(依頼の 前置き)」→「情報提供」→「主依頼」の順に発話機能が出現するのに対し、中国人日本語 学習者の依頼談話には、「情報提供」が現れない、もしくは「主依頼」のあとに「情報提供」 が行われる事例があったと報告しており、これは「中国語の談話においては最初に要点・ 確信を述べる談話構造が珍しくなく、また失礼でもない」からであると説明している(池 田他2000:28)。そして最後に槌田(2003)は、猪崎(2000)、池田他(2000)に倣い、依 頼談話の構成要素を「前置き」「先行発話」「依頼発話」の3 つに分類している。 ここで問題となるのは、「前置き」の定義である。表1を見ても分かる通り、「前置き」 に含まれる要素はそれぞれ異なる。柏崎(1992)や池田他(2000)は、「あの~」「こんに ちは」「~さん(名前・役職名)」といった呼びかけや、「すみませんが」のような相手への 「配慮」を示す発話を、それぞれ「前置き部分」「開始部分」として依頼談話の構成要素と しているが、猪崎(2000)や槌田(2003)は含めていない。しかし、「依頼」という発話行 為が潜在的にもつフェイス・リスクの大きさ、例えば、自分よりも社会的に力のある相手 に、難しい依頼を承諾させる場合のその困難さについて考えてみると、話しかける段階か ら、もっと言うとドアをノックする段階からすでにその依頼行為は始まっているのであっ て、「呼びかけ」や「相手への配慮」も依頼談話の構成要素として分析対象とすべきであろ うと思われる。最初の会話の場づくりに成功するか否かによって、その後の会話の展開が 大きく変わったという経験は、誰しもが持っているものであろう。そこで本稿では、依頼

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談話における「前置き」を、「依頼の前置き」と定義し直し、「会話の場作り」「依頼の場作 り」「依頼先行発話」の3つの要素から構成されているものとした。そして、猪崎(2000) に倣い、ザトラウスキー(1993)の「話談」の概念を援用し、「会話の場作り」には「配慮」 「呼びかけ」「挨拶」「自己紹介」の4つの話段、「依頼の場作り」には「依頼予告」「別の 話題」の2つの話段、そして「依頼先行発話」には依頼の理由やいきさつを説明する「情 報提供」と、依頼に必要な情報を相手から聞き出す「情報要求」の2つの話段がそれぞれ 含まれているものとした。また「依頼発話」も「配慮」と「主依頼」の2つの話段に分け て分析を行った(表1参照)。以下に、実際の依頼談話の分析例を示しておく。 「会話の場作り」 1 配慮(1) すみません 2 呼びかけ 先生 3 挨拶 ご無沙汰してます 4 自己紹介 藤原です 「依頼の場作り」 5 別の話題 最近、めっきり寒くなりましたね 6 依頼予告 今日は、一つお願いがありまして 「依頼先行発話」 7 情報提供 実は、奨学金の推薦状が必要なのですが、 8 情報要求 今日はお忙しいでしょうか? 「依頼発話」 9 配慮(2) 大変申し訳ないのですが 10 主依頼 推薦状を書いていただけないでしょうか ここで一つ注意しておきたいのは、上に示されている「配慮(1)」と「配慮(2)」は それぞれ別のものだということである。「会話の場作り」における「配慮(1)」とは、話 しかけることに対する配慮であり、依頼に対する配慮ではない。例えば、「今、お時間よろ しいですか」のように相手の「時間の都合を聞く」場合や、「ちょっとお話しさせていただ いていいですか」のように「面談の許可を請う」場合、「お忙しいところすみませんが」の ように相手に話しかけることを「詫びる」場合、それから「あの~」のように相手の注意 を喚起して、あなたにこれから話しをしますよというメッセージを相手に伝える「話しか けのメッセージ」などがこれに含まれる。一方、「依頼発話」における「配慮(2)」は、 依頼に対する配慮を指す。具体的には、「もしよろしければ」のように「相手の意思・状況 を尊重」するもの、「あの~実は」のように依頼に対する「ためらい」を表すもの、「急な お願いでご迷惑とは思いますが」のように「状況の認識を表明」するもの、「~だけでいい ので」と「負荷の小ささを強調」するもの、「無理ならいいんだけど」と「悲観視」するこ とで相手に逃げ道をつくってやるもの、「代わりに~しますので」と「お返し」を表明する

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もの、そして「こんなこと頼めるのはあなたしかいない」と「親しさを協調」することで、 ポジティブ・ポライトネス的配慮を示すものなどがある。本稿では、依頼に対する配慮(2) までをも含めた、1配慮(1)、2呼びかけ、3挨拶、4自己紹介、5別の話題、6依頼予 告、7情報提供、8情報要求、9配慮(2)のすべてを「依頼の前置き」と捉え、その出 現率を各言語別に観察していく。 7.調査方法 7.1 参加者 対象グループは、日本語母語話者、韓国語母語話者、中国語母語話者の 3 つである。グ ループ間の均質性を図るため、どのグループも参加者は首都圏の大学に在籍している大学 生(18 才~22 才)に限定した。日本語グループは日本語を母語とする学生 20 名(男性 10 名、女性 10 名)、韓国語グループは首都圏の大学に留学している韓国語を母語とする学生 20 名(男性 12 名、女性 8 名、平均日本滞在年数 1 年 11 カ月)、中国語母語話者は首都圏 の大学に留学している中国語を母語とする学生20 名(男性 7 名、女性 13 名、平均日本滞 在年数1 年 10 カ月)である。 7.2 実験手順 フェイス・リスクを構成する 3 つの要素(親疎、上下、依頼内容の難易度)をさまざま に設定した18 の依頼場面を設計した。親疎は「親」「疎」の2つ、上下は「上」「同」「下」 の3つ、依頼内容の難易度は「難」「中」「易」の3つのカテゴリーにそれぞれ分けられて いる(表2 参照)。依頼の難易度に関しては、例えば、「親しい後輩(親・下)」と「ほとん ど話したこともない教授(疎・上)」に対して依頼する内容をすべて等しくすることは、日 常的に実際に行われている依頼の様相と大きくかけ離れてしまうため、あえて同じ依頼内 容にはせず、事前に難易度に関するアンケートをとることで、難・中・易のバランスをと った。 設定した18 の依頼場面のうち、ランダムに抽出した 9 場面を各参加者に提示し、母語で 自由に依頼文を作成してもらい、どの程度前置き表現が現れるか、各言語グループ別に検 証した。実験説明も含め、各参加者に提示されるすべての指示、脚本は各母語に翻訳され たものを使用した。また、より自然な発話を引き出すため、各場面は以下の通り脚本とし て提示され、参加者には「自分だったらどのように依頼をするか」、自分のセリフを自由に 書いてもらう方式を採った。 (例)「親」「上」「難」の場面 しまった!今日は 1 限に必修授業のテストがあったのに寝坊してしまった。この授業の 単位を落とせば、卒業できなくなり、就職も取り消されてしまう。大学の規則では、追試

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を受けられる理由はないのだが、いつも親しくさせてもらっている教授の授業なので、何 とか追試をお願いしてみよう。 「コンコン」(ノックの音) 教授:「はい」 「ガチャ」(ドアが開く) あなたのセリフ: 表2:18 の依頼場面 被依頼者 難 中 易 親 上 親しい教授 1. 追試を受けさせ てもらう 2. 奨学金申請の推 薦状を書いてもら う 3. 休 ん だ 授 業 の プリントをもらう 同 親しい同級生の 友人 (同性) 4. 1か月分の家賃 を借りる 5. 遅くなったので 泊めてもらう 6. バ ス 代 2 1 0 円を借りる 下 親しいサークル の後輩 (同性) 7. 1か月分の家賃 を借りる 8. 遅くなったので 泊めてもらう 9. バ ス 代 2 1 0 円を借りる 疎 上 話したことのな い教授 10. 追試を受けさ せてもらう 11. 奨学金申請の 推薦状を書いても らう 12. 休んだ授業の プリントをもらう 同 隣に住んでいる 同じ年の大学生 (同性) 13. 鍵をなくして しまい、泊めても らう 14. 旅行中、ペット を預かってもらう 15. 新聞を借りる 下 隣に住んでいる 年 下 の 大 学 生 (同性) 16. 鍵をなくして しまい、泊めても らう 17. 旅行中、ペット を預かってもらう 18. 新聞を借りる 8.実験結果 8.1 各言語グループ別結果 各回答は、上述の基準に従って話談に分析し、主依頼がはっきりと現れていないものは 除外した。その結果、日本語165 例、韓国語 176 例、中国語 154 例の依頼談話のデータを 得ることが出来た。上述の通り、1配慮(1)、2呼びかけ、3挨拶、4自己紹介、5別の 話題、6依頼予告、7情報提供、8情報要求、9配慮(2)のすべてを「依頼の前置き」 としてカウントし、各言語グループ別に、親疎、上下、依頼の難易度による前置き表現の

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平均出現数を算出した(表3,4,5 参照)。 表3 「依頼の前置き」表現の平均出現数(中国語) 難 中 易 親 上 3 2.4 2.58 同 1.67 1.38 2.1 下 2.91 1.64 2.14 疎 上 3.75 3.75 2.4 同 2 2.17 3.17 下 3 2.92 1.25 注)n = 154 表4 「依頼の前置き」表現の平均出現数(韓国語) 難 中 易 親 上 5 5.45 4.5 同 4.2 2.08 3.33 下 4.6 2.75 3.27 疎 上 4.25 5.22 3.9 同 5.4 3.4 4.63 下 2.89 4.4 5.5 注)n = 176 表5 「依頼の前置き」表現の平均出現数(日本語) 難 中 易 親 上 4.33 5.22 4.67 同 2.71 2.38 3.23 下 4.45 3 3 疎 上 4.56 5.75 4 同 4.57 6.17 6.36 下 6.46 6.83 5.75 注)n = 165 例えば、表 5 の右上の数字(4.67)は、親しい、目上の人に、易しい依頼をする(親し

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い大学教授に休んだ授業のプリントをもらえるようお願いする)という場面を想定したと きに、その依頼談話に現れた「依頼の前置き」表現(以下、前置き表現)の平均数である。 その内訳は後で述べるとして、ここでは、主依頼に辿りつく前に、どれだけ多くの依頼の 前置きを重ねて、相手に与えるフェイスリスクを軽減しようとしているかを観察していく。 まず、依頼の難易度によって前置き表現の出現頻度が異なるかどうかについて検証した 結果、各言語グループともに、難・中・易の水準間に有意差は見られず、依頼の難易度に よる前置き表現の使い分けはまったくと言っていいほど見られなかった(Figure 1 参照)。 Figure 1. 依頼難易度による前置き表現の平均出現数 次に、上下関係による前置き表現の出現頻度を観察した(Figure 2 参照)。その結果、韓 国語、中国語グループに、「上」に依頼するときの方が「同」に依頼するときよりも前置き 表現を多用する傾向が見られた(p < .01)。一方、日本語グループには、上下関係による前 置き表現の使い分けは見られなかった。なお、どの言語グループにおいても、「同」に対す る依頼より「下」に対する依頼の方が、前置き表現が多用されているのだが、ここでもや はり、韓国語、中国語グループに関しては、「上」に依頼するときの方が「下」に依頼する ときよりも前置き表現が多用されていた(p < .05)。韓国語、中国語グループの各場面別の 分析結果は以下の通りである(表6,7 参照)。 0 1 2 3 4 5 中国語 韓国語 日本語 難 中 易

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Figure 2. 上下関係による前置き表現の平均出現数 表6 上下関係別、前置き表現の平均出現数(韓国語) 難 中 易 親 上 5

**

(1)

**

(2)

5.45

4.5 同 4.2

**

(1)

2.08

3.33 下 4.6

**

(2)

2.75

3.27 疎 上

*4.25

*5.22

3.9 同 5.4

*3.4

4.63 下

*2.89

4.4 5.5 注1)n = 176 注2)斜線太字の項目は、分散分析(Tukey)の結果、有意差の見られた項目である。 注3)

*

はp < .05、

**

はp < .01 を示す。 表7 上下関係別、前置き表現の平均出現数(中国語) 難 中 易 親 上 3 2.4 2.58 同 1.67 1.38 2.1 下 2.91 1.64 2.14 疎 上

*3.75

3.75 2.4 同

*2

2.17

*3.17

下 3 2.92

*1.25

注)n = 154 注2)斜線太字の項目は、分散分析(Tukey)の結果、有意差の見られた項目である。 注3)

*

はp < .05、

**

はp < .01 を示す。 0 1 2 3 4 5 6 中国語 韓国語 日本語 上 同 下

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続いて、親疎の別による、前置き表現の出現頻度を調べた。その結果、今度は日本語、 中国語グループに、親疎による前置き表現の使い分けが観察された(p < .01)。特に、日本 語グループにおいては、「疎」に対して、「親」に対する場合の1,5 倍の前置き表現が使用さ れていた。一方、韓国語グループには、親疎による有意差は見られなかった(Figure 3 参 照)。日本語、中国語グループの各場面別分析結果は以下の通りである(表8,9 参照) Figure 3. 親疎による前置き表現の平均出現数 表8 親疎別、前置き表現の平均出現数(日本語) 難 中 易 上 親 4.33 5.22 4.67 疎 4.56 5.75 4 同 親

*

2.71

*

2.38

*

3.23 疎

*

4.57

*

6.17

*

6.36 下 親

*

4.45

*

3

*

3 疎

*

6.46

*

6.83

*

5.75 注1)n = 165 注2)斜線太字の項目は、分散分析(Tukey)の結果、有意差の見られた項目である。 注3)

*

はp < .05、

**

はp < .01 を示す。 0 1 2 3 4 5 6 中国語 韓国語 日本語 親 疎

(17)

表9 親疎別、前置き表現の平均出現数(中国語) 難 中 易 上 親 3 2.4 2.58 疎 3.75 3.75 2.4 同 親 1.67 1.38

*

2.1 疎 2 2.17

*

3.17 下 親 2.91

*

1.64 2.14 疎 3

*

2.92 1.25 注1)n = 154 注2)斜線太字の項目は、分散分析(Tukey)の結果、有意差の見られた項目である。 注3)

*

はp < .05、

**

はp < .01 を示す。 以上、各言語グループ別結果より、依頼談話において前置き表現が使い分けられる規定 因が言語によって異なることが示された。まず中国語においては、上下関係、親疎による 使い分けがともに観察された。そして韓国語においては、上下関係による明確な使い分け は見られたが、親疎による使い分けは見られなかった。一方、日本語においては、親疎に よる使い分けははっきりと観察されたものの、上下関係による使い分けは見られなかった。 また、どの言語グループにおいても、依頼難易度による前置き表現の明確な使い分けは観 察されなかった。 8.2 言語グループ間の比較結果 続いて、言語グループ間による差異について検証していく。まず、依頼難易度による前 置き表現の出現頻度に関しては、「難」「中」「易」のどの場合も、日本語、韓国語グル ープの方が、中国語グループよりも前置き表現を多用していたが(p < .01)、日本語、韓国 語グループ間には有意差は見られなかった(Figure 4 参照)。 Figure 4. 依頼難易度による前置き表現の平均出現数 0 1 2 3 4 5 難 中 易 中国語 韓国語 日本語

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同じく、上下関係による前置き表現の出現頻度に関しても、「上」「同」「下」いずれ の場合も、日本語、韓国語グループの方が、中国語グループよりも前置き表現を多用して いた(p < .01)。日本語、韓国語グループ間については、相手が「下」の場合のみ、韓国語 グループより日本語グループの方が、前置き表現を多用していた(p < .05、Figure 5 参照)。 Figure 5. 上下関係による前置き表現の平均出現数 また親疎に関しても同様に、「親」と「疎」のいずれの場合も、日本語、韓国語グルー プの方が、中国語グループよりも前置き表現を多用していた(p < .01)。日本語、韓国語グ ループ間については、「疎」の場合のみ、韓国語グループに比べ日本語グループの方に前置 き表現の多用が見られた(p < .05、Figure 6 参照)。 Figure 6. 親疎による前置き表現の平均出現数 以上、言語グループ間の比較結果をまとめると、難易度、上下、親疎のどのレベルで見 ても、日本語、韓国語母語話者の方が、中国語母語話者よりも前置き表現を多用していた ことが分かった(all ps < .01)。また、難易度、上下、親疎のどのレベルで見ても、日本 0 1 2 3 4 5 6 上 同 下 中国語 韓国語 日本語 0 2 4 6 親 疎 中国語 韓国語 日本語

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語、韓国語母語話者間に、次の二つの場合(相手が「下」、相手が「疎」の場合)を除き、 大きな違いは見られなかった。 最後に、使用された前置き表現の内訳について、言語グループ間に違いが見られるかど うかについて調べた。表11 は、前置き表現の各項目の出現率である。例えば、左上の数字 (82%)は、韓国語グループの依頼談話データ 176 例のうち、その 82%で、主依頼の前に 情報提供(依頼の理由やいきさつ)が現れたということである。注目すべきは、日本語談 話においては、挨拶や「○○さん」といった呼びかけよりも、「ちょっとすみません」と いった話しかけに対する配慮が多用されているのに対し、韓国語や中国語談話においては、 逆に、話しかけへの配慮よりも、挨拶や呼びかけが好まれている点である。 表11 各項目別出現率 順位 韓国語 (n = 176) 中国語 (n = 154) 日本語 (n = 165) 1 情報提供 82% 情報提供 75% 依頼に対する配慮 79% 2 依頼に対する配慮 68% 呼びかけ 39% 情報提供 76% 3 挨拶 57% 挨拶 33% 話しかけへの配慮 54% 4 呼びかけ 46% 依頼に対する配慮 29% 挨拶 47% 5 話しかけへの配慮 35% 話しかけへの配慮 28% 自己紹介 47% 6 自己紹介 33% 自己紹介 21% 呼びかけ 18% 7 依頼予告 13% 依頼予告 16% 依頼予告 16% 8 情報要求 13% 別の話題 6% 情報要求 14% 9 別の話題 11% 情報要求 5% 別の話題 12% 9.考察 本実験では、「前置き表現」が、日本語、中国語、韓国語の依頼談話において、ネガテ ィブ・ポライトネスの一つとして機能しているか、つまり上下関係(P)、親疎関係(D)、 依頼の難易度(R)による使い分けが見られるかどうか、またネガティブ・ポライトネス の一つとして機能している場合、上下関係(P)、親疎関係(D)、依頼の難易度(R)の どの指標として使用されているか、そこに言語による違いが見られるかどうかについて、 18 の依頼場面を設定し、検証してきた。 まず「言語グループ別結果」から、前置き表現は、韓国語においては主に上下関係、中 国語においては上下関係と親疎、日本語においては、主に親疎によって使い分ける依頼談 話のポライトネス・ストラテジーであるということが分かった。また、どの言語において も、依頼の難易度による使い分けは見られなかった。これは、「前置き表現は日本語談話 において、上下関係および難易度を使い分ける要素として機能するが、親疎で働く要素で

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はない」とする先行研究(槌田2003)とは、全く逆の結果であった。今研究結果ではむし ろ、日本語談話において前置き表現とは、上下関係や難易度で働く要素ではなく、親疎に よって使い分ける要素であった。中国語、韓国語グループがともに、上下関係による使い 分けをはっきりと示している中、日本語グループにのみ、上下関係による使い分けは観察 されなかった。また、「疎」に対しては、「親」に対する実に1.5 倍以上もの前置き表現が 使用され、日本語談話において、親疎が前置き表現を規定する最大の要因であることが示 されたのである。先行研究とのこの結果の違いは、ひとつには、分析基準の違いにその要 因を求めることが出来るだろう。槌田(2003)では、依頼予告を「前置き」と捉え、柏崎 (1992)、池田他(2000)、そして本稿のように、発話の開始部分を前置きに含めてはい ない。しかし、表11 の各項目別出現率にもある通り、日本語グループの「依頼予告」の出 現率は16%と低く、順位も 9 項目中の 6 位で、依頼談話の前置き表現を観察するには、そ の他の項目も含めた包括的な分析が必要であることが分かる。依頼談話における前置き表 現とは、主依頼に辿りつく前に様々な前置き表現を積み上げていくことによって、依頼と いう発話行為の持つ潜在的なフェイスリスクを何とか軽減しようとする試みだからである。 次に、「言語グループ間の比較結果」から、韓国語、日本語母語話者間に、前置き表現 の多用という類似性が見られた。これも、「韓国語母語話者に前置き表現はほとんど見ら れず、日本語母語話者には、韓国語母語話者の約3 倍の前置き表現が見られた」とする先 行研究(朴2000)とは異なる結果である。これも同じく、「前置き表現」の分析基準は本 実験と異なる。朴(2000)では、「申し訳ないんですが」などの、依頼表現の前に置かれ る「慣用的前置き表現」のみを前置きと捉えており、これは本実験の「依頼に対する配慮」 にあたる。ただ、韓国語グループの「依頼に対する配慮」の出現率は68%と高く、中国語 グループの29%と比べても、むしろ日本語グループ(79%)に近い結果と言え、分析基準 の違いだけでは、この実験結果の違いを説明することはできず、今後さらなる検証が必要 となるだろう。 このように本実験では、韓国語、日本語母語話者間に、前置き表現の多用という類似性 が見られた。しかし、もし依頼談話における「前置き表現」が、いきなり主依頼を相手に ぶつけるのではなく、その前に様々な前置き表現を積み上げていくことで、相手に徐々に 依頼を受け入れる準備をさせ、そうすることで、依頼という言語行為が潜在的に持つフェ イスリスクを何とか軽減しようとするネガティブ・ポライトネスの一つだとするならば、 なぜポジティブ型言語であるはずの韓国語談話に、ネガティブ型言語である日本語と同じ 前置き表現の多用が見られたのだろうか。先行研究にある通り、韓国語と中国語がともに ネガティブ型言語であるのならば、むしろ韓国語と中国語グループ間に、「前置き表現」 を多用しないという類似性が観察されるはずではないのだろうか。 ここで、表11 の前置き表現の各項目の出現率をもう一度見てみると、韓国語や中国語談 話においては、日本語談話によく見られる「話しかけへの配慮」よりも、挨拶や呼びかけ が頻繁に使用されていることが見てとれる。これは、名前を直接呼びかけたり、「こんに

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ちは」と挨拶をして相手に親しみを表すといったポジティブ・ポライトネスを好む韓国語 と中国語母語話者に対し、「ちょっとすみません」と話しかけに対する配慮を示して、相 手との間に相応の距離を置こうとするネガティブ・ポライトネス型の日本語母語話者の傾 向が顕著に表れた結果であり、これまでの先行研究と合致している。つまり、前置き表現 として使われている言語表現に関しては、ポジティブ型の韓国語、中国語に対し、ネガテ ィブ型の日本語という図式が保持されているのである。一方、本実験で検証した依頼談話 における「前置き表現」とは、ブラウン&レビンソンのポライトネス理論で扱われている ような語彙、句、文のレベルにおける言語表現ではなく、談話レベルで扱われるべき現象 である。宇佐美(1998)は、複雑な敬語体系をもつ日本語のポライトネスについて検証す るには、語彙や句といった言語表現だけではなく、談話レベルにまで拡張させてその特徴 を考察する必要があるとし、ディスコース・ポライトネスを提唱したが、この「前置き表 現」に関しても、そしてまた日本語だけではなく、韓国語、中国語に関しても、同様に、 談話レベルから、もう一度ブラウン&レビンソンのポライトネス理論を見直す必要がある だろう。少なくとも、今回の実験で得られた結果からは、韓国語の依頼談話構造における 複雑な二重構造が見てとれる。すなわち、談話レベルで見た場合には、前置き表現の多用 といった日本語談話と同じネガティブ・ポライトネスが見られるが、その前置き表現で使 われている言語表現に関しては、中国語と同じポジティヴ・ポライトネスが使われている のである。 談話レベルで見た場合には、必ずしも、すべての現象がブラウン&レビンソンのポライ トネス理論で説明し得るわけではなく、また新たな枠組みが必要とされるであろうという こと、そしてまた、今回検証された日本語、韓国語談話における前置き表現の多用が、ポ ライトネスの観点からのみ説明されるべきことなのか、もしくは日本語、及び韓国語の統 語構造や談話構造からの考察をも試みるべき問題であるのかについては、今後さらなる研 究が必要とされるだろう。

活動実績

学会発表

Tajima, Y., & Duffield, N. (2010. 9) "Thinking for Describing effect on Japanese native speakers", International Cognitive Linguistics Association Conceptual Structure, Discourse and Language (CSDL), University of California, San Diego, USA.

謝辞

今回、森基金研究者育成費に採択していただき、御蔭さまで、研究調査を実施すること ができました。誠にありがとうございました。

Figure 2.  上下関係による前置き表現の平均出現数  表 6  上下関係別、前置き表現の平均出現数(韓国語)          難  中  易  親  上  5    ** (1)  **  (2) 5.45 4.5 同 4.2 **(1)2.08 3.33  下  4.6  ** (2) 2.75  3.27  疎  上  *4.25  *5.22  3.9 同 5.4 *3.4 4.63  下  *2.89  4.4  5.5  注 1)n = 176  注 2)斜線太字の項目は、分散分析(Tu
表 9  親疎別、前置き表現の平均出現数(中国語)          難  中  易  上  親  3  2.4  2.58  疎  3.75  3.75  2.4  同  親  1.67  1.38  * 2.1  疎  2  2.17  * 3.17  下  親  2.91  * 1.64  2.14  疎  3  * 2.92  1.25  注 1)n = 154  注 2)斜線太字の項目は、分散分析(Tukey)の結果、有意差の見られた項目である。  注 3) *  は p  &lt; .05、 *

参照

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