セッション 2 : イヌイット : エスニック・アート とイヌイット文化の表象 : 1999年度民博特別展示 との関連で
著者 岸上 伸啓
雑誌名 国立民族学博物館研究報告別冊
巻 22
ページ 57‑77
発行年 2001‑08‑31
URL http://doi.org/10.15021/00003491
セ ッ シ ョ ン2 イ ヌ イ ッ ト
岸 上 エ ス ニ ック ・ア ー トと イ ヌ イ ッ ト文 化 の 表 象
エ ス ニ ッ ク ・ア ー ト と イ ヌ イ ッ ト文 化 の 表 象
1999年 度民 博 特 別 展 示 との 関連 で
岸 上 伸 啓*
Ethnic Art and Representation of Inuit Culture:
With a Special Reference to the 1999 Special Exhibition
"Ethnic Cultures Crossing Borders" at the National Museum of Ethnology
Kishigami, Nobuhiro
1 は じめ に
2現 在 の イ ヌ イ ッ ト社 会 と文 化 の 表 象 2.1 カナ ダ ・イ ヌ イ ッ トの 現 在 2.2 イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 と版 画 2.3 「伝 統 文 化 」 の 客 体 化 と文 化 の 表 象 3 イ ヌ イ ッ トに とっ て の 滑 石 彫 刻 と版 画, 越 境 す るエ ス ニ ッ ク ・アー ト
3.1イ ヌイットに とって の 滑 石 彫 刻 と版 画 3.2 商 品 と して越 境 す る
エ スニ ック ・ア ー ト
4 イヌ イ ッ ト・ア ー トの 展 示 の 諸 問 題 4.1 展 示 物 につ い て
4.2 展 示 の 概 要
4.3展 示 を行 な う上 で の 諸 問 題 5 カ ナ ダ文 明 博 物 館,カ ナ ダ国 立 美 術 館 に お け るイヌイット・アー トの 展 示 との 比 較
5.1 カ ナ ダ文 明 博 物 館 のIqqaipaa展 5.2 カ ナ ダ国 立 美 術 館 のUqqurmiut展 5.3 特 別 展 示 と の比 較
6 結 語
*国 立民族学博 物館 先端民族学研 究部
Key Words : Inuit, soapstone carving, prints, cultual representation キ ー ワ ー ド イ ヌ イ ッ ト,滑 石 彫 刻 品,版 画,文 化 表 象
国立民 族学博 物館研究報告別冊 22号
1 は じめ に
1999年9月9日 よ り2000年1月11日 ま で 国 立 民 族 学 博 物 館 に お い て 特 別 展 示 「越 境 す る 民 族 文 化 」 が 開 催 さ れ た 。 筆 者 は 実 行 委 員 の1人 と し て 特 別 展 示 会 場2階 の 一 角 に お い て イ ヌ イ ッ ト文 化 の 展 示 を 担 当 し た 。 展 示 の 中 心 テ ー マ は,グ ロ ー バ ル 化 が 進 む 現 代 の 世 界 に お け る 「民 族 文 化 の 越 境 」 で あ っ た 。
こ の 展 示 を 準 備 す る 段 階 で,筆 者 は イ ヌ イ ッ ト1)の 物 質 文 化 や 情 報,知 識 の 中 で 社 会 を 超 え て 世 界 に 越 境 し て い っ た も の を 考 え て み た 。 例 と して は,ア ノ ラ ッ ク(毛 皮 製 防 寒 服),カ ヤ ッ ク(皮 張 り小 舟)な どが,あ げ ら れ る 。 前 者 は 登 山 服 や 北 方 地 域 の 防 寒 服 と し て,後 者 は ス ポ ー ツ 用 の ボ ー トと して 素 材 は 異 な る が,そ の 原 理 が 現 在 の 多 くの 社 会 で 応 用 さ れ,実 用 化 さ れ て い る 。
こ れ ら以 外 に も,イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 や 版 画 は,1950年 代 以 降 北 米 や ヨ ー ロ ッパ の 美 術 館,博 物 館,愛 好 家 の 問 に 広 ま り,エ ス ニ ッ ク ・ア ー ト2)の 代 表 例 の ひ とつ と し て 人 気 を 博 し て き た 。 さ ら に,最 近 で は イ ヌ イ ッ トの 政 治 団 体 や 文 化 団 体 が イ ン タ ー ネ ッ ト上 に ホ ー ム ペ ー ジ を 開 設 し,政 治 ・文 化 情 報 を 世 界 に 広 く発 信 して い る 。 検 討 の 結 果,1999年 の 特 別 展 で は,イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 と 版 画 を 中 心 に し て 文 化 の 越 境 と イ ヌ イ ッ ト文 化 を 展 示 す る こ と に した 。
本 稿 は,筆 者 が 担 当 した 「極 北 の イ ヌ イ ッ ト」 の コ ー ナ ー の 学 術 的 な 記 録 で あ る 。 こ こ で は,(1)イ ヌ イ ッ ト文 化 を 表 象 す る 際 に な ぜ 滑 石 彫 刻 と 版 画 を 選 ん だ の か,(2) 滑 石 彫 刻 や 版 画 は 何 を 表 象 し て い る か,(3)そ れ ら の 作 品 が 民 族 の 範 囲 を 超 え て 広 が る と は ど う い う こ とか,(4)そ れ らの 作 品 の 展 示 に 際 して ど の よ う な 問 題 が 生 じ た か, に つ い て 考 え て み た い 。
2現 在 の イヌ イ ッ ト社 会 と文化 の表 象
2.1 カ ナ ダ ・イ ヌ イ ッ ト の 現 在
イ ヌ イ ッ トは植 生 が 乏 しい寒 冷 ツ ン ドラ 地域 で 狩 猟,漁 労 を行 な い,生 活 を営 ん で き た。 しか し欧米 人 との接 触 後,毛 皮 交 易 の 開始,キ リス ト教 の 受 容,伝 染 病 の 蔓 延, 鉄 製 品 や 鉄砲 の導 入 な ど,急 激 な社 会 ・経 済変 化 を彼 らは体 験 した 。
岸上 エ スニ ック ・アー トとイヌイッ ト文化 の表象
特 に1945年 以 降,資 源 開 発,軍 事 的 な 戦 略,病 気 や 貧 困 か ら の 救 済 な ど の た め に カ ナ ダ 政 府 は 積 極 的 に イ ヌ イ ッ ト社 会 へ 行 政 介 入 を 始 め た 。1950年 代 末 に は 学 校 教 育 や 定 住 化 が 極 北 地 域 に お い て 押 し 進 め ら れ,1973年 ま で イ ヌ イ ッ トを カ ナ ダ の 国 民 に す る と い う 同 化 政 策 が 実 施 さ れ た 。
1973年 か ら カ ナ ダ 政 府 は 方 針 を 変 更 し,先 住 民 と先 住 民 の 諸 問 題 に つ い て 政 治 的 な 話 し合 い を す る よ う に な っ た 。1975年 に は ケ ベ ッ ク 州 極 北 部 の イ ヌ イ ッ トが 「ジ ェ イ ム ズ 湾 お よ び 北 ケ ベ ッ ク 協 定 」(James Bay and Northern Quebec Agreement)を,1984 年 に は 西 部 極 北 地 域 に 住 む イ ヌ ヴ ィ ア ル イ トが 「イ ヌ ヴ ィ ア ル イ ト協 定 」(lnuvialuit Agreement)を,1993年 に は 旧 北 西 準 州 の 中 部 と 東 部 に 住 む イ ヌ イ ッ トが 「ヌ ナ ヴ ト協 定 」(Nunavut Agreement)を,1999年 に は ラ ブ ラ ドー ル の イ ヌ イ ッ トが 「ラ ブ ラ ドー ル協 定 」(Labrador Agreement)を 締 結 し た 。 ご れ に よ っ て 都 市 に 住 む イ ヌ イ ッ ト以 外 の 大 多 数 は 生 業 権,土 地 の 占 有 ・使 用 権 や 所 有 権,補 償 金 な ど を 獲 得 した 。 経 済 的 に は カ ナ ダ 政 府 に 依 存 し て い る も の の,政 治 的 な 自律 性 を 増 大 させ て き た 。
現 在 の イ ヌ イ ッ トは 政 府 が 提 供 し た 暖 房 完 備 の 家 屋 に 住 み,ス ノ ー モ ー ビ ル や 船 外 機 付 き カ ヌ ー に 乗 り,ラ イ フ ル を 利 用 して 狩 猟 ・漁 労 活 動 を 行 な っ て い る 。 さ ら に, 多 く の 人 が 村 の 中 で 賃 金 労 働 に つ い て い る 。
極 北 で 生 活 を 送 る た め に は,空 輸 さ れ て くる 高 価 な 食 料 品,道 具,衣 類 な ど を 現 金 を 出 し て 購 入 しな け れ ば な ら な い 。 た と え ば,ケ ベ ッ ク 州 極 北 部 ヌ ナ ヴ ィ ク の 村 々 の 物 価 は,モ ン ト リ オ ー ル の1.6か ら1.7倍 で あ る(Schnarch l999:6)。 こ の た め 若 者 を 中 心 に 成 人 の 多 くが 村 の 中 で 定 職 を 求 め て い る 。 村 の 中 に あ る 職 は 生 協 の 店 舗 の 売 り f,村 役 場 の 仕 事 な ど で あ る 。 イ ヌ イ ッ トの 成 人 の 半 数 強 は 無 職 で あ り,失 業 手 当 や 福 祉 金,家 族 扶 養 手 当 を 主 な 収 入 源 と して い る 。
一・部 の 人 は オ オ カ ミ や ホ ッキ ョ ク グマ の 毛 皮 を 売 っ た り,滑 石 彫 刻 品 を 制 作 ・販 売 し て い る 。 自 分 自 身 や 家 族 の 者 が 得 た 収 入 の 一部 を 利 用 して 中 高 年 の 男 性 は ガ ソ リ ン, ラ イ フ ル の 弾,携 帯 食 料 品 を 購 入 し,狩 猟 や 漁 労 を 続 け て い る 。 そ の 獲 物 は 分 配 さ れ, 多 く の 村 人 の 主 食 と な っ て い る 。
現 在 の イ ヌ イ ッ トは,国 家 と の 政 治 協 定 に よ っ て 保 護 さ れ,政 府 の 支 援 を 受 け な が ら 狩 猟 や 漁 労 活 動 を 続 け て い る と 言 っ て よ い 。 し か し,そ の 活 動 を 続 け る こ と に よ っ て,欧 米 文 化 が 浸 透 し 変 化 を 被 りな が ら も,彼 ら独 自 の 文 化 の ・部 や 価 値 観 を 保 持 し, イ ヌ イ ッ ト と して の ア イ デ ン テ ィテ ィ ー を 持 ち 続 け る こ と が で きて い る(ス チ ュ ァ ー
ト1996:岸 上1998;1999c)。
国 立民族学博物館研究 報告別冊 22号
2.2 イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 と 版 画
3,4千 年 前 か ら極 北 地 域 に 住 ん で き た 人 び と は カ リ ブ ー の 骨 や 枝 角,セ イ ウ チ の 牙,流 木 に 彫 刻 を 施 し た 狩 猟 道 具,生 活 用 品,お 守 り,玩 具 や ゲ ー ム の 部 品 な ど を 制 作 して き た(Martijn 1964;McGhee 1988;ス チ ュ ア ー ト1985)。 ドー セ ッ ト文 化 や チ ュ ー レ文 化 の 時 代 に も,彫 刻 を す る 伝 統 は 極 北 先 住 民 の 問 に は 存 在 して い た 。 ま た, 19世 紀 に は い る と,パ フ ィ ン島 の 東 岸 や 南 岸 に 住 ん で い た イ ヌ イ ッ トは 捕 鯨 船 の 乗 り 組 み 員 の た め に お み や げ 品 と し て セ イ ウ チ の 牙 製 の 彫 り物 や ゲ ー ム 板 を 制 作 し,売 る こ と が あ っ た(Martijn 1964;Blodgett 1988)。 ハ ド ソ ン湾 会 社 の 交 易 者 や 宣 教 師 が イ ヌ イ ッ トか ら彫 刻 品 を購 入 す る こ と が あ っ た3)。 しか し,1949年 以 前 に お い て は そ れ 以 降 と比 較 す る と,こ れ らの 交 易 は 散 発 的 で あ っ た こ と を 強 調 し て お き た い 。
カ ナ ダ ・イ ヌ イ ッ トの 彫 刻 や 版 画 は,1950年 代 に は い っ て か ら,販 売 し 現 金 収 入 を 得 る 目 的 で 制 作 さ れ 始 め た も の で あ り,イ ヌ イ ッ トの 伝 統 文 化 を た だ 単 に 「商 品 化 」 し た も の で は な い 。 ジ ェ イ ム ズ ・ヒ ュ ー ス ト ン(James Houston)と い う 人 物 が1949年 に ハ ドソ ン湾 東 岸 の イ ヌ ク ジ ュ ア ク で イ ヌ イ ッ トを 描 い た 絵 と 交 換 で,イ ヌ イ ッ トか
ら 小 さ な 彫 刻 品 を 入 手 し た 。 彼 は そ の 彫 刻 品 に 芸 術 性 と 商 品 価 値 を 見 い だ し,彼 ら に 滑 石 を 用 い た 彫 刻 を 作 らせ た の が 滑 石 彫 刻 の 始 ま りで あ る 。 こ こ で は,イ ヌ イ ッ トに よ る 石 を 利 用 し た 彫 刻 を 「滑 石 彫 刻 」 と総 称 し て い る が,彫 刻 に 利 用 さ れ る 石 に は 地 域 的 な 差 が 見 ら れ る 。 ケ ベ ッ ク 州 の 極 北 部 ヌ ナ ヴ ィ ク で は,滑 石(soapstone, steatite) が,パ フ ィ ン 島 の 南 部 で は 堅 い 緑 色 の 蛇 紋 石(serpentite)が 利 用 さ れ る こ と が 多 い 。
こ の 他 に,石 灰 岩(limestone),珪 質 粘 土 岩(argillite),大 理 石(marble)も 彫 刻 に 利 用 さ れ る こ と が あ る 。1950年 代 以 降,滑 石 彫 刻 は カ ナ ダ 極 北 の 多 く の 村 で 制 作 さ れ た 。
ま た,イ グ ル ー リ ク 村 な ど で は セ イ ウ チ の 牙 製 彫 刻 が 行 な わ れ た 。 そ の 後,滑 石 彫 刻 や セ イ ウ チ の 牙 製 の 彫 刻 は カ ナ ダ 極 北 の 大 多 数 の 村 で 行 な わ れ た 。
さ ら に ヒ ュ ー ス ト ン は,パ フ ィ ン 島 南 西 部 に あ る ケ ー プ ・ ドー セ ッ トの イ ヌ イ ッ ト に 版 画 制 作 を1957年 の 冬 に 紹 介 し た4)。 版 画 制 作 は 滑 石 彫 刻 と比 べ,資 材 や 仕 事 場 が 必 要 で あ り,か な り の 資 金 を 必 要 と し た 。 版 画 制 作 は,カ ナ ダ政 府 の 資 金 援 助 を 受 け た ホ ル マ ン村,ベ ー カ ー ・レ イ ク村,ケ ー プ ・ ドー セ ッ ト村,パ ン ニ ツ ン 村,プ ヴ ン ニ ツ ッ ク 村 な ど5,6村 で 行 な わ れ た に す ぎ な か っ た 。 イ ヌ イ ッ トの 版 画 は 日 本 と深 い 関 係 に あ る 。 ヒ ュ ー ス トン は 休 暇 を 利 用 し て1958年 の 秋 か ら1959年 の 春 に か け て 来 日 し,版 画 界 の 重 鎮 平 塚 運 … に 師 事 し,版 画 の 制 作 技 法 や 刷 版 技 術 を 学 び,そ れ ら を
岸上 エ スニック ・アー トとイヌイッ ト文化 の表 象
イ ヌ イ ッ トに 教 え た 。 原 画 を 描 く人,版 画 を 彫 る 人,刷 る 人 の 分 業 体 制 や,イ ヌ イ ッ トは 石 版 に 図 像 を 彫 っ て い る が,刷 る 紙 に は 和 紙 を 用 い て い る こ と,作 者 を示 す 刻 印 は 日 本 か ら の 影 響 で あ る と言 え る5)。
こ の よ う に して 始 め られ た カ ナ ダ ・イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 と 版 画 を ヒ ュ ー ス ト ンは, カ ナ ダ工 芸 品 ギ ル ドや,ハ ド ソ ン 湾 会 社,カ ナ ダ政 府 の 協 力 を 得 て,イ ヌ イ ッ トか ら 購 入 し,北 米 や ヨ ー ロ ッパ の 大 都 市 で 展 示 会 や 販 売 会 を 開 催 し た 。 こ の よ う な 努 力 の 結 果,1960年 代 に は イ ヌ イ ッ トの 作 品 が 世 界 中 に 広 が り,芸 術 品 と し て 高 い 評 価 を 得 る も の も 出 現 した 。 ま た,彫 刻 品 や 版 画 を 売 る た め に イ ヌ イ ッ トの 生 協 組 織 が 設 立 さ れ た 。
1940年 代 以 降,特 に 第 二 次 世 界 大 戦 の 影 響 で ホ ッ キ ョ ク キ ツ ネ の 毛 皮 の 価 格 が 暴 落 し,1960年 代 か ら 交 易 品 と な っ た ア ザ ラ シ の 毛 皮 も価 格 が 不 安 定 で あ っ た 。 こ の た め, イ ヌ イ ッ トの 現 金 収 入 源 の 開 拓 は 政 府 の 役 人 に と っ て も イ ヌ イ ッ ト自 身 に と っ て も 切 実 な 問 題 で あ っ た 。 た と え ば,ヌ ナ ヴ ィ ク の プ ヴ ニ ツ ッ ク 村 で は,ハ ド ソ ン湾 会 社 の 交 易 者 が イ ヌ イ ッ トに 滑 石 彫 刻 の 制 作 を 奨 励 し た 結 果,1952‑3年 に お け る 販 売 総 額 は 740ド ル で あ っ た もの が,1955‑6年 に は3万8千 ド ルへ と増 大 した(Balikci 1968:167)。
こ の 時 期 に 導 入 さ れ た 彫 刻 品 や 版 画 の 制 作 は イ ヌ イ ッ トに と っ て か っ こ う の 現 金 収 入 源 と な っ た 。
イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 と1960年 代 に 開 始 さ れ た ア ザ ラ シ の 毛 皮 の 交 易 に は,共 通 点 が あ る 。 そ れ は イ ヌ イ ッ トが そ れ ら を 商 品 と し て 外 部 へ 売 り,得 た 現 金 を 利 用 して ラ イ フ ル,そ の 銃 弾,ス ノ ー モ ー ビ ル,船 外 機 付 き ボ ー ト,ガ ソ リ ン,漁 網 な ど を 購 入 し,狩 猟 や 漁 労 を 続 け る こ と が で き た こ と で あ る(Wenzel 1991;Hessel lgg8:11)。
1980年 代 の 中 頃 ま で は 多 く の 村 で は イ ヌ イ ッ トが 彫 刻 品 作 りに 関 わ り,滑 石 彫 刻 や 版 画 は,現 金 を 稼 ぐた め の 文 化 的 な 輸 出 用 の 商 品 で あ っ た(Hessel 1998:188)。
滑 石 彫 刻 や 版 画 の 売 れ 行 きや 価 格 は 外 部 市 場 の 動 向 に 大 き く依 存 して き た 。1990年 代 に は い り,イ ヌ イ ッ ト芸 術 の 市 場 は 飽 和 の 状 態 に あ り,特 に 腕 の よ い 売 れ 筋 の イ ヌ
イ ッ トの 作 品 以 外 は 生 協 もハ ドソ ン 湾 会 社 も 購 入 し な く な っ た 。 こ の た め 現 在 で は, 版 画 や 彫 刻 品 は イ ヌ イ ッ トのt要 な 現 金 収 入 源 で あ る と は 言 え な く な っ て し ま っ た 。
そ れ で も 村 に よ っ て も か な りの 違 い が 見 られ る が,平 均 す れ ば 約20%の 成 人 が そ れ ら の 作 品 作 り に 関 わ っ て い る(Hessel 1998:188)。 ま た,何 人 か の 作 家 の 作 品 は,世 界 の 美 術 界 に お い て 「ア ー ト」 と して 高 い 評 価 を 得 て い る 。
国立民族学博物館研究報 告別冊 22号
2.3 「伝 統 文 化 」 の 客 体 化 と文 化 の 表 象
世 界 の 市 場 に 出 回 っ て い る イ ヌ イ ッ トの 彫 刻 品 や 版 画 の モ チ ー フ に は 一 定 の 傾 向 が 見 ら れ る 。 そ の ひ とつ は,ほ ぼ す べ て の 作 品 が か つ て の 「イ ヌ イ ッ トら し さ」 を 描 き 出 し て い る 点 で あ る(Svensson 1995:87)。 版 画 も,彫 刻 品 も,ア ザ ラ シ や ホ ッ キ ョ ク グ マ な どの 動 物,狩 猟 や 漁 労 の 様 子,家 族 や 親 子,シ ャ ー マ ニ ズ ム,神 話 な どが 作 品 の モ チ ー フ に な っ て い る 。 イ ヌ イ ッ トが 作 品 と し て 提 示 して い る 世 界 は 彼 ら が 生 きて い る 現 代 社 会 で は な く,す で に 失 わ れ つ つ あ る,も し く は す で に 失 わ れ て し ま っ た か つ て の 「伝 統 的 な 生 活 」 で あ る 。 多 く の イ ヌ イ ッ トの 作 家 は 彼 ら の 文 化 を伝 統 的 な も の と し て 客 体 化 し,提 示 して い る の で あ る 。
こ の 文 化 の 客 体 化 は イ ヌ イ ッ トの 意 志 と い う よ り も,買 い 手 で あ る 市 場 側 か らの 要 求 で も あ っ た6)。 買 い 手 は 「イ ヌ イ ッ トら し い 」 作 品 を 買 い た が り,一 一方,イ ヌ イ ッ
トは 市 場 で 売 れ る よ う な 作 品 を作 っ て き た 。 イ ヌ イ ッ トの 彫 刻 品 や 版 画 の 素 材,道 具, 技 術,内 容 は 伝 統 的 な 枠 組 み に 近 代 化 さ れ た 要 素 が 組 み 合 わ さ れ,作 ら れ た も の と言
え る(大 村1995)。 イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 や 版 画 は 外 部 社 会 か ら の 影 響 で 生 み 出 さ れ て き た もの で は あ る が,そ の 作 品 に は イ ヌ イ ッ トの 独 自 性 が 表 現 さ れ,見 る 側 に は 彼 ら の 精 神 世 界 や 知 識 が 複 雑 な メ ッ セ ー ジ と して 表 象 さ れ て い る の で あ る7)。 こ れ が イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 と版 画 を,現 代 の イ ヌ イ ッ ト文 化 を 表 象 す る モ ノ と し て 展 示 した 最 大 の 理 由 で あ る 。
3 イ ヌ イ ッ トに と っ て の 滑 石 彫 刻 と版 画, 越 境 す る エ ス ニ ッ ク ・ア ー ト
3.1 イ ヌ イ ッ ト に と っ て の 滑 石 彫 刻 と 版 画
イ ヌ イ ッ トの 版 画 や 彫 刻 の 内 容 に つ い て は 外 部 市 場 の 影 響 を 強 く受 け て き た ・方 で, そ れ ら は イ ヌ イ ッ トの 文 化 的 な 独 自性 を 表 出 す る 手 段 で あ っ て き た 。 作 品 の テ ー マ は, 現 在 の 社 会 と い う よ り も,定 住 生 活 を 開 始 す る 以 前 の キ ャ ン プ 生 活,家 族,狩 猟 活 動, 宗 教,伝 説 に つ い て の もの が 大 多 数 で あ っ た 。 彼 ら の 作 品 は 「伝 統 的 な 」 文 化 を 百科 事 典 的 に 目で 見 る こ とが で き る カ タ ロ グ と な っ て い る(Hessel 1998:37)。 し か もそ れ
岸 ヒ エスニ ック ・アー トとイヌイ ッ ト文化の表象
ら の 作 品 を作 る た め に は,動 物 や 自 然 の 生 態,狩 猟 ・漁 労,キ ャ ン プ 生 活,宗 教 な ど に 通 暁 し て い な く て は な ら な い 。 イ ヌ イ ッ トの 作 家 に と っ て は,イ ヌ イ ッ トの ア ー ト は 現 金 を 得 る た め だ け の 商 品 以 上 の 文 化 的 な 価 値 を 有 し て い る 。 しか も,そ れ で 得 ら れ た 現 金 は,狩 猟 や 漁 労 を続 け る こ と に も 利 用 で き る の で あ る 。
滑 石 彫 刻 や 版 画 の 制 作 は,仕 事 を す る 時 間 を 自 分 で 決 め る こ と が で き,狩 猟 や 漁 労 活 動 と 時 間 的 に う ま く調 整 で き る 活 動 で あ る 。 狩 猟 や 漁 労 を 存 続 さ せ る こ と は,彼 ら の 文 化 的 な 満 足 感 を 満 た す だ け で な く,文 化 的 な ア イ デ ン テ ィ テ ィ ー の 強 化 や 再 生 産 を 可 能 に さ せ て き た の で あ る(Svensson 1995:90‑92;大 村1996;ス チ ュ ア ー ト1996;
Hessel 1998:86)。
イ ヌ イ ッ トに と っ て 滑 石 彫 刻 や 版 画 は,重 要 な 現 金 収 入 源 で あ っ た の み な ら ず,彼 ら の 狩 猟 ・漁 労 活 動 を 維 持 させ る 役 割 を 果 た した 。 ま た,滑 石 彫 刻 や 版 画 は,文 化 的 知 識 の 伝 達 手 段 や 作 者 の 文 化 的 な ア イ デ ン テ ィテ ィー の 源 泉 で あ っ た 。
3.2 商 品 と し て 越 境 す る エ ス ニ ッ ク ・ア ー ト
イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 と 版 画 は,最 初 は お み や げ 品 や 観 光 芸 術 品 と し て,そ し て エ ス ニ ッ ク ・ア ー ト と して イ ヌ イ ッ ト社 会 か ら世 界 へ 広 ま っ て い っ た 。1999年 の 時 点 で, イ ヌ イ ッ ト ・ア ー トの 市 場 は 飽 和 状 態 に あ る と は 言 え,こ の50年 あ ま りの 問 に カ ナ ダ, ア メ リ カ の 博 物 館,美 術 館,愛 好 家 の 問 に 広 ま り,ア ー トと し て の 地 位 を 確 立 し て き た 。 そ し て 一部 の 作 品 は,万 人 の 心 を う つ ア ー ト と し て 評 価 さ れ て い る(Graburn 1993)。 イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 と 版 画 が 世 界 へ 広 が っ て い っ た 現 象 を ど の よ う に 考 え れ ば よ い の で あ ろ う か 。
筆 者 は,イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 や 版 画 が 世 界 の 多 く の 人 に 受 け 入 れ られ た 理 由 と し て,そ れ ら の 芸 術 性 が 評 価 さ れ た と い う点 以 外 に,商 品 と し て の 流 通 とい う 側 面 に 着
目 し た い 。 イ ヌ イ ッ トの 作 品 が,ま ず,カ ナ ダ の 都 市 部 に お い て,次 に ア メ リ ア に お い て,さ ら に ヨ ー ロ ッパ に お い て 受 け 入 れ られ た 背 景 に,作 家 と市 場 との 間 に 立 つ 仲 介 者 に よ る 販 路 開 発 お よ び 販 売 促 進 活 動 が あ っ た 。1950年 代 か ら60年 代 に か け て,ジ ェ イ ム ズ ・ヒ ュ ー ス ト ン の よ う な 人 物,生 協 組 織 の 職 員,カ ナ ダ政 府 の 役 人 が,イ ヌ
イ ッ トの 作 家 と市 場 と の 仲 介 者 と し て 作 品 作 りや 販 路 の 開 発 に重 要 な 役 割 を 果 た し た (cf. Graburn 1999:349‑350)。 販 売 会 を 兼 ね た イ ヌ イ ッ ト ・ア ー トの 展 覧 会 も モ ン ト リ オ ー ル,ト ロ ン ト,ニ ュ ー ヨ ー ク,シ カ ゴ な ど で 開 催 さ れ た 。 彼 らの ビ ジ ネ ス マ ン と し て の 活 躍 が な け れ ば,イ ヌ イ ッ トの 作 品 が 現 在 の よ う に 世 界 中 の 美 術 館,博 物 館,
国 立民 族学博物館研究一報告 別冊 22号 美 術 愛 好 家 の 問 に 広 ま る こ と は な か っ た で あ ろ う 。
こ こ で は,白 人 の ア ドバ イ サ ー と生 活 協 同 組 合 の 役 割 に つ い て 簡 単 に 触 れ て お き た い 。 ケ ー プ ・ ドー セ ッ ト村 に お い て は,ジ ェ イ ム ズ ・ヒ ュ ー ス トン(James Houston) と テ リ ー ・ラ イ ア ン(Terry Ryan)が,ベ ー カ ー ・レ イ ク村 で は シ ェ イ ラ ・バ トラ ー と ジ ャ ッ ク ・バ トラ ー(Sheila and Jack Butler)が,プ ヴ ンニ ツ ッ ク村 で は ス テ イ ン マ ン 神 父(Oblete A. Steinmann)や ピ ー タ ー ・マ ー ド ッ ク(Peter Murdoch)が,イ ヌ イ ッ トの 作 家 に 対 す る ア ドバ イ サ ー の 役 割 を 果 た し た(Graburn 2000)。 彼 ら は,生 活 の た め の 滑 石 彫 刻 や 版 画 を イ ヌ イ ッ トが 制 作 す る こ と を 奨 励 す る と と も に,イ ヌ イ ッ ト の 作 家 の 組 織 化,技 術 指 導,市 場 の ニ ー ズ な ど に つ い て ア ドバ イ ス した 。 彼 ら は,作 家(制 作 者)と 市 場(消 費 者)と の 橋 渡 し の 役 割 を 担 っ て い た 。
1960年 代 に は い る と 極 北 地 域 の 村 々 で イ ヌ イ ッ トの 作 家 組 合 が 結 成 さ れ,そ れ ら が 生 活 協 同 組 合 へ と発 展 し て い っ た 。 た と え ば,プ ヴ ン ニ ツ ッ ク 村 の イ ヌ イ ッ トは ス テ イ ン マ ン 神 父 の 指 導 の も と,プ ヴ ン ニ ツ ッ ク彫 刻 家 協 会 が 結 成 さ れ,1960年 代 に は そ れ は 生 活 協 同 組 合 に な っ た 。 そ して1967年 に は,そ の 生 協 は,ケ ッ ベ ク 州 極 北 部 の 他 村 の 生 協 と と も に,北 部 ケ ベ ッ ク 生 協 連 合(le Federation des Cooperatives du Nouveau‑
Qu6bec略 称FCNQ)を 結 成 し た 。 旧 北 西 準 州(現 在 の ヌ ナ ヴ ト準 州)に お い て も.
1950年 代 か ら1970年 代 に か け て ケ ー プ ・ ドー セ ッ ト村 の 西 パ フ ィ ン ・エ ス キ モ ー 生 協 (the West Baffin Eskimo Co‑op)や ベ ー カ ー ・レ イ ク 村 の サ ナ ヴ ィ ク 生 協(Sanavik Co‑
op)の よ う に 村 ご と の 生 協 が 次 々 に 設 立 さ れ た 。 そ れ ら の 生 協 の 連 合 体(カ ナ ダ 極 北 生 協 連 合the Canadian Arctic Co‑operative Federation Limited 略 称CACFL)は ,ケ ベ ッ ク州 北 部 のFCNQと 同 様,イ ヌ イ ッ トの 作 品 を市 場 へ 流 通 させ る 中 核 機 関 と な っ た 。 マ ヤ ー ズ は1982年 時 点 で イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 や 版 画 の 販 売 経 路 を 図 化 し て い る (Myers 1984:140)(図1参 照)。 i日北 西 準 州(現 ヌ ナ ヴ ト準 州)の 場 合 に は,す く な く と も4つ の 流 通 経 路 が あ っ た 。 作 家(生 産 者)と カ ナ ダ 南 部 の ア ー ト ・ギ ャ ラ リ ー や お み や げ 品 店, 一般 消 費 者 と の 間 に は,す く な く と も 旧 北 西 準 州 政 府 の 工 芸 プ ロ ジ ェ ク ト,旧 ハ ド ソ ン湾 会 社(現 ノー ザ ン),独立 し た 商 売 人,地 元 の 生 協 の い ず れ が 仲 介 者 と して は い っ て い た.た と え ば,旧 北 西 準 州 に あ る 地 元 の 生 協 が 作 家 か ら 滑 石 彫 刻 や 版 画 を 買 い 取 っ た 場 合 に は,そ の 作 品 は カ ナ ダ 政 府 北 方 省 が1965年 に 創 設 し た イ ヌ イ ッ ト所 有 の 卸 売 り 会 社 「カ ナ ダ 極 北 プ ロ ジ ュ ー サ ー ズ 」(the Canadian Arctic Producers)を 通 して,一 般 の ギ ャ ラ リ ー や カ ナ ダ 極 北 生 協 連 合 へ 卸 さ れ る か,直 接 一 般 の ギ ャ ラ リー へ 売 ら れ る 仕 組 み に な っ て い た 。
一 方,ケ ベ ッ ク 州 の 場 合 は,作 家(制 作 者)は 作 品 を 地 元 の 生 協 か 旧 ハ ド ソ ン湾 会
岸 上 エ ス ニ ック ・ア ー トと イ ヌ イ ッ ト文 化 の 表 象
図1 旧 北 西 準 州 と ケ ベ ッ ク 州 に お け る 商 品 流 通 の 経 路 1982年 原 典(Myers l984:140)の 図1よ り
社 へ 売 る 。 そ れ ら は 北 部 ケ ベ ッ ク 生 協 連 合 か,ハ ドソ ン 湾 会 社 の 流 通 ネ ッ ト ワ ー ク に 沿 っ て,お み や げ 品 店 や 国 内 外 の ア ー ト ・ギ ャ ラ リー へ 販 売 さ れ て い っ た 。 こ れ らの 販 路 網 の 整 備 が 進 ん だ 結 果,商 品 と し て の イ ヌ イ ッ ト ・ア ー トは 世 界 中 の よ り 多 くの 人 の 目 に 触 れ る よ う に な っ た の で あ る 。
1999年 の 時 点 で は,旧 ハ ド ソ ン 湾 会 社 は イ ヌ イ ッ ト ・ア ー トの 仲 買 か ら 手 を 引 い て お り,現 在 で は,ヌ ナ ヴ ト準 州 で は カ ナ ダ 極 北 生 協 連 合 が,ケ ベ ッ ク 州 の 極 北 部 で は 北 部 ケ ッベ ク 生 協 連 合 が,中 心 的 な 仲 介 者 の 役 割 を 果 た して い る 。 ケ ー プ ・ ドー セ ッ ト村 の 生 協 の よ う に 独 自 の ア ー ト制 作 ・販 売 会 社 「ドー セ ッ ト美 術 」(Dorset Fine Art, 1978年 創 設)を 作 り,ト ロ ン トに ア ー ト ・ギ ャ ラ リー の 直 販 店 を 持 っ て い る グ ル ー プ
も あ る(Berlo 1999:183)。 ま た,カ ナ ダ 極 北 生 協 や 北 部 ケ ベ ッ ク 生 協 連 合,ア ー ト ・ ギ ャ ラ リ ー は,イ ヌ イ ッ トの 作 品 の 販 売 カ タ ロ グ を 作 成 し,配 布 した り,イ ン ター ネ
ッ トを 利 用 して 作品 の イ メ ー ジ や 価 格,作 者 名,制 作 地 な ど を 世 界 に 向 け て 配 信 して お り,世 界 中 の 消 費 者 に 直 結 し て い る と 言 え る 。
た し か に ヘ セ ル が 指 摘 して い る よ う に1950年 代 に 開 始 さ れ た お み や げ 品 や 観 光 芸 術
国 立民族学博物館研究報告別 冊 22号 品 と し て 制 作 さ れ た 「エ ス ニ ッ ク ・ア ー ト」 が,ア ー トと し て 広 く 認 知 さ れ て き た こ と も イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 や 版 画 が 広 ま っ た こ と の 重 要 な 要 因 で は あ る(Hessel 1998:186)。 しか し仲 介 者 が 作 品 の 制 作 に つ い て ア ドバ イ ス し,作 品 を 商 品 と して 売
り込 み,販 路 を 広 げ て い っ た こ と を 見 逃 して は な ら な い 。
イ ヌ イ ッ ト ・ア ー トが 世 界 の 市 場 に 流 通 して い く背 景 に は,ア ー ト市 場 の 世 界 規 模 化,グ ロ ー バ リ ゼ ー シ ョ ン と い う 経 済 的 な 側 面 が 存 在 して い た 。 イ ヌ イ ッ トの ア ー ト が 越 境 し な が ら 広 が っ て い く こ と は,経 済 的 な グ ロ ー バ ル 化 が 進 む 世 界 の 中 で 生 きて い る イ ヌ イ ッ トの ロ ー カ ル な 対 応 の 所 産 で あ る作 品 を グ ロ ー バ ル な 流 通 網 を 通 し て 世 界 の 市 場 へ 出 荷 し て い る こ と を 意 味 し て い る 。
4 イ ヌ イ ッ ト ・ア ー トの 展 示 の 諸 問 題
4.1 展 示 物 に つ い て
今 回 の 展 示 を す る た め に,国 立 民 族 学 博 物 館 に所 蔵 され て い る 版 画 を 利 用 す る と と も に,滑 石 彫 刻 に つ い て は,新 た に 収 集 す る こ と に し た 。 こ こ で は 展 示 物 に つ い て 紹 介 した い 。
現 在,国 立 民 族 学 博 物 館 に は1983年 度 に 小 谷 凱 宣 氏 に よ っ て 収 集 さ れ た イ ヌ イ ッ ト の 版 画 が200枚 あ ま り所 蔵 さ れ て い る(小 谷1984)。 こ れ ら の 版 画 は,主 に ホ ル マ ン村, ケ ー プ ・ ドー セ ッ ト村,パ ン ニ ツ ン 村,ク ラ イ ド ・リ ヴ ァー 村,ベ ー カ ー ・レ イ ク村 な ど で 制 作 さ れ た も の で あ る 。 作 品 と し て は,狩 猟 ・漁 労 生 活,精 神 世 界,人 間 関 係 を 表 現 し た も の が 多 い 。 地 域 的 に も カ ナ ダ 極 北 地 域 を ほ ぼ 全 体 的 に 網 羅 して い る 。 筆 者 は1998年 の11月 か ら12月 に か け て の3週 間,モ ン ト リ オ ー ル と オ タ ワ の ア ー ト・
ギ ャ ラ リ ー,モ ン トリ オ ー ル 市 郊 外 に あ る 北 部 ケ ベ ッ ク生 協 連 合 の ア ー ト ・ギ ャ ラ リ ー,カ ナ ダ ・ケ ベ ッ ク 州 ヌ ナ ヴ ィ ク の ハ ド ソ ン湾 側 の ア ク リ ヴ ィ ク村,プ ヴ ン ニ ツ ッ ク村,イ ヌ ク ジ ュ ア ク 村 を 訪 れ,ヌ ナ ヴ ィ ク 地 域 で 制 作 さ れ た 滑 石 彫 刻 約150点 と タペ ス ト リー 約5枚 を 収 集 した 。 こ の 地 域 の 作 品 を 中 心 に 集 め た 理 由 は,こ の 地 域 が イ ヌ イ ッ トの 商 業 彫 刻 発 祥 の 地 で あ る こ と,さ ら に1984年 以 来 筆 者 の 主 要 な 調 査 地 で あ っ た か らで あ る 。 こ の 地 域 以 外 に も 少 数 な が ら ウ ン ガ ヴ ァ湾 で 制 作 さ れ た タペ ス ト リ ー や ケ ー プ ・ ドー セ ッ ト村 で 制 作 さ れ た 滑 石 彫 刻 な ど も 収 集 し た 。
今 回 筆 者 が 収 集 し た 滑 石 彫 刻 は,石 も 黒 色 や 灰 色 を 基 調 と した も の が 多 い 。 ヌ ナ ヴ
岸上 エ スニック ・アー トとイヌイッ ト文化の表象
トの 作 風 と比 べ る と,躍 動 感 や 独 創 性 に は 欠 け る が,写 実 的 で あ る 。 作 品 と し て は, 動 物 の 姿,狩 猟 お よ び 漁 労 活 動 の 様 子,シ ャ ー マ ン や 神 話 上 の 精 霊,人 像 な ど が 多 か
っ た8)。
4.2 展 示 の 概 要
滑 石 彫 刻 や 版 画 自体 は 現 代 の イ ヌ イ ッ ト文 化 の 一 部 で あ り,か つ そ れ が 描 き 出 す 社 会 も イ ヌ イ ッ トが イ ヌ イ ッ ト性 を 強 調 し た い 側 面 で は あ る が,現 代 の イ ヌ イ ッ ト文 化 の 総 体 を 表 象 し た も の で は な い 。 し か し,す で に 述 べ た よ う に イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 や 版 画 は,彼 ら の 文 化 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ ー を 具 体 化 す る 場 で あ り,世 界 観 や 精 神 性 と 深 く結 び つ い て い る 。 そ れ は 彼 ら が 仲 間 や 外 部 社 会 へ 発 信 す る 文 化 的 な メ ッ セ ー ジ な の で あ り,ア ー ト と い う 独 自 の 形 で イ ヌ イ ッ ト文 化 を 表 象 し て い る の で あ る
(Svensson 1995)。
筆 者 は 滑 石 彫 刻 と版 画 を4つ の カ テ ゴ リー に 分 け て 展 示 す る こ と に し た 。 そ の4つ と は,「 動 物 の 世 界 」,「宗 教 の 世 界 」,「生 業 活 動 の 世 界 」,「 人 間 関 係 の 世 界 」 で あ る 。 イ ヌ イ ッ ト は 獲 物 と な る カ リ ブ ー,ホ ッキ ョ ク グマ,ア ザ ラ シ,セ イ ウ チ な ど に つ い て は そ れ ら の 特 徴 を 熟 知 して お り,詳 細 に か つ 特 徴 的 な 部 分 を 強 調 し な が ら滑 石 や 版 画 の 上 に 描 き 出 し て い る 。 ま た,神 話 に 出 て く る ワ タ リ ガ ラ ス,人 間 の よ う な カ リ ブ ー な どが 巧 み に 描 か れ て い る(写 真1)。
「宗 教 の 世 界 」 で は,か つ て イ ヌ イ ッ トの 宗 教 で あ っ た シ ャ ー マ ニ ズ ム や 現 在 の 宗 教 で あ る キ リ ス ト教 に つ い て 太 鼓 を うつ シ ャ ー マ ン,ホ ッ キ ョ ク グ マ に 変 身 し た シ ャ ー マ ン,犬 の 精 霊,キ リ ス ト像,悪 魔 を 描 い た 滑 石 彫 刻 や 版 画 を 展 示 し た(写 真2)。
彼 ら の 作 品 の 中 で は 消 滅 した は ず の シ ャ ー マ ニ ズ ム や 世 界 観 が 生 き長 ら え て い る の で あ る 。 「生 業 活 動 の 世 界 」 で は,か つ て の 狩 猟 ・漁 労 活 動 や 日常 の 生 活 に 関 わ る 活 動 を, ア ー トを 通 し て 展 示 し た(写 真3)。 最 後 に,「 人 間 関 係 の 世 界 」 で は,親 子 関 係,兄 弟 姉 妹 関 係,夫 婦 関 係 を 版 画 や 滑 石 彫 刻 を 利 用 し て 提 示 し て み た(写 真4)。
す で に 指 摘 し た よ う に,イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 や 版 画 は,イ ヌ イ ッ ト社 会 の 現 状 で は な く,か つ て の な い し は す で に 失 わ れ つ つ あ る 世 界 を 描 き 出 し て い る 。 こ れ ら の 作 品 が 生 み 出 さ れ た 背 景 と な る 現 代 社 会 を 示 す 写 真 を,滑 石 彫 刻 を 置 く台 座 に 貼 り付 け る こ と に し た 。 そ れ らの 写 真 は,ヌ ナ ヴ ト準 州 ペ リ ー ・ベ イ村 の 現 代 生 活 に つ い て の ビ デ オ 映 像(ス チ ュ ア ー トヘ ン リ 監 修,大 村 敬 ・制 作 ・編 集)と と も に,現 代 の 社 会 の 状 況 を 知 る 手 が か り に な っ た は ず で あ る 。
国 、ン民 族 学 博 物 館 研 究 報 告 別冊 22号
写 真1 「動 物 の 世 界 」 の コ ー ナ ー
写真2 「宗 教 の 世 界 」 の コ ー ナ ー
岸Lエ ス ニ ッ ク ・ア ー ト と イ ヌ イ ソ ト文 化 の 表 象
写真3 「生 業活 動 の 世 界 」 の コー ナ ー
写真4 「人 間 関 係 」 の コ ー ナ ー
国 立民 族学博 物館研究報告別冊 22号
写 真5 「ビデ オの 放 映 と コ ン ピ ュー ター展 示 」 の コ ー ナ ー
現 代 の イ ヌ イ ッ トは ジ ー ン ズ を は き,暖 房 完 備 の 家 に 住 ん で お り,狩 猟 の 際 に は ラ イ フ ル や ス ノ ー モ ー ビ ル を 利 用 し て い る 。 ・方,作 品 の 中 で 描 か れ て い る 内 容 は,か つ て の 狩 猟 生 活(犬 ぞ りや 鈷 や 弓 矢 の 使 用),キ ャ ン プ の 様 子(雪 の 家,石 ラ ン プ の 使 用),動 物 や 世 界 観 で あ る 。 作 品 と そ の 背 後 に提 示 さ れ た 写 真 を 対 照 しな が ら見 られ た 方 は,両 者 の 間 に あ る 大 き な ギ ャ ッ プ,す な わ ち 作 家 が 石 や 紙 の 上 に 描 き 出 し た イ メ ー ジ と して の 伝 統 的 な 社 会 と,ジ ー ン ズ を は き,ス ノ ー モ ー ビ ル を 乗 り回 す 現 実 の 社 会 と の 問 に あ る ギ ャ ッ プ に 気 づ か れ た は ず で あ る 。 こ の 作 品 の 上 に 描 か れ た イ メ ー ジ は,イ ヌ イ ッ トの 作 家 が 仲 介 者 を 介 し て 外 部 社 会(市 場 や こ こ の 消 費 者)か ら 要 求 に 応 じ な が ら も,主 体 的 に 作 り出 し た も の で あ る 。 筆 者 は,こ の ギ ャ ッ プ を 展 示 し た の で あ る 。 そ し て な ぜ そ の よ う な ギ ャ ッ プ が 存 在 して い る の か を 問 い か け て み た 。 そ の 回 答 は,作 品 は 製 作 者 の 主 体 的 な 表 現 で あ る と と も に,イ ヌ イ ッ ト社 会 の 外 に あ る 市 場 に 売 る た め の 商 品 で あ っ た か ら と い う も の で あ る 。 市 場 が 要 求 し,よ く売 れ る 作 品 が ア ドバ イ サ ー の 指 示 に よ っ て イ ヌ イ ッ トに よ っ て 制 作 さ れ た の で あ る 。
各 作 品 の キ ャ プ シ ョ ン に は,作 者 名,居 住 地,州 名,タ イ トル を 掲 示 して あ る の み で あ る 。 文 字 で 書 か れ た 情 報 は 少 な い が,版 画 や 滑 石 彫 刻 を 含 め た イ ヌ イ ッ ト全 般 に つ い て の 情 報 を 「イ ヌ イ ッ ト百 科 事 典 」 と して コ ン ピ ュ ー タ ー で 展 示 し,現 在 の イ ヌ イ ッ ト社 会 に つ い て の 背 景 と な る 情 報 は 写 真 と 文 字,映 像,音 声 情 報 で 検 索 で き る よ
岸 上 エスニ ック ・アー トとイヌ イッ ト文化 の表 象 う に し た(写 真5)。
展 示 の 技 法 と し て,国 立 民 族 学 博 物 館 で は 手 で 触 る こ と が で き る こ と を ひ とつ の 売 り物 と して い る 。 エ ス ニ ッ ク ・ア ー トで あ る 滑 石 彫 刻 も例 外 で は な い 。 触 感 の よ さ は 滑 石 彫 刻 の 特 徴 の ひ とつ で あ る 。 カ ナ ダ な ど で は 原 則 と して 台 座 に 固 定 化 し た 後,ガ
ラ ス ケ ー ス に 入 れ て 展 示 す る こ と が 多 い が,版 画 と安 定 性 が よ く な い 滑 石 彫 刻 以 外 は, 原 則 と して ケ ー ス に 入 れ ず に 手 で 感 じ て も ら う た め に む き 出 し の 展 示 を 試 み た 。
4.3展 示 を 行 な う 上 で の 諸 問 題
今 回 の 展 示 を 行 な う 上 で,3つ の 大 き な 問 題 に 直 面 した 。
第1は,展 示 者 の 意 図 が 最 小 限 の 解 説 と キ ャ プ シ ョ ン で ど の 程 度,来 館 者 に 汲 み 取 っ て も ら え る か,と い う 問 題 で あ る 。 イ ヌ イ ッ ト ・ア ー トの 面 白 さ は 作 品 を 見 る こ と に よ っ て 来 館 者 が 感 じ取 る こ と が で き る と 思 うが,そ れ 以 上 の メ ッセ ー ジ が どの よ う に 伝 わ っ た の か,確 信 で き な い 。
第2は,展 示 技 術 の 問 題 で あ る.日 本 で は 地 震 が 発 生 した 場 合 に は,滑 石 彫 刻 を 効 果 的 に 固 定 し な く て は,破 損 の 恐 れ が あ る 。 さ ら に む き 出 し の 展 示 で は,も の そ れ 自 体 や 部 品 が 盗 難 に あ っ た り,来 館 者 の い た ず ら に よ る 破 損 の 恐 れ も あ る 。 展 示 業 者 と 相 談 の 上,て ぐす や ゴ ム ひ も,そ し て 金 具 で 固 定 す る こ と に し た 。 こ の 結 果,滑 石 彫 刻 の 動 物 や 人 に 手 か せ や 足 か せ を して い る よ う な もの と な り,見 る 者 に滑 石 彫 刻 の 持 つ 躍 動 感 を 十 分 に 堪 能 し て も ら え な か っ た う らみ が あ る 。
第3に,現 在 の イ ヌ イ ッ ト ・ア ー ト に は 地 域,村,作 家 に よ っ て か な り の 独 自 性 や 差 異 が 存 在 し て い る 。 ま た,同 一 の 地 域,村,作 家 で も,時 間 と と も に 作 風 が 変 化 し
て い る 場 合 も あ る 。 版 画 に 関 し て は,一 応,カ ナ ダ の イ ヌ イ ッ ト社 会 全 域 を 網 羅 して い る が,1980年 代 後 半 以 降 の 作 品 は 展 示 し て お らず,歴 史 的 な 変 化,特 に 最 近 の 展 開 に つ い て は 紹 介 す る こ と が で き な か っ た 。 滑 石 彫 刻 に つ い て も,地 域 に よ っ て か な り の 差 異 が あ る こ とが 知 ら れ て い る(Hessel 1998:78‑102)。 た と え ば,ヌ ナ ヴ ィ ク の 作 品 は 写 実 的 で,話 が 伴 う 。 パ フ ィ ン島 地 域 の 作 品 は 実 験 的 か つ 革 新 的 で,動 物 や 神 話 が か な り個 人 的 な ス タ イ ル で 表 現 さ れ て い る 。 キ ー ワ テ ィ ン地 域 の 作 品 は 人 間 の 像 が 中 心 的 な テ ー マ で あ ま り イ ヌ イ ッ ト的 で は な い 。 こ の よ う な 差 異 や 作 家 の 個 人 差 は, 時 間 的 な 変 化 と と も に,今 回 の 展 示 に は 反 映 され て い な い 。 今 回 の 展 示 物 は,カ ナ ダ
東 部 極 北 の ヌ ナ ヴ ィ ク 地 域 の も の が 多 く,極 北 全 体 を 代 表 し て い る と は 言 い が た い 。 滑 石 彫 刻 の 歴 史 的 な 変 化 や 地 域 的 な 差 異 な ど を も う す こ し 明 示 した 展 示 に す る べ き だ
国 改民族学博物館研 究報告別冊 22号 っ た と 反 省 し て い る 。
5 カ ナ ダ文 明 博 物 館,カ ナ ダ 国 立 美 術 館 に お け る イ ヌ イ ッ ト ・ア ー トの 展 示 との 比 較
5.1 カ ナ ダ 文 明 博 物 館 のIqqaipaa展
1999年4月1日 に カ ナ ダ に 新 し い 準 州 ヌ ナ ヴ トが 誕 生 した 。 そ の 成 立 を 祝 し て,カ ナ ダ 文 明 博 物 館 で は"Iqqaipaa:Celebrating lnuit Art,1948‑1970"と い う 特 別 展 示 が 同 年
4月1日 か ら2000年1月31日 ま で 開 催 さ れ た9)。
こ の 特 別 展 示 の テ ー マ は,イ ヌ イ ッ トの ハ ン タ ー た ち と そ の 妻 た ち が 何 世 代 に も わ た っ て 培 っ て き た 文 化 的 な技 術 を ア ー トの 制 作 の 過 程 で 利 用 し て い る こ と を 展 示 で 示 す こ と で あ っ た 。
152作 品(120個 の 滑 石 彫 刻,30枚 の 版 画,2枚 の タペ ス ト リ ー)が,6つ の 考 古 学 的 な 遺 物 と と も に4つ の 区 画 に 分 け ら れ て 展 示 さ れ た(Von Finckenstein 1999)。 こ の 展 示 で は,時 期 が1948年 か ら1970年 ま で と 限 定 さ れ て い た 。1948年 は ヌ ナ ヴ ィ ク の イ ヌ ク ジ ュ ア ク 周 辺 の キ ャ ン プ で ジ ェ イ ム ズ ・ヒ ュ ー ス ト ン が イ ヌ イ ッ トか ら滑 石 彫 刻 を 入 手 し,そ の ア ー トと して の 面 白 さ を 発 見 し た 年 で あ り,1970年 は カ ナ ダ の 極 北 地 域 に お い て 移 動 生 活 か ら定 住 生 活 へ の 移 行 が ほ ぼ 完 了 し た 年 で あ る 。
入 り 口 を は い る と ま ず,地 図 と イ ン トロ ダ ク シ ョ ン の 後,滑 石 彫 刻,版 画 な ど が ヌ ナ ヴ ィ ク,パ フ ィ ン島(第1),パ フ ィ ン 島(第2),キ ー ワ テ ィ ン ・中 部 極 北 ・西 部 極 北 の 順 番 に 地 域 ご と に 展 示 さ れ て い た 。 そ し て 最 後 に 版 画 制 作 の た め の 道 具,滑 石 彫 刻 の 制 作 過 程 が 展 示 さ れ,展 示 さ れ て い る 作 品 に つ い て の 詳 しい 情 報 が コ ン ピ ュ ー タ ー1台 で 検 索 で き る よ う に な っ て い た 。 さ ら に 極 北 の 自 然 の 音 や イ ヌ イ ッ トの 歌 を 展 示 場 で は 流 し て い た 。
各 地 域 の 作 風 に つ い て の パ ネ ル,個 々 の 作 品 に つ い て は 作 者 名,場 所,タ イ トル な ど最 小 限 の キ ャ プ シ ョ ン が つ け ら れ て い る の み で あ る 。 フ ォ ン ・フ ィ ン ケ ン シ ュ テ イ ン に よ る と,美 術 館 で の 展 示 と の 違 い は,民 族 誌 的 遺 物 を 展 示 し て あ る 点 で あ る が, そ れ 以上 の 差 は な い と 言 う。
岸 上 エ ス ニ ッ ク ・ア ー トと イ ヌ イ ッ ト文 化 の 表 象
5.2 カ ナ ダ 国 立 美 術 館 のUqqurmiut展
オ タ ワ の カ ナ ダ 国 立 美 術 館 に お い て1999年10月31日 ま で,パ フ ィ ン 島 の パ ン ニ ツ ン 村 の 絵 と 版 画 を 展 示 し て い る 。 絵 は フ ェ ル ト ・ペ ン,色 鉛 筆,ク レ ヨ ン,グ ラ フ ァ イ トな ど で 描 か れ た も の で,版 画 は ス トー ン カ ッ トと ス テ ン シ ル技 法 に よ る も の で あ る 。 作 品 は す べ て 壁 に か け ら れ て お り,キ ャ プ シ ョ ン に は 作 者 名,生 年,居 住 地,州 名, タ イ ト ル,素 材,標 本 番 号 が 記 載 さ れ て い る 。 イ ヌ イ ッ トの 版 画 と絵 を 美 術 品 と し て 展 示 し て お り,作 品 を 自 由 に 鑑 賞 し て も ら う と い う 立 場 を 取 っ て い る 。
作 品 が 作 られ た 社 会 や 時 代 背 景 に つ い て の 情 報 は ほ と ん ど 提 示 さ れ て い な い 。
5.3特 別 展 示 と の 比 較
民 博 の 特 別 展 示 は 「越 境 す る 民 族 文 化 」 が 主 要 な テ ー マ で あ り,そ の … 部 を 形 成 す る 「極 北 の イ ヌ イ ッ ト」 の コ ー ナ ー は,世 界 に 広 ま っ て い っ た も の と して,イ ヌ イ ッ
トの 滑 石 彫 刻 と 版 画 を 展 示 し た 。 そ こ で は,地 域 で は な く 「動 物 の 世 界 」,「生 業 生 活 の 世 界 」,「宗 教 の 世 界 」,「 人 間 関 係 の 世 界 」 と い う テ ー マ に 則 し て 版 画 と滑 石 彫 刻 を 現 在 の イ ヌ イ ッ トの 様 子 を 示 す 写 真 と と も に 展 示 し た 。 各 作 品 の キ ャ プ シ ョ ン に は, 作 者 名,居 住 地,州 名,タ イ トル を掲 示 し て あ る の み で あ る 。 文 字 で 書 か れ た 情 報 は 少 な い が,版 画 や 滑 石 彫 刻 を 含 め た イ ヌ イ ッ ト全 般 に つ い て の 情 報 を 「イ ヌ イ ッ ト百 科 事 典 」 と して コ ン ピ ュ ー ター で 展 示 し,現 在 の イ ヌ イ ッ ト社 会 に つ い て の 背 景 と な る情 報 は 写 真 と 文 字,映 像,音 声 情 報 で 検 索 で き る よ う に し た 。
カ ナ ダ 国立 美 術 館 の 展 示 と 比 較 し た 場 合,民 博 の 展 示 で は イ ヌ イ ッ ト社 会 に つ い て の 情 報 が 映 像,写 真,文 字 で 提 供 さ れ て い る 点 で 大 き く異 な る 。 さ ら に,カ ナ ダ 文 明 博 物 館 の 展 示 と の 違 い は,よ り全 般 的 な イ ヌ イ ッ トに つ い て の 情 報 を 提 示 す る と と も に,イ ヌ イ ッ トの 活 動 や 宗 教 を,彼 ら の 作 品 を 通 し て 展 示 し て い る 点 で あ る 。 作 品 と し て の 価 値 だ け で は な く,作 品 に描 か れ た 生 活 や 人 物,動 物 を通 し て 「伝 統 的 な 」 イ ヌ イ ッ ト社 会 を 展 示 し た の み な ら ず,イ ヌ イ ッ トの 作 家 が 外 部 社 会(市 場)か ら の 要 求 に 応 じ な が ら 描 出 し た イ メ ー ジ と し て の イ ヌ イ ッ ト社 会 と 現 実 の イ ヌ イ ッ ト社 会 に あ る ギ ャ ッ プ を 展 示 し た 。1999年 度 の 特 別 展 に お け る イ ヌ イ ッ ト展 示 は,イ メ ー ジ と 現 実 の ギ ャ ッ プ に 着 目 し た 従 来 の 展 示 と は 異 な り,新 た な 試 み で あ っ た こ と を 強 調 し て お き た い 。
国立民族学博物館研究報告別冊 22号 一 方,比 較 に よっ て 問題 点 も見 え て くる。 そ の ひ とつ が,音 の活 用 で あ る。 カ ナ ダ 文 明博 物 館 の 展示 の よ う に,極 北 地域 の 自然 や 村 の 中の 音 を会場 で流 す べ きだ っ た と 反 省 して い る。 臨場 感 や 雰 囲 気 を五 感 で 体 験 で きる展 示 を 目指 す べ きだ った と考 え て い る。
6結 語
「越 境 す る 民 族 文 化 」 と い う テ ー マ の も と,「 極 北 の イ ヌ イ ッ ト」 の コ ー ナ ー で は, イ ヌ イ ッ トが 制 作 し,イ ヌ イ ッ トの(エ ス ニ ッ ク ・)ア ー ト と して 世 界 中 に 広 が っ て い っ た 版 画 と滑 石 彫 刻 を 中 心 に 展 示 し た 。 版 画 や 滑 石 彫 刻 は も と も と イ ヌ イ ッ ト社 会 に あ っ た も の で は な く,現 金 収 入 を 得 る た め に1950年 代 以 降 に イ ヌ イ ッ ト社 会 に 導 入 さ れ た も の で あ る 。 そ の 作 品 は 買 い 手 で あ る 北 米 や ヨ ー ロ ッパ の 市 場 の 要 求 に 応 じ て 作 ら れ て き た が,イ ヌ イ ッ トの 作 品 で あ る と い う 「民 族 文 化 的 な 」 独 自 性 は 保 ち 続 け ら れ て い る 。
作 品 か ら得 た 現 金 に よ っ て 狩 猟 や 漁 労 に 必 要 な ガ ソ リ ンや ラ イ フ ル の 銃 弾 を購 入 し, 作 家 や そ の 家 族 は 狩 猟 や 漁 労 を 続 け る こ とが で き,イ ヌ イ ッ トの 生 活 を 支 え て き た 。 さ ら に 作 品 の 制 作 を 通 し て,イ ヌ イ ッ トは 彼 ら の 文 化 に つ い て の 知 識 や イ ヌ イ ッ ト と し て の ア イ デ ン テ ィ テ ィ ー を 再 生 産 し て き た 。 外 部 か らの 指 導 に よ っ て 開 始 さ れ た こ れ ら の ア ー トの 制 作 は50年 あ ま り の 歴 史 を 有 す る に す ぎ な い が,イ ヌ イ ッ トの 文 化 の 一 部 と な り,彼 ら の 伝 統 で あ る と 見 な さ れ る よ う に な っ た の で あ る 。
今 回 の 特 別 展 示 で は,イ ヌ イ ッ トの 滑 石 彫 刻 や 版 画 を 単 な る 芸 術 作 品 と し て 展 示 す る の で は な く,作 品 に 描 か れ た 生 活 や 人 物 像,動 物 の 姿 を 通 し て か つ て の イ ヌ イ ッ ト 社 会 を,現 在 の 様 子 を 示 す 写 真 と対 照 さ せ な が ら展 示 した 。 作 品 の 中 に 描 か れ た イ メ
ー ジ と して の 伝 統 社 会 と 現 実 社 会 の 間 に 見 ら れ る ギ ャ ッ プ を 展 示 した の で あ る。 イ ヌ イ ッ トの 版 画 や 彫 刻 は 外 部 社 会 か ら の 影 響 を 強 く受 け な が ら も,そ れ に 対 して
イ ヌ イ ッ トが 主 体 的 に 対 応 す る こ と に よ っ て 生 み 出 し た 作 品 で あ り,そ の は じ ま りや 歴 史 的 展 開 は 彼 らが 体 験 し て き た 社 会 変 化 を 象 徴 す る も の で あ る 。 そ の 制 作 や 世 界 中 に 広 ま っ て い っ た 現 象 は,経 済 的 な グ ロ ー バ ル 化 が 進 行 す る 世 界 の 中 で 生 きて い る イ ヌ イ ッ トの ロ ー カ ル な 対 応 の 所 産 で あ っ た と言 う こ と が で き よ う 。