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岩橋昭廣氏の研究業績によせて

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Academic year: 2021

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5  岩橋昭廣君は,阪南大学では筆者より 2 年後 の入職であるが,同い年であり,専攻分野も同 じであったことも相まって,長らく友人として 接してきた。よく酒を呑み,よく議論した。そ の彼が,この世からいなくなってしまった。話 し相手がいなくなった喪失感に浸っている。追 悼号に一文を求められたとき,研究職を離れて しまっており,論文を書く用意もないので,断 ろうと思ったが,長年の付き合いの最後だと思 いなおし,彼の研究の一端を紹介することで責 を果たそうと思う。

Ⅰ 国債の累積と公信用

 岩橋氏の初期の研究は,国債管理論であっ た

1)

。国債とは,国家の財政資金調達手段であ り,国家債務であるが同時に金融商品でもあ る。国家が借手となる国債発行は,国家と国債 の買い手である民間金融機関との債権債務関 係の形成であり,国家が貸借の一方の当事者と なるという意味で公信用である。国債が国家の 財政資金調達手段であるかぎり,国家はできる だけ低金利で資金調達する必要がある。国家が 国債を発行するのは,財政赤字の補てんのため であり,戦後のケインズ主義政策の下で,財政 スペンディング = 公共投資を可能とするため であった。1975 年以降,日本で大量の国債が発 行されたことを背景に,77 年に銀行保有国債を 金融市場で売却することが認められ,これを契 機に発行された国債の流通市場が形成され,国 債の市場価格が形成されることになった。金融 政策の一環として,中央銀行は国債買オペレー

ションを実施して,国債流通市場から国債を買 い上げ,国債価格を上昇させ,その結果国債の 流通利回りを低下させる。これによって,国家 は低金利の資金調達と国債利払費負担の軽減を 実現することができた。これが国債管理政策の 意味である。

 しかし国債は金融機関が利殖対象として投 資する金融商品でもあるので,中央銀行の国債 買いオペは別の意味をもつことになる。国債を 購入した金融機関は,満期に現金償還を求める が,国債償還金が不足する事態の下では,国家 は借換債を発行し,新たな借入を行う。それに よって,国債を発行する国家と買い入れる民間 金融機関との間の債権債務関係を引き延ばそう とする。中央銀行は国家と民間金融機関との債 権債務関係に介入し,民間金融機関の保有する 国債を買い取る(買いオペ)ことで,国債に投下 された資金を解除する。ここに中央銀行の買い オペの現実的意義がある。

Ⅱ 金融不安と公信用

 岩橋氏は,戦後日本資本主義における公信用 の機能を,高度経済成長期の国家資金による 民間資金の補完とまずは位置づける。しかし,

1974・75 年の世界同時不況を契機に,日本資本 主義が高度成長から低成長に転換するなかで,

公信用の新たな機能が生み出されるとする。低 成長とは,現実資本の蓄積の停滞であり,過剰 な商品資本の価値実現が困難な事態である。そ こで国家は,財政スペンディング政策 = 公共投 資を発動し,過剰商品資本の価値実現を助け

神  澤  正  典

岩橋昭廣氏の研究業績によせて

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阪南論集 社会科学編(岩橋昭廣教授追悼) Vol. 56 No. 2

る。これが公信用の間接的な私的信用救済・支 持機能である。低成長が続くなかで,現実資本 の蓄積から相対的に乖離した過剰貨幣資本が生 まれる。過剰貨幣資本とは,生産過程で生産さ れ,流通過程で価値実現された貨幣資本の一部 を,生産過程に再び投資できない状態を意味す る。財政スペンディング政策だけでは,過剰資 本問題を根本的に打開できない。過剰貨幣資本 は,価値増殖の機会を求めて金融商品に投下さ れ,金融資本市場の膨張 = 金融の肥大化を引き 起こし,結果として金融システムの不安定化を もたらす。危機に陥った金融システムを救うた めに,救済融資という公信用が発動される。私 的信用不安対策としての公信用の機能である。

 日本のバブル崩壊後の総合経済対策(1992 年 8 月)は,公共投資の拡大という旧来型財政ス ペンディング政策と銀行救済策の 2 本柱であ り,銀行救済は,バブル崩壊による銀行の不良 債権を国家資金によって買い取るという国家資 金の動員,すなわち公信用の発動であった

2)

。  世界的な金融システムの不安定化が金融機 関の経営破綻を生み出し,金融機関の経営破綻 が金融危機へと発展する。それを阻止するため に,各国金融当局は,金融危機回避策 = 信用秩 序維持策を展開する。岩橋氏は,日米の金融危 機回避策を比較検討して,破綻中小金融機関の 整理・淘汰による金融機関の再編成こそが金 融危機回避策の中心課題であることを実証し た

3)

Ⅲ 経済の金融化と世界金融危機

 1980・90 年代の金融危機に対して,公信用の 発動や金融規制体系の整備があったにもかかわ らず,2007 年のサブプライム危機を契機にして 世界金融危機が生じてしまった。イギリスのエ リザベス女王は,2008 年 11 月に,経済学者の会 合に出席した際に, 「なぜあなたがたの誰もこ の危機に気づかなかったのですか」と尋ねた。

イギリスでは,王室を始めとする貴族は大土地 所有者であり,そこから生じる収入を金融商品

に投じている。女王陛下は危機による株価下落 で保有資産の 25%を失っていたことが,この 問いの背後にあった。ロンドン大学経営学部長 は, 「本邦の,および国際的に多くの賢明な人々 の集団的想像力が,金融システム全体にとって のリスクを理解できなかった」と答えた

4)

。  リスクを生み出したのは,国際的な投機的金 融活動であった。投機的金融活動は,戦後資本 主義の停滞の下で生み出された過剰貨幣資本の 運動であった。1974・75 年不況の下では,もは や財政スペンディング政策という不況対策は功 を奏さず,逆に不況下の物価上昇,いわゆるス タグフレーションを引き起こした。赤字国債発 行に伴う財政支出の増大は,貨幣供給量の増加 を引き起こした。ケインズ主義政策は高利潤・

完全雇用を実現すると同時に,インフレ体質を も育成した。60 年代後半から労働組合は,物価 上昇率を勘案した実質賃金の上昇,労働生産性 上昇分の上乗せ,労働条件の改善を要求するよ うになり,このことが資本の利潤率を圧迫する ことになった。そこで高利潤率を堅持しようと すれば,さらなる赤字国債発行に依存するしか なく,そのことが貨幣供給量の増大を不可避的 に伴った。このような状況のなかで,1971 年の ドル・ショック(金・ドル交換停止)と 1973 年 のオイル・ショックを呼び水として生じたのが スタグフレーションであった。この事態は政府 がケインズ主義政策を採用すればするほど深刻 化した。それがケインズ主義に対する幻滅を生 み出し,資本主義の黄金時代は終焉を迎えた。

完全雇用と高利潤率の両立を目指したケインズ 主義は,高利潤率確保を第一義とする資本の側 に立った新自由主義に取って代わられた

5)

。  新自由主義政策は,金融面での規制緩和・国 際化を重要な柱とし,金融活動・経済活動の 活性化,資本主義経済の再生を目指した。一国 の金融・経済活動を超えた経済のグローバリ ゼーションによる経済再生である

6)

。新自由主 義は,産業資本の再建に向かわなかったので,

製造業は衰退し,本来そこに投資されるべき資 金需要が停滞したため,貨幣資本の過剰が生じ

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岩橋昭廣氏の研究業績によせて

Mar. 2021

た。新自由主義政策の下で生じた過剰貨幣資本 が,投機的金融活動と金融肥大化の源泉であっ た。1980 年代中頃以降,住宅ローン債権の証券 化がはじまるが,2000 年代にアメリカの住宅 ブームのなかで増加し続けた。サブプライム ローン問題の発生である。

 サブプライムローンは,優良ではない借手に 住宅ローンを貸し付けること自体が問題である が,それを可能にしたのは住宅ローン債権が証 券化され(住宅ローン担保証券),金融機関の格 好の投資対象となったからである。債権の証券 化は,そもそもリスク分散を目的とした「束ね る」という商品化手法であるが,証券化商品の 開発競争が激しくなった結果, 「売るために束 ねる」ことに銀行のビジネスモデルが転換した。

さらに,金融機関は住宅ローン担保証券を裏付 け資産とした新しい証券化商品である債務担保 証券を組成する。岩橋氏は,この過程を「重層 的証券化」と特徴づける

7)

。証券化商品がいか に精緻にリスク分散を計算されていたにせよ,

証券化商品が存在しうるのはもととなるローン の返済が正常に進行し続ける限りのことであ り,そのキャッシュフローが滞ると破綻するの は自明である。巨大金融機関は,保有する過剰 貨幣資本を実体経済と離れた需要に投資した が,巨大化した投機の世界の崩壊が金融機関経 営の破綻と世界金融危機を引き起こした。

 経済の金融化・投機化は,その対象を民間の 金融商品だけでなく,国家債務である国債にま で拡大した。2009 年に発覚したギリシャの巨額 の財政赤字は,それを補填するために発行され た国債の保有者である欧州の銀行の経営不安 を引き起こした。一国の財政危機が他国の金融 危機を引き起こし,その金融危機がさらなる財 政危機をもたらすという事態を,岩橋氏は「グ ローバル債務危機」と規定した

8)

Ⅳ まとめ

 岩橋氏の研究対象は,時代とともに変化して いるが,その根底には共通する問題意識が貫か

れていることがわかる。それは,現代の金融現 象を実体経済とかけ離れた世界に需要を求める 過剰貨幣資本の運動と理解し,利潤をとことん 追求する現代資本主義の本質と総括する点であ る。岩橋氏の現代資本主義と金融に関する認識 は,次の一文に帰結する。 「現代資本主義のなか で生まれた経済の金融化,金融の投機化自体が 金融の不安定化をもたらし,国家財政による金 融(銀行)救済が財政赤字を拡大させ,国債の膨 張を余儀なくさせる。さらに国債膨張による国 債価格下落への不安は,大量の国債を保有する 金融機関の経営不安に直結し,再び金融の不安 定化につながる。ここに現代資本主義が抱える 構造的問題が存在する」

9)

 岩橋氏の論考は,発表されるたびに読んでは いたが,今回まとめて読んでみると,精力的で 実証的かつ理論的であることがわかる。生前に 1 冊にまとめられていたらと残念に思うのは,

筆者だけではあるまい。

1 )「国債政策と日銀国債買オペレーション」『阪南論 集社会科学編』第21巻第 4 号,1986年,1-16ペー ジ。

2 )「現代公信用と私的信用─公信用の私的信用救済・

支持機能を中心に─」『阪南論集 社会科学編』第 28 巻第 3 号,1993 年,145-152 ページ。

3 )「金融機関経営の不安定化と金融危機回避策」『阪 南 論 集 社 会 科 学 編 』第 29 巻 第 2 号,1993 年,

75-91 ページ。「公的信用と銀行再編成─ 80 年代 における米国の金融機関経営の破綻を中心に─」

『阪南論集 社会科学編』第 30 巻第 3 号,1995 年,

43-56 ペ ージ。「FDICIA とセーフティ・ネット

─米国の金融規制体系再編の一側面─」『阪南論 集 社会科学編』第 32 巻第 4 号,1997 年,135-148 ページ。「金融機関の経営破綻と日銀の金融支援」

『阪南論集 社会科学編』第 34 巻第 1 号,1998 年,

175-184 ページ。

4 )高田太久吉編著『現代資本主義とマルクス経済学』

新日本出版社,2013 年,2 ページ。

5 )神澤正典「グローバルファイナンスと資本の構造 的権力」『阪南論集 社会科学編』第 35 巻第 2 号,

1999 年,161-172 ページ。

6 )井村喜代子「世界的金融危機は続いている」『経済』

2011 年 3 月,93-111 ページ。

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阪南論集 社会科学編(岩橋昭廣教授追悼) Vol. 56 No. 2 7 )「世界金融危機と金融規制」『阪南論集 社会科学

編』第 47 巻第 1 号,2011 年,53-72 ページ。また金 融規制に関する研究として,以下がある。「金融規 制と大手米銀の蓄積戦略─ BIS 規制成立過程を中 心に─」『阪南論集 社会科学編』第 37 巻第 1 号,

2001 年,27-36 ページ。「金融規制と大手米銀の蓄 積戦略(2)─ BIS 規制と米銀の優位性─」『阪南 論集 社会科学編』第 37 巻第 2 号,2001 年,33-42

ページ。

8 )「金融化・投機化と現代資本主義」『経済』2015 年 1 月,54-63 ページ。

9 )「現代資本主義と金融の「変質」」『経済』2013 年 1 月,17-19 ページ。

(2020 年 11 月19日掲載決定)

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