熊本大学社会文化研究10(2012)
日本における憲法上の基本権と特許権との調和
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李 倫 郷
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I 序 論
日本において、特許権が、あるいはひろく知的財産権が、懸法理論との関係で深く語られることは いままではなかった。このことは、日本でもっともよく読まれてきた憲法基本書である芦部信喜の
「憲法」'のなかに、知的財産権と憲法に関する記述がないことに例証されている。日本の懸法基本書 における知的財産権の扱いは、比較的最近刊行された基本響の「財産権」の項目で、財産権の具体的 内容のひとつとして、僅かに触れられる程度である2。これは日本の憲法学界がよく引証しているア メリカの憲法典(合衆国憲法1788年成立)には、いわゆる知的財産権条項(1条8節8項)3があり、
そのことを機縁として、彼の国では、知的財産権と憲法理論との関係に関する豊富な先行研究がある ことと、対照的である'。
ところが、知的財産権は、本来なら消費・利用に排他性なき情報(infbrmation)に人為的に(法
令の制定によって)排他性をもたせたもの、換言すると、知的財産権制度を設定.運営するという国 家行為を介して、「情報の所有者」を創設し、当該所有者に本来なら排他性をもたない財(goods)
に対する排他的権利を保障したものである。国家がこうした制度を創設しなければ、一般市民あるい は人類にとって有益となるであろう情報は創設されないであろう5と言われる反面で、一般市民に とっては本来自由利用できるはずの情報に利用規制が課されることになる。〈国家行為を介しての行 為規制>・知的財産椎をめぐる問題は、憲法学の考察対象であることが、ここから明らかとなろう。
本稿は、知的財産権の中でも特許権に注目し、当該権利の性質を憲法理論との関係で検討してみよ うとするものである。
ここで日本の特許法の条文を少しだけ見ておこう。1959年制定の特許法1条は、同法の目的をつぎ のように規定している。
「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与す ることを目的とする。」
ここで気になるのは「発明」の意味だが、日本法にはこの定義がある。同法2条1項は「発明」を 以下のように定義している。
「この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」
さてここにいう「発明」であるが、その対象が古典的な意味での発明概念に縛られるものでないこ
とは、すでに明らかなことであろう。たとえば、コンピューター・ソフトウェアやバイオテクノロ
ジー発明といった「新技術」も、ここでいう「発明」に含められて、特許法上の保護が与えられるよ
うになってきている。とくにコンピューター・ソフトウェアであるが、現代社会のさまざまなプラク
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テイスのほとんどは、コンピューターにより管理運営されていることを想起するなら、そのソフト ウェアが特許権の対象となるということは、わたしたちの日常の行為に関係する多くの場面に、特許 制度が深く関係してきていることになる。そうなると、特許権を憲法理論の視点から分析検討する際 にも、基本権のある特定の領域だけにその問題は関わるものではない、といえそうである。さまざま な基本権の種類に応じた6懸法理論を模索する必要がありそうである。ただ本稿では紙幅の制約もあ るので、特許権といえば本稿冒頭で触れた惣法基本書のように、通常は財産権の一部と考えられてい るので、財産権としての特許権と、他の憲法上の基本権との関係を中心に議論を展開しようと思う。
以下、本論にはいるが、本論の〔Ⅱ〕では、特許権の法的性格について、詳述されている。そこで は、特許椎の対象や制限の必要性など、特許制度一般に関する問題が扱われている。つづいて〔Ⅲ〕
では、特許権を財産権と捉えた場合に、日本の憲法はどのような制約を予定しているのか、その根拠 はなにか、というテーマが扱われている。とくに〔Ⅲ-1〕では、日本の財産権一般に関する法理論 が論述されている。そして〔Ⅲ-2.3〕では、特許権と他の憲法上の基本権が抵触する場合には、
どのような調整がなされるべきなのかについて触れられている。その際、当該二権の抵触は司法裁判 所で解決されることになるが、その場合の裁判所の法解釈の方法についても、ここで検討することに する。
Ⅱ 特 許 権 の 法 的 性 格 と 制 限 方 法 1.特許権の法的性格
特許権は、設定の登録によって発生する(特許法66条1項)権利である。それは、知的所有権の一 種と考えられてきたように、物権に類似した性質をもつ。また、対象になる発明を独占的・排他的に 使用・収益・処分する権利で、原則的に私的な権利である7.特許権の効力は積極的効力(実施権)
と消極的効力(禁止権)と一応分けて考えられるが、商標権とは違い8実施権と禁止権の範囲は重複 しているので、両者を分けて論ずる実益は少ないと言われている。
特許権制度は、特許法第1条の規定で分かるように、発明の保護及び利用をはかることで発明を奨 励し、研究開発のためのインセンティプを付与することにとどまるものではない。それは特許発明の 内容を公開することで、一般的技術水準の向上をはかって窮極的には産業発達に寄与しようとする目 的を持っている。したがって、全面的に私益のための権利とはいえないと思われる。
2.特許権の公共の利益による制限
特許権は、技術の独占椎という強力な権利であるため、時にはその存在が公益に反することもあり 得る。したがって、公共の利益に反する場合には、その権利を制限するなんらかの措置が必要となる
ことも考えられる。
この点について、1899(明治32)年制定の旧特許法は、「公益上必要ナルモノナルトキハ特許権ヲ
制限シ若ハ政府二於テ収用シ、特許ヲ取消シ又ハ政府二於テ特許発明ヲ実施スルコトヲ得」(40条1
項)と規定していた。ただ、現在においては、この制度に制裁的な意味をもたせるべきではなく、私
権の制限を必要最小限に止めるとの趣旨から、第三者が実施できる道を開けておけば十分であると考
えられている。また政府が自ら実施することも少ないので、現行法のように、裁定による通常実施権
の設定という制度に改定されている。
日本における恋法上の基本権と特許権との調和
15裁定通常実施権は、公益上の必要から、裁定という行政処分によって強制的に設定される実施権で ある。これは強制実施権とも呼ばれ、法定通常実施権と同様に物権的権利ではなく、権利者に対する 請求権(債権)である。それは、通常実施権の一種であるが、許諾による通常実施権とは性質が大き
く異なっている。
特許法は、不実施の場合(83条)と利用発明の場合(92条)、公益上必要な場合(93条)の3種類 の裁定通常実施権を用意している。但し、それらは、いずれも実際に裁定が行われた事はなく、積極 的に活用されているとは言えない。このような規定の存在自体が「伝家の宝刀」としての意味をもつ 制度であるともいえる。
本稿は、つぎに特許法93条の公益上必要な場合の裁定通常実施権を中心に、公共の利益の具体的な 内容と経済的理由による裁定請求の可否に対して検討しようと思う。
3.公益上必要な場合の裁定通常実施権
特許法93条は、公益上必要な場合の裁定通常実施権について規定している。本条による協議の申出 後に行われる裁定の申立ての名宛人は経済産業大臣となっている。93条による裁定は、特許庁の上級 官庁として経済産業全般の行政事務を統輔する経済産業省の大臣により、公益性が高い場合にとられ る措置である。
例えば、エイズ治療薬のような人道上緊急に実施しなければならない特許発明の場合を想定してみ よう。特許権者が国内で実施しているが、それが少量で高価の場合、そのまま座視しては国民の生命 身体に多大な影響が及ぶと推測される。そこで、国内企業に低価で大最の治療薬を製造させる必要が 生じるであろう。実際に同様の問題は、般近南アフリカ共和国などで発生し、話題になった9。
公共の利益の具体的内容については、1975(昭和50)年に公表された「裁定制度の運用の要領」に 記述がみられる。そこでは10、①国民の生命、財産の保全、公共施設の建設など国民生活に直接関係 する分野で特に必要な場合、②当該特許発明の通常実施権の許諾をしないことにより当該産業全般の 健全な発展を阻害し、その結果、国民生活に実質的弊害が認められる場合が挙げられている。
また、外資審議会専門委員会報告(1968(昭和43)年3月15日)は、前述の運用要領の例の他に、
次のような事態が生じ、その結果、国民経済に重大な影響を及ぼす場合を挙げていた。①当該特許発 明の利用が期待された産業に、企業倒産などの混乱が生ずることにより、大鎧の失業の発生する恐れ があること、②当該特許発明の利用が期待された産業に、企業の倒産などが生ずることにより、その 特許発明を実施できれば利用可能であった巨額の既存設備が廃棄される恐れがあること、③当該特許 発明の利用が期待された基幹産業、重要輸出産業または先端技術分野の産業に、企業倒産などの混乱 が発生することにより、これらの産業の健全な経済的または技術的発展を著しく阻害する恐れがある こと。
これらのガイドラインおよび報告を参照すると、まず、国民の生命、財産の保全、公共産業などに
重大な影響がある場合には、裁定が実施できるという点に異論は少ないであろう。一般的な事例とし
ては、伝染病が流行し、特許権者だけでは需要に応ずる供給を満たすことができない場合などが考え
られる。しかし現実には、このような場合、発動に時間がかかる裁定制度の活用ではなく、政治的な
問題として解決されることになると思われる。したがって、93条が問題とされる事態はあまり考えら
れないだろう。
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公共の利益に関係しても、単に費用削減目的で必要な場合や、その特許発明を利用しなくとも実現 可能な方法があるような場合などにおいては、裁定を請求はできないと解される。ただ問題となるの は、経済的理111による裁定請求ができないのかという点である。特許権を取得した者を、ほかの者よ
りも経済的に優位に立たせるのは当然のこととも考えられ、したがって、優位であるがゆえに裁定請 求が認められるとすれば、特許制度の意義は消えるとも思われる。また、他人の特許権を侵害した者 の設備が廃棄されるのは当然であり、たとえその設備が巨額なものであっても、それはやむをえない ことであろう。外資審議会専門委員会報告祥は、日本が開放経済を受け入れた時期に発表されたもの であり、必要以上に自国産業保護的色彩を持っている。したがって、現在そのまま適用することは適 切ではない。理論的には、日本産業に大打撃を与える場合には、公共の利益を理由に裁定実施権の設 定も考えられないことはないⅢ。ただ、実際に現実問題として適用された例はまだ1件もない。
ところが、現在では生活のすべての部1mが特許技術で満たされているために、差止を受けると企業 が混乱するというよりは、国民生活に混乱をもたらす恐れのある場合もある。例えば、コンピュー
ターが止まることによる交通機関の麻郷とか、銀行のオンラインが停止するとか、あるいは医療施設 に混乱が招来される事態も考えられる。このような場合にも、93条の裁定通常実施権が利用可能だと 考えられるが、93条の手続きには相当な時間が必要となるので、現実問題の処理には必ずしも適当で はない。むしろ、権利濫用の法理の適用とか、あるいはさらに立法論としては、差止請求椎を認めず に事後的な司法的救済に委ねる方が、現実的とも考えられる。
Ⅲ 基 本 権 の 制 限 と 特 許 権 の 調 和 1.基本権の制限と解釈方法 (1)基本権と公共の福祉
「人権」(humanright)という概念は、道徳的なそれと、法的なそれとに区別して議論するのが有
益であろう。〈人は生まれながらに自由で平等である〉というとき、これは道徳的意味での人権を表 していると理解すべきである。それは、この言明は「絶対的」であるが道徳的理念に留まり、法的な 意味をもたない言明である、という意味である。これに対して、法的な意味での人権は、それが憲法 上の保障を受けるとき、ときに「基本的人権」と呼ばれている。憩法上の保障を受ける「基本的人 権」は、国家権力による不当な制約に対抗する法的価値をもつけれども、憲法上の他の価値による制 約を受ける、という意味を同時に内包している。〈憲法上の保障を受ける>、〈憲法上の権利〉という 言葉で示された権利の性質は、「絶対的」な保障を受けるものではなく、憲法上の制約を受けること
もあるところに特徴をもつ。
上述したように「憲法上の権利」「基本的人権」といえども絶対的な保障は受けない。それは、憲 法上の他の価値により、制約をうけることもある。そのことの懲法上の根拠を示す文言が「公共の福 祉」である。窓法上の権利とはいえども、公共の福祉による制約を受けることが予定されているので ある。
ただここで注意すべきことがある。それは、国家は公共の福祉を理由に、憲法上の権利を自由に制 約できる、というわけではない。ここでは公共の福祉という制約理由が、憲法上の権利を制約する理 由として、合理的であるか否か、群在される必要がある。司法裁判所の役割がここに顕現している。
ある国家行為が懸法上の権利を制約するとき、権利を制約する国家行為の目的が合理的であるか、当
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35該目的を遂行する上で、権利を制約するという手段が合理的関連性をもつのか、裁判所では精査され る。基本権を制約する目的・手段が合理的であることをもって、それは基本権を制約する国家行為と してく公共の福祉に適っている〉といえるのである。
ではこの基本権とそれを制約する根拠である公共の福祉の関係を、本稿のテーマである特許権で考 えてみることにしよう。その際、特許権は財産権の一部であると考えられるので、ここではより一般 的に財産権という基本権と公共の福祉の問題に換言して、このことを検討していくことにする。
(2)日本国憲法29条
l)日本国憲法29条1項
財産権については、日本国憲法では、第29条で規定されている。日本国懲法29条1項は「財産権は、
これを侵してはならない。」と規定している。この規定は、個人が具体的な財産上の権利主体となる という「主観的利益」と、個人が財産権を享有しうる法制度(私有財産制度)という「客観的利益」
をともに保障する趣旨である、と通説的見解はいう'2°
ここで注意を要するのが「財産権を制度として保障する」ことの意味であろう。これは通常、つぎ のように理解されてきた。すわなち、「〔私有財産〕制度の核心は法律によっても侵すことはできな い」が「それが侵されない以上、〔財産権の〕社会化は憲法改正によらずに可能である」'3。つまり、
私有財産制度の「制度の核心」(実はこれが重要なのだが、ここでは深入りしない)を侵さないなら ば、財産権を法律で規制することも、憲法上許容されるのである。日本国憲法29条1項の条文はこの ように理解したとき、はじめて、同条2項の理解と平灰が合う。
2)日本国憲法29条2項
日本国憲法29条2項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」
と規定している。「これは、一項で保障された財産権の内容が、法律によって一般的に制約されるも のであるという趣旨を明らかにした規定である」'4と理解されている。ただし、法律はどのような目 的によってでも、財産椎を制約できるということを意味しているわけではない。1)で論述したよう に、29条2項を根拠とする財産権の制約であっても、その制約理由には、合理性・適切性が要求され ているのである。このことを判定するのは裁判所の役割である。
このとき、日本の最高裁判所が依拠している考え方が、財産権の「内在的制約/外在的制約」とい う制約理由二分論である。
財産権、またひろく一般に経済的自由・権利は、その権利の性質上、その行使においてはすでに他 者の利益と関係することが予定されているといえる。たとえば、土地の使用・収益がときに治山治水 に影響することがあることを想起してほしい。このとき、土地の利用規制をしたとしても、それは財 産権に「内在する制約」として、合理的であると考えられてきた。
また経済的自由・権利は、当該権利の行使とは直接的には関係しない社会全体の利益を理由として
制約されてもきた。これを財産権に対する「外在的制約」とよぶ。この外在的制約は、ときに「消極
目的規制」と「積極目的規制」という規制目的二分論として、判例の中で展開されてきた。日本の最
高裁判所はつぎのようにいう。「財産権に対し規制を要求する社会的理由ないし目的も、社会公共の
便宜の促進、社会的弱者の保護等の社会政策及び経済政策上の積極的なものから、社会生活における
安全の保障や秩序の維持等の消極的なものに至るまで多岐にわたる」15。
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このように日本の最高裁判所は、ある財産権が制約されようとしているとき、当該権利の制約が財 産権の行使に内在する制約といえるのか、いえないとしても、なんらかの合理的「社会的理由」によ るものであるのかについて、事例ごとに権利制約の合憲性について判定してきているのである。
3)日本国憲法29条3項
日本国憲法29条3項は「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができ る。」と規定している。
この条文でまず注目すべきなのは、私有財産といえども、公共のためには収用・規制できる、とし たことである。私有財産制の下でも、財産権は「絶対的」保障を受けるわけではないのである。
さらに、注視すべきなのは、とはいっても財産権の規制に対しては「正当な補償」が必要である、
ともいう点である。では、ここでいう「正当な補償」とはなにか。
日本の最高裁判所は、この点について、「市場価格での保障」を原則としつつ、例外として「相当 な価格での保障」(つまり、市場価格を下回る価格)をも許容するという立場にあると思われる'6。
くわえて、財産権規制に対する補償の要否については、財産椛規制について「特別の犠牲」が必要 である、といわれている'7.財産権に対する「特別の犠牲」説とは、当該規制により特定個人に財産 権の本質的内容を侵すほど強度の損害を与えた場合には、当該財産権規制による損害を国民一般の負 担に転嫁させるべきである、という考えである。
こうして、29条3項は、私有財産といえども「正当な補償」によれば公の利益のために用いること ができることを明らかにしている。
2.基本権衝突の解決方法
実際に憲法上の基本権保障に矛盾・抵触が見られる場合には、その調整は司法裁判所における訴訟 の中で行われることになる。この際、裁判所による調整があまりにもアド・ホックになされるのを防 止するために、基本権調整の枠組が考えられてきた。
ここではその基本権調整の枠組を瞥見することにしよう。
(1)比較衡量による解決方法の限界
比較衡量論とは、すべての人権について「それを制限することによってもたらされる利益とそれを 制限しない場合に維持される利益とを比較して、前者の価値が高いと判断される場合には、それに よって人権を制限することができる」と言う違憲審査の手法であり、個別的比較衡量とも言われる。
昭和40年代の著名な最高裁判所の判例18に採用され有力な見解となった。その後多くの判例でも適用 されている'9.
比較衡量論は、公共の福祉と言う抽象的な原理によって人権制限の合憲性を判定する考え方とは
違って、個々の事件における具体的状況を踏まえて対立する利益を衡量しながら妥当な結論を導き出
す方法である。しかし、この比較衡量論は、一般的に比較の準則が必ずしも明確ではなく、特に国家
権力と国民との利益の衡量が行われる憲法の分野においては、概して国家権力の利益が優先する可能
性が強いという点に根本的な問題がある。したがって、この基準は同じ程度に重要な二つの基本権
(例えば、報道の自由とプライバシー権)を調節するため、裁判所が仲裁者として機能する場合に原
則として限定して適用するのが妥当であろう20.
日本における窓法上の基本橘と特詐椛との調和
55(2)二重の基準輪(doubIestandard)
比較衡量論の問題を克服するため、日本では、アメリカで判例法理21として確立されてきた“二重 の基準論”が違惣審査基準として広くうけ入れられてきている。この理論は、自由の概念を精神的自 由(特に言論の自由)と経済的自由(特に財産権)に二分して、精神的自由に経済的自由より優越的 地位を付与するものである。したがって、精神的自由と係っている立法に対しては、経済的自由に対 する立法に比して、より厳格な司法審査を行うべきだというのである。そして、権利や自由の内容・
形態、規制の目的・態様などによってさらに判定基準を詳細にさせようとしてきている。その際には、
①精神的自由と経済的自由との保障の程度が段階的にまったく異なる形態で区別されるのではなく、
両者は保障程度をほぼ同じくする領域を含み、重なる関係にあること、また、②現代憲法では、生存 権を始めとする社会権のほか、憲法13条を根拠として認められるプライバシー権などの新しい人権を
も加えて人権の限界を検討すべきであること、に注意されなければならない。
このような二重の基準論は、学説において広く支持されているだけではなく、判例においてもとり 入れられている型23。しかし、二重の基準論は、憲法判断にあたって、裁判所が司法積極主義を取るか、
消極主義で止まるべきかに対する基本姿勢を指示することに止まるものと理解されるべきであろう。
なぜなら、実際の具体的事案における合憲性判定は、より細密な思考を要すると考えられるからであ る。細密な法的櫛造は、それだけ考慮すべき要素が多くなるだけに、利益衡量に似たものとなるであ ろう。その際二重の基準論は、群査基準のための大略的なフレームとして、利益衡瞳を枠づける役割 を果たすのである。
(3)規範調和的解釈
韓国では、基本権の衝突がある場合利益衡量による解決方法とともに‘調和の原則,あるいは規範 調和的解釈による解決方法を採用している。
基本権の衝突を解決するための規範調和的解釈は、基本権内の位階秩序だけを前提とし、いずれか 一つだけの基本権を他の基本椛より優先するものではない。それは、憲法の統一性を維持するため、
衝突する基本権のすべてが最大限その機能と効力をもたらすことができる、調和の方法を導くもので ある。また、利益衡堂の方法が衝突する両基本権の価値を比較衡量して高い価値の基本権に効力の優 先権を与えようとすることに反して、規範調和的解釈の方法は衝突する両基本権の効力を一緒に尊重 できる‘調和,の方法を取っているため、ある意味では理念的に対立的関係であるとも考えられる。
このように規範調和的解釈は、衝突する基本権相互間の不調和を最大限緩和させて調和的な効力を図 ることであるので、憲法の統一性の観点からは利益衡量の方法よりさらに憲法精神に充実な解決方法 であると言われる。
その解釈の基準としては、衝突する基本権すべてに一定の制約を加えることで、両基本権の効力を
両立させることとともに、両基本権に対する制約を必要般小限に止めるようにする“過剰禁止の原
則”と、衝突する基本権を保護する一種の代案を引き出して基本権の衝突を解決しようとする“代案
式解決方法,,などがある鋼。
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3.基本権衝突における特許権保誕の方法
基本権衝突の解決方法として、利益衡股による方法の限界性を述べたが、規範調和的解釈方法だけ ですべての衝突問題が解決されると考えるのも妥当ではない。規範調和的解釈の基準に提示された
‘過剰禁止の方法,や.代案式解決方法,などが基本権衝突の解決のための重要な基準と方法には違 いないが、やはり衝突する蕪本権の問題は利益衡斌と規範調和的解釈方法,をすべて用いて多角的 な検討をしなければならない、非常に複合的な性質の事案であろう。
したがって、このような総合的な解決方法と解釈方向を考噸して、基本権の衝突がある場合には、
もっとも憲法的な方向によって解釈するのが望ましいと考えられる。
たとえば、財産権としての特許権と国民の生存権の衝突がある場合で考えると、そこでは、比較衡 量の手法によって、基本権の優劣関係で国民の生存権が物的椛利より優先されるという帰結がもたら されるかもしれない。そこでは、財産権としての特許権は結論的に軽視される恐れがある。それゆえ に、規範調和的な解釈によって二つの基本権の内容と効力を十分に考慮し、最大限その機能と効力を 保護する方向に解決しなければならない必要がある。そこに、恋法的な次元で財産権の正当な補償に より、強制実施によって制限された特許権を補償することで、国民の生存権を維持できる方向に解決 するのがもっとも望ましい方向であると考える。
Ⅳ 結 論
2009年、新型インフルエンザによる全世界的なワクチン確保のため、世界は激しく動揺した。ワク チン開発のため、政府の莫大な支援および各製薬会社の投資と技術力動員がなされた。ただ、医薬品 の普及はまだ不十分であるというのが現実であろう。政府は、医薬品を国民福祉の重要な手段として 扱い、同民が優れた医薬品を安い値段で使えるように制度を整備しようと努力している。しかし、医 薬品の製造も商業的営為であるので、政府の過度の干渉で製薬産業が枯死するようになったら、例え ば、新型インフルエンザのような伝染病流行時、ワクチンと'Iamilluを外国から輸入・確保のための
混乱が繰り返されるであろう。
このような観点から、国民の蕪本権保護と企業の財産権保護との間の衝突が生ずる。このような権 利の衝突を防止するための研究が必要となるであろう。これは公共の利益と私的財産権保護の対立と 理解できるが、結局は基本権制限及び基本権衝突という観点から解決方案を提示することが可能では なかろうか。
たとえば、医薬品分野の場合でも、医薬品は医学技術による創作物で知的財産権法の保護が認めら れている。特に知的財産権の利用が、公衆保健や公共教育と係わっている場合には、その利用制限さ れた場合には、社会全体に及ぼす影響力は非常に大きい。したがって、知的財産法制では、権利者と 利用者との利益調盤のための制度の一つとして強制実施権が用意されている。公共の生命と密接に関 係している医薬品の価格と生産品を調盤するなら、これを通じて多数公衆の生命が脅威を受ける状況 を防止することができるかもしれない。また特許の保護対象である科学技術の発展が国家ごとに相異 なっていることも注視されるべきである。なぜなら、これによって高度の知識と技術を要する医薬品 の場合には、少数の先進国がこれを独占することになり、発展途上国の場合には自国国民の生命に対 する安全を他国企業の企業的決定に依存する現状があるからである。
これに伴って知的財産権に関するWTOTRIPs協定にも強制実施権に関する詳しい規定を置いてい
日本における憲法上の韮本権と特許権との調和
75るのである。しかしTRIPs協約上の強制実施権規定は、産業・経済的水準が低い発展途上国や最貧 国ではその有用性が少ないため、人道主義的次元での強制実施権規定の効果的運営方法が論議になっ て来た。
WTOの登場とともに、すべての産業分野において世界的に競争の気運が高まっている。それは、
医薬品産業分野を例外とするものではない。これらに対する保護が重視されるなら、そのことは、憲 法が定めた研究と企業活動の自由を国家の制限に対する防御的要素として主張することになるので、
ここでも相反する窓法的価値の調和的な解釈が要求されると思われる。
法律的次元での強制実施権は、すなわち、憲法的次元では財産権の制限であると考えられる。この ような財産権と生命権及び保健権など、健康権の衝突がある場合、国家は双方が主張する基本権の内 容と効力を考慮して、それぞれの基本権が十分に尊重される合憲的解決策を提示しなければならない。
これに対しては、二つの基本権の優劣関係を比較衡量して、一つの基本権だけを認める比較衡量によ る解決方法と、衝突する基本権の双方ができるだけ最大限その機能と効力をもたらすように、調和の 方法を導く規範調和的解釈による解決方法がある。衝突する基本権の問題は‘利益衡堂と規範調和的 解釈方法,を総合して多角的な検討をしなければならない。これは、憲法的な次元での解釈が必要と されている難題といえよう。たとえば、憲法的な次元での財産権の正当な補償を前提として、強制実 施によって制限された特許権を補償すれば、それは国民の生存権も維持できる方向への解決になると 思われる。
このような懸法的な検討とは異なる、法律的な問題として対処する方法として特許法上の強制実施 権がある。特許制度は、特許権者個人の利益だけを保護する法律ではなく、発明の努力を補償するこ とで達成しようとする公益的志向が確かに存在している。このような公益と私益の調和は、特許制度 が存在するもっとも重要な理由であり、これを現実的に果たすことの一つが強制実施権である、と考 えられる。
強制実施権が人類の保健福祉増進と反競争行為抑制というその本来の目的を果たすためには、補償 のための問題が慎重に考慮されなければならない。すなわち、強制実施権とは、社会全体の利益のた めに権利者に付与された権利を制限する政策的行為として、権利者の権利制限において慎重さが要求 されるべきであるが、同時に社会全体のためにこの制度が活発に利用できる方法が用意されなければ ならないであろう。ここで、公共の利益と私的財産権の対立における解決方法は、結局、正当な制限 とは何であるのかをめぐる憲法的次元における検討が必要となる。日本の場合には、国家による強制 実施権が存在しない。裁定による通常実施権のみが規定されている。この裁定通常実施権も、実際に は裁定が行われた事がないので、積極的に活用されているとは言いにくい。ただ、このような規定の 存在自体が「伝家の宝刀」としての意味がある制度であるとも言える。なぜならば、実際に国民の生 命や財産の保全及び公共産業などに重大な影響がある場合、例えば、流行伝染病が問題になる場合に は、特許権者だけでは医薬品が調達できない場合が予想される。その場合には、手続に相当な時間が かかる裁定制度を活用することより、政治的に問題を解決するのがもっと効果的という見解から、裁 定による実施権の設定が現実的であるといえる。こう考えるなら、基本権制限と特許権の調和的な解 釈において、日本の法的構造は特に問題がないと判断できる。
しかし、TRIPs協定が公共の利益という要件とともに国家非常事態及び極度の緊急状況のための特
許権の強制実施に対して、各国の立法裁量を尊重する態度を取っている点を勘案すると、日本を除い
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たドイツ、イギリス、アメリカなど主要国家の強制実施権の主要脈絡に差がないことから考えると、
今後の国際的状況や制度的傾向を無視したまま今の立法構造のみを維持することはできないだろう。
特に、3.1l東日本大震災を原因とする福島原発爆破事故による放射能流出は、実際日本国民の生 命権を脅やかしているし、その脅威は今後の何年をかけても簡単に消えない危険性を持っている。そ
してこの被害はただ日本だけの問題ではなく、近接諸国にまで被害を被らせる最悪の状況に到達して いると思われる。このような国家的な超非常事態の下で、例えば、放射能除去あるいは追加被害を阻 む発明があって、これが特許権で保護されている状況だと仮定したら、このような緊急状況にもっと も効果的でかつ国民の生命権あるいは保健権が保護できる法制度の構築が、今、要請されているはず である。日本の現行法規定、そしてそれに基づく制度運営が、この要請に応えられるものなのであろ うか。著者の目に映ったそれは、大いに心許ないもののように思われる。
l岩波書店刊、初版1993年。その没後は、高橋和之による補訂が繰り返されている。最新版の第5版は 2011年。
2参照、渋谷秀樹「憲法」(有斐閣、2007)287頁(「「財産権」とは、経済的・財産的価値を有するすべ
てのものに対する権利をいう。具体的には、民法が具体的にその内容を定める所有権をはじめ、各種 の物権・債権のほか、著作権・特許権・商標権・懲匠権などの知的財産権、鉱業権・漁業権などの特 別法上の権利である」。また、赤坂正浩「憲法講義(人権)」(信山社、2011)151頁及び、赤坂が参照
している野中=中村=高橋=高見「憩法I〔第4版〕」(有斐閣、2006年)460頁〔高見勝利執筆〕も参 照。
3合衆国憲法1条8節8項はつぎのようにいう。「〔合衆国議会は、つぎの権限を有する。〕著作者及び 発明者に、その著作物及び発明に対する排他的な権利を一定期間保障することにより、学術及び有益 な技芸の進歩を促進すること。」(US、Const・art1,§8,c1.8)。
4もつとも、本稿が注視している特許権が憲法理論との関係で語られることは、他の知的財産権、たと えば著作権や商標権と比べると、少ないといえる。
5知財制度は情報創出者にインセンテイブを付与することで、より豊かな情報市場をもたらそうとする からこそ正当なのである。
6と<に、コンピューター・ソフトウェアが特許椎の対象となっているということは、ある種の言語 一コンピューター言語一が示す内容に排他的権利が設定されることになるので、表現の自由や学問 の自由といった精神的自由権との関係が重要であると考えられる。
7アメリカ連邦最高裁判所は1980年DawsonChemicalCompany,etal.,vRohmandHaasCompany事件
で、特許権が持つ排他性は特許桁の本質(theveryessenceofthepatentright)であると説示してい る(488U・Sl76(1980))。
8 商 標 法 に よ れ ば 、 商 標 権 者 は 登 録 商 標 を 指 定 商 品 に 使 う 権 利 を 専 有 す る も の の 、 こ れ と 類 似 の 商 標 を 指定商品に使用したり登録商標を類似商品に使用する権利はない(商標法25条)。しかし、この行為 を他人が行うことを禁止することは可能である(商標法37条)。すなわち、特許権と違い商標権の場 合は実施権(使用権)と禁止権の範囲が一致していない。
92000年南アフリカ共和国でエイズ治療薬普及のために強制実施を発動したことがある。当時20社を超 える多国籍製薬会社が団結して、南アフリカ共和国政府をWTOに提訴したが、全世界的からの反対 にあたって提訴を取下げている。
lO参照、ジユリスト605号(1976)84頁。
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外資審議会専門委員会報告においても、注で「単に当該特許権によって業界に混乱が生ずるという理 由だけで“公共の利益”に反するものと解することは、困難と思われる。しかし、当該特許桁の独占 によって企業の倒産、業界の混乱などをもたらし、その結果、国民経済に愈大な影響を及ぼすような 場合には、この規定を適用することも考えられる」と述べている。ただ、単に特許権の存在だけが原 因で国家の経済が大混乱に陥り、失業などの社会問題が生ずる事態は想定しにくいと思われる。
芦部信喜(高橋和之補訂)「憲法〔第5版〕」225頁(岩波瞥店、2011)。
参照、同替・226頁。
同書同頁。
最大判昭和62年4月22日民集41巻3号408頁(引用部分は411頁)。
参照、最大判昭和28年12月23日民集7巻13号1523頁。
参照、芦部(高橘補訂)・前掲書(註13)230頁。
博多駅(テレビフイルム提出命令)事件(最大判昭和44年11月26日刑集23巻11号1490頁)、全逓東京 中郵事件(股大判昭和41年10月26日刑集20巻8号901頁)。
典型的な例として、未決拘禁者の自由において、逃亡ないし罪証隠滅の防止または内部の規律及び秩 序の維持という在監目的のため、“必要かつ合理的な範囲において一定の制限が加えられることは、
やむを得ない”とし、その制限が是認されるかどうかは、‘‘在監の目的のために制限が必要とされる 程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度などを較量し て決せられるものべきである”と説いた1983年の判例(「よど号」ハイ・ジャック新聞記事抹消事件、
股大判昭和58年6月22日民集37巻5号793頁)が挙げられる。また、この判例を引用して、教科書検
定が表現の自由を侵害するのかどうかに関して、表現の自由は「公共の福祉による合理的で必要やむ を得ない限度の制限を受けることがあり、その制限が前の限度のものとして容認されるかどうかは、
制限が必要とされる程度と、制限された自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及 び程度などを較量して決せられるべきものである」と判示した1993年の判例(最大判平成5年3月16
日民集47巻5号3483頁)も注目される。もっとも、比較衡鉦の基準が厳格な要件で適用されたのは事 前抑制的性格を持つ規制とか警察許可制の場合ぐらいで(前の「よど号」事件、「北方ジャーナル」
事件(最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁)、薬局距離制限事件(最大判昭和50年4月30日民 集29巻4号572頁)、それ以外の場合には、比較衡量がかなり形式的に、かつ、立法裁避を広く認める 敬譲的な審査に止まる形で行われている。
違法審査の基準としての比較衡量論に対する批判は、窓法解釈の方法としての比較衡獄、すなわち、
各人権の性質の差によって設定された違憲審査の基準(例えば「明白かつ現在の危険」の基準)を具 体的事件に適用する際に、基準の範囲において基準を具体化するために行われる比較衡鍬(利益衡 睡)を否定する意味を持つものではない。
1938年CaroleneProductsCo・事件の判決文を作成したStone裁判官がその判決文の‘fbotnote4,で主
張して以来、アメリカ連邦最高裁の判例原則として確立された違憲審査基準であると言える。
般高裁判所の判例は、昭和20年代から30年代にかけて「公共の福祉」を入梅の一般的な制約原理とし て用いる外在的制約説の立場を取っていた。その流れを変えたのが、全逓東京中郵判決(股大判昭和 41年10月26日刑集20巻8号901頁)である。この判決は、従来の安易な公共の福祉論を否定し、公務
員の労働基本権について「国民生活全体の利益の保障という見地からの制約を当然の内在的制約とし て内包している」と説明し、その限界を判断する4つの韮準を提示した。
また「職業選択の自由は、それ以外の懸法の保障する自由、殊にいわゆる鞘神的自由に比較して、公 権力による規制の要請が強く、憲法22条1項が“公共の福祉に反しない限り,.という留保のもとに職
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日本における懲法上の基本権と特杵椛との調和
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