* 中央大学法科大学院教授
在外研究の記憶を刻む
―台湾倒産法制の現況―
佐 藤 鉄 男
*Ⅰ いざ 台湾へ
Ⅱ 台湾法との出会い
Ⅲ 台湾倒産法制の基本情報
Ⅳ 風前の灯 破産法
Ⅴ 模索を続ける世界最新の消費者倒産法制
Ⅵ 結びにかえて
Ⅰ いざ 台湾へ
2019 年 9 月 10 日,勤務先から在外研究
(B)の機会を頂戴し,台湾へと向かった。受入 先は国立臺灣大學であり,言うまでもなく世界に伍する台湾のトップ大学である。空港に到 着後,直ちに,同大学のキャンパスへと赴き,先ずは国際課で訪問學者
(VisitingScholar
)の登録手続を行い
(登録費用を納め),続いて法律学院
(法学部・法学研究科)へ向かった。9 月は台湾の学校が新年度を迎える時期,夏休みが終わった直後で,猛暑の中,大きな荷物を 抱えてキャンパスの中を移動した
(当然のことながら,初めて歩くキャンパスなので,距離感 もなくルートもわからなかった)。続いて,法律学院の事務課で,ID カードを受け取り,ビ ジター用の研究室へと案内された。法律学院の講義棟の隣にある社会科学院
(政治系・経済系・公共政策系)
の 8 階の数部屋が法律学院のビジター用ということであり,836 号室が割り当 てられた。
法律学院の研究棟
(法学図書館)とも別棟であったので,在外研究中,実は受入教授を始 め法律学院のスタッフと接する機会が少なかったのに対し,他国からの訪問學者の知り合い が増えたのは予想外の展開であった
1)。
滞在期間中の宿舎となったのは,臺灣大學関係者のための 14 階建て賃貸マンションで,
日本風に言うと公務員宿舎に相当するものだと思われるが,2 フロアーが同窓生やビジターに,
週単位・月単位で貸し出されているものである
2)。研究室のある社会科学院までは,歩いて 30 分ほどで,近くはなかったが,緑豊かなキャンパスを歩けるのは幸せであった。そして,
この宿舎は,台湾名物でもある夜市
(公館夜市)の近くにあり,様々な飲食店,雑貨店,運 動具店が並び,毎日,学生を中心に賑わっていた。単身赴任で,ワンルームのキッチンはお 湯を沸かせるだけなので,ほとんど 3 食を外食で済ますしかない身には便利であった。
Ⅱ 台湾法との出会い
少し時間の針を戻してみたい。そもそもなぜ台湾を在外研究先に選んだのか,この点を明 らかにしておく必要があるだろう。私の台湾での在外研究の意思表示を聞いて直ぐに合点が 行った人はたぶんいなかった
(というか,関心の対象でもないのが実情なのだが)。法律研究 者の在外研究と言えば,研究内容と結びついていることがほとんどなので,それからすると 私の場合該当しない。民事手続法のうち倒産法を中心に研究を続けてきた私は,法継受の上 でわが国の倒産法制に関連の深い諸外国の法を参照する機会が多く,前任校時代の在外研究 はドイツを選んでいて
3),台湾法と接する機会はこれまでなかった。
その後も,何か劇的な転機が訪れるようなことがあったわけでもない。むしろ,中国を経
由して台湾に辿りついたというおかしな成り行きであった。この間,バブル経済の崩壊もあ
って,わが国の倒産法制が一連の改正ですっかり様変わりする一方で,産業再生機構,企業
再生支援機構,地域経済活性化支援機構による国がかりの破綻企業救済スキームが講じられ
たのであるが,これが関連する。もっぱら個人的な連想というしかないが,折しも社会主義
を標榜しつつ企業破産法を制定し運用を始めた中国に目が向いた。法院
(裁判所)で企業の
重整,破産を進めるとは言っても政府の影響を窺わせるその仕組みと日本の企業救済スキー
ムが重なって見えたことによる。中国の倒産法制の急速な発展に驚きつつも,やはり政治経
済体制の大きな違いを感じていたところ,もう一つの隣国,台湾
(中華民国)で倒産法制改
革の動きがあることを知った。60 歳にもなろうという時に,恥ずかしながら中国語の勉強
を始めていたのだが,台湾に目が向いたのはいいのが,ここで自分が台湾について倒産法制
どころかほとんど何も知らないことに気づく。あわてて日本に留学経験のある台湾の法律研
究者による研究動向を探ることを皮切りに,幸いインターネットの時代なので,キーワード
から公式・非公式を含め多くの情報にアクセスすることができた。語学は一向に上達しない
が,台湾法の比較法上の研究価値は鈍い私にもすぐ理解できたし,タイミング良く興味深い
本と出合うことになった。それは,まさに日本人のために書かれた台湾法入門の書であった
4)。
そして,1895 年から 1945 年まで 50 年に渡って続いた日本による台湾統治を最大の要因と
して,比較法の視点で台湾法を眺めた場合,違いを際立たせることで現行の日本法の位置づ
けが確認しやすいことを気づかせてくれたのがこの本である。
また,日台間では正式な国交がないが,近いこともあり,台湾と日本の交流は法学の各分 野でもコンスタントに続いていることは周知のとおりであり,過去から現在に至るまでこれ に寄与した具体的な台湾人研究者を目に浮かべることは容易であった。民事訴訟法分野では,
臺灣大學の陳榮宗教授,邱聯恭教授といった大御所であり,特に,邱教授は東京大学で新堂 幸司先生に師事されていたので,私にとって兄弟子に当たる。また,時代を隔てて,私が台 湾法への関心を抱き始めた頃,くしくも東京大学の高田裕成教授の下に台湾の周廷翰律師が 留学に来ていたので研究会でいつも顔を合わせていた。高田教授の了解を得て,彼に台湾法 について質問することを始め,そして聞くと,邱教授そしてその後継者である許士宦教授の 指導を受けてきたというから,繋がりがあったわけである。さらに,台湾の倒産処理実務に 関する情報を調べていたところ,歴代の大型倒産事件に関与した劉志鵬律師の名前がヒット し,この名前,記憶があり,かつて東京大学の菅野和夫先生の所に留学していた人と気づく。
台湾に戻り,労働法関連の事件のみならず,大型の倒産事件でも手腕を発揮されていたので ある。
徐々に台湾の社会と法への思いが明確なものとなり,何とか台湾法研究へと名乗りをあげ られるよう努力を続けた
5)。民事紛争処理研究基金からの助成を受け,台湾における倒産法 立法の中心となっている許士宦教授,そして実務家である劉志鵬律師との顔合わせをしてき た
( 2018 年 3 月)。ただ,その時点では,まだ本学において在外研究が認められるかどうか は不確定だったので,今後のことを相談できる状態ではなかった。その後,年度が変わり,
2019 年度の在外研究にエントリーする段となり,授業への影響や自分の体力も考え,2019 年度後期を台湾行きの時期と定め,本学のお許しを得たのである
6)。その後,許士宦教授に 在外研究の受け入れをお願いしたところ,ご快諾いただいたという次第なのである
7)。
Ⅲ 台湾倒産法制の基本情報
現在の台湾における倒産法制の基本状況は,注 5 に掲げた拙稿「台湾における倒産法の展 開」に示した所と大きく変わってはいない。すなわち,1935 年に中華民国法として中国に おいて制定された破産法が,その後
( 1949 年)は台湾でのみ施行され今も現行法であると いうことである。また,中華民国法として中国で生まれた後,戦後は台湾で大きく生まれ変 わった公司
(会社)法の中に,公司重整
(会社更生)と特別清算が収められている
8)。なお,
破産法は,清算型の破産だけでなく,再建型の和解
(和議)も含まれたものであり
9),さら
に和解には,法院
(裁判所)和解と商會による和解の 2 種類があり,破産から切り替えこれ
を回避する
(すなわち,日本のかつての強制和議に相当する)調協の制度も規定されてい
る
10)。
その後,破産法は数度のマイナーな改正を経たのみであり,発展した台湾の経済社会には 適合しなくなっていたので,1993 年には専門家による改正作業が始められた。諸外国の倒 産法制の動向を参照し,数度にわたって修正案が練り上げられ,名称も新たに,「債務清理法」
と称する最終段階の破産法修正草案が,2016 年 5 月に出来上がったものの,諸事情により 今も未成立で
11),在外研究期間中もこの草案についての動きは確認することができなかった。
その意味では,最初の在外研究ではドイツの現行倒産法の施行にジャスト立ち会えたのだが,
残念ながら,同様の事態の再現とはならなかった。こうして一般倒産法の改正作業が遅れた 上に停止状態が続いているのだが,当初は改正作業の一分野の位置づけであった消費者の債 務問題が深刻化したため,独立先行させる形で検討が進められた結果,2007 年 7 月 11 日に,
初めての消費者倒産立法となる「消費者債務清理條例」が公布され,9 カ月後の 2008 年 4 月 11 日から施行されている。これは,諸外国の消費者倒産法制を参考にした,最新かつ高 水準のものである
12)。詳しくは後で述べるが,短期間とはいえ台湾の地に在留し,この條 例に関してはリアリティをもって体感することができた気がする。
Ⅳ 風前の灯 破産法
まずは,債務清理法が未成立である以上,1935 年の破産法が今も台湾倒産法制の基本法 になるはずのものであるが,ほとんど機能を停止しているように思われる。それは司法統計 から推測できる。破産事件の毎年の終結件数が公表されているが,近時
(2007 年~ 2018 年)のそれは,1044,805,341,268,256,254,209,132,162,203,227,217 となっており,
しかも多くが,却下,取下げによる終結であり,実質的な破産手続が進められる破産宣告ケ ースとなると,極端に少ない。すなわち,前述の終結件数のうち,宣告件数は,64,64,
30,36,23,34,33,14,17,24,30,38 となっている。もちろん,法は裁判規範となる 点でのみ機能が評価されるべきではなく,それが普段の行為規範として役立っている可能性 も忘れるべきではなく,破産法をベースに私的な倒産処理がなされている可能性もありうる。
何か慣習法的なものや準則型のスキームがあるのかどうか,現地で探ろうとしたが,確実な 情報は得られなかった。この点は,もう少し長い滞在で,実務家に尋ねる必要があったかも しれない。ただ,面積では日本の九州とほぼ同じ,人口で日本の約 5 分の 1 であるが,活発 な経済活動が展開されている国の破産事件数としては,この数字は台湾において現行破産法 が十分にワークしていないことを窺わせる。
では,わずかに動いている破産事件がどのような状況であるのか,次にそれを確認してみ
たい。倒産事件で動いているものは,司法院,そして各法院のウェブサイトの裁判公告の中
に,直近 1 年分がストックされている。大半は後で述べる消債事件で,破産事件はわずかで
ある。
2019 年に,台湾において破産事件として動きがあったものは,債務者の数で言えば,台湾 全土でも 20 件にすぎない。うち 14 件が自然人で,6 件が法人である。14 件の自然人のケー スは,消費者債務清理條例はその名称からもわかるとおり,消費者用の制度として収入額等 の利用条件があるので
13),おそらく営業に従事している自然人で債務額が大きい場合と想像 でき,その意味では法人の事案と同様にビジネスの要素をもった破産事件と思われる。法人 のうち 1 件は,嘉義地方法院 97 年執破字第 1 號という事件番号が付されているので,2008 年に申し立てられた事件ということになるが,私立学校の事案,すなわち学校倒産で,生徒,
同窓生といった特殊な利害関係人がいる関係で処理が長引いたのであろうか。もう 1 件,高 雄地方法院 97 年執破字第 6 號という,やはり 10 年がかりの案件があるが,公告の情報だけ では,自然人の事案であること以外はわからない。この 2 件以外は,長期係属案件ではない。
わずか 20 件ながら,債務者申立ての事件のほか,債権者申立て事件もあるし,破産宣告 の公告のほか,債権者会議公告,分配表公告もあり,また強制和議
(調協)もあり,その意 味ではバラエティに富んでおり,必要に応じて現行破産法を使っているようにも思える。し かし,それにしても,2019 年における,首都台北の地方法院の破産公告がわずか 1 件だけ,
すなわち,107 年執破字第 1 號で,法人の破産終結決定というのは,日本的な感覚では信じ 難い。
破産事件の現場を担う破産管財人
(管理人)に関しては,その記載を要しない分配表公告 を除く 16 件で判明しているが,すべて律師が選任されている。この点,破産法の条文では,
管財人は「會計師或其他適
(會計師その他相応しい者)」を選任する,場合によっては,債権 者会議において債権者の中から選任することができるとされているが
(83 條),1935 年の立 法時には例示されていなかった律師が,今日では「その他相応しい者」になっていることが わかる。この点,消費者債務清理條例では,「律師 , 會計師或其他適當之自然人或法人」と 表現されており
( 16 條 1 項),律師が明示され,かつ先に記載されている。これは,おそら く近時における律師人口の増員によるところが大きいと思われる
14)。
破産事件は,地方法院の専属管轄で,現在 22 の地方法院が設置されているが,その一部 でしか破産事件は動いていない状態であるが,島嶼の澎湖地方法院でも 1 件確認できる。台 湾全土における事件数としては全くの低調と言うほかないが,必要に迫られれば,不慣れな 地域でもこれを動かさざるを得ないということであろう
15)。
Ⅴ 模索を続ける世界最新の消費者倒産法制
今の台湾の倒産法制を語る上では,消費者倒産法制,すなわち新たに制定・施行されてか
ら 10 年余となる消費者債務清理條例を抜きにはできない。前述のように,この條例は,消
費者倒産法制としては,現時点では世界最新かつ高水準のものであり,現に活発な利用をみ
ているので,ここで紹介すべき情報も多い。項を分けて述べることとする。
1 .立法事情としての台湾の消費者債務問題
倒産法制の中で消費者のそれは一分野を占めるものであるので,台湾でも当初はそうした 位置づけで検討が始まった。ところが,2000 年代に入ると,消費者の債務問題が深刻化し たため,一般倒産法の改正議論を中断する形で消費者倒産法制の整備が急がれることになっ た。台湾では,1990 年代に入ると,金融緩和により金融機構の設立が容易となり
16),そし て過剰気味の金融機構が争って消費者への貸し出しを拡大することとなった。消費も拡大し たが,消費を先取りする経済は,脆さを備えているのが常で,台湾でも,返済に支障を来す 者が現れることは避けられず,そうすると過酷な取立てがなされたり,一時凌ぎの闇金融で 債務はさらに膨れ上がり,債務者の自殺,一家離散,各種犯罪の誘発など社会問題化して行 ったのである
17)。そうしてできたのが現在の消費者債務清理條例であり,諸外国の立法例 や実務,とりわけ,ドイツ,フランス,アメリカ,そして日本のそれをも参照した本格的な ものであった。
立法の前提として,かかる制度の利用者となりうる当時の多重債務者数をおよそ 50 万人 と想定した。それがいきなり新しい消費者倒産法制による救済を求め法院に殺到しては,そ の処理能力を超えるだけでなく,消費者倒産法制の最終兵器ともいうべき債務免除すなわち 免責の副作用も懸念されながらの立法となった。そのため,新制度導入の前に,言わば予行 演習を兼ねて,債務問題は金融機関との協商機制によって処理することが行われた
18)。「協商」
とは,話し合いの意味で広く使われる用語であるが,ここでは債務者と債権者たる金融機構 の間での債務調整を指し,協商の段階では金融機関は元本免除
(本金打折)には同意するこ とがなかったので,要はリスケジュール交渉ということになる
19)。これが後の條例におけ る協商前置につながることになり,2008 年,台湾にとって初めての消費者倒産法制がスタ ートした。
2 .消費者債務清理條例の特徴
こうして施行に至った條例は,消費者倒産法制としては條文数も多く本格的なものである。
ベースとなるのは,再建型の更生と清算型の清算という二つの手続であり
(雙軌制),これ に多くの條文を割いているが,他方で,実質的にこの更生と清算を奥に控えさせ,法院の関 与を極力回避する協商前置主義を採用した
20)。また,結果的に,一般倒産法の改正に先行 することになったので,本来は「債務清理法」の改正内容として用意されたもので消費者倒 産法制にも活かせるものは本條例で先行実施した例も少なくない
(特に,手続事項)。さらに,
日本の消費者倒産法制である個人再生では,通常再生の倒産実体法の部分は多くが適用除外
になっているが,本條例は否認権
(撤銷権)や双方未履行双務契約の解除権等の実体規定も 含むものとなっている。また,今の時代の立法として,公告に関して,「資訊網路」すなわ ちインターネットの利用が明文化され,司法院のウェブサイト,そして各地方法院のウェブ サイトでも消債事件の公告は誰でもがアクセスできる形でアップされている
21)。
消費者債務清理條例は制定・施行後も,数度の改正を経て今日に至っているが,2019 年 までの新受事件数の累計は 25 万件を超えている
22)。うち,協商が 189,142 件,更生が 52,175 件,清算が 11,179 件となっている。この数字を見る限り,この條例の鍵を握ってい るのは協商
23)ということになる。
しかし,條例の中で前置手続の協商は,附則にわずかの條文が規定されているにすぎず,
現場の運用に委ねられるところが大きい。條例は,この前置手続を,立法当初は,協商のみ を,2012 年以降は,調解
(法院,郷・鎮・市・區調解委員会)を選択肢として追加して規定 する。前置の要件としては,「金融機構に対して債務を負っていること」が掲げられている にとどまる
(條例 151 條 1 項)。その意味では,完全な意味で前置手続が強制されていない ことになるが,金融機構に対する債務が皆無という債務者はほとんどリアリティのない仮象 であろうから,事実上の協商前置と受けとめられてきた。およそ協商の試みが意味をなさな いほどの窮状にある債務者でも,金融機構に対して債務を負っている限り,協商又は調解を 試みなければならないのである。これは,ドイツやフランスの消費者倒産法制の例を参考に したものとされる。
この條例における協商は,独特の意味をもって制度化されている。すなわち,債務者が,
自身の最大債権金融機構に対して行う債務清償方案の協議という意味である。当然,債務問
題に苦しんでいる債務者であるから,債権者は複数で,おそらく金融機構も複数含まれてい
ることも多いと思われるが,最大債権金融機構が協商の相手方として指定されていて,その
意は,最大債権金融機構がその他の債権者の代理権者たる地位に法定されているということ
である。債務清償方案を協議するとはいっても,協商では,債務の元本
(本金)をカットす
ることは想定されておらず,要は期限の猶予
(リスケジュール)交渉となる。すなわち,「只
須還本金・〇年
(〇期)・零利率」の「〇年
(〇期)」の部分であり,膨れ上がった債務元本
額をどの程度猶予
(分割弁済)してもらえれば,今後の収入額との見合いで生活が立て直せ
るかである。実際のところ,協商を申し出る債務者は収入が多くない上に,多額の債務を抱
えているので,期限は長期化せざるをえないところであるが,條例制定前の協商機制で確立
された上限たる 15 年
( 180 期)がここでも維持されている。詰まるところ,この上限に近
いリスケとなるわけだが,期限が決まったところで,消費者の典型である給与所得者でいえ
ば,そこから導き出される毎月の返済の実行可能性が協商の焦点ということになる。強制代
理権をもって臨む最大債権金融機構は協商相手の債務者の状況を見極めて方案を固めること
になるが,他の債権者の意向は,反対の場合には協商から抜けられる,すなわち opt-out の
方式で保障されている
(條例 151 條 4 項)24)。個々の債権者が協商に乗るかどうかを判断す
る上では,債務者の状況に関する情報が必要なところ,協商を申し出る以上,債務者は,債 権者が自分に関する個人情報を関係機関から取得することに同意したものとされる
(條例 151 條之 1 第 1 項)25)。
ところで,実際に前置手続としての協商を推進するのは誰か。まず,債務者側は,本人に そのような実践能力がないことが多いであろうから,専門家とりわけ律師の関与が必須であ ろう。しかも経済的に困窮した状態であるから,律師が協商に関与する契機は,台湾でも法 律扶助に帰するところが大きい。債務者が法律扶助基金會に申請をし,所定の審査を経て,
基金會が律師を派遣することになる
26)。これに対し,最大債権金融機構は,通常は法務担 当部署が協商において基金會の律師と対峙する形となる
27)。
協商が成立に至ると,それは私法上の和解と性質を同じくするものと解され,その債務清 償方案は,最大債権金融機構の所在地の法院の認可を受けることで執行名義になる
(條例 152 條)。なお,債務者の窮状を考えると,前置手続としての協商は時間をかけて行うこと は最初から想定されていない。條例は具体的に,債務者が協商の申し出をして 30 日経って も協議が始まらなかったり,協議が始まってから 90 日経っても協商が不成立の場合は,い たずらに引っ張ることを避け,債務者は法院に更生又は清算の申請ができるものとされてい る
(條例 153 條)。
一方,前置手続としての調解であるが,條例施行からわずか 5 年で追加されたものである。
それは,債務者の相手方となる債権者が金融機構だけにとどまらず,資産管理会社に債権が 売却されていたり,個人的な借入れや闇金融
(地下錢莊)からの借入れなどがあったりで,
債権者の同質性を前提にした最大債権金融機構の強制代理に無理がある場合も少なくなかっ たことから,第三者を介在させることとしたものである。法院の調解と郷・鎮・市區調解委 員会の調解を協商と同列で選択肢に加えた。この場合も,焦点は債務清償方案ということに なるが,調解委員が間に入ることで,債務者側の律師と債権者側の担当者の交渉は少し様相 を異にしたものになると思われる
28)。ただ,後発となる消債事件としての調解に関しては,
具体的な規定はほとんど用意されておらず,調解不成立が多い状況となっている。
なお,協商にせよ,調解にせよ,それが効を奏すれば,確かに債務者は一応はピンチを脱
したかに見えるが,現実には債務清償方案の履行という甘くはない道のりが続く。当然,そ
の過程で履行が困難になることもあると想定しなければならず,それはいよいよ元本に切り
込む更生,清算に依らざるを得ないことを意味してくる。その場合,協商や調解の成果とし
ての清償方案による弁済がある程度なされているわけだが,その扱いについて條例は明文規
定を有し,前置の協商・調解と後行の更生・清算を一体とみなし,後者における配当の先取
りとして扱うものとされている
(條例 154 條)29)。
3 .利用状況と消債事件の実相
(地域により異なる姿)消費者債務清理條例は,台湾の倒産法制にとって新機軸であるとともに,一般倒産法制の 改正を先取りした点も多いという意味で,台湾国内においてはもちろん,言ってみれば,比 較法的に他国も大いに注目すべきものと思われる。
法院を利用する制度として,施行以来,司法統計の項目として加わり公表されるとともに,
年 1 回だけのそれとは別に,独自に消債事件に関する 8 つの統計表が頻繁に更新される形で 公表されている。本稿執筆時点で,司法統計は 2018 年分までが公表され,後者の特別統計 は 2019 年末まで反映された統計が確認できる。統計からかなり興味深い利用状況が窺え る
30)。
まず,司法統計では,年別データと機関別データの 2 つが公表されている
31)。新受件数は,
2008 年から 2018 年まで,38,561,53,391,26,841,19,623,20,749,24,786,23,151,25,099,
29,111,27,424,26,876 と推移してきている。新受件数に関しては,安定した数字を残して いると言えるが,そのことをどう評価するかはにわかに判断がつかない。新受事件がその後,
どう処理されたかを示す終結形態についても統計が示されているが,個々の案件はそれぞれ の事案に応じて様々な形で終結するので,司法統計も細かく分類されている。その数字とし て重要なのは,単純な 4 択ではないにせよ,協商,調解,更生,清算の別であろう。2018 年の統計で言えば,更生開始が 2,444 件,清算開始が 775 件,協商認可
32)が 11,347 件,調 解成立 1,643 件・調解不成立 3,565 件となっていて,おおよその傾向を窺うことができる
33)。 すなわち,立法的当否はともかく,更生,清算を奥に控えさせ,まずは前置手続である協商,
調解で事件を吸収する狙いは達せられていることが確認できる。そして,前置手続では,協 商が調解の 2 倍であり,調解に関して成立 3 割・不成立 7 割で,調解の厳しさはかなり衝撃 的である。また,更生と清算の比率についても,清算が少なく更生が圧倒的多数というのは,
自国の現実と比較する外国人には驚きをもって迎えられるに違いない
34)。
機関別データもまた興味深い様相を示す。現時点で最新の 2018 年分で見てみよう。消債 事件は地方法院の専属管轄であり
(條例 5 條),22 の地方法院のすべてにおいて消債事件は 利用がある
35)。在外研究で半年間滞在しただけの私には,当然,台湾における地域差とい うものは把握できていないのであるが,機関別データからは様々なことが指摘できる。
台湾全土における更生,清算,協商,調解の利用状況は先に示したとおりなのであるが,
これを機関別で見た場合,かなりの地域差があることに気づく。これも 2018 年の統計で示 しておこう。まず,全事件の新受件数について言うと,大都市を管轄する地方法院で事件数 が多いのは当然であるが,台北が突出している。すなわち,台湾全土で 26,876 件のうち,
台北は 11,096 件を占める。これは第 2 位の高雄 2,328 件を大きく引き離している。東京の一
極集中化になれた日本人の感覚だと台湾もしかりと思ってしまうわけだが,必ずしも状況は
同じではない。都市人口という点では,台北は第 4 位の都市にすぎないからである。もっと も,地方法院の管轄区域は,行政区画とは一致していない
36)。台北が突出している点には 留意が必要である。
そして,事件数で突出する台北であるが,終結別で見た場合,更生と清算の開始の合計で 263 件,協商認可 9,962 件,調解成立 130 件・調解不成立 343 となっており,すなわち,協 商が圧倒する。協商には期間制限があるため,協商の多い台北の消債事件は終結までの所要 日数が短く,22.38 日となっている。こうした状況の台北に対し,全体の新受件数では上位 を占めるにもかかわらず,新北が 29 件,台南が 15 件,高雄が 16 件,と協商の数が少なく 台北との差が歴然としている。調解が成立・不成立合わせて 500 件を超えている所が 4 カ所 あり,新北
(成立 194 件・不成立 489 件),台中
(成立 282 件・不成立 230 件),台南
(成立 177 件・不成立 346 件),高雄
(成立 87 件・不成立 505 件)である。成立が不成立を上回って いるのは,台湾全土で台中だけである。また,高雄は,きわめて成立率が低い。こうした前 置手続の数字との逆関連で,新北,台南,高雄は更生・清算の開始件数が多く,高雄 535 件,
新北 458 件,台南 331 件がベスト 3 である
(更生と清算の比率は示されていない)。協商が少 ない地方法院では,事件終結までの所要日数は長くなりやすいわけだが,新北は 169.14 日 と台湾全土で最も長くなっている
37)。台南,高雄は,調解,更生・清算が多いにもかかわ らず,ともに 90 日前後で事件終結になっている。
このように,消費者債務清理條例に関する消債事件と言っても,地域によって,相当に異 なる状況が現れており,この点は,今後叶うことならば,台湾の研究者,実務家とともに原 因分析をしてみたい。そうした作業が伴ってこそ,真の意味で比較法の素材として外国にと っても参考になるものになってこよう。
4 .消債事件の特別統計
一般の司法統計に収められていない特別統計についてであるが,施行以来,こうしたデー タを取り続け頻繁に更新し公表しているのは,新しい制度として試行錯誤の段階にあるとい うのが公的認識であることを窺わせる。現に,條例は何度か改正されている。ただ,この特 別統計については,もっぱらデータの公表だけであり,その公式の分析コメントなどは見出 せなかった
38)。したがって,もっぱら日本人の私がデータを見て感じたことを述べるにと どめる。8 つの表が公表されているので,順番どおり表 1. から表 8. について進めて行く。
表そのものはウェブサイトで容易にアクセスできるし,細部にわたるものなのでここに掲載 することはせず,要点のコメントにとどめる。
「表 1.地方法院消債事件聲請免責及不免責原因分布統計表」は,意外なものが表 1.にな
っている印象であるが,基本的に協商,調解が先に試みられ,清算より更生が選択される利
用実態から
39),免責の可否は消債事件の最奥手にあるものである。しかし,この奥手に控
える免責の可否が消債事件全体に影響していると言えなくもない。
まず,免責・不免責
(日本的には免責不許可)に関しては,2012 年の改正で修正されてい る点があり,その前後でデータは変化している。改正前
(すなわち條例施行直後の 4 年間)は,
免責 229 件,不免責 2,213 件,その他 19 件,で免責率 9.31%ときわめて低い
40)。改正後,
すなわち 2012 年から 2019 年では,免責 3.232 件,不免責 2,204 件,その他 242 件,で免責 率 56.92%と上昇した。この結果をもたらした不免責事由については,條例 133 條に財力テ ストが,134 條に具体的な不免責事由が掲げられている。財力テストは,開始決定後も生活 を切り詰めて弁済努力をすることを要求するもので
41),独立の不免責事由となっている。
2012 年に表現が修正されているが,大きな変化ではなく,條例施行以来,これを原因とす る不免責が多く出ている
42)。これに対して,134 條は多岐にわたって具体的な不免責事由を 掲げるもので,日本の免責不許可事由とほぼ共通するものである。この中でポイントとなっ たのが 4 款の「浪費,賭博」等による不免責である。施行から 2012 年の改正までの 4 年間 で 1,875 件の不免責をもたらした。2012 年の改正では,「浪費」という表現を改め,過去 2 年以内の「消費奢侈商品及服務」すなわち贅沢な商品やサービスの消費が原因で清算に至っ た場合を不免責とすることとした。改正後は,4 款不免責は激減した。ほかは,財産状況書 類の不実記載
(8 款),財産の隠匿や不利益処分
(2 款)が毎年二桁の不免責を導く程度であ る
43)。
「表 2.地方法院消債執行事件終結情形統計表」は,更生,清算が開始され,その後の実 質的手続がなされる場合のことで,更生は更生方案
(更生計画)が認可されること,清算は 財産の換価配当へと進むことを意味する。後者は,常に 90%台をキープしており,後で述 べるが配当率の多寡はともかく終結に導かれるのは自然の流れである。これに対し,前者は,
更生方案が債権者の可決を得て
(條例 58 條)法院が認可するところまで行くかどうか,施 行後数年間は 70%台であったが,最近は 80%台をキープしている。ここでの焦点は更生方 案が適法かつ適正なものであるかどうかである
(條例 63 條・64 條)44)。協商の場面と異なり,
ここではいよいよ債権の減免が現実化するわけだが,その方案の内容は後で述べるが,履行 を問題とするものではないので,認可率自体は高い状況である。
「表 3.地方法院聲請更生事件經裁定開始清算原因分析統計表」は,更生から清算に移行 した場合のその移行原因のデータを示すものである。施行以来,3,650 件がそうなっているが,
施行直後に多く,近時は減り年間 200 件ほどの状況が続いている。6 つのパターンがあるうち,
7 割を占めるのが更生方案が可決に至らなかった場合
(つまり,債権者会議で否決)で,2 割 弱が表 2.と関係する方案の不認可で,他はわずかにとどまっている。
「表 4.地方法院消債更生程序清償成數及件數比例表」は,更生方案における弁済率とそ の分布を示すものである。まず,平均弁済率であるが,最初の数年間は 50%台・40%台で あったものが,徐々に低率化し,2013 年以降は 10%台に落ち込み下げ止まった状態にある。
10%刻みでの分布表もあり,これを見ると,方案における弁済率はケース・バイ・ケースで,
平均弁済率が 10%台に落ち込んでからも,弁済率が 60%を超える事案がそれなりの数存在 していることがわかるが,当然のことながら,近時は,弁済率が 10%以下及び 10%台と低 いところに多く件数が集中している。
「表 5.地方法院消債清算程序清償成數及件數比例表」は,表 4. と趣旨を同じくするもので,
清算事件の配当率と分布を示すものである。施行初年度の 2008 年は清算配当に至ったもの がなく,2009 年が最初のデータで,事件数が少ないが,40.54%と高めであったが,その後は,
更生と同じく,低率化して行く。2012 年以降は一桁台というか,2012 年から 2019 年の平均 は 1.71%にとどまり,きわめて低い。しかし,これも更生と同様で,清算の配当率はケース・
バイ・ケースで,どの年も配当率が 60%を超える事件がわずかではあっても存在する。と はいえ,清算事件の配当率はほとんどの事件がきわめて低い実態が明らかとなっている。
「表 6.地方法院消債聲請事件終結情形及裁准比例統計表」は,更生,清算,協商の終結 に関するデータであるが,いささか意図がわかりにくい統計表となっている。協商について は,認可裁定 99.82%となっているが,前述したとおり,債権者が合意した協商について法 院が認可しないのは例外現象であるから,この数字はあまり意味がなさそうに思える。清算 については,開始に至った比率が示され,70%台から 80%台で推移している。費用不足に よる同時廃止の場合も開始に含まれる扱いとされているので
(條例 85 條),清算の開始に高 いハードルはないはずだが,残りの終結に関するデータは示されていない。協商,清算と比 べると,更生の終結データはやや詳細である。まず,更生が開始になった件数と駁回
(却下)になった件数が示されているが,撤回
(取下げ)等のデータがないのでわかりにくい面があ るが,近時は駁回が減ってきて,開始の比率はおよそ 7 割となっている。更生の申立てが却 下になる原因は多岐にわたっているが,比較的多いのは,申立ての不備
(條例 8 條),申立 原因の不備
(條例 3 條)45),不誠実な申立て
(條例 46 條 3 款)などである。
「表 7.地方法院消債聲請事件新収件數統計表」は,これが 7 番目の表というのは違和感 があるが,協商,更生,清算の分布表である。前置手続の選択肢として調解が加わっている が,この表における協商は,
(注 23 )で言及したとおり)調解を含めたものである。前述し たとおり,これらは,入口段階で純粋な意味で 4 択
(ないし当初は 3 択)になるのではないが,
立法趣旨からして協商が多くなるのは当然で,おおむね 75%を占める。残りは,更生が 20%,
清算が 5%で,これらの比率は,年によって前後するが,最近は大きく変わっていない。
「表 8.地方法院消債事件終結平均日數與終結経過時間統計表」は,やや煩雑な表である。
台湾では,「申立てから開始まで」
(開始前手続とする)と「開始から終結まで」
(開始後手続 とする)を,関連するが別事件と考え,更生と清算につきそれぞれの経過日数のデータを取
っている。更生の開始前手続が 3 ~ 4 カ月,清算の開始前手続が 3 カ月弱,更生の開始後手
続が 8 ~ 10 カ月,清算の開始後手続が 8 カ月,といった具合である。更生事件が若干短く
なり,清算事件が若干長くなってきているようにも見えるが,さほど大きな変化はない。ま
た,事件の経過日数は,個別事件の事情で長期化することもあるので,1 年を超える事件が
あることが示されているが,やむを得ないところであり,全体としてそれほど滞っている印 象は受けない。ただ,前置の協商や調解から計算した場合,つまり債務者の感覚としては短 くはないだろう。
Ⅵ 結びにかえて
以上で,台湾における在外研究において主に取り組んだ問題について,自分なりに理解し 文章として残せる事を表現してみた。本来,私のように研究生活も終盤の人間はもっと深く 濃い成果に結実させなければならないことの自覚はあったが,いかんせん台湾法研究のため の語学力やリサーチ能力等基本的スキルが未熟であった。しかし,その地に赴き,社会を感 じながら研究することで得られたものは大きかった。事前に抱いていた疑問は解消したもの もあるが,むしろ新たに生じた疑問のほうがはるかに多いが,それこそが一番の収穫かもし れない
46)。
台湾の倒産法制は,全体として未完成の部分が多い。それは基本法となる「債務清理法」
の成立にまずは期待しなければならない。これに対し,消費者倒産法制は間違いなく世界の 最先端を行くものであり,それ自体として,世界各国が注目しなければならない。しかし,
その運用はまだ安定していない点も多く,課題も散見できる。何より,その目的である債務 者の救済にどこまでの貢献が果たせているかは,もっと議論を要するところであろう。とり わけ,事実上前置される協商,調解のあり方については今後改善すべき点があるように思え た。すなわち,直ちに,更生,清算で処理すべき案件もありそうだし,協商はともかく,調 解のほとんどが法院における調解となっている現実を考えると,ここで元本
(本金打折)に 切り込むことも考えるべきだろう。引き続き関心を持ち続け,日本への具体的示唆に結びつ けられるようにしたい。
派遣をお認めくださった中央大学,受け入れていただいた臺灣大學関係者の皆さん,特に,
陳聰富院長,許士宦教授,王泰升教授,沈冠伶教授,黄詩淳副教授に,心から感謝の意を表 したい。台湾の素敵な歌姫の CD を聴きながら,2020 年 3 月,台湾にて脱稿。
注
1 ) 中国,オーストラリアからの研究者とは相部屋となり,ドイツ,アメリカ,マレーシアの研究 者とは隣室で,交流を深めることができたのはこの上ない喜びであった。
2 ) ビジター用の部屋には 5 つのタイプがあったが,単身で,半年という滞在期間を考え,月額 23,100 元(新臺幣)の下から 2 蕃目の部屋にした。台北市内の不動産価格が高騰している折なので,
おそらく割安になっている。ちなみに,訪問學者の登録費用は,滞在期間に応じたスライド制で,
私の場合,半年なので 90 ~ 180 日の区分で 26,000 元であった。研究室,図書館,そして大学の
Wi-Fiも使わせてもらえるので,妥当な価格と思われる。法律学院の図書館には日本法の文献も
多く所蔵されている。
3 ) 1998 年 4 月~ 1999 年 3 月,Walter Gerhardt教授に受入教授になっていただき,ドイツBonn 大学に赴き,ライン川沿いにBonnから少し南のBadBreisigに住んだ。
4 ) 蔡秀卿=王泰升編著『台湾法入門』(法律文化社,2016 年)がそれであるが,一部を除きほぼ 全編が日本留学を経験した台湾人によって執筆されていて,広い領域をカバーするとともに,日 本人研究者への示唆に溢れた良書である。
5 ) 佐藤鉄男「管財人制度にみる日・独・中の破産法比較」金法 1988 号 50 頁(2015 年)において 中国法への関心を明らかにした後,「台湾における倒産法の展開」事業再生と債権管理 157 号 119 頁(2017 年)において,はっきり台湾法研究への意欲を示したつもりである。
6 ) それでも,私の努力不足というか不徳の致すところで,海外に出て行くイメージもないので,「え,
何しに行くの?何で台湾?」という反応を払拭することはできなかった。おまけに,2019 年 7 月,
出発前最後の教授会で出発の挨拶をした後,妻の実家の経営不振が顕在化し,妻が監査役(全く の名目的存在)ということもあり,身内の事件として倒産処理に関与せざるを得ないのではない かと,ふと在外研究の辞退も頭をよぎったが,利害関係人を気取って生兵法で首を突っ込むこと は慎むこととし,信頼のおける弁護士に後を託す形で,予定通りの出発が叶った。
7 ) そう信じているが,国立大学として教官の定年が 65 歳の臺灣大學にとって,その年齢に近く,
台湾法研究の実績もない私の申し出には戸惑われたのが現実かもしれない。
8 ) 公司重整と特別清算が導入されたのは 1966 年である。
9 ) 台湾の和解(和議)については,福山達夫「台湾(中華民国)の破産法上の和解について」竹 下守夫先生古稀祝賀『権利実現過程の基本構造』715 頁(有斐閣,2002 年),同「台湾における 商業総会の和解」関東学院法学 11 巻 1 号 45 頁(2003 年)。
10) 後述するとおり,現在,破産法の利用はきわめて少なく,台湾全土で 20 件ほどしか具体的に 破産宣告後の手続が進んでいないのだが,うち 1 件が調協になっている。
11) 単純に政治状況とのみ結びつけることはできないが,長く続いた国民党の時代に改正作業がス タートし,2000 年に初めて民主党が政権を奪取し,その後,2008 年には国民党が政権を取り返し,
2016 年には民主党が勝利し 2020 年選挙も民主党が勝利している。折しも,2020 年 1 月 11 日に 実施された選挙はこれを目撃できたわけである(偶然にも選挙終盤の大集会も目の当たりにする 機会があった)。
12) 消費者債務清理條例,そして成立はしていないが債務清理法の立法背景・趣旨を詳細に論じた 理論書が,許士宦『債務清理法之基本構造』(元照,2008 年)である。その後の展開を整理した ものとして,許士宦「債務清理法制之新進展(上・下)」月旦法學雑誌 240 期 61 頁・241 期 176 頁(2015 年)。これを日本語で要約したものとして,許士宦「台湾における債務整理制度の改革」
早稲田大学法務研究論叢 4 号 71 頁(2019 年)。
13) すなわち,消費者が定義され,過去 5 年間営業活動に従事していないか,小規模の営業活動(月 額新臺幣 20 萬元以下)のみの自然人とされ(條例 2 條),さらに,更生の場合は,無担保・無優 先債務額の限度額もある(新臺幣 1200 萬元)(條例 42 條)。
14) 台湾では,2011 年から 2018 年の間,いっきに司法試験の合格者が増やされたことで律師の人 口が急増した。蔡=王・前掲書(注 4)214 ~ 215 頁〔劉志鵬〕。法務部(日本の法務省)の法務 統計では,2018 年現在で,資格取得者 17,288 人,律師公會登録者 9,768 人となっている(後者が 律師として活動している実働人員)。これまで分属制が採用されていて,活動には公會への登録 が必要であり,台北律師公會の登録者が圧倒的に多い。しかし,分属制をめぐっては長い論争が あったとのことだが,2019 年 12 月,「一会入会,全国執業」に移行することが決まった。また,
同じく 12 月に発表された司法試験合格者は大幅に減らされた。その意味で,2019 年 12 月は,法 曹関係者にとってはエポック・メーキングとなるもので,滞在中に大きな出来事に遭遇したこと になる。法務部の法務統計については,聖島國際特許法律事務所の陳巧宜律師よりご教示いただ いた。
15) この点は,1922(大正 11 年)制定の破産法が現行破産法に切り替えられるまで 80 年もの間使 われていた日本の状況と似ていると評することができよう。
16) 金融機構とは,銀行のほか,信用合作社,農會信用部,漁會信用部,票券金融公司などをさす。
現在,「聨合徴信中心」(注 25)に登録されている銀行は 37,農會信用部が 283 など,その数は 多く,台北市内は金融機構がひしめき合っている印象を受ける。
17) 取立会社(討債公司),闇金融(地下錢莊),代理会社(代辦公司)が絡まり混乱や不安を拡大 する事情は,日本も台湾も似ているようである。当時の台湾の状況について,林永頌「従卡債族 之観點論『消費者債務清理條例』之規定及其落實」財團法人法律扶助基金會編『卡倒債』(法律 扶助基金會出版,2008 年)155 頁。
18) 條例制定に先立つ協商機制については,陳廷献編著『消費者債務清理條例要義(修訂第五版)』
(五南出版,2019 年)4 頁。
19) システムとしての協商であるから,金融機構が個別に債務者と折衝するのではなく,あくまで 当該債務者に対して債権を有する集団としての金融機構である。條例施行前に,25 万人以上が協 商機制を利用し,いったん協商は効を奏したものの,元本免除のないリスケ型ゆえに,その後の 履行が困難になることも多かった。陳・前掲書(注 18)5 頁。
20) スタート段階では,前置手続は協商のみであったが,2012 年の改正で,法院における調解,郷・
鎮・市・區調解委員会における調解が選択肢として加わった。
21) 台湾の公告も含め検討したものとして,佐藤鉄男「情報としての倒産公告の意義と問題点」中 央ロー・ジャーナル 14 巻 3 号 87 頁(2017 年)。また,台湾における裁判当事者の個人情報と裁 判公開の関係につき,呉瑛珠「裁判公開的個資保護」月旦法學雑誌 294 期 125 頁(2019 年)。
22) 消費者債務清理條例に関しては,司法統計が特別な形で逐次更新・公表されている。新受件数 については,「表 7. 地方法院消債聲請事件新収件數統計表」。
23) 協商という表現はかなり多義的で,台湾に来る以前はもとより,台湾に来てからも私を惑わす 単語である。そして,多くの場合,調解と密接に関連づけられながら使われている。一般的には,
協商は第三者を介さない当事者間のみでの話し合いでnegotiationの英語が当てられ,調解は第三 者が関与しその第三者のリードで利害の調整を行うことを指している。当然,紛争が持ち込まれ る法院でも調解は必須のものである。調解はmediationの英語が当てられていることで,日本の 調停とほぼ同じものと理解できそうだとわかったが,台湾の法院へ行くと,調解室のほかに協商 室もあり,両者が兼用の場合もあり,私は混乱してしまった。いや,正確に言うと,私の場合,
消費者債務清理條例における前置手続としての「協商」と「調解」が先に頭にあったため,過敏 になっていたことの影響が大きい。條例では,前置手続が当初は協商のみで,数年後に調解が加 わった。そのため,この新受件数の協商は,調解が加わって後は,それを含めた意味で使われて いる。ただ,協商と調解が区別された統計データもあるからやはりわかりにくい。
24) 元本(本金)の免除を伴わずもっぱらリスケのみの協商の結果に,直接関与していない最大債 権金融機構以外の債権者がopt-outすることはほとんど考えにくい。協商そのものはもっぱら電 話交渉で済ますことも多いとのことである。
25) これは個人情報の保護について定める「個人資料保護法」の例外となる意味である。とりわけ,
信用情報を集約する「聯合徴信中心」に対しては,債務者が自らの信用情報の確認のためアクセ スするだけでなく,登録の金融債権者は協商の判断のため債務者の情報の確認のためアクセスす ることになる。
26) もっとも,債務者側に律師が就くことは理想形で,金融機構側は協商における主導権確保のた め律師の関与を好まない傾向にあり,そこに代辧会社介入の余地を残している。近時は,法律扶 助基金會の努力もあり律師の関与率は格段に上昇しているようである。
27) 協商の状況については,永信法律事務所の林永頌律師(法律扶助基金會會長経験者),また,法 律扶助基金會の律師にインタビューする機会を得た。どちらも,臺灣大學研究生の蕭丞妟君(現 早稲田大学大学院)の通訳に負う所が大きく,感謝に堪えない。基金會との連絡は我妻学教授か
ら葉瓊瑜主任をご紹介いただき,謝幸伶律師,朱芳君律師にご説明いただいた。
28) もっとも,法院の調解と郷・鎮・市・區調解委員会の調解の利用状況に関してはデータの公表 がない。インタビューで聞く限りでは,法院の調解が主とのことである。條例制定の時点では,
消債事件を法院から遠ざける点が強調されていたが,前置手続の選択肢としての法院の調解は路 線変更を意味することになると思われる。
29) 債権者の債権は協商・調解時の債権額を基準とし,配当を受けた債権者は他の債権者が同比例 の弁済を受けるまでは更生・清算での弁済を受けられない,言わばホッチポット・ルールの法理 である。
30) 台湾社会における利用状況も踏まえた比較法ということをよりいっそう意識するようになった のは,臺灣大學において王泰升教授の学問的取り組みに触れることができたことの影響が大きい。
『台湾法における日本法的要素』(臺大出版中心,2014 年),『去法院相告―日治台灣司法正義観的 轉型(修訂版)』(臺大出版中心,2017 年)。王教授の活動と研究には日本人として深い感銘を受 けた。
31) 「 58. 地方法院民事消債事件収結情形―按年別及訴訟程序別分」と「 59. 地方法院民事消債事件 収結情形―按機関別分」である。
32) 協商も法院の認可を経ることになるが,債務者と債権者で合意した以上,この法院の認可はは なはだ形式的なものにすぎないとのことである(林永頌律師)。
33) これらの他に,取下げや却下で終わったものもある。また,新受件数が安定している中,協商,
調解,更生,清算の比率についても,他の年と比べても安定している。
34) 更生と清算で前者が多数を占めることにつき,免責の観点で分析するのは,鄭有為「『理性選擇』
或『非理性選擇』?」法令月刊 67 巻 5 期 50 頁(2016 年)。清算による免責が厳格であるため,更 生を選択せざるを得ないと批判的な立場にある。
35) 新受件数で言うと,本島から遠い,澎湖地方法院が 43 件,福建金門地方法院が 25 件,福建連 江地方法院が 1 件となっている。
36) いささか煩雑な情報になるが,台湾の北部には,台北,士林,新北,基隆の 4 つの地方法院が ある(さらに,桃園地方法院も近接する)。このうち,基隆は事件数が少ないので除いて考えると,
台北市と新北市のエリアを台北,士林,新北の 3 つ地方法院に割り振っている。それにしても,
士林が 2,176 件,新北が 2,279 件とほぼ同数なのに,11,096 件と台北が突出する。この点は,成立 した協商の多くが最大債権金融機構の本店のある台北地方法院に認可を求めていること,つまり 協商の認可管轄が原因とされる(條例 152 條)。実際,債務者の実数ベースとなる消債案件の法 律扶助申請件数では,台北が極端に突出していない。法律扶助基金會からご教示いただいた。
37) 福建連江地方法院の 310.00 日という数字があるが,事件数が少ないので除いた。
38) 2013 年段階のものであるが,朱芳君「消費者債務清理條例施行現況探討」法律扶助 41 號 3 頁
(2013 年)がデータに基づく分析を行っている。
39) 台湾においても破産者の資格や職業制限があるが,消費者債務清理條例との関係では清算の場 合にのみ準用される(條例 84 條)。律師や會計師等の専門職のほか,「清算程序債務人未經裁定 復権前 , 不得擔任之職務」として 5 タイプ 46 種類が掲げられている。なお,日本でのこの問題に ついて,佐藤鉄男「破産者の憲法的不自由はこれでよいのか」春日偉知郎先生古稀『現代民事手 続法の課題』(信山社,2019 年)603 頁。
40) このように表現すること自体,日本の破産免責率になれてしまった感覚によるもので,日本の 旧破産法下で多数の免責不許可決定を出した裁判官はそうは表現しないだろう。
41) 98 條で清算財団の範囲が規定され,開始時が基準時とされながらも(1 項 1 款),終結までに 相続(繼継)や無償で得た財産は清算財団に含める膨張主義の考え方も採用されている(1 項 2 款)。
42) これを原因とする不免責は,2009 年こそ 53 件にとどまったが,その後は 100 件台が続き,
2017 年以降増加傾向にあり,2019 年は 341 件となっている。
43) ちなみに,再度の免責までの期間は 7 年とされているが(134 條 1 款),今のところこれによる
不免責は 1 件にとどまっており,まだ 2 度目の免責問題は生じていない。
44) 63 條は手続の適正を確保するための必要的不認可事由である。これに対し,64 條は裁量的不 認可事由を定めている。特に,債務者に収入がある場合はできるだけの弁済をする方案であるか どうか,清算価値保障原則を満たしているかどうかがチェックされる。これについては,鄭有為「論
『未来収入』―従美國聯邦破産法角度兼論我國破産體制發展的關鍵下一歩」東呉法律學報 31 巻 1 期 91 頁(2019 年)。
45) これは支払不能又はその虞(「不能清償債務或有不能清償之虞」)がないということなので,日 本の感覚では棄却というべきものであるが,駁回の一つとして集計されている。
46) 臺灣大學の日本法ゼミで学生諸君に話題提供する機会があり,それを原稿化したものとして,
佐藤鉄男「破産と離婚―台湾との比較において」事業再生と債権管理 167 号 120 頁(2020 年)。