• 検索結果がありません。

魂と記憶をめぐる政治

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "魂と記憶をめぐる政治"

Copied!
17
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

静岡大学教育学部研究報告 (人文 0社会科学篇

)第

47号 (1997.3)3レ49

魂 と 記 憶 を め ぐ る 政 治

A Politics over Soul and Memory

石   井   

Kiyoshi lsHH

(平

成 8年

10月 7日

受理

)

Abstract

Since the latter half of the 19th century, people in Europe have suddenly begun tO talk about their persOnal memories with unprecedented eagerness. Recovering the past events and behavior in memory has becOme the only way to make sure their ̀personal identities'. Because they have lost their belief in the soul and the aFterlife with the

secularization of sOciety and the decline of religious cOnsciousness.

But Our personal memories are not the exact representation of what actuany happenedo We give new meanings t0 0ur life through reinterpreting the pasto And hOw to interpret human actions in the past depends On political situation.For example,Once human rights Of wOman and child cOme tO be respected, certain behaviOr which was formerly seen as innocent could be reinterpreted as ̀sexual harassment' or ̀child

abuse'。

So there has always been a political tension between those psycho10gists such as Janet or Freud who encourage people to become a new person through redescribing the past experience in memory and the conservative who try tO defend common sense about the past and discredit recovered memOry therapy. This is also the case with literary studies where the integrity of literary ̀works' seems to be threatened by theoretical

intervention in literary ̀texts' frOIn various political pOsitions such as ferrlinisn1 0r

postcolonialism. But cultural politics of this kind is an inevitable consequence of the

thorough secularization in our tilne.

1。

「 魂 」か ら「 記 憶」ヘ

自分 自身 が犯罪 を犯 した ことを知 らない犯罪者 が、探偵 と して犯 人 を追 う うちに犯 人 が 自分

で あ る ことを発見 す る。客観 的 な証 拠 は明 らか に彼 が犯人 であ ることを示 して い るに もか か わ

らず、彼 自身 に はそん な ことを した「 記憶」が ま った くな い。1868年 に コ リンズが書 い た推 理

小説『 月長石』 は、 このよ うな奇妙 なプ ロ ッ トを もってい る。 さ らに この小説 は、 そ のす べ て

が事 件 の関係者 によ って「 書 き留 め られ た」手記 、 日記 、手紙等 によ って構成 され て お り、物

語 の時 間 の上 で もペ ー ジ数 の上 で も、読者 と登場 人物 の双 方 が小説 の最 初 の方 で起 こ った で き

(2)

ごとを「 忘れ る」ほどの計算 された「 長 さ」 をそなえて い る。 そ して「 忘却 」 を まぬがれ る

「 書 きことば」のなかに残 されたそのよ うな過去ので きごとを「 思 い出す」 ことが、 ま さに事 件 を解 くカギ となるとい う手 の込 んだ作 りにな って いる (コ リンズ 1970)。

人間の「記憶」の危 うさと、に もかかわ らずそのよ うな「記憶」に依存せ ざるを え な い人格 的同一性 の脆弱 さを見事 に描 き出 しているこの小説 が

19世

紀 の後半 に登場 したの は、決 して偶 然 ではない。

18世

紀 の初頭 に、 ロックが、実体的 に実在す る「魂」によつてで はな く、知覚

「記憶」の持続性 によ つて我 々の人格 を定義 しよ うとした時 には じめて、identityと いう用語 は、

現在一般的 に用 い られている意味を獲得 した。「私」 とは「 ば らの匂 い」 に他 な らな い とい う コ ンデ ィア ックの美 しい言葉 は、 ロック的な意味での人格 の本質を よ く表 して い る

(プ

ー ン

1969:22)。

またさ らにさかのぼれば、すでにモ ンテーニュは、「 記憶 」 の持続 とい う意 味 で の

「私」 は恒常的な もので はな く「無限の多様性を もつ顔」にす ぎな い ことを明 らか に して い る

(プ

ー レ

1969:52)。

「魂」か ら「記憶」への人格像 の転換 には、 この よ うな前 史が あ る。 しか し大衆的な意識 の レベルで、実体的な「魂」への信仰 が動揺す るに至 ったの は、産 業化と都 市 化 の進行 と普通選挙 の実施 による大衆 の政治参加 に伴 って伝統的な宗教的権力が弱体化 し、政 治 、教育 、文化 などの様 々な側面 での「 世俗化

(secularization)」

が現実 の もの とな った

19世

紀後半 の ことで あった。

この うち知的 な側面 での「世俗化」を象徴す るで きごとが、

1859年

の ダーウィ ンによ る『 種 の起源』の出版であ った ことは、よ く知 られて いる。すでに地動説 との対峙 のなかで、聖書 記述 を文字通 りの事実 とす る解釈 は後退 していたが、人間 は神の似姿で はな く猿 の進化 した形 態 にす ぎないとす る進化論 の衝撃 は、人間の自己理解 に関わ るだけに深刻 であった。また さ ら

に ダー ウィンの主張 は、「 思考 は脳か ら、ち ょうど胆汁が肝臓 か らあ るい は腎臓 か ら尿 が分 泌 され るの と同 じ様 に分泌 され る」 とい う言葉 で有名 な地質学者 のフォーク トや、科学 の名 の下 に宗教 を攻撃 した本 として当時最 もポ ピュラーであ つた『 力 と物質』の著者 で医学 を専 門とす る ビュ ヒナー らの、自然科学的な事実のみを根拠 とす る素朴 な唯物論者 たちによって も 麻J用 され、無神論的唯物論 とい うよ り通俗化 された形で欧米各国 に広 く普及 した (Chadwick 1975:

Chap.7)。 『 月長石』や『 ジキル博士 とハイ ド氏』などのいわば「 魂」 を失い、薬 に よ つて そ の人格 さえを も変えて しま う主人公 たちの物語 の背景 には、 このよ うな思想状況 があったので あ る。

伝統的にカ トリック教会の政治的思想的影響力が強か った フランスにおいて は、普仏戦争 敗 北 直後 の

1870年

に成立 した第二共和制 の下 で、王権派

=教

会 と共和派

=反

教権主義 との政治 的 対立を背景 と して、文字通 り人格 の本質 は「魂」であるのか「記憶」であるのか を め ぐる激 し

い論争 が繰 り広 げ られた。「魂」や「 神」 は独立 した実体 と して存在 し、 それ は我々の内省 に よ って直接的 に把握 され るとす る当時代表的な哲学者であったクーザ ンの主張は、共和派にとつ て は、カ トリック的な信仰 の露骨 な弁護論であった。権力を獲得 した共和派のイデオ ロー グで あ り、 コ ン ト的な実証主義 の信奉者 であ ったテーヌは、 このよ うなスピリチュア リズムを厳 し く退 けた。彼 は感覚 や記憶 の複合体 とい うロック的な人格概念 を前面 に押 し出し、それ らか ら 切 り離 された実体 としての「私」の存在を否定 した。そ して彼 にとつて、自 らの主 張 を実証 す る有力 な実例 とな ったのが、ち ょうどその頃、 アザ ムによ つて報告 され たフェ リー ダ とい う

「二重意識

(double cOnscience)」

す なわち多重人格 の女性 で あ った。彼女 の意 識 は、通 常 の 状態 と「二次的状態

(condition seconde)」

の間で しば しば切 り替わ り、例 えば二 次 的状 態 に

(3)

魂 と記憶をめ ぐる政治

あ った時 に妊娠 した ことを通常の状態 の彼女 は否定す るとい うよ うに、相互 に他 の状態 にあ る 時 の「 記憶」を全 く欠 いていた。 このよ うな多重人格者 の存在 は、まさに超越的な「 魂」 や実 体的 な「 自我」を否定 し、人格が「記憶」によってのみ定義 され うる非実体的な ものであ るに す ぎないことを証明 して いるとテーヌは考えたのである。こうして フェ リーダという一人 の控 え 目な女性 が「共和主義者 たちの兵器庫」 とい う役割を果 たす ことにな った (Hacking 1995:

Chap.11)。

2。「 政治」 と心の「 科学」

「 記憶」を主題 とす る小説 のなかで最 も豊か な作品であるとされ る『 失われた時を求 めて』

の著者 プルース トが、 ドレフュス事件 に際 して断固 として共和派の側 に立 った (ミ ケ ル 1960:

51‑2)こ とに も見 られ るよ うに、第二共和制の下で「記憶」について語 ることの政治 的 な意 味 は明白であ った。やがて精神分析学 とい う心の「 科学」を生み出す ことになるシャル コーの ヒ ステ リー研究が登場 したの も、このような状況の下での ことであった。彼 は女性 に特有 の奇妙 な病 とみなされ、生理 的な原因を特定で きないために仮病の疑いさえかけられていた ヒステ リー の諸症状を厳密 に分析 し、それが しば しば男性 に も見 られ る心因性 の病であることを明 らか に す ると共 に、催眠術を使 って症状 を取 り除 いた り人工 的に作 り出 した りす ることがで きること を実証 した。宗教的エ クスタシーや悪魔憑 きとい った現象 も、彼 によれば科学的に明 らか にす ることので きる原因を持つ一種 の ヒステ リー症状 にす ぎないのであ り、そ こには神秘的な もの はなに もない。心 につ いて完全 に世俗的な「科学」の用語 で語 ること、これが シャル コーの 目 指 した ものであ り、彼 のサ ロンや講義 は、共和主義者 たちが集 う「 政治 的 な劇場」 で あ った (Herman 1992:15)。

このよ うな シャル コーの流 れを汲む ジャネとフロイ ト

(お

よび共 同研究者 の ブロイアー)は いずれ もヒステ リーの原因を過去 の トラウマ

(心

的外傷

)の

「 記憶」が通常 の意識 か ら追 放 さ れ別 の意識過程 の内に置かれ るとい う事実 に求 めた。 トラウマが取 り除かれ ることな く通常 の 意識 か らは隠 された領域 に蓄積 されたままにな って いることが様 々な ヒステ リー症状

(身

体 の 麻 痺 、咳 、嗅覚異常 な ど

)を

生 み 出 して い る と彼 らは考 え た の で あ る。 ジ ャネが「 解 離

(dissociation)」

と呼 び、フロイ トがアザムにな らって「二重意識 (double cOnsciousness)」

と呼んだ この意識 の二重化現象が′いの「 科学」の基盤 とされ ることによって、 フェ リー ダ症例 がその先鞭 をつ けた心 の領域 における「魂」か ら「 記憶」への権力の移行 は決定的なものになっ た。また彼 らは単 に ヒステ リーの原因を明 らかに しただけではない。通常 の意識か らは追放 さ れて しまっているが故 に、患者 が「 忘れて」 しまっている トラウマの「記憶」を治療者 が患者

との対話 のなかで「 思 い出させ」、患者 自身の日か ら「語 らせ」 ることが、 ヒステ リーの治療 には決定的 な意味を持つ と彼 らは主張す る。まさにその「語 る」 という「 カタルシス」 的行為 によって、意識 の「 解離」は解消 され ヒステ リー症状 が消滅 す るか らであ る。 この よ うに、

Dい

」 は、治療者 の介入 によって「 記憶」をめ ぐる力関係 を変 え ることがで きる「 場」 で あ る とい う意味で も、 きわめて「政治」的な領域 とな ったのである。

現代 のアメ リカにおける トラウマをめ ぐる論争 に一石を投 じた『 トラウマと回復』の著者ハー マ ンは、 トラウマを対象 とす る心の「科学」が成立す るためには「政治」的運動 の支援 が不可 欠 であ ると主張す る (Herman 1992:9)。 彼女 の主張を若干敷衛 して言えば次 のよ うな ことに

(4)

な るであろ う。 トラウマの研究 は、専門家 としての治療者 や科学者 のみによって押 し進 め られ うるもので はない。例 えば ヒステ リーの原因が トラウマの「 記憶」であ ることが明 らか に され るためには、心 の本質 が「 魂」のよ うな神秘的な実体 ではな く様 々な外的なで きごとの「記憶」

の複合体 であることが前提 されなければな らない し、また、ち ょうど身体 に物理的 な衝 撃 を与 えれば何 らかの損傷 が生 じるの と同 じように、 シ ョッキ ングなで きごとを経験すれば、その よ うな「 記憶」の秩序 に「 意識 の二重化」 といった乱 れが生 じうることも前提 されな けれ ば な ら ない。 しか し、 もし社会全体が「 魂」の実在を疑 ってお らず、心の病 につ いて も科学 的 な分析 によって客観的 な原因を特定で きるというよ うな心 につ いての世俗的な「 語 り方」に不 信 を抱 いて いるとすれば、 ヒステ リー症状 を訴え る患者 は仮病 を使 っているとみなされ るか、悪 魔払 いの対象 とみなされ るかのどち らかであろ う。仮 に一部 の良心的な治療者が患者 の声 に耳 を傾 けることがあ った として も、彼 は周囲か ら孤立せざるをえない し、何 よ りも患者 自身が 記 憶」

とい う観点 か らの自 らの症状 の説明に納得せず、「 解離」 され た「 記憶 」 につ いて語 る ことの 重要性 を理解 しないであろう。

19世

紀末 にフランスで ヒステ リー研究 が大 きく進展 し、 ヒステ リー患者 たちが積極的に語 りは じめたのは、決 して シャルコーの天才 によるものではな く、第 二共和制 と結 びつ いた反教権主義 とい う「政治」運動が世俗主義 の拡大 に寄与 し、その よ うな 研究の前提条件 を作 り出 したか らだ。 これがハーマ ンの基本的な考 え方 である。

同様 の「 政治」 と心 の「科学」の関係が、「砲弾 ショック」 と呼 ばれ る戦争体験 に伴 う トラ ウマの「 記憶」に基づ く諸障害について も成立す るとハ ーマ ンは主張す る (Herman 1992:20¨

28)。 普仏戦争を皮切 りと して、 とりわけ第一次世界大戦以 降 、戦 闘 に長期 間 さ らされ た兵士 の間に、運動障害 や感情 の爆発、悪夢 や無感動 などの ヒステ リーときわめてよ く似 た症 状 が見 られ ることが指摘 され るよ うにな った。そ して、ウィー ン滞在中にフロイ トの分析 を受 けた こ ともあ るカーデ ィナーのよ うに精神分析的手法 によ って このよ うな症状 を治療 しよ うとす る試 み も現 われた。 しか し、「砲弾 ショック」が トラウマを原因 とす る治療 され るべ き病 と して認 知 され る上 で最大の障害 とな ったのは、祖国を守 る正義 の戦 いに参加す る兵士 は勇敢 で冷静 で あ るのが当然 であ り、心的障害 にとらわれ るよ うな兵士 はよっぽど臆病 であるかあ るいは死 を 恐 れて仮病 を使 う卑怯者 にちがいない とい う社会的通念 であ った。調査 や治療が長 い問部分 的 な ものにとどま り、症状 に苦 しむ多 くの兵士 たちが沈黙を強 い られたのはこのためであ った。

よ うや く戦争 か らの帰還者 たちが 自 らのかかえ る トラウマに対す る組織的 な対応を求 め ること がで きるよ うになったのは、ベ トナム反戦運動が高 ま りを見せた

1970年

代 の ことであ った。戦 争 は悪 であ り、戦場 で心 の傷を負 ったことは決 して恥ずか しい ことではなか った と彼 らが声 を 大 に して叫ぶ ことが出来 るよ うにな った時 に初 めて、彼 らの病 は病 として認知 され、

1980年

は ア メ リカ精 神 医学 協 会 の『 精 神疾 患 の分 類 と診 断 の 手 引

/第

二 版 (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders.3d ed。 )』

(以

下、DSM―Ⅲと略記)のなか で「 心 的外傷後 ス トレス障害 (Posttraumatic Stress Disorder)」

(以

下 、

PTSDと

略記

)と

い う

名前を与 え られた。反戦運動 とい う「 政治」運動 が心 の「科学」の対象 を生 み出す の に大 き く 貢献す るとい うヒステ リー研究 の場合 と同 じ状況が ここに もあるのだ とハ ーマ ンは言 うので あ

る。

反教権主義 や反戦運動 といった「政治」運動 によって、 ヒステ リーや「砲弾 シ ョック」 の背 後 に隠 されていた トラウマ とそれを生 み出 した外的なで きごとの「真実」が明 らか にな った と す る以上 のよ うなハ ーマ ンの図式・は、 きわめて刺激的な ものであ り、我 々に新 たな視点 を提 供

(5)

魂 と記憶をめ ぐる政治

して くれ る。 しか し、「 魂」や「記憶」 とい う領域 にお いて、 い った い何 が「 真実 」 で あ るの か とい う問題 は、彼女 の図式だけで は整理 しきれない複雑 さと広が りを もっている。現在 アメ リカを中心 とす る各国で大 きな注 目を浴 びている女性や子供 に対す る性的虐待 の「 記憶」 をめ ぐる論争 は、まさに この「記憶」における「真実」 とは何か とい う問いに集約 され る。そ して、

また して も論争 の起源 は

19世

紀末 まで さかのぼ ることになる。

3.「誘惑」論の運命

19世

紀 も終 わろ うとす るころ、 ヒステ リーの原因 とな っている トラウマが、具体的 に どの よ うな外的なで きごとによ って生み出され るのかを、患者 との対話 のなかか ら見つ け出そ うと し て いた フロイ トにとって驚 きであ ったのは、女性患者 たちの多 くが、父親か ら性的な「 誘惑」

ない し虐待 を受 けた ことがあ ると証言 した ことであ った。当初 フロイ トはこのよ うな証言 の真 実性を疑 わず、幼児期 に近親者 によ って現実 に引 き起 こされた性的虐待が彼女たちの ヒステ リー 症状 の背後 にあ る トラウマを生み出 したと考えた。 しか し彼 はそのす ぐあ と、 この「 誘惑」論 を撤 回 し、逆 に彼女 たちの証言 は実際 には存在 した ことのないで きごとにつ いての作 り話 であ り、肉親 の異性 に対す る抑圧 された欲望 が生 み出 した幻想 であるとす る「精神分析」論=「 圧」論へ と立場を転換 した。 これに対 して、

1980年

代 にアメ リカで、 フロイ トによ る この「 誘 惑」論 の撤回 は、当時現実 に存在 して いた女 の子 たちに対す る家庭内での性的虐待 とい う事実 を覆 い隠 し、家父長的な家族 のあ り方を免罪す ることにつなが る裏切 り行為であるというフェ ミニズム的な立場か らの批判 が登場 した (Masson 1984)。 ハ ーマ ンは、 この よ うな フロイ ト 批判 の上 に立 って、 フロイ トが「 誘惑」論 を放棄せ ざるをえなか ったのは、家父長 的 な家族形 態 とそれに基づ く女性 の権利 の侵害を告発す るよ うな「政治」運動すなわちフェ ミニズムが当 時 は充分 な力 を もっていなか ったか らだ と主張す る。そ して この点で は、 ブロイアーの患者 で 典型的 な ヒステ リー症状 を示 して いたア ンナ

OOが

、 フェ ミニズムの古典 と して名高 いウォル ス トンクラフ トの『 女性の権利 の擁護』の独訳 や、女性0子供 に対す る性的虐待 に反対 す る運 動 の組織 といった分野 で活躍す るなかで 自 らの症状 を克服 してい った ことが象徴的 な意味を も つ とされ る (Herman 1992:13‐20)。 必然的に家父長 の罪を暴 くことにな る「 誘惑」論 はそれ を支 え る「 政治」運動 と結 びつかなければな らないという彼女お得意 の図式が ここに も見 られ るのである。

1980年

代 のアメ リカで、 フロイ トの「 誘惑」論撤回が このよ うな形 で批判 され るよ うにな っ た背景 には、

1970年

代か ら幼児期 の性的虐待 を原因 とす る症状 として注 目を集 めは じめて いた

「 多重 人格 」 が、先 に も触 れ た

1980年

DSM‐

Ⅲに「 多重人格 障害 (Multiple Personality

Disorder)」 (以

下、

MPDと

略記)と して公式 に認知 された とい う事実があ る。アメ リカにお ける「 多重人格」に対す る一般的な興味 とい う点 で は、

1957年

に出版 された二人 の精神科 医 に よ る

MPDと

思 われ る女性 の治療記録『 イ ヴの三 つ の顔

(邦

訳名 、私 の中 の他 人)』

(以

下 、

『 イ ヴ』 と略記

)が

有名 である。 しか。し、 この本 はベス トセ ラー とな り、 その映画化 も興行 的 に大 きな成功 をおさめた とはいえ、

MPDの

原因の究明 とその治療 が社会全体で取 り組 むべ き 最重要課題 の一 つであるとい う認識 を生 むには至 らなか った し、そのよ うな認識 に基 づ く「

M

PD運

動」 とで もい うべ き「 政治」運動 と結合す ることもなか った。その もっとも大 きな理 由 は、『 イヴ』の場合 には、「 多重人格」の原因 と しての幼児期 の性的虐待が重視 されて お らず 、

(6)

従 って、そのよ うな過去 の事実 の「 記憶」を回復す ることによ って症状 を克服 し、家庭 内 にお ける女性 の抑圧 とい う「 真実」を暴 くことが必要であるとも考 え られて いなか った とい うこと である (Hacking 1995:40‑41)。

これに対 して、アメ リカ社会全体 が

1960年

代 に燃 え上が った女性解放運動 の洗礼 を受 けた後

1973年

に公 にされた『 シヴィル』は、同 じく

MPDの

女性 の治療記録 であ りなが ら、 この点 でかな り様相を異 にす るものであ った。 シヴィルと呼ばれ る女性患者 の女性主治医 ウィルバ ー は、客観的な診断の為 に必要 とされ る患者 と医者 の間の距離 を敢えて踏 み越 えて彼女 と親 密 な 友人関係 を取 り結 び、催眠術 と催眠剤 の助 けを借 りて、 シヴィルの幼児期 の性的虐待の「記憶」

を徹底 的 に回復 しよ うとした。その結果 として ウィルバーはシヴィルの内に

16も

の異 な った人 格 を発見 し、そのよ うな症状の背後 には、幼児期 における母親か らの恒常 的な性的虐待 が あ っ た との結論 に達 した。そ して さ らに彼女 はこのよ うな結論 を実証す るために実際 に彼女 の家 を 訪 ね、虐待 の「物証」を見つけ出そ うとさえ したのである (Hacking 1995:41‑3)。 また、『 イ ヴ』において は純粋 な観察 の対象 に甘ん じていた女性患者「 イヴ」 も、

70年

代 に入 ると『 私 は イ ヴ』 とい う手記 を 自 ら著 し、本名を名の って 自分 の内部での

20以

上 もの人格 の共存 と隠 され た虐待 の物語 について語 りは じめた。そ して

50年

代 に自分を診断 した男性医者 たちの誤診 と虐 待 を告発 した。『 シヴィル』で虐待者 の側 に回 っているのが、父親 で はな く母親 である点 な ど、

80年

代の「

MPD運

Jで

の強調点 と異 な った点 もあるが、性的虐待 によ って生 み出 され た

M PDを

克服す るために、患者 の経験 した過酷 な事実の「 記憶」を呼 び戻 し、患者 と連 帯 して虐 待者 たちと戦 うとい う基本図式 はすでに この時点で確立 されたのである。

他方、

MPD運

動」を

19世

紀末の「多重人格」論 と結 びつ け る上 で重要 な役割 を果 た した の は、

1970年

に出版 されたエ レンバ ーガーの『 無意識の発見』であ った。彼 は、過酷 な経験 に さ らされて いる「 私」か ら身を引 き離 そ うとす る「解離」 と呼ばれ るメカニズムが「多重人格」

を構成す る「他我 (alter)」 たちを生 み出す ことを明 らかに した ジャネの初期 の仕事 を高 く評 価 した。そ して「 誘惑」の事実 とそれに伴 う「二重意識」によ って ヒステ リー症状 を説 明 しよ うとしたフロイ トとブロイアーは、このよ うな ジャネの仕事を踏襲 したにす ぎないと主張 した。

「誘惑」論 を捨 て、「多重人格」よ りもエデ ィプス

0コ

ンプ レックスを重視す るに至 った フロイ トは、 ジャネによって切 り開かれた

MPD克

服 に向けての正 しい道筋をね じ曲げたのだ とい う フロイ ト批判 の原型 が ここにある。

MPD運

動 の中心的組織である「 多重人格 および解離 研究 国際学会

 (International Society for the Study of Multiple Personality and Dissociation)」

(以

下、

ISSMP&Dと

略記

)の

創始者 の一人であるクルフ トもこの エ レンベ ル ガーの本 の 大 きな影響 を受 けた (Hacking 1995:43‑5)。

4.「記憶」信仰の限界

「誘惑」論 こそが真理 であ り、性的虐待 の被害者である大部分が女性 の

MPD患

者 た ちを救 うためには、彼女/彼たちの「記憶」を掘 り起 こし、「 誘 惑」 と虐待 の実態 を告 発 して いか な ければな らないす る「

MPD運

動」は、ハーマ ンの言 う通 リフェ ミニズムの後押 しを受 けて

80

年代 に最高潮を迎 えた。 しか しそれ と同時 に、「記憶」を手掛 か りと して「 真実」 を明 らか に す るとい うこの運動 の路線が内包す る深刻 な弱点 も表面化 して きた。患者 たちの「記憶 」 を無 批判 に信 じることの危険性が、 この運動 の批判者 たちの側か らだけではな く、その支持 者 た ち

(7)

魂 と記憶をめ ぐる政治

のなかか らも指摘 され るよ うにな って きたのである。

1989年

のある晴れた日の午後、

28才

のアイ リー ンは、居間で遊ぶ子供 たちを眺 めている時に、

突如 と して

20年

前 に8才の自分 が日撃 した同 い年 の少女 スーザ ンの殺害現場 の状況の「 記憶」

を取 り戻 した。殺人者 はアイ リー ンの父親であ り、彼 はスーザ ンを性的に虐待 した上 に、大 き な石で スーザ ンの頭部 を殴打 して殺害 したのである。通常 の意識過程か ら「 解離」 され

20年

も無意識 の うちに「 抑圧」 されて いた幼児期の性的虐待 の「記憶」の この ドラマテ ィ ックな回 復 の物語 は、全米 で報道 され大 きな注 目を集 めた。警察 は迷宮入 りしていたスーザ ン殺 人事件 を この「 記憶」に基づいて再捜査 し、アイ リー ンの父親 ジョージは殺人罪で起訴 され る ことに な った。「 記憶」が一人 の男を法廷 に送 ったのである。

決定的な物証 を欠 くこの裁判 の最大 の争点 は、まさに長期間 にわた って抑圧 されて いた「 記 憶」が突如 と してよみがえ り、 しか もその内容 が正確であるとい うよ うな ことがあ るのか ど う か とい うことであ った。検察側 は、小児精神医学 の専門家であるテアを証人 に立てて、 この種 の「記憶」の回復の客観性を陪審員 たちに印象づけようとした。テアは、 この事件 につ いて の 彼女 の側か らの記録 であ る『 解 き放 たれた記憶

(邦

訳名、記憶 を消す子供 たち)』

(テ

1995)

のなかで、アイ リー ンの「記憶」の生々 しさと詳細 さ、父親 の犯行直後の9才か ら

14才

まで の 間、彼女 が無意識 の うちに、ち ょうどスーザ ンが殴打 された場所 にあたる自分 の頭髪 をむ じる 癖 があ り、その部分 はいつ もハゲて血が流れていた ことなどをあげて、「 抑圧」 された「 記憶」

が無意識 の うちに持続す る可能性 を立証 しよ うとしている。そ して、現実 の裁判 で は、 ホ ラー 作家 と して有名 なステ ィーブン・ キ ングの作品が示す死や死体への こだわ りも、彼が幼児期 に 列車事故 で友達 が死 ぬ悲惨 な光景 を見 た「記憶」を無意識 の うちになぞ って いるとい う点 で、

アイ リー ンの頭髪 をむ じる癖 と同 じであるとい った巧妙 な レ トリックも功 を奏 し、陪審員 た ち は、 ジョー ジに有罪判決を下 したのであ る。 しか し、物証 で はな く、「 記憶 」 とそれを精神 医 学的 に正 当化す るテアの証言 が決定的な役割 を果 して、一人の人間に殺人罪 を宣告す ることに な った この裁判 は、逆 に家族 を崩壊 させ

(娘

による父の告発)、 無実 で あ るか も しれ な い人物 を刑務所送 りにす るほどの力 を「 記憶」に与えて もよいのか とい う問題 を提起 した。

アイ リー ン裁判 で弁護側 の証人 として出廷 した心理学者 で「 記憶」の専門家 であ るロフタス は、「記憶」がそれを生 み出 したで きごとの後で与 え られ る様 々な情報 の影響 を受 けやす く、

現実 に起 こったで きごとと事後 に暗示 された ことやマスコ ミを通 じて得 た情報 を混 同 しやす い とい う事実 を実験 データに基づいて証言 したが、 トラウマを生 むよ うな特殊 なで きごとにつ い て も同 じことが成 り立つ ことを充分説得的に展開す ることがで きず、その証言 は法廷 では採 用 されなか った。 しか し、判決 に批判的な研究者 や ジャーナ リス トによる判決後 の事件関係者 ら へ の取材 などか ら明 らかにな ったのは、まさにアイ リー ンの「記憶」が外部か らの暗示 によ っ てかな り「 汚染」されている可能性が高 いとい う事実であった (Crews&Critics 1995:168‐ 1

81)。 例 えば、アイ リー ンは、「記憶」を回復 した時点 では「 記憶」の「 抑圧 」 とい う理論 が あ ることをま った く知 らなか ったとい うテアの証言 とは反対 に、アイ リー ンのかか りつ けの セ ラ ピス トは、彼女 が父親 による殺人 とい う最 も衝撃的な場面 を「思 い出す」過程 で、 自分 が「 抑 圧」 された「 記憶」を回復す るよ うに励 ます とい う形 で「介入」 した こと、そ して そ の際「 記 憶」内容 が真実であるか ど うか はとりあえず度外視 してよいと助言 した ことを明 らか に して い る。またアイ リー ンが頭髪 をむ じる癖があった と主張 した年代 の彼女 の写真 には、その よ うな 痕跡 を見つ け出す ことがで きず、さ らに彼女 の母親 も頭 にそのよ うな傷跡があ った ことを否定

(8)

している。 もちろん このよ うな判決への批半

1者

たちは、『 ニュー ヨーク レヴューオ ブブックス』

誌上で「 記憶回復 セ ラピー (Recovered Memory Therapy)」

(以

下 、

RMTと

略記

)を

猛烈 に攻撃 した クルーズをは じめ、

MPDや

「抑圧」 された「記憶」の存在 その ものを ほぼ全面 的 に否定す る立場 に立 ってお り、彼 らの批判を鵜呑 みにす ることは、逆 の意味で危険であ る。事 件 それ 自体 は、法廷 の場で、先入観を排 し客観的な事実 のみに基づいて解明 されなけれ ば な ら ない。 しか し少 な くとも「記憶」の取 り扱 いについては慎重でなければな らない ことを教 えて

くれた とい う点 では、彼 らの主張 に も一定の意義 があることを認 めざるをえない。

このよ うな単発的 な事件以上 に「

MPD運

動」の当事者 たちを困惑 させ たのは、運動 の高 ま りに伴 って、

MPDの

治療 に訪 れ る患者 たちのあま りに も多 くの部分が、家族か ら「 悪 魔儀 礼 的虐待

(Satanic Ritual Abuse)」 (以

下 、

SRAと

略記

)を

受 けた と証言 しは じめた ことで あ る (Hacking 1995:Chap.8)。

MPDの

専門家であるガナウェイの

1989年

の報告 によれば、彼 の ク リニ ックにや って くる患者 のほぼ半分、北米全体ではそれ以上 が、幼児期 の

SRAの

み な らず青年期 に もカル ト的儀式 の生 け贄 に捧 げる赤ん坊を生 まされ続 けたといった衝撃的 な内容 の「記憶」を生 き生 きと詳細 に語 った。 もし彼女/彼らの証言 を全部信 じるとすれば、 ア メ リ カでは年間

5000人

もが この種 の儀式 の犠牲 とな って密かに命 を奪 われて いることにな るとガナ ウェイは言 う。また彼 の

1993年

の報告 で は、あるク リニ ックで同 じくらいの割合 の患者 が宇 宙 人 に誘拐 されたとい う「記憶」について語 った との ことである。

もちろん、宇宙人 はともか くカル ト教団による殺人 は現 に存在す るのであ るか ら、

SRAに

関す る証言 には じめか ら疑 いのまなざ しを向けるのは誤 りである。 しか し、唯一公的な機 関 に よ って行われた英国 における

84件

SRA証

についての調査 によれば、客観的な証拠 によ っ

SRAが

裏付 け られたケースは皆無 であ り、多 くの場合、子供 たちはもっと一般的な形 で の 虐待を受 けていたと思われ ることが明 らか にな って いる。アイ リー ンとセ ラピス トの関係 と同 じく、

MPDの

心理的セ ラピーにおいて は、虐待経験を通常 の意識過程か ら「 解離」 す る こと によって形成 された「 他我」をセ ラピス トは対話 によって積極的に呼 び出 し、虐待 の「 記憶 」 につ いて語 るよ うに励 ます。仮 にこの対話の過程 で、セラピス トが虐待 につ いての 自分 自身 の 先入見 を前面 に出せば、患者が この暗示 を受 け、事実 とはかけ離 れた「 記憶」につ いて語 り出 す危険性 はきわめて高 い。身 に覚 えのない性的虐待 につ いての子供 たちの証言 によ って、家族 の絆 を脅か された親 たちを中心 に

1992年

に組織 された「虚偽記憶症候群財 団 (False Memory Syndrome Foundation)」

(以

下、

FMSFと

略記

)の

主 な 目的 は、 ま さに この よ うな セ ラ ピ

ス トたちによる「記憶」の「 注入」によって引 き起 こされる被害を防止す ることであった。

MPD運

動 の担 い手 たち自身のなかか らも、明 らかに非常識 な数 の

SRA証

言 のすべて を無 批判 に受 け入 れ ることは、かえ って

MPDや

幼児期 の性的虐待 の長期的影響 とい う病因論一 般 に対す る信頼 を損 な うことになるとい う危機感が生 まれて きた。クルフ トは客観 的な裏付 けの ない「記憶」への狂信的信仰 も、「 記憶」の回復 とそれに基 づ く性 的虐待 の告発 を現代 にお け る魔女狩 りとして全面否定す るの も一面的であると主張 し、

1993年

には

ISSMP&Dの

会長 も務 めた コー ンの「 記憶」回復肯定派 と否定派双方 の冷静 な対話 を求 める書簡 が

FMSFの

関誌 に掲載 された。また

MPDの

心理的セ ラピーにおいて、「 他我 」 た ちのそれぞれを あたか も「 実存」す る人格であるかのよ うに取 り扱 い、その「 自律」を尊重す ることを前提 に「 彼女

/彼ら」に語 らせ ることは、かえ って患者 たちをセ ラピス トの期待 に応 えて「他我」 た ち と し て語 るよ うに しむけ、彼女/彼らの「 解離」の固定化 につなが るとい う反省 も出て きた。 そ し

(9)

魂 と記憶をめ ぐる政治

て、む しろ逆 に「 解離」は、ごく普通の人間に も見 られる周囲の状況 に対す るノーマルな対応 の延長線上 にあるものであ り、通常 は統合 されている「解離」された諸意識過程が

MPDに

いて は統合を失 い、相互 に独立 した人格 であるかのよ うにふ るまっている点が問題 なのだ とい うことが強調 され るよ うにな った。従 って、患者が「 多重人格」者 として「我々」 とい う言葉 を使 った り、 自分 自身 を他人のよ うに扱 った りした場合 には、セ ラピス トの側 はそのよ うな発 言 に驚 いて見せ た り、か らか った りす ることを通 じて、患者が

MPDに

安住す ることな く「 他 我 」 た ちを統 合 す る方 向 に向か うよ うに導 いて いか なけれ ば な らな い と され る (Hacking 1995:Chap.6)。

1994年

DSM¨Ⅳで

MPDと

い う病名が消え、同様の症状 が「解離性同一性 障害

(Dissociative ldentity Disorder)」 (以

下、

DIDと

略記)と呼ばれ るようになったの も、

DSM̲Ⅳ

の この部分 の とりまとめの責任者であ った シュピーゲルが、

MPDと

い う呼称 には、

「 他我」たちを実体化す るニュア ンスがあ り、統合の契機 を軽視 す る ことにつ なが ると考 え た か らであ った。

DSM̲Ⅲ

における

MPDの

診断基準 が個人 の内部 に二つ またはそれ以上の別々 の「 人格」が「 実存 (existence)」 す るとい う表現 を使 って いるのに対 して、

DIDの

方 で は、

別 々の「 人格」ない し「 アイデ ンテ ィティー」の「 現 われ

(presence)」

とい う表現 にな って いるの は、 この点で非常 に象徴的である (Hacking 1995:Chap.1)。

もちろん このよ うな「記憶」信仰の相対化 に対 しては、患者 たちの「記憶」を信 じない者は、

隠 された性的虐待 とい う真理 と向 き合 うのを恐れているだけだというフロイ トの「誘惑」論撤 回 に対す るの と同 じ批判 が寄せ られて いる。世俗主義 と結 びつ いていたはずの「記憶」派 が逆 に ここでは背教者 を告発す る原理主義者 に似てお り、「 記憶」懐 疑派 の方 が世 俗主義者 に似 て いるとい う一種 の逆説が ここには見 られるのである。

5。 過去 の「 解釈」と しての「 記憶」

我 々が、社会全体の世俗化 のなかで、宗教的意識 と共 にいわば「魂」を失 ったことが、過去 ので きごととそれについての「 記憶」が現在の我々にとって きわめて重大な意味を持 って いる とす る「 記憶」信仰を生んだ。そ して この「記憶」信仰を確立す る上で決定的な役割 を果 た し たのが

19世

紀末 に成立 した心 の「 科学」であ り、 ヒステ リーや多重人格の「原因」 を過去 ので きごととその「 記憶」にまで「 因果論的に」さかのぼ って「 実証的に」明 らか にす ることがで きるとす る「 知」の形態であった。これが、多重人格をめ ぐる様 々な論争 を、前節 までで紹介 して きたよ うな形 であざやかに整理 した『 魂を書 き直す』におけるハ ッキ ングの基本的 な立場 である。彼 は「 記憶」への狂信 に対 しては批判的であ り、また幼児期 における性的虐待 が長期 的影響 を残 し、成人期 の精神障害の「 原因」 となるという主張それ自体 に も、決 して確定 した 真理 で はないと して、懐疑的である (Hacking 1995:Chap.4)。 そ して貧困家庭への社会福祉 予算 が大幅 にカ ッ トされた

1980年

代 に性的虐待の問題が強調 され るよ うにな った ことは、精神 障害 の「 原因」 と してはよ り深刻 な貧困の問題か ら人々の目をそ らす ことにな った とい う見解 に も理解 を示 している。 しか し、だか らとい って彼 は

FMSFや

クルーズの よ うに、過去 の

「 記憶」 はまった く信頼 に値せず、

MPD運

動」は有害で しかないと主張す るわけで はな い。

また「 魂」を失 った人々が「 記憶」をよ りどころにせざるをえな くな った この世俗主義 的 な時 代 を嘆 くわ けで もない。

ハ ッキ ングの主張 はこうである。「記憶」が「 真実」ので きごとを指 し示 しているのか、セ

41

(10)

ラピス トによって注入 されたで っちあげなのか とい うことが真 の問題 なのではない。我 々現代 人がなぜか くも過去 ので きごとに こだわ り、その「 記憶」につ いて「語 る」 ことの重 要性 を当 然視 しているのか とい うことが問題 なのだ。我 々が過去 について「語 る」時、決 して我 々 は過 去 を忠実 に再現 しよ うとしているわけではない。む しろ我 々は過去 を「 記憶」のなか で「 書 き 直 し (rewrite)」「 記述 し直す

(redescribe)」

ことによ って、絶 えず我 々の人生 それ 自体 を

「 生 き直 そ う」 としているのである。「例 えば幼児虐待 とい う呼 び名を もつ一連 の新 たな記述 、 新 たな言葉、そ して新 たな感 じ方 によ つて、過去 は記憶 の なかで書 き直 され るので あ る。」

(Hacking 1995: 94)

1970年

代 にな って「 幼児虐待

(child abuse)」

が急 に社会的な問題 と して注 目を集 め るよ う にな ったの は、必ず しもそのよ うなケースが事実 として急増 した ことを意味す るものではない。

む しろ「 幼児虐待」 とい う「 記述」が定着 し、それまでは「幼児虐待」とは見なされていなか た多 くの行為 が新 たな「解釈」を加 え られたと考 え るべ きである。 このよ うにハ ッキ ングは言 う。例えば、父親が9才の娘 の体 を シャワーで洗 う、あるいは両親 の寝室 に一緒 に寝 かせ、 も ちろん意図的で はないにせよ夫婦 の性交の様子 を見せ るとい った行為が新 たな「 記述」の下 で は「幼児虐待」 として「 解釈」 され うる。また、自分 自身の子供時代 にはまだ「 幼 児虐 待」 と い う「 記述」が存在 しなか った大人が、子供時代の様 々な「 記憶」をそのよ うな新 たな「記述」

の下で「再解釈」 し、「幼児虐待の犠牲者 としての私」 とい う新 たな 自己理 解 に到達 す ると う場合 もあ りうる (Hacking 1995:Chap.17)。 後者 の過去 に受 けた行為 の「 再 解釈 」 につ い て は、「誘惑」論 の立場を とっていた ころの フロイ トもエマとい う女性 の例 を あげてい る。彼 女 は、8才の時 にお使 いに行 った食料品店の店長 に性器 にさわ られ るとい う「 誘惑」を受 けた。

しか し、その行為を彼女が「誘惑」 と「 解釈」 し、それが トラウマとな って買物 に行 って も店 に一人で は入れない とい うヒステ リー症状を示す よ うにな ったのは、思春期 を迎 えた

13才

彼女 がある洋服屋 に入 った時 に男 の店員 たちの笑 い声が聴 こえ、その笑 いが店長 の「 誘 惑」 時 の笑 いを連想 させた時か らであった。つ ま り、思春期を迎え、性の意味を知 った時初 めて、 マは過去 の「 記憶」を「 再解釈」 し「 誘惑 の被害者 と しての私」 とな ったので あ る (Haute

1995)。

この過去 の行為 の新 たな「記述」の下での「再解釈」 は、個人 によってなされ るだ けで はな い ことをハ ッキ ングは指摘 している。例えば、英国議会 は第一次世界大戦 中に敵前逃亡 な どの 罪 で軍法会議 にか け られて処刑 された兵士 たちに、彼 らは

PTSDの

被害者 であ り、処刑 で は な く治療 され るべ きであ った とい う理 由で恩赦 を与 えた。 この裁判 の実態が明 らかにされ たの

1990年

であ るが、 もしこの時点で、先 に も触 れたように平和運動 の高 ま りを背景 と して

PT SDと

い う「 記述」が定着 していなければ、 このような形 での過去 の行為 についての「再解釈」

とそれに基づ く名誉回復 は不可能だ ったはずである。 もっとも、 このよ うな「記述」の下では、

兵士 たちは病気 の患者 であって、自発的意志 に基づいて 自 らの行為 を選 んだ ことにはな らな い ので、兵士 自身 や兵士 の遺族 たちに とつて真 の名誉 回復 に はな らな い とハ ッキ ングは言 う (Hacking 1995:241)。 確かに、 ヴェ トナム戦争 で敵前逃亡 した アメ リカ兵 が反戦運 動 に参加 す るなかで、自分 の行為の「 記憶」を「臆病 で卑怯 な」行為 と してではな く「 英雄 的 な」行為 と して「 書 き直す」 というような場合でなければ、兵士 たちは自分 の人生 を「 生 き直 し」、新 しい人格 に生 まれ変 わ った とは言 えないであろ う。

「記憶」につ いて「語 る」 ことは、過去 ので きごとや行為の忠実 な再現 で はな く、 それを新

(11)

魂と記憶をめぐる政治

たな「 記述」の下で「 解釈」す ることだ という以上 のよ うな立場 か らす れば、「 記憶」 を「 因 果論的」にさかのぼ っていけば、その「 原因」である「 真実の」できごとや行為 に到達 す ると い う「 実証主義」 も、逆 に「記憶」は外部か らの暗示を受 けやすいか ら信頼 に値 しない とす る 反「 記憶」派 も、現代 において「 記憶」が果 た している役割を完全 に見誤 ってい るとい うこと になる。両者 はいずれ も「 記憶」を実体化 し、 それが「 真理」 であ るか「 虚偽」 であ るかを

「 決定」で きると思 い込 んでいる点 で、まった く同罪 なのである。ハ ッキ ングは、「 記憶 」 とい う観点 に立 てば、過去 は常 に「 非決定」であると主張す る。その ことを彼 は、過去 ので きごと や行為 を忠実 に再現す る隠 しカメ ラが存在 したとして も、どのよ うな「記憶」が「 正 しい」 の かを「 決定」す ることはできないとい う一種の思考実験を使 って証明 しよ うとす る (Hacking

1995: 247)。

もちろん、 このよ うなカメラが存在すれば、例えば ジョー ジが スーザ ンを本当に殺 したのか ど うか、あ るいは

SRAに

つ いての証言が事実かどうかを「決定」す ることはで きる。 その意 味で は過去 が完全 に「 非決定」であると考え るのは誤 りである。 しか し、カメラが記録 す る こ

とがで きるのは、出来事や肉体 の運動 のみであ って、「 記述 の下 での行為 (actions¨ under―a‐

description)」

で はないとハ ッキ ングは言 う。幼 い少女が父親 に シャヮーで身体を洗 って もらっ て いる映像 も、性交す る夫婦 と同 じ寝室で眠 る少女 の映像 も、そのよ うな状況 につ いて はどの よ うな「 記憶」が「 正 しい」のかを「 決定」 しては くれない。少女が思春期 を迎 えて い るか ど うか、あ るいは彼女 が大人 になって フェ ミニズム理論を学 び、「 幼児虐 待」 とい う「 記 述 」 を 受 け入 れて いるか ど うか によ って、彼女 の「 記憶」は異 なった ものにな らざるをえない。学校 の廊下 でプ ロレスの技をかけあっている男 の子 たちの行為が「 い じめ」として「記憶」 され る ことにな るのか単 なる「 遊 び」 として「記憶」されることになるのか、オフィスで互 いの体 に 触 れ合 いなが ら談笑す る男女社員 がその行為を「 セクハ ラ」 として「 記憶」す ることにな るの か単 な る「 コ ミュニケーション」 として「記憶」す ることにな るのかを隠 しカメ ラの映像 が

「 決定」す ることはで きない。あるで きごとや肉体の運動 が「 い じめ」 や「 セ クハ ラ」 と して

「 記憶」 され るか どうか は、過去 をそのよ うな「 記述」の下 で「 解釈」す るか ど うか にかか っ て いるのであ って、単 なる事実の問題ではないか らである。

「 記憶」につ いて人々がいかに「 語 る」か とい う問題 が反教権主義 、平和運動 、 フェ ミニズ ムといった「政治」運動 と密接 に関係 しているとい うハーマ ンの主張 は、あ らゆる「 記述」が 常 に「 政治」的であ るとい う点で はまった く正 しい。「 幼児虐 待」、「 い じめ」、「 セ クハ ラ」 な どの「 記述」の登場 は、家族や社会全体 における力関係

=「

政治」が女性 や子供 の権 利 を尊重 す る方向に変 わ った ことの反映であ り、戦線か らの離脱 や上官 の命令への不服従が「英雄 的」

行為 と して「 記述」 され うるよ うにな ったのは、平和運動 を通 じて軍隊 と軍事行動の正 当性 が 疑 間視 され る方 向に「 政治」的力関係が変わ ったことの反映である。 しか し、ハーマ ンは、 こ のよ うな「 政治」的力関係の変更 によって、 これまで抑圧 されていた「記憶」が解放 され、そ の背後 に隠 されていたで きごとの「真実」が明 らか にな った と考 えて いる点 で限界 があ る。

「 政治」を通 じて生 み出 された ものは、過去 ので きごとについて の新 たな「 記述」 であ って、

新 しい事実 の発見 で はない。 もし「 記憶」をめ ぐる真の争点 が、「 記憶」 を手 がか りと して発 見 され る事実 の真偽 であ るな らば、「 記憶」への狂信 か、「 記憶」の背後 にあ る事実 につ いて の

「 実証主義」か とい う二者択一 は必至 であ る。「 記憶」について我 々が熱心 に「 語 る」 の は、決 してそんな ことのためで はない。「 記憶」につ いて我 々がいか に「 語 る」 か は、現在 の我 々 自

(12)

身 がどのよ うな人生 を送 ろうとしているか にかか って い るので あ る。我 々が「 魂 」 で はな く

「 記憶」 につ いて「 語 り」、「 幼児虐待」や「 セクハ ラ」の「記憶」を重視 し、敵前逃亡 した兵士 を勇者 と して「記憶」 しよ うとす るの は、まさに我 々自身が、宗教 の助 けを借 りる ことな く豊 かな世俗的生活 を送 り、家庭や社会で女性、子供を は じめとす る社会的弱者 の権利 を守 り、安 易 な軍事力 の行使 に反対す るとい う「 生 き方」を選 び取 っているか らなのである。

6.「解釈」 と「 事実」

すでに紹介 したよ うに、

FMSFに

代表 され る「記憶」懐疑派が、抑圧 された「 記憶 」 の回 復 を重視す る「

MPD運

動」 と

RMTを

批判す る際 に最 も強調 す るの は、「 記憶 」 が外部 か ら の暗示 や事後的 に獲得 した情報 の影響 を受 けやす く、事実 につ いての証言 と して は信頼 に値 し ないとい うことであ る。そ してそのよ うな証言 に基づいて、家庭内での性的虐待や暴力 的 なS

RAが

告発 され るよ うな ことになれば、家族関係 は脅威 にさ らされ、無実 の罪 に問われ る人 も 出て くる。 もし「 幼児虐待」が存在す るな らば、その告発 は客観的な証拠 に基づいて行 われ る べ きであ り、「記憶」を過大評価す るの は危険である。 これが彼 らの見解 で あ る。 この よ うな 批判 は、「 記憶」が指 し示す事実を無批判 に受 け入れ る「記憶 」へ の狂信 に対 す る批判 と して は、確か に妥 当な ものである。 しか し、我 々が「記憶」について「 語 る」の は、過去 ので き ご とや事実を「 解釈」す ることによつて現在の自分 自身の「 生 き方」を確認す るためで あ って、

「 記憶」を通 じて新 たなで きごとや事実を発見す るためではない とい うハ ッキ ング的 な立場 か ら見れば、 この種 の批判 には、「 記憶」の重要 な構成要素で あ る「 解釈 」 とい う視点 が ま った く欠 けてい る。

また、クルーズは、先 に も触れた『 ニュー ヨーク レヴューオ ブブックス』誌上 で の フロイ ト および

RMTに

対す る猛烈 な批判 のなかで、フロイ トによる「 誘惑」論撤回 につ いて フ ェ ミ ズム的な立場 とは正反対 の観点か ら批判 を加えているが、 ここで も「解釈」の問題を軽 視 し、

事実 の問題 を前面 に出す戦略が とられている。彼 によれば、 フロイ トは「 誘惑」が家庭 内 で広 範 に行 われているとい うおぞま しい事実が露見す るのを恐れたのではない。逆 に「誘惑 」 が事 実 と して は根拠 のない ものであ り、そのよ うな「 誘惑」を前提 とした治療で はなんの成果 もあ げることがで きなか った とい うことが、症状 に改善 の見 られない失望 した患者 たちの口を通 じ て暴露 され ると、すでに「誘惑」論 を多 くの症例 によって実証 された真理 であるかの よ うに発 表 していた自分 の信用が傷つ くことを恐れたのである。そ こで彼 は、患者 たちが「 語 る」「 記 憶」 は、彼女/彼らが現実 に経験 した ことではな く、異性 の親への性的欲望 が作 り出す フ ァ ン

タジーであ るとい う事実 の上で は実証 も反駁 もしよ うのない新 たな理論 をで っちあげたのだ。

このよ うにクルーズは言 う (CreWs&Critics 1995:60)。 つ ま り、 フロイ トは「誘惑」が事実 か どうかにつ いての「 実証的」な研究を放棄 し、患者 たちが過去を どう見て いるか とい う「 解 釈」の領域 に逃 げ込 んだ とい うことになるのである。

過去 ので きごとや行為 につ いて は、それ らが「 事実」か どうかのみを問 うべ きであ り、 ど う

「 解釈」 され るか とい う問いを持 ち込 むべ きで はないとい う以上 の よ うな立場 は、一 見 、堅 実 で罪 のない「 実証主義」にす ぎないよ うに見え る。 しか し、ハ ッキ ングが指摘 しているように、

仮 に過去 を透視す る隠 しカメラが存在す るとして も「記述 の下 の行為」を記録す ることは不可 能 なのであ り、「解釈」 と完全 に切 り離 された「事実」の領域 のみで、「誘惑」 や「 い じめ」 や

(13)

魂と記憶をめぐる政治

「 セクハ ラ」が現実 に存在 したか どうかを「 決定」す ることはで きない。それに もかかわ らず、

クルーズ らが「 解釈」に汚染 されない「 事実」に固執す るのは、過去 のできごとや行為 の「 解 釈」の多様性 とい う主張 それ自体が、彼 らにとって は居心地 の悪 いものだか らに他 な らな い。

例 えば、異性 の子供 を愛撫す る行為が「誘惑」 として、同僚の女性に 階 、まだ結婚 しないの?」

と声 をかけた り、カ ラオケで肩を組んでデュエ ッ ト曲を歌 うことを強制 した りす る男の行為 が

「 セ クハ ラ」 と して「 解釈」 され るのを、おそ らく彼 らは不 当 な ことだ と感 じるで あ ろ う。 な ぜ な らそれ らの行為 は「 常識」的な「 記述」の下では、親 しい問柄のなかでは当然許容 され る べ き親愛の情 の表現 として「解釈」され うるし、行為主体 の側 の「意 図 (intention)」 に悪意 はないと彼 らは考え るか らである。仮 にこのような行為の対象 となった子供 や女性が、セ ラピ ス トに対 して 自らの「誘惑」や「 セクハ ラ」の「記憶」を「語 る」 とすれば、それは偏 ったフェ ミニズム「 理論」に染 まったセラピス トが過去 の「 事実」をそのように「解釈」せよと「暗示」

したか らだ とクルーズな ら言 うであろ う。つ まり、「 記憶」懐疑派 が「 事実」 と呼 ん で い る も の は、実 は「 常識」的な「記述」の下での行為者 の「意図」通 りに「解釈」 された行為 の こと なのである。 もちろん、実際 に人を殺 して もいない父親 の行為を「殺人」 として「 解釈」す る ことは不 当であろうし、カル ト殺人を妄想 に駆 られた教祖 による罪 もない人々の「虐殺」以外 の もの と して「 解釈」す ることは困難 であろ う。 このよ うな極端 な場合 には、「 常識」的な

「 記述」を「 事実」 と見 なす ことに大 きな問題 はない。 しか し、「 記憶」につ いて いか に「 語 る」

べ きか とい うことが問題 となるのは、まさにそのような「常識」的な「記述」自体 の正 当性が 問 いなお され、「 記述」の「 書 き直 し」が求 め られ る境界領域 なので あ る。 ち ょうど「 侵 略」

と「 進出」 とい うことばをめ ぐって行われたあの論争の場合 のよ うに。

7.「魂」の逆襲

「 記憶」を「 語 る」際 に「事実」を重視すべ きか「 解釈」を重視すべ きか とい う以上 のよ う な論争 と時期的 に も内容的に も完全 に並行関係 にあ るのが文学研究 の方法論 をめ ぐる「 作品

(work)」

派 と「 テクス ト」派 ない し「経験」派 と「理論」派の論争である。例えば、クルーズ は もともとアメ リカ文学 の研究者であ り、彼の フロイ トと

RMTに

対 す る批判 は、「 記憶 」 と

い う場 をか りた、「 作品」派

=「

経験」派 の立場 か らの「 テクス ト」派=「理論 」派 へ の批判 であると言 って よい。彼 も参加 した、いわば「作品」派

=「

経験」派 の決起集 会 とで もい うべ

1992年

の アラバ マ大学 での シンポジウムの報告の内のい くつかか ら主 な論点を紹介 してみ よ う。

まず クルーズ自身 (Crews 1995)であ るが、彼 は文学 につ いての「 語 り方」 には、「 学 問的

(disciplinary)」 な もの と「 自己正当化的 (self¨ratifying)」 な ものがあると主張す る。前者 が

「 経験的な もの」を重視 し、どこまでがわか って いて どこか らがわか って いな いのか を、学 会 のなかでの相互批判 を踏 まえなが ら一歩一歩明 らかに してい くというや り方をとるのに対 して、

後者 は「 資本主義」 とか「 ロゴセ ン トリズム」 とか「 家父長制」 とかいった流行 の「 理論」的 用語 を文学研究 の外部か ら気 ま ぐれに持 ち込 み、客観的な証拠 に基づいて「 真理」を追求す る かわ りに自分 たちの政治的道徳的立場を文学作品に押 しつけよ うとす る点 に特徴があると彼 は 言 う。そ して、デ リダや フー コー、バ ル トらに依拠す るポス ト構造主義的な文学「 理論」 こそ が、文学作品を「 解釈」者 の自己主張を確認す るための手段 と して利用す るそのよ うな「 語 り

参照

関連したドキュメント

「欲求とはけっしてある特定のモノへの欲求で はなくて、差異への欲求(社会的な意味への 欲望)であることを認めるなら、完全な満足な どというものは存在しない

巣造りから雛が生まれるころの大事な時 期は、深い雪に被われて人が入っていけ

賠償請求が認められている︒ 強姦罪の改正をめぐる状況について顕著な変化はない︒

2) ‘disorder’が「ordinary ではない / 不調 」を意味するのに対して、‘disability’には「able ではない」すなわち

 今日のセミナーは、人生の最終ステージまで芸術の力 でイキイキと生き抜くことができる社会をどのようにつ

きも活発になってきております。そういう意味では、このカーボン・プライシングとい

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から

・毎回、色々なことを考えて改善していくこめっこスタッフのみなさん本当にありがとうございます。続けていくことに意味