香川県内におけるまちづくり実践の動向と課題
野 崎 敬 一
I
青年会議所の概要
11
各青年会議所のまちづくり運動事例
I 青年会議所の概要
1 組織
JC
(青年会議所)は世界中に存在し、共産圏以外の
89カ国で青年会議所運動が行われている。
04歳で 卒業の制度があり、現役の会貝は、
125,8の青年会議所に約
62 万5千人のメンバーが所属している。日本 国内には
057の青年会議所があり、約
5万
5千人の現役メンバーが活動している。香川県には社団法人東 かがわ青年会議所、社団法人小豆島青年会議所、社団法人高松青年会議所、社団法人坂出青年会議所、社 団法人さぬき青年会議所、社団法人みとよ青年会議所の六つの青年会議所がある。
青年会議所の場合、
04歳で卒業を迎え、その年齢に達すると自動的に
OBになるので、現役メンバーは
40
歳以下ということになっている。もう一つの特徴は
1月から
21月で配属が替わることであり、これは任 期が毎年、
1年で替わるということである。
2
青年会議所運動
青年会議所連動は大きく分けて
LDと
CDに分かれる。
LDはリーダーシップ・デベロップメント、
「ひとづくり」という言い方でリーダーシップの育成であり、
CDはコミュニティー・デベロップメント で 、 「まちづくり」と訳されている、社会開発運動である。大きく考えると
LD、 「ひとづくり」で全て が括られる。 「まちづくり」のできる「ひとづくり」、という考え方でゆくと全部が
LDになり、大きく 分けて
LDと
CDの活動を行っている。
3 香川ブロック協謙会
私は高松社団法人高松青年会議所に所属しており、今年香川プロック協議会に出向している。
現在、現役メンバーは東かがわ青年会議所が
84名、小豆島青年会議所が
85名、高松青年会議所が
402名 、 坂出青年会議所が
45名、みとよ青年会議所が
801名であり、さぬき青年会議所は昨年、善通寺青年会議所
と丸亀青年会議所が統合し
811名になっている。ここでは昔から中讃都市ということで合併に取り組んで いるが、それに先がけて青年会議所をまず統合ということで二つが一緒になり、さぬき青年会議所になっ た 。
みとよ青年会議所は
3年前までは社団法人観音寺青年会議所だったが、三豊地域の合併を推進してゆき
たいということになり、観音寺の名称では偏っているとのことで名称変更をしている。
4
香川ブロック協謡会各青年会謹所のまちづくり
東かがわ青年会議所からは、昨年1
1月から行われている
8町合併についての住民発議について。それか らイベント型の第
01回手づくりカヌーレースについて。次いで小豆島青年会議所からは毎年開催している
「どてかぽちゃ日本一」の全国大会の経緯と今年の内容について。さぬき青年会議所からは、丸亀青年会 議所時代に「ツールド中讃」という自転車を使って住民を巻き込んだ形の「まちづくり」の取り組みにつ いて。みとよ青年会議所については「みとよプロジェクト」ということで毎年、住民に啓蒙することを主 旨に順番に会場になる町を替えて「まちづくり」運動を行っている。最後に高松青年会議所の取り組みを 三つご紹介します。一つ目は
43年間続けている
02歳の献血運動ですが、まだ「
02歳の献血」という言葉の ない時代からの運動ですがこの運動の生い立ちと経緯、効果について。二つ目は昨年から始めた「サン ポートについてのまちづくり」について。昨年、赤灯台の除幕式がありましたが、世界初のガラスの灯台 ということで今年は名称募集をしました。約
5千通の応募から瀬戸内海と道しるべをかけた「せとしる べ」に決まった。聞くところによると高松市栗林町池田酒造(梱さんの方で日本酒で「せとしるべ」が出来 ており、高松駅弁でも同じく「せとしるべ」の駅弁が出きるそうである。三つ目は昨年から始めた「高松 まちづくり協議会」についてお話させていただきます。
I
I 各青年会議所のまちづくり運動事例
1
I裕東かがわ青年会謙所 (1) 8 町合併住民発議
まず最初は東かがわ青年会議所の昨年1
1月からの合併への取り組みについて。スタートは
41年前からで あるが、住民発議として行ったのは昨年の
11月である。東かがわ青年会議所は
51年前に設立されているが、
設立理由は香川県の東部には市がなく、町が八つある。非常に分散しており、市でなければ成長性がない ということで市をつくろうと若者が集まり、青年会議所を設立。その後、ライオンズクラプ、ロータリー クラブ、商工会等とも合併について話を続けてきた。そして昨年 1 1 月にそろそろ住民発議をということに なった。
今、全国では
621の市町村に合併推進の動きがあり、今年
4月の段階では住民発議を行ったのが
17件 、 その結果合併協議会を設置したのが
01件と報告されている。四国内での住民発議は東かがわが初めてであ る。そういう状況の中での取り組みであり、全国的にも地方分権社会ということで国にお金がなくなり、
地方は自立してください等、合併に関する様々な法律も決まりかけており、住民発議をするにも有権者の
50
分の
1まで署名を集めれば、合併協議会の設置も可能ということになった。また、少子化、瀬戸大橋開 通、超高齢化社会等を考えると東かがわでの住民発議をという動きになったものである。
大川郡の総人口約
01万人。自治体数は引田町、白鳥町、大内町、大川町、津田町、寒川町、志度町、長 尾町の八つの町に跨がっている。ところが行政区分の
8町のままでは中途半端で核になるところがない。
そんな理由から合併を進め、いずれは一つにということを考えている。
合併を実現するためには、①国、県の行政指導による合併。②地方自治体の自主的な合併。その中には たとえば二つの町の町長の提案による合併も可能であるし、お互いの町の町会議員の提案による合併もあ る。東かがわが選んだのは住民提案による合併、住民発議の形での合併を選択した。
住民発議は法律で決まっており、通常は5
0分の
1、つまり
2 %以上の署名であれば合併協議会設置を議
会に請求することができる。住民のパワーによってできるというものである。例えば、大川町の場合、有
権者数が昨年
21月
2日現在5
39,9人で5
0分の
1 (2%)は
911名以上あれば
O Kだということである。東か がわの場合、全体で最低1
86,5名、ただし各町で
2%を切ることはできないということであったが、町会 議員や町長に「その数字では時期早尚」と言われないように
01倍の20% を目標にした。提出数は
5005,1名 の署名を集め、有効署名数1
175,3名。大川町は有効署名数が31.2% で
3人に
1人は署名していただいた。
大内町は25.4% 、引田町22.6% で、最も少ないのが長尾町の6.3% だが、長尾町も
2%の2
41名に対して6
27名で、約
3倍の署名をいただいた。合計平均は
17.4%の有効署名数となり、約
006名のボランティアで
1カ月の期間中に署名運動を行っている。そして昨年1
2月2
1日に合併協議会成立の請求を各町に行っている。
合併協議会設置請求の内容は一千字以内にまとめられている。内容は「重要なのは、今に生きる住民の 使命として次代を担う子どもたちのためにも大川郡内の合併問題に対して真っ正面から取り組み、各町行 政が同じ取り組みについて、より正確で十分な情報を得た上で将来に責任ある結論を導き出す必要がある と考えています。そこで合併の方向性を明らかにしていただきた<協議会の設置をご請求申し上げま す。」というもので、この内容が非常に重要になる。これを議会に提出するときには、 “これは合併をす るというのではなくて、そういうものを検討していただくために合併協議会を設置してくださいという請 求のものです”ということで、ここが問題であり、この部分を間違って受け取られると、すぐに合併をす る必要はないということで否決をされかねない。そんな理由で、方向性を明らかにしていただきたくて協 議会の設置をご請求申し上げますということになっている。
昨年、請求提出後の各町の議会については、大川町では
5月
01日に議会が行われ可決。その後津田町、
大内町、引田町、寒川町、白鳥町の各町は可決。長尾町と志度町は否決となっている。各町の合併協議会 をつくつてくださいとの内容なので、 8 町全ての可決がなければ請求は白紙に戻るもので、長尾町、志度 町が否決をしたことで 8 町の合併協議会はできなかったが、長尾町の議会に出席した東かがわのメンバー によると、長尾町の否決の理由は「
8町の合併は非現実的であり、従って合併協議会は必要なしというも のであった」というものであるが、 ‘‘すぐに合併を"ではなく、前向きに検討するために合併協議会を 設置してからという内容が多少ずれて受け止められた結果、このような形になったと思っている。
そんな理由で
8町の合併協議会は否決で終わったが、大川郡内の合併は、合併賛成が過半数を超える、
県内でもトップの62% の人たちが合併に賛成だったように住民には理解してもらえたと思っている。その 他の小豆島等の地域があるが、
62%という数字は県内では最も高い数値である。そして行政レベルでの具 体的な合併の枠組みの模索開始ということで、新しい枠組みの合併の検討を開始し、長尾町は志度町と組 み、また東の方は引田町、大内町等の 3 町が組み、合併協議会に設置に向けて実際に動いている。
9 月 6 日の新聞によると引田、白鳥、大内、の 3 町が一緒にやることになり、一方で長尾、大川、津田、
志度、寒川の
5町が一つになり合併協議会設置をということになったが、東部の
3町に関しては研究会を 発足し、平成
21年の
4月に合併協議会を格上げし、平成1
5年を目標に合併協議会運営の方向になっている。
住民発議の活動と
20%の目標に対してボランティアのみなさんにお願いし、署名運動を行ったが、 「 大 川合併協議会・美しいまちづくりの会」というのがあり、青年会議所も加わってはいるが、単独の団体で、
この会が中心になり東部の 8 町を一つにして新しいまちをつくろうということで、住民の方にも参加して もらい、手づくりの会を数年前から立ち上げ活動している。
合併協議会は地方自治法の第2
25条
2の第
1項で、ここで協議される事項は合併の適否と時期、形態、
新市長の名称、市町村建設計画の作成、議員任期提出の確認事項等である。協議会構成メンバーは関係市 町村の議会議貝並びに町長及び職員、学識経験者を有するもので構成されるとなっている。
合併協議会は合併の八合目を期する拠点だが、協議会立ち上げまでは住民の力でできるが、でき上がっ
た後、合併まで持ってゆくのは行政の合併協議会に参加している人たちのパワーというのが一つの流れで ある。
平成
6年
11月に合併特例法に関するフォーラム「東かがわフォーラム」を青年会議所が中心になり開催。
平成
7年
4月に
8町の商工会、ライオンズクラブ、ロータリークラプ、地元有力企業、青年会議所のメン バーが集まり「美しいまちづくりの会」を設立。そこから合併協議会までの様々な運動を行っている。今 までにライオンズクラプ、ロータリークラプ、商工会のメンバーで合併等を話し合ってきたが、それを平 成 7 年 4 月に一本化することができ、力を合わせて合併協議会設置の運動に取り組んできた。
合併協議会設置のために
8町に請求を起こしたが、実際のところは
2町に請求を起こさなくても、最小 限一つの町長のみに請求を起こしても可能である。たとえば
A町の
2%以上の住民が町長に
Aと
Bの合併 を請求すると、合併協議会の設置が必要なので B の町長に意見を言います。 B の町長は
09日以内にそれに ついて回答をしなければならない。その結果、設置をということになると 0 6 日以内にお互いに議会を開き、
合併協議会の設置に向けて動き出す。ただこの場合は片手落ちになるので、東かがわの場合は
8町の町長 に、たとえば
B町に住んでいる請求者の
2%以上、
20%を目標にし、その請求書を
B町長に、また
C町に 住む
Cの請求者は
C町内に住む人たち
20%以上の請求書を
Cの町長に、ということで一度に
8町の町長に 請求書を提出し、 8 町の町長に合併協議会を設置したいということである。実のところはたとえば、一つ 欠けたとしても、他の町が承諾すればそれで済む。が、それでは力が弱くなるということで一度に 8 町の 町長に対してそこに住む人たちが動き、請求書をつくり、各町長に請求書を出すという形式を取っている。
過去の例として淡路島の失敗例を紹介すると、平成
8年
8月に請求手続きを行っているが、一つの市に したいと青年会議所が動いたが、このときに洲本市は有効署名率が
8.1%、北淡町は
3.5%、南淡町が
. 3 4%、西淡町が
5.0%で平均が
5.8%で、全てが
2%を超えていたが、非常にバラつきがあったということで、
否決、可決、継続審議に分かれ、
2%以上の署名があれば
KOという法律にはなっているが、あまりにも低 いと議会を動かすことができないことをこの事例から東かがわは読み取り、
20%を超える署名率を目指し たわけである。
もう一つの例は清水市と静岡市の合併協議会設置の経緯である。ここも商工会議所等が頑張り、平成
9年
2月に清水青年会議所が合併協議会設置を求める署名活動を行うことを決定。同年
8月に
1カ月間の署 名収集活動を開始。清水市の人口は
42万人、有権者数
91万
2千
5百名、有効署名数
4万
914人で有効署名 率は
21%を獲得。そして平成
9年
01月に清水青年会議所が静岡市との合併協議会の設置を請求。その結果、
平成
01年
1月に清水と静岡両市議会で合併協議会設置案可決ということで、合併協議会を設置することを 可決している。それを受けて平成
01年
4月に合併協議会が発足している。約
1干人の署名ボランティアを 動員し、
91万
2千
5百人の清水市有権者数の内の約
4万人の署名を集めたということである。逆算すると ー名の署名ボランティアが
1カ月間で約
04人の署名を集めたことになる。これを考えると住民発議を成功 させるための最低ラインの署名率は
7-8倍以上でなければならないということと、
1カ月以内に集めな ければならないことが決まっており、
1カ月という短い期間で集める署名率はせいぜい有権者の
20%前後 ということが判る。
続いて住民発議の三つの壁についてである。各町において有権者数の
20%以上の署名を確保することを
一つの目標にしたが、第一の壁は住民発議有効署名の獲得で、ボランテイアをどれだけ集められるか。そ
して
8町に平均的に同率のボランティアが可能かどうか。第二の壁は
8町の町長が議会に付議するかどう
か。かつて丸亀青年会議所と善通寺青年会議所が署名運動を実施し、提出した際、預かりということで付
議されなかった経過がある。第三の壁は付議された場合、
8町の全ての議会での可決が必要で、
8町の合
併協議会は出来ないというもの。ここまできて、話し合いのなかで審議を行い、最後の壁として 8 町全て の議会で合併が可決されるということである。
東かがわ青年会議所では、各町の目標署名数の設定と運営組織、ボランティアにお願いするためにも組 織が必要であり、それをどうするか。そして署名薄提出までのタイムスケジュール、流れをどうするか。
署名薄提出後の識会解散までの流れをどう示し合わせるかの四つのことを考えている。
法律で決まっている有効署名数の
2%をどう集めるか。ひとりが集められる署名数は150-200 名として、
2%
を越す署名数をボランティア数で割った場合、町の住民が同行しなければならないということで、約
20-30
名でひとり当たり約1
00名の署名を集めれば3
0人で1
00名の署名であれば
3千名になるわけで、その
ぐらいの数を目標に設定した。
署名活動の課題は
1カ月に制限されている署名期間と、署名実施の場合、署名人と同町の署名ボラン ティアが働きかけなければならない二つの制限がある。成功の第一条件としては町毎にできるだけ多くの 署名ボランティアを集め、各町それぞれに 0 0 1 人は集めなければならないということが一つの課題である。
組織づくりの核になる東かがわ青年会議所では広報活動として車にスビーカーを付けて走ったり、浜村 純氏を招いてのイベント開催等の運営組織を設け、各町に
2名づつの担当者を配属。そこに署名ボラン ティアを券集し、各1
00名づつほど集めて、 「美しいまちづくりの会」が母体になり、署名活動の組織を 作り上げている。
署名簿提出までの流れは、昨年の
4月に「美しいまちづくりの会」の総会で決議をしている。これは住 民発議をして集めるということである。そして
5月には青年会議所内部で意志統一を確認。
6月に各団体 の協力要請ということでロータリークラブ、ライオンズクラブ、商工会のみなさん等と一緒につくってい る「美しいまちづくりの会」にお願いしている。そして
8月に署名アンケートの調査の目的で新聞と自治 会広報の折り込みを実施し、署名ボランティア募集を開始。自治会の広報、たとえば高松市にも広報誌が 発刊されているが、その紙面に署名アンケートを折り込み、結構な返却率を得ているが、実は町のなかに は、折り込みを許可しなかったところがあった。最終的に否決した町であるが、町の職貝のみなさんも、
合併運動が実現するとリストラされかねないという意識が強いことが判明している。
9 月に署名ボランティア募集のチラシを配付し、ボランティアを募集。 1 0 月 3 日に署名活動の説明会と 決起大会を開催し、請求代表者の請求証明書公布を
01月1
6に行い、署名活動開始が1
0月1
8日。ここから
1カ月ということで1
1月1
6日まで署名活動を実施した。その間、
01月1
8日に新聞に一面広告を掲載し、青年 会の巡回、各家庭への訪問署名、それからイベント開催での署名集め、駅前やフリーマーケット会場に署 名場所を設置しての署名集め等の結果、
11月1
6日選挙管理委員会に
1万5千余の名簿を提出した。
まとめとして、
12世紀への展望ということで、みなさんご存じのように第一次変革期が明治維新にあり、
第二次変革期が第二次世界大戦、第三次が2
1世紀に変わろうとしている今である。景気もまだ閉塞感が漂 う状況であり、少子化と超高齢化社会の到来、その上に環境問題等も絡み、中央から地方分権の時代にな る。青年会議所では地域主権という言い方をしているが、それは地方分権は中央から与えられたという形 であるが、そうではなくて地域が自主的に自立できる「まちづくり」を行いたいと考えているからである。
合併賛成は全体で53% 。県全体で合併の気運が高まる一つの起爆剤になったのではないかと受け止めてい る 。
香川経済同友会も今年 6 月に合併が必要であると発表している。もちろん昔からグレーター高松構想、
高松を含む
1市1
0町構想を発表している。今年の
6月
4日には小豆島地区の
3町で住民発議実施を決議。
また徳島の吉野川に吉野川市をつくろうということで、吉野川の合併シンポジウムが今年
6月に開催され
ている。また、みとよ青年会議所は三豊地域で
6月
11日に合併フォーラムを開他している。このような形 で四国の中で初めて住民発議を行った波及効果が出てきたと考えている。
今までの資料の「未来の子どもたちに」は平成
01年のメンバーが中心になりつくったものであるが、四 国初の住民発議として広域的な地域の開発と活性化への住民の取り組みを合併協議会の設置という形で取 り上げ、民意の橋渡し役をした運動であったと考えている。その後の平成
11年
9月
6日に大川地区広域行 政振興整備事業組合が引田、白鳥、大内の東部
3町と、大川、寒川、長尾、志度町の西部
4町の東西
2グ ループに分かれて合併の枠組み等を具体的に研究することを決定している。
9月
41日に津田町の議会が西 部
4町の合併研究会に参加する意向を表明したので、東が三つ、西が五つになった。
9月
22日に東部の
3町が合併研究会を設置し、平成
01年
4月に合併協議会を設け、平成
51年までに合併を実現させる方針を確 認している。
01月
21日、西部
5町は「香川東合併研究会」を設置し、平成
21年に合併協議会を設置し、早 期合併の実現の方針を決定。また近隣の木田郡
3町にも研究会参加を働きかけることを確認したというの が今日までの経緯である。以上が東かがわ青年会議所の合併協議会設置についての話である。
(2)
手づくりカヌーレース
「まちづくり」については、社団法人東かがわ青年会議所が
01年ほど前に始めた手づくりカヌーレース を、今年は 7 月
11日に開催しており、今回で
01回目を迎えた。このレース開催のきっかけの第一は家にあ るもののリサイクルを考えたこと。第二は地元に関係のある、つまり東かがわの場合は津田の松原と美し い瀬戸内海を使ってイベントをしたい。第三は 8 町の町長が集まれる機会をつくりたいというもので、
01年前から開催が始まっている。カヌーは段ポールとガムテープで作り、タイムレースとパフォーマンスの
2
部門で開催している。共催ということで
8町が一つのテープルで顔合わせをという目的で
01年前の当時 の理事長が段ボール屋さんだったこともあり、それを使ってカヌーを作り、誰にでも気軽に参加してもら ぃ、津田の町の良さを理解してもらいたいという目的で始めている。総予算
006万円ということで協賛を 募り、毎年開他を続けている。カヌーのスピードレースは二人乗りや一人乗りの形で参加し、大会はス ピードレース、パフォーマンスレースのお祭り部門でなっている。カヌーは海岸と平行に約
003メートル 漕げるようになっており、大会の様子はケープルテレビを通じて町に流しているが、この催しは今回の
01回目で一応終了予定である。理由は
006万円の予算の捻出が困難で、当初から相当に無理をしてお金を集 めてきており、一度休もうということで、今回終わることになった。町づくりのイベントについての一つ の課題として、財政の難しさがあり、高松市の中央公圏では毎週のように何かしらのイベントが開催され ているが、そういうことも鑑みて青年会議所の役割として「青年会議所としてのまちづくり」を今後、変 えていこうという方向になりつつある。
2
)tt(小豆島青年会譲所 (1) どてかぽちゃ日本一
小豆島青年会議所では毎年、 「どてかぼちゃ日本一」の全国大会を開催している。この企画の発端は
41 -5年前に
3世代交流事業ということで、祖父母、父母、子どもたち(孫)の
3世代交流を目的に青年会 議所も一緒にゲートボール等の交流事業に取り組んでいたが、青年会議所のメンバーに老人ホームの館長 が‘‘実はお年寄りの方に生き甲斐を見つけてもらうためにジャイアントパンプキン、どてかぼちゃの栽培
を畑でしている。アメリカではこのカボチャの世界大会があり、結構有名な大会である"そんな話をされ
た。当時、日本でもどてかぼちゃへの関心が高まっており、丁度アメリカの協会で公認地を探していると
いう話を小豆島の青年会議所のメンバーが聞きつけ、日本の公認地として「どてかぼちゃ日本一」を開催 しょうと取り組んだのが始まりである。
第
31回どてかぽちゃ大会協賛の時の文章を読むと、 “さて青年会議所が「島は一つ」のスローガンのも と 、 3 世代交流、小豆島のまちおこし、小豆島の P R 等を目的として、小豆島全体で行えるイベントを考 えて始めた「日本一どてかぼちゃ大会」も今年の
9月で第
31回を迎えました。この小豆島が国際かぼちゃ 協会より日本大会の開催地として公認を得、北海道、山形、秋田、長崎、岡山の地方大会も開催されるよ うになりました。そして小豆島で日本一を目指しております”と書かれており、これが大会の主旨で、今 年は 9 月2 6 日の日曜日に小豆島のふるさと村で開催された。
「どてかぼちゃ日本一」のかぽちゃは、普通のかぼちゃの種ではあれほどには大きくならず、ジャイア ントパンプキンという種類の種でなければ無理なので、申し込み書と一緒にーロ 2 千円を振り込み種子を 送ってもらう。その種を蒔き、育てて大きくなったかぼちゃを大会に出している。平成
11年度の日本一ど てかぼちゃ大会の優勝者は、例年通りサンフランシスコで開催される第2 6 回世界大会に招待し、参加して いただくことになっている。 ‘‘日本一、世界ーを目指して挑戦される人や再挑戦される人は大会に参加し 楽しんで下さい、ひとりでも多くの人が作る楽しみ、育てる楽しみを体験されることを切望致します”と なっている。日本一になったかぽちゃをサンフランシスコの世界大会に持ってゆくには腐ってしまうため、
公認地ということで計量した証明書を発行し、優勝者はそれを持ってサンフランシスコの世界大会に招待 される。北海道大会や山形大会があり、北海道からのかぼちゃの輸送は
SJAと提携しており、輸送費は無 料になっている。
かぼちゃは黄色かオレンジ色のものに限られ、熟したかぼちゃと未完熟のかぼちゃの二つのグループに 分かれている。完熟するとどんどん痩せてゆくとかで二つの段階に別けているようだ。
今回の優勝者は岡山の方のもので
.093 gk6の重さがあり、北海道の地方大会は
.482 gk1、秋田県一位の地 方大会のかぼちゃは
.781 gk2等となっており、中には小学校や高校の農業クラプで栽培されたものもある。
サンフランシスコで優勝されたアメリカ人は逆に日本へ招待されることになっているようだ。私も話をさ せてもらったが、アメリカの参加者はみなさん農家の人たちで日本に来るのを楽しみにしているようであ る。日本の農業を見たいという希望でかぼちゃを育てているようである。輸送の間に水分が蒸発するので 点滴を打ちながら運ぶこともあるそうだ。像も心配なので輸送は慎重に行われている。
どてかぼちゃの栽培でお年寄りに生き甲斐をということで、どてかぼちゃの大会を開催したものの、総 予算が一回当たり
003万円と結構喬むために止めたいとは思いつつ、公認地なので何とか続けようという
ことで「日本一どてかぽちゃ大会」を継続している。優勝者は種の交換をし合い、かけ合わせてゆくそう で、情報交換の場にもなっており、小豆島としては毎年全国大会を続けてゆきたい希望のようだ。
3
中{)iみとよ青年会議所 (1) みとよプロジェクト
みとよ青年会議所は三年前に観音寺青年会議所から名前を‘‘みとよ"に変更しているが、三豊地区とい うことで、みとよ青年会議所になったようだ。観音寺市と 9 町からなる三豊郡を総称して私どもは三豊と 呼んでいるが、人口
31万人、現役
901人 、
OBは
151人で
2年前に名称を変更している。名称変更の理由は メンバーが観音寺市内の者と三豊郡内の者が半々となり、活動エリアも広域で、活動するひとのために名 称変更をしている。
その中に広域合併研究委員会を設置しており、委員会の概要は‘‘広域合併という問題を青年会議所内だ
けで語っていたのではどうしょうもありません。広く地域の人々と語り合う市場があるはずです。メン バーのみなさんが広域合併に対して充分な理解と知識を持たずして地域住民と語り合うことはできません。
1
年間かけ私も含め、広域合併の知識と理解し、その推進者となるかどうかを研究してゆこうと思います。
まず地域の人たちと広域合併を議論できる青年会議所であることが重要であると考えています"というも ので、推進を起こすことを考えている委員会である。観音寺市、詫間町、三野町、高瀬町、財田町、豊中 町、仁尾町、山本町、豊浜町、大野原町の
1市
9町のことを広域に「三豊は一つ」ということで進んでい る 。
もう一つは「まちづくり研究委員会」、まちづくりに取り組んでいるところで、ここで「みとよプロ ジェクト」というものの、イベント型のフォーラムをやっている。
2
1
世紀に向けてゴミ問題、環境に向けて今年は取り組もうをキーワードに提言をしてゆくことを目標に している。キーワードは「グリーンコンシューマーが未来を、そして地球を救う」で、これは環境を重視 した物を買おうという消費者運動で、そういうことが地球を救うということで環境を重視したものを目指 してゆこうというものである。
この二つの委員会が一緒になり、 「みとよプロジェクト
99'」を開催した。これは毎年取り組んでいる もので今年が
8年目になるが、今回の内容は地球環境フォーラムで、開催場所は観音寺市。
2委員会が合 同で「みとよプロジェクト
99'」を
8月4日に開催している。
過去の“みとよプロジェクト"は平成 5 年から観音寺市、財田町、三野町、大野原町、豊浜町、豊中町 と場所を移して開催している。いずれはこれらの町を一つに合併したいものの、観音寺市が合併をという ことになると観音寺市は合併をする側、後はされる側になる。する側とされる側では温度差が非常にあり、
難しいということを数年前に気づき、各町持ち回りでその町の会場を使用して啓蒙してゆく。但し内容に ついてはその都度コンセプトを変えてゆくということで順繰りにやってゆこうという“みとよプロシェク
ト"には戦略がある。このような形で観音寺の方は開催している。
4
(扮さぬき青年会議所 (1) ツールド中讃
続いて、中諧では昔の丸亀青年会議所、今は合併して、さぬき青年会議所に名称を変更されているが、
「ツールド中
i賛」を平成 7 年から開催している。現在も続いている「まちづくり」の事業で、香川県中部 の
2市
7町を一つにまとめることを目標にし、その現状を住民の人たちに知ってもらおういう主旨のもと に「ツールド中諧」事業をスタートしている。 「ツールド中隈」は自転車で走ることによって車で走った のでは気がつかない景色や自然等を再認識してもらうためにループにした「ツールド中限」を開催し、各 町のボランティアの方たちに協力を得ている。またチェックポイントではその地域の住民の人たちにお願 いして飲料水や食べ物を提供してもらっている。当時の
JCの理事長は大林さんという方でしたが、ぐる りと回るイベントによって各町の景色や人との繋がりを作り、一つになることができたのではないかと 思っている。大会には約
1千名の人たちが参加している。
丸亀青年会議所より始まった中諧交流暫定交渉は
4891年に「広域行政シンポジウム」、
58年に「広域行
政シンポジウム」の中で丸亀合併推進協議会を発足。
68年には
02万都市合併パンフレットの作成し、
02万
都市実現キャンペーンシールを作成し、タクシー等に添付してもらっている。また、 8 7 年には
02万都市推
進キャラバンカーの運行、
88年には善通寺青年会議所と合同で
02万都市協議会を、そして
98年には
02万都
市提言書を作成している。署名運動も実施しているが、議会の方が委員会すら設置してくれなかったとい
う難しい壁にぶつかり、
5991年にもう少し住民を巻き込んだ形でということで取り組んでいる。
5 卸高松青年会議所
(1) 成人の日の二十歳の献血
最後に高松青年会議所の話を三つほど述べさせていただく。高松では「成人の日の
02歳の献血」という 社会開発運動を行っている。献血運動がなぜ「まちづくり」なのかと、よく言われるが、最初のスタート は
53年前、日本青年会議所の会頭が高松に講演に来られた折り、吐血をされ、急に手術をすることになっ たが、当時は現在のようにすぐに輸血ができるのではなく、献血手帳を持参するとその分だけ輸血がして もらえるという仕組みで、みんなで献血をし、献血手帳を持参して会頭に輸血をしてもらったということ が「
02歳の献血」のスタートである。昔は献血をすると手帳を青年会議所に保管しており、輸血が必要に なるとその手帳を使うという仕組みになっており、それがスタートだったそうだ。
最初は木太三宅病院の先生が“美しきものは尊きもの。それは言葉ではない。行動と体験である”とい うことで最初の献血は
6691年
1月51日にスタートしている。最初の頃は売血が法律的に廃止になって助け 合いの社会奉仕が一つのメインだった。そして
0791年代から年代になって若者と共に新しい地域社会を創 造する主役になっていこうということで、
02歳になる人たちに社会に貢献して欲しい。あなたたちはこれ から社会人となるために、社会に対しても助け合わなければならない。あなたたちも自立するのですよと いうことで青年を育てるために、
02歳の成人式の日を会場に設定している。その後、社会開発、人間開発、
そして心のスタンダードの確立は昔から言われていることだが、人の痛みの判る人間になろうという意味 合いも込めて「
02歳の献血」を実施している。
高松青年会議所では「
02歳の献血」ができる前から成人式の献血を行っており、当日は和服を着た女性 の姿が目立ち、意外にも女性の方が多いのが事実である。もう一つは写真を撮影してナイスタウンに「
02歳の献血者」というタイトルで掲載してもらっている。これが高松青年会議所がずっと続けている献血の 事業である。
昨年から始めたサンポート高松に関しては、サンポート開発が行政主導で行われていましたが、昨年の 第一期工事の埋立が終わった頃から市民も関心を持ち始めたという状況であり、サンポート高松の事業は 香川県にとって
12世紀初めの大きな事業であり、高松の礎を決める要の事業ではないかと思っている。ま た未曾有の不景気という状況から広大な埋め立て地に借り手がない。埋め立てしたものの借り手がないと いうのが事実ではないかと受け止めている。
また、行政のみなさんは箱やハード造りは得意だが、それをどうやって使うかといったソフト部分、ま ちは箱ができ、建物が完成しても、人間等のソフトがなければ生き生きとしませんし、活気も出てこない。
それらが得意なのが民間の考え方ではないか。この二つを何とか巧く合わせるということと、市民、行政、
企業の三つを一つにコーデイネートしたいというのが青年会議所の一つの考えである。
何かというと市民は行政のせいにするが、そうではなくてお互いに補い合いながら「まちづくり」をし てゆかないと本当にいいものは出来ないし、失敗すると
12世紀の子どもたちに負の財産を残してしまうと いうことが気になり、昨年、サンポートの事業を開始したわけである。
行政は行政で計画を進めてはいるものの、市民は行政に任せてばかりではよくないし、このままではお
互いにすれ違うばかりで、 「サンポート高松」はいいものにはならない。市民は行政の責任にし、行政は
行政なりにやっているのでは本当に使い勝手のいい活気のあるまちはできないのではと考えている。
私たちは「まちづくり」の原点にたち返り、現状を分析する。市民と行政に足りないものはコミュニ ケーションであり、未来を見つめる純粋なハートではないか。また啓蒙ではなく、アクションを起こそう、
行動しょうということを考えている。
ガラス張りの灯台に関しては、既成事実がないので無理ということだったらしいが、 5 年ほど前の古川 理事長が運輸省第三港湾建設局の方との話の中でガラス張りの灯台はどうかということでスタートしたの がガラス張りの赤灯台である。既成概念を取り払って考えれば色々なことができるという例であり、行政 と市民、企業が色々なコミュニケーションをする場所をつくれば本当に素晴らしいものができるという一 例ではないかと思っている。
昨年の委員会のメンバーが考えたことは「サンポート高松」の工事現場に工事用の外壁ができたものの、
無味乾燥したもので、中に何ができるのかも判らず、そこを通る人々も無関心であるということから、外 壁を使った一つのアイデアとして事業をしてみようではないかというのが外壁の事業である。外壁には新 しい寝台特急、サンライズ瀬戸号の絵を描き、そこに小学生たちにテント地に「未来のサンポート」の テーマで瀬戸号から見えるサンポートを題材に描いてもらっている。協賛は四国旅客鉄道で二番丁小学校、
四番丁小学校、栗林小学校の各小学校を始め、高松第一高等学校の美術部と大手前高校と讃岐学園、サン ポート高松事業団の方にお願いして絵を描いてもらっている。実は四番丁小学校が学校内の自由研究とい うことでサンポートを題材にして文化祭(菊池寛まつり)を開き、その中で「私たちが考えるサンポー
ト」というのをやっており、それでは絵に描いてもらってはどうかということで制作していただいた。
高松市民の思いとしては、確かにパースはできたけれどもどんなイメージになるのか判らない。シンボ ルタワーもどんなものになるのか。市民の側は行政に対しての不満があったわけで、逆に行政は行政の立 場からもっと民間から協力を得られるような計画を進めることができないかとか、地域に住む人たちの意 見を参考にはしたいのだけれどもそうすると巧くゆかないとか。肝心の高松市民もサンポートヘの関心は 薄く、言葉自体を知らない人もまだいるようで、お互いに壁があったのは事実である。
サンボートでは昨年
11 月1日、灯台点灯式の日に外壁の絵の除幕式を行い、イベントも行われている。
(3) ガラスの赤い灯台ネーミング募集
今年は赤い灯台のネーミング募集を
6月
1日から
6月
03日までの間、インターネット、公券ガイド、市 報、ポスター、協賛会社にも依頼して実施したが、約
0005,通の応募があった。多かったのは「……ほた る」等で、最終的に「せとしるべ」に決定している。 7 月2 0 日の海の日に除幕式とイベントを行っている。
とにかく市民の方たちに参加してもらい、サンポートのことを理解してもらわなければ次に進めないとの ことで運動を続けている。赤いガラスの灯台に関連して池田酒造(梱さんが日本酒の「せとしるべ」、高松 駅弁さんが同様に「せとしるべ」のお弁当を作っているそうである。
(4) 高松まちづくり協議会
「高松まちづくり協議会」が今年発足。昨年の平成
01年、これからの「まちづくり」について色々と考
えた。ずっと青年会議所運動に携わって、これからの「まちづくり」、とくに高松の「まちづくり」につ
いて色々と考えてきたが、 「まちづくり」には様々なポイントがあるようだ。昔から高松青年会議所では
イベント型の事業、たとえば「タウン・タウンボックス」を始め、歩行者天国がまだ少なかった頃からそ
れを十数年間続け、中央公園と玉藻公園でさまざまなイベントを開他している。まちに住む人たちにまち
を愛してもらいたいとか、玉藻公園の天守閣再建のために玉藻公圏では何年も色々な事業をしてきている。
ただ、種々の事業に取り組む際に考えるのはその事業の重要性と緊急性、それが青年会議所にふさわしい かの三つの要素である。
今、中央公園では週末になると必ずといっていいほど何らかのイベントが開催されているので、イベン トではなく、もう少し違った「まちづくり」運動ができないかというのが一つの考えである。もう一つは
19 9
5
年に阪神淡路大震災、
7991年に日本海の重油流出事故が起きたが、阪神淡路大簑災では国や地方の行 政の力の限界と、反対に市民、住民のパワーでまちが変えれた。自分たちのことは自分たちの手でという 芽生えのようなものを感じたが、それがボランテイア
(NPO)の芽生えということになるのかもしれな ぃ 。
5991年に阪神淡路大震災は一つの大きなターニングポイントではなかったかと受け止めている。震災 時にはさぬきうどんの焚き出しに行き、ミネラルウォーターを各家庭に配っている。日本海の重油流出事 故の際には寒さの中で石ころについている重池を拭き取ったりもしたが、お年寄りも主婦も若者も関係な く本当に生き生きとしてその場に来て、達成感を味わっていることを強く感じた。そのとき、これからは 市民と行政と企業、 3 つのコミュニティーを一つに合わせるファシリテイター(水先案内人)の役を青年 会議所が担ってゆくべきてはないかと考えさせられた。家の前にゴミが落ちていると大半の人が市役所に 電話をするそうである。自分たちで掃除をするのではなく、市役所に連絡をする。そうではなくて、自分 たちの手でまちをつくることに一人でも多くの人が参加すればこのまちは良くなるのではないかというこ とを二つ目に考えさせていただいた。その際、ヒントになったのは滋賀県の長浜青年会議所の成功事例で ある。長浜の町にあった古くて黒い石造りの銀行の取り壊しが決まった際、その建物を残したいという住 民が何人か集まり、それを買い取り、町なみに少しずつ手を入れて長浜の「まちづくり」をしている。グ ランドワークという手法で市民が行政に対して提言を行うのではなく、自分たちの手でできることをやっ ていくというまちづくり運動である。イギリスがサッチャー首相の時代にこの手法を使っているが、イギ
リスは当時、経済的に低迷していた時代で、民間の力を活用することで行政の財源を温存したいというも のであった。私たちは自分たちのできることから取り組み、左手に缶ビール、右手にスコップという言葉 があるそうだが、そういう形で「まちづくり」を行っていきたいと考えている。
「高松まちづくり協議会」は、地方分権社会の到来を説んで、市民と行政が連携し、 「まちづくり」を 行うために市民の声を反映する受け皿としての組織を形成するとともに、市民の参加意識の向上を促すと いうことで、地域主権を行いたい。また市民と行政を繋ぐパイプ役としてだけではなく、市民同士の水平 対等な関係を繋ぐ。将来的には非営利活動特定法人、
NPOとしての法人格までを視野に入れた活動を目 指すということで今年設立された。先ほどの「美しいまちづくりの会」は概念的には
NPOである。ただ
NPOの今の課題は寄付金控除がないということで、財源、たとえばある大手企業からおたくの
NPOに
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万円の寄付をとの申し込みがあっても、貰う方はいいのですが、出す方は非課税にならず、税金がか かるという条件が課題になっている。いずれはその法律も徐々に改善されるのではということで、それを 視野に入れた規約の形をつくっている。
JC