水産商品の配給経路に関する研究
その他のタイトル On the Marketing Channel of Marine Products
著者 柏尾 昌哉
雑誌名 關西大學商學論集
巻 7
号 2
ページ 71‑98
発行年 1962‑06‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/00021670
従来︑水産商品の配給経路ほ︑疏菜︑果実︑卵などとともに生鮮食料品として総括して論及されていた︒これら
の商品は︑数多の小規模分散的な生産者の存在︑従ってその生産物を消費者に結びつけるためには極わめて緻密な
蒐集機構を必要とする商品︑という点で似たような配給経路を有していたからである︒
だが︑現在では︑巨大資本漁業の大規模生産︑協同組合による漁家の統合︑漁場の沖合遠洋化︑加工技術の発展︑
などの諸事情がからみ合って︑水産商品は独自の動きを示すようになって来ている︒だから︑同じ生鮮食料品とい
今︑ここに水産商品の配給経路を特に問題にする所以である︒本稿では︑これら水産商品の配給経路に示された
方向が︑社会的配給機構の発展と如何にからみ合っているかを分析して見たい︒
なお︑実際的配給経路の調査のためには︑従来の各種実態調査資料及び報告︑論文︑各府県水産課報告文書など
水産商品の配給経路に関する研究
を広汎に利用させていただいた︒
︵柏
尾︶
っても農産物とは生産の様相も流通の形態も違って来ている︒
ま え
が
き
水産商品の配給経路に関する研究
柏
尾
昌
哉
鮮食傾向を示すものと考えて差支えない︒というのは︑一応︑昭和八年頃の日本漁業は︑戦前の日本漁業が到達す
こ ︑
¥ " 冒
ぅ 普通に水産商品という場合は︑魚類︑水産動物︑貝類︑水産植物及びそれら加工品の商品化された一切のものを
含んでいる︒だから︑その種類は誠に多様である︒このように︑同じ水産商品でも︑種類が多様であれば配給経路
も又違って来るのが当然である︒事実︑魚類だけをとって見ても︑些少ながらいずれも配給経路の違いが見られる︒
けれども︑些少な差違を度外視すれば︑三つの大きな類型に分類することができる︒そして︑この分類は︑同時
に水産商品消費の三つの用途別分類に照応するものである︒三つの用途別分類というのは︑
一は鮮食であり︑二は加工食品原料であり︑三は非食用加工品原料である︒
︵ 表 1)
に示されたよ
鮮食とは生鮮水産商品そのままの食用消費形態を示すものであるが︑意外に思われるのは︑全水産商品中に占め
るそれの割合がそれ程多くないということであろう︒戦前の日本漁業最盛期といわれる昭和八年頃においても︑全
漁獲量の二0彩内外が鮮食されているにすぎない︒そして︑この二〇彩内外という比率は︑戦前の日本水産商品の
ることのできた最高の水準であり︑この水準での鮮食比率は大体において変動がないからである︒
加工食品原料というのは︑水産物を加工段階を経て食用消費に向わしめる部分を示すものであり︑乾製︑節製︑
燻製︑塩蔵製︑缶詰製︑佃煮製など/\'その方法は多種多様であり︑水産商品の中心的消費形態部分である︒中で
も︑缶詰商品の生成発展は︑この部分の中核的存在となって来ている︒この缶詰商品を中心とした加工食品原料部
分は︑昭和八年で約四0彩︑以後も大して変動することなく太平洋戦争時まで続いている︒ H
水 産 商 品 の 三 つ の 典 型 的 配 給 経 路
水産商品の配給経路に関する研究︵柏尾︶
水産商品の配給経路に関する研究︵柏尾︶
(表1) 消 費 用 途 別 水 産 商 品 推 移 (単位 実 数 は1万トソ)
‑;;‑‑二│分 類 1933 (昭8)│ 1934 (昭9) 1935 (昭10)
実 数 1形 実 数 1形 1実 数 1形
94 I 19 I 96 I 21 I 98 203 I 41 I 196 I 43 I 205 197 I 40 I 163 I 36 I 143 494 I 100 I 455 I 100 I 446
水 産 庁 「 農 林 水 産 統 計 」 よ り 作 製 鮮 食 部 分 加 工 食 品 原 料 部 分 非 食 品 加 工 品 原 料 部 分
計
22 46 32 100
非食用加工品原料というのは︑肥料︑魚油皮革︑ゼラチンなどの原料として供せ
られる水産商品部分を指すが︑従来特に肥料部分の比重が大きい︒例えば︑戦前最
大の漁獲高を示した昭和八年において︑全漁獲高の四0%を占めた非食用加工品原
さて︑以上三つの水産商品消費区分で若干目に付く点を拾って見よう︒
先ず︑鮮食及び加工食品原料部分は︑率はともかく消費実数は毎年ほとんど変化
していないが︑非食用加工品原料者分が︑総漁獲高が減少するに従って減少してい
るのが印象的である︒これは︑漁獲高の多いときは︑余分な部分が肥料へ廻され︑
逆に少ないときは︑肥料部分が食用へ廻されるという具合に︑非食用加工品原料部
分が全水産商品の中でクッション的地位を占めているという事実を示している︒
︵ 表 1)
のように区分さ
れ得るけれども︑価格換算する場合には︑この比率はかなり変るということである︒
水産商品を大別した場合︑比較的優秀なものは先ず食用にされ︑劣等なものが非食
用へ廻されるというのは常識である︒更に︑食用に供されるものの中でも一層優秀
なものが鮮食として消費されるのも常識である︒例えば︑
クイ
︑ブ
リ︑
カツオなど
のように鮮魚のまま消費者へ供給される高級水産商品は︑全漁獲高の重量から見る
と誠に小さな比率しか占めていないが︑魚粉や魚粕などの肥料へも廻されるイワシ 次に︑水産商品消費用途別に見て︑単に重量の点では︑ 料部分の過半を占める六割までが肥料になっている︒
きないし︑加わえて同種のものでも品質は不画一である︒
ー•9
9 ,
水産
商品
は︑
(表2) 種類別漁獲高比率
1935(昭10)
種 類 I %
ィ ヮ シ 31形
二 シン ン' 11形
力 ツ オ 6%
イ 力 6%
ク コ 5彩
ク ラ 5 %
ク イ 5 96
カ レ イ ・ ヒ ラ メ 5 %
ア ジ 5 %
マ グ ロ 5 %
サ ケ ・ マ ス 5%
こ ビ 5%
サ
ー ソ マ 4 %
フ
ゞ リ 3彩
そ の 他 14%
計 │ 100%
水産庁「農林水産統計」よ り作製
一般的にいってその生産 して︑一︱︱つの典型的な類型に分けることが 少するのであろうということである︒ 比率は大でも価格換算すれば逆に比率が縮 であろうし︑非食用加工品原料部分は重量 価格換算すればもっと大きい比率を占める 部分は︑重盤から見れば案外に多くないが
水 産 商 品 の 配 給 経 路 に 関 す る 研 究
︵特にマイワシ︶やニシンなど下級水産商品は︑全漁獲重量の半分にも及んでいる︵表
2)
︒
ところで︑最初に水産商品の配給経路と
できるといったのは︑このような消費用途の区分に従うということである︒次に︱︱︱つの配給経路を述べよう︒
鮮食水産商品の典型的配給経路
一般工業商品に比較して大きな相違点をいくつかもっている︒
先ず︑水産商品の生産自体より生起する特質として︑かなり高度の技術を駆使しても︑
は自然条件に従わなければならないという事情がある︒その生産は︑資源の制約によって根本的に規正されるし︑
季節性にも左右されるし︑豊凶の差もま4にならない︒しかも︑自然物であるから︑種類選択も充分行うことがで
第二には︑このように自然的条件に左右されて生産される水産商品は︑商品全体の特色として高度の腐敗性を持
っているということである︒勿論︑近代科学の発達ほ冷蔵冷凍能力を質最ともに次第に向上させてはいるけれども︑
︵柏 尾︶
ということは︑鮮食
四
ある
︒
水産商品の配給経路に関する研究︵柏尾︶ こうして︑鮮食水産商品については︑ 中でも︑鮮食水産商品の場合は︑加工操作がないから︑何よりも迅速性が強く要請されている︒つまり︑鮮食水
産商品にとっては︑生産と消費を時間的に分離しないことが︑合理的配給の唯一の前提となっている訳である︒
︵ 図 A
)
に示されるような比較的筒単明瞭な配給経路が成立して来たので なものであるということができよう︒ 第三に︑消費者の側から見ると︑水産商品に対する需要は極わめて多様性が強いという点が挙げられる︒には輸送の困難性も徐々に除かれて来ているが︑それでも︑このように多様性を帯びた消費者需要に応ずるには不充分である︒特に︑時間とともに品質の急激な低下をもたらす水産商品にとって︑消費者需要が極わめて多様性に富んでいるということは︑配給操作を困難にしている︒その打開には︑蒐集及び最初の分配をできるだけ早急に行
最後の特徴は︑中間の配給過程において加工操作が非常に少ないか又は単純であるということである︒つまり︑水産商品は、選別、分類、包装などの簡単な作業か、加工の場合でもいわゆる二次加工~ばかりであるから単純な
このような加工操作の稀少単純性は︑配給経路をかなり明瞭化するのが普通である︒
だから︑以上述べた四つの特質に最も妥当する配給経路は︑極わめて迅速に大量水産物を一挙にさばく単純明瞭 加工過程を経過するだけである︒ うのが唯一の方法のようである︒ に一時にさばくのが水産商品の理想なのである︒
五
一般
的
貯蔵過程を経るに従って品質低下するのが水産商品の一大特徴なのである︒だから︑でき得れば︑可能な限り大量
(図A) 鮮食(水産商品)の典型的配給経路
漁 家
中小漁業者 地方問屋 都市問屋 仲 買 人 小 売 商 消 費 者
水産商品の配給経路に関する研究︵柏尾︶
( 地 方 魚 市 場 ) ( 中 央 卸 売 市 場 )
さて︑この漁家及び中小漁業で漁獲された鮮魚は︑
②
普通︑漁港における魚市場に蒐集され︑地方の魚問屋 中小漁業及び漁家で画一的に把握することができる︒ ︵ 図
A)
に示されたように︑鮮食水産商品の生産者は︑
れる水産物が︑鮮食消費の対象なのである︒だから︑ に沿岸及び沖合で︑どちらかといえば分散的に漁獲さ カ
レイ
︑
ヒラメ︑
アジ
︑ グチ
︑
サバ︑ブリなどのよう
業及び漁家の生産物であるということになる︒クイ︑ すると︑鮮食消費に向う大部分の水産商品は︑中小漁 かの加工過程を経る商品であり︑鮮食消費ではない︒ サ
ケ︑
マス
︑
カニなどの北洋水産商品は︑すべて何ら
程における収奪に焦点が合わされていた︒巨大資本の 及び漁家の沿岸及び沖合漁業に関してはむしろ流通過 潤の多い北洋の遠洋漁業を中心としており︑中小漁業 次第に重圧を加わえていた︒しかし︑その独占は︑利 独占が完了し︑その圧力は中小漁業及び一般漁家層に
太平洋戦争前︑日本漁業においては既に巨大資本の
ー 』 ノ
水産商品の配給経路に関する研究︵柏尾︶
二次加工品の原料として使用される水産物は︑ ても差支えないと思う︒
又︑魚市場から大量に鮮食水産商品を買入れた地方問屋は︑都市問屋へこれを急送する︒
七
こうして都市問屋まで蒐集せられた鮮食水産商品は︑急速にこの全量がさばかれなければならない︒その要請に
5
答えて生成し発展して来たのが中央卸売市湯であり︑ここから仲介人を経て小売商人に分配されるという形態が支 即ち、生産者(漁家及び中小漁業者)ー↓地方問屋
l都市問屋ー↓仲買人l小売商ー~消費者、山鮮食水産商品の典型的配給経路であった︒
水産商品でも︑加工食品の原料となるとその種類も範囲も拡大して来る︒事実︑漁獲物の半分近くは加工食品の 原料として使用され︑水産加工食品という別の商品となって消費者の手に渡るのである︒だから︑生産されたま
4
の水産物の配給経路は︑厳密にほ蒐集過程のみで終るのであるが︑全く同原料から加工された水産食品が直ちに継 続して分配過程に現われることになるのであるから︑社会的配給経路を問題にする場合︑継続して統括的に観察し 時間の経過にともなう価値低下も鮮食用のものほど極端ではない︒
ところで︑その配給経路の違いは鮮食用のそれと違って加工過程が介入することである︒しかし︑水産商品の加 工は︑すべて単純な操作のものに限られ︑従って又設備も小規模でこと足りるのが通例である︒しかも︑原料とな
②加工食品原料水産商品の典型的配給経路
配的配給経路であるといえる︒ に入札又はセリ売される︒
一般的にいえば︑鮮食用のものより品質が悪く量が多い︒だから︑ というのが
(図B) 加工食品原料(水産商品)の典型的配給経路
漁 実
中小漁業者I地方.問屋 地 方
加工業者I都 市 問 屋 仲 買 人 小 売 商I消 費 者
水産商品の配給経路に関する研究
(地方魚'市場) ( 中 央 卸 売 市 場 )
︵柏
尾︶
漁業︶は︑漁獲高から見てもまだ/\沿岸及び沖合漁 に君臨していたが︑彼らの中核である遠洋漁業︵北洋
巨大資本漁業は既に日本漁業の頂点に立って漁業界 上げた︒その理由はこうである︒ て︑原料生産者としては︑漁家及び中小漁業者をとり
この
場合
も︑
いわゆる巨大資本の漁業を一応除外し
介入して来るということである︒ 屋と都市問屋との間に加工過程として地方加工業者が 典型的配給経路が︑鮮食用のそれと違う点は︑地方問
︵ 図 B
) に示されたような加工食品原料水産商品の
典型的な地方工場なのである︒ しているのが通例である︒つまり︑水産物加工工場は
だから︑加工過程のほとんどは地方問屋近傍に散在
なく
ない
︒ 水産物の輸送は手数がか
4り︑途中損粍の度合いも少
早く加工過程へ投入されることが望ましい︒加わえて︑ る水産物は強い腐敗性を持っているから︑できるだけ
八
水産商品の配給経路に関する研究︵柏尾︶
業の一割そこ/\にすぎなかったということ︑更には︑彼らの漁獲物はすべて缶詰を中心とする加工過程に投入さ
れたけれども︑この加工水産商品は︑八割までがョーロッパを中心とする貿易ルートに乗ったということ︑これま固である︒社会的な配給経路を問題とする場合︑巨大資本漁業のこの貿易商品は︑配給活動としては問題となるが︑
⑥ 事実︑昭和八年頃の戦前最盛期においてさえ︑輸出に廻される加工水産商品は全体の一割前後にすぎなかった︒m その輸出加工水産商品の七割までが巨大資本の缶詰によって占められていた︒だから︑国内消費されるほとんどの
大量加工水産商品は︑全く漁家及び中小漁業の漁獲する水産物を原料としていると考えて支障ない︒
こうして︑漁家及び中小漁業者によって生産された加工原料水産物は︑地方魚市場を経て地方問屋に移され︑次
さて︑加工水産商品として衣替えしたこれら水産物が︑都市問屋︑仲介人︑小売商を経て消費者に至る分配経路
は鮮食の場合と相違点はない︒たゞ︑この分配過程は鮮食商品と違って加工されて腐敗性を弱められた商品である
から︑都市問屋や中央卸売市場を経過しない場合もある︒しかし︑これは主流とはいえず︑加工水産商品のほとん⑧ どを占める塩乾魚をはじめ大部分のものは、依然、中央卸売市場中心に流通している。即ち、生産者ー~地方問屋
← 地 方 加 工 業 者
← 都 市 問 屋
← 仲 買 人
← 小 売 商
← 消 費 者
︑ と い う 加 工 水 産 商 品 の 典 型 的 流 通 経 路 が 造 ら れ
る次第である︒ 加工水産商品の中核を形成していたのであろう︒ ける加工は︑漁港における冷凍冷蔵施設の普及により︑又︑
九
一般的に窮乏化する漁村の安価な労働力も加わって︑ いで︑地方加工業者の手に渡る︒又︑一部は直接生産者から地方加工業者の手へ流される︒このような生産地にお ここではあえ除外してもよいと考える︒
こうして︑地方の非食品加工々場を出た水産商品は︑一部の油などがグリセリン︑石ケンの原料として他工場へ て︑缶詰加工のときの廃棄物などがこれである︒ 水産商品の配給経路に関する研究
③
古来
︑
日本は水産物を盛んに肥料として使用して来た国である︒交通︑保管に限界があり︑漁獲の季節性を克服
できなかった時代には︑これは自然の方向であった︒交通や保管や加工の技術がかなり進み且つ戦前最高の漁獲高
を記録した昭和八年でさえ︑その四0形は肥料を中心とする非食用加工品の原料として使用されている︒つまり︑
これらの水産物は食用の配給経路に入ることができなかった訳である︒
だから︑こういう水産物は︑安価でしかも大量に獲れるものがよい︒イワシ︑
こんな低級な水産物は巨大資本の獲らないものであるから︑今度の場合も︑生産者は漁家と中小漁業家である︒
この低級水産物が地方問屋を経て︑或は直接に︑或は地方加工々場の廃棄物という形で︑非食品加工業者へと渡っ
て行く訳である︒
この非食品加工業者というのもすべて地方加工々場である︒加工過程が極わめて単純であり従って小経営中心の
これら工場は︑安価低級水産物の大量所在地にあるのが最も便利であり︑叉︑加工商品の中心である肥料がそのま
4地方農村へ流れる点からも都合がよい︒肥料ほ都市へ出る必要がない場合が多いのである︒更には︑水産物消費
のクッション的地位におかれている非食用部門は︑漁獲高の豊凶によって原料獲得量に大小を生じ︑大経営は成立
しがたく︑むしろ︑缶詰工場と併置されたり︑他の関連工場と併置されたりするのが通常だからである︒
廻される以外︑ほとんどが肥料として︑卸売︑小売と分配されて消費者へ流れるのである︒既に述べたように︑肥 非食用加工品原料水産商品の典型的流通経路
︵柏
尾︶
ーシ
ン︑
クジラなどをはじめとし
10
(図C) 非食用加工品原料(水産商品)の典型的配給経路 水産商品の配給経路に関する研究
漁 家
中小漁業者 地方問屋 地方食品1地方非食品
加工業者加工業者I卸 売 商I小 売 商l消 費 者
︵柏
尾︶ (地方魚市場)
が浮び上って来る次第である︒ 加工)'~卸売商—↓小売商ー↓消費者、という経路 のように︑生産者ー←地方問展│←加工業者︵加エー
非食用加工品原料の典型的配給経路として︵図
C)
手を通じて近傍の農村へ分配される︒この場合︑地方 問屋が同時に肥料の卸売商の機能を有しているものが
︐
非常に多い︒ただ︑
屋を廻って分配されるが︑これは主流ではなく従って
︒ー.
部分的な現象といえよう︒
注(
1)
水産商品で二次加工品といわれる場合は︑普通︑缶 詰︑塩干魚︑冷凍魚︑燻製魚︑練製魚︵ハム︑ソーセ ージを含む︶︑粕︑油脂などを総称した概念とし使わ れる
︒ (2 ) 魚市場には︑私営︑公営︑組合経営などあるが︑い ずれの場合も産地仲買人の活動余地は少ない︒つまり︑
魚市場は漁港という海上交通の要点にあり︑漁業者は 自己の船舶で水産物を漁港の魚市場にもたらすのが常
活者の必要品として加工水産食品と同じように都市問
一ボシなど若干の商品は︑都市生
料は都市問題へはほとんど流れず︑生産地の卸売商の
識となっているからである︒
3( ) 中央卸売市場の研究については数々の立派な研究が残されているが︑主要なものは次の通りである︒
秋元実﹁市場制度の研究﹂
福田敬太郎•本田実「生鮮食料品配給統制」
相沢喜一郎﹁鮮魚配給機構の諸問題﹂
( 4 )
谷口吉彦氏は︑この場合生産者と地方問屋との間に買集商人をおいて配給経路を作製しておられるように思われるが︑
生鮮食料品の蒐集機構の説明では買集商人を省いておられるようにも受けとれる︒いずれにしても︑鮮食水産商品につい ては︑買集商人の果す役割は大したことはないので︑典型には入らないと考える︒
谷口吉彦﹁配給組織論﹂一〇八頁.︱‑七二頁
谷口吉彦﹁配給通論﹂一0四頁・一三二頁・ニ︱一九頁(5)
「配給活動||個別経済の意識的活動(売買活動)…
•9・経営経済学としての配給論」
谷口吉彦﹁配給通論﹂七頁
﹁配給は︑商業が行うところの個別的業務ではなく︑個々の物財の人的移転労働でもなく︑むしろ生産物の社会的流通
の総括的概括である﹂
福田敬太郎﹁商学﹂︱︱
10
頁
大蔵省﹁貿易年表・昭和十年﹂より算出
水産庁﹁漁獲物累年統計表﹂より算出
昭和 一
0
年︑金額にして国内水産加工商品の六割は塩干魚によって占められていた︒
水産庁﹁漁獲物累年統計表﹂より算定
水産加工業協同組合連合会﹁加工水産物に関する調査﹂八六頁
帝国水産会﹁魚市場に関する調査﹂参照
帝国水産会﹁魚介類の生産出荷配分に関する実情調査﹂一四五頁以降参照
(9
)
( 1 0 )
(6 ) (7 ) (8
) 水産商品の配給経路に関する研究︵柏尾︶
水産商品の配給経路に関する研究
︵柏 尾︶
巨大資本漁業の直接的国内収奪の強化 ず︑その内容の変化に焦点を合わして見よう︒ 前項で述べた水産商品の三つの典型的流通経路は︑太平洋戦争前の日本漁業の最盛期を背景にしたものであった︒しかし︑この日本漁業は︑昭和︱二年の日華事変突入を境に急速に戦時体制下に包摂され︑太平洋戦争へ連なるに及んで一路崩壊への途を歩み続けたのである︒そして︑敗戦によって︑決定的ともいえる大打撃を受けた︒
こうして︑再起不能の様相すら呈していた日本漁業は︑現在再び表面的には奇蹟とも思えるような復興ぶりを示
している︒長い占領時代を乗りこえて︑漁獲高も戦前最盛期をこえたし︑漁船能力も質量ともに一段と向上したし︑
かっての巨大資本漁業もよみがえった︒けれども︑今の日本漁業の内容は昔のそれとは大きく変ってしまった︒先
侵略化と従属性とで象徴された日本漁業が︑敗戦とともに二本立てから従属性一本におきかえられ︑買弁化した
巨大資本中心の復興政策が強行されたことはまだ記憶に生々しい︒
旧来の前進基地を失い︑その上アメリカによってマ・ライン内の狭い海域に封じ込まれた日本漁業の復興は︑完
全にアメリカの掌中にあった︒アメリカは︑当時の激しい食糧危機を打開するため︑この狭い制限海域内で急速に
大資本漁業中心の復興政策を急いだのである︒復金による船舶建造資金融資の優先︑重油など必要物資の優先供給︑
補給金制の適用︑漁区の優先許可︑など/\一連の巨大資本優先復興の手が次々と打たれて行った︒
こう
して
︑
いち早く恢復体制を整えた巨大資本漁業は︑戦時中からの危大
横領隠匿物資を動員して︑狭いマ・t i
口 戦 後 に お け る 日 本 漁 業 の 変 貌
ライン内の優良漁場を沖合であれ沿岸であれ徹底的に操業し︑莫大な利潤を手に入れたのである︒これは︑従来沿
岸及び沖合を漁携の場としていた漁家層はもとより︑
も決定的打撃を与えるものであった︒
だから︑戦後日本漁業の巨大資本復興は︑漁家や中小漁業の犠牲の上に成し遂げられたといっても過言ではない︒
それ故︑激化して来る漁家や中小漁業との矛盾をさけるために︑数次にわたるマ・ラインの拡大によって巨大資本
の遠洋漁業への道を開いて行ったのである︒
こうして︑日本漁業は︑
高水準をこえる年間五百万トンの線を突破するまでになったのである︒現在では︑かっての花形北洋漁業をはじめ
南方のカツオ・マグロ漁業︑南氷洋捕鯨なども華やかに操業され︑少なくとも表面的には戦前に勝る盛行を示して
いるようにさえ見える︒とすると︑内容的に変ったというのは︑よくなったことを意味するのであろうか︒いや︑
表面とは逆にむしろその反対なのである︒
部分的にはアメリカ独占資本に反撥を示しながらも本質的にはそれに従属して復興した日本の巨大資本漁業は︑
表面的にはかっての華やかさ以上のものを示しているが︑内容的には楽観を許さない幾多の難問を持っている︒
第一には︑単独講和が原因して︑北洋や中国沖合の危大な海域で操業ができないということである︒かっては︑
巨大資本漁業の主柱であった北洋漁業も︑諸制限のため今でも単独で巨大資本を支えるだけの力は持っていないd
第二
には
︑
かっての巨大資本を軸として着々再建され︑昭和二七年以後は漁獲高においても戦前最
アメリカ従属から生起する直接的な諸制限である︒ 中国沖合での操業は今もって開始されていない︒
水産商品の配給経路に関する研究
︵柏
尾︶
いわゆる魚の闇利益で次第に上向していた部分的中小資本に
アメリカのアラスカ沖大陸棚全域と太平洋沿岸確
一四
水産商品の配給経路に関する研究︵柏尾︶
保護政策をとっていることである︒このために︑
まで北洋を中心とした遠洋漁業に主体があり︑又︑
一五
保を折り込んだ日米加漁業条約はその典型的な具体化であり︑これが巨大資本の遠洋漁業の大障害となっているこ 第三には︑世界の海洋を南下した日本漁業に対しては︑各国の領海制限が待ち受けていたことである︒戦後世界
漁業の一般傾向は︑形式的には公海自由の原則に従いながら︑自国の漁業育成のために︑近傍水域の排他的な資源
日本遠洋漁業は危大な漁区から閉め出された︒②
最後に︑領海宜言以上に漁区を奪う度重なる水爆実験の被害がある︒その被害は︑単に広大な危険区域のみにと 以上のような難問に直面した巨大資本漁業は︑その打開を資本移出による合弁組織などで強行しようとしている
が︑漁業後進国の漁業発展もあって充分な成果を見せていない︒北洋に生成発展した戦前の巨大資本漁業は︑あく
日本の独断場であった遠洋漁業は︑それだけで巨大資本を日本 漁業の頂点として支えるだけの力を保持していた︒今やその力が崩れて来たのである︒巨大資本は︑何らかの手を
打たねばならない︒
その具体化が︑戦前に遥かに勝る国内独占の強化である︒中でも︑この独占が︑漁業をめぐって極わめて多角的 に行われている点が目立っている︒巨大資本の多角的な国内独占は︑巨大資本中心の復興政策にその素地を有して いたことは既に述べたが︑その後︑続々と開始された遠洋漁業が必らずしも有利でないと見ると︑巨大資本は既に 掌中にした国内漁業の独占を可能な限り強化し始めたのである︒その結果︑
た海域を大きく侵し︑加工や流通過程を徹底的に独占して︑その過程を通じて価値収奪を企てるなどして︑国内漁 ゞまらず海流とともに極わめて広範囲に及んでいる︒ とは明瞭である︒
かっては漁家や中小漁業の漁場であっ
86
既に述べたように︑巨大資本中心の復興政策の過程を通じて︑ 刻極わまるもので︑漁業危機的な様相すら示しているのである︒ 水産商品の配給経路に関する研究
一足早く恢復体制を整えた巨大資本は︑政府保護 以上によって判明するように︑戦前の日本巨大資本漁業ほ︑独占といっても独自の遠洋海域を主体としたもので
あり︑漁家や中小漁業の権益を直接侵犯することは少なかったが︑戦後のそれは︑漁獲の収奪をはじめ︑保管︑運
送︑加工などの全域にわたって︑その権益収奪が直接的になった点が注目される︒内容が変ったという所以である︒
漁家や中小漁業の窮乏化現象は既に戦前において現われていた︒けれども︑まだ戦前はましであった︒というの
は︑沿岸資源も減少はしていたが多少の漁獲は保障してくれたし︑侵略性の面を強度に発揮していた巨大資本の直.
接的侵入も一般的ではなかったからである︒勿論︑半封建的な共同体的制約に縛られた漁民は︑上向の道を閉ざさ
けれども︑その窮乏は現在ほどひどいものではなかった︒換言すれば︑現在の漁家や中小漁業の窮乏化は誠に深
で資材不足を保障されつつ︑沿岸を沖合をおよそ採算の合う漁業はことごとく掌中におさめてしまった︒老朽小型
船に漸く資材を入れて漁民や中小漁業が操業に出た頃は︑既に漁区を失っていたり︑又ほ荒された漁場が残されて
いただけであった︒加わえて︑沿岸資源の枯渇は年とともに激化して行った︒
しかも︑大きく侵略性を失った巨大資本は︑国内権益を益々強化する方針をとり︑それが更に漁民を窮乏化させ
て行った︒資源枯渇︑堪大な演習場による漁区の喪失︑シェーレによる収奪︑旧秩序の残った新漁業法︑どれを見 れ次第に窮乏化してはいた︒
②漁家及び中小漁業の極度の困窮
業をがんじがらめに系統下に包摂しようとしたのである︒
︵柏
尾︶
一六
水産商品の配給経路に関する研究︵柏尾︶
たゞ︱つ脱出口として残されていたのが︑漁業協同組合の民主化とその発展であった︒けれども︑これも単なる
希望にすぎないことが多いようである︒というのは︑新漁業法によってなされた漁業制度改革が︑その本質におい③ ては︑旧秩序をそのまま協同組合という新しい衣装に仕立て直したにすぎないことは今日既に明らかにされている
からである︒事実︑各漁村の実態調査はこれを見事に立証している︒つまり︑大部分の漁業協同組合は︑新しい衣④ 装は着けていても︑旧網元や旧地主や問屋資本の支配下にあったのである︒これでは矛盾は解決できる訳がない︒
もっとも︑先進的漁民の手によって民主化された協同組合も若干はあるが︑
権海区も既に完全な資源枯渇を示しており︑
操業最後の拠点として︑沖合又は遠洋進出を試みているが︑そこには小経営の悲劇が待ち受けている︒だからこそ︑固旧網元や旧地主は手を引いたのである︒たゞ例外的に若干の組合がこの沖合進出に成功しているが︑これは良好な
要するに︑協同組合という組織に編成された漁民ではあるが︑自然的条件に恵まれた若干の組合を除いて︑
んどが苦境にあえぎ︑その打開に組合自営の沖合遠洋漁業進出や流通面進出を企図し実行しているが︑小経営の苦
しさは前途を不安なものにしているというのが実状である︒
漁業においては︑巨大資本と中小資本の経営能力の差は特に著るしい︒
して極度に落ちるのである︒金融の困難︑ 自然的条件に恵まれている場合が多い︒
一七
しかし︑このような漁村の慣行漁業
いわば死んだ海であることが多い︒窮乏漁民は︑この協同組合を漁業
小経営を大きく圧迫し︑中小経営を︑巨大資本への従属か崩壊かの岐路に立たしめている︒ ても漁民や中小漁業窮乏化の暗雲がみなぎっている︒
ほと
つまり︑中小経営の生産力は大経営に比
シェーレの拡大︑課税の重圧などは︑漁場の一層の遠洋化とともに︑中
(表3) 消費用途別水産商品推移 (単位 実数は1万トン)
三 1954(昭29) 1956 (昭31) 1958(昭33)
分類 実 数 1彩 実 数 1彩 I実 数1彩
鮮 食 部 分 109I 20 I 93 I 18 I 82 I 17
加 工 食 品 原 料 部 分 236 I 46 I 281 I 55 I 311 I 60
非食用加工品原料部分 168 I 34 I 134 I 27 I 133 I 23
計 513I 100 I 518 I 100 I 526 I 100 水産庁「農林水産統計」及び水産物団体懇話会「資料」より作製
第二には︑漁獲種類の変化による規正がある︒
︵ 表 4)
は昭
和一
︱‑ 0 年の比率で
何故このような変化を示しているのであろうか︒
水産商品の配給経路に関する研究
このように︑漁業という産業自体が全面的に巨大資本の手に移行し︑漁民や中 小漁業が漁業部門から消えて行きつつあるという現象は︑現在の大きな特徴とい わねばなるまい︒又︑その過程に起っている漁民や中小漁業の極度の窮乏化現象 も︑同じく現在の大きな特徴である︒
水産商品の消費用途も戦前と戦後では大きく変化した︒何よりも目立つ特徴ほ 加工食品原料部分の大巾な増大であろう︒
︵ 表 3)
によれば︑鮮食部分は僅かに減少を見せ︑加工食品原料部分がこれに 替って激増し︑従って漁獲物総量の半分以上は︑何らかの加工過程を経た後に食 用消費されることを物語っている︒又︑非食用加工品原料部分は︑漁獲総量の増 加にもかかわらず大きく後退し︑現在では全体の二割位を占めているにすぎない︒
第一には︑戦後の食糧危機を契機に従来の非食用部分も可能な限り食用部分へ 廻され︑その食用が常識化したことであり︑肥料を主体とした非食用部分は化学 肥料の進歩で不要化したことである︒これが︑従来の非食用加工品原料部分から 大巾に肥料分を差引くことになり︑この部分を激減させたのである︒
③ 加 工 水 産 商 品 の 進 出
︵柏 尾︶
一八
水産商品の配給経路に関する研究︵柏尾︶
注(
1)
岡本信男﹁北洋鮭鱒﹂参照
るのは︑主としてクジラやサンマによる油製造が増大していることによる︒
又︑従来︑主として遠洋漁業で漁獲され加工過程を経て食用された魚種が︑
最後に重要なことは︑国内での独占強化にともなう巨大資本の加工食品部分の増大である︒かっては沿岸で漁民
の手によって漁獲された水産物も︑今では沖合遠洋で巨大資本によって能率的に漁獲されることが多く︑保管︑加
工技術の進歩と相まって急激に加工食品部分を増大せしめている︒都市人口の急膨脹による需要の増大がこれに呼
応した︒こうして︑宜伝︑広告効果の大きい加工食品は︑巨大資本の重要な利潤源となった︒しかも︑その加工食
品を独占するために︑加工々場はもとより︑或は運搬船を独占し︑或は製氷︑冷凍冷蔵工場を握り︑或は魚市場を⑥ 経営するなどして︑流通過程を通じて更に漁家や中小漁業の商品をも系統下に包摂して来ている︒ 加工食品部分の増大に連らなっているといえよう︒
(表4) 種 類 別 漁 獲 高 比 率 1955(昭30)
種 類 │ 彩
ィ ヮ シ 13%
サ ン マ 10%
イ 力 10彩
ク ジ ラ 9 %
サ .. 5 %
ク ラ 5彩
マ グ ロ 4彩
サ ケ ・ マ ス 4飴 力 ツ オ 2 %
カ レ イ ・ ヒ ラ メ 2 %
ア ジ 2 %
二 シ ン 1%
`ク コ 1彩
そ の 他 32彩
計 1100彩 I
水産庁「農林水産統計」よ り作製
一九
一般に増大しているということは︑ 食用品加工部分がまだかなりの数字を示してい こうして︑肥料が大きく後退してもなお且つ非 位にすぎない︒これでは肥料にする原料がない︒ くも占めていたのが︑現在では僅かに一割五分 かっては︑イワシとニシンで全漁獲量の半分近 などのいわゆる低級魚の激減が目立っている︒ あるが︑何よりも沿岸で獲れたイワシ︑
ーシ
ン
の数字から見ても充分納得できよう︒
戦前と戦後の日本漁業がその内容において大きく変貌したことは既に述べた通りであるが︑この変貌が︑従来の 水産商品の三つの典型的配給経路を如何に変革して行ったか︑本項で観察したい︒
たゞ︑その前に全国的な規模で結成された漁業協同組合の問題を概観して見たい︒というのは︑この協同組合の
結成が大きく配給経路に影響を与えているからである︒
漁業協同組合は戦前にも或る程度育成されていた︒即ち︑昭和初頭の恐慌︑それに続く不景気段階で︑漁村危機 克服の手段として︑昭和八年の漁業法改正が行われて以来︑かなりの普及を示していたのである︒既にこのときに︑
自営漁業︑共同施設などの認可がおりていたが︑充分成果を見ないうちに︑戦時体制の統制機関に組み入れられた ため実効が少なかった︒とはいえ︑この段階において︑戦後協同組合発展の素地が築かれていたことは︑
(5 ) (6 )
(2 ) (3 ) (4 )
国 単 純 化 し た 三 つ の 配 合 経 路
水産商品の配給経路に関する研究 近藤康男﹁水爆実験と日本漁業﹂一
01
八九頁参照 近藤康男編﹁日本漁業の経済構造﹂参照 拙稿﹁組合漁業をめぐる実態﹂︵京大経済論設七ニー一
1 1) 拙稿﹁半農半漁村に於ける組合漁業の一分析﹂︵関大経済論集ニー一︶
拙稿﹁組合漁業の実態﹂︵関大商学論集一ー四︶
拙稿﹁漁村における組合漁業と小売商業の実態﹂︵関大商学論集︱
I
六 ︶
拙稿﹁一漁村における遠洋漁業と製造工業の分析﹂︵関大商学論集︱︱‑│‑︱‑︶
巨大資本漁業の代表ともいえる大洋漁業が如何に多くの関連産業を把握していることが︑次書に詳しい︒
田 中 宏
﹁ 大 洋 漁 業
﹂
︵柏 尾︶
︱1
0
︵ 表 5)
水産
商品
の配
給経
路に
関す
る研
究
さて
︑
同あわせて九百余り︑
︵柏
尾︶
本質はともかくとして︑民主化の鳴物入りで華々しく発足した 位組合と二百余の連合会とで発足した︒だが︑現実には︑これら
れた方法は︑数箇の組合の共同による購買︑阪売︑運搬以外になかった︒
一部の好調組と多
自営漁業のみが漁民にとって最後の希望である現在でも︑数多い組合の中で自営漁業を行っているのは︑単独共
しかも︑その半分以上は赤字という有様である︒
しかし︑不振とはいえ︑全国的に結成された協同組合が︑共通して最も力をそそいだのは︑漁獲物流通に関する
面であった︒
一般的にいって沖合から遠洋へ主要漁場が移動した現在︑漁獲増大のためには組合自営で遠洋に出る しかないのであるが︑巨大資本の圧力や相互間の競争の激しいこの漁業は危険が大きい︒僅少な資金では出漁でき
ない
し︑
しても成功は危ない︒こういう組合でも︑購買︑販売はもとより︑利用事業を行う組合が多い︒つまり︑
せめて少ない漁獲物を流通面でだけでも損をすまいという積りなのである︒だから︑結果的には︑協同組合が従来 の蒐集商の役割を替って果すことになったのである︒
(表5) 憔業組合数推移
(
表6)
は そ の 事
業概要を示すものであるが、中でも目立つのは、製氷及び冷蔵倉庫の普及とともに運搬
年 度 I組合数
1932 (昭7)
゜
1933(昭8) 1 1934(昭9) 2 1935 (昭10) 323 1936 (昭11) 1,058 1937 (昭12) 1,491 1938(昭13) 1,890
組織設定の漁業協同組合の 実数推移を示すもので,旧 組 織 の 組 合 は 含 ん で い な しo
水産庁「資料」より作製
などをはじめ︑自営漁業を行って遠洋に進出した︒転落組に残さ くの転落組とに分割された︒好調組は︑購買︑販売︑運搬︑加工 えて資金がなかった︒だから︑数多い組合は︑ の
漁業
権は
︑ 一部を除いて実り少ないものでしかなかった︒加わ
戦後の漁業協同組合は︑漁業権の主体として総数一万をこえる単
鮮食水産商品部分は︑危大な数に上る漁家層や中小漁業に残された中心的漁獲である︒それは︑大規模な操業の
優秀性や独占的配給の及ばない部分であり︑この面における限りでは巨大資本の進出の最も手薄な部分である︒
だから︑生産者としては︑漁家及び協同組合︑中小漁業家がその主柱である︒しかし︑既述のように協同組合或
は中小漁業家の自己運搬が目立って来たから︑中心的生魚商品蒐集は︑これらの生産者から都市問屋へ直送される
ものに替って来た︒運搬船創設は︑直ちにこれら生産者の漁獲物を海上経由都市問屋と直結させることを可能にし
た訳である︒勿論︑漁場が沿岸を去って次第に沖合遠洋に移動したという事情も与って力があっただろう︒冷蔵設
備の組合経営も︑この漁獲物直送の場合充分にクッション的役割を演じたことだろう︒
こうして︑都市問屋へ蒐集せられた鮮食商品部分が︑分配されて行く経路は︑戦前の通りである︒
(1
)
鮮食水産商品の新らしい配給経路の典型
(表6) 利 用 事 業 漁 協 数 1959(昭34)
利 用 事 業 1組合数
舟 場 施 設 279 共 同 集 荷 所 501
倉 庫 445
充 電 411
製 氷 236
共 同 加 工 場 163
製 品 乾 場 80
網 乾 場 163
網 染 155
源 船 漁 具 28
機 関 修 理 20
製 米 製 麦 10
運 搬 般 139
運 搬 車 331
計
水産商品の配給経路に関する研究
︵柏
尾︶
農林協会「協同組合に関す る資料」より抜革。
面で一般化したのは実に戦後のことであった︒ あった︒このような中間商人排除の動きが漁業 性商品を損傷せず且つ早いという点でも便利で 般的となったということである︒これは︑配給
外i費節糊の動向とも一致するものであるが︑腐敗
この中間商人排除は︑必然的に従来の配給経路に大きな変動をもたらした︒ 加工々場まで︑漁獲物を自己運搬する傾向が 面の強化であろう︒つまり︑都市問屋まで或ほ