<研究ノート>アメリカ金融史の研究動向(2) : 南北戦争から第二次世界大戦までを対象にして
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(2) 72 (1的). 横浜経営研究. 第W 巻. 立なくして行な い えたいからであ る 0 ところで,管理. 通貨制度と「国家独占資本主義」とのかかわりを. 問題. にする場合,われわれば, 次の事柄にも 留意すべきで あ る よう に考える。 すなわち,金本位制度は中央銀行. 第. 2. 号 (19㏄). する個人の金融資産投資を テコ に市中消化されたこ と。 そしてこうした 過程で促進された 銀行信用の拡大. が,最終的には連邦準備銀行信用. (手持政府証券を 担. 標 にしたがって 通貨当局が国民的通貨の 供給. 保とした商業銀行の 連邦準備銀行からの 借入れ ) によ って支えられたこと。 ところが大戦中に 発行されたこ れら連邦公債の 約 172 近くが連合国に 対する貸付 (大. してゆくシステムであ ったが,管理通貨制度はこれと. 戦後に問題となってくるいわゆる「戦債」. 異なり,当該国の取引高, したがってまた 国民所得の. した資金調達であ ったことから ,戦時中に進められた. 動向に照応させて 通貨当局が通貨供給且を 主体的に決. この強制「貯蓄」は ,戦後になって租税負担によって. 定してゆく制度であ るということであ る 0 この観点に 立てば通貨供給且を 決定してゆく 主体としての 連邦準. 市民生活を脅やかす 可能性少なく ,そのまま「貯蓄」 として機能し 1920 年代の「繁栄」を 支えた過剰資金. 備制度の成立,そしてその 財務者との関係は ,合衆国. 創出の現実的基盤となったこと。. における「国家独占資本主義」の 成立がどの時点に 設. 大略明らかにされた。. 等の地下室に 保有されている 貨幣用金という 客観的 指. 定 さるべきかをみき ね める上で当然のこととして 強烈 に意識にの ほ らざるを得ないことになる。 したがっ. て ,このような観点からも連邦準備制度の 研究は,今 後,当然重要な研究課題となりうるだろう。 わが国の研究のこのような 一般的状況のなかで ,加 藤栄一「戦費金融の 近したもの. アメリカ連邦財政. と 両大戦間の景気循環㈲」『経済学』 (東北大学 ) XXX/l, 1968 年 ; 井村准哉「第一次大戦 期の アメリ 力 金融市場 戦時金融公社 (W.F.C.) 設立の背景 に関する一考察 T 商学論纂 ] (中央大 ), XXIV/ 1, 1982 年 ; 平田喜彦「第一次大戦と 連邦準備制度」 」. 経済学季報』 XVII1 れ , 1968 年,は,研究史上特筆 さるべき地位を 占める。 加藤論文は,第一次大戦中の 連邦政府の資金調達が マネー ・マーケットにどのような 形 軒を与えたかを 理 論的かつ実証的に 問うて, 1920 年代の合衆国における 亡. を目的に. ). これらの事柄が. ここでは連邦公債の 発行と連合国に. 対する「戦債」. との関係,さらにほ 連邦公債の発行と 連邦準備銀行信 用 1 商業銀行信用の 関係が明快に 跡 づけられており , 財政需要を含めた 第一次大戦 期の マネー,マーケット の構造分析にとって 必要なフレーム・ワークの 形成に 役立った。 平田論文は 1914 年から 1921 年 までの連邦準備制度の 役割を分析し 連邦準備制度に 期待された設立前の 理 念が,大戦中の巨額な金流入と 連邦公債の発行によっ. て変更を迫られてゆく 過程を分析した。 この時期の連邦準備制度の 役割については ,合衆国 では研究が進展している。 B. H. 良 ckhart, ルゐ竹Ⅰ. ル5e の e. 油 n Ins 田 ute of Banking. S ノお佛 , Ame,. 1972. ( 矢 星次郎監 訳. ・藤田正寛・ 三木谷良一・ 石垣健 一課, 東洋経済新報社, 1978 年Ⅰ d ㎞ o, T ル Dis.. %. Ⅰ徳村. E0 打ゆ 0ダ妨 e. 「繁栄」を支えた 過剰資金が第一次大戦 期 にどのよう な形で創出されたかを 解明した。 この論文は,第一次大戦期の 財政のアメリカ 的特色. York. l924 ; J, M . Chapman,. を同時期のドイツや 日本との比較において 論じっ つ ,. T れ os ひ ひ Cerz 仇 ㎝ 柁$0 ダ ルみろねみ ㏄ドガ zんピひれ か. かかる特色のなかに 戦後の合衆国の 好景気. せみ. St4feS, 191g ; Charles O .Hardy,. 0ダ. 妨そ何せゐ刀ぬ Re 形屋 9 S ノS% れ , Washington. 投機」. 「証券. の金融的条件 (「金余り現象」 ) が存在した. ことを明らかにした。 戦時中に自国の 戦費調達と連合国借款のために 発行 された連邦公債 (4 回の自由公債と 1 回の戦勝公債 ) と ,その市中消化のために 発行された償還期間 1 年内 の 財務省債務証書 (T,easury G,t 田cate of Indebted.. 妨をル イe 撰 Z Re$eme. H. Hollander,. W. or. く. ゐれ磁化 ese の e S ノ3% 笏 , New 丘ピ. $coZ ぬれ㏄ i0 れ $. 且沖 る 5, New. Bo 斤0 ゅ肪g , A. York. l923. 文枕靱. ;. 0ダ. J.. 0ダ妨 e Ⅰ. W.. C Ⅰ どピわ月0H おe3 Ⅰ. 932. ;. P. G . Harding, T ん せ月0 れ打df 均そ 月どわ0 虜 0ダ妨 e. Ee ゐ竹 Z R. ㏄せの e. BuTgess,. T ゎe. 二兆化梯 ,. R 捺 e のe. Mor 蛇 t, New York. l927. Boston. 1925. ;. W . R .. B 仲, ゐ 5 d れ イ妨 ,』 玖0 れをノ. ( 井上 辰 九郎監修・東京銀. 行集会所課丁準備銀行と 金融市場』東京銀行集会所,. ness) が,政府資金預託銀行の「信用創造払込み」 (payment "by credit") や ,巨大企業の内部留保資金. 1929 年上 R. B. WesterReld, Mon 雙 , Credit 磁オ Bd れ &iれ9,,eV.ed., NewYo,k 1947; W.W. RjeBer,. 運用,そして商業銀行からの 政府証券担保貸付に 依存. MOo れ eノ Ra. とり. S れれ d. イ M o れをノ Ml石d ぬ ets. iれヵん色ひれわⅠ み.
(3) ( 91) 73. アメリカ金融史の 研究 動嵐2) (楠井 敏朗 ) New. Sfazes,. y ㏄ 掩 0/. Ⅰ. Cambhdge 人ese の. York 鹿 Re. lg ㏄ どer. S. E. Harris,. ;. 切穴 eJe. Po 援り ,. のし. Mass. 1933 ; Harald L. Reed, P0H り. そ. J ③2. 臼 930,. Ⅰ. New. Boston. Ⅰ. 922. bwrence. ;. Co れ siオ. ればお。 れ. ビ. NeW. yor&,New. ed.,. ヱれ比てク Ⅰ ぬ. 妨 e 5%6. fAe Mon り 」. Ⅰ. Ee. んe. York d お0 れ. れ. 6%. アノ. 0ダ. れかoZo/. ゐ%. Ⅰ. ;. EoH り ,. 櫨ればZ. B Ⅰ 荻妨 9. z Rese. B Ⅰ れゐ 0/. 戸ひ e. Burgess,. ルゐ戸れz Rese の e EoH oダ. Re$e Ⅳg Ba. M. ed., New. 召 ぬが, rev.. くノ劫. B 玖四 附加 ぎⅠのれ 9,. TA6. York. れ々 s. dれせ. l936;. L.. New. Cre イわ, New. れ比はZ. York. Ⅰ㏄6; W,. ㏄ ヒァて叱ぢノ sfe 笏. d れ イ功 e. York l931;B.M.Anderson,. GoZ み, 0 れピ Ee みeraZ Bon. of Governors. PoHc 明. る. of the FederaI Resewe. R 材eraZRe5e の g 5 ノsfc. がⅠ ts O Prlnceton. ド. Ⅰ. 乙ど Ⅰ 戸. a ビみ ⅠⅠ. Ⅰ. ァん. 免と. zz れ fto れ,. o. ・. W B. そ色. T ル ABC. oダ. 亡ん e. んノとん eEg オ6 挺 z Re 托の e れ 9,. Ⅰ. Q れイ HOoW. %. んそ ⅠⅠ. ノ. a. はⅠ. れ. Fee4. 珂 。Ⅰ 毘 s,. Ⅰ. Ⅰ. ぴ ⅠけⅠ. 0 ed.@. 1936.. 邦語の研究では ,高山洋一 『ドルと連邦準備制度』 新評論, 1982 年 ; 大野喜久 之輔 「戦後連邦準備銀行政 策の特質と問題点 よりみて. 特に公債価格支持政策との 関連. 」『神戸大学経済学研究. 山. 4, 1958 年. 林清人「連邦準備制度と 金融政策の形成. ;. 小. 第一次大. 戦後のアメリカ 金融市場の構造㈹」正経営 志林 VII/ 1, 1970; 紀国正典「合出国 20 年代における 金の流入 』. と. 1 ㏄0( 西村・ 堀訳 『世界貿易の 構造. とイギリス経済口法政大学出版局, 1974 年コ) を軸 に,わが国でも 研究がこのところ 急速に進んだ。 その 崩壊をめぐっては ,合衆国への異常な貨幣用金の 流入 と,その世界市場へのリサイクルのメカニズムが 絶ち 切られたことに 原因を求める 見解が有力であ る。 リサ イクルのメカニズム (国際貿易及び 国際金融における 自動調整作用のメカニズム ) が絶ち切られた 決定的 原 因は ,合衆国通貨当局のとった「不胎化政策」にあ. っ. たことも通説になっている。 (金融的 ). 恐慌のない経済的. 条件の整備を 求めて設. 連邦準備政策」. T 経済論叢 d. CXXVII1. れ. ・. 追証券 ) の売り圧迫 と ,流人する貨幣用金のために 混 乱するマネー・マーケットに 対して適切な 措置を講じ なけれ ば ならなかった。 一方で国際金融市場に 対して イングランド 銀行に 伐 って「最後の 貸手」として 機能 することを要求されるとともに ,国民経済的には,. その目的と機能 力 ; E. W.. and D . L .Kemmerer, Wa. 870". のためになされた 海外からのアメリカ 証券 ( とくに 鉄. Ce. りれg ,. PoZ わノ, 7977-33,. 課調丁連邦準備制度. e ァん. コ. 立された連邦準備制度は ,第一次大戦中ドル資金調達. ざ甘. System , 七% ゆ 0 托 囲み Runc お0 れ, 1947 ( 富士銀行調査. Ⅰ. T Ⅰ 材せ. ㏄ 屋e. 1924 ; Board. 苫. 中 o01. O 化 ぴ篠 J. れ ゐ er,. Ⅰ. あy. 9 Ⅰ 4, Ⅱ ve. Ⅰ. Bd. C ん ed タ 才o れ eノ,. Kemmerer. Ⅰ. ざ加み es 伍 B Ⅰ izisA. 1958; E. R . Wicker, Ee ゐ raZ Re. E. Spahr, T ル E けオはほ Z R Co. Sad,. l930. l935 ; W.Randolph. V. Chandler, Benj 乙 附加 M0. 2 vols 。. York. Ce. l930; d 血 o,. Washington ノ. イ毛戸れ. a れオ 何年it肋g$. ㏄ル5. York. 0/. 決済機構については ,いわぬる ソール・モデル (S, B.. のe S ノ苫柁屋, Wi 妨ぶPeciof. 妨せル ノン Ⅰ㎡ Rese. ぴれ どち Ⅰ. New. E.Clark,. TW ㎝ 収. 月ピ. ditto, T 尼 Deu んo中擁㎝ to/ Ee ゐ屋 ZRgsgwe. Ⅰ. 2, 1981. 「過剰流動性」の 処理というかっかしい 課題をも引き 受けなければならなかった。 金利政策を軸に「国際均 衡」維持のための 金融政策を採用して 来た従来の中央 銀行機能とはまったく 違って,連邦準備制度は ,その. 後,一方で大量に発行される連邦公債の 市中消化の金 融的条件を整えながら ,他方で意識的に「過剰流動 性」対策にも 乗り出さざるを 得なくなり,金利政策に 加えて公開市場操作を 重要な政策手段として 採用せざ るを得なくなる 事態 へ だんだん追い 込まれてゆく。 か. かる連邦準備制度の 役割のなかに 19 世紀の自由貿易Ⅰ 自由競争時代の 中央銀行とは 違った中央銀行の 新しい 役割をわれわれは 見出すのであ る。 連邦準備制度の 研 究は, したがって ,. 「ポンド体制」から「ドル. 体制」. への移行という 1910 年代∼ 30 年代の国際金融制度の 研 究 とのかかわり 合いでも,今後ますます 重要性を増し. 年。. てくるであ ろう。. <2) 国際金融市場の 変化. の変化とその 合衆国金融市場に 及ぼした影響について. 第一次世界大戦が 惹き 起こした国際的な 資金の流れ の変化は, とりもなおさずロンドン 金融市場を中心に 編成されていたそれまでの 多角的貿易決済機構 ( 自由 貿易を背後にもったロンドン 金融市場の引受・ 割引機 構) の崩壊を意味する。 自由貿易体制下の 多角的貿易. は,前掲井村論文と 平田喜彦「第一次大戦 斯 のアメリ. 第一次大戦とともに 始まった国際的遊休資金の 流れ. 力 対外金融関係㈲. ー化と関連して. ニューヨークの 国際金融センク 」. 干. 経済芯材 i XLV/3.. 1977 年,. が明快な分析を 与えている。 1914 年戦争開始直後にみられた 海外投資家の 資金引.
(4) 74@ (192). 横浜経営研究. 第 2 号 (19㏄ ). 第W 巻. 揚げ。 連合国軍需に 主導された未曾有の 輸出ブームの. LVI, 1978 年, 1979 年. ;. 見返りとしてなされた 連合国側の手持米国証券大量売. nationaI Credits and. Depression, Jo ぴ md. 却または金現送による 対米決済。 この結果合衆国のマ ネー・マーケットには 二つの効果が 現われた。 第一。. A 笏 eHc0%. 大量の証券還流 証券市場の圧迫・. (外国保有米国証券の. J. H. Roge,s, Gold, Inte,。 /. サん. 9. Sfazi,ticof 九%0 ㎡硅 ion, Sept. 1932, を紹. 介した矢島保男「 19% 年代初期における 金とアメリカ 経済」『早稲田商学 コ 120 号 , 1956 年 ; 石垣今朝 吉 「 い. 買戻し ) による 値崩れ。 とくに鉄道証券市場の 低 迷。 これに対抗する ,鉄道業と密接な利害関係を有す る金融機関 (モルガン商会等の 投資銀行 ) による買支 え。 第二。 合衆国の貨幣用金保有高の 急増。 マネー・. 政策を中心として 」『商 経論集』 (法政大短大部 ) 3 号, 1964 年, を参照。 欧文では, C. Ⅱwis, ん牝 H 。o,, Sz0 ゐ 6 % ぬ ね功 硅 ion ㎡ 血 ㏄ s 施玖 な,. マーケットにおける 信用創造基盤の 拡大。 活況の下支. Washington. え。 かかる状況のなかで 連合国のドル 資金調達を補給 し,対米軍需を 維持する目的でなされた 国際金融市場. of l914 in the Un;ted States, A. 笏ビ㎡㏄ n. R ㏄ わ四, V/3,Sept.. Bloom. への資金還流策の 推進. P0fic ノ囲オ gr. これは,村払借款を 皮切り. にモルガン商会を 中心に主力金融機関によって 展開さ. わゆる『再建金本位制コほついて. 7880%. 1938. ;. 0. M . W. l915. ;. A.I.. 米国の金不胎化. Sprague, The. 丘. Eco. CHsis れ. 0 笏わ. eId, 7%0 れ ey. 妨 e ぬれ 沖伽 io れ oZ GoZ オ S 癩 れ こd ㎡,. 974, New Y0rk. l979, など。. れた民間レ ダヱル での 対 連合国貸付として 進められ た. B.. 1917 年の合衆国の 参戦はこうした 条件を一層拡張し た。 合衆国政府は ,自国の戦費調達と 連合国に対する. (1) 920 年代の柾 券投柑 の 背温. 借款のために ,前後5 回にわたって 連邦公債 ( 自由 公. 債 と戦勝公債 ) を発行した。 連合国に対する 政府借款 は合衆国を中心とする 国際的資金循環に 次の二つの効 果をもたらした。 第一。 合衆国マネー・マーケットに おける証券売圧迫の 軽減。 (証券市場の安定 ) 第二。民 間金融機関を 通じてなされた 対 連合国借款の 合衆国へ の 返済と,この返済金を元手とする 金融機関の連邦公 債購入 (対 連合国政府借款による 民間貸付の肩 替 卯 の金融的条件の 形成であ る。 この過程で合衆国は ,連 合軍の軍需に 物的・資金的に 対応出来る条件を 整え, 輸出を増大させて 世界最大の金準備国としての 地塁を 築くと同時に ,対外債務の大幅縮小と,ニュー・ヨー. 1920 年代のマネー・マーケット Ⅰ. ところで 1920 年代のアメリ 力 金融史の研究は , 1929. 年 恐慌の原因と 結果をめぐる 研究を中心に 展開された ものといえる。 この問題意識は 恐らく正鵠を 射たもの といえよ. う. 。. この問題に関する 今日の学界水準を 知るには,チャ ールズ・ P. .. キンドルバーガー. (Kindleberger). の. The Wor 仮初 D ゆ rg$sion,J 鍍ナ J939,University of CaMo,nia Pre ㏄ 1973 ( 石崎昭彦・木村一朗 訳 『大 不況下の世界 1929 円 939 』東京大学出版会, 1982 年コ 第 草 序説で取上げられた ,合衆国の二人のノーベ Ⅰ. ル賞経済学者,. ミルトン・フリードマンとポール・ サ. ミュエルソンの 見解の要約が 参考になろう。. クの国際資本市場化を 通じて債権 国へ転換する 条件を 整えた。 井村はこうした 文脈の延長線上に 戦時金融公社 (War Finance Co 中 o,ation)創設の必然性を 位置づけ たし,平田は,外債発行を中心としてニュー・ヨーク. キンドルバーガーはこれを 出発点として 独自のすぐ れた研究を展開した。 かれによると ,マネタリストとケインジアンのこの 問題に対する 理解のちがいがはっきりする 0 「フリー. がロンドンと 並んで国際金融センター 化する過程と ,. するさいに犯した 誤りが唯一の 原因であ ると力説し,. ニュー・ヨークにかかる 地位を与えた 貨幣用金のニュ ヨーク集中の 国際的メカニズムを 究明した。. サミュエルソンは ,一連の歴史的偶発事件がそれを 引. 他 に加藤正秀「第一次大戦期のポンド」『経済学季. 況の原因をヨーロッパまたはその 周辺よりはむしろ ア. 報』 (立 正大 ) XVII れ , 1967 年. ;. Vincent P. Carosso,. 血 W 鰯 m 。れ zBQ れゐ れg 劫 Am 。㎡㏄, AH ゐz0 り , Camb., Mass. 1970 (V.P. カロッソ・日本証券経済研究所 訳 Ⅰ. 「アメリカの 投資銀行. (上 ) (下 ) 」『証券研究. ]. LV,. ドマンは , ・…‥世界不況はアメリカが. 金融政策を実施. き起したのだと 断言した」。 フリードマンは ,「世界不 メリカの国内に ,実物要因よりはむしろ 貨幣要因に, 諸機関の性質またはその 果すべき任務よりはむしろ 政 策に,国際システムの作用よりはむしろ 一国民経済に 求める」。 1929 年の全世界的な 大不況についての ブ リ 「.
(5) アメリカ金融史の 研究 動嵐 2) (楠 邦敏朗 ) 一 ドマンの説明は ,一国的であり,貨幣的であ り,政. 策決定にかかわるものであ る。 これは単一原因説であ. (193)@75. 1825 年の最初の近代的恐慌以来,恐慌発生にはいず れの場合にも 中心国が存在した。 しかし研究 史 が明ら. り,私の判断では 誤りであ る」。 「しかし, F 一連の歴 史的偶発事件』によるとするサミュエルソンの 説明 は,それ以上に説得的でない」。 「大不況が単一の 原因. 貨幣経済の面で 深いかかわりをもった 世界市場を基盤 にして発生して 来たものであ った。 キンドルバーガー. ないし一つの 主要な原因によっても , また一連の歴史. は ,研究史上のこの 共通の認識と 方法を踏まえて ,世. 的偶発事件によっても 説明できないとすれば ,われわ れは多くの問題に 直面する。 ・…‥不況はどのようにし てどこで発生したのか ,それが非常に広範な地域に 波 及したのはなぜか ,それが非常に深刻になり,かつ大. 界市場関係から , しかも政策決定のもつ 重大な効果を. へん長い間続いたのはなぜか , 1. ∼. と」. 0 (石崎・木村 訳 ,. れ,問題にされている 事柄こそ,他でもなくわれわれ の問題であ り,出発点でもあ る。 1929 年恐慌の原因と 結果をめぐる 分析でキンドル " ガーを特徴づけているものは ,次のものであ る 0 す. なわち,第一次大戦によって 粛 されることになった 「戦債」と「賠償」が , 1920 ∼ 30 年代の世界的資金 循 環の構造にどのような 影響を与えることになったか ,. この時期の初期に 急増し恐慌直前に 急停止する合衆国 の対外貸付 (資本輸出 ) は合衆国のマネー・マーケッ トのいかなる 動きとかかわっていたか ,ポンドの旧 平 価での復帰 (1925年 ) を軸に再建された 国際金本位制度 は ,かかる資金循環にどのような 影響を与えたかとい う 20 世紀はじめの 国際金融市場の 分析から議論をはじ めて,これとのかかわりで , 1920 年代の合衆国におけ る異常な証券投機とその 帰結としてのニュー・ヨーク. に,いずれの恐慌も中心国が 商品 さ. う. も考慮して, 1929 年の合衆国の 株式市場恐慌の 分析を 行ない,その因果連関を論じたのであ る。. -. 同様の接近方法は , JohnK.. 一 一 T4二万 e れ C り. Ⅰ. fC. Ⅱん e Ⅰ. ク屋ビ,. ( 都留 重九濫訴,. 4 ぺ ー ジより 抜華 ). ここでキンドルバーガ 一によって要約され ,論評さ. 一. かにして来たよ. く. TBS. ピ. Ⅰ. Galbraith, MOo れり z t4億れサ , Boston. 1975. ブリタニカ, 1976 年コにもみ. られる。 かかる論争に 関連して次の 文献は重要であ る。 前出, M Ⅲ on. M. A. 。れ 。fo. Friedman. ワは 5to ワ. 6 羽 弼s. E 。㏄㏄. 0/. 「. J960,P,inceton. 1963. ;. 妨e. J. Schwartz,. %ifedSfat,s,. Peter Temin,D. Crgat. fん e. and Anna. Ⅰ. ト. 86. 材 九拍 on,tar. D ゆ WJsion P New. ノ. York. 1976, など。 またこの問題に 関連して, 佳 美光彦「世界大恐慌 (1929づ 3 年 ) 論㈲,(2) 経済学論集』 (東京大学 ), XLVII れ , 1982 年, XLVII174, 1983 年 ; 同 「世界大 」. 恐慌の発生過程」. 丁. F 経済学論集. ] (東京大学 ) XLIX/. 2, 1983 年 ; 同 「世界大恐慌の 発生 過筒 2) 経済学論 集 (東京大学 ) XLIX/2, 1984 年,は是非参照さる べきであ る。 この連作の第一論文のなかで 佳美 は ,大 恐慌に関する 諸学説を整理している。 」. ア. コ. 第一 0 % ㏄s. シュム ペーター. (J. A. Schumpeter,. C ソcZ㏄, 且 T ル orgfic&Z, 且むtoH. tiJticoZ AM. 仮 ㎡J o/. 。㎡,. B ぴ si-. a れ田 St 件. Ca タitaZist 月仰c ㏄ s, 2vols.,. 株式市場の崩壊の 原因分析を行なったところにあ る。 それはフリードマンの 試みたような 一国中心のたん. New. なる貨幣数量的分析では 決してない。 先進各国のアン. 有 斐閣, 1958 つ 4 年 ) に代表される 複合循環論. バランスな産業発展の 事情や低開発諸国の. 期を異にするいくつかの 循環 (キチン循環, ジュグラ. 滞貨累積と. York l939 ( 吉田昇姉盆 訳 『景気循環論』 コ. 方 。 第二 o J. K.. れている点であ る。 すなわち,ポンド, フラン,円の. J929,. 金本位制復帰の 方法の誤りから 生じたポンドやフラン の危機的状況,これを 克服するため 誤りを一層加重し たニュー・ヨーク 庫銀の金利引下げ 策の分析がこれ. は再びくるか. 「金. I-V, 周. ー循環, コンドラチェフ 循環 ) の下降局面が ,たまた. 原料価格軟化の 状態の分析をも 視野におさめた 研究で あ る。 加えて注目さるべきは ,経済政策のミスが 現実 の 経済活動に及ぼす 重大な影響の 分析にも注意が 払わ. で ,こうした一連の 政策ミスの結果合衆国では ,. ょん g. ま 1930 年代に複合して 起こった「大不況」と 捉える 見 Boston. ガルブレイス (The. GW. 成. 1954M 小原敬子訳『大恐慌 コ. る経済構造原因論. Cras. ん. 1929 年. 徳間書店, 1958 年コ) に代表され アメリカ経済の 構造的特色と 関. 連させて説明する 学説。 第三。 吉富. 勝 ㏄アメリカの 大恐慌」日本評論社,. 余り現象」が 増幅され,ブローカーズ・ローンが 増大 し , ニュー・ ヨーク株式市場での 証券投機に一層 油が. 1935 年 ) に代表される 恐慌形態論。. 注がれることになったと 分析されている。. ㎡。 れ J92 チ 1939). 第四。. キンドルバーガー (T 伎 研。㎡み肋 D Ⅰ. とブラウン. ゆれ, s-. (lN,.A. Brown, Jr.,.
(6) 76 (1㏄ ). 横浜経営研究. T ルエ 穏 ze 沖 ㎡ i0竹ぬ Go. JgJ イイ 9S4,. は及伽右 ㎡. 2vols, New. York. 第Ⅵ 巻. Rein 加ゆ nefed,. lg 如 ) に代表され. る国際金融原因論,であ る。 このような整理はその 当 否をめぐって 恐らく論議を 呼ぶだろうけれど 研究の新 しい展開の土台となることは 間違いなかろう。 1929 年恐慌の直接のきっかけとなった 証券投機の原 因をめぐっては ,わが国でも研究 史 はこれまでいくつ. 第. 2. 号 (19㏄ ). 第三に合衆国のマネー・マーケットが 著しく国際化 し始めたことを 考慮し,この方面から投機が 加速され たことを強調する 一連の研究があ る。 合衆国の証券市. 場に海外から 投機資金が流入し 始めたこと,国内資金 が海外証券の 購入に立ち向かったことがその 背景にあ る。. 真実は , 恐らくこの三つの 要因の複合のなかに 求め. かのすぐれた 研究を残して 来た。 第一は, 1920 年代に目立った 特徴を形造り 始めた産. られるであ ろう。. 業構造の激変とかかわらせて 解いてゆく一連の 研究で. (2) 産業および金払 穏造 の変化. あ る。. 第一次大戦前後から 起こった合衆国の 産業構造の大 この時期合衆国では 繊維,石炭,農業,造船,. 皮革といった 諸産業が斜陽化し ,停滞期 に入ったのに. 対して,自動車,化学,電機,電力といった 新興産業 が急成長し,鉄鋼,石油などの素材産業や機械工業に. 生産の素材上の 変化が起こっていた。 例えば自動車産 業からの需要に 応じる鉄鋼業における 高品質の大量薄 板の生産と,そのために 採用されたストリップ・ミ ル。 同様にガソリンの 需要増に応えるために 石油精製. きな変化に対応する 企業金融の変化についてほ ,石崎 昭彦「 1920-2t午 恐慌とアメリカ 鉄鋼業」 干商経論叢』 I1172, 1968 年 ; 同 両 大戦間期のアメリカ 鉄鋼業」 商 経論叢』 111/4, 1968 年 ; 山下正明「第一次大戦と アメリカ経済の 再編成 鉄鋼業を中心に その 1, 「. 『. 2, 3, 4, 5 」『社会科学論集 J (埼玉大 ) 42. 43. 45, 46, 47 号, 1979P1981 年 ; 同 「アメリカ軍需. 業で採用された 分解蒸溜法の 発展など。 したがって資 金の需要構造も 大きく変化し ,急激な技術革新に基礎. 海運の分析を 中心に. づけられた合併・. 増資に伴. 年; 同. 金需要に上 ヒし旧. 産業からの資金需要は ,設備投資の. う. 新興産業からの 旺 盛な資. 停滞,独占利潤の企業内留保等によってそれ 程 活発で なかったこと。 資金需要における 産業別のこのアンバ ランスは,国民経済的にみたとき 相対的に資金過剰状. 態をつくり出し. 株式投機を惹. き 起こす金融的条件を. づ くり出した。. 第二は, 1920 年代の証券投機を 資金供給面で 支えた. 産業の生成と 展開 (1929年恐慌まで ) 」『証券経済』. 鋳砲 ,造船, 118 号, 1973. 1920 年代とアメリカ 鉄道業の展開㈲ , (2), (3),(4)」『社会科学論集 d 49, 51, 52, 53 号, 198㌻ 19 ㏄ 年 ; 斎藤隆義「第一次大戦とアメリカ 軍需産業 「. 一一デュポンを 中心とした一考察一一円,㈲ , ㈲」 ニ. 経済学季報』 XXIl1 れ , 1973 年, XXII1/2,. 1974 年,. XXII173, 4, 1974 年 ; 井上昭一「アメリカ 自動車工 業における独占の 生成と経営組織の 形成㈹, (2) 」下岡 山商大論叢』. VII れ. ・. 2, VII1 れ , 1972 年 ; 鈴木直次. 金融構造の変化を 重視する一連の 研究が挙げられる。 この時期合衆国では 証券市場に流入する 資金量が急増. 「株式ブーム 下のアメリカ 自動車産業」 子 社会科学季 報 J1 (専修 大 ) 15 号, 1981 年 ; 小倉層次「第一次大戦. した。 一 つ には,余裕資金が証券市場 ( とくに株式市 場 ) へ 流入するルートが 整備されたためであ る。 商業. 前におけるアメリカ 電機工業の集中と 大銀行㈲, (2),. 銀行はこの時期投資子会社を 設立し証券の 引受と販 売を担当させ ,余資をこの方面に運用した。 いまひと. つには商業銀行自体の 証券保有,あるいは証券担保貸 付が急増したためであ る。 商業銀行のこうした 余資運 用を支えたものは ,一つには1920 年代を通じ所得分配 の不平等が強化され 貯蓄性向が高まったことに 加え, 企業の設備投資が 限られて,全体的には ,貯蓄が投資 を 上回る金融的条件にあ. ったことと,いまひとつに. は,貨幣用金の流入によって 商業銀行が準備率を 高め たためであ った。 この結果証券市場への 投機資金の流 入が一層進み ,投機そのものに厚みが増した。. (3),(4)」『千葉商大論叢. J. XIX7l, XIX/2, XIX73,. XX/l. 1981P1982 年 ; 同 「第一次大戦双後における アメリカ大電機会社の 中小会社支配」 肝 千葉商大論叢 T XX/3. 1982 年 ; 同 「第一次大戦と 米国重電機工業 一一 General Electric を中心とする 一考察」 政経研 究』 22 号 ; 宇野博二「アメリカにおける 自動車工業の 千. 発達」『学習院大学政経学部研究年報』 5, 1957 年 ; 森 恒夫「市大戦間におけるアメリ 力石油産業の 資本 蓄積過程について」 [ 経営論集 ] (明大 ) XV/2, 1968 年 ; 同 「商大戦間における 石油産業㈹, (2) [ 経営論 集 d ( 明大 ) XlI173, XIV/l, 1966 年 ; 同 1920 年代 におけるアメリ 力石油産業の 資本蓄積過程について」 」. 「.
(7) (195)@77. アメリカ金融史の 研究 動嵐 2) (楠井 敏朗 ) (一橋大 ). 経済研究』. 口. D . C,eamer. の文献では,. M. 磁イ使 加われ9 「. 亡. T. 伽ピ弗ク. T. 磁れ Ⅰ 肋 Z. 梯 0 腕ル血ぬ豆り ,,. ガ e援. H. 恭for ノ 0/ 妨 e A. 1971;. 笏 eH. 皿石 ofo ぴ,0% オ ;. W.. London. 脚 cr. めクれ. WⅠite,. Cambridge,. R. F. Lanz 山 otti, The. Automobile. ウ ,,. (ed.), New. TAe. l977;. Eo ㎡, G. T 肋且ぬ 。佛 。碗ルぬどぴ ,fr ㌻. H . A . Ca,,, T 鹿. A.. D ゆ 。舵. D,. 伽 gmZ. New. Yo,k. D, ぬ Ware,. oダ. al。. 報」 XV71.2,. 1㏄6 年. 1920 年代 ;. 」. ア. 経済学季. 「アメリカにおける 銀行恐慌の. 過程」 経済学季報 d XVI/2,. 1967 年 ; 「大恐慌 期 にお ける銀行資産の 構造と流動性」 肝 経済学季報』 XVII/1, 1967 年 ; 1920 年代のアメリカにおける 資本蓄積と 産 XVII/2. 1967 年 ; 西 集金融㈲, (2)」『経済学季報 純子「 1920 年代アメリカにおける 金融機関の集中」 0 社会科学研究 J (東大 ) XXIV/3. 1973 年 ; 同 「商業 銀行と企業金融」『土地制度史学 60 号, 1973 年 ; 同 仁アメリカ企業金融の 研究 ] 東京大学出版会, 1980 年 ; 藤木三喜男「 1920 年代アメリカにおける 資本蓄積と証 匠. 「. ゴ. ⅠⅡ. コ. 1980 年 ; 森 果 「大戦間におけるアメリカの 資本市場と投資銀 行」『経済学研究』 (北天 ), XIII/1, 1963 年 ; 安保哲 夫「 1920 年代アメリカ 外国証券発行の 投機的性格」 『社会科学研究 Jl XXVlI1/4.5, 1977 年,などが公刊 コ. U大阪市大 ) XXX/5.6,. されている。 これらの研究で 明らかにされた 事柄を要約すれば ,. 1964 ( 森川淑子訳、 『デュポ 、ノ』河田書房 新. 1969 年コ ; H . F . ⅤhHiamson,. る 銀行集中と銀行構造. 券市場」 F 経営研究. St 屋 cf ぴ托 0ダ. York. Chandler, Jr., G 伍鹿 E れ teゆわ㏄ 1964. York. ぬイぴ亜り S 肋 ㏄ J975,. 7% イM5t. ㏄れ. T Ⅰヱ. Market, Hd の or み. July 1926 ; L. J.. Industry, in W,. Adams A. Ⅰ 抑オ. Boston l927 ; C. E. Gh 伍n,. , IV/4,. 尻 o 抑 0 るれe. Mass.. 化. Ⅰ. B ぴ S%ess Ret. 宙み. G 砕わ ㎡ 伍. N4%. んe. The Evolution ofthe AutomobiIe A. % 榊Iation. 且3. U . Ulme,,. Com 砲姥を㏄ zio れ仰ピ尹ひら Zic UfiH-. 1951; ditto, A E. TAe. Co か妨Ⅰ 肋. o/ Ca タ 劫 Z G 切れ on イ Los5e5,New. 化成 櫛 ent. 八%0. ;. L. H . Seltzer,. ;. othe,s,. n 肋g ,. 「. 「㎝ 申 or 施 ㎡0 れ,. んs, 1960. and. Princeton 1960. 下 れ 0% 。肪g, T. XVII1/3, 1967 年,など。 欧文. 1920 年代の合衆国の 金融構造のイメージが 大略 つ ぎの. ひれiteみ Stozes,. 通り浮かび上がってくる。 第一。 総資産増加のうち 有形資産 (固定資産と在 庫 ) の増加寄与率, したがって設備投資の 増加率が大 戦前に比して 低下し,無形資産 (金融資産 ) の増加率 が 高まったこと。. 5 voIs., Lexington, Mass. 1971; H .C . Passer, T ん e. 第二。 金融資産増加寄与率のうち 30% 以上が遊休資. ,. A 別 e パ㏄ れ E. 刀り Ⅰはノ. Press 亡ん 6. 月ezroZ. D 乙にZクク 笏ピれ甘 18 ア5-7900. 9デ. ;. A. T 几g. Northwestern. ; V . T . Hogan, o れイ Sfeez. et. f れこび ㎡ ひ,,. 7899-j959,. ,. 1959 エ ron. ㎝ 汀z. ェれ. ピぴ弼Ⅰツ劫. Electr.ic. ちん e. Stud. gc0. ノ. タ戸れ e ぴ rs んゆ, Tec ん % たはZ. Ⅰ. 簾. Ⅰ. んe. 九%d. 比Z. Agc. んり. oダ. 壬 Ⅰ stor 「. ノ oダ. 戸 ぴナし めなree ぴ ,. C077ゆ乙尭i0 れ ,. C ん %nge,. T. University. れ 0 用た. ・. 未丘. のん こ. fco. g 竹刀. れ tr ひ omれ佗. Grouth, Cambridge, Mass. 1953, など。 1920 年代の合衆国の 金融構造の分析では ,わが国で はアメリ ヵ 「金融資本」の 性格規定の問題とかかわらせ. 金の連用 (証券担保貸付,政府証券投資 ) や位企業支 配 のための証券投資 (株式投資 ) に向けられたこと。 とくに 192 計 29 年の株式ブームの 時,商業銀行預金高. がきわめて停滞した 時期に, コール市場への 出し手と しての巨大企業の 比重は高まり ,. これがブローカーズ. ・ローンを促進したこと。 第三。 産業資金調達の 一般的特徴が 第一次大戦前に. て つ ぎのような精力的な 研究成果が公表されている。 『証券研究 J XXVII, 1969 年,に掲載された平田喜. 比して大きく 変化し,銀行からの借入が減少し ,巨額. 彦「 1920 年代のアメリカにおける 産業金融」 ; 西川純. の内部留保金の 蓄積を基礎に 自己金融の傾向を 高めた. 子 「公益企業持株会社と. 1920 年代のアメリカ 証券市. ナと し 0. 堺 雄一「商大戦間のアメリカ 生命保険業と 証 第四。 内部資金形成において ,巨大企業と中小企業 には性格上の 差異が見られ ,巨大企業は 合同運動の強 券市場 (1918-38年 ) 」や,小野英祐 「商大戦間におけ 化によって得られる 利潤増を背景に 留保利潤依存型で るアメリカの 短期金融機関㈹ , (2) 経済学季報』 XVII1/2, 1968 年, XVII1/3, 1969 年,の他に,平田 あ ったのに対して ,中小企業は留保利潤が少なく , 減. 場」 ;. 」. ニ. 喜彦の一連の 労作「アメリカにおける 商業銀行の集中 一一 1920 年代㈲」「経済学季報』 XII1/3 .4, 1964 年 ;. 価 償却依存型であ ったこと。 こうした一般的傾向に 反して,第五。 電灯,電力,. 1920 年代のアメリカにおける 銀行資産構造の 変化」. ガス,電信・ 電話等の公益事業のばあ いには,製造業. 「. T 経済学季報. コ. XII/1.2,. 1963 年. ;. 「アメリカにおけ. と異なって必要とされる 設備投資資金が 巨額で企業内.
(8) 78@ (196). 横浜経営研究. 第W 巻. 部 で調達することが 困難であ ったため,内部資金への. 第. 2. 号 (1985). 依存度は低く ,外部資金,とくに 債券発行に依存する. 最後に第十。 この時期商業銀行は 銀行間預金を 増大 させたこと。 しかもそれは 準備市銀行および 地方銀行. 傾向が強かったこと。 しかも 1929 年には,公益事業会. に よ る プ ロ一ヵ 一ズ ・ローンや証券投資拡大と 結びっ. 社は ,当時の株式市場のブームを 背景に新規資本調達. き,ニュー・ヨーク 残高の増加となって 現われたこ. の 過半を例外的に 債券発行よりも 株式に依存したこと. と。. から,株式市場の盛況と崩壊過程で 公益事業証券, く @=. この時期に成立し. ,. 本論文前半部分. と. ヨーク市場に 上場さ. れた公益事業持株会社株式の 果した投機促進的役割は. (「横浜経営研究. J VI/1) でも問題. にされたよさに ,合衆国における株式会社財務の 歴史 で, とくにトラスト 形成親に問題となったものに ,. きわめて高かったこと。 「株式水増し」 (stockwatering または dilusion) 財務 第六。 商業銀行 (国法銀行,州法銀行,信託会社 ) があ った。 この方式によって 起業を促進した 投資銀行 は ,この時期,生命保険会社,貯蓄貸付組合 (savjng が巨額の創業者利得を 獲得し,同時に設立された企業 and loan associatjon,) などの貯蓄性金融機関の 資産 に対する「支配」を 強化して「金融資本」の 成立を特 増大や,投資ブームをバックにした 投資会社 (invest- 散づけたあ の方式であ る。 companies), 証券ブローカⅠディーラ 一など 0 発展,さらに 販売金融会社 (sales丘 nancecompani. es) などの消費者金融機関の 普及によって ,全金融機 関 資産に占める 比重を相対的に 引下げたこと。 このため第七。 商業銀行はこの 時期,社会的遊休資 金の預金としての 獲得競争で有利な 地位を占めようと して,合同,支店制度の 採用,バループ化,チェーン. 取得方式へ移行 ) したことについては ,西田博「1920 年代米国における 公益事業持株会社および 投資信託の 設立財務」 経営研究』 (大阪市大 ) XXXII/5, 1982. 化によって大規模化をはかったこと 0 だがこの集中化. 年 ,が明らかにしている。この研究では , Sanford L.. は ,都市と地方で連携も関連もなく 進行したため , 必. Schamus の研究 (Notes: High Finance in the , Twenties: The Unjted Corporation CI コ, Cn コ, Co ぬ れ hiaL4% 丘冤比磁 , XXXVII/5 ∼ 6, May and June l93 代 Notes: H ㎏h Hnance in the ,T ㎡rties. ment. ずしも銀行体質の 強化を招来せず ,アメリカ銀行制度 の二重構造を 温存し強化することになったこと。 これ が 1929 年恐慌後の貨幣Ⅰ信用恐慌. (銀行恐慌 ) を深刻. 化した原因であ ったこと。 第八。 1920 年代において 金融機関が用いた 資金運用 法の主要なものは ,企業金融とのかかわりでみるかぎ り. ,証券引受け,証券投資,証券担保貸付の三つの タ. イブ であ ったこと。 加えてこの時期,証券担保貸付で. は,従来の政府証券担保貸付に 比し,企業証券 ( とく に 株式 ) 担保貸付の比重が 増大したこと。 その融資先 は商業銀行の 子会社であ った証券子会社であ り,ブロ 一. カーズ・ローン 増大の基盤を 拡大した。. 第九。 この時期連邦準備制度は ,第一次大戦中に増 太させた連邦準備銀行信用を 激減させたこと。 原因は. この「株式水増し」財務が , 1920 年代の株式投機を. 支えた公益事業持株会社の 設立や投資信託設立時に , 前 時代よりも遥かに 合理化された 形態へ移行 (「無額. 百株式」の取得方式から「ワラントまたはオプション」. 丁. New. Deal. XXXVII/7, pest ル伽 fT. 尤 L gisIation,. Nov. 他村 5Go. 1937) れ. eWr0. Co ぬ笏あたエ d 秒 穴 ㏄ わ珂, と. ,. John. T. 刊 ynn, ぬ. ・. ㎎ 71930 , rep.ed.A,no. P,ess, NewYork l975) が典拠となっている。 1920 年代は,研究史上,双述したよう に,先駆して 成立した巨大企業では ,合同の経済的効果が 独占利潤 の内部留保という 形で実現されっつあ り,このことで. 企業創設時になされた「水増し」. (資産の過大評価 ). が 埋められつつあ った時代として 特色づけられてい る 。 成立した「金融資本」の 解消として挙げられてい る一つの事実であ る。 しかし,この 同じ 19 初午 代は,. 海外からの貨幣用金の 流入による連邦準備銀行の 金準 備率の増強と ,大戦中になされた法定準備率引下げに. 公益事業部門ではまさに 合同の時代であ り,合同によ って成立した 持株会社の株式が ,株式市場で熱気を帯. 基づく加盟銀行の 信用拡張余力の 増大であ る。 会流入 に 対する連邦準備制度の 対応策は,ニュー・ヨーク 連 邦 準備銀行総裁 B . ストロンバによって 打ち出された が 十分な効果を 挙げえず,加盟銀行その 他の商業銀行 は ,余流入によって信用供与を増大させたこと。. びて購い進まれていた 時代でもあ った。. 西田の研究は ,合同を推進した「水増し」財務の 新 しい形態を,同時代に 投機促進に一役買った 投資信託. 設立のさいの「水増し」財務を 重ねて問題にしたもの であ る。.
(9) アメリカ金融史の 研究 動嵐 2) (欄井敏朗 ). (3) 国際金融市場の 影 揺. (197) 79. よる初期の海外製造業投資について」 誌 Jl CXLII/6,. ところで 1920 年代の合衆国のマネー・マーケットの. 19 ㏄ 年. ;. 土井. F 国民経済学雑. 修「 1920 年代の米国綱. カルテルと海覚生産との 関連. 状況を一層不安定にした 要因として国際環境を 見逃す. 産業と輸出力ルテル. ことはできない。. を中心として. ロンドンの金融市場を 中心に編成されていた 多角的 貿易決済機構が 第一次大戦の 勃発を機に行きづまった のに加え, 1920 年代の国際金融は 大戦によって 生じた. 同 「第一次大戦双の 米国飼産業とアマルガメイテッ. 連合国の「戦債」と. ,敗戦によって強要されたドイツ. の「賠償」の 処理をめぐって 大きな重荷を 背負うこと になった。 連合国は合衆国に「戦債」をかかえ ,その 返済 (償還 ) をドイツからの「賠償」で 果そうとし た。 この巨額な資金の 流れが停滞したら 世界経済の回 復は望むべくもなく ,世界資本主義の危機. (全般的危. 機 ) はますます深淵におちこむことになったであ. ろ. ドーズ 案 (1924年 ) による合衆国のこの 問題へのコ ミットは合出国へ 集中した巨額な 資金の国際金融市場 へのリサイクルによって 戦前の国際金本位制度と 自由. 」. 干. 千葉敬愛研究論集』. ドニアナコンダ」『干葉敬愛研究論集. コ. 15. 1978 年. 13 号, 1977 年. :. ;. 同 「米国綱産業とチリ 合同鉱山開発」『世界経済評 ;ぬ 1978 年 6 月号 ; 同 「米国産 銅 資本と対チリ 投資 (上 ),. 』. (下 ) 」『世界経済評論』 1980 年, 9 月号, 10 月号 ; 伊 藤孝「 1920 年代ニュー・ジャージー・スタンダード 石 油 会社の世界企業活動㈲ , (2)」『経済学研究』 XXXI/3. 1981 年 , XXXI/4, 1982 年 ; 同. 「. U北天 ), 1930 年. 代ニュー・ジャージー・スタンダード 石油会社の世界. 企業活動」『社会科学論集 J (埼玉大 ) 51 号, 1983 年. ;. 安保哲夫「戦間期アメリカ 自動車企業の 国外事業活動 一一フォードと GM の『多国籍 山的 現地適応の過程 一一 『社会科学研究』 (東大 ) XXXI/3, 1979 年 ; 鈴 」. 木直次「多国籍企業の 形成過程. 市大戦間期のアメ. 貿易体制の回復を 果し,世界資本主義の 安定化をはか. リカ自動車産業の 海外事業」『国民経済』. ろうとした一つの 努力であ ったが, これとの関連でな されたイギリスの 金本位制復帰 (1925年 ) に対する合 衆国の金融的支援もまた 国際金融秩序の 再建にとって 不可欠の事柄であ った。. 年 ,など。. C.. 133 号, 1975. 1930 年代のマネー・マーケット. 合衆国はこの 時期海外投資を 増大させ,全世界の海 外 投資残高においてイギリスと 肩を並べるまでにな. 1929 年恐慌に続く 1930 年代のアメリカ 金融 史は ,い わゆるニュー・ディール 期の金融政策として 特徴づけ. り,これを通じて 他の資本主義諸国の 産業循環に重大 な影響を与える 地位を獲得していた。 したがって海外 投資残高の安全性確保のためにも 世界経済安定の 指標. られ,第二次大戦後の 合衆国金融に 影響した金融制度 の成立 史 として意味をもつ。 今日「自由化」され 始め ている合衆国の 金融制度はほとんど 全てこの時期に 形. ともなり ぅる イギリスの金本位復帰は 不可欠であ. 成され確立されたものであ った。. た 。 連邦準備制度は 民間の金融諸機関. っ. (モルガン商会. を軸とするそれ ) との協力でこの 大事業を達成してゆ. 連邦準備制度が 成立し,恐慌を回避しうる金融的条 件が整備されたと 思っていたら ,合衆国は,「健全通 貨主義者」の 思惑に反して , 1920 年と 1929 年に二度も. く。 この間の事情については ,前出,キンドル " 一ガ一. 恐慌に見舞われた。 とくに 1929 年恐慌はアメリカ 資本. の著作の他,加藤正秀「 1920 年代前半におけるドル. 主義発達史上類例を 見ぬほど激烈な 株式市場恐慌とし. ポンド. 金本位制再建をめぐって. ㈹, (2) 」. と. 『経. 済学季報 d (正正大 ), XVI/2, 1966 年, XVI/3.4, 1967 年,が詳しい。 また「賠償」・「戦債」問題とのか. て現われ, 1933 年はじめに貨幣Ⅰ信用恐慌 (銀行恐慌 ) がピークに達するまでの 間合衆国は,生産の停滞,設 備の遊休,失業者の増大という形で 全経済機構の 麻 痒. かわりでアメリカの 1929 年恐慌を論じた 石垣今朝 吉 1929 ∼ 33 年恐慌分析試論」『 商 経論集』 (法政大短大. 状態を現出した。 この激烈な恐慌がフーバ 一期とそれ. 部 ) 4 号, 1965 年, をも参照。. 期 (1933-38年 ) に金融機構の 再編成を促し ,. 「. ここでわれわれは , この時期の合衆国の 海外直接投. 資に関する研究にも 注意を払っておこう。 次の労作が 参照さるべきであ ろう。 井上 忠勝 「アメリカの 企業に. を襲った F. .. D . ローズヴェルトのニュー・ディール. 第二次. 大戦とその後今日までアメリカの 資本主義の発達を 条 件づけた規制的金融制度を 現出せしめてくる。 第一に, 19 幼年代に進展した 証券投機の金融的諸 矢.
(10) ㏄ (198). 横浜経営研究. 第W 巻. 件が , 1933 年の銀行法の 制定 (商業銀行業務と 投資銀 行業務の分離 ), 連邦準備制度の 改組 (連邦準備 局 が 連邦準備制度理事会に 発展的解消されて ,連邦準備制 度が中央集権 的機構に編成替えされ , 12 の連邦準備銀 行の意思決定が 統一された。 1935 年 ), 証券法の制定,. 関して連邦通商委員会 CFTC コの 監 督権 を強化 1933 年 ), 公益会社持株会社法の 制定 (す べての公益事業持株会社を 証券取引委員会 CSEC コに (新証券の発行に. 登録させ, 同委員会が活動をチェック 1935 年 ) など の法的措置によって 規制または除去されてゆく 一方, フーバ一期における 復興金融公社 (Reconst,uction Finan. 。e. Co,po,ation). の新設 (1932 年) とニュー・. ディール期におけるその 機能拡大,連邦準備銀行に 対 して商業手形以外の 政府証券をもって 連邦準備 券 発行. の担保とする 権 限を賦与し公開市場操作による 金融. 第. 2. 号 (19㏄ ). を 機に,世界新経済秩序の成立をめざした「英米仏姉. 国通貨協定」 (1936年 ) の締結を急ぐ。 この協定が第 二次世界大戦後の 国際通貨制度の 枠組を規定すること になった IMF 成立の直接の 基盤となったことはよく 知られている。 こうして 19 ㏄年代は, 1920 年代が「金融自由化」 一一南北戦争以降の 伝統ともいえる 金融業務分業化の 解消,金融業務のデ " 一 トメント 化 促進という意味で のそれ. の時代であ ったのに対し ,「金融規制強化」. の時代となった。 1929-33 年の貨幣幸信用恐慌の 深まりや,復興金融公 社 (RFC) を頂点とする 政府金融機関の 大恐慌幸二 ニ ー ・ディール期における 役割,グラスさ スティーガル. 法のもとでの 連邦準備銀行の 買オペレーション 政策に. Insu,ance Co,po,ation) の新設 (1933 年銀行法 ) 等. 関する研究には ,つぎの労作がある。 平田喜彦「アメリカにおける 銀行恐慌の過程」 正経 済学季報 XVI/2, 1967 年 ; 同 「大恐慌 期 における銀 行資産の構造と 流動性」 干 経済学季報』 XVII れ , 1967. を通じて緊急時の 融資システムが 確立され,連邦準備. 年 ; 小野英 祐 「ニュー・ディール 期における政府関係. 制度のマネー・サプライ 管理機能が補強されたこと。. XVII1/4, 1969 年 ; 石垣今 朝 吉 「ニュー・ディール 金融政策の展開㈹ , (2) 」『西. 調整に道を開いたグラスニスティーガル 法の制定. (1932年 ) や ,連邦預金保険公社 (FederaIDeposit. 金融機関」『経済学季報. 第二に,金本位制度が 最終的に停止きれ (1933年 ), 貨幣用金の財務省への 集中, ドルの平価切下げ (1 ロイオンスの 金 =35 ドルの確定 1934 年 ), 為替安定基 金の設立 (1934年 ) が企てられて ,連邦準備制度の改 組 (中央集権 ィヒ ) とともに,金融政策の 意思決定のニ ト. ュー・ヨークからワシントンへの 移行が決定づけられ たこと。. かかる条件のもとで 第三に,合衆国の第二次世界大 戦参加とともに , 1942 年から連邦公債の 価格支持政策 (低金利政策 ) が採用されたこと。 したがって, この 結果,連邦準備制度は, 1951 年の「アコード」まで 独 自の金融政策を 遂行できず,財務省の打ち出す財政政 策に従属することになったこと。 こうした試行錯誤の 一連の動きと 併行して,第四 に ,国際金融面では,大恐慌後の世界経済の混乱を 回. 避しようとした「フーバー・モラトリアム」. (「賠償」. と「戦債」に 関する一年間の 支払猶予, 1931 年 ) の 宣言の後, F.D.. ローズヴェルトによって 1 ㏄度の政. 策転換とも云える 国内均衡重視政策の 表明 (1933年 ) がなされる。 しかしその後に 進展した世界経済のブロ ック化と世界貿易の 著しい縮減は ,国際金融制度再建 の気運を惹 き 起こし,合衆国は自らのイニシアティヴ で, フランスの金本位制度離脱. (金ブロックの. コ. 解体 ). 甘. 経論集 (法政大短大部 ) 5 号, 1966 年, 6 号, 1968 年 ; 小林寛之「銀行恐慌と 救済融資㈲, (2)」『経済論 集』 (北海学園大 ) XXV れ , 1977 年, XXV/2, 1978 コ. 年 ; 新井光 吉 「フー プァ 一の不況政策 (上 ), 斤 ) 『金融経済 J1 187 号, 188 号, 1981 年 ; 青木圭介「ニュ ディール期における 政府金融機関設立の 背景」 」. 『広島女子大学文学部紀要』 9, 1974 年 ; 同 「ニュー・ ディール期における 政府金融機関の 活動」『経済論叢』 (東大 ) CXII1 れ , 1974 年 ; 新川健三郎「大恐慌 期 に おける復興金融公社 (RFC) の活動」『史論 21, 22 集, 1970 年,など。 また大恐慌期の 商業銀行の営業政策の 転換について コ. は,平田喜彦「大恐慌期 における銀行資産の 構造と流 動性 」『経済学季報 J XVII れ , 1967 年,が詳しい。 他 に塚田広大「ニューディール 初期の景気回復政策一一 通貨政策の動向を 中心に一一」『一橋研究』 1V74, 19初年,をも参照。 大恐慌期の合衆国の 国際金融問題については ,つぎ の 労作があ る。. 柴田徳太郎「再建金本位制の 崩壊と大恐慌」経済理 論学会編『世界長期不況と 日本資本主義 Jl (経済理論 学会年報,第20 集 ), 青木書店, 19 ㏄ 年 ,所収; 同 ア 「.
(11) V .l T. (199) 81. アメリカ金融史の 研究 動 同 2) (楠井 敏朗 ). (1931∼ 1933 年 ) 経済学論集 Jl (西南学院大 )XVIl1/4,1984 年 ; 同 「ア メリカにおける 管理金地金本位制の 成立過程 (1933∼ 1934 年 ) 」『経済学論集 (西南学院大 ) XIX72, 1984 メリカ金融恐悦下の 金本位制停止. 」. 子. 凹. 年 ; 同 「ニューヨーク 金融市場と大恐慌 (1927 ヰ 1 年 ). 」. 佳美・杉浦編 匠 世界恐慌と国際金融』 有 斐閣, 1982 年 ; 平田喜彦「 19 万年中央銀行総裁会議の 背景」玉野 井昌夫 長 幸夫・西村 閉め編丁 戦間期の通貨と 金融 コ ・. 有 斐閣, 1982 年. ;. 加藤栄一「ニュー・ディー ル の令政. 策」鈴木 鴻 一郎 編 『マルクス経済学の 研究 下 』,東京 大学出版会, 1968 年 ; 松村善太郎「ニュー ,ディール 通貨政策の展開過程」『経済理論 J 30 号, 19㏄ 年 , な と 。. 大恐慌期の合衆国金融事情に 関する欧文の 研究に は,つぎのものがあ る。 D. A.. Shannon,. ed,,. T れ g Gr 。ot De タrgs,ion,. P,entice Hall, Spect,um lg ㏄ ( 玉野 井 ・清水調『 大 恐慌山中央公論社, 1963 年上 S, E . Kennedy, T 穣 BonA 肪g C ㎡5%. 0ダ. Ⅰ. 933,LeXington,. V. Chandler, 九% ピパ 沖 M g づ J, New. York. ゆガど ssio れ ,. 732 弁 7977,. D. l97 Ⅱ d ㎞ o, New. Nadler and J. I. Bogen, 田稜 E れ こ 。/. &n. E クoc. ゐ. A. 1973; L .. E0Zic ノ,Ⅰゑ2 チ. one 劫 Ⅰノ. Ⅰ. Ⅰ. Ky.. 脚 erico,s. York. l970 ; M.. T 鹿 Ban 牡ng. , New. G れ付. York. C わsis,. l933; W.. A.. Brown, Jr,. T 庇 血 的の硅 i0れ ㎡ G0 月 椀 on みor は Rei. れ とげPr. 1940; Am. が㎡, 79 ユキ7934,. A. I. BIoom. 。ricon. 丘. B&Zance. Po ノmmz5,. St ぴピノ肪 A&no,w,oZ ぬ化 m 移動論. 山. Cambridge,Mass.1939. M. A. :. C& やifaZ Tr. はれ 臣. G . G,i 伍th Johnson, J,.,. 。れ gfd. ワ R 。んcy. J%6. 円 8,. ;E .K .Lindlay, T ん e%o0s りん け t. R けり 0 ぬ れ0 打 て㌦ だ古月れ dse,. New. York. ノア 0 れゼ 切り九イとれ口ぎ e%. DgdZ, Washington. 1934-39. 尻 ion 磁. D .C.. T ルノ睦on り皿乙み dZg, New. Ⅰ. それⅠ. York. Board. or. l938.. U . S. Board. これを見れば ,地方分権的な , 従ってウォール 街を基盤 とするマネー・トラストの 勢力排除と金融の 民主化と いう どちらかというと 国内的要求に 密着して設立さ れた連邦準備制度が ,国内金融の領域だけでなく 国際. 金融の領域でも 積極的に行動するように 求められ,次 第に所領域からマネー・マーケットを 管理する体制を 強化する新しい 金融政策手段を 追求するようになる。 このような特徴をもつようになった 資本主義を,研究 史は 「国家独占資本主義」という 概念で総括している。 そこで,われわれは 最後に,この時期に成立してくる 「国家独占資本主義」と. ,. いわゆる「金融資本」あ る. いは「独占資本主義」との 関係を問 い ,本稿の議論を 締めくくっておくことにしょう。 「生産の集積,そこから成長してくる 独占体,銀行 と産業との融合あ るいは癒着. これが金融資本の 発. 生皮であ り,金融資本概念の 内容であ る」と,ヴェ・ ィ. ・レーニンは ,「資本主義の最高の段階としての 帝. 国主義」『レーニン 全集 i 22 巻,大月書店,1961 年, 260 ぺージ, で, ヒルファーディンバの「金融資本」. 概念を要約した。 これによってマルクス 主義経済学で 「金融資本」概俳は 市民権 を得ることになる。. だがこの概念規定は ,その後いろいろ 誤って理解さ. N そ%. れるようになった。 例えばアメリカ 経営史学に入って. P . Warburg,. l934;. James. D .. Paris, J%on め化ツ EoZ わん5 0ダひれ izcみ S 劫化 s 7932-. 7938, New York. 積極的に経済主体として 活動し始め,投資と 消費の両 面で民間の経済活動を 補強し始めた。 金融史の局面で. l933 ; A . W. ひ竹イⅠⅠ 妨 e. 940 ; James. 主義にそれまでに 見られなかった 特徴を賦与したこと は否定されえない。 合衆国は公的ないし 民間 両 レヴェ ポジナイ フ ルて 国際経済に積極的にかかわる 23 になった。 他方 国内でもまた 連邦政府が巨額の 財政資金をもって 自ら. York. ( 中西・岩野濫訴『国際短期資本. 新評論 1974 年 L. T ル Tr ㏄ 鰍ひ 囲み. Crawford,. New. eId, Co 尹itdZ よ泡タor ね an メ妨 e. oダ. か乃, Chicago 1950. 2vols.,. 第一次世界大戦の 開始から第二次世界大戦の 開始ま での 25 年間のこのような 歴史的激変は ,アメリカ資本. その他 Federal Reserve. of Governers of the Federal. いった 時 ,本稿冒頭に掲げた N. S. B. グラスのあ の Ⅰアイナ. ソス. .. キャピタル. 「金融資本」概俳になる。 ここでは「銀行」は 何 時のまにか 19 世紀末にトラスト 運動を推進した「投資 銀行」にすり 換えられて理解され ,周知のようにアメ リカ「金融資本」Ⅰマネー・トラストという. 理解が一般. Reserve System) Ec ゐ岡 Z Reseme B 戒 Zeziれ , VoIs. 1-24, 1915-1938, が,それぞれの時期の詳細な 事情. 化してくる。 これも本稿冒頭で 指摘しておいたように ,合衆国の. を伝えている。. 研究丈でバーリーニミーンズ ,. バーナム,. そしてチャ.
(12) 横浜経営研究. 82@ (200) ンドラ ロ. 第W 巻. Jr. が提起した問題は ,このような「金融. 資本」支配は 合衆国では過渡的現象であ ったという事 実の確認であ った。 ここから「経営者革命論」が 生ま れ, 「経営者資本主義」概俳さえ 導き出された。 バラ ンニスウィージ 一の「独占資本論」は ,合衆国におい て 生まれたこの 新しい現代アメリカ 資本主義 像を ,ア メリカ,マルクス 主義の立場から 批判したものであ. っ. たといえる。 そこでわれわれは「金融資本論」のなかでのヒル. フ. ァーディンバの 定義にもう一度遡っておく 必要が出て くる。 そこには次のように 記されている。 「産業の資本のますます 増大する一部分は ,これを. 第2 号. (1985). 「独占資本主義」と 理解している。 すなわち, カルテ ル,プール,トラストなどの 方式によって 競争が排除 され,これらの 方式を利用して 成立してくる 巨大企業 が独占的企業利潤を 恒常的に獲得するようになった 時 ,このような段階に到達した 資本主義体制をそのよ うに理解しているのであ る。 したがって「金融資本」 の 成立・確立は「独占資本主義」を 成立・確立せしめ る 一つの強力なファクタ 一なのであ る。 それは,独占 的大企業の成立を 促進し,これらの 企業に独占的企業 利潤の獲得を 可能にさせ, 棚烈 な企業間競争で 特徴 づ. けられていた 自由競争的資本主義の「独占資本主義」. じてのみ資本の 処分権 を与えられ,銀行は 彼らに対し. への構造転換を 促進する強力な 媒介契機となったから であ る。 「独占資本主義」はかかる 意味で,独占的(寡 占的 ) 巨大企業や「金融資本」の 成立を現実的基盤に. て所有者を代表する。 他面,銀行は,その資本のますま. して成立する. 充用する産業資本家のものではない。 彼らは銀行を 通. す 増大する一部分を 産業に固定せざるをえない。 これ. 資本主義体制といえよう。. このように理解してくるとき ,われわれは,バラン. によって銀行はますます 大きな範囲で 産業資本家とな. = ス ヴィージー の 提唱した「独占資本」についても. る。 かような仕方で 現実には産業資本に 転化されてい る銀行資本,したがって 貨幣形態における 資本を , 私 は金融資本と 名づける。 (岡崎次郎訳, 中 ,岩波文庫 版 , 1958 年,97 ぺージ ) 。 この定義に見える 銀行が投資 銀行だけを意味するのでな い ことは明らかであ ろう。 呉天 降が 詳細に解明したよさに ,モルガン商会に代. メントを加えることが 可能となる。 かれらは株式会社. 」. 表される投資銀行が 鉄道支配から 産業企業支配へ 乗り 出し得たのは ,これら投資銀行がすでに 生命保険会社. コ. 制度を基礎にして 成立して来る 巨大企業を「独占資 本」と捉え,かかる 企業における 独占的企業利潤の 成 五基盤と経済組織を 跡づけた。 かかる問題提起はたしかに 斬新で興味ぶかく ,マル クス主義経済学のステロ 化打破に大いに 役立つもので あ ったが,批判の対象が「マネー・トラストテ 金融資 本 」というアメリカ 的イメージの「金融資本」であ. っ. や 商業銀行に対する 支配権 を確保していたこと , つ ま り 合衆国のマネー・マーケットにおいて 集中された 貨. たかぎり,決して正鵠を射ることに 成功しえなかった. 幣資本の運用に 対する支配権 を確保していたことと 深. ー・トラストの 対立概念に過ぎなかった。. くかかわっていたからであ る。. 独 (寡 ) 目的巨大企業による 独 (寡 ) 占 的企業利潤 の 追求を金融面から 支え,これと共通の利害関係に 立 ちながら自らも 独占的企業利潤の 配分に参画しっ っ あ. ここでのコンテクストにおいて 大切なことは ,集中 された貨幣資本の 運用に対する 支配権 の確保という 事 実であ る。. この支配権 は投資銀行の 影響が小さくなっ. た後も,合衆国において 消滅することなく 残った。 今 日でも特定の. 巨大企業が連邦準備制度のバック・アッ. プ のもとで, これを保持しているのであ る。 このように考察を 進めてくるとわれわれは ,. 「金融. 資本」と「独占資本主義」との 関係についてもはっき りした位置づけを 与えることが 出来る。 「独占資本主義」については. ,これを生産にかかわ. る 概念だとして ,金融とのかかわりをもつ「金融資. 本」概俳と対比して 理解しょうという 考え方もあ る。 しかし,われわれはそのような 考え方をとらない。 わ れわれは独占段階に 到着した資本主義体制のことを ,. といえる。 ここで は 「独占資本」は「金融資本」. 臣. マネ. る「金融資本」を 実体的基礎とする 19世紀末以降の 資 本主義体制を「独占資本主義」と 理解することを 許さ れるなら ぼ ,かかる独占的 (寡占的 ) 巨大企業 幸 「金融. 資本」による 独占的企業利潤追求が 国家権 力のテコ入 れによらねば 実現し得なくなった 1929 年恐慌以降の 段 階こそ「独占資本主義」の 新しい段階という 意味で 「国家独占資本主義」と 理解されてもよいだろう。 かかる問題の 体系的把握のためには ,われわれば も ほや 金融史の領域から 一歩も二歩も 外に踏み出さなけ れ ば なるま い 。 他日に期したひ。 ( くすいとしろ. う. 横浜国立大学経営学部教授. コ.
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