誘電泳動インピーダンス計測法による外因ストレス 負荷微生物の代謝活性評価
2012 年 9 月 円城寺 隆治
論文要旨
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論文要旨
微生物の発酵を利用した醸造業や乳加工業では,発酵種である酵母や乳酸菌の代謝状 態を即時に把握することが品質保持の観点から重要とされている.しかしながら,大多 数の工程は経験的知見に基づいた定時管理を前提としており,異常発生時の瞬時制御に 対応していない.ゆえに,発酵種の代謝状態を工程内で迅速かつ簡易に連続計測し,品 質管理作業へ直接フィードバックできる新たな制御システムの開発が必須である.
また,発酵食品の製造工程においては,発酵に関与する微生物以外の雑菌が繁殖する 場合がある.通常,滅菌工程で死滅するが,設定条件(温度,時間)によっては排除を 免れる.混入菌が強毒性の場合,重大な人的問題に発展する恐れがある.近年,食品製 造企業では,危害分析及び重要管理点(Hazard Analysis - Critical Control Point : HACCP)
方式等による食品安全管理手法を導入し,製造ラインの各工程及び製品に対して厳格な 衛生検査を実施している.しかしながら,微生物由来の食中毒は増減を繰り返しており,
依然として深刻な状況である.従って,発酵菌由来の代謝機能と雑菌(病原菌)由来の 代謝機能との相違を,迅速かつ明確に区別できるスクリーニング技術を確立することは,
発酵製品の品質維持に寄与するだけでなく,食中毒事故の未然防止にも有効である.
公衆衛生の観点から微生物(病原菌)に言及すると,近代細菌学の誕生以降,検査法・
診断法の進歩,抗生物質やワクチンの開発及び医療技術の発展により,伝染病による直 接的な死因は激減した.特に抗生物質による感染防止は顕著であるが,免疫機能低下者 及び薬剤耐性化菌の増加を惹起し,難治療性感染症の原因菌を生み出す要因にもなって いる.本現状から,医療現場における抗生物質による投薬治療に対して,耐性菌の発生 を鑑み,適切な薬剤物質の種類及び投与量を迅速に判断するために,薬剤投与による細 菌の代謝機能抑制を評価するモニタリング手法が必要となる.
最近の微生物検査では,ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction: PCR)法や アデノシン三リン酸(Adenosine Triphosphate: ATP)法に代表される検査法が採用されつ つある.これらは理化学的に要求される高精度・高感度分析に用いられる有力な分析手 法である.しかしながら,実際の作業現場では,分析に掛かる初期費用及び運営管理費 が重要視されるため,安価な寒天または液体培地を用いた培養法による微生物生育評価 法が依然として主流である.培養法は優れた菌種の定性能力を有する一方で判定に時間
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を要するため,例えば HACCP 方式で要求される膨大な検査数に即時対応することは困 難である.また,培養法は,本来,検体中に存在する生育可能な細菌の存在の有無を評 価するための手法であり,細菌の代謝状態を解析する手法としては適さない.
上記に示した微生物の代謝状態評価の諸課題(迅速性,簡易性,低コスト)に対する 有効な手法として,電気計測法の一つである誘電泳動(Dielectrophoresis: DEP)法が着目 されている.DEPとは,不均一電界中において分極した微粒子が,電界の勾配に沿って 泳動する現象である.本手法は誘電特性の違いによる菌種分離や生死菌判定に利用され ている.また,細菌群橋絡による電極間のインピーダンス変化を利用した誘電泳動イン ピーダンス計測(Dielectrophoretic Impedance Measurement: DEPIM)法では菌密度計測が 可能である.一方,微生物の代謝状態については,菌懸濁液の誘電率変化や微生物の成 長過程で発生する電気特性の変動から間接的に評価できると考えられる.しかしながら,
DEP時における捕集微生物の代謝状態と電極間コンダクタンス変化(ΔG)との相関につ いては十分な知見が得られていない.
以上の背景を踏まえ,本論文では微生物計測において,迅速性と簡便性を有する
DEPIM原理を応用して,加温処理及び薬剤投与による外因ストレス負荷微生物の代謝状
態と ΔG の相関を調査することを目的とした.特に本研究では,微生物における代謝状 態の主要活動である細胞膜を介した物質輸送作用(細胞膜活性)及び呼吸活性に着目し,
加温負荷または薬剤投与を施すことによって,各活性状態を強制的に変化させた各菌種 の誘電特性変化をDEPIM法により評価した.
本論文は全7章から構成されている.概要を以下に述べる.
第1章では,序論として本論文に係る研究背景,関連研究の紹介及び研究目的につい て詳述した.
第2章では,DEP及びDEPIM法の原理を論述した.
第3章では,DEPIM法による外因ストレス負荷細菌の代謝状態評価法を構築するため
の基礎検証として,加温処理を施した大腸菌(E. coli)に対するDEPIMを実施し,当該 法における加温処理温度とE. coliの状態に伴って変動するΔGとの相関を調査した.加 温処理によるΔGの増加は,DEPIM時におけるE. coli 捕捉量及び捕捉速度に依存するこ とを明らかにした.また,各変動パラメータを用いて,誘電泳動力の因子である Clausius-Mossotti 関数の実部Re[K*()]に対して数値解析を行った.Re[K*()]の増減は,
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菌体内の導電率の変動と高い相関を示すことが判明した.以上の結果は,加温処理によ るストレス負荷によって,E. coliを構成する各層の導電率が大きく変化したことを意味 し,E. coli 菌体のタンパク質変性,細胞膜を介した導電性物質の漏洩或いは流入現象な どに起因することを示唆するものである.
第4章では,前章で得られた加温処理とE. coliの代謝状態の相関を精査するために,
細胞膜染色や形状観察等の各種生物学的手法を用いて菌の状態を解析し,加温処理
E. coliの誘電特性と細胞膜活性との関係を定量的に考察した.加温処理温度条件を追加
して詳細に検証したDEPIMにおいて,特定温度(320 K: 47℃)での相対的なΔGの減少 を発見した.生菌染色剤SYTO9及び死菌染色剤PIの2種からなる細胞膜活性用染色剤
LIVE/DEAD試薬による評価では,320 K以上で細胞膜損傷菌が増加することを確認した.
一方,320 Kで処理されたE. coliの生菌は,強い細胞膜活性を示した.同時に,呼吸活 性評価用試薬(5-Cyano-2,3-ditolyl-2H-tetrazolium chloride: CTC)による染色実験では,当 該温度で処理された生菌は,極めて高い呼吸活性を有することも判明した.以上の結果 から,当該温度で処理されることにより,細胞膜を介した物質輸送作用が促進されたと 言える.これは,ΔGの変動が菌体内外物質の流出入の強弱に影響されるとした前章の結 論を支持するものである.
第5章では,実際の発酵に使用されている麦酒酵母(S. cerevisiae)を対象菌として,
E. coli と同様に加温処理温度とΔGとの相関性を調査し,真菌に対する当該手法の有効
性を検証した.DEPIMの結果,E. coli における320 K処理試料と同様に,ΔGの相対的
な減少が333 K(60℃)処理試料において発生した.一方で高温域におけるΔGの減少は
小さくなった.本結果から, E. coli のような細菌だけでなく,真菌の一種である
S. cerevisiaeに対してもΔGを精査することによって,細胞膜活性を間接的に評価できる
ことを示すとともに,菌種間には加温条件に対する ΔG の明確な相違があることを確認 した.
第6章では,医療現場での微生物検査を想定し,微生物への薬剤ストレス因子として イソプロピルアルコール (Isopropyl alcohol : IPA)の投与を行い,DEPIMにおける薬剤投 与濃度と ΔG の相関について調査した.また本章では,菌細胞内部の電気特性を評価す るため,第3章と同様,4層構造細菌モデルを用いてRe[K*()]に対する数値解析を行い,
ΔG との相関を調査した.周波数100 – 300 kHz において ΔG は複雑な挙動を示した.
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一方,1 MHzでは,IPA濃度の上昇に伴い,ΔGは低下傾向を示した.培養法等による生 育評価,蛍光染色法による細胞膜活性評価及び数値解析の結果,100 – 300 kHzの周波数 領域における ΔG の変動は,単に細菌の生死状態だけではなく,細胞外膜及び細胞内膜 活性変化によるペリプラズム空間の導電率変動を反映していることが判明した.一方,
1 MHzにおけるΔGの変動は,コロニーカウント計測等における生育結果に類似し,か
つ細胞質の導電率変動に影響を主に受ける事ことが分かった.以上の結果から,DEPIM における ΔG の変動は,菌体状態及び細胞膜活性に依存すると言える.また,低周波領 域における ΔG の変動から,細胞膜輸送活性を間接的に評価することが可能であり,
一方の1 MHzにおけるΔGの変動からは,細菌の生死を簡易的に判定し,かつ適切な殺
菌濃度領域を評価できると結論づけた.
第7章では,本研究で得られた知見を総論として総括し,DEPIMによる外因ストレス 負荷微生物の代謝活性評価法に関して,今後の展望を詳述する.
目次
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目次
第 1 章 序論 1 1.1 研究背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 1.2 現行の微生物検査・計測法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
1.2.1 培養法(コロニーカウント計測法)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
1.2.2 遺伝子解析法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
1.2.3 生化学的検査法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
1.2.4 抗原抗体反応法・免疫センサ法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
1.2.5 発光分光法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12
1.2.6 電気計測法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
1.3 誘電泳動法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
1.3.1 誘電泳動原理に基づく微生物研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
1.3.2 誘電泳動速度計測法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
1.3.3 誘電泳動浮遊法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
1.3.4 誘電泳動インピーダンス計測法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
1.4 研究目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18 1.5 本論文の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20 参考文献-1・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
第2章 原理 -誘電泳動及び誘電泳動インピーダンス計測法- 24 2.1 誘電泳動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25 2.2 誘電泳動インピーダンス計測法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31
2.2.1 等価回路モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31
2.2.2 菌捕捉モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
2.3 DEPIM法を応用した微生物の代謝状態計測・・・・・・・・・・・・・・・・・36
参考文献-2・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39
目次
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第 3 章 熱損傷大腸菌に対する誘電特性解析の基礎検証 40 3.1 諸言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41 3.2 実験方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
3.2.1 実験菌種及び特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
3.2.2 菌懸濁液の調整方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43
3.2.3 加温処理手順・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43
3.2.4 DEPIM実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44
3.2.5 コロニーカウント計測法による生育活性計測・・・・・・・・・・・・・・・47
3.2.6 数値解析による熱損傷大腸菌の誘電特性評価・・・・・・・・・・・・・・・47
3.3 実験結果及び考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49
3.3.1 細菌捕捉による電極間のコンダクタンス変化・・・・・・・・・・・・・・・49
3.3.2 加温負荷処理とコンダクタンス変化量との相関・・・・・・・・・・・・・・54
3.3.3 コロニーカウント計測法による加温処理温度と生育活性の相関検証・・・・・56
3.3.4 数値解析による熱損傷大腸菌の誘電特性評価・・・・・・・・・・・・・・・58
3.4 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・62 参考文献-3・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63
第4章 各種生物学的手法を用いた熱損傷大腸菌の誘電特性と細胞膜を介した物質 輸送作用の相関検証 64 4.1 緒言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65 4.2 実験方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66
4.2.1 実験菌種及び培養条件・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66
4.2.2 菌懸濁液の調整方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66
4.2.3 加温処理手順・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66
4.2.4 DEPIM実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66
4.2.5 寒天培地によるコロニーカウント計測法・・・・・・・・・・・・・・・・・68
4.2.6 CTC蛍光分光法による呼吸活性の定量解析・・・・・・・・・・・・・・・・68
4.2.7 蛍光分光スペクトル解析法による細胞膜活性の定量分析評価・・・・・・・・68
4.2.8 LIVE/DEAD蛍光染色法による生死判別及び細胞膜活性状態観察・・・・・・・69
目次
vii
4.2.9 SEMによる菌体表面の観察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・72
4.2.10 加温処理による細菌径の変動測定及び数値解析によるFdep変動の推移検証・・72
4.3 実験結果及び考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・74
4.3.1 コンダクタンス変化量と処理温度の相関・・・・・・・・・・・・・・・・・74
4.3.2 コロニーカウント計測法による加温処理温度と生育活性の相関検証・・・・・79
4.3.3 CTC蛍光分光法による呼吸活性の定量解析・・・・・・・・・・・・・・・・80
4.3.4 蛍光分光スペクトル解析法による細胞膜活性の定量解析・・・・・・・・・・82
4.3.5 LIVE/DEAD蛍光染色菌に対する誘電特性実験・・・・・・・・・・・・・・・84
4.3.6 SEMによる菌体表面の観察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・86
4.3.7加温処理による細菌径の変動測定及び数値解析による誘電泳動力変動の推移
検証・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・87 4.4 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・90 参考文献-4・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92
第5章 熱損傷麦酒酵母を用いた誘電特性と細胞膜活性の相関検証 93 5.1 緒言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94 5.2 実験方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94
5.2.1 実験菌種及び特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94
5.2.2 菌懸濁液の調整方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95
5.2.3 加温処理手順・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・96
5.2.4 DEPIM実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・96
5.2.5 寒天培地によるコロニーカウント計測法・・・・・・・・・・・・・・・・・98
5.2.6 蛍光分光スペクトル解析法による細胞膜活性の定量分析評価・・・・・・・・98
5.2.7 LIVE/DEAD蛍光染色法による生死判別及び細胞膜活性の状態観察・・・・・・98
5.3 実験結果及び考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・99
5.3.1 細菌捕捉による電極間のコンダクタンス変化・・・・・・・・・・・・・・・99
5.3.2 加温負荷処理とコンダクタンス変化量との相関・・・・・・・・・・・・・102
5.3.3コロニーカウント計測法による加温処理温度と生育活性の相関検証・・・・・105
5.3.4 蛍光分光スペクトル解析法による細胞膜活性の定量解析・・・・・・・・・・106
目次
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5.3.5 LIVE/DEAD蛍光染色菌に対する誘電特性実験・・・・・・・・・・・・・・・109
5.4 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・111 参考文献-5・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・112
第 6 章 薬剤投与大腸菌の誘電特性及び細胞膜活性の相関検証 113 6.1 諸言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・114 6.2 実験方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・114
6.2.1 実験菌種及び菌懸濁液の調整方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・114
6.2.2 薬剤投与処理手順・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・115
6.2.3 DEPIM実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・116
6.2.4 蛍光染色法による細胞膜活性の調査・・・・・・・・・・・・・・・・・・・118
6.2.5 培養法及びマイクロプレートリーダーによる生育活性計測・・・・・・・・・119
6.2.6 数値解析法による菌各構造体へのIPA含有媒質浸透の評価・・・・・・・・・121
6.3 実験結果及び考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・124
6.3.1 コンダクタンス変化量とIPA投与濃度の相関・・・・・・・・・・・・・・・124
6.3.2 WST-1法によるIPA投与濃度と生育活性の相関・・・・・・・・・・・・・・128
6.3.3蛍光染色法による細胞膜活性調査・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・131
6.3.4 画像解析ソフトウエアによる蛍光ATCC 11775の蛍光強度解析・・・・・・・135
6.3.5 数値解析による薬剤投与大腸菌の誘電特性評価・・・・・・・・・・・・・・138
6.4 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・151 参考文献-6・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・152
第7章 総論 153 7.1 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・154 7.2 今後の展望・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・156
7.2.1各種外因ストレスに対するコンダクタンス変化量検証・・・・・・・・・・・156
7.2.2 他種菌株による誘電特性検証・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・156
7.2.3 DEPIM用デバイスの開発及び最適化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・156
参考文献-7・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・160
目次
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研究業績一覧 161
1. 学術論文(査読有)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・161 2. 国際会議論文(査読有)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・161 3. 国内発表(査読無)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・161 4. 関連特許・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・163 謝辞 164
付録A 微生物の分類 165
付録 B 寒天培地によるコロニーカウント計測法手順 166
付録 C Clausius-Mossotti 関数に対する数値解析用計算プログラム 171
第1章 序論
1
第 1 章
序論
第1章 序論
2 1.1 研究背景
微生物は,食品中において酵素を用いてデンプンなどの多糖類やタンパク質を分解し,
ブドウ糖,アルコールまたはアミノ酸などの有機物を生産する.本現象に対して,人畜 にとって有益な細菌活動は発酵,その逆は腐敗と呼ばれる[1].つまり,微生物に対して 生活に必要なエネルギーを獲得するための生理過程であり[2],代謝活動という視点から 見た場合,発酵と腐敗または呼吸作用は大別されない.
食品変敗の多くは,細菌類による腐敗と呼ばれる代謝活性現象に起因する.我々は,
微生物の存在観念もなく,かつ保冷技術が未熟であった時代から,経験的に生食を避け,
食品を塩漬けや乾燥(日干し)することによって食物の腐敗を防ぎ,食中毒の罹患を予 防してきた.一方で,食品保存技術の進歩は,発酵食品製造技術を進化させるに至った.
例えば,古来より牧畜民において家畜の乳は理想的な栄養食品であった.しかしながら,
生乳はすぐに腐敗してしまうため,様々な乳製品に加工し,保存食品化して搾乳の困難 な季節の食料としてきた.生乳は放置しておくと,乳酸菌の作用によって乳酸発酵が進 行し,乳糖分解の結果,乳酸が生成され酸性化される.酸性化された乳の中では腐敗作 用を起こす微生物が繁殖しにくいため,保存可能の食品となる.人類は,乳酸発酵工程 を有効利用して数々の乳製品を製造してきた[3].以上の通り,微生物による発酵現象は,
バター,ヨーグルト等の乳製品,醤油,味噌等の調味料,ビール等の酒類のような多様 な発酵食品を生み出し,我々の健康維持に大きく寄与し,日常の食生活に欠かすことが できないものである.
発酵は,生成物質によってアルコール発酵,乳酸発酵,メタン発酵などに分類され,
上記に示した発酵食品の製造に利用されている.それぞれの製品の歴史は古く,例えば 酒造であれば,酒蔵の杜氏に代表される職人が,天候,気温,日数などを考慮しながら,
個人の勘と経験に基づいた製品造りを担ってきた[4].現代においては,前時代的手法の 代替として,コンピュータ制御による大量自動生産方式を導入した結果,発酵製品に対 する品質維持や大幅な経費削減が可能となった.以上のことは,醸造業や乳加工業企業 において,発酵関与酵母や乳酸菌の代謝状態を即時に把握することが非常に重要である ことを示唆している.
また,発酵食品の製造工程において,発酵に関与する微生物以外の雑菌が繁殖する場 合がある.通常,滅菌工程で死滅するが,設定条件(温度,時間)によっては排除を免
第1章 序論
3
れる.特に混入菌が強毒性の場合,集団食中毒などの重大な人的問題に発展する恐れが ある.
近年,食品・飲料製造関連企業では,食品衛生を重視し,自社製品由来の食中毒発生 を未然に防止することを目的として,滅菌処理装置,無菌作業施設などに対する衛生関 連設備の導入に投資を行い,事故対策に余念がない.また,これらの製造工程における 衛生管理手法として,危害分析及び重要管理点(Hazard Analysis - Critical Control Point :
HACCP)方式が注目されている[5].HACCP とは,食品製造ラインにおける各工程及び
各製品に対して衛生検査を要求する食品安全管理手法である(図1.1参照).当該手法は,
一般製造業のみならず,各都道府県における学校給食の衛生管理にも導入されている[6]. 更に,厚生労働省は,平成 7年に,営業者の任意申請による厚生労働大臣の承認制度と
してHACCP手法の概念を取り入れた総合衛生管理製造過程を創設した[7].総合衛生管理
製造過程とは,HACCP手法による食品の衛生管理と,その前提となる施行設備等の一般 的な衛生管理を行うことによって,総合的に衛生が管理された食品の製造又は加工の方 法である[8].このような取り組みによって,営業者による食品の安全確保に向けた自主 管理を促している.しかしながら,平成23年に日本全国で発生した細菌由来の食中毒事 件数は,543件,患者数10,948名,死者10名である[9].つまり,上記のような啓蒙活動 や法規制にもかかわらず,食中毒事故は,依然として深刻な社会問題となっている.
食中毒菌は,食品衛生法施行規則に基づく食中毒病因物質として,複数種が指定され
ている[5],[10].指定食中毒菌の種類と近年における各菌による食中毒発生件数を表 1.1 に
示す.我が国において,事件数として最も多い食中毒菌は,キャンピロバクター
(Campylobacter jejuni / coli)である.キャンピロバクター感染症は,Campylobacter jejuni 腸炎とも言われ,主に学校給食や飲料水が原因で集団食中毒を引き起こす[11].感染理由 としては,鳥肉関連調理食材及びその調理過程の不備とされる[10].次に多い事件数とし て,サルモネラ属菌(Salmonella)由来が挙げられる.Salmonellaは家畜,家禽,ネズミ または下水・河川水に広く生息し,これらが食品への汚染源となる.近年,Salmonella を保菌している鳥卵関連食品による事例が増加しており,特に学校製造所を原因施設と した大規模発生が多い[10].腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)は海水細菌として海 産魚介類に生存しており,日本人の食習慣に深く関わっている刺身,たたき,すしなど の生食に起因する事件が多数発生している[10][12].また,事件数としては少ないが,給食
第1章 序論
4
を原因とする集団食中毒を起こしやすいということから,ウエルシュ菌(Clostridium perfringens)が食中毒菌として指定されている.本菌は,人や動物の大腸菌常在菌である.
耐熱性芽胞を形成する変性嫌気性桿菌であり,発芽する芽胞細胞は100˚C,1 - 4 時間の 加熱処理にも耐えることから,大量調理される施設などでも増殖しやすい[10][13].1997年 に発生したカイワレ大根食中毒事件で注目された[14]Escherichia coli O:157 H:7は,腸管出 血性大腸菌(Enterohemorrhagic E. coli: EHEC)におけるベロ毒素生産大腸菌(Verotoxin
producing E. coli: VTEC)と呼ばれ,カイワレ大根以外でもモヤシなどの芽物野菜から
検出される食中毒菌の一種である[15].我が国では,おにぎり飯,お弁当などの米飯類や 和菓子からも検出される黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)[10]の場合,本菌から生 産される菌体外毒素であるブドウ球菌エンテロトキシンによって食中毒を発生させる[16]. 近年では,低脂肪乳中で Staphylococcus aureus が増殖した事によって引き起こされた雪 印乳業の食中毒事件が有名である[17].1997年に食品衛生法が一部改正され,小型球形ウ イルス(small round-structured virus: SRSV)及びその他のウイルスが食中毒原因物質とし て追加された.なお,2003年における厚生労働省の通達により,SRSVはノロウイルス
(Norovirus)として表記が変更されている.以前からウイルスによる散発または集団発 症例は知られていたが,細菌性食中毒における従来の概念とは異なり,少量感染や水系 感染が示唆される事例が増加しており[10],食中毒細菌だけでなくウイルスを迅速に検出 し,感染拡大を未然に防止する要望も日々高まっている.
以上の状況から,発酵菌由来の代謝機能と雑菌(病原菌)由来の代謝機能との相違を,
迅速かつ明確に区別できるスクリーニング技術を確立することは,発酵製品の品質維持 に寄与するだけでなく,食中毒事故の未然防止にも有効である.
図1.1 従来方式とHACCP方式の比較[18]
第1章 序論
5
CasesPatientsFatalitiesCasesPatientsFatalitiesCasesPatientsFatalitiesCasesPatientsFatalitiesCasesPatientsFatalitiesCasesPatientsFatalities 1,28933,47771,36924,30341,04820,24901,25425,97201,06221,616116,022125,61722 73212,964077810,33115366,70005808,719054310,948103,16949,66211 Salmonella1263,6030992,5510671,5180732,4760673,068343213,2163 Staphylococcus701,1810581,42404169003383603779202394,9230 Botulinum bacillus110000000110000220 Vibrio parahaemolyticus421,278017168014280036579098701182,3920 Verotoxin-producing E.coli(VTEC)2592801711502618102735802571471202,2967 Other pathogenic E. coli11648012501010160081,0480249670653,3240 Clostridium perfringens272,7720342,0880201,5660241,1510242,784012910,3610 Bacillus cereus8124021230113990151550101220677301 Yersinia enterocolitica000000000000000000 Campylobacter jejuni / coli4162,39605093,07103452,20603612,09203362,34101,96712,1060 Nonagglutinable vibrios (NAG)110150000000000260 Vibrio cholerae00033700000000003370 Shigella000313100001207520111850 Salmonella enterica serovar Typhi000000000000000000 Salmonella enterica serovar Paratyphi A000000000000000000 Others532041000001210421014840 34818,750030411,630029010,953040314,70003028,73701,64764,7700 Norovirus34418,520030311,618028810,874039913,90402968,61901,63063,5350 Others42300112027904796061180171,2350 109302761901355209550122220711,5410 1133557152387392290013939006917115651,59311 Plant toxins74266491283053195010533704713903701,2204 Animal toxins398936110433995034530223211953737 82001747017190282906852201386370 781,2950911,28901001,7350952,0790681,01604327,4140
Chemical substance Natural toxin Others Uncertain causes
2011TOTALCausative substances SUBTOTAL Microorganisms Viruses
2007200820092010
表1.1 日本国内における食中毒原因物質ごとの発生件数[9]
第1章 序論
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以上に,『食と安全』という観点から俯瞰した,人類と微生物(発酵菌または食中毒菌)
との関係について背景を詳述した.次に,『健康と疾病』という側面における日常的な微 生物との関わりについて述べる.
かつて,人類における病気といえば,流行病や疫病などの感染症(伝染病)が主要で あった.しかしながら,欧州におけるLouis PasteurやRobert Koch,日本においては,北 里柴三郎らによってもたらされた近代細菌学の誕生以降,各病原体の発見,検査法・診 断法の進歩,抗生物質やワクチンの開発,衛生環境の向上,栄養状態の改善及び医療技 術の発展により感染症による直接的な死因は激減した.一方で,医療の進歩は免疫機能 低下者を増加させている[19].更に感染症が身近な問題として戻ってきた要因として,人 口増加,都市化,集団的生活の増加,食習慣,性習慣等の生活習慣の変化,環境破壊な どが挙げられる.その他,交通機関の発達による人及び物資の大量輸送が可能になった ことにより,容易に病原体が拡散するようになった.結果として,2003年にアジアで発 生したSARSウイルス感染事件[20]のように,局地的に発生した感染症が,極めて短期間 のうちに世界中へ拡大する事例が多発している.
感染症は,新興感染症と再興感染症に大別できる[19].新興感染症とは,新たに人への 感染が証明された疾患,あるいは,それまで特定の地域では存在しなかったが,新規に 発生が認められた感染症を指す.当該事例には,過去において原因不明であった疾患の うち,検査技術の進歩により病原物質が解明された結果,地域的または国際的に公衆衛 生上問題となった感染症も含む.一方の再興感染症とは,既知ではあったが,発生数が 減少し,もはや公衆衛生上問題無しとされていた感染症のうち,再び出現したものを指 す.参考として,1973年以降で明らかになった感染症及びその病原菌を表1.2に,近年
20 - 30年における再興感染症と見なされた疾患を表1.3に示す[19].病院等の臨床検査現
場における病原菌の特定作業は,重篤患者の治療方針を決定するに当たり極めて重要な 工程と言える.病原菌に対しては抗生物質が用いられる.抗生物質は,病原菌の細胞膜 等へ直接作用して細菌の代謝機能を不活化する有力な薬剤である.抗生物質の進歩は,
感染症による死亡者数を激減させた一方で,上述の通り弱毒菌中の薬剤耐性化の増大を 惹起し,難治療性感染症の原因菌を生み出す要因となっている.
本現状から,医療現場における抗生物質による投薬治療に対して,耐性菌の発生を鑑 み,適切な薬剤物質の種類及び投与量を迅速に判断するために,薬剤投与による細菌の
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代謝機能抑制を評価するモニタリング手法が必要となる.
表1.2 1973年以降で明らかになった感染症及びその病原菌[19]
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表1.3 近年20 - 30年における再興感染症と見なされた疾患[19]
以上に例示した各作業現場における主要微生物検査法として,公定法の一つである寒 天または液体培地による培養法が現在でも広く使用されている.培養法は安価であるう え,各種選択培地を利用することによって,細菌生育に関して高い選択性を得ることが できる.そのため,細菌種の定性試験法として極めて優れている.しかしながら,前培 養,増菌培養,分離培養,生化学検査,判定といった煩雑な工程管理を必要とし,菌種 によっては最終的な検査結果を得るまでに数日間を要する.ゆえに,醸造業や乳加工業 における製造工程においても,大多数の工程は経験的知見に基づいた定時管理を前提と しており,異常発生時の瞬時制御に対応していないという問題を抱えている.同様に,
HACCP 方式または総合衛生管理製造過程で要求される膨大な検査数に即時対応するこ
とは困難である.
一方,臨床検査現場においては,食品業界同様,微生物学的検査として,グラム染色 法による塗沫検査と並び,寒天培地等による細菌培養法が用いられている[21].また,対 象病原菌に対する適切薬剤種及び濃度評価法として,最小発育防止濃度を決定する Minimum Inhibitory Concentration(MIC)測定法及び最小殺菌濃度を評価する Minimum Bactericidal Concentration(MBC)測定法が適用されている.近年,本検査では,96ウェ ルプレートを用いた自動検査装置が各臨床検査現場に導入されている.本装置により同 時多検体分析が可能であるが,培養法と同様,一定の増菌工程は必須であり,結局,判
定には 12~24時間程度を要する.培養法は極めて定性能力の高い検査手法であるが,簡
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便性・迅速性を求められる昨今の検査現場において問題視されることも少なくない.
最近では,培養法による検査に併せ,有力な迅速・高感度検出法として,ポリメラー ゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction: PCR)法やアデノシン三リン酸(Adenosine Triphosphate: ATP)法などが採用されている.しかしながら,これらの手法では生死菌の 判別が困難である上,操作に高度な専門知識が要求される.特にPCRによる解析法は高 度な定性手法であり,微生物の代謝状態を簡易的に判別する手法としては適さない.
以上の現状から,醸造・発酵食品製造業,臨床検査現場,外食産業,一般食品・飲料 製造業など,微生物の代謝状態を制御する必要がある各作業場において,迅速かつ簡易 な微生物検出,あるいは微生物の代謝状態を連続的に計測することが可能な新スクリー ニングシステムの開発が望まれている.