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朝鮮文学長編小説『太平天下』『三代』『動く城』 の日本語翻訳について

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朝鮮文学長編小説『太平天下』『三代』『動く城』

の日本語翻訳について

著者 南 富鎭

雑誌名 翻訳の文化/文化の翻訳

巻 8

ページ 97‑100

発行年 2013‑03‑31

出版者 静岡大学人文社会科学部翻訳文化研究会

URL http://doi.org/10.14945/00007320

(2)

朝鮮文学長編小説『 太平天下』 『三代』

『 動 く城』の 日本語翻訳について

以前の2008年 、筆者は「朝鮮文学長編小説の日本語翻訳について」とい う書 評のようなものを書き、いくつかの作品と訳者を

lll介

した。自川豊訳・廉想渉

『万歳前』

(勉

誠出版、2003年

)、

牧瀬暁子訳・朴泰遠『川辺の風景』

(作

品社、

2005年

)、

波田野節子訳・李光深『無常』

(平

凡社、2005年

)、

大村益夫訳・姜敬 愛『人間問題』 (2006年 )と 平凡社による翻訳企画である。そして文章の最後に

「はたして朝鮮文学の翻訳は日本で安定的な読者層

(商

業性 )を 獲得できるの だろうか Jと い う期待 と不安を述べたことがある。出版状況の厳しいなか、平 凡社による翻訳企画がはたしていつまで続 くのか、また商業性を獲得できるの かとい う憂慮があったからである。当時は「冬のソナタ」現象の絶頂期で、ま た「韓流 Jな るものも流行 りだしていただけに、韓国への関心が朝鮮文学にも 広がってほしいと期待 した。しかし、その期待はいまだに満たされずにいる。

速成乱造 された「韓流」は日本で人気を博 し、 K― POPや 韓 ドラと称するも のが日本の表舞台で大いに活躍したが、朝鮮文学への関心は依然 として振るわ ないままであった。 日本のテレビで八等身の母国の美男美女が歌や踊 りを見せ るたびに、チャンネルを替えるなどした。いずれ大きな文化的摩擦を起こし、

その反動で最悪のしっぺ返 しが予想されたからである。幸いに、あるいは不幸 なのかもしれないが、予感は的中して2012年 の夏から勃発した島嶼をめぐる政 治問題で、   日本での「韓流」はすつか り下火になつた。正直、筆者はほつとし ている。

筆者の時代への こ うした個人的な思いは ともか く、大衆芸能文化が氾濫する 時代相の中で朝鮮文学長編小説が 日本で翻訳 され始めた。大衆芸能 の圧倒的な 威 力の前 に、活字離れが深刻な中での出発であつた。またそ こには、幻想的で 現実離れ した韓流ブーム とは対照的な姿がある。植民地期の悲惨 な現実 と哀れ な民族の姿、成熟 した とはいえない言語 と文学、薄弱な思想性 とス トリー性、

近代 と反近代 の間で窃復 う人間像 な どが露骨 に見 られ るが、筆者はそれが韓国

(3)

の原風景 により近い と思 つている。 自慢できるようなものではないが、本質が そ うであるか ら仕方がない。 「韓流」の根幹 にある韓国のこ うした原風景が現代 日本で受 け入れ られ るか、危惧 していた。おそ らく誰 も見向きもせず、放置 さ れ、平凡社の翻訳企画は中絶す るだろ うと思 っていた。 しか し、手元には翻訳 本が途切れなが らも届いた。

前回の書評以来、筆者に届いた平凡社の翻訳本 は 3冊 ある。うち長編小説は 2 冊で、短編翻

IFN集

が 1冊 である。短編翻訳集は以前の『無常』の訳者である波 田 野節子氏 による『金東仁作品集』K2011年 )で ある。金東仁の代表作「ベ ッタラ ギ

(舟

)」

を合む計 12編 の短篇 を翻訳収録 したもので、日本での金東仁文学の 集大成 といえよ う。「ベ ッタラギ」とい う舟唄の訳出に波 田野氏の力量が遺憾な く発揮 されているが、短篇集なのでこれ以上は述べない。以下、長編翻訳 にお いて対照的な 2作 を簡潔 に紹介 してお く。 2作 は訳者の翻訳態度や翻訳行為 にお いて根源的な相違が見 られ、 よい対照 になつている。

布袋敏博訳・茶高植『太平天下』

(平

凡社、20∞ 年 )は 植民地期を生 きる一家 庭 の様子 を描 いた茶の代表作である。植民期の様々な矛盾 と複雑な社会層が風 刺的に描かれてお り、今 日の若い読者の歴史観か らする と内容 にやや違和感が あるかもしれないが、歴史的な神話 を取 り除いた生の風景が赤裸々に提示 され ている。 しか し、翻訳 となる と原文は全羅道の訛 りが激 しく、主人公の朝鮮的 な特徴 を訳出す るのは至難だろ うと思われた。 しか し、布袋氏の翻訳はそれ ら のすべての問題 をク リア したま さに見事なものであった。全羅道の方言を関西 方言 に移 し換 え、関西方言の漫才や落語 の軽妙な語 り口を巧み に利用 し、登場 人物の個性的な発想 と言葉 を手 に取 るような感 じで訳出 している。関西弁の環 境 に親 しみ、それ を使いこな し、落語や漫才による リズム感 を体得 していなけ れば不可能な作業である。一つの言語 をこれほ どまでに的確 にその雰囲気や気 分や空気まで移 し換 えることが可能なのか と思い ,正 直 に驚いた。布袋氏 には 本人が気づいてないかもしれない文学的才能が大いにある と思 つた。原作はよ い訳者 に巡 り合 うことで運命が決まるといってよい。 『太平天下』が 日本語訳者 の布袋氏 に巡 り合った ことは幸運だったのか もしれない。翻訳作は朝鮮文学 と してだけではな く、関西弁の絶妙な リズムの面 白さだけでも十分 に楽 しめる。

作品内容 と翻訳の妙味を象徴す る部分を引用 してお く。

「火賊 の輩がおるゆ うんか

泥棒みたいな守令 らがお るんか ?… …財産

があつた ところでそ ら盗人のもんで、命は蠅 の命みたいやつた末世の時代

(4)

は、 とお に過 ぎたんや ……、見てみい、街 の角々には巡査がおって、

 

くに の津 々浦々にいたるまで、公明な政治

(ま

つ りごと

)、

何 ともええ世の中や で………日本 は兵隊 を数十万動員 してやな、わ しら朝鮮人を保護 して くれ と るんやか ら、何 とも有難い世の中やで

違 うか ?… …自分のもんを自分 の手 にして気楽 に暮 らせ る太平の世の中、 これを太平の天下ゆ うんや、太 平天下

!…

……ほんで、こんな太平天下の世に生まれた金持ちの子ならやで、

なおの こと大いば りで賛沢 して、楽 に生 きた らええやないか。何でまた世 の中を滅 ぼす ような ごろつ きどもに関係 しよるゆ うんや、ええ

?」

自川豊訳・廉想渉『三代』

(平

凡社、 2012年 )は 布袋氏の訳 とは対照的なもの である。布袋氏の訳が原文の朝鮮語 をいったん溶鉱炉 に入れて完全 に溶か した 後、それ を日本語 の鋳型 に注入 して新たに作 り直 したものであるとすれば、 自 川氏 の訳『三代』は原材料 を生のまま鍛造 し、 日本語 の形態 に叩いて成形 した 印象である。そのため、原材料が透 けてみえる。訳文を読む と元 になった朝鮮 語の原文がそのままの順序で思い浮かぶのである。限 りな く丁寧な直訳である。

朝鮮語の語順 と息遣 いまでが伝わるが、それはあ くまでの朝鮮語が可能な読者 に限るのかもしれない と思 った。 自己を抑制 し、原文 に徹底的 にこだわ り、一 寸の狂い もな く、一滴の漏れ もな く、すべてを 日本語 に置 き換 えているのであ る。 自川氏 の以前 の訳著『万歳前』 もそ うであるが、 自川訳の特徴は氏の一流 研究者 としての緻密 さにある。

『三代』はたいへんな長編で、平凡社版でも上下 2段 組みで 500頁 を超える。

筆者は韓国の大学時代に『三代』の読破に挑戦したがそのあまりの冗長さに耐 え兼ね、途中で投げ出した覚えがある。今回、日本語で再挑戦したが、以前よ

りは遥か に読みやすい感 じであった。冗長な文章 による内容の停滞、論理 の飛 躍 と不明瞭 さが自川氏 の翻訳過程で丁寧 に修正 され、濾過 された感 じであった。

日本語 を通 して原作の化粧直 しが施 された よ うな印象である。 『 三代』は題 目か らの印象 とは違い、島崎藤村『夜明け前』の よ うな世代を挟む長い時代設定で はな く、 3世 代同居家族

(実

は 4世 代同居家族 )の 一時を捉 えたものである。原 作 に対 してはその辺の不満 を筆者はつねに持 っているが、冗長で停滞す る内容 と文章 を一々丁寧 に翻訳 した自川氏 の根気 には頭が下がる。朝鮮文学が心底か ら好 きでない とできない作業であろ う。朝鮮語 を勉強 し、翻訳 を目指す人達の ためにはよいテキス トになるだろ うと思 った。その逆 もあ りうる。

平凡社 による翻訳企画ではないが、 も う一つ紹介 したいのは芹川哲世訳・黄

(5)

順元『動 く城』

(日

本キ リス ト教団出版局、2010年 )で ある。黄順元の長編小説 が日本語で訳されたのはこれが初めてである。作品はキリス ト教の信仰心を基 本ベースにし、それが伝統的な巫俗信仰や儒教思想 と葛藤する様態を描いたも のである。キリス ト教 と伝統思想 との摩擦は『三代』でも扱われているが、こ れは朝鮮近代文学の大きなテーマでもある。筆者は、朝鮮のキ リス ト教とシャー マニズムや儒教 との対立、信仰心をめぐる煩悶や思想的想念には朝鮮の朱子学 正邪論や道学論の伝統が強 く影響 していると思つている。また同作からは三浦 綾子『氷点』の影響 と思われる共通した思想性も感じられる。 『氷点』 『動 く城』

での信仰的葛藤は東アジアにおけるキリス ト教の受容に類似 した思想形態が感 じられる。翻訳は、おそらく敬虔なキ リス ト教信者であ り、異国暮 らしの筆者 のこともたびたびに心配して くださる氏の温厚で柔和な性格 を反映するソフ ト な文章である。労作であることは言 うまでもない。

以上、朝鮮文学長編小説 3作 を簡略に紹介 したが、ほそぼそではあつても今後 も翻訳作業が継続 してほしいと思 う。同時に平凡社による翻訳企画が最後まで 完成されることを祈る。そのためには日本の読者による一読がなによりも望ま れる。(10

自川豊訳『 三代』

布袋敏博訳『 太平天下』 芹川 哲世訳『 動 く城』

参照

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