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真宗研究48号 014尾畑文正「真宗と靖国――真宗門徒にとっての靖国問題とは何か――」

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真宗門徒にとっての靖国問題とは何か||

同 朋 大 学 尾

﹂ こ で 問 題 に す る いわゆる靖国問題の即時的な発端は言うまでもなく 一九六九年に当時の政府自民党によっ て出された﹁靖国神社国家護持法案︵以下靖国神社法案︶﹂である。しかし、その問題の淵源を探れば、 年六月四日に幕末維新の内戦で戦死した兵士を祭配する招魂社から改称されて別格官幣社靖国神社として登場して 以来の問題である。近代天皇制国家における戦前の国家神道体制の歴史および戦後の国家神道体制への回帰運動の 全てに関わる問題であろう。 一 八 七 九 それは具体的には靖国神社の存在が﹁靖国神社を頂点とする神社体系は、府県レベルの指定護国神社、より小さ い地域レベルの指定外護国神社、最末端の町村あるいは大字単位の忠魂碑という宗教施設の網として、全同津々 浦々にまで張りめぐらされた。しかも、その加点にある靖国神社が陸・海軍の軍事施設であることによって、これ ︵ l ︶ らの施設網もまた宗教施設であるとともに軍事施設であるという二重の性格を持たらされるに至った。﹂と識者の

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指摘があるように、靖国問題とは当初から軍事と宗教に関わる問題である。 し か も 、 それらが相互に媒介しあいな がら、侵略主義的な神権天皇制国家体制を支えてきたという意味から言えば、宗教と国家の問題が存在そのものか ら提起されている。宗教における国家と、国家における宗教と、 いずれにしろ、人ひとりの生き方、在り方に直結 する問題として、靖国問題は私たち一人ひとりがいかなるものとして生きるのかを問う極めて具体的な宗教問題と して存在している。 本論文においては特に﹁真宗と靖国﹂と題して いわゆる靖国問題に対して、親驚聖人が明らかにした浄土真宗 に学び、浄土真宗を生きんとするものにとって、この靖国問題をどのような問題として受けとめ、 どのように考え ることが浄土真宗にとっての靖国問題なのかについて若干の提言をしたい。 それに先立って、従来、真宗教団にお いて、靖国問題がどのように受けとめられ、考えられてきたかについて確認しておきたい。その一つの事例として、 真宗教団連合の対応を見ることで、真宗教団における靖国問題への位置付けを先ず検討してみることにする。 靖国神社に関連する問題について真宗教団がどのように対応したかは真宗教団連合に代表させてその反応を見る ﹂とができる。真宗教団連合は 一九六九年以来五度にわたって国会に提出された靖国神社法案に対して、 九 七 一年に公式に反対の表明をしている。また、 その後の総理大臣等による靖国神社公式参拝に対しても、 そ の 都 度 、 真宗仏教を掲げる真宗教団の社会的責任として反対の表明をし続けている。因に、 それらのいくつかをここにかか げ て 、 それらがどのような立場でなされているのかを検討し、 その真宗教団運合の立場を背景にして、更に、この 靖国問題に対する真宗仏教の基本的な立場を考えてみたい。 真宗と靖国 九

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真宗と靖国 九 先 ず 一九七一年二月一八日に真宗教団連合によって出された﹁靖国神社法案についての要請﹂を検討してみた しミ

一九六九年六月に政府自民党によって国会に靖国神社法案が提出され、 その明確な違憲性に対して広範囲な反 対 運 動 が 起 こ っ た 。 そういう状況の中で真宗教団連合もまた一九七一年二月一八日に﹁靖国神社法案についての要 請﹂という表題で三点にわたって靖国神社法案への異議を明らかにしている。 第 一 点 は ﹁ ﹁ 靖 国 神 社 法 案 ﹂ は、憲法に定める信教の自由の原則にもとり、 その合憲性の有無については、多分 に疑問があります﹂と述べ、先ず、﹁日本国憲法﹂︵以下憲法︶第二十条に定められた信教の自由を侵害する恐れに 対する疑義が表されている。第二点は﹁﹃靖国神社法案﹄ は、宗教に対する国民の感情を混乱させるばかりではな く、戦前の国家神道復活の印象を与え、 さ ら に そ れ を 通 じ て 、 日本の軍国主義助長に直結する道を聞くことになり ます﹂と述べ、この靖国神社法案が、戦争放棄を掲げる憲法第九条を踏み破り、 かつての軍国主義の歴史を再び歩 み始めていくことへの率直な疑問が出されている。当時、自衛隊の軍備拡張が着々と行われ、 その中での靖国神社 法案であるので、この法案が国家神道の復活と軍国主義の台頭を象徴するものとして理解されたのは当然であろう。 それはかつての負の歴史が再び繰り返されることへの体感的な危機意識であった。 第三点は﹁法律をもって、今まで宗教団体であったものが、宗教団体でないと否定されるが如き内容を持った ﹁ 靖 国 神 社 法 案 ﹄ は 、 いかに法律的技術を駆使し、合法性を装っても、宗教者として容認できないのであります﹂ と述べている。これはかつて全ての宗教が帝国主義的な国家意志の下に収数され侵略戦争に荷担し協力していった 歴史を踏まえて、靖国神社法案にみられる国家の宗教政策に対する抗議でもあった。この立場は第一点の信教の白 由を侵害する問題に重なっているが、ここでは特に、国家によって宗教の存廃が決めつけられることへの恐怖感が よく表わされている。これは宗教が国家意志のもとに収飲されて、 それぞれの宗教が持っている固有性が国家によ って否定されることへの恐怖である。靖国神社が国営化されるということは、個別靖国神社が国家によって保護さ

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れるということだけではなくて、 それはすべての宗教が国家意志のもとに支配される道を切り開くことになる。そ れに対する宗教の側の危倶といえよう。この一九七一年に出された真宗教団連合による﹁靖国神社法案 L に 対 す る 要請文は、これ以降の真宗教団連合の﹁靖国神社法案﹂に対する反対意見を集約するものであろう。 もちろん、いうまでもなく、実際には、靖国神社を非宗教化して内閣総理大臣が管轄する特別法人として国営化 することを狙った﹁靖国神社法案﹂は、﹁信教の自由・政教分離・国の宗教活動の禁止﹂を定めた憲法第二十条に 明確に逸脱するその違憲性と、軍国主義復活を危倶する世論の反対にあって、 一九七四年六月に最終的に廃案とな った。しかし、靖国神社の国家護持を推進する勢力は、国会において靖国神社の国営化が実現できない現実の中で、 大きく戦術展開を図り、次には天皇、総理大臣らによる靖国神社公式参拝の実現を掲げて運動することとなった。 靖国神社法案実現の運動が国会を通じての上からの政治運動であるならば、公式参拝の実現を求める運動は、地方 自治体である市町村議会に公式参拝要請の決議を行わせる下からの草の根運動であった。 こういう公式参拝を求める機運にこたえる形で、先ず、二一木武夫首相が靖国神社に参拝し、 その参拝の後は、公 式参拝実現をその運動の骨子に掲げる﹁英霊にこたえる会﹂に応える形で歴代の首相による参拝がほぼ定例化され ていった。その中でも、日本を不沈空母にたとえ軍事大国を目指し﹁戦後政治の総決算﹂を掲げた中曽根康弘首相 は 、 戦 後 五

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年の節目の八月一五日に、従来の公式参拝を違憲としてきた政府統一見解を変更して、公式参拝は﹁社 会通念上、憲法が禁止する宗教的活動に該当しないと判断した﹂という八月一四日の内閣官房長官の談話を受けて、 一八閣僚を引きつれて靖国神社への公式参拝を実現した。 真宗と靖国 九

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真宗と靖国 九 四 中曽根康弘元首相のいう﹁戦後政治の総決算﹂とは、いうなれば、靖国神社を必要とする日本国の再建築であっ た。それは戦争放棄の固から戦争可能の国への大転換であった。それは当の中曽根康弘首相が八月一五日の靖国神 社参拝に先立つ七月二七日に自民党の軽井沢セミナーで﹁国に殉じた人を国民が感謝するのは当然のこと、さもな くばだれが固に命をささげるか﹂と発言したことに端的に表れているように、靖国問題は過去の戦争の問題である ばかりではない。現在の、あるいは未来の戦争の問題なのである。このような中曽根康弘元首相の明確な戦争準備 の意志に対して、靖国神社に関わる問題に象徴される政治性︵軍事と宗教が絡む高度な政治性︶に、危機感を抱い た多くの人々が靖国神社公式参拝訴訟を各地で提訴することとなった。 これらの訴訟は、他の靖国訴訟、例えば、一九八二年六月に提訴され、一九九七年四月に最高裁判所大法廷によ って靖国神社等への公費による玉串料等の支出は憲法違反であるとの判決がくだされた愛媛玉串料違憲訴訟などに も連動しつつ、憲法違反を手がかりにしながら、靖国神社に象徴される戦争賛美思想を問う訴訟として展開されて いった。それが大阪・京都靖国神社公式参拝違憲訴訟︵一九八五年一二月提訴︶であり、播磨靖国神社公式参拝違 憲訴訟︵一九八五年二一月提訴︶であり、九州靖国神社公式参拝違憲訴訟︵一九八六年八提訴︶である。 そもそも、靖国神社は、その創建の由来からいっても、近代天皇制国家体制と不可分離的な存在であり、その役 割は、天皇制国家体制に殉じた戦死者を英霊とし、その戦争行為を偉業とすることによって、天皇制国家体制下に おける政治責任を不同に伏して、侵略戦争を聖戦として賛美し正当化する施設である。靖国神社を宗教的軍事施設 であるという村上重良は、各地におけるいくつかの靖国訴訟に対して、﹁こうして靖国神社問題は、日本の戦争責 任と戦後責任を問う重大な政治的思想的対決にエスカレートし、日本国民は、首相、閣僚の公式参拝を許したこと アジア諸国民から侵略戦争の道義的責任をきびしく問われることになった﹂と指摘している。 に よ っ て 、 つまり、靖国問題はその違憲合憲を争う極めて政治的な憲法問題であるだけでなく、 日本人一人ひとりの政治

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性・思想性・更には宗教性を問う問題として登場してきでいると言っていいであろう。そういう大きな課題を苧む 靖国神社公式参拝問題は、その後の各地の違憲訴訟にもかかわらず、また一九八一年三月に提訴された岩手靖国違 憲訴訟︵岩手県議会公式参拝決議違憲訴訟︶ において、仙台高裁では原告の控訴そのものは棄却されたが、判決理 由の中で、﹁天皇・内閣総理大臣の靖国参拝が、憲法二

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条三項が禁止する宗教活動に該当する違憲な行為といわ なければならない﹂と二審で違憲確定と明示されたにもかかわらず、一九九六年七月に橋本龍太郎首相、更に二

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一年八月一三日には小泉首相によって靖国神社への参拝が強行された。 四 自民党総裁選挙において八月一五日の靖国神社参拝を公約に立候補したこともあって、特に小泉首相の場合は注 目されることとなり、真宗教団連合の参拝中止を求める要請文も、首相就任後の六月五日と、更には靖国神社参拝 前の八月一二日と、二回にわたってなされている。その骨子は、﹁本年も、私たちは ﹃戦没者を追悼し平和を祈念す る 日 ﹂ で あ る 八 月 十 五 日 を 迎 え ま す 。 ︵ 略 ︶ そ れ は 、 日本はもとより多くの国々の人びとの今もなお癒されること のない、悲しみと苦しみの現実を認識し、人聞の営みの愚かさを改めて問い直すべき日でもあります。︵略︶ そ れ にもかかわらず首相におかれましては、就任以来、靖国神社参拝に関して、決して看過できない発言を繰り返して おられます。︵略︶平和と共生の国際社会の実現が切に求められている今日の時代にあって、靖国神社公式参拝の ︵ 7 ︶ もつ問題性を十分に認識され、首相・閣僚としての公式参拝を中止されますことを再度強く要請いたします﹂とい う も の で あ っ た 。 しかし、このような申し入れも、 また内外からの抗議・批判にも、小泉首相は耳を貸すことなく、二度三度と靖 真宗と靖国 九 五

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真宗と靖国 一 九 六 国神社参拝を繰り返している。これに対して、真宗教団連合では、当然のように、 その確信犯的な違憲行動に対し て、さらにこれまた繰り返し抗議を申し入れている。因に真宗教団連合では二

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三 年 一 月 一 四 日 に も コ 一 度 に わ た る靖国神社への参拝を行った小泉首相に対して、 本目、小泉首相が靖国神社に参拝されましたことに対し、強く遺憾の意を表明いたします。わたしたち真宗 就 任 以 来 、 教団連合は、長年にわたり、終始一貫して﹁首相・閣僚の靖国神社公式参拝中止要請﹂を求め、特に小泉首相 一昨年八月二二日、昨年四月二一日の参拝をはじめ、有事法制を目指した一連の言動や動向には、 再三抗議や要請を行ってまいりました。 いうまでもなく靖国神社は、国のためにいのちを捧げた人のみを﹁英霊﹂として杷り、遺族や他の戦争犠牲 者の悲しみと怒りの矛先を暖昧にし、国家の戦争責任を回避する機能を果たしてきでいる極めて政治的意図を もって創設された特異な宗教施設であります。このような性格を有する一宗教法人に首相が参拝することは、 先の大戦の尊い犠牲と深い反省の上に制定された﹁日本国憲法﹂の﹁戦争放棄・信教の自由・政教分離の原 則﹂を踏み摺る行為であり、断じて認めることはできません。 わたしたちは、﹁平和と共生﹂の国際社会が切に望まれるいま、全人類の平和への願いに心をよせることな く行われた今回の参拝行為に対し、強く抗議するとともに、今後の参拝に関しても引き続き中止を求めていく ︵ H ︶ 所 存 で あ り ま す 。 と、極めて明瞭に繰り返し抗議している。こういう現状に対して、あらためて、靖国神社法案、更には内閣総理大 臣による靖国神社公式参拝という いわゆる靖国問題に対して、私たちは親鷺の浄土真宗に学ぶ真宗門徒として、 ど の よ う に か か わ り 、 ま た 、 どういう問題として見ていかなければならないかについて、以下、述べてみたい。

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一九六九年に政府自民党によって提案された靖国神社法案に対する真宗教団の対応を真宗教団連合がその都度の 問題に応じて表明してきた要請文を中心に見てきたのであるが、そこに通底しているとらえ方は、その都度の問題 について強弱はあるけれども、概して云えば、信教の自由の侵害、政教分離原則からの逸脱、国家の宗教介入、戦 争責任の暖昧化、戦後責任の欠如である。それらのとらえ方の根本には、靖国問題を通して﹁戦争が露出されてい る﹂ということであろう。これは靖国神社法案、更には、内閣総理大臣の靖国神社公式参拝などの動きから見いだ されてきたとらえ方であるが、真宗教団連合だけではなく、靖国問題に危倶を抱く、多くの人々のとらえ方でもあ る ある意味では、靖国神社法案が提案されて三十四年目にして、しかも、戦争準備の有事法制三法案が国会を通過 する今日おいて、靖国問題と総称してきた問題が、﹁戦争﹂というこ文字に収飲される問題であることをはっきり と歴史が証明しているのではないか。そのかぎり、靖国問題の中で見いだされてきた信教の自由への侵害、政教分 離の原則への逸脱、国家の宗教への介入、戦争責任および戦後責任を不問にする姿勢など、全て、この戦争の二文 字を日本国家の中軸に据える画策ではないのか。 日本国憲法はその第九条に戦争放棄が植われて、明確に﹁前項の目的を達するために、陸海空軍その他の戦力は、 これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない﹂と記されている。この崇高な理念と精神をないがしろに、国 の交戦権を回復し、戦争放棄の固から、戦争可能の国にする発想と行動の全てが靖国問題である。このように靖国 問題をとらえることができれば、真宗門徒にとっての靖国問題は、法蔵菩薩︵因位︶の四十八願の回目頭に﹁設我得 真宗と靖国 九 七

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真宗と靖国 九 }\ 仏国有地獄餓鬼畜生者不取正覚﹂と掲げられ、 その本願の成就を意味する阿弥陀仏︵果成︶ の国土である浄土の荘 厳の意義に直結する問題である。地獄餓鬼畜生のない国をつくりたい。その志願に応えた世界こそが浄土であるな らば、浄土は戦争に代表される人間の非人間的な在り方に、根源的に応える世界である。 その意味においても、靖国問題は明確に宗教問題である。簡単に言えば、そこでまさしく具体的に人聞が問われ ているのである。我も他人︵ひと︶も共に救われていく世界を見いだそうとするのか。それとも、自らの利益のた めには白傷傷他の世界を生きても構わないとするのか。そういう問いを私たちに突きつける問題として、靖国問題 は存在しているのである。もちろん、靖国神社法案が登場してきたときに、 それが明確に憲法第二十条に違反する 法案であるとして、憲法を立てにして抗議の声を上げたことは、法治国家を生きるものとしては当然の対応であり、 また戦争を準備する国家の政治政策に抵抗する具体的な方法であることはいうまでもない。それは先程から、纏々 と、真宗教団連合の靖国問題に対する要請文を手がかりにして確認してきた通りである。 ---1... /\ その意昧では、上記した靖国神社公式参拝違憲訴訟以外の、たとえば、山口自衛官合記拒否訴訟︵一九七三年一 月提訴︶、箕面忠魂碑慰霊祭違憲訴訟︵一九七六年二月提訴︶、岩手靖国違憲訴訟ご九八一年三月提訴︶、岩手県 玉串料違憲訴訟ご九八二年六月提訴︶、愛媛県玉串料違憲訴訟︵一九八二年六月提訴︶、大阪・即位大嘗祭違憲訴 訟︵一九九

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年九月提訴︶等が、憲法第二十条、第八十九条を根拠にして闘われたこともまた当然の対応であろう。 元来、憲法第二十条、第八十九条は、神権天皇制国家において、全ての宗教が、その存立理念を無視されて、国 家の戦争政策に組み込まれ、侵略戦争に加担させられてきた歴史に対する反省から施設されたものである。もちろ

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ん、そのような現実に自ら加担し、協同していった真宗教団の歴史的現実を看過することはできない。ともあれ、 その問題を充分に勘案した上で、なお、宗教が国家に取り込まれることの危険性の体験の中に、これらの憲法が施 設されたとするならば いまこれらの憲法が国家の戦争政策に抗議するための法律的根拠となるのは当然であろう。 い た 。 し か し 、 その意味では、靖国問題は最初から国家の憲法違反の問題を通して、国家の戦争政策を問う問題として存在して それが今日、誰の目にも明らかなように、靖国問題は三十四年目にして、その根本問題が、国家の 戦争政策に対する民衆の側の反戦平和、非戦平和の問題であることがはっきりと露出してきたのである。靖国問題 は人が人を殺し、人が人に殺される戦争の問題である。それは人聞が非人開化されていくことの問題であり、それ はそのまま、非人開化された人聞が人聞を取り戻していく問題である。 そのかぎり、宗教が自分を見失っているも のが自分を取り戻していく運動ということであれば、靖国問題は、 そういう意味において、実に、 はっきりとした 宗 教 問 題 で あ る 。 もちろん、靖国問題は、先にもすでに述べたように、重層的にさまざまな角度からとらえることのできる問題で あ る 。 日本国憲法に違反する靖国神社法案として、当時の政府自民党によって国会に登場 してきたという意味からいえば、極めて政治的な問題である。また、ある特定な宗教思想を持った靖国神社が国家 たとえば、靖国問題が、 によって特別に管理・庇護されることは、 そのままで、靖国神社を支える宗教的観念でない他の宗教的信条をもっ て生活しているものにとっては、自らの宗教信条が抑圧される危機の中にいることとなる。それは、従来から言わ れてきているように、憲法で勝ち取られてきた信教の自由に関する問題という意味での宗教問題である。 しかし いまここで靖国問題が宗教問題であると言っている意味は、 そのような政治に宗教が揚め捕られていく 状況から自立し、自らの宗教性を明確にしていくべきであるとか、あるいは、民族宗教を一定限べ l スにした靖国 思想が持つところの民族宗教的雰囲気から、自らの宗教を根拠にして信仰的な自立を果たしていくべきであるとか、 真宗と靖国 九 九

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真宗と靖国

あるいは靖国問題を通して、自らの信心を問い直していくといった従来の枠組みではない。もちろん、 そのような とらえ方もまた大きな意味をもっ問題のとらえ方であるが、ここでは、 むしろ、先に述べたような、戦争を放棄す る 固 に 生 き る の か 、 それとも、戦争を是認する国に生きるのか、 そのどちらに自らの人間としてのあり方を見いだ していくのかという、極めて、人間の生きる姿勢に関わる問題である。 つまり、漢字文化圏で使われる意味においての宗教とは、人間の生活の中心を明らかにする教えであるが、まさ しく、靖国問題が宗教問題であるといわれる所以は、それが人間の生きる根拠をそれとして問わしめるからである。 靖国の一言葉によって象徴される世界観、人間観とは、 いうまでもなく、排外主義的な世界観であり、天皇を頂点に した差別的な人間観である。そういう靖国の世界観、人間観を真実として生きるのか。それともそういう世界観、 人間観は、我と我が世界を絶対化してやまない人間の迷いの現実であるとはっきりと認識するのか。その選択は、 そ の ま ま 、 ひとりの人の生き方として表現されることとなる。漢字文化圏でいう宗なる教えとしての宗教問題その も の で あ る 。 しかし、問題はその選択を支え、決定させる根拠である。

親鷺聖人が用いる場合の浄土真宗とは、 ︵ 刊 ︶ すでに多くの先学によって指摘されているように、 それは仏教諸派にお ける宗派名を現しているものではなく、 むしろ、仏法を現す概念であろう。 いわば、親鷺聖人によって明らかにさ れた浄土を真実の宗とする仏法である。真宗門徒においては、靖国とい名で表わされている世界観・人間観が人間 としての本当の世界観であり、人間観であるかを問うていく根拠、視点が仏法としての浄土真宗である。それでは 浄土真宗として現された仏法によれば、戦争を賛美し正当化する宗教的軍事施設としての靖国神社、あるいは靖国

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の 甲 山 相 ゅ は 、 どういうものとして見いだされるであろうか。浄土真宗が明らかにするところの真実の宗としての浄土 とは、﹁教行信証﹄真仏土巻に記された親驚聖人の御白釈によれば、﹁真土と言うは、﹁大経﹄にはベ無量光明土﹄ ︵ 日 ︶ とのたまえり。﹃論﹄には﹁究寛して虚空のごとし、広大にして辺際なし﹄と日うなり﹂と記されてあるように、 つまり、あらゆる人々を無差別平等に尊ぶ阿弥陀の本願に酬報した浄土が、﹁無量光明土﹂ 大悲の誓願に酬報した の世界、全てを照らす智慧の世界として、 また﹁究寛して虚空のごとし、広大にして辺際なし﹂と、広大にして辺 際のない世界として現されている。 つまり、真実の国土としての浄土は、狭少としてしか存在しえない人聞の我と我が世界を根本的に照らし出す広 大無辺な智慧の世界である。 その世界を南無阿弥陀仏としていただくことにおいて、戦争を放棄する国に生きるの という具体的現実的な問いが、その信仰生活の聞いとして、 り、宗教問題として惹起するのである。反戦平和、あるいは非戦平和が真宗門徒としての靖国問題である。その意 味では、真宗と靖国という立論は、靖国という名で表わされる世界観・人間観に対して、浄土真宗がどこまで、そ か、それとも、戦争を是認する固に生きるのか、 つ ま の世界観・人間観を批判的に照らし出す原理たりえるかどうかという問題でなければならない。そうでなければ、 靖国神社は間違いで、宣六宗教団が正しいという宗派的恋意性だけに終始することとなる。 事実、浄土真宗という名の仏法を掲げた真宗教団がいかに歴史的に大きな過ちを繰り返してきたかは、先に掲げ た真宗教団連合の要請文においても、例えば、﹁真一宗教団連合に加盟する各派も軍国主義に追随し、﹃聖戦﹄ の 名 の もとに戦争の遂行に協力したことに対して、終戦から五十年の節目に当たる今年、改めて深く慨悔するとともに、 私たちは﹁十方衆生よ﹄と呼びかけたもう阿弥陀如来の本願に信順して、すべての戦争犠牲者に追悼の誠を捧げ、 人類共生の未来を切り開いていくことを願っております﹂と言及しているように、侵略戦争を聖戦とし、戦死者を 英霊としてきた靖国神社と全く変わらない世界観と人間観を表現してきた。靖国神社の仏教バージョンとして国家 真宗と靖国

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真宗と靖国

神道の一翼を担ってきたのである。 筆者の所属する真宗大谷派教団に限っていっても、明治以降の神権天皇制国家体制に同一化していくために、 ﹁真俗二諦論﹂という現実肯定の教義さえも裡造して、国家の植民地政策、侵略戦争に率先して支持、容認、加担 してきた。その歴史的事実に立ち返って、あらためて超越性原理としての市土真宗をいただき、 それに立ち返るこ とが求められているのではないか。それは具体的には内閣総理大臣の靖国神社参拝にみられるようなアジア民衆の 非戦平和を求める願いを踏みにじり、﹁我と我が世界﹂を絶対化していく行動を批判し、二度と再び侵略主義的な 国家の意思に迎合しない生き方を自らの信何的立場として明らかにしていくことである。 それはまさしく二千万ともいわれているアジア太平洋地域の戦争犠牲者、更には心ならずも国家に殉じ、戦死さ 聞 き 取 り 、 せられていった戦死者の声なき声を、 それら非戦平和の願いに立ち上がって、文字通り、超越性原理としての浄土真宗をいただき、浄土真宗 一切衆生を地獄・餓鬼・畜生のない固に生まれさせんとする阿弥陀の本願に を生きることである。それは決して歴史修正主義者のように日本の負の歴史を書き換えて、誇りうる日本を演じる ことではない。世界に向かって天皇制国家体制の負の歴史を悲憤し、謝罪し続け、戦争放棄の日本国憲法の精神を 掲げて生きることである。そこに阿弥陀仏の本願をお念仏としていただいて、﹁国豊民安兵文無用﹂ の世界を課題 にして生きる真宗門徒の具体的な生き様が存在するのである。 註 ︵ 1 ︶ ︵ 2 ︶ ︵ 3 ︶ ︵ 4 ︶ ︵ 5 ︶ ︵ 6 ︶ 大 江 士 山 乃 夫 著 ﹁ 靖 国 神 社 い 一 一 四 頁 ・ 岩 波 新 書 村上重良著﹃靖国神社﹄岩波ブックレットぬ五七・五三頁・岩波書店 高 石 史 人 編 ﹃ ﹁ 靖 国 ﹂ 問 題 関 連 年 表 ﹄ 二 二

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頁 ・ 永 田 文 日 日 堂 ﹁ 愛 媛 玉 出 中 料 違 憲 訴 訟 ﹂ 記 録 集 刊 行 編 集 委 員 会 編 ﹃ 愛 媛 玉 串 料 違 憲 訴 訟 | | 最 高 裁 大 法 廷 判 決 | | い 記 録 集 参 照 村 上 重 良 作 者 ﹃ 靖 国 神 社 ﹄ 岩 波 プ ッ ク レ ッ ト 比 五 七 ・ 五 五 頁 ・ 岩 波 書 店 菱 木 政 晴 著 ﹃ 解 放 の 宗 教 へ ﹄ に お い て 、 筆 者 は こ の 岩 手 靖 国 訴 訟 に つ い て ﹁ 岩 手 地 裁 で は 、 原 告 が 敗 訴 し た が 、

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仙台高裁は、ユニークな判断をした。すなわち、議決は支出を返還するほどの違憲性はないので、原忠一日の出町訴は棄 却するが、靖国神社に首相や閣僚が公式参拝することは違憲であるということを、判決理由の中で述べたのであ る ﹂ と 記 し て い る 。 ︵7 ︶ 二

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一年八月三日真宗教団連台作成﹁首相・閣僚の靖国神社公式参拝中止を再度強く要請します﹂インターネ ット・真宗教団連合公式サイト ︵ 8 ︶ 二

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二一年一月一四日真宗教団連合作成﹁小泉首相の錆国神社参拝に対する抗議文﹂インターネット・真宗教同 連合公式サイト ︵ 9 ︶有事法制三法案とは武力攻撃事態対処法案・自衛隊法改正案・安全保障会議設置法改正案の三法案である。二

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三 一 年 六 月 六 日 の 参 議 院 本 会 議 で 可 決 ・ 成 立 す る 。 ︵叩︶里村保︵児玉暁洋︶﹃﹁浄土真宗﹂というゴ﹂とば々の意味について﹂真宗連合学会研究紀要第一八輯﹃真宗研 究﹂所収九一頁には﹁即ち真宗は全仏教の歴史を一筋に貫く赤い糸であり、いわば仏教の精髄であって、様々な宗 派として現象した仏教をその根底に於て支え、それを仏教たらしめているもの、いわば﹁仏教そのもの﹂こそが ﹁ 真 宗 ﹂ と 呼 ば れ て き た の で あ る 。 ﹂ と あ る 。 ︵日︶親驚﹁顕浄土真実教行証文類﹄真仏土巻・﹃真宗聖教全書﹂第一巻五六頁 ︵口︶一九九五年八月七日真宗教団連合作成﹁靖国神社公式参拝中止の要請﹂インターネット・真宗教団連合公式サイ B 真 宗 と 靖 国

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