『今昔物語集』「物語」考
著者 廣田 收
雑誌名 文化學年報
号 67
ページ 241‑266
発行年 2018‑03‑15
権利 同志社大学文化学会
URL http://doi.org/10.14988/00027600
『今昔物語集』「物語」考
著者 廣田,收
雑誌名 文化學年報
号 67
ページ 241‑266
発行年 2018‑03‑15
権利 同志社大学文化学会
URL http://doi.org/10.14988/00027600
﹃ 今 昔 物 語 集
﹄ ﹁ 物 語
﹂ 考
廣 田
收
は じ め に かつ
て一 九六 九年 から 七一 年の ころ
︑大 学は スト や封 鎖な どで 長く 授業 の行 われ ない 時期 もあ り︑ あっ ても とぎ れ と ぎれ の状 態で あっ たが
︑奈 良女 子大 学の 本田 義憲 先生 の﹁ 日本 文学 史﹂ を受 講す る僥 倖に 恵ま れた こと は︑ 今も っ て 忘れ がた い︒ 講義 の内 容は
︑私 のよ うな 未熟 な国 文学 徒に は余 りに も衝 撃的 なも ので あり
︑日 本神 話か ら﹃ 竹取 物 語
﹄﹃ 今 昔物 語集
﹄ま でを 対象 と して
︑レ ヴ ィ・ ス トロ ー ス﹃ 未 開 社会 の 思 惟﹄
︑リ ル ケ﹃ 流 刑の 神 々﹄
︑ フレ イ ザ ー
﹃金 枝篇
﹄︑ 折口 信夫
﹃古 代研 究﹄ など を繰 り返 し用 いる
︑比 較神 話学 的な 手法 によ って
︑構 造的 な分 析を 加え るも の で あっ た︒ 冒頭 の講 義で は︑ 講義 の意 図に つい て次 のよ うに 説明 され てい る︒ レヴ
ィ・ スト ロー スの よう な構 造主 義で
﹃古 事記
﹄を 読ん でい けな いか どう か︒ 語ら れて いる 神話 の扱 いと 同 じ よ う に︒ 史学 風 な 観点 で 果 た して 文 学 的な も の が満 た さ れ るか ど う か︒ その と き︑ 日 本の ス テ ィ
ル︵
style
文 体
︶は
︑ど う浮 かび 上が って くる のか
︒中 国文 学と の比 較文 学の 方向 だけ では なく
︑媒 介と して 朝鮮 の位 置も 考
― 241 ―
慮 して おか ねば なら ない だろ う︒ それ でこ そ︑ 比較 のリ アリ ティ を獲 得で きる
︒
︵ 講義 ノー ト︑ 一九 七一 年四 月二 二日
︶⑴
ま た﹃ 今昔 物語 集﹄ の説 話を 例と して 取 り上 げ
︑﹁ 今 昔の 基 に なっ た も の は︑ 天竺
︑震 旦
︑本 朝 の三 国 に わた る 何 も の かで あろ う﹂ と想 定さ れた 上で
︑説 話を
﹁筆 録化 され た話
﹂﹁ 耳 で聞 いて 書い た話
﹂﹁ 創作
﹂と いう
︑幾 つか の過 程 を 経 た もの と 捉 える べ き で ある と い う︒ すな わ ち﹁
︵ 旧︶ 大系 本 の 誤 謬は 実 に 出典 論 に 集 中 し て い る﹂ と 言 わ れ る
︒ な ぜな ら﹁ 出典 論は 天文 学的 に見 当を 付け て絞 って ゆく 必要 があ るだ ろう
︒自 己の 視界 のみ で決 定す るこ とは 無責 任 で ある
﹂と 断じ られ て︑ 旧大 系の 出典 の認 定を 批判 され た︵ 講義 ノー ト︑ 同日
︶︒ さ らに
︑ いわ
ゆる 日本 固有 の文 化︑ 日本 の基 礎文 明を 考え る場 合︑ 例え ば朝 鮮の 例を 充分 考慮 しな いと 論じ がた い︒ 特 に
︑古 代文 学研 究の ひと つの 展開 にお ける 大き な要 素は
︑朝 鮮に おけ るフ ォク ロア の動 きで あろ う︒
︵ 講義 ノー ト︑ 一九 七一 年五 月一 三日
︶ と
述べ られ
︑﹃ 三 国遺 事﹄ の降 臨神 話を 媒介 させ て﹃ 古事 記﹄ を読 み解 こう とさ れた
︒ この よう な視 点が その まま
︑﹃ 古 事記
﹄研 究の 現! 在! にと って
︑ど のよ うな 評価 が与 えら れる のか につ いて は措 こう
︒ それ でも
︑も し言 えと 言わ れる ので あれ ば︑ 今な ら﹃ 古事 記﹄ の本 質は
︑天 つ神 々か ら引 き継 ぐ皇 統譜 にあ ると い う であ ろう
︒古 代天 皇制 の確 立に 関与 した 神学 の 書を
︑構 造 に 還元 し て よい の か
︑と い う疑 問 を ぶつ け る で あろ う
︒ す なわ ち︑ 私は
︑本 田氏 のこ のと きの 企図 を︑ 今な お無 批判 に受 け入 れよ うと して いる わけ で! は! な! い!
︒と はい うも の
『今昔物語集』「物語」考 ― 242 ―
の
︑私 は特 に︑ 神話 とい うも の︑ 出典 とい うも の︑ 文体 とい うも のを どう 考え るか
︑と いう 根本 的な 問い こそ 継承 す る 必要 があ ると 考え るも ので ある
︒ この ころ
︑益 田勝 実氏 の
﹃火 山 列島 の 思 想﹄
︵筑 摩 書 房︑ 一 九六 八 年︶ か ら﹃ 秘儀 の 島﹄
︵ 筑摩 書 房︑ 一 九 七六 年
︶ へ と続 く著 作に 感銘 を受 けて いた 私は
︑本 田氏 のこ の講 義を 受け る中 で︑ 神話 その もの に幾 つか の層 があ ると いう こ と を確 信す ると とも に︑ 説話 とい い︑ 物語 とい い︑ 神話 こそ これ らの 基盤 をな すも のだ とい う︑ 漠然 とし た予 感を 覚 え た︒ ただ その とき はま だ︑ 説話 とは 何か
︑物 語と は何 か︑ とい う問 いを 学! 的! に! 問 うな どと いう 企て は︑ 学部 生で あ っ た私 にあ るは ずも なか った
︒ そ の後 の 本 田氏 の 研 究の 軌 跡 を 辿る と
︑例 え ば一 九 七 九 年の 論 考 では
︑﹁ ア ニ ミ ズ ム 的 な い し 多 霊︵ 多 神
︶教 的
︑ 基 層自 然的
﹂な
﹁デ モン たち
︵チ
・ヒ
・ニ
・ミ
・ヌ
・カ
︑タ マ・ モノ 等︶ とカ ム・ カミ
﹂と
﹁古 日本 の文 化接 触の シ ン クレ ティ ズム
﹂を 経て
﹁﹁ 神 学以 前﹂ から
﹁新 し い 神学
﹂へ の 過 程﹂ にお い て
﹁中 央 宮廷 社 会 がそ の 王 権神 学 の 組 織 化﹂ がな され た︒ すな わち
﹁政 治宗 教史 的に 天上 神界
﹁高 天原
﹂神 観の 成立
﹂は
﹁朝 鮮を 通じ るア ルタ イ・ コス モ ロ ジー と中 国の 天の 思想 との 場的 関連 の間 にあ りな がら
︑日 本が 中国
︵隋
・唐
︶と 直接 交渉 して その 論理 を再 構成 す る 以 前﹂ に﹁ ア ルタ イ 垂 直体 系
﹂が 基 層 をな し て いた と 予 想す る⑵
︒い う な らば
︑﹁ 王 権 の自 己 聖 化の 現 す 天 上 神 界
﹁高 天原
﹂﹂ と﹁ 葦原 中国
・黄 泉 国三 界 垂 直体 系
﹂の も とに
﹁天 上 神 界 の最 高 神﹁ 天! 神!
﹂ の子 で あ り︑
﹁日! 神!
﹂の 後 裔 で ある 日嗣
︵霊 嗣︶ の子 らが
︑そ の神 のみ! こ! と! も! ち! とし て天 降る
﹂︵ 傍 点・ 原文 のマ マ︶ のだ とい う︒ その とき
︑﹁ さ ま ざま の基 層精 霊た ちも ある いは 神と 重層 され
︑あ るい は淘 汰さ れ︑ ある いは 辺境
・深 層へ と流 竄し て異 神化 すべ く も あっ たで あろ う﹂ とい う見 通し を示 され てい る︵ 七七 頁︶
︒ まる で一 度も 息継 ぎも せず 語り 続け るよ うな この 論文 は︑ 難解 とみ えて 実に 明快 であ る︒ 本田 氏は この とき
︑古 代
― 243 ― 『今昔物語集』「物語」考
天 皇制 が神 学を もっ て成 立し
︑同 時に
﹁基 層精 霊﹂ は神 々と
﹁重 層﹂ され るか
︑﹁ 淘 汰﹂
﹁流 竄し て異 神化
﹂し たの だ と い う 仕組 み を 説い て み せ られ た
︒こ こ に︑ 本田 氏 に よっ て 壮 大 な古 代 世 界が 見 通 され た と い え る︒ 言 う ま で も な く
︑こ こに はリ ルケ の強 い影 響が みら れる
︒ その 後︑ 本田 氏は 一九 九一 年に
︑﹁ 説 話﹂ とい う概 念に 関 し て丁 寧 に 研究 史 を 辿 り直 さ れ たの ち
︑次 の よう に 述 べ て おら れる
︒ もと
より
︑立 場の 如何 を問 わず
︑無 文字 社 会的 と い うか
︑口 頭 伝 承︑ 口が た り の 世界 の 想 像力 の ゆ た かさ は
︑ い ます でに 言う まで もな い︒ ただ し︑ 話さ れる こと ば︵ パロ ール
︶と 書か れる こと ば︵ エク リチ ュー ル︶ との 間 に は複 雑な 問題 があ り︑ われ われ は︑ 文字 表現 とい うも のの 想像 力が
︑口 承の 流れ を塞 き止 める
︑そ の流 れに 立 ち 止ま ると いう 意味 を持 つ︑ 媒体 とし ての 緊張 関係 の場 に在 り得 べき こと の確 かさ を忘 れな いが
︑た だし
︑同 時 に
︑﹃ 攷 証今 昔﹄ が︑ 出典 論的 翻訳 論的 に素 朴 で あり
︑文 化 接 触の る つ ぼ の中 の
︑幾 重 の口 承 と 書承 と
︑伝 承 と 表 現と の間 をた どる べき 用意 が︑ ゆた かで なか った こと も確 かで あろ う⑶
︒︵ 傍線
・廣 田︶ 本
田氏 のこ の二
〇年 間は
︑本 田氏 の学 問の 転回 なの か︑ 深化 なの かは 問う まい
︒日 本民 俗学 の方 法の 検討 をも 踏ま え た
︑説 話研 究に 対す るこ の総 括は
︑四 半世 紀を 経た 今な お︑ 色褪 せる こと なく
︑な んと も重 みが ある
︒言 われ ると こ ろ の﹁ 幾重 の口! 承! と 書! 承! と︑ 伝! 承! と表! 現! との 間 を たど る べ き用 意
﹂︵ 傍 点・ 廣 田︶ とは
︑ど の よ うに し て 果た さ れ る の か︒ いう まで もな く﹁ 口承 と書 承﹂ と の関 係 は 簡単 で は ない
︒ま た
︑﹁ 伝 承 と表 現
﹂と の 関係 も 簡 単で は な い︒ 爾 来
︑私! の! 説 話研 究︑ 物語 研究 の課! 題! の! す! べ! て! が ここ にあ る︒
『今昔物語集』「物語」考 ― 244 ―
とこ ろが
︑戦 後の 学界 は︑ 私の よう な怠 惰な 学徒 の目 にも 否み がた いほ ど︑ 細分 化を 遂げ てい る︒ 例え ば︑ 口承 と 書 承 と を抱 え 込 んで 設 立 さ れた は! ず! の説 話 文 学会 は
︑そ の 後︑ 次 第に 文 献 中心 の 研 究に 傾 い て いっ た 事 実 は 疑 え な い
︒一 方︑ 口承 文芸 学会 や日 本昔 話学 会が 口承 を中 心に 据え るが ゆえ に︑ 乱暴 に断 じれ ば︑ ほ! と! ん! ど! 文献 を顧 みな か っ たこ とも 無念 なこ とで ある
⑷
︒ま こと に僭 越な もの いい で恐 縮で ある が
︑学 界 の 動向 そ の もの が
︑説 話 の理 解 を い よ いよ 狭め てい る懼 れな しと しな い︒ 大勢 を占 める 声が 大き く︑ 評価 の基 準と なっ ては いけ ない
︒そ のよ うな 状況 で こ そ︑ こと 改め て物 語や 説話 とは 何か を問 う必 要が ある に違 いな い︒ 例え ば︑ 文献 研究 を主 とす る中 古文 学会 が研 究の 中心 とし て据 えて きた
﹃源 氏物 語﹄ もま た物 語に 他な らな いと 言 挙 げす るこ とは
︑必 ずし も﹃ 源氏 物語
﹄を 貶 める も の では な い︒ む しろ
︑そ の こ と によ っ て 寛弘 年 間 の﹃ 源 氏物 語
﹄ が
︑ま さに 古代 の物 語で ある こと を明 らか にす る必 要が ある
︒同 時に
︑院 政期 の説 話集
﹃今 昔物 語集
﹄も また
︑な! お! 古 代の 物語 集で ある こと を明 らか に する 必 要 があ る
︒そ の とき
︑﹃ 源 氏 物 語﹄ と﹃ 今昔 物 語 集﹄ とが 共 有 する 物 語 と は 何か が明 らか にな るで あろ う︒ 一
﹁ 物 語﹂ と は 何か と い う問 い
﹁ 物語
﹂と は何 か︒ 国文 学の 研究 にお いて
︑演 繹的 にこ の 問 いに 直! 接! 答え る こ と はな か な か難 し い︒ 対 象と す る 本 文 に即 して
︑具 体的 に検 討す るこ とに よっ て帰 納的 に答 える より 他は ない であ ろう
︒ そこ で︑ 私は 先に
︑﹃ 源 氏物 語﹄ にお ける
﹁物 語﹂ と いう 語 の 内! 在! 的! な 事 例を 逐 一 検討 す る こと に お い て︑
﹁物 語
﹂ の 意味 する 語義 の多 様性 を指 摘す ると とも に︑ 多様 な語 義を 包括 する 曖昧 性こ そ﹁ 物語
﹂の 本性 に他 なら ない こと を
― 245 ― 『今昔物語集』「物語」考
指 摘し た︒ その 折︑
﹃ 源氏 物語
﹄に おけ る﹁ 物語
﹂の 全用 例︑ 一九 九例 につ いて は︑ ひと まず
︑
Ⅰ 作 品と して の物 語︑ 読み 聞か せす る物 語
⁝ 一九 例
Ⅱ
︵a
︶儀 式・ 行事
︑故 事先 例に 関す る言 談/ 政治 向き の言 談/ 教育
︑諸 道の 言談
⁝ 六例
︵b
︶霊 験︑ 説法
⁝ 一一 例
︵c
︶遺 言
⁝ 二例
Ⅲ
︵a
︶座 談︑ 夜伽 話
⁝ 四例
︵b
︶諸 国の 伝説
/体 験談
︑見 聞談
⁝ 九例
Ⅳ 世 間話
︑と りと めも ない 話
⁝ 一四
〇例
Ⅴ 情 交︑ 寝物 語
⁝ 八例 と いう 分類 案を 得た
︒そ して
︑ 院政
期の 仏教 説話 集﹃ 今昔 物語 集﹄ にお ける
﹁物 語﹂ 六二 例に つい て忽 卒の 間に 調べ たと ころ
︑用 例の 多寡 や 偏 り は ある も の の︑
﹃源 氏 物 語﹄ の 場合 の 分 類案 を 修 正す る に は 至 ら な か っ た︒ た だ し︑
﹁ 物 語﹂ の 内 実 と 場 と は
︑﹃ 今 昔物 語集
﹄の 方が もっ と具 体 的 であ る
︒ま た 鎌倉 初 期 の 世俗 説 話 集﹃ 宇治 拾 遺 物語
﹄の
﹁物 語
﹂二 五 例 も 調べ てみ たが
︑事 例は 少な いな がら
︑や はり 同様 の結 果を 得た
︒
『今昔物語集』「物語」考 ― 246 ―
と 述べ たこ とが あ る︒ そこ で
﹃今 昔 物語 集
﹄に お ける
﹁物 語
﹂に は
︑﹁ 具 体的
﹂に ど の よう な
﹁内 実 と場
﹂が あ る の か
︑改 めて 本稿 で考 えて みた い︒ また
︑そ の折 に私 は︑ 興味
深い こ と は︑
﹃今 昔 物 語集
﹄で は
﹁物 語 ス﹂ と﹁ 物 語ヲ ス
﹂﹁ 物 語ナ ド ス﹂ と が併 存 す る こと
︑﹁ 物 語﹂ と
﹁語 ル﹂
﹁語
︵ カ タ ラ
︶ フ﹂
﹁ 物云 フ﹂ など との 差異 が明 確で ない 事例 の併 存す るこ とが 多く 認め られ る︒ ある い は
﹃今 昔
﹄巻 第 三
〇 第 一 四 に は
﹁此 ノ 語︵ モ ノ ガ タ
︶ リ 奥 恋
︵ ユ カ シ
︶ ク
﹂と 訓 読 さ れ て い る 条 が あ る︒ 旧 大 系 は
﹁語
﹂に 付 され た
﹁モ ノ ガタ リ
﹂に つ い て﹁ よみ は 名 義 抄
・字 類 抄 に よ る﹂
︵五 巻 二 四 三 頁︶ と 注 す る︒ こ れ は
﹁語 り﹂ と﹁ 物語
﹂と の境 界的 事例 とい える
︒ と
も述 べて いる
︒す なわ ち︑
﹃ 源氏 物語
﹄に おけ る﹁ 物語
﹂と いう 語の 示す 曖昧 性︑ 多様 性は
︑﹃ 源氏 物語
﹄の 用い る
﹁物 語﹂ 固有 の属 性で! は! な! く!
︑ 平安 時代 にお ける
﹁物 語﹂ のあ り か た一! 般! の! 属! 性! に 由 来 する も の であ る こ とを 述 べ た も ので ある
⑸
︒ そこ で︑ 本稿 では
﹃今 昔物 語集
﹄に お ける
﹁物 語
﹂の 意 味す る こ とが 何 か を 検討 す る こと で
︑﹃ 源 氏物 語
﹄に お け る 事例 と︑ どの よう な共 通性 と相 違性 が認 めら れる か︑ とい うこ とに つい ても 検討 して みた い︒
― 247 ― 『今昔物語集』「物語」考
二
﹃ 今 昔物 語 集
﹄に お け る﹁ 物 語
﹂の 語 の 特徴 的 事 例 それ
では
﹃今 昔物 語集
﹄に お ける
﹁物 語
﹂の 全 用例
︑六 二 例 の中 か ら
︑代 表 的な も の を幾 つ か 挙 げて
︑﹁ 物 語﹂ と は どの よう なこ とを 意味 する のか
︑と いう こと につ いて 述べ てみ たい
︒
Ⅰ 作 品と して の物 語︑ 読み 聞か せす る物 語
⁝ 一例 儝 寝殿 ノ丑 寅ノ 角ノ 戸ノ 間ハ
︑人 参テ 女房 ニ会 フ所 也︒ 住吉 ノ姫 君ノ 物語 リ書 タル 障紙 被立 タル 所也
︒
︵巻 第一 九第 一七
︶ 旧 大 系 は﹁ 古本 形 態 の住 吉 物 語 を指 す
﹂と 注 する
︵四
・九 八 頁︶⑹
︒ 旧全 集 は﹁ 散 佚 古物 語 の 一︒ 現 存 の 住 吉 物 語 の 祖 的な 散佚 敵物 語﹂
︵ 二・ 五七 三頁
︶⑺
︒ また 新大 系は
﹁散 逸し た古 態の 住吉 物 語﹂ と注 す る︵ 四・ 一 六 一頁
︶⑻
︒新 編 全 集 も 同様 の 指 摘を し て い る︵ 二・ 五一 二 頁︶⑼
︒ この 物 語 の呼 称 と︑ 現 存 の古 本 系﹃ 住 吉物 語
﹄と の 関 係 に つ い て の 議論 は措 こう
︒す でに 文献 とし て成 書化 され てい たテ キス トと みて よい
︒ この 事例 は︑ 分類 案の
Ⅰに 属す る︒ ち なみ に
︑旧 大 系は 出 典 に関 し て
﹃古 本 説話 集
﹄と
﹁同 原 のよ う に 思 われ る
﹂ と 指摘 して いる
︵四
・九 七頁
︶︒ そ こで
﹃古 本説 話集
﹄を 対照 させ ると 書 名 は一 致 す る⑽
が
︑﹁ 住 吉の 姫 君 の物 語 の 障 子
﹂と ある
︒﹃ 今 昔物 語集
﹄に は﹁ 書タ ル﹂ とあ る か ら﹁ 住吉 ノ 姫 君ノ 物 語
﹂は
︑テ キ スト と し ての 存 在 を前 提 と し た 表現 であ ると いえ る︒
『今昔物語集』「物語」考 ― 248 ―
Ⅱ
︵a
︶ 儀 式・ 行事
︑故 事先 例に 関す る言 談/ 政治 向き の言 談/ 教育
︑諸 道の 言談
⁝ 四 例 優・ 儫 盲︵ メ シ ヒ
︑︶ 独言 ニ 云ク
︑﹁ 哀 レ︑ 興 有ル 夜 カ ナ︒ 若シ
︑我 レ ニ 非 ズ□ 者ヤ 世 ニ 有ラ ム
︒今 夜 心得 タ ラ ム 人 ノ来 カシ
︒物 語セ ム﹂ ト云 ヲ︑ 博雅 聞テ
︑︵ 略
︶幸 ニ今 夜汝 ニ会 ヌ﹂
︒盲
︑此 ヲ聞 テ喜 ブ︒ 其時 ニ﹁ 博雅 ニ喜 ビ 乍
︑庵 ノ 内 ニ入 テ
︑互 ニ 物語 ナ ド シ テ︑ 博 雅︑
﹁流 泉
・啄 木 ノ 手 ヲ 聞 カ ム﹂ ト 云 フ︑ 盲︑
﹁故 宮 ハ 此 ナ ム 弾 給 ヒ シ
﹂ト テ︑
︵巻 第二 四第 二三
︶ 新 大系 は優 の事 例に つい て﹁ しみ じ みと し た 語ら い
﹂と 注 する
︵四
・三 三 八 頁︶
︒ しか し
︑こ れ は一 般 的 な話 題 で は な かろ う︒ 旧大 系は
︑﹁ 語 り合 いた い﹂
︵三
・三 四一 頁︶ と注 する
︒右 は︑ 蝉丸 と博 雅と の秘 曲伝 授に 関す る︑ 有名 な 説 話で ある
︒蝉 丸が
﹁心 タラ ム人
﹂の 来訪 を願 い︑ 博雅 も﹁ 物語
﹂し て﹁ 流泉
・啄 木ノ 手﹂ と秘 曲の 伝授 に及 んで い る
︒す なわ ち︑ 優・ 儫の
﹁物 語﹂ とは 管絃 の道 に関 する 話題 であ ると 推測 でき る︒ なお
﹁物 語﹂ と﹁ 物語 す﹂ とは
︑品 詞が 異な るか ら機 能に つい て別 の議 論を しな けれ ばな らな いで あろ うが
︑前 稿 と 同様
︑こ の問 題に つい ては
︑あ えて 峻別 せず に議 論し てお きた い︒ ちな みに
︑旧 大系 は︑ 出典 に つい て
﹁﹃ 江 談抄
﹄第 三
︵兌
︶に 基 いて 説 話 を 構成 し た もの か
﹂と い うと 同 時 に﹁ 類 話
﹂と して
﹁﹃ 小 世継
﹄︵ 儼︶
・ 和歌 童蒙 抄﹂ 五﹂ を指 摘す る︵ 四・ 三一 二頁
︶︒ 兇 少将
︑更 ニ心 難得 ク歎 キ思 ケル 程ニ
︑女 ハ行 キ別 レニ ケレ バ︑ 可尋 キ方 モ无 カリ ケル ニ︑ 少将 ノ家 ニ止 事无 キ 学 生 ノ 博 士 ノ 来 タ リ ケ ル ニ︑ 物 語 ノ 次 デ ニ︑ 少 将︑
﹁﹃ 畳 ノ 裏﹄ ト 云 フ 事 ハ 何 ト 云 フ 事 ゾ
﹂ト 問 ケ レ バ︑ 博 士
︑
﹁﹃ 畳ノ 裏﹄ トハ 大和 ニ有 ル城 下ト 云フ 所ヲ コソ
︑古 ヘ旧 事︵ フ ル コ ト
︶ ニ 申タ レ﹂ ト 云ケ レ バ︑ 少 将︑ 此 ヲ聞 テ
︑ 心 ノ内 ニ喜 ビ思 テ︑
﹁ 然テ ハ其 ニ住 ム人 ナゝ リ﹂ ト心 得テ
︑上 ノ空 ナレ ドモ
︑彼 ノ人 ニ心 移リ 畢ニ ケリ
︒
︵ 巻第 三〇 第六
︶
― 249 ― 『今昔物語集』「物語」考
旧 全集 は︑ この 用 例に つ い て︑ ただ
﹁話
﹂と だ け 注す る
︵四
・四 五 一 頁︶
︒新 大 系 は﹁ 物語 ノ 次 ニ﹂ につ い て
﹁雑 談 の つい でに
﹂と 注す る︵ 四一 五頁
︶︒ こ の注 がザ フダ ンと 理解 して いる かど うか は不 明だ が︑ ここ は︑
﹁少 将ノ 家﹂ に
﹁止 事无 キ学 生ノ 博士
﹂た ちが 訪問 して くる とこ ろで あ る から
︑単 な る 雑談 と い う より も
︑い く らか 生 真 面目 な 話 題 を 予想 して よい だろ う︒ とい うの も︑
﹁ 物語 ノ次
﹂に 語ら れた 話題 は︑ 新編 全集 が﹁ 学問 の話
﹂︵ 四・ 四九 九頁
︶と 注 す る と おり で あ る︒
﹁旧 事
﹂︵ 五・ 二 三〇 頁
︶⑾
とは
︑諺 な の か謎 な の かは 分 か ら ない が
︑伝 承 的表 現 で あ る こ と は 明 ら かで あろ う︒
Ⅱ
︵b
︶霊 験︑ 説法
⁝ 三 例 9 僧︑ 此ノ 事ヲ 歎キ 悲テ
︑九 月許 ニ法 輪ニ 詣 ヌ︑ 疾ク 返 ラ ムト 為 ル ニ︑ 寺ノ 僧 共 ノ 相知 ル 有 テ物 語 リ ス ル間 ニ
︑ 日 漸ク 暮方 ニ成 ヌレ バ︑ 急ギ 返ル ニ︑ 西ノ 京ノ 程ニ テ日 暮ヌ
︒
︵巻 第一 七第 三三
︶ 新 大系 は﹁ 世間 話
︒雑 談﹂ と 注す る
︵四
・六
〇 頁︶
︒旧 全 集 は﹁ 話 し込 ん で いる
﹂と 訳 出 して い る︵ 三・ 四 二 一頁
︶︒ た だ
︑確 証 はな い の だが
︑﹁ 法 輪﹂ に 参 詣し て
︑知 り 合い の
﹁寺 ノ 僧共
﹂が 物 語 す る と い う の は︑ 文 脈 か ら す る と
︑ 単 なる 世間 話と か雑 談と かと いう より も︑ 仏教 の教 義や 儀礼 に関 する 諸事
︑説 教や 霊験 に関 する 話題 とみ る方 がよ い で あろ う︒ 旧大 系は
︑出 典に つい て﹁ 本語 が何 に基 いて 説 話を 構 成 した か は 未だ 詳 か で ない
﹂が
︑﹁ 説 話 の長 さ に 伴な っ て 起 伏
・変 化に 富み
︑読 者の 興趣 を最 後ま でそ そる 点︑ 本冊 随一 の佳 篇﹂ と評 す る︒ ま た﹁ 後段 は 巻 四 六 に 似 る
﹂と い う
︵三
・五 四九 頁︶
︒ この 説話 の文 体は
︑生 硬な 漢文 訓読 体 と いう よ り も︑ 平安 時 代 の 物語 の 文 体に 近 い とい う 印 象 が ある
︒す なわ ち︑
﹁ 物語
﹂の 語の 用法 が︑ 平安 時代 の﹁ 物語
﹂の 語の 用法 と同 様で ある こと も頷 ける であ ろう
︒
『今昔物語集』「物語」考 ― 250 ―
儜 守ノ 云ク
︑﹁ 然 ラバ 只今 日也 ト云 フ トモ
︑疾 ク 令 成メ 給 ヘ﹂ ト︒ 僧 都 ノ云 ク
︑﹁ 今 日ハ 出 家 ノ日 ニ ハ 悪 ク侍 リ
︒
アカ
今 日許 念ジ テ明 日ノ 早旦 ニ令 出 家メ 給
﹂ト
︒︵ 略︶ 守︑ 夜 ヲ䁟 ス 程 ヲダ ニ 心 モ トナ ク 思 テ︑ 明マ ゝ ニ 湯浴 テ 疾 ク 可 出家 キ由 ヲ云 ヘル
︑三 人ノ 聖人 極テ 貴 ク云 テ 勧 テ令 出 家 シメ ツ
︒︵ 略
︶年 来 仕ケ ル 親 キ郎 等 五 十余 人
︑同 時 ニ 出 家シ ツ︒ 其妻 子︑ 共ニ 泣キ 合ヘ ル事 无限 シ︒ 出家 ノ功 徳極 テ貴 キ事 ト云 ヒ乍
︑此 ノ出 家ハ
︑仏 殊ニ 喜ビ 給ラ ム ト 思ユ
︒守
︑出 家シ テ後
︑聖 人達 弥︵ イ ヨ イ
︶ ヨ 貴キ 事 共 ヲ物 語 ノ 様ニ テ 云 令 聞シ ム レ バ︑ 弥ヨ 手 ヲ 摺テ ナ ム 居 タ ル︒
︵ 巻第 一九 第四
︶ 新 大系 は﹁ 正式 の﹁ 説経
﹂に 対し てい う︒ より くだ けた 形で かみ くだ いて 語っ たこ とを いう
︒た んな る世 間話 の意 と も
︑特 定の 型を そな えた 独立 し た 話と も と れる
︒さ ら に︑ こ の 場面 は
︑﹁ 物 語﹂ の用 例 と して 貴 重﹂ と 注 する
︵四
・ 一 二二 頁︶
︒ 一方
︑新 編全 集は
﹁仏 教説 話か
﹂と 注し てい る︵ 二・ 四五 五頁
︶︒ こ の事 例 は︑ 国 守の 出 家 と郎 等 の 出 家を 伝 え る記 事 で あ る︒
﹁ 物 語﹂ の 内 容 は﹁ 聖 人 達﹂ の 語 る﹁ 弥 ヨ 貴 キ 事 共
﹂ で あり
︑僧 都と の機 縁や 出家 の所 以や 経 緯で あ る︒ こ れを
﹁物 語 ノ 様ニ テ
﹂言 い 聞 かせ る と いう の で あ る︒
﹁よ り く だ けた 形で かみ くだ いて 語っ た﹂ こと も︑ 以下 に﹁ 弥ヨ 手ヲ 摺テ
﹂云 々と ある から
︑単 なる 話で はな く︑ 説教 と呼 ん で よい だろ う︒ 霊験 を説 く口 承説 話を 予想 する こと もで きる
︒ なお
︑旧 大系 は︑ 出典 につ いて
﹁宝 物集 巻下 や古 事談 第四
︵2
︶に 梗概 を略 記す るが
︑類 話と いう べく 彼我 の説 話 量 の懸 隔は 甚し い﹂ とい う︒ ま た﹁ 説話 構 成 の直 接 の 憑拠 は 未 詳﹂ と いう
︵四
・六 五 頁︶
︒ この 事 例 もま た
︑伝 統 的 な 物語 の文 体に よる もの と見 做せ る︒
Ⅱ
︵c
︶遺 言
⁝ 該当 例ナ シ︒
― 251 ― 『今昔物語集』「物語」考
Ⅲ
︵a
︶座 談︑ 夜伽 話
⁝ 六例 儦・ 儧・ 儨・ 儩 而ル 間︑ 俊平 入道 許ニ シテ
︑女 房共 数有 テ庚 申︵ カ ウ シ ン
︶ シケ ル 夜︑ 此 入道 ハ 旄︵ オ ヒ ボ
︶ ラ ヒ テ
︑片 角ニ 居タ リケ ルヲ
︑夜 深更 マゝ ニ 女房 共 寝 ブタ ガ リ テ︑ 中ニ 誇 タ ル 女! 房! ノ 云 ク︑
﹁入 道 君︑ 此 ル人 ハ 可 咲
︵ ヲ カ シ
︶ キ 物語 ナド 為ル 者ゾ カシ
︒人 々咲
︵ ワ ラ ヒ
︶ ヌべ カラ ム物 語シ 給ヘ
︒咲 テ目 覚サ ム﹂ ト云 ケ レバ
︑入! 道!
︑
﹁己 ハ︑ 口ヅ ゝニ 侍レ バ︑ 人ノ 咲ヒ 給フ 許ノ 物 語 モ知 リ 不 侍ラ
︒然 ハ 有 ド モ︑ 咲ハ ム ト ダニ 有 ラ バ︑ 咲シ 奉 ラ ム カ シ﹂ ト云 ケレ バ︑ 女! 房! ハ︑
﹁ 否不 為︵ エ セ ジ
︑︶ 只咲 ハカ サム ト有 ルハ
︑猿 楽︵ サ ル ガ ク
︶ ヲ シ 給 フカ
︒其 レ ハ 物 語 ニモ 増ル 事ニ テコ ソ有 ラメ
﹂ト 云 テ咲 ケ レ バ︑ 入! 道!
︑﹁ 然 モ 不侍 ラ
︒只 咲 カ シ奉 ラ ム ト思 フ 事 ノ侍 ル 也
﹂ト 云 ケ レ バ
︑女 房
︑﹁ 此 ハ 何 事
︒然 ラ バ 疾 ク 咲 カ シ 給︑ 何 々 ラ ム﹂ ト 責 ケ レ バ︑ 入 道
︑立 走 テ︑ 物 ヲ 引 提 テ 持 来 タ リ
︒
︵巻 第二 四第 二二
︶ 儦 の事 例に つい て︑ 新大 系は
﹁説 経師 をは じめ 僧形 の者 がお もし ろい 話を かた った こと をさ すか
︒女 房は 相手 が惚 け て いる こと を知 って 言っ たの か﹂ とい い︑
﹁ ここ では まと まり のあ る説 話を さす
﹂と 注す る︵ 四・ 四二 六頁
︶︒ ちな みに
︑旧 全集 は︑
﹁ 庚申 の夜 は︑ 不寝 のつ れづ れ を 慰め る た めに 歌 合
・物 語 合な ど も 行な わ れ︑ 王 朝文 芸 成 立 の 場と して 注目 すべ きも のが ある が︑ 加え て︑ 本話 の記 事な どを 通し て︑ 庚申 の夜 伽の 席が
︑貴 族社 会に おけ る一 つ の 重要 な説 話伝 承の 場と なっ たで あろ う こと が 推 察さ れ る﹂
︵ 三・ 三三 六 頁
︶と 評 して い る︒ 新 編全 集 も ほぼ 同 様 の 注 を 加 えて い る︵ 三・ 三
〇二
〜三 頁
︶︒
﹁ 庚申
﹂の 場 で は︑ 眠 気を 払 う よう な 滑 稽 な 話 や 笑 話 が 中 心 で あ ろ う︒ し か も
︑そ れら は文 献で はな くて
︑口 承説 話と 予想 され る︒ 旧 大 系 は
︑出 典 に 関 し て﹁ 宇 治 拾 遺 物 語
︵一 八 五︶ と は 同 原 の よ う に 思 わ れ る
﹂と 指 摘 し て い る
︵四
・三
〇 九 頁
︶︒
﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄に は︑
『今昔物語集』「物語」考 ― 252 ―
﹁ 入道 の君 こそ
︒か ゝる 人は をか しき 物語 など も す るぞ か し︒ 人 々笑 ひ ぬ べ から ん 物 語し 給 へ︒ 笑 ひて 目 さ ま さ ん﹂ とい ひけ れば
︑入 道︑
﹁ おの れは 口て づ ゝ にて
︑人 の 笑 給斗 の 物 語 はえ し 侍 らじ
︒さ は あ れど も
︑笑 は ん と だに あら ば︑ 笑は かし 奉り てん かし
﹂と いひ けれ ば︑
︵ 女房
︶﹁ 物語 はせ じ︒ たゞ 笑は かさ んと ある は︑ 猿楽 を し 給ふ か︒ それ は物 語よ りは まさ る事 にて こそ あら め﹂ とま だし きに 笑ひ けれ ば︑
︵ 入道
︶﹁ さも 侍ら ず︒ たゞ 笑 は かし 奉ら むと 思な り﹂ とい ひけ れば
︑︵ 三 七〇 頁︶⑿
と ある
︒ 線 の箇 所だ け﹃ 今昔 物語
﹄は
﹁否 不為
︵エ セジ
︶﹂ と ある とこ ろ︑ 何が
﹁否 不為
﹂な のか につ いて
︑﹁ 物 語 は﹂ と明 記し てい る以 外︑ 表現 はほ ぼ同 一で ある
︒ 儼 今ハ 昔︑ 或ル 人ノ 許ニ
︑夏 ノ比 若キ 侍︵ サ ブ ラ ヒ
︶ ノ 兵︵ ツ ハ モ ノ
︶ 立 タル 二人
︑南 面ノ 放出
︵ ハ ナ チ イ デ
︶ ノ 間 ニ 宿直
︵ ト ノ ヰ
︶ シケ ルニ
︑此 ノ 二人 本 ヨ リ心 バ セ 有リ
︑□ 也 ケル 田 舎 人 共ニ テ
︑太 刀 ナド 持 テ︑ 不 寝デ 物 語 ナ ド シテ 有ケ ルニ
︑亦 其ノ 家ニ 所得 タリ ケル 長侍 ノ 諸司 ノ 允︵ ゼ ウ
︶ 五位 ナ ド ニ テ有 ケ ル ニヤ
︑上 宿 直 ニテ 出 居 ニ 独 リ寝 タリ ケル ガ︑
︵巻 第二 七第 一八
︶ 旧全 集は
﹁世 間 話﹂ と注 す る︵ 四・ 七 一頁
︶が
︑﹁ 宿 直﹂ に おい て
﹁不 寝 デ﹂ 物 語す る と いう こ と は︑ 夜伽 の 物 語 の こ と か
︒ち な み に︑ 旧 大 系 は︑ 出 典 に つ い て
﹁説 話 構 成 の 直 接 の 典 拠 は 未 だ 詳 か で な い﹂ と い う
︵四
・五
〇 一 頁
︶︒
Ⅲ
︵b
︶諸 国の 伝説
/体 験談
︑見 聞談
⁝ 九 例 儴 其□ ト云 ケル 守ノ 任ニ
︑其 鉄︵ ク ロ ガ ネ
︶ 取 ル者 六人 有ケ ルガ
︑長
︵ ヲ サ
︶ 也ケ ル者 ノ︑ 己等 ガド チ 物語 シ ケ ル 次 ニ
︑﹁ 佐 渡ノ 国 ニ コ ソ金 ノ 花 栄タ ル 所 ハ有 シ カ
﹂ト 云 ケル ヲ
︑守
︑自 然 ラ 伝ヘ 聞 テ︑ 彼 長ヲ 呼 寄 テ︑ 物 ナ ド
― 253 ― 『今昔物語集』「物語」考
取 セテ 問ケ レバ
︑
︵巻 第二 六第 一五
︶ 旧 全 集 は
﹁仲 間 同 士 で 話 を し て い る﹂ と 注 す る︵ 三・ 五 九
〇 頁
︶︒ 新 編 全 集 も 同 様 の 注 を 加 え て い る
︵三
・五 四 三 頁
︶︒ こ の で 囲 った 部 分 は︑
﹁佐 渡 国 に金 の 花 が 咲く と こ ろが あ っ た﹂ と伝 え る 伝 承で あ る︒ つ まり こ の
﹁物 語
﹂ の 語義 は︑ 諸国 の伝 説の 義で ある
︒ なお
︑旧 大系 は︑ 出典 に関 して
﹁宇 治拾 遺物 語︵ 五四
︶と は同 原に よう に思 われ る﹂ とし てし てい る︵ 四・ 四五 五 頁
︶︒
﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄に は︑
﹁ 物語
﹂と いう 語が なく
︑ 実 房と い ふ 守の 任 に︑ 鉄 取り 六 十 人 が長 な り け る も の の
︑﹁ 佐 渡 国 に こ そ
︑金 の 花 咲 き た る 所 は あ り し か
﹂ と 人に いひ ける を︑ 守︑ 伝へ 聞き て︑ その 男を 守よ びと りて
︑物 とら せな どし て︑
︵ 一一
〇頁
︶ と あ る
︒ 以 外 の 部 分 に は
︑表 現 上 の 異 同 が あ る が︑
の 部 分 は﹃ 今 昔 物 語 集﹄ と 表 現 が 一 致 し て い る
︒つ ま り
︑伝 承と して のま とま りが ある
︒﹁ 佐 渡国 に金 の花 の咲 くと ころ があ った
﹂︑ これ が︑ 伝承 とし てひ とつ のま とま り を もつ
︑最 短の 伝説 であ る︒
﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄は
︑伝 統 的 な物 語 の 文体 に 近 く︑ 登 場人 物 が 二人 し か いな い か ら︑ 動 作 主を 一々 明記 する こと を略 して いる
︒ま た︑ 物語 の内 容よ りも
︑内 容を 聞い た守 の行 動を 強調 して いる とい える
︒ 儺 今ハ 昔︑ 近江 ノ守
︑□ ノ□ ト云 ケル 人︑ 其ノ 国ニ 有ケ ル間
︑館 ニ若 キ男 共ノ 勇タ ル数 居テ
︑昔 シ・ 今ノ 物語 ナ ド シテ
︑碁
・双 六ヲ 打︑ 万ノ 遊ヲ シテ 物食
︑酒 飲ナ ドシ ケル 次デ ニ︑
﹁ 此ノ 国ニ 安義 ノ橋 ト云 フ 橋ハ
︑古 ヘ ハ 人 行 ケ ル ヲ︑ 何ニ 云 ヒ 伝タ ル ニ カ
︑今 ハ
﹃行 ク 人 不 過 ズ
﹄ト 云 ヒ 出 テ
︑人 行 ク 事 无 シ
﹂ ナ ド︑ 一 人 ガ 云 ケ レ バ
︑ オ ソバ エタ ル 者 ノ口 聞 キ 夠︵ キ ラ
︶ 々シ ク
︑然 ル 方ニ 思 エ 有ケ ル ガ 者 ノ云 ク
︑ 彼 ノ 安 義ノ 橋 ノ 事
︑ 実ト モ 不 思 ズ ヤ 有 ケム
︑﹁ 己 レ シモ 其 ノ 橋 ハ渡 ナ ム カシ
︒極 ジ キ 鬼也 ト モ 此 ノ御 館 ニ 有ル 一 ノ 鹿毛 ニ ダ ニ 乗 タ ラ バ 渡 ナ ム
﹂ ト
︒
︵巻 第二 七第 一三
︶
『今昔物語集』「物語」考 ― 254 ―
旧全 集は
﹁古 今 の 噂話
・世 間 話 の類
﹂︵ 四
・五
〇 頁︶ と 注す る
︒新 大 系は
﹁昔
・今 の よ もや ま 話﹂ と 注 する
︵五
・ 一
〇九 頁︶
︒ 新編 全集 は﹁ 今の 話︑ 昔の 話﹂ と注 する
︵四
・四 六頁
︶︒ 語り の場 は︑ 遊興 と酒 宴の 場で ある
︒確 かに
︑こ れも また 諸国 の伝 説︑ 見聞 の義 であ る︒ 物語 の内 容は
︑本 文の 中 で で囲 んだ よ う に︑ 物語 自 身 によ っ て 説 明さ れ て いる
︒つ ま り︑
﹁ 安義 ノ 橋
﹂は 通 行す る 人 を害 し て 通行 さ せ な か った とい う︒ これ はセ イレ ーン の伝 説が 有名 であ り︑ 交通 を妨 害す る神 が旅 の安 全を 護る 神と なる 事例 は︑ 日本 に は 数多 くあ る︒ 洋の 東西 を問 わず
︑有 名な 伝説 の話 柄で ある
︒こ の事 例は
︑後 の儿 の事 例に 連な るも ので ある
︒ ちな みに
︑旧 大系 は︑ 出典 につ いて
﹁説 話 構成 の 直 接の 典 拠 は未 だ 詳 か でな い
﹂と い いつ つ
︑﹁ 太 平記
︑剣 巻 に 見 え る︑ 所謂 戻橋 説話 は︑ 本語 の前 半と 二二 等 を基 にし て成 った もの と思 われ る﹂ とい う︵ 四・ 四九 一〜 二頁
︶︒ 儾 今 ハ昔
︑仁 和 寺 ノ東 ニ 高 陽川 ト 云 フ 川有 リ
︒ 其 ノ 川 ノ 辺︵ ホ ト リ
︶ ニ 夕 暮 ニ 成 レ バ
︑若 キ 女 ノ 童 ノ 見 目 穢 気
︵ キ タ ナ ゲ
︶ 无 キ立 リケ ル ニ︑ 馬ニ 乗 テ 京 ノ方 ヘ 過 ル人 有 レ バ︑ 其ノ 女 ノ 童︑
﹁ 其ノ 馬 ノ 尻ニ 乗 テ 京ヘ 罷 ラ ム﹂ ト 云 ケレ バ︑ 馬ニ 乗タ ル人
︑﹁ 乗 レ﹂ ト云 テ乗 セタ リ ケ ルニ
︑四 五 町 許馬 ノ 尻 ニ 乗テ 行 レ ルガ
︑俄 ニ 馬 ヨリ 踊 リ 落 テ 迯︵ ニ ゲ
︶ テ 行ケ ルヲ 追ケ レバ
︑狐 ニ成 テコ ウく ト鳴 テ走 リ去 ニケ リ︒ 如此 ク為 ル事 既ニ 度々 ニ成 ヌ ト聞 エケ ルニ
︑瀧 口ノ 本所 ニ瀧 口共 数居 テ物 語シ ケ ル ニ︑ 彼ノ 高 陽 川ノ 女 ノ 童 ノ 馬ノ 尻二 乗ル 事ヲ 云出 タリ ケル ニ︑ 一人 ノ 若キ 瀧 口 ノ︑ 心猛 ク 思 量有 ケ ル ガ 云ク
︑﹁ 己 ハ シモ 彼 ノ 女ノ 童 ヲ バ 必 ズ搦
︵ カ ラ メ
︶ 候ナ ムカ シ︒
︵巻 第二 七第 四一
︶ 旧 全集 は﹁ 雑談 の花 を咲 か せて い る﹂ と 訳出 す る︵ 四・ 一 四一 頁
︶︒ 新 編 全集 も 同 様で あ る︒ ま た︑ 新大 系 は
﹁四 方 山 話
﹂と 注 する
︵五
・一 六 九 頁︶
︒と こ ろ で︑
の 内 容 は︑ い わゆ る 世 間話 の ひ とつ で
︑い わ ゆ る化 か さ れ 話 の 典 型 であ る︒ 体験 談の 形を とる 口承 文芸 と い える
︒︑
﹁ 瀧口 ノ 本 所﹂ とあ る か ら︑ 語 りの 場 は︑ 瀧 口の 武 士 の集 ま る 場
― 255 ― 『今昔物語集』「物語」考
所 であ り︑ ここ が説 話の 集積 場所 であ った こと はま ちが いな い︒ 瀧口 の武 士た ちは この よう な話 柄を 好ん で語 った と い える
︒す なわ ち﹁ 瀧口 ども
﹂が たく さん 語っ た中 のひ とつ なの だが
︑逆 に見 れば 代表 とい える
︒こ れは いわ ば世 間 話 の類 であ る︒ ちな みに
︑旧 大系 は︑ 出典 につ いて
﹁説 話構 成の 直接 の典 拠は 未だ 詳か でな い﹂ とい う︵ 四・ 五三 五頁
︶︒ 儿 今ハ 昔︑ 源ノ 頼 光ノ 朝 臣 ノ美 濃 ノ 守ニ テ 有 ケ ル時 ニ
︑□ ノ郡 ニ 入 テ有 ケ ル ニ︑ 夜 ル侍 ニ 数 ノ兵
︵ ツ ハ モ ノ
︶ 共 集 リ 居 テ︑ 万ノ 物 語 ナド シ ケ ル ニ︑
﹁ 其 ノ 国 ニ渡
︵ワ タ リ︶ ト 云 フ所 ニ 産︵ サ ン セ ル
︶ 女 有 ケ リ︒ 夜 ニ 成 テ 其 ノ 渡 為ル 人有 レバ
︑産 女︑ 児ヲ 哭セ テ﹃ 此レ 抱々 ケ﹄ ト云 ナル
﹂ナ ド云 フ事 ヲ云 出タ リケ ル ニ︑ 一 人 有テ
︑﹁ 只 今 其 ノ渡 ニ行 テ渡 リナ ムヤ
﹂ト 云ケ レバ
︑平 ノ季 武ト 云者 ノ有 テ云 ク︑
﹁ 己ハ ハシ モ只 今也 トモ 行テ 渡リ ナム カシ
﹂ ト 云ケ レバ
︑異 者共 有テ
︑︵ 略
︶此 ノ産 女ト 云 フハ
︑﹁ 狐 ノ
︑人 謀 ラム ト テ 為ル
﹂ ト云 フ 人 モ有 リ
︑亦
︑﹁ 女 ノ 子 産ム トテ 死タ ルガ 霊︵ リ ヤ ウ
︶ ニ 成タ ル
﹂ト 云フ 人モ 有リ トナ ム語 リ伝 ヘタ ルト ヤ︒
︵巻 第二 七第 四三
︶ 旧 大 系 は︑ 出典 に つ いて
﹁説 話 構 成 の直 接 の 典拠 は 未 だ詳 か で な い﹂ と い う︵ 四・ 五 三 九 頁
︶︒ こ の よ う な 指 摘 は
︑ お そら く旧 大系 の出 典研 究が 文献 に限 定さ れて いた こと とか かわ るで あろ う︒ 旧全 集は
﹁な んと いう こ とも な い 常の 話
︒雑 談﹂ と 注す る
︵四
・一 四 九 頁︶
︒ま た
︑新 編 全集 は
﹁あ れ これ 雑 談 の 花 を咲 かせ てい た﹂ と注 する
︵四
・一 三四 頁︶
︒ 具体 的に いえ ば︑
の部 分は
︑い わゆ る産 女伝 説で ある
︒柳 田国 男氏 は﹁ 近年 の国 玉の 橋 姫 が乳 呑 児 を抱 い て 来 て
︑こ れを 通行 人に 抱か せよ うと した 話に もま た伝 統が ある
﹂と して
︑﹃ 今 昔物 語集
﹄の この 事例 の他
︑﹃ 和漢 三才 図 絵
﹄﹃ 新 編 鎌倉 志
﹄や 加 藤咄 堂
﹃日 本 宗 教風 俗 志﹄ な どの 事 例 を紹 介 し て いる
⒀
︒す な わ ち︑ こ れ も﹁ 万 ノ 物 語﹂ の 中 のひ とつ とし て紹 介さ れて いる
︒﹃ 今 昔物 語集
﹄は
︑こ の零 格を 祟り なす 怨霊 の意 味で
︑﹁ 霊︵ リ ヤ ウ
﹂︶ と捉 えて い
『今昔物語集』「物語」考 ― 256 ―
る わけ だ︒ だが 逆に 言え ば︑ 一例 とし てあ るい は︑ その 代! 表! 的! な もの だと いえ る︒ この 事例 で注 目す べき こと は︑ 兵の 語っ た産 女伝 説は
︑同! 時! 代! の口 承文 芸と 予想 でき るこ とで ある
︒つ まり
︑院 政 期 にお ける 文献 文芸 と口 承文 芸と の緊 張関 係を 証拠 立て る事 例と 見做 せる
︒
Ⅳ 世 間話
︑と りと めも ない 話
⁝ 三一 例
サク
3 傅奕
︵ フ ヤ ク
︑︶ 初 メ︑ 大史 令ト シテ
︑仁 均︵ ニ ン キ ン
︶ ト 云フ 人・ 薩
!
ト云 フ人 ト共 ニ︑ 大 史令 ト シ テ 有ル 間︑ 薩
!
︑ 先ニ 仁均 ニ銭 五千 ヲ 負 セタ リ
︒未 ダ︑ 其 レヲ 不 償 ズ シテ
︑仁 均 死 ス︒ 薩
!
︑夢 ニ 仁均 ヲ 見 ル︑
﹁物 語 ス ル 事
︑生 タリ シ時 ノ如 シ︒ 薩
!
︑先 キニ 負セ タル 銭ノ 事ヲ 問テ 云ク
︑﹃ 此 レ︑ 誰ニ カ付 タル
﹄ト
︒仁 均ガ 云ク
︑﹃ 泥 人 ニ可 付シ
﹄ト
︒
︵ 巻第 九第 三三
︶ 新 大系 は︑ 冥報 記の
﹁言 語﹂ とい う漢 字表 記を 引用 して
﹁話 をす る﹂ と訳 出す る︵ 二・ 二四 六頁
︶︒ こ の事 例は
︑﹁ 話 す る
︑声 を 出し て 話 す﹂ とい う 一 般 的な 用 法 とみ ら れ る︒ ちな み に
︑旧 大 系は 出 典 とし て
︑前 田 家 本 冥 報 記 下 二 二
︵﹃ 法苑 珠林
﹄第 七九
︶︑ 及 び﹃ 太平 広記
﹄第 一一 六を 指摘 する
︵二
・二 三八 頁︶
︒そ こで
﹃法 苑珠 林﹄ を見 ると
︑ 頤先 負仁 均銭 五千 未償
︒而 仁均 死後
︑頤 夢見 仁均
︑言 語如 平常
︒頤 曰︑ 因先 所負 銭当 付誰
⒁
︒ と ある
︒出 典と 対照 させ ると
︑﹁ 言 語﹂ とい う漢 文表 現を
﹃今 昔物 語集
﹄は 和文 表現 に翻 訳す る際 に︑
﹁物 語﹂ をも っ て 対照 させ たと いえ る︒ すな わち
︑こ こに 当代 にお いて 日本 側で
﹁物 語﹂ をど のよ うに 捉え られ てい たか が分 かる
︒ 4 三日 ヲ過 テ︑ 隣ノ 王︑ 后ヲ 具シ テ 本国 ニ 返 リナ ム ト スル 時 ニ
︑舅 ノ 王︑ 聟ノ 王 ニ 会テ
︑物 語 ノ 次 ニ︑ 舅ノ 王
︑ 居 寄テ 忍テ 聟ノ 王ニ 云ク
︑﹁ 君 ハ︑ 先年 ニ︑ 自ノ 蔵ニ 入テ
︑財 ヲ取 リ給 ヒシ 人カ
︒
︵巻 第一
〇第 三二
︶ 新大 系は
﹁雑 談の つい でに
︒談 話 のつ い で に真 相 が 語ら れ る 定 型﹂ と注 す る︵ 二・ 三 六〇 頁
︶︒ 旧 大系 は
︑出 典 に
― 257 ― 『今昔物語集』「物語」考
つ いて
﹃法 苑珠 林﹄ 巻 第三 一 の﹁ 生 経巻 第 二︑ 仏 説舅 甥 経 第 一二
﹂を
﹁原 拠
﹂と 指 摘す る
︒さ ら に︑
﹁原 語
﹂は ジ ャ ー タカ に﹁ 翻案
﹂し
﹁古 語の 如く 見せ かけ んと した
﹂た もの かと みる
︵二
・三 二一 頁︶
︒ 儥 亦︑ 此 晴明
︑広 沢 ノ 寛朝
︵ ク ワ ン テ ウ
︶ 僧 正 ト申 ケ ル 人ノ 御 房 ニ 参テ
︑物 申 シ 承ハ リ ケ ル 間︑ 若 キ 君 達・ 僧 共 有 テ
︑晴 明 ニ物 語 ナ ドシ テ 云 ク
︑﹁ 其 識 神︵ シ キ ガ ミ
︶ ヲ 仕 ヒ 給 フ ナ ル ハ
︑忽 ニ 人 ヲ バ 殺 シ 給 フ ラ ム ヤ﹂ ト︒ 晴 明
︑﹁ 道 ノ大 事ヲ 此現 ニモ 問ヒ 給フ カナ
﹂ト 云テ
︑﹁ 安ク ハ否 不殺
︒少 シ力 ダニ 入テ 候ヘ バ必 ズ殺 シテ ム︒
︵巻 第二 四第 一六
︶ 新大 系は
﹁雑 談︒ 世間 話 の 類﹂ と注 す る︵ 四・ 四 一三 頁
︶︒ 新 編 全集 は
﹁色 々 と話 し か け﹂ と訳 出 し て いる
︵三
・ 二 八六 頁︶
︒ この 事例 は︑ 若い 君達 や僧 ども が︑ 清明 は式 神 を 使い こ な して い る と いう 評 判 を踏 ま え て︑ 殺害 で き る か どう かを 尋ね ると いう もの であ る︒
﹁ 物語
﹂の 語義 は噂 話で ある
︒ なお
︑旧 大系 は︑ 出典 につ いて
﹁説 話構 成の 直接 の典 拠は 未だ 詳か でな いが
︑本 語第 三段 以降 と宇 治拾 遺物 語︵ 一 二 六・ 一ニ 七︶ とは 同原 と思 われ る﹂ とい う︵ 四・ 二九 九頁
︶︒
Ⅴ 情 交︑ 寝物 語
⁝ 八例 7 階 々ノ 儲︵ マ ウ ケ
︶ 共 有 リ︑ 遥 ニ去 タ ル 所ニ 侍 有 リ︒ 饗︵ ア ル ジ
︶ 共 器量
︵ イ カ メ
︶ シ ク
︑馬 共 ニ 草 食 ハ セ︑ 騒 グ 事无 限シ
︒我 ガ有 ル所 ニハ 女一 両ナ ム有 ル︒ 此ク テ装 束ナ ド解 テ臥 シヌ
︒前 ノ物 ナド 器量 シク
︑酒 ナド 有レ ド モ
︑苦 サニ 悩シ クテ 不見 入ズ
︒前 ナル 女 房ナ ド
︑皆 物 食ヒ 酒 ナ ド飲 テ 臥 ヌ メリ
︒我 レ
︑妻 夫 ハ苦 サ ニ 不 被寝 デ
︑ 物 語ナ ドシ テ哀 ナル 契ヲ シテ
︑﹁ 此 ル旅 ノ空 ニ テ 何ナ ル ベ キニ カ
︑恠 シ ク 心細 ク 思 ユル カ ナ﹂ ト 云フ 程 ニ
︑夜 漸 ク 深ク 成ヌ
︒
︵巻 第一 六第 二〇
︶
『今昔物語集』「物語」考 ― 258 ―
旧全 集は
﹁寝 物語
﹂と 注 す る︵ 三・ 二六
〇 頁︶
︒ 新編 全 集 も 同様 で あ る︵ 二・ 二二 七 頁︶
︒﹁ 哀 ナ ル 契ヲ シ テ
﹂と あ る から
︑こ れは
︑寝 物語 とと もに 情 交を な す とい う 文 脈の 事 例 で ある
︒あ る い は︑
﹁物 語
﹂は
︑永 劫 の誓 い
︑三 世 に わ たる 契り を約 束す るこ とで あっ て よい
︒あ る い は︑
﹁物 語
﹂の 内 容が ど う い うも の か は︑ いず れ で もよ い
︒他 愛 も な い言 葉を 交わ すう ちに
︑心 の隔 てが 解け て行 くと いう こと があ って もよ い︒ この よう な事 例は
︑他 にも 多く みら れ る
︒ なお
︑旧 大系 は︑ 出典 につ いて
﹁何 に基 いて 説話 を構 成せ しめ たか は未 だ詳 かで ない が︑ その 長さ とい い話 の起 伏 と い い︑ 本 巻中 の 圧 巻で あ る﹂ と い う︒ また
﹁長 谷 寺 霊 験 記 巻 下
︵一 六
︶に は 類 話 を 載 せ る﹂ と い う︵ 三・ 四 六 二 頁
︶︒ 儙 夜モ 更ヌ レバ
︑僧
︑和 ラ 几 帳 ヲ褰
︵ カ カ ゲ
︶ テ 入 ル ニ︑ 女︑ 何ニ モ 不 云 ズシ テ 臥 セバ
︑僧
︑喜 シ ク 思テ 副 ヒ 臥 ヌ
︒女 ノ云 ク︑
﹁ 暫ク 此様 ニテ 御セ
﹂ト テ︑ 手許 ヲ互 ニ打 懸テ 通シ テ︑ 物語 リシ 臥タ ル程 ニ︑ 僧︑ 山 ヨリ 法 輪 ニ 参 リ返 ケル 間ニ
︑歩 ビ極 ジテ
︑打 解テ 寝入 ニケ リ︑ 驚テ
︑﹁ 我 ハ吉 ク寝 入ニ ケリ
︒思 ヒツ ル事 ヲモ 不云 ザリ ケリ
﹂ ト 思テ
︑驚 クマ ゝニ 目悟 ヌ︒ 見 レバ
︑薄 ノ 生 タル ヲ 掻 臥セ テ
︑我 レ 寝 タリ
︒﹁ 恠 シ﹂ ト 思テ
︑頭 ヲ 持 上テ 見 廻 セ バ
︑何
︵イ ヅ︶ クト モ不 思 ヌ野 中 ノ 人ホ ノ サ モ无 キ ニ
︑只 独 リ臥 タ リ ケリ
︒ 心迷 ヒ 肝 騒テ 怖 シ キ事 无 限 シ︒ 起 上 テ見 レバ
︑衣 共モ 脱ギ 散シ テ傍 ニ有 リ︒ 衣ヲ 掻キ 抱テ
︑暫 ク立 テ吉 ク見 廻セ バ︑ 嵯峨 野ノ 東渡 ノ野 中ニ 臥タ リ ケ ル也 ケリ
︒奇 異ナ ル事 无限 シ︒
︵巻 第一 七第 三三
︶ 旧 全集 は﹁ 話し なが ら﹂ と注 する
︵三
・四 三〇 頁︶
︒ 新大 系は
﹁い わゆ る寝 物語
﹂と 注す る︵ 四・ 六五 頁︶
︒新 編全 集 も
﹁寝 物語
﹂と 注 する
︵二
・三 八
〇 頁︶
︒こ の 場 合︑ 僧が 女 と
﹁物 語﹂ し て﹁ 臥﹂ した こ と は︑ 情交 に 至 る寝 物 語 の 義 であ ろう
︒
― 259 ― 『今昔物語集』「物語」考
さら に︑ 興味 深い こと は︑
の部 分で 示さ れる よう に︑ 女と 交わ って 寝た 僧の 見た 夢 は︑ ひ とつ の 物 語を な し て い るこ とで ある
︒す なわ ち︑ 山道 で寝 入り 目を 覚ま した とき 薄の 野原 の中 であ った とい う︑ この 僧の 経験 その もの が ひ とつ の物 語を なし てい る︒ これ は世 間話 のひ とつ
︑﹁ 化 かさ れ話
﹂と して
︑現 代も 代表 的 な 話柄 と し て知 ら れ て いる も の であ る こ とは 言 う を 俟 たな い︒ もう 少し 言え ば︑ 大き な物 語の 中に 小さ な物 語が 組み 込ま れて いる とい える
︒し かも その 小さ な物 語の 内 容 が︑ 具体 的で 説明 的に 明示 され ると ころ に︑
﹃ 今昔 物語 集﹄ の事 例の 特徴 があ る︒ な お出 典に つい て︑ 旧大 系の 指摘 は︑ 9の 事例 を参 照さ れた い︒ 儹 而ル 間︑ 松ノ 木ノ 本ニ 男一 人出 来タ リ︒ 此ノ 過ル 女ノ 中ニ 一人 ヲ引
︵ヒ カ︶ ヘテ
︑松 ノ木 ノ木 景︵ コカ ゲ︶ ニ テ
︑女 ノ手 ヲ捕 ヘテ 物語 シケ リ︒ 今二 人ノ 女ハ
︑﹁ 今 ヤ︵ a︶ 物云 畢︵ ヲ ハ リ
︶ テ 来ル
﹂ト 待立 テリ ケル ニ
︑良 久 ク 不見 エズ
︑︵ b
︶物 云フ 音モ 不為 ザリ ケレ バ︑
︵ 巻第 二七 第八
︶ 旧 全集 は﹁ 会話
︒話
︒な んと い うこ と も ない 普 通 の話
﹂と 注 す る︵ 四・ 四 一頁
︶︒ 新 大 系は
﹁親 密 に 話を し た
︒こ こ は 恋の 語ら い﹂ と注 する
︵五
・一
〇二 頁︶
︒ 新編 全集 は﹁ 何や ら話 しは じめ た﹂ と注 する
︵四
・三 七頁
︶︒ しか しな がら
︑こ の部 分は 文 脈か ら 情 交そ の も のと 見 做 せ る︒ 後の
︵a
︶﹁ 物 云﹂ は 情交 そ の もの で
︑当 該 の﹁ 物 語
﹂と ほぼ 同義 であ る︒ なお
︑旧 大系 は︑ 出典 につ いて
﹁三 代実 録巻 第五 十︑ 仁和 三年 八月 十七 日の
﹁今 夜亥 時或 人告 行人 云⁝
﹂を 原話 と す るも のと 思わ れる
︵扶 桑略 記第 二十 二に も載 せる
︶﹂ と いう
︵四
・四 八六 頁︶
︒ 儻 正親 ノ大 夫︑ 女ト 臥シ テ︑ 物語 ナド 為ル 程ニ
︑共 ニ具 シタ ル従 者モ 无ク テ只 独ニ テ︑
︵巻 第二 七第 一六
︶ 旧 全集 は﹁ 寝物 語﹂ と注 す る︵ 四・ 六六 頁
︶︒ 新 編全 集 も 同様 で あ る︒ ま た︑ 新大 系 は﹁ 親 密な 恋 の 語ら い
﹂と 注 す
『今昔物語集』「物語」考 ― 260 ―
る
︵五
・一 一八 頁︶
︒ この 場合 は︑
﹁臥 シテ
﹂と ある から
︑寝 物語 と情 交そ のも のが 区別 しに くい 事例 であ る︒ 旧大 系 は
︑出 典に つい て﹁ 説話 構成 の直 接の 典拠 は未 だ詳 かで ない
﹂と いう
︵四
・四 九八 頁︶
︒ 先 経方
︑女 ト物 語ナ ドシ テ臥 タリ ケル 程ド 寝入 ニケ リ︒
︵巻 第三 一第 一〇
︶ 旧 大系 は︑ 出典 につ いて
﹁説 話構 成の 直接 の典 拠は 未だ 詳か でな い﹂ とい う︵ 五・ 二六 四頁
︶︒ この 儻や 先の 事例 のよ うに
︑明 確に 出典 を特 定で き ない 事 例 は︑ 文献 相 互 の比 較 が で きな い と いう こ と も ある が
︑ 考 え方 を変 えて
︑表 現者 の立 場か ら みる と
︑﹃ 今 昔物 語 集﹄ の 説話 が 出 典 の制 約 を 受け ず
﹁自 由 に﹂ 構成
︑表 現 で き る ゆえ に︑ 平安 時代 以来 の﹁ 物語
﹂の 用法 がそ のま ま用 いら れて いる 可能 性が 高い とい える
︒さ らに 言え ば︑
Ⅴの 事 例 は︑
﹁ 物語
﹂の 最も 未分 化な 様態 であ ると いえ るだ ろう
︒ まと
め に かえ て みて
きた よう に﹃ 今昔 物語 集﹄ にお け る﹁ 物語
﹂の 語 義 は︑
﹃源 氏 物 語﹄ を対 象 と し て制 作 し た分 類 表 をそ の ま ま 適 用す るこ とが でき る︒ すな わち
︑次 のよ うな 結果 を得 る︒ いう まで もな いこ とで ある が︑ 分類 にあ たっ て明 確に 区分 する こと が難 しく 複数 の項 目に 跨る 事例 があ るこ とも 同 様 であ る︒ 分類 はひ とつ の目 安と して 御覧 いた だき たい
︒
Ⅰ 作 品と して の物 語︑ 読み 聞か せす る物 語
⁝ 一例
Ⅱ
︵a
︶儀 式・ 行事
︑故 事先 例に 関す る言 談/ 政治 向き の言 談/ 教育
︑諸 道の 言談
⁝ 四例
― 261 ― 『今昔物語集』「物語」考
︵b
︶霊 験︑ 説法
⁝ 三例
︵c
︶遺 言
⁝ 該当 例ナ シ︒
Ⅲ
︵a
︶座 談︑ 夜伽 話
⁝ 六例
︵b
︶諸 国の 伝説
/体 験談
︑見 聞談
⁝ 九例
Ⅳ 世 間話
︑と りと めも ない 話
⁝ 三一 例
Ⅴ 情 交︑ 寝物 語
⁝ 八例 と いう もの であ る︒
﹃ 源氏 物語
﹄と 同じ 分! 類! が! 共! 有! で! き! る! とい うこ とは
︑﹁ 物語
﹂の 生態 と﹁ 物語
﹂の 語義 が共 有さ れ て いる こと だと いえ る︒ 付 言す れ ば︑
Ⅰか ら
Ⅴま で の区 分 は︑ 私 が 先験 的 に﹁ 予 想﹂ した 分 類 で! は! な! く!
︑一 々 の 事 例 を 検 討 し た 結 果 に 基 き
︑お のず から 帰納 的に 生成 した 分類 であ る︒ この 中で
︑Ⅰ とⅤ とは 語義 にお いて 対立 的な 極を なす が︑ この 中で 中 間 層を なす
Ⅱ・
Ⅲ・
Ⅳは
︑① 話型 を備 えテ キス トと して の完 結性 をも つ伝 承と
︑② 出来 事よ りも 事柄 を伝 え記 す言 談 の よう な伝 承と いう ふう に︑ 大き な偏 差が 存在 する
︒さ らに
︑① すな わち
︑話 型を 備え た伝 承に も︑ 叙述 の様 式か ら み ると
︑語 りか ら話 しま での 偏差 が認 めら れる
︒ 周 知の よ う に柳 田 国 男氏 は
︑説 話 と いう 概 念 を﹁ 口で 語 っ て 耳で 聴 く 叙述 に
︑限 る こ と に し た い﹂ と い う︒ さ ら に
︑昔 話を
︑伝 説と 区別 して
︑﹁ 人 をし て信 ぜし むる 必要 が無 く﹂
﹁き まじ めに 之を 我々 に向 つて 談る 人が 稀﹂ なも の で ある とい う︒ すな わち
︑﹁ 形 式﹂ と﹁ 固有 名詞
﹂の 有無
︑﹁ 信仰
﹂の 有 無 をも っ て︑ 昔 話と 伝 説 とを 区 別 す る⒂
こ と は よく 知ら れて いる
︒ すな わち
︑柳 田氏 は神 話を 保管 する 昔話 は型 を もつ が
︑世 間 話や 噂 話 は型 を も た ない と い うの で あ る︒ と ころ が
︑
『今昔物語集』「物語」考 ― 262 ―