長崎大学教育学部人文科学研究報告 第四九号 一〜二〇︵一九九五︶
﹁今昔物語集﹂本朝世俗部の引用構造
山
口
康
子
On the Fanction of Quotations in the Honcho‑Sezoku of KONJAKUMONOGATARISHU
Yasuko YAMAGUCHI
一︑
本稿は﹁今昔物語集天竺部の引用構造﹂︵長崎大漫雨育学部人
文科学研究報告第三二号・昭58・3︶︑﹁今昔物語集震旦部の引用構造一夢語り・冥途語りを中心にi﹂︵長崎大学教育学島人
文科学研究報告第三五号・昭61・3︶および﹁今昔物語集本朝仏
法部の引用構造﹂︵長崎大学教育学部人文科学研究報告第四六号
・平5・3︶に続いて︑﹁今昔物語集﹂の本朝世俗部の引用構造
の実態を解明することを目的とする︒前三稿︑天竺︑震旦・本朝
仏法の各部との対比の便のため︑前三稿において採った方法に従
い︑本朝世俗部の計十巻︑巻二十二から巻三十一までの引用構造 ︵注1︶を検討する︒
本朝世俗部は︑その内容の雑多なこと︑仏教色が殆んどうかが
えないこと︑庶民層の生活の姿が赤裸々に語られていること︑末 尾の教訓は処世訓的なものが多いこと︑など︑他の三部とは際立った相違を示している︒﹁今昔物語集﹂の価値に早く注目し︑自らの作品の素材とすることで世にその存在を知らせた芥川龍之介が関心を向けたのも主としてこの世俗部に対してであり︑江戸末期から近代にかけて上板・刊行された僅かな点数の﹁今昔物語集﹂ ︵注2︶本文も︑大むね︑本朝世俗部のみを取り扱っている︒世俗部各巻の巻名と内容とを概観しよう︒
巻二十二巻二十三
巻二十四
巻二十五
巻二十六 本朝本朝本朝付世俗本朝付世俗
本朝付宿報 藤原氏列伝︒合戦記・僧俗男女の剛力謳︒各種芸能達人列伝︑後半は歌謡説話︒武士層の形成と列伝・武勇讃︒
因果応報讃・民間世俗の宿報謳︒
山 口 康 子
二
巻二十七
巻二十八
巻二十九
巻三十
巻三十一 本朝曇霊鬼本朝付属俗本回付悪行本朝付雑事
本朝付雑事 異類謹・怪奇諌︒笑話盗賊などの悪人列伝︒動物奇調︒昔物語的︑歌物語的説話︒民間伝承説話・口碑伝説︒
右の如く各巻の内容に大きな差違があるだけでなく︑各巻に含
まれる説話数にも︑巻二十二の計八話から︑巻二十四の計五十五
話まで大きな巾があり︑巻序の構成とあいまって︑当時の社会状
況の中での﹁今昔物語集﹂成立過程に︑多くの問題を投げかけて
いる︒前稿で扱った本朝仏法部と相対的に︑依拠資料の明確な説
話は少なく大半が出典末詳の説話であり︑説話採集の方法も未だ
判明していない︒当時巻間に流布した口承説話・世間話・噂話な
どの口語りが書きとめられたものかとも思われるが︑それにして
も広範な題材の語りを聴き書きし︑﹁今昔物語集﹂に特有な形式
・文体に統一整理した主体は︑まだ輪郭も明らかではない︒
わずかに出典と目されるもの︑あるいは同じ素材を扱っている
と思われる文献は︑以下のとおりである︒︵︶内は外国資料︒
巻二十二一日本後記・大鏡・中外抄・富家語・勧修寺雑事記・
勧修寺縁起・宇治大納言物語・宇津保物語・打聞集
・粗々集
巻二十三!宇治拾遺物語・霊異記・真言伝・古今著聞集
巻二十四−宇治大納言物語・︵朝野倉載︶・宇治拾遺物語・︵帰
田螺︶・文徳実録・︵経律異相︶・古事談・霊異記・
祈雨日記・善家異説・古事談・︵法三珠林︶・江談抄 ・和歌童蒙抄・十訓抄・古今著聞集・今鏡・梅沢本 古本説話集・公任集・後膨遺風・拾遺集・玉葉集・ 土左日記・古今集・赤染衛門集・元良親王集・俊秘 抄巻二十五−将門合戦章・将門諌害日記・宇治拾遺物語・陸奥話 詞巻二十六−霊異記・扶桑略記・水鏡・皇風紀・宇治拾遺物語・ ︵捜神言︶・太平記・古事談・︵法苑珠林︶・︵乾陽子︶ ・大平広記巻二十七−鼎談抄・梅沢本説話集・宇治拾遺物語・伊勢物語・ 三代実録・扶桑略記・太平単巻二十八一狂言・小右記・古事談・大鏡・宇治拾遺物語・日本 紀略・毒言抄・古今著聞集・文徳実録・政事要略・ 令抄・軍談抄・教訓抄・高麗曲物語・医心方・長谷 雄草子・︵法苑珠林︶・綺語抄・︵本朝語園︶・︵脚斎 志異︶巻二十九i小右記・︵西陽雑狙続集︶・中右記・宇治拾遺物語・ 廻国雑記・江戸沙子・︵捜神妙︶・︵三国伝記︶・古今 著聞集巻三十 −平中物語・小世継・宇治拾遺物語・大和物語・伊勢 物語・長谷寺霊験記・俊秘抄・和歌童蒙抄巻三十一一扶桑略記・本朝世紀・古事談・玉葉・真言伝・︵聯 空中異︶・本朝語園・続星霜録・今鏡・敷島のうち ぎき・雑談集・宇治拾遺物語・播磨風土記・出曜経
・幻異志・宝物集・瀟湘録・常陸国風土記・纂異記
・大鏡・万葉集・俊秘抄・小世継・日本書紀・古事
記・肥前風土記・多武峰縁起・多武峰縁起略記・十
巻本字類抄
以上︑同原の話と思われる説話︑同一素材と思われる説話を収
載する文献を内外を通じて知られている範囲で挙げたが︑いわゆ
る出典・典拠と断じることができるのは︑傍線を付したごく僅か
な数にとどまる︒出典文献からの文体的影響は︑例えば︑﹁日本
霊異記﹂出自と考えられる発話の文体が漢文訓読調の強い生硬な
文体に傾る感をぬぐえないこと︑巻二十四の和歌説話については︑
同じ和歌を採録する私家集や和歌物語の文体に近いと感じられる
ことなど︑皆無とはいえないであろうが︑﹁今昔物語集﹂の文体
特徴を考えるにあたっては一応切り離して﹁今昔物語集﹂独自の
ものとして考察すること︑前歯稿と同じ立場をとる︒但し︑本朝
世俗部の場合は︑他の三部とは異なる言語の様相を示しているこ ︵注3︶とが従前より指摘されており︑それは出典文献の問題とは異なる
要因によってもたらされているものと考えられている︒
﹁今昔物語集﹂の文体的特徴の一つとして考えられる︑直接話
法引用の会話文多用の現象は︑本朝世俗部においては︑どのよう
な様相を見せているのか︑その語ヴの型に﹁今昔物語集﹂特有の
何らかの構造的な特色が見出せないか︒天竺・震且・本朝仏法・
本朝世俗各部の語りの構造上の相違が存在するのか︒以下︑検討
を加える︒
調査にあたっては前三食と同じく︑﹁日本古典文学大系﹂︵岩波
書店︶をテキストに用いた︒
一一 A
﹁今昔物語集﹂においては︑﹁今昔﹂と語り出し︑﹁トナム語り
伝ヘタルトヤ﹂と結ぶ語り口が︑ほぼ全説話に共通し︑一つ一つ
の物語はあたかも額縁に入れたかのような形で提示されている︒
すなわち︑個々の説話は︑﹁トナム﹂という引用助詞で受けた直
接話法引用文であると見なければならない︒この形式の持つ構文 ︵注4︶上・意味上の性格については︑春日和男博士の指摘があるが︑そ
れを大前提として︑本稿では︑いわゆる﹁額縁﹂内部の語りの型
を問題とすること︑前三稿と同じい︒
用語の定義においても警急稿と軌を一にして︑額縁の内部を
﹁地の文﹂と考え︑その中に引用されている①直接話法会話文と
②心中言とを合わせて﹁引用文﹂と呼び︑引用文における会話文
と心中言の比率︵①と②の比率︶を巻毎に算出して表1に示す︒
前三稿のそれぞれ表1と対応する︒
説話は︑首尾が完備し︑説話全体の引用構造を分析できるもの
のみを対象とした︒但し︑冒頭もしくは末尾部分を欠くものの︑
説話の大半が残されていると考えられ︑説話構造の分析可能なも
のは取り入れた︒①会話文︑②心中言の認定方法も前三稿と同じ
く︑音声で発話されたと考えられるものはすべて①会話文に︑心
中で想起されたと考えられるものはすべて②心中言に分類した︒
夢の引用に関する扱いも前三食と同じく︑引用動詞が﹁見ル﹂の
場合はすべて心中言とみなしたため︑夢の引用の大半は②心中言
に分類した︒
・﹁今昔物語集﹂本朝世俗部の引用構造
三
山 口 康 子
四
本朝世俗部においては︑前三山と異なり︑和歌や漢詩の引用が
かなり見られる︒二三稿において対象とした引用文にも︑経文や
偶文などが少数ながら見られたが︑前述の判断基準に従って︑口
頭で唱えられたものは①会話文に︑書きつけられてあるか︑誤読
されたと考えられるものは②心中言に分類して処理した︒本稿に
おいては︑量としても相当数にのぼる上に︑口頭なのか文字表記
もしくは心中想起なのか判別しがたい文脈の中に示される事例も
多い︒和歌・漢詩の引用については別途考慮する必要が生じた︒
一三稿との比較という問題もあるが︑異質のものが現われたと判
断し︑和歌・漢詩まれに消息文などの引用は︑①会話文・②心中
言のいずれにも所属させないこととした︒この件についての扱い
方は後述する︒
従って︑表1における﹁引用文数﹂の数値は︑﹁会話文数﹂と
﹁心中言数﹂の和になっているのが︑二三稿における状態である
が︑本稿においては︑更に﹁和歌等の数﹂も加えた数値となる︒
但し﹁引用文数に対する心中言の比率﹂については︑前三稿との
比較の必要上︑﹁和歌等の数﹂は考慮に入れない︒
表1にみるとおり︑本朝世俗部各巻の心中言の比率は︑最低が
巻二十四の二割四分︑最高が巻三十の三割九分であるが︑巻二十
四は﹁和歌等の引用﹂も合わせ考えれば︑四割に達し︑巻三十の
場合も同じく﹁和歌等の引用﹂も合わせ︑四割六分となって︑こ
の下巻の特異性を浮彫りにしている︒この両巻を除き︑三割を越
すのは巻二十三と巻三十一であり︑本巻世俗部各巻の心中言引用
率は二割五分前後を推移し︑本朝仏法部の平均が二割八分であっ
たのに比すればやや低調ともいえる︒天竺・震旦・本朝仏法と進 行するにつれて︑心中言の比率が増大したことは︑次第に人々の心中をきめ細かく描写する傾向にあるととらえた︒しかし︑本朝世俗部においてはその傾向は後言退とまでいかなく重ても停頓している文かにみえる・これ粥は︑概説すれば︑ 本朝世俗部におい表てはよりすぐれて行動の描写に徹し︑その行為を裏付ける心事には関心が向けられていないと考えることができよう︒本朝仏法部において心中言の比率が高かったのは︑出家や往生を語り︑三宝の霊験を語るにあたって︑心情の吐露が欠かせぬ要素となるからであろう︒
本朝世俗はその話柄の雑多さとも相まって︑巻毎の特色を考察す
計
7 3 4 537387 1 95018 5& 軌 &6︒aa丘42 4 2 2 2 2 4 384鉱
曄晩和49a
6 7947 066 5 16 0357 3 59 7 9生生軌a&aL氏&a23222 2 2 2 3 335既
数講和3 000 1 1 2 1 7 2 Qゾ 一←
m
数赤心8 2366 6 12 3 81 6956 092 9 1 1⊥ −⊥ −よ 一←
劃
一舗 2 0350 697 0 85 2751 92 4 3 2 121 4 2 3 3 1 2魏霧
数借用引3261 7 32 0 0 87851 7 0 2 7 4 4 1 4 2 5 4 4 4 2 3説旧 説数象対話845235494 7 15 12 4 4 3 1 3
蹴
爪鋤 8 6 7 4 4 5 4 0 4 7 2 5 1 2 4 4 4 1 3
㎜
2 34 56 7 8 9 0 1麹222222233
計
ることがとりわけて必要と思われる︒
以下︑これらの引用文における﹁引用構造図﹂を作成し︑引用
文の表現効果を検討する︒﹁引用構造図﹂の作成法は︑前三白と
同じく︑各説事毎に冒頭から順次文番号123⁝⁝を付け︑すべ
ての引用文にも出現の順に引用番号①②③⁝⁝を付した上で︑引
用文の各説回内における位置を︑文番号・引用番号の組み合わせ
によって示し︑それを図示する︒
その上で︑前三三と同じく︑引用構造の型を整理し︑類型を見
出す︒天竺論考で五類型を抽出し︑更に震旦論考で一類型を加え
て︑全六類型をもって本朝仏法部の引用文は整理可能であった︒
然るに本稿においては︑この六類型では整理不能の引用構造が見
出された結果︑更に一類型を加えて︑全七類型を用いて︑首尾完
全な計二九一話の引用構造を分析・整理・解明する︒本論で取り
扱う引用構造は︑単に形式的な構造面1すなわち引用文の多寡・
出現箇所・回数の相関性などにとどまらず︑説話展開に果してい
る引用文の機能もあわせて把握・分析するものである︒従って︑
形態上の特色と共に内容面も考慮した上で︑類型化を行なわなけ
ればならず︑主観的な判断に頼るきらいがあることは否定できな
い︒判断の過程を明確にするために分類結果を表Hに示す︒前三
稿それぞれの表11に対応する︒
引用構造の七類型を示せば︑下段の図のとおりである︒ A会話進展型B山場活写型C末尾啓蒙型D随所散在型E素語り型F体験談話型G和歌提示型 ﹂﹂
lI⊥Q;:O⁝⁝:O・ ・:O・:・6TIIIl ※それぞれの型にお ける引用文のあら われ方を類型化し て図示したもの︒ F・Gの破線はあ らわれる場所の流
動性を示す︒
に多く︑計=一首の引用がみられるのに対し︑漢詩の詩句計五
箇所︑消息文︵上書きも含めて︶計三箇所︑経文計一箇所と︑合
計十箇所の引用しか見られないところがら︑類型名は﹁和歌提示
型﹂とした︒ ︵注5︶ この七類型に従って︑各説話の引用の型を分類する︒勿論︑各
説話の引用構造は一つとして同じものは存在しないのが当然であ
るが︑大まかな傾向として特徴を把握し︑分類する︒分類をでき
るだけ実態に即したものにするため︑複数の類型の特徴を兼ね備
えている場合には変型と考え︑より強い特徴を示す型の内部分類
として整理した︒この点も前三塁と軌を同じくする︒
三︑
A〜Fの六類型は前稿・本朝仏法論考から転記し︑新たに︑G
和歌提示型を加える︒G和歌提示型において提示されている引用
文が和歌のみではないこと︑前述の如くであるが︑和歌が圧倒的 各巻・各説話の引用構造を︑前記七類型とその変型に分類し︑本朝世俗部の引用構造の特徴を解明する︒分類結果を前三稿と同じく表Hとして示す︒この分類が以下の考察の基盤となるが︑説
﹁今昔物語集﹂本朝世俗部の引用構造
五
山口康子
六 表
布
の分
の型
構造
用引るけお
に
部
俗 世
本朝
11
表
計 101Oll
1
3613
2
01
192
3702
8
88
3 8
11
1
03
2 1 3
13
2
01
31巻
16
Ol
6 5●1
23L3乳1 73
30巻4●301
6・57●2 21L1凱141
29巻
12
82住2濁329
36翫330・り盈 72 0ゆ
23L3●293
認巻
130.3・4
2 92耽lO673a2L2
2162 44
27巻 63銑3乳laユ539
13 7・3●1
62 54
26巻
8●5 ﹂323● 62羽L蒐
7
42q2
9
ll砿1 32
25巻110621・5
7
01・4●3
931
1
2
21
24巻
73臥3 403・2300 ●1 0σ
82 55
23巻 42q2乳152凱2乳1
62a141
22巻
1
8
7
8
巻 型
A
BAGA
B
ABDBGB
CDC
D
BDFDGD
E F G
計
む
るあ
数で
話 説 計
合
賦
値 数
欄の
計の
む
す
示
を
号
番話
賦 説
字 の数
欄各
へ
中
表
比率
巻別
型の
造の
構
用引
m
表
均平 43q56軌196α44a
13 11&26L2
4
03
2 92 09臥358a196乳
4 82 72a
4 72 44生433a122a76住22a
5 62 0 5ワ8 3● ●8 407&
4 52 00 0り0 0● ●8 只り 233&00 0000 00● ●8 833&
5 42 19ql28L81&1
6
32 68a434L2924︒1
4 22 05a105a105a105a6
4
巻 型 型A変 A 型B変 B 型C変 C 型D変 D 型E変 E 型F変 F 型G変 G数型類
話の展開に果している引用文の機能という内容面にも着目した分
類であるところがら︑分類結果の数値だけではなく︑個々の説話
の所属類型も提示しておく︒耳底論考の︑それぞれ表Hに対応す
る︒ 表Hによっても︑各巻におけるA〜G型の分布の特色は読みと
れるが︑更に明確に癒えるため︑再三稿にならって︑巻毎の比率
を算出して表mに示す︒
表mに基づき︑各巻の特色を大まかに適えてみよう︒本朝世俗
部においては︑内容が複雑多岐にわたっていることに応じて︑A
〜Gのすべての類型が出現している︒天竺部に特徴的で全体の二
割弱を占めながら︑震旦部で激減し︑本朝仏法部においては姿を
消した︑C末尾啓蒙型も変型といえ一例あらわれ︑本朝世俗部の
語り口の複雑さと巻毎の性格の違いを如実に示している︒ 巻二十二︑Eが三分野二弱︑残りの三分の一層をA・B・Dが
均等に占める︒いずれも変型はない︒ 巻二十三︑Aが五分の二強︑B・Dがそれぞれ五分の一強︑E
が中では少なく︑五分の一層︒いずれも変型はない︒
巻二十四︑出現類型数がCを除く六類型に及ぶのはこの巻だけ
である︒Bが変型も含めて三分の一強︒次いで︑本
朝世俗部で初めて出現したG︑および変型も合算し
てAが五分の一弱︑あとDとその変型︑Eが続く︒
Fはごく少ない︒
巻二十五︑Bの変型が数値としてもっとも多く四分の一を占め
るがBが少ないため︑合わせて三分の一︑Aが変型
も合わせて三分の一︒本朝部としては唯一の例であ 巻二十六︑巻二十七︑巻二十八︑巻二十九︑巻三十︑巻三十一︑ るC変型・D・D変型・Eが︑残り三分の一を均等に占めている︒Aが変型も含めて五分の二強︑次いでBが変型も含めて三分の一強︑Dとその変型およびEは少ない︒Bが二分の一弱で圧倒的︑次いでAとその変型が三分の一匹︑次はDとその変型が一割五分︑EおよびFも僅少ながらあらわれる︒Bが変型も含めて二分の一強︒次いでAとその変型が三分の一塁で︑この両者で全体のおよそ九割弱を占める︒残りの一割弱はDとその変型で︑Eはごく少ない︒Aとその変型が二分の一夕︒次はBが三分の一線︑この両者で全体の約八割︑Dが一割強︑Eが一割弱で︑変型はAにしか表われない︒Aとその変型が三分の二弱︑Bとその変型が三分の
一強で︑この二型しかあらわれない︒
Aとその変型およびBとその変型がいずれも三分の
一跨あらわれる︒変型の出現率はBが高く︑変型を
除いて考えれば︑A・Bの順になる︒次はEが五分の一強で︑Dは一割弱である︒E・Dいずれも変型
はない︒
このように本朝仏法部においては︑全十巻のうち︑A型を最優
位とするもの計五巻︑B型を最優位とするもの計四巻︑E型を最
優位とするもの一巻であって︑第二位の型はA・B・Dのいずれ
﹁今昔物語集﹂本朝世俗部の引用構造
七
山 口 康 子
八
かで占めている︒二型の出現の比率を︑
せば︑次のとおりである︒ 分りやすく棒グラフで示
A B D E F G C
巻二十二巻二十三
巻二十四
巻二十五
巻二土ハ巻二十七
巻二十八巻二十九
巻三十
巻三十一平均
G C
本朝世俗部の各巻の全体の比率を平均の欄に記載し︑これを本
朝世俗部の標準的な状況ととらえて判断の基準とする︒B型がや
や上廻るもののA型とほぼ均衡を保ち︑この両型で全体の七割を占め︑残りの三割をD型・E型が一割強ずつ︑あとの一割をG型
・F型・C型が分ける︒この状況︑すなわち︑AとBがほぼ均等
で大勢を占め︑次にDとEが同じくはぼ均衡でつづく巻は︑巻二
十三・巻二十六・巻二十七・巻二十八・巻二十九・巻三十一と︑
細かい比率や︑A・Bの順およびD・Eの順にこだわらなければ︑
全十巻のうち計六巻までが右図に明らかなように︑ほぼ標準的な 姿に近い︒うち︑巻二十三・巻二十六・巻二十九・巻三十一の計四巻が︑A・B・D・Eの計四型だけしか現われない︒又︑B・A・D・Eの順がそのままにあらわれるのは︑巻二十七と巻二十八の計二巻だけであるが︑うち巻二十八は︑E型の比率がD型に比して少ないため︑標準の姿に近いわけではない︒ 話数の少ない巻二十二︵計八話︶は︑藤原氏列伝といえるが︑主として素語り型が多く︑藤原姓を賜った鎌足とその子孫の事跡を語るに歴史的事実の記載が中心になっているためと考えられる︒本朝世俗部においてA型もしくはB型が一位を占めない唯一の例外の巻である︒又同じく説話数の少ない巻二十五︵説話数計十二話︶は︑平将門の謀反から巻が始まり︑ほぼ時間の秩序を保ちながら︑源頼義の武勇伝まで進むが︑中心は源頼信・頼義父子の活躍にあり︑新興の武士階級が庶民層・農民層の中から武力と度胸と人徳によって次第に力をつけ︑人々の支持を得てゆく過程がよく窺える︒院政期︑次の時代を担う新しい階級の台頭が︑人々の期待の中で見守られていたのであろう︒貴族社会の中から抜き出て︑新しい価値観で新しい秩序を作ってゆく人間像の誕生である︒この巻にはC型・末尾啓蒙型がみられ︑新しい価値の尺度に関心が持たれていたことを示す︒ 計九十一首の和歌等の引用を持つ巻二十四においては︑引用構造として︑G・和歌提示型を類型化する必要があり︑G型が︑B型・A型についで第三位を占め︑A型に匹敵する比率を示す︒全五十七話のうち︑後半の第二十六語以降︑計三十二話が﹁〜十和歌語﹂という型の題名を持つ和歌説話であるという︑巻の特色を
反映している︒このG型については︑本朝世俗部の特色ともいえ
る類型と考えられるので︑後に細かく分析する︒
巻三十も話数︑計十四話という話数の少ない巻であるが︑この
巻にはA・会話進展型︑B・山場活写型の二類型しか見出されな
い︒この巻は︑平仲説話や芦刈説話・嬢捨伝説などの民
間伝承的な︑和歌説話が集められている︒和歌等も計十
七首が引用されているものの︑引用構造の型としては︑
特にG型に分類する必要はなかった︒比較的長文の説話
の中に︑会話文もしくは心中言の形で引用されている︒
F・体験談話型は︑巻二十四・巻二十七にそれぞれ一
話ずつ現われている︒又︑巻二十五にあらわれるC・末
尾啓蒙型も一話のみであるが︑一話とはいえ︑様々な引
用構造が駆使されているのが︑本朝世俗部の特色といえ
る︒話柄の雑多さを反映し︑又︑一方では︑説話収集の
方法の複雑も暗示していよう︒本朝世俗部の各巻の説話がどのような手順で集められたのか未だ明らかではな
い︒各巻の性格が異なる以上︑説話収集・選択・採録の
手順もそれぞれの巻に応じた方法が工夫されたと考えら
れるが︑具体的な点については未解決である︒引用構造
自体も多岐に陰ることは︑様々な経路を辿って説話が集
められたことを物語っている︒
本朝仏法部が概してA・会話進展型︑B・山場活写型
の引用構造が少なく︑F・体験談話型︑D・随所散在型
が比較的優勢であったことを想起すれば︑本朝世俗部の
特徴が対比的に理解できる︒すなわち︑本朝世俗部にお
いては︑引用文を活用し︑会話によって説話を進展させ︑ ∂す
示
を率
明平
舗
物 磁
俵
図布
別扮
巻
旧率
弓A
工 特に山場の描写には会話文によって臨場感を強める方法を採っていることが分る︒ なお︑この各部︵天竺・震旦・本朝仏法・本朝世俗︶の比較検
●
●
●
●
O●●●●●●
●
●● ●︐●
■
●O● 31巻
●
● ●
●
●■●● ●
●
O
30巻
●
●
●
●
■ ● ●●●
ワ O●●● ● の 9●●●
● ●● ● ●
O
29巻
●
9
●●●●● ●●●●6● ●●●●●
●
● ●●の●●●● ● ● ●●■●
O
28巻
●●● ●● ■ ■馨●●3●●●● 3●3 ●
● ■ 27巻
●● ●
●
● O O●■
■
︐■●■
O
O
●
26巻
●
●●●
●
●
●■ ● 25巻
●
O
■
●●●O
●
8馨● ○● ● ●8●●●
●
拠巻
●
●
●
● ●●
●
●
●
23巻
●
●
σ● 22巻
﹁今昔物語集﹂本朝世俗部の引用構造
九
山 口 康 子一〇
討と︑それに基づく﹁今昔物語集﹂の引用構造の全体的特色の分
析は︑稿を改める予定である︒
更に︑天竺・震旦・本朝仏法部との比較のため︑引用率の巻別
分布図を示す︒先三論考の図Aに対応する︒各説話のそれぞれの
総文数に対する引用文数の比率を︑先三論考のいずれにおいても
﹁引用率﹂と呼んでいるが︑引用率の分布状況を巻毎に黒点の位
置によって示し︑各巻の特徴を見ようとするものである︒同率の
説話が複数存する場合は横並びに記すこと︑先斗論考と同一方法
をとり︑各巻相互の比較の便をはかった︒引用率の分布の巻毎の
特色は︑引用構造の型の出現状況と大きく相関すること︑前三論
考においてみたとおりである︒
本朝世俗部においては︑巻による特色にも増して各話の語り口
の特色が優先する如くである︒会話文を活用する語り口の説話が
多くみられるが︑とりわけて引用の特色をなすのは︑和歌等の引
用︑とりわけ和歌の引用の仕方である︒和歌説話がまとまって採
録されているのは巻二十四と巻三十であるが︑他の巻にも和歌が
僅かながら引用されている︒その点を更に検討する︒
四︑
前項までの考察によって︑本朝世俗部における引用構造の特色
は︑A型・B型の引用文重視の構造を持つとともに︑他の部には
見られない和歌等の引用における特殊性があることが明らかに
なった︒この和歌等の引用形式の特殊性は︑新たにG型・和歌提
示型という類型を設ける必要を生じるもめであるが︑すべての和 歌等がG型を示すわけではない︒和歌等の引用について考察する︒ 和歌等の引用は︑和歌計一〇八︑漢詩計五︑消息計三︑経文一の合計=七に及んでいる︒又︑夢の引用は︑本朝世俗部におい ︵注6︶ては僅か一〇例に過ぎず︑震旦部・本朝世俗部と大きな違いをみる︒この引用についても合わせて︑和歌等の引用の存する説話を心置として次に示す︒覧
話一
開説
ヨ
の
等
和歌
W
表
巻和 歌小計漢詩消息文等
計
夢
22 5︑6︵2︶ 辺ω犯ω
23 24
30㈹26︵2︶︑解盛︑3033㈹ 25㊥︵3︶
25
1 26
18︵消息︶ nq
27 25
nqnU
26 28 12
口ほ36︵上書︶ 辺ω
29
4︵消息︶ nq 30
肝α11㈲
31 28
nα7︵経文︶ 辺ω9︵2︶10︵2︶
計
倫︵ 鳩㎜灘・一重︵M53肋︵鵬α
各欄の数字は説話番号を示す︒ ︵︶内は一話内に引用され
ている事例数を示す︒○は︑夢の事例との重複︑△は︑漢詩
その他との重複を示す︒計の欄はそれぞれの説話数・O内は
事例数を示す︒計は重複話を除く︒
表Wに明らかなとおり︑和歌等の引用は︑極めて限定された分
布を示す︒和歌がまとまって引用されているのは︑巻二十四・巻
三十一であるが︑巻二十二に三首︑巻二十七・巻二十八・巻三十
一に各一首の引用がみられるところが︑本朝世俗部の特色であろ
う︒但し︑これらの引用がすべて︑前述のG・和歌提示型で示さ
れるわけではない︒又︑漢詩の引用は巻二十四の五例をみるのみ
である︒又︑消息文等の引用は︑巻二十六・巻二十八・巻二十九
・巻三十一に各一例ずつ計四例をみる︒G・和歌提示型の類型化
を必要とするのは︑計八五首を引用する巻二十四と︑計一七首を
有する巻三十の計二巻のみであるが︑まずは︑全用例についてそ
の引用の特色を分析し︑G型が必要であったゆえんを明らかにし
よう︒ 和歌の引用1すなわち地の文の中に和歌を嵌めこむ文型は︑伊
勢物語・大和物語などのいわゆる歌物語をはじめ︑平安和文に
様々な形式が存するが︑今昔物語集における和歌引用は︑かなり
特異な様相を呈していると思われる︒その点について︑引用され
た和歌の下接部分と上接部分をそれぞれ検討する︒
まず︑和歌に下接する引用助詞・引用動詞を整理して次に示す︒
巻−語の形で用例を持つ説話を掲げ︑同一説話中に複数の同種の
用例がある場合は︑︵︶内にその数を示す︒例えば︑2216は
巻二十二第六語を示す︒以下同じ︒ 囚ω引用助詞・引用動詞ともに欠く和歌投げ出し型一︒10例 22i6︑24−23︑24i31︑24135︑24i38︑24141︑241 43︑24−50︑24152︑30−2︒圖②引用助詞トのみで受ける型︒ ト︒ 75例 2215︑24123︑24129︑24132︑24−33︑24134︵7︶︑ 24135︵3︶︑24−36︵3︶︑24138︵18︶︑24139︵3︶︑241 40︵2︶︑24141︵2︶︑24142︵2︶︑24145︑24146︵5︶︑ 24−47︑24148︑24149︑24151︵3︶︑24−52︵2︶︑241 53︵3︶︑24−54︑24155︑24156︑24157︑3012︵2︶︑ 3013︑3015︵2︶︑30−10︑30−11︑30112︑30114︒ ③引用助詞に係助詞の加わった型︒トゾ︑トナム︒ 2例 σリトゾー2216 ωトナムー24154 ω引用助詞トテで受ける型︒ トテ︒ 2例 7一 ︑ nV O 211 314回⑤引用助詞トに続く引用動詞を持つ型 11例 励ト云フー24136︑24138︑24144︑24145︑30i8︑ 3019 ωト読ム 24128 ㈲ト聞ユ 24136 ◎⇒ト書クー28112︑30128 ㈲ト有りー30−3
⑥引用助詞に係助詞が加わり︑更に引用動詞を持つ型18例
Oリトゾ云フ 30−13 ωトゾ云ヒ遣ルー3013
﹁今昔物語集﹂本朝世俗部の引用構造
山 口 康 子
の ㈲トナム云フー24137︵2︶
0⇒トナム読ムi24134
㈲トナム有りー24136︑24137︑30−3 以上にみるとおり︑一〇八首の和歌の引用は︑引用助詞トのみ
で和歌を引用する型が計七五首・約七割を占め︑引用助詞に係助 詞を加えた型︑引用助詞トテの二例︑引用助詞さえ持たず和歌が
投げ出されている型を加えると︑八二・四パーセントまでが︑引
用動詞を持たず︑いわば和歌が地の文の中に投げ出されているこ
とが分る︒ 引用動詞はわずかに云フに集中が見られ︑引用動詞を持つ計一
九例のうち九割が云フ系であるが︑巻二十四・巻三十のいずれに
も例が見られ︑特に偏りはない︒
参考のため︑漢詩・消息文等および夢の引用について同様に整
理して示す︒
・漢詩・五例 ㈲iトー24−26︵2︶︑24128︑24130 ωート云フー24117
・消息文・三例 0うート書クー26118︑28−36︑2914
・経文・一例 σりート云フー3117
・夢・一〇例
0うートー24−39︵3︶︵夢の中で詠じられた和歌の引用︒
和歌の事例と重複︶ ωート見ルー24125︑27−26︑31i10 一二
㈲ート云フー31i10 0⇒ート告グー25−1 ㈲ート思フー3119︵2︶
右のとおり︑漢詩も五例中四例までが投げ出し型であり︑引用
動詞︵見ル・云フ・告グ・思フ︶をもって示されるのが原則と思
われる夢の場合も︑夢の中で和歌を詠じる場合には例外なく投げ
出し型をとることが分る︒今昔物語集・本朝世俗部においては︑
韻文の引用においては︑地の文に嵌めこみ︑融和した文体を作る
というよりは︑必要な箇所に無造作に投げ出していると考えられ
る︒これは︑他の引用の型とは著しく異なり︑従って︑新しい引
用の型・和歌提示型を加える必要が生じた次第である︒
この提示された和歌等の独立性については︑和歌等に上接する
語句を調査することによって更に明らかになると思われる︒まず︑
和歌に上接する語句を整理し︑下接語句と同様な方法で示す 回ω名詞 . 10例
励作者名124134︑24146︵3︶︑24 47︑3013︵2︶ ω﹁返し﹂124136︑24ヨ54 ㈲歌自体124141
圃②助詞1例
0リトテ 30110
③指示語カクに係助詞ナムが加わった型 11例
ω此ナムー24134︑24−36︵4︶︑24i37︵2︶︑24 38︑
4 0﹂︑ 4 り倉︑ 0 213 2−4 312
国ω動詞
0う]ク
24│23︵2︶︑3014 9例
ω云フ 24−55︑27
㈲宣バクー24−28ω聞ケバー24133㈲具シテ給フー3015㈲書キ付ケテー24135
團⑤助動詞・終止形
25
18
︵注7︶
云ヒ遣りーケリー24136︑3013 書キ付ケーケリi24−43 書キーケリー24149︑31128 0リPリ・読ミーケリーーゴ4135︵2︶
奉りーケリー24−34ωナリ・読ミーナリー2215︑2216
㈲タリ・書キータリー24−31︑24−48︑24 50︑24 56︑ 3012︑3013
書キ付ケータリー24138︑24−41
⑥助動詞・連体形
0リPル・読ミーケルー22−6︑24134︵5︶︑24135︑
一38︵8︶︑24139︵2︶︑241 ︵2︶︑24141︑24144︑241
24−46︵2︶︑24152︑24−53 読ミ懸ケーケルー24152 読ミテ遣りーケルー24138︵4︶︑24145︑24152
遣りーケルー24138︑24−51 書キーケルー30111
書キ入レーケルー24142
24 59
40
45︑ 書キテ遣りーケルー28−12︑3012 云ヒーケルー24157︑30−4︑3018︑30−9 0 り々︑ 0 00 00 1⊥ り0 1← 云ヒ遣りーケルー24−37︑24138︵2︶︑24 53 24−54 云ヒテ遣りーケルー24−38 申シーケルー24−53 申シ上ゲーケルー24132 奉りーケルー24129︑24−51︵2︶︑3015 返シ遣りーケルー24138 以上︑一〇八首の和歌の上接部分を整理すると︑團型︑すなわち助動詞の終止形および連体形から和歌に続くものが計七七例︑七割強を占め︑うち連体形が五割を越している︒この助動詞連体形から和歌に続く計五九例のうち︑係助詞ナムの結びが計四八例︑ゾの結びが計二例︑合計五〇例までは係り結びの形の文終止になっている︒ 係助詞を伴わない連体形は︑巻二十四第三十四語に計四例︑同じく第三十八語に計二例︑第四十五語一例︑第四十六語一例︑第五十一語一例であるが︑それぞれ︑和歌の引用が︑八︑二〇︑二︑
五︑三首と複数みられる説話である︒第三十四話は公任大納言の︑
第三十八語は道信中将の︑いずれも名手と称えられた歌人の和歌
を列挙紹介する形の説話であるが︑ナムー読ケルの如き定型の中
にナムを欠く引用が見られるものである︒第三十四話においては
ナムを欠く四例はいずれも﹁〜ヲ見テ読ミケル﹂という文型であ
る︒第三十八語においても大半が﹁此クナム読ミケル﹂の形で和
﹁今昔物語集﹂本朝世俗部の引用構造=二
山 口 康 子一四
歌が羅列される中に︑﹁此ク読ミケル﹂の型が二例混じている︒
文中に引用部分を嵌入する型の典型的かつ伝統的な形は︑いわ
ゆる双括式−引用部分の前後に同一動詞を有する︑例えば﹁云ク
〜ト云フ﹂という形の引用形式であるが︑この双括式も又︑極め
て少ない︒若干の変型−例えば引用文の上下が必ずしも同一動詞
とは限らない型1も含めて︑和歌の双括式引用は以下の計五例の
みである︒D8−2 1−9ρ②30−8 6319−0 ヨq3−− ユ ㊨312
見るとおり︑
るが︑文型として検討すれぼ︑
ているもので︑
化している文ではないこと︑
本朝世俗部における和歌の引用は︑
あることが︑
詩や消息文等についても上鞘部分を整理しておく︒
・漢詩・五例
σづ作りーケリー24126︵2︶︑ ω有りー24−28︑24130︑
㈲ート云フ詩ハ〜作レル詩也124127︑
・消息文二二例
0づ書キタリート書テー26118︑29−4︑ 此ナム書テ遣ケルート書テ遣テ︑此ナム猫言開云ケルート云テ︑猫言二此クナム云ケルート云テ︑此ナム云ケルートゾ云ケル︑此ク書タリケリート書ケルニ︑ 和歌の上下に同一動詞で専管している如くではあ 上接部分はすでに文として完結し いずれも︑﹁云クート云フ﹂が如き全体が一体 明らかである︒ 独立性の高い投げ出し型で上接部分の分析からも明らかである︒念のため︑漢 ω上書福二 ト書テー28136︑・経文・︸例 0り云フニート云フ所ヲー3117︑・夢・一〇例 σり夢ニー24125︑27−26︑31−9︑31110︑ ω云クー2511︑ ㈲見ル様131110︑ 0⇒見レバー3119︑甥塊擶情刑粋お︵2×厩鞭纏鶴 漢詩や消息文等についても︑引用部分の独立性が高く︑文の中に一体化して嵌めこむ工夫は少ないと言わざるを得ない︒和歌の引用形式と軌を一にするものであろう︒夢の引用については︑双括式も二例︵2511・31110︶みられ︑﹁夢ニート見テ﹂という形が基本型︵計四例をみる︶ことを思えば︑文中への嵌入・同
一化の傾向が強いと考えてよい︒夢は︑引用部分の文章も複雑で
あり︑二重引用・三重引用もまま見られて︑夢の引用の複雑さを ︵注8︶示している︒
本朝世俗部に新しく現われたG型・和歌提示型は︑文章の中に
和歌を投げ出すような形で列挙し︑同一類型による反復引用が特
徴的である︒そのために生じる文章の単調さについては考慮は払
われていないようであり︑和歌そのものが提示されればよしとす
る姿勢がうかがえる︒平板・単調な引用形式である︒
五︑
以上︑本朝世俗部巻二十二から巻三十一まで︑計十巻における
引用構造を分析した︒先三論考においては︑A会話進展型・B山場活写型・C末尾啓蒙型・D随所散在型・E素語り型・F体験談
話型の計六種の型に整理・考察した︒本稿においては︑更にG和
歌提示型を加え︑計七種の類型をもって引用構造を分類した︒
本朝世俗部においては︑一体に引用文一1会話文が活用されてい
ると考えることができよう︒A会話進展型・B山場活写型のいず
れかが最優位を占める巻が大半であることは︑会話を利用する語
りの型を持っていることを示している︒本朝世俗部に新しく現わ
れたG和歌提示型は︑和歌を多数引用する巻二十四と巻三十にみ
られるが︑いずれも引用文を活用しているとはいえない︒和歌は
むしろ羅列的に投げ出されているだけで︑和歌の印象も薄く︑引
用効果も平板である︒但し︑各巻が話柄についても説話数におい
ても変化に富み︑巻毎の特色が大きいためか︑計七種の類型がす
べて現われた︒大勢はA型・B型の引用文利用型が占めること︑
前述の如くであるが︑全類型がみられることが︑本朝世俗部の引
用構造の大きな特徴といえよう︒話柄と語り口の巾の拡がりに
よって︑引用文を大巾に利用する型と引用文に依存しない型に大
きく文体がわかれている︒本朝世俗部の引用構造を整理すれば︑
次のとおりである︒
露灘田一田田一一一一⁝
引用構造の型は分散しているが︑A・B・C・Fの︑
用型が全体の約八四パーセントを占め︑
せて一六パーセントに過ぎないところがら︑本朝世俗部は︑
文を活用する語りの型が圧倒的であるといえよう︒
以上︑本朝世俗部の引用構造の実態を明らかにした︒
35
β% 38
n% 60
鍋% 12
留%
引用文利非利用のD・G・Eあわ
引用
これは先
三論考に示した天竺部・震旦部・本朝仏法部の様相とは明らかに
差異が見られる︒今昔物語集各部の実態を比較検討し︑今昔物語
集全体の文体の特色を引用構造の面から明らかにすることを次の
目標としたい︒今昔物語集の文体については︑出典文献の文体の
影響という視点を導入せざるを得ないが︑文体の影響関係を明確
に把握する方法自体が明らかでない︒又︑同様に︑口頭語の影響
も無視しがたいものがあること︑特に本朝世俗部の話柄などから
明らかであるが︑これも︑口頭表現を分離的に考察する方法は確
立していない︒引用構造の解明は︑これらの問題に直接的に関与
するものではないが︑構造の明らかになった引用文−特に会話文
1の実態をふまえて︑今昔物語集の文体の解明と︑その文体史上
の位置づけを目指し︑後考を期したい︒
﹁今昔物語集﹂本朝世俗部の引用構造一五
山 口 康 子
注
ω 本朝の仏法部と世俗部との境界にあたる巻二十一の欠落については︑従
来︑皇統譜の形成を志した巻であったものが未完に終っているのではない
かと説かれているが︑全体の構成から考えると︑うなずけるところである︒
⑭ わずかに全巻を収録したものとしては次の資料がある︒
国史大系本︵明治三十四年刊︶・青蜂叢書本︵大正元年刊︶・野卑今昔物
語集︵大正二年〜十年︶・新訂増補国史大系本︵昭和六年〜七年︶・校註
日本文学大系本︵昭和元年〜七年︶
⑧ 今昔物語集の文体研究の嗜矢は︑﹁今昔物語集の新研究﹂︵坂井衡平・大
正十二年︶であるが︑実証的な研究は﹁禁止法表現史﹂︵池田併治・﹃国語
国文﹄昭和十年︶によって︑本集前半︵天竺震旦部︶と後半︵本朝部︶に
文体的な対立があることが証明されたことに始まる︒本朝前半と後半には
明らかに漢文訓読文体と和文体の対立的特徴が見られ︑次第に細かい分析
調査と要因の追求に研究の歩が進められている︒出発点になっている基本
論文は次のようなものである︒
・﹁﹃如シ﹄と﹃様ナリ﹄とから見た今昔物語集の文章﹂︵堀田要治・﹃国語
と国文学﹄昭和十六年︶
・﹁語法より観たる今昔物語集1﹃が﹄﹃の﹄の用法二三について一﹂
︵石田謙二・﹃国語と国文学﹄昭和十六年︶
・﹁今昔物語集に於ける使役の助動詞ス・サス・シムについて﹂︵堀田要治
・橋本博士還暦記念国語学論集﹂
・﹁今昔物語集の文法﹂︵山田巌・日本文法講座4解釈文法︶
ω 春日和男﹁説話の語文lI古代説話の研究﹂︵50・11︶桜楓社︶
⑤ 各類型の詳細な説明は前三稿を参照されたい︒G・和歌提示型について
は︑本稿10ページ以降に詳述する︒
⑥ 夢の引用計十例のうち︑三例までが︑巻二十四の後半部・和歌説話第三 一六
十九語の中にみる︑夢の中で和歌を詠む例であり︑これも又︑夢の引用と
みなして︑計上した︒但し︑和歌の引用例とも重複している︒
ω 動詞と助動詞の間にひいた一の部分には︑他の助動詞あるいは尊敬の補
助動詞等が入る場合もあるが︑引用動詞および文末の形態を検討の対象と
するため︑表示しなかった︒
㈲ 夢の引用形式については︑震旦部・本朝仏法部を対象とした重圏論考を
参照されたい︒
なお︑前三論考の表を転載し︑参考に供する︒