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(1)

日本製造企業の雇用調整行動の実証的分析 : 誤差 修正モデルの調整速度を用いた回帰分析

著者 中尾 武雄

雑誌名 經濟學論叢

巻 55

号 4

ページ 1‑24

発行年 2004‑03‑20

権利 同志社大学経済学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004646

(2)

【論 説】

日本製造企業の雇用調整行動の実証的分析

1)

――誤差修正モデルの調整速度を用いた回帰分析――

中 尾 武 雄

1

は じ め に

この論文では,日本企業が雇用量を調整する行動を財務データを用いて明ら かにする.分析は2 つの段階からなっている.第一段階では,時系列データを 用いて企業の均衡雇用量を推定する.周知のように時系列データの分析を行う にはユニットルート問題やコインテグレーション問題があるため,それに対応 した分析を行う.これらの問題をクリアした企業について,誤差修正モデルを 推定するが,これから各企業の雇用量の調整速度の推定値が得られる.そこで,

分析の第二段階では,この雇用調整速度を被説明変数としてクロスセクション 分析を行い,企業間で雇用量の調整速度に差が生じる原因を明らかにする2)

次章の2. 1 では,企業の雇用量を時系列データで分析するためのモデルと推

定に利用するデータを説明する.2. 2 では,時系列モデルで用いる説明変数が 説明力があるかどうかを調べるために,通常の最小自乗法を用いて,この時系 列モデルを推定する.2. 3 では,時系列モデルのすべての変数についてユニッ トルート検定を行い,2. 4 では,ユニットルート検定をクリアした企業につい て,コインテグレーション検定を行い,これをクリアした企業を対象に均衡雇

1)この研究は,2003年度同志社大学国内研究員としての研究テーマ「日本製造企業の賃金と雇用 に関する実証的分析」の成果の一部である.

2)日本企業の雇用調整行動を実証的に分析した文献はいろいろある.例えば,阿部(1999),井出

(1993),浦坂・野田(2001),駿河(1997),小牧(1998),松浦(2001),村松(1981)などがあ るが,いずれも本論文とはアプローチが全く異なるものである.

(3)

用量を推定するモデルと均衡雇用量からの誤差を修正するモデルを推定する.3

章の3. 1 では,企業の雇用調整速度に影響を与える要因について分析し,3. 2

では,雇用調整速度モデルの推定結果を提示して,企業の雇用調整速度を決定 してきた要因を明らかにする.最後に,4 章では,論文で得られた主要な分析 結果を要約する.

2

雇用量の時系列分析

2. 1 均衡雇用量に関する仮説とデータ

この2 章では,企業の財務データを時系列データとして用いて企業雇用量の 長期均衡を推定するのが目的であるが,そのためには企業の雇用量決定行動を 分析する必要がある.企業の雇用量決定行動といっても,日本とアメリカでは 異なるであろうし,また,日本であっても時代によっても異なるし,大企業と 小企業の間でも異なるであろう.したがって,企業の雇用量決定行動に関する 仮説を考える場合には,分析対象を特定する必要がある.時系列分析を行うに は,入手可能な財務データが存在する必要があるから,分析対象は日本の上場 企業に限定することになる.また,コインテグレーション分析には多くのデー タが必要であるため,長い分析期間が必要になるが,データの制約で1965 年以 降となる.したがって,分析対象となるのは,高度成長期以降の日本の大企業 となる.

ミクロ経済学のテキストを見れば,企業の雇用量に関する需要関数は

N=F(w/ i, Q, α) (1)

というような形に書かれている.ただし,Nは雇用量,w は賃金率,iは利子 率,Qは財生産量,αは企業の雇用量の需要に影響を与えるその他の変数を表 すベクトルである.したがって,賃金率,利子率,財生産量が企業の雇用量に 影響を与える変数となるのは明らかである.しかし,日本企業の場合は(1)式 のような関係をそのまま受け入れることには問題がある.日本の多くの企業は,

利潤最大化の条件が成立するように雇用量を微調整していないと思われるから

(4)

である3).まず,短期的な財需要の変化による生産量の変動に対応して,雇用量 を短期的に完全に調整するような行動をとらないケースがある.また,終身雇 用制度を採用しているため,長期的にも雇用量の調整が遅れると考えられる.

したがって,推定モデルでは,要素価格の比率の形にはせず,賃金率と利子率 は独立した変数として扱うことにする.

また,以上のような日本企業の行動は当然利潤の大きさにも影響を与える.

例えば,終身雇用制度に強く固執するほど,利潤最大化の条件から乖離するこ とになる.したがって,企業の利潤率(π)は,その企業がどれほど利潤最大 化行動に忠実であるかを示す変数となりうる.この面からは,利潤率と雇用量 の間にはマイナスの関係が予想される.

ただし,X - 非効率も,企業の雇用量に影響を与える可能性がある.市場支 配力があって独占利潤を得ている企業は,費用最小化を行わないことが知られ ている.したがって,X - 非効率は現実の点を生産関数から乖離させると思われ る.しかも,市場支配力が強く独占利潤が大きいほど,その乖離が大きくなり,

必要以上の雇用を抱え込むと予想される.利潤率がX - 非効率を表す変数とな ることも考えるから,この面からは,利潤率と雇用量の間にはプラスの関係が 予想される.

次の問題は,企業の雇用量の需要に影響を与えるその他の変数を表すベクト ルαの内容である.当然,技術進歩を表す変数が必要である.時間を使うこと も考えられるが,これでは,技術進歩率が一定と仮定することになる.マクロ 経済の分析であれば,それでもよいであろうが,個々の企業の技術進歩率の場 合には適当とは思われない.産業のライフサイクル仮説にも見られるように,

個々の企業の場合には,資本が蓄積されるにつれて技術進歩率は低下すると仮 定する方がよいと思われる.そこで,技術進歩率を示す変数として,資本装備 率(KL)を用いる.

3)企業の日本的雇用行動の特徴については,例えば,村松(1995),八代(1997)などを参照され たい.

(5)

マクロ経済的な環境も企業の雇用量に影響を与えると思われる.例えば,高 度成長期の時代には企業は長期的な成長を予想して,より多くの労働力を保有 しようとするであろうし,長期的な不況の時代にはリストラなどによって労働 力を削減しようとするであろう.一方,高度成長期には労働量不足で,現実の 雇用量が利潤最大化条件の水準より低くなっていた可能性もある.したがって,

経済成長率と雇用量の関係は単純ではないが,いずれにせよ,経済全体として の成長率(GR)も企業の雇用量に影響を与えると予想される.

以上のような仮説のもとで,線形の関数を仮定すれば,

Njt=β0+β1πjt+β2KLjt+β3wjt+β4ijt+β5Qjt+β6GRt (2)

という推定モデルが得られる.ただし,βkk=0,1,...,6)は推定されるべきパラ メータ,また,下付のjj- 企業の変数,tはt- 期の値であることを示す.

分析に用いられるデータは財務データについては,日経NEEDSの財務データ

CD-ROMから得ている4).したがって,分析対象となったサンプル企業は,この

NEEDSのCD-ROMに収録されている製造企業から抽出した.分析対象期間は,

CD-ROM のデータ収録期間の関係から1965 年から1999 年の35 年とする5)

NEEDSの財務データCD-ROMに収録されている製造企業数は分析対象となるほ

とんどすべての年度で1000 社以上あるが6),幾つかの理由で多くの企業をサン プルから排除したため7),サンプル企業数は365 社である.財務データを用い て,以下の変数を得ている:

雇用量=企業の各期の期末従業員数8)

4)ただし,NEEDS の財務データCD-ROM には2 種類ある.この分析では,大型計算機用の磁気テ

ープに収録されていたものをCD-ROM に媒体を変えたものを利用している.

5)分析期間が35 年と長いため,多くの企業は多角化し,他業種に進出している.これに伴って合併

や分離が発生するであろうが,例えば,合併するか,内部成長するかは企業の選択の問題である.

このように,合併や分離は雇用調整の一つの形態と考えるため,他社を合併した企業及び企業内の ある部門を分離した企業はサンプル企業から排除されていない.

6)1965 年は976 社,1966 年は979 社,1968 年は983 社と徐々に増加し,1970 年に1149 社となっ

て以降は1000 社を越えている.

7)分析対象期間中に上場した企業,上場を廃止した企業,決算月を変更した企業をサンプルから排 除すると,447 社が残る.さらに,必要なデータが公表されていない企業を除くと365 社となる.

8)嘱託・受け入れ社員を含むが,臨時工と出向社員は含まれない.ただし,会社の基準により異な る場合もある.

(6)

利潤率=営業利益を総資産で割った値.ただし,分母の総資産から有価証券 保有金額を差し引いている.

資本装備率=消却対象資産合計を期末従業員数で割った値.

賃金率=販売費及び一般管理費明細の人件費・福利厚生費と製造原価明細の 労務費・福利厚生費の合計を期末従業員数で割った値.

利子率=支払い利息・割引料を負債合計で割った値.

生産量=営業利益と人件費・福利厚生費と労務費・福利厚生費の合計9). ただし,資本装備率,賃金率,生産量については,『国民経済計算年報』の国 内総支出デフレータより要素所得の受取デフレータを用いて実質化した.経済 成長率についても,『国民経済計算年報』の実質国民総支出の値より計算した10). ただし,成長率でなく,倍率を用いている.また,賃金率,利子率と生産量に ついては対数を取っている11)

2. 2 予備的分析

時系列分析を行うためにはまず対象データについて,ユニットルート検定と コインテグレーション分析を行う必要があるが,その前に前節で選定した変数 に説明力があるかどうかを調べてみる.そのためにサンプル企業の365 社につ いて,(2)式を最小自乗法で推定してみた12).当然,推定結果は膨大な量とな るので,推定係数と t - 値の平均値,10%水準で統計的に有意となった回数,

9)付加価値には役員報酬も含められるべきであるが,財務データとして役員報酬を公表していない 企業が多く,その比率も極めて低い.例えば,役員報酬を公表していない企業の役員報酬をゼロと 置いた場合の1999 年の役員報酬総額の営業利益と人件費・福利厚生費と労務費・福利厚生費の合計 に対する比率は0.1%である.

10)古いデータが存在しないため,93 年版SNA の新基準のデータを利用することはできない.

11)その他の説明変数や被説明変数についても対数を取ったケースも試してみたが,推定結果は改善 しなかった.また,生産量は付加価値であるため,マイナスのケースがあった.そこで,すべての ケースで生産量がプラスになるように,一定の値を生産量のすべてのデータに加算してから対数を とった.

12)成長率を計算する必要があったため,推定の対象期間は1966 年から1999 年の34 年である.こ

れは以下で行われるユニットルート検定,コインテグレーション検定,あるいは長期均衡関係の推 定でも同様である.

(7)

推定係数がプラスとなった回数が第 1 表に示されている13).これから明らかな ように,利潤率,賃金率,生産量はほとんどすべてのケース,資本装備率と利 子率はほぼ半分のケースで統計的に有意である.経済成長率については,約1/4 のケースでしか統計的に有意でない.また,自由度修正済み決定係数の平均値

は0.90 で,説明変数全体として,高い説明力があると判断できる.

次に,推定係数の符号を見ると,利潤率と賃金率はほとんどのケースでマイ ナス,生産量は一つのケースを除いてプラスとなっている.賃金率のマイナス と生産量のプラスは予想通りである.利潤率のマイナスは,この変数が日本企 業の利潤最大化行動からの乖離の程度を示す変数となっていることを表すと思 われる.利子率は約2/3 のケースでプラスとなり,資本装備率も約2/3 のケー スでマイナスとなったが,これらの符号も予想と一致する.

第 1 表 365社の最小自乗法による推定結果

切片  利潤率  資本装備率  賃金率  利子率  生産量  経済成長率 

−40.69

−0.17

−3.10

−2.70 0.06 5.86

−0.65

10.58 8.01 1.92 9.84 1.78 11.41 1.17

350 353 167 340 156 356 87

2 2 110 8 222 364 180 変数名  係 数  t -値 有意数  プラス数 

係数と t -値は 365 社の平均値.また,有意数は 365 社のうち 10%水準で  統計的に有意になった回数で,プラス数は係数がプラスになった回数.

13)t -値については絶対値の平均をとっている.

(8)

2. 3 ユニットルート分析

サンプル企業365 社について,被説明変数を含めた財務データ6 変数につい てデータそのままの値(標準値)と一階の階差を取った値(階差値)について augmented Weighted Symmetric Tau検定,augmented Dickey-Fuller検定及びPhillips-

Perron 検定を行った.計算結果は膨大な量であるため,詳細な検定結果をすべ

て示すことはできないが,この検定で,上記の検定のいずれかで10%水準で条 件を満たす企業数が第 2  表に示されている.この表から明らかなように,ほ とんどの企業について,すべての財務データ変数がI(1)変数となっている.

一 方 , 経 済 成 長 率 はユニットルート検 定 の p - 値 は,augmented Weighted Symmetric Tau検定で0.26,augmented Dickey-Fuller検定では0.12,Phillips-Perron

検定では0.06,一階階差はそれぞれ0.05,0.35,0.02 となった.この変数もI(1)

変数と判断して問題ないと思われる.経済成長率も含めた場合には,348 企業 のケースですべての変数の標準値がユニットルートを持ち,これらのうち220 企 業で,変数の階差がユニットルートを持った.したがって,すべての変数がI(1)

変数となる企業は220 社となった.

2. 4. 長期均衡と誤差修正モデルの推定

すべての変数が I(1)変数となったケースについて,ヨハンセンのコインテ

第 2 表 変数がユニットルートを持つ企業の数 

雇用量  利潤率  資本装備率  賃金率  利子率  生産量 

364 354 365 365 362 363

271 331 325 340 324 331 変 数  標準値  階差値 

(9)

グレーション検定を行った.その結果,10%水準でコインテグレートされると いう結果になったのは74 社であった14).そこで,これらの74 社について,長 期均衡と思われる(2)式を推定した.推定係数など推定結果は量が多いため,

推定係数とt - 値の平均値,及び統計的に有意になった回数とプラスになった回 数が第 3  表に示されている.この表より,第1 表の結果と同じような結果と なっていることが確認できる.すなわち,利潤率と賃金率はマイナスで,生産 量はプラスでほとんどのケースで統計的に有意となっている.資本装備率,利 子率,経済成長率は1/3 から1/4 程度しか統計的に有意でないが,雇用量との 関係は利子率はプラス,資本装備率と経済成長率はマイナスが多くなっている.

これらの符号は予想とほぼ一致している.また,自由度修正済み決定係数は,

0.9 以上が50 社,0.7 未満が5 社,平均値が0.90 であった.したがって,この

雇用量推定モデルには高い説明力があると思われる.

次いで,雇用量の長期均衡への調整プロセスを示す誤差修正モデルを推定す

第 3 表 コインテグレートされるケースの推定結果 

切片  利潤率  資本装備率  賃金率  利子率  生産量  経済成長率 

−33.18

−0.12

−1.87

−2.12 0.10 5.09

−0.88

10.20 7.69 1.64 10.16 1.78 10.90 1.14

72 73 28 74 31 73 19

0 0 19 0 46 74 36 変数名  係 数  t -値 有意数  プラス数 

係数と t -値はコインテグレートされた 74 社の平均値.また,有意数は 74 社  のうち 10%水準で統計的に有意になった回数で,プラス数は係数がプラスに  なった回数.

14)74 件のうち65 は,コインテグレーションがユニークという結果であった.

(10)

る.雇用量の調整には調整費用が必要であるから,多くのケースで長期均衡へ の調整は時間が掛かると思われる.第3 表の推定結果の残差項の一期前の値を 説明変数として用い,その係数である調整速度を推定するのである.誤差修正 モデルでは,説明変数に様々なラグを取って,最もよいラグの組み合わせを探 す必要がある.そこでいろいろな組み合わせで推定した結果,すべての説明変 数についてラグなしのみのケースが最も良い結果であった15).今回も,推定係 数など推定結果の量が多いため,推定係数とt - 値の平均値,及び統計的に有 意になった回数とプラスになった回数が第 4 表に示されている16).自由度修正 済み決定係数の平均値は0.70 であったが,0.6 以下のケースが10 社あった.こ の推定結果にも,これまでの推定結果と同じような傾向が見られる.

第 4 表 誤差修正モデルの推定結果 

切片  利潤率  資本装備率  賃金率  利子率  生産量  成長率  残差項 

−0.01

−0.10

−1.56

−1.60 0.00 4.19

−0.96

−0.48

0.94 6.47 1.09 5.67 1.09 7.51 1.30 2.88

12 70 14 68 13 72 19 66

33 1 16 1 47 74 21 0 変数名  係 数  t -値 有意数  プラス数 

15)残差項が1 期遅れであるため,誤差修正モデルの分析期間は1967 年から可能であるが,次章で

の雇用調整速度の推定結果が大幅に改善されるため,1968 年から1999 年としている.また,説明 変数と被説明変数が同期の値であるため同時性の問題が生じていて,推定係数に偏りが存在する可 能性がある.したがって,ハウスマン検定などをおこなうべきであるが,推定式が74 と多いので作 業量も膨大になるため,今回は省略することにした.

16)周知のように,残差項の係数にはt -検定は適用できないが,t -値に該当する値(の絶対値)が3

以上であれば問題ないとされている.しかし,ここでは通常のt -検定のように扱っている.これは 次章で行う雇用調整速度の推定でのサンプル数をある程度確保するためである.ちなみに,t -値に 該当する値(の絶対値)3 以上の条件にするとサンプル数は31 となる.

(11)

調整速度の平均値は0.48 であるが,74 サンプルのうち統計的に有意であっ

たのは66 であった17).統計的に有意になったケースにかぎって見れば,平均値

は0.51 で,最小値は0.21 であった.調整速度が1 を越えたケースが1 回あっ

たが,その値が1.04 であるため,問題はないと思われる.詳しい分布は第 5 表に示されている.ほとんどの企業の調整速度は,0.3 から0.6 の間にある18). したがって,多くの企業は最適雇用量と現実雇用量の乖離の1/3 から半分程度 を毎期埋めていたことになる.調整速度が0.95 以上の企業が2 社あったが,こ れらの企業の場合には,雇用量の調整は短期(各年度内)でほぼ完了していたと 思われる.

3

調整速度の分析

3. 1 雇用調整速度に関する仮説とデータ

この章では,前章で得られた雇用量の調整速度を被説明変数として分析を行 第 5 表 雇用調整速度の分布 

0.2−0.3 0.3−0.4 0.4−0.5 0.5−0.6 0.6−0.7 0.7−0.8 0.8−0.9 0.9−

5 14 23 7 7 4 3 3 雇用調整速度  件 数 

17)雇用調整速度は,増加時と減少時で異なるのが普通であるから,これらの推定値はその平均と考 えられる.

18)66 社中の47 社がこの範囲にある.

(12)

い,企業の雇用調整速度の決定に影響を与えている要因を明らかにする19).被 説明変数となるのは,雇用量の調整速度の推定値である.説明変数としては以 下のような要因を採用する:

負債比率

負債比率あるいは借入比率が高い企業は,利息支払いのような固定費用 の比率が高くなる.その結果,操業度の変化による平均費用の変動も大き くなるため,需要が変動しても雇用量の変動は遅れる可能性があるが,一 方,不況期には,負債比率あるいは借入比率が高い企業は,資金の借入先 からの返済圧力があるためリストラという形の雇用調整が行われやすいと 思われる.したがって,不況期には負債比率と雇用調整速度の関係はプラ スにもマイナスにもなると予想される.推定に用いるデータとしては,企 業の財務データの負債合計を総資産で割った値か,短期借入金と長期借入 金の合計を総資産で割った値を用いる.

成長率20)

企業の成長率が高いほど,企業の最適労働量と現実労働量の差も大きく なる.例えば,売上高が2 倍になると予想する企業は労働量もそれに対応 して増加したいと望むであろう.労働量を効率的に増加する能力には限界 があるから,最適労働量と現実労働量の乖離が大きくなるほど,その乖離 を埋める比率が低くなると思われる.したがって,この仮説では,企業成 長率と雇用調整速度の間にはマイナスの関係が存在することになる.

利潤変化率や総資産変化率も雇用調整速度に影響を与えると思われる.

例えば,利潤増加率が低い企業は,危機的状況にあるから雇用調整を早め るであろう.また,労働を資本で代替するために資産を増加させている企 業の場合には,雇用調整速度は大きくなるかもしれない.これらの変化率

19)ただし,雇用調整速度の推定値が通常のt 検定で,統計的に有意にならなかったケースはサンプ

ルから排除した.したがって,サンプル数は66 である.

20)前章ではマクロの経済成長率を説明変数としたが,今回はクロスセクション分析であるため,説 明変数とはできない.

(13)

に関するデータはすべて財務データから入手して計算する.

広告支出

多く広告される製品は消費財であるし,消費財は中間財や投資財ほど需 要の変動が大きくないため,最適雇用量と現実の雇用量の乖離は相対的に 小さい水準であると予想される.成長率に関する仮説の説明でも述べたが,

最適労働量と現実労働量の乖離が小さいほど,乖離を埋める比率が高くな ると思われる.したがって,この仮説では,広告支出と雇用調整速度の間 にはプラスの関係が予想される.一方,販売相手が企業である中間財や投 資財に比べれば,販売相手が消費者である消費財は営業活動のウエイトが 大きいが21),営業活動にかかわる人員の調整は売上高の変化に応じて迅速 に実施されることはないと思われる.例えば,売上高が減少している状況 で営業スタッフを縮小すれば,ますます売上高が減少すると思われるし,

売上高が高い成長率で増加している状況では営業スタッフを急増する必要 もない.したがって,この仮説では,広告支出と雇用調整速度の間にはマ イナスの関係が予想される.データは財務データより取得する.

持株比率

株を保有している主体が異なれば,企業の行動パターンも異なる可能性 がある.典型的な株主として,政府,金融機関,外国法人,個人,及び少 数特定者が考えられる.そこでこれらの発行済株式数あるいは授権株式数 に対する比率を説明変数とする22).これらの比率の1980 年から1999 年の 間の平均に関するデータが第 6 表に示されている23).この表から明らかな

21)分析に使われたサンプル企業を対象に,販売管理部門の人件費を製造費用における人件費で割っ た値を被説明変数とし,広告支出を説明変数とし,両変数とも対数をとって最小自乗法で推定する と推定係数は0.14 で,t -値が3.41 となって1 %水準で統計的に有意である.

22)理論的には分母には発行済株式数を用いるのがより望ましいと思われるが,発行済株式数を用い ても授権株式数を用いても,数値に大きな差はない.例えば相関係数を見ると政府持株比率で0.97,

金融機関で0.90,外国法人で0.98である.そこで,推定ではよりよい結果をもたらす方を選ぶこと にする.

23)1970 年代の中ごろまでは,株主に関するデータを公表していない企業が多いので,分析は1980

年からとしている.

(14)

ように,政府の持株比率が極めて低いが24),金融機関,外国法人,個人は 平均すればほぼ同じ水準にある.

株主のタイプが雇用調整速度に与える影響はいろいろ考えられる.政府 が株主の比率が高い場合には,親方日の丸的になって雇用調整速度が遅く なるであろうが,反対に,政府が株を保有している民間企業に対して厳し い態度を取った場合には雇用調整速度が高くなる可能性もある.金融機関 株主比率が高い場合も同様で,金融機関の企業に対する姿勢しだいで,雇 用調整は早くも遅くもなる.例えば,金融機関の系列企業で保護下にあれ ば企業の雇用調整は遅れるかもしれないが,一方,金融機関自体に余裕が なくなれば,企業に短期間に利潤を得るように迫るかもしれない25).外国 法人株主は,企業が利潤最大化することを期待するのが普通であるから雇 用調整速度は高くなると思われるが,個人株主は,企業の経営に相対的に 無関心なケースが多いから雇用調整速度は遅くなると思われる.少数特定 者が保有する株の比率が高い場合には,やはり,少数特定者の企業に対す る姿勢によって雇用調整速度が早くも遅くもなる.

24)雇用調整速度モデルの推定では,係数のけたをそろえるため,政府持株比率については100 倍し

た値を用いている.

25)日本のメインバンク制が企業の雇用行動に与える影響については,例えば,青木(1996),富山

(2001)を参照.

 

第 6 表 株主比率に関するデータ 

政府  金融機関  外国法人  個人  少数特定者 

0.002 13.862 12.197 14.310 1.614

0.00 1.69 4.82 0.00 0.02

0.02 33.50 53.85 33.60 7.70

56 68 68 68 65 株主タイプ  平均値(%)  最小値(%)  最大値(%)  企業数 

雇用調整速度モデルの推定に用いられた 68 社に関するデータ

(15)

変動率(標準偏差)

雇用量,生産量,利潤率,賃金率については,これらの変数とその毎年 の変化分のばらつき(変動)の大きさが雇用調整速度に影響を与える可能性 がある.雇用量あるいは生産量の変動が大きい企業とは,急激に成長して いるか衰退しているか,もしくは,需要・供給条件の変動が大きい産業に 所属する企業であろうが,例えば,成長している企業の場合には必要な労 働者を迅速に確保できないため雇用調整速度は低くなる可能性がある.た だし,雇用量の場合には,雇用調整速度が大きいために雇用量変動が大き いという反対の因果関係の可能性もあるが,この場合にはプラスの関係と なる.一方,需要条件が常に変化し毎年の雇用量や生産量の変化分の変動 が大きい産業のような場合には,企業はそのような状況に適応していて雇 用調整速度は大きくなっているかもしれない.

利潤率の変動および毎年の利潤率変化の変動が大きい企業は,リスクの 高い環境に存在することを意味するから,企業のいろいろな調整行動は迅 速になると思われる.したがって,利潤率の変動および毎年の利潤率変化 の変動と雇用調整速度の間にはプラスの関係が予想される.

賃金率の変動および毎年の賃金率変化の変動が大きいことが,需給に応 じて敏感に調整している労働市場を反映している場合には,企業の雇用調 整速度にも影響を与える.例えば,企業の売上高が減少して労働力が余っ た状況になると労働市場で調整して賃金率を大きく低下させれば,企業は 雇用調整速度を低くすると思われる.この場合には賃金率の変動および毎 年の賃金率変化の変動と雇用調整速度の間にはマイナスの関係が予想され る.同様にして例えば,一時のコンピュータ産業のように新しいタイプの 労働力が必要な場合に,労働市場が敏感であれば賃金率がどんどん高くな って,雇用調整速度は低下することになる.一方,労働者の人的資源の増 加を反映して,賃金率の変動および毎年の賃金率変化の変動が大きくなっ ている場合には,企業は積極的に労働力を補強しようとするであろうから

(16)

雇用調整速度を高めることになる.変動率は,各データの1968 年から

1999 年の期間の標準偏差で表す26)

その他の要因

試験的研究では以上の他にもいろいろな説明変数を試みた.例えば,企 業の規模の大きさは,様々な企業行動に影響を与えると考えられる.規模 が大きいことがX - 非効率を招く場合には,企業規模は雇用調整速度を低 めるであろう.一方,経済全体として労働不足の状況では,規模が大きい 企業は,必要な雇用量を迅速に獲得できる可能性もあり,この場合には企 業規模と雇用量の調整速度の間には,プラスの関係が現れる.データは各 企業の財務データの総資産額を使用した.また、普通に考えれば,賃金率 が高い企業では,雇用調整が費用に与える影響が大きいから雇用調整速度 が高くなる.一方,高い賃金率が労働者の高い技術力や能力を反映してい るケースでは,調整速度が遅くなる可能性もある.高い賃金率を支払って いる企業が優れた労働者を必要としている場合には,企業は,優れた労働 者を,簡単に発見することも採用することもできないため,労働者を増加 するにも時間がかかる.また,長期的な視野に立っていれば,一度採用し た労働者を簡単に首にすることもできない.日本の終身雇用制度は,優れ た労働者を長期的に確保することが目的とされていたから,高い賃金率は,

雇用調整速度を低くすることになる.データは,販売費及び一般管理費明 細の人件費・福利厚生費と製造原価明細の労務費・福利厚生費の合計を期末 従業員数で割った値を使用した.次に,2. 1 でも説明したが,利潤率と雇 用調整の関係にも相反する可能性がある.すなわち,終身雇用制度のよう な日本企業独特の行動は利潤最大化条件からの乖離を招くため,企業が日 本独特の雇用制度に忠実であればあるほど,利潤率は低くなり,雇用調整 速度も低くなる.一方,独占企業のX - 非効率は反対の関係を予想させ

26)試験的分析では,標準偏差だけでなく分散や変動係数も用いてみたが,推定結果は標準偏差に比 較して統計的に有意になる回数が少なかった.

(17)

る:市場支配力が強く独占利潤が大きいほど,雇用調整速度も遅くなると 予想される.したがって,前者は,利潤率と雇用量の間にプラスの関係を,

後者はマイナスの関係を予想させることになる.データは営業利益を総資 産で割った値を使用した.さらに,企業が所属する産業での企業の立場も 企業行動と関連している可能性がある27).経営能力が高く,効率的な企業 ほど所属する産業で上位の位置にいるであろうし,同時に雇用調整速度も 高いかもしれない.このようなケースでは,産業で企業の位置と雇用調整 速度の間にはプラスの関係が存在することになる.企業が所属する産業で の企業の位置を示す変数としてマーケットシェアや規模別順位を用いた28). その他にも,販売費及び一般管理費明細の人件費・福利厚生費に対する製 造原価明細の労務費・福利厚生費の比率も試験的分析では説明変数として いた.これは,企業における人的資源の重要性を示す比率あるいはX - 非 効率の大きさを示す比率と考えられ,企業の雇用調整行動に影響を与える はずである.人的資源比率仮説であってもX - 非効率仮説であっても,こ の比率が大きい企業は雇用調整速度が低くなると予想された29).しかし,

ここで述べた説明変数は試験的研究の結果,いずれも統計的に有意になら なかった30)

被説明変数が1968 年から1999 年の32 年の間の雇用調整速度であるか ら,この期間のすべての説明変数データが影響を与えている可能性がある.

一方,ある時期には与えているが,ほかの時期には与えていなかった可能

27)集中度のような産業全体としての属性も企業行動に影響を与える可能性もある.例えば,集中度 の高い産業では企業が協調的行動を取って高い利潤率を享受している可能性があり,このような行 動は企業行動に影響を与える.したがって,集中度のような変数を説明変数にすることも考えられ る.しかし,既に利潤率が説明変数とされているため,集中度を説明変数にすると重複することに なる.

28)データは財務データCD-ROM より作成した.

29)データは財務データを用いた.

30)その他,ここでは詳しい分析は行わないが,負債比率と借入比率,研究開発支出,利子率,資本 装備率についても試験的分析では説明変数とした.しかし,これらの説明変数はすべて統計的に有 意にならなかった.

(18)

性もある.例えば,第 7 表には日本経済の1960 年代31),1970 年代,1980 年代,1990 年代について幾つかの指標が示されている.この表からも明ら かなように,日本経済は過去30 年間の間に,経済成長率も物価上昇率も 利潤率も低下したが,資本装備率と失業率と賃金率は上昇している.1970 年代は.石油ショックはあったものの,高度成長期の影響が残っていて日 本経済はまだ好調な時代であった.1980 年代は,後半はバブルが発生し資 産価格が急騰する異常な経済状況になった時代である.一方,1990 年代は 日本経済は長い平成不況から抜け出られない状況であった.

以上のようにそれぞれの年代で日本経済は特徴ある状況を経験している.そ こで,すべての説明変数について,35 年の平均値と1965 年から1969 年,1970 年代,1980 年代,1990 年代の平均値を計算して,説明変数として用いること

データ:経済成長率は,『国民経済計算年報』の実質国民総支出より計算.物価上昇率 は,『国民経済計算年報』の国民総支出デフレータより計算.資本装備率は,『法人企 業統計季報』の全産業の資産合計を従業員数で割った値を,さらに,『国民経済計算年 報』の国内総資本形成デフレータで実質化.営業利潤率は,『法人企業統計季報』の全 産業の営業利益を資産合計で割った値.完全失業率は,『労働力調査報告』より収集.

賃金率は,『毎月勤労統計』の30人以上企業の調査産業計(除サ)の現金給与額を総実 労働時間で割った値.

経済成長率(%) 

物価上昇率(%) 

資本装備率(円/人) 

営業利潤率(%) 

完全失業率(%) 

賃金率(円/時間) 

10.17 5.41 1.65 6.64 1.22 261

5.21 8.10 2.53 5.68 1.66 889

3.78 2.24 3.11 4.96 2.51 1725

1.67 0.53 4.12 3.23 3.06 2435 データ名  1960年代 1970年代 1980年代 1990年代

第 7 表 日本経済の1970年代,1980年代,1990年代の特徴

31)1960 年代は1965 年から1969 年のデータである.

(19)

にする.ただし,株主に関するデータは,1970 年代中ごろまで公表していなか った企業が多いので,1980 年から1999 年の平均値のみを用いる32).持株比率 5 個と変動率8 個を除いた説明変数が5 個あるから,結局,説明変数はその5

倍の25 個でかなり多くなるが,サンプル数が66 であるため問題ではない33)

3. 2 推定結果

通常の最小自乗法で推定した結果が第 8  表に示されている34).ただし,こ れは,説明変数の様々な組み合わせを試みた結果得られた最も良い推定結果で ある.さまざまな説明変数のうち10%水準で統計的に有意になった17 個が残 され,その他は排除されている.説明変数の後ろの括弧で70 とあるのは1970 年代の値,80 とあるのは1980 年代の値,90 とあるのは1990 年代の値である ことを示し,何もないのは全分析期間の値であることを示す.したがって,全 分析期間の説明変数は0 個,60 年代の説明変数が1 個,70 年代の説明変数が 3 個,80 年代の説明変数が3 個,90 年代の説明変数が2 個,株主比率に関す る説明変数1 個,標準偏差に関する説明変数7 個が統計的に有意となっている.

第 9  表に示されているように,決定係数は0.70,自由度修正済み決定係数は

0.60 で,高次自己相関テストのLM 検定も,ミススペシフィケーションテスト

のRESET2 検定も,誤差項正規性テストのJB 検定も問題がない35).したがって,

第8 表の推定結果について分析することができると思われる.

負債比率あるいは借入比率は,すべての年代で統計的に有意になっている.

3. 1 で述べたように,不況期には,負債比率が高い企業は,資金借入先からの 返済圧力で雇用調整速度が高くなるからプラスの関係が現れやすいが,一般的

32)株主タイプについても80 年代と90 年代に分けたケースも推定したが,推定結果は改善されなか

った.

33)負債比率と借入比率は,どちらかを代替的に用いて,推定結果が良い方を選択している.

34)推定係数の大きさがある程度そろうように説明変数の桁が調整されている.

35)LM 検定は高次自己相関のテスト.RESET 2 検定はミススペシフィケーションテスト.JB 検定は 誤差項の正規性をテストしている.

(20)

には高い負債比率は固定費用比を高めて雇用調整速度を低めると思われる.符

号は60 年代から90 年代にマイナス,プラス,マイナス,プラスと変化してお

り,60 年代は高度成長期,80 年代はバブル期の影響で経済状況が相対的に良 い状態であり,70 年代は石油ショック,90 年代は平成不況期であることを考 慮すれば,納得できる結果である.

切片

借入比率(60)

負債比率(70)

広告(70)

売上変化率(70)

負債比率(80)

広告(80)

利潤変化率(80)

負債比率(90)

資産変化率(90)

少数特定持株比率 変動率(標準偏差)

雇用量 生産量 賃金率 雇用量変化 利潤率変化 生産量変化 賃金率変化

33.36

−11.06 13.66 20.97 0.75

−7.38

−8.18

−0.65 5.73 3.73

−0.16

−0.37

−3.09 1.62 1.44 3.18 2.23

−5.42

(10.75)

(−3.31)

(2.56)

(2.29)

(1.75)

(−1.88)

(−2.12)

(−2.57)

(2.23)

(3.40)

(−3.33)

(−3.12)

(−3.81)

(4.46)

(3.60)

(2.52)

(2.29)

(−5.33)

変数名  推定係数  t - 値   第 8 表 雇用調整速度の推定 

(21)

成長率については,70 年代は売上高変化率がマイナス,80 年代は利潤変化 率がプラス,90 年代は資産がマイナスで統計的に有意である.70 年代には,こ

れも3. 1 で説明されたように売上成長率が高い企業ほど最適労働量と現実労働

量の乖離が大きくなり,その乖離を埋める比率が低くなって売上成長率と雇用 調整速度の間にはマイナスの関係が生じたと思われる.80 年代には利潤増加率 が低い企業が雇用調整を早める傾向が出て,利潤変化率と雇用調整速度にマイ ナスの関係が生じたと思われる.また,90 年代には,資本増加率が高い企業あ るいは資本減少率が小さい企業ほど資本への代替が進められ,雇用調整速度が 高くなったと思われる.

広告は70 年代と80 年代に統計的に有意であるが,符号は70 年代はプラス

で,80 年代はマイナスである.3. 1 で述べられたように,経済が安定している 状況では,多く広告されている産業で最適労働量と現実労働量の乖離が小さい ため,その乖離を埋める比率が高くなって広告支出と雇用調整速度の間にはプ ラスの関係が生じたが,バブル期の需要急増時には営業スタッフの増加が遅れ てマイナスの関係が生じたと思われる.

負債比率や広告の推定結果より明らかなように,時代が異なり,経済環境が 異なれば,雇用調整速度に影響を与える要因も異なってくるし,同じ要因であ っても反対の方向に影響を与える.したがって,雇用調整速度を決定する要因 やそのメカニズムを一般的に論じることはできないと思われる.

第 9 表 雇用調整速度推定に関する統計量 

R2 R2 LM 検定 RESET2 検定 JB 検定

0.70 0.60 2.28 0.40 1.09

(0.13)

(0.53)

(0.58)

− 

統 計 量  p - 値

(22)

株主タイプでは,少数特定株主だけが統計的に有意となった.政府,金融機 関,外国法人,個人の持株比率はすべて雇用調整速度には影響を与えていない ようである.少数の会社役員の持株率が高い企業では雇用調整速度が低くなる と言う結果である.日本では,創業者のような影響力のある経営者は,従業員 に対して家族的な優しさがあるという考え方を裏づけているのかもしれない.

標準偏差で示される変動率については,雇用量と生産量がマイナスで統計的 に有意であった.したがって,成長しているか衰退して雇用量と生産量の変動 が大きかった企業では労働者の調整が遅れて雇用調整速度は低くなった可能性 がある.ところが,変化分については雇用量変化も生産量変化もプラスで統計 的に有意である.これは3. 1 で述べたように,需要条件が頻繁に変化する産業 では,企業はそのような状況に適応して雇用調整速度は大きくなっていたと理 解できる.

賃金率の変動率はプラスで統計的に有意となっている.これは賃金率が人的 資源の増加を反映していたため,賃金率の変動率が大きい企業ほど積極的に労 働力を補強したことを反映していると思われる.対照的に,賃金率変化の変動 率はマイナスで統計的に有意となった.これは,需給を反映した賃金率変化の 変動が大きかった企業が雇用調整速度を低くした結果であろう.例えば,3. 1 で説明したように,成長産業の労働市場で賃金率が高くなれば,雇用調整速度 は低下するからである.

利潤率は変化分がプラスで統計的に有意となっている.利潤率変動が激しい 環境にある企業が迅速に雇用調整を行ったことを示していると思われる.

4

お わ り に

この論文では,日本の製造企業を対象に,雇用調整行動を財務データを用い て分析した.まず,1965 年から1999 年の35 年間の整合的な財務データが入 手可能な企業として365 社を選定し,ユニットルートを持つかどうか,及びコ インテグレートされるかどうかを調べ,これらをクリアした74 企業について,

(23)

均衡雇用モデルと誤差修正モデルを推定した.次に,誤差修正モデルの推定結 果から得られた雇用調整速度を被説明変数としてクロスセクション分析を行い,

企業の雇用調整速度に影響を与えてきた要因を明らかにした.これらの分析よ り以下のような結果が得られた:

(1)企業の雇用量の長期均衡に影響を与える重要な要因は,利潤率,賃金率,

生産水準で,これらはほとんどすべての企業で統計的に有意になった.その 他に資本装備率,利子率,経済成長率も3 社か4 社に1 社の割合で統計的に 有意となった.また,これらの6 変数で,自由度修正済み決定係数の平均は 0.93 とかなり高い値となった.

(2)誤差修正モデルの推定結果も長期均衡モデルの推定結果とほぼ同じ傾向で,

利潤率,賃金率,生産水準はほとんどのケースで統計的に有意で,資本装備 率,利子率,経済成長率は3 社に1 社の割合で統計的に有意となった.ただ し,自由度修正済み決定係数の平均値は0.73 に低下した.

(3)雇用調整速度の推定値は74 社のうち66 社で通常のt - 検定では統計的に 有意となり,その平均値は0.51 であった.そのうち47 社は0.3 から0.6 の間 にあったことから,多くの企業は最適雇用量と現実雇用量の乖離の1/3 から 半分程度を毎期埋めていたことになる.ただし,2 社については調整速度が

0.95 以上で,この場合にはほとんどすべてが年度内に調整されていたことに

なる.

(4)雇用調整速度の推定モデルでは,17 個の説明変数が統計的に有意になっ た.特に負債比率がすべての年代で雇用調整速度に影響を与えていることが 明らかになった.また,株主タイプについては,金融機関,外国法人などの 持株比率は影響を与えていなかったが,少数特定株主の存在は雇用調整速度 を遅くする効果があった.

(24)

【参考文献】

阿部正浩,(1999)「企業ガバナンスと雇用削減意思決定−企業財務データを利用した 実証分析」,中村二朗・中村恵編『日本経済の構造調整と労働市場』日本評論社,

pp. 75-102.

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井出多加子,(1993)「ECMによる産業別雇用調整関数の計測:マクロ経済へのイン プリケーション」『日本経済研究』第24巻,pp. 1-22.

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駿河輝和,(1997)「 日本企業の雇用調整−企業利益と解雇」, 中馬宏之・駿河輝和 編『雇用慣行の変化と女性労働』東京大学出版会,日本評論社,pp. 15-46.

小牧義弘,(1998)「 わが国企業の雇用調整行動における不連続性について」『 日本 銀行調査月報』11月号,pp. 45-74.

富山雅代,(2001)「メインバンク制と企業の雇用調整」『日本労働研究雑誌』第488号,

pp. 40-51.

松浦克己,(2001)「雇用削減と減配・無配の関係−企業利潤,企業財務,コーポレー ト・ガバナンスからの視点−」『ファイナンシャル・レビュー』第60号,pp. 106-138.

村松久良光,(1981)「雇用調整の決定要因−製造業における日米の比較−」『日本労 働協会雑誌』第23巻第1号,pp. 14-25.

村松久良光,(1995)「日本の雇用調整――これまでの研究から」,猪木武徳・樋口美 雄編『シリーズ・現代経済研究9 :日本の雇用システムと労働市場』日本経済新 聞社.

八代尚宏,(1997)『日本的雇用慣行の経済学』日本経済新聞社.

参照

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