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表紙、献詞、目次、彙報、編集後記、投稿規程、奥 付

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(1)

表紙、献詞、目次、彙報、編集後記、投稿規程、奥

雑誌名 國文學

巻 96

発行年 2012‑03‑01

URL http://hdl.handle.net/10112/9209

(2)

平成羽年6月必日㈹二年次生文楽鑑賞教室︵於国立文楽劇

場︶

7月認日幽第一回国文学会研究発表会︵後掲︶

n月B日附〜辿日燭三年次生宿泊セミナー︵於飛

烏文化研究所︶

廻月4日⑧第一回プレ・スチューデント・プログ

ラム

平成堅年1月皿日山第二回プレ・スチューデント・プログ

ーフム

ー月幻日山第二回国文学会研究発表会︵後掲︶

3月n日⑯第三回プレ・スチューデント・プログ

ラム 関西大学国文学会棄報 二︑関西大学国文学会研究発表会

◇第二回国文学会研究発表会

日時平成二十四年一月二十一日山午後二時三十分より

会場第一学舎A六○二教室

研究発表 ◇第一回国文学会研究発表会

日時平成二十三年七月一一十三日⑯午後二時三十分より

会場第一学舎A六○二教室

研究発表

弓狭衣物語﹂の絵日記﹂

本学大学院修士課程前期課程鈴木遥介

弓源氏物語﹂の﹁みやぴ﹂﹂

本学大学院博士課程後期課程鳥山紫織

弓大和物語﹂の視点l女からの和歌を通して﹂

本学大学院博士課程後期課程野村未津帆講演

﹁日本語諸方言の中の関西方言の位置づけ﹂

本学教授日高水穂

Eu

一 一 ●

一言

一︑平成羽年度関西大学国語国文学専修年間行事︵一部予定︶

(3)

鈴木遥介 三︑関西大学国文学会研究発表会発表要旨

◇第一回国文学会研究発表会

研究発表

念︒狭衣物語﹂の絵日記﹂ ﹁津村節子﹁流星雨﹂論﹂

本学大学院博士課程後期課程岩田陽子

﹁仮名遺から見た近世初期俳諾集﹂

本学大学院博士課程後期課程田中巳柴子

講演︵最終講義︶

﹁葉山嘉樹の文学的転向﹂本学教授浦西和彦

︿要旨﹀

﹁狭衣物語﹂の絵日記は飛鳥井女君によって番かれたもので︑

彼女の死後︑狭衣の手に渡る︒しかしその絵日記は誰に向けて

書かれたものであるかがはっきりしない︒たとえば﹁字津保物

語﹂には俊蔭の書いた日記が︑﹁源氏物語﹂には光源氏が書いた

絵日記がそれぞれ登場し︑いずれも誰に向けて書かれた日記で ︿要旨﹀

中古には抽象的概念を表す多くの美的語蕊があり︑これらの

語は微妙な意味の差によって使い分けられている︒現代の我々

にとって︑これら美的語蕊の具体的な意味は分かりにくい︒本

発表では︑そのような語の一つである﹁みやぴ﹂﹁みやびか﹂に

ついて考察した︒ あるかが明記されているが︑飛鳥井女君の絵日記は誰に向けて書かれたものであるかが明記されていない︒﹁狭衣物語﹂はお互いの言葉や想いが通じ合わないという特徴を有し︑それゆえ独詠歌や独白の数が他の物語と比べて多い︒おそらく当時の日記は︑俊陰や光源氏が書いたような日記が一般的であり︑女君の絵日記のような読者を想定しない日記は︑現実にはほとんど存在しなかったのではないか︒女君の絵日記は︑お互いの言葉が相手に通じ合わないという﹁狭衣物語﹂の世界を作り出すための現実にはほとんど存在しなかった日記ではないかと考えられる︒

今﹁﹁源氏物語﹂の﹁みやび﹂﹂︵本号に論文掲載︶

鳥山紫織

(4)

︿要旨﹀中古の文学作品世界において︑女性から男性に贈る歌は特別

なもので︑そこには﹁女の特別な感情︑意志︑要求が働き︑女

の︑男との関係への危機感が暗示される﹂︵﹁王朝女流日記論考﹂

鈴木一雄至文堂︶と︑これまで指摘されてきた︒また﹁女歌﹂

というものは︑﹁男が懸想の内容で詠みかける歌に対して︑女が

反発︑切り返しの発想で詠み返すもの﹂であると整理されてき

た︒それは﹁たとえ女性から詠みかけた歌であっても︑その発

想の根源に否定的な契機がはらまれていて︑そこには相手を言

い負かそうとする反発︑切り返しの発想があ﹂り︑それは﹁女

歌特有の発想である﹂︵以上引用部﹁古代和歌史論﹂鈴木日出男

東京大学出版︶という︒しかし︑﹁大和物語﹂には︑この恋の贈

答歌の例に当てはまらない︑女性から男性へ歌を贈る場面を描

いた章段が数多く見える︒この従来の﹁女歌﹂とは異なる︑﹁大

和物語﹂の女からの和歌の在り方を整理し︑それを通じて﹁大

和物語﹂に描かれる女性像︑その性格について考察した︒ や﹁﹁大和物語﹂の視点l女からの和歌を通して﹂

野村未津帆

pu 二言

考察方法としては︑まず併用語句からこれらの語の意を検討

した︒語というのは併用語句と同義ではないが︑それらの語句

と相通ずるところがあると考えられるからだ︒それから︑検討

の対象とする語のみを見ていてもその語の特徴は完全に明らか

にならない︒従って︑類義語と比較することによってこれらの

語の特徴をより明らかにするということを試みた︒

なお︑﹁みやび﹂﹁みやびか﹂という語は﹁源氏物語﹂に多く

用いられるため︑これに出てくる用例を中心に考察した︒

以上のような方法をもって考察した結果︑判明したことは次

の通りである︒

一︑﹁源氏物語﹂の﹁みやぴ﹂﹁みやびか﹂は︑全体的に華やか

より落ち着いた静護な面のほうが強い︒それゆえ︑これらの

語の表す様や行為は浮ついたすきずきしさや軽々しさに流れ

にくく︑好色的用法がほとんどない︒

二︑﹁源氏物語﹂以外の中古の作品や訓点資料にも一のような意

はあるのだが︑その一方で好色的用法があり︑明るく華やか

なさまを表す︒

﹁源氏物語﹂の﹁みやび﹂﹁みやぴか﹂は華やかさや好色が極

端に抑えられているという特徴がある︑ということを明らかに

した︒

(5)

︿要旨﹀津村節子の﹁流星雨﹂今世界﹂昭和六十三年六月〜平成元年

十二月︶は︑戊辰戦争を会津藩士の娘あきの視点で描いた歴史

小説である︒﹁流星雨﹂は平成二年度の女流文学賞を受賞した作

品であるが︑その﹁選評﹂では︑主人公が薩摩藩士との結婚を 随一の条件を備えている︒︵2︶西日本方言を﹁分断﹂する位置にあること

近畿地方が周圏分布の中心となっている言語現象の中には︑

東西方言の対立のある言語項目もある︵アスペクト表現︑断定

の助動詞︑動詞否定形など︶︒西日本方言を﹁分断﹂する位置に

影聯力のある関西方言があることにより︑その影響は近畿地方

に接する東側の地域︵中部地方︶と西側の地域︵中国・四国・

九州︶の方言の変容にも及ぶ︒

︵3︶方言の使用場面が広いこと 誰演琴﹁日本語諸方言の中の関西方言の位置づけ﹂日高水穂 東日本では方言の使用場面が狭く︑方言と標準語の二つの変種を︵別物として︶切り換えることが一般的に行われているが︑西日本︵特に近畿中央部︶では方言の使用場面が広く︑方言と標準語が︵無数の中間方言を介して︶連続的である︒︵4︶都市言語の多様性と平準化の両面に留意すべきこと

都市部を含むゆえに︽形成過程の異なる多様な地域コミュニ

ティが混在している︒外部からの流入も多いが︑強固な﹁関西

アイデンティティ﹂によって︑流入者が﹁関西方言化﹂する傾

向も強い︒関西方言は多様性を内包する一方で平準化も進む︒ ︿要旨﹀

言語地理学および対照方言学的な観点から見た場合︑関西方

言には︑次のような特性︵研究対象としてのおもしろさ・重要

性︶がある︒

︵1︶周圏分布の動態を観察できること

﹁中央部﹂としての威信をもちつつ︑新しい言語現象が生み出

され︑﹁周辺部﹂の言語変容が観察できる︵さらに文献によって

過去の言語状況が確認可能である︶という点では︑関西方言は◇第二回国文学会研究発表会

研究発表

蝉﹁津村節子﹁流星雨﹄論﹂

四一一四

岩田陽子

(6)

︿要旨﹀

俳譜は和歌や連歌の線上に位置する韻文の一つである︒但し︑

雅語を用い定家仮名遣を規範とする︑前時代の韻文とは異なり︑

俳譜では日常語が用いられる︒それならば︑仮名造において︑

どのような様相を呈しているのだろうか︒

本発表では︑考察の対象とする一○俳譜集中︑同語において︑

俳譜集により仮名表記に差異がある語が見えること︑或は︑本

文中の仮名表記語と振り仮名の仮名造には相違があることなど

を問題にして︑語頭に﹁お・を﹂が付く語を採り上げ︑考えて

いく︒まず︑一節では︑本文中の仮名表記語と︑定家仮名造との一

致度を示す︒その結果では︑仮名表記の語頭では︑﹁お﹂の使用 かつた薩摩藩への憎悪を番き入れたりすることで主人公に結婚の拒否という決定をさせた︒津村節子は︑主人公が敵であった男性との結婚を拒絶するという結末を選ぶことで︑時代が変化しても容易に変わることのできない人の心情を描こうとしたのであろうと考えられる︒

今﹁仮名遣から見た近世初期俳譜集﹂

餌一一恋

田中巳築子 決意しながらも直前に拒絶するという結末部分について賛否がわかれていた︒

津村節子は﹁流星雨﹂︵平成二年四月︑岩波響店︶の﹁あとが

き﹂で﹁普くきっかけは︑北方史研究家の谷灘尚一氏から︑内

藤ユキ︵旧姓日向︶という女性の﹁繭年青﹄と題する手普きの

小冊子のコピーをいただいたことによる﹂と述べているが︑内

藤ユキは薩摩藩士と結婚した女性であり︑結婚の拒否という形

で幕を下ろした﹁流星雨﹂とは相違している︒﹁流星雨﹂は津村

節子の代表作の一つであるが︑資料との関連性を詳細に検討し

た論考はこれまでなかった︒

本発表では︑内藤ユキ﹁寓年草﹂や︑仁愛女子短期大学附属

図書館津村節子文学室に所蔵されている谷深尚一から津村節子

宛の書簡︑津村節子が寄贈した内藤ユキの夫﹁内藤兼備君略歴﹂

のコピーなどの関係資料の詳細な検討を行うことで︑﹁流星雨﹂

の終幕部分の執筆意図を考察した︒

津村節子は太平洋戦争と戊辰戦争が似ているといい︑敗戦後

の有識者の﹁あまりの豹変に驚き︑人間というものの信じ難さ

を痛感した﹂︵﹁私の女友達﹂昭和六十一年九月︑毎日新聞社︶

という︒津村節子は﹁流星雨﹂で女性が男性に頼らず意志決定

できる状況を作り出したり︑﹁蔑年草﹂では全く触れられていな

(7)

︿要旨﹀日本プロレタリア文学運動の大きな指導的役割を果たした評

論家である蔵原惟人は︑戦後いちはやく葉山嘉樹の﹁海に生き

る人々﹂を︑﹁日本文学のうちには︑それまでも勤労者の生活を

描いたものはなかったわけではないが︑しかし労働者の生活と

闘争︑そのさまざまの性格を︑このように大きなスケールのう

ちに具体的に生き生きと描きだした作品は葉山のこの作品以前

にはなかった︒とくに藤原のような意識的な革命的労働者が小

説のうちに登場し︑新しい革命的人間の成長が示されたのはこ

の作品がはじめてであり︑この意味で葉山のこの﹁海に生きる

人々﹂は日本のプロレタリア文学の歴史においても実に画期的

な作品である﹂と高く評価した︒しかし︑その一方で︑蔵原惟

人は︑葉山嘉樹が﹁専門的作家生活にはいるにおよんで︑過去

の労働者的体験やかなりに自然成長的な社会的︑政治的意識に

安住して︑自分自身を思想的︑政治的︑生活的にたかめること

をおこたったために︑その後作家としても大きく成長すること

ができなかった﹂﹁帝国主義日本の現実を肯定し︑ついには戦争 講演︵最終講義︶念﹁葉山嘉樹の文学的転向﹂ u・・・︑ず一●〆

浦西和彦 頻度が高く︑それらの多くは定家仮名遺と一致し︑概ね定家仮

名遣に準拠している︒一致しない語を一○俳譜集以外での使用

状況を見ると︑一○俳譜集と同様に定家仮名遣では﹁を﹂であ

るのに反して︑﹁お﹂を用いる用例数が多く︑一○俳譜集での特

殊な現象ではないことが認められた︒

二節では︑本文中の仮名表記と振り仮名の仮名遣を︑定家仮

名過及び節用集と比較して検討を進めて行く︒その結果︑振り

仮名の語頭では﹁ヲ﹂が多用され︑それらは節用集との一致度

が高く︑振り仮名を付す人が振り仮名を付すに当たり︑節用集

と同様に片仮名で記されていることも考え合わせて︑参照する

仮名過の基盤となるものが︑節用集と同じであることが推測さ

れる︒また︑本文中の平仮名表記と振り仮名の片仮名表記では︑

﹁ことば﹂と﹁ヨミ﹂を示す﹁質の違い﹂︑同時に︑清書者と振

り仮名を付す人の﹁人の違い﹂により仮名遣に違いが生じてい

ると捉える︒

以上のような考察を通して︑本文中に見える仮名表記は︑筆

者個人の常用仮名遺によるものであり︑近世初期の俳諾では︑

定家仮名遣を意識的には行っていなかったと結論づける︒

(8)

四一七 中はいわゆる拓士として満州におもむき︑一九四五年ソヴィエート軍の進出とともに︑そこをのがれてハルビン東方で病没したのである﹂︵﹁海に生きる人皇岩波文庫︑昭和二十五年八月十日︑﹁解説﹂︶と︑一刀両断に切り捨てたのである︒小林多喜このように政治運動︑革命運動に一路迩進しなかったことが︑﹁自分自身を思想的︑政治的︑生活的にたかめることをおこなった﹂というのである︒いかにも敗戦直後の民主主義文学運動での一面的な見解であろう︒そこからは︑葉山嘉樹の文学の本質も︑また昭和という歴史の複雑も見えてこないであろう︒

葉山嘉樹の作品系列の中で︑﹁海に生きる人々﹂は異色であ

る︒葉山嘉樹は﹁海に生きる人々﹂に出てくる藤原のような意

識的な革命的労働者を二度と描くことをしなかった︒

﹁海に生きる人々﹂が︑葉山嘉樹のどのような精神意識の高揚

で執筆きれたのか︑それを明らかにすることで︑葉山嘉樹の文

学的転向を考えてみたい︒

(9)

◇編集後記

﹃国文学﹂第九六号浦西和彦教授古稀記念号をお届けしま

す︒浦西和彦先生は本年三月末でご退職されます︒

浦西先生は︑本学文学部国文学科を昭和三九年にご卒業さ

れ︑その後岐阜県で高等学校の教諭をなさっていました︒四

六年に︑関西大学専任講師としてご着任されてからは︑四九

年助教授︑五六年教授にご昇任されました︒その後は︑平成

三年〜九年まで関西大学図書館長を三期にわたって歴任され︑

﹁大阪文蕊書画展﹂などの企画展を主催され話題をよびまし

た︒その間日本近代文学界にも多大なご貢献をされました︒

五一冊にもおよぶ著書︑監修本の数々はそれを物語っている

ことでしょう︒

お仕事は細かいですが︑質実剛健で︑明るく気さくな先生

のお人柄は︑多くの教え子にも親しまれました︒先生に励ま

された学生は︑それぞれの道に巣立って参りました︒本号に

は︑玉稿とともに︑浦西先生の無二の親友である堀部功夫先

生が︑不肖の弟子のかわりに立派な﹁浦西教授著述目録﹂を

作成して下さいました︒先生もお喜びでした︒ 年齢よりもお若く見える先生は︑お元気で︑今後もご活躍されることでしょう︒これからも国語国文学専修を見守っていただければと存じます︒

なお︑昨年四月には日高水穂教授がご着任されました︒方

言学を中心とした国語学をご担当されています︒また︑本年

三月末で︑紙谷栄治教授もご退職されます︒紙谷先生は︑一

九年間本学で教育研究に携わってこられました︒綴密で正確

なお仕事には皆助けられました︒現在病気療養中ですが︑早

めのご回復を心よりお祈り申し上げます︒

︵周︶

lFLI ノL

参照

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関西大学.

関西大学.

物集﹂をめぐって﹂本学教授大島薫 ﹁文献渉猟lグーテンベルク博物館︵ドイツ︶所蔵﹁宝

大島薫 田中巳築子弱 岩田陽子配 中尾和昇錨 山本卓露 村山美恵子鋸

講演はドイツ語で Vortrag と言いますが、これは同時に研究発表をも意味します。そ んなわけで、今回は研究発表を

電話・大阪(06) 6368−0324 郵便振替口座 00910‑5‑1 16831 口座名称 関西大学独逸文学会.