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表紙、目次、彙報、投稿規程、編集後記、奥付

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(1)

表紙、目次、彙報、投稿規程、編集後記、奥付

雑誌名 國文學

巻 99

発行年 2015‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/9251

(2)

平成お年6月皿日㈹二年次生文楽鑑賞教室︵於国立文楽

劇場︶

7月⑫日幽第一回国文学会研究発表会︵後掲︶

皿月認日嗣〜型日陶三年次生宿泊セミナー︵於高

槻キャンパス高岳館︶

廻月4日附院生合同学術研究会

吃月7日⑧第一回プレ・ステューデント・プログ

ラム

吃月加日山第二回国文学会研究発表会︵後掲︶

平成年1月聖日山第二回プレ・ステューデント・プログ

ーフム

3月辿日山第三回プレ・ステューデント・プログ

ラム 関西大学国文学会棄報 二︑関西大学国文学会研究発表会

◇第一回国文学会研究発表会

日時平成二十六年七月十二日山午後二時より

会場文学部第一学舎A三○一会議室

研究発表

﹁尊円親王の能瀬切古今集について﹂

本学大学院博士前期課程寺田伝

﹁広津柳浪﹁黒賜挺﹂論l歌舞伎とのかかわりを中心

にl﹂本学大学院博士後期課程平田恵美子

﹁複合格助詞﹁において﹂の史的考察﹂ 本学大学院博士後期課程陳韻 講演

弓寓葉集﹄の記憶詩歌における文字遊びと風景について﹂

ローベルトFヴィゾトカンプ

本学教授○ヶの﹃計司.毒一言百日ロ

◇第二回国文学会研究発表会

日時平成二十六年十二月二十日⑯午後二時三十分より

会場文学部第一学舎A三○一会議室

研究発表 一︑平成妬年度関西大学国語国文学専修年間行事︵一部予定︶

(3)

◇第一回国文学会研究発表会︵七月十二日︶

研究発表 ﹁尊円親王の能瀬切古今集について﹂寺田伝

︵本号掲載︶

﹁広津柳浪﹁黒賜挺﹂論l歌舞伎とのかかわりを中心 にl﹂平田恵美子

︵本号掲載︶

﹁複合格助詞﹁において﹂の史的考察﹂陳韻 ヨ通俗亜山夢﹄における三目千軒﹂の利用﹂

本学大学院博士後期課程黒漂暁

﹁吉本ばななの﹁キッチン﹂及び盲目︑量脅ロ昌信のベ

トナム語翻訳版における漢語の対照研究﹂

レーゴソクチャン一アィン 本学大学院博士後期課程F①室唱︒99毒目一口

物集﹂をめぐって﹂本学教授大島薫 ﹁文献渉猟lグーテンベルク博物館︵ドイツ︶所蔵﹁宝 識演 ︵本号掲載︶

︒寓葉集﹂の記憶詩歌における文字遊びと風景について﹂ 講演

幻呂の風司.言旨百日ロ

言語は表現というレベル︵シニフィアン・能記︶と内容・意

味というレベル︵シニフィエ・所記︶とを接触または統一させ

る可能性を所有する︒そのようなオノマトペア﹇opog胃8︒①国﹈

などと言われる現象が特に詩歌において頻繁に使用される︒言

語が文字で書記されること︑つまり文字の物質性もまた︑読ん

でいる目だけが受容できる︑オノマトペアに似ている表現方法

を持っている︒もっぱら漢字で書かれた万葉集の用字法の場合

では︑文学史がそれを以前から﹁用字の持つ意味を見る﹂︑﹁文

字の持つ﹇・・・﹈音韻的な言葉を超える可視性﹂︵吉沢義則︑

高木市之助︶や﹁文字を表現する﹂︵川端善明︶などとして把握

しようとしている︒しかし︑そのような用字法が顧慮されてい

ても︑十分に学問的な描写であるという状態にはまだ達成して

いないと思われる︒このような︑仮に﹁文字遊び﹂と名づける

書き方をより正確的に説明するためには︑﹁意味素﹂と﹁房Cs国﹂

︵同じトポス︑同値類︶という意味論の用語を借り︑漢字のまだ

意味を持っている一番小さな部分に応用する︒例えば︑﹁霧﹂が 三︑関西大学国文学会研究発表会発表要旨

なお︑成稿し︑本号に掲蔽したものについては省略した︒

(4)

歌の風景描写の一貫性が高められ保証されている︒言い換えれ

ば︑読み手の寂しさを嘆く声が弱くなり︑序詞の風景が序詞の

機能を克服し︑文化的記憶に属するイメージを回想させること

で︑より大きな詩歌的な空間が開かれる︒このような︑文字に

隠れている︑万葉集の書き下しを施す際︑﹁不可視﹂されてしま

う風景が︑万葉集の歌において全然珍しくないと主張しても良

かろう︒今回の発表では︑文字遊びを特に﹁記憶詩歌﹂に基づ

いて明らかにしようとした理由は︑上述した歌が示すように万

葉集の﹁記憶詩歌﹂は︑記憶と風景との絡み合いが非常に緊密

になりうることを論じた︒

◇第二回国文学会研究発表会︵十二月一一十日︶

研究発表

︒通俗亜山夢﹂における﹁一目千軒﹂の利用﹂

本発表では︑十返舎一九著﹃通俗亜山夢﹂による島原案内記

三目千軒﹂の利用を指摘する︒

そもそも﹁通俗亜山夢﹂とは︑文化十二年︵一八一六︶に刊

行された十返舎一九の読本作品である︒京都の豪商の息子豊坂

屋陽太郎が︑島原の遊女若紫と馴染む︒しかし陽太郎の放蕩を ﹁雨﹂と﹁務﹂からなり︑文脈において二つ以上の漢字が﹁雨﹂ の﹁意味素﹂を含めていると︑﹁アイソトピー﹂を作る可能性が ある︒その意味において︑柿本人麻呂の﹁山際従出雲鬼等者霧 有哉吉野山嶺罪溌﹂︵三・四二九︶が二つの﹁風景アイソトピ ー﹂から構成している︒即ち︑﹁雨や雪などが入り乱れて降るさ ま﹂を表す雲・霧・罪・霜と﹁山﹂を含める山・出・山・嶺・ 綴というアイソトピーである︒戯書の﹁山上復在山﹂を﹁いず﹂ と読むと︑逆に﹁出﹂を﹁山上復在山﹂として解釈することも 不可能ではないし︑人麻呂が作った﹁謡﹂もまた﹁雨や雪など が入り乱れて降るさま﹂と﹁山﹂からなる二つの風景アィソト ピーを巧に合併させる︒この二つのアイソトピーが手を組んで︑ 読んでいる目にとって挽歌の意味︑即ち山の中に行われる火葬 というイメージを支援し︑壮大な風景描写を作る︒山口女王の ﹁従蔵遥満来塩乃弥益荷念歎君之忘金鶴﹂︵四・六一七︶の 場合は︑第一・二句の﹁従蔵遥満来塩乃﹂と訓仮名である﹁鶴﹂ とが照応する︒﹁葦﹂と﹁潮﹂と﹁鶴﹂からなるイメージが文化 的記憶としてよく知られていたからである︒この歌では︑風景 が序詞だけでなく︑歌を全体的に支配している︒耳で受容する 言葉の意味︵シニフィエ︶から集中力が引かれるため︑歌の﹁言

語的な意味﹂が弱められるが︑同時に︑読んでいる目にとって︑

(5)

﹁吉本ばななの﹁キッチン﹂及びF員ョ殖く曇口昌冨︑のベ

トナム語翻訳版における漢語の対照研究﹂

Fzmooo画質旨目冒

周知の通り︑ベトナムは千年以上中国の支配下に置かれ︑漢

語・漢文はその長い文化交流の歴史の中でベトナムの言語に大

きな影響を与えた︒漢字は︑東漢時代にかなり幅広くベトナム

で使用され始め︑6世紀終りから皿世紀初にかけて︑ベトナム

の正式な文字になり︑徐々にベトナム語の中に入り込んでいっ

た︒漢語起源語蕊は︑政治・経済・文化・社会などあらゆる学

術分野で使用されている︒現代ベトナム語の論説体の文章で使

用される漢語の割合は︑日常会話に比べて格段に高い︒また︑

漢語起源語蕊はベトナム人の意識に深く入り込み︑ベトナム人

の知的活動に強い影響を与えている︒

日本も︑中国文化の影響を深く受けて︑同じ漢字文化圏に属 きる︒

そのため本発表では︑﹁通俗亜山夢﹂による﹁一目千軒﹂の利

用を指摘し︑その上でヨ目千軒﹂がどのように利用されてい

るか︑﹁通俗駆山夢﹂における利用の方法と作品への影響につい

て論じる︒ 怒った父は︑紙子の小袖を与えて陽太郎を勘当する︒しかし紙 子が借用書でできており︑陽太郎は大金持ちになる︒その金で 若紫を請出し︑若紫に吉原の張りを持たせ︑長崎の衣装を着せ︑ 大坂の揚屋で遊びたいと思いつく︒陽太郎は江戸の吉原︑長崎

の丸山と︑遊郭をめぐり豪遊する︒大坂の揚屋で豪遊を続ける

が︑勘定が足らず苦境に立たされる︒しかし︑これは稲荷神が

陽太郎を改心させるための夢であった︒これにより陽太郎は改

心し︑家業に取り組むという物語である︒﹁通俗亜山夢﹂では︑

陽太郎の旅先における︑滑稽な姿が描かれ︑﹁東海道中膝栗毛﹂

での一九の手腕がうかがえる︒

一方﹁一目千軒﹂は︑京都島原の案内記で︑宝暦七年︵一七

五八︶に初版刊行されている︒斜天・呑獅という二人の置屋主

人によって書かれる︒内容は︑前半に島原の由来︑古跡や名称

などの読み物と︑後半の名寄の部によって構成されている︒

この二作品には︑関連が見られる︒それは﹃一目千軒﹂の挿

絵や引用されている俳句と︑﹁通俗駆山夢﹂においても見られる

点である︒三目千軒﹂は﹁通俗亜山夢﹂が刊行される約六十年

前に刊行きれて以来︑改板を繰り返されており︑一九が﹃一目

千軒﹂を入手することは可能である︒つまり﹁通俗亜山夢﹂の

執筆にあたって︑﹁一目千軒﹂を利用していたと考えることがで

(6)

固有語に翻訳されているものに分けることができるが︑さらに︑

同じ漢語を用いても意味が通じるものと︑まったく通じないも

の︑あるいは不自然になるものといった観点から分類し︑その

いちいちについて︑現代日本語・現代ベトナム語における漢語

の意味・用法にてらして︑両言語における漢語の共通点と差異

とを明らかにする︒

物集﹂をめぐって﹂大島薫 ﹁文献渉猟lグーテンベルク博物館︵ドイツ︶所蔵﹁宝 講演

本講演は︑グーテンベルク博物館︵ドイツ・マィンッ︶に所

蔵されている﹁宝物集﹂︵片仮名古活字三巻本︶を紹介するもの

であり︑このテクストの出現によって明らかとなった︑以下の

三点について述べるものである︒

一︑片仮名古活字三巻本﹁宝物集﹂の作成

一︑慶長年間における古活字版製作事情

一︑国際文化振興会における文化政策 するため︑ベトナム語同様︑日本語にも漢語起源語蕊は非常に 多い︒漢語起源語葉は両民族の言語の重要で不可欠な部分をな している︒したがって︑両言語における漢語を比較対照するこ とは︑漢語文化圏における漢語の受容・伝播を考える上で︑重 要な課題である︒

両言語における漢語起源語蕊には︑共通部分も多いが︑少な

からず相違点もある︒例えば︑﹁文献﹂や﹁手段﹂が挙げられ

る︒ベトナム語のく習罵︒︵﹁文献﹂︶は﹁社会・政治に関する重

要な文章﹂の意味を表わし︑言号嘗︵﹁手段﹂︶は﹁自分の目的

を達するための賢いやり方︵普通はずる賢いやり方︶の意味を

表わす︒したがって︑日本人ベトナム語学習者ベトナム語作文

をするとき︑﹁参考文献﹂や﹁研究手段﹂を鵠く営蚕曾旨ョ天意P

警言号曾眉三go言とする誤用があらわれる︒

本発表では︑両言語における漢語の意味用法の差異を検証す

るために︑吉本ばななの﹁キッチン﹂及び盲目瞬く曇胃冒mに

よる︑そのベトナム語翻訳版における漢語の意味・用法の対照

研究を行う︒まず︑吉本ばななの﹁キッチン﹂における漢語を

収集し︑それらが盲目︑く昏口昌信のベトナム語翻訳版でどの

ように翻訳されているか対照する︒つまり︑同じ漢語が用いら

れるものと︑異なる漢語が用いられるもの︑さらに︑ベトナム

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