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『 変 貌 と 伝 統 の 現 代 イ ン ド ─ ─ ア ン ベ ー ド カ ル と 再 定 義 さ れ る ダ ル マ ─ ─

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Academic year: 2022

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全文

(1)

一  アンベードカルにおける カースト絶滅の道とブッダのダンマ 嵩  満也二  宗教︑民主主義に対するアンベードカルの見解  ゴウリ・ヴィシュワナータン三  インドの仏教とダリト解放運動 ガンシャム・シャーコラム1 一九八〇年代におけるダリト・ パンサー運動との出会いと交流 佐藤智水四  仏教とともに生きて   ││ 現代ウッタル・プラデーシュ州における 仏教運動と仏教実践 舟橋健太コラム2  スリランカ仏教とカースト制   ││民族抗争の結果 中村尚司五 インドにおける子どもの権利・ 貧困・エンパワーメント 中根智子コラム3  成長するインドICT サービス産業の担い手たち 鍬塚賢太郎Ⅱ  現代に生きるインドの伝統思想   ││ダルマと幸福を再定義する六  古典期バラモン教におけるダルマの定義と その正当性の認識根拠 パトリック・オリヴェル七 ダルマの相続者 若原雄昭八  翻訳において失われたもの││植民地時代の ヒンドゥー法の一元的処理 ヴェルナー・メンスキー九  普遍的法則としてのダルマ   ││仏教的パースペクティブ 桂  紹隆 嵩  満也編

﹃ 変貌と伝統の現代インド

││ アンベードカルと再定義されるダルマ ││

法藏館  二〇一八年三月刊A5判 ⅳ+二八二頁 二五〇〇円+税 冨  澤  か  な   本書には複数の焦点がある︒タイトルが示す大テーマは︑アンベードカル︑ダルマ/ダンマ︑現代インドであるが︑これらの幅広いテーマをつなぐもう一つ大きなキーワードが幸福である︒さらにいくつかのテーマが重なり呼応することで︑多様な論点が結びつけられて全体が構成されている︒ここでは︑できるだけその全体像を見るかたちで︑また︑﹁宗教﹂を捉え直す視点・論点を重視して︑本書について考えていきたい︒

一  本書の概要   本書は二部構成で︑論文一〇本とコラム四本から成る︒以下に目次を示すが︑章番号とコラム番号は︑書評上の便宜のために評者がふったものである︒

はじめに 嵩  満也Ⅰ  現代インド変貌の諸相   ││アンベードカルの思想とインド下層民の台頭

(2)

 INDASは南アジア研究の学際的な統合・発展を目指してきたが︑﹁現代﹂と﹁地域研究﹂に重点をおいて始まったこともあり︑インド学・仏教学研究は焦点になりにくかった︒しかし︑インド地域研究や歴史学とインド学・仏教学の間の高い壁こそは︑インド研究の学際的統合の最大の課題である︒その中で仏教系大学のRINDASは︑上記のテーマの下︑インド学・仏教学と現代インド研究を結びつけることを重視してきた︒その活動の中︑二〇一三年一二月に開催されたシンポジウムが︑本書のもととなった︑INDAS全体国際シンポジウムIn Search of Well-being: Genealogies of Religion and Politics in Indiaである︒この内容は英文プロシーディングズにまとめられているほか︑共催者であった龍谷大学アジア仏教文化研究センター︵BARC︶が﹁特にアジア仏教の現状と歴史的多様性﹂に関する論考を抜粋︑和訳した﹃幸福を求めて││ダルマと現代インド仏教徒﹄をまとめている︒本書ではそこに︑新たに一章の嵩論文︑五章の中根論文︑コラム1〜3を加え︵コラム4はシンポジウム時のコメントに基づく︶︑改稿・改訳・編集が加えられている︒

  成立過程から明らかなように︑本書には︑ダルマ/ダンマとアンベードカルをメインテーマに︑古典インド思想を現代インドの動態と結びつけるという大きな意図があり︑その結び目となったのが﹁幸福︵well-being︶﹂であった︒この全体像がわかると︑多様なテーマとアプローチから成る一四本の論考の関係が見えてくるように思う︒

  各論文の概要は︑本書の冒頭︑編者である嵩満也の﹁はじめ 一〇 幸 ウェルビーイング 福 探求の支えとしてのダルマ   ││秩序の再構築過程に着目して 田辺明生コラム4  ダルマの系譜 井狩彌介

  一見して︑テーマの幅広さ︑ディシプリンの多様さが際立っている︒その背景には︑本書を生み出した龍谷大学の研究プロジェクトの基本方針がある︒

 ﹁はじめに﹂で触れられているとおり︑本書は龍谷大学国際社会文化研究所において二〇一三〜二〇一四年度に進められた共同研究﹁現代インド変貌の諸相││マイノリティとマージナリティの視点から﹂の成果である︒この共同研究は﹁現代インド社会の実際の姿を︑マイノリティとマージナリティの視点から捉えるとともに︑それを支えている論理や原理が︑伝統的なインド思想とどのように繋がり︑また同時に相克する関係にあるのか﹂︵五頁︶をテーマとするものという︒また︑同じく龍谷大学のRINDAS︵龍谷大学南アジア研究センター︑元・現代インド研究センター︶も深く関わっている︒これは︑人間文化研究機構︵NIHU︶による南アジアに関する地域研究推進事業︑INDAS︵Integrated Area Studies on South Asia︶により設置された六つの研究拠点の一つである︒INDASは二〇一〇年度より﹁現代インド地域研究推進事業﹂﹁南アジア地域研究推進事業﹂の二期にわたり展開している︒六拠点それぞれに異なる研究の焦点が設定されており︑RINDASは旧センターでは﹁現代政治に活きるインド思想の伝統﹂︑現センターでは﹁思想と倫理の基層的変化﹂をテーマとしている︒

(3)

仏教ナショナリズムやタミル問題や反ムスリム運動などの民族抗争との関係を論じ︑インド仏教とはまた異なる展開を示してきたことを示す︒五章﹁インドにおける子どもの権利・貧困・エンパワーメント﹂は︑インドの貧困層の子どもへの対策が︑不足を補う﹁ニーズアプローチ﹂から子どもの人権に焦点を合わせ働きかける﹁人権アプローチ﹂に移行する中で実際どう動いているかを︑コルカタのある学校の試みを核に論じる︒コラム3﹁成長するインドICTサービス産業の担い手たち﹂は︑この分野で働く高等教育修了者について︑専門性の高いITサービス分野につく職業系︵概ね理工系に相当︶とBPO分野につく非職業系︵概ね文系に相当︶の違いを指摘︑人材の分布を分析し︑﹁高学歴エリート﹂でくくれない多様性を指摘する︒

  変わって第二部は︑﹁ダルマ/ダンマ﹂概念が古代からいかに展開し︑現代に何をもたらしているか︑またもたらしうるかをテーマとする︒六章﹁古典期バラモン教におけるダルマの定義とその正当性の認識根拠﹂は︑ダルマという語の定義と︑その根源︵﹁法源﹂と理解するのでよいだろうか︶の議論を扱うものである︒その冒頭で︑ダルマ/ダンマ概念が︑ヴェーダから︑仏教︑特にアショーカ王期のそれの仲介を経て︑あらためてヒンドゥー教に﹁再定義﹂されていく経緯についてのオリヴェル自身の先行研究が紹介されているが︑本書全体にはこの議論が特に大きな役割を果たしているように思われる︒ダルマ/ダンマ概念のダイナミクスとそこで仏教が果たした役割を示し︑アンベードカルらによるダルマとインド史の再構築・再定義の議論につながるからだ︒七章﹁ダルマの相続者﹂では︑﹁ダルマ﹂ に﹂にわかりやすく示されているため︑ここではできるだけ簡略に触れたい︒

  第一部はアンベードカルと︑現代インドの特にマージナルな人々の動きに焦点を合わせる︒一章﹁アンベードカルにおけるカースト絶滅の道とブッダのダンマ﹂は︑アンベードカルの生涯を概観し︑彼の差別との戦いがどのようにして仏教とそのダンマの選択に至ったかを示す︒二章﹁宗教︑民主主義に対するアンベードカルの見解﹂は︑アンベードカルの仏教が︑不可触性の起源と仏教の歴史を神話的に結びつけることで︑インド史とインド思想を語り直し再構成し︑民主主義と近代へと接続するものだったことを論じる︒三章﹁インドの仏教とダリト解放運動﹂は︑アンベードカルの仏教とダンマが人と社会の関係性を統制する倫理体系だったと分析した上で︑それが彼の死後︑実際に社会の再構築に向けられて以降の展開を︑グジャラート州のダリト運動について分析する︒コラム1﹁一九八〇年代におけるダリト・パンサー運動との出会いと交流﹂は︑当時のボンベイのダリト・パンサー︵アメリカのブラック・パンサーに因んで命名された闘争的なダリト解放運動︶のメンバーとの出会いと対話を描く︒四章﹁仏教とともに生きて﹂は︑舟橋の﹃現代インドに生きる〝改宗仏教徒〟﹄︵昭和堂︑二〇一四年︶のエッセンスを示すもので︑ウッタル・プラデーシュ州のチャマール・カーストに出自を持つ仏教徒ダリトの︑ヒンドゥーイズムと断絶するのではない︑選択的・混淆的宗教実践のあり様を分析する︒コラム2﹁スリランカ仏教とカースト制﹂は︑同地の仏教組織とカーストの結びつき︑また近代以降のシンハラ

(4)

人とものの関係性から幸福を追求するために用いられる動態的理念であることを指摘︑現代インドでそのような﹁ダルマ﹂概念が多様な立場で多様に用いられつつあることを示し︑そこでは﹁宗教的﹂なリアリティ探求と世俗的合理主義が﹁聖/俗﹂の二分法に分断されることなく結びついていると論じた︒コラム4﹁ダルマの系譜﹂は︑ダルマ/ダンマを﹁よ く生きること﹂をめぐる多様な思考のあり方を示す概念とした上で︑二部の議論を総括し︑アンベードカルら近代知識人のダルマ/ダンマの再定義と︑彼らの近代西欧思想の教養の関わりなどについて問いを発している︒

  以上︑一四本の論考は︑それぞれに豊富な内容を持つが︑その多様なテーマとアプローチの関係性はすぐに了解できるものではない︒その中で評者は︑二章︑八章︑一〇章が︑全体を束ねる上で特に大きな役割を果たしているように感じた︒冒頭で述べたように︑本書はアンベードカル︑ダルマ/ダンマ︑現代インドという大テーマを︑幸福をキーワードに結びつけていると考えられるが︑この結びつきを支える次のキーワードとして︑上記の三つの章の重要な概念である︑﹁再定義・再構築﹂︑﹁関係性﹂︑そして﹁宗教﹂をあげたい︒以下に︑これらの概念を中心に︑本書を見直してみたい︒

二  ダルマ/ダンマの﹁再定義・再構築﹂ ││ 語り直しの力

 ﹁再定義﹂は本書のサブタイトルにも含まれる重要語彙であるが︑二章にはその意義が特に強く示されている︒ここでヴィシュワナータンは︑アンベードカルはダリト︵﹁dalされた= がヴェーダに根拠を持つ人知を超えたものとされるのに対して︑仏教の﹁ダンマ﹂は人間のものであり︑ブッダは宇宙の起源論を語らなかったとされるが︑にもかかわらず宇宙論を語る﹃起源経﹄は︑カーストの成立論拠をいわば脱構築するものとの論が示され︑そこから︑アンベードカルがどのようにダンマを相続しようとしたかが論じられる︒なおその補論では︑﹃ブッダとそのダンマ﹄のエピローグに引かれている文言が﹃四弘誓願﹄と世親の﹃無量寿経優婆提舎願生偈﹄のものであり︑その出典であるJames Hastings ed., , vol. 10, 1909の﹁PRAYER︵Buddhist︶﹂項が姉崎正治が執筆したものであることが語られており︑アンベードカルの仏教・ダンマ理解の意外な源泉の一つが垣間見えて興味深い︒八章﹁翻訳において失われたもの﹂は︑ヒンドゥー法がイギリス植民地期の翻訳と一元的処理を経て変質したこと︑それによって︑ヒンドゥー法が本来持つ︑宇宙と世界と人々を多元的につなぐ﹁幸福﹂調整の機能が失われたこと︑その背景に︑世俗主義と国家中心主義に基づくイギリスの一元的法理解があり︑その弊害が今も続いていることを指摘する︒九章﹁普遍的法則としてのダルマ﹂は︑アンベードカルは初期仏典を多用する一方で︑大乗仏教的な﹁智慧と慈悲﹂としてのダンマ像の合理性と社会性を重視していたことを指摘した上で︑その根本にあるブッダのダルマ/ダンマ論は︑四つのサティヤ/サッチャ︵真理︶︑つまり四諦が示す︑縁起とそれを貫く因果律たる法性︵ダンマター︶の普遍的法則を示すものだったと論じる︒一〇章﹁幸 ウェルビーイング  福 探求の支えとしてのダルマ﹂は︑﹁ダルマ﹂が

(5)

示してきた︑絶えず再定義されそこから新たな語りをもたらす︑動的な力を重視しているといえよう︒

三  法と幸福 ││ ﹁関係性﹂の動態から考える   ダルマ/ダンマを﹁法﹂と訳す時︑我々は正統的で固い規範の体系をイメージしがちである︒しかし上記の通り本書では︑この語彙が本来︑幸福の追求と調整に関わる多元的で動的な概念であることを示している︒このダイナミクスを示す重要な語彙が﹁関係性﹂である︒

  三章でシャーは︑アンベードカルの﹁ダンマは社会的なものである︒⁝⁝あらゆる生命の次元の人と人とをつなぐ正しい関係性を意味している﹂という言葉を引いている︵六五頁︶︒そして八章でメンスキーは︑ダルマが人間と社会だけでなく︑人間と宇宙の関係性に関わるものであったと指摘し︑ヒンドゥー法のダルマを︑国家と社会を結ぶ横軸と︑自然と大宇宙と結ぶ縦軸からなる凧の構造を持つ多元的なものと説明する︒それは大宇宙と小宇宙の秩序全体に関わるもので︑正しい行いとは︑この四点から導かれる︑個人と世界︑宇宙の幸福に貢献するものということになる︒しかしこの多元的な関係性の論理が︑植民地期に国家の﹁法﹂に一元化され︑そこで多くのものが失われ︑そこに多くの齟齬と問題が生じて今に続いているとする︒一〇章の田辺は︑ダルマを﹁人と人︑人ともの︑そしてものともののあるべき関係性﹂︵二五五頁︶と定義した上で︑九〇年代半ば以降︑﹁解放の政治﹂や﹁要求の政治﹂から転じて︑人間と自然の間の多様な関係性を焦点に︑そのあり方を探り変え 壊された︑散らされた﹂が原義︶の起源を︑﹁⁝⁝前四世紀に仏教に改宗したが︑バラモン教が仏教に勝利した戦いを経て︑カースト制度を守るヒンドゥー教徒たちによって排斥され︑﹁散り散りになった民︵Broken Men︶﹂﹂︵四二頁︶と見ることで︑﹁宗教対立の所産としての不可触性は︑ダリトたちが単に経済的変化によって打ちのめされた被害者ではなく︑行為主体として︑自分たちの歴史を創造したから生まれたものである︒アンベードカルは︑仏教に改宗することにより︑不可触性の付与により失われてきたダリトの行動力を取り戻すことができると信じていた︒そしてそのことによりダリトの政治活動に宗教的な枠組みを与えたのである﹂︵四七頁︶と論じている︒それは実証的歴史記述とは異なる︑インドとダリトと仏教の過去と現在を語り直しその関係を結びなおすシンボリカルな行為である︒この︑ダルマ/ダンマを語り直す﹁再定義・再構築﹂の意義は︑本書の様々な箇所で示されている︒一〜三章はそれぞれ︑アンベードカルの仏教とそのダンマが︑カースト制の超克とインドのあるべき姿に向けて︑選択され再定義されたものであることを論じている︒三︑四章では︑仏教徒ダリトがアンベードカルの仏教をどう引き受け︵あるいは時に引き受けず︶︑それぞれに異なる実践を行っているか︑その生きたあり様が示されている︒二部では︑そもそもダルマ/ダンマが絶えざる再定義・再構築の上に展開してきたこと︑そして︑近代的な聖俗二元論に基づく平面化を経ながら︑今また︑多様な主体が幸福を目指し交渉するための語彙として︑脱構築/再構築の力を示しつつあることが論じられている︒多くの論考が︑この概念が

(6)

て自他の関係性を再構築しようとする志向性﹂とする︵二六一︱二六二頁︶︒そしてダルマ/ダンマにも︑これに応じた二面性が認められる︒バラモンと法典類を中心とする正 オーソドックス統な﹁宗教﹂の制度的な秩序構造化の働きと︑﹁宗教的なるもの﹂の異 ヘテロドックス他的な探究によって現行の秩序を脱構築する働きである︒この正 オーソドクシー統性と意 ヘテロドクシー他性の相互作用による脱構築と再構築が︑秩序を構築するダルマの動態を成り立たせる︵二六四頁︶︒そして︑ダルマや﹁宗教的なるもの﹂には本来︑批評的理性と普遍的真理への主体的・存在論的コミットメントとが矛盾せず共存するため︑そこでは近現代の﹁世俗﹂と﹁宗教﹂の二元論自体が問い直されることになるという︒

  ﹁宗教﹂概念の問い直しは︑本書の多くの箇所で試みられている︒一部ではアンベードカルにとっての仏教と宗教の位置づけが問われている︒アンベードカルは︑﹁ブッダが﹁ダンマ﹂と呼んだものは︑いわゆる 0000﹁宗教 00﹂とは根本的に異なる﹇傍点は評者﹈﹂と語っている︵六五頁︶︒アンベードカルとダリトの仏教は︑宗教というより政治・社会のための選択だとの見方もある︵三七頁︶︒しかし同時に彼は︑﹁ヒンドゥーが宗教と呼んでいるものは︑じつは法規︑あるいはせいぜい立法化された階級倫理﹂だとした上で︑﹁⁝私はこの一群の法令を宗教と呼ぶことを拒否します﹂として︑それとは異なる︑社会と民主主義の基盤となる﹁宗教﹂を求めていたことも指摘される︵二九頁︶︒また四章は︑﹁断絶の視点﹂と﹁連続の視点﹂を対比する中で︑前者の背景に西洋近代的な排他的﹁宗教﹂観があり︑しかしインドの﹁多‑宗教﹂社会︵‘poly-religious’ society︶の宗 ていこうとする共同的営為︑﹁関係性の政治﹂が目指されるようになる中で︑ダルマのダイナミクスが再び浮上し︑公共的な﹁幸福﹂追求の調整・交渉の語彙としての力を示しつつあると論じている︒そして︑この﹁解放の政治﹂﹁要求の政治﹂から﹁関係性の政治﹂への展開の指摘と︑五章の中根が論ずる︑ニーズアプローチから人権アプローチへの展開が呼応するように思われる︒子どもを保護の対象と見るニーズアプローチに対して︑権利の主体と見る権利アプローチでは︑受益者を参加者にし︑被支援者と支援者が入れ替わりつつ展開する︑動的で持続性ある構造を目指している︒また︑四章の舟橋は︑仏教徒チャマールが︑状況や文脈によりヒンドゥー的な儀礼を選択的混淆的に実践し︑ヒンドゥーのチャマールや自らのチャマールとしての過去とつながっている様を分析し︑仏教徒ダリトとヒンドゥー教との関係性を︑﹁断絶﹂ではなく﹁連続﹂の見地で見ようとしている︒これらに共通するのは︑主客が固定した排他的な関係性を︑互換性ある動的な関係性へと読み替える思考である︒多くの論考に︑この﹁関係性﹂の論理とダルマ/ダンマ概念の根本的な関わりが示されている︒

四  ダルマの二面性と宗教の二面性   一〇章で田辺は︑宗教とダルマの二面性を論じている︒田辺は︑制度化され固定化された﹁宗教﹂と﹁宗教的なるもの﹂とを区別し︑後者を﹁意味と価値を志向する実践をその基底で支える︿リアリティ﹀︵実在︑普遍的真理︶への感受性とコミットメント︑および︑そうした感受性とコミットメントを基礎とし

(7)

体の意義を考えずに終わる例も生じるのではと案じる気持ちがある︒もちろんそれは論集には当然起きる現象だが︑本書が示す複数の論点の有機的な連携・統合の意義を思うと︑もう少し全体像を把握しやすくする︑なんらかの補助線を足せたのではないか︑という思いは残る︒これは本書の問題という以上に︑学際的な研究プロジェクトやシンポジウムの研究成果をどう残せば共有・持続・発展につなげられるのか︑多くの場面で直面する課題として︑指摘し共有したい︒

  また︑複数の専門性が関わる本ゆえの難しさがあったことと思うが︑だからこそ各分野に詳しくない読者も想定︑期待されるため︑表記の不統一や誤記もやや気になった︒たとえば︑一五頁のベンガル州はボンベイ管区の誤記かと思うが︑アンベードカルはルーツは同地でも︑生まれは父の赴任地であった中央州かと思う︒二一頁のプーナ裁定はプーナ協定︑九〇頁のヒンドゥー王はそのままヒンドゥー・ラージまたはヒンドゥーの統治・支配︑九一頁のムスリム系の連合はムスリム連盟︑二二六頁のアーカーラはアーチャーラかと思う︒また︑長音その他のカナ化は︑地域性や専門性の違いがあってのことと思うが︑もう少し統一︑あるいは注記が欲しいとも感じた︒これらは本書の基本的な価値を損なうものではないが︑このような学際的な研究成果に︑幅広い︑特に若い読者の多いことを期待し︑記すものである︒ 教実践はその視点では理解しがたいと論じる︒二部では︑ダルマ/ダンマの宇宙的次元と社会的次元をどう捉えるかという問題が示される︒アンベードカルはダンマの社会性を強調したが︑そこで宇宙論的な側面は否定されたと見るのか︑そうではなくて︑田辺のいう︿リアリティ﹀にコミットする﹁宗教的なるもの﹂の力というかたちでとりこまれていたと見るべきか︑本書からは一つのまとまった答えは得られず︑重要な論点として我々に残されている︒そして本書で多く見られる︑﹁いわゆる宗教﹂と﹁宗教的なるもの﹂の語り分けが︑実際どこまで有効かもまた︑宗教学にとって長く重い問いである︒本書はこの問題に新しい視角を与えるものといえよう︒

五  終わりに  以上︑本書の多様な論点の結び目を評者なりの視点で見てきた︒本書には︑時代やディシプリンなどの様々な分断を超えてインドと宗教を論じる可能性が提示されていたものと思う︒その意義を指摘した上で︑最後にいくつか︑希望も述べたいと思う︒

  以上に述べてきた本書の﹁全体像﹂は︑実は︑八章と︑特に終章を読むまではなかなか見えてこず︑読了してようやく見えてきたものだった︒そもそもこれが適切な読解かわからないが︑少なくとも評者の理解では︑この﹁全体像﹂は極めて興味深いもので︑しかし必ずしもわかりやすく提示されてはいなかった︒そのため︑たとえばアンベードカル論︑ダリト論︑社会運動論︑ダルマ論等の論考を求めて本書に触れながら︑本書全

参照