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話題提供者:大内佑子

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Academic year: 2022

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1.認知行動療法

 認知行動療法(Cognitive and behavioral therapy:

CBT)は,行動療法に認知心理学などの知見を加え,学習 理論を認知の要因にまで拡張した理論的立場であり,考え方 の体系を示すものである。行動療法は,①学習理論に基づ き人間の行動を「刺激」と「反応」の結びつきから理解す る,②問題の「原因」ではなく「維持要因」に着目する,

それにより③客観的な評価とエビデンスの蓄積を目的とす る,などの特徴があり,それまで心理療法の中でも主流で あった精神分析学派による「無意識」を仮定した理論に対 するアンチテーゼとして発展した。

 しかし,目に見える学習だけでは説明しきれない現象が あること,観察される行動を理解する際に個人差の要因が 大きすぎることなどの問題点も次第に明らかとなった。ま た脳科学領域の発展により,行動療法でブラックボックス とされてきたものの中身が見えるようにもなってきた。そ こで,行動療法は学習理論に認知心理学の知見を加えた認 知行動療法へと発展を遂げ,現在では学校,医療,矯正や 産業など広くさまざまな領域での介入効果の検討がなさ れ,その有用性についても一定の支持が得られている。

2.糖尿病

 糖尿病人口は年々増加しており,本邦では成人の3~4 人に一人が糖尿病かその予備軍であるといわれている。糖 尿病(Diabetes Mellitus:DM)はインスリンの作用不足 による慢性の高血糖状態を主な特徴とする代謝疾患群であ る。血液中で血糖値の高い状態が続くことにより,全身の さまざまな臓器に影響を及ぼす。通常,採血時から過去1,

2か月の平均血糖値を反映するHbA1c値が指標となる。

 心疾患や脳血管疾患など死亡率の高い疾患の重要なリス ク因子であり,糖尿病・メタボリックシンドロームに関連 する疾患による死亡は,死亡総数の約1/4を占める(厚 生労働省,2011)。肥満症,睡眠障害,腎機能障害,視覚障 害,不安や抑うつなどが合併しやすく,放置するほど問題 が複雑化・難治化する疾患である。

 そこで糖尿病治療では合併症の発症・進行を抑制するこ とが重要な課題となり,発症の早期から血糖値を含むさま ざまな代謝異常を厳格に管理することが求められる。しか

しその実現は必ずしも容易でなく,2型糖尿病患者の約半 数は治療目標となる良好な血糖コントロールを達成できて いないという報告もある(JDMM,2012)。

3.糖尿病教育のジレンマ

 血糖値を良好に管理するためには,患者が自ら果たすべ き役割が大きく,その負担は決して軽くない。しかしスト レスや抑うつ気分が強い状態は血糖値を上昇させ,糖尿病 管理を悪化させることもわかっている。

 糖尿病を良好に管理するためには,患者自身が病状・治 療法について十分理解し,自ら管理し,療養行動を主体的 に遂行することが求められる。具体的には食事の管理,運 動習慣の確立,血糖値の自己測定,内服,インスリン自己 注射,ストレス管理などが挙げられる。このように糖尿病 管理に必要な療養では,患者自身が果たさなくてはならな い役割がさまざまな身体疾患の中では例外的なほどに大 きい。しかし初期には自覚症状が乏しいことも特徴的であ る。

 不安や抑うつなどの精神疾患の合併が多いことは先に述 べた通りだが,抑うつ症状は2つのルートで血糖値を上昇 させることがわかっている。一方はインスリン作用低下に よる生理的なルート,他方はアドヒアランスの低下による 行動的なルートである。さらに,身体的・心理社会的スト レスは直接的に血糖値を上昇させることも明らかになって おり,心理的要因が及ぼす影響も大きい。

 しかし,心理的要因の影響について患者が説明やケアを 受ける機会は稀であり,薬物療法,栄養指導,運動指導の 教育的介入が一般的である。これらの介入では従来,患者 に病気の深刻さを訴え,セルフケアの重要性を強調するこ とがなされてきた。その弊害としては、患者の疾病受容が 困難になること,セルフケア行動からの回避の増長や情動 面の問題を引き起こす誘因となり得ることが挙げられる。

 合併症の危険性や日頃の生活習慣がいかに重要であるか の情報提供は必要だが,それらを強調すればするほど患者 にとって糖尿病が「怖くて嫌なもの」になり,患者を療養 行動から遠ざけ,状態悪化のリスクを高める,というジレ ンマが生じる。

話題提供者:大内佑子

演題:糖尿病治療に役立てる認知行動療法 ―悪循環から抜け出す工夫の検討―

開催日時:2015 年7月 15 日、18:00 ~ 19:00 開催場所:100 号館第1会議室

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人間科学研究 Vol.28, No.2(2015)

「人間科学研究交流会」報告

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4.心理的介入の効果と課題

 近年糖尿病治療研究の分野では,治療に必要な行動変容 や生活コントロールについて臨床心理的な介入の必要性が 広く認められるようになり,CBTを含む心理療法的介入や さまざまな教育的介入について,効果的な介入プログラム の検討が行われている。Norrisら(2002)は2型糖尿病患 者に対するセルフマネジメント教育効果について,31の RCTの結果をまとめたメタ解析を行った。その結果,介入 直後ではHbA1c換算で0.76%,介入群がコントロール群よ りも低下効果が大きかった。さらにIsmailら(2004)も,

2型糖尿病に対する心理療法的介入についてのメタ解析を 行っている。この研究には25のRCTが含まれたが,教育的 介入のみのものは介入群からは除外されコントロール群に 含められている。その結果HbA1cの効果をみた12のRCT において,HbA1c換算で-0.76%の効果差がみられた。

 これら2つのメタ解析により,教育的介入も心理療法的

介入も,HbA1cの低下には効果が認められることが示され

た。特にIsmailらの報告で扱われた25のRCTのコントロー

ル群は,Norrisらの研究では介入群に含まれるような働き

かけを行っているものが多いことから,心理療法的介入は,

教育的介入以上の効果が認められる傾向にあったことが示 されている。

 しかしいずれのメタ解析においても,介入には少なくと も10週間程度の期間が必要なことも示唆されている。この 介入に要する時間や労力の大きさが,心理療法的介入の必 要性が認識され,効果が示されているにも関わらず,本邦 の糖尿病治療において十分に活用されてこなかった要因の 一つであると考えられる。

 近年Greggら(2007)が行った研究では,成人の2型糖 尿病患者に対し,1回の心理的介入を行った群において,

糖尿病教育のみを受けた群と比べて,3ヶ月後のセルフケ ア行動に対するアドヒアランスが向上し,さらにHbA1c値 が治療上のターゲット域(7%未満)に入った人数が有意に 多いという結果が示された。

 この研究は,2型糖尿病患者を無作為に2群にわけ,ア クセプタンス&コミットメントセラピー(Acceptance and commitment therapy:ACT)によるワークショップ 3時間+患者教育4時間を1回受ける群と,標準化された 糖尿病患者教育7時間を1回受ける群で比較している。従 来のCBTでは,前述の通りHbA1cを0.76%低下させるため

に10週程度の介入を行うことが必要であり,しかもその効 果を維持することが難しいことが示唆されていたが、この 研究では1回のみのワークショップでの介入効果を示して おり,画期的な介入であることが推測されている。

5.日本人2型糖尿病患者へのACT介入効果検討の展望  ACTは臨床行動分析にもとづく認知行動療法のひとつ であり,アクセプタンスとマインドフルネスのプロセスと,

コミットメントと行動変容のプロセスを用いるアプローチ である(Hayes,2006:武藤他訳,2009)。個人の行動レパー トリーを拡大し,向社会的行動の生起頻度を増大させるこ とを介入の目標とする。動機づけを高める介入でも向社会 的行動が促進されない場合には,ネガティブな思考と感情 を抑制しようとする行動や,考えと現実や自己を混同する 行動など,その阻害要因についても検討し介入を行う。

 糖尿病であることで嫌な気持ちがわいてくるのは当然で 向き合うにはこれまでにもさまざまな苦労があったことを 承認した上で,糖尿病とともにある人生がどのようだった らよいかを患者自身が明確化し,それに沿った行動の増加 を目標とした介入となる。今後,本邦における2型糖尿病 患者への効果について検討したいと考える。

6.主な参考文献

Gregg JA, Callaghan GM, Hayes SC. et.al.

(2007).Improving diabetes self-management through acceptance, mindfulness, and values:

a randomized controlled trial.

J Consult Clin Psychol

75: 336-343

Ismail K, Winkley K, Rabe-Hesketh S(2004).

Systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials of psychological interventions to improve glycaemic control in patients with type 2 diabetes.

Lancet

, 363: 1589- 1597

Norris, S.L., Lau, J., Smith, S.J., Schmid, C.H., and Engelgau, M.M.(2002).Self-management education for adults with type 2 diabetes: a meta-analysis of the effect on glycemic control.

Diabetes Care

, 25(7):1159-1171.

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人間科学研究 Vol.28, No.2(2015)

「人間科学研究交流会」報告

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