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気管支喘息と登校拒否症 東京女子医科大三三児科学教室

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(東女医大誌 第51巻 第9号頁989〜1003 昭和56年9月)

〔最終講義〕

気管支喘息と登校拒否症

東京女子医科大三三児科学教室

教授 笠  井   和

    カサ      イ         カズ

(受付 昭和56年7月14日)

 笠井:今日話題としてとりあげた症例は,気管 支喘息児にみられた登校拒否症の2例で,第1例 は15歳男児,第2例は12歳男児である.両症例共 問診に共通点が多く,幼児よりアトピー性皮膚 炎,小学2〜3年生より気管支喘息の発作をくり 返して治療を受けていたが,ある時点より学校へ 行きたがらなくなり,発作の苦痛を訴えて登校し なかった.親は年少の頃は発作があっても登校し たのに,年長になると苦しさを強く感じるのか等 と考えている間に,やがて本格的な登校拒否症と 診断された例である.、この場合,くり返しおこる 発作が登校拒否の原因なのか,あるいは元来学校 へ行きたくない子供が喘息発作を口実にしている のかが問題で,喘息と登校拒否症との関係につい て考えてみたい.

 学生A:第1例について述べる。

 症例1.

 M・T・昭和41.1.17生(15歳1月)

 主訴:喘息発作の頻発(昭和51.8.23初診)

 家族歴:両親健(但し母が10歳年上),.同胞3

(姉2人で,本人は3番目の男子)

 既往歴:満期産,生下時体重3,3009.アトピー 性湿疹の他に特記すべきことなく,順調に発育

(水痘,麻疹,風疹,耳下腺炎はすみ).小学2年 生より体重増加し,肥満傾向.

 現病歴:小学3年生より喘息発作毎月正〜2回 おこるようになり,近医にて治療を受けた.昭和 50年も回数は多くないが,中々よくならず,近医 はステロイドを用いたという.昭和51年6月より 発作多く内服薬を中止するとすぐ発作がおこる.

これをくり返し,夏休みも同様なので,同年8月 23日当科受診.

 現症:身長142cm,体重42・8kg(51.8.23−

9歳8月時).来院日は発作なく,咽頭後壁にリ

ンパ濾胞(蒔).

 検査所見:血算R512万, Hb 14.79/dl, w 8,900,

Seg 44, E 6, M 4.5, Ly 45.5,好酸台数563,咽

頭培養:正常菌叢,血沈3−7−16,X−P(胸 部)異常なし,1秒率79,アレルゲンテスト=20 種の中綿(粁),ヒメガマ(卦)(これは後に陰 性となり,13歳杉(升)).

 治療:気管支喘息と診断し,遠方なので近医に ヒスタグロビン注射を1週間1回,20回を依頼 し,時々当院に来院して検査することにした.

 その後の経過:ヒスタグロビン注射で好調とな り,検査に来院する時は時間切れでその後の検査 なし,発作は軽くなり,次のようなおこり方であ

った.

 51. 8/23, 24, 26, 27, 29, 9/4, 6, 10/8

52.3月以降,朝の咳もなく好調,6月初より毎

  KazロKASAI, M.D.(Department of Ped量atrics, Tokyo Women s Medical College):

school日re£usa1.

Bronchial asthma and

一989一

(2)

日発作,近医にてよくなる.

 53.5/15,28,7/24,8/28,10/3…この頃より

;薬で胃がわるくなる,Intalでのどがおかしい等 と因縁をつける.

 54.1/10,28,3/18,19,5/14,7/13,9/末より 夜6時半発作,12/3頃より朝おきがわるい,o・D・

(+).この後は発作は軽いがおこる,学校を休む ことが多くなる.

 55.4/21.一度入院してゆっくり話をして検査 しょうということになり,5/20来院したが,少し 待たせたり手違いがあったら,新宿から吉祥寺ま で歩いて帰ってしまい,その後登校拒否ひどくな

る.

 55.8.成績わるく,薬をのめぼひどい発作は ないのに,朝苦しいといって学校へ行かず.

 笠井:この児は5年生頃までは優良児で成績も よく常にほめられていたが,担任が変ったりして 成績が落ち,中学になって登校拒否症となったの で,小児科心理室の石渡先生が相談に乗って下さ っている.

 石渡:昭和54年12月27日(13歳11月)に登校拒 否を主訴として,母親だけが心理室に来室され

た.

 生育歴:まじめでおとなの言うことをよく聞 き,よく勉強をする子だつた.母親は期待にかな う子と思っていた.しかし,これは自分のやりた いことよりも親の評価や期待に合わせすぎた過乗1 適応の状態であった.当然反抗期はなく,幼ない 頃から友人にとけ込めず,完全癖であった.小学 5年の担任からも創造性や自我の未熟さを指摘さ れているが,もっと早くからこの面を問題にすべ きであった.

 家族:父は親ゆずりの家内工業を経営し,無口 な職人タイプ.母より10歳年下ということも影響

していると思われるが,家庭内で実権に乏しく,聾 児に対しても毅然とした態度を示すことがない.

 母は長年教師を勤め,現在は家庭に入ってい る.学業偏重の価値感が強く,非常に支配的.三 児が始めての男児で大喜びし,子育てに専心する ために仕事をやめたという曰くがあり,患児との

一体感が強すぎる.

 姉2人は,母と適切な距離を保ち自立してい る.柴町の不登校に関し厳しいことも言うが,最 もよい話し相手になっている.

 経過:中学2年一朝起きが悪く遅刻・欠席が多 くなりだした.学業成績が落ちてきたのがきっか けらしい.中学3年1学期末一成績が悪いのにシ ョックを受け,自室に閉じこもった.その後ほと んど登校していない.

 心理相談一一患児は登校ができないのと同じ理由 で心理室にも来ることができないので,母親のみ 陀め面接を2週間に正目の頻度で継続している.患 児への干渉をできるだけ控えること,とくに登校 を強制しないように助言した.

 母親は,不登校に対する不安と患児への両価感 情(かわいさと憎さ)を毎回表明し,涙すること が多い.未だ問題の本質を了解せず,喘息で身体 が弱いから適応できないと考えている.病院から 自宅まで3〜4時間歩いて帰ったことがあった後 でもこの考えは変らないでいる.支配的態度も本 質的には変っていないが,表面上はかなり口出し を控えている.

 患児は,思ったように勉強に集中できないイラ 立ちを感じながら,始めは宿題だけはこなしてい た.現在は勉強以外のこともほとんど手がつかな い.不全感から,スリッパをキチンと揃えないと 気がすまない,こうして他人の分まで自室の前 に揃えないと気がすまないとか,「1,2,3ポ ソ」と言ってからでないと行動が起せないなど,

様々な強迫行動を表わしている.母親に対して は,寝る時そぼについていてほしい,手を握って いてもらうと早く寝つくことができるといった幼 児的依存を表わす反面, 「あんたが死んでもイン

コが死んだほどにも思わないから」とか,数年前 のことなのに「よくも水泳教室に行かせたな」な どと拒否的攻撃的感情も表わすようになった.・母 親は患児によかれと思ってしてきたことぽかりな ので,長年うらみに思われていたと知り驚がくし ている.しかし患児が依存にしても攻撃にしても 少しずつ本音を表わせるようになってきたのはよ

(3)

い傾向である.学校に関しては留年も浪人もイ ヤ,ぜったい高校受験すると言っている.

 問題点:患児は周囲からの評価に基準をおきす ぎ,自主性・自我・創造力・社会性といった精神 的成熟が遅れてしまった.

 母親は夫への飽き足りなさ,1人息子,末つ子 などの要素が重なって瀬野の養育にのめり込みす ぎた.そして支配的・学業偏重で母性的ではなか った.支配則すぎるという批判に対し,患児が喘 息で身体が弱いからと正当化し,改めようとしな

かった.

 父親は,患児の自我,同一視のモデルになり得 ていない.妻に精神的充足を与えられず,妻が三 児と一体感を持ちすぎることを矯正できなかっ た.現代の社会全体が学業偏重であることも大き

く影響している、

 笠井:この例は私にとっても,親にとっても登 校拒否症になるとは思わなかったショッキングな 経過である.

 第2例は発作は第1例より重症のようである.

 学生B:第2例について述べる.

 症例2.

 S・N・昭和44.2.28生(11歳11月)

 主訴:喘息発作と登校拒否

 家族歴=両親離婚,母の実家にいる.同胞2

(妹1人),祖父母,伯叔母3,皆独身.

 既往歴:特記すべきことなく,おとなしい児と して発育.但し身長は低い.3歳からアトピー性

皮膚炎.

 現病歴:6歳より月2回位の発作あり,近医受 診.軽発作であったが,8歳より発作重くなる.

昭和54.1/14より時々登校前に腹痛を訴えること があった.54.11/3〜11/8重症発作で入院,臨床 的には中等症.

 現症:55,10/12入院時は呼気性呼吸困難(甘),

起坐呼吸(十),チアノーゼ(十).胸部所見は呼 吸音弱く,呼気延長(+),咽頭軽度発赤.点滴

とネオフリソで軽快した.

 検査所見:血算R494万, Hb 13.89/dl, w 5,500,

Seg 39・5%, E 12%, Mo4%, Ly44.5%,P。1.35.

3万lgG 1,140mg/dl, IgA 462mg/dl, IgM 129 mg/dl, IgD 18mg/d互, IgE 820mg/dl,アレルゲン テスト20の中house dustのみ(卦).

 治療:登校拒否もあり,昭和55年は専ら乾布マ サツ,鍛練療法をすすめ,house dust減感作を行 なった.

 経過:登校拒否については当科心理で観察して

いた.

 昭和55.10/12喘息発作をおこし救急受診,入 院となった(55.10/12〜56.1/31).

 入院していれぽ発作はないが,外泊すると必ず 発作をおこして帰ってくる.外泊しよう,登校し

よう,退院しようという話をきいても,その夜ま たは翌朝発作がおこる.

 石渡:第2例は昭和55年10,月15日に登校拒否を 主訴として本人共に心理室に来院.

 生育歴:患児出生前より両親の間にトラブルが あり,1歳7月より別居,4歳離婚となった.し たがって患児は出生直後から,安定した母親に十 分依存するという機会に恵まれなかった.

 乳児期一人見知りは激しかったが,とくに母を したうということはなかった,

 2歳一帯出生.母親は妹(股関節脱臼であっ た)の世話にかかりきりで,患児は母の姉たちに 面倒をみててもらうのが通例となり,ここでいっ そう母親依存の機会を失なった.

 3歳ごろ一反抗期なし.

 小学4年ごろまで,交友はあったが従属的な関 係が目立つた.

 小学5年一新しい組になったが級友の中に入れ ず,いじめられつ子の傾向があった.

 母親はいくつもの塾に通わせ,月曜から土曜ま で毎日,多い日は2ヵ所も通わねぽならないあり さまであった.

 家族:父一(患児には死亡と教えられていた が,写真もないので患児は不審に思っていた)母 一自信のない不安の高い人.家族の家事を分担し ている.直接収入がないので,患児はおぽたちに 養なわれているような肩身の狭い思いをしてい

る.

一991一

(4)

 妹一小学3年.やはり塾通いで日曜日もつぶれ ている.患児のうつぶん倒しの対象.

 祖父一阿児にとって唯一の同性であるが,家庭 内では全然権威がなく,患児に対してもほとんど 影響力なし.

 祖母一患児に手をかし甘やかす.

 おば(母の姉)3人一いずれも独身で働いてい る.患児には皆やさしいが,母とは犬猿の仲とい

う:おぽもいる.

 大家族制で母子3人だけになる時間・空間が全

然ない.

 経過1小学5年始めより,級友の中に入ってゆ けず,担任教師から弱すぎると言われた.家庭で は朝起きられない,イライラしているなどが目立

つた.

 小学5年末一喘息の重症発作で入院.登校拒否 傾向があったが,主治医はなかぽ強制的に病院か

ら登校させた.

 小学6年一退院し,家庭から登校始めたが欠席 が多く, 4月目1/4程度欠席, 9月にはさらに多

くなり,10月から不登校となった.

 小学6年10月〜1月再入院一きっかけは翌日か らの学校行事からの逃避であった.

 入院当初は自信のなさ,不安緊張の高さ,精神 的未熟さが目立つた.例えば,心理テストに全然 応じることができなかったり.母親が帰ってしま

うと電話をして「ボクは死ぬ.遺書は枕の下に入 れておいたから.」などと言って母を呼び戻した

り,1人では眠れず,夜中の病棟をうろうろ歩き 回ったりした.

 両親離婚の件は,病室で母子2人だけになった 機会に,開学が母親に聞いてきたので真実を伝え た.それによって母子ともかなり明るくなり安定 を増した.母子間で何でも自由に話せる雰囲気,

とくに大事なことはきちんと話せる関係が大切で

ある.

 患児は,外泊→現実に1歩近づくこと→登校と 感じ,外泊のたびに喘息発作を起して帰院した.

退院後も心理室に通うこと,通院中であるから学 校はもうしぼらく休むようにと安心を与えたとこ

ろ,退院を納得した.担当医交替のため少し無理 をしても退院を計画する必要があった.

 退院後,喘息発作は軽症でおさまっている.母 子3人になれる部屋にしたところ,甘えを見せて

きたなど順調な経過をたどっている.パニックは 起さないが,謂いじめをする.友人をさけて,家 にこもりたいくつな1日を過している.

 問題点:乳幼児期に十分母親に依存できなかっ た.父親不在で自我同一視のモデルがない.母親 は期待過剰で共感性に乏しく,患児の自信・創造 性・自立心が育ちにくかった.

 笠井:気管支喘息という診断については問題は ないと思う.5年生の講義では既に気管支喘息を とりあげたことがあるので,大略を述べる.

 気管支喘息は,気道の過敏性が充進し,諸種の 刺激により気道狭窄が起こり,呼気性呼吸困難発 作をおこすが,変化は可逆的で,発作のない間激 期は全く正常状態で健康児と変りはない.

 発作が反復することと親子の心理的ストレスー 登校拒否症へのつながり

 発作は苦しく,本人はもとより,傍にいる親も 共に息が苦しくて死ぬのではないかという不安 感何とか早くなおらないかとあせることにな る.喘息は発作をくり返すという疾患特徴をもつ ので,大丈夫と思って登校させても学校で発作を おこすことをくり返すこともあり,この場合親子 共にあせる条件づけが成り立つかも知れない.す なわち,子供としても級友に発作で苦しんでいる 自分を見せたくない,親としては自分の目の届か ない所で発作がおこった時,直ちに適切な処置が 行なえず苦しみが長びくのではないかという不安 にかられる.また,先生側は集団を教育している ので1人に手をかけてはいられないし,もし何か 事故をおこすと学校内のことはすべて先生の責任

となるので,必要以上に神経質になり,発作の時 は登校してくれない方がよいと考える.すなわ ち,発作が頻発すると,患児も親も学校もすべて 登校したくない,させたくない,させないでくれ と3方面から学校を休む方に傾く.気管支喘息の 側からだけ考えても,何となく学校へ行かないム

(5)

一ドがかもし出されるようである.

 親にもいろいろの考え方があり一様で斜ない.

間歓期は気道の過敏性は健康児とは異っている が,みかけは全く同じで普通生活を行なえるの で,発作が治まれば気管支喘息はな おったと思 い,気管支喘息の病態を理解しよう1としない親が ある.発作をくり返す度にあわてるが,すぎれぽ 呑気になり,重症発作の時は家の子は何でこんな に弱いのかという程度しかわからない.一方,病 気の理解が不十分であるのは同じであるが,苦し い発作さえおこらなけれぽよいと思う親もある。

発作が運動の後や疲れた時におこったと思うと,

間三期でも必要以上に安静臥床を強いる過保護型 で,かなり多く見られる.どちらの型の親も共 に,子供の学習については遅れずについて行くこ とを期待するので,学校を休んだら学習にも遅 れ,将来の生存競争に打ち勝って行くのは難しい のではないかと思っている.

 子供の:方も発作は苦しいが,夜中は昼間忙しい 母親に気兼ねして,できるだけがまんをする.こ らえ切れずに母親を起こす,病院に行くとなれぽ 父親も起こす,その上経済的な親の負担も考えて しまうというわけで,子供なりに気をつかう.親 としても,夜ふと目をさまし,子供の息づかいを 見ると,ヒューヒュー,ゼロゼロしていて苦しそ

うなので,よく眠っている子供をつい起して薬を のませる.子供は発作はあるが,大したことなく 眠っている時でも,結局夜起きることになるの で,睡眠不足となり,翌日は眠くて意欲なく,学 習も行なえない,何となくズルズルと1日を過 す.このようにして種々の条件が悪循環し,登校 しなくなる場合が多い.

 この2例共今ふり返って見ると,喘息に関して 医師との間の緊密な相互理解が必要で,どこかで 早く気付いて悪循環をたち切るべきであったと思 う.子供の心の動きや言動に対して観察不十分の 点もあったことを反省する.

 喘息発作にまけて登校拒否になる可能性も多々 考えられるから,発作に逃避しないように,精神 的の面から小児の発育過程をよく理解して,正常

り発育軌道に乗せるようにしなければならない.

 気管支喘息は,子供の場合は12〜13歳頃までに 30〜40%は自然に治癒するといわれている.治癒

という判定は3年間無発作が条件になる.検査法 も治療法も進歩して来牟が,治癒判定にもう一歩 ふみ込んだ方法がないかと思う段階である.

 発作の予防一気象とPisodium Chromog1五・

cate吸入

 それで,たとえ全治でなくても,予防法を講じ ても発作が肺こらなけれぽ,子供は元気に発育

し,親も発作の心配から脱れて安心する.予防に は,アレルギー剤や喘息薬の服用も考えられる.

私は,古くから喘息発作は天候と関係サるといわ れていることから,天候や気象因子のどの因子と 発作が関係するのかがわかれぽ,発作のおこりそ

うな日には人工気候室に避難することもできる し,その因子を調整すれぽ発作はおこらないだろ』

うと考えて,気象専門家との共同で研究をはじめ

た.

 そこでわかったことは,人工気候室で調整でき るような個々め 気象因子ではなく,総合的な気圧 配置に関係して発作が増減するらしいことで,分 類すると9つめ天気図となる(図1).ζのよう

な天気図の場合は」喘息発作がおこり易い.この天 気図を基にして,天気予報のように,今日は発作 がおこり易いようだから薬をのんでおくとか,予 防措置を行なうとかいうことができれぽ発作を防 止できる筈である.そこで1年間ずつ2回にわた って,この天気図を予報用として用い得るかどう かを確める調査をした.気象庁からの午前9時の 天気図について,発作がおこり易いか,おこり難 いかを予測し,それと実際の発作とを対応させ た.表1に示す監査基準によって得られた野饗率 が50以上ならば予報用と して実用になる.・2回の 調査はいずれもかなりよい適中率を示し,・1966年 12月以外はすべて50以上で,平均しても1回目 63.4,2回目68.5となって,共に予報用どして十 分に利用できることが確められた.また,不適中 の場合を見直しても選び出した9つの天気図が悪 いのではなく,ちょっとした見落しや読み違いが 一993一

(6)

1型        II型        m型

以. 山

@ 9!

4  

.  鰹    .畜  H   8ドL

@亀.

彰乙

亀..

1V型        V型 VI型

   ノ    

@H! .

求i覧

侮 r・ 臨

1ヒ6

粗型 皿…畢 皿禦

    . 9 ●

B・

鋤嶺      ,

      1型:吹き出しがあ.ってから2〜3日後の型        冬に見られる型である。

      H型:鯨の尾ひれ型 夏に見られる型で,

      太平洋にある鯨型の高気圧の尾ひれ        にあたる。

      III型:気圧の谷型 以前からいわれている       型である。

      W型:北高型 梅雨期にあらわれる型であ        る。

      V型:台.風来海馬の型 夏,秋に多い。

      W型:移動性高気圧通過.前の型 移動性高       気圧が通り抜けると発作は減少する。

      孤型:口偏型高気圧 今までのものより高       気圧が南によっている型で春に多い。

      皿型:梅雨の合間に見られる型で,本邦南       岸の前線が南に下.がっている間は発       一己発し,北上して低気圧が近づく        と減少する。

      猛型:〉型と似て.いるが,台風接近ととも       に発作急減する型で,秋,夏に多く,

      これも台風進路により予報に間違い       .をおこす。

図r喘息発作の起りやすい気圧配置

表1 腸息発作予報結果の監査基準

記号 階級区分 点数 説      .明

+2. 良く適中 100

+1 おおむね日中 75 増加(減少)と予報して傾向的に増加く減少)した

0 可もなく不可もなし 50 数々沙なくて増ヵ目とも減少とも判断しかねる場合 一1 おおむね不適中 25 増加を減少,減少を増加と予報した場合

一2 全く外れ .0 騎垂鞠と予報し騨に減少した鵬・ある照

多いよう.であった.勿論,喘息そのものの病態か ら考えても,全部が天候によるものではなぐ,...

その時の個人の状態によるもので,むしろ当らな い場合があって当然であろう.しかし,こどもの 場.合はかなりよく.適中する.注意してほしいこ.と は,この天気図になったからといってすべての喘 息患者が発作をおこすのではな.いという.ことであ

る.火災警報と同じで,警報が出た「火災.のおこ り易い天候」であってもすべての家が火事をおこ すのではない.従って「喘息の発作警報」.といっ た方がわかり易いかも知れない.

 この天気図から発作のおこり易いことがわかっ たとしても,予防の措置がなければ,ただ,徒ら に.不安になり,暗示的に作用して,おこらなくて

もよい発作を惹き起すことにもなり.かねない.そ こで有効な発作.予防法として,抗アレルギー作用 をもつDisodium chromoglicate(Inta1)の吸入 がある.これと天気図の.組合せによって発作防止 ができるめではないかと考えた.

 年長児や親達に発作のおこり易い9つの天気図 を理解してもらい,天気図り時間的推.移によ.り発 作数の変化する場合の経過も説明し1毎朝.のテ.レ ビの天気予報の天気図に9つの型と似たものがあ れぽ忘れずIntalを吸入することにした.その 結果は大変よく,この第1の症例でも天気図に興.

味をもち,自分で発作をコ γトロールでぎた上,・

その状況を夏休みの.自由研究にまとめたりした. 1 他にも効果を.あげた例は多く,..ことに秋の運動会

(7)

各月の喘息予報適中率 表2   (1966巨10〜1967,11)

   藍査.

@  基準 N月

+2 +1 0 一1 一2 適中率.

1966年10月 13 5 .0 2 4 67.0

11月 16「..6 0 2 6 70.0.

12月 5 2 7 11 4 .44.0

.1967年1月. 9. 1 11 5 1 61.0

2月 13 5. 6 2 2 73.0 3月 18 7. 2 「3 .1 81.0

4月 2 12 5. 4 52.0

.5月 12 3 9 5. 2 65.0

6月 10 3 11 3 3 62.0 7月 11 10 .4.. 2.. 4 71.0

8月. 9 12 4 4 2 68、0曲

9月 9 4 2 9 6 5010

10月 14 6 2 4 5 69.0

11月 12 3 3 4 8 56.0

合計.

i%)

158

i38)

.69 i17)

73 i18)

61...

i15).

52.

i12) 63.4

表3  (1970.7〜1971.6)

   監査

@  基準 N月 +2

+.1 0 一1 一一Q 適中率

1970年7月 6 11 7 6 0. 64.1

8月 3 13 7 6 2 57.2

9月 10 7. 5 4. 4 62.5 10月 14 9 3 3 2 74.2 11月 13 6 2 7 2 67.5 12月 15 ・8 2 6 0 79.0

1971年1月 5 15 4 0 62.1 2月 10 9 5 2 2 70.5

3月 』11 9 1 .3 67.7

4月 9 9 5 6 1 65.8 5月 11 9 11 1 0 72.6

6月 15 9 3 2 1 79.2

合目i%) 124

i34)

102 i28)

?4 i20)

48

i13)

17 i5) 68.5

発作増加 発作急に減少

H L1

H

{k .L

々.

  L

 梅雨前線がわが国南岸沿いにあるが北方の高二二が  一時強まp.前線を南にお.し下げるような型で発作増

 加.

 前線が北上,低気圧が接近すると発作減少.

      v皿型

図2.・天気図の経過と発作の増減(春・夏の場合)

や遠足では,初めて参加できた上に賞をとった り,完全に最後ま.で歩き通した等の感激的なエピ ソードも多かった.運動会や遠足の行なえる好天 の.天気図は発作のおこり易い天気図と一致する場 合が多く,.前夜までは発作なく,参加できると楽

発作増加 発作急に減少

lL

L

H

H H H

φ

ρ

 移動性高気圧の分離が明瞭でない場合,日本海方.面  より高気圧東通.して発作増加.

 東方洋上に通り抜けて発作減少.

      VI型

図3 天気図の経過と発作の増減(秋・冬の場合)

しみに準備したのに,明方から発作となづて参加 できなかったという経験は喘息児の誰もがもって

いる.

抗アレ.ルギー薬は気象と関係なく用いること.が できるが,天気図と組合わせて使用することによ る利点をあげてみる.

 1) 患児(年長児)や親自身が天気図を読み,

自分で予防措置を講じる』

一995一.

(8)

 2) 自分でIntal吸入を行なう.一息に吸うと か,こうすれば奥までうまく入るとかの工夫を自 分でする,

 3) 天気図を見て,今日は発作がおこり難いと 判断した時は吸入をやらないでおくこともでき

る.

 4) 行事め前夜や当日は,天気図で天気を予想 すると共に自分で効果的に吸入を行なって行事に 参加することができる.

5) 自分の天気図のよみちがいや,ある程度の 軽い自覚症状があってからでも吸入の効果がある ことを発見する.

 このように,親子共にある程度自分達の力で.楽 しみながら予防できるのは大きな利点である .な お9つの天気図といっても,各季節毎には2型ず つ位で,原理を理解し応用すれば簡単にわかる」

発作の予防一身体と精神の鍛練

 この他に発作軍歌期に身体と精神の鍛練を行

.・C自律をはかり,発作防止を心掛ける鍛練療法

)〜ある.当小児科教室でも昭和46年頃より小規模 Dものを行なっていたが,第一衛生学教室石井郵 貯のお力添えで,新宿区立足柄学園を借り.ること

)ミでき,夏休み中の5泊6日,30〜50入の夏期短 明合宿を行なうようになった.そのうちに新宿区

)・ら予算もつくことになったが,その第1回をト ーキーの8ミリで撮影してあるので見て頂きたい

8ミリ映写).

既に御承知のように,集団生活では自律心や克 ヨ心の養成,過保護からの脱却,母子離断(paren−

ect・my)等の促進が期待されるが,喘息児の合 首では,さらに,疾患に悩む老同志が弱味をいた っりあいながらの仲間意識と思いやりから,健康 巳より遅れている運動その他の能力のとり返し 妻ねらうこともできる,「喘息は自分でなおせ b.」という自信を得させたいと思って存分に遊 ゴせ運動をさせると,はじめの間は夜におこるか 5知れない発作の不安から私の傍に寝たがるが,

診がては少し心配だから傍に寝させようとして も,深呼吸や水のみでなおるといってそぼには来 貢くなる.なお,夜の発作が両親を心配させ,病

院につれていってもらう手間や経済的負担をかけ ることについても,子供なりに気にしていること はよくわかる.

 喘息の話が長くなったが,登校拒否について石 渡先生より伺いたい.

 石渡:登校拒否について大略を説明する.

 登校拒否とは

 登校拒否(scho・l refusa1, school ph・bia,学校 恐怖症,不登校,登校強迫などとも言う)は1932 年にBroadwinが最初に報告した.学校へ行きた

い,行かねばならない,という本人の意識があり ながら,主に神経症的状況によって登校できない ものを言う.

 精神障害(精神分裂病,うつ病,赤面恐怖など の神経症),怠学,知能や身体異常による二次的 登校拒否,意図的登校拒否,一過性の登校拒否は

除く.

 発生率

 地方より都市部,年少より年長児に多い.最近 は年々.増加の傾向がある2).発生率は調査によっ て差があり,0.03%〜0.9%と報告されている(表

4参照3)).

 症状

 一般的に次のような状態を呈するものが多い.

前の晩は明日は登校しようと時間割を揃えるなど の準備をするが,翌朝になると頭痛・腹痛・嘔吐 など心気症的訴えが出やすい.登校しようとする と出られず,トイレや自室にとじこもったり,登 校を強制されると暴力をふるったりして抵抗し,

結局学校に行けない.午前中は具合が悪いが午後 は元気になる.日中は好きなことを飽かずに行な い(プラモデル,ニューミュージックなど),そ れによって気を紛らわしているのかと思えるもの と,無為に日を送るものとがいる.人には会いた がらず,外出したがらない.

 発症には何らかのきっかけ(原因ではない)が あって,急に起ってくるものと慢性のもの,その 混合のものとがある.いずれにしても休みが続い た後に発症しやすい.きっかけとなるのは感冒,

ケガなどごくささいなことや,自尊心を傷つけら

(9)

表4 登校拒否児出現率実態調査(神保信一1980に   よる)

No, 調査者 調査年 地 域 調査対象 出現率

1 若 林 1964 名古屋市

、知県下

小.学 生

α06%.0.03%

2 鈴 木 1965 横 浜 甫 小 学 生

? 学  生

0ユ01%・.

O,414%

山.形 市 小 学 生

?学  生

.0.03%

O.14%

相模原市 小 学 生?学 生 0.35%O.82%.、

3 森 脇 1965

渋 谷 区 小 学 生

?学 生

0.14%

O.26%

北区(東京) 小 学 生

?学 生

0.28%

O.75%

4 小 野 1967 香 用 県 小 学 生.?学 生

0,052%

O,110%

5 今津他 .ユ967 徳 島 県 小・中・高で 0,216%

6 福田他 1969 高  知  県 小 学 生

?学 生

0,035%

O,130%

.7 園 田 197G 鹿児島市 小  学  生?学 生 0,016%O,038%

8 小 浜 1970 横 浜 市 小  学  生? 学  生 0.19%ソ50%

9 村上仙 1971 松 山 .Ili 小  学  生

?学 生

0,035%

O,045%

10 根本他 嘘972 千  葉  県

小 学 生1.i1 学 生 0.5%

O.9%

れるような事件,給食のトラブル,友人間のトラ ブルなどが多い.慢性は心気症的訴えから始まる ことが多い.また年少児ははっきりとしたきっか

げを訴える者が多く,年長児セこは,それが少なぐ なる.周囲が病気による欠席と考えたり,病院に 通ったりしているうちに,.不登校が連続し始める

(表5参照4)).

 午前中は抑う.つ的,無力的,.紙黙的,刺激過敏 的で,心気症的訴えが多いが,・・.午後には元気にな

り,比較的安定している.このような症状は登校 時間と相関して日,週,学期内に変化がみられ

る..これは診断の大きな手がかりとなる.

 登校拒否は研究者によっていろいろな分類がな されている.佐藤修策は以下の4タイプに分類し

ている。

 1)小学校低学年に多い,分離不安が強ぐ登校 せねぽならないという意識は高くはない.母親が 付き添えば登校でき,母が帰ろうとするとしがみ つき,強い不安を示す.下校後は友人と遊びに出

られる例も多い.

 2) 小学中・高年に多い.朝起きにくい.学校 について言及されると強い不安・恐怖を示す(手 足の強直,暴力,自室やトイレへのとじこもりな

ど).登校刺激がなくなると安定してくる.

 3) 中・.高校生に多い、やはり朝起きにくい,

表5 登校拒否発症契機(高木隆郎1965による)

?      発症契機 小低学年 小高学年 中学校 高学校』

先生に叱られる 3・1 0 0 0 31

友人に非難される 0 1 4 1 6

勉強(宿題・試験)ができない 1 2 4 1 ・8

学  校

係りになる. 0 1 0. 0 1「

夏休み 2 .ユ 0 0 3

転  校 0 0 0 1 1.

小  計 6 5. 8 3 22.

病  気 1 8 . 10 1 .20

台風がこわい 0 1 1 0 2

家 庭

父・祖父の死 o 1 1 0 2

小  計 1 1Q. 12 1 .24

総   計 7 15 20 4 46

対象全例

̲機発見されず

10 i3)

24

i9)

38.

i18)

8(4) 80

i34)

一997一

(10)

登校刺激がなくても登校していないことに自ら葛 藤が強くイライラして,家庭内暴力が起りやす い.ひそかに強くなりたい願望があって,何らか のスポーツを始めるものもある.

 4)中・高生に多い.人との接触を避け,極端 な場合は家人をも避け,自室にとじこもる.発症 は慢性的なものが多い,

 登校に対して直接的にどのような対応をするか は,年少児は親にすすめられて何とか行く,準備 をするという傾向があるが,年齢がすすむと初め から起きもせず,登校の意欲をまったく見せない

ものが多くなる.

 ・登校拒否は学校に行けないことに随伴していろ いろな症状を起しやすい.ほとんどの例に友人が いないか,いても不十分な交流しかない.その他 睡眠障害,昼夜の逆転,食事の問題,夜尿,ぜん そく,虚弱,腹痛,頭痛,暴力,怠惰,強迫行 動,ひきこもりなどがみられる.

 形成過程・背景

 本人 学業成績は問題なく,むしろ上位のもの に多発する.性格特性は,発症まではまじめなよ い子と評価されていることが多いが,じつは情緒 的に未熟で,完全癖,抑制的,自主性,想像力,

対人関係の乏しさがみられることが多い(表6).

 家庭 外面的にはとくに問題はなく,両親健 在,社会経済的に安定した家庭が多い.

 父 内向的,非社交的,神経質,男性的力強さ に欠け決断力に乏しい.逆に外向的で社会的にも

表6 登校拒否児の性格特性 (佐藤修策1967によ    る)

報告者 性格特性

引込み思案,自己中心的傾向,緊張過度傾向

山 本 (内弁慶,引込み思案)(分裂気質)(退避的,非社会的

q感,臆病,強情)

若 林 非社会的,内向的,自己中心的,非協調的,情緒発達

「熟

頁仁田 問題解決の構えにとぼしく,逃避的で抑圧的,完全欲

≠ェ強い 玉 井 小心,内気,内弁慶

村 田 情緒未熟を垂底とした,弱小な神経質傾向,依存的で ホ人緊張が占い

佐 藤 神経質傾向,社会性の未熟,内向性,自己中心性,鋭 qな感受腔

活動している例もあるが,家庭に無関心のため父 親としての家庭不在となる.いずれも子どもにと って社会性のモデルの欠如となったり,母子の共 生関係を強めたりし,子どもの自我悪熱を困難に

する.

 母 未成熟で神経症的な傾向が強い.情緒的に 不安定,緊張しやすく,強迫的,母子関係は過保 護,過干渉,共生的,溺愛または支配的となりや すい.他方,勝気で母性の乏しい例もある,その 例では子どもの依存欲求が満たされにくい.いず れも順調な自我の発達が障害されやすい.Bakwin による 過保護的母子関係により子供に形成され る問題  (表74))と登校拒否児の性格特徴は一 致するところが多いところがらも考えられるとお

り,症状形成では母子関係が最も重視され,治療 も本人に加え樟親に重点がおかれる,

 社会 人口の都市集中化,核家族化,孤立化,

価値感の多様化,学力至上主義の受験体制などが 問題にされている.

 形成論には1. 自我未成熟説,2.分離不安 説,3.息ぎれ説(よい子と評価されていたが思 春期になって,それは親に作られた理想像であっ て本当の自分ではないことに気づく),4.うつ 病説(Agrass, S)などがある.

 自我未成熟=素因に加え養育環境の不適切によ り自我成熟が順調に達成されず,幼児レベルにあ る.そのため学校生活(学習上,友人間,師弟間 の問題)に対応できないで現実逃避的になる(図

4).

 治療

 大部分の治療法が,自我の成熟を目標にしてお り,その結果として登校拒否が解消する.したが って学校復帰を中心問題としない.何とか登校さ せようとするあせりは禁物で,じっくり安定した 態度で成熟を待つ,この「待つ」ということが重 要である.治療者は症児の状態を十分許容し,共

感する.

 小児科は親も子も受診しやすい,また家庭医で あれぽ病歴,家庭的背景などもよくわかってい る,発症前にすでに心気症的訴えが出ている例が

(11)

表7 過保護的母子関係により子どもに形成される問題.(Bakw五n 1966による)

問      題

社会的適応

・利己的,暴君的行動

qシ人からの関心とサービスの期待

D・ェまんに欠ける

A・?b能力が優れ,人気とり,甘言,なだめすかレ,弱いも

@のいじめなどで我意とおす

nミ会的場面に対等に仲間とつき合えない Eわが.まま

E内気 不安 恐怖,服従的

・自宅では横着行動が多いが学校ではほとんど問題なし,善 学   校

 行模範児であることもある・.・問題がある場合たはゼがまんに欠け従順でなく,注意獲得的

D・ 叝早C言藷,書きとり,.歴史など文学に優れ,数学召まそれほどでな 友   人・

・友人作りが難しい(ボス的、リーダーを欲し,攻撃的,生意気)。年下の子や女の子と遊ぶ

興味∵関心

。読書に興味,若々しい活動をさけ細かいゲームが好き E体は敏しょうさ,耐忍力,筋肉協応発達阻止 B社会関係の欠如

.習. 慣 ・少ない,食事の問題

(穀\,㈱。ζ鵜。。。応一。樹巨否、。庭.糊,一、下段へ続く

?E)\燃(騰_講校磯・)

→暴力的・攻撃的となる→すべての対人関係から逃避  暴力的・攻撃的段階    自閉的段階

図4.自我未成熟による症状形成

多い,などから小児科医が治療に果すべき役割は

相当大き.い.

 治療の形は主に外来治療による.それが困難な 場合収容,または訪問,合宿などがある.子ども にはplay.therapy(箱庭療法,絵画療法なども.含 む)カウンセリングを行なう.自我の成熟をはか

るには.ゴ母子.関係の悪循環をたち切ることが重要 なポイソ.トで,ふつ.う子とは別に母親を担当する 治療者がつく.母親のカウソセリ、ングを通し依存 欲求,攻撃性,・葛藤の解消を援助していく.

 方法はどうあれ,治療者の熱意と強い関心が非 常に有効である.

 具体的な助言も有効かも知れない、・O登校の強

制をやめ,なるべく再登校の不安をもたないよう に.○治療には年単位の時間がかかる.o親は子 への過保護干渉をなくし,.まかせて待つ気持が肝

.要.oおこづかいの適正限度.を守らせる. Q家庭 での手伝いなどで役割を持たせる.など.

 治療法の一部.には待つより,行動療法的アプロ ーチによ.り積極的に登校させようとする.方法もあ

.転年少の分離不安型の例では有効かも、しれな

い.r

 治療効果,予後

 治療終了時の学校復帰率は70〜80%が報告され ている.終了後3年前後の予後調査での学校復帰 率は40〜75%と低くう.登校拒否が再.発しやすいこ

一999..一

(12)

表8 登校拒否の治療効果(佐藤修策1979による)

()は傷 研究者 総児童数 良好 不良 治療中 不明 タ ル ボ ッ ト 24(100) 20(83) 4(17)

ク  ラ  イ  ン 10(100) 7(70) 3(30)

スッテンフィルド 5GOO) 4(80) 1(20)

アイゼンベルク 27(100) 21(78) 6(22)

アイゼンベルク 67(100) 48(72) 19(28)

シェフィールド 47(100) 40(85) 6(13) 1(2)

藤      掛 13(100) 9(69) 4(3D 村     田 15(100) H(73) 4(27)

村     山 34(100) 22(65) 8(22) @4(13)

14(100) 8(57) 4(29) 2(14)

斉      藤 7(100) 5(7D 2(29)

佐      藤 35(100) 25(71) 10(29)

牧     .田 21.(100) 15(7D 6(29)

園      田 30(100) 24(80) 6(20)

49(100) 29(72) 20(28)

良好=学校復帰

とを示している.しかし5〜io年後の予後調査で の適応状況良しとされたものは80%(小泉英二・

他,1979)と悪くなく,再発しながらもいずれは 適応していると見ることができる(表8),.

 笠井:

 登校拒否症の背景と小児科医の課題

 今のお話のように,昔だつて登校拒否症は潜在 的にあったかも知れないが,現在マスコミにとり あげられて急に注目されて来た.バッタや蛙を道 端で見つけてついずる休みや遅刻をすることはあ っても,一時期だけでなおっていたと思う.

 石渡先生のいわれるように自我の発達未成熟が 根底にあるとしても,正常な発育の軌道上では,

多少の遅速はあってもその段階をのり越えてこど もは身体も自我も発育して来るわけである.自我 の発達を阻害するものは何かということがわかれ ば,予防も長期予後もわかる.小児科の究極の目 漂が「子供を立派な成人にまで育てあげる」とい うことであれぽ,発育過程のどの段階でどういう 注意をすれぽ登校拒否症に早く気付き,ながく悩

むことなく,立派に成人させることができるかを 考えなけれぽならない.

 この場合常に出て来る言葉は,「親の育児態 度が悪い.」, 「子供に過剰期待をするのがよくな い,」であり,とにかく「母親が悪い.」である.

確かに子供にかかわる時間のながい母親に問題が あるというのもわかるが,昼間は家にいないとい

う理由で父親に責任がないとはいえない.母親も よかれと思ってやったことなので,ただ悪いとい われても困惑するばかりである.しかも家庭内暴 力も校内暴力も登校拒否症と同じく自我の発達未 成熟が原因であり,更に親や祖父母殺しにも通じ るとされているので,これは小児科医としても改 めて考えて見なければならない問題である,

 今,登校拒否児を持つ親達の多くはその思春期 から青年期を戦中から戦後にかけての時期に過し ている年齢である.戦中の歪んだ教育,「ほしが りません,勝つまでは.」の標語そのままの物資 欠乏,学びたいと思ってもそれが叶えられない学 徒出陣や学徒動員.動員された工場や他の職場で

(13)

は,慣れない仕事に従事し,時には意地の悪い上 司や古参の者に学生はだめだといじめられながら も,若い一途な気持で国を信じ,大人を信じて何 の疑いもなくその状態に対応して頑張つた,もっ と若年齢の者は,幼児疎開,学童疎開と親許を離 れて慣れない田舎での集団生活を余儀なくされ,

食物も乏しく,愛情にも飢えながら生活した.そ して思いがけない敗戦.「真相はこうだ.」「戦 争はしなければよかった.」 「今や自由だ!」「民 主主義だ.」と教育も変り,農地開放その他で従 来の考えとは全く異なる状況となった.この不連 続線によるギャップ,教育の破綻,価値観の変化 は, 「正直者が馬鹿を見る」世相を形成した.こ のような歪んだ環境に育つた親達は,うまく世の 中をわたりたい,我が子にはこんな目にあわせた くないと思い,この願望が屈折してその子供の上 に異状な影を映す,

 私共の昭和41コ口当科喘息外来で行なった田下 式親子関係テストでは,好ましい親子関係は少な

く,期待,不安,溺愛,盲愛,盲従,干渉等を示 し,両親共に危険な親子関係が多かったが,それ から15年経つた今もなお親の心情やあせりは同様

である.

 一方,育児についても核家族化の進む世の中 で,若い新米の親が不安な気持で育児書やマスコ

ミの情報過多の中を迷いながち行なっている有様 である.現在種々の便利な機械や器具を説明書通 りに扱えばうまく使用できることを経験した若い 親は,育児もまた育児書通りに行なえばすべてう まく行くと考える.所が育児は機械と異なり,個 人差もあって説明通りにはならない.

 その上に母親については,親としてのみでな く,女としての生きがい論や幸せ論,共働きの問 題等もひろく論じられ,母としての迷いを感じな がらも,女としての可能性も追求されることにな る.このような親の迷いや,我が家さえよければ 隣人のことは意に介しないという社会的趨勢は,

その子供に心の問題となってあらわれて来たので はなかろうか.自分がやってよいことと悪いこと の区別や,自分で責任をとるこ.との判断ができ

ず,何でも他人のせいにしてしまう甘えが親にも 子にもある.

 小児科の目的が「次代を荷う立派な成人を育て ること」とすると,その守備範囲の広いのに気が つく.従来は栄養をよくして身体的な発育をはか ることには注意したが,精神の問題は自然にうま く行くと思っていた.しかし現在では,親とは,

子とはという問題から心身の両面をふくめた発達 小児科学,地域社会小児科学の分野がひらけ,そ の重要性や問題点が見直されている.育児相談は

1年までの問題ではないのである,

 気管支喘息と登校拒否症という2つの疾患につ 陸て考えることは,少児科の原点に戻って,親と は,子どは,友とは,近隣,地域,国とは何かを 考え,更に発育が正常軌道で行なわれるように,

身体ぽかりでなく,自我という精神心理的な面ま でを考えて育てあげる途を見出すことになる.父 母相互のいたわりあい,近隣とのつきあい,父母 の生き方を子供は現実にその目で感じつつ,よい 大人に育ってほしい,楽しかるべき二度とかえら ぬ若き日を登校拒否等で悩むことなく過させたい

と思う.

 この発育の段階は種々の分野から研究が進めら れており,また適用される技術も多岐に亘ってい

る.私共小児科医は医学の進歩に遅れないように 自分をきびしく律し,研究事項については鋭く置 く考えて行かなければならないが,一方,この多 くの分野での研究対象となっている子供の育って 行く過程では,これらの分野にわたる広い視野に

もとづき,r高所からの見地に立って,気ながな目 で見通す心掛げも大切である.1日に5回食事さ せても早く大人にはならない.また研究の面で は,関連する分野との間の境界領域における協同 研究が重視され,分野の異なる研究者間で,お互 いに受けいれるひろい心をもつて,理解を深める

とともに,新たな研究の検討が望まれる.

 本日の症例はまだ治癒の段階には至っていな い.2人共「わかっているけど,学校には行かれ ない」心境かと思う.1日も早くこの弱さをふつ 切って元気な男の子になってほしいと,私共は希 一1001一

(14)

望をもつて気ながくみまもって行きたい,

         文  献

 1)Broadw量n,1.T.3 A contribμt三〇n to the   study of truancy. Amer J orthopsychiat   2253〜259 (1932)

 2)古川八郎・菱山洋子:児童精神医学とその近   接領域21(5)300〜309(1980)

 3)神保信一:概説登校拒否.佐治守夫・神保信一   編:現代のエスプリ, 139登校拒否.至文堂   東京(昭54)9頁

 4)佐藤修策:登園登校拒否.内山喜久雄他編:講   座発達障害の臨床2,教育障害の治療と指導.

  岩崎学術出版東京57〜104(1979)

 5)山中康裕:登校強迫.大原健士郎他編1子ども    の.心理1,児童期の心理と精神病理.至文堂   東京79〜96(昭54)

 6)内山喜久雄;登校拒否症.辰見敏夫編:児童臨   床心理学V3 児童期の臨床心理.岩崎学術出版   東京219〜252(1970)

 7)内山喜久雄:登校拒否症,辰見敏夫編:児童    臨床心理学VI,青年期の臨床心理265〜288    (1972)

最終講義というので,私の一応の経歴をまとめ

て述べる.

 昭和13年3月に東京女子医学専門学校を卒業し た,この前年鷹溝橋事件が始まり,男は戦場に出 て行く.そこで多くの先生は,男は戦場で否応無

しに死と対決し,大きく悟り育つ機会を持つが,

女に自分で心して精神修養をしなければぐんとお くれをとると注意された.どんぐりのせいくらべ である私共級友は,互に「どうしょう」,「何し ろ一生懸命しなければ…」と話合っていたし

卒業・て驕済生会乳児院附属小児科病院とい う長い名前の病院につとめた.私はこの時から現 在まで,幸せなことにはよい師よい同僚に恵ま れ,日曜目も病院に行きたい程楽しかった.ここ では百日咳菌の研究をやっていたので,百日咳菌 の培養や自家ワクチン製造の手伝い,・消化不良の 治療,食餌療法,人工栄養のミルクの開発や改善 等を教えられた.この時代には先天梅毒,化膿 性・結核性髄膜炎,膿胸,消化不良症の患者が多 かった.仔犬に百日咳を感染させるのに,犬の口 を開けさせながら自分の口もあけて笑われたり,

忙しくても結構楽しく過していた.

 次第に出征する者も多くなり,浅草の第一線の 病院につとめながら,下町の人情の面白さに日を 過していた.

 恩師のすすめで東大古畑先生の許に行くこ、とに なり,古畑先生からよい医者になるためには研究 し,観察し,まとめることが大切だと教えられ

た.

 昭和20年3月10日の東京大空襲で浅草は焼け,

その翌日に火傷や怪我人の治療にあたったことは 忘れられない.

 戦中なので職場を失った医師は無医村や軍需工 場に配られることになり,私は秩父山中の無医村 に4年半いた.東京に生まれ育つたので田舎がわ からず,毎日村の人から往診の行き帰りにいろい ろな話をきかざれた.

 学位は「手掌紋の遺伝」で頂いた,

 その後,東一(現在医療センター〉に栗山先生 がいらっしゃり,少し新しい小児科を見に来た方 がよいといわれて通い始めた.丁度昭和26年卒の 子達と一緒に適当に見学をしたが,母校が近いの でひまを見ては法医学教室に来て,東一の中央検 査室で捨てる残りの血液を利用して血液型を幾種 類か調べたりしていた,私は卒業してから母校に 遊びに来た回数では人後に落ちないと思っている 程で,この時も足繁く来たわけで,その間には守 正先生の御尊父即副校長正明先生にも,時に御挨 拶申し上げた.・

 この頃同級生で小児科助教授であった松居節子 さんがやめられるので,・その後に来るようにとい われて今目まで27年が経過した.、

 帰って先ず,東一諸先生の小児保健をやらなけ れば女子医大でないという御助言で,それをしょ

うと考えた.それに小児の発達過程を法医学の個 人識別の手法で見て行こうとボソボソやつている

うちに,百日咳予防注射をしている児の血液型物 質の凝集価の値が,予防注射をしていない児の凝 集価の値と差のある所から,百日咳菌の型物質を 調べたり,勝手なことで楽しんでいた.厚生省人 口問題研究所の調査に参加して,調査村全員の血

(15)

液型を調べて遺伝形式通りだと感心したり,女子

医大職員全部のRh因子とABO式血液型の検

査をして,Rh陽性の頻度は日本人のものと同様 だとわかった等とよろこんでいた.無医研の夏期 活動地の東北地方では,血液型を家族的に調べよ うといったところ,地域によっては風紀が悪く家 庭争議がおこり兼ねないのでやめてほしいといわ れたこともあった.血液型不適合と重症黄疸の検 査,先天性心疾患の血液型と血清型,指紋掌紋の 検査等もやってみた.

 それに加えて,東一の同僚の先生その他と気象 と疾病についての碩究を始め,先程述べたように 喘息発作については予報のできる段階に到達,他 疾患でも月齢位相と関係あるらしい仮説も1たて,

証明につとめているものもある.

 27年の間にはこども達も成長し,この頃は大学 を卒業した,就職した,結婚した,子供が生まれ た,外国に出張する等々の便りを頂き楽しんでい

る.

 最後に,私共一三会の合同還暦祝の写真をお目 にかけたい.中央の大柄な黒い被布姿は,冥土か

ら来られた吉岡弥生先生である!(これは学長扮 する弥生先生で,親子とはいえそっくりである).

「級会は多いがこんな化粧をされた級会ははじめ て…」と学長先生はいわれるが,美容師さん達は

「男の方なのにきれいなお肌でお白粉がのり易く て驚いた.」という.

 長時間ありがとうございました.

一1003一

参照

関連したドキュメント

が深く関与しているとの報告が相次いでいる 2) 。鞭 毛を有する細菌は,生体内の細菌叢にも存在してい

診直前の状態は把握出来たが,発作直後の状態を示す質問項目がなかった為,発作の進行状況が明確に

の主人公である白雪姫を選んだが,これも無意敬の象徴的な世界と根源的なかかわりがあ

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