博士(農学)及川雅人 学位論文題名
遠隔不斉制御法による トウトマイシンの全合成
学位論文内容の要旨
トウトマイシン(1)は中国産の放線菌Streptomyces Spiroverticillatusから単離された抗 真 菌性 の抗 生物 質で ある 。アブラナ菌核病を防除する農薬活性物質として単離された ト ウト マイ シン は、 プロ テインホスファターゼを特異的に阻害する活性をも有するこ と が示 され てい る。 もと より蛋白の燐酸化、脱燐酸化は細胞内のシグナル伝達におい て 重要 な役 割を 果た して おり、またこれらは細胞の増殖、および分化とに重要な関わ り を持 って いる こと から 、トウトマイシンがそれらの機能の解明に果たす役割は大き い もの と期 待さ れる 。本 論文はこの抗生物質の最初の全合成についてまとめたもので ある。
トウ トマ イシ ンは 難結 晶性であったためにその絶対構造は分解産物、およびその誘 導 体を
1H‑NMR
で 解析 する ことにより決定された。また、Clエ位の絶対立体配置の決定 に は配 座計 算も 利用 され ている。本研究はそれらの構造を確定すること、そして種々 の 類 縁 体 を 合 成 す る 道 を 拓 く と ぃ う ニ つ の 目 的 を 設 定 し て 行 わ れ た 。トウ トマ イシ ンは 生合 成的にポリケチドと呼ばれる主鎖と、ジアルキル無水マレイ ン 酸部 分と がエ ステ ル結 合したユニークな構造を有している。無水マレイン酸部分は 含水メタノール中(pH7.3)ではその約60ワ。が対応するジカルボン酸として存在すると 報 告さ れて いる 。エ ステ ル結合はpH9程度の塩基性で開裂を受け、pHl0ではC21‑C22位 における脱水とC18‑Cエ,位における逆アルドール開裂反応、ならびにCユ位不斉中心のエ ピ メリ 化が 進行 する 。ト ウトマイシンの反応性に関するこれらの報告、ならぴに天然 物 を用 いた 予備 実験 で得 られた結果を考慮することにより、全合成における酸素官能 基 の最 終段 階で の保 護は 以下の よう に行 うも のと した 。っまり、1)水酸基は弱酸性 条 件で 除去 する こと ので きるシリルエーテルで保護する、2) C3位不斉中心のエピメ リ 化を 招き やす いCユ 位カ ルポニル基はメチレンとしてマスクする、3)無水マレイン 酸はf.ブチ´レエステルを含む非対称ジエステルによって保護する、というものである。
Scheme1
に 示 す よ う に 、 全 合 成 は 常 法 に 従 っ て 収 斂 的 な 経 路 で 行 う も の と し て 、 ま ずト ウ ト マイ シ ン をC21
・Cユ ュ 位で 逆 合 成的 に 切 断 した 。 そ れは、塩 基性に 不安定で 容易 に 脱 水 を 受 け る 傾 向 の あ る こ の 位 置 の ア ル ド ー ル は な る べ く 合 成 の 最 終 段 階 で 形 成 す る ほ う が 有 利 で あ る 、 と 考 え ら れ た か ら で あ る 。 生 じ た2
つ の セ グ メ ン ト2
と3
は キ レ ー シ ョ ン 制 御 に よ る ア ル ド ー ル カ ッ プ リ ン グ に よ っ て 立 体 選 択 的 に 縮 合 さ せ る 。Right
・Wing
(2
)は シントン (6) を含む3
つの セグメン トに逆 合成され た。ス ピロケタ ール 部 分 の 構 築 は 、4
と5
を 縮 合 さ せ た の ち に 前 駆 体 と な る ケ ト ジ オ ー ル 体 を 酸 性 条 件 に 付 す こ と で 立 体 選 択 的 に 行 う 。 シ ン ト ン (6
) は エ ナ ン チ オ 選 択的 な ク ロチ ル 付 加剤 を 表す が 、 この 付 加 反応 はC
エ‐C
.8
位 部 分 を構 築 し た のち に 行う 。kR―Wing
(3
)は エステ ル結合で逆合成されて7と8とに分断された。4
,5
,7
,8
の 各 セ グ メ ン トは そ れ ぞれ 立 体 選 択的 に 合 成し て 全 合成 に 利 用す る 。 これ らの セ グ メン ト の なか で 、Cl
‐CI0
セ グ メン ト (4
)は3
個 の不 斉中心 のうち の1個 の相対位 置 が か け 離 れ て い る 特 徴 を 有 し て い る 。 こ の 不 斉 中 心 を 分 子 内 で 互 い に 制 御 し て 構 築 す る こ と は 必 ず し も 容 易 で な い が 、 本 研 究 で は ス ピ ロ ケ タ ー ル を 鋳 型 と す る プ ロ セ ス を 開 発 す る こ と に よ り 、4
の 合 成 に お い て3
位 の 不 斉 中 心 か ら6
,7
位 を 遠 隔 不 斉 制 御 す るこ と が でき た 。 この プ ロ セス はScheme2
に 示 す よう に 、2
― ブテ ンー1
.4‐ジオー ルから8
段 階 で 調 製 す る こ と の で き る9
を 熱 力 学 制 御 に よ る 立 体 選 択 的 な 環 化 に 付 す 反 応 か ら 始 ま る 。 っ ぎ に フ ェ ニ ル ス ル ホ ニ ル 基 の 除 去 を 行 っ て 得 た10
の ア セ タ ー ル 官 能 基 を 高 立 体 選 択 的 に 還 元 し て11
へ と 導 く と ぃ う も の で あ る 。 こ の3
段 階 が 鍵 反 応 と な っ て、引き続く8段階の官能基変換ののちに4
の合成は達成された。Cll
−C18
セグメント(5)はC15位の不斉中心を(S)‐3―ヒドロキシー2―メチルプロピオン酸メ チ ル に 求 め 、 エ リ ス 口 選 択 的 な ク ロチ ル 付 加反 応 に よ ってCl
ユお よ びC1
。 位 の両 不 斉 中 心を導入して合成された。C22
―C26
セ グ メ ント (7
)の 合 成 はイ ソ ブ チ ルア ル デ ヒド を 出発原料 に選び 、Winig反 応 に よ っ て 増 炭 し た の ち に 還 元 、 不 斉 エ ポ キ シ 化 反 応 を 施 す な ど し て 立 体 選 択 的 に 達 成 された。ジ ア ル キ ル 無 水 マ レ イ ン 酸 セ グ メ ン ト (
8
) の 合 成 は 、 多 く存 在 す る酸 素 官 能基 の 区 別 化 とC
ユ 位 へ の 不 斉 導 入 、 さ ら に4
置 換2
重 結 合 の 選 択 的 構 築 な ど の 要 請 を 効 率 よ く 満 た し な が ら 行 わ れ た 。 こ の セ グ メ ン ト に お け る 酸 素 官 能 基 の 適 切 な 保 護 が 全 合 成 の 成功のひとつの鍵になっている。Scheme3
に 全 合 成 の 最 終 段 階 を 示 す 。4
,5
,6
の3
つ の セ グ メ ン ト か ら な るRight
‐Wing
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S c h e m e 1 ・
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( P N B z H p ・ n i t r o b e n z o y l )
2
Me SO,PhMe 1 IO r 7¥(¥OSirBuPh2
OH O OCH20CH3 9
Scheme2.
1) TMSOTf, Et3N then 3, TiCI4
2) HF
Scheme3・
田
TESOTf2,6‑lutidine 41010
tBu02C Et02C
'BlJ02C
EtOzC
1) Lewis acid 2) desulfurization
4
8 steps
OSj'BuPh2 10 (780lo yield)
Et3SiH SrlCI4
OSitBuPh2
11
(98% yield, 100% selectivity)
12
(569ro yield, 1000/o selectivity)
02, PdCl2 CuCl
13 (72% yield)
また、C22 位に関するトウトマイシンのエピ体も、リチウムエノラート法により選 択的合成が可能な12 のエピ体から合成することができた。
以上のように、トウトマイシンの全合成を行うことによりその構造を合成的に確認 するとぃう当初の目的を達成することができた。さらに、今回開発した収斂的な全合 成経路はトウトマイシンの生理作用研究のために必要な種々の類縁体の供給も可能と するものである。
― 52―
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
遠隔 不斉制御 法によ るトウトマイシンの全合成
本 論 文 は 序 論 、
5
章 か ら な る 本 論 な ら び に 実 験 部 で 構 成 さ れ 、 図7
、Scheme 29
、 表10
を 含 む 総 員 数160
頁 の 和 文 論 文 で あ る 。 別 に 参 考 論 文3
篇 が 添 え ら れ て い る 。トウ トマ イシ ン (1)は 中国 産の 放線 菌Streptom yces Spirover ticillatusか ら単離 さ れ た 抗 生 物 質 で 、 ア ブ ラ ナ の 菌 核 病 に 有 効 で 、 プ ロ テ イ ン ホ ス フ ん タ ー ゼ を 特 異 的 に 阻 害 す る 活 性 を も 併 せ 持 つ こ と か ら 、 発 が ん 機 構 の 解 明 に も 有 用 な こ と が 示 さ れ 注 目 さ れ て い る 。 本 論 文 は ト ウ ト マ イ シ ン の 最 初 の 全 合 成 を 述 べ た も の で 、 構 造 の 確 定 の み な ら ず 、 新 規 合 成 手 法 の 開 発 や 構 造 一 活 性 相 関 研 究 ヘ 発 展 さ せ る こ と を 目 的と して
k
ゝる 。生 合 成 的 考 察 に よ る と 、 ト ウ ト マ イ シ ン (
1
) は 、 ポ リ ケ チ ド か ら な る 主 鎖 と 、 ジ ア ル キ ル 無 水 マ レ イ ン 酸 部 分 と が エ ス テ ル 結 合 し た 特 異 な 構 造 を 有 し て い る 。 含 水 メ タ ノ ー ル 中 で は こ の 無 水 マ レ イ ン 酸 部 分 は 容 易 に 加 水 分 解 も 受 け 約60
% が ジ カ ル ボ ン 酸 と し て 存 在 す る こ と 、 塩 基 性 条 件 下 で は エ ス テ ル 結 合 の 開 裂 、CZo
位 水 酸 基 の 脱 水 、C18‑C19
位 に お け る 逆 ア ル ド ー ル 反 応 に よ る 開 裂 、C3
位 の エ ピ メ リ 化 な ど を 伴 う こ と が 報 告 さ れ て い る 。 従 っ て1
の 全 合 成 の 最 終 段 階 で の 保 護 は 以 下 の 点 を 考 慮 し た 。 す な わ ち 、1
) 水 酸 基 は 弱 酸 性 条 件 で 除 去 で き る シ リ ル エ ー テ ル で 保 護 す る 。2
)C3
位 の エ ピ メ リ 化 を 防 ぐ た めCI‑C2
位 を メ チ レ ン と す る 。3
) 無 水 マ レ イ ン 酸 はt
ー ブ チ ル エ ス テ ル を 含 む 非 対 称 ジ エ ス テ ル で 保 護 す る 、 の3
つ の 基 本 戦略 をた てて い る。逆 合 成 経 路 が
Schemel
に 示 さ れ て い る 。 ま ず ト ウ ト マ イ シ ン (1
) をC21
℃22
位 で 切 断 し 、Right‑Wing
(2
) とLeft‑Wing
(3
) に 分 け た 。 こ れ は 塩 基 に 対 し 不 安 定 で 容 易 に 脱 水 を 受 け 易 い こ の 位 置 を 最 終 段 階 で 形 成 し た 方 が 有 利 で あ る と 判 断 さ れ た か ら で あ る 。2
は さ ら に3
個 の セ グ メ ン ト 、4
、5
、6
に 逆 合 成 さ れ た 。 ス ピ ロ ケ タ ー ル 部 分 の 構 築 は4
、5
を 縮 合 さ せ た の ち 、 ′ ケ ト ジ オ ー ル 体 に 導 き 、 こ れ を 酸民
也
夫
耿
純
章
原
谷
井
市
水
村
授
授
授
教
教
教
査
査
査
主
副
副
性条件で縮合させて立体選択的に目的物とする。6 は、Cl‑Cl8 位部分を構築し、こ れにエナンチオ選択的なクロチル付加剤を用いて3 炭素増炭することを意味する。
3 はエステル結合を切断し、7 と8 に分断した。
まず Cl ℃ 10 セ グ メン ト ( 4 ) の 合成は Scheme2 に示すよう にスビロケ タール 10 を鋳型 とするプロ セスを開発 することに より C3 位の不斉中心から C6 ` C7 位を 遠隔不斉制御することができた。すなわち、2‑ ブテン.1 、4‑ ジオー´レから8 段階 で調整することのできる 9 を熟力学的制御による立体選択的環化、フェニルスルホ ニル基 の除去によ り得た 10 を高 立体選択的 に還元して11 に誘導した。この反応 を 鍵 段 階 と し て 引 き 続 く 8 段 階 の 官 能 基 変 換 を 経 て 4 の 合 成 を 達 成 し た 。 Cl l‑Cl8 セグメント( 5 )はC15 位の不斉中心となり得る (S )‑3‑ ヒドロキシ.2 メチルプロピオン酸メチルを出発原料とし、エリスロ選択的なクロチ´レ付加反応に よってC13 および C14 位の不斉中心を導入した。このようにして得た 4 と5 を縮合し 酸性条件下における環化を経てスピロケタール部分Cl‑Cl8 を構築した。この部分は すでに天然物(1 )から誘導されているので、この段階で、一致することを確認し、
この部分の立体構造が正しいことを確認した。これよりさらにクロチル付加剤によ りRight‑Wing ( 2 )の合成を完了した。
C2 Z‑C26 セ グメント( 7 )の合 成はイソブ チルアルデ ヒドを出発 原料とし、
Witting 反応による増炭、還元、不斉エボキシ化反応などを経て立体選択的に達成さ れた。
ジアルキル無水マレイン酸セグメント(8 )は多く存在する酸素官能基の区別化 と C3 ゛位への不斉導入、さらに四置換二重結合の選択的構築などの用件を満たしな がら効率よく行われた。7 と8 とのエステル化を行い、酸化反応を経てLeft‑Wing(3) の合成を完了した。
最終段階であるRight‑Wing ( 2 )とLeft‑Wing (3 )とのアルドール縮合反応はシ リルエノールエーテルを介する向山アルドー少法を採用することにより完全に立体 選択性を制御することができた(Scheme3 )。 また、リチウムエノラートを生成す る条件 では Felkin‑Anh 遷移状態モデルで反応し、 CzZ 位のエピ体が 4 : 1 の選択性 で優先 的に生成し た。縮合物を脱保護して得た12 のC :位を位置選択的に酸化し 13 へと導 き、ルイス酸処理を行うことによルトウトマイシン(1 )の全合成を完 成した。本合成により合成的に構造を確認すると同時に生理作用究明のための種々 の類縁体の供給も可能とするものである。
以上のように本研究は抗生物質トウトマイシンの最初の全合成に成功したもので
有機合成化学のみならず、農薬化学や医学の基礎的発展に貢献するところ極めて大
である。よって審査員一同は、最終試験の結果と合わせて、本論文の提出者、及川
雅 人は博士( 農学)の学 位を受ける のに十分な 資格がある ものと認定 した。
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2
1) TMSOTf, Et3N thcn 3, TiCI4 2) HF
Scheme3.
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tBuOzC EtOzC
12
(56% yield, 100gro selectirriLy)
02, PdCI2 CuCI
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