博士(理学)仲山智子 学位論文題名
Estimation of IvIethane Emlssion from Natural Wetlands in Siberian Permafrost Area
(シベリア永久凍土地帯における自然湿地からのメタン発生量の推定)
学位論文内容の要旨
大気中のメタンガスは顕著な温室効果気体として知られている。観測により、その 濃度は過去200年程度の間に急激に増加してきたことが報告されている。メタンガス濃 度の増加は、地表付近の気温を上昇させるため、将来の温暖化傾向を予測するために は、その発生源及び発生量を明らかにする必要がある。
本研究では、大気中メタンガスの発生源として自然湿地、特に永久凍土地帯の湿地 に注目した。その理由は、メタン発生が永久凍土表眉の融解に関連しているという点 にある。永久凍土表層は夏に融解するが、この季節的融解眉の厚さや地沮は、気温変 化に対して敏感に応答する。メタンはこの融解層内で生成され、大気へと放出される。
その生成量は融解眉の厚さ及び地温の影響を受けるため、気温変化に対し非常に敏感 である。将来の温暖化に対し、正のフィードバック効果を持つ可能性があり、現在の 発生量を把握することが必要とされている。
そこで、本研究では、大気中メタン収支に対する永久凍土上の湿地の寄与を明らか にすることを目的として、シベリアのツンドラ地帯及びタイガ地帯において、メタン フラックスの現場観測を行い、その観測結果に基づきぐシベリアのツンドラ湿地から のメタン発生量を推定を行った。
本論文は7章から なり、第1章から 第3章ま では序論、第4章から第6章までが本 論、第7章では結諭を記述した。
第1章では、緒諭として、本研究の目的と意義について述べ、高緯度の湿地からの メタン発生量に関するこれまでの研究例を概括した。
第2章では、メタンガスの大気中濃度の変動、その直接的・間接的な温室効果、及
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び発生 プロセスに ついてレ ビューを 行った。 湿地土壌 内におい てはメタン は微生物に よる有 機物の分解 によって 生成され 、微生物 の活動は 、温度や 土壌水分等 の環境の物 理要素によって影響を受ける。 ´
第3章 で は、 研 究 対象地 域としたシ ペリアの 気候環境 、永久凍 土の分布 、植生分 布 につい て触れ、観 測を行ったツンドラ湿地、及びタイガ帯のアラスについて説明した。
第4章 で は、 東 シ ベリア のツンドラ 湿地及び タイガ地 帯のアラ スにおい て行った 観 測とそ の結果につ いて述べ た。東シ ベリアに は広大な 自然湿地 が分布して いるが、こ れまで 、メタン発 生に関す る現場測 定の例は ほとんど ない。本 観測では、 メタンフラ ックス の測定と併 せて、地 下水位、 地温プロ ファイル 、気象要 素等の環境 要素の測定 も行っ た。ツンド ラ湿地に 関する観 測は、レ ナ川河口 付近のプ イコフスキ ―半島、カ ラハリ 島、ムスタ ハ島、及 び比較の ためにア ラスカの フェアバ ンクスにお いて行われ た 。そ れ ぞれ の 場 所で 、 地下 水 位 の異 な る2〜4点の測 定点(湿 潤及び乾 燥)を選 ん だ 。ム ス タハ 島 、 フェ アバンクス での観測 は、およ そ1力月間 の定点観 測であり 、メ タンフ ラックス及 び環境要 素の経時 変化を得 た。これ らの観測 の結果、シ ベリア、ア ラスカともに湿潤な点では、101[mg CHt m‑2 day‑l]オーダーでメタンが発生し、乾燥 した地 点ではほと んどメタ ンが発生 していな いことが 分かった 。タイガ地 帯のアラス に つい て は、 レ ナ 川中 流域のヤク ーツク周 辺で多点 的な観測 が行われ た。6カ所 のア ラ スに お いて 、 ア ラス 内の環境を 水面、水 草帯、湿 地、草地 の4つに分 類し、そ れぞ れ にお い て5〜10点 のメタ ンフラック ス測定を 行った。 フラック スの値は 、各環境 タ イプにより異なり、水面、水草、湿地からはl02[mg CHi lIl‑2 day‑1]オーダー、比較的 乾燥し た草地から は101[mg CH4 m‑z day‑l]オーダーであった。これらの値は、北緯6 0度以北 の湿地とし てはかな り大きく 、アラス がメタンの発生源として重要であること を示唆している。
第5章 で は、 観 測 結果に 基づき、シ ペリアの ツンドラ 湿地から のメタン 発生量を 推 定した 。近年、高 緯度地域 の湿地か らの年間 メタン発 生量の推 定が行われ ているが、
その多 くは一地域 における 盛夏のメ タンフラ ックスの 測定値に 、年間メタ ン発生日数 と湿地 面積をかけ ることに よって算 出されて いる。こ の方法で は、メタン フラックス の 季節 変 化や 場 所 によ る条件の相 違が明確 でなかっ た。そこ で、本研 究では第4章で 述べた メタンフラ ックスと 環境要素 の経時観 測の結果 から、フ ラックスを 容易に測定 できる 物理量の関 数として 表し、こ の物理量 の季節変 化、場所 による違い を求めるこ
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とで 、こ れま でよ りも 精度 の高 いメタン発生量の推定を行った。メタンフラックスを 決定する要素として、ここでは centimeter一degrees という値を導入した。これは、
融解 深と 地温 との 積と して 定義 され、地表面温度、あるいは気温が与えられれば、一 次元 熱伝 導モ デル を用 いて 推定 することが可能である。ムスタハ島、及びフェアバン クス の観 測結 果か ら、 フラ ック スの値はcentimeter―degreesと相関が高く、この1次 関数として表せることが示された。そこで、シペリアのツンドラ地帯を緯度2.5度、経 度5度毎 のグ リッ ドに分 割し 、各 グリ ッド の湿 地面 積及 び気 温の年変化を与え、それ ぞれ の年 間メ タン フラ ック ス及 び年間メタン発生量を推定した。年間メタンフラック スはグリッドによりO. 9〜14.3[gCH4mー yr‑1]と、気温の違いを反映して大きく異な る結 果が 得ら れた 。ま た、 シペ リアのツンドラ湿地全体からの年間メタン発生量は、
1.0[TgCH4 yr‑l]と推定され、地球上の湿地全体からの発生量のおよそ1%にあたる ことが分かった。
第6章 では 、将 来の温 暖化 に伴 うツ ンド ラ湿 地か らの メタ ン発生量増加の可能性に つい て議 論し た。 年間1%の 割合 で大 気中 の温 室効 果ガ スが 増加した場合、シペリア 極域 の年 平均 気温 は70年後 にお よそ3℃上 昇す るこ とが 大気 大循環モデルによって予 測 さ れ てい る。こ の気 温上 昇の もと では 、カ ラハ リ島 の年 間メ タン フラッ クス は、
4.1[g CH4mー2yr‑ ̄]から6.5[g CH4mー yr‑ ̄]へと増加することが見積もられた。こ の増 加量 は現 在の 値の 約60%に 相当し、ツンドラ湿地はメタン発生源として気候変動 に対して、非常に敏感であることを示唆している。
第7章 では 、結 諭とし て以 上述 べて きた こと をま とめ た。 本研究では、これまで測 定例 のほ とん どな かっ たシ ベリ アの自然湿地においてメタンフラックスの観測を行っ たこ と、 ツン ドラ 湿地 から のメ タンフラックスをcentimeter−degreesの1次関数とし て表 した こと 、そ の関 係を 用い て、メタンフラックスの季節変化、場所により違いを 考 慮 し た 上 で メ タ ン 発 生 量 の 推 定 を 行 っ た こ と が 、 成 果 と し て 挙 げ ら れ る 。
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学 位 論 文 審 査の 要旨 主査 教授,福田正己
副査 教授 中尾欣四郎 副査 教授 小林大二
副査 教授 太田幸雄(工学研究科)
学 位 論 文 題 名
Estimation of IVIethane Emlssion from Natural Wetlands in Siberian Permafrost Area
(シ ベ リア永 久凍土地 帯におけ る自然湿 地からの メタン発 生量の推定 )
近 年 地球 の 温暖 化 の 主因 と して 、 大 気中 の 温 室効 果 ガス 濃 度 の増 加 が注 目さ れてい る。 特 に メタ ン ガス は そ の温 室 効果 へ の 寄与 度 の大 き い こと で 、 濃度 変 動の 的確な把 握と 地 上 での 発 生源 の 特 定が 急 がれ て い る。 自 然条 件 で は、 高 緯 度地 域 及び 低緯度地 域に 遍 在 する 湿 地が そ の 主な 発 生源 で あ る。 高 緯度 地 域 では 、 シ ベリ ア を中 心とする 永久 凍 土 地域 で 、夏季 に形成さ れる湿地 で大量の メタンガス が発生し ている。 しかし、
シベ リ ア 永久 凍 土地 域 で のメ タ ンガ ス 発 生の 定 量的 観 測 とそ れ に 基づ く 発生 量見積も り に つ い て は 、 研 究 事 例 が ほ と ん ど な く 、 い わ ぱ 学 問 的 空 白 地 域 と な っ て い た 。 申 請 者 は 、 東 シ ベ リ ア の永 久 凍 土地 域 にお い て2ケ 年に わ たる 、 メ タン ガ ス発 生 量 の現 地 観 測を 実 施し 、 併 せて ア ラス カ に おい て も併 行 し て観 測 を 行い 、 定量 的でかつ 詳細 な 観 測結 果 を得 た 。 現地 で の観 測 で は、 メ タン ガ ス 発生 量 の みな ら ず、 発生に関 わる 物 理 要因 と して の 各 種気 象 観測 を 行 い、 ほ ぼ通 年 観 測結 果 を 得た 。 メタ ンガスは その 嫌 気 的な 環 境下 で 活 性化 す るメ タ ン 生成 菌 によ る 生 成で あ り 、シ ベ リア 永久凍土 地域 に 広 がる 湿 地は い わ ぱ理 想 的な 発 生 条件 と なっ て い る。
現 地 観測 の 結果 か ら 、ツ ン ドラ 湿 地 から の メ タン ガ ス発 生 量 は、 凍 土上 層の 夏季融 解 層 の 厚 み と そ こ の 平 均 地 中 温 度 の 積 の 一 次 関 数 で 推定 す る 経験 式 を 新た に 得た 。 さら に 、 夏季 融 解層 の 厚 さと 平 均温 度 を 推定 す るた め に 、潜 熱 の 発生 を 考慮 したー次 元非 定 常 熱伝 導 方程 式 を 数値 解 から 求 め る手 法 を開 発 し た。 レ ナ 川河 口 地域 での通年 ー‑ 212−
観測結果と計算結果を比較することで、推定の精度を確認した。そこで、シベリア全 域について入手可能な気象データを用いて、各地点ごとに凍土内に形成される夏季融 解層とその平均地温分布の経時変化を算出した。 その計算結果を先のメタンガス発 生量推定の経験式に代人し、シペリア全域でのメタンガス発生量を得た。その結果、従 来 の 推 定 値 (
ioxioル
g/y)は 過 大 で あ り 、 そ の 約
10% 程 度 で あ る こ と が 分 か った。 推定はシベリアの全域について経度2 .
50、緯度2 .5 °の格子毎に得られてお り 、 北か ら 南 に向 か って メ タン ガ ス発 生 量の 分 布を 初 めて 描 くこ と が 出来 た 。
また、気象要素を用いることで、メタンガス発生量の予測が可能なことから、現在 の地球温暖化傾向が進行した場合、シベリア永久凍土地域でのメタンガス発生量の増 加 を算出する ことが出来 た。等価C02 濃度が倍 増した場合 には、シベリアツンドラ 地 域 で の メ タ ン ガ ス 発 生 量 は 約
60% 増 加 す る こ と が 予 測 出 来 た 。
以上の研究内容について、主査、副査及ぴ専攻担当教官による審査を実施した。以 下の点で、学位として相応しいとの判定がなされた。
(
1) 従来の学問的空白域であった、シベリア永久凍土地域で初めて定量的なメタ ンガス放出量の長期観測を実施し、信頼に足りる充分なデータを得た。このデータ自 身は前例のないもので、今後広く引用されるであろう。観測及ぴ解析にあっても、そ の 解 析手 法 や 新た な 観測 機 器の 開 発な ど 、自 発 的な 研 究指 向 で一 環 し てい た 。
(
2) 解析及ぴその検討では、メタンガスの発生量に関わる物理要素を抽出し、適 切な処理によって、新たな発生量の予測経験式を導出した。これは、今後他の研究グ ループヘ強い影響を与えるものと期待される。