博 士 ( 文 学 ) 真 島 理 恵
学 位 論 文 題 名
一般交換の成立に関する理論的・実証的研究 学位論文内容の要旨
本 論 文 が 問 う 根 本 的 な 問 題 は 、 多 人 数 で 構 成 され る社 会に はな ぜ 利他 行動 (― 方的 な 資 源 提 供 行 動 ) が 安 定 し て 存在 する のか と いう もの であ る。 こ れは 、社 会科 学 の根 本問 題の1 つで あり 、ま た 生物 学に おい て も重 要な 問題となってき た。資源の提供相手からお 返しをもら うこ とは 直接 互 恵性 と呼 ばれ る が、 直接 互恵 性が 利 他行 動を 存在 可能 に する こと は、 過 去20
〜 30年 の研 究で 既に 明 らか にな って おり 、 この よう な行 動 は人 間以外の動物社会 においても 見られることが知られて いる。しかし、ここで説明されている現象は、二者問の資源のやりとり、
即ち 限定 交換 で ある 。こ れに 対 し、 他の どの 動物 の 社会 にも 見ら れな い 、人 間の 社会 に 特有 の現 象と して 、 この よう な二 者 間の やり とりを超えた、 多人数間での資源のやりと りが挙げら れる。これが一般交換と 呼ばれる本論文のテーマで ある。
一 般 交 換 に つ い て の 研 究 は 社 会 科 学 に お い て 長い 歴史 があ るが 、 よう やく90年 代に 入 っ てか ら、 ―部 の 数理 生物 学者 を 巻き 込み つつ 、一 般 交換 を成 立さ せる 仕 組み を明 らか に しよ うとする試みがなされる ようになってきた。これま でに明らかにされたことは、 限定交換が直接 互 恵 性 に よ り 成 立 す る の と 同 様 、 一 般 交 換 は 間 接互 恵性 (資 源の 提 供相 手で はな い第 三 者 からお返しを受け取るこ と)によって成立すること である。そして、そのために は、無条件に誰 彼か まわ ず資 源 を提 供す るの で はな く、 相手によって提 供したりしなかったりする 必要がある こともまた、既に明らか にされている。しかし、ど のように提供相手を選別する ことが間接互恵 性を 成立 させ る のか 、及 び実 際 に人 々が どの よう に 提供 相手 を選 別す る のか につ いて は 、未 だ研 究者 問で 意 見の 一致 が見 ら れて いな い。 本論 文 は、 この よう に学 際 的な 領域 で今 ま さに 注目 を集 めて い る― 般交 換成 立 メカ ニズ ムに つい て 、新 たな 理論 的解 答 と、 それ を裏 付 ける データを提供するもので ある。
本論文は、適応論的ア プロ―チを採用し、間接互 恵性を成立させる戦略(行動 パタ―ン)は、
それ を採 用す る 結果 が採 用し な い場 合よ りも各個人にと って適応的(利得が大きい )であるた めに 存在 する と 考え る。 そし て 、そ のよ うな戦略を全員 が採用することで、社会の 中で均衡状 態が 達成 され 、 その 状態 では 全 員が 他者 に一 方的 に 資源 を提 供す るこ と にな ると 考え る 。本 論文 は、 まず 理 論的 にど のよ う な戦 略が 適応 的か を 、数 理生 物学 にお い て用 いら れて い るス タンダ―ドな手法である シミュレ―ションと数理解析により明らかにしている。そして、それを実 証 的 に 検 討 す る 実 験 室 実 験 を 行 い 、 理 論 的 予 測 と ― 貫 す る 結 果 を 得 て い る 。 以下、4章から成る本 論文について、章毎に概略を 述べる。
第1章 は 序 論 で あ り 、主 に心 理 学分 野で のこ れ まで の利 他行 動研 究 を振 り返 り、 それ ら で −110―
は そも そも な ぜ人 間が 利他 行動 を 行う のか は説 明 でき ない こと 、そ の 説明のために本論文 で は 適応 論的 ア プロ ―チ を採用するこ とを述べている。そして、適 応論的アプローチに基づく 近 年 の研 究の 概 略を 紹介 し、 選別 的 利他 戦略 が必 要 であ ると いう 結論 が 下される。ただし、 具 体 的 に ど の よ う な 選 別 的 利 他 戦略 が― 般 交換 を成 立さ せる の かに つい ては 研究 者 問で 意見 の 一 致 が 未 だ に 見 ら れ な い 。 それ を追 求 する のが 本論 文の 目 的で ある こと が述 べ られ てい る。
第2章 は 理 論 編 で あ り 、 本 論 文 が 提 唱 す る ― 般 交 換 を成 立 させ る選 別的 利他 戦 略と は何 か が述 べら れ てい る。 はじめに、進 化的シミュレ―ションと数理 解析という近年の学際的な 流 れ の中 でス タ ンダ ード となっている 研究手法について紹介されて いる。その後の部分は大き く ニつに分 けられる:進化論的シミュレ―ションパ―卜と数理解析パートである。シミュレ―ション パ ート では ま ず、 過去 の理論研究を 批判的に検討し、進化論的シ ミュレーションにより新た な 戦 略を 解答 と して 提出 している。更 に、これまでのモデルで想定 されてきたランダムマッチ ン グ 状況 (毎 回 各行 為者 がラ ンダ ム に他 者と 出会 い 、資 源を 提供 する か どうかを決定する) の 不 自然 さを 指 摘し 、よ り自 然な 状 況で ある 選択 的 プレ イ状 況( 毎回 、 各行為者が自分で資 源 を 提供 した い 相手 を選 択す る) に おけ る適 応的 な 選別 的利 他戦 略を 探 っている。次に、数 理 解 析パ ―ト で は、 これ まで の数 理 生物 学者 によ る 前提 (集 団内 で他 者 の評判について完全 な コ ンセ ンサ ス が存 在す る) の不 自 然さ を指 摘し 、 集団 内で 意見 の食 い 違いがある状況では 、 シ ミュ レー シ ョン パー トで得られた 戦略と同じものが適応的選別 戦略として成立することを 証 明 し て いる 。 最後 にこ の章 は、 理 論編 の結 論と して 、 ―般 交換 成立 の ため には3つ の条 件が 必要であ ると述べている。それは、(1)良い評判の人に提供した 人は良い人と見なして提供 す る 、(2)良 い評 判の 人 に提供しなかっ た人は悪い人と見なして提 供しない、(3)悪い評判の人 に 提供した 人は悪い人と見なして提供し ない、である。
第3章 は 実 証 編 で あ る 。 は じ め に 過 去 の 実 証 研 究 が 紹介 さ れ、 それ らの 問題 点 が指 摘さ れ て い る。 そ して 、新 たに 行わ れ た4つ の 実証 研究 の結 果が 紹 介さ れて いる 。一 っ めは 場面 想 定法 質問 紙 であ り、 これ は様 々 なタ イプ の他 者 に対 して 人々 がど の ような印象を抱くか を 検 討す るも の であ った 。結 果は 第2章の 理 論的 結論と―致するも のであったが、これはあく ま で 質 問 紙の 上 での 回答 に過 ぎな い 。そ こで 次に 、8人グ ル― プ の実 験室 実験 を行 っ た。 実際 の ―般 交換 場 面で 人々 がど のよ う に行 動す るか を 検討 した この 実験 で はしかし、実験参加 者 が 全 体 に 非 常 に 利 他 的 に 振 る 舞っ たた め 、様 々な タイ プの 他 者に 対す る行 動を 測 定す るの が困難で あった。そこで、第3実験と して、各参加者が遭遇する他 者のタイプを完全にコント ロ ー ルし た実 験 を行 い、 上述 の理 論 的結 論と 一貫 す る結 果を 得た 。こ こ までは全て選択的プ レ イ 状 況 を用 い た実 験で あっ たた め 、最 後の 第4実験 では ラン ダ ムマ ッチ ング 状況 を 用い た条 件 も設 定し た 。す ると 、選択的プレ イ条件では理論的結論と一貫 する結果を再び得たが、ラ ン ダ ムマ ッチ ン グ条 件で は一貫しない 結果を得た。この結果は、ラ ンダムマッチング条件が日 常 場 面 で 存 在 す る ― 般 交 換 状 況 では ない た め、 人々 がそ こで 適 応的 な行 動パ タ― ン を身 につ け てい ない こ とを 示唆 して いる 。 最後 に、 選択 的 プレ イ条 件で の選 別 的利他行動の促進因 に つ い て 、 事 後 質 問 紙 を 用 い た 分析 が行 わ れ、 選別 的利 他行 動 は、 人々 が意 図し て 行っ てい る わけ では な いこ とが 示唆された。 即ち、一般交換は、良い評判 の人に資源を提供しようと い
う単純な動機にのみ基づぃており、悪い評判の人を積極的に排除しようという意識を人々が 持っているわけではないということである。それにもかかわらず、意図せざる結果として実際 には悪い評判の人は交換から排除されてしまうのである。
第4章は総合考察であり、第1章から第3章までの議論をまとめ、本研究で新たに得られた 知見を確認するとともに、残された検討課題について整理を行っている。そして、本論文が社 会科学全般においてどのようなインパクトを持ち得るかが議論されている。そして、本論文の インプリケーションとして、これまで社会秩序維持のメカニズムとしては罰などの負のサンクシ ヨンが想定されることが多かったが、今後は一方的な提供行動のような正のサンクションが意 図せざる結果として社会秩序を維持する可能性に注目すべきであることが示唆されている。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
一般交換の成立に関する理論的・実証的研究
審査委員会は論文が提出された直後に発足し 、平成19年12月中にニ回のミ―ティングを 行った。1回目は 論文の配布、申請者の履歴と関連業績の紹介を行い、二回目は論文の内 容の 確認 と討 議を行った 。平成20年1月には、発表30分、質疑応答30分程度の口頭試問 を公開で行った。そして、第4回委員会において、総合的評価を行い、学位授与にふさわしい との結論に達した。その後、審査報告書の作成及び確定を行った。以下では、本論文が学位 授与にふさわしいとの結論に達した根拠を述べる。
本論文は、社会科学及び生物学における最 重要問題の1つである利他行動、その中でも 特に、人間社会に特有の多人数問の利他行動の成立基盤を探るものである。このような学 際的な研究フイールドで最先端の研究を行うため、本論文は社会科学における質問紙や実 験室実験と、数理生物学等におけるシミュレ―ションや数理解析を相互補完的に用い、この 分野では初めて統合的な解答を提示することに成功している。従来の社会科学における研 究は現象の記述になりがちで論理性に欠ける側面が見られることが多く、数理生物学におけ る研究は論理的厳密性は高いものの机上の空論になりがちであるという側面を持っていた。
本論文は、これらの長所のみを組み合わせて、論理的厳密性を備え、かつ実際の社会現象 に即した―般交換像を提出することに成功した、希有な例である。よって、本論文の結論は、
今後この分野の基本的な知見となると考えられる。
よ り 具 体 的 に 本 論 文 の 最 重 要 成 果 と し て 挙 げ ら れ る の は 、 以 下 の2点 で あ る 。 1)これまでの 数理生物学者の理論研究においては、提供者への非提供行動と非提供者 への非提供行動を区別し、前者を正当化できない非提供行動、後者を正当化できる非提供 行動とみなすー方、相手がどうであろうと提供行動は提供行動として同列に扱う行動パター ンが適応的であるとされてきた。しかし、そのような行動パタ―ンが適応的であるのは、社会 の中で成員全員についての行動履歴が完全に共有されている場合のみであることを本論文 は指摘した。このような非現実的な前提を緩め、より日常的現実に合致する共有が完全では ない社会を想定すると、非提供行動を区別する必然性はなくなり、提供行動を区別しなけれ ばならないことが明らかにされた。即ち、非提供者への提供行動を排除する行動パターンで
幸
男 夫
伸
俊 哲
橋 岸
川
高 山
瀧
授 授
授
教
准 教
教
査 査
査
主 副
副
なければ、一般交換は成立しないということである。このような行動パターンは更に、数理生 物学者が想定するランダムマッチング状況(行為者は毎回ランダムに組み合わされる)よりも 妥当であると考えられる選択的プレイ状況(資源提供相手を選択可能)を想定することで、よ り顕著になることも明らかにされた。2)実証研究において、ランダムマッチング状況では数理 生物学者の理論的予測通りの行動を人々はとらず、選択的プレイ状況ではとることが明らか にされた。これらの2点は、今後の利他性や社会秩序維持を巡る学際的な研究領域において、
特に注目を集めるものとなるだろう。なお、本論文から得られた成果は第ー線の国際学術誌 の論文を含め、英語・日本語で計4編の論文として既に発表され、更にもう1編の論文を準備 中である。この点からも、学術的な貢献は高いと言える。
審査委員会では、一部概念的な検討を更に要する部分もあると指摘されたが、それは世界 の最先端のレベルでのことであり、本論文自体の意欲的な試みの価値を減じるものではない。
むしろ、今後の研究の発展性を示唆するものと言える。本論文は、多分野におけるこれまで の知見及び研究手法を有機的に統合し、―般交換を成立させる選別的利他行動とはどのよ うなものかについて、理論的及び実証的側面から1つの解答を提出している。このような試み はこれまで例がなく、その新規性と独自性において、高く評価できる。よって、当審査委員会 は全員一致で博士(文学)の学位を授与するにふさわしいものであるとの結論に達した。
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