は じ め に
肺リンパ脈管筋腫症(lymphangioleiomyomatosis:以 下,LAM)は,妊娠可能な女性の肺に平滑筋様細胞が 異常増殖を来たして気道を閉塞し,その結果,誰胞が 多発するびまん性疾患である.気胸が最も高率にみら れる合併症であり,繰り返し発症する難治性で進行性 の呼吸困難を伴うことがあるため,経過中のQOLを 損なうのみならず,中には死亡症例など,重大な結果 を招きかねない.そのため,気胸再発のリスクをいか にして軽減するかが治療上の重要ポイントのひとつで ある. 一方で,本疾患は肺移植の対象にもなることから, 気胸に対する先行治療の,移植手術に及ぼす影響も考 慮して治療方針を立てなければならない.この両面を 考慮して,胸腔鏡下に肺瘻の処置と胸膜癒着術を行い, LAM に合併する難治性気胸のコントロールにおいて 良好な結果が得られたので報告する. 症 例 症 例:31歳,女性. 主 訴:胸痛,呼吸困難. 家族歴:特記すべきことなし. 既往歴:1993年,結節性硬化症,腎血管筋脂肪腫と 診断された. 喫煙歴:10本/日×8年(18歳~26歳). 現病歴:1998年,26歳時に,右気胸に対して前医で 胸腔鏡下手術を受けた.その際,組織所見でLAM の 確定診断が得られ,以後,同院でホルモン療法を受け ていた.その後の経過中,両側に気胸を繰り返し発症 して胸腔ドレナージで対処されていた.2003年10月, 左気胸が再発し,ドレナージで改善せず,手術希望で 当院に紹介された.入院前の気胸非発症時でも Hugh-JonesIV度の呼吸困難があり,前医で在宅酸素療法が 導入されるとともに,肺移植の検討がなされていた. 入院時現症:身長164.3cm,体重55.6kg.チアノー ゼは認めなかった. 83(781) 気胸を繰り返した肺リンパ脈管筋腫症 症 例
繰り返し気胸を発症した肺リンパ脈管筋腫症の1例
─肺移植対象疾患での胸膜癒着術に関する考察─
阪口 全宏,中村 憲二,高橋
修,須蒼 剛行
要 旨肺リンパ脈管筋腫症(lymphangioleiomyomatosis:以下,LAM)による難治性気胸の1例を経験した.症例は31歳 女性で,21歳時,結節性硬化症と腎血管筋脂肪腫と診断されていた.1998年,26歳時に,近医での右気胸に対する胸 腔鏡下手術の際,LAM と診断されホルモン療法を受けていた.経過中,両側に気胸を繰り返し発症し,胸腔ドレナー ジで対処され,また肺移植が検討されていた.2003年10月,左気胸が再発し,手術目的に当科へ紹介され,胸腔鏡下 手術で3ヵ所のブラを切除した.2004年2月,左気胸が再発し,再手術を行う前に肺移植医に意見を求めた上で,肺 瘻のルーピングと化学的胸膜癒着術を併用し,18ヵ月気胸の再発はない.将来,肺移植を考慮する必要も生じうる LAM に合併する難治性気胸の手術で,胸膜癒着術の併用によって QOLを損なわない処置ができたと考えている. 索引用語:肺リンパ脈管筋腫症,LAM,気胸,胸膜癒着術
lymphangioleiomyomatosis,LAM,pneumothorax,pleurodesis
独立行政法人国立病院機構愛媛病院 呼吸器外科 原稿受付 2005年9月29日
入院時検査所見:一般血液検査で特記すべき異常は なかった.動脈血液ガス分析は酸素流量2l/分,経鼻 カニューラでpH7.388,PaO276.3torr,PaCO246.8torr, BE2.0mmol/l,SaO296.6%であった.
入院時胸部X線写真:左胸腔頂部に気胸腔を認め た.両 側 下 肺 野 に は び ま ん 性 の 網 状 影 が み ら れ た (Fig.1). 入院時胸部CT:両側肺の全体にわたる多発性の薄 壁誰胞を認めた(Fig.2). 手術所見:2003年11月,胸腔鏡下手術を施行した. 左肺S3,S4,S8に肺表面から突出する白色,薄壁の誰 胞を認め,これらを吸収性ポリグリコール酸フェルト (ネオベール遺,グンゼ,京都)で補強した自動縫合 器(ENDOGIAUNIVERSAL,AutoSuture,USA)で 切除した.また,肺表面には多数の小誰胞が存在した (Fig.3).これらの小誰胞には処置を加えなかった. 切除標本病理所見:切除組織では,胸膜直下から肺 内にかけて多数の小誰胞が形成され,細気管支の拡張 も認められた.また,小結節状の部分が存在し(Fig. 4a),この部分は平滑筋様の紡錘形細胞の増殖像が認 められ,LAM に相当する所見であった(Fig.4b). 経過と再手術:その後,2004年2月,左気胸が再発 し,1週間の胸腔ドレナージによっても改善しないた め,再度,胸腔鏡下手術を行うことにした.今回の発 症は,両側合計13回目となり,気胸再発の予防と,今 後,考えられる肺移植術に重大な障害を残さないこと の両面を考慮して肺移植専門医の意見を求めた.その 結果,胸膜癒着は,肺移植の絶対的禁忌にはならない との見解であった.それにより,手術では先ず,左S4 の前回切除部分とは異なる位置に認められた肺瘻を SURGITIE遺(AutoSuture,USA)で結紮して空気漏 出を止め,さらに胸腔内を鏡視下に直視しながら,ミ ノサイクリン300mg/生理的食塩水200mlを腔全域に 行き渡らせ,左肺の腹側と背側に2本のドレーンを留 置した. 再手術後の経過:術直後より胸腔ドレーンの持続吸 引を開始したが空気漏出は認められず,術後2,3日
Fig.3 Video-assisted thoracoscopic surgery revealedvarious-sizedbullaeandaircysts onthesurfaceoftheleftlung.
Fig.1 ChestX-rayfilm showingleftpneumot ho-rax(arrows)andadiffusereticularpattern inthebothlungs.
Fig.2 ChestCTdemonstratedmultiplethin-walled cysticlesionsinthebothlungs.
目にドレーンを抜去し,11日目に退院した.現在まで 18ヵ月,気胸の再発をみていない. 考 察 LAM では,多発性肺誰胞が原因で気胸を合併する ことが多い1,2).本症では,気胸発生の原因となりう る危険部位が多く,単発または限局したブラ・ブレブ の破裂による自然気胸と異なり,手術による誰胞の切 除のみでは気胸再発の防止効果は低いと考えられる. また,LAM に合併する気胸は,しばしば反復性,難治 性でQOLを損ない,生命の危険を生じることもある. したがってLAM の治療に当たっては,対症的である が,胸膜癒着術など,繰り返す気胸への対応策を講じ ることも重要点の一つである. 一方で,LAM は肺移植の対象疾患でもあり,将来の 移植手術の可能性も考慮せねばならない.これまで, 肺移植における最大の問題として胸膜癒着が指摘され ており1),広汎な胸膜癒着は「肺・心肺移植レシピエ ントの適応基準」における除外条件にも挙げられ3),肺 移植の非適応症例と考えられている4,5).このように, 胸膜癒着術はLAM に合併する気胸患者においては利 益・不利益の,互いに相反する影響をもたらすことに なる. 我々の症例は,既に右気胸に対する前医での手術標 本からLAM であると診断されており,また肺移植の 可能性も知らされていた.そのため,当院での初回手 術では,できる限り胸膜癒着をおこさないように,気 胸発生の原因と考えられる部位での単純な誰胞切除術 のみとした.しかし,短期間のうちに左で7回目,合 計13回目となる気胸再発をおこした.この経緯からも ブラの切除のみではQOLの向上はもとより,両側気 胸や緊張性気胸など,移植待機中の生命の安全保障も 得られないとの懸念が生じた. そこで,再発に対する2度目の手術に際し,肺移植 認可施設の専門医にコンサルトした.その結果,①胸 膜癒着は無い方が良いのはいうまでもなく,無論,安 易な癒着術はするべきではない.また,実際,癒着坦 離に伴う出血は人工心肺を使用する都合上,問題が無 い訳ではない.しかし,癒着そのものは肺移植の禁忌 にはならず,胸膜癒着術を不可とは考えない.②移植 までの待機中,QOLを悪化させないことや,呼吸障害 や生命への危険を回避するための対処が重要である. このような考えとともに,胸膜癒着術を行っても将来 の肺移植が不可ではないとの意見を複数施設の専門医 から得ることができた.さらに,米国ワシントン大学 の移植適応基準6)でも同様に,先行する胸部の大手術 が相対的禁忌項目に挙げられてはいるものの,胸膜の 癒着を移植手術の禁忌とみなす考えは記されていない. 肺移植を前提とした患者では胸膜癒着術を回避すべ きだとの見解は,わが国の除外基準3)を重要視しすぎ ることによって生じたものであろうと考えられる.一 般的に気胸に対する胸膜癒着は,坦離に難渋するほど の強度なものではないことは経験することであり,こ の除外基準に拘束されて移植対象疾患に合併する難治 性気胸のコントロールが不充分な結果に終わることは 85(783) 気胸を繰り返した肺リンパ脈管筋腫症
Fig.4 Smallnodulesconsistingofspindle-shaped cellswereidentifiedadjacenttothecystwall (HEstain.arrowsina:lowmagnification,b: high magnification).Multiplesmallbullae wererecognizedonthepleuralsurface.
避けなければならないと考えられた. 胸膜癒着術は大別すると,①壁側胸膜の切除や擦過 もしくは切開を行うもの,②薬物などによって胸膜の 炎症を誘発して壁側・臓側胸膜の癒着をはかるもの, ③臓側胸膜の補強を目的に吸収性の人工被膜を貼付ま たは縫着する方法が代表的である.このうち,胸膜切 除による癒着が,肺の全虚脱を起こすような気胸の再 発防止に有益であるとの報告もみられる7).しかし, 広範な壁側胸膜坦離による癒着は高度で,当然移植時 の操作を困難なものとするのみならず,長期的には肺 機能障害を生ずる可能性がある.さらに,肺側に原因 が存在する気胸の加療対象を壁側胸膜に求めるのは合 理的ではないとの意見もみられる8). また,岸ら2)はLAM に合併した気胸5例に対して 行った,胸腔ドレーンからOK-432を注入する胸膜癒 着療法の有効性を報告している.しかし,彼らは,肺 の再膨張が不充分な場合やエアーリークが持続する場 合にはOK-432の追加注入を要している.一般に,胸 膜癒着術は,肺の再膨張が確認できたところで可能で ある9).大きな気胸腔やエアーリークが残存している と,不十分な癒着を生じ気胸の再発予防効果が薄れる のみならず,再発時の有効なドレーン挿入の妨げにも なる.以上より,エアーリークの停止と効果的なドレ ナージによる十分な肺の膨張が胸膜癒着術の成否を左 右すると考えられる.また,ドレーンからの薬物注入 は頻回の体位変換を行うもののブラインドでの処置で あり,薬物分布の不均等を生ずる可能性がある.そう した方法での胸膜癒着術後に再発を来たして手術を 行った症例において,不規則で不十分な癒着が形成さ れている所見は,我々の経験以外に文献的にも報告が みられる10). これらの点を考慮し,癒着術に先だって空気漏れを 生じている肺瘻の処置を確実に行うこと,さらに,直 視下で胸膜面全体に薬液を行きわたらせ,また,効果 的なドレナージによって肺を十分膨らませた状態で炎 症を惹起させることを考えた.そして,胸腔鏡下にこ れらを満たす操作が可能であり,その結果,18ヵ月以 上気胸の再発はなく,有効な処置であったと考えてい る.使用薬物については,OK-432も一般的ではある が,免疫上の影響が否定できないため,我々は作用・ 副作用のより明確なミノサイクリンを用いた. また,最近では,気胸の原因となる臓側胸膜や肺表 面の誰胞部分を吸収性メッシュで被覆する方法が報告 されており11),LAM での使用による有効例も報告さ れている5,10).その作用機序については,病変部の臓 側胸膜を肥厚させるとするもの5,11)と,臓側―壁側胸 膜間の癒着を促進すると考えているもの10)に分かれて いる.いずれにせよLAM に合併する気胸の再発予防 に対する効果がうかがわれる. 一方,原因疾患未確定の続発性難治性気胸の治療に 際しては,中にはLAMなど,肺移植も考慮すべき疾患 が含まれることから,呼吸器外科医は単に気胸に対応 するという姿勢ではなく,画像や臨床経過を検討し, 呼吸器内科医や肺移植専門医の意見も参考にすべきで あると考えている.そのうえで,原疾患の診断と肺移 植の可能性の有無を見極めて気胸再発予防の有効な手 段を選択すべきであると考える. LAM の診断は,画像検査で,ある程度は可能である と考えられ12,13),また,肺生検が確定診断に有用であ るとの報告もみられる12).したがって,難治性気胸に 対する手術時には,可能な限り組織学的診断を得るこ と を 認 識 す る 必 要 が あ ろ う.ま た,画 像 所 見 か ら LAM が否定できない場合もふくめ,肺移植の可能性 が考えられる場合は,少なくとも胸膜外坦離のための 層を温存すべきであり,壁側胸膜切除による胸膜切除 の適用には慎重でなければならないと考えている. お わ り に 肺移植待機中のLAM の1例に対し,移植の禁忌に 挙げられていた胸膜癒着を可及的に回避するためブラ 切除のみを行ったが気胸の再発を防ぎ得なかった.現 状では,胸膜癒着が肺移植の禁忌にはならないと考え られており,移植対象疾患では,難治性の気胸や胸水 に対してQOLを悪化させない,あるいは生命の危険 性を回避するための胸膜癒着術は重要な治療手段であ ると考えられる. 謝 辞 稿を終えるにあたり,本症例の病理診断に関してご 教示をいただいた愛媛大学医学部附属病院病理部の杉 田敦郎先生に深謝いたします. 文 献 1)林三千雄,西村浩一,長井苑子:リンパ脈管筋腫症.呼
吸20:778-783,2001. 2)岸 一馬,本間 栄,坂本 晋,他:肺リンパ脈管筋腫 症に合併した気胸に対するOK-432を用いた胸膜癒着療 法.日呼吸会誌41:704-707,2003. 3)岡田克典,近藤 丘:肺移植の適応とレシピエント選択 基準.日本臨牀61:2205-2211,2003. 4)村松 高,大森一光,北村一雄,他:気胸を合併したび まん性肺脈管筋腫症の1症例.気胸2:229-231,1999. 5)菊池慎二,岡崎洋雄:反復性気胸を合併した Pulmonary
Lymphangioleiomyomatosis,MultifocalMicronodul arPneu-mocyteHyperplasiaの1例.日呼外会誌17:798-802,2003. 6)MeyersBF,PattersonGA:Lungtransplantation―current issuesandevolvingconcepts.SeminRespirCritCare Med20:429-438,1999. 7)竹内 茂,長田博昭,小島宏司,他:原発性自然気胸に おける壁側胸膜胸膜部分切除―特に胸腔鏡下手術での再 発防止法としての意義―.日呼外会誌10:440-444,1996. 8)岩切章太郎,佐藤寿彦,李 震中,他:自然気胸に対す る胸腔鏡下手術再発症例の臨床的検討.気胸 2:135-139,1999. 9)蝶名林直彦,大蔵 暢,大曲貴夫,他:胸膜癒着術.呼 吸19:587-592,2000. 10)大渕俊朗,植田充宏,河下太志,他:吸収性メッシュの 肺表面逢着による難治性気胸に対する胸膜全面癒着術― LAM の 1例.日呼外会誌19:628-631,2005. 11)中西浩三,小野憲司:自然気胸に対する胸腔鏡下手術― 広範囲メッシュ被覆法の再発防止効果について─.気 胸3:92-95,2001. 12)前 昌宏,大貫恭正,佐藤和弘,他:胸腔鏡下肺生検を 行った肺リンパ脈管筋腫症の検討.日呼外会誌 13:48-52,1999. 13)本村一郎,藤原寛樹,濱島吉男,他:気胸時の CT検査 で発見されたびまん性過誤腫性肺脈管筋腫症の1例.日 気食会報51:420-425,2000. 87(785) 気胸を繰り返した肺リンパ脈管筋腫症
Acaseofpul
monaryl
ymphangi
ol
ei
omyomatosi
s
wi
thi
ntractabl
eandrecurrentpneumothorax
MasahiroSakaguchi,KenjiNakamura,OsamuTakahashi,YoshiyukiSusaki
DepartmentofGeneralThoracicSurgery,NationalHospitalOrganization,EhimeNationalHospital
Thepatientwasa31-year-oldwomanwithintractableandrecurrentpneumothorax. Shehadbeendiagnosedwith tuberoussclerosisandrenalangiomyolipomaat21yearsold. Sheunderwentbullectomyfortherightpneumothorax bythoracoscopicsurgeryat26yearsold,andLAM wasdiagnosedhistopathologically. Inspiteofanti-hormone therapyforLAM,shewasadmittedtoourhospitalbecauseofrecurrenceoftheleftpneumothoraxpoolycontrolledby tubedrainage. Multipleaircystsandthreeapparentthin-walledbullaewererecognizedonthesurfaceofthelung. Bullectomywasperformed,however,leftpneumothoraxrecurredthreemonthslater. Althoughlungtransplan-tation wasconsidered,chemicalpleurodesiswasperformedalongwiththedirectclosureofthepulmonaryfistula. Shehas remainedwellwithnoevidenceofrecurrenceofpneumothoraxfor18months. Pleuraladhesionhasbeenregarded asarelativecontraindicationforlungtransplantationinJapan,butchemicalpleurodesismaybeacceptablebefore transplantationtomaintainthepatient’sQOLortopreventlife-threateningrespiratoryfailureduetointractableand recurrentpneumothoraxassociatedwithLAM.