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自由の客観的可能性と歴史の発展法則(四)

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31一一『奈良法学会雑誌』第5巻 3号 (1992年12月〉 〈 論 説

V

自由の客観的可能性と歴史の発展法則

目 次 序 言 第一章社会的統合の手段(以上第四巻二号﹀ 第二章社会的統合と自由 第一節統合と自由の関係(第四巻三号) 第二節政治的空間の規模(第四巻四号) 第三章﹁統合史観﹂ 第 一 節 理 論 付基本思想(本号) 。メカニズム 局 発 展 段 階 第 二 節 検 証

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第5巻3号一一32

第三章

第一節

両命 付 基 本 思 想 前章まで、自由の客観的な可能性について述べてきた。人聞は社会的存在であるから、人間の自由とは(少なくとも 一次的には)社会における自由であるが、(その名に値する)自由はどの社会においても存在しうるわけではない。且つ また、十分に存在しうるわけではない。自由の存在如何は基本的に、主観的な願望や意志にではなく、客観的な現実 に依存している。つまり、 一定の外的条件が備わっていなければ、然るべき自由を実現 いくら人々が欲していても、 することはできないのである。棋本的に言えば、そもそも自由と社会とは対立的である。社会そのものが自由を制限 する性質を内在的にもっている。何故なら、社会の存立は本質的に統合の形成に依拠しているが、根源的には如何な る統合も、各人の自由の何程かの抑制によって初めて可能になるからである。しかし、統合の在り方は決して一様で はない。統合には様々の手段又は要因がある。︹第一章︺ そしてその中には、それとは気づかない、即ち強制的圧力と して感じない、統合、従って不自由(根源的なレベルにおける)を意識せしめないような統合も、存在している。それは 何かと言えば、人為的・政治的でない統合、自然的な統合であり、そうした統合の存在が自由の客観的条件なのであ る。社会的自由が多少とも成立しうるためには、或る程度の自然的統合が達成されていなければならない。それによ って、人為的・政治的統合にあまり頼る必要のないという状態が実現されていなければならない。そして、自由の可

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能性の度合は自然的統合の達成のそれに比例するのである。︹第二章一節︺ このように、自由の可能性は基本的に統合の在り方によって決定づけられるが、更に後者もまた、それ自体独立の 因子ではない。それに関る様々の手段・要因の働きを根本的且つ普遍的に規定する或る別の要素が、存在している。 それが政治的空間の規模である。如何なる統合も一定の政治的空間の中で形成されるのであり、前者は後者によって 殆ど決定的に左右されるのである。もちろん、前者が逆に後者を規定する面もあるから、両者の関係は相関的である が、ともあれこうして、﹁自由 L ﹁統合﹂﹁空間﹂という一一一つの要素が設定され、相互の関係が明らかにされた。﹁自由﹂ にとっては、﹁統合﹂、従ってまた﹁空間﹂が、根本的に重要な意味をもっているのである。︹第二章二節︺ 以上の如くにして、自由を実現するためには、基本的にそれら二つの在り方について留意しなければならないとい 33一一自由の客観的可能性と歴史の発展法則帥 うことになる。﹁統合﹂や﹁空間﹂の状態を最大限の自由に最も適合したものにしなければならないのである。但し、 或る特定の時代と社会について言えば、統合 H 空間は既成の客観的事実である。所与に近い前提である。従って、そ れによる規定を受けて、具体的な国家における自由の可能性には、客観的条件に対応する一定の限界が常に存在して いるのである。しかし長期的に見れば、それは可変的である。そして実際、自由(人間関係に関る社会的自由)は傾向的 に拡大してきた。時代の進行と共に、確かにより多くの人々がより豊かな自由を享受できるようになってきた。これ は人類の(少なくとも政治社会の)歴史の一般的事実である。このことは、上述の理論からして、統合と空間とが歴史的 に変化してきたことを物語っている。 つまりそれは、統合・空間・自由の一二者が相互に連関しつつ歴史発展に深く関 ってきたということである。統合が空間との相関性の下に変化することによって、それを客観的基礎とする自由が次 第に拡大してきたのである。そうであるならば、このような事実は、自由の存在、が歴史的なものであること、自由の 歩みが歴史のそれに対応していることを、示しているであろう。従ってまたそれは、自由の観点からする一定の歴史

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第5巻3号一一34 観が成り立ちうることを意味しているであろう。 かくして、我々は自由の客観的可能性の問題を追究した結果、ここに歴史の問題に到達した。自由の問題とは基本 的に統合のそれであり、そして後者は(空間と共に﹀優れて歴史的なものであるが故に、我々は歴史そのものについて 間わざるをえない。自由の歴史性が逆に歴史の本質へと導くのである。そしてそうしたアプローチによって、歴史は 自由の現実的展開として記述されることになるであろう。そのような統一的歴史理解が可能であると、予想されるで あ ろ う 。 それでは、具体的にどのように記述されるのであろうか。自由は如何なる歴史発展のメカニズムを通して拡大して きたのであろうか。そこには、何らかの法則性が存在しているのではないであろうか。広い意味の法則的認識(理論 化﹀は学閉そのものの当然の要求であるが、この場合の歴史的な法則とは、もちろん、自然法則の如き必然的な因果 連闘ではありえない。人間には、如何に狭小であれ選択の幅が常に与えられているし、各個人の行動は一様ではない からであお山更にまた、そうした多様な個人のなす複雑な相互作用の無限の綜合として、歴史は生み出されるからで ある。とはいえ、歴史が、古来変わらぬ人問、且つ一定の共通性をもっ人聞によって形成されるものである以上、そ こに何らかの法則性、というより一般的傾向の生ずることは、容易に推測されうるであろう。基本的な人間性の共有 が一定の傾向をもたらすことは、むしろ当然であろう。だとすれば、その歴史の傾向、その意味における歴史法則と は、何であろうか。自由の観点からして、それはどのように捉えられるのであろうか。 そ こ で 、 いよいよこれから歴史の発展法則(傾向)の解明に着手しなければならないが、まず問題となるのはその手 掛かりである。即ち、何に注目し、そこからどう展開するのかということである。しかし、我々は既にそれに必要な 知識を得ていると、言えるであろう。というのは、自由、従ってそのために社会、 についての考察の結果、歴史に関

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る根本的な概念、しかも当然自由の見地からするそれが、既に導き出されているからである。その根本的概念とは、 言うまでもなく、上述した﹁統合﹂と﹁空間﹂である。これらは明らかに歴史的なものであろう。 のみならず、敢え て推量すれば、それらは歴史発展の基礎と言えるのではあるまいか。 つまり、それらの漸進的又は段階的な変化が歴 史を発展せしめるのではないであろうか。統合には様々の手段・要因があり、自然的・非政治的なそれはそれ自体に おいて変化する o その変化は、それに対応して人為的・政治的統合に、更にそれを介して政治的空間の規模に、影響 を及ぼす。同時に、政治的空間の規模は逆にまた統合を規定する。概略こうした変化と相互作用を通して、歴史は発 展していくと予想される。そして、その過程における人為的・政治的統合の強弱が、自由の大小を基本的に決定づけ ることになるであろう。 35一一自由の客観的可能性と歴史の発展法則

ω

前章までの考察からして、歴史発展の簡単な見取図を既にこのように描くことができる。そして、確かにこれは、 自由の観点からする一定の歴史観である。だがそれは、自由の客観的可能性の探求の中から言わば副産物として形成 されたものであって、それが一つの歴史観として真に成立しうるか否かは、定かでない。それは歴史観としてはほん の素描にしかすぎず、 まだ重要な課題がいくつも残されているのである。その課題とは、歴史理論である以上具体的 な史実による検証ということはもちろんだが、その前にもっと詳細な理論体系に仕立て上げるということである。 "::> ﹁統合﹂と﹁空間﹂に基づく見取図ないし素描を本格的に理論化しなければならないのである。しかしそのた めには、やはり歴史を直接の対象とする必要がある。歴史について正面から且つ根本的に検討してみる必要がある。 ま り 、 即ち、今やここに、歴史の本質という問題に取り組むことが求められているのである。そしてその結果、統合がどの ように位置づけられるのか、それが問題である。これまで、統合が自由の(プラスにせよマイナスにせよ﹀条件であり、 そうした観点から、それがまた歴史発展の基礎である、としてきた。このこと(後者﹀が改めて確認されるならば、統

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第5巻 3号一一36 合を基本概念とする歴史観が理論的に成立するということになるであろう。少なくとも、 一つの歴史理論として具体 的な検証に値するということになるであろう。果して、そのような理論が導き出されるであろうか::・: 歴史は、単なる事実としてのそれも、認識されたものとしてのそれ(即ち歴史学)も、本質的に二種類の要素から成 っ て い る 。 一つは、この世における諸々の事象であり、もう一つは、時間的な経過である。ところが、単なる事実と し て の 諸 々 の 事 象 は 無 数 に ( 例 え ば 、 一 克 憲 の ﹁ 神 風 ﹂ か ら 昨 日 の サ ン ゴ 1 町 の 突 風 ま で 、 或 は ヤ ル タ 会 談 か ら 或 る 日 の N 大 の キ ョ l ジュ会まで、文字通り無数に/)存在している。しかもそれらは、たとえ如何に大きな出来事であれ、そのもの自体 としては一つのエピソードにすぎない。従って、そうした事象を時系列的にいくら並べても、決して歴史(歴史学)に はならない。それは雑然とした巨大な集合であり、単なる混沌の世界である。では、歴史とは何かと言えば│││諸 々の事実の確定(史料批判)は当然だが、その中から或る一定の観点上重要と思われる事象を選択し、また史料が不足 或は欠如している場合には合理的な推量によって補足し、それらを時間的経過に沿って因果的に関連ゃつけたもの(或 はむしろ、一定の観点からの因果的関連づけに基づいて選択したものてそれによって一つの大きな流れとして理解されたも の、それが歴史なのである。それ故、それはそれぞれの観点のもたらす取捨選択の基準、即ち解釈によって、変わっ てこざるをえない。そして、その観点及び基準とは言うまでもなく歴史家自身のそれであり、また現代という時点で のそれであお山つまりそのため、同一の事実についても、その歴史は歴史家によって、また時代によって、異なるこ とになるのであれ山古来種々様々の歴史が書かれ、対立的な歴史解釈が提起せられてきた所以である。 このように、過去の事実という客観的且つ同一の対象を取り扱いながら、(具体的な)歴史は主観的要素をもち多様 である。そうである以上、歴史という概念自体も多義性を免れえないであろう。歴史学の客観的な評価基準がない以 上、歴史とは何かということに関しても意見が分かれるのは、避けられないであろう。歴史学においては、その具体

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的命題の客観性のみならず、学問自体のそれがそもそも問題なのである。 とはいえもちろん、歴史というものについての(無自覚的だが﹀共通理解が全くないわけではない。およそ歴史とい う以上、事象の取捨選択は完全に任意的なのではなく、そこには一定の条件がある。その条件とは何か。 中で最も基本的なのは、選択さるべき事象は社会的意味をもっているものでなければならないということであろう。 何故なら、端的に言って、歴史とは社会の歴史ということだからである。その証拠に、我々は-政治の歴史﹂とか﹁経 !ーーその 済 の 歴 史 ﹂ 、 或 は ﹁ 文 化 の 歴 史 ﹂ な ど と は 言 う が 、 一 社 会 ( そ の も の ﹀ の 歴 史 ﹂ と は ( 言 わ ば 同 語 反 復 で あ る が 故 に ﹀ 言 わ な い 。 社会情況の推移や変化についての説明が即ち歴史なのである。それはどういうことであろうか。 人聞が生きていくため、或は行動するためには、自己自身とその外界の有り様を十分に認識しなければならない。 37一一自由の客観的可能性と歴史の発展法則帥 そうでなければ、人間の生活・行動の根本的・普遍的形式たる、欲求を充足し目的を達成することは、できないから である。それどころか、苦痛や不利益を被り、更には身の破滅すら招きかねないからである。従って、その種の認識 は死活的な重要性をもっているが、それに関して留意すべきは、自己と外界とは無関係ではないということである。 それらは互に独立した全く別の認識対象ではない。自己の存在、従ってそれについての認識は、外界の存在とそれに ついての認識なくしてありえないし、また外界も、あくまで自己にとってのそれであり、従って、それについての認 識は自己の視点なくしてはありえないからである。 つまり、両者は相互規定的な関係にある。それ故、自己自身とそ の外界についての認識とは、より適確には、外界における自己自身の位置づけと言うべきであり、全体的見地からす る自己認識に等しい。そしてそうであるならば、そうした、自己を含む外界、自己にとっての外界は、 ﹁ 環 境 ﹂ と 呼 ぶほうが適切であろう。かくして、環境は自己と不可分であり、人聞は自己の環境を認識することによって初めて生 活していくことができると、言えるのである。

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第5巻3号一一38 そこで、その環境についてであるが、それは大別して白然と社会から成り立っている。即ち、自然的環境と社会的 環境である。そして、人聞にとっては、自然よりも社会のほうが重要である。何故なら、なるほど人間生活は自然に よって大きく左右されるが、人聞を人間たらしめる人格や精神のほうは、社会によって殆ど決定づけられるからであ る。しかも、自然は社会の在り方を何程か規定するが故に、社会的環境は既に自然的環境を多少とも反映しているか らである。更にまた、社会とは言わば人工的自然、第二の自然であるが、その比重は文化・文明の発達につれて本来 の自然をますます上回るようになるからである。従って、社会についての認識、自己の置かれた社会的環境の認識が、 人間にとって不可欠且つ緊要ということになる。そしてここに、歴史というものが登場してくるのである。即ち、社 会認識に関して歴史認識というものが要求せられることになるのである。というのは、社会とは歴史的に、最も強い 意味においてまさに歴史的に、形成されたものであり、それ故、歴史を知らずして社会の認識は全くありえないから で あ る 。 或る時点での自己認識がそれまでの人生経験、その記憶に依存しているように、社会認識は歴史認識に基づいてい る。そして、自己認識と社会認識は一体であるから、歴史認識は自己認識そのものと関っている。つまり、人聞は社 会的存在であることから、(歴史に断絶はないが故に)有史以来の歴史、且つまた(それぞれの社会は少なくとも完全に孤立 してはいないが故に)世界の歴史、即ち全ての歴史は、自己自身の過去の人生に等しい意味をもっているのである。従 って、歴史に対する無知は記憶喪失と同じことである。それは自らの過去を失なうことである。それ故、もし歴史を 知らなければ、その人は自分の何たるかが判らないということになってしまうであろう。 このように、歴史は生存上の、或は少なくとも主体的ないし合理的な行動のための、社会認識(更には自己認識)又 は環境認識の基礎として求められる。歴史の意義はそもそもそこに存するのである。そうであるならば、前述の如く、

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歴史とは社会の歴史だと言うことができるであろう o 自己の環境としての社会、その在り方の変遷が即ち歴史なので あ る 。 ところで、それに関して一つ註釈を加えておくが 1 1 1 歴史とはむろん人間の歴史である。だが、それは個人の歴 史でもその集積でもない。何故なら、個人の歴史そのものは環境認識としての意味をもちえないからである。歴史と はあくまで社会の歴史でなければならない。とはいえ、それは、個人的なもの、私的なものが歴史と無関係だという ことではない。社会は個人から成り立っているのであるから、社会的なものと個人的なものとを明確に区別すること は、不可能である。それ故、個人的なる(純粋に個人的と見える)ものも、歴史を構成する重要な、時には決定的な、要 素となることがある。しかし、その場合の個人的なるものとは、社会的観点から抽出されたそれ、即ち社会的に意味 づけられたそれであり、従って、既に社会的なるものに転化しているのである。そうでない限り、個人的なるものが 39一一自由の客観的可能性と歴史の発展法則帥 歴史的に意味をもつことはない。それ自体として歴史の中に入ってくることはありえない。歴史として記述さるべき、 また記述されてきた、個人的なるものとは、全て同時に社会的なるものなのである。 それはともかく、以上、歴史とは社会のそれであるということについて述べてきた。歴史の根本的意義は、それが 社会認識の基礎であるということに、そしてその社会認識が自己認識をもたらすということに、存在しているが故に、 歴史とは社会のそれなのである。それでは、そうであるとして、その社会なるものは如何にして歴史を作り出すので あろうか。社会はどのようにして変化し発展するのであろうか。これは、言うまでもなく歴史の発展法則に関する聞 い、即ち本稿本来の課題である。つまり、本節の始めに設定された問題は、ここに社会変化のメカニズムに関する問 いとして設定し直されたのである。歴史の問題は﹁社会﹂の問題に等しい。歴史の解明は社会そのものの解明を必要 としているのである。では、後者は如何にしてなされるのであろうか。

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第5巻3号一一40 ここで、統合の概念が再び登場する。既述の如く、統合の存在は社会の根本的な成立条件であった。社会は統合な くしてはありえず、社会の存立にとって統合は最も重要な要素であった。そして更に、それは一方において自由の可 能性 ( H 内・質)を、他方において政治的空間の規模 ( H 外・量)を、規定した。即ち、統合はまた、社会の基本的な在 り方の、内的・質的にも外的・量的にも最も根本的な規定要因だったのである。このように、社会の(その語の最も強 い意味における)基礎に統合があるとすれば、我々は現下の聞いに答えることができるであろう。それは、統合が変化 することによって社会が変化するということである。社会の基本的な変化は、社会を根本的に成立せしめているもの によってもたらされると、当然推測されうるからである。統合の変化なくして社会の基本的変化はありえないし、社 会の変化とはまさに統合の変化なのである。従ってまた、そうした統合の変化が歴史発展の原動力と考えられるので ある。しかしもちろん、このような命題はまだこの段階においては仮説に止まる。それは、以下に試みる体系的な理 論化と事実に基づく検証とによって基礎づけられなければならない。だがとりあえず、歴史発展は統合の変化によっ てもたらされるものと見なし、そのような歴史観を仮に﹁統合史観﹂と呼んでおこう。始めに述べた、自由の観点か らする歴史観とは、この統合史観に当たると推定されるのである。 そこで、そうした統合史観の概要についてこれから説明していかねばならない。まず問題とすべきは、統合の変化 ということの精確な概念内容に関してである。それは具体的にどういうことを意味しているのであろうか。統合の変 化とは、言うまでもなく統合手段の力(統合力﹀の変化ということである。統合は統合手段によってなされるからであ る。ところが既述の如く、統合手段は一つではなかった。それには様々の種類があった。従って、可能性としては、 統合の変化は多様であり、歴史発展の原因も多様であるということになる。そうした多様性に対応して、歴史は人為 的又は自然的に様々に変わりうるのである。しかし、もし歴史に何らかの法則性又は傾向性が存在しているとすれば、

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統合の変化の多様性の中にも一つの共通性が見られるはずであろう。統合力の変化に関して、或る一定の基本的性質 が認められるはずであろう。統合の手段や要因は確かに多様であり、従って一見多元的である。しかし、それらは統 合に関して決して同等ではない。それらをよく見ると、各々の統合機能の基礎には明らかな相違がある。それ故、そ れらの歴史に対する作用にも、当然違いが見られるのである。それでは、それはどのように違うのであろうか。そし て 一定の基本的な性質とは何であろうか。 まず、人為的・政治的手段(即ち、権力という物理的なものと、権威やイデオロギーなどの精神的なもの)について言えば、 それはまさに人為的であるが故に、その統合機能には常に或る限界が見られるし、時間的経過と共に蓄積され強化さ れるという性質のものでもない。しかも、個人の能力に依存するところが相対的に大きいから、偶然性・特殊性を免 41-一ー自由の客観的可能性と歴史の発展法則伺 れ難い。従って、そうしたものが歴史発展の普遍的・恒常的な根本原因であるとは、到底考えられないであろう。次 に、自然的・非政治的手段(要因﹀のうち非経済的なものについて見てみると、それはここでの検討課題からして(元 々の分類を変えて)次の二種類に分けられる。即ち一つは、身体的なもの(人種など﹀と(狭義の﹀自然的なもの(地理など) であるが、これらは原則として変化しないものである。或は少なくとも、その変化は例外的である。もう一つの非経 済的手段は、精神的なものハ宗教や気質など)と文化的なもの(言語や慣習など)であるが、これらは変化しないわけで はない。しかし、一般に強固であり安定的である。また、それらの歴史との関係は(厳密には相互的であるが)むしろ受 動的であり、それらは歴史を産出するというよりはその産物である。 このように見てくるならば、以上の諸手段はいずれも、歴史の推進力と見ることはできないということになる。そ れらが根本的な力となって歴史が発展すると考えることは、できないのである。そこで、経済的な要因が最後に残さ れたが、これについてはどうであろうか。その変化が社会の在り方を変え歴史を動かすと、言えるであろうか。経済

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第5巻3号一一42 発展が歴史発展をもたらすと、見なしうるであろうか。 結論から言うならば、その答えはイエスである。経済は確かに歴史の原動力であると思われる。そして、統合の諸 々の手段・要因の中で、それだけがそうした機能をもっていると見られるのである。では、何故そのように言えるの であろうか。それについてどのような理由を挙げることができるのであろうか。 この間いに答えるためには、歴史の原動力に要求される性質ないし条件について改めて考えてみればよい。 原動力たりうるための資格とは何かということである。そして、経済がそれを十分にもっていることを示せばよいの である。そこで、そうした性質・条件の如何であるが、それについては主に三つの要素を指摘することができるであ つ ま り 、 ろ う 。 まず第一に、歴史はあらゆる人間の、しかもその生活全体の、足跡であるが故に、立つまた、そのような歴史の根 底にある究極的なものが求められているが故に、原動力は人間存在にとって根源的で普遍的なものであるに違いない。 それは人間生活そのものに本質的に関るようなものであるはずである。また第二に、歴史、即ち社会の歴史とは、最 終的には人間関係の歴史であるから、その原動力たるものは一定の人間関係と、直接的であれ間接的であれ必然的に 結合するものでなければならない。社会を基本的に形作るもの、そしてまた社会の個別的な特質を決定づけるものが、 何らかの人間関係であること、従って、社会の在り方とその変化が根本的に人間関係のそれに等しいことは、一言うま でもなかろう。逆に言えば、 一定の人間関係を常に前提するか、或はそれを帰結せしめないものは、歴史を真に動か すことができないのである。更に第三に、歴史は動的なもの、大なり小なり絶えず変動するものであり、 しかも、傾 向的に或る一定の方向へと発展していくものであるが故に、それを惹き起こす力も当然それと同じような性質をもっ ているはずである。即ち、常に変化するという性質、 のみならず次第に拡大し或は強化されるという性質である。そ

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のような力の存在があってこそ、歴史の恒常的な変動と傾向的な発展がもたらされるのである。 このようにして、歴史を動かす力の存在が想定され、それのもつべき諸性質が明らかにされた。即ちまとめてみる と、人間存在にとっての根源性・普遍性、 一定の人間関係との必然的結合、そして不断の変化・拡大、という性質で ある。歴史が実際にあらゆる人間の生活全体の足跡であり、人間関係の傾向的な変化である以上、それらの諸性質を もつ要因がその背後に存在しているはずであるし、それがなければ、これまで展開されてきたような歴史はありえな かったであろう。何らかの要悶のもっそうした諸性質が、歴史発展の様相を基本的に規定してきたのである。そこで 問題は、先に述べておいたように、その要因が経済であるかどうか、経済がそのような性質をもっているか否かであ る。経済は人間存在にとって根源的・普遍的であろうか。また、それは必然的に一定の人間関係と結びつくものであ 43一一自由の客観的可能性と歴史の発展法郎帥 ろうか。そして更に、それは絶えず変化し拡大するものであろうか。 その答えは言うまでもないであろう。経済はそれら一ニつの性質を明白にもっている。三っとも、 しかも十分にもつ ている。それはまるで、逆に経済の諸性質を数え上げたかの如くである。そして、改めて他の統合手段について見て みても、それら諸性質を兼備しているのは経済だけであることが、判明する。また、統合ということを離れて全く別 の可能性を探ってみても、結果は同様である。かくて、経済のみが、歴史の原動力に要求される諸条件を完全に満た していると考えられるが、この点について、以下もう少し説明しておく必要がある。即ち、一ユつの条件の各々に関し て(経済がそれらを満たしていることの)理由を明らかにしておかねばならないであろう。 まず第一の、人間存在にとっての根源性及び普遍性という条件についてであるが、経済がそれを備えているという のみならず、経済こそ最も根源的・普遍的であると一言ってもよいであろう。何故なら、人間も一個の生物であり、従 って、生存ということが人聞にとってのつ般に)第一の関心事であるが、経済はそれに直接関っているからである。

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第 5巻 3号一一44 人間の肉体的生存、そのための物質生活は、物質的な生産(又は狩猟や採集﹀と消費に依拠している。経済は人間生活 のまさに大前提なのである。更にまた、人聞は誰でも、単なる生存を超えた諸々の欲求をもっているが、経済はその 殆ど全ての充足にとって不可欠であるだけでなく、そのより大きな充足に対して大きく貢献するものなのである。こ のように、経済は肉体的生存を核とする人間本来の諸欲求に直結しているのであり、歴史の究極原因にふさわしい絶 対的な根源性と普遍性をもっていると言えよう。 第二に、経済と一定の人間関係との本質的な結びつきの問題であるが、このことについてもまた事態は明らかであ る。人聞は社会的存在であるから、必然的にその物質生活も何らか社会的な性質をもつことになるのであり、このこ とは﹁経済﹂という概念自体に含まれている。 つまり、そもそも﹁経済﹂とは社会的な物質生活のことを意味してい るのである o 例えば、(マルクスをもち出すまでもなく)人間の物質的生産活動、即ち労働は、社会的労働である。従つ て、それは協業や分業という形をとるし、その基礎には一定の生産関係が存在している。そして、それが更に﹁上部 構造﹂を規定しているかどうか(というより、如何に規定しているか﹀はともかく、経済が政治等の人間関係に深く関つ ていることは、疑いない。このように、経済はそれ自体としても、またその外的連関においても、 一定の人間関係に 依拠し又はそれと対応しているのである。 最後に第三点であるが、経済が不断に変化・拡大(その速度はともかく)するものであることも、全く論を侯たない であろう o 量的なるものは変化し易い。その点、経済は様々の量的側面をもっ。そして特に、最も基本的な、経済の 規模又は経済力は、 一般に生産力の水準によって測られるが、後者は常に変動し、順調な場合には傾向的に拡大する。 それは究極的には、(前述の如く)経済の根底に人間の諸々の欲求、飽くなき欲求が存在しているからであるが、それ に基づいて経済を拡大せしめる現実的な可能根拠は、技術である。何故技術なのかと言えば!││生産活動とは人間

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の自然に対する、道具を用いた、しかも組織的な働きかけであり、従って、色々な技術に依拠しているが、道具の技 術にせよ組織化のそれにせよ、技術というものは常に改良され蓄積されるものであり、本質的に、進歩するものだか らである。そうした技術の性格からして、生産活動の活発化、生産水準の上昇は必然的となる。もちろん、経済体制 上の制約や社会的・政治的、更には自然的な影響などによる曲折は大いにありうるし、殆ど停滞し、時には後退して いるような時期もある。しかし、そうした要因は経済外的なものである o 経済そのものとしては、常に(多少とも)変 化し、そして一般的且つ長期的には発展するものなのである。 以上の如く、経済は歴史の原動力に必要な諸性質を完全に保有していると、言うことができる。種々の統合手段の 中で、経済のみがそのような性質をもっているのである。そうであるならば、既述の論理からして、経済こそが歴史 45一一自由の客観的可能性と歴史の発展法則帥 の原動力であると判断することが、 できるであろう。経済のもつ根源的・普遍的、人間関係的、拡大的な性格が、歴 史の発展を可能ならしめるのである。先に述べたように、歴史とは社会の在り方のそれであり、そして社会の基礎は 統合にあるが故に、社会の基本的な変化、従って歴史は、統合の如何によってもたらされると考えられる。しかし、 様々の統合手段が一様に社会変化に関与しているわけではなく、根本的には、唯一経済的なるもののみが変化を惹き 起こすのである。 ところで、このような考え方に対して、人々は直ちにマルクスとエンゲルスの唯物史観を思い浮かべるであろう。 確かに、唯物史観も経済、精確には労働又は物質的生産(より厳密には生産力﹀によって、歴史を説明している。﹁我々 が出発点としてとるところの諸前提は、:::現実的な前提である。それは現実的諸個人、彼らの行動、及び彼らの物 質 的 生 活 諸 条 件 ・ ・ ・ ・ ・ ・ で あ る 。 ﹂ ところがその理由は、生産活動が人間の生存そのものに等しく、人間存在の最も根源 的・普遍的な行為だからである。 ﹁我々はあらゆる人間的存在の、従ってまたあらゆる歴史の、第一の前提、即ち、

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第5巻3号一一4& 人間たちは w 歴史を作り H うるために生きることができねばならないという前提を、確認することから始めねばなら ない。ところで、生きるためには、何はさておき飲食、住、衣その他若干のことがなくてはかなわない。従って、最 初の歴史的行為はこれらの必要の充足のための諸手段の産出、物質的生活そのものの生産であり、 しかもこれは、今 日もなお何千年前と同じように、人間たちをただ生かせておくだけのために日々刻々果たされねばならぬ一つの歴史 的行為であり、あらゆる歴史の一つの根本条件である。﹂ なるほど、私も先に、経済というものが人間存在にとって根源的・普遍的であること、そしてそのことが歴史の究 極原因の要件であることを、認めた。しかし、既述の如く、それは一つの要件にすぎない。それだけでは、歴史は形 成されない。歴史が成立するためには、﹁人間関係﹂及び﹁変化・発展﹂という第二・第三の要件が必要なのである。 そしてそもそも、人間存在の﹁前提﹂と歴史発展の﹁根本条件﹂とは別の問題である。それらは直接の結びつきをも たない。なればこそ、人聞が歴史を作るからといって(それは確かにその通りである)、生存の維持という人間存在の大 前提が歴史発展を生み出すとは限らないのである。生存(存続)の条件は何も物質的生産だけではなく、例えば自然環 境や生殖・養育などもそうであるが、それらが歴史を恒常的・傾向的に動かすとは、全く考えられないであろう。で は、こうした混同の原因は何か│││唯物史観の基礎には、言うまでもなく唯物論がある。つまりそこでは、全てを (人間も歴史も﹀包括する統一的な存在論ないし世界観が設定されており、それに基づいて歴史哲学が唱えられている のである。究極的根拠が物質的生活に求められているのも、そのためである。しかし、歴史の考察は本来、そうした 外的・超越的前提にではなく歴史そのものに立脚すべきであろう。客観的妥当性をめざす限りは、歴史そのもの、従 って、その主体たる社会に関する考察から、出発しなければならないのである。 唯物史観についてはともかく、これまで、 ﹁統合史観﹂の基本思想(まだ単なる基本思想)に関して述べてきた。そこ

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で説かれたように、それは歴史の主体たる社会、その社会そのものの存立という最も根源的なるものから導き出され ており、従って、最も根本的且つ普遍的な歴史観であるように思われる。歴史発展の究極的な原因は、経済発展に基 づく統合の変化であり、そしてそれは、基本的にはどの社会、どの時代においても、妥当するように思われるのであ る 。 一言付け加えておくが、私はそれが唯一の真正な歴史観であるとか、歴史全体をカバーしうるなどと、主張 するつもりはない。そもそも歴史が多面的且つ多様な無数の人間行動によって形成されている以上、如何なる歴史観 も多かれ少なかれ特殊的であり限定的である。 但 し 、 ﹁統合史観﹂もまたその例外ではない。統合史観とはあくまで自由の 観点からする、従って(その意味において)政治史的な、同時にまた(経済という統合手段に注目するが故に)経済史的な、 一つの歴史解釈なのである。それ以外に、例えば自然史的な、或は文化史的な見方もあれば、精神史的なそれも、更 47一一自由の客観的可能性と歴史の発展法則伺 には別の観点からする政治史的及び経済史的なそれも、ありえよう。それら全てが綜合されて初めて、人類史の全体 像というものが描き出されるのであって、統合史観はその一側面にすぎない。ただしかし、私見によれば、統合以外 の諸要因は全て統合へと収数し、そこにおいて一つになる。 つまり、そのような諸々の原動力(その効力はともかく﹀は、 それによる統合の変化を介してのみ歴史を発展させる。従って、他の歴史観(それらが一定の妥当性をもっているとして) の根底にはやはり統合史観があるべきであるし、後者は如何なる前者よりも根本的・普遍的ではないかと、思われる の で あ る 。 ( 1 ) ﹁ 人 間 的 或 は 人 格 的 な 要 因 と い う も の は 、 殆 ど の 又 は 全 て の 制 度 的 社 会 理 論 に お い て 唯 一 の 非 合 理 的 な 要 素 と し て 残 る で あ ろ う 。 : : : 人 間 的 要 因 は 、 社 会 生 活 及 び 全 て の 社 会 制 度 に お け る 不 確 実 で 気 ま ぐ れ な 究 極 的 に 唯 一 の 要 素 で あ る 。 ﹂ ︹ 同 司 O 古 宮 ア 吋 ﹄ 問 、 ミ ミ 守 口 、 同 凡 h h ミ ミ . h S Q 8 3 ・ 問 。 ロ 己 包 m p F o ロ 門 目 。 口 白 H M 門HZ 相 当 J 円 。 門

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第5巻3号一一48 ( 2 ) 歴史の(本格的な)法則的認識は十人世紀後半のフランス啓蒙思想に始まるらしいが(上原専禄﹃歴史学序説﹄、大明堂、一 九五八年、五人 l 九・三二ハ l 八頁参照)、歴史の法則性の如何は、近代歴史学の(一般的確立という意味で)成立した十九 世紀以来の伝統的問題である。それをめぐっては特に、新カント派による、(人間行動は特殊的・偶然的であるが故に﹀個性 記述的な歴史学と(自然現象は普遍的・必然的であるが故に)法則定立的な自然科学との区別がよく知られているが、現代 においても、歴史に客観的な法則性を認めることには根強い(と言うより一般的な)反対がある。 例えば、その代表者の一人である I ・パIリンは、法則的見方を全て﹁決定論﹂として一括し︹﹃歴史の必然性﹄(一九五 四 年 ) 、 ﹁ 自 由 論 l ﹂所収、小川晃一他・訳、みすず書一房、一八五 l 六・一八八・一九七頁︺、それが我々の通常観念に反する と ( 一 二 九 ・ 二 一 五 i 二

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一頁)、特に、個人の行動評価や責任追及を不可能にすると ( 一 九 一 ・ 一 一

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六 ・ 二 一 四 ・ 二 二 一 一 了 四 ・ 二 四 コ 一 頁 ) 、 主 張 し て い る 。 し か し 、 法 則 と 一 一 言 っ て も 、 そ の 拘 束 力 に は 様 々 の レ ベ ルがあり、法則性が直ちに(本格的な)決定論を意味するわけではない。また仮に、我々の認識する、人間行動に関る法則が、 如何に究極的且つ精密なものになったとしても(即ち決定論的情況)、それが自由(選択﹀と両立しないレベルにまで、換言す れば、完全な予測可能性のレベルにまで、到達することは、ありえないであろう。決定論と予測可能性とは同じではない。 ︹ 開 -Z 白 喋 w r b ミ ミ さ な な さ ぎ 同 な 芯 ミ ︿ H V E -o 白 O H V H H 可 白 白 色 司 宮 町 ロ O B 叩 ロ o -o 岡 山 口 丘 河 巾 師 団 同 門 n v N O i ω ・ 5 2 ) -z t H , F O 司 甘 口 C 由 。 ℃ F M 可 O 同 呂 田 件 。 弓 . ( 以 下 、 司 ・ 出 と 略 記

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可 司 ・ の 印 丘 町 ロ m F O 何 時 o a -申 立 - H V -H U H -呂 町 l 叶︺何故なら、意識は(それがどれほ ど制約されていようとも、少なくとも最小限の選択が可能であるという意味において)自由であり、従って自由の有無、そ れ故また責任観念の妥当性とは、意識の存在如何の問題であるが、意識(自己意識)が消失することはありえないからである。 ( 弘 主 九 ・ ・ 目 当 -M H ? H ) また、著名な K ・ポパーも、宿命論的な見方と未来予測の可能性、即ち﹁理論歴史学﹂の成立可能性、従ってまた守山田・ ざ ユ 印 ヨ と は 異 な る 彼 独 自 の 概 念 で 、 社 会 科 学 全 般 に 関 る ) 主 回 仲 良 片 山 田 旨 の ア プ ロ ー チ ( も ・ 町 民 町 二 回 当 ・ ω -A 旧 日 ﹀ を 、 否 定 し て い る o Q ・4 ) 知識の成長は歴史に重大な影響を及ぼすが、前者の将来を予測する(﹁明日にしか知りえないことを今日予知す る﹂)ことは、論理的に不可能だからである。守℃

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しかも、歴史的過程は﹁あらゆる種類の因果法則﹂に、且つま た﹁移しい数の異なった部分的諸原因﹂に、基づいているからである。な℃・

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しかし彼は、(仮説的且つ限定的な) 法則的認識そのもの、即ち、普遍的・絶対的な﹁法則﹂とは区別された﹁趨勢﹂の発見や、﹁理論﹂とは異なる﹁解釈﹂に、

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4!}一一自由の客観的可能性と歴史の発展法則帥 反対しているわけではない。むしろ逆に、﹁理論又は普通的法則の助けを借りて出来事を説明し予測する﹂こと、 つ い て で き る 限 り 説 明 す る ﹂ こ と を 、 中 心 課 題 と し て 説 い て い る の で あ る 。 ( 喝 匂 ・

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・芯喧﹁包・また、論争の全体的な見取図或は学説史的な整理については、旦声冨自己申

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・ ︿ 3 ﹀﹁疑いもなく、或る観点をもたない歴史学はありえない。自然科学と同様に歴史学も、くだらない無関係な史料の洪水に 窒息させられるべきでないとすれば、選択的でなければならない。:::このような困難から脱却する唯一の仕方は、予め考 えられた選択的観点を自己の歴史学へ意識的に導入すること、即ち、我々の関心を惹くような歴史を書くことであると、私 は 信 ず る 。 ﹂ ( 戸 句 。 志 向 ♂ 也 、 ・

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・ 点 線 は 中 略 ﹀ 上 原 ハ 前 掲 書 ﹀ 、 四 一 二

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八 頁 参 照 。 ハ4 ) ﹁歴史の研究は原因の研究(である J::: 歴 史 家 と い う の は 、 " な ぜ u と聞い続けるもので、解答を得る見込みがある限 り 、 彼 は 休 む こ と が で き な い の で す 。 ﹂ ︹ E ・ E -カ l ﹃ 歴 史 と は 何 か ﹄ ( 一 九 六 一 年 ) 、 清 水 幾 太 郎 ・ 訳 、 岩 波 新 書 、 一 二 七 l 八頁。括弧は引註、点線は中略︺上原(前掲書﹀、五二 l コ 一 一 良 参 照 。 ( 5 ﹀﹁事実というのは、歴史家が事実に呼びかけたときにだけ語るものなのです。如何なる事実に、また如何なる順序、如何 なる文脈で発言を許すかを決めるのは、歴史家なのです。﹂ ( B -H ・ ヵ I 、前掲書、八頁。同九頁参照)また、(原因に関 して同様に﹀﹁歴史家の解釈が原因の選択と整理とを決定いたします。諸原因の聞の上下関係、いずれか一つの或は一組の 原 因 の 相 対 的 重 要 性 と い う こ と こ そ 、 彼 の 解 釈 の 本 質 な の で あ り ま す 。 ﹂ ハ 一 五 一 一 良 ﹀ ﹁ 趨 勢 に

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第5巻3号一一50 ︿ 6 ﹀﹁歴史家は、歴史を書き始める前に歴史の産物なのです。﹂(同右、五五頁。同五四・五九・六一頁参照) 同 -言 。 v h崎 町 民 培 一 軸 . H H 也 、 同 な な ミ ( 虫 色 o m O 回 二 回 可 ω ω T H N F 呂 町 ∞

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由 ・ ( 7 ﹀上原(前掲書﹀、七五 l 七 頁 参 照 。 しかし、歴史学が事実を対象としている以上、歴史家の解釈にも当然一定の制約がある。従って、歴史とはそれらの閑の (やや大袈裟に言えば﹀弁証法的統一であると言えよう。(あまりカーを参照し過ぎるのも気がひけるが、次の文章は大そう、 そして見過ごすには余りにも、魅力的である。)﹁歴史家は事実の慎ましい奴隷でもなく、その暴虐な主人でもないのです。 歴史家と事実との関係は平等な関係、ギヴ・アンド・テ 1 クの関係であります。:::歴史家と歴史上の事実とはお互に必要 なものであります。事実をもたぬ歴史家は根もありませんし、実も結びません。歴史家のいない事実は、生命もなく、意味 もありません。:::歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との問の尽きることを知らぬ 対話なのであります。﹂(前掲書、三九 1 四

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頁。点線は中略﹀上原ハ前掲書)、八一 1 二 頁 参 照 。 旦 ﹄ ・ 同 M m W 8 5 2 9 q b -R T 匂 ・ H S .

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s -E H I N -ハ 8 ) 従って、ハやはりまたカーだが)次の何気ない一節は(他にあまり例を見ない)卓見である。﹁科学者、社会科学者、歴史 家は、いずれも同じ研究の異なった部門に属しているのです。つまり、どれも人間とその環境との研究であって、或るもの は環境に対する人間の作用の研究であり、他のものは人聞に対する環境の作用の研究なのです。研究の目的は一つ、自分の 環境に対する人間の理解力と支配力を増すことに他なりません。﹂ハ前掲書、一二五頁) ハ 9 ) 林健太郎﹃史学概論(新版﹀﹄(有斐閣、一九七

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年 ) 、 七 l 九 頁 参 照 。 ( ω ) カーはこの点についても実に適確な認識をもっている。即ち彼は、歴史において問題となるのは﹁社会現象﹂であり(前 掲書、七四 l 五頁﹀、個人に関する事実も、問題となるのはあくまで﹁社会のうちにおける諸個人の相互作用に関する事実﹂ ゃ、或は、個人の行為から生み出される﹁社会的諸力に関する事実﹂である(七一丁三頁。七七頁参照)、と言うのである。 従ってまた、先の﹁現在と過去との対話﹂をより精確に言い換えれば、歴史とは﹁今日の社会と昨日の社会との聞の対話﹂ と い う こ と に な る の で あ る 。 ( 七 八 頁 ﹀ 広 ・ 同 ・ の ・ 。

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51一一自由の客観的可能性と歴史の発展法則帥 ろ一つの伝統的な見方であった。︹林(前掲室回)、第七章参照︺しかし、史的唯物論がその妥当性・理論的完成度・スケール の 全 て に わ た っ て 群 を 抜 い て い る こ と は 、 吾 一 回 う ま で も な か ろ う 。 ( M M ) K ・ マ ル グ ス 、 F ・エンゲルス﹃ドイツ・イデオロギー﹄(一八四五 l 六年執筆、一九三二年刊行﹀、﹁マルクス H エ ン ゲ ル ス 全 集 ﹂ 3 ( 真下信一他・訳、大月書広)、一六頁。点線は中略。 (日)同右、二三ア四頁。この場合、﹁第一の﹂﹁一つの﹂という限定が付されているが、それ以外の﹁前提﹂や﹁根本条件﹂が 指摘されているわけではない。 なお、この引用文と同様の趣旨で、次のようにも述べられている。﹁あらゆる人間歴史の第一の前提は、言うまでもなく、 生きた人間的諸個体の現存である。従って、最初の確認されるはずの事実は、これらの個体の身体的組織と、そこから当然 出てきている、これらの個体と爾余の自然との間柄である 0 ・ : : ・ あ ら ゆ る 歴 史 記 述 は 、 こ れ ら の 自 然 的 諸 基 礎 ( 即 ち H 人間 そのものの自然的身体的性質 u と H 人聞が当面している自然的諸条件しと、歴史の流れの中での人間の行動によるそれら の変更から、出発しなければならない。:::人間自身は彼らの生活手段を生産し始めるや否や、動物とは別なものになり始 める。そしてこの生活手段の生産は、人間の身体的組織のせいでどうしてもとらざるをえぬ一つの措置なのである。人間は 彼らの生活手段を生産することによって、間接に彼らの物質的生活そのものを生産する。﹂(同右、二ハ l 七 頁 。 点 線 は 中 略 、 括孤は引註) (リ凶)このような限定的な意味においても、トータルな歴史観などというものは、もはや現代でははやらないらしい。伝統的な 歴史哲学とは、﹁全体としての歴史的推移の包括的解釈を提供するという野心的で劇的な企て﹂であったが、﹁こうした歴史 哲学の古典的概念は、今世紀の聞に重大な権威の失墜を被ったのである。﹂(℃・のミ在日♂

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確 か に 、 歴史観の提起はよほど慎重でなければならないが、しかし、全体的・統一的な認識への志向は学問的探求の必然性であろう。 (日﹀歴史法則というものの基本的性格については、林健太郎氏の次のような見方が妥当であると思われる。即ちそれは lt│ ﹁事物の法則的認識は科学の必然的要請であり、科学としての歴史学もまた当然その要請の下に立つが、:::歴史の法則を 自然法則と同一視することは何人にもなし得ることではなく:::、歴史法則の特殊性というものが考えられなければならな い。﹂(前掲書、一回二頁。点線は中略、以下同様)つまり、第一に、﹁すべての歴史事象をただ一つの法則によって説明す

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第5巻3号一-52 ることは不可能である:::。人聞社会はさまざまな要素の複合体であって、そこにはさまざまの力が作用し合い、それらの 力はそれぞれに何等かの自己の法則を持っている。﹂(一一一一一土一頁)しかし第二に、﹁それらの諸法則がただ雑然と存在し ているというのであっては、それは歴史事象に対する何等の説明原理となり得ない。我々が歴史を何等かの統一像としてと らえようとする限り、我々はそこに作用するさまざまの法則の中で、主要な法則と副次的な諸法則を区別することが必要で あろう。﹂(二ニ四頁﹀そして第三に、歴史における法則性とは﹁決定する﹂ということではなく、﹁制約する﹂﹁条件守つけ る﹂ということである。ハ一四一丁三頁) 但し、一言つけ加えさせていただくとすれば、﹁副次的な諸法則﹂と言っても、それらを完壁に網羅し且つ関係づけるこ とは不可能であり、それらのうちのやはりまた﹁主要な﹂ものに止めざるをえない。従って、如何に適確な歴史法則体系と いえども、既にそれ自体においてせいぜい概括的・近似的なものなのである。

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