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脳特異的なRNA代謝を標的としたアルツハイマー病の新規治療戦略

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Academic year: 2021

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̶ 102 ̶ 目  的 日本をはじめとする先進国では,超高齢化社会の到 来により,認知症を含む神経変性疾患の患者数は飛躍 的に増加することが予想されている。アルツハイマー 病(AD)は認知機能低下,人格の変化を主な症状と する神経変性疾患の一種であり,認知症の 60-80% を 占める(Norton S, et al., 2014)。 AD の脳における病理変化として,まず Aβ からな る老人斑が出現し,次いでリン酸化されたタウタンパ ク質からなる神経原線維変化がみられる。その後,神 経細胞の死滅と脳萎縮に進展していく。老人斑の主要 な構成成分である Aβ は,APP 遺伝子の最終産物で ある Aβ 前駆体タンパク質(APP)より合成される。 APP 遺伝子は家族性 AD において最も高頻度に変異 が確認される遺伝子であり(Norton S, et al., 2014), APP 遺伝子を過剰発現させたモデルマウスは AD の 神経病理変化や,高次脳機能障害を呈することが報告 されている(Oakley H, et al., 2006)。 糖尿病,高血圧症,脂質異常症などの生活習慣病は, 脳卒中の危険因子となることから,主として血管性認 知症との関連で注目されてきたが,近年の研究におい て,AD の発症や進行にも生活習慣病が大きく影響す ることが分かってきた(Li J, et al., 2011)。また,AD の有病率は 60 歳で 1%,80 歳で 16% となる。2050 年 に,世界の AD 患者は 1320 万人となると予想されて いる(Cummings JL, 2004)。 我が国で承認されている AD 治療薬はアセチルコ リンエステラーゼ阻害薬と NMDA(N-メチル-D-ア スパラギン酸)受容体拮抗薬がある。しかしながら, これらの AD 治療薬は 1 ∼ 2 年の短期で効果が得ら れなくなる対症療法にとどまっている。そこで,AD の発症病態に基づき,根治療法に直結する新規創薬標 的を見いだすことが重要な となっている。 我々はこれまでの先行研究において,神経変性疾 患である SBMA の原因遺伝子アンドロゲン受容体 mRNA(AR mRNA)の安定性に寄与する RNA 結合 タンパク質 CELF2 を同定した。また,microRNA の 一つである miR-196a が CELF2 の発現を抑制すること で,間接的に AR mRNA の分解を亢進する病態メカ ニズムを見いだした。さらに,miR-196a を発現する アデノ随伴ウイルスベクターを SBMA モデルマウス に投与し治療法としての可能性を報告した(Miyazaki Y, et al., 2012)。 CELF2 は CELF1 ∼ 6 の 6 つのサブタイプからなる CELF protein family に属することから,他のサブタ イプにも同様の効果があるのか,神経変性疾患の培養 細胞モデルを用いてスクリーニング解析を行った。そ の結果,CELF3 が AD の疾患関連遺伝子 APP mRNA の発現を抑制することを予備的に見いだした。

CELF3 は脳などの中枢神経と,精巣のみに高い選 択性をもって発現していることが知られている(Ladd A, et al., 2004)。また,CELF3 の線虫 C. elegans ホモ ログである UNC-75 が他のスプライシング制御因子 と協働して,神経系特異的な選択的スプライシングを 制御していることが報告されている(Kuroyanagi H, et al., 2013)。UNC-75 の変異体が運動機能異常を呈す ることも考慮すると,CELF3 が神経細胞内で恒常性 維持に必要不可欠な RNA 代謝を制御していることが 示唆される。しかしながら,CELF3 ノックアウト (CELF3 KO)マウスでは精巣において精子形成能の 低下が報告されているが(Dev A, et al., 2007),中枢 神経への影響は未解析であり,その標的 mRNA や基 本的な生理機能も不明である。このため,CELF3 の 標的認識機構や分解促進機構を詳細に解析し,さらに は,マウス中枢神経における CELF3 の生理的機能を 解明することで,AD に対する治療標的としての [生命医科学分野]老化と長寿

脳特異的な RNA 代謝を標的としたアルツハイマー病の新規治療戦略

宮崎  雄

大阪大学大学院医学系研究科神経遺伝子学 (ストレス科学研究 2019, 34, 102-105) 研究助成金:900,000 円 doi.org/10.5058/stresskagakukenkyu.34.102

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ストレス科学研究 Vol.34(2019) ̶ 103 ̶ CELF3 の可能性を検討する本研究を立案するに至っ た。 このため,本研究では,CELF3 が AD の疾患関連 遺伝子 APP mRNA の発現を抑制するメカニズムを詳 細に解析し,AD における RNA 代謝を標的にした分 子基盤情報の確立を目的とした。さらに,中枢神経に おける CELF3 の生理的機能を解明し,AD に対して CELF3 を標的とした新たな治療法の可能性を提示す ることを最終目標とした。 方  法 1.培養細胞モデルを用いて CELF3 の標的 RNA と機能を特定する CELF3 は培養細胞ではマウス Neuro2a 細胞に発現 し て い る こ と が 知 ら れ て い る(Ishizuka A, et al., 2014)。このため,まずは Neuro2a 細胞を用いて,タ ンパク質に結合する RNA を低バックグラウンドに回 収し,網羅的な標的同定と 1 塩基レベルで結合部位を 決 定 で き る PAR-CLIP 法 を 適 用 し た(Figure 1) (Yokoshi M, et al., 2014)。 具体的には,Neuro2a 細胞に 4-チオウリジン(4-SU) を添加し,新規に転写される RNA がウリジンの代わ りに4-SUを取り込ませた。次に長波長紫外線によって

RNA 中の 4-SU と CELF3 を架橋した。その後,抗マ ウス Celf3 抗体を用いて CELF3 を免疫沈降し RNA を ラジオアイソトープ(RI)標識することで,CELF3- RNA 複合体を回収した。抗マウス Celf3 抗体は,中 川真一先生(北海道大学大学院 薬学研究院教授)よ りご供与頂いた抗 Celf3 抗体産生ハイブリドーマ細胞 (RCB4684)より作製した。 また,CELF3 の機能を解析すべく,マウス Celf3 を 標的にした siRNA をマウス Neuro2a 細胞にトランス フェクションすることで内在性 Celf3 をノックダウン し,48 時 間 後 に cell lysate を 回 収, そ の 後,total RNA を回収した。現在,回収された total RNA 用い て RNA-seq 解析を行っている。 2.CELF3 KO マウスを用いて中枢神経における CELF3 の生理的機能を明らかにする ゲノム編集技術 CRISPR-Cas9 によって CELF3 KO マウスを作製した。その後,マウス行動解析機器 (EthoVision XT™)を用いて,CELF3 KO マウスの運 動機能(行動距離など)や高次脳機能(social inter-action test など)を解析した。 Figure 1

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脳特異的な RNA 代謝を標的としたアルツハイマー病の新規治療戦略 ̶ 104 ̶ 結果・考察 1.培養細胞モデルを用いて CELF3 の標的 RNA と機能を特定する これまでの検討実験では,CELF3 に結合した RNA をオートラジオグラフィーで明瞭に検出できた(Fig-ure 2)。今後,回収された CELF3 結合 RNA を次世代 シーケンサー(NGS)で網羅的に読むステップに進 む(Figure 1)。CELF3 と 架 橋 し た 4-SU 部 分 に は T-to-C 置換が生じるため,1 塩基解像度で CELF3 の 標的 RNA と結合部位を網羅的に同定可能である。そ の後,情報解析を通して詳細に検討し,APP mRNA など標的遺伝子配列上の CELF3 結合部位の候補をし ぼる。その後,結合配列を推定し,in vitro 結合アッ セイによる検証を行う。 また,Neuro2A 細胞における Celf3 ノックダウン 実験から回収した total RNA についても,RNA 解析 を進め,発現量やスプライシングパターンの変動を検 証し,一連の解析を統合することで CELF3 の機能を 推定する方針である。さらに,推定される機能に沿っ て各種変異体を作製し,スプライシングアッセイ, RNA の安定性を評価するためのレポーターアッセイ, 翻訳への関与を解析するポリソーム分画アッセイなど の検証実験を進め,CELF3 の機能を特定する。 2.CELF3 KO マウスを用いて中枢神経における CELF3 の生理的機能を明らかにする これまでの行動解析において,2 か月齢の CELF3 KO マウスが明瞭な多動性を呈することを見出した (Figure 3)。今後,運動機能に加えて,高次脳機能 (social interaction test など)を解析して CELF3 KO に よるマウス脳機能障害の詳細を明らかにする方針であ る。また,中枢神経組織の病理学的変化を検索し,運 動機能や高次脳機能の障害との関連性を検証する。さ らに,病理変化を認めるマウス脳内の部位から RNA を抽出して RNA-sequencing を行い,APP mRNA を

ふくめ,CELF3 欠失による RNA の発現変化を解析す る。次に,マウス中枢神経組織を用いた病理学的解析 により,行動異常の原因となる中枢神経組織内の部位 を特定する。特に CELF3 が高発現している部位であ る海馬などに焦点を当てながら H.E. 染色や Nissl 染色 などを行い,神経細胞の数や位置などを病理学的に評 価し,AD に特異的な病理変化との類似性を検索する。 得られた結果の社会貢献性・新規性・独創性 我々の予備実験結果では,RNA 結合タンパク質 CELF3 が AD の病因因子である APP 遺伝子の mRNA とタンパクの発現を抑制することを確認した。よっ て,研究開始当初,AD と CELF3 の関連性を想定し ていたが,CELF3 KO マウスは脳の発達段階の異常と して特徴的な多動性を明瞭に示した。CELF3 KO マウ スにみられるような多動性は,ヒトの場合,注意欠陥 多動性障害(Attention-deficit hyperactivity disorder: ADHD)をはじめとする神経発達障害の疾患でみら れ や す い(American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disor-ders.)。ADHD はこれまで,小児期や思春期の疾患 であるととらえられてきたが,近年になり,50 歳以 上の成人にみられる軽度認知障害(mild cognitive impairment: MCI)や AD との関連性が指摘されてい る(Saunders NL, et al., 2010; Saunders NL, et al., 2011; Johns EK, et al., 2012)。実際に,ADHD 症例の うち 60% は成人期になっても症状が持続し,注意欠 陥,同時に複数の作業をこなすことができない,注意 散漫などがみられ,これらは AD をはじめとする認 知症の症状とも近い(Bramham J, et al., 2012)。また, 認知機能以外の症状についても,睡眠障害や不安症状 など ADHD と認知症には共通してみられるものが多 Figure 2 Figure 3

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ストレス科学研究 Vol.34(2019)

̶ 105 ̶ い(Yaffe K, et al., 2014; Asherson P, et al., 2016.)。こ れらの先行研究は,ADHD と AD の間に共通の病態 メカニズムが存在する可能性を示唆している。 謝 辞 このような研究機会を頂いた貴財団に感謝します。貴財団 からの研究助成金は,上記のような研究結果を得ることにつ ながりました。今後,さらに研究を発展させ,研究成果を学 術論文として海外医学誌に投稿したいと考えております。こ こに謝意を表します。 また,抗 Celf3 抗体産生ハイブリドーマ細胞(RCB4684) をご供与頂きました中川真一先生(北海道大学大学院 薬学 研究院教授)に深く感謝申し上げます。

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