獣 医 麻 酔 第19巻,第2号59-62(1988)
Jpn. J. Vet. Anesth.
Vol. 19 No. 2 59-62
(1988)
臨 床 ノ ー ト
心 筋 症 に 関 連 した と思 わ れ る猫 動 脈 血 栓 症 の1例,と
く に
麻 酔 時 に観 察 され た不 整 脈 に対 す る管 理 につ い て
江 島
博 康*,三
宅
裕 一*,増
永
朗*
多 川
政 弘*,秋
永
泰 正*,畑
孝*
原
康*,小
山
秀 一**
Management to Arrhythmias Observed in an Anesthetized Cat with Arterial Thromboembolism Associated with Cardiomyopathy
Hiroyasu
EJIMA*,
Yuichi
MIYAKE*,
Akira
MASUNAGA*,
Masahiro
TAGAWA*,
Yasumasa
AKINAGA*,
Takashi
HATA*,
Yasushi
HARA*
and Shuichi
KOYAMA**
は
じ
め
に
猫 心 筋 症 で は,心 房 細 動,左 脚 ブ ロ ッ ク,心 室 性
期 外 収 縮,房 室 ブ ロ ッ クな ど様 々な タ イ プの 不 整
脈 が 発 現 す る こ とは す で に よ く知 られ て い る1,4)。
今 回,我 々 は動 脈 血 栓 症 を 合 併 した 猫 の 心 筋 症 と
思わ れ る症 例 に対 し心 血 管 造 影 検 査 の た め の 麻 酔
を実 施 した とこ ろ,心 室 粗 動 を は じめ とす る種 々
の不 整 脈 を発 現 したが,種
々 の処 置 に よ り回 復 し
た の でそ の経 過 お よび 処 置 の 概 要 に つ い て 報 告 す
る。
症
例
症 例 は 日本 猫,雄,5歳,体 重3.8kgで,2 週 間 前 に 一 過 性 の 左 後 肢 の 麻 痺,前 夜9時 頃 か ら 突 然 の 両 後 肢 の 麻 痺 お よ び,呼 吸 困 難,食 欲 減 退 を 主 訴 と し て 来 院 した 。 初 診 時 の 体 温 は35.8℃, 日本 獣 医 畜 産 大 学*獣 医 外 科**獣 医 内科 武 蔵 野 市 境 南 町1-7-1(〒180)* Department of Surgery and ** Department of Medicine, Nippon Veterinary and Zootechnical College, Musashino-shi, Tokyo 180, Japan
心 拍 数 は168回/分
で,呼 吸 は 促 拍 して お り,ま
た 両 後 肢 は 冷 た く,完 全 弛 緩 性 麻 痺 を 呈 して お り
両 股 動 脈 圧 は 触 知 不 能 で あ っ た 。 診 察 中 に排 尿
(約20ml)が
み られ た 。
検
査
所
見
初 診 時 の 血.液検 査 の 結 果 は,RBC:652×104/ mm3,PCV:32.5%,Hb:9.0g/dl,WBC 30,800/mm3,Tp:8.89/dl,血 小 板 数:14× 104/mm3,AST:476K.U.,ALT:114K.U., CPK:556.51.U./1,BUN:60mg/dl,ク レ ア チ ニ ン:2.1mg/dl,Na:151.4mEq/1,K:4.5 mEq/1で あ っ た 。 尿 所 見 はpH6,蛋 白(+), ケ ト ン(-),ビ リル ビ ン(-),潜 血(〓),糖(-), ウ ロ ビ リ ノ ー ゲ ン0.1,尿 比 重1.025で あ っ た 。 胸 部 単 純X線 検 査 で は,側 方 像 で 軽 度 の 心 拡 大 を,背 腹 像 で は 左 右 の 房,左 心 室 の 拡 大 を 認 め た (図1)。 心 電 図 検 査 で は,平 均 電 気 軸 が+70゜ で,H誘 導 に お け るR波 の 増 高 お よ びST部 分 の 上 昇 が 認 め られ 左 心 室 肥 大 が 疑 わ れ た(図2)。 超 音 波 断 層 所 見 で は,収 縮 期 左 心 室 壁 の 肥 大, 内 腔 の 狭 小 化 と 心 内 膜 エ コ ー の 増 強 お よ び 左 房 の60 江 島 ・三 宅 ・増 永 ・多 川 ・秋 永 ・畑 ・原 ・小 山 側方 像
背腹像
図1胸 部単 純X線 所 見(初 診 時) 図2ECG所 見(初 診 時) 拡 張 を 認 め た(図3)。 以 上 の 検 査 結 果 か ら,本 症 は 動 脈ICI栓 症 を 併 図3超 音 波 断 層所 見(初 診 時) AO:大 動 脈LA:左 房LV:左 室 し た 心 筋 症 と 診 断 し た 。治
療
経
過
本 症 例 に 対 し,た だ ち に 抗 凝 固 処 置 と し て,ヘ パ リ ソNa100U/kgを1日3回 皮 下 投 与 し,肺 水 腫 に 対 し て は フ ロ セ ミ ド2mg/kgを1日2回 投 ケ し た,ま た 抗 生 物 質(ベ ニ シ リ ン,ス ト レ フ トマ イ シ ン)を11」2回 筋 注 した 。 そ の 結 果 翌 日 に は 肺 水 腫 症 状 の 改善 が み られ,呼 吸 様 式 は 安 定 し た(表1)。麻
酔
経
過
心 血 管 造 影 検 査 の 麻 酔30分 前 か ら,循 環 器 に 対 す る 管 理 と し て カ リ ウ ム を 含 まず,ナ ト リ ウ ム 含 量 の 少 な い ハ ル トマ ンG1(10ml/klg/hr)を 投 与 し たJモ ニ タ ー に は 心 電 図 を 準 備 し た。 麻 酔 は 表2に 示 す よ うに,硫 酸 ア トロ ピ ソ,ド ロペ リ ドー ル ,塩 酸 ケ タ ミンの 混 合 溶 液 を 静脈 内 表1治 療 表2麻 酔 管 理心 筋 症 に 関 連 し た と思 わ れ る猫 動 脈 血栓 症 の1例,と くに麻 酔時 に 観察 され た 不 整 脈 に 対 す る管 理 に つ い て61 投 与 して 導 入 し,気 管 チ ュ ー ブ 挿 管 後,ハ ロセ ン 濃 度 を ダ イ ア ル セ ッ トで0.5∼1.5%,酸 素 流量 11/分 で 維 持 し た 。 ま た,呼 吸 は 自 発 呼 吸 と し, 補 助 呼 吸 は 行 わ な か っ た 。 ECG所 見 で は モ ニ タ ー 開 始 時 か ら す で にP波 が な く,房 室 結 節 性 調 律 で あ っ た 。 ハ ロ セ ン吸 入 後,脈 拍 数 は200回/分 を こ え る こ と は な か っ た が,約25分 経 過 した 時 点 か ら 心 室 粗 動 が 出 現 し た 、,た だ ち に,純 酸 素 の み を 吸 入 さ せ,心 マ ッサ ー ジ と と もに キ シ ロ カ ィ ン1mg/kgを 静 脈 内 投 ケ した と こ ろ.心 室 粗 動 は 消 失 した が,多 源 性 心 室 性 期 外 収 縮 と 房 室 結 節 性 調 律 が 反 復 し て み られ た(図4)。 そ の 後,It}IXハ ロ セ ンを 吸 入 さ せ た と こ ろ,再 び 心 室 粗 動 が 発 現 し た 。 純 酸 素 の 吸 入 を 行 っ た が,各 種 反 射 と 体 動 が み られ た た め,気 管 チ ュ ー ブ を 抜 管 し た 。 こ の 時 も心 マ ッ サ ー ジ を 行 い,重 炭 酸 ナ ト リ ウ ム1mEq/kgと8.5%グ ル コ ン酸 カ ル シ ウ ム0 .5ml/kgを そ れ ぞ れ5%グ ル コ ー ス 液 で10mlに 希 釈 し て 静 脈 内 投 ゲ し た ., 投 与 回 数 は 重 炭 酸 ナ ト リ ウ ム が1回,カ ノレシ ウ ム が2回 で あ っ た(図5,6)。 心室 粗 動 は 消 失 し, 図5ECG所 見 25mm/季 少 図6麻 酔 経過 と処 置
房 室 結 節性 調 律 の 中 に一 過 性 の心 室 性 頻 拍 を認 め
た もの の,や が てP波 の 出現 をみ てli三
常 洞 調 律 に
回復 した。
考
察
図4ECG所 見 25mm/秒 本 例 に み ら れ た 心 室 粗 動 を は じめ と す る 不 整 脈 は,心 筋 症 と い う心 原 性 の も の で あ る 可能 性 は 否 定 で き な い1)。 心 外 性 の 原 因 と し て は 低 酸 素,酸 塩 基 平 衡 異 常,電 解 質 の 平 衡 失 調,ハ ロ セ ン 等 の 薬 物 の 関 が 考 え ら れ る2)。 本 症 例 に お い て は, 純 酸 素 の 吸 入,心 マ ッ サ ー ジ,重 炭 酸 ナ ト リ ウ ム62 江 島 ・三 宅 ・増 永 ・多 川 ・秋 永 ・畑 ・原 ・小 山
お よび カル シ ウ ム剤 の投 与 に よ って 各 種 不 整 脈 は
消 失 し,洞 性 調 律 に 回復 して い る こ とか ら,こ れ
らの不 整 脈 の 原 因が 心 外 性 であ った 可 能 性 も十 分
考 え られ る。 本例 に お け る心 外 性 の不 整 脈 発 現 の
最大 の要 因 は麻 酔 導 入 時 に おけ る低 酸 素 と思 わ れ
る。 す なわ ち,麻 酔 薬 に よる呼 吸 抑 制 作 用 や 塩 酸
ケ タ ミンの心 筋 細胞 レベ ル で の代 謝亢 進 作 用 な ど
に よる低 酸素 で あ る2)。 本 例 で はECG装
着 時か
らST部
分 の 上 昇,P波
の 消 失 な どが認 め られ,
心 筋 組 織 で の 虚 血 や 電解 質 の平 衡 失調 な どが存 在
し,そ こに 麻 酔 侵 襲 が 加 わ り不 整 脈 を発 現 した も
の と考 え られ た 。
これ に 対 す る処 置 と して 用 い た キ シ ロ カイ ンは
心 室 筋 の 興 奮 性 を 鎮 め,異 所 性 刺 激 発 生 の 防 止 作
用 が あ り,カ ル シ ウ ム剤 に は 心 収縮 力 の 増 強,高
K血 症 へ の拮 抗 な どの 作 用 が 期 待 で き る。 本 例 の
よ うにST部
分 の 上 昇 を 伴 う場 合,冠 血 管 拡 張 作
用 の薬 物 な どの使 用 も効 果 的 か も しれ な い 。Pion
ら3)は タ ウ リンを投 与す る こ と に よ り,ネ コの 心
筋症 が 可逆 性 に改 善 され る こ とを 報 告 し,タ ウ リ
ンの 心室 筋 へ の作 用,陽 性 変 力作 用,心 筋 の 機 能
に お け る 役割 な どにつ い て考 察 して い る。 本 例 で
は 血漿 タ ウ リソ濃 度 の 定量 は行 っ て い な いが,も
し タ ウ リンの 血漿 濃 度 が 低 い よ うな ら,不 整 脈 発
現 の 一 要 因 に な って い る 可 能 性 も考 え られ,タ
ウ
リ ンを 不 整 脈 に 対 す る 治 療 薬 と して位 置 づ け る こ
とが で き るか も しれ な い。
麻 酔 の 初 期 か らP波 は 消 失 して い た が,こ の理
由は 特 定 で きな か った 。 高K血 症 は 要 因 の1つ
と
考 え られ るが,T波
の 増 高 は 認 め られ て い な い 。
した が って,血 清K値 は さほ ど上 昇 して は い な い
と考 え られ た 。 本 症 例 を 通 じて,心 筋 症 に お け る
麻 酔 管 理 に は 十 分 な 配 慮 が 必 要 で あ る こ とが 経 験
され た が,本 症 の 不 整 脈 に 対 す る処 置 と して は,
ハ ロセ ンを 切 り,純 酸素のみの吸入に して麻酔濃
度 を 急 速 に低 下 させ,同 時 に キ シ ロカ イ ンに よ る
不 整 脈 の 抑 制 を 試 み る こ とが 最 も有 効 で あ ろ うと
考 え られ た 。
文
献
1) Harpster,N.K.(戸 尾 棋 明 彦 訳)(1978): Vet.Clin.North Am.(日 本 語 版)7(2): 113-124.2) Kirk, R.W. and Bistner,
S.I. (1985)
Handbook of Veterinary
Procedures and
Emergency
Treatment,
4 ed., pp. 73-86.
792, Saunders, Philadelphia.
3) Pion, P.D.,
Kittleson,
M.D.,
Rogers,
Q.R. and Morris, J.G. (1987) :
Myocar-dial failure in cats associated with low
plasma
taurne : A reversible
cardio-myopathy.
Science 237 : 764-768.
4) 山 県 浩 海,山 根 義 久(1985):ネ コ の う っ 血 型 心 筋 症(CCM)の1症 例.第6回 小 動 物 臨 床 研 究 会 年 次 大 会 プ ロ シ ー デ ィン グ. pp.210-211.