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タウリン蓄積機能の流用による深海底温泉への貝の進出

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Academic year: 2021

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キーワード:熱水噴出域,シンカイヒバリガイ,ヒポタウリン,チオタウリン 東京大学 大気海洋研究所 *〒277-8564 千葉県柏市柏の葉 5-1-5 E-mail:inouek@aori.u-tokyo.ac.jp

PROCEEDINGS

タウリン蓄積機能の流用による深海底温泉への貝の進出

井上 広滋* 要約 深海底の熱水噴出域に棲む二枚貝類の多くは鰓に 硫黄酸化細菌を共生させ、共生菌が硫化水素を利用 して生産する有機物を摂取している。宿主が硫化水 素を取り込み共生菌に供給する際には、ヒポタウリ ンに結合させてその毒性を回避しているという説が 有力である。ヒポタウリンはタウリンの前駆体であ り、構造も類似しているため、貝類が一般に持って いるタウリン合成・蓄積機構を流用することにより、 硫化水素に富む環境への適応や、硫黄酸化細菌との 共生が可能になったと考えられる。 はじめに 太陽の光が届かず、光合成による有機物生産が不 可能な深海底では、餌の不足により生物密度は概し て低い。しかし、そのような深海底にも、生物が高 密度で存在する例外的な場所がある。その代表は、 マグマに熱せられた海水が海底から噴き出す熱水噴 出域、いわば深海底の温泉である1 熱水噴出域に生息する生物たちを支える有機物は、 噴出水や底質に含まれる硫化物、メタン、水素など の化学物質を利用して有機物を合成する「化学合成 細菌」により生産される。なかでも、硫化物を使っ て有機物を合成する「硫黄酸化細菌」は、熱水噴出 域における重要な有機物生産者である1-3 熱水噴出域に生息する動物群には、環境中の細菌 を摂食するものもいるが、硫黄酸化細菌を体内に共 生させるものも少なくない。例えば、シロウリガイ 類やシンカイヒバリガイ類などの貝類は、鰓(えら) の細胞の中に硫黄酸化細菌をはじめとする化学合成 細菌を共生させている。また、チューブワームとし ても知られるハオリムシ類は、栄養体と呼ばれる器 官に硫黄酸化細菌を細胞内共生させている1-3。この ような共生により、宿主は餌を探して摂食するエネ ルギーを節約できる。また、遺伝子構成の異なる共 生菌を使い分けることで環境への適応を図っている 例も報告されている4。一方で、この共生により、宿 主は細胞内に硫化水素を取り込んで硫黄酸化細菌に 供給する義務を負うことになる。硫化水素は呼吸の 反応を阻害する毒性物質であり、その毒性をどのよ うに避けているのかは興味深い課題である。 ヒポタウリンとチオタウリンによる毒性緩和 硫化水素の毒性を緩和する役割を担うと考えられ ている物質のひとつに、ヒポタウリンがある。ヒポ タウリンはタウリンの前駆物質のひとつで、酸化に よりタウリンへと変換される。一方、ヒポタウリン は硫化水素イオンと結合すると、チオタウリンとい う物質になる(図1)。生じたチオタウリンは実質 的に無害な物質である。したがって、細胞内にヒポ タウリンを準備しておき、硫化水素が入ってきたら すぐにチオタウリンに変換すれば、その毒性を回避 できることになる5。実際、熱水噴出域に棲む生物 の体内、とくに硫化物に曝される組織や硫黄酸化細 菌が共生する組織からチオタウリンが検出されてい る6-9 図 1 タウリンおよびチオタウリン合成経路の概略 グレーの経路は貝類ではまだ確認されていない。 タウリンリサーチ (2019) Vol. 5 11

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シチヨウシンカイヒバリガイ 我々は、熱水噴出域に固有の種で、鰓の細胞内に 硫黄酸化細菌を共生させているシチヨウシンカイヒ バリガイBathymodiolus septemdierum(図 2)と いう二枚貝を用いて、ヒポタウリンを細胞に蓄積す るしくみの解明に取り組んでいる。シチヨウシンカ イヒバリガイは、日本近海の熱水噴出域の優占種で あるため採集が比較的容易で、しかも常圧の水槽で 長期間飼育できることから、深海生物の中では研究 に取り組みやすい種のひとつである。また、シンカ イヒバリガイ類は、浅海性の食用種であるムール貝 (ムラサキイガイMytilus galloprovincialis)(図 2)と同じイガイ科に属し、ムール貝と共通の浅海 性の祖先から派生して、進化の過程で熱水噴出域へ と進出したことが分子系統解析により示されている 10。したがって、シンカイヒバリガイ類と浅海のム ール貝を比較することで、熱水噴出域への進出のプ ロセスに迫れる可能性がある。 図 2 シチヨウシンカイヒバリガイ(上)とムラサ キイガイ(下) 既存の機能の流用によるヒポタウリン蓄積 シンカイヒバリガイ類の場合、熱水中の硫化水素 を取り込む組織は鰓である。また、硫黄酸化細菌が 共生する場所も鰓である。したがって、鰓で発現す る遺伝子を主な対象として研究を進めてきた。 ヒポタウリンを細胞内に蓄積する方法としては、 細胞外から取り込む、細胞内で合成する、の二通り が考えられる。まず、細胞外から取り込む輸送体に ついて検討した結果、タウリン輸送体(TAUT)が ヒポタウリンを細胞に取り込む活性を持つことがわ かった11。また、TAUT 遺伝子は鰓で強く発現して いた。さらに、硫化物投与実験や移植実験により、 硫化水素がある環境においてTAUT 遺伝子の発現 が高くなることがわかった12,13。一方、配列の種間 比較においては、シンカイヒバリガイのTAUT は ムール貝やカキのTAUT と高い相同性を示し、顕 著な種間の変異は認められなかった14 一方、ヒポタウリンを合成する経路については、 システインジオキシゲナーゼ(CDO)およびシス テインスルフィン酸デカルボキシラーゼ(CSAD) (図1)の cDNA が単離できたため、少なくとも システインスルフィン酸を経由する経路によりヒポ タウリンが合成できることが明らかになった15。両 遺伝子と相同の遺伝子は、やはりカキゲノム16 にも認められ、これらは二枚貝類が一般的に持って いる酵素である可能性が高い。 TAUT はタウリンを細胞に取り込む輸送体とし て知られていたものであり、CDO や CSAD はタウ リン合成経路の一部である。すなわち、シチヨウシ ンカイヒバリガイのもつヒポタウリン蓄積機構は、 貝が一般に持っているタウリン蓄積機構をそのまま 利用したことになる。浅海の貝類においては、タウ リンを蓄積する目的の一つは、環境浸透圧に対する 適応と考えられている17,18。したがって、浸透圧適 応のためのタウリン蓄積機構を備えていた結果、組 織にヒポタウリンが常に存在しており、そのおかげ で硫化水素が含まれる環境に適応することができ、 結果として、熱水噴出域という競合が少なく有機物 が豊富な生息場所を獲得できたものと考えられる。 機能の最適化 しかし、シチヨウシンカイヒバリガイは、既存の 機能をただそのまま使っているのではないようだ。 例えば、浅海のムール貝の鰓組織にはシステインが 検出され、ヒポタウリンよりタウリンが圧倒的に多 い。ところが、シチヨウシンカイヒバリガイの鰓組 織では、システインは検出限界以下しかなく、ヒポ タウリンの比率が高い(表1)。つまり、タウリン が重要なムール貝では、ヒポタウリンからタウリン への変換が早く進む。一方、ヒポタウリンが重要な シチヨウシンカイヒバリガイでは、システインはな るべくヒポタウリンまで素早く変換し、ヒポタウリ ンがタウリンに変化することを抑制している可能性 12 タウリンリサーチ (2019) Vol. 5

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がある。このように、両種は相同な合成系を使って いながらも、それぞれの反応速度を何らかの方法で 調節して、必要な物質の濃度を高めるように最適化 しているように思われる。 表 1 シチヨウシンカイヒバリガイとムラサキイガ イの鰓におけるタウリン関連物質量の比較 Species シチヨウシンカ イヒバリガイ (熱水性)19 ムラサキイガイ (浅海性)8 Cys N.D. 0.36 CSA N.D. N.A. Hyp 13.13 5.50 Tau 24.72 39.83 単位 µmol/g wet weight; N.D, not detected;

N.A., not analyzed

別の輸送体によるサポート TAUT は、SLC6 ファミリーと呼ばれる大きな輸 送体ファミリーの中の、γ アミノ酪酸(GABA)輸 送体(GAT)グループのメンバーである。GAT グ ループは、脊椎動物ではGAT-1、GAT-2、GAT-3、 GAT-4(BGT-1)、クレアチン輸送体(CT1)およ びTAUT の 6 種の輸送体から構成される14。一 方、貝や甲殻類には、GAT-1 と TAUT の 2 種類し かしか存在せず、しかも貝や甲殻類のTAUT は配 列的にはCT1 にむしろ近い14。我々は、シチヨウ シンカイヒバリガイのGAT-1 についても輸送特性 を調べてみた。その結果、同種のGAT-1 は、 GABA より親和性は低いものの、ヒポタウリンを 輸送できる可能性が示唆された20。この性質は、こ れまで知られる種々の生物のGAT-1 では報告され ていないものであり、シチヨウシンカイヒバリガイ ではGAT-1 がヒポタウリンを集める役割をサポー トできるように進化している可能性がある。さらに 興味深いことに、シチヨウシンカイヒバリガイの GAT-1 はタウリンを輸送しない。ヒポタウリンと タウリンは構造上極めて似ているのに、どのように して区別しているのかは今後の研究課題である。 まとめと展望 以上のように、シチヨウシンカイヒバリガイは、 浅海で別の目的で使われていたタウリン蓄積機構を 流用し、さらに蓄積に関わる輸送体や酵素の特異性 や活性を調整することで、深海の熱水噴出域への進 出を果たしたと考えられる。今後、輸送体や酵素の 機能の調整がどのような配列変異によって行われて いるのかを調べていく一方、ゲノムや発現分子の網 羅的な解析により、より広く適応システムを明らか にしていきたい。 文献 1) 藤倉克則ら. 深海研究船が観た深海生物(第 2 版). 2008. 東海大学出版会.

2) Dubilier et al. Nat Rev Microbiol. 2008;6:725-740. 3) 小島茂明ら. 地学雑誌. 2009;118:1174-1185. 4) Ikuta et al. ISME J. 2016;10:990-1001.

5) Pruski, Fiala-Médioni. J Exp Biol. 2003;206:2923-2930.

6) Pruski et al. Mar Biol 2000;136:411-420. 7) Rosenberg at al. J Exp Zool. 2006;305A:655-662. 8) Koito et al. Plankton Benthos Res. 2016;11:81-86. 9) Koito et al. Mar Biol. 2018;165:183.

10) Distel et al. Nature. 2000;403,725-726. 11) Inoue et al. FEBS Let. 2008;582:1542-1546. 12) Koito et al. Cah Biol Mar. 2010;51:429-433. 13) Nakamura-Kusakabe et al. Comp Biochem Physiol

A. 2016;191:74-79.

14) Kinjo et al. PLoS One. 2013;8:e82410.

15) Nagasaki et al. Amino Acids. 2015;47:571-578. 16) Zhang et al. Nature. 2012;490:49–54.

17) Yancey. J Exp Biol. 2005;208:2819-2830. 18) Hosoi et al. J Exp Biol. 2005;208:4203-4211. 19) Nagasaki et al. Fish Sci.2018;84:127-134.

20) Kinjo et al. Comp Biochem Physiol A. 2019;227:1-7. タウリンリサーチ (2019) Vol. 5 13

参照

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