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天台大師の法華終観ごの異同
﹃ H 蓮型人と法華経﹄此講題の下で色々の方面から説主方がありますが、今日は五日大墨人が法情終 を末法時機相臆 Z 剣ぜられたのは、ザ﹂う云 p p所に御着服になってでゐるかといふ一面、だけを御話して 見たい。それには法華経を﹁諸経中王 H M 潟第一﹂とは敬主の御白判即ち粍説分明であつで絶封に信用すぺ
3
でありますけれどち、唯経文にあるからごいって教権的に大事人が信受せられたのでは信仰とし ては結構でありますけれども、其研究ごしては諸経に勝れτ
いる所以を本営に理解してでなりれば、否 本賞に御班解がなかったなら、あれ耗まで法華経に針する深 h M 信仰がなかったであムうと思ム。そ乙で ザ﹂ういふ所が諸艇の王たる所以であるか、隠つτ
見末法時機相謄であるかといふ・﹄とを、どんな風に御 覧になったのであらうかまいふ乙とを窺って見たい吉岡山ふ。元政上人の言葉に﹁怯草山諸艇に王たるや 技提の童見も猶恥く之を言ふ、然れども其主たる所以に主つては X 才 民 知 H ご雄も亦慌はぜろ所な旬、何 日遂事人と法撃経日蓮田告人と法華経 故に然るや法華経は悌乗なり、偽乗とは悌知見な
b
、宜なるかな凡智の及ぶ乙と能はざるや﹂と申し て d居b
ます。即も法華経の﹁諸経中王最銭信一﹂なる乙とは三パの章一見も知b
叉之を口にするが其王た る所以に至っては大才庚智と雄も解らないと。 其れ故支那にも天台大師以前に七十余家の註稗書があり、其最も尤なる者を奉げれば南三北七と言 つτ
、南地に三人北地に七人、南北十師といふ大皐匠があったりれども其王売る所以を見貫くことが 出来なかったっ魚に事巌に行かなりれば般若、若くは混撲に行って居 b ます、支那の悌敬は敬却は費 建其棋度に達したけれども、其結飯は華厳と般若イ﹄浬築主であって、法華経に至つては其真を窺ふ乙 とが出来なかった、幸に陳陪の世に天台大師が出られて、始めて其王たる所以を捷揮し世に紹介した、 ですから元政上人は績いて﹁獅 b 天台大師ゐって能︿此仰乗を讃歎した、それは天台大仰でなければ 出来ない誇がある、といふのは南北十帥や龍樹天親やは仰から付蝿を受付てゐない、天台文師は迩化 策王菩薩として霊山で親 b 法華経を菓承されて居る、今日垂越して天台として支那の一一冊数皐者と示 現して居るけれE
も其本地法身は即も右様でゐって、霊山の聴受が今日の三大部ごなったのである、 此天台の法事経観は E 貨に龍樹天親の未だ言はF
る千古未俊の卓見ではあるけれども、猶不可思議の可 思議なるもので、我本化上行は水門八日川虚空曾土に於て本怖から親 b 本門法華経を別付蝿された、之、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 を塔中別付古いふ、而して五口組は其再誕であられるから、所謂不可思議の不可思議の庭まで到返せら 、、、、、、、、、 れて居る o 斯くて始めて持華経の王たる所以が究註徹ぽ鮮明催決せられて、人類全光被し仰の本伎が 暢びたのである云云﹂取意 さ 申 し て 居 ’ り ま す が 、 如 何 に も 其 遁 h で あ h まして、法附 u 川には三設校畳一とて明仁﹁巳説今設嘗説、 而 モ 於 一 一 其 中 一 怯 華 第 一 ﹂ と あ り 、 叉 薬 王 u m には十喰梢揚と巾して十の喰乞以
τ
法華終そ稀揚されて居る、 斯くも敬主自身が法華経ご爾前一経之の浅深勝劣乞仲明的確に剣定なさってあるのに、何故に市北十附 等が其王た乙所以を今一つ突込んで研究出山情なかったのであるか、貨に不思議であらます、調 b 天 台 大師の法華の三大部を見ると其王たる所以が解説されいてほ刷る‘そ乙で今元政上人が言った模に考ヘる よ h 外に考へ様がない、敬主自ら悌敢とは法部縦である、今までの説法は忘れて呉れと言はれてゐる、 即も法華経の作品川間経無量義経説法品に一,凶十余年末期異質﹂と説かれτ
、今まで凶十余年の説法は 我本立ではない、相手を標準として其れに順臆して説いたものである、これから後の八年の詑法乙そ 、 、 、 、 我 本 懐 で あ る と 言 は れ て 居 り 弐 す 、 更 に 只 今 申 し た 法 師 u m には三説校量即ち巳説今説嘗説と一 ひ か く 代五十年の説訟を縦に時間的に過現未に純て校 H M して、法恭は其三説に出過したる最第一の純である 叉薬王日川には十喰栴揚即ち大海と川流江河、月天子と・衆品、須捕と諸山といふ様に、横仁t
云 は れ 、 日 曜 兇 聖 人 と 法 業 経日誕事人主総華経 四 物柄で比較して法華経は川流江河に封する大海の如︿、治部経は諸星の中の月天子の如︿といふ様に 讃歎されて居る、然るに其所以が天台でなくては解らない、其天台の解蒋も未だ不可思議の可思議で あった、何となれば彼は法華経二十入品の前十四品迩問中心であったから未だ不思議の可思議である 然るに吾姐は後十四品本門中心であるから異に不思議の不思議であると言って居
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ま す 。二、天台大師の法華経観
︵ 控 門 本 位l
法中心 l 観 念 行 ︶ そこで初に天台の法華鮮.観の大体を申し述べん仁此は先年拙著﹃扶華経の真髄﹄といふ小舟子が刊て 居る、叉﹃本円本隼論﹄の附録に﹁法華開願の大旨﹂があb
ます、大同であb
ます、此二番を御覧を 、、、、、、、、、、 願ひたい、要するに天台が法華経の狙ひ点は、御存じの法門の諸法質柑の理を一一粧の限自民見て、一 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 代経は此諸法賓相を説いたものに外ならねといふのであb
ます。諸法賃相亦は二乗作備とも一念 L 一 千とも謂以ます。諸法貫相・一念三千・十界互具・ご莱作傭・皆一つ物で開目紗には二乗作怖と一念 三千とを同一法門として法門の大事とる説きになって居b
ます、但十界互具といふ語は桧華経の殺到 の哲皐的術語即も法華経の解TZ
修行との中には解了に麗します。法華経の致理を一言にしますれば‘ 十界互具の一語に謹S
ます、法界闘融とい、ふのも亦同じく諸法貧相の哲皐的術語であります。 即も十界が互に具して諸怯困融して皆貧相であるごいふ意である。 此十界互具 v C いム法門を怖が説かれた意趣は、私達人間界は十界の丁度中聞に居る、即ち六凡四聖 の中には六凡の中第五凡夫氏居るけれども、上回単一昇、殊に最上の第十備知見が具はってゐると云ふ ことを示される居純である。之を経には諸法貨相と説かれたので、諸法とは十界三千の諸法で‘賞相と 乙れが備知見に映じた諸法の真相、十界本来の面 乙の十界互に具して、我にも悌の性を具へて居るといふ敬却は即ち働知見であるから、其 解 了 を 褒 美 し て 妙 の 宇 を 附 け て い か ん 附 J ﹄ い ひ ま す 。 若
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爾前四十二年の数理はかかめかである。 は即も私共に悌になる可能性があるごいふ乙とで、、
目 で あ る ‘ それは 備知見守説いたものでない。今法華経は仰知見を説いたもので、其を私共が解了するのであ b ま す か ら、妙の字が附きます。叉十界の二字は妙怯蓮華経の五宇の中の法の宇で、互具の二字は妙の宇に営 る。十界t
差別して居る諸法が互に具し合って一体不二平等無差なるを妙といふたのであるから、互 具の二字ご妙の宇と意義は一である。即も十界が法の字で、この十界差別の諸法が互に具L
合って差 別がない所を妙ごいふたのであるから、妙法といふ乙と、、、十界互具といふこど、、語は異って居る 付れども義は一である。此諸怯融妙の一理を解了して其解了した逼b
を今度主観的貿際修行に移し来っ て観念観法する之を妙行と申します。其場合仁前の十界互具が一念三千と呼ばれる。一念三千とふ言葉 日蓮聖人と法務経 五日蓮聖人と法華経 ム ノ、 は主観的に行者の?念に三千の諸訟が具はって居るご、 正しく自己の心を観じて概念観法する修行門 、 、 、 、 に約した名目であり法相術語であ h ます。故に天台が純文の諸法貨相の珂ぞ併設するのに皐問風に立 、 、 、 、 、 てた名目術語が十界互具、修行風に立て内名目梢語が一念三千といふので、同一諸法貨相の到に封し まする串間的と修行風との異名であります。 ぞうして三大部の前の二大部即ち十三義と文句とは此妙併門で法華縦守遁し℃、宇宙人生の本体及び 現象を説明致したものであ b ます。中仁就
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玄義は純論的に、文句は艇の別文なる文文句句を轄して 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 別論的に諸法貫相、十界互具の数四を解説したものであります。そ乙で総論宝曹三別稗︵文句︶と連 立風2
義 ︶ 古 文 稗 風 ︵ 文 句 ︶ ご の 異 ム リ は あ b ますげれども、供に早川風に妙解を閃かしめるものであち 、 、 、 、 、 、 、 、 、 ます。摩珂止翻に到って始めて一念三千と云ム名目が出て居 b まし℃、正しく一念三千の観念観法妙 行を立て、、あります。そこで玄義、文句で先づ何日俳凶日を開τ
‘ぞれから止観で修行の足を迎ぶ、乙 の智目と行足ごが揃った所ポ清涼の池に到る、龍樹の所甜﹁智日行足、到清涼池﹂で、清涼池とは即 も 悌 J 境界浬明、を、な共の煩悩の火焔に釘して清涼ご申したのであります o い か に 智 解 の 目 。 か 調 いτ
も 、 若し修行の足を述ばなかったら、それは肢で仰道修行一歩も準まない、叉いかに観念税法山耐修行し ても‘先づ智鮮の目が聞いて居なければ官で、目的の清流池には到れない。故に此育肢の二失を離れるには、先づ十界互具我に悌 a となるべき可抽向性があるといふ妙解の目を開 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 いて、而して後此我がプ念に三千の諸法即も悌界が具へて居るといふ親心修行の足を述ぷ、即も日夜 瞬間的に起る心、其いかなる心でも取っ欄へて.乙れは十界の中の何の心であるかといふ乙とを考へ、 そうして若し醜悪な心が起ったなら、これは恐ろしい断かしいことだ、仰性を具へて居る備の御子に、 な害け 斯んな情ない心を起してならうかと噺な且つ悔いて、悌菩提の心を殺するやうにして行かなりればな らぬマ﹄云ム乙とを玄義の二の容に設かれて肘る o かやうに理解した遁
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を貸践荊行して行︿慮に﹁到情 、、、、、、、 涼池﹂の結果を見られるのである。若し十界互共・諸法質相の測がいかに深妙に問解出来ても. 、、、、、、、、、 一念三千の観心修訂をしなかったら、それは目だけキラん\光って足の肢へたものである。 λ.
3二 摩詞止観 には天台己酬の傭敬殊に迷摩大師を此岐に擬して官−脚・陪柿と破斥して、我天台数のみあって敬相敢 義によって先づ智鮮の目を開き、市して後坦々たる大道に一念三千の修行の足を迩ばしめる門所謂、数 観双弘・解行相資・定慧相依て始めて本官の開備知見の結果 e T 見られるのである正説いて迩門の諸法貨 相十如同体l
十如同体とい人ことを申し忘れて庇りましたが、それが即ち十界互具から百界千如と品目 み奉げて一念三千といふ法門が組織建立されるのでゐるが今は略します。 、、、、、、、、 きて前申した遁 h ,二乗作備と一念三千とは語具にして義は一、 、、、、、、、 故に開目紗には二乗作例曹と一念三千 ロ 蓮 田 昌 人 と 訟 撃 経 七日蓮葉人主法撃経 A とを同一法門として迩門の大事とされてあるが、それは何う云ふ誇で一であるか
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云 ふ に 、 ニ 意 を 以 て 解説しませう。初めに二乗が若し成備しなかったなら十界互具、諸法貨相、十如同体 1 r e 云ふ乙さが克 解されてしまふ o 抄に﹁一念三千は十界互具よb
事始まれb
﹂と仰っしゃって居る。そうですから先 づ十界といふ教が揃って、其十の数がE
具互融して居るから育界となる。叉此十界に各十如を具へて 居るから百界には千知となる。其千知を衆生世間、五陰世間、国土世間の三世同に経れば三千ごなる。 其三千の諸誌が我一念に具はって居る。設、に一念三千と云ふ法門が組織され成立する o 所が抄に﹁倶 合、成賞、律の三宗は六界を明かして凶界を明かさず﹂で阪に十の敷に於τ
快けて居る。況や互具の 義をや、若し六界が互具した所で何の盆があらう。我々人聞に下の四昇。か具はって居るのみで上の四 裂い界が具はってゐないならば大迷惑である。六界丈ならば互具しないで、人聞は人間丈である方が結 構である、第六天上昇が我々人聞に具して居乙と云ムのはまr
結構であるけれども、困惑趣が私共と 互に具し会って居るといふ乙とは具して欲しくない。所がやはb
互具して居る。現仁人両獣行、困惑 趣が堂々と活動し、互具し過ダて居るので困って居るのではないか。話は積遁に入b
− ま し た が 、 小 乗、 、
、 、
の三宗では下六回介を明して上回界を明きぬ。況んや十界瓦具をや﹁法相宗、三論は入昇営明して上二界 の菩薩と悌とを明きぬ。況や互具をや﹂と説かれて居ります。それですから先づ十界といふ数が揃ラ、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 て其十界が互丘一互融ごいふ義を設いた鮮でなければ、二乗成備といふ道聞が出て来ない。況や事責現 、 、 、 、 証をや、所が己上の五山市倶に十界が数へ設いてない、況んや瓦具の義をやである、隣って二乗成備が 、 、 、 、 、 、 設いてない。そ乙で法華経の諸法賓相の諸法三は前申した遁
b
十界の乙止を申した。其の十界の諸位 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 が貨相だといふのは、十回介の諸法皆同一法性異如の一理から附紘現象したものであるから、十界の現 、 . 、 . 、 . 、 . 、 . 、 . 、 . 、 . 、 . 、 . 、 . 、 , 、 . 、 . 、 . 、 . 、 . 象 問 介 M 正法性異如の本体界化して見れば、無限絶封の一引から出たものであるから、諸法貨相と云へま す。所が若し諸訟の中の二衆が成怖出米ぬミなると諸法貨相ぢゃない諸法の中から二乗だけを取除 でゐるから二乗作偽ごいム法川市艇の御経文の事貨は諸 、、、、、、、、、、、、、、、、 日げ賞相の却を事貨で説明したものである諸法貨相の開論の事質化賞際化である。して足れば諸法貨 、 . 、 . 、 . 、 , い て 除 の 八 法 だ げ が 賞 相 だ と 一 足 ふ ・ − と に な る 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 相一念三千ごいふ哲到と二乗作怖といふ宜現ごは、怯の二名亦十界互具ごも、十如貰相ともいふの で あ る 0 ・ 次 に 今 一 意 は 二 乗 作 品 川 一 は 能 詮 の 人 に 約 し 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 一念三千は所証の聞である。十回介互具百界千如一 念三千といふ開 h T −証ったから二采作仰ごいふ結果、が出て来たのである。故に能龍の人の方から二乗作 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 備さ云日、所詮の却の方から一念三千ーと云ム。ですから請書に二乗作例ごいひ一念三千といひ、十昇 、、、、、、、、、 五具百界千如十如貨相等イ﹂あるのは、皆同一遮門の大事の事でゐhすす。但し天台大師に在bては一 念三千の名目は止観の第五の港の第七正修止翻意に行かなければ出てねない。某位秘臓の訟門であb
日慈恵人と訟準緩 九円遺棄人と法華経 a i ま す 。 義 趣 は 玄 義 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 文句の十持互共、百持千如三同じであるげれども、一念三千といふ名目は出てな ぃ、若し玄義の樟銭文句の記には出て居る。此は高組天台が止制慨に説かれであるのを、後に六組荊渓 牲者妙楽大師が、玄義文句の妙解門の理論的哲皐的説明の蕗へ持って京市℃詰縛したのであるから‘有 、、、、、、、、、、、、 るのが営然である。巳上が天台の迩門の諸法貨相一念三千の大体であ b ま す 。 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 衣に天台の本門観は如何といふに、逃門は偽の所証の却を説いたもので、本門は其能詮山り仰
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本 地 及垂越の化用を説いたものであると.二門主人︵本円三法盆門︶に分ります。再言すれば辿門は悌の諮 られた理︵法︶本門は其れを誼った人︵悌︶を説いたものでゐる。控門の諸法貨相ω
聞を龍られた仰に近 成と久成とがある。其近成の仰に即して久成の仰、 即ち現身備に郎して法身仰、本体なる久成と連用 なる近成との本疫体用の閥係を開願されたのが即ち本円である。故に本門に来て別に遮門の諸法貨相 の理の外に本門の甚深の理ごいふものがゐるのでない。蒋隼一代の教法は法華経に止まる‘法華経の 中心は何慮にあるかといふと、越門の諸法・質相の理にある。本門は此諸法貨相の班を証った備に久 成と近成ごあるが、此近成に卸しての久成ーーー久遠質成の轄迦牟厄備であるといふニとを説いた込の であるといふやうに見て行主ます。 で あ る か ら 、 、、、、、、、、、、、 之を要する仁本門は辿刊の諸法貨相の理を親心修行し 1 、 本嘗に証 b さへすれば、我等も亦あの久遠質成の偽過ちになれる功徳を、丸ゃんと具へてゐる。其賓例詮擦を暴げて、花共に 、 、 、 、 、 、 、 、 一念三千の修行な聞したものにな外らぬ.といふ風に、法帯経の本語二門を見るのであります。此述 門の諸法貨相の理は爾前諸経には説いてない、然るに支那の南北十師の如きは之を見る乙とが出来な かったから、事巌や担架の方が却て勝れて居ると思ったので、まだ木営に法華経が解らなかったので あ b ま す 。 、、、、、、、、 共れを読措蹴立てる仁、事質的に二乗作備といふ的確な 質際を示し、以て仰判所鐙
ω
妙理を遺憾な︿説主謀くされて居る。試に見よ、此二操作怖の一事、爾 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 前諸経に何世胞にあるか、十界互具、一念三千は和々似たるものがあるりれども、二乗作備仁限つては何 、 、 、 、 、 、 、 、 、 法川市艇には開論的には諸怯貿相の聞を説3
、 慮にもない、悲段高しと雌も.般若探しといへども二乗作仰はない、担架は法事の秋の大取込みの後、 、 、 、 、 、 僅に辞穂を拾ふに過ぎない、華厳や般若に十界互共・一念三千に和i
似たる即も諸法闘融の談はあるけ れども.二乗作備といふ一つの事貨のない所から、天台は若し異に市股般若等に一念三千’十界互具と いふことが究一党徹底して設かれてい泊るならば、十界の中ω
二界なる二乗が成悌出来ない遊間がない、 二乗作併の事貨のないのを以て、彼等は似て非なるものでゐる事を知るぺしと申して居b
ます。期の 、 、 、 、 、 如く天台の法事経凱は!つまり料華の最勝なる 1 所 以 は 、 辿門の諸法貨相の即死’といふこと仁結論し 日 蓮 事 一 一 人 と 訟 開 中 終日 蓮 割 引 人 と 法 務 担 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 ます。帥丸辿門本位辿門中心の法華料槻といふことになります、辿門の諸法貨相の聞に立脚して、后 の本門を見上げた、ぞれ故に本門の久遠賀成の本備といふものが、やはり法門の諸法貨相、一念三千 を一社られたのであるから、辿門が体で本門は用であるといふ事になる、述門の諸法貨相の叫が無かっ たなら、本門の久謹質成の備は生れて来ぬ。話法貨相の聞は能く怖を生む母で本門広久遠究成の仰は 所生の子であるといふ工 A Y に な る か ら 、 γ ﹂うしても辿門の方が貫くなって参 h ま す
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うすると其結 果、がどうなるかといふと、天台の湖た法郁艇は偽智の全体と U ム ・ ﹂ と に なb
ます。此慮で怖と云ふも 、 . 、 . 、 , 、 . の、、解制をして見ねばならぬ。備とは何ぞやとの問題であちますが、仰とは大村ご女.慈よ h 外 は な い 、 円 智 悲l
内 照 日 刊 テ 円 叩 F J ︵ 慈 悲l
外 救 げ 物 テ ︵ 衆 生 ︶ 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 そこで法華経の辿門は仰の大刊誌伝説いたちのである。印ち話法貨相とは‘仰が宇宙人生 l 法界 を御覧になった時に十界ー一切衆生背偽の性を有って居る。有情ばか b でな︿非情の山川草木まで も皆真如の一一刊から岨縁々起したものであゐから、皆怖性全有って尉る、斯ういふのが悌知見の法界 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 観であ b 、寓仔槻である、共働知見を説いたのが辿門の大抑円である。之に謝して本門の方は仰の慈 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 悲伝説いたものである、辿門は直ちに諸仲間貧相の列即ち備の大物円、本門ば其到な証った仰が久遠、 、 、 、 巳来一切衆生に封して毎自の悲願力を以て、三世常住に衆牲を教化して息まない。邸も備の大悲門を 説いたものである。そこで此大悲大智の閥係は大智が本で大悲が末で、先づ備が宇宙人生の真相を証 られて、其妙味を白舟一人で味はって居るに忍びな︿て、一切衆生にも之を昧はせてや b だいといふ 、 、 、 、 大慈悲から、備が敢化を起されるのであるから、辿門が本で本門が末であると、斯ラレふやうに天台 は説いて居 b ます。故に法︵述門の貨相︶が重くなって、備︵本門の久遠︶が軽くなる、要す 4 ・ む に 迩 、、、、、 門本位、述門中心の法華純観になります。随つ℃此思想を本金制備に移し
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見ます時仁、天台は法本牲 になる、法は能生、仰は所生、故に能生の法日勝れ所生の備は劣る、法勝悌劣の枯木牲にな O て参 b ま す 。 一 二 、円蓮聖人の法華経観
吾日蓮事人の法華経観は之に反して b p \大智門ハハリリ述 品目/大悲門h
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本 天台は述門を偏に大智門とのみ見て智に重きを置いたが、\
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、 . 、 、 、 、 、 五日組は怖を解剖すれば智怒と慈悲で 日蓮翠人と法務経日蓮翠人と法務絞 四 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 ある、其智慧と慈悲の杢部を説いたものが法華経の本辿二門で。二円倶仁智を説き悲を説いたもので 、、、、、、、、、、、、、、、、 あって、備の金・体が法華経、法華経のみ一部が偽で、謂ゆる﹁六万九千三八四、 一 。 文 々 H 疋異備、真偽 説法利衆生﹂文字即法身の気脈であって死せる文字ぢゃない。生りる悌の気脈である。悌在世の焚一音 聾が滅後には文字と化して居る。故に法華経郎党一菅単、 法身の気脈であるから、 我等が之を信念受持 する時は、備の法身の気脈を呼吸するのであるから、戚牒道交功徳冥仁加はるのである、日疋の如く本 、 、 、 、 、 、 、 謹二門倶に法身の命脈であるりれども、連門は法が表備が裏、本門は備が表法が裏になっ℃居るから、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 本門の方に重きを置かれる、是の如く天台一り反到に吾事人は本門中心、本円本位で、本門に立脚し℃ 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 辿門を振返って見られる、本門に重きを置けば自ら備が主になる、是れ吾組が本門書量品の久遠賀成 の本怖を以て法華経の生命と錦された所以である G 然らば遮門の諸怯貨相との闘係は如何とレムに、 、、、、、、、、、、 それは本門の久遠笠成の本備の、時間的にも空間 、 、 、 、 、 、 、 的にも絶針無限の本体及力用であらせられる相貌を賞相の却に寄せて示したもので却も﹁寄づ理ニ額以 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 事乙事とは活動的怖の謂であ
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ます o それ故辿門方便品では非活動的諸法貨相の盟が十界三千の諸法 の本体となって、班より事の高有現象界を縁起したご説いてあるに、それが本門書量口聞に来ると、一切 高有の本体は活動的事の備である、備が此天地法問弁の本体大御親であると説かれて居る之を悌界縁起、 、 、 、 ‘ . 、 、 、 . 、 、 と申します、再び云ふ述門では哲皐風に抽象的諸法党相の無相の理に寄せて、此一間以’寓有と M 切 れ で 居 る。而して乙の一理は時間的には三世常住の悠久佐々有って屑る、空間的には法国仲間偏の普遁性ど行 って居って、時間的にも定問的にも無臥絶針のちのだと説く、此の設明は世の哲事の説明にも梢
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近 い所があって、誰でも肯き易い、そこで先づ辿門で諸法貨相の一一聞に寄せて差別界の現象界の寓有 印ち十界三千を.本体界に還源融蹄して、そうして吾令の向上心を廟ます、却も汝等皆備に成 h 得 る 、 、 、 、 、 、 、 、 何ぞ自ら軽んじ卑んずる、早く自己の本異に目畳めよと敬へたのが述円である o そ れ か ﹄ 本 門 書 量 u聞 に ポ ると、我々が眼前に見る所の三十二相八十種好の生身裸迦牢尼怖が、我本体は時間的に三世常住、空 間的に法界周温、無始の天地に我あ b 、そうして投等十界三千の寓有は、皆我 n T 身散体で、我は天地 法凶作の本体であら親である、設等は子である、而もそれが五百億塵点劫の久遠賀成巳来世 φ 番々の親 子師弟である、放等子よ弟子工唯此一犬慈悲の師父に鎚れ、我乙そ大腸依慮であ・ 0 大導附であると、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 一切衆生の救済主を詑主示したのが本門書量 u m であって、ぞれが即も法華経の中心思想である。 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 斯ういふ風に法華艇の中心本位を絶劉無限の本備さ観たる吾組め法華艇の修行は自ら天台の法華経 、 、 、 、 、 の修行さ異ならぎるを得ない、謂く法華経は我等末法の一切衆生に沈思眠目して諸法貧相の聞を概念 観法翻心修行せよと敬へではない、抑々法部経は宗教であって部門鼎でない、宗教は救桁十主・乙する、救 日 蓮 翠 入 品 ﹂ 法 議 総 一 軍日蓮婁人と法華絞 一 ム ハ 持を主とするからには、諸法貨相の聞を翻令るご云ム主観的仁自己の智力を要するそれは串間であ b 哲串である、救済会主,、﹄する時にはどうし℃も客観的に無限絶封の救済主人格的仰陀を認めなげれば ならね。それで此絶劃崎命すぺき救済者蹄依蕗をあ示しになったのが書量日間であるみ﹂翻られて居る。 迩門の二乗作備の如きも、決して二乗自己の智力で偽智を証得したからではなくて、全ぐ備の大悲 力の致す所である、故に舎利弗は現に﹁以け信ラ得づ入ルコト、非ゴ巳ぷ H 分こと領解して居る、郎も己が 智力で成悌したのでな︿て、買に仰の大智慧大慈悲に絶劃信順した功徳であると云ふて居る、龍女の 成備も提婆の成備も、皆本備の大慈悲の救済力の賜である、斯ういふ風に二乗悪人女人の成備のあ経 文 h z 譲み、其功徳利盆を、其者の自力智力の功に蹄せずして、悉く久遠質成の本備の無限絶封の大慈 、、、、、、 悲力に絶劃信仰を捧げた功徳に蹄して法華経を讃むのが、吾耐の法事一・観である、卸ち例本位の法華経 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 観であ b ます、それであるから一つの法華経が天台に於ては法格的になるし、五口組に於ては備格的に 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 なる。それは其筈で謹門は諸法貨相の理ご云ふ宇宙の本体質在四訟を説いてある。天台は之を法華経 、 、 、 、 、 、 、 、 、 の生命と見たからそ乙で法華経一部が法格的のものになる。五口組はその聞は買には無限絶封の本備の 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 象徴に過ぎないご見るから、法華経一部は備の本体及力用を説いたものごなるから備格的になる。法 、 、 、 、 、 華経を法格的に見る時には偽智を説いたものとなるから、随って我等が法華経に依って開悟成偽せん
正する修業も亦特慧で行かなげればならぬ乙とになる、境野貰洋討の﹁法華経物語﹄といふものは非 常に能く出来て居 b ま す 、 ﹃物語﹄など、いふから通俗講話のやうに思ふりれども、あの透明なる筋 、 、 を見る頭で能く見てあ b ます、言は︿、法事粍は序円叩からして光明 φ 々が津山出て居る、却も克明を 放もて十方の世界を照すとか、或は東方寓八千の世界を照しだまムに周偏せぎる乙となしとか、眉聞 から光を放たれたら、其光明が上は有頂天に至 b 下 は 阿 鼻 大 城 ま で 照 し た 等 と あ る ‘ 是 は 怖 の い 行 特 一 一 山 ど 、、、、、、、、、、、、 説いたる純である表示であるといふてゐますが、私は寧ろ知日慧を内包したる慈悲の光明主見たいので ゐ b ます、序品の時の党明瑞が.上は布頂天より下は阿鼻大城まで照した‘あの時に提婆が既に地獄 で成備したといふ乙さを﹁御義﹄に仰っしゃってありますが、日疋は何’フも阜なる備の村慧光明とは思 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 はれません、印ち特慧を内容ごした抜苦興祭の慈悲救済の光明と思はれます、 、、、、、、、、、、、、 で彼の時肢に提婆が備の大慈悲に戚電して成備してゐる、 径 の 提 婆 日 間 を 待 た な い それを提婆 u m に至って叙辿なきれたのであ って、事貨は﹁下至阿鼻地獄﹂の時に済んでゐると云はれてゐる、是が若し法事経が怖の如川慧を説い た表示だとのみ見る場合は、前申したやうに、我等が法市艇を修行するにも智慧で行かなければな 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 らね、隠って天台の法華経の修行は止制に説かれてある一念三千の翻念税法抑訟法行でなりればなら ま E 肉、戒定慈の三皐向かに具はなげればならね、戒と定とは且く置いても、少くとも悲
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けはなりればな 日蓮聖人主法華経 一 七日蓮翠人と法華経 l¥. 、 、 らぬ、先方が押慈円であれば其を叩かうといふ此方も右の手の智慧で叩かなりればならね、それです 、、、、、、、、、 から天台の法事艇の修行は止削慨によって一念三千の観念観法抑慧法行でなければならねといふととに な っ て あ ・ 9 ます。戒定慈の三串が揃はなければいかねととになってあ b ます、随って末法営今の時機 、 、 には営飯まらないから五口組は﹁像法過時去暦昨食﹂と判じられてある、上根上機利如 H 精進の人でない と法草紙仰の修行は出来ないととになって、人類と金く混交捗になってしまふ。 此像法時代の支那天台法華同宗を日本に縛敬大師が弘めた、まだ彼附は自ら﹁末法太だ近主にあ
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﹂ と末法を羨ゃんでゐられる通h
、像法の末で正しく末法ではなかった、それできへも大に時代に順膿し 、 、 、 、 て、博敬の弘めた法華艇は支那の天台の其の僅ぢゃなかった、非常に述門よb
は本門の方の色彩が濃︿ −なって、非活動的の理想的のものが、活動的現質的のものになって来τ
居る、例へば固頓戒壇を築いて、 戒定慧の三皐を戒の一一法に牧めて、叡山の国頓戒を受けさへすれば、それで一得永不失と云って、 日一戒腫を耽味得すれば永劫に失せ−ないで即身成仰疑びない、謂ゆる﹁虚空不動戒、虚空不動定、虚空不 動慈の三皐一時に具はって即身成仰すると.根め℃手取早く簡単直識的になって来℃居b
ます。是が 迩門の理から本門の事へ、時代を迫ふて漸次に末法の吾大事人の方へ近寄って来たのであ b ます。近 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 寄っては来て居るけれども、ま.完全く時代化即ち信行化しない、故に信行の針境たる所の本隼が出来、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 上らないで、止視に説かれ℃ある四柿三味に依ってやは b 一念三千の観念税法で終って、信行化まで 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 に至らなかった、それ故には御木雰が御座いません‘叡山の根本巾堂の木牲は鎮護国家の析結の本命 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 であって信行成仰の本隼ではない、法山中艇に依る成仰の修行は御念一副怯でゐって、薬師如来は早に鎖 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 護同家の本隼に過ぎない。是の如く停殺も狛末
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法川市艇を性格的大村門の披びであった。 、 、 、 そとで叡山の皐徒の中からは法然が出て来て、とれでは辿もいかぬ、法はいかに高く向深遠でも機 に営符まらなければ時代と混交渉になる、法市料は高く過ぎて手が屈かぬと言ひ出した、即ち﹁問深 解微﹂法は極めて高向だが我等の解は極めて微劣でとても修行には堪へないから﹁拾附閣拘﹂とて、法 辛料を拾よ聞なよ閣に束けよ拘てよ、立波過ぎて我等の用に立たね一云云と唱導した、いかにも仰款は宗 殺ですから、如何に高いからと一去って高いのが必ずしも能でないので、倫珂も道到も敬育も一切人間界 のあらゆるものを以つ℃しτ
色救ひ主れぬ極めて川鴨川口下層の厄介の者全救はなければ、宗教が人類に 、 、 、 、 、 、 、 、 、 出て来た所以でない、それには法華料は勝れてはわょうけれども、殺法はいかに高向深遠でも機根が微 劣で手が届かぬからには高閣に束ねて置く外はないそとで彼は﹁珂深解徴、非機矢時﹂と言って、別に他 に津土門を新に閃いた、即も法華料を法で揚げて機で抑へて、時代と混交捗たらしめた、 彼 dも叡山の場 徒ですから﹁諸経中王最魚第一﹂叉﹁仰は一大事の因縁の錦に世に出でたそれは品川辛料を説いて衆生 日蓮聖人と法華経 九日 謡 選 人 と 法 制 中 経 二 O 仰性 e T 開殺しようが矯め﹂芦とある純文を読んで居るのであるから、仰の本懐は法華経だと教主御自 身が仰っしゃって肘るからには、之を否むととは出来ない、をとで﹁班は深い﹂が﹁解が微﹂でいか ねと申したのである、ですから滞士宗の方に申させると、日蓮聖人は念備は枯防法の故に無間地獄だと いふが、決して法事を誹誘しては居らぬ、法事艇は聞は高尚深遠だと云って居るではないかと言ふて賠 b ます、併し誹誘の仕方に大に分って面折主義と敬遠主義との二積がある、今法然の法華経に劃する誹 誘は敬遠主義の方である、敬遠主義で片付けるのも、い主な b 制蹴面に誇るのも同じ誹誘である、だか ら法で揚げて機で抑へて、悌が末誌の根鈍陣重の劣機の矯めに設かれた法華経を喰以止めて救はせな いのであるから大誇法である、誘法無聞は﹁若心人不づ信ぜ段二諒
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此 経 ↓ 則 チ 断 ゴ 一 切 世 間 , 悌 種 ↓ 其 , 人 命 法然は智者であったけれども彼の眼には、此高尚深遠な教義 が末法嘗今の劣機仁、どうして修行が出来よう救はれようと思ったのである、尤天台惇敬の弘めた怯 華経では、そう言はれても仕方がないのである、故に五口組も﹁去暦昨食﹂﹁像法過時﹂等と仰っしゃっ 仙 肺 £ テ 入 て 卸 阿 鼻 獄 − 一 一 ﹂ と は 経 説 で め る 、 て、像法の法華経は末法にはもう時代錯誤だと制性られて居る、法然の﹁理深解徴、非機失時﹂岩組の、
、
、
、
﹁像法過時、去暦昨食﹂全く同じである、時代から教法を見、又前申したやうに法華艇を仰の大智門 とのみ見る場合には、像怯までの上根利機の役仁は立もますけれども、末法の下根鈍機の役仁は立たぬ。それですから惇・款の法華経から申すと法然の﹁理深解微、非機失時﹂の評は営って居るのである。殊 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 に時機そ中心に見て、此時機ぞ救ふに時機相臆の・教法はと先づ時機
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眼を着けた点は貨仁法然の偉い 所である。所で博敬大師ですが前に申した知く﹁末法太だ証主にあ b 法華経流布の昨今正︿是な b ﹂ 等と云ひ、叉経の﹁後五百議﹂﹁恐怖感世﹂等の文を引いて、法華経の弘まる時と機とを見、更に﹁我 が日本は問機院に熟し岡敬勝仁興らんとす等﹂と、ハ本闘を法華経の岡と判じ、即も時・機・闘・款の四に 、 寺 経て法華経の末法時・機−岡・相謄なるととを極めて居られます。 唯吾大型人の如く、 今末法は正しく本門法華の弘まる時芦と 夏に第五仁 ﹁序﹂即ち﹁教法流布の前後﹂、三闘怖殺の流体史より見て、 乙れだけは敏けてゐるけれども、時・機・闘の三、却も法然よb
は園の一つが 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 殖えてゐる。停敬大師は毎に聖徳太子の時から日本闘は大乗有線の園殊に桓武天皇の御蹄依に依って 怯華経の閣と定まってゐると云はれてゐる、 云ふととは言つてない、 大師が今少し長生3
し桓武天皇が今少し御在世お在しま さば或は今少し時期に趨切な法華艇を弘められたかも測られない、惜むらくはそれが出来ずに亡くな 、、、、、、、 との惇敬の法華経を吾姐は本堂抄に﹁天台体数 1 乃 至 l 但 タ 論 マ 理 具 ↓ 事 行 ノ 南 無 妙 法 蓮 来 一 純 , 五 っ た 、 宇 並 E − 一 本 門 J 本 章 末 日 庚 タ 行 ず 之 テ 、 所 詮 有 DV モ 同 機 一 無 す 同 時 一 故 也 乃 豆 、 時 末 け 来 ラ 之 故 − 一 建 一 一 立 ; 東 方 ノ 如 王 ↓ 不 ぱ 顕 オ 本 門 J 四 菩 薩 寸 断 詮 銭 円 一 地 涌 千 界 ︶ 譲 訂 輿 ヘ タ マ フ 此 ↓ 故 也 。 − ﹂ 東 方 の 鵡 王 薬 師 如 来 を 立 て 、 木 等 と 日 難 問 話 人 と 訟 悲 ・ 綾日蓮型人と法務経 して未だ議長品の本掌を現はさなかったのは、所詮末法に本化上行が出て来る、其れに譲られたもので あらうと剣ぜられてゐられます、一が台惇砂の弘めた法華経では、謂ゆる自力門型選門、難行診ともな
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、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 ますが吾大事人の見方に依 b ますと‘大判を内容付けた大悲であるから、智でな︿、信で以て其救梼 の御手に鎚る、怖の仲野は舟診で内自行に属する、その智診が外周衆生を慈悲憐感教化利益し給ふ化 他に出られた時に、始めて私共の救のカになるのである、若し此化他の慈悲救済がなかったならば、 備は骨動争であって勅骨骨でない我に於て何かあらんであb
ます、それが﹁今此三界は皆是我有なり、 其 中 の 衆 生 は 悉 く 是 れ 五 日 子 なb
、而も今此庭は諸の患難多し、唯我一人のみ能く救護主錯す﹂‘﹁毎に 自ら是念を錯す、何を以℃か衆生をして、無上道に入b
、速に伸身を成就するととを得せしめんと﹂ 此大悲願力が先に立って、衆生を見つめられる所に、備と私共衆生との闘係が附いてとそ、私共が悌 を骨骨よ所以である、法華経が人類に必要なる所以は、仰の単なる冷やかなる智慧でなくして智慧を内 、 、 、 、 、 、 、 、 . 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 容としたる大慈悲である、窓虚ω
慈悲は駄目である、須く大智を内容として、その光b
が外へ放射し 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 て衆生を救済する外用化他の絶劃大力、そ乙に法華経の宗教化悌格化がある、そとに始めて法 華経が直にな共に悌陀としての無限絶岨到の救法力を示し信仰の封揖となるのである、法格的蒋迦哲準 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 の法華艇が悌格的調停迦の宗教となる、法華経は哲血中に非やして宗教である、宗敬は客観的.人格的救済力を要する、法華料の備格化救諮力、と\まで成ねば怖が州世の本懐を暢 J べられる誇がない本門の本 、 、 、 、 、 、 仰に先に限を着けると怯華経が親の子に封する慈来救糟となる、親の慈悲に鎚る場令子は知 H 慧は要ら ぬ、偏に親の慈悲に鰐茶褐抑 3 えすれば宜い親は慈愛、平は熊某其橋英 3 r 一 は 即 も 信 応 で 九 L リ 去 す 。 親の無限絶到の大慈悲カに子が紹針無限の懸慕帥も蹄依信仰する時、親の慈愛の御手は‘自ら子の頭 の 上 に 垂 れ ら れ る . 此 聞 の 消 息 創 成 臆 道 交 を ﹁ 一 心 ニ 欲 づ 見 て ト 仰 テ 不 = 一 白 ラ 惜 日 身 命 寸 時 ニ 我 レ 及 ヒ 衆 借 倶 ニ 、 、 、 、 、 、 、 、 出コ霊鷲山こと説かれたのである。態慕渇仰は信仰であって抑慧ではない親子の情愛は、子供の皐校 の成績の良否で等差はない、男も女も抑識の低いも高いも忘れて平等に可愛い、故に五日組はての慈悲 の御親なる本仰が最愛の児に唾れられた乳なる法事終仁純 b さえすれば、本来衆生は子な b 怖は親な り 、 法 刊 明 日 れ は 乳 な り 設 は 弟 子 な b 我は師な b 、子弟親子の闘係であるから唯癒慕唯伝心でよい﹁別の 才位無益な b ﹂と示されてゐる、若し夫れ阿捕陀の悲願は抑の件はない慈である、今此本仰の大悲は 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 大抑の内容があるから、但信仰を以て仰の慈悲に打突か
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えすれば悲の中に抑慧光明が輝いてゐ Z から﹁正直に方便を拾て、、唯市川県妙法連帯艇や唱ふれば煩焔・業・苦の三道、法身般若、 、、、、、、、、、 正轄や一五云仙の判叫ん一体の光明に我等の川町脳的問が破られ堅レ氷が鮮かされる、 解脱の三徳 ﹁却も法部の営休日 在紳力の取はす所の功能なムリ敢て之を疑ふべからず/\﹂である。 日通翠人と訟謀総日蓮聖人と法務締 二 四 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 上越の如く判悲一体の法革経及本備に到する信心を﹁以信伏悲﹂の信心と申し
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す、即も信心を以 て 知 H 怠に代へると云ふのである、伝が何うして刊の代b
をするかといふに、一心に本仰の御手を握れば 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 判悲一体の仰の救済力のエレキが辿ムて、告とにじ b A I ー っ と 私 共 の 伝 と 怖 の い 川 口 怒 と 戚 電 印 も 戚 臆 道 、 、 、 は た ら 各 す 、 、 、 、 、 、 、 交する、だから伝が志の代 b の用主鋳るととになるから﹁別の才位は無盆なり﹂但し一つの傾件があ 、 、 、 、 る、それは信心である、伝心の一つはどうしてもなければならねとの行者一心の信念力主以て、本備 、、、、、、、、、、、、、、 大慈の護念力妙法難思の救済力に絶封坂命して父よ母よと呼ふ融慣が即ち南無妙法連指経の本門の題目 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 此本門の題目の聾を通して本的大慈の護念力に接鯛するその衆生と仰、子と親との接胸点が信心唱題 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 である、先づ本仰大慈の護念力あってその本怖が妙法を説いてその中に本仰大慈の護念力のエν
キ を 仕込まれである故に妙法運辛料の五宇七字は冷かなる非活動の法ではない、温い本仰大慈の護念力が 、、、、、、、、、、、、 しつらへてある法仰一如の南無妙法違事純である、 それであるから斯う云ふやうになるr
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V J 仰 一 引 け い 川 法 一 ト | | | 行 者 ﹁ 母 +l
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− − 乳 → | | 川 小 児 ﹂ 右 の 方 は 悌 が 法 令 ﹄ 就 い て 衆 生 を 数 化 し 給 ・ れ 敢 化 門 か ら で 、 、 , 、 ,行円からである。備は母、 左の中川は衆生が法を通して備に接潤する修 妙法は父行者は小児である、 母の乳には母の物質的滋養の精液と精榊的慈愛と、物質精神の全部が打込められてゐる、小児は之を飲みきへすれば自然に長養する。母︵悌︶は 、 、 、 、 、 乳︵法︶を通して小児︵行者︶に愛そ過はせる、即ち法を過して怖に接する、ぞとに成備はあるので あ る 、 四信五品卸の小児と乳との響、 本隼紗の﹁穆隼の凶行果徳の二法は妙法違川市の五宇に具足す 我等此五宇を受持すれば自然に彼囚果の功徳を譲 h 興へ給ム﹂報恩紗の﹁省智無智を嫌はや一同に他 事を捨て\南無妙法蓮華経と唱ムペし等﹂思ムペし﹁他事﹂とは天台の概念税法及念仰、楠定等であ る。是の如く易行中の最易行特愚利鈍、男女、貴肢を筒ぱず何人でも何時でも修行し得られ成仰な期 せらる‘何んと末法時機相臆ではあ
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ませんか。経に﹁後五百歳庚宣流布﹂等言説かれてあるのは信な る哉であります。叉経には法華経の修行に受持、議、請、解説、書潟の五種を説いてあるけれども、再姐 、 、 、 、 、 、 、 、 は純立は末法は受持︵信心唱題︶の一行に在b
、 戒 定 怠 の 三 串 も 受 持 の 一 行 ﹁ 以 信 代 慧 ﹂ ︵ 戒 定 も ︶ で あ る 、、、、、、、、、、、、、、、、、、 と能持の修行は受持一行所持の教法は五字七字極めて筒早直裁で平易通俗である、 いかに末法の鈍根 劣機でも、之に堪えられない者はあり得なレ、 それですから濁悲劇忙極まる今 H で も 、 法華経に依 b J て即身成備の大目的伝達し得られる、此時は制前諸経は会く救梼カレ﹄失ム、大集純に﹁白法隠浸 J ﹄ は卸ち赴で唯法華経の﹁大白法の庚宣流布﹂する時である、経に﹁後五百歳庚宣流布﹂とは印 L 是 で あ る 。 巳上わかわ酌とあ勤めあいか h f 和 一 勧 掛 か 岡 野 R W を弊じて正しく子酌わ山山静め叩仰げがやを述べましたが甚 日 蓮 聖 一 人 と 法 来 線 一 一 五日蓮翠人主法華経 一 一 六
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専門的に且つ復雑重畳して秩序も立たず、 お聴苦しくて要領を得なかったととを深く断謝致しま す四
、
前
議
の
v士 耳口要
︵
第
二
講
承
前
結
要
︶
第一講は甚だ専門的且権雑にして秩序立たず、 頗る要領を得難たかったやうに戚じました、E
ん なとまを申したか、今岡山ひ出し兼ねますが、要領は斯ふであったゃうに思ひますから、 AY 弦に要旨を 結述致しすす。 法華経は、由来印度支那 u u 本共’民、五日け蓮型人の出現までは、極めてむづかしいもので、働陀の大 智と大悲との中には大村門、哲皐者としての稗迦の会生命を披漉したものである。随って法華料に依 って成偽得脆せんごするには、此方も自力智怠を要する、即も偽道修行の橿機である所の戒定慧の三 皐を固かに具へなくてはならぬ o 其智慧解了を更に宜際的修行門に移して来た時、天台大師の一念三 千の観念説法ごなる。 天台の法華ω
三式部の玄義正文句どは法華経ω
哲単的説明であって、 是れに 依って先づ知日芸解了を聞いて、市して後摩詞止観の一念三千の翻心税法を修する、前者を敬和歌義、 後者を親心観道と云ひ、との敬和教義即ち哲皐的説明以て智解の目を問主、観心翻道以て・修行の足を運び、弦に始めて﹁押目行足、到清涼地﹂で清涼浬梁の目的地に到達すると三を得ると天台は仕組ま れてゐる o 是の如く数ご視と相依 h 解と行と相資けて行かなければ成備は出来ない、ぞれは法華経 が高向深遠なる悌智即ち樟迦の大哲曲学であるから、是に依って成仰得脆を期するには其背聞を期解し、 市してそれを修行するやうにしなければならぬ‘斯くて法華経は上根利機利者でなければ解行の資格 がないさ云ム乙とにな b ますから、法然を待つまでもない支那で曇鷺‘ 道 料 、 善導等浮土敬系の人 は﹁法川市経は珂深︿末代の機根は解微、機に非ず時を失ふ、千人的中氏一人も得脱出来ない﹂ミ云ひ、 法然はそれを纏ぃ
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ものである。﹂尤も惇教大師は支那の天台法ケ周宗よ b は、時代に刺戟されて大 、 、 に時機に AM ムゃう仁工夫をされたげれども、猶天台の土牽であるから、法然が是では連も時機を救済 することが出朱ない、 時機を救演するに適切で・なくては仕万がない、 、 、 、 、 、 ﹁理深解徴.非機失時﹂と法華艇を﹁拾閉閣地﹂した、其膳へ五 H 日蓮翠人が御出現になって、此﹁非 機失時﹂は時代錯誤と云ム正反封に末法時機相臆の大白法ご仰せられた。此慮が研究の重点である。 前申したように、天台及惇敢に従へば、いかにも法然の云ム如く法華経は備の大智門にして、末法の 、 、 、 、 劣機じは難信難解難修難詮である。然るを五日大型人が易信易解易修易謹末法時機相臆であると云はれ 、、、、、、、 るのは、彼天台は法華経の前十四品遮門の話法貨相に重点を開いたから、法華艇が稗迦め大智門哲皐 如何に敬法が勝れてゐても、 日蓮婆人と法務経 七口蓮翠人と法部経 二人 、 、 、 、 となったからでゐるが、若し後の十四 H 川本門に本位、中心‘重点を置いて法華経を見るならば、備の 慈悲が主となる書量品を讃んで自昇等の直佳的に貨威しまするとごは、偽陀の大慈悲であ
b
ま す 。 阿 捕 陀艇の大なるものが書長品で、阿捕陀仰の無以なるもの久遠賀成の本備であ b ます。阿捕陀艇は小寺 H E 品、阿捕陀仰は小轄迦牟尼備、書量 u m は大阿捕陀経、久遠本仰は大阿捕陀備である、小阿捕陀怖と大阿捕 陀、小樫迦尼牟備と大轄迦牟尼仰、小阿捕艇と大阿嬬陀純と云ふだけの建ひで、書量品は阿捕陀艇に酷 、 、 、 、 、 、 、 、 だ能く似てゐる、倶に仰の慈悲の慶大無謹なるととを説いたものである。五口組は本門に本位、重点を置 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 かれたから悌が中心に−なったるが、天台は辿門に本位、重点を置いたから詰が中心になった。是某難行 易行の由て分かれる所以である。吾一組は本門書量品の久遠山文成の本備を以て怯華艇の中心と見られた から、陥って此併の滋悲に私共が向ふ時、慨は親の慈悲であるから、子が親に向ふには智慧才究は.要 、 、 、 、 、 、 、 らぬ、但磁慕掲仰即ち信で宜いと云ふ乙と仁なる、備は大物と大悲よ b 外はない、大智とは宇宙の妙 引を悟って内自受用法柴の岳地である、其内の法柴法昧を外可憐ω
一切衆生にも昧はせ知らせたいと、 、 、 、 、 、 、 救梼に出られるのを大悲と云ふ、そ乙で我等が備に直接々鰯するには大智ではな︿して大悲である、 悲を過して智に接するのである、故に備の怖たる所以、備の備として隼い所以、怖を要求する所以は 、 、 、 、 、 、 、 大智よ h ’も大悲である、大慈悲がなかったら大智刊誌に接鯛しゃうがない、慈悲救渋の親の御手に鎚るに、何の智慧才費が要らう、但態慕掲仰印ち信さへあれば宜い、是を﹁以信代怠﹂と云ふのである o 此 、 、 、 、 、 、 、 、 大慈悲の本怖を存最品には竪に時間的に、三世常住、横に昼間的に法界周謡、時として在さざる時な︿、 慮ごして在さぎる庭なく、常時でも何庭でも放等を護念してゐる、印も﹁毎自作是念等﹂是である。 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 斯く本門事量口聞を遁して備を法華経の中心思想と見ますから、彼天台の如く非活動的無相の理にや 、 、 、 、 、 、 、 法に終らずして活動的有相の事卸も備になって来る、斯くて法事艇と我等土日夜に接鯛し、人類救磨 の大力となって来る、技仁由来印度実那 H 本、総て法華経は理迦の哲豊 e f﹂思ふてゐたものが、念轄直 下百尺竿頭一轄して稗迦の宗教ごなっ向、法格的法華艇が一軒して悌格的法華経ごなった、大智敬が 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 大悲敬となったのであります。備の大智と大悲との閥係は、大智は内誼、大悲は外用である o 同時倶 庭に有るけれども.外衆生と直接交捗するものは大悲である、故に我等は此外用大悲に槌 b さへすれ 、、、、、 ば、内誼大智刊に自ら接鯛することが出来る、それ故に信仰の手を以て大悲門を叩けば、智と悲ごは鏡 、、、、、 の表裏であるから表の大悲門を叩けば、一去の大智門は自ら開く、蕊に我等一日分の慧解が無くとも、但 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 一純揮の信心さへあれば、成偽可能の原聞が成立するのである。その如く天台大師は法華経を詰格的 に見、吾大型人は偽格的に見た。是れは時機相臆ご否との品川れる所由である云々委くは前誌を思ひ合 、 、 、 、 されたい。今此二組の法華経観念試に原始備敬と封照研究し見たい。 日蓮型人と法務総 二 九
日蓮聖人と法華経
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五
二組の法華経観と原始偽教との封照研究
、、、、、、、、、、、、、 近来盛んに附究されてゐる謂ゆる根本悌敢、原始悌敬と法華経との関係を略述して見たい。抑々一 代悌敢は何を説いたかと云ふと法と備よ h 外はない。そこで今日謂ふ所の原始偶数、根本悌教訓も小 乗阿含経には三法印と云ふて諸行無常印、諸法無我印、 浬般市寂定印.要するに一切高有は生滅無常‘ 叉無我とて常一主宰固定性の無いもの、叉浬繋寂定とて、一ト口に云へば宰といふ乙ごでゐる c 此 三 法印を悟った者が解脱事者であると説く、日疋が法である、此法を説いた悌は即ち稗迦牟尼悌である、 、 、 、 、 此法は稗迦の所説であると共に亦所詮である、だから我今も亦此法を謹れば稗迦同様の備になれると 、 、 、 、 、 、 説いたのが経では阿含、論では倶合論でゐる。準んで大乗の法相宗、唯識論には頼耶、華般には真如、 、、、、、、、、、、、、、、、 終に法華経仁来て遮門の諸法賞相に結版した、即九法華経迩門の諸法貨相は一代伸畿の法の統一であ り ま す 。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 次に阿合経の陪史上の蒋迦牟尼備、此陪史上の現質的生身怖が、一代五十年の聞に色々さ詩型蓮して、 丁度前の三性印が鑓遁殺達して絡に諸佐賀札と云ふ大費展を見たが如くに、今此偽札華股.方等、般 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 若の諸大乗敢に段々と費展して終に挟華経の本門存卦口問に来て、久謹質成の一備に結持されてゐる、即ち法華経の本門は一代悌教の悌の統一敬であ b ます。根本悌教の厩史的生身備が諸大乗教を経て超 歴史的到想的法身備になって屑ります。即ち華巌では十蓮華引由棋界微塵教の相好を飾った上有頂天に至 る﹁相多身大﹂の報身悌.其者命は無量無謹阿借祇劫と説いて、法華経の本門書長口聞に稲々似て来て居 、、、、、、、、、、、、、、 b ます、叉仁王経には婆婆往来八千遁等と云ふてゐる。斯くて絡に今経本門書長品に来って唯一久建 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 質成の本備に結賭されてゐる。是の如く今料法門は一代偽教の法の開頴統一、本門は備の開額統一で 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 あ 一
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ます。法の開頴統一は且く置いて仰の問販統一の相を議長口川の設相に任せて一言しますれば、歴 史上の印度出現の現身仰に印して、其本体及述用 e T 開顕して、三十成道八十入減の稗迦牟尼備は垂迩 示現方便身であって、宜仁は其本地本体は存命は五百億塵点劫来三世常住の悠久性を有し、身体は法 界周逼の普遍性を有して、決して個性的有現的の者ではない、貨に宇宙の生命、法界の本体である、 、 す M Y た 花の紅、柳の絡、山の整え水の流る、、宛ら臆身如来の相貌である。叉其花は紅に、柳は縁に、山は 盆え、水は流る、、、ちゃんと先天的に万有皆其法則を達へず、自性そ失はない、其れが却も報身知来 の相貌である。此相︵臆身︶性︵報︶ごの本体が卸ち法身如来であるご、歴史的個性的有限相針の怖に 即して、超歴史的普遍的絶劃無限の悌三間顕したのが存長日聞の本怖である。此方面から一代悌敬を見 る 時 に は 、 一代偶数は稗迦牟尼備の本体迩用の研究であって、理迦牟尼備の研究に始って理迦牟厄悌 日 蓮 田 善 人 と 訟 指 十 抑 制日蓮翠人と法務経 の研究に終はる芭云ふことになる。串者に依つては備の研究に始まって、備の研究に絡はると見る人 と、否、法に始まって法に絡はると見る人とがあちますけれども、それは何れも一方に偏した見方で、 、、、、、、、、、、、、、 予を以て見れば、偶数は法ご備との南方を説いたものである、そとで法の始りが根本偽殺の三法印で 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、終
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が法華経の諸法貧相である。叉備の始まりが小乗阿合経の歴史的生身稗迦牟尼悌で、中間其れ が段今期想化きれて、方等部の阿捕陀偽、輩殿経の慮合那備、大日経の大日遮那法身知ポ、最後に今組 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 本門書量品の久遠寛成の本備に終ったとな b ます。斯う云ム風仁菩量 u m の開辿瀬本を解報せねば解け ない。何となれば経文には﹁我 ν 常 ニ 在 け 此 ノ 裟 婆 世 界 一 説 法 数 化 ス 常 和 二 霊 鷲 山 一 等 ﹂ と あ る 。 若 し 之 が 倒 性的現身怖であるならば、今現に那慮に在ます、四想的本体の方から見なければ解らない、﹁一心二欲げ 兄 ν備 ラ 白 ラ 不 山 内 惜 日 身 命 寸 時 ュ 我 ν 及 ピ 衆 償 供 二 白 日 霊 鷲 山 こ 不惜身命の信仰者の前仁は我れ及衆借卸も霊 山一舎の大衆を伴れて現前せんとあるが究際肉眼には拝めない、四想的本体の方からE
解するよb
解 しょうがない。郎も乙の天地法界森羅万象そ僻陀の本体と体達して吾組の謂ゆる﹁飢時の飯食、寒時 の衣服、熱時の涼風、昏時の眠眠.皆是本有無作無線の慈悲にして︵本悌︶利盆に非5
る と ご な し ﹂ と印ち天地の生成化育の思ど、本備の大智慧売明 J ﹄大慈悲救持と信解体得するのである o 要 す る に 山 山 和 和 山 町 一 わ 仲 秒 m v h 仙μ
﹂ 恥 聞 い か 肌 町 野 紛 一 秒 で あ る 。 斯 く 見 来 れ ば 今 H 原始怖救附究者等が、備は貨に歴史的人格的穆迦一備の外はない、除は悉く烈想備であって信やるに足らねと云ひますが、 私は言ふ、若し歴史上の生身稗迦牟厄備にして法身備の内容本体が無かったならば、私共は無限絶鈎 の救済力雪認められない、甚だ頼 b 無い、惟ふに根本備教研究者でも、皐向としてはさう言ふて居り ますげれ
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も、其人の異質信仰最後の安心立命に至つては、印度出現の歴史的稗迦牟尼備では物足り な︿は−ないでせうか、何うして現質的理迦牟尼悌の奥底に、込う一つ無限絶封の悠久性と普一過性を有 った賓在本備を要求せずにはゐられまいと思ふ、皐同研究の時の悌と信仰的絶封蹄命の怖と、怖が二 重に無からねばならなくなる、若し左な︿て、草なる陪史上の理迦牟尼備ならば、孔千や基督やソクラ − ア ス と 大 し た 蓮 以 は な い 、 飴b
に人格的貿際的直畳的過ぎて、到底信仰的封象とはならぬ。 一 体 宗 教 さ云ふものは、人間の心開が有限相封の現賀界巳外に、何にか一大霊体不思議の力を要求する、それ が宗教心信仰心である、唯々此肉眼で見たものだげではいかね。心眼で見たものでなければ満足が出 来ない。現に故井上国了博士は、捕陀門徒でありながら、本隼は﹁南無阿禰陀悌﹂でなくて﹁南無絶 封無限隼﹂であった、であh
ますから、歴史上の現質的稗迦牟尼備では迫も安心立命の蹄依慮封境と はならない、原始働数者が頻に理想化した怖を空想呼は A ” を し て 噺b
、殊に頃日河口慧海師は﹃在家 悌敬﹄なる書を著して、各宗の備陀本隼を破し、吾大聖人の久遠賀成の本怖を評して、元来怯華一殺は 日蓮婁人と法務経日 蓮 副 書 人 と 法 華 経 四 備の直説でなく後世文塾化したものである。そんな備は信仰の封象にならねと言って、現身の蒋迦牟尼 備の艦讃文を作って、それを信仰の針象にすると言って居