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佛教学研究 第60・61号 019榎木, 美樹「ナーグプル市の仏教徒の現状(下)」

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(1)

ナーグプル市の仏教徒の現状(下)

榎 木 美 樹

(3) クロス集計カイ二乗検定結果 クロス集計をするにあたって、調査対象者を,ナーグプノレ市外も含む調査 対象者145名全員のものと,ナーグプル市内118名に設定したものに分けてそ の特徴を見ょうと試みた。この中には学生が

1

0

代に

5

入,

2

0

代に

1

1

人含まれ ている[参照:付録

1

0

J

。 1 .性別による差 性別による差が認められるものとして,次のものが挙げられる。回答者の 性別と教育水準に関するカイ二乗検定の話果は,有意水準Pのイ重が 1 %水 準 長好であるため,男女の性別による差が翠められる。そして,教育水準と社 会的地位別職業に関するカイ二乗検定の結果誌,有意水準Pの値が1 %水 準 良好であったことから,男女の性別によって教育水準に差が発生し,それを 受けて社会的地位を得ることのできる職業を子に入れることができるかどう かが決定されていることが分かる。 また,回答者の性別と社会的地生別職業および収入別職業に関するカイ二 乗検定の結果は,有意水準Pの値がそれぞれ1 %水準で良好で、あったことか ら社会的地位別職業と収入別職業は男女の性別による差が認められる。 一方で,回答者の性別と註帯期収入に関するカイ二乗検定の結果は,右意 水 準

P

の僅が

5%

水準で、有意で、ないため,男女の性別による差辻認められ ないが,回答者の性別と摺別収入に関するカイ二乗検定の結果は,有意水準 Pの値が1 %水準長好で、

J

うることから,男女の性別による差が存在するとい

66

(2)

-十一グプル市の仏教徒の現状(下〉 付 録10:変数の震性の狛立性検定結果 討 二145の場合 N=118の場合 統計検定量 石意確率 統計検定量 有意確率 男 女 * 世 代 3.175 0.923 3.646 0.820 *居住地 27.688 0.010 22.629 0.020 *教育 18.997 0.002 19.135 0.002 *職業 39.495 0.000 33:723 0.000 *収入別職業 34.425 0.000 28.224 0.000

*

1~]IJ~又入 52.762 0.000 44.383 0.000 *世帯別収入 10.453 0.063 10.737 0.057 *差別体験 0.558 0.455 0.867 0.352 世 代 * 居 住 地 97.007 0.674 79.890 0.482 *教育 105.428 0.000 84.339 0.000 *職業 43.026 0.092 40.921 0.055 *収入別職業 50.529 0.020 49.799 0.007 *掴別校入 44.496 0.070 45.975 0.018 *世号別叔入 36.246 0.640 35.189 0.459 *差別体験 10.275 0.246 9.658 0.209 居住地*教育 64.666 0.488 54.706 0.486 *職業 92.56 0.000 80.910 0.001 *~又入別職業 78.643 0.010 72.960

.004 *掴別収入 71.994 0.035 65.795 0.018 ネ世寄別収入 157.725 0.000 136.286 0.000 *差別体験 24.283 0.029 18.806 0.065 教 育 * 職 業 50.549 0.000 41.677 0.003 *~又入]IJ職業 35.162 0.019 26.916 0.138 *掴別収入 38.329 0.008 31.915 0.044

*

i

i

t

帯]1]収入 59.984 0.000 41.690 0.019 ネ差別体験 7.809 0.167 10.099 0.072 職業*個別~又入 190.336 0.000 155.692 0.000 *世替]I]~又入 65.325 0.000 51.257 0.000 *差別体験 7.509 0.111 7.379 0.117 ~又入]1]職業料毘]ú収入 452.195 0.000 369.300 0.000 *世帯封収入 66.248 0.000 49.633 0.000 *差別枠験 3.474 0.482 3.383 0.496 *職業 278.509 0.000 224.847 0.000 個 別 収 入 * 世 帯 別 収 入 72.087 0.000 57.365 0.000 *差別体験 5.02 0.285 3.671 0.452 世 普 別 収 入 * 差 別 体 験 6.135 0.293 6.068 0.300 (詮 1) *印iまその蔀にある変数とその後にある変数のクロス集計を行なったこと を意味するものである。つまり,「男女*世代j とは,男女の性別と世代と のクロス集計を行なったことを表している。 (注2)有意確率(再倒〉は5 %にとる。

(3)

ナーグプル市の仏教徒の現状(下) うことができる。この事実は教育水準が儲別収入に影響を与えているという ことを示しているのだろうか。これに関して,教育水準と個別収入のカイ二 乗検定の結果辻,

5%

水準良好で、ある。また,教育水準と世寺別収入のカイ 二乗検定の結果も

5%

水準良好で、ある。従って,個別収入も世帯別収入も教 膏によって差があることが認められた。 反対に,性別による差が認められないものとして,個人的被差尉体験があ る。

2

.

世代による差 回答者の世代と教育水準および、収入別職業に関するカイ二乗検定の結果は, 石意水準

P

の鐘が

5%

水準良好で、あるので,世代による差が認められる。ま た 世 代 と 摺 別 収 入 と の カ イ 二 乗 検 定 結 果 ふ 総 体 で 、 は 有 意 水 準

P

の値は

5

%水準で、有意で、ないが,ナーグブル市内のみに限定すると Pの値辻

5%

水 準 良好であることから,ナーグプノレ高は世代による差が存在することがわかる。 一方で,世代による差が認められないものとして,居住地,社会的地金別 職業,世帯別収入,借入的被差別体験が挙げられる。 3.居住地による差 回答者の岩住地と社会的地位別職業,収入別職業,世帯別収入の関のカイ 二乗検定の結果は,石意水準Pfi直が 1 %水準良好で、あるとなり,居住地によ る差が認められる。そして,回答者の居住地と倍別収入の需のカイ二乗検定 の結果泣,有意水準 P佳が総体で

5%

水準良好で、あるので,居住地による 差が認められる。 しかし,個人的被差別体験とのカイ二乗検定の結果は,有意水準

P

値 が 総 体 で

5%

水準良好で、あるため居住地による差が認められるが,ナーグプ/レ市 内においてはP値 が

5%

水準で、有意で、ないとなり,居住地による差は認めら れない。

(4)

ナーグプJレ市の仏教徒の現状(下)

4

.

教育水準による差 回答者の教育水準と社会的地位別職業のカイ二乗挨定の結果は,有意水準 Pの値がそれぞれ総体で 1 %水準良好で、あるとなり,教育水準による差が認 められる。また,回答者の教育水準と倍別収入,世帯別収入のカイ二乗検定 の結果は,

5

%水準良好であるため,教育水準による差が認められる。さら に詳しく見ると,倍別収入に関して総体で誌 1 %在意水準で、良好で、あるが, ナーグプル甫内でみると

P

値 は

5 %

水準でh良好で、あるとなり,どちらの

P

値 においても有意で、あるが,総体の方がより高い値で良好で、あると言うことが できる。このことはナーク9フ。ノレ市の方が個別収入は教育水準に影響を受け難 いことを示している。 回答者の教育水準と収入別職業の関のカイ二乗検定の結果は,有意水準

P

値 が

5 %

水準で有意で、あるため教育水準による差があるといえるが,ナーグ プル車内でみると P値 は

5 %

水準で、有意で、

i

まないとなり,教育水準による差 は認められない。 ここで興味深いのは,回答者の教書水準と橿人的被差別体験の関のカイ二 乗検定の結果は,有意水準 P~直が総体で、 5%水準で、有意でないし,それを 10 %に範囲を範囲を広げても,教青水準による差は見受けられないが,ナーグ プル市内で誌この値が

10%

水準で、差があると考えられることである。総体で 考えると,教育水準とカーストに基づく差別の直接体験との閤の差は認めら れないが,ナーグプル市内に関して言うと,教育水準とカースト部に基づく 直接差別体験の需に多少差が見られる。つまり,ナーグプル市において直接 差別体験には教育水準による差が認められる傾向にあるということである [参照:サ録

1

0

J

5

.

社会的地位別職業による差 回答者の社会的地イ立期職業と個別収入および世帯別収入の関のカイ二乗検 定の結果は,有意水準 Pの値がそれぞれ総体で 1 %水準長好で、あるで非常に 強い差が認められる。しかし,回答者の社会的地位別職業と掴人的被差別体

(5)

ナーグプル市の仏教徒の現状(下) 験の関のカイ二乗検定の結果は,者意水準

P

の{直が両者とも

5%

水準で有意 でないため,差が認められない。

6

.

収入別職業による差 自答者の収入居せ職業と個別収入,世帯別収入の揮のカイ二乗検定の結果は, 有意水準Pの

f

直が 1 %水準で、良好で、あるので,非業に強い差が認められる。 しかし,回答者の収入別職業と偶人的被差別体験の閣のカイ二乗検定の結果 は,有意水準

P

の値が再者とも

5%

水準で、有意で、ないので,差が認められな しelo

7

.個別~又入による差 回答者の個別収入と堂書刻~又入との聞のカイ二乗検定の結果辻,有意水準 Pの値が再者とも 1 %水準で、良好で、あるので非常に強い差が認められる。し かし,回答者の橿別収入と掴人的被差別体験の関のカイ二乗検定の結果は, 有意水準

P

の植が

5%

水準で有意で、ないとなり,差が認められない。

8

.

世帯別収入による差 田答者の世帯封収入と個人的被差別体験の間のカイ二乗検定の結果は,右 意水準Pの値が

5%

水準で有意で、ないとなり,差が認められない。 (4)社会状況のまとめ 上記を総合すると,改宗以前および以後の法律の整備による行政部震の改 善によって,仏教徒の教育水準は向上し高等教育を受ける者が大勢いる。教 育水準を向上させ留保制度を活用した仏教徒は,社会的地位と高収入を獲得 したが,その一方で教育や留保制度にアクセスできなかった者,および高等 教育は受けたが雇用がないことによって収入を得る手段がない者も少なくな い。この意味において,仏教徒は経済的に二極分化してちり,仏教徒内部で の経済的格差が大きくなった。この経済格差は,男女・世代・居住地によっ

70

(6)

-ナーグプル市の仏教徒の現状(下) て差があるということがカイ二乗検定によって明らかになった。 カースト制に基づく「差別j に関して,個人的被差別体験の有無は半々だ が,仏教徒がインドにおいてマイノワティで,まだ差別を受ける立場である との認識が強い。差別の発生する場所が学校・職場という身近で越の宗教・ カーストの人々と接する場であり,教育・経j斉的向上を果たした人の上にも, いまだ不可触民制に基づく差別は行われている。ただ,聴き取り調査や質問 表課査によると,ナーグプノレ市では犯罪に類される差別を

f

本験した者はごく 少数だった。政治に関係する場面を除いて,差別は嫌がらせ・罵り・接結拒 否として体験され,これらの「差別j を差別する者とされる者の二者間の問 題として扱う仏教徒もいる。前述したバラモンと親交を持つ仏教徒の存在も, 差別を掴入の問題として捉えていることの現われである。そして,仏教へ改 宗する前後に確認された水に関する差別は近年少なくなワ,それらの事実を 総合すると,「差別」の質が変化しているといえる。 この差別体験は,男女・世代・社会的地位現職業・収入別職業・個別収 入・世帯別収入による差が認められなかった。しかし,居住地と差別体験お よび、教育水準と差別体験のカイ二乗検定結果から,ナーグプノレ市とそれ以外 の場所を含んだ仏教徒総体とでは若干の相違が認められた。まず,前者は, 費問表調査対象地域全体として扱うと差別体験は居住地による差が認められ るが,ナーグプノレ前に限定するとその差は認められなくなる。この事実は, ナーグプル市に関する限り,居住地の別なく差別が体験されていることを示 している。そして,後者は,仏教徒全体として差別体験は教育による差が認 められないが,ナーグフ。/レ市では

10%

の有意水準で、教育による差が認められ ることを示している。これらカイ二乗検定による結果は,教育水準と直接差 別体験,教育水準と経済状況間に関連がない傾向にあるということを示して いる。 つまり,ナーグプ/レ市において教育法社会的地位の向上に寄与しないとい うことである。農村部の方が教脊は社会的地位の向上に影響を与えやすいの である。「差}JIJJが比較的少なくて暮らしやすいと言われるナーグプル市で

(7)

ナーグブル市の仏教徒の現状(下) あるが,その行政的・社会的改善の結果,同市では教育は仏教徒にとって比 較的当たり前のことになっており,教育水準よりも就職難における雇用の問 題とそれに伴う収入の格差の方が仏教徒にとっては深刻である。これらを総 合すると,今後農村においても教育にアクセスし,都市に職を求めて出てく る者は,失業という問題に韮面しなくてはならなくなるであろう事が予溺で きる。 第 2節 信 仰 形 態

(

1

)

信仰の実態 調査対象者全員には,信仰する宗教は弘教であるとの認識がある。だがQ. 5 iジャーティは何か」との質問に110/145人 (76%)が「仏教詫」と答え, 29/145入 (20%)が「マハール」と答えている[図17Jorマハール」とは 指定カースト(1

8

不可触民)の名呑である。しかし,彼らはカースト制度の 中の位置づけとして「マハール」という言葉を使うわけではない。 自分のことを「マハール」というのが彼らにとって一番しっくりくるのだ そうだ。ヒンドゥー教徒であっても仏教徒であっても,マハーノレはマハーノレ なのでみる。また,抱の指定力一ストの名称である「マーングJ rチ ャ マ -f レj と答えた者も 1名ずつおり,「マハール」の場合と同様の現象がある。 仏 教 徒 と し て の 司 々 の 実 践 を 聴 い た (Q.9) ところ,「香を焚く J i灯 明 を点すJ i礼拝する」等が最多であった。この 3つの信抑形態は,ブッダや アンベードカノレの

f

象もしくは 絵画の前で行われ,立をすす いだり入浴した後これらの実 践をする。この他,献花など の実践も見られる。少数意見 として,仏教辻偶像崇拝を否 定し,合理主義や科学的思考 方法を提供するという観点か 図17:ジャーティの答え方の比較 Q.5 ジャーティの筈え方 日指定カースト/ マハール 麗 仏 教 徒 量マハール仏教徒 ロその勉 7 2

(8)

-ナーグプノレ市の仏教徒の現状(下〉 ら,敢えて行動としては符もせず弘教の説く論理観や寂静の境地の習得を心 がけるという者もいた。 Q.11 r仏教と辻何か」との関いに,「平和J r真 実J r非暴力」という自答 が多く,合計69種類の回答を得た[参照:付録12J。仏教の組織に加盟して いるかとの質問 (Q.10) に, 54/145人 (37%)が加盟しているが,その多 くは地元の寺や前述した外国団体に所属している。政治組織に参加している 人は2/145人(1.4%) ~こ過ぎない。 Q.12 r仏教もしくはアンベードカルの思想について学ぶか」という設問 に対して,つまし'J と答えた者のうちの,仏教を学ぶ信報源としては「書籍J が129/145人 (90%)おり,そのうちの92/145入は『ブッダとそのタゃンマ』 を含めたアンベードカノレの著作を信報源にしていることが解った。 ナーグプル市で仏教徒かどうかを知るには,大きく 4つの指標がある。一 つは,彼らの使う挨拶「ジャイ・ビーム(Jai Bhim) J ~こよってである。イ ンドでは「ナマステ (namaste)J が一般的に使用されている。仏教徒はこ の挨拶語「ジャイ・ビームj を「ナマステ」と同じように両方の掌を合わせ ながら集う。顔を合わせた時の第一句で、仏教徒かそうでないかが解るのであ る。 二つ自は,仏教関係のモチーフを使った飾りによって仏教徒だと特定する ことができる。まず,家の外側の門やドアに法輪を描いたり,仏{象を置いた り,象と法輪がモチーフにされた飾りを耳元り付けている。これによって,外 見でこの家が仏教徒かどうか判軒できる家も数多い。そして家の中を見てみ ると,フ¥ソダやアンベードカノレの

f

象・絵画などが安室されている。 たいてい の場合,仏教徒たちは玄関を入ってすぐの場所,応接関,寝室,会所など生 活の要所に信仰の証を置く。そこで香を焚き,灯明を点してブッダやアンベ ードカルに祈りを捧げる。 三つ自は,居住地区によってである。一般的に,インドでは宗教ごとに集 落を形成する傾向があり,仏教徒も集落を形成している。改宗以前の仏教徒 は不可触民としてカースト・ヒンドゥーと明確に区民をされた地区に居住し

(9)

ナーグプル市の仏教徒の現状(下) 付 録12: 仏 教 の 定 義 一 覧 表 ) 1震位 回 金E支3 人 数 順 位 回 劣~ 人数│ (人) 〈人) l 平和 26 25 文 化 1 2 真実 18 25 22の誓い 11 3 非暴力 16 25 愉 理 11 4 人間性 14 25 1)麗応 1 4 最高の宗教 14 25 幸 福

:

1

_

1 6 平等 13 25 道 義 11 6 わからない 13 25 進歩への道 1 8 五戒 12 25 E々の実践 1 2 合理主義 11 25 実捺的仏教徒の思想、 1

I

10 本当の生き方 6 25 到達の道 1 11 アンベードカノレの思想 5 25 頭に良いもの 1 11 振舞い方を教えるもの 5 25 教団に従うこと 1 11 福 祉 5 25 宗教ではないもの 11 14 団結 4 25 フ。ッダの考え 1 14 科学的思考 4 25 心に存在するプッダの本葉 I 16 寛容 3 25 フ""Jダの教え 1 16 智 慧 3 25 フ)ダの法に従う宗教 1 18 正しい道 2 25 ブッダの精神 1 18 愛 2 25 フホッダ崇拝 1 18 調和 2 25 ソフトな宗教 1 18 哲 学 2 25 人々の目覚め 1 18 最品の知恵 2 25 崇拝からの自畠 1 18 望欲の抑制 2 25 差別のないもの 1 18 f言迷の余地のないもの 2 25 自尊 11 25 自己i争化 1 25 再生のないもの 1 25 自己分析 1 25 神のいないもの 1 25 友情 l 25 ヒンドゥーと辻違うもの l 25 正 義 l 25 カーストのないもの 1 25 友愛 1 25 新しいアイデンテベテペ 1 25 靖神主義 l 25 夢が日十うもの 1 25 法 l 25 神としてのブッダ 1 25 効 果 1 25 その人が受け入れたもの情でも 1 25 正しいこと 1 25 私 の 宗 教 1 25 尊 敬 1 25 白い員長 1 25 寛大 1 25 ノーコメント 1 {注)本表は,質問表Q.11r仏教とは何か」に対する回答を集計したものである。

-74

(10)

-ナーグプル市の仏教徒の現状(下) ていた。分離居住区の大部分は,改宗当時のナーグプル市の外側にあった。 その後,市の拡大に伴ってこの屠住地は市内に組み込まれたが,改宗後の仏 教徒はそのまま住み続けたため,仏教徒が集中して住む場所が出来上がった。 そして新興住宅地ができても仏教徒たちは集まって住む傾向がある事は前述 した。以上のような経緯によって,居住地を開けば仏教徒かどうかの察しが つくのである。そして,西つめが,名字によってである。その入の名字を聞 けばどのカーストに震するのかわかる。 仏教徒の視察百としてブッダの誕生日 (4丹 8日〉やブッダの或道 B (5 丹 の 満 月 の 日 ) の 他 に ア ン ベ ー ド カ ル の 誕 生 日 (

4

1

4

日),改宗記念日

(

1

0

1

4

日),アンべードカ/レの死去日

(

1

2

6B)

は大切な日であり,特 に改宗記念 B~こは毎年数十万人がディクシャ・ブーミ(改宗の地〉と呼ばれ る改宗広場で集会を爵しこの時,仏教徒もしくは蛍位カーストの政治家の 演説が改宗広場のあちこちで行われる。また,インドで盛大に祝われるヒン ドゥー教の祭典であるホーリーやデイワリを祝わない。しかし,色の付いた 粉や水をかけるうホーりー祭や,ランプ(灯火)を点し爆11"を鳴らして祝う ディワリ祭は,子供にとって大騒ぎできる恰好の祭日なので,仏教徒の家で もご馳走を作る場合がある。 子供の命名式や結語式・葬式などの冠婚葬祭の折りには,僧侶を招待して 仏式で行う。どの経典を便用するか,どのような子旗で式を進行するかとい うことは,在家側の要望も開いてくれるが基本的に常侶の裁量に委ねられて いる。しかし,共通事項としてあげられることは,必ずブッダとアンベード カルの絵が祭壇中央に飾られ,この両者への献花・献灯から式が開始され, 式の主権者もしく誌当事者が脆いて礼拝することである。筆者が出席した幾 つかの結婚式辻,まず僧揺がブッダとアンベードカノレに献花・献灯した後, 新郎新婦がこの両者に脆いて礼拝した。次に僧侶が皆の先達をして三帰依文 を唱和し,この僧{呂の選んだパ-1)語経典を

2-3

点読経した。そして新郎 新婦が花輪を相子の言にかけ合い,色の付いた粉を互いの額に付け合う。そ の後,新郎が新婦の髪の分け目に結婚した女性の象数である赤い粉をひき,

(11)

ナーグブル市の仏教徒の現状(下) 首飾りをかける。この間, I{曽侶が新郎新婦やその介添人に指示を出している。 これら一連の儀式が済むと,新部と新婦が互いに甘いお菓子を同時に相手 の口に運んで、食べさせ合い厳粛な式典は終了する。それ以後は,新婦がお色 亘しにサワーを着替えている間,スーツ姿の新郎は招待客の接待や友人と会 話しながら新婦の登場を待っている。お色直しを終えた新婦が会場に出てく ると,新郎新婦とその両親が舞台の上で招待客からのプレゼントを受ける。 招待客は米粒を新郎新婦の額に合けて 2入が子宝に恵まれることを折る。祝 福の済んだ招待客辻食事に移り,食事を終えた招待客や新郎新婦の親戚たち との歓談にふけり,適当なところで帰路につく。 式自体はこういった流れで行われ,夕方 5蒔くらいに僧揺の献花・献好が 始まり, 11時ころお開きになる。だが,この式当 Eを迎える 3Bくらい前か らもう既にお祝い辻始まっている。式当日の

3

司前から新婦の体中にマスタ ード・オイルとターメリックを塗り込む。そして,メヘンディという色素の 強い粉を水で、練ったものを使って新婦の掌に模様を撞く。この関,新部は新 婦の家に滞在し,新婦の実家で連日パーティが行われ飲めや歌えの大賑わい になる。結婚式の前日に新婦は新郎の家に移る。今震は新郎の家で祝賀が仔 われ親戚や近隣の住民に食事が振る舞われた後,特に新郎と新郎の友人が一 晩中語らい夜を明かす。こっして式の当日を迎えるのである。 朝夕,寺で行われる集毘お脊ワの前,寺に入って一番にすることはブッダ への礼拝,次にアンベードカルへの礼拝,そして僧担への礼拝で、為る。礼拝 の時人々は,そこが地べたで、あっても正座か横座りの状態で座り続いて,そ の両掌を一自の礼拝ごとに地面もしくほ礼拝対象の足に付けてから額をその 掌の甲に付ける動作を

3

@J行う。熱心な者は五体投地のようにこの礼拝を行 う。寺に参った仏教徒がめいめい上記の

3

者に礼拝した後,

1

時間程震の集 団お祈りが始まる。お祈りは三掃依文に始まワその後の読経は日によって異 なるが,先達をする僧

f

呂と婦人会などその寺を運営している仏教徒組織が決 定して行う。そして,お祈りの最後は前述の「ブッダ万歳,父なるアンベー ドカル博士万歳,菩薩なるアンベードカル薄士万歳J で諦めくくられ,また

76

(12)

-ナーグプル市の仏教徒の現状(下) 仏教徒掴々人が毘様の方法で

3

者に礼拝した後家蕗につく者もあれば,僧

f

呂 に相談事をしていく場合もある。試験の合格祈穎や病気田復の祈願を目的に 寺に詣でる入もいる。 蔀述の22の誓額にも表れているように,ヒンドゥー教とは隔絶した宗教と しての仏教信仰の在り方をアンベードカルは強調し,普及させようとした。 アンベードカノレは生前に「自分の死後自分を崇拝するのではなく,ブッダと その教えを拠り所にするように」と部下に言ったと伝えられるが,現在のナ ーグプル市にはアンべードカノレを菩薩として崇拝する人がいる。また,ヒン ドゥー教信仰を捨て切ることができなくて,衣装箱やタンスの中にヒンドゥ ー教の神像を隠し,自分の信じるヒンドゥー神に関する自に家族に内緒で軒 食したり,特定の色のサ 1)ーを着るお代の主婦,応接関・寝室にはブッダや アンベードカルの肖

f

象を置くが,台所にはヒンドゥー神の絵を飾っている40 代の主婦や,シヴア・ 1)ンガを仏像と一緒に置いて拝んでいる

6

0

代の女性の 姿がある。 (2) 信仰の形態のまとめ 1956年の集団改宗において,マハール辻ヒンドゥー教から仏教へと信仰を 変更した。改宗翌正近隣の家々のヒンドゥー神の神像を回叔して焼却する ほど穣極的に仏教への改宗を実行した者もいれば,衣装ケースや台所にヒン ドゥー神を安置し続けた者までおり,ヒンドゥー教信仰への未疎も仏教への 思い入れも様々であった。このような事実から,仏教徒の中に改宗当時から 仏教信仰に対する温度差があったことが解る。また,仏教とは何かという関 いに対して的種類もの回答が返ってきたことから,仏教に対する定義付けも 様々であることが解った。 しかしながら,ナーグプル仏教徒の祝祭日の祝い方や冠婚葬祭の議礼方法 等に見られた「ヒンドゥー教の儀礼に従わない」というやり方は確立してい る。だが,この事は仏教徒としての議礼や生活習慣が確立しているというこ とを意味するものではない。本節において指掃した通り,インド入の生活習

(13)

ナーグプル市の仏教徒の現状(下) 慣や儀礼辻多分iこヒンドゥー教の影響を受けているため,仏教徒の行う儀礼 もヒンドゥー教的色彩を帯びている部分がある。しかし,仏教徒はそれを意 識していないか,もしくは無視している。ナーグプル仏教徒にとって,「仏 式」だと意識して行う議礼が重要なのであり,由来や原形がヒンドゥー教発 祥かどうかというのはたいした問題で、はないのでみる。 このように,明確に「仏教的」という概念が確立していない以上,橿々人 による「仏教徒」に対する定義付けが重要な意味を持つ。現在のナーグプル 仏教徒の大半は生まれた時,もしく辻幼少時からの仏教徒である。彼らは親 や 裡 父 母 の 世 代 が 体 験 し た 「 改 宗j や「入信式」は経ていない。従って, 「仏教徒になる」という意味の重さの違いが存在する。社会の変化や権利の 認識によって仏教徒であるということが障害にならない人々にとって,「仏 教徒である」ということは容易である。集団改宗当時,ヒンドゥー教におけ る指定カーストとして受けていた優遥措置を放棄してまで改宗した祖父母や 親の世代とは,「仏教徒になることJ や「仏教徒であること」の意味は大き く違う。 このような認識の差から,言分の必要に応じて仏教徒と名乗ったり,ヒン ドゥー教の指定カーストと名乗る者が出てくるのである。指定力一ストに対 して供与される憂遇措量を期待して,政府の公文書に「指定カーストJ もし くは「ヒンドゥー教」と明記する者の存在が,純粋に宗教的信抑を実行でき ない一つの要因である。他宗教からの改宗の勧誘と改宗に伴う金銭の支給が ある場合,貧困のためその宗教へ改宗してしまう仏教徒もいる。 また,ごく少数ではあるが,教育水準と経済水準が高い仏教徒の中に仏教 徒であることを隠す, もしくはヒンドゥー教神をメインの部屋に安置する仏 教徒も出てきた。彼らは, f仏教徒である」ということで人々の態震が変わ ることや,とンドゥー教の要素はインド人の生活から切り離せないものであ るということを理由付けとして用いている。

- 7

8

(14)

ナーグプル市の仏教徒の現状(下) 第

3

筒 自己コミュニティに対する意識 ヒンドゥー教内における差別を批 図

1

8

:仏教徒内におけるカースト意識・ 階級意識の有無の比率 苧jし,平等を求めて仏教へ改宗した マハーノレたちは, 自らの組織のうち でこれらの問題を解決したのだ、ろう か。マハーノレは

1

2

1/2

のサブ・カ 39 ー ス ト を 持 っ て い る 。 質 問 表 で サ ブ・カースト関の上下関穏をカース ト意識,経済的上下関係を措級意識 として雲間した。

Q.17

i仏教徒内部でカースト意識や措級意識が寄在するか」という向い Q.17 仏教徒拘留のカースト意義の 轄鰻意識の存在するか 60.7%

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に,「あるJ

88/145

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1

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。 更に見てみると,階級意識については仏教徒内に階級意識が「あるJ

59/

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:仏教徒内における階級意識の有無の比率 Q.17-a 仏教徒内部に搭級意識が存在するか 40.7%

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1

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2

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。 措級意識という観点か Eマハール内に存 在する 量マハール以外の仏 教徒内に存在する ロ仏教徒全体に存在 する 璽存在しない

(15)

ナーグプル市の仏教徒の現状〈下} 密

2

1

:仏教徒にとって経詩的要素ほ大切だと患うかの辻較 Q.18 仏教徒にとって経済的要素は大場だと思うか

ロ患う 圏思わない 園わからない 図

2

2

:仏教徒にとっての最優先事項の分類 Q.18-a 仏教徒にとって最優先事事は何か 経済的自立教育 政治 宗教 内彊的髄値わからない回答なし 最霊先事事 ら,仏教徒に経済的要素は大切だと思うかといっ聞いを試みた

(

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1

8

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1

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64/145

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2

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22/145

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1

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1

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2

2

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次 に , 現 在 の 仏 教 徒 の リ ー ダ ー は 誰 か と い う 問 い

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1

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には,まず政 治的リーダーと宗教的1)ーダーに分けて回答が返って来た。政治的 1)ーダー は 「 誰 で も な いJ が

84/145

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2

3

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。 宗 教 的 ワーダーについては「佐々井秀嶺J

68/145

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3

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1

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であるが,少数意見として「アンベードカノレJ

4/145

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2

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, rダライ・ラマJ

8/145

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の回答が興味深い[密

2

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仏教徒の指導という観点から,

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.

2

0

rイ ン ド の 仏 教 徒 と 関 係 を 持 つ 外 国 組織で社会・文化・経済・政治的局面においてインド仏教徒に貢献している

80

(16)

-90 80 70

60 '-.../ 50 鋭 的

-

<

30 20 10 G ナーグプル市の仏教徒の現状〈下) 図

2

3

:仏教徒の政治的リーダーの分類 Q.19-a 現在の仏教徒の致治的ワーダーは誰か 誰でもまい RPIリーダー BSPリーダー わからまい その位 80 70 ~ 60

-

<

5

O

~ 40 訴 30 〈 20 10 G 政治的リーダー 図

2

4

:仏教徒の宗教的リーダーの分類 Q. 19-b 現在の仏教徒の宗教的リーダーは誰か

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4与? ~. 宗教的リーダー や 在} '}乙 ものはあるか」という雲間をした。

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, i知 らないJ

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, i佐々井秀嶺J

27/145

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となる。 ナーグプル市ではここ数年のうちに,巨大な寺院や建築物を建立する外国 組織があち,仏教関係の建築物によってインド仏教徒に貢献しているとみな す者が多い。佐々井秀嶺についてはインド民衆の中に入り,

3

0

年以上にわた り活動している点を評価する者が多いが,日本からもたらされる資金にのみ 評植を与える者もいた。また,彼がインド国籍を取得したことを評擁して

(17)

ナーグプノレ市の仏教徒の現状(下} (8本誌二重国籍を禁止し ている為,他国籍の取得は 日 本 国 籍 の 放 棄 を 意 味 す る), 伎 を 外 国 人 だ と み な さずに,インド人として仏 教 徒 の 指 導 者 と し て Q.19

-b

の宗教的指導者に名を 挙げる者もいた。 上記の事実から考察する と,かつてのアンベードカ 密

2

5

:仏教徒の抱える問題についての回答の比率 Q.21 仏教徒の抱える問題 自一較的にインド社会に存在 する制霊的問題 璽一較的にインド社会に存在 する政治的問題 日仏教提に見られる組識的 問題 翠仏教捷に見られる儲人的 問題 置問題;まない ロわからない ノレのように多面的で強いリーダーシップを持つ指導者誌,現在の仏教徒のコ ミュニティには存在しない。このことは今だにアンベードカノレが唯一の総合 的指導者で,現在の指導者は政治と宗教に分かれているという仏教徒の認識 からも見てとることができる。集団改宗時にアンベードカルが一身iこ集めた 統一された 1)ーダーシップ!;;l:,現在の仏教徒の関には存在しないのである。 仏教徒民衆のニーズに合わせて信仰とアイデンティティを提供できる宗教団 体と,被抑圧者としてのアイデンティティを提供できる政治自体ごとに仏教 徒は分割さている, ということができる。この意味において,宗教団体,政 治団体の数だけ仏教徒には指導者がいると言っても過言ではない。 Q.21 Iインド仏教徒の抱える問題は何か」という設問に対して,了一般的 にインドに存在する制度的問題」が

57/145

(

3

9

.

3

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)

,I一般的にインド に存在する政治的問題J

24/145

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1

6

.

6

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)

,I仏教徒に見られる組織的問 題J

50/145

(

3

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.

5

先), r仏教徒に見られる個人的問題J

30/145

(

2

0

.

7

%)である。総合すると「一般的にインド社会の問題J

81/145

(

5

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.

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λ

「仏教徒だから発生する問題J

80/145

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という結果が得られた

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2

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仏教徒極入の教育・経済水準や差別体験などに依ってその問題の捉え方辻 異なる。従って,個人の努力によってこれらの問題は解決されると考える者

-

(18)

82-ナーグプル市の仏教徒の現状(下) 付 録13: 仏 教 徒 の 抱 え る 問 題 の 内 容 一 覧 表 インド一般にみられるもの 仏教徒にみられるもの ) 1頭金 問題内容 人 数 {入) )1震イ立 問題内容 人 数 (人) 1 貧 富 36 1 盟結の不足 35 2 教育の不足 29 2 指導者の不足 21

I

3 失 業 20 2 アイデンティティの危機 4 政治家の崩壊 18 4 問題はない 9 5 ヒンドゥー教徒による差別 3 5 わからない 7 5 経 済 的 困 難 3 5 仏教徒の組織の不足 7 5 道 徳 3 7 宗教教育の不足 3 5 憲法改正問題 3 8 f為善 2 9 住まいの不足 2 8 自己中心性 2 9 政府の崩壊 2 8 f曽侶の質が長くない 2 9 留保制度開題 2 8 現実に対する認識不足 2 12 アルコール問題 1 8 仏教徒関の意思疎通 2 12 家族計画 1 13 お互いを科用する心 1 13 妄信的信仰 1 13 古い習墳に従う入の存在 1 0:主〉本表辻,質関表Q.21rインド仏教徒の抱える開題は鰐か」の毘答を集計したもので ある。 もいる一方で、,国全体の開題であるから個人がいくら努力しても仕方がない と諦めている者も決して少なくない。また,「本当の仏教徒がいないJ r毘結 力の無さ」というのも仏教徒の抱える大きな問題の一つで,仏教徒コミュニ ティへの自己批判を行う者も多数いた。仏教徒のみならず人間全体が持つ 「自己中心性」や「偽善J r妬みJ r怠皆性」が仏教徒の発展を揚げていると の認識も多い[参照:付録13J。

N.

結 詮

(1) まとめ 以上,知識人が多く,政治化が進んでいるとされる都市の仏教徒としてナ ーグプル市の仏教徒を取っ上げ,その実態を明らかにしようと試みた。総じ て言うと,ナーグ、フツレ市の仏教徒の教育水準は高く,確かに知識人が多いこ

(19)

ナーグプル市の仏教徒の現状{下) とが判明した。しかし,政治組織に参加している者はわずか 2人にすぎなか った。加えて,人々は政治的指導者を想定していないことも明らかになった。 この意味において,ナーグプル仏教徒は政治にそれほど熱心でないことが解 る。別の見方をすると,ナーグプノレ市では政治化が進行しすぎた結果,政治 離れが起きていると言える。また,仏教徒は経済的に二極分化されている。 個人的被差別体験は教育水準と関係がないことも明らかになった。 イ言仰の観点からみると,現在のナーグプル仏教徒は生まれた時もしくは幼 少時からの仏教詫が大半で,「改宗式」や F入信式J を体験した者は少ない。

1

9

5

6

年の改宗時から存在した仏教信停に対する温麦差は,その後の仏教徒の 分化や世代の移行に伴い多様化し,現在も明確な「仏教的」概念は確立して いないということが判明した。つまり,改宗以持,指導者の不在などの理出 により,仏教徒であることの意味は多様化しているといえる。だが,それ誌 仏教に対する理解が未熟であるということのみを指すものではないと筆者は 考える。仏教に何を求めるのかということが世代や偲人の差別体験に起因す る事実を鑑みる時,その認識の差は当然のことだからで為る。人間が思考で き実感を持って提えることのできる範囲は自身の体験に基づくという意味に おいても興味深い現象である。そして,現在でもなおアンべードカルが仏教 徒の団結の象徴として機能している。そんな仏教徒の抱える問題として,多 様化していく仏教徒間の団結のなさや人間のもつ本性がコミュニティの発展 を妨げているというものが挙げられた。このような認識はあるものの,自分 が運動や改革の主体にはなることは想定しない仏教徒が多いことも明らかに なった。 (2)今後の課題 本論文において,ナ一グフプ。/ルレイ仏ム教徒の歪かれている社会状況と信抑の実態, 技らが感じている自己コミユニテイ

f

象象および でで、きた。しかし,ナーグプル市の仏教徒が仏教徒全体として, どのような位 置を占めるのかという検討を十分に行うには,ナーグプル市外の仏教徒の状

-

(20)

84-ナーグプル市の仏教徒の現状〈下) 況と比較する作業が欠かせないものである。また,本論文では,仏教徒およ び、ナーグプル仏教徒のインド社会全体における位置づけを行うことは出来な かった。他宗教者が,仏教徒に対してどのように考えているのかを解明しな い張り,インド社会における仏教徒の位置を示すことはできないであろう。 従って,本所究をさらに毎括的なものにするためには,能地域の仏教徒およ び他の宗教徒との比較を通した横断分析が必要である。 特 に 農 村 仏 教 徒 の 存在形態とヒンドゥー教徒との関係性の把握は重要である。 かつてアンベードカルはマハール民衆に対し「教育を受け,団結し,そし て調え」と演説の中で繰り返し説いたといフ。今回の質問表調査や聴き取り 調査から判明したように,仏教徒の教育水準は向上し犯罪に類する差別体験 も以前に比して少なくなった。だがその一方で,仏教徒掃の経涜的格差がひ らき団結不足という意見を中心に,自己コミュニティへの批判が認識されて いる。教育水準の向上を達成した彼らは今後どのような道を選択していくの だろうか。向後の継続的研究が望まれる。 註 (日 本文中でも述べたように,マハールは,改宗前は不可触民として,改宗後は 元マハーんの仏教徒として,不浄でで、あるという理由から公共の井戸で ことがでで、きず,水が欽みたい場合はカースト・ヒンドゥーが空中から垂らす水 をマハール辻掌で受けて飲まなければならなかった。また,工場労働者や肉体 労働者の仏教徒もしくはマハール詰飲食の食器を別にされたり,土でできた食 器を使用することを強制され,使用の震にその土製の食器は壊されるというよ うな体験をしていた。 (2) 応、地利明「インドJ ~講産現代の地域研究第 2 巻世界単生論』弘文堂, 1994年, 203夏,によると「ジャーティはヒンドゥー教徒にとり自己のアイデ ンティティの源泉J rジャーティが細分の論理にたって,各個人にヒンドゥ一 社会における位量づけをあたえる存在であるJ とある。また,ナーグプル大学 の社会学部教授やナーグプル仏教徒の何人かに,その人のアイデンティティを 聞くためには何と聞いたらいいのかという質問をしたところ,「あなたの宗教 は何かJ rあなたのカーストは

f

可か」よりも「あなたのジャーティは何かj と いう質需がいいという意見を得た。 (3) 質問表調査対象者No.2, 3, 4, 5, 22, 28, 44, 45, 48, 64, 66, 67, 74,

(21)

ナーグブル市の仏教徒の現状〈下) 75, 77, 89, 106, 122, 125, 135が該当。ただしNo.l25と135は「マハール仏教 徒」と答えている。 (4) ただしNo.129はチャマーノレからの仏教改宗者だが「仏教徒」と回答している。 邸 調 査 対 象 者No.l1,14, 18, 30, 37, 55, 61, 74, 75, 79, 120が該当。 (6) どームラーオ・アンベードカルの名前からきており,「アンベードカル万歳」 といった意味で、ある。 (7) 但し,この名字は現在変更可能である。法的手続きを経ると 2ヶ月程度で改 名が可能で,書類代の他に手数料として指定カースト・指定部族なら Rs.35, その他の者はまs.50必要である [2000年 7月現在]。 また,筆者の研究対象者には,次のような名前の付け方の特徴がある。男性 の場合,自分のファーストネーム,ファミリーネームの1)麗序だが,未婚女性の 場合,自分のファーストネーム,父親のファーストネーム,ファミリーネーム の穎になる。既婚女性の場合,自分のファーストネーム,夫のファーストネー ム,ファミリーネームの)1匿になる。 (8) 2 - 3月の満月の吾に行われるヒンドゥー教の春の祭り。 (9) 10-11月の新月の吾に行われるヒンドゥー教の祭れ 側 ヒンドゥー教徒として提わない。しかし,語、れてヒンドゥー神を拝んでいる 主婦の姿から察するに,心の中で、は祝っている者もいるように見受けられる。 (11) インド,パキスタンで主にヒンドゥー教徒の成人女性の着る巻き衣の一種。 裁断縫製をしないのが持徴で,結1. 2m 長さ 5~ l1 m の 1 枚布を体に巻きつけ て着用する。宗教的行事や結婚式などでは肩から垂らしている布部分で頭や顔 を覆い,労識をする持は頭から被る。 総 ヒンドゥー神であるシヴァ神あるいはそのエネルギーの象徴で,上部は男性 原理を表すリンガ,中央部は女性原理を表すヨーニ,下部基壇はブラフマー神 を表すといわれる。 ぬ ナーグプ/レ市ではキリスト教への改宗が起きている。改宗するとそのキワス ト教会が所有する学校へ子弟を就学させることができるとか,改宗に伴って Rs.5,∞

o

(約¥15,000)支絵されるなどの理由によりキリスト教へ改宗する 仏教徒も少なからずいる。 鈍 この設問に対しての回答方法辻,筆者が当初想定していなかった反応であったc 僻 チベット仏教〈大乗仏教系)は,三宝(仏・法・僧)に加えて師宝(四宝) への帰依が求められ,師宝である尊い導師(ラマ/活仏)の導きを通して仏j去 を体得しようとするものである。 j舌仏である「夕、ライ・ラマ」は「大海の部」を 意味し,チベット入の信仰の対象である。現在のダライ・ラマは14代吾である。 餓

TBMSG

や小川ソサイエティがこれにあたる。 -

参照

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