博士(理学)千葉真弘 学位論文題名
ルテニウム( H )ポリピリジル錯体を用いた イオン認識過程の光化学検出に関する研究
学位論文内容の要旨
トリス(2.2 .ピピリジン)ルテニウムくiD錯体は周囲の微環境の変化に対して鋭敏に応答し、その 光 化学 挙 動 が 変化 す る こ とが 知 ら れ てお り 、 そ の類 縁 体 の 合成 と 励 起状態 物性は広 汎に研 究され て きた 。 一 方 、イ オ ン・分子 認識化 学の分 野にお いては 、様々 なカチ オンや 分子を、 特に最 近では ア ニオ ン や り ん酸 を 選 択 的に 捕 捉 す るセ ン サ ー の開 発 が 盛 んに 研 究 されて いるが、 これま での認 識 の 測 定 手 段 と し て はNMRや 電 気 化 学 測 定 が 主 で あ り、 ダ イ ナ ミク ス を 合 めた 分 光 学 的手 法 に よ る認 識 過 程 につ い ての研究 例は限 られて いる。 分光学 的解析 は高感 度・省 サンプル である だけで は なく 、 発 光 寿命 測 定 な どか ら 認 識 過程 の メ カ ニズ ム に つ いて の 詳 細を明 らかにす ること が出来 る もの と 考 え られ る 。そこで 、本研 究では ルテニ ウムくiD錯体に 着目し 、認識 の光化 学検出 及び認 識過程を分光学的に理解することを最大の目的として研究を行った。
クラ ウンエ ーテル 部位を 導入し た2、2 ‐ビピリジン (bpy)を 有する ルテニウ ム(H) 錯体に 基づくカチオン認 識 は いく っ か 報 告さ れ て い るが 、本 研究で は配位 子自 身 及 び錯 体 構 造 の「 歪 み 」 を利 用す る試み を行っ た。
即ち、3,3 .置換bpy(3,3 ‑R2‑bpy)に金属を配位させた
R R R
場合には 、置換 基問の 立体障 害によ りbpyが平面構造を取り得ず「歪む」ことが予想される(上図)。
さらに3.3 ‐ 位にクラ ウンエ ーテル 部位を 導入し た場合 には、 カチオン認識前後において配位子自 身及 び 錯 体 構造 に 大 き な変 化 が 現 れる は ず で ある 。 こ れ を光 化 学的 に検知 するこ とでイ オン認 識 過程 を 追 跡 可能 であ ると考 えた。 はじめ に、3,3 位に クラウ ンェー テル部 位を有す るピピ リジン (CE‑bpy)を 配 位 子 と し た ル テ ニ ウ ム(iD錯 体(Crown‑Ru)を 合 成 した 。iH.NMR測定 を 行 っ たと こ ろ、 錯 体 中 のCE‑bpyは 種 々の コ ン フ ォメ ー ションを 持った めに( クラウ ン部分 のflexibilityの た め) 、bpyに 比べ て プ ロ トン ピ ー ク が平 均 化され てプ口 ードに 観測さ れた。 しかし、 低温下 及び、
室温 下 でNa+を添 加 し た 際に は 、 類 似の 微 細 な 分裂 バ タ ー ンを 示 し た 。こ の 結 果 から 、 イ オン認 識 前 に お い て はCE‑bpyが 大き く 歪 ん でい る が 、 イオ ン を 認 識す る こ と によ り 配 位 子の 構 造 が 固 定 さ れ る こ と を 明 ら か にし た 。 イ オン 認 識 に よるCE‑bpy及 び錯 体 構 造 の変 化 が 、 錯体 の 分 光 学 的 特 徴 に ど の よ う に 反 映 さ れ る か を 発 光 測 定 よ り 検 討 し た 。 ア セ ト ニ ト リ ル 中 に お け る Crown‑Ruの 発 光 量 子 収 率(4.3x10'4)は 、Ru(bpy)32+(0.061)に 比 べ て小 さ い 。 これ はCE‑bpy自 身の構造 的なflexibility、及 び「歪み 」によ る錯体 構造の の対称 性から のずれ による 無輻射失活速
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度の増大によるも のと考えられる。一方,Na+を認識することにより発光強度は増加したが、こ れ は、CE‑bpyが 固定 され 、無 輻射失活が抑制さ れてMLCT状態からの発光が起こりやすくなっ たものと考えられる。他のカチオン(K+、Li+)存在下におしゝても同様の結果を得た。これは構造変 化を利用してイオ ン認識を分光学的に捉えた初めての例である。さらに発光寿命測定を行ったと ころ、イオン認識 前のCrown‑Ruは4nsの寿命成 分を示した。一方、イオンの添加に伴い約20 ns のイオン認識した際の減衰成分が現れ、この成分の寄与の増大とともに、短寿命成分の割合は徐々 に減少した。長寿 命成分の割合に対するイオン濃度依存性を解析することにより結合定数を決定 したところ、その 値は発光強度から求めた値と一致した。発光スベクトルから認識成分と非認識 成分を分割して議 論することは難しいが、発光ダイナミクスを行うことにより、イオン認識して いるCrown‑Ruの成 分比を直接的に決定できる。イオン認識の研究において発光ダイナミクス測 定がきわめて重要であることを示すものである。
カリックス【nlアレーンは、その構造上の特徴から種々のイオンや分子を認識することが知られ ているが、化合物自身は可視域に吸収を持たないとともに発光を示さない。これまで様々な誘導体 化が試みられてき たが、合成は必ずしも容易ではない。きわめて簡便なカリックスアレーンの発 光誘導体化のアプ口ーチとして、本研究ではカリックス[4]アレーンテ卜ラスルホン酸(Calix‑S4) に着目した。Ru(bpy)32+は2価のカチオンであり、Calix‑S4は4価のアニオンであることを利用し て、対アニオン交 換反応によりRuくbpy)32+:Calix‑S4:2:1の無機・有機ハイブリッド錯体 (Calix‑Ru)を調製 した。元素分析、X線構造解 析などから、結晶状態では電荷のバランスを保つ ために、1分子のCalix‑S4に対して2つのRuくbpy)32+が対称的に配置する特徴的な構造を持つこ とがわかった。メタノール中におけるCalix‑Ru錯体の発光収量はRu(bpy)32+に比ベ若干小さな値 を示した。ハイブリッド錯体中のRuくbpy)32+はCalix‑S4の大きな静電場の影響を受けて消光され て いる もの と考 えら れる 。一 方、Calix‑Ruにカ チオンを添加すると、ハイブリッド錯体中の Ru(bpy)32+からの発光強度は増大した。発光強度の増大はイオンの価数に依存して大きくなり、
Na+に対する結合定数は約5000M‥、Mg2十、Al3+に対しては約60000M.1となルイオンサイズに は 依存しない。イオ ン添加前におけるハイブリッド錯体の発光減衰は約390 nsと720 nsの2成 分で解析でき、長寿命成分はメタノール中におけるRu(bpy)32+の発光寿命と一致したことから、
7.20 nsの成分はCalix‑S4の静電場を離れて溶液中で解離しているRu (bpy)32+の発光寿命であり、
短寿命成分はCalixーS4と強く相互作用しているRuくbpy)32+に対応するものと考えられる。イオン 添加に伴い、短寿 命成分の成分比は減少し、長寿命成分の割合が増加した。錯体に対して2500倍 のイオンを添加すると720 nsの成分のみとなった。以上の結果は、Ru(bpy)32+の対アニオンとし てのCalix‑S4が添加カチオンと交換することにより、フリーのRu(bpy)32+としての挙動になるも のとして合理的に 理解できる。このようにCalix‑Ruハイブリッド錨体を用いてイオン認識を光化 学的に検知できることを示すことが出来た。
以上の様に、本研究ではポリピリジルルテニウム(iD錯体に基づいたイオン認識光化学の研究を 合成化学的及び分 光学的な見地から展開し、特に発光ダイナミクスの測定を通してイオン認識過 程の詳細を明らか にした。本研究においてはカチオン認識を取り上げたが、同様な研究のアプ口 ーチはアニオンや種々の分子認識に応用可能であると考えている。
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学位論文審査の要旨
主査 教授 喜多村 昇 副査 教授 佐々木陽一 副査 教授 下村政嗣 副査 教授 中村 博
(北海道大学大学院地球環境科学研究科)
学 位 論 文 題 名
ルテニウム( H )ポリピリジル錯体を用いた イオン認識過程の光化学検出に関する研究
トリス(2.2 .ピピリジン)ルテニウム(II)錯体は周囲の微環境の変化に対して鋭敏に応答し、
そ の 光 化学 挙動 が変 化す るこ とが 知ら れて おり 、そ の 類縁 体の 合成 と励 起状 態物 性は 広汎 に 研究 され てき た。 一 方、 イオ ン・ 分子 認識化学の分野においては、様々なカチオン、 アニ オ ン な どを 選択 的に 捕捉 する セン サー の開 発が 盛ん に 研究 され てき た。 しか しな がら 、こ れ ま で の 認 識 の 測 定 手 段 と し て はNMRや 電 気 化 学 測 定 が 主 で あ り 、 ダ イ ナ ミ ク ス を 合 め た 分光 学的 手法 によ る 認識 過程 につ いて の研究例は限られている。分光学的解析は高感 度・
省 サ ン プル であ るだ けで はな く、 発光 寿命 測定 など か ら認 識過 程の メカ ニズ ムに つい ての 詳細を明らかにすることが出来るものと考えられる。
本研 究は 、発 光性 の ルテ ニウ ム(II)錯 体に着目し、イオン認識の光化学検出に関する 新規 な 着 想 に基 づき 、新 規錯 体の 合成 と認 識の 光化 学検 出 及び 認識 過程 の解 明を 目指 した 研究 について述べたものである。
第1章 で は 、 こ れ ま で の イ オ ン 認識 化学 の背 景に つ いて 概観 して いる 。ま た、 ルテ ニウ ム(II)錯 体 が 正 八 面 体 構 造 を と る こと 、及 び2価の カ チオ ンで ある こと を利 用し た新 たな イオン認識の光化学的検出の着想について詳細に論じている。
第2章では、2,2 .ビピリジン(bpy)配位子の3,3 位にクラウンエーテル部位を有するルテ ニ ウ ム(II)錯体 に基 づく カチ オン 認識 につ いて 述べ て いる 。特 に、 本研 究で は配 位子 自身 及び錯体構 造の「歪み」を利用する試みを行っている。即ち、3,3 ‐置換bpy(3,3 ‑R2‑bpy) に 金 属 を 配 位 さ せ た 場 合 に は 、 置 換基 間の 立体 障害 によ りbpyが平 面構 造を 取り 得ず 「歪 む」ことが 予想される。さらに3,3 ‐位にクラウンェーテル部位 を導入した場合には、カチ オ ン 認 識前 後に おい て配 位子 自身 及び 錯体 構造 に大 き な変 化が 現れ るは ずで ある 。こ れを 光 化学 的に 検知 する こ とで イオ ン認 識過 程を追跡可能である。はじめに、3,3 位にク ラウ
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ン エ ー テ ル 部 位 を 有 す る ビ ピ リ ジ ン(CE‑bpy)を 配位 子と した ルテ ニウ ム(II)錯 体 (Crown‑Ru)を合成した。錯体のX線構造解析やイオン存在/非存在下のiH‑NMR測定から、
イオン認識前においてはCE‑bpyは大きく歪んでいるが、イオン認識により配位子の構造 が固定されることを明らかにしている。更に、錯体構造の変化が分光学的特徴にどのよう に反映されるかを検討した結果、イオンを認識することにより錯体の発光強度が増加する こ とを 示した。これは、CE‑bpyが固定され、無幅射失活が抑制されてMLCT状態からの 発光が起こりやすくなったものと考察している。これは構造変化を利用してイオン認識を 分光学的に捉えた初めての例である。さらに発光寿命測定を行い、錯体とイオンとの結合 定数牽決定するとともに、イオン認識の研究において発光ダイナミクス測定がきわめて重 要であることを述べている。
第3章では、4価のアニオンであるカリックス【4】アレーンテトラスルホン酸(Calix‑S4) と2価 の カ チオ ンで あるRu(bpy)32+に着 目し 、対 アニ オン 交換 反応 によ り調 製し た Ru(bpy)32+:Calix‑S4〓2:1の無機・有機ハイブリッド錯体(Calix‑Ru)によるカチオン認 識の光化学的な検出について述べている。ハイブリッド錯体の元素分析、X線構造解析な ど から 、結晶状態では1分子のCalix‑S4に対して2つのRu(bpy)32+が対称的に配置する 特徴的な構造を持つことを示した。一方、Calix‑Ruにカチオンを添加すると、ハイブリッ ド錯体中のRu(bpy)32+からの発光強度は増大し、その解析からイオン認識結合定数はNa+
に対して約5000M‥、Mg2十、Al3+では約60000 M‑lとなることを明らかにした。更に、ハ イプリッド錯体の発光減衰を詳細に解析した結果、Ru(bpy)32+の対アニオンとしての Calix‑S4が添加カチオンと交換することにより、Ru(bpy)32+が遊離することによルイオン 認識を光信号として検出する機構を提唱した。
第4章では、以上の研究結果を総括するとともに、イオン認識光化学ともいうべき新 たな研究の展望について述べている。
これを要するに、本研究ではポリピリジルルテニウム(II)錯体に基づいたイオン認識光化 学の研究を合成化学的及び分光学的な見地から展開し、特に発光ダイナミクスの測定を通 してイオン認識過程の詳細を明らかにしている。本研究においてはカチオン認識を取り上 げたが、研究の着想とアプ口ーチはアニオンや種々の分子の認識に応用可能であることか ら、本研究結果のみならず、イオン・分子認識一般を扱う医療分析や環境分析の分野にも 重要な貢献を果たすものである。
よって著者は、北海道大学博士(理学)の学位を授与される資格あるものと認める。
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