博 士 ( 歯 学 ) 廣 橋 賢
学 位 論 文 題 名
消 毒 液 に よ る 歯 科 用 切 削 器 具 の 腐 食 挙 動
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
【 緒 言 】
歯 科 用 小 器 具 は 、 消 毒 ・ 滅 菌 に よ り 繰 り 返 し 使 用 さ れ る 。 こ の よ う な 頻 回 の 薬 液 消 毒 や 滅 菌 処 理 は 、 器 具 の 腐 食 を 助 長 し 、 劣 化 を 招 く こ と が 報 告 さ れ て い る 。 従 来 よ り 消 毒 ・ 滅 菌 処 理 に 対 す る 歯 科 用 小 器 具 の 耐 食 性 試 験 は 、 処 理 後 の 変 色 や 腐 食 の 程 度 を 肉 眼 的 に 判 断 し 評 価 す る 場 合 が 一 般 的 で あ る 。 し か し こ の よ う な 方 法 で は 、 電 気 化 学 反 応 に 基 づ く 腐 食 挙 動 を 詳 細 に 把 握 す る こ と は 困 難 で あ る 。 そ こ で 本 実 験 で は 、 各 種 消 毒 液 に よ る 歯 科 用 切 削 器 具 の 腐 食 挙 動 を 評 価 す る た め に 、 試 料 表 面 の 観 察 とESCA 分 析 お よ び 腐 食 速 度 の 観 点 か ら 検 討 し た 。
【 材 料 お よ び 方 法 】
試 験 材 料 と し て 4種 の 市 販 コ ン ト ラ ア ン グ ル 用 カ ー ポ ン ス チ ー ル バ ー (MA工LLE FER (MA)アKomet(KO) アEM工LLANGE(EL) アMeiSingeビ(ME) ) と 根 管 治 療 用 ス テ ン レ ス ス チ ー ル リ ー マ ー(MA工LLE FERアKERRアGCアMAN工 ) の 刃 部 お よ び 軸 断 面 を 用 い た 。 試 験 材 料 は0.5 w/v oo次 亜 塩 素 酸 ナ ト リ ウ 厶 溶 液 (SH) 、0.2 w/v oo 塩 酸 ア ル キ ル ジ ア ミ ノ ェ チ ル グ リ シ ン 溶 液(AH) 、0‑1 w/v oo塩 化 ベ ン ザ ル コ ニ ウ ム 溶 液 (BC) 、2.0 w/v ooグ ル タ ー ル ア ル デ ヒ ド 溶 液(AG) の4試 験 溶 液 に 、 撹 袢 ・ 脱 気 す る こ と な く30分 浸 漬 し た 。 試 験 溶 液 浸 漬 に よ る 表 面 状 態 の 変 化 を 確 認 す る 方 法 と し て 光 学 顕 微 鏡 ( 以 下 光 顕 と 略 す ) お よ ぴ 走 査 型 電 子 顕 微 鏡 ( 以 下SEMと 略 す ) を 用 い た 表 面 観 察 を 行 い 、 さ ら に ESCAに よ る 元 素 分 析 か ら 腐 食 層 お よ び 腐 食 層 下 の 地 金 層
(bulk) の 化 学 状 態 を 分 析 し た 。 な おESCA分 析 に お い て は 、 リ ー マ ー の 径 が 小 さ く 測 定 に 適 さ な か っ た た め 、 そ の 素 材 で あ るSUS304ス テ ン レ ス 鋼 を 代 用 し た 。 ま た 電 気
化 学的 手法 のひ とつで ある クーロスタット法を用いて分極抵抗値を測定し腐食速度を 求 めた 。
【 結果 およ び考 察】
試 料の 観察
スチ ール バーの 光顕 観察 では 、浸 漬前 の試 料表面には微細な研磨傷がみられた。SH 浸 漬 後 で は 表 面 にNa塩と思 われ る結 晶の 析出 を認 めた 。AH浸漬 後で は後 述の 腐食速 度 が大 きい にもか かわ らず 無浸 漬に 近い 像を 呈した。これは両性界面活性剤であるAH の 洗浄 作用 により 腐食 生成 物が 金属 表面 に吸 着されずに溶液中に溶解したためと思わ れ る 。BC浸 漬 後 で は 茶褐色 に変 色し た像 を呈 した 。ま たAG浸漬 後で はう す茶 色に変 色 し表 面に 黒点像 を認 めた 。こ れはAGの 強い 還元性により通常観察される酸化第二鉄 Fe20ヨ まで 酸化さ れず に、 その 腐食 反応 過程 で形 成さ れる 酸化 第一 鉄Fe0あるいは四 三 酸化 鉄Fe30。の 状態 が観 察さ れた ため と思 われる。一方、リーマーの光顕像では、
試 験 溶 液 浸 漬 前 後 の 試 料 表 面 の 状 態変 化 に は 確 認 で き る 差 は 認 め ら れ な か っ た。
スチ ール バーのSEM観察 では 、浸 漬前 の試料 には 刃先 上に 付着 物が 認め られ一部に 波 状 像 が み ら れ た 。SH浸漬 後で は試 料表 面に 腐食 生成 物お よぴNa塩 と思 われ る結晶 が 認め られ た。AHアBCアAG浸漬 後で は刃 先上 に付着物は認めず鋸歯状を呈し、その部 は粗造になっていた。一方、リーマーのS ElvI像では、試験溶液浸漬前後の試料表面の 状態には確認できる差は認められ顔かった。
ESCAに よ る 元素 分 析
4種の スチ ール バーの 無浸 漬地 金層 にお ける 広域 スペ クト ルで は、すべての試料で FeアCアOのピ ーク のほ か、SiアArの ピー クな どが 認め られ た。 またMAのみ にNiのピ ー ク が 検 出さ れた 。Niは耐 食性 を向 上す ると され てい るが 、後 述のMAの腐 食速 度は BC浸 漬 後 で有 意に 小さ くな った が他 の試 験溶 液で は同 程度 の値 を示し た。 従っ てNi の 添 加 がMAの 腐食 挙動 にど のよ うな 作用 をし てい るか 本結 果か らは明 らか でな かっ た。
MAを試 験溶 液に 浸漬 した 際の 腐食 層における広域スペクトルでは、すべての試験溶 液でFe,C,Oなど のピ ーク が認 めら れたが、地金眉でみられたNiのピークは検出され なか った 。浸 漬後 のFeピー クは 、高 工ネルギー側にシフトし酸化物の状態であった。
ま たSH浸 漬 後 で はNa、AH,BC浸 漬 後 で はN、AG浸 漬 後で はKアNaの ピ ーク が認 めら
れ、 これ らは 試験 溶液 を構成 する 元素 と一 致し た。
一 方 、SUS304ステ ンレ ス鋼 のESCA広 域ス ペクト ルで は、 試験 溶液 に浸 漬し た群 で はFe,Crのピ ーク が認 められ たが 、いずれもピークは小さく高エネルギー側にシフト し酸 化物 の状 態で あっ た。従 って ステ ンレ ス鋼 の腐 食層 はCど とFeの酸化物による皮 膜に 覆わ れた 不動 態化 の状態 であ ることが予測された。この皮膜は酸化状態では安定 であ るが 還元 状態 また はハロ ゲン イオンの存在下においては不安定となる。しかし本 実 験 で 用い た還 元作 用を 有す るAGとハ 口ゲ ンイオ ンを 合むSH,AH,BCと の間 では 表 面 像 に 大 き な 差 は 認 め ず 、 ま た 後 述 の 腐 食 速 度 も 同 程 度 で あ っ た 。 電気 化学 的試 験
スチ ール バー の腐 食速度 は、SH浸 漬後 が各 試料 群の 平均 で610966ルA/ CIIl2と最 も 大 き な 値を 示した 。ELはMA,MEと比 べて 有意 に大 きな 値を 示し た。AH浸漬 後で は 100113 ,11A/crr12の値を 示し た。材料間での有意な差は認められなかった。BC浸漬 後 で は28 40 11A/crR2の 値 を 示 し た 。MAは 他 の 群 と 比 べ て 有 意 に 小 さな値 を示 し た 。AG浸漬 後で は8〜9ロA/ CIIl2の値を示し、本実験で用いた試験溶液の中では最も 小 さな 値を 示し た。 材料間 での 有意な差は認められなかった。腐食速度に影響を与え る 因子 とし て試 験溶 液の成 分が 考えられる。本実験では腐食促進作用のある塩素イオ ンを合まないAG.が、他の試験溶液と比べて小さな腐食速度を示した。また材料間での 差 は、 金属 組成 、加 工・表 面状 態などの影響が考えられるが、詳細は不明であった。
一方、リーマーの腐食速度は、いずれの試験溶液においても0 ‑ 20.5以A/crr12の値を 示 し、 スチ ール バー と比べ て、 有意に低い値を示した。各試験溶液間において材料間 には有意な差は認められなかった。
実際 の臨 床に おい ては、 スチ ールバーおよびりーマーの刃先は複雑な形状を呈し、
す きま 腐食 の影 響を うける こと 、また使用時にひずみや残留応カが加わることが考え ら れる 。従 って 実際 の使用 条件 下では、より腐食しやすい環境下にあると思われる。
【結論】
本実験では、消毒液による歯科用切削器具の腐食挙動を調べるために、試料の観察、
ESCA分析、電気化学的試験を行い、以下の結論を得た。
1)表面状態の変化
a) 光顕 およ びSEM観察では、カーボンスチールバーをSHアBCアAGに浸漬した場合、
変色ある いは腐食 生成物を 認めたが 、両性界 面活性剤であるAHでは著名な変化は みられな かった。 一方、ス テンレス スチール リーマーにおいては、浸漬前後の状 態変化に差はみられなかった。
b)ESCA分 析 では 、 消毒 液 浸 漬後 の スチ ー ル バー の 表面 は 鉄 の酸 化 物 であ り 、SUS 304ス テ ン レ ス 鋼 で は 、 鉄 お よ び ク ロ ム の 酸 化 物 で あ っ た 。 2)腐食速度
腐食速 度は、ス チールバ ーではSH浸 漬後(610こ966ルA/ CIIl2)AH(100113肛 A/ CIII2)BC(2840゛以A/crr12)AG(8〜9ルA/crn2)の順であり、リーマーの0.2 0.5以A/crr12と比べて有意に大きな値を示した。
3)表面状態の変化と腐食速度の関係
炭 素鋼では 、AHのよう に、腐食 速度が大 きな場合で も、浸漬前後の表面状態に大 き な変化を 認めない ものがあ った。一 方、ステン レス鋼では、腐食速度と表面状 態 は今回用 いた消毒 液に影響 を受けな かった。
4)以 上、表面 の観察、ESCA分析、腐 食速度の観 点から腐 食挙動を 検討した 。しかし 歯 科用切削 器具の刃 先は複雑 な形状を 呈し、すき ま腐食の影響をうけること、ま た 使用時に ひずみや 残留応カ が加わる ことが考え られる。したがって今後、歯科 用 切削器具 の臨床に 即した腐 食挙動を 解明するた めには、これらの因子および消 毒 液 に 防 錆 剤 を 添 加 し た と き の 影 響 を 検 討 す る こ と が 必 要 で あ る 。
学位論文審査の要旨 主査 教授 下河辺宏功 副 査 教 授 内 山 洋 一 副 査 教 授 加 藤 熈
学 位 論 文 題 名
消毒液 による 歯科用切削器具の腐食挙動
審 査 は 、 内 山 、 加 藤 お よ び 下 河 辺 審 査 員 の 出 席 の も と に 、 論 文 提 出 者 に 対 し 口 頭 試 問 に よ り 提 出 論 文 の 内 容 と そ れ に 関 連 し た 学 科 目 に っ き 行 わ れ 、 以 下 の 論 述 が 得 ら れ た 。
歯 科 用 小 器 具 は 、 消 毒 ・ 滅 菌 に よ り 繰 り 返 し 使 用 さ れ る 。 こ の よ う な 頻 回 の 薬 液 消 毒 や 滅 菌 処 理 は 、 器 具 の 腐 食 を 助 長 し 劣 化 を 招 く こ と が 報 告 さ れ て い る が 、 そ の 腐 食 挙 動 に つ い て は 未 だ 十 分 に 解 明 さ れ て い な い 。 そ こ で 論 文 提 出 者 は 、 各 種 消 毒 液 に よ る 歯 科 用 切 削 器 具 の 腐 食 挙 動 を 評 価 す る た め に 、 試 料 表 面 の 観 察 とx線 光 電 子 分 光 分 析 、 さ ら に 腐 食 速 度 の 観 点 か ら 検 討 し た 。
試 験 材 料 と し て4種 の ス チ ー ル バ ー ( MA工LLE FERアKometアEM工LLANGE, MeiSingeビ ) と り ー マ ー(MAエLLE FERアKERR,GCアNIAN工 ) の 刃 部 お よ び 軸 断 面 を 用 い た 。 試 験 材 料 は0.5ミ 次 亜 塩 素 酸 ナ ト リ ウ ム 溶 液 (SH) 、0.2§ 塩 酸 ア ル キ ル ジ ア ミ ノ エ チ ル グ リ シ ン 溶 液(AH) 、O‑l暑 塩 化 ベ ン ザ ル コ ニ ウ ム 溶 液 (BC) 、2.0を グ ル タ ー ル ア ル デ ヒ ド 溶 液(AG) の4試 験 溶 液 に30分 浸 漬 し た 。 試 験 溶 液 浸 漬 に よ る 表 面 状 態 の 変 化 を 確 認 す る 方 法 と し て 光 学 顕 微 鏡 ( 以 下 光 顕 と 略 す ) お よ び 走 査 型 電 子 顕微 鏡( 以 下SEMと 略 す ) に よ る 観 察 を 行 い 、 さ ら にx線 光 電 子 分 光 分 析 ゛ ( 以 下ESCA分 析と 略す ) に よ る 元 素 分 析 を 行 っ た 。 な おESCA分 析 の 際 、 リ ー マ ー の 径 が 小 さ く 測 定 に 適 さ な か っ た た めSUS304ス テ ン レ ス 鋼 を 代 用 し た 。 ま た 電 気 化 学 的 手 法 の ひ と つ で あ る ク ー ロ ス タ ッ ト 法 を 用 い て 分 極 抵 抗 値 を 測 定 し 腐 食 速 度 を 求 め た 。
以 上 の 実 験 項 目 を も と に 、 本 実 験 で は 次 の よ う な 結 果 を 得 た 。 1) 光 顕 観 察 に お い て 、 ス チ ー ル バ ー の 浸 漬 面 は 、SHで は 光 沢 を 失 っ た 像 、AHで は 無 浸 漬 に 類 似 し た 像 、BCで はFe20ヨ な ど の 酸 化 物 と 思 わ れ る 茶 褐 色 に 変 色 し た 像 、 AGで はFe203あ る い はFe304と 思 わ れ る 黒 点 像 が 観 察 さ れ た 。 一 方 、 リ ー マ ー で
は、浸漬前後の表面に大きな変化は認められなかった。
2)SEM観 察に おい て、 スチー ルバ ーの 刃先 部は 、無 浸漬 では 滑ら かな 波状 像、SHで は 広範 囲な 腐食 生成 物に覆われた像、AHおよびBCでは刃先が鋸歯状を呈した像、
AGでは 粗造 化し た波 状像を呈した。一方、リーマーでは、浸漬前後の表面に大き な変化は認められなかった。
3)ESCAによ る分 析に おい て、 スチ ール バー は、 各群 の地金層のあいだに金属組成の 相 異が 認め られ た。 試験溶液浸漬後では、Fe単体は検出されず、スペクトルのケ ミ カ ル シ フ ト か ら 、 表 層 はFe203ある いはFe304アFe0の 状態 であ った 。一 方、
ステンレス鋼(SUS304)においては、消毒液浸漬後においてCでァFeのピークが認 め られ たが 、Niのピ ークは 認め られ ず、 表層 はC工やFeの酸化物の状態にあるこ とが判明した。
4)腐 食速 度に つい ては 、ス チー ルバ ーはSHが 最も 大きく 各試 料群 の平 均で610 966 凪A/CIIl2で、次いでAH(100113肛A/crr12)、BC(2840肛A/crr12)、AG(8〜9彫 A/ CIIl2)の順であり、最も小さなAGにおいても、炭素鋼を腐食することが明らか になった。一方、リーマーの腐食速度は、いずれの試験溶液においても、0.2〜0.5 以A/crn2の 範 囲 に あ ル ス チ ー ル バ ー よ り も 有 意 に 小 さ な 値 を 示 し た 。 本結 果か ら、 光顕 .SEM観察 にお いて スチ ール バー (炭素鋼)の場合、腐食速度が 大 きい 場合 でも 浸漬 前後 の表面形状に大きな変化を認めないものがあった。したがっ て 、表 面の 観察 のみ で腐 食を判断するのは困難であり、電気化学的な手法などを用い て 腐食 挙動 を定 量的 に評 価することの重要性が示唆された。一方、リーマー(ステン レ ス鋼 )に おい ては 、今 回用いた消毒液に対しては良好な耐食性を有することが明ら か とな った 。し かし 歯科 用切削器具の刃先は複雑な形状を呈し、すきま腐食の影響を う ける こと 、ま た使 用時 にひずみや残留応カが加わることが考えられる。したがって 今 後、 歯科 用切 削器 具の 臨床に即した腐食挙動を解明するためには、これらの因子お よ ぴ 消毒 液に 防錆 剤を 添加し たと きの 影響 を検 討す るこ とが 必要 と考 察し てい る。
以上 の研 究内 容に ついて 、主査および副査から基礎的ならびに臨床的関連事項、さ ら に今 後の 展望 につ いての 質問がなされた。それそれの質問に対し、論文提出者から 明 快な 解答 が得 られ 、論文 提出者が本研究を中心に広い学識を有することが認められ た 。ま た本 研究 の内 容は、 腐食挙動を表面の観察・分析のみならず電気化学的手法を 用 いて 定量 的に 評価 したこ とが高く評価された。よって本論文提出者は博士(歯学)
の 学位 を授 与す るに 値する もの と認 めら れた 。