博 士(医 学) 宮武由甲子 学位 論文題 名
HTLV ― I 感 染 に よ る HAM 感 受 性 およ び 抵抗性ラットの脊髄における遺伝子発現の解析
・学位論文内容の要旨
ヒトT細胞自血病ウイルスI型(human T‑cell leukemia virus type‑I;HTLV‑I)は、成人T細胞 白 血病(ATL)の原因ウイルスであるのみならず、HTLV‑I関連脊髄症′熱帯性痙性対麻痺(HTLV‑I associated myelopathy/tropical spastic paraparesis;HAM/TSP)、HTLV‑I関連関節症、ぶどう膜 炎、シェーグレン症候群類似の唾液腺炎などHTLV‑I関連疾患と総称される様々な疾患を引き起こす こ とが 知ら れて いる 。HTLV‑I産 生ヒ トT細胞 株MT‑2を新 生仔 期の 近交 系WKAH/Hkm( 以下WKAH) ラ ッ卜 に接種すると約15〜22ケ月の潜伏期を経てヒトHAM/TSPに類似する慢性進行性脊髄末梢神 経 症(HAMラ ッ卜 病) を発 症す る。WKAH以外 の6系 統の 近交 系ラ ッ卜 にMT‑2を 接種し ても ,血 中 に抗HTLV‑I抗 体を 検出す るが ,HAMラット病は発症しない。HAMラッ卜病の神経病理は、胸髄 を中心とする白質変性、脱髄であるが、病変の進行を通じて有意なりンパ球浸潤は認められない。
HTLV‑I感染後3ケ月目以降からHAM感受性,抵抗性に関わらずプ口ウイルスは全身臓器において検 出 され るが 、HAM感受 性ラ ット の脊 髄においてのみ、感染後7ケ月をピークとしてHTLV‑Iの主要 な機能蛋白質であるp40‑Tax蛋白をコードするpX遺伝子の選択的発現が起こる。それと同時期から オリゴデンド口サイ卜のアポ卜ーシスも確認される。
インターフェ口ン(IFN).Yは,免疫系のみならず種々の細胞の分化,増殖,活性化を調節し,生体 の防衛機構に重要な働きを有するサイトカインである。IFN‑yの発現亢進は脳脊髄炎に対して有害な影 響をもたらすものと考えられてきたが、近年、実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)の発症抑制や、ウ イルスの中枢神経系からの排除にIFN‑yが関与しているという報告が相次いでいる。そこで本研究で は,脊髄におけるpXの急激な発現増強を認める感染後7ケ月目に着目し、HAMラット病発症の有無 にIFN‑yが 関 与 し て い る の か ど う か をHAM感 受 性 で あ るWKAHラ ッ ト とHAM抵 抗 性 で あ るACI およびLEWラットとを比較することによって検討した。
リア ルタ イムRT‑PCR解析 によ り、HTLV‑Iに 感染 して から7カ月 後のHAM抵抗 性ラッ トで ある ACIおよ びLEWの 脊髄 におい て、 非感 染時に比較してIFN‑y mRNAの有意な発現亢進(pく0.05)が 認 めら れたが、HAM感受性ラットであるWKAHでは感染によって変化は認められなかった。さらに 脊 髄蛋 白抽出液を用いたELISA法によっても、mRNAの発現で見られた変化と同様な抵抗性ラット
−454―
でのIFN‑y高発現の傾向が認められた。一方、感染後7ケ月における末梢血単核球(PBMC)および脾臓 におい ては有意 なIFN‑y mRNAの発現 変化はど の系統に も認められなかった。感染後3ケ月、14ケ 月での脊髄においてもこれら3系統いずれにおいてもIFN‑y mRNAの亢進は認められなかった。また、
IFN‑Yに 見 ら れ た 変 化 と 同 様 に 、HTLV‑I感 染7ケ 月 後 のACI、LEWに お い て 脊 髄 に お け る Interleukin. 12 (IL‑12)およびInterferon regulatory factor‑l (IRF.1)のmRNAの発現に有意な亢進
(pく0.05)を認めたが、WKAHではこのような変化は認められなかった。
次 にHTLV‑I感 染 によ るIFN‑Yの 発 現亢 進 が著 明 で あっ たHAM抵 抗 性 ラッ ト 系 統で あるLEWと HAM感受性WKAHラッ卜を 用いて、ex rnvoによるラ ット脊髄 でのIFN‑y産生細胞の同定を行った。
本実験では、IFN‑yを産生するとの報告があるニュー口ンとアストロサイトに注目した。HTLV‑I感染 7ケ月後のラット脊髄より分離したニューロン・グリア共培養系細胞を5日間培養し、抗IFN‑y抗体と の螢光抗体二重染色を行い,共焦点レーザー螢光顕微鏡にて観察した。なお、二ユー口ンに対しては 抗Neurofilament抗体 、アスト 口サイトに対しては抗GFAP抗体を使用した。その結果,HTLV.I非 感染のラットにおいて、HAM抵抗性,感受性に関わらずニュー口ンの約20%、アスト口サイトの約 10%にIFN‑y陽 性像を認 めた。一 方、HTLV‑I感染LEWにおいては、ニューロンの60.8%がIFN‑Y陽 性像を示した。感染により陽性率が増加したばかりでなく、非感染時に見られたよりも強い陽性像が 認められた。それは、二ユー口ンの細胞質部分のみならず、伸長した軸索におけるIFN‑y強陽性像に より示されている。一方で、アストロサイトにはニュー口ンで見られたような感染によるIFN‑y陽性 細胞の 増加,強 陽性像は 観察されなかった。以上より、HTLV‑I感染後7ケ月のHAM抵抗性ラット脊 髄にお けるIFN‑yの主 要な産生 細胞はニュー口ンであることが明らかとなった。HAM感受性のWKAH ではLEWで見られたような感染によるニューロンでのIFN‑y産生亢進は確認されなかった。また、二 ユーロ ンのうち300 pLm以上の神経軸索伸長を示した細胞の割合を算定した結果,HTLV‑I感染LEW では非感染LEWに比較して神経軸索伸長を示した割合が2.25倍に増加していた。このような変化は HAM感受 性 で あるWKAHには 認められ なかった 。IFN‑YおよびIL‑12は神経軸 索伸長を亢 進するこ とが報 告されて おり、HTLV‑I感 染HAM抵抗性 ラットの 脊髄で認められたIFN.YおよびIL‑12 mRNA の発現の亢進が神経軸索伸長に直接または間接的に作用し,HTLV‑I感染LEWのニュー口ンの分化誘 導の要因となっているのではないかと思われた。
末梢血においてIFN:Yの発現の強カな誘導にはIL‑12が関与し、中枢神経系においてもIL‑12はミ ク口グ リアが産 生してい るとされている。WKAHの脊髄でIFN‑yが発現しない原因としてIL‑12の低 発現を考え、培養神経系細胞をりコンピナントIL‑12で刺激し、IFN‑yの産生が誘導されるか検討した。
そ の結 果 、HAM抵 抗 性LEWラ ッ 卜で はIL‑12の 添加 ま たはHTLV‑Iの 感染によ りIFN‑y産生が亢 進 するの に対し、HAM感受性WKAHで はその応 答がない ことが明らかとなった。さらに、その原因と してIL‑12の シグナル 伝達に重 要なIL‑12Rp2鎖の発現不応答性が確認された。したがって、HAM感 受性WKAHの 脊髄にお けるIFN‑yの低 発現にはIL‑12の低産生 のみならず、IL‑12とそのレセプター を介したシグナル伝達系の異常が関与していることが示唆された。
‑ 455 ‑
今後 、HAM感受 性ラ ット に認 めら れた 脊髄 におけ るHTLV‑Iに対するIFN.Yの反応性の欠如が HTLV‑I特異的なものなのか、他のウイルス感染時にも共通して認められるものなのかを確認する必 要がある。そして、WKAHラットに認めるIL‑12を介したIFN‑Yシグナル伝達系の分子機構に存在す ると思われる何らかの障害をさらなる検討によって解明することが、ヒトHAM/TSPに対しても病因 解明の一助になることと考える。
ー456―
学位論文審査の要旨 主査 教授 笠 原正典 副査 教授 佐々木秀直 副査 教授 瀬 谷 司
学 位 論 文 題 名
HTLV − I 感染に よる HAIN/I 感受性および 抵抗性ラットの脊髄における遺伝子発現の解析
ヒ トT細 胞 白 血 病 ウ イ ル スI型 (HTLV‑I) は 、 成 人T細 胞 白 血 病 の 原 因 ウ イ ル ス で あ る の み な ら ず 、HAM/TSP、 慢 性 関 節 炎 な ど 、HTLV‑I関 連 疾 患 と 総 称 さ れ る 自 己 免 疫 疾 患 に 類 似 し た 様 々 な 疾 患 を 引 き 起 こ す こ と が 知 ら れ て い る 。 当 教 室 では 、特 定の ラ ット 系統 、 WKAHラ ッ ト にHTI」v.Iを 持 続 感 染 さ せ る こ と に よ り 、15〜220月 の 潜 伏 期 間 を 経 て 、 ヒ トHAM/TSPに 類 似 す る 両 後 肢 の 対 麻 痺 、 尿 失 禁 を 特 徴 と す る 脊 髄 症 を 誘 導 さ せ る こ と に 成 功 し 、HAM/TSPの 動 物 モ デ ル 、HAMラ ッ ト 病 と 命 名 し 、 研 究 を 行 っ て き た 。HAM ラ ッ ト に お け る 神 経 病 理 学 的 所 見 は 、 胸 髄 を 中 心 と す る 白 質 変 性 、 脱 髄 で あ る が 、 有 意 な り ン パ 球 浸 潤 は な い 。HTLV.I感 染 後30月 日 以 降 か らHAM感 受 性 , 抵 抗 性 に 関 わ ら ず プ ロ ウ イ ル ス は 全 身 臓 器 に お い て 検 出 さ れ る が 、HAM感 受 性 ラ ッ ト の 脊 髄 に お い て の み 、 感 染 後70月 を ピ ー ク と し てHTIW.Iの 主 要 な 機 能 蛋 白 質 で あ るp40‐Tax蛋 白 を コ ー ド す るpX遺 伝 子 の 選 択 的 発 現 が 起 こ る こ と が 明 ら か と な っ て い る 。 一 方 、 イ ン タ ー フ ェ ロ ン
(IFN) ‐Yの発 現亢 進は 脳 脊髄 炎に 対し て有 害な 影響 をも たら すも のと 考え られ て きた が、 近 年 、IFN.yの 脳 神 経 炎 に 対 す る プ ロ テ ク テ ィ ブ な 作 用 に つ い て の 報 告 が 相 次 い で い る 。 本 研 究 で は 、HAM/TSPの 発 症 とIFN.Yの 関 連 を 解 明 す る た め に 、HTLV→I感 染 に よ っ て ウ イ ル ス メ ッ セ ー ジ の 急 激 な 発 現 亢 進 が 起 こ る 感 染 後70月 日 の 脊 髄 を 使 用 し ,HTIル ‐I 感 染 に 対 す るIFN.Yの 関 与 をHAM感 受 性 お よ び 抵 抗 性 ラ ッ ト と を 比 較 す る こ と に よ っ て 検 討 し た 。 そ の 結 果 、HAM抵 抗 性 ラ ッ ト で は 脊 髄 で のIFN.Yの 発 現 亢 進 を 認 め た がHAM 感 受 性 ラ ッ ト で は 認 め . な か っ た 。 そ し て 、HAM抵 抗 性 ラ ッ ト 脊 髄 に お い て 感 染 に よ り IFN‐Yの 産 生 が 誘 導 さ れ る 細 胞 は 、 主 に ニ ュ ー ロ ン で あ っ た 。 さ ら に 、HAM感 受 性 のWKAH ラ ッ ト で はIL.12レ セ プ タ ーD2鎖 のIL.12に 対 す る 不 応 答 性 が 認 め ら れ 、 こ れ がHAMラ ッ ト 病 感 受 性 の 一 因 と な っ て い る こ と が 示 唆 さ れ 、 ヒ トHAM/TSP発 症 に 関 し て もHTLV.I 感 染 者 の 脊 髄 局 所 で の 抗 ウ イ ル ス 性IFN.Y発 現 応 答 の 個 体 間 差 が 発 症 に 関 わ る 重 要 な 因 子 に な っ て い る 可 能 性 が 考 え ら れ た 。
公 開 発 表 に お い て 、 副 査 の 佐 々 木 秀 直 教 授 よ り 、 神 経 細 胞 の よ う に 分 化 し た 細 胞 か ら のIFN・yの 発 現 機 序 は 既 知 の 発 現 と 同 じ で あ る の か 、IL‐12、IL.12レセ プタ ー の発 現の 産 生 性 を 決 定 し て い る も の は 何 か 、 ヒ トHAM/TSPに お い て も 今 回 の 結 果 と 同 様 の こ と が 言 え る か に つ い て 質 問 が あ っ た 。 こ れ ら の 質 問 に 対 し て 申 請 者 は 、 ニ ュ ー ロ ン か ら のIFN‐Y の 産 生 の 機 序に つい ての 報 告が まだ され てい ない こと 、IL‐12の低 発現 の原 因. に 関し ては 、
‑ 457―
IFN‑y によ るIL‑12 産生 の誘導 の経路も存在するので結果的にIFN‑Y の HAM/TSP 低産生 がIL‑12 の低産生性を引き起こすと考えていること、ヒトHAM/TSP においてもIL‑12 レ セプターp2 鎖の応答異常が存在する可能性があるということについてなど概ね適切に回 答 した 。次い で、 副査 の瀬谷 司教授より、ヒトHAM/TSP においてIFN‑y の報告はある のか、HAM ラット病の発症の決定的要因がIFN‑y であると考えているのか、ラットの系統 差における遺伝子的背景はわかっているのか、脾細胞においてIL‑12 の刺激に対してIL‑12 レセプターp2 鎖の発現の系統差が生じているが、脾臓ではIL‑12 の発現の系統差は認めら れていなかったがそれはどう考えているのかという質問があった。これらの質問に対して も、ヒトHAM/TSP に関しては、現在のところIFN‑y の悪影響に関する報告が多く、プロ テクティブな作用に関しては未だ報告がなされてはいなぃこと、ラットの系統別による遺 伝子的背景はまだ不明であること、感染による脾臓でのIFN‑y の発現に変化が確認できな かったのは、脊髄よりも発現量が脾臓では高いためとし、逆に脊髄での発現量が微量であ ったため感染による微妙な変化を検出できたのではなぃかということなどほば妥当な回答 をした。最後に、主査の笠原正典教授より、IL‑12 に対するIL ー12 レセプターp2 の不応答 性に関する解析の今後の方向性とこの実験動物の解析を進めていくことがHAM/TSP の発 症のメカニズムの解明に重要であるとの助言を受けた。
こ の 論 文 は 、 HAM/TSP の 発 症 と IFN‑y の 関 連 につ いて 、 HTLV‑I 感 染に よる HAM 抵抗 性ラット脊髄におけるニューロンでのIFN‑y の誘導による保護作用、HAM 感受性ラットに おけるIL ー12 レセプターp2 鎖のIL‑12 に対する不応答性を明らかにしたことで高く評価さ れ、今後のIL‑12 レセプター p2 鎖の不応答性とヒト HAM/TSP 発症との関連性の究明が期 待される。
審査員一同はこれらの成果を高く評価し、大学院課程における研鑽や取得単位なども併せ 申 請 者 が 博 士( 医学 )の 学位 を受け るの に充 分な 資格を 有す るも のと判 定し た。
ー458ー