博 士 ( 地球 環境科 学) 林 寛 生
学位論文題名
An Observational Study of Inertial Instability in the Equatorial Ix/Iiddle Atmosphere (赤道中層大気中の慣性不安定に関する観測的研究)
学位論文内容の要旨
流体力学における不安定現象のーっに、慣性不安定がある。これは、回転流体中にお ける角運動量分布のしかたに起因する不安定で、回転軸に近づくほど角運動量が大きく なっているような場合に実現され、不安定を解消するために動経方向の流れが生じるこ とが知られている。地球大気では、極に近づくほど角運動量が大きくなっている領域で、
子午面内に不安定循環が発生すると考えられる。
地球大気中での慣性不安定に関して、Dunkerton (1981)は東西一様という理想化され た条件のもと、不安定によって誘起される擾乱場についての理論的な研究を行い、最も 現れやすいと予想される循環構造を示した。これ以降、理論的な研究もしくは数値モデ ルを利用した研究は多く行われているが、その一方で、観測データを用いた研究は非常 に少なく、現実大気における慣性不安定に関する知識は、事実上Hitchman et al. (1987) のみに依存していると言ってよい。Hitchmanらは、人工衛星による観測データを用い、
赤道下部中間圏に特徴的な温度構造( バンケーキ構造 と呼ばれる)を見出した。それは、
背景場の様子などから、慣性不安定循環によって不安定領域の境界に作られた温度擾乱 であると考えられた。しかし、彼らの研究は、使用したデータの制約により北半球冬季 に限られているなど、このパンケーキ構造に関してはまだ研究すべき問題点が多く残さ れている。さらに、慣性不安定の作り出す風速擾乱については、これまで信頼できるよ うな研究報告はなされていない。そこで本研究では、衛星観測、地上観測および客観解 析データを総合的に用いて、慣性不安定が誘起する温度場や風速場に関して、その擾乱 の構造や性質などについて明らかにし、Hitchman et al. (1987)以降の新たな知識を得る ことを目的とした。
まず、人 工衛星UARSに 搭載された 測器Cryogenic Limb Array Etalon Spectrometer
(CLAES)が観測した温度データを解析することにより、慣性不安定によって作られる温
度擾乱(パンケーキ構造)に関する研究を行った。その結果、赤道成層圏界面付近におい て、約10 kmの 鉛直スケ ールを持つ パンケー キ構造が 、南北両 半球の冬季間に数回出 現していることが確かめられた。それは経度方向に非常に局所的な構造をしていて、約 一週間持続していた。また、簡単な鉛直方向のハイバス・フィルターを用いることで、
Denkertonの研究で理論的に予想されたように、赤道とは逆位相のバンケーキ構造が中
緯度域(30°‑40°)に存在していることを発見した。このことは、バンケーキ構造が慣性不
安定に伴う現象であるということを強く裏付けている。一方、イギリス気象局から提供 された成層圏解析デ一夕を利用して、慣性不安定の指標になると考えられているポテン シャル渦度を計算し、バンケーキ構造が観測される時期の背景場の様子について調べた。
その結果、冬半球中緯度のプラネタリー波の活動性が大きくなり、その影響が赤道域ま で及ぶこと、っまり、プラネタリー波の砕波が原因で、赤道付近の慣性不安定な領域が 局所的に中緯度付近まで引き延ばされることがわかった。また、その局所的に大きくなっ た不安定 領域は、CLAESで見っかったバンケーキ構造と出現時期・場所がほぼ一致して いることも確認された。
次に、Kwajalein(8.7N,167.7E)における口ケットゾンデの観測データと人工衛星Nim― bus7に搭載された測器Limb Infrared Monitor of the Stratosphere (LIMS)の観測デー タを組み合わせて、慣性不安定が引き起こす風速擾乱に関する研究を行った。LIMS観測 期間(1978/10‑1979/5)における口ケットゾンデの水平風速データを、成層圏界面付近の 高度で詳 しく解析したところ、Dunkertonの理論から期待されるような、東西風と南北 風の擾乱 が逆位相の 関係を示 すケース が見っかった。その時のLIMS温度データを調べ ると、風速擾乱と同様の鉛直スケール(約10 km)を持つバンケーキ構造が、Kwaj aleinの 位置する経度付近で、赤道上と中緯度域の両方に現れていることがわかった。また、水平 風擾乱と パンケーキ構造の間には約90度の位相差が見られたが、このことはDunkerton の理論的な予想とよく一致しており、この水平風擾乱が慣性不安定によって誘起されたも のである可能性は非常に高い。このように東西風擾乱と南北風擾乱が逆位相を示すケー スは、LIMS観測期間以外でも確認されており、それは明らかに北半球の冬季に偏ってい ることがわかった。しかし、Kwaj alein以外の観測地点における口ケットゾンデデータを 解析すると、同様の水平風擾乱が見っかることは非常に少なく、季節性もはっきりしな い。このような慣性不安定循環の出現に関する季節性および地域性は、中緯度プラネタ リー波の砕波が冬季間にある特定の経度帯で発生しやすいことに起因していると考えら れる。
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学位論 文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 助教授 教授
塩谷 久保川 向川 林
雅人 厚 均
祥介 (大学院理学研究科)
学位論文題名
An Observational Study of Inertial 工 nstability 1ntheEquatorialMiddleAtmosphere
(赤道中層大気中の慣性不安定に関する観測的研究)
流体 力 学 にお け る 不安 定 現 象の ー つ に 慣性 不 安 定が あ る。これ は、回 転流体中 におけ る 角 運 動量 分 布 のし か た に起 因 す る不 安 定 で 、回 転 軸 に近 づくほ ど角運 動量が大 きくなっ て い る よう な 場 合に 実 現 され 、 不 安定 を 解 消 する た め に動 経方向 の流れ が生じる ことが知 ら れ て いる 。 地 球大 気 中 での 慣 性 不安 定 に 関 して は 、Dunkerton (1981)以降、さ まざま な理 論 的 な研 究 が おこ な わ れて き た が、 実 際 に その よ う な不 安定現 象が現 実大気中 に存在す る の か につ い て の観 測 的 な研 究 は 非常 に 少 な く、Hitchman et al. (1987)がほ とんど 唯一の も の であ る 。 彼ら は 、 衛星 観 測 デー タ を 用 い、 赤 道 下部 中間圏 に慣性 不安定に よって作 ら れた と考えら れる特 徴的な温 度構造 ( パンケーキ構造 と呼ばれる)を見出した。しかし、
彼 ら の研 究 は 使用 し た デー タ の 制約 に よ り 北半 球 冬 季に 限られ ている など、こ のパンケ ー キ 構 造に 関 し ては 研 究 すべ き 問 題点 が ま だ 多く 残 さ れて いる。 さらに 、慣性不 安定の作 り 出 す 風 速 擾 乱 に つ い て は 、 こ れ ま で 信 頼 で き る よ う な 研 究 報 告 は な さ れ て い な い 。 本 研 究 で は 、 衛 星 観 測 、 地上 観 測 およ び 客 観解 析 デ ータ を 総 合的 に 用 いて 、 慣 性 不安 定 が 誘起 す る 温度 場 や 風速 場 に 関し て 、 そ の擾 乱 の 構造 や性質 などに ついて明 らかにし 、 Hitchman et al. (1987)以 降 の 新 た な 知 識 を 得 る こ と を 目 的 と し た 。 ま ず 、 人 工 衛 星UARSに 搭 載 さ れ た 測 器Cryogenic Limb Array Etalon Spectrometer (CLAES)が 観 測 した 温 度 デー タ を 解 析す る こ とに よ り 、慣 性 不 安定 に よ って 作 ら れる 温度 擾 乱(パ ンケー キ構造) に関する 研究を 行った。 その結 果、赤道 成層圏 界面付近 において 、 約10 kmの鉛 直 ス ケー ル を 持っ パ ン ケ ーキ 構 造 が、 南 北 両半 球 の 冬季 間 に 数回 出 現 してい る こ とが 確 か めら れ た 。そ れ は 経度 方 向 に 非常 に 局 所的 な構造 をして いて、約 一週間持 続 し て いた 。 ま た、 簡 単 な鉛 直 方 向の ハ イ パ ス・ フ イ ルタ ー を 用い る こ とで 、Denkertonの 研 究で理 論的に 予想され たように 、赤道 とは逆位 相のパ ンケーキ 構造が 中緯度域(30°‑400) に 存 在し て い るこ と を 発見 し た 。こ の こ と は、 パ ン ケー キ構造 が慣性 不安定に ともなう 現 象 で ある と ぃ うこ と を 強く 裏 付 けて い る 。 一方 、 イ ギリ ス気象 局から 提供され た成層圏 解
析データを利用して、慣性不安定の指標になると考えられているポテンシャル渦度を計算 し、パンケーキ構造が観測される時期の背景場の様子について調べた。その結果、冬半球 中緯度のプラネタリー波の活動性が大きくなり、その影響が赤道域まで及ぶこと、っまり、
プラネタリー波の砕波が原因で、赤道付近の慣性不安定な領域が局所的に中緯度付近まで 引き延ばされることがわかった。また、その局所的に大きくなった不安定領域は、CLAES で見っかったパンケーキ構造と出現時期・場所がほぼ一致していることも確認された。
次に、Kwajalein (8.7N,167.7E)におけるロケットゾンデの観測データと人工衛星Nimbus7 に搭載された測器Limb Infrared Monitor of the Stratosphere (LIMS)の観測データを組 み 合わ せて 、慣 性不 安定 が引 き起こす風速擾乱に関する研究を行った。LIMS観測期間 (1978/10−1979/5)におけるロケットゾンデの水平風速データを、成層圏界面付近の高度で 詳しく解析したところ、Dunkertonの理論から期待されるような、東西風と南北風の擾乱 が逆位相の関係を示すケースが見っからた。その時のLIMS温度データを調べると、風速 擾乱と同様の鉛直スケール(約10 km)を持っパンケーキ構造が、Kwaj aleinの位置する経 度付近で、赤道上と中緯度域の両方に現れていることがわかった。また、水平風擾乱とパン ケ ーキ構造の間には約90度の位相差が見られたが、このことはDunkertonの理論的な予 想とよく一致しており、この水平風擾乱が慣性不安定によって誘起されたものである可能 性は非常に高い。このように東西風擾乱と南北風擾乱が逆位相を示すケースは、LIMS観 測期間以外でも確認されており、それは明らかに北半球の冬季に偏っていることがわかっ た。しかし、Kwaj alein以外の観測地点におけるロケットゾンデデータを解析すると、同 様の水平風擾乱が見っかることは非常に少なく、季節性もはっきりしない。このような慣 性不安定循環の出現に関する季節性および地域性は、中緯度プラネタリー波の砕波が冬季 間 に あ る 特 定 の 経 度 帯 で 発 生 し や す い こ と に 起 因 し て い る と 考 え ら れ る 。 申請者がおこなったデー夕解析は緻密かつ巧みであり、結果の解釈の明解さとあいまっ てその研究成果は高く評価できる。また、誠実かつ粘り強く研究に取り組む姿勢を持って おり、今後、独立した研究者として能カを発揮していくことが期待できる。よって審査員一 同は申請者が博士(地球環境学)の学位を受けるのに充分な資質を有するものと判定した。