■弘前大学哲学会 (論文)
看護職者の成長に関わる経験の意味を考える
‑ " マニュアルと気づかい"の関係か ら‑
川 崎 くみ子
Ⅰ.は じめに
看護を天職 とした近代看護の創始昔であるフロー レンス ・ナイチ ンゲールは、その教え の小で人格形成 と自己修 養を強調 している。 ケアの概念 を包括的に取 りあげた ミル トン ・ メイヤ ロフは、その著のなかで、 「ケア とは、和手が成長 し自己実現す ることを助 けるこ とである。その過程は人に関与す るあ り方であ り、成 長す るものである」、また 「他の人々 をケアす ることを通 して、その人は自分の生の真の意味を/仁きている」1)とケアの諸性格 を展開 しつつ、 「ケア によって 自らも成長 してい く」 とい うこ とを論 じている。 また、看 護については、その国の文化や時代の影響 を受 けなが ら、多 くの人々によって定義がな さ れている。60年以 l二にわた って看護の世非に多人な貢献を したヴァージニア ・‑ ンダー ソ ンは、その著書の小で、 「看護婦の独 白な機能は、病 人であれ健康 人であれ各 人が、健康 あるいは健康の回復 (あるいは平和な死)に資す るよ うな行動をす るのを援助す ることで ある。 この援助は、その人ができるだ け早 く自立できるよ うに し向けるや り方で行 う。」 2)
と述べている。 さらに、右護ケアの構成要素をなす患者の14の基本的ニー ドを明 らかに し、
看護の技術 (art)を強調、看護の実践は医師か ら独立 した もの と考えるな ど、現在、彼女 の業績 は看鷹の哲学 として位置づけ られている3)。 また、‑ ンダーソンを支持 し、人間に ついて豊かな意味づ け と広い理解 を′Jミしなが ら、気づかい (ケア リング) を看護実践 と関 連づ けて記述 したパ トリシア ・ベナーの業積 4)には さらに注Hしたいo彼女は、‑ ンダー ソンの 「石護師は、看護実践 を通 じて知を育んでい く」 5)とい う主張を、『現象学的人rhr]論 と石護』 のなかで、確認 し拡張 しよ うと試みている。知が実践 の小で どのよ うに育まれて い くのか、様々な臨床例 を通 じて示そ うとしているti)。 よ りよい看護実践 をめざす上で、
看護実践 を気づかい (ケア リング) と関連づ けて記述 し、看護師が成長す る過程 を明 らか にす ることには大きな意味がある。看護理論の基礎 となる知識は、看護実践 の根拠 となる 知識であ り, 一つひ とつの実践 を確認す るrTlで、理論の体系化が r朋 巨となるのではないか。
ベナ‑の著書は多 くの示唆 を与えて くれ る と考える。
本研究では、ベナ‑の主張 を支持 し、筆者 LL」身の臨床経験 をもとに、看護師の気づかい (ケ ア リング) と看護実践 に用い られ る知識 ・技術 (マニュアル) との関係か ら、考察 を加 え る。
看護実践 で用 い られ る最 も基本的な知識や技術 は、病棟 の看護手順や指導用 のパンフ レッ トなど ("マニュアル"と呼ぶ)として作成 されている場合が多い。本稿では、「マニュ
ー 1 ‑
アル」を、看護実践において 目標達成のために必要 とされ る基本的な知識や技術、看護手 順、指導用 のパ ンフ レッ トな どの総称 として用いる。P.ベナ‑が言 うところの初心者 (学生 も含む)や新人看護師 (勤務交代者 も含む)が、その看護場面を適切に把捉 ・判断 し、看護を実践す るための道 しるべ となるものであ り、彼 らに とっては必要不可欠な もの と捉えている。
Ⅱ.看護における気づかい
メイヤ ロフやベナーが用いる 「ケア/ケア リング」に和 当す る言葉 として、本稿では
「気づかい」とい う言葉を用いている。 日本語には、他に 「女硝己り」「気働 き」「配慮」「心 遣い」 「察す る」な ど、ニュアンスに若十の違いはあるものの、「相手に対 し、周囲の状況 に対 し、注意を向けてあれ これ思い煩い心配 し、行動す る」 とい う意味の 言葉がある。い ちいち言われな くとも気づいて行動できることを良 しとす る日本独特の文化の表れ とで も 言えるのだ ろ うか。相手のことを気づかい、その人に とってよい結果が得 られ るよ う、今 自分ができることを実行す る。 この精神は、人間関係 を構築 し維持 してい くために必要な 要素であ り、私 自身が大切に したい と考えている人間 としてのあ り方で もある。看護実践 の要 ともなる人間関係の構築にあた り、巾心に据え られ るあ り方であることは言 うまで も ない と考える。
メイヤ ロフは、 「ケアの概念 とは、比較的長い過程 を経て発展 してい くよ うな他者 との 関わ り方について言 ってお り、ケアす る人、ケア される人に生 じる変化 と共に成長発達を 遂げる関係を指 している」7)と、述べている。 また、ケアの関係において相手をどのよ う に とらえるか とい う点については、「差異の中の同一性」8)と表現 し、自分 とは別の存在 と 感 じなが らも同時に一体 をな している ととらえている。言い換 える と、"あなたは掛 け替 えのない‑‑一一個人であ り、私 も同 じ 一個人である。 しか し、私はあなたの思いや苦痛をあな た と同じように経験 しうる存在で もある" と表現できるのではないか。ケア しケア され る 関係においては、お互いの存在を尊重 しあい尚かつ同 じ土俵に立って理解 し合い、ケアが 展開され るのである。
ベナ‑は 「熟練看護師が柔軟で多彩な働きかけが可能なのは、患者の置かれた状況に自 ら巻き込まれ関与 しているか らである」9)とし、単なるテクニ ックと科学的知識だ けでは不 十分であ り、気づかいが必須条件である と強調 している。患者の置かれ状況に 自ら巻き込 まれ関与する とは、 自らが同 じ経験 をな しうる存在 として患者に関わることであ り、患者 が生き抜いている体験 としての病気を理解す ることと考える。 このよ うな気づかいによっ て、看護師はその患者に必要な働きかけを兄いだす ことができる し、患者が示す些細な反 応 も見逃す ことな く察知できるのである。 「気づか う」 とい う言葉には、その相手 となる 人 (他者であれ、 自分 自身であれ)や事物を大切に思 う気持ちが込め られている。その気 づかいによって、人は関心を持ち動機づ けられ、ある行動が可能になるのである。また気 づか うとい う場は、信頼関係を創 り出 し、援助を受ける者に気づかわれている とい う感情 を呼び起 こす。人はその存在を認め られ ること、病気体験 を理解 して もらえることによっ
て、た とえ絶望的な状況にあって さえ癒 され、新たな対処行動が兄いだせるのである。
松木は、「看護に対す る考えは、関わ る人r壬肌こついて どの よ うに考 えているかに大き く 影響を受ける」 10)と述べ、看護過程におけるデータの収集は、その看護師が患者の何に注 目するか、 ど うい う看護観に基づいているかに係 っていると強調す る。つま り、看護師が 患音の何を気づか うかによって、収集 され るデータに違いがでて くるとい うことである。
その看護師が疾患にこだわれば、証明できない患者の訴えは切 り捨て られ る可能性がある し、過去の経験にこだわ りすぎれば 「手術の創は痛い もの」 と、その訴えを軽視す るか も しれない。
私達看護師には、患 者の病気体験を理解するため、専門的な知識や技術をフルに活用 し なが らも、それ らに囲執す ることな くデータを収集すること、患者が示す様々な反応をあ
りのままに受け lLめることが求め られている。主観客観に固執せず、あ りのままを受け止 める所か ら看護は始まるのであ り、そ こに気づかいがあ り、患者の病気体験に巻き込まれ る看護師がいるのだ と考える。
Ⅲ.看護におけるマニュアル 1.一般的なマニュアル
「マニュアルmanual」は、 一般的に 「手引き ・取 り扱い説明書 ・便覧」 とも言われ、「初 心者を教 え導き、手ほどきをす るための書物 ・見るのに便利なよ うに簡明に作 った冊子」
などを意味 している。私たちの 日常′仁活の小には、様々なマニュアルが存在する。家庭 に ある電化製品、例えば電 子炊飯器、電子 レンジ、洗濯機、 どれを とって も、最初に用いる 場合、お1昭利こなるのが説明書であろ う。パソコンや携帯電話に至っては、頻繁にお世話 になってお り、その内容は、一 般的な使い方か ら、困った ときの対応まで、懇切丁寧であ る。全 く初めての人間に とって も、わか りやすい説明書が多 くなっている とも思 う。
それまでの情報を分析 し、様 々な問題を想定 した対応を盛 り込んだ結果であろ う。
また、コンビニエンスス トアやマク ドナル ドな どのいわゆるチェーン店の従業員にも、
接客マニュアルの存在を感 じることが多い。例えば 日本マク ドナル ド株式会社の場合、成 長の大きな要L*Jtなっているのはが 「接客サービス」であると言われている。マク ドナル ドは 「心のサービス概念」を徹底的に追及 し、独 白のシステム としてサービスのマニュア ルを完成 させた11)。マク ドナル ドのマニュアルはシンプルでわか りやす く、蓄積 されたノ ウハウ、完成度 の高いマニュアルの存在がある。マニュアルを通 じて知識 ・経験を共有す る。つま り、最低基準の統一をマニュアルによって行 うことを大原則 としている。マク ド ナル ドの基本ポ リシー12)の中には、「ひ とりひ とりのお客様に最大限の満足 を
」
「お客様 へのスマイルを忘れずに、お客様が今望んでいることは何かを念頭に置きなが ら行動する」とい う内容がある。また、「人 と人 とが触れあ う接客の場では、型にはま らないサー ビス が求め られる」 ともある。決 してマニュアル通 りの行動で良 しとはせず、マニュアルを活 用 し、その とにたって従業員 一人ひ とりが創造的な仕事を してい くことが求め られている のである。パー トタイマーやアルバイターの接客サービス活動における個々人の成長を尊
垂 した運営 といえるのではないか。
以上、私たちの身近に存在 している多 くのマニュアルか ら、次の よ うな点を兄いだす こ とができる。
① マニュアルは、誰 もが (初心者であろ うと)使 えるものである。
② マニュアルには、必要最低限の内容が使いやすい よ うに示 されている。
③ マニュアル によって最低基準が統 一され 、多 くの人に適応できる。
④ マニュアルに示す 内容は、多 くの知識や経験か ら導き山 されてお り、常に成長 を続 けている。
⑤ マニュアルは浦川す るものであ り、LAlわれ るものではない。
活用の什方は、 個人の姿勢 ・成長 に係 っている。
2.看護実践の場におけるマニ ュアル
「看護におけるマニ ュアル」は、初心 者 (学ll:̲も含む)や新 人看護師 (勤務交代者 も含 む)が、ひ とりの患者の看護過程 を展開す る際、その場 血を適切に把握 ・判断 し、看護を 実践す るための道 しるべ となるものであ り、彼 らに とっては必要不 吋欠な ものなのである。
何故な ら、私たち看護師には、た とえ初心者であろ うと、患者を守る義務があるか らであ る。巾西 らは、「看護管理 の担い手は看護師 白身である」 としなが ら、 「看護職は、看護の ための職場環境や条件 を整 え、それ によって よ りよい看護ケアが提供できるよ うに専門職 として努力す る責任を持 っている。」 13)と強調 している。看護は、様々な環境 (社会、経 済、医療な ど)によ‑)て影響 を受 け、尊門的な知識や技術 において も日進ノ」歩であ り、実 践の場は‑一定ではない。加 えて、人事の側面か ら、た とえ経験年数が10年以上であって も、こ れ までの経験 とは全 く別 の分野への勤務交替 もあ り得 る。毎年多 くの新 人看護師が人職 し て くる看護部では尚更である。 この よ うな現状において、看護の水準を 一定に保ち 「患者 の権利」 を守 ってい くためには、可能な限 り看護実践 の内容を文字化 した基準や方針、 手 順な どいわゆ る 「マニ ュアル」が必要 となって くるのである。そ して この点に、看護実践 の場におけるマニ ュアルの必要性が 兄いだせ る と私は考 えている。
しか し、マニ ュアルに よって個々の患宵の権利やニー ドは本 当に満た されているのであ ろ うか。
個別的な看護を考 える とき、私達看護師には、 ・人ひ とりの患者に とっての病気の意味 を理解す ることが求め られているのは明 らかであ り、看護の一定水準 を示すマニュアルか らだ けでは得 られない答 え と考 える。ベナーは、 「もっ とも優れた看護実践 に触れ る巾で、
あるいは実践 してい く中で、我々は 自分たちがl司じ運命 ・経験 を共有す る人間の 一員であ ること、それぞれの関心 と人間関係 によって 自らのあ り方を規定 され る存在であることを 発見す る」 と、そ してその看護師が、 「自分 もあなたや あなたの家族 と同 じ苦 しみ を経験 す るこ とがあ り得 る と思っている」 と伝 えることが重要だ と感 じている。 14) っ ま り、看 護を実践す る私たち ・人ひ とりが、 自分 もr司じ苦 しみ を経験 しうる人間 として患者の気づ かいを感 じる、その事を忘れない よ うな努 力が求め られているのだ と考える。
ベナ‑は、看護実践 に必要な事柄 として、①観察 力の鋭 い臨床判断 (塾高い技能 による 医学 ・看護介入の実施 ③ ケア リングの人間関係構築 ④ 多専門職‑ル スケアチーム との 協働15)を上げているOこれ らは、患者個 々の'xJtづかいに注 目し看護を実践す る際必要 となっ て くる事柄であ り、 よ りよい看護実践者を育成す るために注 目すべ き点である と考 える。
看護マニュアルは、 この小の臨昧判断や看護介入の実施 にあた り、私たちの手助 け となる 役割 を担 っている。すなわち、看護マニュアル を用いる場面 には、患宵自身の気づかい ・ 看護師 白身の気づかいが必ず存在 している とい うこと、 これ らの気づかいによってマニュ アル (専門的知識や技術)は変化す るt朋 帥巨のあることが理解できるO看護師 自身が何 を 気づか って看護を実践 しよ うとす るのか、 この点がマニュアル を単なる手引き とす るかイ阿 別的ケアにす るかの分かれ道 になっているのではないか。
看護 におけるマニ ュアルの存在は、看護の最低 レベルを維持 し、患者を安全に守る とい う点において必要不【寸欠であろ う。 しか し、 どのよ うに用 いるか については、看護師個々 の人間観、人fL観、看護に対す る考 え方に拠 ってお り、 口々の看護実践の中では表だ って 見えに くい部分 と考 え られ る。つ ま り 「落 ちのない什事」を している場合 に、他の看護師 には何の問題 もないよ うに見えて しま うとい う落 とし穴がある。実は、患者や家族 にはよ く見えていることなのだが、残念なが らなかなか表現 されない部分なのである。科学的な 根拠 に基づいて構築 された看護の知識や技術ではあ って も、それ らを用いる人間の気づか いによって初 めて牛か され るのだ と考 える。
Ⅳ.看護実践 を支 える技術
私が学生時代に受 けた技術教育で印象に残 っているのは、「あなた方は どんな朕 を受 けて きたの」「あなた方の生活 と患者の生活は違 うものなの」「手順 はあっているけど、何 を考 えて行動 していたの」 とい う教官の言葉である。確か に ・つひ とつの動作はぎこちな く、
未熟であった。 しか し、今振 り返 ってみ る と、テキス トで学んだ技術の 手順 を丸暗記 し、
その通 り行動 しよ うとしている私たちの考え方、姿勢に対す る注意であった と理解できる。
技術が展開 され る場面に必要な ものは何か、 手順 をなぞるだ けでは患音は幸せ になれない、
その ことを教官は問いか けていたのだ と思 う。
看護実践 の巾心 となる技術 の習得 について考える とき、 日本 古来の様 々な伝統芸道や匠 の技が思 い浮かぶ。生Uj16)は次のよ うに述べている。伝統的な 「わ ざ」の習得 における大 きな特徴の ・つは、各 「わ ざ」 に固有の 「形」の 「模倣」か ら出発す る点にあ り、その繰 り返 しの巾で学習者は習熟に向か う。教授 (習得)方法は、非段階的な学習方法 を とって お り、初心者 も L級考 も同 じ 「わざ」を稽古す るが、上級者はその稽 古の巾で llらの 目標 を生成的に豊かに している。模倣 を繰 り返す 巾で、その 「わ ざ」の意味や価値 を考 え られ る様 にな り l二体的に行動できるよ うになる とO
この よ うな 日本ltJ一乗の 「わ ざ」の習得 の中に、 「看護実践 を支える技術」の成長のあ り 方 を学ぶ こ とができるのではないか と考 える。例 えば、 「血圧測定」技術 の学習過程 を考 えてみ る。最近はデ ジタル タイプで、指 を入れ る と勝手に測定す る便利な血圧計が多 く山
回っている。 しか し、学生が初めて手にす る血圧計は、マンシェッ トを巻 きカフを用いて 加圧 し、圧をゆっくり下げなが ら、聴診器で音の変化を聞き取 り、血圧の値 を読むタイプ である。学4‑.は、 「血圧 とは」 とい う知識に始ま り、マンシェ ッ トの巻 き方か ら聴診器の 用い方の手順や音の聞き取 り方に至るまで、「血圧測定」に必要な 「手順や形」を学ぶ。そ して実際に血圧測定を練習するのだが、聴診器か ら音は聞こえず、何度 も圧をあげるため ついには患者役の学年二か ら苦痛を訴え られて しま う。 「何故上手 く測定できないのか」 と、
何度 も測定を繰 り返す 中で学生は考え、マンシェッ トの巻き方や聴診器のあて方、加圧や 減圧などのこつが、少 しずつ実感できるよ うになる。次は受 け持ち患者の血圧測定である。
「血圧測定」のこつを習得 したはずの学生が、実際に病み苦 しんでいる患者を前に再び上 手 く測定できない 自分 と向き合 うことになる。学生は、 「ど うした ら素 【ilく正 しく、苦痛 を与えずに測定できるのか」、患者の状況に応 じた測定の仕方を考えなければな らない。 こ の様に 「看護実践を支える技術」を習得 し成長す るためには、初心者がは じめて看護実践 を展開 した場面で、何 を感 じ何を考え行動 していたのかを明確に自覚す る必要がある。 自 覚することによって新たな 目標が見出され、次の段階‑踏み山す ことが=†能 となるのでは ないか と考 える。
氏家 らは、 「看護技術 は人間愛に基づいて、科学的思考によ り熟練 した技で行 う行為で あ り、その行為はつねに創造性を発揮す るものである」 17)と述べ、看護行為を科学的な も の と認識する立場を とりなが らも、全体的には和手を思いや る心情を表現 した専FTW勺なart
としての技術であ りたい と結んでいる。 さらに、看護技術に影響 を及ぼす因子 として、「看 護哲学 ・看護観 ・生活」や 「技術の概念 ・医療技術 ・関連諸科学 ・看護行為」をあげてい るが、前者は看護師個々の考え方・生き方を示 してお り、患者をいかに気づか うか とい う 点に関わるl大l子 と考え られ る。 また、後者はその看護技術に関連 した専門的な知識 ・技術 であ り、患者に対す る気づかいをいかに実践できるか とい う点に関わる因子 と考え られ る。
つ ま り、「看護師がいかに患者を気づか って必要な情報を得、その状況に必要な技術 を見 極め、熟練 した技 としての技術を提供できるか」が、看護実践の場に大きく影響 している と理解できる。患者に提供 され る看護技術は、単なる手順や形の再現 としての技術ではな く、多 くの要素が関わ り合 っては じめて展開 され る技術であ り、その要素は個々の看護師 の中で成長 し続 けてい くもの と考える。
ベナ‑は、看護の達人性を育成す るためには、経験的学習 と実践知識、そ して理論知識 が必要である18)と強調 している。看護実践 の場面には‑一つ として同じ状況はな く、実践 に よって影響を受ける相手がいる とい う点で、伝統芸道の 「わざ」の型 を 「模倣」す る学習 方法がそのまま当てはまるわけではない。 しか し、初心者がは じめての場面で手助けにな るのがマニュアル (その場両で一般的に必要な専門的知識や技術)であ り、そのマニュア ルを丁寧になぞる ところか ら経験的学習の一歩が始まっている とい う点では、習得の過程 に共通点がある と考える。つま り、初心者はマニュアルを実践す る巾で多 くの気づきを得、
それに伴 う実践知識や理論知識を学ぶ ことによって、次にはその学びを̲/+こか した実践が可 能になって くる。 この繰 り返 しの中で、看護師は次の目標 を明確に し成長‑の過程 を歩む
ことが 口†能 となるのではないだ ろ うか。看護実践 に関わ るマニュアルを単になぞ り、技術 の手服 をそのまま再現す るだ けでは、 このよ うな成長は期待できない と考える。
「技術」、 「わ ざ」 とは、 単なる知識や手順 の羅列をなぞ る ことではな く、示 され た知識 や手順 の行間に何かを認め、 どのよ うに実践す るかを考 え、それ らを行動 に移す ことで成 立す るもの と考 える。
Ⅴ.実践の中にみ る看護師の成長
ベナ‑はその著書の巾で、 「専門知識や技術 は、現実の実践現場 において臨床家が命題 や仮説お よび原理 に基づいた期待 とい った ものを検証 し洗練す ることによって発展す る。
経験は、あ らか じめ持 っている考 えや期待 にい どみ、洗練 させ、 もしくは現実状況によっ て否認 され ることで結果 として̲/i・‑.じて くるものであ り、それゆえ専門知識 ・技術 の必要条 件 と言える。」 19)と述べ、看護師の成長 を考 える とき、臨床実践か らの学びを明 らか に記 述す ることがいか に重要かを説いている。それ は、新人ナース と達人ナースの問題解決の 中に兄いだす ことができる。
以下の事例 は、筆者が外科病棟で研修 を していた ときの山来車である。研修期間中の筆 者 と先輩看護師 との、観察 に伴 う判断の違いや実践 力の違いを示す。
【事例 1.手術甫後 の患者の観察】
その 日、大腸がんの手術 を受 けたB氏は、麻酔か らの覚醒状態 も良 く病棟‑帰室 してき た。担 当である私 は、術蕃後の患者を観察す るマニュアルに沿 って、30分 ごとにB氏のバ イ タルサイ ン (体温 ・血圧 ・脈拍 ・呼吸な ど)を測定 していた。帰室後1時間までは、特 に変化 もな く、B氏は落ち着いているよ うに見えた。 しか し、その後観察 のたびに少 しず つ血圧が低下 し、脈拍 も速 く微弱にな ってきた。何かが患者に起 きているよ うだ、 とい う 不安 に駆 られ、ガーゼ を見た り、 ドレ‑ンか らの廃液を見た り思いつ く限 りの観察 を した が、 これ とい った異常が見つか らないO思いあまって先輩看護師に相談 した ところ、す ぐ B氏の もとを訪れ、簡単な (私 にはそのよ うに見えた)観察 の後、 「腹部内で出血 してい るか もしれない」 との判断を下 し、至急主治医に報告す るよ う指示 を出 したO まもな くB 氏の再手術が決定。急いで準備をす る巾で、先輩看護師は、B氏 の腹部 に触れて見るよ う 私 に促 した。ガーゼ にばか り気を とられていた私 は、ガーゼ の下の腹部が硬 く張 っている ことに全 く気づかなか ったのである。その後B氏は無事再手術 を終 え、順調に回復 された。
【事例2.初めてス トマケアに関わ った 目】
私は、それ まで何度か先輩のス トマケアを見学 し、必要物晶の使い方、手順、注意点な どを しっか りと頭 にいれていたっ も りであった。受持患者のス トマ造設は、明 日。マニ ュ アルに則 って、患者 と共に順調に準備 を進めてきた。
その 日の午後、ナースステーシ ョンには私 しか居 らず、ナースコールが鳴 った。2週間 前 ス トマ造設 を したMさんか らである。受話器 を取 る と、 「大変、助 けて !」と悲鳴 に も
似たrLl'が耳に飛び込んできたO急いで病宅‑ 向かった ところ、あた りには仕臭が立ちこめ、
掛 け物に隠れ るよ うに桃 になっているMさんを雅 兄 したのであるO いったい付が起 きたの か?急いでベットサイド‑寄 り.Mさんに声 をか けるU ど うも日が党めた ら、便だ らけで 寝ている[']分 に気づ き、び ‑〕くりして呼んだ とい うのである.掛 け物 をrJtr・Jけ、腹部を見る とパウチか ら便が湘れ 、)糾川がひ どく汚れている. 自分で何 とか しよ うと思 い、 とりあえ ず汚れ を拭 きなが ら、「パウチが剥がれ たのか?」 と観察す るが、Ji'畑 にしっか りと稜fi'
している。「何故だろ う?」、融の巾は貫っ「=こな り、次の行動がでて こないO ス トマケア の指蝉 を受 け始 めたばか りのMさんは、そんな私の対応 に強い不安 を′Jミし、「.縦か他 の人 呼んだ ら‑ ・」 とo確かに仏 日身の手に余る状況であるO私は、Mさんをそのままに し て、先非を探 し相談 した. 先礎は、すぐ私に清拭の準備 を指′Tミし
、
[]らは熱いお脱 とスト マ用lV̲卜を手に病室へ向かったD準備を して訪基す る と、先輩は、熱いお汝で腹部 を枯拭 し ながらス トマケアを始めていた.「人変 で したねDびっくりしたで しょう.で もごn分で パウチを開 け られるようにな ‑Jたんですね。」 とMさんに声 をか けているoそこで私は何 が起 きたのか よ うや く坤解できたのであるoひ とりでパウチか ら便を川す よ う指導された Mさんは、その少 し前 トイ レで使の処即 をしていた。 きれ いに したパウチを、腹部のスト マ周州に貼ってある上台に止める際、 しっか りとIr・.めなかったのがIj;l個 で、女もづかずその まま眠 り込み 、ゆるんだ所か ら快が漏れだ して しまったのであるO私は、ス トマケアを終 えた先輩 とlt・に、Mさんをいたわり励 ま しなが ら清拭 を し,汚れた衣類や寝貝 を交換 したOナースステーシ ョン‑戻 り、北部か らいろいろ とアドバイ スを受けたが、初めて経験す る技術であったこ と‑の判断の廿さと、ストマケア の
【
立に向けがんばっているMさんへ の配慮のな さが悔いとして残った。【考察】
これらの串例は私l:1身の経験であるが、20数年を経た今で も記憶が鮮HJJである。特に,
患者を前に して手も足 も出なかったあの瞬rHlは、忘れ られない。光琳宥#師の鮮やかな対 応 も心に刻まれているoノ!?・'t珊f・代 よ りも実践 の場にでてか ら多くを学んできた と
,
払 う。所 屈 した病棟の特殊性 を肺 まえた多くのマニュアル を締 りに、H々の患肴 とのかかわ りの中 で知識や技術 を身につけて きた。ひ とりの患R と向き合 うたびに、マニュアルだ けでは どうに もな らない現実を実感 してきたO
事例1において、私 は術後恩許の観察についてのマニュアル を用いなが らも、Fl分な り の判断ができるよ うになっていた。開腹術 を受けた患満の観察 に必要なポイン トを碓認し、
場に臨んでいる。 しかし、患者の状況は これ まで私が経験 したどの状況 とも違っていた。
何かが違 うと感 じなが らも、確認できないO過去の経験では対処できない状況に遭遇 し、
私はど うすることもできなかったのであるo 腰)JzE内での吻合部からのIL1血 という緊迫 した 状況に対 し、先非看護師は腹 部に触れただ けで状況 を推測、判断できているo先輩には、
この ような状況において,全てを観察 しなくとも判断できる技能が備わっていた と考 え ら れる.1から10まで事細か に観察を しなが らまだ気付けない私 との大きな違いであるoおそ
‑ 8‑
らく、 これ までの多 くの経験的学習が、 この ときの推測・判断を導いた もの と考え られ る。
このtlr.来事は私 に とって貴重な経験であ り、人 切なrff例 として位置づ け られ るものであっ た と考えている。何故な ら、その後の手術患音 とのかかわ りの巾では、明らかに着眼点が 違い、術後悪者の観察 とい うマニュアルの行l剛 こ見えて くるものがある と思 えるか らであ る。
事例2において、私は、初めてfn.当患者 と肘 こス トマを受け入れてい く準備に余念がな く、かな り張 り切っていた。 見学 も多 くしてお り、知識 も充分 とい う思いが強か った。看 護マニュアルに依存 している状況なが ら、 一人前にできる と思い こんでいた と思われ る。
しか し、現実には便漏れ にチF.=しむ患者の前で、全 く為すすべのない 自分に気づか された訳 である。マニ ュアルは全 く助 けにはな らなか った。日分の事 しか頭になか ったのか もしれ ない。苦 しむ悪者をJil.いや ることが全 くできていない 自分であった と思 うO ス トマを受 け 入れてい く患 者の'xもづかいが どこにあるのか、全 く理解できていなか ったO 先輩の対応 を 目の当た りに し、恥ずか しさと申 し訳な さでいっぱいであった。 先輩看.膏師は、 これまで の経験か らこの患昔に何が起 こったのかす ぐに見て取 ったのである。そ して、 よ うや く歩 み出 したス トマケアの 日射び りけ、患首の気持ちが萎 えて しまわないよ う、いたわ りと支 持す る態度 を示 していた。単なる観察 者ではな く、ス トマを受け入れてい くことの人変 さ を身を もって知 っている、そんな対応であった と実感 され る。
看護師の成 長を促すためには、経験的学習、実践知識そ して理論知識が必要 とされ る。
ベナ‑は、技能の修得や 上達における5つの レベル (初心音、新人、 ・人前、中堅、通人) において、それぞれ技能を発揮す る際、次の様な点に違いが 見られ る とい う。 20)
第1:抽象的原則か ら、過去に取 り扱 った艮体的な経験 を範例 として信頼す ること。
第2:差 し迫 った状況についての学習者の知覚の変化。単にある部分を見るだ けで 次第に完全な全体 として見えて くる。
第3:切 り離 された観察者か らそ こに入 り込んだ実践 昔‑ と移行す ること。状況の 中に加わ っていること
これ らの点を先の事例 にあてはめて考えてみ る と、事例 1での先非看護帥の対応は、節 2の内容か ら理解できる。 これ まで多 くの手術患者 と出会 ってきた経験か ら、マニ ュアル に則らな くて も、患者に何が起 きているのかを瞬時に判断 している。私 は、その先輩の姿 か ら、第 1にあるよ うに、今l‖1の経験 を 自分 自身の範例 としてイ言頗 し、その後に/トかす こ とができた。術後の患 者と ・言で言 つて も、その状況には様 々な段階があ り、患音個々に よって異な っている。初心昔は このよ うな経験 を通 じて、術後の患者を理解 し、観察の意 味を確実に してい くのではないだ ろ うか。そ してその積み重ねが、看護師の成長を促 して い くと考 える。事例2では、私 の報告か ら状況を瞬時に判断 し行動 を起 こした先輩に、患 者の状況の中に入 り込んだ実践 音の姿を見ることができる。
専門的知識や技術が本 当の意味で 「1分 自身の もの となってい く過程 には、多 くの経験が 必要である。 しか し、今恒1事例 として改めて記述す る小で、私 自身の学びが よ り別確 にな っ た ことに気づか された。おそ らく、その時 々の経験 を 一つひ とつ 」̀準に振 り返 ることを抜
きには、経験か らの学びの積み重ねは難 しいのではないか。立 ち止 まって振 り返 り記述す ること、そ して他昔‑イ云えることで、多 くの学びがHJ]確 にな り、専P「抹l]識や技術が 自分 自 身の もの とな ってい く。 さらに新たな実践知識 も、 この過程 の中か ら兄いだす ことが可能 である と考 える。
Ⅵ.おわ りに
臨床 の場はつねに変化に富み、 ・時 として同じ状況ではない。患者個々が持つ病気体験
‑の気づかいは千差万別であ り、看護師の患者に対す る気づかいや看護実践 の力も様々で ある。 この よ うな状況 にあって、 「患者の安寧 をはか り
、
日立を 支える」ためには、管理 の側面か ら看護水準を 一定 レベル に保つ ことが求め られ るO各病棟や看護部全休の看護H 標 に裏付 け られたマニュアル を作成 し、個々の看護師が具体的にその 目標 を理解 し納得 し ていることが必要である。何故な ら、私達の 口々の看護実践が何 を意味 し何 を求めてな さ れ る行動なのかを看護師 自身に問いかけ、マニュアル 一辺倒 に走 らない よ う規正す ること も看護組織 として必要 と考 えるか らである。更に、マニュアル を用いることでの問題や学 びを病棟全体で共有す ることが、新人や一人前の看護師の成長を促す機会 に通 じる と考え る。臨床 判断 を求め られ 困った場面、マニ ュアルに依存 して失敗 した場 面、患者 白身の気 づかいが理解できず適切 に対応できなか った場面な ど、 口々の実践 で気にな った場面 をタ イ ミングよく振 り返 り、そ こか ら見えて くるものを言葉に表現 し記述す ることで、 自らの 成長だ けでな く、新たな実践知識の共有を も=†能 にす る と考える。本稿をま とめるにあた り、弘前大学人文学 部 Ir‑.十嵐靖彦教授 をは じめ諸先生方か ら頂い た ご指導 ・ご示唆 に、心 よ りお礼を申 し しげる。
本論 文は、 、Fi・成15年度 に開催 された弘前大学哲学会 において発表 した内容を加筆 ・修正 した ものである。
文 献
1)ミル トン ・メイヤロフ著,ll困 頁 ・laJ野宣之訳 :『ケアの本質』,ゆみる山版,13‑15,2000.
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『看護論,25年後の迫記を添えて』, 11本看護協会出版会,1994. 6)P・ベナ‑&J・ルーベル著,難波卓志訳 :『現象学的人間論 と看護』,医学書院,1999, 7)M・メイヤロフ署,Hl村貞 ・向野宣之訳 :『ケアの木質』,ゆみる山版,184‑185,2000.
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20)l司 上二10
(弘前大学医学部保健学科講師)