﹁ 我 が 國 景 氣 変 動 の 一 分 析
﹂ ( 二 )
−ナショナル・ビユローの方法による景気変動の実証的研究−
吉 田 靖 彦
目 次
一︑基準日附決定の問題 ︵二 基準日附の意味と其の決定
︵二︶ 我が国景気循環に於ける基準日附
︵1︶ 景気年史的研究
︵2︶ 軍業活動指数と卸売物価指数
二︑我が国景気循環と択鉱業
︵こ 我が同塵鉱業の祖勢
︵ 二
︶
特 殊
循 環
と 其
の 分
析 ︵
次 号
︶
T︑ 裏革 日附 決定 のl 問題
︵こ基準日附の意味と其の決定
基 準 日 附 ( r e f e r e n c e d a t e ) の 決 定 は
︑ ナ シ ョ ナ ル
・ ピ チ ロ ー の 方 法 に 依 る 景 気 変 動 分 新 の 出 発 点 で あ る と 革 に ー
其の後の分析の性格︑当雷も決定するものであるから︑此の分析方法上極めて重要な位置を占める︒の
﹁ 我
が 国
景 気
変 動
の 一
分 析
﹂
一閃ト一
終 的 凸 と 経 済
一 四 四
前稿﹁我が国景気変動の一分析﹂(一)に於いては昭的三年から昭和十二年に到る間の季節変動を除去じた生産数量
時数︿東洋経済判明報社調)を芸準日附決定の芸礎塗料とし︑それ忙依って我が同景気変動令析の一例を示した︒
生産数号一指数を用いた理由は︑前稿執筆当時︑それに代るべき資料を見出し得なかクた乙とに依るのであって︑生
産数量指数を基準日附決定のための最良の指数と考えたととに依るのではなかったロ
其の後の調杢と研究の結果︑生席数量指数の期間が昭和三年から同十二年に到る僅え十年忙も充たね︑景気変勤分
r
析には余りに短期に失するという事実︑然もそれを長期にわたってとるとすれば余りに数え指数梢成項目が変更され
ている事実から︑該指数は基準日附決定作一料として依拠するに不充分と断ぜざるを得なかクた︒
従って︑ナショナル・ピユロ 1
の方法で以って我が閏に於ける景気変動を令析するためには︑何を以って基準日附
ー決定の提叫れ料とするかと一氏う︑秘めて沢市対であると共に両倒な問題にたちかへクて考えねばならないロ
後述の如く︑木机では﹁市川市一市助指数﹂を﹁生向指数﹂に代るものとして︑優位的に︑基準日附決定に使用したの
であるが︑人
I﹁引常的効指数﹂
r就いて述べる前に︑主出
γ日附がナショナル・ピユロ 1 の方法上にもつ意味忙就いて
⁝ 税
引 川
し ︑
川 北
川 中
日 附
決 定
の 問
問
K
対する泌放を山内め皮いと考えるのであるロ
淀川し︑それは川市中日附に伏クて川市街此(門広
28 83
己ゆ)が決定ぜられるのであるから︑基準循環と云う概念を殊
旬新しく設定した立義如何の問題である︒
さて︑一般的にいって︑景気変動の性格・状態を︑各々の時系列の波効から︑叉其の比較から認識する事も必やし も不可能ではないであろう︒然し何千にも及ぶ時系列から符られた特殊循環を一次比較する事は煩雑極まりたい作 業である︒従って各特殊循環の共通尺度とも云うべきものを設定し︑各々の特殊循環を乙れと比較し︑照合せしめれ ば︑自づと景気変動の性格︑動向を容易に理解出来る工うになる︒此れは恰も財の価値比較に貨幣と云う共通尺度を 用うるが如きである︒而も此の場合価値尺度としての貨幣の価佑が浮動していては︑異る時点忙於ける財の価値比較
が困難となると同様陀︑強準日附が充八 γ の信溶性をもた︑ないたらば︑景気変動の共通の尺度たるべき基準循環も叉信
ビ税制くなる︒此の意味で栄一昨→日附を確定するためには飽くまで慎重且周到でなくてはたらたい︒然し実際問題として
過・去に於ける景気循環の実証研究に見るべきものがたく︑旦毎月統計特科の貧弱な我が同では︑此の基準日附を決定 す る 事 は 容 易 で は な い
︒ ー
作法治γ
日附を決定するためには︑先や景気術開の指仰を
H A
休的に何に求めるかた定めたくてはならない︒れ以も簡単な
の は
︑
H M 近のケイ
γJ
人学派の如く︑その桁仰を﹁同尺所符﹂の変劫に求める一引である︒所が北(の方法を以てしては︑
同児所符が年巾似で測られている限り︑それでもって景気変動の性格及び劫向を把提し得ると断やるのは早計であ
る
n次し年巾依に依る同民所得では︑貸幣所得︑実質所得のいやれを取る忙せよ︑実際の景気変動の転換点を表現し 件ないからである︒将来閏民所得が年単位のみむなく︑季単位や更に月単位
F
まで統計的に算定される工うになれ
ば︑公気変動の指標として︑実証的分析の上陀有用な役割を果せる工う忙'なる
eあろうロ然し閣内在では︑未だそと迄
︐到述していない口︒
次忙景気変動の指標として生産数量指数︑物価指数︑またはそれらの合成指数を使用す事の是非は如何であるかロ
バ確か陀それらは景気変動の有力な反映である事.は疑えないが︑それ陀依って基準日附を決定するには︑それらの指数
共通の欠点を持クてわる口即ち当該指数を椛成する時系列として同如何友る時系列を摂択するか︑倒如何たウエイト を附するか︑に依クて﹁基準日附﹂の上にかたりの﹁ひらき﹂が生やる事である︒加えて我が国に於いては︑指数構
成の基準年次が屡え変︐更され︑問其の上変更毎に指数椛成項目間休が変更されているから︑単一の指数︑叉合成指数
'を以てするにせよ︑長期に一且クて︑それを景気指標としてよいかは︑頗る同悦ばしい︒小川
ミッチェルは︑共の分析に於いて基準日附を決定するに際し︑先やソ 1
プに依クて編纂された事業年報切を基礎資 料とし︑是に依クて大体の日附を設定した後︑更に各種の時系列左経済指数に依クてそれを吟味し︑修正した後に基
准日附を決定するロ小山
従クて本
J
制でも基準日附を決定するに当クては︑ミツチヱ・ルの手続に準じて︑先や事業年報︑各種景気年史類忙依
づて景気循環の動向を確め︑更にグイミ
Y グの詳細た決定は各種の指数に依る事忙した口
︿二)我が閏景気循環に於ける基準日附
﹁ 我
が 閏
長 気
変 動
の 一
分 析
﹂
一 四
五
経 営 と 経 済
一問
六
本節では我が閏に於ける基地中日附を決定するために向景気年史類︑m各種経済指数を検討する白
川景気年史的研究
我が問の場合基準日附の基礎資料として︑有用であったのは︑﹁東洋経済新報巻末統計資料﹂︑﹁日本の景気変動﹂
(上・下)及び﹁日本経済年報﹂であクた︒∞猶乙
‑ Aでは研究の対象'とする期間を大正八年以後︑昭和十三年迄とし
LFL
一 口
め
M'''rsL また長気年史の記述が出来るだけ冗慢になる事を.避けるため︑左の如き項目に八刀けて集約的に記述すると'どにす
る 円 小 川
A 1﹁景気の一般的状態﹂︑(問村
)
問村氏指数に依るもの︑H
(B
・A
)
日 回
5 E g ω
g﹀ ロ
zk
依るもの︑
B H
﹁問符なる現役﹂
C H
﹁以%前行の効川﹂
D H
﹁兆
米の
吠勾
状能
川﹂
止処で
A︑﹁川川父の一般状態﹂の引は好況(℃84
01
q)
以辺
(円
2 2 ω
ザロ
)︑
不況
2 3
5 ω
巴︒
ロ)
凶
徒の
( g i g ] )
引勾
何瓜
の内
山川
川左
一不
す︒
B
﹁刊持たる問公﹂の引に於いては︑景気に閃係の深い主初日収済一引災及が長気状態の顕著たる特徴を示す口叉︑c︑﹁景気巡行の劾閃﹂の唄陀は︑当時の景気状態を効かした'にいぜられる事項左記述するロD﹁英米の景気状態﹂には︑我が同の景気変動に故も影山判的な英同万一が米同の景気状態を示した︒
扱て以下年次順に各項目を列記し上う︒
m w
士︑
王八
年(
一・
九一
九)
A︑不況︑回復︑好況
(田村)二二月迄衰退︑四月不況︑五月工り好況
( B ι A )
│
不況︑川佼︑好況om
B
︑三・四月頃より景気回復︑物価株価政勝し︑
c︑輸出増進継続︑通貨膨脹継続︒
D
︑米国 l
回復︑好況︒英同
l 問復︑好況︒
一 大
プ
l
ム 出
現 口
犬正九年(一九二
O )
A
︑ 好
況 ︑
一 一
以 刻
︑ 不
況 口
(問村)│四月上り京近︑八月以後不況︒
(B
・ A
)
l 好況︑衰退︑不況︒
B
︑三月より恐慌株式市場に始まり︑各種商品市場に波及︒
c︑過度なる信用の拡張︑金融一過迫︑貿易入超
D
︑米国 l
好況︑衰退︑不況︒英国
l 好況︑衰退︑不況︒
大正十年(一九一一一)
A
︑ 回 復
( 田
村 )
l 四月上り回復︑十・十一月好況︑十二日より不況︒
(B
・ A
)
! 不
況 ︒
B
︑金融緩和︑所前中間景気出現︒
c︑英同の外債償還共他にて︑主貨の地大︒
D
︑米国 l
不況︒英同
l
深刻な不況︒
A
犬 正
( 、 十 回 京 一 村 退 年
'‑‑"、
不 況 九
!不一況 口 二
(B・
A)
l
不
況 ︒
﹁ 我 が 川 公 ム 丸 一 変 動 の 一 分 析
﹂
‑ 四
七
経 営 と . 経 済
一 四
八
B︑中間景気は直一ちに輸入超過を引起して挫折し︑再び元の抗滞状態に返る︒最終四半期銀行恐慌︒.c︑整理不徹底に災はさる︒D︑米同l回復︑好況︒英国i
不況
︒
犬正十二年(一九二三)
A
︑ 不 況
︒
(田
六月迄問復︑七月以後好況︒村)l
(B
・A)l
不況
︒
B︑上半期中は金融件減衰えやノ︑金利一両位維持︑株価物価は漸く改善口C︑九月一日開京大災災︒
D
︑米
・同
l好況︑お氾口英同l
不況
︒ 犬 正 十 三 年 ご 九 二 川 )
A︑不況︒(川村)二川より五氾口
(B
・A
) B l不況
︑為
特相
場払
⁝孫
︑物
仙川
川公
︑令
一川
間阿
川和
nc︑災災後の愉入以刷︑通仲川崎発︒
D︑米国i軽皮の不況︑凹彼︒英同l終和された不汎︒
犬正十四年(一九二五)
A︑回復(田村
)
衰退l
0.
(B
・A )
c︑為替下落に伏り︑物価の対外的地位良化︒ ︑為替相場低位︑物価高位︑金利低下︑株価回復口B 不況︑回復︒l
D︑米同i好況口英国l
不況
︒
昭和元年(大正十五年)(一九二六)
A︑程度の好況︒(田村)│三月上り不況口
B︑為替相場脈穴に依り物仙下孫︑会一川初段︑林式一内的札︑
‑ m n m
取引
別加
︒
c︑
政府
の為
川バ
リ引
上策
︑冗
杓
H羽 叫
山 一 円
D︑米川l好汎︑英同l不況︑回彼口 昭 和 二 年 ご 九 二 七 ) A︑一拭辺︑不況︒(田村)l二月より回復口 B︑第I間半期物価安定︑三・四月銀行恐慌口信用破壊され︑取引萎縮︑後半期柏回復︒c︑震災手形による台銀(及び鈴木商庖)其他の不始末暴露︑通貨大増発︒
D︑米国l好況︒英国l程度の好況︒
昭和三年(一九二八)
A︑回復︒(田村)l十月迄回復︑以後好況︒
B︑金融大綬没)証券相場勝賞︑但し後半期下落︑起依市場活況︑産業凶作は徐次回復口c︑五月八日特別融通締切︑米国の好況ロ
D
︑.
米国
i好況︒英国
l軽度の好況︒
昭和四年(一九二九)
A︑軽度の好況︑衰退︒
B︑第i四半期好調︑金解禁問題にて為替勝賞︑財界極度の萎縮r
陥る
口 C︑七月一日浜口内閣成立︑金解禁政策良明︒九月末ニューヨーク株式恐慌d
D︑米同l好況︑パニック︑衰退︒英国i好況︑衰退︒
﹁ 我 が 同 長 一 気 変 動 の 一 分 析 ﹂
一 四
九
経 色 と 経 済
一 五
O
昭和五年(一九三
O )
A︑激烈な衰退︑不況︒
B︑恐慌議え深刻化︑糸価補償法の発動等あり︑最終四半期には金融緩和l株式柏反騰︒c︑一月十一日金解禁実施︑米作未曾有の豊作のため農来恐慌︒十月以後日本興業銀行財界救済に出動口
D︑米国l衰退︑不況︒英国l衰退︑不況︒
昭和六年(一九三一)
A︑不況︑但し咋年末よりや
L
小限
口
B︑各棋王荒生産量減︑物倒刊治勢︑伐に第四四半期に農産物価格暴落︑株価第雌四半期に暴落︑満洲事変勃発(九
月)︑令愉山川氏
‑ k
o コ ︑ 久 山 h d t 日 比 ︑ ト
.1ト勺J
戸川
︼し o
r
︑MY勺ψやがtI
訓u
iL
7
・ M
ぺ 訓
IドD︑米川︑英川ともに不況町
昭和七年(一九三二﹀
A︑不況︑六日凶上りや
L
絞和︑後半川彼︒B︑以れ泊四去やL m K大︑物価削除︑鉄道貨物輸送前期不振なるも後半期増加︑株価落勢よりよ井
転じ︑後半期
貿易駅前.c︑前半期世界的不況︑農村恐慌により不況なりしも後半期為替下落︑貿易好転︑それより回復︒
D︑米国︑英同共前半不況︑後半柏回復︑後再反落口
昭 和 八 年 ご 九 三 三 )
A
︑ 回 復
︒
B︑物価湖勝︑生院長上昇︑雇傭量増加︑新投資量増加︑貿易順調︒
c︑財政イγブレ政策︑為替下落による輸出仲張︑満洲に於ける両業開発︒
D︑米英共に第H四半期以後四絞︒
昭 和 九 年 ご 九 三 四 )
A
︑ 好 況
︒
B︑物何脱税旬︑工常生印刷加率犬︑一般に事業活動活波︑同際牧支順調円c︑財政支出刑犬︑輸出振興︒
D︑米問︑米同共に前半期景気︑後半粕崩れ再び末期に回復︒
昭和十年(一九三五)
A︑好況︒第E四半期精衰退の兆あるも治滅︒
B︑物価︑株価共に勝勢︑事業活動活発︑鈍化の交替︑生産量増大︒c︑軍需イシブレ︑貿易の伸張︒
D︑米国︑英同共に景気上昇︒
昭和十一年(一九三六)
A
︑ 好 況
︒
B︑均一側︑株価共に勝勢︑(但し株価二︑二六本件に依ゎ暴明けするも一川松上昇)生向長前加︒c︑町一帯予算の膨張︑農村購買力の増大︒
a m
u
︑米国︑英同長気上昇︒昭和十二年(一九三七)
A
︑ 好 況
︒
B︑物価漸騰︑株何後半鈍化︑下落︑生産量事業活動漸増︑第問問中期停滞ロc︑戦争イγブレ︑支那事変勃発︑貿易統制︒
﹁ 殺 が
MlAh
可変動の一分析﹂
‑ 五
経 蛍 と 経 済
(備考 )f 日本の景気交問u な ~?;:-F;I'ラ!日 ["J昭和I六年以後は「日本経済年報」により補足。
日本(田村)は同村 m r n ) ( ¥ " ; ) ; 弘山市民拐殺に拠る白
日本
CB.A)は
¥V.L.' l '
horp and ¥Y. C. Mit守lell BusinessAnnals"に 拠る。
一π
D
米国︑英国前半景気︑後半衰退目
以上の如き景気年史に茶一やいて︑景気循環の各局而の礎技
uが明瞭たる様
に﹁景気循環図﹂を作成する乙とが出来る︒均 同いレ我が問の景気街舟争一措きたがち︑十東洋経済新報粍柄︑田村氏問数陀
依るもの︑ソープ事実年報に依るもの各々表現を異にする︒此の絞に相違
が生じるのは︑旦日気年史解釈忙問して其の一栴集者のギ観が入り安い弔を諮
っている︒著しい好況
i
不況の場合は犬休に一編纂者の意見が一致するが︑
交退︑回復の場合は解釈の相違を来し易い白句 従って統計的に設定された各種噌数に依って︑其の当者を有一定ぜねぽな
らない︒共のため求稿では︑実物財側商及び令融︑物価側面の各々の代表
情汲として木邦市部及︑前効哨数左京京卸売物価棺数を使用した︒⁝叩
川川市川公泊跡指紋'ど却先物価指数
﹁・木川市小川一山川政ぽ同﹂は呪洋終消却川根校一がそれ既設定する迄︑景気観
測の枝川件付川正して川いた﹁阿判ロm治枝哨数﹂を改良して編纂したもので
ある︒従って判訪桁殺の陀椛争中市外に問解する為には︑その前身たる﹁原
料品消費桁数﹂吃知る必聴があるロ然じ其の零細を記述する事は余り陀煩 雑であるから符略して︑と
‑A
では﹁本邦事業活動棺数﹂の(イ)︑指数設 定の目的︑(ロ)︑常数川成項目︑(ハ)指数作成法とウエイト︑(ニ) 数値表及びグラフ︑(ホ)共の特性︑陀介クて概説する︒同 ( イ ) 指 数 設 定 の 目 的
︑
﹁主として本常数の日的は景気を反映する所の財貸の動き!詳言すれば
財貨の生産︑泊費︑移勤等各方面に於ける流勤茸の犬小を測り︑そと陀数多の財伎に関して綜合ぜられた或る全般的 傾向を簡単友噌数の形式に於いて表示し︑以って景気観測上の一方便たらしめん止する点にある︒﹂とし︑か
L る企
図の下に︑最も経済活動の仲縮を如実陀反映する指数項目を左の如く棋史する︒
(ロ)指数糾成項目
愉出納
MM
物検布一向︑石炭泊費出︑鋼材供給一品︑セメ Y ト泊費一向︑洋祇販売商︑綿糸生尿高︑羊毛輸入高︑原油供給
一向(生尚一的︑愉入山合計﹀︑電力治費高︑鉄道貨物発送噸数︑の十項目である︒何
( ハ ) 指 数 作 成 法 と ウ エ イ ト
・
此の指数はハ
1パ
1ト犬学の生産指数並びにアナりスト誌の事業活動指数
r
準じて作成されたものである︒即ち︑
先事ノ各時系列陀就き各々季節変動を除去し︑之を昭和二年乃五四年の月平均を一
OO
とする指数忙換算し︑
t r
短期
ー問のヂグヂグを平滑友らしめるため︑各々忙対し三ヶ月移動平均を附し︑一般趨熱線(之を一
OO
とする)えの百分 比として表わし︑最後忙或るウエイトを置いて綜合したロ
ウエイトは主として各商品の生産価格︑若しくは泊費相を採用し︑一史
r時系列自体の振幅をも考慮するロ即ち︑価 格に正比列
r
︑振幅忙反比列する様忙して指数を算定している口開
(ニ﹀数値表及びグラフ
(ハ)に依クて得られた数他及びグラフを左に掲げる︒本指数は︑主に財竹側の変動を一示すものであるから︑之と
卸古物価指数の様に物価側の変劫を一不すものと対称ぜしめて見ると︑
ζの指数の性格が際立クて示される︒
( ホ ) 共 の 特 性
グラフに依クて解る様に︑他の経済指数に比して按隔が兆一だ小であるロ
第二図のグラフ忙依クて︑事業活動指数と物価指数の勤きを見る一告が出来るロ的
扱て︑次に此のこっの時系列の上昇︑下降の転換点から基準日附の候制肴を見付け出す必要があるロその場合︑各
紙時系列か.ら其の特殊循環を確認するに際して一般的に一式える主であるが︑何れを循環の﹁山﹂︑﹁谷﹂とすべきか
﹁ 我
が 同
景 気
変 動
の 一
分 析
﹂
五
~羽.lJ~謡史
l}t:;
gr第一表本邦事業活動指数
×概数日山 U 谷
子と│一月│二月│三月│明月│五月│六月│七月│九月│九月│十月│←月│十三
大正入年
97.8 99.7醐
1田
11104.~ 108.3山山町吋ロ ゲ九年109.7 110. 111.
51 112.2i 110.71 107.51 101.
81 95.91 92.31 89.81 89.91 88.4 グ十年
90.2 87. 86.4
IU 85.71 86.91 87.71 89.01 90.61 93.01 93.21 94.11 95.9 ゲ十一年
57.4 98.91 ゲ十二年
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21 102.21 103.3i 102.71 101.
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1 昭和元年│
102.0: 102.7 103.2i 103.91 103.71 103.51 103.71 103.7i 103.9; 103.61 104.4
1 104.6 ゲ二年
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ケニ竿 吋
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可( 103・Oi]02・10231103・104.91105.51 1田
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104.η106. 106.4.
1 104.8, 101.8: 103.91 101.2; 104,.2] 105.31 1,4.81 105.01 103.9ゲ主年
102.4
1 100. 98.0回93.3~ 90.5: 88.1¥ 87.2竹田
7184.9ヶ六年
84.71 84. 83.71U 82.11; 83.4¥
8.1..
1¥ 85.6: 86.51 87.3¥ 86.61 85.81 86.3ク七年
B5.58a.8a.2863186・8189.81 91.,0担.3193.9ゲ八年
94.31 95.7 95.21103.81107u 102.5 103.4
ゲ十一年
106.01 105.11 104.11 103.9¥ 103.91 106.21 106.81.107.31 105.91 104.5 日108.6108.4グ十年
100.51 101.8: 101.
103.81 103.11 105.51 104.61 104.91 106.71 108.4 51ゲ九年
99.4
100.2 9 5.11 96.3[ 96.31 97包3¥98.91 98.61 98.31 98.51 98,7 1似9iゲ十二年
. 0) 106.51 108.01 108.11 110.01 107.01106.01 104.41 107.9auauh‑
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﹁我が同長気変動の一分析﹂ 判断忙迷う様な場合が生やる︒均
一般に最も一品いものを﹁山﹂として︑円以も低いものを
﹁谷﹂とするのが兵当で一あるが︑泌クかの相似た程皮の
﹁山﹂﹁谷﹂の競争れが存有する場合︑北(の伐仙詐の点在
中心とする数ヶ月平均の﹁日以も大なるもの﹂﹁故も小なる
もの﹂を選んで﹁山﹂谷﹂とする口又・﹁山﹂と次の﹁山﹂
との問︑﹁谷﹂と次の﹁谷﹂との期間が一年にも充たたい
場合も︑前後何れかの転換点左右の計算によって︑取捨せ
ねばたらない
nめ
斯くの如き操作を経て︑循環の﹁山﹂と﹁谷﹂の日附廷
決定し︑グラフ上に星印で示したロ
扱て今抱一考察して来た基準日附決定のための景気年史並
び各指数に於ける景気転換点の一覧表を上に掲げた︒
上の第二去で明かな如く︑基準日附の指椋として選定し
た年報並び指数の長気転投点の日附にかなり﹁時間的十れ﹂
がある事である︒均
従クて此等の景気指紋の中から一クを抽出して︑基準日
附を決定する事には余程周到でなくてはならぬ口
以上の第二去の指標を概観して一式い得る事は︑貨幣金融
側の変動に力点を泣いた景気指標
l
東洋経済ええ年報︑田 村氏指数︑東京卸売物価指数!と財貨数量側の変動に力点
9 10
s
ワ
4 宮
一 五
五
経 営 と 経 済
景 気 年 史 並oi、各指数に於ける景気蒋換点
循 転 換 環 点 の
I経 東 済 洋 経 年 報 済
I景田気村循市環郎指氏数 l エ ソ ル
Fプ ホ 、
ヌξt'~~ツf.報チI活本動那指事業数
I物東価京卸指売 数
谷 大正
8年
3月大1E8年
4月 大TEB~f.
4 H山 大正
9年
2月大正9年
3月 ブミ1
E.9~r':
i3月 大iE
8年
9月大IE9 年
3月│
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大正1
0年
2月大1E1O年3月ブミ IE J1. ~í~
O月 大lElO年
4月大1E
IO年
3月i0~ 大iElO年1
2月大正
10年1
1月 大I
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8月大正1
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0月
谷 大IE13 年1
2月大正1
1年1
2月 大I
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1月 犬1E1l年1
1月
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昭 和
2年
2月大IE13~ド 1 }j 大正1
3年
6月 大正1
3年1
2月
谷 昭 和
2年1
2月昭 和
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2月大1E
14年
7月昭 和
6年11 月
山 昭 和
4年
3月昭 和
2年
4月昭 和
8年
9月谷 昭 和
7年
5月昭 和
3年
5月昭 和
8年12 月
山 昭 和
4年
2月昭 和1
0年1
0月
谷 昭 和
6年
4月日
j昭 和1
0年
1月谷 昭 和 n 年
1月第 二 表
を泣いた景気指標
i
本邦事業活動指数ーとのこ群に令ク事が出来
る様である o 此の二群の景気指標を更に吟味し︑以下の介析が充分
依拠しうる基準日附を決定する事が望ましいが︑其の為には更に
広範且綿続な景気年史並び指数の渉猟︑研究を必要とする︒然心遺
憾友がら︑現在の研究段階は共処までに︑到クていない︑均従クてそ
れは後日の課題として︑此処では暫定的に実物財貨側の変動に力 点を置いた本邦事業活動指数の上昇下降の転換点を一応︑景気循 環の﹁試験的基準日附﹂として分析を進めてゆく事にしたい口均 今︑次の表に事業活動指数による基準日附間の拡張︑牧縮局面
の期間の月数を掲げよう︒
註
( 1
)
要約すれば基準日附の決定
はナショナル・ピユロ
1 の
研究方法の上ではそれが同
各種の異なる経済時系列が 景気循環で
Eの様に動︑
か口例異なる時系列の転 換点が互に如何に関係する
か︒付循環の各段階に於い
て異なる時系列の大きさと
方向の比較知何︒等の問題
を分析するための不可欠な
草業活動指数による犯昨日附及 j 抑制
月 次 基 準 日 附 期 間 の 月 数
ー
rl~ 谷
防長IJ投品目(全慨
大正
8年
9月全
10年
4月 20全
11年
8月全
12年I
I月
16 15 31全
13年
6月全14.年7月 7 13 20昭 和
2年
4月全 3年
5月
21 13 34全
4年
2月全 6~
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全
10年
1月 全
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1月 15I
12I
57/
表
一一 一
第
‑ 五
六
一 唆
兵 で
あ る
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(2)最近米同では月単位︑季市仰の川氏所仰の測定がなされつ
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仏 国
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日 出
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印 刷
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の
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司 ・ 誌
(3)例えばかなり日制度の日い米作俗的別報社制生所数公指数の如きも︑基準年次が大正三年︑昭和三年︑昭和六年 l 八年と短
期間に三
Mm
刀 ︑
児 さ
れ て
い る
︒
( 4
)
﹁我が川公一一以変別の一分析﹂(銃自と統治第三十四年第一冊﹂に於いて基準日附として生産量指数を用いたが︑資料の不足
による便宜的且暫定的なものであったロ
( 5 ) 4
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一 回 5 z
印
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然しミッチェルはソ 1 プに依る基準日附そ決定的なものと見ている訳ではない︒それはどこまでも試験的なもの
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主4 3
なものとしてその改良を期待している様である︒づ
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・ 口 ・
( 6
)
ミッチェルは舎種時系列に依って︑基準日附を決定する際注意すべき諸点をあげるロ
川何時系列の中には経済活動と辺行する動きを一示すものがあるロ(例へば破産︑失業︑遊休設備
)0例転換点の日附が集中するもの︑又不規則な転換点を示すものがある︒前者が日附の決定に際し重視されるべきである
D一 般
に各時系列のタイミングを考ほすべきである
D川 W 各時系列の長期制勢︑不規則偏拙引を考鼠すべきである︒(ミッチェルは米国一九二四年 l 一九二九年間電力使用の激増に依
り ︑ 収 納 川 何 回 が は っ き り 出 な か っ た 事 を 一 訴 す ) 口
同時系列の拡虫︑牧焔の誠一川︑小なるとき転換の日附が明瞭モない時がある︒
丸一例同一時系列でも︑時期時期に応じてその宣‑畏度を具にする事を考属すべきである︒
P
向 一 円
OY
刊日
目お
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一 色 ︑ 司
・ 吋 吋 ・
( 7
) 我が国に於ける長一九年足に凶するもの
L多くが年次資料に依るものであり管見ではあるが︑表記のもの
Lみがナショナル・
ピユロ
1 の方法に一貫して有用な資料であった︒猶左の文献は部分的に参考に資した︒
本邦に於ける石炭需給(京国続出局編)
昭和財界史(朝日新聞社経済部編)
﹁我が同長気変趨の一分析﹂
一 五
七
経 営 と 経 済
一 五
入
日本工業発展論(高橋亀吉著)
昭和産業史(東洋経済新報社)
続経済史概要(土屋需雄著)
昭和問消史(位西光速著)
( 8
)
昭和十二年以後室頃鉱工業生産物の生産高︑供給高の発表が停止された口
( 9
)
﹁日本の長気変動﹂(上)の項目区分を踏襲した︒
( m )
以下の来九年史の記録は﹁日本の景気変動﹂{上)に昭和六年迄従い︑以後は﹁日本経済年報﹂に依って補筆した︒
(日)田村氏指泣は年史的研究の結長でなく︑統計的研究に依る指数である︒其の基礎資料は日本銀行物価指数︑日本銀行一般貸
. m
日︑紙附流川市︑附入貿易制︑全川手形交換す向で各別々に季節変動︑長期趨勢を除去し循環的変動を算出し︑合成した指︑
政である︒ロ料が金一刷︑白川に閃するもの
Lみであるから算出される指数にはその側面からの変動効朱が強調されている事
そ巧山引ねばはらない︒判的氾﹁日本の対丸一変助﹂ハ上)に目指紋された長気年史も﹁金融六
t十年史﹂を主要資材としている︒
従って此の年史に於いても金仙凶からする公対一法励えの効公が強調されていると考えられる
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一 訳
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( 四 ) ﹁ 日 本 の 長 気 変 動 ﹂ ( 下 ) 及 び ﹀
・ ﹀ 岳 山 口 山 市 巴 ロ ‑ E H E s
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1
口︒・但し米国の基準日附は其の後 E
吋若干変更されているロ
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巳 岡
山 口
呉 市
古 一
目 立
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( M
)
ミッチェルは基準日附の
E陪を期するため︑多数の時系列な歩間しているが︑本稿の研究段階は其処まで到っていない︒後
日に期し度いと思う︒
(日)大正八年!昭和十三年間に一日一って発表︒東洋経済新報︑昭和七年十月十五日号︒
(凶)﹁本部事業活動指数﹂の前身﹁原料品消費指数﹂に就いては東洋経済新報昭和六年九月二十六日号︒
(口)構成項目から明かな如く財生産︑供給量に力点を於いて構成せられた長気指数である︒
(四)ウェイドは第四哀の如くして算定された︒即ち各商品の生産価始︑消質︑供給価額並びに振幅をウエイトにとった︒
第 四 表 事 業 活 動 に 於 け る タ エ イ ト のt‑):定 夫
構 成 品 目
lI1) 価 額 叫
(2)号明
I( 幻 仲
約 糸 生 産 高
25 . 34 7 . 25 3 .t1,り5‑‑‑'¥ 2.8 I輸出紹毛検査高
6・
71 10.47 0.51. 5
0.4羊 毛 輸 入 高
7.08 24.980.28:~
0.2鋼 材 供 給 高
11.87 13.59 o.sn 0.7セメント消費高
3.70 11.75 0.315 0.2洋 紙 販 売 高
7.09 6.241 .
2661 .
0原 油
l供 給 高
47.9 5.69 0.842 0.7石 炭 消 費 高
01 .
00 5.79 1.727 1. 4
電 力 消 費 高
14・
16後 8.63 1.6411 .
3鉄道貨物発送屯数
9.45.;:‑* 5.601 .
6881 .
3ZEEh
計
100・
00 100.00 ]0.0*推定 持 運 賃 収 入
﹁ 我 が 同 阿 武 一 気 変 動 の 一 分 析
﹂
(刊)第二図の東京卸児物削指数の数仰は第冗表の如くである︒
(却)季節変問が完全に内中目されたい
η合︑不規則的箇翠が激しい場
合それが生ずると以はれる︒
(幻)計年は﹁
m x q
何奴測定﹂の泊料に於いて符られた
験的法則で
w mあ る
ロ
(辺)米国の場合︑ミヅチエルは其の乗離が小なる事を陪めているロ
k r o E E O Y E Z ‑ H Y P H 8 1
日 5
(幻)ミ判/チエルも基準日附のもつ意味を極めて重視し︑澄著
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問 口
問
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回目
H M O
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の 三
日
2 3に於て︑既に割前定せられた
基準日附が猶修
Eさるべきことを見として﹁試験的基準日附﹂
( 件 ︒ 己
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と 云
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共に﹁景気循環の測定﹂に凱同定された﹁基準日附﹂にそこで若
干の変更を加えている︒若宮昨日
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皆 同
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可 ・ 同
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更に長気年史︑田村氏指数︑物価指数により得られた物価金融
側面から詩定せられた基準日附による分析はこ
Lで は 行 は な
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︑ ︒
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組制,.lJ諜怨
東京卸買物価指数 1.
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=100)日
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ょ叶一月│二月│三月[四月│五月│六月
i七月│入月│九月│十月!十一月│十二月│
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10│2'~3.41大正八年
218.7 201.
6 220.3 244̲2 250.1 263.8 280.7 290.3グ九年
301.
3 309.2 315.8 270.1 246.8 24L7 230.2 224.4 222.1 219.0 206 1"7
十年
199.2 195.7 187.5 192.1 192.3 1 2.9 196.8 205.8 216.8 211.1 211.7ゲ十一年
207.7 204.0 200.5 198.6 200.4 202.7 197.3 190. ] 191.1 188.3 188̲7ゲ十二年
160. ~=~'~I 200.1 200.3 201.1 196.8 193.6 191.
1 201.5 203.4 204.9 203.0グ十三年
:~~'~I 266.9 209.4 208.8 202.4
209.7 214.9 219.8 224.2 228.9グ十四年
228. 218.7 213.4 2L5.1 212. 213.9 216.4 214.4 211.
4 207.9昭和元年
207. 202.4
197.9 193̲5 191.2 183.3 193. 132.0 188.6 187.2 185.3 182.218
1.
:~~'~i 183.94 71 } 185.3 185.3 183.4 180. 179.5 179.4 176.4 178.5 177.9 176. 175.1 174. 174.8 175.5 174.4
174.7 176.6 177.5 178.5 178.8 178.4四年
175. 177.1 174.5 175.7 174.5 170.5;8│ ! 169.3 164.2 162.4
五年
158・
61151・
31158.2│ 145.5 139.8 138.9 127. 133.5 127.9 129.4127.~ 六年
126.4 125.5 125.4 124.1 121.
8 120.4 121.
5 119. 117.5 116.0 116.0 125.0七年
130.1 134.4 12:.71 125.0 121.
8 122.4 124.3 141.
144・0148.8 156.1 158.7八年
158.4 155.5 152 2; 154.5 158.8 158. 161.
8 161.
2 158.9九年
157.5 159.6 ~~~'=I 161.
9 162.616~.7
164. 168. 173.3 169.8 170.0 171. 十年
173.9 176.8 176.0 174,
6 173.3 166.5 167. 170. 173.3 185.0 180.5 180.十一年
180.4 179.5 179.4 179 3 178.7 181.
5 185. 186.7 187.4 189.219~.4
209. 219.3 217.5 232.4 226.7 218.5 215.3 221.
219.7 221.6 226.9 291.
4 232‑ 十 十 九 州 む 児 穴 阪 に ︑ 北 川 市 日 附 の 双 山 ぷ に 就 い て 川 ぃ 一 人 物 川 川 か ら す る 弘 の と ︑ 代 日 ︑ 令 一 川 日 川 か ら す る も の と に 著 し い 民 附 が
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介川左試みる引が川たる
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γ 一乙では帆川の問係から後日
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一一︑我が国景気術成主茨鍛栄
( 一 ) 我 が 一 川 炭 鉱 業 の
次仙に述べる十シヨナル︒ピユロ
1 の方法に上るハザ問は
P M 月'流計の一不出の為に︑介析の期間は犬正九年から昭和十
二年川に到る問に制約せられた︒此の間の石川比忠一
m i ‑ ‑
一公州一を公気術門川正問辺させて考察するのであるが︑区ちにナシ
ョナル・ピス 1 ロ 1
の方法に依る令析に入る前に苅干の
A11
的 た 史 的 ⁝ 付 近 在 試 み る 一 引 に し 工 う 口
町 一 川 し 当 時 の 石 炭 生 出 去 の 市 中 ︿ 坊 に 就 い て ︑ 去 引 な 川 付 て む く と し 仁 川 ︑ 後 の ぷ 川 た 八
d析 を
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北川に於けろ
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欽定は明治政府の欽主の近代化代況の下に叫川町川(れ尚一的発民の歩一叫んを示したが︑明治十三年︑北︿
の川引は川町方付へ転化され︑一史に十七年以後その与くが三尖︑三井︑古川の犬山八木に払下げられた
nそれを契校と
してぷ川収術いか茂川的に進歩し︑同内に於ける鉄道制の発述︑初判︑⁝川江古の治歩︑上⁝山︑芥淋等への的出による稲
川 く
の 川
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ん 川
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八つて石川比生向は年を沿っ‑て附加し允︒引に大川一二年七日第一次以洲犬山肌勃功後各杭陀業活況を帯び︑
.石川似の小川川刊行しく川大した︑殊に活況を旦した大医七︑八年の川川に於いては︑新しく川坑せられるもの数十に述し
双山の此汗︑以
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一 川
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十 万
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山 氏
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も 若
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上 昇
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山知し間後犬爪九年の恐慌は︑我が同炭界にも一大打均一?を与へ︑山工均の山似相次ぎ︑需要の激減︑貯炭の以泊︑山氏
伺の下誌を米し止︒従つ‑て一収不不能の小山.民銀の稼働休止続出︑犬炭鉱司令一叉山山氏制限の必要に迫られた口斯くして大正
﹁ 我
が 同
長 気
変 向
の 一
分 析
﹂
一