戦 時 經 濟 と 東 亜 經 濟
馬 場 誠
日 次 一 序 言
二 束正経済の若干問題
三.東並経済政策の蛋妥性
四 長期計宜の樹立
五 国経済力の測定
六 東亜紹潜と通貨膨脹
七 墳時経済並に駅東経済の各種議論と批判私見
八 本問題の研究文献
九私 語︵腰衣の動向︶
一 序 言
本稿の由来と成立
額時経済と東恵経済二九
商 業 と 経 許
O
戟時経済の本質並に設展を研究して居った私は︑必然的に東亜経済の現欣及び政策を研究するに至った︒故に
本稿に於ては戦時経済下の﹃東亜経済の理論及び政策﹄に関して研究・論述する考である︒
我園に於ても時局の進展︑来車問題の重要性︑欧洲戦乱の重大化に伴って根本国策研究の緊要が認識せられ最近
日本経済政策の接合が創設を見た程ゃある︒太・年報に依って此稿を通じて経済上の図策花関する若干の論議を試
み度いと思ふ︒叉従来我図の来亜経済に閲する研鈴には種々あるが︑今や一通りの素材資料とか一式ふものは各所
に充満して居り根本的に考察せらるべき時なのではあるまいか︒
私は
太・
z日仰に於て大股耐を試みた次第であるが︑私の議論は多数の参考文献・資料を誤了した結果としての自分
個人の意見である︒何分問題が問題廿あり又時期が時期である魚︑思ふ様に議一前の強表が出来たかったととは幾
重にも諒承を願ふ次第である︒
私の此小論文素より良一僚の産物であるが︑幸に諸賢の一誤を得度い
ο
本稿の公表される頃には色々一情勢が鑓っ て来るととL
思ふ︑それ位可動的であるが私が筆を走らして四大臣合議(或は米内首相の言では合談とも一式ふべきかとと一
試ふ
様・
なも
の
L必要を感じた翌日四大臣合議のととが新聞に現はれたのに依って︑私は時局認識に闘する試問
に通過した気がして一程の自信を得たととを附一一目するものである︒
,
s
勿論私が此ぃ院に取扱った問題は相営に底汎である局に細部に亙つての研究の不十分た箇所の多々あるべきと止
も十分に知って居るから今後機合ある毎にそれを補充且後民せしむる考である︒山川ほ一一一一口御断りせねばたらぬと
五月二十八日 1)
とは︑墜術的強表たると共に堅生におする教育的資材たらしむるととを目的として記述した矯めに︑二元的にな
った部分も若干あるのである︒
比種向山手間の性質
私の此縞は或は時設とか試論とか云ふ様な性一質のものであるかも知れぬが︑其に就て一一言吋閉じ度いととがあるの
我闘では図家の重大政策に関する議論︑時局に関係ある根本問題の研究を魚す場合に比較的に共債値を低く見
る瓜
があ
る或
は試
一前
(私
論に
通ず
る)
とか
時設
(自
設に
詔ず
る)
とか
云ふ
て居
る︒
此は
我閥
的‑
回介
の矯
め置
に痛
歎す
べき
事萱
であって︑本来的に償値の無い内容のものたらば高く評債せよとは云ひ難いが︑問題の種類に差別を附する傾向
があるのは遺憾である︒私は寧ろ思一
4 4
4
をして好んで此種の図家興隆に関係ある問題・封策を議論研究せしむべきものであると忠ふ︒私は鶴一向的地位並に債値の正蛍たる評債の必要なるととを確信する︒試論又は時設は一時的
の債値を有するものと見るべきで訟く︑永久的・集積的に債値がある様に努力したければたらぬ
c
此賠翠者の立場は図家に押され気味の様に考ふるは営たら古る議論であらうか︒経済図策に封する閣改者の貢献
は致民故初の時期に主として存在した様に忠ふ︒現在其多くは一時的の債値・生命を保有するに止まるのは残念
である
c
明治初期の重商主義的図家政策の採られた時代が印ち政策車者の幅を利かした時代であったと思ふ︑主(後は経
段時経済と京国促流
商 業 と 経 済
済皐者自身が之を軽視したのである
o r
ムんも約二十年前から我閣に経替経済島一・と一式ふ様た新興の島一・科が職入せられて商業諸科事を整理・統合する使命
を有した特殊事情相それに忙殺波頭して居ったと一式ふ様た原因もある︑叉主(矯めに経管の方面は非常たる研究の
議連を途げたのである︒然し今日は戦時経済・東亜経済の問題乃至は欧洲戦乱の我図閤民経済に及ぼす影響等を
員剣になって論議すぺ昔時たのである︒
然るに園家は此貼に関して有利たる立場に置かれて居る︑実努力即ち閤策的研究の結果の集積があるととを認
めねばならぬ︒それが仕事である人の立てた政策が後極者陀縫がれ︑更にその上に築き上げられて進み行くのは
隼'ぶべきであらう︒虎が彼等は今日(経済事者の立場と異なって﹀経管経済問時的方面の充賓の必要を感じて居る様で
ある︒グヤ1ナリズムの立場態度も方と同様で︑図策樹立・政策研究の黙に関しては墜者は官界・操飢界に一歩
後れて居ったと思ふ︒研究者は理論を好み賢際を採った傾があるが︑桂一は車徒が図策の支持者たり園論の製法卓也
たり得ぺきととを理想とする︑それが叉墜究の義務責任であると信やる︒
東豆経済の若干問題
﹁戦 時経 済﹂ より
﹁東 亜経 済﹂ へ
故上回貞衣郎氏商工極替、経管
i
也、11f皐総論、参照。類似設、日時憲司氏日本計萱経済と束
E プロ
Yグ、国家総動員経済講話(昭 和十五年)四七頁、大阪商工合議所編、参照。1 )
2 )
博士の様
K
経済事の後詰が今や経皆経済墜から統制経済墜に進展する様K
たったとの解緯もある︒然し同意語であると一式ふて差支たい様のものだが其由胞に多少考究を霊ぬべき飴地があると田山はれる︒叉皐に経
官経済恩が統制経済墜に入り込み後展したと一式ふ丈では満足するととが出来たい︒批等の二訟は各真理の一面を
見で居るものに過ぎぬ︒
今は戦時であり又事は束亜に閲係ある統制的のもの・計霊的のものである貼に於ては関聯がある︑然し事援乃
至戦争が移了すれば問題は具るととになる︑それに西欧にも統制経済はあり計室経済があるのだから一臆の説明
としては便利だが︑厳格の意味に於ては正確を依くととにたる︒叉経管経済阜の研究の充賓と時勢の進歩とが統
制経済阜の蔚茅の愛生を見るに至ったのは異質であるが︑それでは今日の如き戦時と云ふ色彩の不十分なるを兎
れた
い︒
永田清氏は共近著つ戦争経済の潮流﹂中に次の如く述べて居る︒
今日一般に戦時経済または段争経済といふ言葉が使用されてゐる︒との一一一口実は論やる人達によっていろいろお
意味に解緯されてゐるが総じて戦時下に沿ける経消といふ庚い範固に包括されるととには異論がない︒われわれ
にとっては股時経済の概念規定が問題ではなくて︑現代の戦時経済は如何なる賓胞をもってゐるかといふ賠をつ
合とめるととが必要である︒
乙の貼は千時経済についても等しく営てはまる︒平時経済だからと言って︑戦争のための要因を全く含んでゐ
戦時経湾と東亜経済
九九頁、一一
O
ニ頁(昭和十五年〉。商 業 と 枢 湾
四
‑
.ないとは考へられない︒それどとろか戟争の性格は平時の経済にも強く織り込まれてゐるのである︒
例、
J
、 、 ば 道
路・橋梁・銭道に沿いて︑更に工業・農業その他を含む産業の組織に沿いて︑戦争のための考慮が常に抑はれて
おる︒殊に世界経済の解控過程を通じて﹁図防経済﹂の性格が強くなって来ると隠蔽された戦争の準備の程に千時
その各々についての抽象的概念にあて経済は確立されるのである︒故に平時経済と謂ひ︑戦時経済と一マ一口っても︑
はまるものは︑現震には存在したい︒
'i
ワーゲンフユ
Iルは次の如く述べて居る︒
ヘツセの区別する如き戦時経済の四区分
l l
平和時に於ける戟時経済の準備︑千和経済から戟時経済への移行︑
戟時経済の形成沿よび撰張︑動員解除ーーは︑事情の可能的た推移そのものからひとりでに生じるのであるコと
れに反し︑人がとれらの問題の或る部分を﹁図防経済﹂と名附け︑他の部分を﹁較時経済﹂と名附けようとしてゐ
るのは︑むしろ趣味の問題である︒五口々はヘツセと共に︑戦時経済阜の概念の中に図防経済の概念を合ませるの
が合
目的
的'
だと
信や
る︒
との見解に従へば閤防経済は﹁段争経済の第一段階︑戦時経済の準備﹂だと一式ふととに
たる
︒
﹁東亜﹂の
意
義
東亜経済︑東亜新秩序或は東亜経済ブロックと一式ふが︑其﹁東亜﹂とは如何なる意味を有するか︒
m (
亜院とかm
ハ7 民争経済の理論主政策、阪本泉語、宮川究序、昭和十五年、結言、設時認沼
早の封象および任務、三一四頁。
•
1)亜経済とか云ふ場合には東部︑東方の意味は入って居らない︒主(代
‑ a f
亜細亜振興の意味が表はれて来るし叉地理
的にもより賢い結国が繋定される︒図語としても来豆と云ふ言葉は事援前は飴り償行されて居なかった︑英語で
も同
25 5
﹀
mと云ふ様な語は見慣れたい︒唯東亜経済調査局とか東亜同文舎とか東亜考古堅位のものである︑U
却っ
て﹁
来洋
﹂と
云ふ
語︑
亜細亜又は極東たる一一一口実が普通に使用されて居った︒此は全く我図の図民経済・戦時経
日文事変の戦勝に図る図威宣揚の賜とじて皐問に影響を及ぼし東亜なる観念が漸弐確立するに至った
ものに外たらぬ︒論者が﹁満洲事援によって黒龍江から興安嶺にまで進出したわが閤防線は︑支那事援によって
は天山山脈から南はヒマラヤ山脈にわたって︑東洋平和を確保すべき図防線は︑庚大無設の地域に擦がって来た﹂ 済
の後
展︑
と一式ふのを見ても大間を察知し得るであらう︒
東亜経済政策の重要性
邦人企業の大陸進出
大陸建設の魚めの民間邦人企業の進出に就ては官初議論があった︒
或資業家の設として︑経済建設を潟す様になったのは日本間民の力である︑帝図臣民の血である︑故に我々が
︑ ︐
J自由に経皆し得る地域たるととど主張ぜねばたらぬ︑決して少数財閥資本家の自由に委すべきでたい勾
o
此貼我図は︑満洲図が哀惜一市を図家が統制する様に政策を定めて居ったのに鐙みて︑如何免ずかと忠はれたが︑
戦時認演と京盟椛流
一 五
谷口吉彦・氏、来盟綜合陸の原理、一五五頁。
阿部大使経済顧問青木氏に封する大阪政治経済研究舎の意見と要望(大毎五
月二十三日)日支合作に一矢一大来の踊利を計れ、参照
Q商
ι
業 経 済4 4
︑
↑
﹂ /
矢張また統制と一式ふととになった︒担問登舎祉と一式ふものが出来︑管下各種合吐の親.舎一位となり親合枇の株式
左政府が持っと一式ふ工合である︒無論自由事業もあって全部が統制事業と一民ふ誇ではない︑政策としては好評た
様である︒今日の如き統制経済の時代には好誼なる企業形態と一試はねばたらぬ︒
此開後合枇は近代の形態であるが往時の英吉利来印度合祉の如き必らやしも好成績を示したもので無いととに
鑑みるべきである︒
はね
︒ 和雨や英士口利の束印度合祉は支那の開設舎一世の如くに子舎枇を有せぢりしゃ植民政策史上の研究問題たるを央
濁創性と敢行性(経済問策の基調)
認に問題にし度いのは︑務創性と一式ふととである︒成る程日本人はオリヂナリテーが無い︑西洋人は後明・殻
見の才が有ると概評されて居るが︑園策の樹立に営つては色々た事情︑種々の費情を知悉するととが必要であり︑
其を蒐めて後徐に此が封策を練るととが肝要であって︑所謂物知りが重要である︒叉図際法の如きも︑先例の集
成とも云ふべき程のもので寄せ集めである︑外交慣例が一番大切で賢は図際慣習法たのである︒図策に就ても亦
弱創と去ふ様友部分も無論若干は必要である下類例を知るととがより必要なのである
o
其賠に関して︑例へば米穀図策の如きも進歩と一式ふとともあるが︑極言せばヰボ穀不足の場合と米穀過剰の場合
最近の産業組合運動のー傾向である所の「図策合
l
誌べの投資園陸としての産 業組合の鑓i
博j
に注目せ上。来畑精一民統制経済と産業組合運動、国家皐f11
J 雑誌、昭和十五年四月競(第五十四巻第四旋)ニ
O
頁以下。とのこ桜の準備を怠りたくおして居るととが大切と一式ふ位で︑念場の蕗置を採り論ぜねばならぬ︒
此意味から図築史と云ふ採なものを研究する必要がある︒商業政策史・日本関税政策史とかの方面巴定限して
居る問中徒のあるのも︑此種重要性を認識した結果と思ふ︒
段然たる狛創性と一式ふが如さととを要求し得ない︒寅地に関する知識・経済事情の物知りたるを要する︑例へ
ば交通機関を大陸に建設するのに横断主義が縦貫主義よりも可たりとするが如きとと︑叉棉花を支那に栽培する
必要なる知識で方策は日印協定に依り綿製品輪出の翁棉花輪入の必要なる事情の翁めに妨げらるべきとと等は︑
ある
肝要と忠ふのは濁創性よりも敢行性とでゐ云ふべきものである︒ ︒
陸海軍部が革新経泌政策を時三校表して︑銃後の第一線を支配して居るのも︑会く敢行性印ち勇敢なる賀行性
に富んで居る魚であらう︒狛創性の内容は兎に角敢行主税を認に附記する︒
戦 費 支 鉾 と 外 閥
日文事変は何故に戟費支排に外図の力を借らぬととにして居るのだらうか0
・
戦時経済の車問に依れば外債の力はある方が結締と云ふととになって居る︑我方の経済力を充賓せしめ戦争力
を充分にする
ζ
とが出来る道濯なのだ︒所が例へば本年の戦費は図民の貯蓄百二十億を目擦とし叉公債を全閣に戦時経済と京直結済
ー
ヒ
商 業 主 経 済
八.
引受けしめ啓一部を内債で支排して仕舞ふのはインフレI
シ ョ
γ
の防止策としては結構であるが︑正貨獲得にも封比すべき外債の募集を差官り紐育設りで行ふ方が良くはないか︒日清・日露雨戟役の故智に路一ぶべきであらう︒
蒋介石の方には援蒋借款と一式ふのを時々見受ける︑叉クレヂット設定もあった様だ︑然るに我方には外債の募集
が出来ぬのは閤際的に不人気の矯めでピもあるか︑須らく好拝に努力すべきである︒
東諸経済の建設と外債等第三国の肪勢
最近辺氏の新政樫樹立に伴って支那に外資を聡入して経済開設を行ふ方針を昨日明して居泊︒叉我闘にも支那に
外岡資本・を職入しても差支なしとの意見が多く現はれて居るが︑私の見る所は旦︿り︑外資は我園内に聡入する様
にし支那の邦土には外資を轍入せぬ方が善い︒我図が封支外資の肩代的立場に居る様にする政策が採用せらるぺ
きであらう︒
t八方美人的に諸外国の資本を支那に歓迎するととは利樫等の問題.を生じ耳・
MM
K以来の我闘の東亜建設に封する努
力を空くするととにたるっ此は芳い者に金を持たせるのが危いのと同じ事である︑此を本家である日太・が金を借
りて本家から分家である支那に金を貸してやる様にすると間遠が少い
σ
既述の如く我閣は閣内に外図の力を借りる鈴地があるのであるから︑釘Jろ立一方面に第三間の助勢を得るとと︑
し︑大陸では東亜共同・来立連帯の克地から向来得る丈来立民放の白力で建設するととを可とするであらう円
仰南西の如きである。
欧加、l
戦乱の抜大が明白となった事情の髭化は比方針、政策、意見の賃現を図
難ならしむるであらう
Oヘ
1 )
2 )
欧洲戦飢の東亜経済建設に及ぼす影町村
今次欧洲戦乱は大民登展して濁治は和蘭・白耳義に侵入し次で悌関西に進出して皐濁嬢和を魚さしめ終に英国
を脅威する形勢とたった︒
東亜経済建設の立場より今次欧州戦乱を如何に見るべきであらうか︒
好機逸すべからやと魚して支那に於て占操範閏を蹟大するととも思付かるLかも知れぬが︑それは賢明たる方
針又は道徳的の遣方では無い︒彼等には来方に勢力を割く丈の経済的並に精神的徐裕が無かるべきととも想像に
難かちゃJではあるが︑我方としては来亜正義の戟たる以上には一歩も出歩べきでたい︒
日本の釘欧関策は営初宣明せるが如くに不介入である︒欧米諸図の封亜政策は格別態度を明白にせるものも無
いが事賃上不介入である︒
我方が皇践の目的を達成するのに比較的容易となるととは疑ふペくも無いが︑さりとて之に一来やるととも決し
て利益で無い
ο
欧洲の動認は英仰に極めて不利である︑伊太利も溺逸K荷拾した︑和関は英吉利に其政府を移したが︑白耳義 も首都を特じて居り図としての大問題を控えて居る︑側関西も政府を還した︒我図は共財幸一帽である︑領土内
K
於て戦争が行はるL
ととたく︑図民経済は此意味に於て何等の影響をも受けて居ちぬc
戦時経済と東亜経済
大 企
商 業 と 経 済
O 四
欧洲戟乱が現在の如き欣態になった
ζ
とは我東亜経済の建設を敏速ι
し又調整を容易ならしむる様になるもの 少するが故に所謂経済調整が比較的簡単になるものと考ふるからであるc
し き
む 人 現る 的 下 様 資 の 努 源 時
カ と 局す し は べ て 南 き の 洋 も 南 在
の 洋 位 3 )
で 華 の
あ 僑 華 ら を 僑う 無 が
O 親 授
叉 す 蒋 若 る の
し と 勢
之 と 力に な と 反 を し
し ゃ て
て を 有 蒋 忠 力政~~ 危
機 の る
と
'''0'と
開 あ と 係 る を を 。 認 、
縫 我 識
絞 図 せす と し る し む 者 て る あ は 忙 ら 南 至
ば 洋 つ 我 華 ? と 図 僑と を 所
し 新 謂て 政 南 は 様 方 此 の 費 と 下 源 重 に 論
鹿 入 の 政 ち 如日米貿易難打開が信ぜられる。
東亜安定確保に闘する具位的諸方策、世界新秩序建設への閥ぶ具現に関する 具陸的諸方策(大毎六月廿六日所載)には大陸に於て賛意を表する。(外交賞 局の刷新具控策〉
爾印、交IiliI:支那等を合む。
る
c
又容易友らしむると云'ふ事情は欧測に封して物資を供給するととが社絡すると同時に供給を受けるととも減 と忠ふ︒敏速にすると一式ふ意味は︑東軍関係諮問問に於て庭理が可能とたり問題紛糾の民が減少するを以てY
あ只問題になるのは米閣である︒米図は圏一諭統一の要もあり叉芙仰敗戦と伊太利の参戦とに鑑みて共態度の決定
も延引するに相違ない︒米園に執って東亜が重要か西欧が大切か︑恐らくは此問題に就いて同種同文の後者がよ
り重要な関係にあるとと故︑主(方に勢力を割ぎ来洋に手を伸ばす丈の徐裕が精神的にも物質的にも有しないとと
白血になるものと信やる︒此意味に於ても我同乃至束亜の形勢は安泰なるを得るであらう︒
東亜経済よ
b
見たる南方資源府との交渉を断絶せしむる箆必要がる措置を執る必要があるの
私は南洋華僑は支那本土と交易を潟す者であるから︑本土が混乱欣態にある以上は商賓が上ったりになって居め勾
ると恕像するのだが︑其迭の庭如何であるか︒図策としては出来る限此を立撫ずるを可とし等しく東亜建設に共
鳴せしむる践にし皮い︒(欧洲戦乱の最近の設展に依り私の此一部分の意見は更に一段の考慮を要するものになった0)
四 長
期・計
霊
の
樹 立 年
次 計 霊 の 目 標
近時経済に関して年次計笠を定むるととが普く行はれる︑市してそれの相首長期に亙るものもある︒此方法は
ソグヱツ下に始まるものと思ふが︑我図では生産力掠充の震の四ヶ年計査とか満州国の産業開後五ヶ年計霊や北
支開後四ヶ年計笠等がそれである︒ナチスもソヴエツトに倣って年度の計霊を立て
L
居り︑又ソずエツトもナチスも共に計主を更改して居る位である︒
此は目椋を定めさせて短期聞に精神力・経済力を集中︑努力せしむる数呆がある止されて居るが︑飴りに長い
時は却って放伎にたり気抜がすると云ふ依賠もある︒昨年十二月に行はれた経済戦強調運動の如きは一ヶ月とし
旨
‑ 守
﹀
︑
芦︐ 刀
それは全︿人心の弛絞を防ぐ震であった︑叉賢施の要項も数ケ僚のしかも具鰹的のもにし花︑其確賢たる
官説を期したのであった︒
我図計りの問題では無いが︑経消計去が四ヶ年とか五ヶ年とか一試ふのは︑所謂短期戦に泊臆するもので︑長期
時時経済と京亜続出
四
本年度の寅行方策は霊知主義強化(徹底的重賠主義)にある由(五月八日〉。
商 業 と 経 済
m
較の目的を港行ずるには油明でたい倶があるの現今我関の統制経済は各所に破綻を生じっ
aL
ありと枇評され︑
叉
計重が短期戦に封ずるもの印ち一時的の園策であると一民ふ非難があるのは︑幾分営って居る︒
戦争の目的も短期戦︑不強大主義であったものが︑先方の出様で長期戦へ進展を見たのだ︒刊紙陀於て普通の戟
争即ち短期戦の場合とは高事が遼ふととにならねばたらぬ︒此は須らく長期計霊と短期計霊とを敢行せしむが良
ν 。 、
経営経済島一の方で一式ふ強算に依る事業統制の研究の如きも一ヶ年の輪以算の外に十ヶ年とか十五ヶ年とかの長期
に亙る珠算を樹立し同時に並行する方法を探るものがある︑彼の米図の電気関係の合枇が其例としず翠げられて
居る
︒
長短二計査の併行
我大陸計霊も従来の様た短期間の経済計書の外に五十年とか百年とかの長期間の計霊を調査・研究して並立・
調和せしむべきである︒
"長期の経済計室を樹立すると︑重工業を隆盛たらしめて軍需工業の確立を計るととも合理的に出来る外︑外資
聡入と云ふととも是非魚さねばたら守︑叉可能なるととにたる︒
東亜を綜合する五十年乃至百年の経済建設計霊が作成され・なければなちぬ︒現在の様に例へば日本と潟洲閣と
が期間的にも年度的にも異なって居るととは不便であり︑'叉毎一ヶ年の有する経済的償値も各異るのである
c
此 等は此際内部計主として綜合的につ来型経済建設計主L
に統一・融合する必要がある︒先達の議舎に於て棲内寂相が或然口掛川をして居るし︑叉谷口博士も八ヶ年計書と云ふものを提唱し︑最初の三ケ
年が文化的・政治的工作の時期︑主後の五ヶ年が経済建設の時期と潟す案である︒
百年後の東亜に封ずる年次計主の進行とならねばたらぬ︑将来の見透しが大
K
必要である︒如何にしても閣内産業の重工業化に依って人間教の徐硲を生じ其者が大陸建設の第一線に立つととにたる︑農
業の機伐化の如きととが進行せば向足の話である内人の聡出が物の輪出よりも重要の役割を演中べきは勿論であ
るの
序ながら経消計者一には金額の外に故比五も考服せねばならぬ︑我閣の財政設算に於て金の設算の外に物の珠算を
作成する様になったのは比較的新しい事だが︑此時分から我閣にもインフレIションの現象の存在が公認されて
来たものと思考する︑印ち昭和十三年度の珠算から︑珠算編成の場合は︑各省が大蔵省に歳出の輸出算を要求する
のに共金額の使用による需要諸物資を品目別に数量︑草債等を必中添へて出す事になって居る︒
法に於ても亦来亜の範囲が問題になる︒庚ければ計査が立て難い︒吾人の東亜とは日・潟・支の三園邸ち日本
及び士一努力を及ぼし得ぺき各図である︒所担問東亜聯盟の結成さるぺき図々を指す誇である︒
東西経済の調怒問題
戦時経済と来車総抗
四
商 業 と 終 済
げ叫寸汁1
1 1
1 1
近時我闘では図策として﹁図民生活の安定﹂と云ふととが唱導されて居るが︑此は経済計書中の短期の年次計
室中に宮現を見る様にし︑閤防の完備は日本が東亜の盟主として台︑拾する犠牲が大に必要である︑而して此介は
所謂外資の聡入に依って日本図内に重工業的設備を散在せしむるととにし度い︑無論若干は資源の存在する大陸
に位置せしむるととが肝要だ︒
日本は棉花栽培の如きは兎に角農産物耕作をば全然潟支に委ね放任しで良いと云ふものでない︑叉図民生活安
定の見地からも常備食主の若干部分は悶内で出来る様にせねばならぬ口
又﹁図民生活の安定﹂に関係ある民生産業や交通・土木・銭道等の基礎産業は東亜部分の経済的債値に応じて
建設する様に長短適宜の年次計主を樹立すべきである︒嘗て興亜院が設表した﹁大陸建設と技術協力﹂は英一重要
なる資料である︒内容は大陸建設︑技術協力の必要︑資源開設と技術︑技術協力の要件︑技術協力の内容より成
︑っ
て居
る︒
目減支三園聞には現在魚替の問題は無くた勺て仕舞って唯関税の問題丈が残って居るU新政府財源としての関
税の重要性を他の牧入に代位・補填せしむる手段は・ないか︑岡家が聯盟を形成する一要件としての関税同盟成立
の潟めにも研究が必要である
o
一米
毘聯
盟邸
ち固
ブロ
y
ク内の貿易の圏内商業化伊意味する︒五
園経済力の測定
週報一四七披(昭和十四年八月九日〉ニ頁以下、参照。
一足飛びに賀現は無論困難であらうQ
1 )
ヨ )
︒
円aτi
4 t
一
h
p司
i E ︐ ︑
O占hレb
m
頁 一' 五0 0
・ 叫 六
︑け 下
m 三
一日 以
η
m .
書頁 日 出
ぺ 七 r
品川川官 五 凶 氏
R l ︑
JFLJZζ局 時
ULお
; Z E i
す十一一山川
闘 和 由
t
に 昭 ゐ
﹁ 此が戟貨の計算と云ふ様友戦時財政の立場からすると疑があるのであって︑戦死者を金銭で評債ずるのは院副川齢
め
・
0 0
ぐ・ 諮 W
の
米国と悌図とかの堕者のするととであって我図の墜者例へば井藤博士の如きは不可と云ふて居る︒カ米図の年年年政]値
﹀ 八 八 十 財 叫 償
問的おと雌も戦傷者の拐容は金銭で評一鎖して合算する仁との必要は之を認め乍らも計止して居らぬが︑此とそ附⁝印刷一腕均胤
口U
傷 害 保 険 の 場 合 の 如 く に 左 手 何 程 右 親 指 何 程 と 云 ふ 式 に 計 算 す る と と が 合 理 的 だ ら う
︒
︒ 勾 め め の め
図官・国民所得の制限本的測定
図官︑経済力と士一徐裕部分の測定が必要である︒此図宮の計算は仲々六ケ敷いとξ
であ
る︒
笑士
口利
のサ
1・
∞ ロ ‑
J ν 1 4
μ
イア・スタンプは此方面の有名た興‑者で主として租税の立場から此必要を認めて居る︒園官より生︑?
し す 回
5vmEEHV
る図民所得である︒我図でも高橋秀臣氏が図官計算の重要性を平くから主唱宣行して居った︒園の公の統計としては昭和五年
が最近のものである︒又此方面の研究としては︑例へば土方博士の図民所得の構成︑汐見博士の園民所得の
分配︑或は中川教授の図宮及図民所得があり︑何れも有益である︒
図宮の最近の測定を魚して︑前述の経済建設百年計査の有力資料と潟すべきであらう
ο
此を知るととに依って図内経済力の合理的使用を考慮し︑
共場合に既出の人聞は如何にするか︑許債するかせぬか︒ 叉士(割営を年次的に泊陸せしむるととが可能とたる︒
戦時経済と京亜経済
四
五
位 六
白 在 現
k . 0
二
・ 照
十 点 タ
cp
回 以 億 頁
十
Oリ
J
︑
︑ 九 九 現在の我図官・悶民所得は何程と見積るべさかっ此は企業の許債と同じ様に各伺財・ほのん旧日川口許債よりも以上百一
ぱ 持 一 日
O A M Q d {
刊
‑
の綜合的たるものが経済力となるととに注意せねばならね︒高橋範士口氏は興味ある概算を示して居る︒﹁之に由る︒聞協
G R D J n u
ぱ 民 氏
と朝鮮喜湾を合める我が全閣の閣官は昭和十一年に於て震に千九百六十五億岡山ち大約二千億国を算するのであ川
o
図
︒ 藤
‑ U 下のベリ井
る
︒ 昭 和 七 年 以 降 に 於 け る 我 が 経 済 力 の 驚 く べ き 異 常 な 登 山 速 を 顧 る と き
︑ 右 は 必 し も 過 大 で は な い よ 川 則 子 市
‑ L 口 刀 三 国 財 確 剖 五 我 一 け の
根 本 的 主 義
n r 力 の 腕 笠
J
堂 同 一 時 一 服 部 閉
出本年伺自制
我闘の経済力の一部を大陸方面の建設に放出するととの債低に就ては現在図論の統一を見て局り捜内寂相は議日
‑ E
一一
算︑
凶 之 十 挽 説
合で此種の投資は将来十日大大の利潤利息を質すが故に有利たりほ説明して居る
o
依って図官・図民所得の根木的測陶脚馴臨則
定を魚し士(を基礎として百年と一式ふが如さ長期の経済建設計主と四︑五年と一試ふ様た短期の経済計設とを並行せ町幻め
商 業 と 杭 許
四六
人間を貨幣的に評債するととも経済計主の来車新秩序に封ずる重要性と一式ふ大果的見地よりせば己むを得たい
し又共方が合理的と思ふ︒
人的債値計算の重要性を認めた・のは故アルフレッド・マーシャルであるのも興味がある(経済原論)
最近日太・の島一者が矢張此問題を論じた末︑股時に於ける人口出生率の減少を戟費の一項目と急すものありと述
市iぺて居るのも面白い︒(叶
] E B 3 5 ‑ r z
E
ュ ︒gEF03EF2門 戸
︒ ロ g p
﹃2 H F
︒ご
r o
︒gFO同吾
作一
宮内
田門
自己
何回
}凶
器ゲ
0 2 M
主 席 目 円
︒ 仏 ﹃
C
門 司戸 田 仲 巧
h w g
げ可
E
︒同
o p h H
ロO
ロ ぬ 巧 ユ
円 ︒ ♂
: j
i ‑
‑ )
. 1 ¥
しむべきととを主張するものである︒
国より詳細の各種数字に就ては私の知り得る所で無いが︑前述の如き根本的の考方印ち現在得されつ
L あるよ
りも透に基礎的た図宮即ち経済力の新算定と長期百年の経済建設計霊の樹立とを銭すととの必要を強調し度い︒
圃.L.
J
、東
E
経済と通貨膨脹イ
ン 〆
アv
ジ
ヨy 我図の戦時経済政策で最も成功したものはインフレ防止策であったらう︒置に経済上最も恐るべをはインフレ
ー シ ョ ン 印 ち 一 迫 貨 膨 肢 で あ る ︒ 私の如き一九一一一一年(大正十一年)秋より純一ヶ年恰度調逸のインフレIジョシの初
期から山県民夜中に亙って滞在した者には︑士一如何に悲惨であるかど普く判る︒賓にインフレ
1ションは暴虎よりも叉
獅子よりも恐ろしい︑普通の武力戦よりも此意味に於ての経済戟乃至経済的破壊が真に警戒すべきものであるう
低 物 侵 政 策
日支事境開始以来漏四年士一間我図の内閣は拐に数回更迭して居る叉衆知の如くに局面の柏村化に伴ふ事情の鑓更
も後生したが経消図的爪中一定不動であったのは低物債政策である︒米内総理大臣も此支持を言明して居る︒
低物債は何に依って官現が矧待出来るか︑云ふ迄もなく通貨牧紛である︒ インフレーションの反封印ちデフレ
戦時続出と東亜経済
四七
同 業 主 経 済
四 八.
ーシ
ョン
であ
る︒
普く云はれる所だが前に大砲ご門を買ふととの出来た金で大砲一門しか膳ふととが出来ぬ様に
たり図家輪以算の賢行難とたる︒それが圏内の公債政策と相待って︑軍需産業に投ぜられた戟費が︑ハ公債路寡とた
って︑資金を還流するデフレーションの妓果を奉げて居るのだ︒
イ
Y 7 v l
ジョ
y
睦験私は先年渡欧して始めて貨幣債値印ち︿巳早川工費動を賭験するととを得たのであった︑始め一二ヶ月科英闘に滞
在して然る後に入濁したのである︒入濁早々は未だ貨幣債値が崩壊して居たかった︑それが段々下落し始めて途
に惨落した︒我々の如き外貨を所持する者をぐ巳
5 2 g
同 庁
k p g z E 2
と稽し羨望されて居った︒馬克は日々一償値
が下落する一方であるから︑外貨が安定せるものと註り︑弗(米国)が馬克で何程にたるかと云ふととが目標とさ
れ︑新聞は強行の都度大く黒い活字で相場を記載して居った︒硬貨は貨幣債値の下落と共に市場から影を潜めた︒
其魚市場に流通する貨幣は皆紋幣丈であり所謂司
P1
2B
Rr
と都せらるtAものであった︒桁遼的下落の矯めに紙
幣の印刷が間に合はや苔紙幣の表に新紙幣額面を印刷する段物路用も時々あった︒
食料品底に走って行ったと云ふエピソードは賢地見聞し怠かっ
たQ又紙幣をス1トケ1スに一杯入れて銀行から戻ったと云ふ話も聞く様だが此亦賢際あった事か普くは知らな 書物にある様に貨幣債値の下落せぬ内にと︑
v
。 、
田中法三郎氏、躍進の満洲経済(良徳七年=昭和十五年〉四一二頁等。
1 )
Z
︒ 仲 間oE
と名付くる緊急貨幣(陶器製・布吊製・皮革製・紙製)は︑外遊土産品として百貨庄から買求めて賜って
居り︑底h
八一
展覧
合等
にも
出品
した
︒
レス
トラ
Y
トに於ける章一伏二度の食事献立に記載してある金額が︑毎回縫って印刷されたとともある︒.ハyジ ョ
γ
が霊食を出さね様にたったのも回想するさえ悲しいととである0
・仮想利潤と金貨償貸借封照表
我々の良・問の方では∞岳O門
出向
︒三
ロロ
の研
究や
の巳
己目
白井
出口
S N
の研究等が興味あるものであった︒
前者は仮想利潤のととである︑貨幣債値下落に伴って利潤と見るべかちざるものが計算上出て来るととを
指すのである︒一O︑000馬克で仕入れた商品を従来一二︑000馬克で販資して居った︑然るに今度貨幣
債値下落の矯めに一五︑000馬克を支出せぬでは仕入れられや又一四︑000烏克で頁却したとしても四︑
000馬克は利益では無く︑仮想利潤である︒
後者は
31
︒H E
R ‑
ごピ
一々
の己
仏E
RW
に記帳する様に二重欄を必要とする︑ぬの
oE
ER
が大健一弗と云ふW
勘定である但此記帳・経理形式は賢用化され司なかった様である︒我図は幸にも現在悪性イ
Y
フレ
に円
訪日
され
て
Y A
現在のい院は仮想利潤も金貨幣貸借封照表も共に問煙者の研究圏内にあるに過ぎたい︒
の
居らぬから問題たいが︑研究は必要である︒ O同白戦時経済と京亜経済
四
元
a高瀬珪太郎氏、企業財政論(昭和八年〉。
太田哲三、岩田巌雨氏イシプレージョシ合計〈昭和八年)。
高瀬延太郎氏、極管分析(昭和十三年〉。
同
氏、貨幣債値箆動期の経管分析(経営卒論集極管とイシフν
ーγ
ョ シ(昭和九年)。調逸の金賃貸借主主照表令(一九二三年一二月二八日附)。
¥ } ノ
︑ ︑ ︐
J
︑
lj可i o G q o
4 )
商 業 と 経 済
五
O
私は此等二問題に関する遺文献の若干を蒐集して蹄って居るが︑主たるものは∞位百軒γ
の研究業作である
我図最近の問題であり本秋の日本経管墜合大舎の共同研究の題目たらんとして居る利潤統制も︑此部分と密接 ︒
不可離の関係を有するものだ︒(戦時利潤統制所載関係文献参照)
インフレ
lジョン指数方法の公定
インフレーションの程度を気堅計・寒暖計の様に叉天気設報式に決定・測知するととが出来ると良いと思ふ︒
事問的に可能た又有盆た事柄であらう︒限外務行の金額位のととで無く今少し綜合的のものが
ll
景気設測・経済輪以測程のものでたくも︑指標を綜合する式のものが︑園際撃者間の協議に依って決し得るたらば︑島一向上大貢
厭であるまいか︑即ち景気指数に非ざるインフレーション指数作成方法の公定である︒
嘗てジヨl
ン・
メ
l
ナ
1ド・
ケ lンズが園際牧支の項目を図際的に一定統一由︒Jる意見を経済雑誌に後表したとと
日
﹁
︒ ロ ロ 岩 山
[ h
句
Hロ ロ 円 白 州 円
︒ 山
︑
o m ロ
があったが︑あれは其後図際聯盟謹りで賢行したであ︑らうか︒
インフレーション指数の算出方法を図際曾一誌で申合せて賀行すべきであらう︒
デッキスと翁す仕組も賀行困難ではあるまい︒ 主(指数に基いて経理記帳のイシ
乗 数
の 法 則J 1
三井泰太郎氏段修山下勝治氏著(昭和十四年)ニ七O
頁以下。︑
iJ
W O
我図の議行せる公債が十分に治化されてイyフレ防止の作用をなし叉低物債政策も不動であるが︑公債の不治的時
oe
化部分は所請来教の法則に依って多大の影響を財界一般に奥ふるものであるととが知られて居るから︑公債の後
Mm
d o
行額が増加するとと九段会槌践が長期に亙る矯めに公債の不治化部分が経済界に奥ふる髭替は設想以上に大であ
a u b
るo
其意味に於て悪性インフレが委亡掛って居ると見て良いのだから︑此事震を衆知せしめねばならぬと思ふo
忠 明
E v b
‑ L
︑1
h N D
︑
乗数の法則とは何であるか︒ケトンズに依れはF O H 5
母 国 ロ
O
昨日H
O ‑
‑ ‑ d p o
ミミ
h h V N
之 ︑
︑ 念
ミ 句
ん て
吾 川
I :
ロ
w n町 ︑
z e
四 o
橋m d
y M
披 一
g
と きと 旬 ︑
. k I 月
︑
叫 ぱ 四 質
叶 E
m A g E
‑ q p o
門
8
5 E o g z o
‑ E
匂
0 2
の ♂
m g F 0 8 5 0 t g p
‑ g r o t
司
P05
丘 町 ロ
Q g g E
え
0 5
匂己
主]
ご戸
m w
︿ O
E m
め 叢 性
ぽ
‑ U
ゆ
H
4嗣の
Z Z
色︿ 広
$ 5 0 8 8 5
匂 5
氏 ︒ ロ
EZ558H 吋 O
円bptoe+55203PEERopoUM
問問
一
R555c ご o ロ
∞ 己
目 立
一 S E 5 2 5
ご
8
S H 5 7 4 0
ロ 2
2 5 b w U H h b h b W 5 2 0 H l
叶 一
∞
2 5 ご
: z E J
閉山 間
ー し 叫 問 む
a U 1﹁ ノ
ド ミ
自民
E同
Jg
℃g
∞ 広 三 ︒
n o ロ
EB
0
・ '
︐
m
副 知 動 封 6 1出来開⁝
F O H
ロ 山 口 幻
一 ‑
h H r o b 5
ミヘ ミミ ヘ ミミ
N I b
匂y ︑ . .
出
n L
m
氏︑ 丸 一
∞ 馬 氏
日
V 0 ・
伊 保
一
紙 倣 仰 の 公 債 性 明 日
K P
瓜 高 呉川 ル ふ
m h
世間では紙幣の公債性とでも一氏ふべきととを宕過して居る者が多い︒蓋紙幣も一一回の公債である︑唯強行者が1
限 切 釦
紙幣は日銀公債は政府である︑それと期限の存否の差がある丈だ︒此二者が図民経消に及ぼす影響は全く同一でめ
戦時経済と京単純前
31.:
︑
ι戸畔‑ u
山 川 北 川 羽 引 リ ベ 刀
昭 郎 一
集 害 枇 む 念 ハ リ 記 策斗
﹂ 国
経済的にも法倣巾に優る貨幣制度の成立を我閣は十分に・将鴻
的 川 ノ
﹂
﹄
主
μび 野 及 佐 賀
加 叫一 昨 リ 金 口
'Y
}
可ノ
理 湾
整
o 終
・ の 下 車 幣 以 東
法︑
頁二 氏 氏 二 右
知 町 左仁 灯 計
︒
置白日産下
主 出 土 以
商 業 主 経 済
五.
ある︑紙幣の強行額を事情従前と比較して此意味に於てのインフレが存在せぬと一式ふととは問来ないだらうつ包は
公債と紙幣とを一元的に考察ι度いのである3
新関民政府の貨鮮制度
蒋政権が強行し第三閣の支持して居る所謂法幣が今後如何たるかいふ問題である︒新図民政府は矢技自分の貨幣
を有すべき乙とが図内統一の魚必要たる保件であるから︑
助成すべきである︒叉日本の国左大陸に於て流通せしむるととは国ブロックの経済圏域完成に役立ち束亜民衆の
厚生に多大の貢献を篤すとと
L
も息はれるn私の推測では現在の支那は悪性インフレに大に悩んで居るのでは無いかと思ふ︒とれを救済する矯めにも是非
法幣を現賢市場から吸収して新紙幣を流通せしむる様にせねばたらぬ︒其安定せる貨幣を普及せしむるのに︑我
1 i
図は経済的支援を急さねばならない︒最近の外交工作は共に到達する迄の暫定的庭理と解する門 q
七
戟時経済並に東亜経済の各種議論と批判私見
私は以下我図の京亜図策論者の意見中︑有益と思ふものを摘記して之に私見を加ふるととにする
o
島一
‑界
の先
進
者に封ずる非躍は幾重にも御容放を乞ふ次第である︒
会)
O
ー︑目崎将士山﹁今日に於けるわが闘の経済位制は準戟時腿制と戦時位制の二本建であると考へる︒即ち現在わ
が図は支那で戦争をやってゐるが将来たほもっと大きな戦争が他の閣との間にあるかも知れたい︑その危機に備
へてゐるのでとの危機におする準備のためには生産力強充といふととが必要になってくる︒一方で軍需品を現賓
に直ぐ按へると同時に︑他日起るかも分らないととろの場合を諜恕して生産力蹟充をやるといふ準戦時時制と戟
時間国制の二本建である︒だから今日戦時臨制のもとに於ても生産力強充といふととが盛んに行はれてゐる﹂云々
と述べて居るが正しい観察であると思ふ︒然し目崎氏の右議論は精密に云ふ時は若干考慮の徐地がある︑印ち我
図現下の経消が二本建なるととを認識する賠は正首であるが︑共内容に就ては異議がある︒破壊的戦争の外に大
陵の建設工作が
bり此等二つと一式ふのが通説である︒生産力掠充は大陸建設の具眼的準備の角めに大に必要であ
って或は他に注生するととあるべき戟争(支那以外の図いとの)の準備と云ふととは現在首面の目標とはなって居ら
ぬ︒仮設敵国と云ふものもあるべきだが今の我図に執っては候想敵図の翁の特別の準備と云ふととは表面立たぬ
ものであらう︒
目崎氏の意見は準戦時経済の治?を戦時経済の準備と云ふ意味に解したる議論である︒私は準をο
ロロ
丘鞍
争経
済
に準やる又は扱すると一民ふ絞た意義であると解緯する︒邦語の用例としても例へば準禁治産と一式ふのは禁治産に
卒中るの窓で禁治一庄の準備では無い︑中んも目崎氏の椋な解明伴は既に谷口氏も日本経営問中合関西部合大合(閲西皐院"
戦時総持と京直結前
五
I予J掲害、四三頁Q