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ワークショップ 「東亜同文会・東亜同文書院と 日中関係の再検討」

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Academic year: 2021

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203 同文書院記念報 VOL.23(2015.3)

 1月17日(土)午後1時から4時40分ま で、車道校舎13階にある第3会議室におい て愛知大学東亜同文書院大学記念センター 主催のワークショップ「東亜同文会、東亜 同文書院と日中関係の再検討」が開催さ れ、馬場毅愛知大学名誉教授の趣旨説明に 続き、3名の発表が行なわれました。

 第1報告は東亜同文書院大学記念セン ターポストドクターの野口武氏が「『日清 貿易研究所』研究の成果と課題-東亜同 文書院前史としての位置付けと荒尾精の評 価について」という題で、東亜同文書院の 前身的存在と捉えられてきた日清貿易研究 所、ならびにその所長だった荒尾精に関す る先行研究の整理について、資料を踏まえ つつ詳細に論じました。

 第2報告は東亜同文書院大学記念セン ターの武井義和研究員が「東亜同文書院中 華学生部と日本~学生たちの日本見学旅行 を中心に~」という題で、1920年代から 30年代初頭に定期的に行なわれていた中華 学生部学生たちによる日本見学旅行につい て、旅行の全体像や、学生たちの日本への 印象および祖国中国への認識などを明らか にしました。

 第3報告は一般財団法人霞山会文化事業 部の堀田幸裕研究員が「東亜同文会から霞 山会へ」という題で、東亜同文書院(大学)

の経営母体であった東亜同文会が日本敗戦 直後に解散して以降、1948年誕生の霞山 倶楽部を経て財団法人霞山会が成立する経 緯、そして1960年代までの霞山会の状況な どについて発表しました。

 発表後、大里浩秋神奈川大学教授と馬場 毅名誉教授により各報告者にコメントと質 問が出され、また質疑応答ではフロアから の質問も相次ぐなど、活発な意見交換が行

なわれました。そこでは従来東亜同文書院 の前史と位置づけられている漢口楽善堂、

日清貿易研究所などを1880年代の日中関係 の中で位置づける必要性、さらに荒尾精、

根津一の初期に於ける軍事情報収集とビジ ネス活動に関する情報収集をどのように位 置づけるか、東亜同文会のアジア主義に基 づく「支那保全論」と東亜同文会の義和団 期における連邦国家論、辛亥革命期におけ る南北国家論をどのように理解するか、さ らには同文書院スパイ説は、根拠のない レッテル貼りであるが、中国の立場からの 評価へも留意すべきであるという指摘がな されました。さらに東亜同文書院中華学生 部の学生が、抗日運動の絶え間なく起こっ た1920年代に日本訪問した際の抗日的視点 とは異なる異文化理解のあり方、その他、

戦後東亜同文会から霞山会創立に至る過程 で、霞山会が東亜同文会をどのように思想 的に総括したかが議論されました。さらに 東亜同文書院大学の廃止から愛知大学への 創立にかけての時期、両者の関係について 議論がされました。

 報告者の発表内容は、いずれも先行研究 が手薄な分野、または一般的に知られてい ない事実が取り上げられたものであり、東 亜同文会および東亜同文書院研究に新たな 光を当てるものになったかと思います。

 ワークショップは会場がほぼ満席になる ほどの40余名の来場者があり、盛況のうち に終了しました。

ワークショップ

「東亜同文会・東亜同文書院と 日中関係の再検討」

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